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高 分 子 論 文 集(Kobunshi Ronbmshu), Vol. 59, No. 2, pp.93-100 (Feb.,2002)

ポ リメチル メタク リレー トのアル コール吸収にお けるcaseII拡 散挙動

川 越 誠*1・ 川 越 み ゆ き*2・ 中 西 誠*3・ 邱 建 輝*4

(受付2001年9月14日 ・審査終 了2001年11月21日)

要 旨 ポ リメチ ル メ タク リ レー ト (PMMA) に よる アル コー ルの吸収 挙 動 にお い てcaseII拡 散 が発

現 す る ときの ア ルコー ルの構造 と性質 お よび環境温 度 につい て調べ た.す で に知 られて いる メタノー ル,

エ タノー ル,2-プ ロパ ノー ルのほか に,1-プ ロパ ノー ル,1-ブ タノール,お よび2-メ チ ルー1-ブ タノー ル

の吸収 挙動 に もcaseII拡 散 が 見い だ され,そ の発 現温 度 は大体 にお い て アル コール の分子 容 の増大 と と

もに上 昇 した.ま た,ア ル コールの吸 収速度 は ほかの高 分子-液 体 系 で見 られ るFick拡 散 と同様 に分 子容

の増大 とと もに小 さ くな り,プ ロパ ノー ル とブ タ ノー ルでは線状 構造 の方が分 岐構造 をもつ 異性体 よ りも

大 きな吸 収速 度 を示 した.平 衡吸 収量 は線状 ア ル コー ルの方が小 さ く,分 子容 の増大 に対 して一定 も しく

は低下 の傾 向 を示 した.CaseII拡 散 に関 す るKramerの 理論 を体積 ひずみ 速度 の導 入 に よ り修正 した もの

はPMMAに よる メ タノールの吸収 挙動 を比較 的良好 に表 現 したが,そ の妥 当性 を述べ るには ほか の アル

コールの挙動 との比較 が必要 であ る.

1 緒 言

高 分 子 固 体 に よ る 有 機 液 体 の 吸 収 で は 多 くの 場 合

Fickの 拡 散 則 に従 う 挙 動 が 見 ら れ る が,何 らか の 条 件

下 でcaseII拡 散 と呼 ば れ る 非Fick型 の 挙 動 が 観 測 さ れ

る こ とが あ る.こ の 現 象 は か な り以 前 にAlfreyら1)に よ

って見 い だ され,液 体 に接 触 す る 固体 表 面 に 明確 な膨 潤

層 が形 成 され,そ れ と内 部 コ ア との境 界 が 一 定速 度 で 内

部へ 進 展 す る こ と を特 徴 とす る.こ れ よ り重量 法 で 測 定

した液 体 の吸 収 量 は 浸 漬 時 間 に比 例 して増 加 す る こ と に

な り,時 間 の 平 方 根 に 比 例 す るFick型 拡 散 と は 明 らか

に異 な る 挙 動 を示 す 。CaseII拡 散 の 例 と して は,ポ リ

メチ ル メ タ ク リ レー ト(PMMA)に よ る メ タ ノ ー ル の

吸 収2)が も っ と も よ く 知 ら れ て い る が,ほ か に も

PMMA-エ タ ノ ー ル 系3),PMMA-2-プ ロ パ ノ ー ル 系4),

PMMA-ア セ トニ トリ ル水 溶 液(40vol%)系5),ポ リス チ

レ ン(PS)-塩 化 メ チ レ ン系6),PS-n-ヘ キ サ ン(蒸 気)系7)

な どで発 現 す る こ とが 報 告 さ れ て い る 。

CaseII拡 散 に対 し て は,以 前 よ りFick則 を修 正 した

現象論的アプローチ8)があるが,一 方で網目構造の膨潤

過程と線形体積粘性を複合 したThomasとWindle9)に よ

る分子論的説明がある.ま た,Kramerら10),11)はThomas

とWindleの 理論を部分的に踏襲 して浸透圧モデルによ

る物理化学的理論を展開した.最 近,Argonら12)は 表面

膨潤層との境界付近における内部コアの応力 ・ひずみ関

係を塑性域 にまで拡大 して詳細に検討 し,Kramerら の

理論 をさらに発展 させ た.Kawagoeら13)はcasen拡 散

によって誘起される内部応力場を有限要素解析 し,そ の

結果を基にPMMA-メ タノール系の表面膨潤層において

観察される挿入 き裂の成長抑制(停 留)と 自然消失現象

(自己治癒)を 説明 した.こ れらのほかにも,caseII拡

散それ自体14),あ るいはそれに伴 う応力場の形成15)やそ

の強度上の効果16)について以前よ り多 くの研究がなさ

れている.

