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F rontier N ewsletter No.23

IPCC第4次評価報告書への 貢献に向けて

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Page 1: IPCC第4次評価報告書への 貢献に向けて

Frontier NewsletterNo.23

インタビュー地球フロンティア研究システム 地球温暖化予測研究領域長

時岡達志(ときおか たつし)

[台風]地球温暖化で、熱帯低気圧の発生数や降水量はどう変わる……?

[雲]温暖化予測における不確定要素の解明と、気候モデルの改良に向けて

[海の生態系と、二酸化炭素]海の物質循環を駆動する、海洋の生態系を解明する

[古気候]昔の気候から、将来の地球を予測する手法

領域ニュース ワークショップ報告

IPCC第4次評価報告書への貢献に向けて

特集

研究対象その1

その2

その3

その4

Page 2: IPCC第4次評価報告書への 貢献に向けて

2 Frontier Newsletter / No.23

IPCC第4次評価報告書への貢献に向けて

特集

地球フロンティア研究システム 地球温暖化予測研究領域の取り組み今年10月に発足6周年を迎える地球フロンティア研究システムは、地球温暖化などのさまざまな

地球変動メカニズムの解明と予測の実現を目標に掲げて、研究活動を展開してきました。

今回の特集では、今年4月に地球温暖化予測研究領域長に就任した時岡達志へのインタビューなどに

よって、同研究領域が気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第4次評価報告書への貢献に向けて

取り組んでいる研究内容と課題、モデル開発における今後の戦略などを紹介します。

地球フロンティア研究システム 地球温暖化予測研究領域長

時岡達志(ときおか・たつし)

インタビュー

時岡領域長はこの4月から、真鍋前領域長に次ぐ専任の領域長

として、19名の研究者チームを率いています。現在の取り組み

を教えてください。

時岡:“2100年までに地球の気温が1.4℃~5.8℃上昇する(※)”と

いう予測数値の幅を縮める、つまり温暖化予測の不確かさを減らすこと

が現在の課題だと考えています。そのためにまず、現在使用している気

候モデルの優れた点と、その反対に不確実性を作り出している要因を解

明し、地球温暖化予測研究領域チームとして、モデルの客観的な評価・分

析に着手しています。氷河期など過去の特徴的な気候状態を、現行のモ

デルを用いてシミュレーションし、モデルをテストしているのも、こうした

取り組みの一環です。加えて、大気中の二酸化炭素濃度に大きな影響を

与える海洋の物質循環モデルも開発しています。単に物理的、および化

学的なモデルだけでなく、人為起源の二酸化炭素が海洋に吸収される

量や、海の生態系をも含む循環を考慮したものです。同時に、海洋科学

技術センター横浜研究所の施設内で昨年3月より運用が開始されてい

る「地球シミュレータ」を活用し、モデルの解像度を上げていきます。

真鍋前領域長が作ってこられた「温暖化」「古気候」「炭素循環」とい

う3つの研究課題に沿った組織体制を継承しつつ、各分野に秀でた

研究員が個々の能力をさらに活かして、優れた成果を出せる研究環

境づくりにも力を入れたいと考えています。

気象予報や気候変動研究の世界に入ることになった、そもそも

のきっかけは?

時岡:中学生のとき、理科の授業で天気に関心を持ちまして、毎日4

時からラジオで放送される気象通報を聴いて、天気図を描いていたん

ですよ。同じ気圧のところを線で結んで、“低気圧はここ、前線はこん

なところにある”という感じでね。描いたものを並べて見ると、低気圧

が動いている様子がわかるんですよ。そのとき疑問に思ったのが、「低

気圧はなぜ西から東へと移動するのだろう?」ということ。ちょうど地

球の自転についても理科で習った頃でしたから、低気圧は地表の動き

とは逆に、東から西へ動くはずではないか・・・と考えたのです。このと

きの疑問は、実は大気大循環を理解するうえで重要なカギであること

が、のちに大学に入学してからわかったのです。おそらく中学時代の

興味や疑問が頭の中に深く刻まれて、その後に自分が進むことになる

「地球」という分野を志向することになったのでしょう。

領域長は、気象庁で気候研究に取り組んでいましたが、どのよ

うな経緯があって’90年のIPCC第1次報告書に関与すること

になったのでしょう?

時岡:地球上の大気の状態は、大陸や氷床、そして海洋が相互に作

用しあうことで決まるのですが、’70年代までは大気だけを取り扱う

研究が中心でした。気象庁の気象研究所では’80年代後半から、これ

ら複数のシステムを取り入れたモデルの開発に取り組むことになりま

した。同じ頃、大気中の二酸化炭素濃度の上昇と地球温暖化の問題

について、科学者の立場から、各国の政策決定がなされる場に何らか

のメッセージを送るべきではないかという機運が、世界気象機関(WMO)

と国連環境計画(UNEP)などに参加する科学者たちの間で盛り上

がり、その後、’88年に、IPCCが設立されます。私たちは、このため急

遽大気大循環モデルと海洋混合層モデルとを結合したモデルを用い

て、二酸化炭素が2倍になったときに実現されるであろう平衡状態の

Page 3: IPCC第4次評価報告書への 貢献に向けて

3Frontier Newsletter / No.23

Special Topic気候予測を行ないました。同様の実験は既に20年前に、真鍋前領域

長が進めていました。ですから私は、二酸化炭素が2倍になったとき

に降雨の状態はどう変わるのかという点に着目し、予測・研究を開始

しました。降雨による水循環の変化は、生態系全般と、人間社会にお

ける防災上の観点からも重要だと考えたからです。温暖化に伴う降

雨強度の変化について予測データを調査していた私たちの研究は

IPCCに評価され、これまでさまざまな気候モデル作りにかかわって

きたということもあって、’90年の第1次報告書においてLead

Author(代表執筆者)の一人に指名されることになりました。

気象研究所の気候研究部においては、新たに海洋大循環モデルと結

合させたモデルを用いて、二酸化炭素濃度の上昇によって徐々に移

り変わっていく気候の状態の研究に着手しまして、論文として発表し

たその結果を、’96年のIPCC第2次報告書に提供しました。

温暖化の予測研究や気候変動のメカニズム研究を進めていく

うえで、とくに重視していることは?

