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1 石油・天然ガスレビュー アナリシス じめに 2 0 1 3 年 1 2 月にメキシコ議会は憲法を改正し、それにより 1 9 3 8 年以来続く石油・天然ガスセクター における同国国営石油会社Petroleos Mexicanos(Pemex)の独占的地位が解消され、民間企業または外 国企業による参入が憲法上可能となった。憲法改正による改革をさらに進めるためにはその適用段階を 規定する授権法(Secondary Laws)の整備が必要となる。このオイルセクター整備に係る授権法案は 2 0 1 4 年 4 月末に提出され、同年 6 月にも通過が見込まれている(本誌刊行の 7 月時点には既に通過して いる可能性がある)。 メキシコは世界で 1 0 指に入る原油生産国であるが、大規模なオフショアおよび他の成熟油田の資源 減退を背景に、2004年のピーク原油生産量の約350万bbl/dを達成後、その生産量、輸出量は継続し て減少し、2013年には約250 万bbl/dまで下降してきている *1 。とはいえ、メキシコには膨大な量の 炭化水素のリザーブと資源が賦存していると推定されており回復の基礎は十分にある。米国エネルギー 情報局(EIA: Energy Information Administration)によれば、メキシコの確認埋蔵量は原油で 101億 bbl、天然ガス 17.1Tcfであると言われている(2014年)。また、現時点でのシェールオイルの技術的回 収可能資源量は、1 3 0 億 bbl で世界第 8 位、シェールガスは 5 4 5Tcf で世界第 6 位と見積もられている *2 しかし、これらの多くはオフショア大水深やシェール層に賦存しており、Pemexはこれらの開発には 経験や専門的技術を有した外国企業の支援が必要と見ている。技術的な課題に加えて、政府歳入の約 1/3がPemexへの課税によって賄われている事実は、Pemexにとって新規の探鉱や投資活動を行うた めの大きな負担になっているという。 このようななか、2012年に政権に就いたエンリケ・ペーニャ・ニエト大統領が掲げるオイルセクター 改革には、Pemexのパフォーマンス向上、メキシコ炭化水素セクターの外資への開放などの面から大 きな期待が寄せられる。本稿は、憲法改正前までの議論を紹介した2013年11月発表の拙稿「メキシコ: オイルセクター改革の動向 *3 」にその後の憲法改正、ラウンドゼロ、授権法案の提案までの動向を加筆・ 修正したものである。以下、ニエト大統領が進めるオイルセクター改革の動向について整理し紹介する。 1. 背景:メキシコ原油生産動向とニエト政権のこれまでの成果 (1)メキシコにおける原油生産動向 メキシコの原油生産地域は、主に北東海域、南西海域、 南部陸上そして北部陸上に分けられる。同国の原油生産 のほとんどは北東海域で行われ、メキシコ湾の一部であ る Campeche 湾における浅海水域からの原油生産量が大 きな割合を占めている。このうちさらにKu-Maloob- Zaap(KMZ)油田およびCantarell油田に生産が集中して いる。KMZ の生産量は 2 0 0 4 年の約 3 0 万 bbl/d からここ 10年間一貫して上昇基調にあり、2013年時点の生産量 は約 8 6 万 bbl/d となっている。これに対して Cantarell は 同じ期間において下降の一途をたどっており、2004年 の約214万bbl/dから2013年には約44万bbl/dとなっ ている。Cantarell は 1 9 7 9 年に生産を開始し、かつては 世界でも有数の生産量を誇る油田であったが、1990年 台から地層圧力の低下により生産量が減少している。 Pemexは窒素を注入することにより生産量の回復を図 JOGMEC ワシントン事務所 佐藤 陽介 メキシコ:オイルセクター改革 の動向

メキシコ:オイルセクター改革 の動向...るAceite Terciario del Golfo(ATG)プロジェクトであ り、別名Chicontepecで知られる。北部陸上における炭

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1 石油・天然ガスレビュー

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アナリシス

はじめに

 2013年12月にメキシコ議会は憲法を改正し、それにより1938年以来続く石油・天然ガスセクターにおける同国国営石油会社Petroleos Mexicanos(Pemex)の独占的地位が解消され、民間企業または外国企業による参入が憲法上可能となった。憲法改正による改革をさらに進めるためにはその適用段階を規定する授権法(Secondary Laws)の整備が必要となる。このオイルセクター整備に係る授権法案は2014年4月末に提出され、同年6月にも通過が見込まれている(本誌刊行の7月時点には既に通過している可能性がある)。 メキシコは世界で10指に入る原油生産国であるが、大規模なオフショアおよび他の成熟油田の資源減退を背景に、2004年のピーク原油生産量の約350万bbl/dを達成後、その生産量、輸出量は継続して減少し、2013年には約250 万bbl/dまで下降してきている*1。とはいえ、メキシコには膨大な量の炭化水素のリザーブと資源が賦存していると推定されており回復の基礎は十分にある。米国エネルギー情報局(EIA: Energy Information Administration)によれば、メキシコの確認埋蔵量は原油で101億bbl、天然ガス17.1Tcfであると言われている(2014年)。また、現時点でのシェールオイルの技術的回収可能資源量は、130億bblで世界第8位、シェールガスは545Tcfで世界第6位と見積もられている*2。しかし、これらの多くはオフショア大水深やシェール層に賦存しており、Pemexはこれらの開発には経験や専門的技術を有した外国企業の支援が必要と見ている。技術的な課題に加えて、政府歳入の約1/3がPemexへの課税によって賄われている事実は、Pemexにとって新規の探鉱や投資活動を行うための大きな負担になっているという。 このようななか、2012年に政権に就いたエンリケ・ペーニャ・ニエト大統領が掲げるオイルセクター改革には、Pemexのパフォーマンス向上、メキシコ炭化水素セクターの外資への開放などの面から大きな期待が寄せられる。本稿は、憲法改正前までの議論を紹介した2013年11月発表の拙稿「メキシコ:オイルセクター改革の動向*3」にその後の憲法改正、ラウンドゼロ、授権法案の提案までの動向を加筆・修正したものである。以下、ニエト大統領が進めるオイルセクター改革の動向について整理し紹介する。

1. 背景:メキシコ原油生産動向とニエト政権のこれまでの成果

(1)メキシコにおける原油生産動向

 メキシコの原油生産地域は、主に北東海域、南西海域、南部陸上そして北部陸上に分けられる。同国の原油生産のほとんどは北東海域で行われ、メキシコ湾の一部であるCampeche湾における浅海水域からの原油生産量が大きな割合を占めている。このうちさらにKu-Maloob-Zaap(KMZ)油田およびCantarell油田に生産が集中している。KMZの生産量は2004年の約30万bbl/dからここ

