~ちょこっとお試し版~

~ちょこっとお試し版~ - SBクリエイティブga.sbcr.jp/mgabunko/011045/images/bake_samp.pdf · 2013-08-08 · けの方法としめきりを延ばす方法しか考えてないし。

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~ ち ょ こ っ と お 試 し 版 ~

�� 第一話 葉隠イヅナ

  

第一話 

葉はがくれ隠イヅナ

 

小説家業界は化け物だらけだと聞いたことがある。僕が新人賞を受賞する前の話だ。

 

噂うわさに

よれば毎日原稿用紙で平均八十枚を書き続けて最速三日で長ちょうへん編

を仕上げる人とか、半

年に一回はストレス解消のためにフェラーリを海に放り込む人とか、印税が入るたびに体重が

三十キロ増えて次の原稿執筆で元に戻る人とかがいるという。話半分で聞くとしても、たしか

に化け物と称して差し支えない人たちだ。

 

でも世の中広いし、小説書いて食っていこうなんて人の中にはそれくらい化け物じみたやつ

がいてもおかしくはないかなと思ってた。

 

だってまさか、ほんもの

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がいるなんて思わないだろ?

       

 

僕が今暮らしている池いけぶくろ袋のアパートに越してきたのは、物書き稼業を始めてすぐの頃だった。

前に住んでいた部屋は右隣がしょっちゅう喧けんか嘩

をしている中国人夫婦(ひとり暮らし専用だっ

カバー・本文イラスト

赤人

�� 第一話 葉隠イヅナ

たはずなんだけど)、左隣がしょっちゅう女子中学生を連れ込んで騒いでる大学生らしき男

だったので、全然仕事にならなかったのだ。

 

それで、都心で交通の便もよく、なおかつまわりが静かな新居に移ったのだけれど、おかげ

で原稿がはかどるようになったかというとそんなことは全然ない。隣室の住人が、葉隠イヅナ

だからだ。

「ヒカル、なあなあヒカル、麻マージャン雀行こうよお、もう仕事したくないよ」

 

僕がうんうんうなりながら原稿の手直しをしている月曜日の昼下がり、イヅナはいつものよ

うに部屋に勝手に入ってきて、僕の背中をつんつん突きながら言った。

「おまえ、今日何枚書いたの?」と僕は液晶画面をにらんだまま訊き

いてみる。

「大豆も小麦も何枚か買ったそばから下がっててもうげんなり」

「先物取引の話はしてねえ。だいたいおまえ五月刊だろが。しめきり何回延ばしてもらったと

思ってんだよ。仕事しろ仕事」

「羊の毛を刈る仕事ならしてるよ?」

「ネトゲやってる場合か!」

 

僕は思わずノートPCを叩たた

きつけるように閉めて、座布団の上で跳は

ねるみたいにして振り向

いてしまう。すると至近距離からのぞき込むイヅナの顔があって、のけぞる。世間の汚れを

まったく知らないかのようなぱっちりとしていて澄んだ瞳ひとみに

、肌に映える椿つばきいろ色

の唇、小さな

顔を縁取る栗くりいろ色

の髪の流れ―

と、そこだけ見ると十七、八歳のエキゾチックな女の子なのだ

けれど、ちょっと上に目を移すと、頭の両側の高いところに、ぴょこぴょこと動く三角形の大

きな犬みたいな耳が二つついている。茶灰色と白のふさふさした毛に包まれたそれは、イヅナ

が普段気を抜いているときには丸出しとなる、正真正銘の化け物の証あかしだ。

「ほら、俺って狼おおかみだ

から、羊を狩るのが本業だと最近思うんだよ。ヒカルもネットゲーやろ

うよ面白いよ」

 

ジーンズから伸びた見事な毛並みの尻しっぽ尾

をぱたぱたと振って、座布団と畳を交互に叩きなが

ら目を輝かせるイヅナ。ちなみに彼女が現在はまっているネットゲームは、ひたすら羊をク

リックして羊毛を刈る単純作業らしい。それのどこが面白いんだ?

「だからヒカルはもてないんだよ。オオカミ度が足りない。一緒に羊毛刈って男を磨こう」

 

おまえは女だろうが。

「あのな、おまえって『飯いづな綱』だよな。あれって管くだぎつね狐とかイタチとかオコジョのことじゃな

かったか? 

狼じゃないだろ」

 

するとイヅナの髪の毛も耳の毛も逆立つ。

「おっ、おまえ俺を侮辱したな! 

俺は滅び行く誇り高きニホンオオカミの末まつえい裔なの!」

 

座布団で殴られた。

「管狐じゃなくて管くだおおかみ狼

! 

イタチだって? 

あんなちみっちゃくてにょろーんとしたやつら

と一緒にするな! 

あんな下等霊どもに小説書く頭なんてあるわけないだろ!」

「痛い、悪かったよ埃ほこりが

飛ぶからやめろ」

 

僕はノートPCを守りながらもイヅナの激げきこう昂

ぶりから逃げ出して壁際に避難する。

 

そう、彼女は僕と同期の新人賞を受賞した同業者なのである。原稿は全然書かないくせに、

株とパチンコとネットゲームにどっぷりはまった駄目人間だ。いや、人間じゃないか。駄目妖

怪。寝ても覚めても金かねもう儲けの方法としめきりを延ばす方法しか考えてないし。

「ヒカルが俺のことをフェレット扱いしてるとは思わなかった! 

俺ぁ最後の狼として、絶滅

寸前の同胞のために必死で本出してるのに!」

「じゃあ原稿書けよ」

「にゅふぅ」

 

イヅナはいきなり座布団を投げ出して、喧嘩に負けた犬みたいなかっこうで畳の上にぺった

りと伏せた。ぴんと立っていた耳も、ふさふさ動き回っていた尻尾も垂れてしまう。

「だってもう疲れた」

 

さっき起きたばっかりじゃなかったか?

「同胞はどうなったんだ。ていうかニホンオオカミってもう絶滅してなかったっけ」

「してない!」

 

また目をつり上げてぐわっと起き上がるイヅナ。

�� 第一話 葉隠イヅナ

「そう思ってんのは人間だけ! 

栃とちぎ木

県の山奥に生き残ってるの! 

俺は狼のスピリットなん

だから、俺がいるってことはまだどこかに仲間がいるってこと。印税を株で増やして二十億円

作ったらそのうちの半分でオオカミ救済基金を作るの!」

「ならまずは原稿書けよ」

「にゅふぅ」

 

再びイヅナは負け犬のポーズ。

「なんでヒカルはそういうひどいこと言うのかな。『もう原稿なんて書かなくてもいいんだ

よ』って優しく言ってくれる人がほしい」

「もう書かなくてもいいぞ。おまえが原稿落とせば、僕が繰り上げで五月刊行できるかもしれ

ないし」んな話あるわけないけど。

 

さんざん僕を座布団でひっぱたいた後で、イヅナは窓を開いた。青い空にはりついた雲の切

れっ端、吹き込んでくる一月の寒風。

「どこ行くんだよ。部屋に戻らないの? 

