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2014.11 金属資源レポート 43 400チタンのマテリアルフロー ―安定供給上の課題― 金属企画部 鉱種戦略チーム 鉄鋼・ステンレスグループ 山本 万里奈 はじめに 金属企画部鉱種戦略チームでは、平成25年度、チタ ンを調査対象として、需給をはじめとする様々な情報 を収集・整理した。また、関連業界団体並びに関連企 業へのヒアリングやその製造拠点を訪れ、統計データ だけでは見えてこないユーザーサイドの視点も盛り込 みながら、金属チタン(スポンジチタン)の供給構造に フォーカスしてチタンのマテリアルフローを作成した。 日本のスポンジチタンメーカーの製品は品質面の評 価が高い(特に、航空機向け)。しかし、日本のスポン ジチタン業界特有の問題として、産業廃棄物に含まれ るチタン鉱石由来の放射性物質に対する厳格な自主管 理を行っているため、原料供給ソース(輸入先)が限定 されるという制約を有している。 本報告では、マテリアルフローを通じて浮かび上が った安定供給上の課題を整理するとともに、今後の安 定供給に向けた支援策を考えていきたい。 なお、本稿は平成26年度第6回金属資源関連成果発 表会における発表に一部データを更新・加筆したもの であることを申し添える。 1.チタンの用途 チタン製品は、大きく分けて酸化チタンと金属チタ ン(スポンジチタン)の二種に分類できる。原料サイド から見ると、チタン鉱石の約90%は酸化チタン向けに 供給されており、金属チタン向けは約5%程度に過ぎ ない 1 酸化チタンは、高屈折率、白色度、隠ぺい力、着色 力、分散性、耐候性、化学的安定性、誘電性といった 物理的特性 2 から、白色顔料(ペイントやプラスチック、 インク、化粧品、医薬品)や電子材料(セラミックコン デンサ)に使用される。一方、金属チタンは軽量、強 度性、耐食性、人体親和性から航空機、プラント、ゴ ルフクラブ、医療器具等に使用される。その内訳は図 1及び2のとおりである。 1 その他、溶接棒向けが3~4%程度。 2 『酸化チタン(ナノ酸化チタンを含む)の安全性等について』、2014年、日本酸化チタン工業会 図1. 酸化チタンと金属チタンの特性及びその用途 (出所:双日株式会社ウェブサイト)

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2014.11 金属資源レポート 43(400)

チタンのマテリアルフロー―安定供給上の課題―

金属企画部鉱種戦略チーム 鉄鋼・ステンレスグループ 山本 万里奈

はじめに 金属企画部鉱種戦略チームでは、平成25年度、チタンを調査対象として、需給をはじめとする様々な情報を収集・整理した。また、関連業界団体並びに関連企業へのヒアリングやその製造拠点を訪れ、統計データだけでは見えてこないユーザーサイドの視点も盛り込みながら、金属チタン(スポンジチタン)の供給構造にフォーカスしてチタンのマテリアルフローを作成した。 日本のスポンジチタンメーカーの製品は品質面の評価が高い(特に、航空機向け)。しかし、日本のスポンジチタン業界特有の問題として、産業廃棄物に含まれるチタン鉱石由来の放射性物質に対する厳格な自主管理を行っているため、原料供給ソース(輸入先)が限定されるという制約を有している。 本報告では、マテリアルフローを通じて浮かび上がった安定供給上の課題を整理するとともに、今後の安定供給に向けた支援策を考えていきたい。 なお、本稿は平成26年度第6回金属資源関連成果発

表会における発表に一部データを更新・加筆したものであることを申し添える。

1.チタンの用途 チタン製品は、大きく分けて酸化チタンと金属チタン(スポンジチタン)の二種に分類できる。原料サイドから見ると、チタン鉱石の約90%は酸化チタン向けに供給されており、金属チタン向けは約5%程度に過ぎない1。 酸化チタンは、高屈折率、白色度、隠ぺい力、着色力、分散性、耐候性、化学的安定性、誘電性といった物理的特性2から、白色顔料(ペイントやプラスチック、インク、化粧品、医薬品)や電子材料(セラミックコンデンサ)に使用される。一方、金属チタンは軽量、強度性、耐食性、人体親和性から航空機、プラント、ゴルフクラブ、医療器具等に使用される。その内訳は図1及び2のとおりである。

