12
資  料 アメリカにおける地域での性暴力被害者対応 加納 尚美 1) ,家吉 望み 2) ,西出 弘美 1) 1) 茨城県立医療大学保健医療学部看護学科 2) 東京有明医療大学看護学部看護学科   要旨 アメリカ合衆国のSANEの実践状況を地域での被害者支援対応を踏まえ視察し,今後の日本における被害者支 援を構築するための資料に役立てたいと考えた。 2011年 ₈ 月23日~ 30日に,イリノイ州,ウイスコンシン州のSANEプログラムを視察した。また,SANE教育 担当者からも地域における被害者支援状況について情報収集を行った。資料の翻訳は筆者らが行った。 イリノイ州,ウイスコンシン州の州レベル連合,地域に根ざした病院のSANEプログラムを視察して情報を得 た。草の根の活動を積み上げ,州レベル,地域レベルで支援体制を作り上げていき,その中にSANEの実践活動 が組み込まれていった経緯,そして現状が見てとれた。 これらの動向と相まって,性暴力被害が具体的に分類され,きめ細かいデータが警察によってとられ公表され ていた。これらは,今後の日本における被害者支援に役立つ資料となると考えられる。 キーワード:性暴力,被害者支援,チーム対応,アメリカ はじめに 米国では1970年代後半より,看護師が性暴力被害 に関連する法医学の知識および検査手法を基盤と して,被害者のケアを行い,性暴力被害者支援看 護師(Sexual Assault Nurse Examiner:以下略し SANEとする)という分野を確立している。現在 米国には約700近いSANE実践プログラムが被害者 支援で必須な要件となっている 1) 。同時に,被害者 支援は,性暴力被害者対応チーム(Sexual Assault Response Team:以下SARTと略す)(表₁)が組織 され,多職種で行われている。 国際的にもSANEの働きは広がりつつある。日本 国内では特定非営利活動法人女性の安全と健康のた めの支援教育センターが,2000年よりカナダの女性 病院の教育プログラムをモデルにして研修講座を 行っている。現在,300人近い修了生を排出してい るが,実践現場は広がっていない 2) そこで,アメリカ合衆国のSANEの実践状況を地 域での被害者支援対応を踏まえ視察し,今後の日本 における被害者支援を構築するための資料に役立て たいと考えた。 視察場所と内容 2011年 ₈ 月23日~ 30日に,イリノイ州,ウイス コンシン州のSANEプログラムを視察した。また, SANE教育担当者からも地域における被害者支援状 連 絡 先:加納 尚美  茨城県立医療大学保健医療学部看護学科 〒 300-0394 茨城県稲敷郡阿見町阿見 2669-2 電  話:029-840-2181 FAX:029-840-2281 E-mail: [email protected] 茨城県立医療大学紀要 第 19 巻 A  S  V  P  I Volume 19 地域での性暴力被害者対応 165

アメリカにおける地域での性暴力被害者対応 - …アメリカ合衆国のSANEの実践状況を地域での被害者支援対応を踏まえ視察し,今後の日本における被害者支

  • Upload
    others

  • View
    1

  • Download
    0

Embed Size (px)

Citation preview

Page 1: アメリカにおける地域での性暴力被害者対応 - …アメリカ合衆国のSANEの実践状況を地域での被害者支援対応を踏まえ視察し,今後の日本における被害者支

資  料

アメリカにおける地域での性暴力被害者対応

加納 尚美1),家吉 望み2),西出 弘美1)

1)茨城県立医療大学保健医療学部看護学科2)東京有明医療大学看護学部看護学科  

要旨

 アメリカ合衆国のSANEの実践状況を地域での被害者支援対応を踏まえ視察し,今後の日本における被害者支

援を構築するための資料に役立てたいと考えた。

 2011年 ₈ 月23日~ 30日に,イリノイ州,ウイスコンシン州のSANEプログラムを視察した。また,SANE教育

担当者からも地域における被害者支援状況について情報収集を行った。資料の翻訳は筆者らが行った。

 イリノイ州,ウイスコンシン州の州レベル連合,地域に根ざした病院のSANEプログラムを視察して情報を得

た。草の根の活動を積み上げ,州レベル,地域レベルで支援体制を作り上げていき,その中にSANEの実践活動

が組み込まれていった経緯,そして現状が見てとれた。

 これらの動向と相まって,性暴力被害が具体的に分類され,きめ細かいデータが警察によってとられ公表され

ていた。これらは,今後の日本における被害者支援に役立つ資料となると考えられる。

  キーワード:性暴力,被害者支援,チーム対応,アメリカ

はじめに

 米国では1970年代後半より,看護師が性暴力被害に関連する法医学の知識および検査手法を基盤として,被害者のケアを行い,性暴力被害者支援看護師(Sexual Assault Nurse Examiner:以下略してSANEとする)という分野を確立している。現在米国には約700近いSANE実践プログラムが被害者支援で必須な要件となっている1)。同時に,被害者支援は,性暴力被害者対応チーム(Sexual Assault Response Team:以下SARTと略す)(表 ₁ )が組織され,多職種で行われている。 国際的にもSANEの働きは広がりつつある。日本国内では特定非営利活動法人女性の安全と健康のた