時岡:精度の高い温暖化予測データの提供によって政策決定に寄

与することはもちろんですが、台風の発生数と強度の変化、集中豪雨

発生の増減、梅雨の時期と活動度、そして冬の季節風と降雪など、我々

の生活とも深い関わりをもつさまざまな現象が、100年後にはどの

ように変動しているのかということを予測するための研究と実験にも、

現在取り組んでいます。いずれの変動も、まだ十分な解明がされてお

らず、しかも私たちの生命と自然の生態系を守っていくうえで非常に

重要だと考えるからです。研究によって導き出された各種のデータ

を解析し、その意味をまず我々が正確にとらえることが、特に重要だ

と考えています。

そして今度は地球温暖化予測研究領域長として、IPCC第4次

評価報告書を意識したどのような取り組みを進めているのでしょ

うか。

時岡:まず、大気組成が変化するシナリオに従って、その結果どのよ

うな気候変化が起きるかを、100~200年のタイムレンジで高精度

に予測する、言い換えれば次期IPCC報告書に寄与できる結果を出

せる気候システムのモデルを、今年度中に確定します。第4次報告書

は2007年の採択が予定されています。期間は限られていますが、

温暖化によって熱帯性低気圧の振舞や雲の光学特性がどのように変

化するのかをテーマに取り組んでいる研究、海洋における炭素循環

過程と生物活動との関連やバランスに関する研究、過去に起こった

大きな気候変動の物理的・化学的メカニズムの解明など、地球温暖

化予測研究領域で行っている各々の研究活動で得られた成果を論

文として発表し、評価を得られるよう努めていきます。地球フロンティ

ア内の他の領域はもちろん、東京大学気候システム研究センター、国

立環境研究所や気象研究所などのさまざまな研究グループとも連携

を密にして進めていきます。

どうもありがとうございました。

※IPCCが2001年、第3次評価報告書で発表した予測数値

時岡達志(ときおか・たつし)

’71年に気象庁に入庁し、気象予報や気候変動

研究に、研究者として従事する。’74年から2年間、

大気大循環モデルを開発した先駆者の一人であ

る荒川博士が在籍するアメリカのカリフォルニア

大学ロサンゼルス校(UCLA)で研究に従事。

’94年に気候変動対策室長、2001年に仙台管

区気象台長を歴任後、今年4月1日まで、気象大

学校校長。専門分野は気候モデルと大気大循環。

これまでさまざまな気候予測研究とモデル開発

等に取り組んでおり、IPCCの活動には設立直後の’

88年から関与している。

より精密な気候モデル開発と、地球変動予測データ、

そしてデータの解析によって、地球環境への適切な対応に

つながる重要な政策決定に寄与していきたいと考えます

●IPCC第4次評価報告書は、2007年に採択が予定されており、既に

2001年に発表されている第3次評価報告書とともに、2005年以降

本格化するとされる第2約束期間(2013-17年の温室効果ガス排出

削減目標)以降の国際的枠組み交渉における重要な基礎ともなるもの

です。

●IPCCは、温室効果ガスによる気候変動の見通し、自然、社会経済へ

の影響評価及び対策に関して、各国の研究機関から論文として発表さ

れた内容を評価し、IPCCとしてのとりまとめが行なわれます。

●第4次評価報告書の骨子

作業部会において、「気候モデル(気候値や季節変化の再現)」「古気候」

「気候変動・変化の原因」「気候モデルによる予測」などの案が出てき

ています。これらの骨子は継続検討がなされており、2003年11月の

IPCC第21回総会でその骨子と作成作業計画が承認される予定です。

●第4次評価報告書の作成に関する今後の主な予定

2003年11月3~7日:IPCC第21回総会(骨子案・作業計画の審議、承認)

