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1 GPC/FT-IR 法の原理と応用展開 材料物性研究部 国武 豊之、長谷川 博一 GPC による分子量分布測定に FT-IR を組み込むことで、従来得られなかった化学構造の分子量依存 性や未知ピークの定性が可能となる。ここでは、GPC/FT-IR の原理を紹介すると共に、混合物であるトナ ーの構成成分を解析した事例と、シリコーン樹脂の硬化過程を解析した事例を紹介する。 1. はじめに 高分子材料は身近な生活用品から、果ては航空・宇宙 産業まで非常に広い分野で使用されており、現代社会 に必要不可欠な材料である。高分子材料の物性は化学 構造や分子量、その分布に依存し、 GPC による分子量 分布測定や FT-IR による構造解析は材料の諸性質を明 らかにする上で欠かすことのできない分析手法と言え る。GPC/FT-IR 法は上記手法を組み合わせた手法で、 複雑な混合物の組成だけでなく、従来得られなかった 化学構造の分子量依存性も明らかにすることができる。 本稿では GPC/FT-IR 法の原理を説明すると共に、トナ ーに含まれる各成分の分子量と化学構造の関係を調べ た事例、2 液硬化型シリコーンの硬化に伴う分子量お よび化学構造の変化を解析した事例を紹介する。 2. 原理および装置構成 GPC/FT-IR には 2 種類の方式がある。すなわち、カラ ムから溶出するポリマー溶液に含まれる溶媒を蒸発さ せた後、目的の溶質のみを別途 FT-IR 測定する溶離液 蒸発型、溶液を直接 FT-IR のセルへ導入するフローセ ル型である。 1 に溶離液蒸発型 GPC/FT-IR の模式図を示す。 GPC カラムにより分子サイズ(分子量)ごとに分離さ れた各成分を回転するゲルマニウム(Ge)ディスクに連 続的に吹き付け、固着させる。 カラム出口は分岐しており、溶離液の一部は濃度検 出器である示差屈折率計(RI)に、残りが前述の機構を 有する試料固着ユニットに導入される。その際、配管 への加熱と別ラインから供給される窒素ガスにより溶 媒は蒸発し、溶質のみが Ge ディスク上に残る。この ようにして固着させた Ge ディスク円周上の試料につ いて FT-IR 測定を連続的に行うことにより、各分子量 IR スペクトルを得ることが可能となる。試料固着ユ ニットおよび Ge ディスク測定用光学ユニットの外観 を図 2 に示す。 2 試料固着ユニットと FT-IR 用光学ユニット 試料固着ユニット FT-IR用光学ユニット The TRC News, 201612-01 (December) 1 装置模式図:溶離液蒸発型 GPC/FT-IR FT-IR RI検出器 試料固着ユニット (Geディスク使用) GPC用カラム 試料溶液

GPC/FT-IR法の原理と応畜⡜展開 | 東レリサーチセン …...GPC/FT-IR 法にて加熱による硬化反応の進行 を、分子量と化学構造の変化に注目して解析できた。

