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18-1
屋根面に固定された平板状物体の飛散性状に関する研究
工藤 愛架
1.はじめに
強風下での飛散物に関する研究の中で,立川の研究1)~3)のように風洞実験でその性状を検証した例は多く
ない。特に構造躯体に釘やボルトで固定された屋根葺
材などの外装材が飛散する状況を再現した実験はほと
んど見当たらない。外装材の固定状況を模擬した風洞
実験としては電磁石を利用し,平板を固定した Linら4),5)の飛散実験があるが,磁力で固定する方法は,残留
磁気が残る電磁石の特性から固定力を高精度に再現す
ることが難しい 6)。近藤ら 7)はエアパッドを使用した
吸着装置を開発し,電磁石よりも安定性の高い固定力
を再現し,陸屋根模型の上端部から飛散する平板の実
験を行った。
本研究では,住宅屋根面のさまざまな位置に固定さ
れた平板状物体の強風による初期飛散状況の解明を目
的に風洞実験を実施した。エアパッド吸着装置によっ
て屋根面へ固定させた平板の設置位置と平板に作用す
る風速および,その平板を固定する力との関係を明ら
かにする。
2.風洞実験の概要
2.1 実験装置と試験体の概要
風洞は九州大学大学院人間環境学研究院のエッフ
ェル型吸込式風洞を用いて行った。風洞断面内での各
計測機器の配置状況を図 1に示す。計測部断面寸法は
1500mm×1500mm,計測部前面の風速調整部は約
2000mm,計測部は約 3000mm である。風速測定には
超音波風速計を用いた。風速計の信号は 200Hzでサン
プルしている。建物模型には図 2に示す陸屋根模型と
切妻屋根模型を用いた。模型各辺の寸法は陸屋根模型
が幅 1450mm×奥行 800mm×軒高さ 175mmで,切妻屋
根模型は陸屋根模型に棟高さ 375mm,勾配 1/2の屋根
を載せた。風洞断面に占める閉塞率は陸屋根が約 11%,
切妻屋根が約 24%である。屋根面に固定する平板は一
辺 65mm,厚さ 2mm,重さ 1.3gのバルサ材正方形平板
とした。平板を屋根面に固定するためのエアパッド吸
着装置を模型内に設置し,平板が屋根面の高さと一致
するように調節した。
2.2 測定方法と実験パラメータ
上述した平板を図 2に示す模型の屋根面上に設置す
る。陸屋根模型上での平板の初期設定位置は風上側か
ら陸屋根模型初期位置 A,B,C及び Dとし,切妻屋
根模型は風上側から切妻屋根模型初期位置 A,B,C,
D,E及び Fと記す。風速 4~12m/sまでの 2m/s間隔 5
通りの一様流中に,平板を吸着させた状態で模型を設
置し,吸着装置の圧力バルブを調節し吸着力を徐々に
下げることで平板を飛散させる。飛散開始時の吸着力
と平板の自重の和を平板の固定力として式(1)で表す。
固定力=エアパッドの吸着力+mg cosθ (1)
ここに,m:物体の質量,g:重力加速度である。陸屋
根模型では平板の設置角度は θ=0°なので,cosθ=1,1/2
勾配の切妻屋根模型は平板の設置角度 θ=26.6°なので,
cosθ=0.89となる。
固定力が平板への風圧力と一致した瞬間に平板が飛
散するものとして,エアパッドから平板が飛散する風
速と固定力および平板の初期位置をパラメータとし,
各場合で 5回の測定を行った。平板の飛散状況を横方
向からハイスピードカメラ(120fps)で撮影した。ま
た,屋根模型表面に作用する風圧力を多点圧力スキャ
屋根模型
超音波風速計
防護ネット
翼列
500mm
1325mm
175mm
800mm
wind
図 1 風洞実験配置図 図 2 使用する模型と平板の初期位置
1450mm
175mm
800mm
wind
200mm
1450mm800mm
175mm A
B C D
A
B
C D E F
18-2
(a) 風速 4m/s の場合
4
(b) 風速 6m/s の場合
(c) 風速 8m/s の場合
wind
4
wind
4
wind
(d) 風速 10m/s の場合