寒いから閉めてくれ」

「もういい。ヒカルのばか。パチンコ屋行ってくる」

 

最後に尻尾の一振りで僕にビンタをくれると、イヅナは窓枠に足をかけて外へ飛び出した。

ここは二階なのだけれど、狼の末裔にそんな心配は要らない。

 

裏の家の庭を横切って走っていくイヅナの揺れる尻尾を見送ってから、僕は振り返り、ため

息をついて後ろ手に窓を閉めた。

 

イヅナが座っていたところに、彼女の携帯電話が残されていたからだ。なんだこれは。編集

さんからの電話に僕が応対しろってことか。やめてくれ。

       

 

僕やイヅナが主に本を出しているのは少年向け小説の文庫レーベルで、なぜか悪霊や妖怪

ばっかりが作家をやっているところである。人間は僕くらい。

 

なんて冷静に語れるのは今だからで、もちろん受賞当時はそんなこと知らなかったし、授賞

式の日にイヅナとはじめて逢あ

ったときも、日本人じゃなさそうだけど普通の女の子だとしか思

わなかった。ちゃんと耳も尻尾も隠していたからだ。

 

それを僕が知ってしまったのは、式会場のホテルのトイレだった。式リハーサルが終わった

後で駆け込んだら、いちばん奥の壁にイヅナがもたれて、なにかやっていたのだ。僕も彼女も

視線が合ったまましばらく固まった。髪からぴょこんと突き出た犬っぽい大きな耳に、スカー

トの下から伸びた長くてふさふさの尻尾。……な、なんだこいつ? 

これから授賞式本番だか

らコスプレで会場を沸かせようってか?

 

先に我に返って叫んだのはイヅナだった。

1011 第一話 葉隠イヅナ

「な、なんで入ってこれるんだッ」

 

あっけにとられた僕が返したのは、今考えても間抜けな言葉だった。

「いや、ここ男子トイレだけど。そっちこそどうして」

 

というかその尻尾と耳がぴくぴく動いてるのはどういう仕掛けですか?

「女子トイレは人がいたんだよ! 

俺はちゃんと結界張ってたのになんでっ」

「け、結界? 

ってなに?」

「いいからさっさと出て―

 

そのとき背後で足音がして、イヅナの耳がびくっと立った。だれか入ってくる!

 

イヅナの反応はまるで狼の(いや実際狼なんだけど)ようだった。僕の腕をひっつかんで、

すぐ近くのドアを開けて飛び込む。

「……ちょ、なんで僕まで」

 

言いかけた僕の口をイヅナの冷たい手がふさいだ。

「でかい声立てるな噛か

み殺すぞ!」

 

耳元でイヅナが囁ささやく

。でかいホテルのトイレのわりに狭い個室だなと思ったらそこは掃除

用具入れで、僕の身体にはモップとかラバーカップ(排水管がつまったときにガポガポするア

レ)とか雑巾とかイヅナの身体とかが密着していて、すぐ目の前でふさふさの毛に包まれたイ

ヅナの耳が震えていて、僕は一瞬、編集さんから受賞のお知らせの電話がかかってきたところ

から今までが全部夢だったんじゃないかと思ってしまった。

 

おまけにトイレには次々人が入ってくるし、抜け出すに抜け出せない。

「……おまえが入ってきたせいで結界が破れちゃったじゃないか!」

 

僕のすぐ胸元でイヅナがぷりぷり怒る。下を向くと、至近距離にある彼女の瞳に吸い込まれ

そうになるので、僕はちょっと動どうき悸

を覚えながらも顔を持ち上げて小声で訊たず

ねる。

「だから、結界ってなんだよ?」

 

ようやく外に人の気配がなくなったので、イヅナは僕を扉から押し出すと、むすっとした顔

をしながらも教えてくれた。耳と尻尾を隠していた術がさっきいきなり途切れてしまいそうに

なったので、空いていた男子トイレに駆け込んで入り口に結界を作ってから中で術をかけ直し

ていたのだそうだ。結界というのは『なんとなくその場が認識されなくなって人が寄りつかな

くなる』もので、彼女のような妖怪の類にとっては世間から隠れるために必ひっす須

の基礎技能なの

だという。そういえばさっき、すぐそこにある男子トイレに気づかずに受付のお姉さんに訊ね

て、二階のトイレを教えられていた人もいたっけ。

 

……じゃなくて。

「妖怪?」

「だから狼の精だって言ってるじゃないか、この耳見てわかんないのかよ? 

ばかか?」

「え、え、妖怪ってほんとに? 

ネタじゃなくて?」

1�1� 第一話 葉隠イヅナ

 

いくらそういうのがどこまでも許される少年向けレーベルで受賞したからって、なんですか

これはどういうことですか?

「おまえだって結界くらい張れるだろ? 

あ、いや、あやかし系じゃなくて幽霊系?」

「……は?」

 

授賞式の後で、担当編集さんが教えてくれた。

「ああごめんごめん、言ってなかったっけ? 

うちの作家さんたちはみんな妖怪とか幽霊とか

魔物なんだよね、面白いでしょ」

 

聞いてねえええええええええ。

「……ま、まさか編集部まで」

「あっはっは、編集部は大丈夫、半数くらいは人間だから。ぼくもそうだし」

「全然大丈夫じゃねえよ!」

「杉すぎい井

君は珍しいよねえ、普通の人間だもんね。なんで受賞できたんだっけ、たしか、なにか

理由があったはずなんだけど」

「ちょっと待ってください、あんたらほんとにちゃんと応募原稿読んで決めたんですか?」

 

担当さんはいきなり怖い顔になって僕の額にチョップをかました。

「失敬な! 

社運を賭か

けた新人賞の選考だよ。妖ようき気

メーターで計った結果だけで決めているわ

けじゃない」

「妖気メーターってなんだよさりげなく不安ワード増やすな」

「素晴らしい原稿というのは内容もそうだけど、オーラがちがうのだよ。それを妖気メーター

で計ってみるとなぜか針びんびん、本人に電話してみるとたいがい妖怪でね。いやあ偶然も重

なるもんだよね」

 

偶然なわけあるか。どんだけ日本は妖怪ばっかりなんだ。ていうかほんとにメーターで計っ

てんのかよ。このレーベルで書いてて大丈夫だろうか。僕はほんの一瞬、フリーターに戻るこ

とを検討したものである。

 

……あの授賞式も、もう二年も前のことになる。

       

「もうやだ。あの台、つまんない。全然出ないし二万負けた」

 

窓から飛び出していった二時間後、僕が遅い昼飯を食べているとイヅナが戻ってきて、さっ

きみたいにまたべったりと畳の上に伏せる。パチ屋帰りなので煙たばこ草臭い。僕はファブリーズを

染み込ませたタオルでイヅナの髪と尻尾を拭ふ

いてやった。以前、直接スプレーしてやったら

1�1� 第一話 葉隠イヅナ

引っ掻か

かれたのである。

 

ていうか、なんで僕の部屋に戻ってくるんだ。おまえの部屋は隣だろうが。

「いいかげんパチはやめたら?」

 

そう言ってみると、イヅナはむっくり起き上がって、僕を横目でにらむ。

「そしたら、ネトゲのメンテナンス中に原稿やらなきゃいけなくなるじゃないか」

 

やれよ原稿。

「書いても書いても話が進まないんだよ。がんばって六時間もキーボード叩いてても、気づい

たら前より減ってるんだよ? 

なにこれどうなってるの? 

