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公益社団法人日本都市計画学会 都市計画報告集 No.18, 2019 8 Reports of the City Planning Institute of Japan, No.18, August, 2019 * 正会員・岡山大学グローバル人材育成院(Institute of Global Human Resource Development, Okayama University) **正会員・東京農業大学(Tokyo University of Agriculture)***正会員・首都大学東京(Tokyo Metropolitan University) 空き地のグリーンインフラ再利用を軸に敷地と都市スケールの取り組みを連動させるには -アメリカ・デトロイト市の事例から- How to Connect Site-scale Projects and City-scale Green Infrastructure Strategies : Case study of repurposing vacant land as green infrastructure in the City of Detroit, Michigan, USA 加藤禎久*・福岡孝則**・片桐由希子*** Sadahisa Kato*Takanori Fukuoka**Yukiko Katagiri*** This study examined how we can connect site-scale green infrastructure (GI) projects to city-scale GI strategies by studying the “New GI” projects in the Upper Rouge Tunnel area in the City of Detroit, Michigan, USA. The results show that linking the two scales requires much networking and collaboration with various stakeholders. Toolkit, based on a city-scale plan, which facilitates site-scale implementation and a resident engagement campaign are useful mechanisms that help strengthen the link between the two scales. Even though the New GIs are rather high-profile projects with much funding from philanthropic foundations, for it to be successful many networking events and residents’ participation are crucial with the financial and logistical support from the city department and the foundations. Keywords: Detroit, green infrastructure, bioretention garden, vacant lot, learning by doing デトロイト、グリーンインフラ、バイオリテンションガーデン、空き地、実行しながら学習する 1. はじめに 本稿の学術的「問い」は、敷地スケールのグリーンインフラ (以下、GI と略)整備の取り組みと、都市(広域)スケールの GI 戦略(計画)とをいかに連動させることができるか、という ものである。日本の現状として、この二つのスケールの取り組み が分断されているという問題がある 1) 。では、どうしたら連動さ せることができるのか。本稿では、空き地の GI 再利用 repurposing )に着目し、アメリカ・ミシガン州デトロイト市の Upper Rouge Tunnel 地域に整備された GI 事例を通じてこの問い を考えてみたい。 1-1. 市の問題としての空き地と合流式下水の越流対策 デトロイト市はアメリカ・ラストベルト(かつて鉄鋼業や製 造業で栄えた五大湖周辺の地域)に位置し、基幹産業が陰り、雇 用が失われ、人口が流出した典型的な人口減少都市 (1) である。ピ ーク時からの人口減少率は全米一高く、実に 60 %におよぶ 2), 3) 人口が流出したことにより、市内には非常に多くの空き家・空き 地が残され、 120,000 以上の空き地 (2) が存在する 5) 。荒廃した空き 家は地域の景観を損ねるだけでなく、違法ドラッグ売買などの犯 罪の温床になり、放火のハザードにもなり、地域にとって非常に 大きな負の遺産になっている。 一方、デトロイト市はアメリカの他の多くの都市と同じよう に、古くからの合流式下水道システムに雨水管理をゆだねており、 大雨の際は、システムの処理能力を超えた大量の雨水 stormwater )が一度に流入し、逆流して地下室が水浸しになっ たり、マンホールから水が溢れたりする被害に悩まされてきた。 いわゆる、合流式下水の越流(Combined Sewer Overflow、以下 CSO)問題である。また、汚水と合流して汚染された水が処理場 で処理しきれずそのまま河川に放出されることによる水質汚染 も問題になっている。さらに、老朽化したシステムの更新、維持 管理の費用が政府に重くのしかかっている。これらの問題に対処 するため、アメリカでは GI の特に雨水管理機能に期待が寄せら れており、アメリカの GI 整備の主目的となっている 6)-8) 2. 研究手法 GI 事例の整備にあたり中心的役割を果たしたミシガン大学 持続環境学部の Joan Nassauer 教授への現地でのインタビュー 2017 9 15 14:00-15:00 )、インターネット上に公開され ている関係機関(団体)の情報収集・分析、執筆者による現地調 査(2017 年夏及び 2018 年夏)などを基に、包括的に情報を整理 した。 3. 都市スケールの GI 戦略 そもそもデトロイトには広域の GI 戦略は存在しないが、 NPO Detroit Future City (以下、 DFC(3) が作成した Strategic Framework (以下、SF)に、特に空き地の再利用に着目した都市再生戦略 がうたわれている 9), 10) 。また、SEMCOG という広域土地利用計 画を指導する団体は存在するが、提言には法的な拘束力がない。 つまり、法的拘束力のある広域都市計画は存在しないが、SF それに一番近い存在ではあるので、以下、SF について簡単に解 説する。 3-1. Detroit Future City Strategic Framework デトロイト市が財政破綻した2013 年にKresge 財団が中心とな って設立した都市計画イニシアチブである DFC によって SF 作成された 10) SF 2013 年に策定されたデトロイト市の非法定 計画で、 6 つの重点分野を定めており、特に空き地率が高い戸建 て住宅地を、住宅系の土地利用からオープンスペースを中心とす - 112 -