めの支援教育センターが,2000年よりカナダの女性病院の教育プログラムをモデルにして研修講座を行っている。現在,300人近い修了生を排出しているが,実践現場は広がっていない2)。 そこで,アメリカ合衆国のSANEの実践状況を地域での被害者支援対応を踏まえ視察し,今後の日本における被害者支援を構築するための資料に役立てたいと考えた。

視察場所と内容

 2011年 ₈ 月23日~ 30日に,イリノイ州,ウイスコンシン州のSANEプログラムを視察した。また,SANE教育担当者からも地域における被害者支援状

連 絡 先:加納 尚美  茨城県立医療大学保健医療学部看護学科      〒 300-0394 茨城県稲敷郡阿見町阿見 2669-2 電  話:029-840-2181 FAX:029-840-2281 E-mail: [email protected]

茨城県立医療大学紀要 第 19 巻A  S  V  P  I Volume 19

地域での性暴力被害者対応 165

Page 2: アメリカにおける地域での性暴力被害者対応 - …アメリカ合衆国のSANEの実践状況を地域での被害者支援対応を踏まえ視察し,今後の日本における被害者支

表 ₁  SART概要について(サンディエゴ警察資料の例)表1 SART 概要について(サンディエゴ警察資料の例) 経緯: 1990 年に女性が強姦被害にあった時、9 時間後に病院に送られたが、レイプキッ

トもなければ,誰ものどのように対応およびケアすべきか知らなかった。この経験を

生かし、1991 年に郡と病院とが中心になって SART を結成した。以降発展し成功し、

郡の中での中心的役割を担っている。 SART の資源: ① SART 機関 ② レイプクライシスセンター ③ 法執行団体 ④ 地域資源 ⑤ 地方検事事務所 ⑥ 地方検事被害者支援プログラム ⑦ サンディエゴ裁判所、健康、ヒューマンサービス団体、救急医療サービス部

門 SART プロセス: ① 法執行が性暴力を知る。 ② 法執行が性暴力の起きたことを報告、決定する。 ③ 法執行は被害者が到着する前に SART 機関に警戒態勢をとらせる。 ④ SART 看護師がレイプクライシス介入、支援、照会する ⑤ 病院に病院を閉め、警官または刑事を巡回させる。 ⑥ 証拠の処理 ⑦ 捜査照会 ⑧ ケースによって、捜査は地方検事または市検事事務所 ⑨ 裁判プロセス SART 実践の基準: ①プライバシー ・法医学検査の別室を設ける。 ・待合室と面接室を離す。 ・12 歳以上の未成年者は両親の同意なしに治療と証拠の説明同意を得る。 ②情緒的ケア ・被害者の自己尊重を回復し、自己非難を最小にし、刑事手続を説明する。 ・訓練されたアドボケイトが支援と初期危機介入を提供する。 ・カウンセリングケアが継続できるようつなげる。 ・法医学証拠採取の間、性暴力法検査官は情緒的ケア、危機介入を行う。 ③監督機関に権限を与えられた性暴力調査委員会 ・質の高いアセスメント。 ・SART プログラムか SART コミュニュティを勧める。 ・SART 機関、法執行、アドボケイト団体の参加に割り当てる。 ・多職種間の相互作用と患者からの情報提供を基礎として法検査の質を改善する。 ・基金を提供し、性暴力被害者の臨床研究を行う。 ・裁判過程の道をつくり、評価する。 ・多職種シンクタンク、意思決定団体。 ④専門的な法検査人

茨城県立医療大学紀要 第 19 巻166

Page 3: アメリカにおける地域での性暴力被害者対応 - …アメリカ合衆国のSANEの実践状況を地域での被害者支援対応を踏まえ視察し,今後の日本における被害者支