10年間一貫して上昇基調にあり、2013年時点の生産量は約86万bbl/dとなっている。これに対してCantarellは同じ期間において下降の一途をたどっており、2004年の約214万bbl/dから2013年には約44万bbl/dとなっている。Cantarellは1979年に生産を開始し、かつては世界でも有数の生産量を誇る油田であったが、1990年台から地層圧力の低下により生産量が減少している。Pemexは窒素を注入することにより生産量の回復を図

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メキシコ:オイルセクター改革の動向

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り、2004年に生産量がピークを迎えるまで成功を収めたがそれ以後は一層急激に生産量が減少するという事態に陥っている。オフショアにおけるもう一方の生産地域で あ る 南 西 海 域 はCampeche湾の南西に位置し、2013年の生産量は 約 60 万 bbl/dと な っている。メキシコ湾大水深については、大規模な炭化水素資源が賦存していると見積もられており、Pemexは2006年から探鉱活動を行っているが開発はまだなされていない。陸上では南部と北部を合わせて2013年時点で原油生産量が約63万bbl/dで、メキシコ原油生産量全体の25 %を占める重要な地域となっている。陸上地域で有名なのは、北部陸上に属す

るAceite Terciario del Golfo(ATG)プロジェクトであり、別名Chicontepecで知られる。北部陸上における炭化水素のP3埋蔵量は原油換算で190億bblと見積もられ

メキシコ原油生産量(アセット別)表1

出所:SENER、“Energy Information System”のデータから作成

年 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013

Total 3,382 3,333 3,255 3,076 2,763 2,602 2,577 2,552 2,548 2,522

Northeastern Marine Region 2,440 2,357 2,205 2,017 1,746 1,493 1,397 1,343 1,309 1,304

Cantarell 2,136 2,035 1,801 1,490 1,040 685 558 501 454 440

Ku-Maloob-Zaap 304 322 404 527 706 808 839 842 855 864

Southwestern Marine Region 388 396 475 506 500 517 544 560 585 593

Abkatun-Pol Chuc 322 300 332 312 308 305 296 276 266 294

Litoral de Tabasco 66 96 143 194 192 212 248 284 319 299

Southern Region 473 496 491 466 459 498 532 530 508 481

Cinco Presidentes 38 39 39 45 47 57 72 83 96 93

Bellota-Jujo 212 224 219 190 175 172 160 143 130 134

Macuspana 41 38 40 44 52 69 82 81 77 81

Muspac 182 195 193 187 185 200 218 223 205 173

Samaria-Luna

Northern Region 81 84 84 87 58 94 104 119 146 144

Burgos N/D N/D N/D N/D N/D N/D 1 3 5 8

Poza Rica-Altamira 79 82 83 85 56 59 57 60 68 61

Aceite Terciario del Golfo N/D N/D N/D N/D N/D 30 41 53 69 66

Veracruz 2 2 1 2 2 5 5 3 4 9

千 bbl/d

0

500

1,000

1,500

2,000

2,500

3,000

3,500

4,000千bbl/d

年2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013

メキシコ合計

Cantarell

Ku-Maloob-Zaap

メキシコ原油生産量図1

出所:メキシコ・エネルギー省(SENER)、“Energy Information System”*4 のデータから作成

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ており、Pemexは特にこのChicontepecに対して投資を集中してきた。しかし、Pemexの投資とそのポテンシャルにもかかわらず、複雑な地質構造を有していることから開発には多くの課題があり、Chicontepecの原油生産量は約6万6,000bbl/dにとどまっている。 このようにCantarellについては生産量回復、KMZにつ い て は さ ら な る 生 産 増 加、 大 水 深 の 開 発 促 進、Chicontepecのような投資とともに高い技術力も要する地域の開発など、メキシコのオイルセクターは新たな活力の導入が求められている。

(2)ニエト大統領の改革

  制 度 的 革 命 党(PRI: Institutional Revolutionary Party)に所属するエンリケ・ペーニャ・ニエト大統領は、2012年12月に大統領に就任し、12年間の国民行動党

(PAN: National Action Party)の治世に終止符を打った。ニエト大統領はかつてオイルセクターを国有化したPRIを代表する立場にあるが、オイルセクターの民間開放を含む広範な経済改革を進めている。この点、2012年12月に、同大統領が与党PRI、野党PANおよび野党・民主革命党(PRD: Party of the Democratic Revolution)の代表者との間で調印した政治協定「メキシコのための協定」(Pacto por Mexico)は、メキシコにおける政治・経済・社会改革を進める上で大きな原動力となった。この協定は、後にPRDが離脱するなどして既にその役割を終えたとも言えるが、メキシコの国としての強化、経済的政治的民主主義の達成、市民の参加の達成を3本柱に、権利と自由、経済成長・雇用と競争性、安全と正義、透明性・説明責任および不正との闘い、民主主義という5分野計95項目について合意したものであり、改革のための土台となるものである。オイルセクター改革についてもこの協定に規定されており、国による炭化水素資源

保有の継続、Pemexの生産性の向上、炭化水素資源の探鉱・開発の倍増、石油精製・石油化学および輸送分野に お け る 競 争 性 の 確 保、 炭 化 水 素 委 員 会(CNH:Comision Nacional de Hidrocarburos)の強化、Pemexを中心とした気候変動対応等が合意されていた。本協定での合意を基礎に、これまでのところニエト政権は大きな成果として教育改革、テレコム改革(競争性改革)、財政改革、選挙制度改革等を達成し、そして2013年12月には念願のオイルセクター改革に必要な憲法改正を実現した。 オイルセクター改革に関する憲法改正が成立したとはいえ、憲法に新たに盛り込まれた理念を実行するための諸法や規則の整備が残っており、改革の遂行は依然進行中 で あ る。 そ の た め の 重 要 な 一 歩 で あ る 授 権 法