How to Connect Site-scale Projects and City-scale …: Case study of repurposing vacant land as green infrastructure in the City of Detroit, Michigan, USA 加藤禎久 *・福岡孝則**・片桐由希子***

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公益社団法人日本都市計画学会 都市計画報告集 No.18, 2019年 8月

Reports of the City Planning Institute of Japan, No.18, August, 2019

* 正会員・岡山大学グローバル人材育成院(Institute of Global Human Resource Development, Okayama University) **正会員・東京農業大学(Tokyo University of Agriculture)、***正会員・首都大学東京(Tokyo Metropolitan University)

空き地のグリーンインフラ再利用を軸に敷地と都市スケールの取り組みを連動させるには

-アメリカ・デトロイト市の事例から-

How to Connect Site-scale Projects and City-scale Green Infrastructure Strategies : Case study of repurposing vacant land as green infrastructure in the City of Detroit,

Michigan, USA

加藤禎久*・福岡孝則**・片桐由希子*** Sadahisa Kato*・Takanori Fukuoka**・Yukiko Katagiri***

This study examined how we can connect site-scale green infrastructure (GI) projects to city-scale GI strategies by studying the “New GI” projects in the Upper Rouge Tunnel area in the City of Detroit, Michigan, USA. The results show that linking the two scales requires much networking and collaboration with various stakeholders. Toolkit, based on a city-scale plan, which facilitates site-scale implementation and a resident engagement campaign are useful mechanisms that help strengthen the link between the two scales. Even though the New GIs are rather high-profile projects with much funding from philanthropic foundations, for it to be successful many networking events and residents’ participation are crucial with the financial and logistical support from the city department and the foundations. Keywords: Detroit, green infrastructure, bioretention garden, vacant lot, learning by doing