1 その他、溶接棒向けが3~4%程度。2 『酸化チタン(ナノ酸化チタンを含む)の安全性等について』、2014年、日本酸化チタン工業会

図1. 酸化チタンと金属チタンの特性及びその用途(出所:双日株式会社ウェブサイト)

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2.チタン原料の供給構造(1)チタン資源とチタン原料 チタンは単体では存在せず、化合物(二酸化チタン、以下TiO2)として主にミネラルサンドとハードロックから産出する。ミネラルサンドとはチタン(Ti)、ジルコニウム(Zr)及びレアアース類を主成分とする酸化鉱物から構成される鉱物資源の総称で、水流の作用によりこれら重鉱物が濃集することで形成される漂砂鉱床等に賦存する。チタン鉱石を構成する鉱物は、そのTiO2品位やその他成分から①イルメナイト(TiO2品位50~60%)と②天然ルチル(TiO2品位95%)に分けられる3。なお、漂砂鉱床にはウラン、トリウムといった放射性物質が全般的に含有されるが、火成鉱床(ハードロック)から産出するイルメナイトにはこれが含まれないという特徴がある。 チタン原料としては、天然品(イルメナイト及び天然ルチル)とイルメナイトに冶金的もしくは化学的な処理を行う事でチタン分を高めた合成品がある。 合成品は、イルメナイトを冶金処理によりチタン分を高めた③チタンスラグ(TiO2品位80~90%)及びイルメナイトを化学的に処理することでチタン分を高めた④合成ルチル(Synthetic Rutile: SRTiO2品位91~95%4)が代表的な合成品として流通している。またチタンスラグに化学的な追加処理を行うことで天然ルチ

ルに近いチタン分を与えた⑤アップグレード・スラグ(UGS、TiO2品位95%5)がある。これらの高品位チタン原料は「ハイチタン」として呼ばれている。 スポンジチタンの製造は高品位原料を必要とする塩素法を用いるため、イルメナイト以外の4種類の原料を調達することになるが、調達のし易さという点では各々一長一短があり、ユーザー各社は精製法、TiO2品位と不純物の比率、放射性物質含有量等を考慮して複数種を調達している。

3 これらに加えてルコクシン(Leucoxene)等もTiO2から成る鉱産物であるが、その原料に使用される量は僅少であるため、本稿では以下言及しない。4 Iluka Resources社ウェブサイトによる。5 Rio Tinto, Fer et Titan(RTFT)社ウェブサイトによる。

図3. チタン鉱石(下の黒色の砂、上はジルコン)

(出所:各種資料を基に作成、写真は東邦チタニウム株式会社2011年株式総会資料)

(出所:双日株式会社ウェブサイト)

図2. チタンの用途別需要

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2014.11 金属資源レポート 45(402)

(出所:Mineral Commodity Summaries 2014, USGS)

(出所:Mineral Commodity Summaries 2014, USGS) (出所:Mineral Commodity Summaries 2014, USGS)

6 但し、当該データはおおよその数値。また、米国については「イルメナイト」の項目にルチル量も含まれている。

(2)チタン原料の生産状況①埋蔵量及び生産量 国別チタン埋蔵量を図4に、国別チタン生産量を図5に示す6。チタンは比較的広汎に賦存しているものの、中国、豪州、インド、南アフリカの4か国で世界の埋蔵量の70%超を占めている。また、豪州、南アフリカ、中国、カナダの4か国で世界の60%近くを生産している。

 イルメナイト及び天然ルチルの国別生産推移を図6及び7に示す。2013年のイルメナイト生産量は700万t

(TiO2換算)で、2007年に比べ豪州の生産がやや減少している一方、中国、ベトナム、モザンビークといった国々での生産が増えている。2013年のルチル生産量は77万tで、イルメナイトよりも生産国が限られており、豪州での生産が半分以上を占めている。 

