6
計測自動制御学会東北支部 第 261 回研究集会 (2010.11.17) 資料番号 261-2 ブラインドデコンボリューションによる 高周波数超音波イメージングの画質向上に関する研究 Improvement of High Frequency Ultrasound Imaging Quality Using Blind Deconvolution ○小川みなみ ,西條芳文 ,小林和人 ∗∗ ,熊谷和敏 小池秀幸 ,田中明 ∗∗∗ ,竹田宏 ,吉澤誠 Minami Ogawa , Yoshifumi Saijo , Kazuto Kobayashi ∗∗ , Kazutoshi Kumagai , Hideyuki Koike , Akira Tanaka ∗∗∗ , Hiroshi Takeda , Makoto Yoshizawa *東北大学大学院医工学研究科,**本多電子株式会社,***福島大学共生システム理工学類, 東北大学,東北大学サイバーサイエンスセンター *Graduate School of Biomedical Engineering, Tohoku University, *Honda Electronics Co. Ltd., **Faculty of Symbiotic System Science, Fukushima University, Tohoku University, Cyberscience Center, Tohoku University キーワード : デコンボリューション (deconvolution),高周波数超音波 (high frequency ultrasound)イメージング (imaging) 連絡先 : 982-8579 宮城県仙台市青葉区荒巻字青葉 6-6-05 電気系(青 A13東北大学大学院医工学研究科 吉澤・本間研究室 小川みなみ,Tel.: 022-795-7130Fax.: 022-263-9163E-mail: [email protected] 1. はじめに 近年,高周波数超音波 (High Frequency Ul- trasound: HFUS) イメージングシステムの開発 により,表皮や真皮,皮下組織といった皮膚の 構造を非侵襲的に可視化することが可能となっ ている.HFUS イメージングは,腫瘍の深達度 評価 1) や乾癬およびアトピー性皮膚炎による皮 膚の厚さ計測 2) ,化粧品や薬の効果判定 3) など の皮膚科学の分野において利用されている. 超音波画像には,プローブから送信される超 音波パルスの広がりによって「ぼけ」が生じる. このぼけにより分解能は低下し,画像のコント ラストが低下したり,診断,評価をする上で重 要な部分が曖昧になってしまうことがある.そ こで,ぼけを抑制して画質を向上させることが 求められる. Vogt らは,超音波イメージングの一つの手法 である空間合成イメージングを HFUS イメージ ングに応用し,画質を向上させた 4) .この方法 は,多方向からの超音波の散乱・反射波を受信 し,それらを合成することで画像を構成するイ –1–

ブラインドデコンボリューションによる 高周波数超音波 ...Hideyuki Koike∗, Akira Tanaka∗∗∗, Hiroshi Takeda†, Makoto Yoshizawa‡ *東北大学大学院医工学研究科,**本多電子株式会社,***福島大学共生システム理工学類,†東北大学,‡東北大学サイバーサイエンス

  • Upload
    others

  • View
    2

  • Download
    0

Embed Size (px)

Citation preview

  • 計測自動制御学会東北支部 第 261回研究集会 (2010.11.17)資料番号 261-2

    ブラインドデコンボリューションによる高周波数超音波イメージングの画質向上に関する研究

    Improvement of High Frequency Ultrasound Imaging QualityUsing Blind Deconvolution

    ○小川みなみ ∗,西條芳文 ∗,小林和人 ∗∗,熊谷和敏 ∗,小池秀幸 ∗,田中明 ∗∗∗,竹田宏 †,吉澤誠 ‡

    ○Minami Ogawa∗, Yoshifumi Saijo∗, Kazuto Kobayashi∗∗, Kazutoshi Kumagai∗,Hideyuki Koike∗, Akira Tanaka∗∗∗, Hiroshi Takeda†, Makoto Yoshizawa‡

    *東北大学大学院医工学研究科,**本多電子株式会社,***福島大学共生システム理工学類,†東北大学,‡東北大学サイバーサイエンスセンター

    *Graduate School of Biomedical Engineering, Tohoku University,

    *Honda Electronics Co. Ltd.,

    **Faculty of Symbiotic System Science, Fukushima University,

    †Tohoku University,‡Cyberscience Center, Tohoku University

    キーワード : デコンボリューション (deconvolution),高周波数超音波 (high frequency ultrasound),イメージング (imaging)

    連絡先 : 〒 982-8579 宮城県仙台市青葉区荒巻字青葉 6-6-05電気系(青 A13)東北大学大学院医工学研究科 吉澤・本間研究室

    小川みなみ,Tel.: 022-795-7130,Fax.: 022-263-9163,E-mail: [email protected]

    1. はじめに近年,高周波数超音波 (High Frequency Ul-

    trasound: HFUS)イメージングシステムの開発により,表皮や真皮,皮下組織といった皮膚の構造を非侵襲的に可視化することが可能となっている.HFUSイメージングは,腫瘍の深達度評価 1)や乾癬およびアトピー性皮膚炎による皮膚の厚さ計測 2),化粧品や薬の効果判定 3)などの皮膚科学の分野において利用されている.超音波画像には,プローブから送信される超

    音波パルスの広がりによって「ぼけ」が生じる.このぼけにより分解能は低下し,画像のコントラストが低下したり,診断,評価をする上で重要な部分が曖昧になってしまうことがある.そこで,ぼけを抑制して画質を向上させることが求められる.