デトロイト、グリーンインフラ、バイオリテンションガーデン、空き地、実行しながら学習する 1. はじめに 本稿の学術的「問い」は、敷地スケールのグリーンインフラ

(以下、GI と略)整備の取り組みと、都市(広域)スケールの

GI 戦略(計画)とをいかに連動させることができるか、という

ものである。日本の現状として、この二つのスケールの取り組み

が分断されているという問題がある 1)。では、どうしたら連動さ

せることができるのか。本稿では、空き地の GI 再利用

(repurposing)に着目し、アメリカ・ミシガン州デトロイト市の

Upper Rouge Tunnel地域に整備されたGI事例を通じてこの問い

を考えてみたい。 1-1. 市の問題としての空き地と合流式下水の越流対策 デトロイト市はアメリカ・ラストベルト(かつて鉄鋼業や製

造業で栄えた五大湖周辺の地域)に位置し、基幹産業が陰り、雇

用が失われ、人口が流出した典型的な人口減少都市(1)である。ピ

ーク時からの人口減少率は全米一高く、実に 60%におよぶ 2), 3)。

人口が流出したことにより、市内には非常に多くの空き家・空き

地が残され、120,000以上の空き地(2)が存在する 5)。荒廃した空き

家は地域の景観を損ねるだけでなく、違法ドラッグ売買などの犯

罪の温床になり、放火のハザードにもなり、地域にとって非常に

大きな負の遺産になっている。 一方、デトロイト市はアメリカの他の多くの都市と同じよう

に、古くからの合流式下水道システムに雨水管理をゆだねており、

大雨の際は、システムの処理能力を超えた大量の雨水

(stormwater)が一度に流入し、逆流して地下室が水浸しになっ

たり、マンホールから水が溢れたりする被害に悩まされてきた。

いわゆる、合流式下水の越流(Combined Sewer Overflow、以下

CSO)問題である。また、汚水と合流して汚染された水が処理場

で処理しきれずそのまま河川に放出されることによる水質汚染

も問題になっている。さらに、老朽化したシステムの更新、維持

管理の費用が政府に重くのしかかっている。これらの問題に対処

するため、アメリカではGIの特に雨水管理機能に期待が寄せら

れており、アメリカのGI整備の主目的となっている 6)-8)。 2. 研究手法 本GI事例の整備にあたり中心的役割を果たしたミシガン大学

持続環境学部の Joan Nassauer 教授への現地でのインタビュー

(2017 年9月15 日14:00-15:00)、インターネット上に公開され

ている関係機関(団体)の情報収集・分析、執筆者による現地調

査(2017年夏及び2018年夏)などを基に、包括的に情報を整理

した。 3. 都市スケールのGI戦略 そもそもデトロイトには広域のGI戦略は存在しないが、NPO

のDetroit Future City(以下、DFC)(3)が作成したStrategic Framework(以下、SF)に、特に空き地の再利用に着目した都市再生戦略

がうたわれている 9), 10)。また、SEMCOGという広域土地利用計

画を指導する団体は存在するが、提言には法的な拘束力がない。

つまり、法的拘束力のある広域都市計画は存在しないが、SF が

それに一番近い存在ではあるので、以下、SF について簡単に解

説する。 3-1. Detroit Future City Strategic Framework デトロイト市が財政破綻した2013年にKresge財団が中心とな

って設立した都市計画イニシアチブである DFC によって SF は

作成された 10)。SFは2013年に策定されたデトロイト市の非法定

計画で、6つの重点分野を定めており、特に空き地率が高い戸建

て住宅地を、住宅系の土地利用からオープンスペースを中心とす

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公益社団法人日本都市計画学会 都市計画報告集 No.18, 2019年 8月

Reports of the City Planning Institute of Japan, No.18, August, 2019

る土地利用へ転換することに重点を置いている 10)-12)。 黒瀬ら 11)によれば、SF 策定後、地区レベルでの計画の実行機

関はDFC Implementation Office (IO)であり、IOの主な活動は、SFに沿って各地区で具体的な活動を展開する住民組織やNPOに対

する技術支援である。その IOが特に力を注いだのが、DFC’s Field Guide to Working with Lots(以下、FG)の作成と周知である。FGはSFに沿ったプロジェクト実践のためのツールキットで、住民