図4. 国別チタン鉱石埋蔵量シェア(2013年、イルメナイト+ルチル)

図6. 国別イルメナイト生産量推移(2007~2013年) 図7. 国別ルチル生産量推移(2007~2013年) 

図5. 国別チタン鉱石生産量シェア(2013年、イルメナイト+ルチル)

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2014.11 金属資源レポート46(403)

 2013年の鉱石生産量で各国のイルメナイトとルチルの生産量を、図8に示す。チタン鉱石生産の9割はイルメナイトであり、天然ルチルの生産は僅かである。生

産されたイルメナイトのうち、45~50%がチタンスラグ、10~15%が合成ルチルに加工され、残りは硫酸法の酸化チタン原料として直接使用されている7。 

②ハイチタン生産量8

 チタンスラグは、イルメナイトに還元剤(瀝青炭等)を加えて、電気炉で溶融還元する事で得られる。主にカナダ、ノルウェー、南ア、ロシアといったイルメナイトと安価な電力を有する国で生産されている一方で、国内需要が急速に高まっている中国が自国生産を伸ばしている。2012年の生産量は約350万tとされる。 カナダのRTFT(Rio Tinto, Fer et Titane、旧QIT(Quebec Iron and Titanium))は、1990年代後半からチタンスラグを熱処理とケミカルリーチングすることで不純物を取り除き、これを「アップグレードスラグ(UGS、高品位チタンスラグ)」として販売している。UGSはTiO2品位が95%と高く、ロックイルメナイトを原料とするためにウランやトリウムを含まないため、特にスポンジチタン用途に好まれる。生産量は38万t程度である。 合成ルチルは豪州、インド、マレーシアで生産され、2012年生産量は約60万tとされる。

(3)チタン原料の生産者 近年、世界のチタン業界は鉱山生産、中間原料製造、酸化チタン及びスポンジチタン製造まで少数の企業による垂直的な統合が進んでいる。世界のチタン関連企業の垂直統合化を図9に模式化して示す。イルメナイト生産量のうち約半量は当該生産者が自ら加工し、その残りは酸化チタン業界に販売していると推測されて

いる。また、ハイチタン原料(合成ルチル、チタンスラグ、UGS)の生産は、Rio Tinto、Exxaro、Ilukaの三社で9割程度を占めると推定される。

<チタンスラグ> Exxaro(南ア):旧Ticor SAとNamakwa Sandsの合併会社で、酸化チタンメーカー第5位Tronoxが2011年に買収。主にTronox向けの自家消費用。 Tinfos(ノルウェー):Erametが2008年に買収。ハードロック由来のイルメナイトからチタンスラグを生産し外販。 Rio Tinto(英・豪): Richards Bay Minerals(南ア)及びRTFT(加)でチタンスラグを生産。 VSMPO-AVISMA(露):ウクライナやカザフスタンからイルメナイトを調達しチタンスラグを生産、さらにスポンジチタン製造まで一貫生産体制を構築。

<合成ルチル(UGI)>  Iluka(豪):外販のほとんどを同社が担う。 DCW、Cochin(印):外部あるいは自山鉱のイルメナイトから合成ルチルを生産し外販しているが、Ilukaと比較すれば少量。なお、同じくインドのKeralaは自社使用。 TOR(マレーシア):特殊な顔料メーカーで、自社生産した合成ルチルを酸化チタンの代用としている。基本的に自社使用。

7 p.47、『Titanium Metal: Market Outlook to 2018』、Roskill Information Services、20138 ここで言及されている数値は、TZ Minerals International Pty Ltd: TiO2 Feedstock Annual Review 2012及び各社ウェブサイトを基にした概数値である。

図8. 国別チタン鉱石生産量(2013年)

(出所:Mineral Commodity Summaries 2014, USGS)

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<アップグレードスラグ(UGS)> Rio Tintoの子会社RTFTが世界で唯一の生産者。

