8
1 平成22年 1 月20日 Helicobacter pylori 感染と自己免疫疾患, 特に免疫血小板減少性紫斑病 名古屋大学医学系研究科分子病原細菌学 美智男 (平成 21 年 10 月 14 日受付) (平成 21 年 11 月 2 日受理) Key words : Helicobacter pylori, autoantibody, autoimmune disease, thrombocytopenic purpura, Lewis antigen はじめに 細菌感染が自己免疫病や免疫複合体病など感染症以 外の疾患の発症に関係していることが次第に明らかと なってきた.例えば Campylobacter jejuni 感染後にギ ラン・バレー症候群(acute inflammatory demyelinat- ing polyneuropathy)を発症することはよく知られて いる .また IgA 腎症は Haemophilus parainfluenzae の関係が示唆され,鼻腔,咽頭の徹底した除菌により 症状が改善する患者が存在する .さらにクローン病 の発症について,牛ヨーネ病の起炎菌である Mycobac- terium paratuberculosis との関係が再三示唆されてい る.これは牛ヨーネ病の病態ならびに病理所見とヒト クローン病の所見が非常に類似しているからだが,ヒ トクローン病病巣から M. paratuberculosis があまり培 養されないなど関係性について否定的報告もある.20 年ほど前から Helicobacter pylori 感染と各種自己免疫 病発症の関係が示唆されてきた.H. pylori の O 抗原 多糖中にヒト Lewis 抗原と同じ糖鎖構造が見いださ れ,患者血清中に抗 Lewis 抗体の存在も確認された. H. pylori 除菌療法がさまざまな自己免疫病患者に試み られ,一部に症状の改善あるいは緩解が見られた.し かし否定的臨床評価もあってその効果は依然として議 論の渦中にある.本総説では H. pylori 感染と自己免 疫病発症の関係について臨床研究の歴史をまとめ,次 にそのメカニズムを考察する. 1.自己免疫病患者の H. pylori 除菌療法の試み 1989 年 に Negrini ら は,H. pylori に対して作成し た多くのモノクローナル抗体がヒトの胃粘膜細胞とも 反応することを見いだした .また彼らは H. pylori 感染したヒトの血中に存在する抗 H. pylori 抗体と,胃 粘膜に対する自己抗体の存在に強い相関関係があるこ とを見いだした .彼らは H. pylori に対して作成した モノクローナル抗体をつくるハイブリドーマをマウス に導入すると胃に障害が起きることを見いだし,この 自己抗体が胃炎の発症に関係しているのではないか, と示唆している.その後彼らはより多数の患者につい て検索し,H. pylori 感染患者の 65.5% が IgG 型の自 己抗体を持ち,それらの自己抗体は胃腺細胞ならびに 分泌小管の管腔表面に反応することを示した .また 自己抗体は萎縮性胃炎の病態と強い相関があったこと から,H. pylori 感染によって誘導された自己抗体は慢 性萎縮性胃炎の病態と関係すると結論した. さらに各種の自己免疫関連疾患について,H. pylori 除菌による病態の改善が見られるかどうかについて検 討された.それらを列挙する. a)Gasbarrini らは胃・十二指腸潰瘍を合併した大 人の特発性血小板減少性紫斑病(Idiopathic thrombo- cytopenic purpura, (ITP),免疫血小板減少性紫斑病 Immune thrombocytopenic purpura)患者に H. pylori 除菌療法を行ったところ,血小板値が回復する患者が 有意に多く見られたことを報告した b)特発性慢性蕁麻疹患者の 55% が H. pylori に感 染していて,H. pylori 除菌によってその患者の 88% が症状が改善した c)偏頭痛患者 40% が H. pylori を保菌し,その83% の患者の除菌に成功した.除菌後ほとんどの患者の偏 頭痛症状が改善した d)レイノー現象の発作が H. pylori 除菌した 89% の患者で改善した.除菌しなかった患者には変化がな 別刷請求先:(〒4668550)名古屋市昭和区鶴舞町 65 名古屋大学医学系研究科分子病原細菌学 太田美智男