(e) 風速 12m/s の場合
図 9 陸屋根上の平板状物体の飛散軌跡
4
wind
4
wind
ナ(大手技研 DSA3217)により計測した。飛散実験と
同位置に圧力測定用の測定孔を設けた平板を固定し,
風速 4~12m/sの一様流下で 20秒間測定した。圧力スキ
ャナの信号は 500Hzでサンプルした。
3.陸屋根模型屋根面に設置した平板の飛散実験
図 3から図 6に初期位置AからDに平板を設置した
場合の飛散開始風速と試行回数 5回分の固定力と平均
値を示す。図から,当然ながら大きな固定力で設置し
た平板の飛散にはより高い風速が必要であり,高風速
であるほど平板に大きな風圧力が作用していることが
分かるが,初期位置によって風速に対する飛散開始時
の固定力が異なる。
初期位置の影響を検討するために,図 7に飛散開始
時の固定力の 5回試行の平均値と初期位置との関係を
風速毎にまとめる。図 7より,どの風速においても初
期位置 Bが最も高い固定力において飛散しており,次
いで初期位置 C,初期位置 Aの順で,初期位置 Dが最
も低い固定力で飛散している。
図 8に各風速における初期位置での風圧力のピーク
値の関係を示す。図 8と図 7の飛散時固定力を比較す
ると必ずしも一致していない。理由は現時点で不明だ
が,平板を固定する治具などに検討の余地がある。
ハイスピードカメラで撮影した各飛散風速におけ
る平板の飛散運動の様子を図 9に示す。なお,図 9中
の平板は一コマ当たり 1/60秒の時間経過を表す。図 9
より,大きな力で固定されていた平板ほどより高い軌跡
で速く飛散する。風上側の初期位置 Aと Bでは,低風
速ではゆっくりと浮き上がって着地し,高風速では斜
め上後方に回転しながら類似した飛散軌跡を描いて飛
散する。後縁側の初期位置 Cと Dでは,低風速では浮
固定力
平均値
近似線
固定力
平均値
近似線
図 3 初期位置 A の風速と固定力
風速
[m/s
]
0 1.0 0.8 0.6 0.2
8.0
4.0
10.0
6.0
2.0
0.4
12.0
1.2 1.4 0.0
14.0
固定力[N]
図 5 初期位置 C の風速と固定力
風速
[m/s
]
0 1.0 0.8 0.6 0.2
8.0
4.0
10.0
6.0
2.0
0.4
12.0
1.2 1.4 0.0
14.0
固定力[N]
固定力
平均値
近似線
図 4 初期位置 B の風速と固定力
風速
[m/s
]
0 1.0 0.8 0.6 0.2
8.0
4.0
10.0
6.0
2.0
0.4
12.0
1.2 1.4 0.0
14.0
固定力[N]
固定力
平均値
近似線
図 6 初期位置 D の風速と固定力
風速
[m/s
]
0 1.0 0.8 0.6 0.2
8.0
4.0
10.0
6.0
2.0
0.4
12.0
1.2 1.4 0.0
14.0
固定力[N]
4m/s6m/s8m/s10m/s12m/s
図 7 初期位置と飛散時の固定力
固定力
[N]
C B A
0.8
0.4
1.0
0.6
0.2
1.2
D 0.0
初期位置
4m/s6m/s8m/s10m/s12m/s
図 8 初期位置に作用する風圧力
風圧力
[N]
C B A
0.8
0.4
1.0
0.6
0.2
1.2
D 0.0
初期位置
18-3
き上がりそのまま着地するが,高風速ではある程度浮
き上がった後に回転の向きを変え斜め下後方に勢いよ
く飛散するパターンが多く見られた。
4.切妻屋根模型屋根面に設置した平板の飛散実験
切妻屋根初期位置Aから Fに平板を設置した場合の
飛散開始風速と試行回数 5回分の固定力およびその平
均値を図 10から図 15に示す。初期位置 A,C,E及び
F では高い固定力で固定された平板の飛散にはより高
い風速が必要だが,初期位置 B(風上側中央)や D(風
下側棟部)では低い風速でも高い固定力で固定された
平板が飛散する場合がある。
初期位置の影響を検討するために,5 回の試行での
飛散開始時の固定力の平均値と初期位置との関係を風
