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はじめに 20145月、日本創成会議・人口減少問題検討分科会(座 長:増田寛也東京大学大学院客員教授)が「ストップ少子 化・地方元気戦略」を発表、人口減少の現状と将来の姿を 身近な地域のレベルまで示し、衝撃を与えた。具体的には、 人口移動率が収まらないとの仮定を置くと、20 39女性人口が10年から40年にかけて半分以下になる自治体 数は全自治体の約半数に達する見通しで、このままでは多 くの地域が消滅する恐れが高く、少子化対策の視点からも 地方から大都市への「人の流れ」を変える必要があると指 摘した。このレポートもきっかけとなって、同年9月、内 閣府に「まち・ひと・しごと創生本部」が設置され、人口 減少と地域経済の縮小の悪循環を断ち切るため、以下の三 つの視点で「人口減少克服・地方創生」に正面から取り組 む姿勢を打ち出した。 ①『東京一極集中』の歯止め 地方から東京圏への人口流入(特に若い世代)に歯止 めをかけることを目指す。このため、「しごとの創生」 と「ひとの創生」の好循環を実現。 ②若い世代の就労・結婚・子育ての希望の実現 人口減少を克服するために、若い世代が安心して働き、 希望通り結婚し、子育てができるような社会経済環境 を実現。 ③地域の特性に即した地域課題の解決 人口減少に伴う地域の変化に柔軟に対応し、中山間地 域をはじめ地域が直面する課題を解決し、地域におい て心豊かな生活を確保。 同年11月には、「まち・ひと・しごと創生法」が成立。 今後、地方における急速な人口減少に歯止めをかけるため の具体的かつ実効的な取り組みが求められている。 本稿では、大学のある街のケースを取り上げ、若者の地 域離れを食い止める方策について、筆者が今日まで具体的 にかかわってきている事例をもとに考察してみたい。 若者がなぜ地方にとどまらないのか マイナビによるアンケート調査<表1によると、大学 生がUターンを含め地元に就職を希望しない理由として は、①志望する企業がないから(35.2%)、②都会の方が 便利だから(32.6%)、③地域にとらわれず働きたいから 31.5%)となっており、若者の地域離れを防ぐためには、 地域において「しごと」と「まち」をつくることが必要で 人口減少時代に おける地方創生の ヒント -若者の地域離れを 食い止めるために 未来社会・産業研究部長 主席研究員 小川 高志 レポート 32

-若者の地域離れを 食い止めるために...Report あることがわかる。 また、東京大学 知の構造化センターが主宰する全学教 育プログラムi.schoolで受けたイノベーション教育の経験

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はじめに

 2014年5月、日本創成会議・人口減少問題検討分科会(座長:増田寛也東京大学大学院客員教授)が「ストップ少子化・地方元気戦略」を発表、人口減少の現状と将来の姿を身近な地域のレベルまで示し、衝撃を与えた。具体的には、人口移動率が収まらないとの仮定を置くと、20~ 39歳女性人口が10年から40年にかけて半分以下になる自治体数は全自治体の約半数に達する見通しで、このままでは多くの地域が消滅する恐れが高く、少子化対策の視点からも地方から大都市への「人の流れ」を変える必要があると指摘した。このレポートもきっかけとなって、同年9月、内閣府に「まち・ひと・しごと創生本部」が設置され、人口減少と地域経済の縮小の悪循環を断ち切るため、以下の三つの視点で「人口減少克服・地方創生」に正面から取り組む姿勢を打ち出した。 ①『東京一極集中』の歯止め   地方から東京圏への人口流入(特に若い世代)に歯止