苦行? 

俺なんにも悪いことして

ないのに……」

 

イヅナはべそをかきながら、尺取り虫みたいに僕の周囲を這は

い回る。

「羊はいいよ。羊だけは俺を裏切らないんだ。クリックすると必ず羊毛がとれるんだから」

「ネトゲの合間に人生やってて楽しいか?」

「ああ楽しいともさ! 

しめきりが永遠に来なければいいのにと思う!」

「しめきり来ないと金も入らないぞ。発売日も振り込み日も来ないんだから」

「じゃあ俺、やっぱりビジネスの世界に行く。資本金はいっぱいあるんだから、ロシアンビジ

ネスで一山当てて一生遊んで暮らすんだ。じゃあねヒカルばいばい! 

二年くらい後にニュー

リッチになった俺と廃業してホームレスになったヒカルが新しんじゅく宿

あたりで再会したら、運転手

として雇ってやるからそれまでに免許とっとけよ」

 

ところが、尻尾をプロペラのように振り回して部屋を飛び出していったイヅナと僕とは、二

年後の新宿ではなく二分後の玄関先で再会した。細く開いたドアの隙すきま間に、灰色の三角耳が

ひょっこりのぞく。

「……なあなあヒカル、ロシアってどこにあんの?」

「おまえそれでよく大学入れたな」理系だから?

       

 

毎年一月になると、我々自営業が暗い顔をして書類とにらめっこしなきゃいけない時期が

やってくる。確定申告の準備である。家計簿なんてつけてるわけもないので、てきとうにクリ

アファイルに詰め込んだ去年一年分のレシートを一日かけて整理して経費を計算しなきゃいけ

ない。とくに週刊漫画雑誌はコンビニで他のものと一緒に買うので、たいへんめんどくさい。

「ヒカルってなんでジャンプと一緒に必ずからあげクンRED買うわけ? 

飽きない?」

「週に一度むしょうに食べたくなるんだよ……じゃなくてなんで僕の部屋にいるんだ」

 

いつの間にか、こたつの手前側からイヅナの頭が、あっち側には尻尾が突き出ていた。

「だって俺の部屋、こたつないから」

1�17 第一話 葉隠イヅナ

「株買う金あるならこたつ買えよ! 

そしてレシートを並べ替えるな!」快楽天買ってるやつ

だけより分けたりすんじゃねえ。

「エロ漫画雑誌を経費で落とすヒカルの肝の太さを俺も見習いたい」

「村むらた田蓮れんじ爾のイラストで癒いや

されてなにが悪いんだ。ていうか出てけよ!」

 

イヅナはむーっとした顔で僕をにらんだ後、こたつの中に完全に引っ込んだ。と思ったら今

度はこっち側に尻尾が、反対側に頭が出てきて、玄関に向かってこたつごと移動し始める。

「持ってくな!」

「尻尾つかむな!」

 

イヅナはばっさばっさと尻尾を振り回して僕の手を払い、ついでに畳の上のレシートを盛大

に掃き散らしてしまった。なにするんだこの野郎。

「もう松も明けるのに、ヒカルはいつまでそんなせせこましい年収を経費で削ってるわけ? 

そんなはした金どうでもいいじゃん。それより明日だよ、ちゃんとマザーズ見てる?」

「なんだマザーズって」明日? 

なにが?

 

イヅナはぽかんとした目で二秒ほど見つめた。その顔がみるみる怒りに染まる。

「お、お、おまえ忘れてんのかッ?」

「え、と、ごめん、なにを?」

 

耳の内側の白い毛まで逆立っているのは真剣にキレているしるしだ。

「信じられねえ、このヘチマ頭! 

死んじゃえばか!」

 

こたつをひっくり返して立ち上がったイヅナは、足下に残っていたレシートをざっとつかん

で僕の頭に向かってぶちまけると、そのまま踵きびすを返して部屋を飛び出していった。

 

取り残された僕はわけがわからず、たっぷり五分くらいは呆ぼうぜん然として、開けっ放しのドアを

見つめていた。あまりの寒さにくしゃみが出てようやく我に返り、こたつを元に戻す。

 

なんだあいつ、いきなり怒り出して。マザーズ? 

って、あいつが言ってるんだから東証マ

ザーズのことだよな。新興株式市場。でも僕になんの関係があるんだ? 

株なんてやってない

し。あと二日―

なにかあったっけ。

 

思い出せなかった。僕は玄関まで行って、外の廊下に顔を出した。隣の部屋のドアをちらっ

とうかがう。もう夜の七時なのに電気がついてない。イヅナは部屋に戻らないでそのままどこ

かに行っちゃったらしい。僕もノートPCをバッグに入れて、部屋を出た。

 

僕らの住んでいるアパートは、池袋東口から歩いて十五分ほどの距離にある。雑ぞうし司

ヶが

や谷なの

でかなり静かなのだけれど、そのぶんボロい。なんでこんな場所に引っ越してきたのかという

と、鬼き

し子母もじん神堂どうにほど近いファミレスが我々の仕事場だからだ。

「前から思ってたんだけど、どうして小説家ってのはみんな家で仕事しないの?」

1�1� 第一話 葉隠イヅナ

 

僕のコーヒーカップにものすごい高さからどぼどぼコーヒーを注ぎながら、デニ子さんが訊

いてくる。ちなみにデニ子というのは、デニがつく名前のファミレスのウェイトレスだからと

いう理由で僕らが勝手にそう呼んでいるだけである。本名は知らない。

「いやあ、この店には悪いと思ってるんだけど、家だとついネットしちゃうから……」

「ふうん。さすが社会不適合者」とデニ子さんは冷たい。

 

どう見ても僕より年下、二十歳になったばかりくらいの若くて一見可愛らしくて素直そうな

女の子なのだけれど、その横柄さは彼女に接客を教えた上司が目撃したら首を吊つ

るかもしれな

いというくらいすさまじいものだ。もちろん、そんな態度は僕らに対してだけ。

 

池袋のファミレスの夕食時にあるまじきことに、店内には僕の他に客の姿がない。イヅナを

はじめとするばけもの作家たちが押しかけて来ては店内で大騒ぎしたり、挙げ句の果てには例

の結界を張って店を認識されないようにしたりで、一般客がほとんど寄りつかないようになっ

てしまったのだ。

「で、今日は他の連中は? 

あの犬とかいつも一緒じゃない」とデニ子さん。犬呼ばわりされ

ているのを知ったらイヅナは激怒するだろうなあ。

「来てるかと思って、僕も来たんだけど」

 

携帯にかけても出ないし。そんなに怒ってんのかイヅナ。

「あんた、ああいう化け物連中が知り合いにいっぱいいるんでしょ? 

駆除する方法なにか知

らないの?」

 

デニ子さんはぐっと顔を近づけてきて言う。

「く、駆除?」

「この一年、色々試してきたんだけど。パフェに清めの塩入れたり烏ウーロン龍茶にホウ酸団子溶かし

たりコーラにインク混ぜたりサンドイッチにタバコの灰はさんだり」

「おいちょっと待て!」あやうくノートPCにコーヒーを噴き出すところだった。「ふざけん

な殺す気か!」

「大丈夫。あんたのコーヒーにはいつもタバスコくらいしか入れてないから」

「なんだ。タバコじゃないなら安心……じゃねえよ! 