しかしなが ら,以 上の研究では現象(特 に定常状態)

に対する物理的あるいは力学的解析がもっぱらであり,

caseII拡 散を発現させる物理化学的因子(液 体の構造 と

性質,高 分子 との相互作用)お よび外部条件(環 境温度

など)に 関 しては,断 片的な知見17)は得 られているも

のの系統的検討は十分でない.し たがって,冒 頭に述べ

た 「何 らかの条件」の内容は明らかになっておらず,あ

る高分子一液体系でcaseII拡 散が発現するか否かを事前

に予測することは現状では困難である.

筆者 らはこの点を問題として捉え,caseII拡 散 を発現

させる上記の物理化学的因子 と外部条件 を明らかにする

ことを最終目的として研究を進めることとした.本 研究

*1 富山県立大学工学部機械 システム工学科(〓939-0398富 山

県射水郡小杉町黒河5180)*2 富山工業高等専 門学校工 業材料教育研 究 セン ター(〓939-

8630富 山市本郷町13)*3 東芝エ ンジニ ア リング(株)(〓212-8551川 崎市 幸区堀川 町

66-2)*4 秋 田県立大学 システム科学技術学部機械知 能システム学 科

(〓015-0055本 荘 市土谷字海老 ノロ84-4)

93

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川 越 ・川 越 ・中西 ・邸

では第1段 階としてPMMA-ア ルコール系を対象に,分

子容や構造が異なる8種 類のアルコールのPMMA矩 形

試料 による吸収重量の経時変化 を20~50℃ の異なる環

境温度(主 に40,50℃)の 下で観測 し,経 験的にcaseII

拡散が発現す る条件を探索 した.ま た,上 記のKramer

らの理論 を部分的に修正し,そ れをメタノール中での挙

動に適用 してその妥当性 を検討することによってcaseII

拡散挙動 に対する解析法としての有用性を検討 した.

2実 験 方 法

使 用 し た 材 料 は 市 販 のPMMA平 板(三 菱 レ イ ヨ ン

(株)製 ア ク リ ラ イ ト,厚 さ1mm)で あ る.こ れ よ り50

×10mmの 矩 形 試 料(一 部 試 料 は40×5mm)を 切 り出

し,切 削 面 を1000番 の エ メ リ ー紙 で 研 磨 した 後,薄 い

せ っ け ん水 で洗 浄 し,温 風 循 環 槽(島 津 理 化 器 械(株)製

STAC-P45M)を 用 い て90℃ で2時 間 ア ニ ー ル した.

作 製 試 料 は 実 験 に 供 す る ま で デ シ ケ ー タ中(RH20~

30%)に 保 管 した.