況について情報収集を行った。資料の翻訳は筆者らが行った。

1 .イリノイ州の状況( 1)州全体の連合設立までの動き 1972年にレイプクライシスワーカーが24時間のクライシスラインを立ち上げ,教育とトレーニングプログラムを立ち上げた。1977年に ₈ か所の地域のクライシスセンターが集まり,女性のレイプ被害対応のイリノイ州連合会を発足。1982年に初めて基金を得た性暴力被害対応センター(Illinois Coalition Against Sexual Assault: ICASA)3)を設立し,12センターを作った。1984年には性暴力対応協議会と改名。1994年に女性への暴力法案が通り,1996年には600万ドルの基金を得,2000年には1300万ドルの基

金を得ている。1999年にSANEナースがイリノイ州の病院で実践する試行のための法律を制定させることにも取り組んでいる。 この法律については,2003年のイリノイ刑事司法情報局によるイリノイ州議会総会報告書,“The Efficacy of Illinoisʼ Sexual Assault Nurse Examiner Pilot Program”4)(イリノイSANEパイロットプログラムの効果)が提出され,性暴力被害者支援の具体的内容が詳細に記載されている。この報告書によれば,1999年にSANEプログラムの効果を検証する法案が採択され,24万ドルの予算で調査が開始された。それにより,次の 2 点が明らかになった。 ₁ つは,SANEパイロットプログラムは,性犯罪の被害者への地域の対応を改善するということである。具体的には,被害者支援には多職種連携チー

・SAFEs は被害者と被疑者のケアについて特別な教育を受け、経験を持つ。 ・起訴や裁判での証言に際して、性暴力被害者、法執行、弁護士と一緒に働くこと

を意思表示する。 ・証拠目的で膣鏡拡大を最適な条件に設定できる。 ・証拠採取の原則と管理認証への厳密な注意 ・記録と写真の記録が徹底的に一致される。 ・基礎的教育に加えて、毎月 SAFE のトレーニング、毎年のコンピテンシー、ス

キルアップを図る。 ・被害者と被疑者の法医学検査において客観的である。 ・ガイドラインの変更に沿って、証拠保存に細心の注意を払う。 ・必要な際は、同じ SAFE と検査のフォローアップを行う。 ・一般的医学的フォローアップへの照会 ⑤コミュニケーションを磨く ・被害者に対して適時に十分なサービスを互いに行うための多職種チームである。 ・ケースを明確にするために記録については刑事と検察官と連携する。 ・証拠採取での犯罪研究所に犯罪捜査課から情報提供する。 ・クライシスセンターとともに患者のフォローアップ、リスク軽減、アドボケイト

のトレーニングをする。 ・地域での多職種、多数の司法会議を持つ。 ・SART チームの間で相互に研修を行う。 ・知るべき範囲で、内密のコミュニケーションをとる。 ・外傷がひどい場合は医師が関わる。 ・裁判所、刑事、検事のための卓越した証言を行う。 ・リスク軽減トレーニングを行う。 ・リスク軽減技術磨くさらなる教育に照会する。 ・遂行される教材。 ・地域教育を提供するためのスピーカーの事務局。 ・地域教育を進んで指揮する。 サンディエゴ警察の HP より情報収集(www.sandiego.gov./police/about.sart.html)

地域での性暴力被害者対応 167

Page 4: アメリカにおける地域での性暴力被害者対応 - …アメリカ合衆国のSANEの実践状況を地域での被害者支援対応を踏まえ視察し,今後の日本における被害者支

ムが欠かせないこと,被害者の受け入れサービスは被害者の苦しみを軽減すること,法的選択肢の提示は刑事システムの中でより良い意思決定ができること,病院での治療を改善できたことであった。救急外来の待ち時間を軽減し,被害者の人権を尊重し,検査のあらゆる段階でSANEによる思いやりのある,客観的ケアが提供された。次にSANEパイロットプログラムは,刑事訴追率向上とまではいえないが性犯罪の証拠採取と提示の質を改善するとうことである。 以上の結果から,表 2 の ₇ 点が提案され,SANEプログラムは推進されていった。( 2)�イリノイ州立大学(UIC)看護学部における

上級実践法看護プログラムコースとSANE教育プログラム

 前述した背景の中で,イリノイ州立大学では上級実践看護師という位置付けの中で,幅広くかつ専門的看護師コースとして,上級実践法看護プログラム

(Advanced Practice Forensic Nursing Program,APFNP)を設けている。 担当者(Simmons博士)と面談,カリキュラムの概要,実習室,実習施設等,性暴力被害者へのケアについて詳細に資料,教材に関する情報を得た。①UICにおける法看護学教育概要: 上級実践法看護プログラム(APFNP)は,新しい専門分野として,2008年にUICの健康・人間サービス健康資源学部およびサービス局の ₃ 年間の基金によって始まった。プログラムは上級実践看護師として都市や郊外を問わず,医療としてもこれまで十

