2
9 HSV感染症の病態 初発型と再発型の違い 渡辺 大輔 先生 愛知医科大学医学部 皮膚科 教授 HSV1のような生活環感染・増殖する 1) まず、表皮粘膜細胞HSV吸着・侵入する 際、 ウイルス 粒子内のテグメント 蛋白である VP16、UL41 などが細胞質放出 されウイルスが効率的感染するよう 作用すると えられる カプシドから HSVDNA核内放出 されると VP16 によって α 遺伝子転写活性化 されα 蛋白合成 される この α 蛋白がトランス 活性化因子 として β蛋白γ 蛋白発現活性化 させる β蛋白はウイルスDNA合成・複製関与する ウイルスDNA合成 されると γ 蛋白合成されてカプシドが生成されるそしてウイルス DNAがカプシドにパッケージングされ、核膜通過 、細胞質内テグメント エンベロープを獲得 して細胞外放出 される 。放出 された 一部HSV知覚神経侵入 して、三叉神経節脊髄後根神経節 潜伏する。潜伏中、HSV潜伏関連転写物(latency associated transcript:LAT) だけを発現 している 状態存在 、何 らかの刺激けると 再活性化され、同 神経支配領域皮膚病変粘膜病変形成する ヘルペス性歯肉口内炎 HSV-1初感染により 発症 、主6 月~6歳頃 までの小児にみられ るが、成人でも 発症することがある 。感染から 2~7日 潜伏期、発熱 口腔内粘膜舌、口唇などに白苔付着 したびらん ・潰瘍多発する 2)。所属 リンパ腫脹 、口腔内みにより 、摂食・飲水困難 となり 入院する 症例 もある 口唇ヘルペス・顔面ヘルペス 皮膚粘膜 じる HSV感染症そのほとんどが再発型である HSV-1再活性化により 発症する 。口唇ヘルペスは口唇 皮膚境界部好発する 。典型例では、数日前から前駆症状その水疱出現する 3)。顔面ヘルペスは、眼部近傍病変があると 角膜 ヘルペスをすることがある HSV感染症の病型 HSV感染症、HSV-1 HSV-2型特異的病態(表1)。 また、初感染(初発) 再発によっても 病態なる 。初発型 とはめて 症状出現 したものを、初感染初発型めてのHSV感染により 症状出現したものをしかし、必ずしも 初感染時症状出現 するわけではなく 、初感染のおよそ9割不顕性感染 われている 不顕性感染後感冒、紫外線曝露、手術、月経、性行為などの誘因 により HSV再活性化 臨床症状めて出現 した状態非初感染 初発型 。初感染初発型、非初感染初発型再発型 べて 局所皮膚症状、病変広範囲。再発時皮疹出現数日前から違和感やそう 痒感、軽度みなどの前駆症状出現する ことがなお、再発頻度には個人差がある HSV感染症の病態 HSVの構造と生活環 VZV HSV感染症の病態 Session 2 1 HSVの生活環 2 ヘルペス性歯肉口内炎 9 ウイルス DNA パッケージング 7 γ蛋白の生成 1 吸着・侵入 4 α蛋白の生成 5 β蛋白の生成 6 ウイルス DNA 複製 2 カプシドの 核への運搬 3 ウイルス DNA の核への 注入と環状化 VP16 UL41 三叉神経節又は 脊髄後根神経節 末梢神経 14 潜伏 13 出芽 12 エンベロープ獲得 11 テグメント獲得 10 核膜通過 15 再活性化 8 カプシドの生成 宿主 mRNA の分解 α遺伝子の 転写の 活性化 β遺伝子発現 の活性化 γ遺伝子 発現の 活性化 TGN TGN LAT HSV HSV DNA DNA 1 HSV感染症の病態 3 口唇ヘルペス(再発型) 46歳、女性 25 ヵ月、男児 HSV-1 三叉神経節 接触感染 性器ヘルペス ヘルペス性歯肉口内炎 ヘルペス性ひょう疽 カポジ水痘様発疹症 口唇ヘルペス カポジ水痘様発疹症 HSV-2 脊髄後根神経節 性行為感染 性器ヘルペス ヘルペス性ひょう疽 性器ヘルペス 臀部ヘルペス 主な潜伏部位 主な感染経路 【再発型】 川口寧. 生化学. 84 5343 2012初感染 初発型 非初感染 初発型