上 記PMMA試 料 に よ る ア ル コ ー ル の 吸 収 実 験 に は,

分 子 容 と構 造 の 影 響 を 見 る た め に,メ タ ノー ル,エ タ ノ

ー ル,1-プ ロパ ノー ル,2-プ ロパ ノ ー ル,1-ブ タ ノー ル,

2-ブ タ ノ ー ル,2-メ チ ルー1-プ ロパ ノー ル,2-メ チ ルー2-

プ ロ パ ノ ー ル,の8種 類 を 用 い た.Table1に そ の 基 本

物 性 を示 す18).試 料 を ね じ口 試 験 管 内 の こ れ らの ア ル コ

ー ル 中 に浸 漬 し,テ フ ロ ンパ ッキ ン付 キ ャ ップ で封 じた

後,一 定 温 度 の 下 に静 置 した 。温 度 制御 は 空 冷 式 小 型 恒

温 槽(小 松 エ レ ク トロ ニ ク ス(株)製DA-610),イ ンキ ュ

ベ ー タ(ヤ マ ト科 学(株)製IN61,あ る い は東 京 理 化 器

械(株)製SLI-600ND),ウ ォー タ バ ス(柴 田 科 学(株)製

CU-80)を 試 験 温度(20~50℃)に よっ て 適 宜 使 い 分 け

て行 った.適 当 な時 間 間 隔 で 試 料 を各 ア ル コ ー ル か ら と

り出 し,濡 れ た表 面 をテ ィ ッシ ュペ ーパ で軽 く拭 っ て か

ら上 皿 電 子 天 秤(メ トラ ー ・ トレ ド(株)製AE240)に

よ り重 量 を測 定 した.こ の 際,0.01mgwの 桁 は 変 動 が

大 きい の で無 視 した.測 定 後 は試 料 を速 や か に試 験 液 中

に戻 した.

CaseII拡 散 に特 有 の 膨 潤 層 が 試 料 表 面 に 形 成 さ れ て

い る か ど うか,ま た形 成 さ れ て い る場 合 に は その 厚 さ を

光 学 顕 微 鏡(Zeiss製Axioplan)を 用 い て 直 交 偏 光 下 で

透 過 光 観 察 に よ り確 認 ・計 測 した..

3 実験結果および考察

3.1 PMMAに よるアルコールの吸収挙動

Fig.1(a),(b)に 各温度におけるメタノールの吸収重

量の経時変化を示す.こ こで,縦 軸は吸収液体と液体浸

漬前のPMMA試 料の重量比 を%表 示 したものである.

図より,環 境温度が高 くなるほどメタノールの吸収速度

と平衡値はともに高い値を取 り,そ れに達するまでの時

Table 1. Basic properties of alcohols at 20•Ž used as the envi-

ronmental reagents

Fig. 1. Variation in the weight gain of a PMMA sheet, 1

mm thick, in methanol at 20-50•Ž.

問も短 くなることがわかる.20~40℃ の温度範囲にお

いて吸収重量は時間に比例 して増大することが明瞭であ

り,caseII拡 散と判別 される19).50℃ になると時間に対

する比例関係は崩れ,Fick的 と思われる様相が現れて

いる.こ のことは50℃ でPMMA分 子鎖の熱運動が広

94高 分 子 論 文 集, Vol. 59, No. 2 (2002)

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PMMAの アル コール吸収 にお けるcasen拡 散挙 動

Fig. 2. Relation of the weight gain of PMMA specimen to

the thickness of surface swollen layer in methanol at 20•Ž.

範囲にわたってかなり活発になっていて,配 置換 えが短

時間で起 きることを示唆 している.Vrentas20)が デボラ

数と呼んだ拡散の特性時間 τdに対する高分子の緩和時

間 τrの比Deb=τr/τdで 言 うならば,20~40℃ ではそれ

が1程 度であ り,50℃ では1よ り小 さ くなることを意

味 している.20~40℃ の場合の各試料表面には膨潤層

が明瞭に観察 された。Fig.2にFig.1(a)で 示 した20℃

における重量増加 と表面膨潤層厚さ く幅方向)の 関係を

示す.最 小2乗 近似により明確な比例関係が得られるが,

興味深いのはcaseII拡 散が始まるまでに(膨 潤層厚 さ

が0の 状態で)約2wt%の メタノールがあらかじめ吸収

されていることである.こ のことは従来から言われてい

るように,caseII拡 散の発現にはある誘導時間(induction

dme)が 必要であ り9},そ れは恐 らくメタノール分子が

PMMA分 子鎖間の自由体積 を埋めるのに要する時間と

解釈される10),21).ただ し,本 実験で得たFig.1の 吸収重

量変化には初期過程のデータ不足もあって誘導時間は明

確に現れてはいない.な お,ThomasとWindleの 観測結

果9}に比べると,本 実験ではcaseII拡 散の発現上限温度

がやや高温側にずれているようである.