(Secondary Laws)の成立の成否は本稿執筆時点では不明であるが、政権による改革の気運は衰えそうにない。それは、一つには次期大統領選挙が2018年にあり、また、メキシコ大統領制は1期再選禁止であるために、ニエト大統領としては在任中に氏が始めた改革を完遂し、成果を残したいという誘因のあることが挙げられる。また現在与党のPRIも改革の成果を土台に引き続き与党の地位を占めたいと願うはずである。野党であるPANもこれまでの改革に協力してきた立場から引き続きPRIの進める改革を支持することが見込まれる。PANはそもそも今回のオイルセクター改革に類似する提案を過去に行いPRIに阻まれた経緯さえある。 オイルセクター改革の里程標としては、まず授権法の成立、Pemexが保持する探鉱・生産鉱区の扱いの決定(ラウンドゼロ)、2015年を目標としている第1回入札ラウンドの実施となるが、大きな改革は一朝一夕に成されるものではなく、少なくとも2018年までは注意深く改革の進

しんちょく

捗を注視することが必要である。

2. エネルギー分野に関する各党の提案

 メキシコ憲法の改正には、議会の2/3の賛成票が必要なことに加えて、32の州(31州と1連邦区)の議会の過半数(16以上)の承認が不可欠で、この点、改革を進める与党PRIは、野党と連合する必要があった。 表2は、憲法改正前における主要項目についての各党の立場を整理したものだが(○は賛成、×は反対)、エネルギーセクター改革の不可避性については各党の

間でコンセンサスができあがっていたと言える。PRDは後にエネルギー改革の議論から離脱したためにPRIとPANとの間の協議となったが、焦点となったのはPANが主張するオイルセクターにおけるコンセッション契約の導入をPRIが妥協して受け入れるかどうかという点にあった。

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(1)PRDの提案内容

 野党PRDは、炭化水素資源と電力セクターに国家の排他的な地位を認めている現行憲法の修正を認めておらず、専ら12ないし13種類の授権法の修正により、エネルギーセクターへの投資誘致やPemexの改革を進めようとしていた。その主眼は、Pemexや CFE(Comision Federal de Electricidad。メキシコの国営電力会社)の国家予算面、運営面での自律性を向上させることや、Pemexの課税負担を軽減すること(これにより探鉱・開発への投資余地を拡大させる)により、エネルギーセクターの改革を進めることを目指すものであった。PRDは3党のなかでは政治的には左派であり、その提案も、特に国家による炭化水素資源の保有に関しては、最も保守的なものとなっていた。

(2)PANの提案内容

 野党PANは、現行憲法の第25条、第27条、第28条および授権法の修正を提案していた。PANの提案は、概して炭化水素セクターや電力セクターの国(PemexやCFE)の独占を解消し、民間企業からの投資や操業を認めるものとなっていた(憲法第27条の修正)。PemexやCFEの国営会社としての地位の維持や、Pemexの税額負担の軽減化などに関してはPRDの提案との共通面があったが、特に石油・天然ガス開発に係るコンセッション契約の付与を許可すること(同第27条の修正)や規制当局CNHや エ ネ ル ギ ー 規 制 委 員 会(CRE:Comision Reguladora de Energia)の役割の強化(同第28条の修正)、

「メキシコ石油ファンド」の創設などは、PRDや後述のPRIの提案と比べて特徴的となっていた。特に、規制当局やセクターの枠組みに関しては、当時のPRIの提案が詳細を明らかにしていないのに対し、PANは具体的な提案を行っている。まず、石油・天然ガス開発規制当局のCNHに探鉱・開発に係るコンセッションを付与する権限を与える一方、既存開発地域におけるPemexへの優先権を確保する。また、より広いエネルギー分野の規制当局であるCREに、電力分野における発電と配給に係るコンセッションの付与、炭化水素分野における精製、処理、配給、移送と貯蔵に関するコンセッションの付与を行う権限を与える。CNH、CREは、それぞれ独立・自律した組織として再編成する。さらに「メキシコ石油ファンド」

を新設して石油収入やロイヤルティの管理に当たらせ、探鉱・開発プロジェクトへの投資に充てられるようにする。この「メキシコ石油ファンド」は、ノルウェーのSDFI

(State’s Direct Financial Interest)*5とその管理企業であるPetoroをイメージしているという。PANは、憲法第25条の修正も提案していたが、これは、国による国家開発の義務として「持続可能で低温室効果ガス排出」による旨を追記するという内容であった。PANは、3党のうちでは政治的には右派であり、その提案も、特にエネルギーセクターの民間企業への開放という面でビジネス指向となっていた。PANの提案は、その後憲法改正や授権法案において多く採用されることとなった。

(3)PRIの提案内容

 与党PRIは、現行憲法の第27条、第28条と授権法の修正を提案していた。Pemexの税額負担軽減や財務体質の改革などは、PRDやPANの提案と共通性があった。エネルギーセクターの開放に関しては、利益分与契約による石油・天然ガス上流分野の民間企業への開放、石油精製、石油化学、輸送と貯蔵分野におけるPemexの独占の解消、電力セクターにおける発電所の建設、操業の民間企業(CFEは引き続き伝送、配給分野へのコントロールを保持)への開放を内容としていた。PRIの提案は、憲法の改正を提案している点でPRDより踏み込んでいる一方、コンセッション契約や生産分与契約を引き続き憲法上の禁止事項とする点では、PANの提案よりも後退していた。PRIは3党のなかでは、中道路線であり、その提案も左右両派の意向を汲

み、また、エネルギーセクター改革に必要な妥協を得るためにその提案も中道路線の内容となっていた。

PRD, PAN, PRI のオイルセクター改革案の比較表2

出所:各種資料から作成

項 目 PRD PAN PRI

Pemex改革 ○ ○ ○

オイルセクター改革(民間企業への開放) × ○ ○

契約形態(民間企業の資源開発) × ○ ○

契約形態(コンセッションの可否) × ○ ×

憲法の修正(修正の可否) × ○ ○

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 最終的に、炭化水素分野や電力分野を対象とするエネルギーセクター改革に係る憲法改正は、2013年12月11日にまずメキシコ上院(Senate)を通過し(95-28)、次いで同月12日に下院(Chamber of Deputies)を通過(354-134)、そして同月20日にニエト大統領が署名することで正式に発効する運びとなった(ニエト大統領の署名までの間メキシコ各州の2/3以上の承認も得た)。 オイルセクターに関する改革の内容については、大筋PANの主張する内容に沿ったものとなった。憲法に対する修正は、第25条、第27条、第28条に対してなされ、憲法改正に付随する移行条項(Transitory Articles)が、セクター改革の方向性を規定している。これらのポイントは主に以下に集約される。◦ 地下炭化水素資源の所

有権は依然として国家に帰属するが、これらの地下資源が一度地上に採掘されてからは企業による所有権獲得を許し、また企業の財務報告書にリザーブ(探鉱・開発に当っている鉱区の炭化水素の埋蔵量)を計上することを許可する。

