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オープンソースGISを利用した 位置情報の活用提案 島田 ゆり 長野県 建設部 河川課 (〒380-8570 長野市大字南長野字幅下692-2 GISは、業務の効率化に有効なツールの1つと言われているが、ソフトが高価であることなどから導入 は進んでいない。そこで、無償のオープンソースGISを利用した業務の効率化を提案する。 2013年の台風18号による災害対応では、オープンソースGISを活用することにより、図面作成の大幅な 省力化を図ることができた。さらに、このデータを長野県の既存システムである「統合型GIS」へ掲載す ることにより、情報共有を試みた。 キーワード オープンソースGIS,災害対応,情報共有 1. はじめに GISGeographic Information System:地理情報システム) は、位置に関する情報を持った空間データを総合的に管 理・加工し、視覚的に表示することで、高度な分析や迅 速な判断を可能にする技術のことである。 行政機関では、大量で多岐にわたる情報の一元管理や、 効率的な分析・解析による行政課題の抽出に、GISは有 効なツールであると考えられる。 長野県では、2004 年より長野県統合型地理情報システ ム(以下「統合型GIS」という)が導入され、ほぼ全て の機関で利用できる。この統合型GISは、住宅地図、国 土地理院の公共測量図(1/20万、1/25千)、航空写真 を基盤地図とし、県の各機関の地理空間情報を掲載して いる。職員は、必要な情報を抽出し、複数のデータを重 ねて表示することができる。 この統合型GISに加え、GIS解析ソフトを使うと、情 報を「見る」ことに加え、自由に解析・分析することが できるため活用範囲が広がる(図-1 )。 しかし、長野県職員にとって、GISと言えば「統合型 GIS」のみであり、その用途の多くが「住宅地図の閲覧」 であった。GIS は、データの作成・更新に高額な費用が 必要なうえ専門的で難しいというイメージになってしま っていた。 そこで、近年普及してきた無償のオープンソースGIS と既存のシステムを活用し、ゼロ予算で従来業務の効率 化に取り組んだ事例を紹介する。 2. オープンソースGIS について オープンソースソフト(Open Source Software )は、ソ フトの設計図にあたるソースコードが公開され、誰でも そのソフトウェアの改良、再配布を行えるようにした無 償ソフトのことである。 これまでGIS 解析ソフトを利用するには、高性能なPC 及びソフトウェアの導入に100万円を超える経費が必要 であった。しかし近年、PCの性能が向上したこと、高 機能なオープンソースGIS ソフトが増加してきたこと、 国土地理院の基盤地図情報等の無償で利用できるデジタ ル地図が増加したことから、誰でもどこでもGISを使え る環境が整いつつある。 オープンソースGIS は、FOSS4G Free Open Source Software for Geospatial )の呼称で知られ、多くのソフトが 公開されている。今回そのオープンソースGISの中で、 日本語に対応し、通常業務で使用しているデスクトップ パソコンで使用可能なQuamtumGIS 1) (以下「QGIS 」とい う)を利用した。 図-1 GIS イメージ

オープンソースGISを利用した 位置情報の活用提案オープンソースgisを利用した 位置情報の活用提案 島田 ゆり 長野県 建設部 河川課 (〒380-8570

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Page 1: オープンソースGISを利用した 位置情報の活用提案オープンソースgisを利用した 位置情報の活用提案 島田 ゆり 長野県 建設部 河川課 (〒380-8570

オープンソースGISを利用した

位置情報の活用提案

島田 ゆり

長野県 建設部 河川課 (〒380-8570 長野市大字南長野字幅下692-2 )

GISは、業務の効率化に有効なツールの1つと言われているが、ソフトが高価であることなどから導入

は進んでいない。そこで、無償のオープンソースGISを利用した業務の効率化を提案する。

2013年の台風18号による災害対応では、オープンソースGISを活用することにより、図面作成の大幅な

省力化を図ることができた。さらに、このデータを長野県の既存システムである「統合型GIS」へ掲載す

ることにより、情報共有を試みた。

キーワード オープンソースGIS,災害対応,情報共有

1. はじめに

GIS(Geographic Information System:地理情報システム)