分なサービスがなされていない領域において,新しく法や司法に特化した要望に応えられるように準備することを目的としている。アメリカのヘルスケアシステムは,暴力を被るあらゆる年齢の人たちに適切なケア提供をしてきていない。今日,あらゆる年代の暴力犯罪の被害者や家族への身体的,心理的,法的に対応するための多くのニーズがある。 病院や関連施設のナースたちは,犯罪被害に関する証拠採取,ケアを真っ先に行うことができる。アメリカでは法看護学大学院,認定プログラムは21か所のみである(2008年当時)。ヘルスケアの質を改善し特に医療過疎地域での医療へのアクセスの改善を図るように上級実践看護師にイリノイ州は表 ₃ に示された内容を要望している。プログラムの内容: プログラム遂行には,UICの大学院プログラムのオンラインを使用する。プログラムは個々の学生の専門や関心によって法的分野のフォーカスを当てる。つまり,学生個々によって包括的に組み立てるカリキュラムとなる。UICの看護学部による認定を受けるには ₄ コースを履修する。その内 ₃ コースはオンラインで, ₁ コースは実習科目で,合計12単位を取得する。修士課程ではないが,取得単位は大学院プログラムに換算される。UICの入学条件: UICのAPFNPへの入学条件は表 ₄ に示す。SANE教育プログラムの内容: SANE教育プログラムの内容を表 ₅ , ₆ に示す。

表 2  パイロット研究で明らかになったこと表 2 パイロット研究で明らかになったこと ① 新しい SANE プログラムへの資金源を探す ② イリノイ州どこでも 24 時間運営する SANE プログラムにアクセスできるよう

にする ③ 病院はいつでも性暴力アドボカシーセンターと連携する ④ SANE の熟練した証拠採取について刑事関係者を教育する ⑤ 各地域で SART を立ち上げる ⑥ 各地域で、性的被害の受ける影響と SANE プログラムの価値に気づく ⑦ SANE によるケアの効果についてさらに調査する

Illinois Criminal Justice Information Authority:The Efficacy of Illiois' Sexual Assault Nurse Examiner(SANE) Pilot Program. A Report to Illinois General Assembly by the Illinois Criminal Justice Information Authority. Pursuant to Public Act 91-0529. December 2003.

茨城県立医療大学紀要 第 19 巻168

Page 5: アメリカにおける地域での性暴力被害者対応 - …アメリカ合衆国のSANEの実践状況を地域での被害者支援対応を踏まえ視察し,今後の日本における被害者支

表 ₃  イリノイ州のUICへの要望

表 ₄  UIC APFNプログラムへの入学条件

表 3 イリノイ州の UIC への要望 ① 暴力、犯罪心理病理学、ヘルスケア内外での不慮の外傷、囚人、家庭内の虐待、性

暴力、子どもと思春期の虐待、高齢者虐待、検死、法的基準と実践に関する社会的

課題に焦点をあてて上級実践法看護プログラムを開発遂行する。 ② 十分にサービスが行き渡っていない郊外地域の学生を募集する。 ③ 十分な医療サービスが行き渡っていない地域で実践でのプリセプターを育てる。 ④ 3 年間のプロジェクトとして、法関連のリーダーや臨床家、団体との連携を強化す

る。その中には、APFN プログラム評価、学生の成果(プレ/ポスト評価)、APFN プログラム評価 (SANE コースを含む)を含む。

Advanced Practice Forensic Nursing (APFN) Certificate Program: UIC College of Nurisng, Vol 1, issue i, Summer, 2008.

表 4 UIC APFN プログラムへの入学条件

① 認証評価を受けた機関で大学卒業の学位を得ている ② GPA の基準を満たしている ③ 最低 1 年有効な看護師免許を持つ ④ コンピューターが使える

UIC APFN プログラムパンフレットより

表 ₅  UIC SANE-A(成人向けSANE)コース 教育プログラム(2008)の例 表 5 UIC SANE―A(成人向け SANE)コース 教育プログラム(2008)の例 月曜日 歓迎、連絡、期待されるもの、プレーテスト

SANE は何か?役割は?責任は?イリノイ州の法律の中でできること 強姦の支配関係(政治)/アドボケイトの役割 イリノイ州の性暴力法、イリノイの性暴力プログラム/証明システム

火曜日 性暴力証拠採取キット/検査過程、解剖、性感染症

水曜日 外傷および性器の外傷の記録、アルコールと薬物による性暴力 近親者からの暴力(IPV)に関する特定の集団、環境、精神疾患を伴う老人や患者 プログラムの開発、継続する問題:開設、専門的能力の維持、認定、など