◦ サービス契約、利益分与契約、ライセンス契約、生産分与契約という探鉱・開発に係る4

種類の契約を可能とする。◦ 石油精製、輸送、貯蔵、天然ガス処理、石油化学に係

るセクターを民間企業に開放する。◦ Pemexに予算の自律性を与え、取締役会から労働組

合の代表者を除くことにより、Pemexを生産的な国営企業に改革する。

◦ 炭 化 水 素 セ ク タ ー の 規 制 当 局 で あ る SENER(Secretaria de Energia。エネルギー省)、CNHを強化するとともに、開発に係る環境・労働安全衛生を監督する新たな規制機関、開発から得られる収入の徴収・管理・配分を行う政府系ファンドを設立する。

3. 憲法改正によるオイルセクター改革の内容

4. 授権法(Secondary Laws)の内容と審議

 憲法の修正条文と移行条文に見られるとおり、メキシコ議会はオイルセクター改革に係る詳細を規定する授権法の制定を進める。当初これらの授権法は憲法改正の施行から120日以内に成立させることが規定されていたが、これら授権法の提案は若干遅れて2014年4月30日に提

案がなされた。 提案されている授権法案は全部で21法案あり、これら法案は民間企業の参入や政府系ファンドの成立に関する新規の法律の他、Pemexの改革を進めるための既存の法律を改正するものがある。各種報道、レポート等か

改正後憲法条文と移行条文の概要表3

出所:EIA, “Liquid Fuels and Natural Gas in the Americas”*6, Jan 2014 から作成

関係条文 内容

憲法第25条修正契約に関する運営、組織、機能、手続きや、石油その他炭化水素の探鉱や採取に係る計画およびコントロールに関連するその他法的行為に関するガイドラインとなる法の制定を認める。

憲法第27条修正地下における炭化水素の帰属は国家にあることを確認する。しかし、国家の長期的な発展に貢献する収入を得る目的において、炭化水素の探鉱・開発はPemexとの協定または民間企業との契約を通じて許可される。

憲法第28条修正メキシコ石油安定開発ファンド(Mexican Fund of Petroleum Stabilization and Development)を設立し、また、各政府機関のエネルギーセクターを監督する権限を強化する。

移行第4条 サービス、利益分与、生産分与、ライセンスの契約モデルの法的枠組みを議会が創設することを規定する。

移行第7,9条 これら契約の枠組みにローカルコンテンツ要求や透明性確保のための条項を追加することを規定する。

移行第5条 会計・財務の目的のために民間企業が地下炭化水素について、これらが国家に帰属することを明記した上で報告を行うことを許可する。

移行第6条 Pemexに対して、3年以内に目的とする資源の生産を可能とする財務的技術的の能力を証明した場合には当該資産を保持することを認める。

移行第10,12,13条 議会に規制当局を規定し権限を付与する法律の制定を可能とする。

移行第14条 メキシコ石油安定開発ファンドの機能を詳細に規定する。

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ら抜粋した授権法案のポイントは以下のとおりである*7。これらの諸点はおおむね憲法改正や移行条文で示された内容に沿うものとなっている。◦ 炭化水素の探鉱・開発の対象となる鉱区は入札によっ

て付与される。◦ SENERがこれらの対象鉱区、対象鉱区に適用される

契約種類を決定し、財務省が各契約種類に対するロイヤルティ等の財務条件を決定し、CNHが入札ラウンドを実施する。開放された鉱区から得られる収入はメキシコ中央銀行(Banco de México)の管理下に入るメキシコ石油安定開発ファンドが徴収し管理する。

◦ 入札ラウンドごとに財務省が契約時の財務条件を決定するが、国家に対して最も高い収入を得られる提案を行った者に対して契約が付与される。

◦ 企業は探鉱段階において、最初の6カ月間は1㎢あたり2,650ペソ(203ドル)の固定契約フィーを支払い、それ以後生産が開始されるまでは1㎢あたり4,250ペソ(327ドル)を支払う。

◦ ロイヤルティは、生産物の価値合計に対して原油価格が$60/bblより低い際には5%、以後$10/bbl上昇するごとに1.25%上昇するスライドスケールを採用する。

◦ サインボーナスが求められるが詳細は入札ラウンドごとに決定される。

◦ ローカルコンテンツ率(メキシコ産品の使用を一定程度義務づける要求事項)は、現行平均35.1%から2025年までに平均25.1%まで低減させる。

◦ 米国との国境付近における炭化水素開発では、Pemexが最低20%のステークを保持して参加する。ただしPemexがオペレーターとして参加することまでは求めない。

◦ 利益分与契約における生産物および生産分与契約における生産物の国家の引き取り分のマーケティングは国家が行う。

 メキシコ議会の会期は通常2月から4月までと9月から12月までの2期で構成される。ただし審議を要する特別な議事が存在する場合には臨時のセッションを行うことが可能である。この点、オイルセクター改革に係る授権法案についても臨時セッションで審議されることとなっており、改革の他の分野である選挙制度改革に関する授権法は、既に5月中のセッションで成立している。オイルセクター改革は、テレコム改革の授権法とともに2014年6月末までに審議・投票が行われると言われており、本誌が刊行される7月時点では既に成立している可能性が高い。 憲法の改正とは異なり、授権法の制定・修正に必要なのは議会での単純多数であり、州議会の承認も不要であるため憲法改正よりもハードルは低い。また、与党PRIと野党PANとの間では、憲法改正条文、移行条文を成立した時点で既に合意が成立しており、提案されているオイルセクター改革に係る授権法案も基本的にこれらに沿った内容となっているので、大きな修正や議論が生じる可能性は低い。

5. 今後の注目点

(1)第1回入札ラウンドの実施

 メキシコ政府は、憲法改正の目的である企業の参入のために最初の炭化水素開発のための入札ラウンドを2015年に行うことを発表している。今後のステップとしては、まず授権法の審議・可決、後述のラウンドゼロの実施、ラウンドゼロの結果Pemexが保持を継続するアセットの取り扱い手続き、必要な規則等の策定を経て、第1回目の入札ラウンドの実施が行われる見込みとなっている。しかし、第1回入札ラウンドを成功させるためには多くの課題があることが指摘されている。 まず指摘されるのは規制当局のキャパシティの問題である。CNHは今後入札ラウンドを取り仕切るとともに契約を管理することになるが、その人員、資金規模は入