    Vogtらは,超音波イメージングの一つの手法である空間合成イメージングをHFUSイメージングに応用し,画質を向上させた 4).この方法は,多方向からの超音波の散乱・反射波を受信し,それらを合成することで画像を構成するイ

    – 1 –

  • メージング手法であるが,リアルタイム性が失われてしまうという欠点がある.そこで,本研究では信号処理を用い,リアルタイム性を保持したHFUSイメージングの画質向上を目指す.超音波画像は,イメージングプロセスの点広

    がり関数 (Point Spread Function: PSF) と組織関数の畳込みとしてモデル化される.音響的散乱・反射の強度を表す組織関数にPSFが畳み込まれていることで,超音波画像はぼやけてしまう.そこで,デコンボリューションにより超音波画像から組織関数を再構成し,ぼけを低減させる手法が広く用いられている 5)6).超音波画象においては,PSFは未知であることから,PSF推定をあらかじめ行うブラインドデコンボリューションが必要となる.Jirikらは,2次元ブラインドデコンボリューションにより超音波画像を高分解能化した 5).しかし,ぼけの原因は画像の方向により異なり,方向別にPSFを推定しデコンボリューションを行う必要があると考える.本研究では,1次元ブラインドデコンボリュー

    ションを方向別にHFUSイメージングに適用し、HFUSイメージングシステムより得られる画像の画質を向上させることを目的とする.

    2. 高周波数超音波イメージング2.1 システム

    我々の研究グループでは,中心周波数120 MHzの超音波を使用したHFUSイメージングシステムを開発した 7).開発したシステムをFig. 1に示す.

    PVDF凹面振動子を用い,超音波パルスの送信,散乱・反射波の受信を行う.中心周波数は120 MHz,焦点距離は 3.2 mm,レンズ径は 2.4mmである.トランスデューサは2軸の直交したリニアモー

    タにより,2次元的に機械走査される.ここでは,超音波パルスの伝搬方向を axial方向,トラ

    Fig. 1 HFUSイメージングシステム

    ンスデューサのXスキャン方向を lateral方向,Yスキャン方向を frame方向と呼ぶことにする.

    2.2 信号処理

    超音波イメージングは以下の手順で行われる.

    RF信号取得RF信号は,A/Dボード (Acqiris DP210,Geneva, Switzerland) によってサンプリング 2 GSa/s,解像度 8 bit で記録される.スキャンサイズは,300 x 300 x 4000(lateral x frame x axial) pointsである.これはおよそ 4.8 x 4.8 x 3.0 mmに対応する.

    バンドパスフィルタ取得したRF信号に対し,50-120 MHzの4次バタワースバンドパスフィルタを適用し,帯域外の周波数成分を持つ信号を除去する.

    エンベロープ検波ヒルベルト変換によって解析信号を生成し,この信号の絶対値成分を算出してエンベロープを得る.

    – 2 –

  • ログ圧縮エンベロープの対数を取り,Bモード画像を作成する.

    本研究では,イメージング過程に axial方向,lateral方向それぞれの 1次元ブラインドデコンボリューションを組み込み,組織関数を推定する.それにより,超音波画像のぼけを低減させ,分解能を向上させる.axial,lateral方向のPSFはそれぞれ,超音波パルスの時間的広がり,超音波ビームの広がりに対応する.したがって,axial方向デコンボリューションはバンドパスフィルタリング後に,lateral方向デコンボリューションはエンベロープ検波後に適用する.

    3. ブラインドデコンボリューション

    3.1 超音波イメージングのモデル

    記録される超音波信号 g(n)は,以下のようにコンボリューションモデルで表される 5).

    g(n) = h(n) ∗ f(n) + w(n) (1)

    ここで,∗は畳込み演算子,h(n)はPSF,f(n)は組織関数,w(n)はノイズ項である.nはaxial,lateral方向の離散点を表す.

    3.2 PSF推定

    PSF推定には,複素ケプストラム解析を用いる.複素ケプストラムは,ログスペクトルの逆フーリエ変換により求められる.ノイズ項w(n)を無視し,式 (1)を複素ケプス

    トラム領域へ変換すると,以下のようになる.