    11月:事務局より、各国・機関に対し、執筆者・査読者を募集

2004年4月:IPCCおよび作業部会ビューローが執筆者・査読者を選択

    6月以降:第1回代表執筆者(CLA/LA)会合の開催

地球フロンティア研究システムとしては、これらのプロセスに積極的な

貢献を行うため、限られたスケジュールの中で論文として発表できる気

候予測研究を、すべての領域において進めております。また、文部科学

省において昨年度から、地球温暖化予測・水循環変動予測に関するモ

デルの開発を目的とする「人・自然・地球共生プロジェクト」が開始され

ており、地球フロンティア研究システムはこのプロジェクトにも参加し、

IPCC第4次評価報告書に寄与するため、地球全体の変化、すなわち気

候・大気、海洋の組成、陸・海の生態系が相互に影響を与えつつ変化し

ていく様子をシミュレートできる統合モデルの開発、およびそれを用い

て炭素循環のフィードバックを含んだ精度の高い地球温暖化予測に取

り組んでいます。

IPCC第4次評価報告書の特徴と、地球フロンティア研究システムのかかわり方

COLUMN

Page 4: IPCC第4次評価報告書への 貢献に向けて

4 Frontier Newsletter / No.23

IPCC第4次評価報告書への貢献に向けて特集

発生数は減り、降水量は増す

私たちの研究グループは、地球の表面を100km程度の格子間隔で区

切った全球(大気)気候モデルを用いて、地球温暖化による熱帯低気

圧へのさまざまな影響を調べています。これまで、2種類の積雲対流

スキームを使った実験、海面水温の分布が異なる複数パターンでの実

験など、客観性の高い予測結果を導き出すために、さまざまな実験を

行なってきました。そして、いずれの実験においても、「地球が温暖化

すると、熱帯低気圧の発生数が2割程度減少する」という結果が得ら

れています。

熱帯低気圧中心付近の降水量が、地球温暖化によってどのように変化

するのかについても、見積もりました。温暖化によって、大気の安定度

が現在よりも増加する※1ことになるので、より多くの潜熱※2を放出し

ないと、熱帯低気圧は中心付近で十分な上昇流を得ることができなく

なります。したがって、たとえ同じ強度(風速)の低気圧であっても、降

水量は現在よりも10~30%程度増加するという結果を、

’99年に発表しました。このことから、温暖化時には熱帯低気圧を発生

させるための熱エネルギーがより大量に必要になり、一方、それに見

合うほど積雲対流活動による潜熱放出は活発化しないため、熱帯低気

圧の発生数が減少するものと考えられます。

熱帯低気圧の発生数に影響を与える大きな要因は、「海面水温」よりも「二酸化炭素(CO2)」

続いて2001年には、人間の活動によってCO2濃度が急激に上昇した

ような状況を想定して、海面水温とCO2濃度の影響を別々に変えて行

なった実験の結果を発表しました[グラフ参照]。海面水温を上げても、

熱帯低気圧の発生数にはそれほど大きな違いは見られず、一方、大気

中のCO2濃度を高くすると発生数が顕著に減少する効果がありました。

私たちは、海面水温が熱帯海上の気候に最も影響を与える大きな要因

の一つだと考えていましたので、これは意外な結果でした。その理由

を解明するため、熱帯地方全域のすべての時間における降水量の平

均値をCO2濃度別に調べてみたところ、CO2を2倍、4倍と増やしてい

くほど降水量が減少する、つまり熱帯低気圧に供給される潜熱のエネ

ルギー総量が減り、結果として発生数が減少するのだということが分かっ

てきました。

発生数の変化について、IPCC報告書の“欄外”扱いからの脱却を目指して

私たちが熱帯低気圧の変化について理解を深めることは、将来、自然災

害の危険が増す可能性を認識し、防災上の対策を講じる上でも重要です。

2001年のIPCC第3次報告書においては、地球上のいくつかの地域で、

熱帯低気圧の「風速の最大値の増加」「降水量の平均値と最大値の増加」

の可能性が高いことが記されています。一方、私たちの重要な研究テー

マの一つである熱帯低気圧の発生数については、報告書の本文中では

私たちの研究結果も引用されているものの、結果をまとめた表では“欄

外”扱いとなっており、「発生位置、発生頻度については、変化は不確実

である」と明記されているだけで、結論のようなものは記されていませ

ん。次回の第4次報告書においてはこの点について、私たちの予測研究

の成果が反映されるよう、さらに高分解能のモデルを使い、実験の設定

や、実験結果の解析方法の工夫を図っていきたいと考えています。

熱帯の海洋上で発生し、発達しながら激しい風と雨をもたらすのが、「台風」や「ハリケーン」と呼ばれる熱帯低気圧。[地球温暖化予測研究領域 温暖化研究グループ]が取り組んでいる重要な研究対象の一つは、この熱帯低気圧です。地球温暖化によって、熱帯低気圧の発生数や降水量はどのように変化するのでしょうか?吉村研究員が、最近の研究結果についてご紹介します。

研究対象その1

地球温暖化で、熱帯低気圧の発生数や降水量はどう変わる……?

※1 地表に近い部分が暖かい空気(=軽い空気)だと、大気は不安定になります。その逆に、上空の空気が暖かいと、大気は安定するのです。地球が温暖化すると、地表付近と比べて、上空500ヘクトパスカル付近の空気の温度が地表に近い部分より1℃以上余計に高くなるという実験結果を得ています。

※2 水蒸気が凝結する=「雲粒」になるときに、放出される熱エネルギー

地球温暖化予測研究領域 研究員

吉村 純(よしむら・じゅん)

台風■海面水温とCO2濃度をそれぞれ独立に変えた状態で、熱帯低気圧

 の発生数をシミュレーションした結果(年平均、全球。タテ軸は発生数)