札の成功のためには現在のままでは力量不足であると言われている。石油開発分野のコンサルタント企業であるIHS Energyは、南米において入札を成功させているブラジル、コロンビアの規制当局とCNHの比較を行っている*8。 それによれば、2014年度においてブラジルのANP

(National Petroleum Agency)は、予算28億ドル、職員800 名、コロンビアの ANH(National Hydrocarbons Agency)は予算15億ドル、職員156名であるのに対して、CNHは予算570万ドル、職員80名とかなり少なくなっている。入札に先立ち鉱区の探鉱作業や地質評価、また職員には地質等の専門家を擁する必要もある。こうした点からCNHにはまず予算と人員を拡充していくこ

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メキシコ:オイルセクター改革の動向

とが求められる。また、CNHにとっては入札ラウンドを実施するのは初めての経験でもあり、目標とする2015年までに然

しか

るべき準備と習熟を果たさなければならない。なお、入札ラウンドの実施に関わるのはCNHだけではない。先に紹介したとおり、SENERは対象鉱区を選定する必要があり、財務省は入札に関する財務条件を決定しなければならない。 Pemexは国営石油会社の立場から、また、政府収入への貢献度の高さからも期待され、改革後もメキシコのオイルセクターにおいて主要な役割を担うであろうが、より生産的な企業へと生まれ変わるPemex自体の改革も期待されている。恐らくCNHをはじめとするこれら機関は、外国の関連機関や企業からの支援を要することになるだろう。また、今回の改革によって設立された新たな機関も存在する。メキシコ石油安定開発ファンドと労働安全衛生に係る機関が新規に設立され、その役割もメキシコの石油開発の歴史上初めての試みとなる。 また上記とも密接に関連することだが、授権法の精査やそれに伴う規則、規制の整備については膨大な作業になることが予想される。授権法は1本100 ~ 200頁と大部であり、提案されている21法案全てが直接的にオイルセクター改革に関わっていないまでも何らかの形で関連があり(財務条件や環境規制など)、規制当局としてもこれらの精査は欠かせまい。さらに入札ラウンドともなればそのフレームワークの構築など細かい規則も策定する。環境規則に関しても、例えば、米-メキシコ国境炭化水素協定の締結・批准により、オフショア国境地域でも高い水準の環境規制が求められることが予想されるほか、シェール開発を進めることになれば、使用される化学物質の取り扱いや排水処理の方法等規定することが生じるだろう。 以上のことから、政府が目標としている2015年の入札の実施は困難であるとの見方もいくつかある。しかし、同時に入札の実施が遅れること自体はそれほど悪いことではないとも聞く。それは体制の整備や法令等の吟味に十分な時間がかけられ万全の準備を期すことができるからである。とはいえ、ニエト大統領や与党PRI、あるいは協力している野党PANは、今回の改革による成果を誰よりも早く見たいところであろう。他方で、低迷しているメキシコの原油生産量の回復やそれによって波及効果を受ける政府歳入、関連産業の発展などを期待すれば、改革に携わっている誰にとっても最初の入札は大きな目標となる。

(2)ラウンドゼロ

 憲法改正の移行条文にも規定されているとおり、

Pemexは第1回入札ラウンドの前に、これまで投資を行ってきた鉱区や生産鉱区の保持について優先的に扱われ る こ と に な っ て い る。 そ の た め に は、PemexはSENERとCNHに対して自己が保持したい探鉱中あるいは生産中の資産について申請し、当該資源を3年以内(延長オプションでプラス2年)に開発する財務的、技術的能力を示さなければならない。Pemexは当該申請を2014 年 3 月 21 日 に 提 出 し て お り、SENER、CNHは2014年9月17日を期限に当該申請についていずれをPemexに付与するか判断することになっている。この過程は第1回の入札ラウンドの前に行われるためラウンドゼロと呼ばれている。 Pemexがどの鉱区を申請したのかは明らかになっていないが、メキシコ全体の83 %のP2リザーブおよび31%のプロスペクティブリソースを申請したことは明らかになっている。リザーブは既発見の商業開発・生産のための採取の対象となり得る地下に賦存すると想定される炭化水素の量であり、比較上の不確定性の程度の低さから順に確認埋蔵量(Proven Reserve)、推定埋蔵量

(Provable Reserve)、予想埋蔵量(Possible Reserve)に分けられる。P2リザーブとは、このうち確認埋蔵量と推定埋蔵量を合計したものである。対してプロスペクティブリソース(Prospective Resources)とは、未発見で採取の対象になり得る地下に賦存すると推定される炭化水素の量である*9。PemexとSENERが共催したラウンドゼロに関する説明会では、Pemexが申請したP2リザーブ、プロスペクティブリソースの量は、それぞれ原油換算で206億bbl、345億bblと説明されている*10。これに対してメキシコ全体のP2リザーブの量は、原油換算で248億bbl(P2リザーブに予想埋蔵量を加えた合計のP3リザーブでは438億bbl)、プロスペクティブリソースの量は原油換算で1,128億bblである(なお評価時点は2014年1月1日時点の初期評価であり今後変動があり得る)。 図2、図3、図4は同説明会で用いられたとされるプレゼンテーション資料に基づき模式図を示したものである。この図からは、Pemexがこれまで探鉱投資を行ってきたエリアや商業開発に至っているエリアのほとんどを保持し、未発見のエリアのほとんどを放棄する意向であることが読み取れる。さらにPemexが保持する意向の未発見エリアに関しては、大水深、浅海およびオフショアなどの在来型資源の賦存が見込まれる地域をより多く、シェールガスなどの非在来型資源の賦存が見込まれる地域をより少なく保持しようとしている。これは大水深等の開発についてはPemexが深く関わり、非在来型資源開発については参入が見込まれる民間企業あるいは

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プロスペクティブリソース

P3リザーブ

43.8

52.6

24.8

27.8

24.8

P2リザーブ

60.2 156.6

112.8

43.8

在来型 非在来型

大水深

浅海とオンショア

合計

原油換算十億bbl(Boe)

発見対象

開発・生産

対象

メキシコにおけるリザーブとプロスペクティブリソース(2014 年 1 月 1 日)図2

出所:Pemex/SENER 説明会資料から作成

24.8 4 .2 20.6

申請エリア

83%17%

P2リザーブ合計 非申請エリア

原油換算十億bbl(Boe)

Pemex の P2 リザーブ申請量図3

出所:Pemex/SENER 説明会資料から作成

25.6

プロスペクティブ

リソース合計非申請エリア 申請エリア

8.9

52.6

60.2 51.3非在来型

在来型

27.0

34.578.3112.8

31%69%

原油換算十億bbl(Boe)