や地域コミュニティ、NPO 等による空き地の利用転換

(transformation)を促すためのノウハウを整理した事例集である11)。FG はキャパシティー構築のツールで、住民、関係事業者等

を活用できる資料と結び付け、ステークホルダー同士を結び付け

るツールである 5)。 直近では、SF の提案事項の実施を確かなものにするための5

ヵ年計画を2017年に発表した。DFCはこのStrategic Plan 2017で優先して取り組む3つの分野(土地利用と持続可能性、コミュニ

ティと経済開発、出版(宣伝))を定め、それぞれいくつか固有

の目標と、それを達成するための戦略やプログラムを定めている13)。「土地利用と持続可能性」分野は、市の空き地問題をグリー

ンで持続可能な手法で解決することが目標で、その主要な取り組

みがFGであり、「Land + Water Works」キャンペーンの推進であ

る 5), 13)。キャンペーンの内容は、啓蒙(教育)と雨水管理を核に

したGI整備によってデトロイト市民を「土地と水の見守り人」

としての役割を担ってもらう、関係者協働の活動である 5), 13), 14)。 3-2. Detroit Water and Sewerage Department デトロイト市上下水道局(以下、DWSD)は、20 万以上のデ

トロイトの住宅および商業用地(口座)にサービスを提供する公

共事業庁である。ミシガン州法では、上下水道料金はサービスコ

ストのみに基づいている。固定資産税からサービス提供の資金が

拠出されているわけではない 15)。 合流式下水の越流(CSO)を防ぐ施設整備への多額の投資なし

でこれ以上の越流を防ぐために、DWSD はグリーン雨水インフ

ラ(GSI)の実践への投資を通して合流式下水道システムに流入

する雨水の量を減らすことに取り組んでいる 13), 16)。GSIとは前述

の「雨水管理を核にした GI」を指し、雨水が合流式下水道シス

テムに流れ込む前に、降水があった場所でできるだけ吸収するこ

とを目的とした雨水管理アプローチの総称である。

4. 敷地スケールのGI整備 デトロイトのUpper Rouge Tunnel(以下URT)地域に整備され

た GI 事例を紹介する。前述のように CSO 対策は市の命題であ

り、連邦政府の水質規制への対策でもある。 4-1. New GI

New GIは、デトロイト北西部のURT地域にあるCody Rouge地区に整備された bioretention garden のプロジェクト名である。

最初の4つのbioretention gardenの建設は、2016年5月に完了し

た。これらは、隣接する敷地の空き家を解体後、地下室空間を活

用し透水性の砂利等の基盤を導入することによって作られた 17),

18)。 Bioretention gardenは、高度の雨水貯留機能を持つGIであり、

敷地や街路からの表流水(stormwater runoff)の浸透を可能にし、

合流式下水管への流入量を削減、表流水に含まれる重金属、石油、

その他の汚染物質を除去するように設計されている。また、雨水

は蒸発散によってその場で減少する。地表面に植えられた花は、

近所の美化に役立つ。排水管は、その場で貯留・蒸発散しきれな

い水を下水道に排出するよう設置されている(図-1)。デトロイ

トはラストベルトに位置する他の人口減少都市と比較して粘土

質の透水性の低い土壌のため、地下室によって占められていた空

間は雨水貯留のために効果的に利用された(4), 17)。

【図-1】Bioretention gardenのデザイン(Tetra Techによるイ

ラストに日本語訳を追加)