速毎にまとめたものを図 16に示す。図 16より,どの
風速においても初期位置 C(風上側棟部)が最も低い固
定力で飛散している。また,低い風速では初期位置
D(風下側棟部)が高い固定力で飛散しているのに対
して,高風速では,初期位置 E(風下側中央)や F(風
下側軒先)がより高い固定力で飛散している。また,
初期位置 B(風上側中央)はどの風速でも高い固定力
の時点で飛散している。
図 17 に各風速における初期位置での風圧力のピ
ーク値を示す。図 17と図 16にまとめた飛散時固定
力を比較すると,風速に因らず初期位置 Dに最も大
きい風圧力が作用し,次いで E,F,C,A,B の順
で作用する風圧力が小さい。飛散実験の結果と比較
すると陸屋根模型と同様に相違点が多く見られた。
ハイスピードカメラで撮影した各飛散風速におけ
る平板の飛散運動の様子を図 18に示す。なお,図中
の平板は一コマ当たり 1/60秒の時間経過を表す。図
18より,切妻屋根模型の場合も低い風速ではゆっくり
と飛散し,高風速の場合ほど平板の飛散速度が速く,
飛散軌跡もより高く遠くなる。初期位置による飛散軌
跡を比較すると,初期位置 Aでは,平板の飛散速度は
異なるが風速によらずほぼ同じ飛散軌跡を辿る。初期
位置Bで,低風速ではゆっくりと回転しながら着地し,
高風速では風速に因らず類似した飛散軌跡を描く。初
期位置 Cでは,高風速において陸屋根模型後方に設置
した場合に見られたのと同様に途中で回転の向きを変
え低い軌跡で飛散するパターンが見られた。模型の後
方の初期位置 Dでは,どの風速においても浮き上がっ
た後あまり回転せずに飛散した。初期位置 Eでは,高
風速でも屋根面に水平にある程度水平に浮き上がって
から回転を開始して飛散する。初期位置 Fでは,低風
速ではほぼ後方に落下するように飛散するが,高風速
では撮影範囲以上に高く飛散した。
固定力
平均値
近似線
図 10 初期位置 A の風速と固定力
風速
[m/s
]
0 1.0 0.8 0.6 0.2
8.0
4.0
10.0
6.0
2.0
0.4
12.0
1.2 1.4 0.0
14.0
固定力[N]
固定力
平均値
近似線
図 13 初期位置 D の風速と固定力
風速
[m/s
]
0 1.0 0.8 0.6 0.2
8.0
4.0
10.0
6.0
2.0
0.4
12.0
1.2 1.4 0.0
14.0
固定力[N]
固定力
平均値
近似線
図 11 初期位置 B の風速と固定力
風速
[m/s
]
0 1.0 0.8 0.6 0.2
8.0
4.0
10.0
6.0
2.0
0.4
12.0
1.2 1.4 0.0
14.0
固定力[N]
固定力
平均値
近似線
図 14 初期位置 E の風速と固定力
風速
[m/s
]
0 1.0 0.8 0.6 0.2
8.0
4.0
10.0
6.0
2.0
0.4
12.0
1.2 1.4 0.0
14.0
固定力[N]
14.0
固定力
平均値
近似線
図 12 初期位置 C の風速と固定力
風速
[m/s
]
0 1.0 0.8 0.6 0.2
8.0
4.0
10.0
6.0
2.0
0.4
12.0
1.2 1.4 0.0
固定力[N]
固定力
平均値
近似線
図 15 初期位置 F の風速と固定力
風速
[m/s
]
0 1.0 0.8 0.6 0.2
8.0
4.0
10.0
6.0
2.0
0.4
12.0
1.2 1.4 0.0
14.0
固定力[N]
図 16 初期位置と飛散時の固定力
固定力
[N]
D C A
0.8
0.4
1.0
0.6
0.2
1.2
E 0.0
初期位置
図 17 初期位置に作用する風圧力
風圧力
[N]
0.8
0.4
1.0
0.6
0.2
1.2
0.0
初期位置
4m/s 6m/s
8m/s 10m/s
12m/s
B F
4m/s 6m/s
8m/s 10m/s
12m/s
D C A E B F
18-4
(a) 風速 4m/s の場合
4
(b) 風速 6m/s の場合