Pemex のプロスペクティブリソース申請量図4

出所:Pemex/SENER 説明会資料から作成

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メキシコ:オイルセクター改革の動向

外資企業に開発を主に委ねようとする戦略を採るものと考えられる。実際、ラウンドゼロに関する説明会においても、Pemexの強化やメキシコにとっての価値を最大化し、かつオイルセクターおよび経済に貢献し得る民間投資を惹

きつける戦略として以下が示されている。◦ 主要な探鉱地域と開発鉱区を保持する。◦ 新規鉱区を発見するための十分な探鉱機会を確保し

Pemexの生産量成長を達成する。◦ 大水深と非在来型地域は、メキシコにおけるプロスペ

クティブ地域の70%以上を占めるが故にそれら地域の申請を行う。

◦ パートナーがPemexへと知見を移転させる一方で、資源の探鉱・開発を促進するための支援が期待できる地域や鉱区を特定する。

◦ Pemexは、これまで限定的な活動のみ計画されていた地域や鉱区で、民間投資家にとって魅力的となり得る地域や鉱区(例えばそのような地域のほとんどは非在来型資源が賦存する可能性がある)の保持は申請しない。

 SENERはCNHの技術的協力を得て、Pemexの申請の評価を行い2014年9月17日を期限にいずれのエリアや鉱区をPemexに付与するかを決定する。どのエリアや鉱区がPemexに認められるかは予想の域を出ないが、恐らくはCantarellやKu-Maloob-Zaap、Chicontepecの一部など核となり、シンボリックな鉱区については引き続きPemexが保持することとなるであろう。一方、これらのエリアや鉱区に関してはPemexとしても探鉱・開発の促進や技術の移転が期待される場合には積極的に民間企業や外国企業とパートナーシップを組むことになるだろう。この点、授権法案には、これらPemex保持地域・鉱区の探鉱・開発のパートナー選定にあたっても入札が導入されると規定されていると聞く。そのため新規に参入する民間企業や外国企業にとってはこれら地域・鉱区においても大きな機会が残されていると言えよう。

(3)大水深とシェール

 PemexとSENERによれば、現在開発・生産が行われていない大水深および非在来型資源が有するポテンシャルは、全プロスペクティブリソースの70%以上を占めるという*11。Pemexはどちらかといえば浅海やオンショアにおける知見を有しているのであって、これまで大水深や非在来型資源の探鉱は行っていたものの開発は進んでいなかった。今回のオイルセクター改革によってメキシコ政府やPemexが期待するのは、これらの地域の開発に民間企業や外国企業の技術や資本が導入されること

である。この点、高い技術力と資金力を要する大水深地域においては、メキシコ湾で活動している米国企業やメジャー(国際的石油企業)、大水深開発に知見を有する国営石油企業などが参入する可能性がある。他方、シェールガスなどの非在来型資源に関しては、メキシコで有望視されているBurgos Basinが現在米国で活況を呈しているテキサス州のEagle Fordと地下構造が繋

つな

がっていると評価されていることから、当地で活動している独立系米国企業が参入してくることも考えられる。 大水深開発について一つ注目されるのは、2012年2月に締結された米-メキシコ越境炭化水素協定(US-Mexico Transboundary Hydrocarbon Agreement)である。同協定は、米国-メキシコ間に締結された国際協定で、メキシコ湾内の両国の国境が接する地域と両国の排他的経済地域境界に囲まれる隙

すき

間ま

地域(ギャップ)における炭化水素開発を協力して進めるためのガイドラインである*12。メキシコでは2012年4月にメキシコ議会での批准がなされたが、米国では2010年に発生したメキシコ湾原油流出事故によって大水深開発に対する懸念や対策の必要もあり批准が遅れていた。しかし、2013年12月に米政府予算に係る合意をまとめた法律が成立し、そのなかにおいて本協定の承認が行われることになった*13。 この協定の発効によりこれまで両国国境線およびモラトリアムとなっていた地域(ギャップ)における炭化水素の探鉱・開発が解禁されることになった他、いくつかの重要な事項が定められている。この炭化水素評価のポイントを整理すると以下のとおりとなろう。◦ メキシコ湾における西方ギャップ地域における炭化水

素の探鉱・開発に対するモラトリアムの終了。◦ 海上国境地帯に賦存する炭化水素リザーブの共同利用

を促進する協力プロセスを確立する。◦ 海上国境における商業活動の法的枠組みを規定し国境

地域における開発のための明確なガイドラインを規定する。

◦ 企業が自発的に国境地域に賦存するリザーブを共同開発するための枠組みに参加するインセンティブ策を用意する。

◦ そのような枠組みの構築がなされなかった場合において、両国の利益と資源を保護しながら米国企業とPemexが個別にそれぞれの国境の内側で当該資源を開発するプロセスを規定する。

◦ 適用される法規制への法令遵じゅんしゅ

守を確保するための共同監査チームを設置する。

◦ 両国政府は国境地帯におけるリザーブの開発のための全ての計画を審査する。

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 本協定の実施については、メキシコでオイルセクター改革が進行中であることや両政府当局の実施計画が未

いま

だ明らかになっていないため参入方法や適用法規、両政府規制当局の役割など、どのようなものになるか詳細は不明である。この点、メキシコで授権法案が明らかにしているのは、これら地域の開発にはPemexが最低20%のステークを保持して参加するということである。なお、その場合Pemexは必ずしもオペレーターになることまでは義務づけられていない。本協定によってこの地域に賦存すると推定される1億7,200万bblの原油と304Bcfの天然ガス(米内務省海洋エネルギー管理局推計)の開発が促進されるとともに、メキシコの観点からはPemexへの大水深開発に係る米国企業からの技術の移転が進むことが期待される。 シェールガスについては、EIAが行ったスタディによればメキシコは世界でも有数のシェールガス資源のポテンシャルを有している*14。同スタディでは、メキシコには545Tcfの技術的に回収が可能なシェールガス資源と、131億bblのシェールオイル資源が賦存すると見積もられており、この量は前者では世界で6位、後者で8位となっている。オイルセクター改革によってこれら豊富な非在来型資源に対するアクセスが可能になることは大いに期待が持たれる。 しかし、この技術的回収可能資源とは、価格や生産コストに関わりなく、現行の技術で回収され得る石油や天