木曜日 法執行の役割、司法的写真 イリノイ州警察証拠採取の詳細なステップ:キット収集/帰宅時の説明、緊急避妊薬 犯罪被害者の補償

金曜日 イリノイ州警察司法科学検査手順、検事の役割/弁護する弁護士の役割 性犯罪者の特定、 DNA: 被害者とともに働く者に必要な重大な問題 疑いのある場合の検査、 講義後の試験と評価

*40 時間の講義の後に、各自 IAFN の指定する実習を行い、その上で IAFN の認定試験を受ける。 SANE として、3 年毎に更新手続きをしなければならない。 Dr. Simons からいただいた資料より抜粋

地域での性暴力被害者対応 169

Page 6: アメリカにおける地域での性暴力被害者対応 - …アメリカ合衆国のSANEの実践状況を地域での被害者支援対応を踏まえ視察し,今後の日本における被害者支

表6 SAN 教育の内容例 「SANE とは何か?役割は?責任は?イリノイ州の法律の中でできること」 Julie Garner-Teno ・IAFN について ・強姦の政治: 強姦神話と事実、強姦トラウマシンドローム、アドボケイトの役割 ・イリノイ州警察証拠採取の詳細なステップ 救急外来でのプロトコール SANE の役割、ER でのアドボケイトの役割、法執行 イリノイ州の法律 基本的なガイドライン 全身のアセスメント、性暴力検査の基本的要素 イリノイ州警察性暴力証拠採取キット 患者が帰宅する際の注意点 ・性犯罪者の特徴 神話と事実、性犯罪者はどのようにみえるか:ステレオタイプ、実際はどうか 過去 20 年間の調査結果から明らかになったこと 顔見知り、親しい者 態度と信念 性的な激しい行動は正常、女性は性の対象物、男女関係のステレオタイプ 女性の NO は本当は YES? 動機を強調する 性的暴力を助長する文化 犯罪者はとても男らしい 性犯罪者を探し出す 性暴力(Sexual Assault) 被害に会う人、加害をする者 「裁判の準備」 Julie Garner-Teno ・犯罪被害の補償 連邦政府が 40%、州政府が 60% SFY 1998 約 3000 applications 2005 5600 以上 2007 6500 以上 犯罪の種類、補償の対象 条件 72 時間以内の報告 7 日間―性暴力の場合 補償額:27 千ドル 最大額;5 千ドル葬儀 ・犯罪検査の性暴力証拠に何が起きるのか? 犯人が特定できる 何が起きたか ・被害者の話に耳を傾ける ・何がおきたか詳細に理解する ・被害者が使った表現を使って質問する ・重要な証拠がどこになるかみつける ・調査人と情報を共有する ・何が重要な証拠か ・検査の実際 Dr. Simons からいただいた資料より抜粋

表 ₆  SAN教育の内容例

茨城県立医療大学紀要 第 19 巻170

Page 7: アメリカにおける地域での性暴力被害者対応 - …アメリカ合衆国のSANEの実践状況を地域での被害者支援対応を踏まえ視察し,今後の日本における被害者支

( 3)�Adocate� South� Suburban� 病院におけるSANEプログラムの実際例

 性暴力に対するイリノイ連合(Illinois Coaliton Against Assault: ICASA)のAdocate South Suburban 病院のSANEプログラムをSANEスタッフの案内により視察した。 病院の正面玄関(写真①②)から入り,救命病棟に回る。ここでは病院入り口にはボランティアが常駐している。また,トリアージ看護師がいて,医師の診察が必要かどうかを判断してくれる。アドボケイトが一緒でない場合は,本人に確認し,呼ぶ。救

急外来の一室がSANEプログラムの部屋であった(写真③)。SANEナースと被害者 2 名入ると一杯となるくらいの空間であった。 2006年から開始して現在 ₅ 年目で,これまで354ケースに対応してきた。ここでは,13歳以上の被害者に対応する。10%がドメスティック・バイオレンス,子どものケースであった。開設費用は 2 万 ₅ 千ドル,主にカメラ(膣鏡:コルポスコピー)(写真④)とパソコンの経費がかかった。レイプキットで証拠採取した検体は被害者の承諾が得られた場合,警察にてすべてDNA検査を行う。但し,18歳未満では本人の同意がなくても法律上看護師は警察に報告しなければならない。  ₁ 名のSANEナースが全体のコーディネートを担当し,計 ₅ 名が365日24時間オンコールを行う。SANEの報酬は,時給 ₃ ドルで待機し,実際にケースへのケアを行う際は時給40ドルとなる。例として,月に48時間働くと大体日本円にすると14万円くらいになり,これらは病院により支払われる。 警察は各病院のSANEプログラムと連携している。SANEナースは警察経由あるいは病院経由いずれかの場合でも連絡があれば ₁ 時間以内に駆けつける。また,このSANEプログラムはSARTとして機能し,地域連携を行っている。イリノイ州のSANEプログラムは歴史が浅いので,隣のウイスコンシン州あるいはミネソタ州のミネアポリスのプログラムが参考になるとのことであった。 被害者にはICASAが作成している各種情報パンフレットを渡す(写真⑤)。着替え等は支援団体の寄付により集められる。本人負担の費用はなし。