めをかけることを目指す。このため、「しごとの創生」と「ひとの創生」の好循環を実現。

 ②若い世代の就労・結婚・子育ての希望の実現   人口減少を克服するために、若い世代が安心して働き、

希望通り結婚し、子育てができるような社会経済環境を実現。

 ③地域の特性に即した地域課題の解決   人口減少に伴う地域の変化に柔軟に対応し、中山間地

域をはじめ地域が直面する課題を解決し、地域において心豊かな生活を確保。

 同年11月には、「まち・ひと・しごと創生法」が成立。今後、地方における急速な人口減少に歯止めをかけるための具体的かつ実効的な取り組みが求められている。 本稿では、大学のある街のケースを取り上げ、若者の地域離れを食い止める方策について、筆者が今日まで具体的にかかわってきている事例をもとに考察してみたい。

若者がなぜ地方にとどまらないのか

 マイナビによるアンケート調査<表1>によると、大学生がUターンを含め地元に就職を希望しない理由としては、①志望する企業がないから(35.2%)、②都会の方が便利だから(32.6%)、③地域にとらわれず働きたいから(31.5%)となっており、若者の地域離れを防ぐためには、地域において「しごと」と「まち」をつくることが必要で

人口減少時代に おける地方創生のヒント-若者の地域離れを食い止めるために

未来社会・産業研究部長主席研究員

小川 高志

レポート

32

Report

あることがわかる。 また、東京大学 知の構造化センターが主宰する全学教育プログラムi.schoolで受けたイノベーション教育の経験を生かし、若手の地域離れの解決を目指して地元の良さの再発見からイノベーションを起こすクラブ活動 i.clubを立ち上げた小川悠氏は「なぜ若者の地域離れが止まらないのか? 彼らが故郷を捨てる、3つの意外な理由」と題した講演(http://logmi.jp/24526/)の中で、①地域の良さを理解する機会がない、②地域の人々とつながる機会がない、③未来をつくる方法を学んだことがない、との三点を挙げている。

若者が主人公となる街づくり

 以上の通り、地域における急速な人口減少を食い止めるためには、若者のための「しごと」づくりを進めるとともに、若者が「わがまち」としての思いを持って地域づくりに主体的に参加する機会を設けることが必要であることがわかる。 こうした課題の解決につながる可能性のある取り組みの一つとして、筆者がかかわってきた取り組みを紹介したい。

Ⅰ 産学連携による地域新産業向け人材育成 グローバル競争激化の中、地方における産業振興は一昔前の企業誘致とは違ったアプローチが求められている。10年ほど前、東海地方のある自治体が新製品生産のため

の大規模新鋭設備が整った工場誘致を進め、雇用吸収力の大きさが全国的に注目されたことがあったが、その後のグローバル競争の荒波の中で、コスト競争力の低下により次第に生産水準を落としていった。 それとは対照的に、八王子市内の試作開発型企業が、東京工科大学八王子キャンパスの卒業生を20年間にわたり着実に採用し中核社員に育成する一方で、自動制御分野の大学教員を定年後研究所長として迎え入れ、産学連携により介護用ロボットなど新分野にチャレンジすることで、数年前上場を果たした。しかし、概して、大学の卒業生は世間一般に社名が知られている大企業を選んで就職活動をする傾向が強く、地域から離れることが多い。 こうしたことから、筆者は13年春、地域新産業振興を目指した新しい産学連携人材教育として「コーオプ教育(Cooperative Education)」の試行を開始した。