120

110

100

90

80

70

60

50

40

30

20

10

0

寒冷化実験 基準実験

温暖化実験

1×CO2 1×CO2 1×CO2 2×CO2 4×CO2

Page 5: IPCC第4次評価報告書への 貢献に向けて

5Frontier Newsletter / No.23

Special Topic

「雲のフィードバック効果」とは

地球というものを宇宙空間から眺めたとき、雲は地球の温度のバランスを保

つ上で、いくつかの重要な役割を果たしています。まず、雲は日射を反射し、

地球を冷やしています。一方、地球は吸収した日射の熱エネルギーを射出し

ようとします。雲がそれをいったん吸収し、自身の温度に応じた熱を外部に

放射します。宇宙空間には、最初にもらったエネルギーよりも少ない熱エネ

ルギーが出されるわけで、結果として地球を暖めています。地球の温暖化が

進むと、雲のこのような光学特性が変化して、地表面温度の変化にさらなる

影響を及ぼす可能性※1があります。これが「雲のフィードバック効果」です。

1年間の地球の平均気温の変化を、一種の「温暖化」に見立てた研究

地球の温暖化に伴って、雲がどのようなフィードバックをしているのかとい

うことは、まだほとんど解明されておらず、気候モデルにも十分に再現され

ていません。このことが、各国の研究機関が発表している昇温の予測値に

4℃程度のばらつきがみられる大きな要因となっています。

この不確定性を減らすために、現在の地球における1年間の温度変化に着

目しました。1月から7月で、全球平均の地表面温度は3.3°Cも上昇していま

す。この上昇を、一種の「温暖化」と仮定して、実際の観測数値から、雲がど

のようなフィードバックをしているのかを探り、気候モデルと比較すれば、モ

デルとの相違点を検証することができると考えたのです。人工衛星から得

られた単位時間当たりの雲の放射量データを全球分まるごと平均し、その

解析を行なって、年変動における雲の放射フィードバックを見積もりました。

これを気候モデルと比較すると、観測値とは異なる傾向が得られました。

雲のフィードバックを領域解析し、気候モデルの改良の糸口が見つかる

観測データと気候モデルで、日射の反射に対する雲のフィードバックはなぜ

強まる方向に働いているのでしょうか。このことを調べるために、全球の雲

水量※2の分布を解析しました。雲水量に着目したのは、雲の日射の反射は

この量に大きく影響されるからです。気候モデルにおける1月と7月の雲水

量の分布を解析したところ気温が0℃~-15℃の範囲において、雲水量の

溜まりが見られ、この高度での雲水量の変化が雲のフィードバックに対する

影響が大きいことが分かりました。この「雲水の溜まり」の理由として、現在

の気候モデルではマイナス0℃以上はすべて「水」、マイナス15℃以下はすべ

て「氷」というように、気温に応じて配分されています。さらに雲のその層か

ら除かれる効率は通常は水雲よりも氷雲の方が大きいと言われており、モデ

ルではそう設定されています。その場合、上層から落下してきた氷雲が下層

で溶け、溜まるのです。しかし実際は、同じ気温の高度にある水雲でも、もと

もと水であるものに比べて上層から落下してきた氷雲が下層で水雲になっ

たものは粒が大きく、より速く落下するはずです。この点について雲の相の

取り扱いをより「物理的」にすればモデルのバイアスを解消できる可能性が

出てきました。モデルの放射フィードバックを評価する方法を提示したこと

と、その方法で発見されたモデルのバイアス解消についての示唆を示した

ことが、この研究の意義であると考えています。今後も、IPCC第4次報告書

のスケジュールを意識しながら研究を進め、温暖化問題解決の一翼を担っ

ていきたいと考えています。

2001年に発表されたIPCC第3次報告書では、地球の温暖化による2100年の地表面気温の上昇予測値が各国の研究機関ごとに違い、1.4℃から5.8℃までのばらつきがあります。その大きな要因のひとつは、「雲のフィードバック効果」がまだはっきりと解明されていないからだと言われています。對馬研究員は、1年間の全球地表面温度の変化と、人工衛星による雲の観測データを解析することで、雲のフィードバック効果を解明する糸口をつかみ、気候モデルが有する問題と、改善の必要性を提示しました。

研究対象その2

温暖化予測における不確定要素の解明と、気候モデルの改良に向けて

※1 近い将来、地球の基本的な気候条件に変化がなく、CO2だけが現在の2倍になると仮定すると、地球表面の平均気温は約2℃上昇すると言われています。しかし、この気温上昇によって雲の分布や光学特性が変わり、水蒸気量は増加して、地表面の平均気温はさらに大きく上昇すると考えられています。

※2 雲水量とは、雲を構成する粒子状の水の空間重量/濃度のことです。1立方メートルの空気中に含まれる水の重量(g)として表します。

地球温暖化予測研究領域 研究員

對馬 洋子(つしま・ようこ)

■ERBE・・・観測値CCSR/NIES、MPI、UKMO・・・気候モデルを用い温暖化予測をしている世界の代表的な3つの研究機関

■fc (緑色)・・・「日射の反射」と「熱放射の吸収」の両方の効果に対する雲のフィードバックを合わせたもの / fcs (水色)・・・「日射の反射」/ fcl (赤)・・・「熱放射」

■タテ軸は、地球を暖める方向(+)、および冷やす方向(-)を表している。

●雲が持つ役割の一つである「日射の反射」については・・・観測値では、気温の上昇に伴うその効果の変化は非常に小さいですが、その効果が小さくなる(地球を暖める)方向に働いています。3種類のモデルでは、いずれも、その逆(より地球を冷やす方向)の値が出ています。

●もう一つの役割である「熱放射の吸収」については・・・観測値では、地球を暖める効果の変化は非常に小さいですが、その効果が弱まる(地球を冷やす)方向に働いていることを示しています。3種類のモデルでは、いずれも、その逆(より地球を暖める方向)の値が出ています。

■年変動における雲の放射フィードバック0.3

0.2

0.1

0

-0.1

-0.2

-0.3

CCSR/NIES

MPI

UKMO

fc

fcs

fcL

ERBE

Page 6: IPCC第4次評価報告書への 貢献に向けて

IPCC第4次評価報告書への貢献に向けて特集

海洋生態系をより詳細に表現した新モデルによる予測研究

私たちの研究グループでは、地球の温暖化によってプランクトンなどの海

の生態系とCO2の循環がどのように変化し、結果として海のCO2吸収の

しかたがどう変わるのかを予測する研究を行っています。これまでは、プ

ランクトンの活動過程を簡略化して組み込んだ海洋物質循環モデルを用

いていました。しかし、現在開発を進めている新しい海洋物質循環モデル

は、プランクトンの種を区別したことで、海洋生態系や沈降粒子をより詳

細に表現したものになります。その理由の一つは、海の表層部が暖められ

ることで、栄養塩が少なく暖かい海を好む「円石藻」というプランクトンが

増殖することで海中のCO2濃度がさらに上昇し※4、その結果、海が大気中

のCO2を吸収できる量が減少する可能性があるからです。

海洋炭素循環モデルの、国際的な研究計画組織への参加

2001年のIPCC第3次報告書では、世界各国の10の研究グループの見

積もり値を使って、「2ギガトン±0.6」という海のCO2吸収量が発表され

ました。この10の研究グループの一つが私たちのグループで、メンバー

の一人は、大気・海洋分野では数少ない第3次報告書のContributing

Author(寄稿執筆者)です。

また、炭素循環を研究している各国のグループが連携し、「OCMIP※5」と

いう国際的な研究計画組織を立ち上げています。この組織の中で使用す

るモデルと計算方法、解析結果の表現などを決定するタスクチームに、私

たちが参加しています。

IPCC第4次報告書では、前述しました[海洋生態系や沈降粒子をより詳

細に表現した、新しい海洋物質循環モデル]を使った人為起源CO2吸収

量の予測値が発表されることになります。

モデルが明らかにする、プランクトンが駆動する炭素循環

私たちのグループが現在取り組んでいる新しい研究の一つに、400~

1500mの海洋深層部で誕生し、成長の段階で表層付近への移住を行う「カ

イアシ」という動物プランクトンに着目した実験があります。春から夏にかけ

て海の表層付近で、植物プランクトンを摂取しながら成虫になった彼らは、産

卵期を迎える秋には再び海洋深層部に戻っていきます。マリンスノーの約

10%が、カイアシの季節移住によって行われることが、生態系モデルを使っ

た数値計算によって解明することができました。今後は、地球温暖化による

魚介類の生態や個体数の変化についても、研究していきたいと考えています。

人類が排出する1年間の二酸化炭素(CO2)量は、約7.3ギガトン※1といわれています。このうち、海は約2ギガトンもの量を吸収しています。[地球温暖化予測研究領域 炭素循環研究グループ]では、プランクトンを含む海の生態系を表現した物質循環※2モデルを開発し、海が吸収しているCO2量の、より正確な見積もりに取り組んでいます。海洋の生態系と炭素循環過程を解明する重要性※3と、今後の計画についてご紹介します。