1

① 病院玄関

② ER の一画に SANE 治療センター

③ SANE ナースと部屋の中の様子

④ 膣鏡(コルポスコピー)

1

① 病院玄関

② ER の一画に SANE 治療センター

③ SANE ナースと部屋の中の様子

④ 膣鏡(コルポスコピー)

1

① 病院玄関

② ER の一画に SANE 治療センター

③ SANE ナースと部屋の中の様子

④ 膣鏡(コルポスコピー)

1

① 病院玄関

② ER の一画に SANE 治療センター

③ SANE ナースと部屋の中の様子

④ 膣鏡(コルポスコピー)

① 病院玄関

④ 膣鏡(コルポスコピー)

② ERの一画にSANE治療センター

③ SANEナースと部屋の中の様子

地域での性暴力被害者対応 171

Page 8: アメリカにおける地域での性暴力被害者対応 - …アメリカ合衆国のSANEの実践状況を地域での被害者支援対応を踏まえ視察し,今後の日本における被害者支

2 .ウイスコンシン州における状況( 1)�ウイスコンシン州の性的暴行に対するウ

イスコンシン連合(Wisconsin� Coalition�Against�Sexual�Assault:WCASA)5)

 ウイスコンシン州内の ₆ 地域からの代表理事で構成される非営利団体で,ウイスコンシン州での性暴力根絶を目指す。州内の47被害者支援の団体が参加している。( 2)�Aurora�Health�Care�におけるSANEプログ

ラムの実際例 国際法看護協会事務局の推薦によりSANE教育を担当者の案内により視察する。Jさんは,この団体のメンバーで,SANE関係の仕事を担当して13年になる。SANEナースを500人は養成してきた。当初SANEプログラムは ₅ か所であったが,2011年には40か所になった。SANEへの報酬は交渉の結果,現在では病院が支払っている。 視察場所は,非営利団体の医療施設“Aurora Health Care”のSANEプログラムであった。 ₃ か所の関連施設に各々 SANEプログラムを持ち,地域ベースで被害者を受け入れられるようになっている。また,SANEナースが24時間対応できるように,₃ か所のSANEプログラムが相互に連携しあっている。子どもの事例は,被害後72時間以内のケースに限っており,それ以上の時間が経過した事例には他の機関を紹介する。 この団体のSANEプログラムは1986年に始まり,ウイスコンシン州では最初のものとなった。2006年では全体で850名の被害者の治療にあたっている。2007年には145名の被害者の支援をしている。また,看護師を対象に ₄ 週間にわたる専門教育のプログラムを実施し(2008年の時点で100名の看護師を対象),かつ50時間の臨床実践(同じく2008年の時点で ₈ 名の看護師を対象)も受け入れている。  写 真 ⑥ は,SANEプ ロ グ ラ ム を 持 つAurora Memorial Hospital of Burlington病 院 玄 関 で ある。2011年は, 2 か所で各々 60事例,110事例,この病院では40事例の性暴力被害者に対応とあった。Burlington市は人口10,464人(2010年)でウイスコンシン州の南東,Racine郡(人口78,860人,2010年)の西端にある。Racine内の性暴力発生率は2010年の警察統計では63(対人口10万人)であったが,病院への受診者は警察データよりも遙かに多いことが

2

⑤ 性暴力に対するイリノイ連合(ICASA)が作成したパンフレット各種

⑥ 病院玄関

⑦ SANE コーディネーターと診察室内(診察台と膣鏡)

⑧ SANE デスクワーク

2

⑤ 性暴力に対するイリノイ連合(ICASA)が作成したパンフレット各種

⑥ 病院玄関

⑦ SANE コーディネーターと診察室内(診察台と膣鏡)

⑧ SANE デスクワーク

⑤  性暴力に対するイリノイ連合(ICASA)が作成したパンフレット各種

⑥ 病院玄関

2

⑤ 性暴力に対するイリノイ連合(ICASA)が作成したパンフレット各種

⑥ 病院玄関

⑦ SANE コーディネーターと診察室内(診察台と膣鏡)