    ĝ(n) = ĥ(n) + f̂(n) (2)

    ĝ(n),ĥ(n),f̂(n)はそれぞれ,複素ケプストラム領域における超音波信号,PSF,組織関数である.このように,複素ケプストラム領域へ変換することで,2つの信号の畳込みを和の形へ変

    換することができる.周波数領域において,PSFはゆっくりと変化する関数,組織関数はブロードバンドで変化の激しい関数であるため,これら 2つの信号は複素ケプストラム領域において異なる帯域に現れると考えられる.したがって,複素ケプストラム領域におけるフィルタリングにより,PSFのみを抽出することができる.ケプストラム解析の前処理として,ダウンサ

    ンプリングを行い,不要な信号の周波数成分を除去する.一般的に複素ケプストラムは無限長であるた

    め,ĝ(n)にはエイリアシングが生じる.そこで,信号をゼロパディングすることで複素ログスペクトルのサンプリングレートを上げ,複素ケプストラムに生じるエイリアシングを抑制する 8).また,ケプストラム解析を安定化するために,

    信号に対して exponential weighting (α < 1)を適用する 8).

    Axial,lateral方向共に,すべての信号についてPSFは同一であると仮定し,すべての信号のケプストラムを平均する.これにより,PSF推定に対するノイズの影響を軽減させる.

    3.3 デコンボリューション

    推定したPSF h(n)から,最大事後確率 (Max-imum a Posteriori: MAP) 推定に基づく方法を用いて組織関数 f(n)を再構成する 9).MAP推定とは,事後確率を最大にする値をパラメータとする推定方法である.超音波信号 g(n)と PSFh(n)が与えられたと

    きの組織関数 f(n)の事後確率 p(f |g, h)は,ベイズの定理より,

    p(f |g, h) ∝ p(g|f, h)p(f) (3)

    と表すことができる.p(g|f, h)は超音波信号 gの条件付き確率密度,p(f)は組織関数 f の確率密度である.組織関数 f とノイズwが互いに独立でガウス分布に従うとき,MAP推定の推定

    – 3 –

  • Fig. 2 ファントム

    値は以下のようにウィナーフィルタにより与えられる.

    F (k) = G(k) · H∗(k)

    |H(k)|2 + Γ(4)

    ここで,F (k),G(k),H(k)はそれぞれ,組織関数,超音波信号,PSFのスペクトル,kは離散周波数,∗は複素共役である.また,Γは信号およびノイズのパワーから得られる定数である.今回,Γは試行錯誤的に決定した.

    4. 結果と考察Fig. 2に示すような魚卵を用いたファントム

    を作成し,ファントムから得られたデータに対して処理を行った.魚卵の直径はおよそ 1 mmである.ダウンサンプリングレートは,axial,lateral

    方向それぞれ,4,1とした.また,信号長がaxial方向について 1000から 2048,lateral方向について 300から 1024となるようゼロパディングを行った.exponential weightingの係数 αは,axial,lateral方向共に 0.975とした.デコンボリューションの評価には,空間分解

    能の推定値である分解能ゲインを使用した.分解能ゲインは,エンベロープ画像の正規化 2次元自己相関関数の値が 0.75以上となるピクセル数の,デコンボリューション画像とリファレンス画像の比で定義される.分解能ゲインが高くなるほど,分解能が向上していることを示す.

    0 0.05 0.1 0.15

    −0.5

    0

    0.5

    1

    time [µsec]

    ampl

    itude

    estimated PSF in axial

    20 40 60 80 1000

    0.2

    0.4

    0.6

    0.8

    1

    sample [points]

    ampl

    itude

    estimated PSF in lateral

    Fig. 3 推定した PSF

    4.1 デコンボリューション結果

    Axialおよび lateral方向の信号のPSF推定結果,およびデコンボリューション前後の信号をFig. 3,4にそれぞれ示す.Fig. 4より,デコンボリューション前と比べて,デコンボリューション後の信号はより鋭くなった.PSFの影響が軽減され,組織関数に近い信号が得られていると考えられる.通常のイメージングにより得られた画像,ax-

    ial方向のデコンボリューションを行った画像,および axial,lateral方向のデコンボリューションを行った画像を Fig. 5,6,7に示す.Fig. 6より,axial方向のデコンボリューションを行った結果,axial方向のスペックルパターンは細かくなった.また,Fig. 7より,axial方向のデコンボリューションに加え,lateral方向のデコンボリューションを行った結果,画像全体のぼけが軽減され鮮明になった.しかし,デコンボリューション後には,バックグランド領域のノイズが増加した.これは,信号全体に対して一様なデコンボリューションを行っているためであると考えられる.PSFを局所的に推定し,信号に合ったデコンボリューションを行うことで,これを軽減できるのではないかと考える.