HSV感染症の病態 初発型と再発型の違い...HSV-2野生株のLAT-E1をレスキューすると、再発頻度はHSV-2野生 株と同程度に戻ることが判明した3)。以上より、性器ヘルペスの再発頻度

  • Upload
    others

  • View
    0

  • Download
    0

Embed Size (px)

Citation preview

Page 1: HSV感染症の病態 初発型と再発型の違い...HSV-2野生株のLAT-E1をレスキューすると、再発頻度はHSV-2野生 株と同程度に戻ることが判明した3)。以上より、性器ヘルペスの再発頻度

9

HSV感染症の病態初発型と再発型の違い渡辺 大輔 先生 愛知医科大学医学部 皮膚科 教授

 HSVは図1のような生活環で感染・増殖する1)。まず、表皮や粘膜の細胞にHSVが吸着・侵入する際、ウイルス粒子内のテグメント蛋白であるVP16、UL41などが細胞質へ放出され、ウイルスが効率的に感染するように作用すると考えられる。カプシドからHSVのDNAが核内に放出されると、VP16によってα遺伝子の転写が活性化され、α蛋白が合成される。このα蛋白がトランス活性化因子としてβ蛋白やγ蛋白の発現を活性化させる。β蛋白はウイルスDNAの合成・複製に関与する。ウイルスDNAが合成されると、γ蛋白が合成されてカプシドが生成される。そして、ウイルスDNAがカプシド内にパッケージングされ、核膜を通過し、細胞質内でテグメント、エンベロープを獲得して細胞外へ放出される。放出された一部のHSVは知覚神経に侵入して、三叉神経節や脊髄後根神経節に潜伏する。潜伏中、HSVは潜伏関連転写物(latency associated transcript:LAT)だけを発現している状態で存在し、何らかの刺激を受けると再活性化され、同じ神経支配領域に皮膚病変や粘膜病変を形成する。

● ヘルペス性歯肉口内炎 HSV-1の初感染により発症し、主に6ヵ月~6歳頃までの小児にみられるが、成人でも発症することがある。感染から2~7日の潜伏期を経て、発熱と口腔内粘膜や舌、口唇などに白苔を付着したびらん・潰瘍が多発する(図2)。所属リンパ節が腫脹し、口腔内の痛みにより、摂食・飲水が困難となり入院する症例もある。

● 口唇ヘルペス・顔面ヘルペス 皮膚粘膜に生じるHSV感染症で最も多く、そのほとんどが再発型である。主にHSV-1の再活性化により発症する。口唇ヘルペスは口唇と皮膚の境界部に好発する。典型例では、数日前から前駆症状が出て、その後水疱が出現する(図3)。顔面ヘルペスは、眼部近傍に病変があると角膜ヘルペスを呈することがある。

HSV感染症の病型

 HSV感染症は、HSV-1とHSV-2で型特異的な病態を呈す(表1)。また、初感染(初発)と再発によっても病態は異なる。初発型とは初めて症状が出現したものを指し、初感染初発型は初めてのHSVの感染により症状が出現したものを指す。しかし、必ずしも初感染時に症状が出現

するわけではなく、初感染のおよそ9割は不顕性感染と言われている。不顕性感染後に感冒、紫外線曝露、手術、月経、性行為などの誘因によりHSVが再活性化し臨床症状が初めて出現した状態を非初感染初発型と言う。初感染初発型は、非初感染初発型や再発型と比べて局所の皮膚症状が強く、病変は広範囲に及ぶ。再発時は皮疹出現の数日前から違和感やそう痒感、軽度の痛みなどの前駆症状が出現することが多い。なお、再発頻度には個人差がある。