⑧ SANE デスクワーク

2

⑤ 性暴力に対するイリノイ連合(ICASA)が作成したパンフレット各種

⑥ 病院玄関

⑦ SANE コーディネーターと診察室内(診察台と膣鏡)

⑧ SANE デスクワーク

⑦ SANEコーディネーターと診察室内(診察台と膣鏡)

⑧ SANEデスクワーク

茨城県立医療大学紀要 第 19 巻172

Page 9: アメリカにおける地域での性暴力被害者対応 - …アメリカ合衆国のSANEの実践状況を地域での被害者支援対応を踏まえ視察し,今後の日本における被害者支

わかる。 WCASAで性暴力対応チーム(SART)のプロトコールを作成しており,インターネット上でも公開されている。案内をしてくれたSANEスタッフの話では,SARTがないとSANEもうまく機能しないとのことであった。 Aurora南地区の ₃ つの病院内にSANEプログラムが各々連携し,24時間のオンコールに対応できるようにしている(写真⑦)。警察の紹介にて病院に来るケースが圧倒的に多いが救急外来経由でトリアージ看護師がSANEとアドボケイトに連絡するという場合は少なくない。2011年の ₆ - ₈ 月の 2 か月間で24事例に対応していた。 診察室内にデスクワークのスペースがあり(写真⑧),困難なケースに出会ったり,疑問があった際には国際法看護協会の先輩に電話で助言を得ることもある。SANE相互のネットワークは濃密のようである。

 写真⑫は,ウイスコンシン州のレイプキットである。州によってレイプキットの中身は違う。証拠採取後はすべて法執行にて保管することになっている。旅行者が被害にあった場合は連邦政府のキットを使う。 この診察室は,イリノイ州での診察室より広く,更衣室やシャワールーム(写真⑨⑩),洗面所(写真⑪)も備えている。また,ウイスコンシン州のレイプキットが警察から配布され保管されている(写真⑫)。( 3)�ウイスコンシン州における性犯罪に関する統

計 ウイスコンシン州の性犯罪に関する統計資料を得たので概観する(表 ₇ )。 性犯罪の種類は,1930年代以降,連邦警察は強姦の定義を,女性性器への男性性器の挿入としていたが,ウイスコンシン州の司法局では1984年 ₁ 月よりすべての性犯罪のデータ収集を行っている。すなわち①強制レイプ ②強制肛門性行為 ③物を使った暴行 ④強制わいせつ ⑤法定レイプ(承諾年齢未満の強姦)⑥被害者への射精である。 2010年のウイスコンシン州の人口は5,686,986(人口密度 40.6/km2)人で,日本における兵庫県の人口に近い。2010年 ₁ 月 ₁ 日から12月31日までに性犯罪に関する法執行への報告は,4867件(発生率は85.9 対人口10万人)であった。前年より ₅ %増加している。

3

⑨ 着替え ⑩シャワールーム ⑪洗面所

⑫ウイスコンシン州レイプキット中身

⑨ 着替え           ⑩ シャワールーム     ⑪ 洗面所

3

⑨ 着替え ⑩シャワールーム ⑪洗面所

⑫ウイスコンシン州レイプキット中身

⑫ ウィスコンシン州レイプキット中身

地域での性暴力被害者対応 173

Page 10: アメリカにおける地域での性暴力被害者対応 - …アメリカ合衆国のSANEの実践状況を地域での被害者支援対応を踏まえ視察し,今後の日本における被害者支

まとめ

 イリノイ州,ウイスコンシン州において,SANEの実践プログラムのみならず,1970年代には性暴力被害について社会的認知が乏しく,サポート資源や場も少なかったことがわかった。しかし,草の根の活動を積み上げ,州レベル,地域レベルで支援体制を作り上げていき,その中にSANEの実践活動が組み込まれていった経緯,そして現状が見てとれた。 これらの動向と相まって,性暴力被害が具体的に分類され,警察によってきめ細かいデータがとられ公表されていた。これらは,今後の日本における被害者支援に役立つ資料となると考えられる。

 この研究は,科学研究費補助金(基盤研究B)による「性暴力被害者支援に対する急性期看護ケアの実践モデルの開発」(研究課題番号22390424,研究者代表加納尚美,平成22年度-24年度)によって行われた一部である。

文  献

₁ ) h t t p : / / w w w . o j p . u s d o j . g o v / o v c /publications/infores/sane/saneguide.pdf: U.S.A.Department of Justice. Linda E. Ledray.Sexual Assault Nurse Examiner

(SANE) Development & Optional Guide.