研究対象その3

海の物質循環を駆動する、海洋の生態系を解明する

※1 1ギガトン=10億トン

※2 植物プランクトンにより生産された有機物の一部は生物体を構成し、一部は海中に

溶存する有機物となり、一部は粒子態のまま海洋深層へと沈降していき、最終的に

は分解されて無機物となり、やがて再び植物プランクトンに利用される。こうしたい

くつもの過程の集積を「物質循環」と呼ぶ。

※3 解説 海洋の生態系と炭素循環過程を解明することが、      地球変動予測の研究においてなぜ重要なのか

大気中に存在するCO2のおよそ50倍もの量を、海が内包していると考えられてい

る。植物プランクトンをはじめとする海の生態系が、このことに深く寄与している。

植物プランクトンは海中の栄養塩(植物プランクトンの栄養になる窒素やリン酸、シ

リカなどのこと)を取り込み、太陽光を使って光合成を行い、有機物を生産している。

この光合成の過程において、海中のCO2がプランクトンに吸収される。そのため、

海中のCO2濃度が低くなり、大気から海へとCO2が溶解しやすくなる。植物プラン

クトンはやがて死骸となって、あるいは動物プランクトンに捕食されたあとの糞とし

て、海底に沈んでいく(マリンスノーと呼ばれる)。この過程でCO2も同時に海底へ

と運ばれていき、海の表層部と深層部にCO2濃度の差が生まれる。もし、このよう

なプランクトンの活動がなく、海中のCO2濃度が均質化している状態なら、大気中

のCO2量は現在の2倍になっていると試算される。

※4 円石藻は、炭酸カルシウムから成る特徴的な円盤状のプレートによって、細胞が

覆われている。円石藻が炭酸カルシウムを生成する段階で、一緒にCO2をつくり

出し、海水のCO2分圧を高めてしまうのである。

※5 海洋炭素循環モデル相互比較プロジェクト

地球温暖化予測研究領域 炭素循環研究グループリーダー

山中 康裕(やまなか・やすひろ)

海の

生態系と二酸化炭素

■海洋における、 炭素循環のイメージ図

■大気海洋間の CO2分圧差 (単位はppm)

赤道付近のプラスの値が、海 洋 の C O 2濃 度が高く、CO2が大気に放出されていて、高緯度のマイナスの値が海洋がCO2を吸っていることになります。

Page 7: IPCC第4次評価報告書への 貢献に向けて

はるか昔の気候が、なぜわかるのか・・・?

はるか昔の気候変動を推察・検証するには、当時の地球の様子を知るための

指標となるものが必要です。例えば、氷河や氷床※1に保存されている昔の泡

状の空気や氷、花粉などは重要な指標となります。気泡の大気成分の分析の

結果、大気中の二酸化炭素(CO2)量は、2万年前の氷河期には現在の半分ほ

どであったこと、産業革命以降急激に増加していることなどがわかったのです。

ほかにも、掘削された海底の堆積物から、かつてその海域に棲んでいたプラ

ンクトンの種類や堆積物を化学分析することで、当時の気候や海流の状態を

つかむことができます。2006年より慣熟航海を予定している海洋科学技術

センターの地球深部探査船「ちきゅう」※2も、過去の気候環境変動データの

充実に大きな役割を果たすことが期待されています。

地球システムモデルで、過去、現在、未来をみる

では、過去の気候変動の証拠は、どのように将来の地球温暖化予測に生かさ

れるのでしょうか。一つは、地球の自然の(人の手が入らない)気候変動の性

質をよく理解する助けになることです。例えば、過去50万年のデータをみる

と、気温、海水温、氷床体積(海水準)、大気中CO2量などが大きな幅で同調す

るように変動していて、今のような温暖期と氷河期が交互に訪れたのがわか

ります(右図)。この氷河期サイクルのメカニズムを探るため私たちのグルー

プでは詳細にウェーブレット解析をして前後関係を発表しました。しかし、こ

れだけでは、何が気候変動の直接的原因で、どのような増幅効果などのメカ

ニズムが働いていたのか、はっきりしません。そこで、大気、海洋、氷床、炭素

循環などを要素とする過去でも現在でも通用する地球システムモデルを構

築してさまざまな想定で数値実験を行なうことを精力的にすすめています。

地球システムモデル構築は、昨年度文部科学省が採択した「人、自然、地球共

生プロジェクト」の地球フロンティア研究システムの課題の一貫でもあり、地

球温暖化予測でもやはり必要となります。私たちのグループでは、氷河時代

から今日に至る氷床の消滅と氷河期終嫣のプロセスを探る一方で、今後予想

される地球温暖化による海面水準の上昇の予測も行なっていきます。

第4次報告書では、古気候研究の重要性がいっそう鮮明に

過去のデータは地球温暖化予測に用いるモデルを直接検証する材料にも用

いられています。

私たちのグループは、今から9000年~6000年前の気候を複数の気候モ

デルを使ってシミュレーションするという国際的共同研究に参加しました。当

時のサハラ砂漠では降雨量が多くその大部分が植物に覆われていたことが、

さまざまな証拠から明らかにされていますが、大気大循環モデルだけでは、ど

のモデルも砂漠に十分な雨を降らせることはできなかったのです。このこと

は'98年に論文として発表しIPCC第3次報告書にもとりあげられました。そ

の後、海流の変化や大陸の植生分布の変化を考慮するとある程度砂漠を緑

にする雨を降らせることができることがわかってきましたので、IPCC第4次

報告書にむけて論文をまとめていく予定です。

近年、古気候研究の重要性が各国の政策決定者にも理解され、加えて、その

研究手法も発達してきたことなどから、2007年の公表が予定されている

IPCC第4次報告書においては、古気候が独立した「章」として初めて扱われ

ることも検討されています。温暖化の問題が現実のこととして迫りつつある

今、過去に実際に起こった気候変動メカニズムを検証することがますます重

要になると考えています。

地球温暖化がこのまま続くと、21世紀は、気象観測が始まった最近100年間どころか最近1,000年間でも経験したことのない気候変化が起こるということが、IPCC第3次報告書でまとめられています。このため、気象観測が始まった20世紀以降の変動だけでなく、予想される地球温暖化に相当する大きな変動の起こった数万年間の過去の気候について、物理的・化学的なシステムを解明することが有効と考えられます。なかでも温暖化予測に使用している気候モデル(大循環モデル)を用いて過去の気候変動の再現性を調べて、大循環モデルを検証してゆく作業に期待が高まっています。[地球温暖化予測研究領域 古気候研究グループ]のIPCC第4次報告書に向けた取り組みをご紹介します。