は、位置に関する情報を持った空間データを総合的に管

理・加工し、視覚的に表示することで、高度な分析や迅

速な判断を可能にする技術のことである。

行政機関では、大量で多岐にわたる情報の一元管理や、

効率的な分析・解析による行政課題の抽出に、GISは有

効なツールであると考えられる。

長野県では、2004年より長野県統合型地理情報システ

ム(以下「統合型GIS」という)が導入され、ほぼ全て

の機関で利用できる。この統合型GISは、住宅地図、国

土地理院の公共測量図(1/20万、1/2万5千)、航空写真

を基盤地図とし、県の各機関の地理空間情報を掲載して

いる。職員は、必要な情報を抽出し、複数のデータを重

ねて表示することができる。

この統合型GISに加え、GIS解析ソフトを使うと、情

報を「見る」ことに加え、自由に解析・分析することが

できるため活用範囲が広がる(図-1)。

しかし、長野県職員にとって、GISと言えば「統合型

GIS」のみであり、その用途の多くが「住宅地図の閲覧」

であった。GISは、データの作成・更新に高額な費用が

必要なうえ専門的で難しいというイメージになってしま

っていた。

そこで、近年普及してきた無償のオープンソースGIS

と既存のシステムを活用し、ゼロ予算で従来業務の効率

化に取り組んだ事例を紹介する。

2. オープンソースGISについて

オープンソースソフト(Open Source Software)は、ソ

フトの設計図にあたるソースコードが公開され、誰でも

そのソフトウェアの改良、再配布を行えるようにした無

償ソフトのことである。

これまでGIS解析ソフトを利用するには、高性能なPC

及びソフトウェアの導入に100万円を超える経費が必要

であった。しかし近年、PCの性能が向上したこと、高

機能なオープンソースGISソフトが増加してきたこと、

国土地理院の基盤地図情報等の無償で利用できるデジタ

ル地図が増加したことから、誰でもどこでもGISを使え

る環境が整いつつある。

オープンソースGISは、FOSS4G(Free Open Source

Software for Geospatial)の呼称で知られ、多くのソフトが

公開されている。今回そのオープンソースGISの中で、

日本語に対応し、通常業務で使用しているデスクトップ

パソコンで使用可能なQuamtumGIS1)(以下「QGIS」とい

う)を利用した。

図-1 GISイメージ

Page 2: オープンソースGISを利用した 位置情報の活用提案オープンソースgisを利用した 位置情報の活用提案 島田 ゆり 長野県 建設部 河川課 (〒380-8570

3. 災害対応への活用

災害発生後は、早急な被害の状況確認や災害復旧に向

け、特に迅速な対応が求められる。これま

の把握に必要な図面の作成に、多くの時間を

たため、改善が求められていた。

そこで、災害対応の効率化を目的として、従来手作業

で行っていた雨量分布図および被災箇所図の

の活用を検討した。

従来の図面作成の問題点は、①手作業で

ミスが発生しやすく、作成者により出来栄えに差ができ

ること②市町村、建設事務所、県庁河川課

面の作成が必要で、労力が多大になることで

4. 雨量分布図の作成

災害原因の資料となる雨量分布図は、

の記載、観測値の補間、作図作業を全て手作業で行って

いたため、それぞれの作業に労力を要していた。

GISは、位置に数値の属性を加えた解析(空間解析)

が可能である。雨量分布図作成のため、まず

る雨量局の位置座標を調査した。次に、雨量局の属性と

して、観測した雨量の値を入力し、QGIS

とで、雨量分布図の作成を行った(図-

雨量分布

雨量局位置

図-2 雨量分布図作成の流れ

災害発生後は、早急な被害の状況確認や災害復旧に向

これまで、被害状況

時間を費やしてい

の効率化を目的として、従来手作業

箇所図の作成にGIS

手作業で時間がかかり、

作成者により出来栄えに差ができ

、県庁河川課それぞれで図

で、労力が多大になることであった。

雨量分布図は、これまで観測値

の記載、観測値の補間、作図作業を全て手作業で行って

いたため、それぞれの作業に労力を要していた。

は、位置に数値の属性を加えた解析(空間解析)