(c) 風速 8m/s の場合
(d) 風速 10m/s の場合
(e) 風速 12m/s の場合
図 18 切妻屋根上の平板状物体の飛散軌跡
4
4
4
wind
wind
wind
wind
wind
5.まとめ
本論文では,外装材を模擬した平板を陸屋根模型お
よび切妻屋根模型の屋根面にエアパッド吸着装置によ
って設置し,平板を固定する力および平板の初期位置
が平板の初期飛散状況に与える影響を検討した。今回
の陸屋根模型(幅 1450,奥行 800,軒高さ 1750mm)
および切妻屋根模型(幅 1450,奥行 800,軒高さ 1750mm,
棟高さ 3750mm,屋根勾配 1/2)の仕様で得られた所見
を以下にまとめる。
(1) 陸屋根では,平板の初期位置にかかわらず,高い固
定力をもつ平板の飛散にはより高い風速が必要である。
切妻屋根も概ね同じ傾向があるが,初期位置 Bおよび
D では低い風速において高い固定力で固定された平板
が飛散する場合があった。
(2) 陸屋根,切妻屋根ともに低い風速では平板はゆっく
りと飛散し,高風速の場合ほど平板の飛散速度が速く,
飛散軌跡もより高く遠くまで飛散する傾向がある。
(3) 陸屋根風上側では,風速に因らず斜め上後方に回転
しながらほぼ同じ軌跡を描いて飛散する。後縁側では
高風速の場合,ある程度浮き上がった後に回転の向き
を変え斜め下後方に勢いよく飛散するパターンが多く
見られた。
(4) 切妻屋根模型でも初期位置 Aと Bでは斜め上後方
に回転しながら飛散し,風上側棟部の初期位置 Cでは,
高風速の場合,飛散途中で回転の向きを変え低い軌跡
で飛散するパターンが見られた。模型の後方の初期位
置 Dでは,風速に因らず平板は浮き上がった後あまり
回転せずに飛散した。初期位置 E,Fでは,高風速でも
屋根面に水平にある程度水平に浮き上がってから回転
を開始して飛散する。
(5) 模型表面に作用する風圧力は,陸屋根模型,切妻屋
根模型ともに飛散実験における飛散時の固定力と一致
しなかった。
参考文献
1) 立川正夫,福山雅弘:台風時の飛散物の軌跡と速度に関する
研究,その 1 平板の空力特性と運動方程式,日本建築学会論
文報告集,第 302号,pp.1-11,1980.
2) 立川正夫,福山雅弘:台風時の飛散物の軌跡と速度に関する
研究,その 2 一様流中での平板の 2次元飛散運動,日本建築
学会論文報告集,第 314号,pp.17-25,1982.
3) 立川正夫,原英基:台風時の飛散物の軌跡と速度に関する研
究,その 3 各種飛散物の空力特性,日本建築学会論文報告集,
第 319号,pp.23-31,1982.
4) Ning Lin, Chris Letchford, John Holmes: Investigation of
plate-type windborne debris ― Part I. Experiments in wind tunnel
and full scale, Journal of Wind Engineering and Industrial
Aerodynamics,94,pp.51-76,2006.1
5) J. D. Holmes, C. W. Letchford, Ning Lin: Investigations of
plate-type windborne debris – Part Ⅱ : Computed trajectories,
Journal of Wind Engineering and Industrial Aerodynamics, Vol.94,
pp.21-39, 2006.
6) 松井正宏,田村幸雄:電磁解放センサを用いた建築物から飛
散物が発生する状況の再現実験,風工学シンポジウム,第 21
回,pp.119-124,2010.12
7) 近藤潤一,前田潤滋,鶴則生:平板状物体の初期飛散状況に
関する実験的研究―エアパッド吸着を利用した固定装置の開
発―,日本建築学会 2011年度大会学術講演梗概集,pp. 51-52,2011.3