Helicobacter pylori 感染と自己免疫疾患, 特に免疫 …journal.kansensho.or.jp/Disp?pdf=0840010001.pdfH. pylori 感染と自己免疫疾患,特に免疫血小板減少性紫斑病

  • Upload
    phamanh

  • View
    248

  • Download
    0

Embed Size (px)

Citation preview

1

平成22年 1 月20日

Helicobacter pylori感染と自己免疫疾患,

特に免疫血小板減少性紫斑病

名古屋大学医学系研究科分子病原細菌学

太 田 美 智 男

(平成 21 年 10 月 14 日受付)(平成 21 年 11 月 2 日受理)

Key words : Helicobacter pylori, autoantibody, autoimmune disease, thrombocytopenic purpura,Lewis antigen

はじめに細菌感染が自己免疫病や免疫複合体病など感染症以

外の疾患の発症に関係していることが次第に明らかとなってきた.例えば Campylobacter jejuni感染後にギラン・バレー症候群(acute inflammatory demyelinat-ing polyneuropathy)を発症することはよく知られている1).また IgA腎症は Haemophilus parainfluenzaeとの関係が示唆され,鼻腔,咽頭の徹底した除菌により症状が改善する患者が存在する2).さらにクローン病の発症について,牛ヨーネ病の起炎菌であるMycobac-

terium paratuberculosisとの関係が再三示唆されている.これは牛ヨーネ病の病態ならびに病理所見とヒトクローン病の所見が非常に類似しているからだが,ヒトクローン病病巣からM. paratuberculosisがあまり培養されないなど関係性について否定的報告もある.20年ほど前から Helicobacter pylori感染と各種自己免疫病発症の関係が示唆されてきた.H. pyloriのO抗原多糖中にヒト Lewis 抗原と同じ糖鎖構造が見いだされ,患者血清中に抗 Lewis 抗体の存在も確認された.H. pylori除菌療法がさまざまな自己免疫病患者に試みられ,一部に症状の改善あるいは緩解が見られた.しかし否定的臨床評価もあってその効果は依然として議論の渦中にある.本総説では H. pylori感染と自己免疫病発症の関係について臨床研究の歴史をまとめ,次にそのメカニズムを考察する.

1.自己免疫病患者の H. pylori除菌療法の試み1989 年に Negrini らは,H. pyloriに対して作成し

た多くのモノクローナル抗体がヒトの胃粘膜細胞とも

反応することを見いだした3).また彼らは H. pyloriに感染したヒトの血中に存在する抗 H. pylori抗体と,胃粘膜に対する自己抗体の存在に強い相関関係があることを見いだした4).彼らは H. pyloriに対して作成したモノクローナル抗体をつくるハイブリドーマをマウスに導入すると胃に障害が起きることを見いだし,この自己抗体が胃炎の発症に関係しているのではないか,と示唆している.その後彼らはより多数の患者について検索し,H. pylori感染患者の 65.5%が IgG 型の自己抗体を持ち,それらの自己抗体は胃腺細胞ならびに分泌小管の管腔表面に反応することを示した5).また自己抗体は萎縮性胃炎の病態と強い相関があったことから,H. pylori感染によって誘導された自己抗体は慢性萎縮性胃炎の病態と関係すると結論した.さらに各種の自己免疫関連疾患について,H. pylori

除菌による病態の改善が見られるかどうかについて検討された.それらを列挙する.a)Gasbarrini らは胃・十二指腸潰瘍を合併した大

人の特発性血小板減少性紫斑病(Idiopathic thrombo-cytopenic purpura,(ITP),免疫血小板減少性紫斑病Immune thrombocytopenic purpura)患者に H. pylori