研究対象その4

昔の気候から、将来の地球を予測する手法

※1 大陸規模の氷河。現代の地球においては、グリーンランドと南極のみに、氷床が

存在する。

※2 水深2,500m(最終目標4,000m)の深海域で稼動し、海底下7,000mを掘り

抜く能力を備え、地球環境変動、地殻変動過程と地球内の物質循環の解明、地下

生物圏と地殻内流体の解明の研究などを目的とした科学探査船。

地球温暖化予測研究領域 古気候研究グループリーダー

阿部 彩子(あべ・あやこ)

古気候

■[古気候研究グループ]が取り組んだ、 「氷期―間氷期サイクル」のデータ解析結果の一例

深海水温、気温、CO2濃度、潮位など、過去四期の氷期終結時におけるウェーブレット変換の詳細です。紺色は、氷期終結時における各要素の最大変化のタイミングを示しています。この解析によると氷期終結時には、大気中のCO2濃度と潮位(氷床体積)の変化との間隔は7千年であることが確認できます。これに対し、10万年の信号全体に対する位相を推定するフーリエ解析による結果は1万5千年でした。また、潮位の変化は他の3要素(南極大陸の気温、南半球の海水温、CO2濃度)の変化の後に起こりますが、その速度は他の要素に比べて非常に速いことがわかります。