図1 コーオプ教育の相互関係

出典:東京工科大学資料

表1 大学生が地元(Uターン含む)就職を希望しない理由

全体 地域進学男子 地域進学女子 地域外進学男子 地域外進学女子回答数 1,322 186 204 443 489

実家を離れたいから 25.5% 28.8% 44.3% 21.0% 23.6%

地元に友人が少ないから 3.7% 5.4% 5.2% 2.8% 3.4%

地元以外に彼(彼女)がいるから 7.6% 2.1% 10.7% 5.7% 14.3%

給料が安そうだから 16.3% 10.9% 9.8% 18.6% 19.0%

都会の方が便利だから 32.6% 17.1% 33.9% 34.0% 41.6%

大手企業がないから 15.1% 11.9% 10.2% 18.2% 13.6%

志望する企業がないから 35.2% 30.8% 30.7% 36.3% 38.8%

地域にとらわれず働きたいから 31.5% 42.1% 33.6% 30.6% 23.8%

希望する仕事やスキルを身につける ことが出来ないから 11.3% 12.8% 13.4% 11.8% 8.5%

地元の風土が好きではないから 6.7% 5.5% 2.5% 7.3% 8.2%

出典:「2015年卒マイナビ大学生Uターン・地元就職に関する調査」2014年6月(注)地元就職を「(どちらかといえば)希望しないと答えた方」への質問

講義・演習・実験 就業体験

担当教職員 コーディネータ

学生

相互指導

理論の実践、体験の理論化

大学 企業

EY総研インサイト Vol.3 February 2015 33

図2 新産業向け人材育成

出典:EY総合研究所(株)作成

 産学連携による実践型人材育成としては、従来から「インターンシップ」が広く行われているが、「コーオプ教育」は、①大学と企業の連携により勤務内容の調整や事前教育の実施などマネジメントを行うこと、②学生が企業において賃金対価を前提として勤務することなどにおいて異なる<図1>。企業側は賃金を支払うため、学生をお客さま扱いすることなく社員と同様の作業を与えることで、より実践的な内容となる。コーオプ教育が進んでいる米国では、産業界が求める人材像が大学側にタイムリーにフィードバックされ、大学と企業の間での情報共有が促進されること、また学生自身も、企業での勤務経験を通じて大学において学ぶべき知識やスキルが明らかとなり、学習意欲が向上するといった効果をあげている。 東京都多摩地域には、ものづくりやICTなど成長分野を支える開発型中堅・中小企業などの産業が集積しているが、これまで産学連携による人材育成・供給は十分行われていなかった。13年春のコーオプ教育の試行では、八王子市を中心とした5企業、1法人において、東京工科大学のコンピュータサイエンス学部およびメディア学部の学生のべ15名が春休みのため短期間となったが1週間から1カ月程度の勤務を行った。介護機器試作開発、移動体通信機器出荷検査、高齢者向けAndroidタブレット操作マニュアル作成、デジタルサイネージコンテンツ開発、クラウド環境構築などの業務を担い、時給850円~1,050円程度の賃金を得た。これらを通じ、①デジタルサイネージやクラウドサ―ビスといった新産業の分野においては、企業内での人材育成がしにくいことから、産学連携型人材育成のニーズが高いこと、②大学側ではPBL(プロジェクト・ベースド・ラーニング)系科目を通じた主体的な学習機会の強化が必要であるなど、いくつかの課題があることが明らかとなった。この試行結果を受けて、15年4月に新設する学部では、カリキュラムの中心にコーオプ教育を据えることとなった。 大学生の就職活動については、その在り方について大学、企業、行政の三者で試行錯誤が繰り返されているが、依然として、大学は大量の人材を市場に投入し、企業がその市場経由で人を採用するという「市場経済モデル」に沿ったものとなっており、その結果として、大学の知と企業の知の交流が行われず、求められる人材像もすれ違ったままである。新産業の創造のためには、大学と企業が人材像を共有し、産学連携により知的共創と人材育成に取り込むための仕組みづくりが期待される<図2>。その場合、大学側には、コーオプ教育以外にもプロジェクト演習への企業経営者の受け入れなどシームレスな産学連携を推進するため

のカリキュラム設定や、大学と企業を行き来しやすくするための四学期制の導入などを求めたい。また、企業側にも、大学の教員に対して企業の抱えるビジョンや経営課題を提示するとともに、企業の価値観の一方的な押しつけを排し大学の知を積極的に受け入れるよう求めたい。