3.スポンジチタン生産状況と原料 チタン原料の需給としては、2013年の世界需要は前年比4%減の約619万t(TiO2換算)と推定される一方、世界供給は664万tであり、45万tの供給過剰となった。

(1)世界のスポンジチタン生産状況 スポンジチタンの生産推移を図10に示す。2013年の生産量は前年比14.7%減の204,671tであった。スポンジチタンの生産国は、中国、日本、ロシア、カザフスタン、ウクライナ、米国に限られる。 中国では、攀鋼集団(Panzhihua Iron and Steel(Pangang))や承徳鋼鉄集団(Chengde Xinxin Vanadium & Titanium)がチタンスラグを自社スポンジチタン生産用に製造しており、ロシアでは、VSMPO-AVISMAがウクライナ産のイルメナイトを輸入し、チタンスラグからスポンジチタンまでの一貫製造体制を構築している。 日本のスポンジチタン生産企業は東邦チタニウム㈱および㈱大阪チタニウムテクノロジーズの2社で、世界の生産量の3割弱を占めている。2社がスポンジチタン業界においてこのような高い生産割合を占める理由としては、その優れた技術により米国での航空機向けスポンジチタンの納入に必要な認証を取得していることが挙げられる。スポンジチタン需要の約3~4割を占める航空機事業において、米国ではスポンジチタンを納入するための厳しい認証制度が導入されており、優

9  『工業レアメタル No.130 Annual Review 2014』、アルム出版社、2014年

れた技術を有する限られたメーカーにのみ認証が付与されており、日本の2社はその優れた技術、製品が認められ、この認証を取得している。 2013年、日本のスポンジチタン生産は、内需および輸出用の一般産業用途の需要が減少したことから42,200tと33.4%の減を見た9。また、スクラップ在庫の増加によるバージン原料の需要減少も影響していると考えられる。こうした一時的な需要減少に加え電力代の高騰といった状況を受けて、東邦チタニウム及び大阪チタニウムテクノロジーズの工場は現在5割程度の稼働率となっている。但し、スポンジチタン需要見通しの一つの目安とされる米国スクラップ原料価格は2013年Q2以降上昇傾向にある。また、2013年中増え続けたスポンジチタン在庫も、2015年央以降には在庫

(出所:『工業レアメタル No.130 Annual Review 2014』を基に作成)図10. 国別スポンジチタン生産推移(2003~2013年)

(JOGMEC作成)

図9. 世界のチタンメーカー垂直統合化イメージ

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2014.11 金属資源レポート48(405)

調整が完了する見通しである。また、航空機需要を予測するのに用いられる航空機納入予定を鑑みれば、2013~2020年までの納入機数は5%増加すると見込まれる10。 スポンジチタンはチタンインゴットの工程を経て航空機用途等のチタン展伸材となる(あるいは製鋼向けフェロチタン)。展伸材の生産推移を図11に示す。2013年の世界生産量は前年比7.9%減の135,314t(欧州を除く)であった。中国やCISの生産割合はスポンジチタンと同程度である一方、日本の比率が低く、米国の比率が高いことが分かる。これは、スポンジチタンの段階で日本が米国向けにその多くを輸出し米国内で展伸材に加工されているためである。 参考として酸化チタンの生産能力推移を図12に示す。2013年は前年比0.2%増の656万tとほぼ横ばいであった。 (2)スポンジチタン生産者の原料ポートフォリオ スポンジチタンは四塩化チタンをマグネシウムで還元するクロール法により得られる。四塩化チタンの製造方法には溶融塩法と流動塩化法があり、使用可能な原料が異なっている。 世界のスポンジチタン生産者のうち、7割の生産量を占める中国、ロシア、ウクライナ、カザフスタンはチタンスラグを原料として使用可能な溶融塩法を用いて四塩化チタンを生産しているのに対し、日本及び米国は四塩化チタンの製造に流動塩化法を用いているために、天然ルチル、合成ルチル、UGS等、チタンスラグよりも高品位の原料を必要としている。なお、天然ルチルは微量ながらウランやトリウムを含んでおり、放射性廃棄物の管理に厳しい自主規制を敷いている日本では合成ルチルやUGSを好む傾向がある。チタン原料の性質や主な生産者等の基礎情報を表1として纏めた。 2007~2013年の日本のチタン原料輸入量及び輸入相手国の推移を図13~15に示す。但し、イルメナイト鉱