Page 8: IPCC第4次評価報告書への 貢献に向けて

8 Frontier Newsletter / No.23

領 域 ニ ュ ー ス

気候変動予測研究領域

5月5日から8日までアメリカ、ワシントンD.C.で行われたJGOFS Open

Science Conferenceに S. Lan Smith研究員が参加し、北太平洋の

4ヵ所の観測点における海洋化学・生態系モデルのシミュレーション結果

について発表を行いました。多くの研究者と炭素循環について議論でき

たとともに、JGOFSの歴史と科学について知ることができました。

また、5月20日から23日までスペインのヒホンで開催された3rd

International Zooplankton Production Symposiumでは山中グ

ループリーダー、岸研究員、相田研究推進スタッフが参加し、海洋生態系

モデルNEMUROを組み入れた海洋大循環モデルによる動物プランクト

ンの季節的鉛直移動における一次生産および炭素フラックスへの影響に

ついて発表を行い、動物プランクトンの海洋物質循環における役割につ

いて、有意義な情報を得ることができました。会議中、同シンポジウムを、

次回は2006年に日本で開催することが決まりました。

地球温暖化予測研究領域

馬研究員の出張報告を紹介します。

4月6日から11日まで、フランスのニースで開催されたEuropean

Geophysical Society(EGS)-American Geophysical Union(AGU)-

European Union of Geosciences(EUG) Joint Assemblyに参加し

ました。この三学会共催の国際会議は初めてですが、私自身、EGS、

AGUとEUGのどの学会に対しても、初めての参加です。多数の研究員

が参加し、初日の当日参加登録は、主催者も予想していなかったであろう、

大混雑でした。大きな会場で各セッションが同時に進行するため、毎日

会場中を走り廻っていました。幸い、各セッションがほぼスケジュール通

り進行したため、私が大変興味を持っている近年のヨーロッパの大洪水、

気候変動に伴う各地域の水資源量の変化、陸面水文モデリングの進展

など数多くの発表を聞くことができました。私自身はモンゴル半乾燥地

域における水文学的な解析結果のポスター発表を行い、多くの研究者

と有意義な議論ができ、大変嬉しく思いました。6日間と長い開催では

ありましたが、発表の内容が豊富だったため、充実した毎日を過ごすこと

ができました。この学会で得られた研究動向を、今度の自分の研究の参

考にしていきたいと思います。

水循環予測研究領域

農耕地は、亜酸化窒素(N2O)、一酸化窒素(NO)、アンモニア(NH3)、メ

タン(CH4)をはじめとする大気微量成分の重要な発生源です。東・東南・

南アジアの農業には、この問題と関連して考慮すべき特有の条件があり

ます。世界の農耕地面積の36%を占めるに過ぎないこれらの地域が、窒

素肥料消費量では世界の半分以上を占めます。また、CH4の発生源であ

る水田については、世界の面積の約90%が存在します。そこで、エミッショ

ンインベントリサブグループの顔暁元研究員は、これらの地域の農耕地か

らのN2O、NO、NH3、CH4発生量評価の精緻化を試みています。肥料の

使用状況、土壌特性、水利、気候条件などの因子と大気微量成分発生量の

関係を詳しく解析した上で、農産物収穫量や肥料使用量に関する各国の

統計資料も駆使して、国別(中国とインドについては省または州単位)に

発生量を評価しました。現在、土地利用の変化、人口増加、経済発展を考

慮に入れた将来予測を試みています。

大気組成変動予測研究領域

5月より、気候変動予測研究領域に加わった、中村元隆研究員を紹介します。

これまで18年間アメリカにおりましたが、今回はしばらくの間日本に滞在

して、科学研究に集中して取り組むことになりました。この10年間やって

きた活動に、ここでまた新たな展開を迎えたような気持ちです。8年前に

マサチューセッツ工科大学(MIT)を卒業して以来、私はGoddard

Space Flight Center、MIT、Jet Propulsion Laboratory(JPL)な

ど、米国内のいくつかの機関に勤務してきました。その間、プロのミュー

ジシャンとして2年間活動したこともあります。フライフィッシングと音楽

に熱中したこともありましたが、その一方で、私は長年にわたり大気と海洋、

そして氷を切り離すことのできない一つのシステムであるという見地から、

気候変動について研究してきました。その間、北大西洋の動態的な特性や、

海洋の小規模な擬似水平運動のパラメータ化などについての、さまざま

な課題に関する調査に参加しています。地球フロンティア研究システム

での在職期間に、多くの気候上の現象を合理的に説明する、大気、海洋、

氷に関する高分解能のシミュレーション・モデルの開発に貢献できればと

思います。また、より

有効な方法を用い

て中間緯度の気候

的な変化が中間緯

度の海面温度の偏

差に与える影響の問

題に取り組み、北大

西洋振動のメカニズ

ムを実証していきま

す。

Page 9: IPCC第4次評価報告書への 貢献に向けて

9Frontier Newsletter / No.23

Program Activity

海氷は異方性が高く、方向を持った起伏によって特徴づけられます。海氷

の変形モデルの構築は、気候に対する海氷の影響を理解するための重要

なステップになります。基本的には海氷の可塑性が、その起伏と大きなス

ケールの動き、ひいては北極海からの流出量を決めます。Jenny

Hutchings研究員は、中規模の氷の変形を測定する、GPSを装備した

安価なブイを開発しています。今年3月から4月に、Hutchings研究員は

ボーフォート海での米海軍研究ICEXキャンプに参加しました。ここで採

られたデータにより、海氷の変動を制御するメカニズムの解明が行われ、

地球フロンティアのモデル開発に補完されます。このブイは将来、海氷キャ

ンプのクルーズに使用され、小規模な氷の変動に関するデータベースの

充実に利用されることでしょう。その情報は海氷についてのレオロジー・

モデルの改良につながり、モデルの検証に使用されます。ICEXキャンプ

における興味深い発見の1つは、海水の1日2回の開閉パターンが観測さ

れたことです。海氷の形成には慣性が重要な意味を持ち、大規模な変動

範囲に影響することを示しています。この分野についてはHuchings研

究員とBill Hibler研究員が調査を継続します。

国際北極圏研究センター

共生プロジェクト第一課題の一環として、英

国 Hadley Centre のグループとの研究協

力(First UK-Japan Initiative of Climate

Model Intercomparison; FUJI)を開始しま

した。昨年の9月、今年の2月と5-6月の3回

に渡って、Hadley Centre の Dave Griggs

博士(Director)、Richard Wood博士、Malcolm Roberts博士、ならび

にReading大学のJulia Slingo教授、Lo s Steenman-Clark博士、

Jeff Cole博士、Mat Collins博士が来日しました。共生第一課題のメン

バーも、2月に英国を訪問しました。この研究協力を通じて、高分解能気

候モデルの開発に関する情報交換、両者のモデル結果の詳細な比較、地

球シミュレータの利用における協力などを行っていきます。

モデル統合化領域

4月より、生態系予測研究領域に加わった、鈴木力英研究員を紹介します。

3月までは地球フロンティア研究システムの水循環予測研究領域に所属

していましたが、この4月から生態系変動予測研究領域に移籍しました。

研究対象は、植物と気候システムの関係です。植物の分布は気候によっ

て強く支配されていることはよく知られています。しかし、その季節変化

や経年変化まで含めると、未知の部分がたくさんあります。また、植物の

活動によって大気中に放出される水蒸気、吸収される二酸化炭素は、地球

全体の気候で見ると莫大な量となり、地球全

体の気候を左右しています。このような、植

物と気候システムとの関係を理解することは、

地球変動を知る上での要点であると考えます。

水循環予測研究領域で得てきた知見を元に、

人工衛星によって観測された植物のデータや、

そのほか最新の気象データを利用すること

によって、今後は、植物からみた気候システム

の研究を進めていきたいと思います。

生態系変動予測研究領域

IPRC実施委員会が2月に開かれ、IPRCに関する海洋科学技術センター

(JAMSTEC)とハワイ大学間の協定の更新を立案するために、堀田フロンティ

ア研究推進室長とIPRC副所長のMagaard博士が分科委員会を設立する

ことになりました。この会議の中で、地球シミュレータセンターの佐藤センター

長は、地球シミュレータの活動へのIPRC研究者の参加を促しました。

3月には、Kevin HamiltonリーダーがModeling Atmospheric Tides