然ガス資源を指しており、現行の市場条件下で生産することによって収益が得られる経済的回収可能資源とは区別される点に留意が必要である。したがって、メキシコにおいて豊富な非在来型資源の賦存が期待されるとしても、地質的な条件のみならず「地上における条件」にも左右されるということである。例えば、メキシコのシェールガスやシェールオイルの開発に関しては、いくつかの懸念要因がある。一つは、技術的回収資源で343Tcfのシェールガス、63億bblのシェールオイルが賦存すると見積もられているBurgos Basinが位置するメキシコ北東部や米国との陸上国境地帯周辺は、麻薬組織が活動する地域とも重なっていると言われており、セキュリティ上の問題が懸念される。もう一つは、メキシコ北東部は乾燥地帯であり人口も稠

ちゅうみつ

密ではなくシェール開発に用いるフラクチャリングに対する環境への懸念が生じにくいという利点があるものの、逆にフラクチャリングに必要な水が不足しているとも言われていることである。さらには、これらの水を供給するインフラのみならず、特に採取した天然ガスを移送するためのインフラも不足しているとも聞く。 大水深にせよシェール資源にせよ、その参入に当たってはさまざまな要因を考慮しなければならないだろう。特に、リスクと期待される利益との関係やSENERが決定することになっているそれぞれのエリア・鉱区ごとに対応する契約の種類は最も関心が持たれるところである。

シェールガス、シェールオイルの技術的回収可能資源に関する世界上位 10 カ国表4

出所:EIA,“Technical and Recoverable Shale Oil Gas and Shale Gas Resources:An Assessment of 137 Shale Formation of 41 Countries Outside the United States”, Jun 2013 から作成

ランク 国 シェールガス(Tcf) ランク 国 シェールオイル

(十億bbl)

1 中国 1,115 1 ロシア 75

2 アルゼンチン 802 2 米国 58

3 アルジェリア 707 3 中国 32

4 米国 665 4 アルゼンチン 27

5 カナダ 573 5 リビア 26

6 メキシコ 545 6 オーストラリア 18

7 オーストラリア 437 7 ベネズエラ 13

8 南アフリカ 390 7 メキシコ 13

9 ロシア 285 9 パキスタン 9

10 ブラジル 245 10 カナダ 9

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メキシコ:オイルセクター改革の動向

(4)エリアと契約タイプ

 憲法改正移行第4条によってメキシコにおいて採用される石油契約の種類は、サービス契約、利益分与契約、生産分与契約、ライセンス契約となることが判明した。ニエト大統領と与党PRIとしては、国民感情に配慮し自国資源が外国企業の管理下に置かれる懸念を緩和すべく利益分与契約の導入を提案していたが、協力野党のPANの主張を大幅に認めてライセンス(コンセッション)や生産分与契約を含むあらゆる種類の契約を認める形となった。契約の種類の決定は今後SENERが所管することになるが、期待される利益性や開発に係るリスク、鉱区の持つ魅力等を考慮して入札対象鉱区とその契約形態を決定することになるであろう。

①リスクサービス契約 リスクサービス契約は、国家が地下炭化水素リザーブの所有権を保持しつつ企業と契約し、企業が自らリスクを取って国家に代わって開発を行う契約形態であり、開発成功の結果、企業は国家から費用の償還や報酬を受け取る。 魅力という観点からはサービス契約はライセンス契約や生産分与契約には劣る。しかし、メキシコでは依然として資源をナショナルトレジャーとする意識が特に労働組合や左派に根強いと言われる。そのため国民の理解を得る観点から、利益分与契約とともに一定程度この契約方式が採られることが予想される。

②ライセンス(コンセッション)契約 ライセンス(コンセッション)契約は、国家が使用料や

リスクサービス契約の特徴(一般論)図5

出所:IFP Training 資料から作成

資源の配分

国家の取り分

探鉱費用の回収

探鉱投資 時間

投資財務

開発投資

開発費用の回収

企業の報酬

操業費用

●リスクサービス契約(Risk Service Contracts)の概要◦ 企業は自らのリスクで、国営石油会社の代理として探鉱を行う。◦ 企業は生産に至った場合には費用の償還と報酬を得る。◦ 生産物は国営石油会社に帰属し、企業は合意された条件の下で生産物の一定量の購入を許可される。◦ 企業は国営石油会社のコントロールの下で操業を行い、国営石油会社は開発または生産が開始された時点

でオペレーターとなる場合がある。◦ 国営石油会社は設置物を所有し、企業はそれを使用する権利を得る。◦ リスクサービス契約が生産分与契約と根本的に異なるのは、報酬を現物ではなくキャッシュで得る点である。

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税金、獲得された利益に対するロイヤルティの支払いを受ける代わりに一定の鉱区・期間において企業に地下炭化水素の開発・採取を行う権利を付与する契約形態であり、企業は自らのリスクで投資と探鉱を行い、成功した場合には開発・生産へと移行する。企業にとってのリスクは高い一方で期待できる利益も高いため、このライセンス契約はハイリスク・ハイコストのシェール鉱区で適用されることが考えられる。

③生産分与契約 生産分与契約は、地下炭化水素リザーブの所有権を国家が保持しつつ企業と契約し、企業が自らのリスクで国家に代わって開発を行う契約形態である。開発が成功した場合には企業は負担した費用を生産物によって回収し

(コストオイル)、費用回収後は生産物を国家との間で分け合うことができる(プロフィットオイル)。利益分与契約の場合は、このコストオイルとプロフィットは国家が生産物を販売した対価を元手にキャッシュによって企業に支払われることになる。生産分与契約あるいはライセンス契約は、ハイリスクで資本集中的な大水深鉱区において適用されることが想定される。

 適用される契約形態もさることながら、それらについて定められるロイヤルティなどの財務条件もメキシコ政府が期待する炭化水素開発促進の達成のためには重要な要素となる。これらの諸条件は入札ごとに決定されることとなっている。契約種類や財務条件を決定するSENERと財務省には絶妙な匙

さじ

加減が求められることになるだろう。

コンセッション契約の特徴(一般論)図6

出所:IFP Training 資料から作成

●コンセッション契約(Concession Contracts)の概要◦ 国家は、地下資源の探鉱または採取の権利を企業に与える。◦ 企業は自らのリスクで投資と探鉱を行い、成功した場合には開発・生産を決定する。  -企業は、生産物(地表に現れた炭化水素資源)を所有できる。  -企業は、投資を行った全ての施設を保有できる。  -企業は、国家に対してロイヤルティと税金を支払う。