HSV感染症の病態

HSVの構造と生活環

VZV・HSV感染症の病態Session 2

図1 HSVの生活環

図2 ヘルペス性歯肉口内炎

9 ウイルスDNAのパッケージング

7 γ蛋白の生成1 吸着・侵入

4 α蛋白の生成

5 β蛋白の生成

6ウイルスDNAの複製

2カプシドの核への運搬

3 ウイルスDNAの核への注入と環状化

VP16

UL41

三叉神経節又は脊髄後根神経節

末梢神経14 潜伏

13 出芽

12 エンベロープ獲得

11 テグメント獲得

10 核膜通過

15 再活性化

細胞質

8 カプシドの生成

宿主mRNAの分解 α遺伝子の

転写の活性化

β遺伝子発現の活性化

γ遺伝子発現の活性化

TGNTGN

LAT

HSVHSV DNADNA

表1 HSV感染症の病態

図3 口唇ヘルペス(再発型)

46歳、女性2歳5ヵ月、男児

HSV-1

三叉神経節

接触感染

性器ヘルペスヘルペス性歯肉口内炎ヘルペス性ひょう疽カポジ水痘様発疹症

口唇ヘルペスカポジ水痘様発疹症

HSV-2

脊髄後根神経節

性行為感染

性器ヘルペスヘルペス性ひょう疽

性器ヘルペス臀部ヘルペス

主な潜伏部位

主な感染経路

主な疾患

【再発型】

川口寧. 生化学. 84(5)343(2012)

初感染初発型【 【

非初感染初発型【 【

Page 2: HSV感染症の病態 初発型と再発型の違い...HSV-2野生株のLAT-E1をレスキューすると、再発頻度はHSV-2野生 株と同程度に戻ることが判明した3)。以上より、性器ヘルペスの再発頻度

10

● ヘルペス性ひょう疽 指尖の傷口などからHSVが感染して発症する。初感染で発症することが多いが、口腔内のHSVから感染することもあり、指しゃぶりをする乳幼児などに好発する。主にHSV-1により発症するが、性行為が原因と考えられるHSV-2による発症もある。症状は指尖・爪囲、手掌にもみられ、痛みが強く、ときにリンパ管炎を起こすこともある。

● カポジ水痘様発疹症 アトピー性皮膚炎(AD)やダリエー病、熱傷患者などの皮膚バリア機能障害がある患者にみられる。HSVによる播種状で広範囲な皮膚感染症と定義される。主にHSV-1の初感染によることが多いが、再活性化によるものや何度も繰り返す症例も存在する。近年、成人のAD増加に伴い、再発型口唇・顔面ヘルペスからカポジ水痘様発疹症に移行する症例が増加している。発熱やリンパ節腫脹などの前駆症状とともに顔面、頸部を中心に多発性の小水疱が出現し、播種状に拡大し膿疱やびらんとなった後、痂皮を形成する(図4)。びらん病変は黄色ブドウ球菌などによる二次感染を生じ、伝染性膿痂疹との鑑別が必要な場合もある。初感染初発型の場合は全身症状が強く、びらん形成による局所の痛みが強い傾向がある。再発型の場合は、一般的に初感染初発型と比べ軽症となる。

● 性器ヘルペス 本邦では初感染はHSV-1によるものが多い。また、HSV-2によるものはHSV-1によるものに比べて再発頻度が高い。再発型よりも初感染初発型で症状が強い。また、男性よりも女性の方が症状が強い傾向がある。高齢の患者では、再発を繰り返すうちに病変が臀部や下肢に移動して臀部ヘルペスとなり、帯状疱疹との鑑別が必要な場合もある。外陰部に痛みを伴う水疱やびらんが生じ、排尿障害を伴うことがある。図5は初感染初発型で、びらん、潰瘍が多発し、痛みと腫脹が強く、排尿障害を伴い、導尿管理をした症例である。

● 皮膚バリア機能の破綻 HSVの感染が成立するにはHSVが細胞膜へ吸着することが必須である2)。HSVは主に接触により感染し、バリア機能が低い粘膜からキスや性行為により感染する。一方、皮膚は角質というバリアがあるため、単純に接触しただけでは感染は成立しないが、皮膚バリア機能が破綻した部位から感染することがある。例えば、皮膚バリア機能が健全な健康人がエステでケミカルピーリングを行った後に、再活性化したHSVが播種状に拡がり、カポジ水痘様発疹症を発症した症例があった。その他、口唇ヘルペスを発症しているときに髭剃りをしてヘルペス性毛瘡を発症した症例もあった。