Workshopを開催し、Julian McCreary所長がOcean Studies Board of

the National Academiesの春季大会を主催しました。5月には、IPRCの

第3回Annual Symposiumが行われました。

この四半期に、三寺史夫リーダーが北海道大学低温研究所へ、野中正見研

究員が地球フロンティア横浜研究所へ、Hyoun-Woo Kang研究員が韓国

海洋研究院へ転任しました。

最新の研究成果と活動をまとめた「IPRC Climate Vol.3, No.1」がIPRC

ウェブサイトに掲載されました(http://iprc.soest.hawaii.edu/)。

国際太平洋研究センター

Prof. Slingo(右)と Dr. Steenman-Clark(左)、地球シミュレータを背景に

Page 10: IPCC第4次評価報告書への 貢献に向けて

第2回気候変動に関する日-EUシンポジウム開催報告

3月13日-14日、欧州委員会主催で「Second EU-Japan

Symposium on Climate Research(気候変動に関する

日-EUシンポジウム)」が、ベルギーのブリュッセルで開催さ

れました。日本、ヨーロッパ連合(EU)双方の主要研究機関か

ら研究者と管理関係者合計43名が集い、気候変動研究の現

状を発表しました。同シンポジウムは、第3回日-EU科学技

術フォーラムに基づき、‘99年3月に開催した「EU-Japan

Workshop/Symposium on Climate Change‘99」に

引き続き第2回目となります。

今回のシンポジウムでは、第1回シンポジウム以降に立ち上げ

られた気候変動研究プログラムが紹介され、特に、文部科学

省の「人・自然・地球・共生プロジェクト」およびEUの「研究・

技術開発に関する欧州第6期枠組プログラム」については、

その目的の共通性が確認されました。また、海洋科学技術セ

ンター横浜研究所に設置された世界最大級の超高速並列計

算機システム「地球シミュレータ」により、高解像度シミュレー

ションが可能となることが紹介されました。

シンポジウムは、欧州委員会のDr. Anver Ghaziによる開会

の辞で幕が開き、5つのセッション【1)日欧の気候変動研究

戦略、2)気候変動研究、3)水循環研究、4)気候モデル研究、

5)観測とデータ同化研究】によるプログラムに順じて双方が

研究発表を行いました。

第1セッションでは、海洋科学技術センターの平野拓也理事長

が、「日本とヨーロッパの交流―過去と未来」と題し、文化お

よび科学技術における日本とヨーロッパの交流の歴史を紹介

しました。この中で平野理事長は、日本における最近の気候

変動研究について触れ、気候変動予測研究領域の山形俊男

領域長他によるダイポールモード現象の発見、および気候変

動予測研究領域の中村尚グループリーダー他によるアリュー

シャン・アイスランド低気圧間のシーソー現象の解明を紹介し

ました。また、Dr. Ghaziは、「研究・技術開発に関する欧州第

6期枠組プログラム」の詳細を発表しました。フロンティア研

究推進課の河田俊一課長、モデル統合化領域の近藤洋輝特

任研究員、および地球シミュレータセンター大気海洋シミュレー

ショングループの佐久間弘文グループリーダーは、文部科学

省と宇宙開発事業団の研究計画、地球温暖化研究、地球シミュ

レータセンターにおけるモデル研究についてそれぞれ発表し

ました。

第2セッションでは、データ解析とモデルシミュレーションに

よる気候変動に焦点が絞られ、日-EU研究協力枠組の下で

進められたSINTEX-F1.0結合モデル研究の成果が紹介さ

れました。また、ヨーロッパ中期気象予報センターのDr.

Palmerは、DEMETER計画のマルチモデル季節変動予測に

よる社会貢献を紹介しました。第3セッションでは、主に陸面

過程と水循環の地域的側面が話し合われました。第4セッショ

ンは、松野太郎システム長による発表「地球フロンティア研究

システムの地球システム統合モデル」で始まり、人為的気候

変動シナリオを作成するためのモデル研究が紹介されました。

第5セッションでは、結合モデルを用いた4-Dデータ同化の現

状を含め、日本のデータ同化研究が紹介されました。

開催結果として、共同声明文(joint-statement)が作成さ

れ、以下の4つの研究課題が今後の具体的な協力分野として

挙げられました。

1)季節から10年スケールの気候変動予測(特に極端な現象と

その影響に配慮して)

2)高度気候および地球システムモデルの開発

3)全球気候観測システムへの共同貢献

4)地球シミュレータを利用した研究のさらなる発展

さらに、特定課題についてのWS等の定期開催が推奨され、

2004年に日本で、第3回気候変動に関する日-EUシンポジ

ウムを開催することが合意されました。

10 Frontier Newsletter / No.23

Page 11: IPCC第4次評価報告書への 貢献に向けて

第2回アジアモンスーンに関わる領域気候モデルのワークショップ開催報告

3月4日から6日まで、海洋科学技術センター横浜研究所で第

2回アジアモンスーンに関わる領域気候モデルのワークショッ

プが開催されました。このワークショップは2001年の秋に

国際太平洋研究センター(IPRC)が主催し、ハワイで開催さ

れた領域気候モデルワークショップを継承するものであり、地

球フロンティア研究システムとアジアモンスーンエネルギー・

水循環研究観測計画(GAME)国際科学パネルとの共催で

実施されました。ワークショップには海外からの参加者約20

名を含む58名の参加がありました。講演数は口頭発表が30

題、ポスター発表が5題でした。

領域モデルを利用した研究では、日本・韓国・中国の梅雨とそ

の年々変動に関する話題を取り上げた講演が多く、また熱帯・

亜熱帯の降水システムのモデリング、海面水温・海氷と大気

の相互作用、雲降水・陸面過程のパラメタリゼーションおよび

数値モデルの領域設定と分解能依存性に関する研究発表な

どが行われました。さらにモンスーンや降水システムに関す

るプロセスの研究や数値モデルの性能評価、精度改善の手

法に関しても熱心な討論が行われました。中でも地球シミュレー

タを使った非静力学平衡モデルによる広域のシミュレーショ

ンや超高分解能GCMの降水分布の再現実験には海外から

の参加者の注目が集まりました。

最終日に行われた総合討論では、1)4月中にプロシーディン

グスをとりまとめること、2)気象学会の英文誌である気象集

誌の特集号の出版を目指すこと、このため投稿可能論文の数

と題目の集計をすること、3)IPCCに関わる領域規模の気候

予測に貢献するため、モデルの感度解析に関するモデル間比

較実験を計画すること、4)地球シミュレータを利用した領域

気候モデルの研究を推進するため、ワークショップの参加メ

ンバーの一部でコンソーシアムを編成し利用申請することな

どを取り決めました。最後に第3回の領域気候モデルワークショッ

プを2004年4月にハワイで開催することを決議し、閉会しま

した。

ワークショップでは質疑や討論の時間が確保されていたため、

学術的な話題や将来計画について議論は大いに盛り上がり

ましたが、それでも議論し足りない研究者はワークショップ終

了後、つくば市の大学や研究機関を訪問し、ポスト・ワークショッ

プを開くなど、さらに議論が続きました。

FRSGC News

11Frontier Newsletter / No.23

Page 12: IPCC第4次評価報告書への 貢献に向けて

地球観測フロンティア研究システム中間評価委員会開催報告

地球観測フロンティア研究システム(FORSGC)中間評価委

員会が、5月13日午後の事前打ち合わせ会に続き、14日か

ら16日の3日間の日程で、海洋科学技術センター横浜研究

所にて開催されました。

国内外6名の有識者からなる中間評価委員会(委員長:Dr.

James J. O'Brien)では、FORSGC発足からの3年半の研

究成果、及び次期5ヵ年の研究計画などについて評価が行な

われました。そして、最終日には、委員長から平野理事長あて

に、評価速報の発表が行われました。

近日中には最終報告書が完成することになっており、その結

果は、ホームページなどを通して速やかに公表される予定です。

また、FORSGCでは、最終報告書に対しアクションプランを

作成し、今後の観測研究計画に反映させていく予定です。

Frontier Newsletter No.232003年10月発行地球フロンティア研究システム〒236-0001 神奈川県横浜市金沢区昭和町3173-25 フロンティア研究棟1階TEL:045-778-5687 FAX:045-778-5497  担当:信田・太田http://www.jamstec.go.jp/frsgc/jp/ E-mail:[email protected]編集・制作:NTT出版株式会社

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