Bioretention gardenはそれぞれ、地下に年間1,136キロリットル

の水を貯留できるよう設計されている 18)。 Nassauer教授 17)によ

れば、約2.54 cmの降雨量を制御するように設計されている一般

的なGI施設と比較して、これらのbioretention gardenは5.84 cmに近い降雨量を保持できる。これは、一年または二年に一度の洪

水の全水量、そして100年に一度の嵐の水量の半分近くを現場で

制御できるということである。また、Bioretention gardenは、敷地

内の雨水だけでなく、半分の近隣街区からの雨水も処理すること

ができる 17)。 4-2. New GI建設の背景

New GIはDWSDのGSIプログラムの重点区域に建設された。

この地域は、CSO 問題を解決するために建設が計画された集水

管(Upper Rouge Tunnel)の支流にあたる。 URTはルージュ川

とほぼ平行に走り、川沿いの流出口からCSO排出を集めるよう

に計画されていた。しかし、URT の費用は法外なものであった

ため、建設されなかった。その後URTが果たすはずだった機能

は、2010年5月19日にミシガン州環境品質局(MDEQ)によっ

て承認された様々なGIプロジェクトに代替されることとなった。

2013 年 7 月にデトロイト市が財政破産する中、GI はCSO を管

理するだけでなく、地域へ多様な社会経済的便益をもたらすこと

が期待された。 2014年8月1日、DWSDは2013年版に代わるURT地域の2014

年版GI 計画を発表した。 このGI 計画は、2013 年 3 月 1 日に

DWSDにMDEQによって発行された国家汚染物質排出防止シス

テム(NPDES)許可番号MI0022802の要件に従って作成された。

2014 年版 GI 計画は、DWSD が管理する合流式下水道システム

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公益社団法人日本都市計画学会 都市計画報告集 No.18, 2019年 8月

Reports of the City Planning Institute of Japan, No.18, August, 2019

への雨水の流入量を削減し、CSO 排出量の削減に資することを

目的としていた。この計画では、潜在的なプロジェクトの種類と

場所、GI の実施、そして組織構造と複雑なプロトタイププロジ

ェクトの開発が規定された。例えば、街路のbioretention施設は、

公道での植樹と共同で行われるよう調整される。以下にNew GI建設までの年表を示す(表-1)。

DWSD GI 計画は、NPDES 許可証に基づいている。この許可

証には、GI 計画、支出要件、再開発のための設計基準、および

水文学的目標のGI 要件が含まれている。 GI の実施は、さもな

ければ下水道に流れ込み、CSO を発生させる降水を捉えるよう

に計画されなければならない。したがって、許可証の目的は、雨

水を抑制し、CSOを削減することである 15), 16)。 【表-1】New GI建設までの流れ

年月 出来事

2010年5月19日 MDEQがURTに代わる様々なGIプロジェクトを承認

2013年1月 DFCによってSFが策定

2013年3月1日 NPDES 許可証MI0022802がMDEQからDWSDに下りる

2013年7月 デトロイト市が財政破綻

2014年8月1日 DWSD が URT 地域の 2014 年版GI計画を発表

2016年5月 最初の4つのbioretention garden(New GI)の建設が完了

5. 考察 5-1. New GI建設に至る協働

New GIはミシガン大学アナーバー校のランドスケープアーキ

テクチャー専攻専門家養成修士課程の修了プロジェクトのひと

つとして始まったのがきっかけである 17)。Bioretention garden は

初めて尽くしであり、DWSDから助成を得た最初のGIプロジェ

クトで、DWSDとデトロイトランドバンク(5)が協力した初めての

プロジェクトでもあった 17), 18)。例えば、空き家が解体された際、

DWSD が解体に要する費用を支出した初の事例である。 URT地域での空き家解体には、他にも連邦補助金Hardest Hit Fundなど、さまざまな資金源が使用されている 19), 20)。その後、Nassauer教授およびエンジニアリング会社と共同で DWSD が 4 つの

bioretention gardenを建設した。 5-2. 慈善民間財団からの助成金

New GIが実現するための助成金は、Nassauer教授がErb Family財団(正式名称、Fred A. and Barbara M. Erb Family Foundation)(6)

に申請したものである。この助成金はNew GI建設に関するワー

クショップの開催等に使用された。Erb Family財団は、デトロイ

トで植樹を通して環境教育や地域開発活動を行っているNGOの

The Greening of Detroitにも資金を提供している。財団が資金を供

給しているコミュニティ組織は、他にもFriends of The Rouge、Detroit Greenways Coalition、Eastside Community Networkなどがあ