客をなんだと思ってんだ!」

「うるさいから大声たてないで」

「客いないんだからべつにいいだろ、それよりもッ」

「へえ? 

客いないのはだれのせいだと思ってんの?」

 

デニ子さんは右手に熱いコーヒーポットを持ったまま左手で僕の襟えりくび首をねじり上げた。もの

すごい怪力で僕の腰は椅い

す子から十センチも浮く。

「え、ええと、ご、ごめんなさい僕らのせいですよね」

「次はBGMでお経とか流してみようかな」と、デニ子さんは僕を椅子に投げ捨てる。

「いやあ、妖怪だしお経はあんまり効かないんじゃないかな……」

�0

「妖怪じゃなくてゾンビみたいなのも何匹かいるでしょ、あんたらの仲間」

「あー、アンデッド系の―

 

そのとき、来店を知らせるチャイムが聞こえてきた。

 

噂をすれば影である。自動ドアを蹴けやぶ破るほどの勢いで店内に飛び込んできて、デニ子さんの

姿を見つけるなり両手を広げて駆け寄ってきたのは、引き締まった体育会系ナイスバディのお

姉さん―

風かざひめ姫屍し

き鬼さんだ。シャツもえらい短いスカートも真っ黒で、ベルトには悪趣味な

髑どくろ髏のシルバーアクセサリがいっぱい。

「デニ子ちゃん久しぶり! 

んーもう元気してたっ?」

 

抱きつかれそうになった瞬間、デニ子さんは「ナウマクサンマンダバザラダンカンッ」と

不ふどうみょうおう

動明王の真しんごん言

を唱えた(なんでそんなもん知ってるんだこの人は)。とたんに屍鬼さんは飛

び退の

く。

「ちょっともう真言はやめてよお肌が溶けるから! 

お手入れ大変なのよ!」

「ほら、こっちには効いた」と、デニ子さんはちょっと嬉うれ

しそう。「ゾンビ作家、注文は?」

「チーズハンバーグカレードリアとずわい蟹がに

のパスタとローズヒップティと苺いちごの

ミルフィー

ユガレット。それからゾンビじゃなくてグールだっていつも言ってるでしょ」

「脳が腐ってるか朽く

ちてるかのちがいでしょ?」

 

ものすげえ捨てぜりふを残してデニ子さんは厨ちゅうぼう房に

戻っていった。

���� 第一話 葉隠イヅナ

「ううん。あのとげとげしいところがまた可愛いわ」

 

屍鬼さんは僕の向かい側に腰を下ろし、デニ子さんの背中に熱い視線を注ぐ。

「最近来てなかったけど、どうしてたんですか?」と僕は訊いてみる。

「ゲームのシナリオの仕事で打ち合わせばっかりだったの。知り合いだから断れなくて」

 

屍鬼さんは同業者なのだけれど、やたら顔が広くて、シナリオライターの仕事も昔からたく

さんやっているらしい。

「それでここんとこ徹夜が続いたからお肌に生気がないの。困っちゃう」

 

あんた死んでるだろ屍グール鬼

なんだから! 

とつっこみたいのを僕はじっと我慢。

「だから杉井ちゃん、ちょっと肉かじらせて」

「いやですよ」

「ええー。こんな綺きれい麗

なお姉さんに『きみを食べちゃいたい』なんて言われたら、たいがいの

男の子は大喜びでOKよ?」

「じゃあそのへんでたいがいの男を引っかけて喰く

えばいいでしょうが」

「そんなことしたらその男の子が血流したり泣いたり死んじゃったりするじゃない」

「僕だって血ィ出るし泣くし死ぬわ! 

僕をなんだと思ってんですか、屍鬼さんの非常食じゃ

ないですよッ」

「むしろ非情食? 

血も涙もないから」

「うまいこと言ってんじゃねえよ紙面でしかわかんないギャグ飛ばすな!」

「ところでイヅナっちとか、つばさちゃんとかは一緒じゃないの?」

「脈絡なく話そらさないでください!」

「あなたねえ、ファミレスのシーンが始まってからもう六ページよ? 

せっかく人が話進めて

あげようとしてんのにテンポ悪いなあ。だから売れないのよ」

「大きなお世話だ!」

 

思わず熱くなってテーブルをばんばん叩いていると、デニ子さんが屍鬼さんのぶんのメ

ニューをトレイに載せてやってきて、僕をものすごい目でにらんだので、あわてて座り直す。

「えー、と」咳せきばら払いして、深呼吸して、心臓を落ち着ける。「イヅナはどこ行ったのかわかん

なくて。ここ来てるのかなーと思って僕も来たんですけど。つばさちゃんは部屋にはいなかっ

たからまたパチンコじゃないですかね」

 

神かん

無な

月づき

つばさは、僕のアパートの大家で、しかも同業者つまり小説家である。やっぱりとい

うかなんというか人間じゃないのだけれど、その話は後でしよう。当面の心配事はイヅナだ。

「どこ行ったかわかんない? 

携帯にかければ」

「んー。出ないんです」

 

屍鬼さんは自分の携帯を取り出してダイヤルした。

「……あー。イヅナっち? 

あたしあたし。今ファミレス。うん、目の前に杉井ちゃんが」

���� 第一話 葉隠イヅナ

 

屍鬼さんの言葉はいきなりぶつっと途切れる。眉まゆ

をひそめて携帯を耳から離し、にらんだ。

「切りやがったよあいつ」

 

僕の名前を出したとたん、だった。そんなに怒ってんのか……。あいつの怒りはたいがい長

続きしないはずなんだけど。

「なんかあったの? 

喧嘩でもしてんの? 

ああわかった、また狐とかイタチとか守しゅ

銭せん

奴ど

とか

穴あきパンツとか言ったんでしょ」

「いや、後ろの二つは言ってませんけど」さりげなく悪口増やさないでほしい。

 

僕はちょっと迷ったけれど、イヅナが突然怒り出したいきさつを屍鬼さんに話した。

「……ふうん? 

明日なにかあるんじゃないの? 

イヅナっちの誕生日忘れてるとか」と言い

ながら屍鬼さんはテーブルの上に大量に並べられた料理を片っ端から平らげていく。

「あいつ狼の精なんだから誕生日なんてありませんよ」

「おっとそれもそうか。ちなみにあたしは生前の誕生日が六月で墓からよみがえったのが十二

月、どっちもプレゼント受け付けてるからよろしくね」訊いてねえよ。「じゃあなんか明日約

束してたんじゃないの? 

二人でどっか出かけるとか」

「僕とイヅナがそんなことするわけないでしょう」

「そうだよねえ。二人ともひきこもりだし」

 

いや、でも、イヅナは「忘れてるのか」といって憤ふんがい慨

してた。なにか約束してて僕がころっ

と忘れていたら、あれくらい怒るかもしれない。やばいな、どうしよう。思い出せないのが情

けない。

「あなたたち、いっつも喧嘩ばっかしてるわりにいっつも一緒にいるもんねえ。お互いマジギ

レするようなことはなさそうだったんだけど、よっぽど大事なこと忘れてんじゃないの」

「うう……」

 

いつも一緒にいるのは、二人ともインドア派で、住んでる部屋が隣同士だからだけど。

 

でも、お互いひどいことばかり言い合っているけれど、本気の仲なかたが違

いはこれまでなかった。

どうしよう。謝らなきゃいけないけどなにが悪かったのかわかってない。

「あなた今、ひょっとして、とりあえず謝っといてからなにを怒ってるのか訊いてみようとか

思ってない?」

「……だ、だめですか」

「もー、ほんとに小説家なの? 