(出所:『工業レアメタル No.130 Annual Review 2014』を基に作成)

(出所:Mineral Commodity Summaries 2014, USGS)

(各種資料をもとにJOGMEC作成)

図11. 国/地域別展伸材生産推移(2003~2013年)

図12. 酸化チタン国別生産能力推移(2007~2013年)

石については高炉の炉底や炉壁の寿命を延ばす用途としての輸入もスポットで発生するため、必ずしもチタン業界の実需を反映した数値とは限らないことに留意が必要である。なお、「イルメナイト以外」に含まれるチタンスラグについては、一時期異なるHSコードに分類されていたことを勘案してデータを一部調整している。

10 両者決算資料等

表1. チタン原料まとめ

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 内訳を見ると、イルメナイトはインドからの輸入が増加する代わりに豪州やベトナムからの輸入量が減少した。ベトナムからの輸入量が2009年以降急減したのは、2008年秋のリーマンショックに引き続く世界経済の低迷により日本国内における酸化チタンの生産量が減った事情もあるが、2006年及び2008年に商工省が鉱物輸出に関する通達によりTiO2品位で基準に達しない精鉱の輸出を2009年以降制限した影響も考えられる。実際にはこの間もベトナムから中国に大量の精鉱が流れており、中国と競合した日本のメーカーは安定調達先の変更に迫られて、ベトナム以外からの原料調達を増やしたとも言われている11。この後、ベトナムは新鉱物法に基づく鉱物輸出に関する通達No.41/2012/TT-BCTを発出し、2013年2月以降、定められた鉱物或いは新規鉱山以外の輸出が禁止されたため12、2013年の輸入はゼロとなった。モザンビークからの輸入が2008年から始まったほか、近年ではロシアからも輸入している背景は、ベトナムの輸出禁止による調達先の分散に迫られたが、インドへの一極集中は避けたいユーザーの意向が影響していると考えられる。 「イルメナイト以外」の項目を見ると、2007年時点ではインドと豪州及びカナダが主な輸入相手国であったが、近年では南アがやや存在感を増すなど調達先が広がっている。

4.チタンのマテリアルフローと安定供給上の課題への対応

(1)チタンのマテリアルフロー 図16で示すチタンのマテリアルフローを用いて、我が国における原料調達の問題を改めて整理する。我が国はチタン鉱石を全量輸入品に依存している状態にある。 図9でもみたように、チタンスラグや合成ルチルを含むチタン鉱石(原料)のサプライチェーンにおいて、本邦の鉱石ユーザー(酸化チタンおよびスポンジチタン)は直接の自社権益を有していない13。 スポンジチタンに関していえば、上述のように、その原料として使用できる天然ルチルを供給可能なサプライヤーの数は限られており、ほとんどはイルメナイトをアップグレードすることで得られる合成ルチルやUGSが使用されている。これは放射性廃棄物に対する厳しい自主規制により、低い放射性成分のチタン原料を選択使用せざるを得ない事情が背景にある。そうした合成品の品質はチタンスラグであれ、合成ルチルであれ、共に出発原料であるイルメナイトの成分に由来

(出所:財務省貿易統計)

(出所:財務省貿易統計)

(出所:財務省貿易統計)

図13. 日本のチタン原料輸入推移(2007~2013年)

図14. 日本のイルメナイト鉱石輸入推移(2007~2013年)

図15. 日本のイルメナイト以外チタン原料輸入推移(2007~2013年)

11 五十嵐吉昭、『ベトナムにおけるチタン産業の行方』、JOGMECカレント・トピックスNo.2013-42(http://mric.jogmec.go.jp/public/current/13_42.html)12  イルメナイト精鉱は原則輸出禁止。チタンスラグ(TiO2≧85%又は70%)、ルチル精鉱は許可される。詳細は『ベトナム社会主義共和国における鉱業政