除菌療法を行ったところ,血小板値が回復する患者が有意に多く見られたことを報告した6).b)特発性慢性蕁麻疹患者の 55%が H. pyloriに感

染していて,H. pylori除菌によってその患者の 88%が症状が改善した7).c)偏頭痛患者 40%が H. pyloriを保菌し,その 83%

の患者の除菌に成功した.除菌後ほとんどの患者の偏頭痛症状が改善した8).d)レイノー現象の発作が H. pylori除菌した 89%

の患者で改善した.除菌しなかった患者には変化がな

総 説

別刷請求先:(〒466―8550)名古屋市昭和区鶴舞町 65名古屋大学医学系研究科分子病原細菌学

太田美智男

太田美智男2

感染症学雑誌 第84巻 第 1号

Fig. 1 Effectiveness of H. pylori eradication therapy for ITP patients(Modified from reference 15)

かった9).e)H. pylori陽性関節リウマチ患者について,除菌

により大部分の患者の症状が改善した.2年後の評価においても H. pylori除菌患者群は H. pylori非保菌患者(したがって除菌していない)に比べて赤沈値,CRPなど全ての検査データが有意に改善していた10).f)高血圧患者の 55%が H. pyloriを保菌し,除菌

によって,はじめから非保菌の高血圧患者に比べて有意に血圧,特に拡張期血圧の低下が見られた11).g)Wegener 肉芽腫症は原因不明の肉芽腫性壊死性

血管炎であり,全身の臓器を冒す.36 名の患者のうち 25 名が H. pyloriを保菌していたので除菌したところ,症状が軽減した12).h)1例報告ではあるが,難治性糖尿病のB型イン

スリン耐性症患者について H. pylori除菌を行ったところ,合併している血小板減少症の改善とともに,HbA1c 値が改善した.B型インスリン耐性症はインスリンレセプターに対する IgG型自己抗体によって引き起こされる自己免疫病であることが知られている13).その他 Sjogren 症候群,Schonlein-Henoch 紫斑病

などについても H. pylori感染との関係が示唆されている.しかし ITPを除いてここに挙げた各種の自己

免疫病あるいは炎症性疾患の多くについて,その後H. pylori感染との関係について確証した臨床研究はほとんどなされていない.したがってそれらの疾患の発症と H. pylori感染との何らかの関係を結論することは控えたい.今後の臨床研究が待たれるところである.

2.ITPと H. pylori感染1998 年に Gasbarrini らが報告した H. pylori除菌に

よる ITPの治癒あるいは緩解について6),その後多くの臨床研究による追試が行われた.その結果は実施された国などによって異なり,H. pyloriの除菌が ITPの症状改善にほとんど影響しないとする臨床研究から,7,8割の ITP患者の治癒あるいは緩解が H. pylori

除菌によって得られたとする報告まで幅広い結果となった.H. pylori除菌が ITP治療として有効か無効かの結論が出ないままに,2007 年に出された H. pylori

除菌療法のガイドラインである the Maastricht IIIConsensus Report の中で,ITP患者についても H. py-

lori除菌が推奨されることとなった14).2009 年になって Stasi らがこれまでに行われた主要な臨床研究の結果の網羅的検討を行い,ITPにおける H. pylori除菌の効果を評価した15).かれらはその総説の中で 25 の臨床研究(患者数総計 1,555 名)を取り扱った.なおこれらの患者は大人型の ITPが主体であった.その

H. pylori感染と自己免疫疾患,特に免疫血小板減少性紫斑病 3

平成22年 1 月20日

なかで 696 名の患者の治療成績を評価し,完全緩解は平均 42.7%,症状の部分的改善を含めると 50.3%の患者に除菌効果が認められた.したがって彼らは ITP患者において H. pyloriの検出と除菌が考慮されるべきであると結論している.除菌効果は H. pylori感染が高頻度な地域ほど高く,また中程度までの重症度のITPで高かった.国別で言えばイタリアと日本における除菌効果が高く,特に日本における多くの臨床研究では非常に高い有効率を示した(Fig. 1).しかし米国における臨床研究はいずれも低い ITPの改善効果を示したので,米国では ITP治療における H. pylori