    4.2 考察

    Axial方向のデコンボリューションを行った画像,および axial,lateral方向のデコンボリューションを行った画像の分解のゲインは,それぞれ,1.33,5.90となり,デコンボリューションを

    – 4 –

  • 0 0.2 0.4 0.6 0.8 1 1.2 1.4 1.6 1.8 20

    5

    10

    15

    time [µsec]

    ampl

    itude

    envelope in axial

    originaldeconvolution

    0 50 100 150 200 250 3000

    2

    4

    6

    8

    10

    sample [points]

    ampl

    itude

    envelope in lateral

    originaldeconvolution

    Fig. 4 デコンボリューション前後の信号

    行う前と比べて,axial方向デコンボリューションでは分解能はあまり変化しなかったが,lateralデコンボリューション後には分解能が大幅に向上した.また,通常のイメージングにより得られた画像,axial方向のデコンボリューションを行った画像,および axial,lateral方向のデコンボリューションを行った画像の,axial,lateral方向の正規化自己相関関数をそれぞれFig. 8に示す.Fig. 8からも,特に lateral方向デコンボリューション後に正規化自己相関関数の形はより先鋭になり,分解能が高くなっていることがわかる.

    5. おわりにAxial,lateral方向の信号それぞれにブライ

    ンドデコンボリューションを適用することで,HFUSイメージングのぼけを軽減し,画質を向上させた.今回は,画像全体でPSFが一様であると仮定して処理を行ったが,実際にはシステムのフォーカシングの影響により,特に lateral方向の PSFは変化すると考えられる.そこで,信号全体でPSFを推定するのではなく,局所的にPSFを推定しデコンボリューションを行うこ

    とで,さらなる画質の向上を試みていく予定である.また,今後は減衰補正などと組み合わせたHFUSイメージング画質向上のための信号処理方法を検討し,皮膚のデータに対しても適用する予定である.

    参考文献1) N. Lassau, A. Spatz, M. F. Avril, A. Tardi-

    von, A. Margulis, G. Mamelle, D. Vanel andJ. Leclere: Value of high-frequency US for pre-operative assessment of skin tumors, RadioGraphics, 17, 1559/1565 (1997)

    2) L. Vaillant, M. Berson, L. Machet, A. Cal-lens, L. Pourcelot and G. Lorette: Ultrasoundimaging of psoriatic skin: A non invasive tech-nique to evaluate treatment of psoriasis, Int.J. Dermatol., 33-11, 786/790 (1994)

    3) J. Levy, J. Gassmuller, G. Schroder, H. Au-dring and N. Sonnichsen: Comparison of theeffects of calcipotriol, prednicarbate and clo-betasol 17-propionate on normal skin assessedby ultrasound measurement of skin thickness,Skin Pharmacol., 7-4, 231/236 (1994)

    4) M. Vogt and H. Ermert: Limited-angle spa-tial compound imaging of skin with high-frequency ultrasound (20 MHz), IEEE. Trans.Ultrason. Ferroelectr. Freq. Control, 55-9,1975/1983 (2008)

    – 5 –

  • Fig. 5 原画像

    Fig. 6  axial方向のデコンボリューションを行った画像

    Fig. 7  axial,lateral方向のデコンボリューションを行った画像

    −200 0 200

    0.2

    0.4

    0.6

    0.8

    1

    lag

    autocorrelation in axial

    originaldeconvolution

    −200−100 0 100 200

    0.2

    0.4

    0.6

    0.8

    1

    lag

    autocorrelation in lateral

    originaldeconvolution

    Fig. 8 正規化自己相関関数

    5) R. Jirik and T. Taxt: Two-dimensional blindbayesian deconvolution of medical ultrasoundimages, IEEE Trans. Ultrason. Ferroelectr.Control, 55-10, 2140/2153 (2008)

    6) O. Michailovich and A. Tannenbaum: Blinddeconvolution of medical ultrasound images:A parametric inverse filtering approach, IEEETrans. Image Process., 16-12, 3005/3019(2007)

    7) Y. Saijo, Y. Hagiwara, K. Kobayashi, N.Okada, A. Tanaka, N. Hozumi and K. Tomi-hata: B-mode and C-mode imaging of regener-ated 3D skin model with 100 MHz ultrasound,Proc. IEEE Ultrason. Symp. 2007, 244/247(2007)

    8) A. V. Oppenheim and R. W. Schafer:Discrete-Time Signal Processing, Upper Sad-dle River, NJ; Prentice-Hall (2010)

    9) P. Campisi and K. Egiazarian: Blind Im-age Deconvolution: Theory and Applications,Boca Raton, FL: CRC (2007)

    – 6 –