● 免疫不全 免疫不全者の場合、免疫正常な単純ヘルペスの患者と比べて経過が長く難治性で、個疹が大きく、深い潰瘍を形成することがある。また、病変は限局せず多発する傾向がある。

HSV感染症の病態に影響を与える因子

● ウイルスの型と再発頻度 性器ヘルペスの再発は、HSV-1に比べてHSV-2によるものが圧倒的に多く、HSVのLATの型が再発に深くかかわると言われている。モルモットにHSV-2野生株を経膣感染させて、42日間の累積再発回数を検討した報告では、累積再発回数は経時的に増加した。一方、HSV-2野生株のLAT遺伝子を、HSV-1由来のLATのExon1(LAT-E1)に組み替えると、HSV-2であっても再発頻度が低くなることが判明した。さらに、HSV-2野生株のLAT-E1をレスキューすると、再発頻度はHSV-2野生株と同程度に戻ることが判明した3)。以上より、性器ヘルペスの再発頻度にはLATの型が関与することが示唆された。HSVの型を把握しておくことは、その後の再発頻度の予測や再発予防のために重要である。

● 初感染での潜伏感染ウイルス量と宿主免疫応答 急性期にHSV-2抗体陰性であった初感染初発型性器ヘルペス患者457名の前向きコホート観察研究では、初感染の重症度(治癒までの期間)と再発頻度は相関することが報告された 4)。また、ラットを用いた実験で、HSVの潜伏感染の維持には宿主の免疫応答が関与し、特に潜伏神経節に浸潤しているCD8陽性T細胞の数が関与しているという報告がある5)。よって、初感染での潜伏感染ウイルス量や宿主免疫応答がその後の再発頻度を決定する可能性が高いと考えられる。

HSV感染症の再発頻度を決める因子

 HSV感染症はウイルスの型(HSV-1、2)や感染経路により多彩な病態を持つ。皮膚バリア機能や全身の免疫能が病態に関与し、その再発頻度はウイルスの型や潜伏感染ウイルス量、宿主免疫応答によって決定されると考えられる。また、無症候性ウイルス排泄は不顕性感染でも頻回に起こっており、臨床上の問題となる。

まとめ

 HSV感染症の症状が認められない時期でも、口腔内、性器やその周辺部にウイルスが排泄されている状態を無症候性排泄という。自覚症状が全くないため、特に性器ヘルペスでは感染源となり問題となる。健康人の70%で月1回以上、口腔内でのHSV-1の無症候性排泄が起こっており6)、パートナーへの性器ヘルペスの感染の約7割は無症候性排泄時に起こっていると報告されている7)。また、性器ヘルペスの既往の有無にかかわらず、HSV-2抗体陽性の男女498名を対象として約2ヵ月間性器周囲の拭い液をサンプリングし、PCR法でウイルスDNAを検出したところ、PCR陽性日数は、既往ありでは20.1%、既往なしでは10.8%であった8)。したがって、不顕性感染患者でも比較的頻回にウイルス排泄が起こっている可能性がある。

HSVの無症候性排泄

1) 川口寧. 生化学. 84(5)343(2012)2) Sedy JR et al. Nat Rev Immunol. 8(11)861(2008) 3) Bertke AS et al. J Virol. 83(19)10007(2009)4) Benedetti J et al. Ann Intern Med. 121(11)847(1994)5) Hoshino Y et al. J Virol. 81(15)8157(2007)6) Miller CS et al. Oral Surg Oral Med Oral Pathol Oral Radiol Endod. 105(1)43(2008)

7) Mertz GJ et al. Ann Intern Med. 116(3)197(1992)8) Tronstein E et al. JAMA. 305(14)1441(2011)

図4 カポジ水痘様発疹症図5 性器ヘルペス

(初感染初発型)

14歳、男児 アトピー性皮膚炎 19歳、女性