除菌に対して評価が低いといわれる.なぜ国によって,あるいは臨床試験によってこのような除菌効果の差が見られるのかははっきりしないが,後述するようにITPは数種類の病態を含む症候群であり,単一の発症要因によるものではないとすれば,除菌対象の患者群をどのように選ぶかによって治療成績が異なるのだろうと考えられる.実際,若年性 ITPは H. pylori除菌が無効であることが我が国のみならず世界的に確認されている.このような臨床研究の結果,すでに日本における多くの医療機関では大人型 ITP患者についてH. pyloriの除菌療法が日常的に行われている.ただし今のところ除菌療法は保険適用の治療法になっていない.<ITPの骨髄組織所見による分類>Yamamoto らは骨髄組織所見によって大人型 ITP

を 3種類に分類した16).ITP 患者骨髄生検の所見により,a)CD40+リンパ球の増加+巨核球の変形,b)CD40+リンパ球の増加は無く巨核球の変形のみ,c)何も変化無し,と分類された.各種治療に対する反応は c,b,aの順番に良かった.しかし残念ながら H.

pylori除菌との関係は検討されていない.このような骨髄組織に基づく病型の分類は一つの例であるが,発症原因の違いによる分類なども治療あるいは予後に影響を与えるだろう.若年性 ITPを含めて,ITP患者においては血小板

に対する自己抗体が血小板を破壊することが知られているが,それらの自己抗体は,血小板の膜表層に存在すると考えられるどのような構造成分に反応しているのであろうか?一部の ITP患者が H. pylori除菌に反応して治癒あるいは緩解を得られるという事実から,ヒト血小板の表面成分と共通の抗原構造を持つ成分がH. pyloriに存在する可能性が高い.恐らくはその成分は菌体表面に存在する.なぜなら,感染している H.

pyloriの菌体表面構造がヒトの免疫系細胞に直接接触し,認識されるからである.細菌が感染した時,細菌が持つ数千種類の蛋白あるいは他の抗原となりうる成分すべてに免疫反応が起こるわけではない.むしろご

く少数の菌体表面成分が抗原として生体に認識される.グラム陰性菌ではK抗原(莢膜多糖),O抗原(LPS),H抗原(べん毛抗原)が古くから主要菌体抗原として知られている.他の成分,例えば外膜蛋白などは抗原として生体にほとんど認識されない.その理由は,菌体表面がK抗原やO抗原などの多糖体によって一面に厚く被われていて,外膜蛋白はその中に埋もれているためである.さらに,我々が菌体外蛋白の網羅的解析を行ったところ,グラム陰性菌はグラム陽性菌に比べて菌体外に分泌される蛋白の種類が非常に少ないことがわかった.ごく少数の蛋白と,数種類の低分子シャペロン様蛋白(ヒートショック蛋白など)が検出されるのみであり,それは大腸菌など他の種類のグラム陰性菌でも同じである.シャペロン様蛋白は細菌細胞内に多量に存在し,細胞外には漏出してくると考えられる.シャペロン様蛋白は他の蛋白に結合する性質があり,往々にして抗体蛋白とも結合するためにELISAやイムノブロッティングなどで反応し,自己抗原と誤認されやすい.ではどのような細菌成分が共通抗原となりうるか?

3.H. pyloriのO抗原多糖における Lewis 抗原構造と抗 Lewis 自己抗体1996 年にAspinall らは H. pylori NCTC 11637 株 O

抗原多糖の化学構造を明らかにし,多糖末端のN-acetyllactosamine(LacNAc)にフコースが結合した構造を見いだした.この構造はヒト血液型 Lewis 抗原 Lexと同じだった17).引き続き彼らのグループは別の株 2種類(P466 株およびMO19 株)についてO抗原多糖構造を明らかにした.P466 の O抗原は Lexおよび Ley構造を持ち,MO19 は Leyのみを持っていた18).これらの報告から H. pyloriはヒトの Lewis 血液型抗原と同じ構造の糖鎖を菌体表面に持つことが明らかとなった.参考までにヒトの血液型糖鎖構造の概略と H. pyloriにおける合成経路を図示する(Fig. 2).