ンなことしたらますます怒るにきまってんでしょ」

 

それもそうだ。

「脳みそ絞ってあげようか。あたし頭ず

蓋がい

骨こつ

割るの得意よ」

 

屍鬼さんになにか言い返す気力もない。だめだ。せめて思い出さないと、僕にはイヅナに謝

る資格もない。

 

しょんぼりうなだれて、本気で頭蓋骨割ってもらおうかと考え始めていた僕を救ったのは、

���7 第一話 葉隠イヅナ

なんとデニ子さんだった。僕らの席の近くに再びやってきて、これ見よがしに椅子の下に手を

突っ込んだりしてなにか作業を始めたのである。

「どうしたのデニ子ちゃん、掃除?」

「鬼子母神でもらってきたお札を張り替えてるの。あんたたちに効くかと思って去年べたべた

張ったんだけど効かないから、今年の初はつもうで詣で

新しいの買ってきた。くたばれ化け物ども」

「あらあら。鬼子母神なんてもともと魔神なんだからあたしらの仲間よ、効くわけない」

「そう思って今回はお札にヘブライの魔ま

よ除けの言葉も書き込んでみた」

 

鬼子母神が怒るぞ、それは。そうか、ここのファミレスを僕らが利用するようになって、も

う一年になるのか。そういえば去年の正月くらいにここに引っ越してきたんだっけ。

 

去年の……?

「……ぁあああああッ」

 

僕の喉のど

から変な声が漏れた。デニ子さんは冷静な顔で、屍鬼さんはぎょっとした顔で振り向

いてそれぞれ僕をにらむ。

「騒ぐなら出てって」

「なあに、杉井ちゃん人間のくせにヘブライの魔除けが効くわけ?」

「い、いや、そうじゃなくて」

 

思い出した。一年前のことだ。思わず腰を浮かせていた僕は、両手で顔を覆って、ソファに

沈み込む。こんなことを忘れていたなんて。そりゃイヅナも怒る。

「……なにか思い出したの?」

「ええ……」

 

その頃、イヅナは印税の八割を株に突っ込んで、えらい損害を出していた。僕の部屋に深夜

にやってきては、背筋の凍るような報告をしてくる。

「もうさ、朝起きて市場チェックすんのが楽しくてしょうがないんだよ」

 

目はいい感じにぎらぎらしてて、言葉とは裏腹に耳は死にかけの蛾が

の羽みたいにふよふよと

うなだれていて、毛づやの悪い尻尾の先は力なく小さな8の字を描いていた。

「一晩で二百万ぶっ飛ぶんだぜ。もう色んなことがどうでもよくなってくるんだ。原稿が進ま

ないのとか……」

「とか?」

「原稿が滞ってるのとか、原稿を書く気もないのとか」

「嬉しそうに言うな。おいしっかりしろよ深呼吸して」

 

イヅナは僕にぐったりともたれかかって荒い息をつく。

「俺もうだめかもしんない……ヒカルに最後の頼みがあるんだけど聞いてくれる?」

���� 第一話 葉隠イヅナ

「不吉なこと言うな、なんでも聞くから」

「俺の買ってる銘めいがら柄

五十万株ずつくらい買って」

「ふざけんな!」そんな金あったら素直に損失補ほてん填

すりゃいいだろが!

「金の問題じゃねえぇぇぇぇぇんだよおぉぉぉぉこれはよおぉぉぉ俺の突っ込んだ金をどこか

の勝ち組が空売りでさらってウハウハしてるかと思うと許せねえぇぇぇぇぇ」

 

まるで感電したみたいに尻尾をびりびりと震わせて吠ほ

えるイヅナを、僕は畳に投げ捨てた。

「なにすんだよヒカル! 

俺がこんなに落ち込んでるのに!」

「どこが落ち込んでんだよ元気ありまくりじゃないか!」

「ヒカルがいじめる。俺もう人生やり直したい」

 

イヅナは座布団に突っ伏してさめざめと泣いた。耳がしおれたように垂れたままだったので

あやうくだまされそうになったけれど、尻尾がもさもさと縦に動いているので嘘うそな泣

きだとわ

かった。だからその肩に冷たく声をかける。

「おまえ、投機はやめて投資だとかえらそうなこと言ってたじゃんか。長期でじっくりやるん

じゃなかったのかよ?」

「言うだけなら簡単なんだよッ」

「そりゃこっちのせりふだ逆ギレすんな!」

 

要するにこいつは短気なので、性格的に長期の投資はできないのである。そこで僕は、しば

らくじっと考え、イヅナの嘘泣きが本気のべそっかきに変わる頃、たぶん株に詳しい人が聞い

たら大笑いするであろう提案をしてみた。

「あのさ。僕これからおまえに二十万円預けるから、一年スパンで絶対値上がりするって銘柄

を買えよ。そんで、なにがあっても一年間売らない。来年の今日きっかりに、上がってようが

下がってようが売る。利益が出たらフグかなにか食おうよ」

 

イヅナは顔を上げた。涙でぐちゃぐちゃになった顔に、やっぱりちょっと小馬鹿にした表情

が浮かんでいる。

「……それ、なんの意味があんの? 

だいたい、絶対上がる株なんてあるわけないだろ」

「だから、長期投資する練習」

「幼稚園のお遊ゆうぎ戯じゃないんだから。だいいち一年は長期じゃなくて中期」

「うるさいな細かいことはほっとけよ。一年間売らないで我慢できたら利益全部おごるよ。損

失が出ても気にしなくていい」

 

イヅナの、涙の余よいん韻が残ったまん丸の目が僕をぐりぐりと見つめる。

「……ばかにしてんのか? 

俺の金じゃないんだから我慢できるにきまってんだろ、しかも二

十万ぽっち」

「そう? 

僕は我慢できないと思うけどな」

 

顔を真っ赤にして、畳をばふばふと尻尾で掃き清め、僕の胸を拳こぶしで

何度もどついた後で、イ

�0�1 第一話 葉隠イヅナ

ヅナは怒鳴った。

「あーあーよくわかったよヒカルが俺のことばかにしてんのが! 

来年十倍になっててもびた

一文やらないからな!」

 

いや、元本は返してくださいね?

「銘柄選んでくる! 

ヒカルはとっとと銀行いって二十万振り込んでこい」

 

そう言ってイヅナは部屋を飛び出していった。

 

――

これが、一年前のことだ。明日でちょうど一年。

「……うわあ」

 

僕の話を聞き終わった屍鬼さんは顔を手で覆う。

「そんなの忘れてたなんて最悪だわ。こんな人でなし、はじめて見た」

 

リアルに人じゃないやつから言われるとすげえへこむ……。

「いや、だって、最初のうちはあいつ、毎日僕の株価チェックして、もう売り抜けようとか、

今売らないと紙くずになるとかうるさかったですけど……そのうちなんにも言ってこなくなっ

たんで忘れちゃったんですよ」

「それってつまり、あなたの言う通りに我慢するようになったってことでしょ?」

 

僕は屍鬼さんの顔を見る。そうか。たしかに、そういうことだ。

「それなのに、あなたの方がフグ食べに行くってのも忘れちゃったわけだ。あーあ最低。デニ

子ちゃん、どうすればいいと思う?」

「いっぺん死ねば」

「だってさ。いっぺん死ねば? 