Ⅱ 若者の創造性を引き出す新しい街づくり 全国には約1,800の高等教育機関(大学・大学院・短期大学・高等専門学校)があり、約330万人の学生がいる。しかし、その学生のうち、地域への愛着を経験しないまま卒業し、当地を離れていくケースが多い。八王子でも、市内には大学等高等教育機関が20校以上あり、多くの学生が学生生活をここで過ごすわけだが、これまで街との接点がなく、卒業後は街を離れることが多かった。しかし、大学での学問は地域と全くかけ離れた形で進められていいのだろうか。地域が抱える課題のうち学生が参加することで新しい展開があるはずである。 そこで、12年9月、大学と地域の関係構築を目指し、市役所に仲介をお願いし、八王子中心市街地の商店街に、街の課題を解決するための実験を提案した。すると、商店街の世話役は、長い間大学との接点を待ち望んできており、ぜひとも協働したいと快諾をいただいた。中心商店街では、例えば伝統的な祭りで山車を引く若衆が減ってきているなど、若い世代が街づくりから離れてきていることに危機感を持っていたのだ。 それから2年たった今では、東京工科大学メディア学部プロジェクト演習(1・2学年における選択必修)の一環として、地域の祭りにおいて商店街と学生のコラボレーション空間を設けて地域CATV局との連携によるサテライ

就活市場大学 企業

大学

企業

新産業向け人材育成(人的資本形成モデル)

マス人材育成(市場経済モデル)

産学連携

プロジェクト演習 インターンシップコーオプ教育

産学連携新事業

就職

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Reportト放送やおもてなしの場づくりを行ったり、洋品店にデジタルサイネージ機器を常設してイベント情報の発信などを行ったりするようになってきた。 また、プログラミングやオープンデータ活用を通じて地域課題の解決を目指すCode for Hachiojiやオープンデータ・カフェ@八王子に教員と学生が参加するようになり、14年11月、開業したばかりのコワーキングスペース八王子 8Beatを拠点として、東京工科大学コンピュータサイエンス学部の連携がスタートした。 このように、当地では、地域課題の解決や新たなビジネスモデルの創出に向けて大学生や大学教員が出没するシーンが増えてきており、地域が「若者の創造性を引き出す場」となってきている。また、こうした活動を通じてこの街に愛着をもった学生たちが街中に住むようになるケースも出てきた。

おわりに

 今回ご紹介できなかったが、他の地域でも、若者の主体的な参加をベースとした新産業づくりに向けた素晴らしい取り組み事例が生まれてきている。未来社会・産業研究部の研究領域の一つである「未来社会デザイン」の中でも地方創生は重点テーマであり、本テーマに関しては、今後とも情報発信を続けるとともに、各地とも連帯しつつ地域創生への「水路」づくりにも積極的に関与・支援していきたいと考えている。

(参考資料)「産学連携による実践的人材教育の新たな取り組み 首都圏理工系大学として初「コーオプ教育」を今夏より本格実施~地元企業との試験実施を開始、学内に支援センター立ち上げ~」東京工科大学ホームページhttp://www.teu.ac.jp/press/2013.html?id=146

「東京工科大学 キャリア教育本格展開 産学連携で人材教育」日刊工業新聞、13年6月6日

「【人財戦略の現場】東京工科大学 首都圏大学で初のコーオプ教育」フジサンケイビジネスアイ、13年6月30日

「『キャンぱちフェス』開催へ-商店街とコラボ、学生出店者・スタッフ募集」八王子経済新聞、14年7月4日http://hachioji.keizai.biz/headline/1663/

「八王子まつりに大学生が出店! 伝統ある祭りに“よそ者大学生”が入り込めたのか‥‥」東京工科大学メディア学部ブログ、14年9月3日http://blog.media.teu.ac.jp/2014/09/post-da48.html

「八王子のコワーキングスペース、開設準備着々-11月1日11時11分にオープン」八王子経済新聞、14年10月28日http://hachioji.keizai.biz/headline/1739/

Code for Hachiojiの風景(大学生2名およびその指導教員も参加)

EY総研インサイト Vol.3 February 2015 35