H. pyloriで免役したマウスおよびウサギは抗 Lexあるいは抗 Ley抗体をつくるようになった.これらの抗体はヒト胃腺組織に反応した19).また H. pylori感染患者も抗 Lewis 抗体を持っていた.感染患者に抗 Lewis抗体が存在することはその後他の研究グループによっても確認され,我々も H. pyloriを感染している胃・十二指腸潰瘍患者全ての血清中に IgG型の抗 Lexあるいは抗 Ley抗体をウエスタンブロッティングによって検出した.ELISAによる解析で感染患者血清中には抗 Lewis 抗体が有意には存在しないとする報告もあるが,その測定に用いられたELISAプレートの抗原は Le 混合抗原らしく,また陽性コントロールのデータが無いので結果の信頼性について評価が難しい20).胃酸分泌を行う胃H1,K1-ATPase の β鎖は Ley糖鎖

太田美智男4

感染症学雑誌 第84巻 第 1号

Fig. 2 Lewis blood type structure (Lea, Leb, Lex, Ley) and their biosynthetic pathway in H. pylori

を持つ.また胃ムチンも Lexと Ley構造を持つことが知られている.抗 Leyモノクローナル抗体を産生するハイブリドーマをマウスに入れると胃炎症状が観察された.これらのことからAppelmelk らは抗 Lewis 自己抗体が胃炎発症に関わっていると結論した19).同じグループが世界中の臨床分離株 152 株をモノクローナル抗体で分析したところ,80.9%の株が Lexおよび�あるいは Ley抗原を保有していた.一部の株はH1抗原も保有していた.Lewis 抗原は H. pyloriに広く発現されているが,CagAや VacAの保持とは相関して

いなかった.このように細菌表層多糖にヒト血液型糖鎖抗原ある

いはヒト細胞膜糖脂質糖鎖と同じ構造が発現していることは,古く井関博士による大腸菌でのABO血液型発現の報告以来 C. jejuniのO抗原多糖が末梢神経細胞表面に糖脂質として発現し自己免疫病である多発神経炎の発症原因となっていることなど,希なことではない.

H. pyloriによる各種 Lewis 抗原の発現は菌株ごとに異なっているが,同一の菌株由来でも細菌細胞ごと

H. pylori感染と自己免疫疾患,特に免疫血小板減少性紫斑病 5

平成22年 1 月20日

Fig. 3 Domain structure of fucT2 (α 1, 2 fucosyltransferase) geneLength of poly C and poly A regions are variable even among colonies (subclones) originated from the same strain.

    (Our unpublished results)

に発現の種類や程度が異なることが明らかになってきた.しかも患者の胃の中に保菌状態や培養中にも Le-wis 抗原の変異が高頻度に生じることがわかった(文献 22 ならびに我々の未発表データ).そのメカニズムは Lewis 抗原糖鎖の合成に関わるフコース転位酵素の高頻度変異によって説明される.基本骨格のGalβ(1,4)GlcNAc にフコースを α(1,3)あるいは α(1,4)結合するフコース転位酵素(FucT1)およびさらにフコースを α(1,2)結合するフコース転位酵素(FucT2)が主要な合成酵素であり,Wang らによって詳細な遺伝子解析がなされた21).彼らは fucT2遺伝子上にCの連なった配列(poly C)を見いだし,そこが高頻度のDNA変異(frame shift)となることを明らかにした.この変異は普通の突然変異よりもはるかに高頻度で起こる.Frame shift によって poly C の長さが変わり,結果としてFucT2 が発現しなくなるために糖鎖構造の変化(Leyの喪失)が生じる(Fig. 3).そのため相変異(phase variation)ともいわれる.fucT1遺伝子にも同様の領域が存在するために H. pylori糖鎖の構造変異はより複雑に現れる.例えば Lexと Leyの両方を