表 ₇  ウィスコンシン州における性犯罪に関する統計資料 表7 ウィスコンシン州における性犯罪に関する統計資料 不法行為 ① forcible fondling 強制わいせつ 45% ② 性犯罪の報告は、53% ③ 1 年を通じて、金曜日と月曜日の発生が高い ④ 成人よりも十代が 3 倍となっている ⑤ 52%が家族以外の顔見知りによって被害を受けている ⑥ 16-20 歳が加害者のハイリスクグループで、11-15 歳が被害者のハイリスクグルー

プ。 ⑦ 過去 2 年間の中で、家庭内での性的暴行の率は一定であった 2010 年発生数:

強制レイプ(1180 件) ②強制肛門性行為(446 件) ③物を使った暴行(118 件) ④強

制わいせつ(2168 件) ⑤法定レイプ(承諾年齢未満の強姦)(931 件)⑥被害者への射精

(14 件)である。 被害者 ① 過去 5 年間でみると重大の被害が多く、2010 年は被害者の 3 分の2となっている。 ② 女性の被害者が 85%で、強制わいせつ、強制レイプであった。 ③ ほとんどの性犯罪被害者には身体的な傷はない。 ④ 被害と加害はほとんど同じ人種間で行われていた。 関係性: ① 報告された半数が、家族以外の顔見知りによる被害であった。 ② 2006 年以来、家庭内、家庭外とも一定の率で、家庭外の多くが報告されていた。 ③ 家庭内では家族からの強制わいせつ、ボーイフレンドやガールフレンドの法定レイ

プであった。 ④ 見知らぬ者から被害を受けた者は報告することが多い。 加害者: ① 2010 年では、4857 ケースの被害ケースを含む 5287 人の加害者がいた。 ② 性犯罪加害者の 3 分の 2 は 11-30 歳であった。 ③ 2006 年以来、加害者の十代と成人の比率は一定している。 ④ 大多数が強制わいせつであった。 ⑤ 成人に比べて、十代の加害者(17 歳)は報告されている Wisconsin Office of Justice Assistance: Sexual Assaults in Wisconsin 2010, April 2011

茨城県立医療大学紀要 第 19 巻174

Page 11: アメリカにおける地域での性暴力被害者対応 - …アメリカ合衆国のSANEの実践状況を地域での被害者支援対応を踏まえ視察し,今後の日本における被害者支

Sexual Assault Resource Service Minneapolis, Minnesota. [2013-7-12]

2 ) 加納尚美:性暴力被害者支援看護師(SANE)の役割と課題.東京都病院協会会報,2012;188:1-4

₃ ) http://www.icasa.org/index.aspx?pageID-514 [2011-8-15]

₄ ) Illinois Criminal Justice Information Authority:The Efficacy of Illiois' Sexual Assault Nurse Examiner(SANE) Pilot Program. A Report to Illinois General Assembly by the Illinois Criminal Justice Information Authority. Pursuant to Public Act 91-0529. December 2003. [2013-9-12]

₅ ) http://www.wcasa.org/pagws/Intervention_SANE.php. [2013-9-15

₆ ) Wisconsin Office of Justice Assistance: Sexual Assaults in Wisconsin 2010, April 2011.

地域での性暴力被害者対応 175

Page 12: アメリカにおける地域での性暴力被害者対応 - …アメリカ合衆国のSANEの実践状況を地域での被害者支援対応を踏まえ視察し,今後の日本における被害者支

Sexual assault response based on community in the USA

Naomi Kanou1), Nozomi Ieyosi2), Hiromi Nishide1)

1)Ibaraki Prefectural University of Health Sciences2)Tokyo Ariake University of Medical and Health Sciences

Abstract

Object:

 To set up a support system for sexual assault victims in Japan, useful documents were created by visiting SANE

(Sexual Assault Nurse Examiner) programs and practices based on a community in the USA. Methods:

 One of the co-authors visited some SANE programs in Illinois & Wisconsin from Aug.23 to 30, 2011. Documents

about SANE and victim support were written based on observations in the community and hearing from SANE

educators and nurses.Results & Conclusion:

 Realistic information and documents about SANE programs and practices in community based hospitals in

Illinois and Wisconsin, USA were written. SANEs have made efforts to set up state coalitions based on grass

roots organizations, county and state agencies. In this context, SANE programs had an important position in the

whole support system. On the other hand, the definition of sexal crime has become much more concrete in order to

categorize and raise social awareness of rape. All of the data about sexual assault is made public by police offices.

These documents would be useful for developing a victim support system in Japan.

 Key words : Sexual Assault, Victim Support, Team Response, USA

茨城県立医療大学紀要 第 19 巻176