けっこう生き返るの簡単よ」あんたはな。

「でもイヅナなら、僕はほっといて株売って、もし利益出てたんならひとりでフグ食いに行き

そうなもんですけど」

「あのねえ。あの娘がなんで怒ってんのかわからないの? 

あなたとフグ食べに行くの楽しみ

にしてたからでしょうが」

 

僕――

と?

「二年間も一緒にいてわからないんだから手に負えないわね。謝り方は自分で考えなさいよ」

 

屍鬼さんはミルフィーユを一口でぺろりとやってハーブティを飲み干すと、立ち上がって僕

の頭をぽんと叩き、それから店を出ていった。

 

デニ子さんも肩をすくめて厨房に戻っていく。

 

スクリーンセーバのうごめく画面をぼんやりと見ながら、僕はイヅナのことを考える。もう

二年になるのだ。このファミレスにたむろするだれよりも長いつきあいで、それなのに僕はあ

いつのことをなんにも考えてなかった。約束まで忘れて。

���� 第一話 葉隠イヅナ

 

そりゃあ、怒るよなあ。

 

ノートPCを閉じる。もう仕事する気にはなれなかった。

 

伝票を手に立ち上がったとき、さっきまで屍鬼さんが座っていた空っぽの椅子を目にして、

ようやく僕ははたと思い至る。

 

勘定払わずに逃げやがった、あの女!

       

 

アパートに戻ったのは、そろそろ日付も変わろうかというくらい遅い時間だった。隣の電気

がついていたのでイヅナはもう戻っているとわかったけれど、彼女の部屋のドアの前で僕は二

十秒くらいためらってしまう。

 

でも、謝らないわけにもいかない。

 

ノックには返事がなかった(インタフォンすらついていないボロアパートである)。ノブか

ら冷たい妖気が立ちのぼっているように思える。妖怪に囲まれて生活しているからなのか、最

近そういうのがなんとなくわかるようになってきたのだ。

「……イヅナ?」呼んでみた。「えっと。ごめん。忘れてたのは謝るよ。ていうか、値上がり

してんの? 

儲かりそうならフグのうまい店探すよ、これから」

 

やっぱりなにも返ってこない。僕はため息をついて、自分の部屋に戻った。

 

実のところこのアパートは壁がお札さつ

くらいの厚さしかないので、ドア越しよりも部屋の中で

喋しゃべる方が聞こえやすかったりする。僕は、一年前にイヅナが連呼していた株の銘柄をなんと

か思い出すと、ネットで調べてみた。ローソク足のグラフとかがずらずら表示される。見方が

よくわからない。それ以前に買値がわからないから利益が出てるのかどうかもわからない。で

も去年あたりから見ればかなり上がってる。

 

よし。フグだ。

「……イヅナ、人にんぎょうちょう

形町によさそうな店があるよ。ここにする?」

 

壁越しに声をかけてみる。なにかもそもそと動く気配はしたけれど、反応なし。食欲と金欲

だけでできてるようなやつなのに、よっぽど怒ってるのか。

 

試みにメニューを読み上げてみる。

「ふぐさし、ふぐちり、焼きふぐ、白しらこ子ポン酢、ふぐ竜たった田揚あ

げ、ふぐ雑ぞうすい炊」

 

壁越しに、ぐう、と腹が鳴るのが聞こえて、それからばたばたと床の上を走り回る音。さら

には壁を向こうから蹴飛ばすのも聞こえた。

「うるせーばか!」

 

イヅナの声が壁を突き抜けてきた。彼女が部屋を飛び出すのがわかった。ドアが叩きつけら

れるように閉まる音。

��

 

そうしてやってくる真夜中の静寂。

 

僕はその日何度目になるかわからない嘆たんそく息

をノートPCに吐きかけると、電源を落とし、布

団に潜り込んだ。

「葉隠さんがうちのこたつを占拠していて困ります」

 

明け方、僕の部屋にやってきたつばさちゃんが腰帯に手をあて柳りゅうび眉を傾かし

げて言う。おそろし

くつやつやの黒髪にかんざしを入れて和服を着た、七、八歳くらいのちっちゃな女の子。ガラ

スケースに入れて店頭に飾っておいたらそのままお買い上げされそうな感じだ。

 

もちろん人間ではない。神無月つばさは座ざしきわらし

敷童だ。世間ではちょっとえっちなラブコメ作家

として知られている。このアパートができた頃から棲す

みついていて、今では大家さんである。

アパート内のどこにでも自在に出現可能なので、こうして午前四時だろうと用事があれば僕の

部屋にやってくる。

「でも布団の上に乗るのはやめてくんないかな……」

 

金縛りにかかったまま僕はうめく。掛け布団の、ちょうど腹の上あたりにつばさちゃんがち

んまり正座しているのだ。

「作家なのに夜寝るとはどういう了見ですか。太陽を避けるために日中寝るべきでしょう」

���7 第一話 葉隠イヅナ

「いや、僕は人間だし。どいてくれない?」

 

つばさちゃんは枕元に瞬間移動する。

「とにかく、葉隠さんがうちの仕事を邪魔します。うちは著ちょしゃこう

者校で気が滅入っているのに、

愚ぐ

ち痴がうるさいのです。ヒカルがばかだとかヒカルが鈍どんがめ亀だとかヒカルが冷血動物だとかヒカ

ルが家賃を滞たいのう納

するだとか」

 

おい、それおまえの感想も混じってるだろ?

「腹をかっさばいて謝るとか、首をくくって謝るとか、なんでもいいからとにかく引き取って

ください」

 

そう言い残して、つばさちゃんはぱっと消えた。勝手なことを言うもんだ。

 

つばさちゃんの部屋に行ってみると、イヅナは僕をじろっとにらんで、こたつの中に潜り込

んでしまった。尻尾だけがこたつ布団から外に出ていて、毛針が飛んできそうなくらいぴんと

立って僕を威いかく嚇している。つばさちゃんはゲラ(チェック用の見本印刷のこと)から顔を上げ

ると、「さっさとなんとかしなさい」とでも言いたげに、赤ペンの先でこたつの中をちょい

ちょいと指す。

「ねえ、イヅナ。ほんと悪かったよ、謝る」

「うるさいばか出てけ」

「葉隠さんも出てってください」とつばさちゃんが冷たく言う。

 

とにかく顔を合わせて話がしたかったので、こたつ布団をめくろうとしたら、中からイヅナ

の手が伸びてきて引っ掻かれてしまった。しかたなく、出直すことにする。

 

昼になってもイヅナはこたつに潜りっぱなしだった。頭ゆだっちゃったりしないんだろうか。

つばさちゃんはしょっちゅう僕の部屋にテレポートしてきては文句を言う。

「ゲラの下から、葉隠さんのお腹がぎゅるぎゅる鳴るのが聞こえてくるのですよ。想像してみ

てください、どれくらいうざったいか」

 

それはうざそうだなあ。

「食べ物、こたつの中に入れてみたら?」

「もうやりました。即座に投げ返されました。うちは食べ物を粗末にする人はきらいです」

 

あのイヅナが? 