る 21)。彼らの活動は雨水管理とコミュニティの活性化を組み合

わせたものだ。

5-3. New GIの機能評価 デトロイトのような 120,000 以上の 5)空き地がある都市にとっ

て、New GIは地域に多くの環境、社会経済、審美的便益をもた

らしてくれるものである。例えば4つの bioretention garden の半

径 244 m以内に住んでいる 163 世帯の調査によると、背丈の低

い花が咲く庭園は、夏に一度刈られる典型的な芝生またはより頻

繁に刈られる芝生よりも、住民の包括的福利、家屋の経済的価値、

安全性、近所を歩く頻度、近所の人との交流の頻度の観点から、

視覚的に非常に好ましい管理スタイルであることが判明した 17),

18)。この調査結果は、アメリカ中西部における空き地被覆の管理

スタイルにひとつの示唆を与えている。 5-4. モニタリングと維持管理

GI などの新しい概念を実際の現場に適用する場合、順応的管

理の考え方が有効である 22)。また、GI は新しいデザインや技術

をテストするのにも適している。 DWSD及びミシガン大学とウ

ェイン州立大学の研究者は、建設した bioretention garden がどの

程度うまく機能しているかをモニタリングする予定である17), 18)。

New GIを設計したエンジニアリング会社Tetra TechとNassauer教授の研究協力者は、水質と水量に関するデータを監視し、この

試行的プロジェクトが意図した雨水管理の目標を確かに達成し

ているかどうかを確認する予定である。また、Erb Family財団か

らの新たな研究助成により、特に、水質、住民が近隣環境をどう

思っているか、住民の健康の3点についてNew GIのパフォーマ

ンスを評価する。さらに、市と共同で新たなGIデザイン概念を

開発し、整備できるようなガバナンスの仕組み、GI の持続的な

管理を開発する予定である 23)。 Nassauer 教授はインタビューの中で、維持管理へのDWSD の

関与の重要性を強調した 17)。彼女がDWSDを説得するのには少

し時間がかかったが、New GIの維持管理に関しては、DWSDが

責任を持つことで落ち着いた。DWSD は毎年流入口と排出口を

検査し、市の他の部局と協力してNew GIを維持していく。 長期的には、地域コミュニティの参加が、New GIがその地域

に受け入れられることと、長期にわたる管理にとって重要である。

利害関係者と地域社会との関わり合いがプロジェクトの成功の

鍵であると言える。 GIの実施と長期的な維持の成功は、地域住

民向けの教育(啓蒙活動)と住民の関与を高める様々な工夫され

た活動の組み合わせを通じて、利害関係者の支援を生み出せるか

どうかにかかっている 20)。 5-5. 敷地スケールと都市スケールの連動

New GIの目的(機能)は、雨水管理が最重視されている。CSO問題対策として表流水量・質の両面、ピーク流量の抑制・遅延に

加えて地域振興や美化などが主目的である。GI が提供する雨水

管理を核とした多様な便益と、ラストベルトに位置するデトロイ

ト固有の問題(空き家、空き地問題)の解決策とをうまく結びつ

けているところがNew GIの妙味であり、本稿の冒頭で設定した

「問い」に対するひとつの答えである。つまり、デトロイト市が

抱える都市スケールの空き家、空き地問題に対して、個々の敷地

(空き地)のGIとしての再利用を考えることにより、言い換え

ると、荒廃して犯罪の温床になって地域に負の影響を与えている

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公益社団法人日本都市計画学会 都市計画報告集 No.18, 2019年 8月