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GPC/FT-IR 法の原理と応用展開

材料物性研究部 国武 豊之、長谷川 博一

要 旨 GPC による分子量分布測定に FT-IR を組み込むことで、従来得られなかった化学構造の分子量依存

性や未知ピークの定性が可能となる。ここでは、GPC/FT-IR の原理を紹介すると共に、混合物であるトナ

ーの構成成分を解析した事例と、シリコーン樹脂の硬化過程を解析した事例を紹介する。

1. はじめに

高分子材料は身近な生活用品から、果ては航空・宇宙

産業まで非常に広い分野で使用されており、現代社会

に必要不可欠な材料である。高分子材料の物性は化学

構造や分子量、その分布に依存し、GPC による分子量

分布測定や FT-IR による構造解析は材料の諸性質を明

らかにする上で欠かすことのできない分析手法と言え

る。GPC/FT-IR 法は上記手法を組み合わせた手法で、

複雑な混合物の組成だけでなく、従来得られなかった

化学構造の分子量依存性も明らかにすることができる。

本稿では GPC/FT-IR 法の原理を説明すると共に、トナ

ーに含まれる各成分の分子量と化学構造の関係を調べ

た事例、2 液硬化型シリコーンの硬化に伴う分子量お

よび化学構造の変化を解析した事例を紹介する。

2. 原理および装置構成

GPC/FT-IR には 2 種類の方式がある。すなわち、カラ

ムから溶出するポリマー溶液に含まれる溶媒を蒸発さ

せた後、目的の溶質のみを別途 FT-IR 測定する溶離液

蒸発型、溶液を直接 FT-IR のセルへ導入するフローセ

ル型である。

図 1 に溶離液蒸発型 GPC/FT-IR の模式図を示す。

GPC カラムにより分子サイズ(分子量)ごとに分離さ

れた各成分を回転するゲルマニウム(Ge)ディスクに連

続的に吹き付け、固着させる。

カラム出口は分岐しており、溶離液の一部は濃度検

出器である示差屈折率計(RI)に、残りが前述の機構を

有する試料固着ユニットに導入される。その際、配管

への加熱と別ラインから供給される窒素ガスにより溶

媒は蒸発し、溶質のみが Ge ディスク上に残る。この

ようにして固着させた Ge ディスク円周上の試料につ

いて FT-IR 測定を連続的に行うことにより、各分子量

の IR スペクトルを得ることが可能となる。試料固着ユ

ニットおよび Ge ディスク測定用光学ユニットの外観

を図 2 に示す。

図 2 試料固着ユニットと FT-IR 用光学ユニット

試料固着ユニット FT-IR用光学ユニット

The TRC News, 201612-01 (December)

図 1 装置模式図:溶離液蒸発型 GPC/FT-IR

FT-IR

RI検出器

試料固着ユニット(Geディスク使用)

GPC用カラム試料溶液

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The TRC News, 201612-01 (December 2016)