作成のため、まず県が管理す

雨量局の位置座標を調査した。次に、雨量局の属性と

QGISで計算するこ

-2)。

位置と数値を組み合わせた計算や作図は、手作業では

時間がかかるが、GISでは簡単な操作で即座に作成でき

た。県が管理する214箇所の雨量局は、

ムにより、雨量観測値の収集がスムーズにできるため、

この雨量分布図は20分程度で作成可能にな

短時間で正確な雨量状況が把握できるようにな

め、雨量分布図は災害原因資料として

雨量の速報情報として発信できるようになり、活用範囲

が広がった。

今回作成した図面は、使用した雨量局

こと、県境が表現できないこと、データ補間の計算方法

が現行と異なることから、災害査定用の雨量分布図には

採用できなかった。今後これらの課題を整理し、災害査

定資料として活用できるよう取り組んでいきたい。

5. 被災箇所図の作成

災害査定には、被災箇所を示した

設事務所毎の箇所図、全県の箇所図の

これまで河川課では、13の建設事務所から提出される

災箇所図(縮尺:1/5万)から、全県河川図(縮尺

万)へ、被災箇所を正確に転記

このような状況のなか、2013

けての台風18号は、長野県内に大きな被害をもたらした。

公共土木施設の被災は、全県で

作業を含む被災箇所図の作成労力が多大となることが想

定された。

そこで、建設事務所の管内図、河川図、被災箇所の位

置情報を河川課で集約し、GIS

全ての図面をまとめて作成することと

従来の紙図面での作成と、GIS

図作成フローの違いを図-3に示し、具体的に実施した作

業と分担を次に示す。

河川課

13建設事務所

77市町村箇所図作成

箇所図作成(1/5万)

箇所図作成(1/20万)

紙図面手作業

紙図面提出

紙図面提出

国土交通省及び

観測値入力

雨量分布計算

雨量分布図作成の流れ 図-3 箇所図作成フロー

位置と数値を組み合わせた計算や作図は、手作業では

では簡単な操作で即座に作成でき

箇所の雨量局は、水防情報システ

収集がスムーズにできるため、

分程度で作成可能になった。

把握できるようになったた

災害原因資料としての利用だけでなく、

できるようになり、活用範囲

今回作成した図面は、使用した雨量局が限られている

こと、県境が表現できないこと、データ補間の計算方法

が現行と異なることから、災害査定用の雨量分布図には

採用できなかった。今後これらの課題を整理し、災害査

定資料として活用できるよう取り組んでいきたい。

災害査定には、被災箇所を示した平面図が必要で、建

設事務所毎の箇所図、全県の箇所図の2種類を作成する。

建設事務所から提出される被

万)から、全県河川図(縮尺:1/20

転記する作業が懸案であった。

2013年9月15日から16日にか

号は、長野県内に大きな被害をもたらした。

は、全県で441件に上り、この転記

労力が多大となることが想

そこで、建設事務所の管内図、河川図、被災箇所の位

GISで整理することにより、

することとした。

GISを利用した場合の箇所

に示し、具体的に実施した作

河川課

建設事務所

市町村

被災箇所の位置座標調査

箇所図作成(1/5万、1/20万)

GIS利用データ操作のみ

Excel表提出

交通省及び財務省

箇所図(1/5万)配布

箇所図(1/20万)紙図面提出

箇所図作成フロー

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【実施した作業と分担】

(1)被災箇所座標調査(市町村、建設事務所)

国土地理院の測量計算サイト2)より、1/2万5千地形図

で被災箇所を確認し、位置座標の調査を行う。(図-4)。

箇所名、路線名などに加え、位置座標を追加したデータ

ベース(Excel表)を作成する(表-1)。

(2)管内図へ位置情報追加(河川課)

QGISを使い、Jpeg形式の全県河川図(1/20万)及び13

建設事務所管内図(1/5万)に位置座標を追加する。

(3)被災箇所情報の取り込み(河川課)

建設事務所毎の調査結果(1)をまとめ、QGISへ取り

込み、位置座標から被災箇所を表示する(図-5)。

(4)様式設定(河川課)

災害査定の報告形式に合わせ、QGISで表示シンボル、

ラベル、印刷様式を設定する。表示シンボルは、数値に

より分類できるため、分類のための値を入力しておくこ

とで、簡単に設定できる(図-6)。

管内図もしくは河川図と被災箇所のレイヤを表示し、

表示様式と印刷様式を適用することで箇所図を作成する

(図-7)。

(5)被災箇所図の作成、配布(河川課→建設事務所)

被災箇所図をPDFデータ及びJpeg形式で作成し、各建

設事務所へ箇所図(1/5万)データを配布する。

GISを利用することにより、全ての図面をデータ操作

のみで作成することができた。従来の手書きでの図面作

成に比べ、建設事務所、河川課ともに労力を大幅に削減

できた。また、位置を「数値」で管理したことにより、

ミスや情報の劣化を防止した。

今回の座標調査では、市町村・県機関の両方が利用可

能で、座標系が明確に調査できることから、国土地理院

のサイトを利用した。今後、より簡易な方法を検討して

いきたい。河川図(S=1/20万)