Reports of the City Planning Institute of Japan, No.18, August, 2019

空き家の敷地の有効活用をすることにより、二つのスケールを連

動させているのである。 また、そのための方策として、敷地スケールで都市スケールの

SFの目標を実践するのを助けるFG、FGを補完するミニ助成金

プログラム、デトロイト市民を「土地と水の見守り人」としての

役割を担ってもらう関係者協働の活動である「Land + Water Works」プログラム等がある 13)。さらに、図-2 で示したように、

New GI事例を通じて、関係者(団体)が相互に協働する仕組み

が成り立っていることを明らかにした。また、このような仕組み

の中心的役割を大学の研究者が担えることも示した。 手始めに4つだけのbioretention gardenであるにもかかわらず、

New GIを実現するプロセスを通じてすべての利害関係者が集ま

った。大学研究者、学生、慈善民間財団、コミュニティグループ

および近隣団体、市、そしてエンジニアリング会社。実際、

Nassauer教授はインタビューの中で、New GIの構想からすべて

の利害関係者の説得まで5年もの月日を要したと述べている。図

-2 で示されているように、コミュニティ組織と連携している、

さまざまな分野間のつながりと協働ができたことは、New GIの永続的な成果のひとつである 17), 18)。

【図-2】New GIをめぐる関係者(団体)の相関図及び資金提供

の流れ 5-6. 研究者の役割

New GI 事例を通して研究者の果たすべき役割を考察するに、

「考え抜かれた実験」24)や「実行しながら学習する」22)といった

考え方を取り入れて、GI の機能分析に関して、もっとこういう

試行的プロジェクトを日本でもどんどん建設し、そのパフォーマ

ンスをモニタリングすることで次のデザインに活かすようなこ

とを行っていくべきではないだろうか(7)。造園や都市・建築計画

分野の研究者はデザイン、設計、施工段階だけでなく、完成した

後の効果のモニタリングの段階までプロジェクトに関わること

が当たり前になるような、予算措置も含めた社会全体のパラダイ

ムシフトが必要であろう。 6. 最後に 日本では超少子化・高齢化が進行中で、大胆な移民政策がと

られない限り今後の大幅な人口減少は不可避である。アメリカの

ように空き家が犯罪の温床になったり、放火の危険に近隣の住民

をさらしたりすることにより近隣の不動産価値が毀損したりと

いった、さらなる人口減少が生じるような問題は日本ではそれほ

ど生じていないが、空き家は増加している。地域から人がいなく

なる原因が国全体で人口減少している日本とは異なるが、結果と

して空き家・空き地が増えるのは同じである。New GI事例を通

じて得られた敷地スケールのプロジェクトと都市スケールの戦

略(計画)を連動させる仕組みや、その中での研究者の役割は、

今後日本でも増えてくる空き地の、GI としての再利用の可能性

に重要な示唆を与えている。 謝辞 本研究は JSPS科研費 JP16K12671の助成を受けた。 補注 (1) Nassauer教授は都市が持つ歴史や文化などポジティブな意味

を込めて、これらの都市をレガシー(遺産)都市と呼ぶ。 (2) デトロイト市の国勢調査区画ごとの空き地率(2014)は

Meerow and Newell4)図1を参照のこと。 (3) DFCがNPOになったのは公式には2016年である。 (4) より正確には、隣接する2つの空き地の中央に庭園が建設さ

れ、庭園は地下室があった場所と完全には一致していない 18)。 (5) ランドバンクの仕組みや位置づけは州ごとに異なるが、市場

原理では解決しにくい物件を取得して再生する公的な使命を

担う組織である。デトロイト市ランドバンクは市計画開発部

署の所管で、デトロイトランドバンク事業については藤井 19)

に詳しい。 (6) デトロイト市内の GI 整備に重要な役割を果たしてきた Erb

Family財団の活動内容は新妻ら 10)に詳しい。 (7) 横浜市と JAMSTEC によるGI 技術を適用した横浜市グラン

モール公園再整備効果のモニタリングのように、日本でもこ

うした取り組みは少しずつ始まっている。 参考文献 1) 加藤禎久・福岡孝則 (2015), 「防災・減災と健全な水循環の

回復に資する緑地を含めた包括的な雨水管理手法に関する研

究」, ニッセイ財団環境問題研究助成(若手・奨励研究)最終

報告書, 10 pp. 2) Daily Mail (2012), Derelict Detroit: Gloomy pictures chart the 25-year

decline of America’s Motor City, https://www.dailymail.co.uk/news/article-2211498/Detroits-amazing-transformation-captured-camera-loses-ONE-MILLION-residents-60-years.html#axzz2KX2qavQ5, 2019.4.24