策の変遷と現状』(五十嵐吉昭)、JOGMEC金属資源レポート2014年5月号(http://mric.jogmec.go.jp/public/kogyojoho/2014-05/MRv44n1-01.pdf)を参照されたい。

13 唯一の関与として、チタン鉱石の直接のユーザーでは無いが、ミネラルサンドの生産会社を子会社に持つ本邦企業が存在する。

しており、生産できる供給者数が物理的に(地質的、地理的)に限られている事から、売り手に有利な状況を生み出している。

(2)日本の安定供給上の課題への対応 日本のチタン原料調達上の課題を纏めると、以下のとおりとなる。

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◇ ハイチタン原料は生産者数が限られており、基本的に売り手市場のポジションにある。

◇ 放射性廃棄物に対する厳しい自主規制により、原料調達先が限定される。

 これらに加え電力コストの増加や一時的な需要調整に起因する厳しい経営環境にある中、㈱大阪チタニウムテクノロジーズは生産体制を集約、東邦チタニウム㈱と新日鐵住金㈱は航空機向けチタン合金製造の合弁会社(日鉄住金直江津㈱)を設立し、多様なスクラップが活用でき原料選択できるEB炉と成分の均質性が確保できるVAR炉の両炉を保有して世界的に競争力のある素材製造基盤を構築している。 また、東邦チタニウム㈱は、サウジアラビアにおいて世界第2位の酸化チタンメーカーである現地企業Cristal社をパートナーとしスポンジチタン工場向けの新たな原料調達スキームを打ち出している。当該事業は、安価な電力代、石油プラントや淡水化プラント等の潜在需要といった地理的優位性もさることながら、これまで日本のスポンジチタン製造において使用されていなかったチタンスラグ由来の四塩化チタンを原料とする新しい試みであるという点で注目される事業である。Cristal社は豪州にミネラルサンドの生産会社

(Bemax Resources Ltd.: Bemax)を子会社として保有しており、Bemax社のイルメナイトを主な原料とするチタンスラグの工場をサウジアラビアに建設中で、当該チタンスラグ工場では標準的なTiO2純分のチタンスラグを生産する。つまり、サウジアラビア工場で生産されるスポンジチタンは、これまでとは異なり、合成ルチルやUGSなどの売り手主導の原料をメインとしな

い、標準的なチタンスラグから製造される四塩化チタンを原料とするのである。しかも、世界第2位の酸化チタンメーカーが出発原料のミネラルサンドからチタンスラグを経て、四塩化チタンまでをコントロールする垂直統合モデルの一部に組み込まれた強固な原料調達スキームである。当該事業が確立すれば汎用品グレードがスポンジチタンの原料ポートフォリオに加わることとなり、日本の工場にもいずれ安定的な原料調達を実現できる可能性が高い。本事業は一般財団法人中東協力センターを通じ「日本・サウジアラビア産業協力事業」としてJOGMECも支援を行っており、こうした事例においては、スポンジチタン生産者と酸化チタン生産者、そして政府が一体となった取り組みが今後求められることを示唆している。 機構では供給源の多角化としてJV探査及び金融支援、コスト低減及び回収技術開発として「硬岩からのチタン鉱石回収技術検討」及び「分離・回収プロセスの検討」といった取り組みを行ってきた。 垂直統合が進行している中でのチタン原料の安定調達を求めるならば、鉱山~ハイチタン製造まで含めて対応を考慮する必要がある。また、レアアースやジルコニウムと同様、放射性元素の低廉な除去技術の開発も求められる。 機構は、引き続き、国内外のチタン需給動向を注視するとともに、チタンの安定供給のための支援を行っていきたい。 最後に、当鉱種戦略チーム鉄鋼・ステンレスグループの活動において、貴重な情報をご提供頂いた各関係企業・業界団体の皆様に、厚く御礼を申し上げる。

(2014.10.30)

図16. チタンのマテリアルフロー

(出所:各種資料を基にJOGMEC作成、チタンインゴット写真は大阪チタニウムテクノロジーズウェブサイト)

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