資源の配分

探鉱費用の原価償却

開発費用の原価償却

探鉱投資 開発投資 時間

国家の参加

投資財務

国家の参加

企業の利益

税金

ロイヤルティ

操業費用

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メキシコ:オイルセクター改革の動向

むすびに

 本稿ではメキシコにおけるオイルセクターの改革の動向を紹介した。オイルセクターを民間の投資に開放するという試みは、同国では何年にもわたって議論されてきた。2008年に行われた改革はCNHの設立や特別な財務条件の設定など一定の成果を得たが、投資家が期待するほどの進展は実現できなかった。そのことから今回の改革についても憲法改正が実現されるまでは懐疑的な者も多かった。これまでのニエト政権が進めてきた改革はここ1年ほどのことであり、改革のためのコンセンサス形成に至る過程やその推進力には目を見張るものがあった。 メキシコは改革のための最大の難関である憲法改正を成し遂げ、今やその適用を図る段階に入っている。残る

課題は技術的な問題とも思えるが、例えばPemex自体の改革や各種ルール、実施機関の体制整備などが必要であり、これらを進めるには膨大な作業が伴い、相当の時間がかかることが予想される。この点、南米において類似の改革を行った国にブラジルやコロンビアがある。 ブラジルは1995年にオイルセクターを民間企業に開放する改革を行い、1997年に規制機関であるANPを設立した。今日、2013年には5年ぶりとなるライセンス入札ラウンドを実施し(11次ラウンドと12次ラウンド)、11次ラウンドにおいては14億ドルものボーナス総額が集まり活況を呈した。また同年にはブラジル初の生産分与契約を採用したプレサルト入札ラウンドも実施するな

生産分与契約の特徴(一般論)図7

出所:IFP Training 資料から作成

●生産分与契約(Production Sharing Contracts)の概要◦ 国家は地下炭化水素の所有権を保持するか、またはリザーブを採取するために企業と契約を行う。◦ 企業は自らのリスクで投資と探鉱を行い、成功した場合には開発投資と生産を行う。  -企業は、コストオイルと呼ばれる生産物の一定のシェアを受け取ることによって費用が償還される。  - 企業は、プロフィットオイルと呼ばれるコストオイル間引き後の生産物のシェアを受け取ることによっ

て報酬を得る。◦ 国営石油会社は、施設を所有し、開発フェーズに参加することもある。

資源の配分

企業の利益

探鉱費用の回収 企業の利益

企業の利益 費用上限

探鉱投資 時間

投資財務

国の取り分

開発費用の回収

操業費用

開発投資

コスト原

油利

益原

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どセクター改革は依然継続中である。国際エネルギー機関(IEA: International Energy Agency)の2013年版世界エネルギー見通しではブラジル特集が組まれ、IEAは新政策シナリオ(IEA予測の標準的シナリオ。実施中の政策や発表されている政策に基づく)において、ブラジルの石油生産量を2012年の220万bbl/dから2020年には410万bbl/d、2035年には600万bbl/dとなると予測している。これに対してコロンビアは2003年にオイルセクターを外国企業に開放するとともに規制機関であるANHを設立するなどの改革を行った。コロンビアは2013年に石油生産量の里程標である100万bbl/dを達

成し、投資環境の改善もあって南米でも注目される石油生産国となった。 ブラジルとコロンビアのオイルセクター改革は比較的最近のことであるが、この好例を見ても現在のような状況に至るまでにはやはり数年を要している。メキシコの場合も改革の成果が出るまでには同じような年月を要するだろう。メキシコのオイルセクター改革の主なタイムフレームは、授権法の成立、ラウンドゼロ、2015年を目標とする第1回入札、そして2018年の大統領選挙ということになると思われるが、今後数年はメキシコの動向から目が離せない状況が続こう。

<注・解説>*1: EIA, “Mexico, Country Analysis Brief”, Apr 24,2014, http://www.eia.gov/countries/country-data.cfm?fips=MX*2: EIA, “Technical and Recoverable Shale Oil Gas and Shale Gas Resources: An Assessment of 137 Shale

Formation of 41 Countries Outside the United States”, June 10,2013, http://www.eia.gov/analysis/studies/worldshalegas/ (Table 5. Corrected version)

*3: JOGMEC海外事務所レポート,“メキシコ:オイル・セクター改革の動向”, 2013年11月22日, http://oilgas-info.jogmec.go.jp/report_pdf.pl?pdf=1311_out_l_mx_oil_sector_reorganization% 2epdf&id=50 17

*4: SENER, “Energy Information System”, http://sie.energia.gob.mx/bdiController.do?action=temas&language=en *5: Ministry of Petroleum and Energy, http://www.regjeringen.no/en/dep/oed/Subject/state-participation-in-the-

petroleum-sec.html?id=1009*6: EIA,“Liquid Fuels and Natural Gas in the Americas ”, Jan 2014, http://www.eia.gov/countries/americas/ *7: BNamerica, euarsia group, Energy Intelligence, IHS Energy等各種資料を参考にした。*8: IHS Energy, “Mexico: Upstream Opening Advances but Capacity Constraints Loom”, May 1,2014*9: 本説明はSociety of Petroleum Engineers等による共編の“Guidelines for Application of Petroleum Resources

Management Systems”, Nov 2011, http://www.spe.org/industry/docs/PRMS_Guidelines_Nov2011.pdf に拠った。*10: Pemex, SENER, “Round Zero: Main Features”, Mar 2014, http://www.ri.pemex.com/files/content/Pemex_

SENER_Ronda% 20Cero_i_140328.pdf *11: Pemex, SENER, “Round Zero: Main Features”, Mar 2014, http://www.ri.pemex.com/files/content/Pemex_

SENER_Ronda% 20Cero_i_140328.pdf*12: DOS, Press Release, “US-Mexico Transboundary Hydrocarbon Agreement”, Feb 20,2012, http://www.state.

gov/r/pa/prs/ps/2013/05/208650.htm *13: House of Representative, “Summary of Bipartisan Budget Act of 2013” Dec 10,2013, http://budget.house.gov/

uploadedfiles/bba2013summary.pdf*14: EIA, “Technical and Recoverable Shale Oil Gas and Shale Gas Resources: An Assessment of 137 Shale

Formation of 41 Countries Outside the United States”, June 10,2013, http://www.eia.gov/analysis/studies/worldshalegas/ (Table 5. Corrected version)

執筆者紹介

佐藤 陽介(さとう ようすけ)2012年からJOGMECワシントン事務所に駐在。北米・中南米を担当。

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