持つ株,そのどちらかを主に発現する株などさまざまであり,培養中にもこれらの変異が生じる22)(Fig. 4).これらの Lewis 抗原のどれが自己免疫病発症に関

与しているかは明らかではない.また患者における抗Lewis 抗体の存在は自己免疫病の発症とはあまり関係がない,とする意見もある.その理由として,IgG型の抗 Lewis 自己抗体は H. pylori感染患者あるいは保菌者の多数の血清中に検出されるが,ITPなど自己免疫病を発症するのはその中のごく一部の患者のみであることがいわれる.実際,Lewis 抗原エピトープを欠くリコンビナントH+K+-ATPase に対して反応する自己抗体が自己免疫性胃炎�悪性貧血の患者に存在するという報告がある23).しかし ITPなど他の自己免疫病についてはそのような他の抗原と反応する自己抗体に関する報告が無い.除菌による症状改善などの臨床的エビデンスは蓄積されつつあるが,発症のメカニズムについての研究は遅々として進んでいないのが実情である.

終わりにH. pyloriを除菌すれば症状が改善あるいは治癒する

太田美智男6

感染症学雑誌 第84巻 第 1号

Fig. 4 Expression of Lex and Ley in clinically isolated H. pylori strains 1 - 33                 (Our unpublished results)

自己免疫病患者が存在するという事実を前提にして,H. pylori関連自己免疫病の発症機構を考えなければならない.H. pylori感染患者の大多数に抗 Lewis 自己抗体が存在しながら,一部の患者のみに自己免疫病が発症する理由は何だろうか?抗 Lewis 自己抗体が自己免疫病発症に関係しているのであろうか?関係していないなら H. pyloriのどのような成分が発症に関係しているのであろうか?それらの疑問に答えるためには,次のようなことを明らかにしなければならない.1.ITPは症候群であって複数の原因によって発症

する.抗血小板抗体はウイルス感染などさまざまな原因で起こっている可能性がある.そのなかで H. pylori

感染が発症原因となっている患者を分類する必要がある.これは他の自己免疫病についても同様である.2.患者の持つ抗 Lewis 自己抗体が反応する Lewis

抗原ならびに他の菌体成分の種類とエピトープについての詳細な解明.すなわち自己抗体について定量よりもむしろ質的な性質の解析が必要である.3.患者保有 H. pylori株のO多糖構造の多様性と変

異についての包括的情報.どのようなO多糖構造を持つ菌株が自己免疫病の発症と相関しているのか,あるいは相関が見られないかについて疫学的解析が必要であろう.4.自己抗体を含む患者血清の接種によって発症す

る自己免疫動物モデルの確立.自己免疫病と H. pylori感染の関係は,これまで主

に注意深い臨床医によって気づかれて解析されてきた.今後感染症を専門とする研究者が基礎的解析を行うことによって,新たな診断法と治療法が開発されることが期待される.

H. pyloriのO多糖など細菌表層多糖は直接宿主と接し,抗原として働くのみならずバイオフィルム形成など細菌の定着にも関係している.しかし構造解析が困難なため蛋白と比べて十分な解析が行われてこなかった.本総説で述べたように,細菌表層多糖は感染防御だけではなく宿主のさまざまな反応と深く関わっている可能性があり,もっと注目する必要がある.

文 献1)Yuki N, Yoshino H, Sato S, Miyatake T:Acuteaxonal polyneuropathy associated with anti-GM1 antibodies following Campylobacter enteri-tis. Neurology 1990;40:1900―2.

2)Suzuki S, Nakatomi Y, Sato H, Tsukada H,Arakawa M:Haemophilus parainfluenzae antigenand antibody in renal biopsy samples and se-rum of patients with IgA nephropathy. Lancet1994;343:12―6.