事務所管内図(S=1/5万)

被災箇所

図-5 GISレイヤ

工事番号

事業者 事務所 路河川名 市町村 箇所被害工種

査定 X座標 Y座標凡例番号

185 県 飯田 (一)河内川 阿智村 伍和 河川 本省 -68993 -64389 10

186 県 飯田 (一)河内川 阿智村 洞 河川 本省 -68832 -64058 10

表-1 データベースの例

図-4 位置座標調査

図-6 表示シンボル設定

分類のための値表示シンボル

管内図(Jpeg)に位置情報追加

被災位置情報を追加

表示設定(シンボル、ラベル)

図-7 QGIS画面

レイヤのon、offに

より表示を変更

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6. 長野県統合型地理情報システム(統合型GIS)

掲載による情報共有

業務で作成する多数の図面は、一つの目的にしか使わ

れないことが多い。しかし、位置情報として整理し、共

有することで、他機関、他業務でそれぞれの目的に応じ

た活用が可能になる。

被災箇所の情報は、災害査定に利用するだけでなく、

今後の災害復旧事業や維持管理での利用が想定されるた

め、統合型GISへ掲載し、情報共有を図った。

統合型 GIS へ掲載するには、GIS データを緯度経度座

標系の Shape 形式にする必要がある。5 章の箇所図作成

に用いた被災箇所レイヤに対し、QGIS を用いて座標系

の変換作業(平面直角座標を緯度経度座標へ変換)を行

い、Shape 形式で出力した。このデータを統合型 GIS に

掲載し、県機関へ公開する設定を行った。

図-8 に統合型 GIS に被災箇所を表示した画面、図-9

に属性項目として登録した台帳を示す。

図-8 統合型GISに被災箇所を表示

図-9 統合型GIS属性項目

統合型GISへ位置情報を掲載することにより、県機関

では同じ情報をいつでも利用することが可能になった。

統合型GISの機能を活用することにより、路河川名や

被害工種等の属性項目から位置を検索したり、航空写真

等の基盤地図や、その他の掲載情報と重ね合わせた表示

が可能になった。紙の図面に比べ、利便性が向上し、活

用範囲が広がった。

7.まとめ

迅速さが求められる災害対応において、GISを利用し、

雨量分布図及び被災箇所図作成の効率化に取り組んだ。

位置を「図面」ではなく、「座標」という数値で管理

したことにより、ミスを防止し、図面作成時間を大幅に

短縮することができた。さらに、被災箇所の情報を、長

野県の既存システムである「統合型GIS」へ掲載するこ

とにより、他部署との情報共有を図った。これにより、

被災箇所の情報は他部署、他業務へ活用することが可能

になった。

オープンソースGISと既存システムを活用することに

より、費用をかけずに、効率的な図面作成と情報共有を

行うことができた。引き続き、以下の課題に取組み、迅

速な災害対応や業務の効率化を進めていきたい。

【今後の課題】

・他機関の雨量観測値の収集体制

・位置座標の調査方法の簡易化

・GIS知識及び操作技術の向上

8.おわりに

今回の取組みにより、労力の大幅な削減効果が認めら

れたため、今後長野県の被災箇所図は、GISを利用して

作成する方法に変更した。

2014年初めから、職員への研修を行うとともに、オー

プンソースGISソフト、河川課で作成した様式やマニュ

アルの配布を進めてきた。これにより今年度からは、各

建設事務所でも、オープンソースGISを利用した被災箇

所図を作成できる体制が整ってきた。

この他にも、長野県で管理する河川の情報(水位局、

河川調書など)をGISデータとして整理し、統合型GIS

で共有する取組みを始めた。

行政情報は、業務の効率化や情報公開に向け、他業務

や他機関での2次利用、3次利用を見据えたデータの作成

と蓄積を行っていく必要がある。これからは、扱う情報

に応じ、従来使用している紙図面、表計算やワープロソ

フト、CADに加え、GISの利用を提案する。

本稿がGISを「試しに使う」きっかけとなれば幸いで

ある。

参考URL

1)QuantumGIS(ver.1.7.4)

http://www.qgis.org/ja/site/

2)国土地理院 測量計算サイト

http://surveycalc.gsi.go.jp/sokuchi/surveycalc/bl2xyf.html