2

溶離液蒸発型 GPC/FT-IR を用いると、溶離液の影響

を排した IR スペクトルを得ることが可能となるが、固

着した試料の厚みはコントロールできず、定量性に欠

ける。

一方、フローセル型 GPC/FT-IR は GPC と FT-IR を

オンライン接続し、分離された試料溶液をセルに直接

導入するため、光路長が一定となり定量性に優れる。

しかし、測定溶媒やセル窓の IR 吸収の影響を受けるた

め、着目する成分や溶媒種によって測定できる波数領

域の制限を受ける。このように測定方式により一長一

短があり、試料や目的に応じて使い分けることになる。

3. 多成分混合系の分子量及び構造情報取得

トナーは様々な成分で構成されており、構造解析には

溶媒による抽出、抽出物の分離分析と分光法などによ

る組成分析を組合せる方法が有効とされる。ただし、

成分毎に分取して構造解析するには多大な手間がかか

る。一方、GPC/FT-IR では、分子量毎に連続して FT-IR

による定性を行うことができるので、混合系であって

も比較的簡便に分子量と構造情報を得ることが出来る。

前述の通り、トナーは混合物なので、GPC 測定にて

複数のピークが得られるが、各ピークの由来までは分

からない。ここでは、それらのピークを定性すること

を主目的として溶離液蒸発型GPC/FT-IR測定を行った。

各溶出時間における IR スペクトル(3 次元クロマトグ

ラム)を図 3 に示す。同図において高さ方向は吸光度、

横軸は波数、奥行きは溶出時間を示す。

試料全体の IR スペクトルにおいて、特徴的な吸収であ

る 2920、1720、1520、700 cm-1に着目して作成したケ

ミグラム (時間と吸光度の連続プロット)を図4に示す。

上段の赤線は RI 検出器から得られた GPC 曲線、下段

は各波数に着目したケミグラムである。ケミグラムか

ら、1720cm-1、700cm-1に吸収を有する成分は溶出時間

が早く、最も分子量が大きいと推察される。2920cm-1

に吸収を有する成分は前述の範囲にも微弱なピークを

有するが、主には約 28 分付近に検出されている。さら

に 1520cm-1のピークは 30 分付近に検出されている。

これらの結果から、分子量、化学構造の異なる成分に

よってトナーは構成されていると判断される。

続いて、図 4 の RI 曲線上における各ピークを定性す

るため、IR スペクトルの詳細解析を行った。各ピーク

の IR スペクトルを図 5 に示す。①は試料溶出物ピーク

全体の IR スペクトルである。各ピークの IR スペクト

ルより、最も高分子量であるピーク②はスチレンアク

リル系重合物、同ピークの低分子量側にショルダー状

に認められるピーク③はワックス成分、低分子量のシ

ャープなピーク④は含窒素系着色剤由来であると推察

される。

図 4 RI 曲線およびケミグラム(試料:トナー)

15 20 25 30 35

Retention Time(min)

Inte

nsity

(a.u

.)

RI Curve

2920cm-1

1720cm-1

1520cm-1

700cm-1

図 3 3 次元クロマトグラム(試料:トナー) Wave number (cm-1)

Abso

rban

ce

図 5 各ピークの IR スペクトル

3500 3000 2500 2000 1500 1000

①全体

ワックス③

着色剤④

St-Acryl copolymer

Abso

rban

ce (a

.u.)

Wave number (cm-1)

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The TRC News, 201612-01 (December 2016)

3

このように分子量や化学構造の異なる成分から構成

される混合物であってもGPC/FT-IR法を適用すること

で、分子量情報、構造情報を同時に得ることが可能と

なる。

4. シリコーン樹脂の反応メカニズム解析

定量性を特徴とするフローセル型GPC/FT-IRの適用事

例として、2 液硬化型シリコーン樹脂の熱処理時間に

伴う分子量変化および構造変化を調べた。未反応の試

料について、GPC 測定から得られる RI 曲線と Si-O と

Si-H に着目したケミグラムを図 6 に示す。

RI 曲線の溶出範囲・形状と Si-O 含有成分のそれは

概ね一致すること、Si-H 含有成分は溶出時間の遅い、

低分子量側にのみ存在していることが分かる。次いで、

硬化反応(ヒドロシリル化反応)に関係すると推察され

る Si-H の強度に着目し、経時変化を調べた。100℃に

て、種々の時間で熱処理した試料の RI 曲線およびケミ

グラムを図 7 に示す。

実線は Si-H 由来のケミグラム、破線は RI 曲線を示

す。熱処理時間が長くなると、徐々に Si-H 由来のピー

クが弱くなり、60 秒以上ではピークが認められなくな

る一方で、高分子量成分が増えていくことがわかる。

なお、更に熱処時間が長くなると試料はゲル化し、測

定溶媒に不溶となるため測定不能となる。

以上、GPC/FT-IR 法にて加熱による硬化反応の進行

を、分子量と化学構造の変化に注目して解析できた。

5. まとめ

本稿で GPC/FT-IR 測定の原理と応用例を紹介した。複

雑な混合物の解析や反応メカニズム解析など、高分子

材料の諸性質を理解する上で有用な情報を得ることが

出来る。また、紹介した測定例以外に共重合物の組成

分布解析も可能であり、さらに高分子の劣化解析への

適用も期待される。

国武 豊之(くにたけ とよゆき) 材料物性研究部

材料物性第 1 研究室

趣味:デジタル家電ウォッチ、カラオケ

長谷川 博一(はせがわ ひろかず) 材料物性研究部

材料物性第 1 研究室 研究員

趣味:読書

図 6 2 液硬化型シリコーン樹脂(未反応)の RI 曲線およびケミグラム

10 15 20 25

Inte

nsity

(a.u

.)

Retention Time (min)

Si-O(1100cm-1)

Si-H(2150cm-1)

RI Curve

図 7 熱処理前後の RI 曲線およびケミグラム

10 15 20 25

Inte

nsity

(a.

u.)

Retention Time (min)

RIクロマトグラムSi-Hケミグラム

未処理

100℃×30sec

100℃×60sec

100℃×90sec

100℃×120sec

[熱処理条件]

大 小分子量