3)Negrini R, Lisato L, Cavazzini L, Maini P, GulliniS, Basso O, et al.:Monoclonal antibodies forspecific immunoperoxidase detection of Campy-lobacter pylori. Gastroenterology 1989;96:414―20.

4)Negrini R, Lisato L, Zanella I, Cavazzini S,Gullini S, Villanacci V, et al.:Helicobacter pyloriinfection induces antibodies cross-reacting withhuman gastric mucosa. Gastroenterology 1991;101:437―44.

5)Negrini R, Savio A, Poiesi C, Appelmelk BJ, Buf-foli F, Paterlini A, et al.:Antigenic mimicry be-tween Helicobacter pylori and gastric mucosa inthe pathogenesis of body atrophic gastritis. Gas-troenterology 1996;111:655―65.

6)Gasbarrini A, Franceschi F, Tartaglione R, Lan-dolfi R, Pola P, Gasbarrini G:Regression of

H. pylori感染と自己免疫疾患,特に免疫血小板減少性紫斑病 7

平成22年 1 月20日

autoimmune thrombocytopenia after eradicationof Helicobacter pylori. Lancet 1998;352:78.

7)Di Campli C, Gasbarrini A, Nucera E, Fran-ceschi F, Ojetti V, Sanz Torre E, et al.:Benefi-cial effects of Helicobacter pylori eradication onidiopathic chronic urticaria. Dig Dis Sci 1998;43(6):1226―9.

8)Gasbarrini A, De Luca A, Fiore G, Gambrielli M,Franceschi F, Ojetti V, et al.:Beneficial effectsof Helicobacter pylori eradication on migraine. He-patogastroenterology 1998;45:765―70.

9)Gasbarrini A, Massari I, Serricchio M, Tondi P,De Luca A, Franceschi F, et al.:Helicobacter py-lori eradication ameliorates primary Raynaud’sphenomenon. Dig Dis Sci 1998;43:1641―5.

10)Zentilin P, Seriolo B, Dulbecco P, Caratto E, Iiri-tano E, Fasciolo D, et al.:Eradication of Helico-bacter pylori may reduce disease severity inrheumatoid arthritis. Aliment Pharmacol Ther2002;16(7):1291―9.

11)Migneco A, Ojetti V, Specchia L, Franceschi F,Candelli M, Mettimano M, et al.:Eradication ofHelicobacter pylori infection improves blood pres-sure values in patients affected by hyperten-sion. Helicobacter 2003;8:585―9.

12)Zycinska K, Wardyn KA, Zycinski Z, Smo-larczyk R:Correlation between Helicobacter py-lori infection and pulmonary Wegener’s granulo-macytosis activity. J Physiol Pharmacol 2008;59 Suppl 6 :845―51.

13)Imai J, Yamada T, Saito T, Ishigaki Y, HinokioY, Kotake H, et al.:Eradication of insulin resis-tance. Lancet 2009;374:264.

14)Malfertheiner P, Megraud F, O’Morain C, Baz-zoli F, El-Omar E, Graham D, et al.:Currentconcepts in the management of Helicobacter py-lori infection : the Maastricht III Consensus Re-port. Gut 2007;56:772―81.

15)Stasi R, Sarpatwari A, Segal JB, Osborn J, Evan-gelista ML, Cooper N, et al.:Effects of eradica-tion of Helicobacter pylori infection in patientswith immune thrombocytopenic purpura : a sys-tematic review. Blood 2009;113:1231―40.

16)Yamamoto F, Narimatsu H, Ito M, Yamashita S,Kurahashi S, Sugimoto T, et al.:Prediction ofclinical outcome in patients with idiopathicthrombocytopenic purpura by evaluating bonemarrow clot CD20+ B lymphocytes and mor-phological changes of megakaryocytes. J ClinExp Hematop 2008;48(1):11―5.

17)Aspinall GO, Monteiro MA, Pang H, Walsh EJ,Moran AP:Lipopolysaccharide of the Helicobac-ter pylori Type Strain NCTC 11637 (ATCC43504) : Structure of the O Antigen Chain andCore Oligosaccharide Regions. Biochemistry1996;35:2489―97.