もう、依い

じ怙地になっちゃってるのか。

「だいいち、そんな対症療法的なやり方でどうするんですか。早く腹を切ってください腹を」

 

つばさちゃんは畳をばんばん叩いて物騒なことを言う。

「フグなら赦ゆる

してくれないかな」

「だからそういう即物的な考え方はやめてください」

 

つばさちゃんがしゅるんと自室に戻ってしまった後で、僕はふと株価をチェックしてみて、

青ざめる。なにがあったのか知らないけど、ずんどこ下がり始めている。あわててつばさちゃ

んの部屋に走った。

���� 第一話 葉隠イヅナ

「あ、あのさ、株価下がってるんだ」

「ンなの俺が知るか。ばか。死んじゃえ」

 

こたつの中からイヅナの非情な返答と、胃袋がきゅうきゅういう音。

「もう、どうすりゃ赦してくれるんだよ。僕がフグ買ってきて料理したら赦してくれる?」

「杉井さんはフグ調理の免許持ってないでしょう」つばさちゃんが冷静なつっこみ。「ああそ

う、むしろ肝とか卵巣を調理して自分で食べたら赦してくれるんじゃないですか」

 

そんなに僕を殺したいのか。

 

夕方、僕の株はストップ安で終値を迎えた。イヅナが「原稿なんてどうでもよくなる」と

言っていた気持ちが僕にも痛感できた。もともと二十万円だから、上がろうが下がろうが、た

かが知れているだろう。それでも、僕がちゃんと忘れていなければ―

そう思うと、PCの前

から立ち上がる気力もなくなってくる。

 

もう、手遅れかな。今さらイヅナに謝っても。

 

日が暮れて、部屋の中にはひたひたと寒さが染み込んできていた。でも僕はPCの画面にぼ

んやりと顔を照らされたまま、膝ひざ

を抱えていた。

 

どうしよう。なにがショックかって、こんなに揺らいでいる自分がショックだ。これまでも

イヅナにいっぱい罵ば

り詈雑ぞうごん言

を吐かれたり、引っぱたかれたり、喧嘩したりしてきたのに。

 

突き放されたのは、はじめてだったから。

 

そのとき、いきなり背後で二人分の声がした。

「おー、落ち込んでる落ち込んでる。さすが書いてる小説の主人公そっくりなウジウジ虫」

「アパートの湿度が上昇するのでやめてほしいです。樹海にでも行けと」

 

びっくりして振り向くと、屍鬼さんがつばさちゃんを膝にのせてこたつに入っていた。

「だから、なんで勝手に入ってくるんですか……」

「女にごめんの一言もまともに言えないダメ男を見に来たの」

「仕事はこっちでやることにしました。杉井さんは葉隠さんを連れ出せるまで戻ってこないで

ください。大家命令です」

 

屍鬼さんはにやにや笑い、つばさちゃんは赤ペンの先をびっと僕に突きつける。ため息をつ

いて立ち上がると、服の裾すそ

を引っぱられた。

「杉井ちゃん、出ていく前にあたしらの夕飯作ってよ。お腹減った」

「ファミレス行けよ」

「ただじゃご飯は食べられないのよ?」

「そりゃこっちのせりふだ!」

 

それでも屍鬼さんが腹減った腹減ったこのままなにも作らないなら池袋駅で片っ端から通行

�0�1 第一話 葉隠イヅナ

人を襲って食い散らかして警察に捕まったら杉井のデビュー作に影響されて犯行に及んだと供

述してやるとわめき始めたので、僕はもうなにか言い返す気力も失な

くして、台所に行った。

「あたし中華がいいなあ」

「うるせえついてくんな!」

 

台所の隅に座った屍鬼さんは、僕が作る料理を片っ端からもりもり食べていった。食べると

いうか吸い込むというか。この人の胃袋はどこの惑星につながっているんだろう?

 

三十分後、冷蔵庫の中身と、僕の気力はほとんど空になっていた。野菜を刻んだり中ちゅうか華鍋なべ

振ったりしている間も、イヅナにどうやって謝ればいいのかずっと考えていたせいで、跳ねた

油で火やけど傷したり。

 

開けっ放しの冷蔵庫の前で、指を冷やしながら、僕はぼんやりと考える。

 

イヅナは、どうしたら赦してくれるだろう?

「どうしたらもこうしたらもないでしょ。気持ちが伝われば大丈夫」

 

壁にもたれて腹をさすりながら、屍鬼さんが言う。ミニスカで両脚を投げ出してそういうこ

とをしないでほしいんだけど……

 

でも、言う通りだった。

 

僕はふと、冷蔵庫に最後に残った食材を手に取る。

 

なにもなくても、気持ちが伝われば大丈夫。それはそうだろうと思う。それでも僕にはなに

かよりどころが必要だった。イヅナに言葉を届ける勇気をくれるもの。

 

だから、もう一度、中華鍋を火にかけて油をどぼどぼと注ぐ。

「おっ。なになに? 

まだ食べさせてくれるの?」

 

立ち上がって背中からのしかかってきた屍鬼さんを払いのける。

「だめです。これはイヅナのぶん」

「……ふうん?」

 

まだ熱い皿を持って、一階のつばさちゃんの部屋に行った。イヅナはこたつの中で寝こけて

いた。長い栗毛が畳の上に広がっている。たまに、寝ぼけて座布団をがじがじ囓かじ

っている。そ

んなに腹減ってるなら起きて自分の部屋に帰れよ。

 

でも、僕が近寄っていくと、尻尾と耳が同時にぴくぴくっと反応して目を覚まし、ちらっと

僕を見上げたとたんにこたつのなかに頭を引っ込めてしまう。

「……なにしにきたんだ。出てけ」

 

尻尾だけがこたつ布団からはみ出て、ぴしっぴしっと畳を叩いている。僕はこたつの前に皿

を置いた。

「ご飯持ってきた」

���� 第一話 葉隠イヅナ

 

皿を近づけて、こたつ布団をめくってみる。湯気が香ったせいか、ぐぅっとイヅナの腹が鳴

るのが聞こえた。

「ば、ばかっ、食い物で釣られる俺じゃっ」

 

そう言いながらも、尻尾はもさもさと動いている。イヅナが布団の端をつかんで再び奥に

引っ込もうとしたので、皿を押し込んだ。

 

しばらく、こたつの中は沈黙していた。尻尾だけがふゆりふゆりと畳の上でゆっくりくねっ

ている。

「……なんだこれ」

 

やがて聞こえてくるイヅナの声。

「えーと。カブの天ぷら」

 

僕は床に腰を下ろし、ちょっと照れくさいので目をそらして言う。

「ほら、あの、株が上がりますようにってことで、カブを油で揚げてみました」

 

一瞬部屋が凍りついたかと思って僕は自分の発言を真剣に後悔した。

「……おまえそんなギャグセンスで、よく作家続けてく度胸あるな……」

 

うるせえ。ほっとけ。じゃなくて、謝りに来たんだった。

「そのう、イヅナが買ってくれたやつ、大暴落してたから。……ほんとごめん。僕が忘れてた

せいで」

「……おまえの金で買ったやつなのに、俺に謝ることないだろ」

 

ぶすっとしたイヅナの声の間に、しゃく、しゃく、とカブを噛む音が混じる。

「いやまあ、そうなんだけどさ」よく考えたらほんとその通りだな。「でも、イヅナがせっか

く楽しみにしてたのに。一緒に行く約束してたのに……」

「おっ、俺が楽しみにしてたのはフグだからなフグ! 