3) World Population Review (2018), Detroit, Michigan Population 2018, http://worldpopulationreview.com/us-cities/detroit-population/, 2018.8.6

4) Meerow and Newell (2017), 「Spatial planning for multifunctional green infrastructure: Growing resilience in Detroit」, Landscape and Urban Planning, 159, 62-75

5) Detroit Future City (2017), Detroit Future City Strategic Plan 2017-2021,

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公益社団法人日本都市計画学会 都市計画報告集 No.18, 2019年 8月

Reports of the City Planning Institute of Japan, No.18, August, 2019

https://detroitfuturecity.com/wp-content/uploads/2018/01/DFC_StrategicFrameworkPpt_r3.pdf, 2019.4.15

6) Kato, S. (2012), 「An Overview of Green Infrastructure’s Contribution to Climate Change Adaptation」, 第13回韓中日国際

ランドスケープ専門家会議論文集, 224-228 7) 福岡孝則・加藤禎久 (2015), 「ポートランド市のグリーンイ

ンフラ適用策事例から学ぶ日本での適用策整備に向けた課

題」, ランドスケープ研究, 78 (5), 777-782 8) 福岡孝則・加藤禎久 (2019), 「シンガポールABC水のデザイ

ンガイドラインにおけるグリーンインフラ適用策の推進手

法」, 都市計画報告集, 17, 423-429 9) Detroit Future City, https://detroitfuturecity.com/, 2018.8.3 10) 新妻直人・黒瀬武史・矢吹剣一 (2017), 「デトロイト市にお

ける慈善財団によるグリーンインフラストラクチャー整備支

援に関する研究-整備計画と整備事業の関係性に着目して

―」, 都市計画報告集, 16, 204-210 11) 黒瀬武史・矢吹剣一・高梨遼太郎 (2016), 「デトロイトにお

ける財団を中心とした非営利セクターによる空き地利用転換

の取組―Detroit Future City Strategic Framework Plan以降の地区

単位の活動支援に着目して―」, 都市計画報告集, 15, 50-55 12) Detroit Future City (2012), The executive summary,

https://detroitfuturecity.com/wp-content/uploads/2017/11/DFC_ExecutiveSummary_2nd.pdf, 2017.8.21

13) Detroit Future City (2017), DFC Sets Five-Year Plan, Bringing Research & Advocacy to Strategic Framework Implementation, https://detroitfuturecity.com/2017/11/10/detroit-future-city-sets-five-year-plan-bringing-research-advocacy-to-strategic-framework-implementation/, 2019.4.19

14) Land + Water WORKS Coalition, https://detroitfuturecity.com/our-programs/land-water-works-coalition/, 2019.4.23

15) City of Detroit (2018), About DWSD, http://www.detroitmi.gov/Government/Departments-and-Agencies/Water-and-Sewerage-Department/About-DWSD, 2018.12.9

16) City of Detroit, Storm Water, http://www.detroitmi.gov/stormwater, 2017.8.18

17) Nassauer, J. (2017), 本人へのインタビュー, アメリカ・ミシガ

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19) 藤井康幸 (2015), 「米国デトロイト市におけるランドバンク

による地区を選別した空き家・空き地問題への対処」, 都市計

画論文集, 50 (3), 1032-1038 20) Mallach, A. (2018),

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21) Fred A. and Barbara M. Erb Family Foundation,

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Planning as a Strategy to Address Uncertainty in Planning」, Journal of Environmental Planning and Management, 51(4), 543-559

23) Graham Sustainability Institute (2019), Continued support for green infrastructure work in the City of Detroit, http://graham.umich.edu/water/newsletter/detroit-support-2016-02, 2019.3.31

24) Felson, AJ and Pickett, STA (2005), 「Designed Experiments: New Approaches to Studying Urban Ecosystems」, Frontiers in Ecology and the Environment, 3 (10), 549-556

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