18)Aspinall GO, Monteiro MA:Lipopolysaccha-rides of Helicobacter pylori strains P466 and MO19 : Structures of the O Antigen and core oligo-saccharide regions. Biochemistry 1996;35:2498―504.

19)Appelmelk BJ, Simoons-Smit I, Negrini R, Mo-ran AP, Aspinall GO, Forte JG, et al.:Potentialrole of molecular mimicry between Helicobacterpylori lipopolysaccharide and host Lewis bloodgroup antigens in autoimmunity. Infect Immun1996;64:2031―40.

20)Amano K, Hayashi S, Kubota T, Fujii N, YokotaS:Reactivities of Lewis Antigen MonoclonalAntibodies with the Lipopolysaccharides of Heli-cobacter pylori Strains Isolated from Patientswith Gastroduodenal Diseases in Japan. ClinDiag Lab Immunol 1997;4:540―4.

21)Wang G, Rasko DA, Sherburne R, Taylor DE:Molecular genetic basis for the variable expres-sion of Lewis Y antigen in Helicobacter pylori :analysis of the a (1,2) fucosyltransferase gene.Mol Microbiol 1999;31:1265―74.

22)Sanabria-Valentín E, -Teresa M, Colbert C, Bla-ser MJ:Role of futC slipped strand mispairingin Helicobacter pylori Lewis y phase variation.Microbes and Infection 2007;9:1553―60.

23)Appelmelk BJ, Faller G, Claeys D, Kirchner T,Vandenbroucke-Grauls CMJE:Bugs on trial :the case of Helicobacter pylori and autoimmunity.Immunology Today 1998;19:296―9.

太田美智男8

感染症学雑誌 第84巻 第 1号

Helicobacter pylori Infection and Autoimmune Disease Such as Immune Thrombocytopenic Purpura

Michio OHTADepartment of Bacteriology, Nagoya University Graduate School of Medicine

Helicobacter pylori infection is implicated in the pathogenesis of extradigestive diseases such as acne ro-sacea and idiopathic chronic urticaria and autoimmune diseases such as autoimmune gastric atrophy, rheu-matoid arthritis, anti phospholipid antibody syndrome, autoimmune thyroiditis, Sjoegren syndrome, Henoch-Schoenlein purpura, and Type B insulin resistance syndrome. H. pylori eradication ameliorated the conditionin some, but not all, of those with these autoimmune diseases. Recent studies primarily in Italy and Japanfound that H. pylori eradication in those infected with chronic immune thrombocytopenic purpura (ITP) re-sults in a persistent platelet count increase in over half of those treated, suggesting that although pathoge-netic mechanisms underlying the relationship between H. pylori infection and autoimmune disease remainunclear, yet-unknown immunological events induced by H. pylori infection almost certainly occur in the de-velopment of autoimmune response.

A majority of isolated H. pylori strains express human Lewis (Lex and�or Ley determinants and in somestrains, Lea, Leb, sialyl-Lex), and H determinants in the O-chain of the surface lipopolysaccharide. Previousstudies showed that this molecular mimicry helps the bacterium evade host responses while evokingautoantibody responses to Le antigens. The anti-Ley autoantibody is also reported to promote H. pylori adhe-sion to gastric epithelial cells, leading to development of gastric atrophy. Moreover, one can hypothesize thatanti-Le autoreactive antibodies induced by H. pylori infection are involved in the development of autoim-mune diseases, although no clinical studies showing that anti-Le immune responses are involved in the etiol-ogy of these autoimmune diseases have been conducted. Proving this hypothesis would require quantitativeand qualitative analysis of autoantibodies and T cell functions to Le antigens. High frequent phase variationof Le structures in the O-polysaccharide of H. pylori may influence the immune response of patients to Leantigens.

〔J.J.A. Inf. D. 84:1~8, 2010〕