おまえなんか知るか」

 

ごんごんと音がして、こたつの天板が浮き上がる。中で頭突きしてるらしい。

「カブなんかでだまされない。肉か魚も持ってこい」

 

僕は、少しほっとしていた。ようやく、喋ってくれた。

「お腹減ってんなら、部屋に戻ろうよ。つばさちゃんが怒ってるし。なんか買ってきて作って

あげるよ」

 

ところがイヅナはまた沈黙してしまう。僕はこたつの前にぺったりと正座して、うつむき、

じっと彼女の言葉を待つ。でも、なにも返ってこない。

 

そうだよな。こんなに早く赦してくれるわけないか。

「……わかった。料理して持ってくるけど、食べる?」

 

やっぱり返事はない。僕が嘆息し、立ち上がって部屋を出ていこうとしたときだった。いき

なりジーンズの裾をつかまれて、つんのめりそうになる。

 

振り向くと、イヅナがこたつ布団の下から頭と腕を出して、むーっとした顔で上目遣いに僕

���� 第一話 葉隠イヅナ

をにらんでいる。

「……えっと、な、なに?」

「……おぶってけ」

「え?」

「足が痺しび

れて歩けないの! 

部屋までおぶってけ!」

 

イヅナは僕の足の甲をべしべし叩いた。

 

妖怪だからなのか、イヅナの身体はえらく軽い。それでも、その細腕が僕の首に回されて、

背中に体温が押しつけられると、少しの間立ち上がれなくなってしまう。動悸のせいで。

 

胸は全然ないんだけどね。

「……おまえ、今なんか失礼なこと考えてない?」と肩越しにイヅナの声。

「地の文を読むな。ぅ、ぐえ、首を絞めるな」

 

スリーパーホールドをかけられて息も絶え絶えになりながら、僕はイヅナを二階の彼女の部

屋に運んだ。ドアを開けるときとか布団に下ろすときとかに、痺れた足をぶつけてイヅナは

悶もんぜつ絶

し、そのたびに僕の背中にぐりぐり肘ひじ

を突き立てる。

「んじゃ買い物行ってくる。屍鬼さんもまだ食い足りないみたいだったし」

 

あいかわらず積み上げられた本と漫画で足の踏み場もないイヅナの部屋を出ようとすると、

呼び止められる。

「……なに?」

 

イヅナはまだむっとした顔で、つけっぱなしだったPCの画面を指さす。それは楽天証券の

サイトのトレード画面だった。

「これがどうしたの」

「見りゃわかるだろ」

 

全株売り約定のその銘柄には見みおぼ憶

えがあった。僕が預けた金で買った、あの株だ。え、いつ

の間に売ったの? 

今日?

 

いや、今日はイヅナはずっとつばさちゃんの家にいて―

そうだ、昨日怒ってこの部屋を飛

び出していったわけだから、つけっぱなしのPCがこの画面だということは、あのときか。

 

僕は布団の上に膝をつき、イヅナのPCを食い入るように見つめる。間違いない。売ったの

は昨日だ。

 

確定利益がいくらかはわからないけれど、あのときなら―

確実に、暴落が始まる前だ。

「え、え、えっと」

 

僕がイヅナの顔を見ると、あきれたような視線が返ってくる。

「俺だからあそこで売れたんだからな、鼻が利き

くから! 

感謝しろよ!」

���7 第一話 葉隠イヅナ

「あ、う、うん」

「そんなわけだからフグ!」

 

うなずき、立ち上がると、ようやくじわわーっと喜びが腹の底の方から染み出てくる。僕は

イヅナが株にはまる気持ちがちょっとだけわかった気がした。自分はびたいち取引に触ってい

ないのだけれど。

「……って、あれ? 

昨日売ったってことは一年間我慢できなかったってことに」

「うるせえ一日くらいべつにいいだろフグ食いたくないのかよ!」

 

僕はあわてて外に出た。しばらくすると、術で尻尾を消して耳を帽子で隠し、ちゃんと女の

子っぽい格好に着替えたイヅナが出てくる。もちろん屍鬼さんも。

「みんなで行くのですか……」

 

つばさちゃんは自分の部屋のドアに半分隠れて、なんだか恨みがましい口調。

「そういえば、つばさちゃんベジタリアンだったっけ」と屍鬼さんは黒髪の頭をなでる。正確

には菜食主義とかそういうことではなく、単に身体が弱いので肉や魚を食べるとすぐにお腹を

壊すのである。

「お留守番してる?」

 

僕がそう訊いてみると、じろっとにらんだ後で、ととっと外に出てきて、僕とイヅナの腕を

両手でぎゅうっと握った。

「……うちも行きます。杉井さんがたかられすぎて家賃を払えなくなっても困りますから、見

張らないと」そんな心配しなくても。

「俺がつばさのぶんまでフグしこたま食べるから!」イヅナはつばさちゃんの背中を叩く。

 

売却益がかなりのものだったらしいので、さらに電話で作家仲間を何人か呼んで、僕らは人

形町の料亭に繰り出した。

 

ところで、株を売却したお金は銀行口座に振り込まれる。財布に直接入ってくるわけではな

い。こんな当然のことを、このときの僕もイヅナもどうして忘れていたのかわからない。気づ

いたのは、フグのフルコースを平らげて満腹になってお座敷の畳にぐったりと横になっている

ときだった。

「ヒカルのおごりだって話だからな! 

ヒカルがなんとかしろよ!」

 

財布空っぽのイヅナは、ばふばふと尻尾を振り回して僕をなじる。

「そんなこと言われても、ないものはないし……」

 

同じく財布空っぽの僕は絶望的な気分で天井を仰ぐ。

「つばさちゃんにお金持ってきてもらえばいいんじゃないのぉ? 

テレポートあるし」と屍鬼

さんは腹をさすりながら他人事のような口ぶり。

��

「無理です。距離がありすぎます。まったく、杉井さんはどうしてこうお金のこととなると抜

けているのか」ほんとごめんなさい。

「じゃあこの座敷に結界張れば勘定払えって言ってこなくなるだろ!」とイヅナ。

「一生ここで暮らすつもりかよ」

 

けっきょく僕が料亭を抜け出して銀行に走る羽目になった。あと、全員におごったら売却益

なんて吹っ飛んだよ。もう二度と株なんてやらない。

 

これが新春一発目の、僕らの馬鹿騒ぎであった。

GA文庫

2008年9月5日発行

著  者 杉井 光イラスト 赤人

デザイン  株式会社ケイズ(大橋勉/彦坂暢章)発  行  ソフトバンククリエイティブ株式会社

ばけらの! ~ちょこっとお試し版~

本書の内容を無断で複製・複写・放送・データ配信などをすることは、かたくお断りいたします。

© Hikaru Sugii Illustration : Akahito