Fig。3に エタノールの30~50℃ における吸収挙動 を

示す.予 備実験 によれば,20℃ ではエタノールの吸収

量は極めてわずかであ り(1000hで 数wt%),拡 散挙動

の類型化はほとんど不可能であった.し か し,こ の30℃

以上の温度範囲においては吸収重量は浸漬時間に比例 し

て増大 し,caseII拡 散が発現 していると考えられる.環

境温度の上昇 とともに吸収速度と平衡吸収量はやはり大

きくなっているが,同 じ温度でのメタノールと比べると

吸収速度は約1桁 小 さく,平 衡吸収量にはほとんど差が

見られない.こ の点については後で詳 しく検討する.

Fig.4は1-プ ロパノール とその異性体である2一プロ

パノールの吸収挙動である.両 者は20,30℃ では本実

験のかな り長期 にわたる測定(約6500h)で もPMMA

Fig. 3. Variation in the weight gain of PMMA specimen in

ethanol at 30-50•Ž.

Fig. 4. Weight gain of PMMA specimen in propanol withdifferent structures at 40 and sot.

にほとんど吸収 されなかったので,こ こでは40,50℃

の結果のみを示す.40℃ の環境温度では1-プ ロパノー

ルの方が2-プ ロパ ノールより吸収速度は大 きいが,平

衡吸収量は反対に後者の方が大きく,約1.7倍 の値 を示

している.両 者 ともに吸収重量の増大は浸漬時間に比例

してcaseII型 拡散挙動を示すが,2-プ ロパノールは3500

hを 過 ぎた頃から下に凸のカーブを描いて大 きく増大

し,後 述するsuper caseII的 な傾向19)を示 している.同

温度 でのエタノールと比較すると,1-プ ロパノールの吸

収速度は非常 に低い(1/10未 満)に もかかわ らず,平

衡吸収量はほぼ同 じ約28wt%の 値に達 している。50℃

では両プロパノールの吸収挙動は似通 ったものとなっ

て,と もに大きな吸収速度を示 している.2-プ ロパノー

ルの方がわずかなが ら吸収速度は小 さいが,平 衡吸収量

は反対に大きくな り,そ の値は40℃ の場合 とほとんど

変わらないか,む しろ少し低い位である.な お,こ こで

高 分 子 論 文 集, Vol. 59, No, 2 (2002)95

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川越 ・川 越 ・中西 ・邸

Fig. 5. Weight gain of PMMA specimen in butanol with

different structures at 40 and 50•Ž.

はsuper caseII的 挙 動 は 見 られ な い.こ の よ うに ,共 通

してcaseII拡 散 挙 動 は 示 しな が ら も,分 岐 構 造 を もつ

溶 質 分 子 の 方 が 線 状 の そ れ に比 べ て低 速 度 で は あ る が 大

量 に 高 分 子 に吸 収 され る.

次 に,Fig.5に ブ タ ノ ー ル の 吸 収 挙 動 を示 す.今 回調

べ た4種 類 の ブ タ ノ ー ル の う ち,2一 ブ タ ノ ー ル と2一 メ

チ ルー2-プ ロパ ノー ル 中 にお い て は40℃ で 試 料 は溶 解 し

た.よ っ て,こ こで は1一 ブ タ ノー ル と2-メ チ ル-1-プ ロ

パ ノ ー ル の結 果 を示 す 。 こ れ ら に お い て もPMMAの 溶

解 傾 向 は か な り強 い よ うで,50℃ の 両 ブ タ ノ ー ル お よ

び40℃ の1-ブ タノ ー ル にお い て 浸 漬 初 期 に わず か なが

ら重 量 減 少 が 見 られ,40℃ の2-メ チ ルー1-プ ロパ ノー ル

中 で は1。5wt%程 度 の 重量 減 少 が あ る.50℃ の 結 果 につ

い て 見 る こ とに す る と,と も に浸 潰 時 間 に比 例 した 重 量

増 加 が 見 ら れ,caseII拡 散 を示 して い る と考 え ら れ るが,

分 岐 構 造 を もつ2-メ チ ルー1-プ ロパ ノ ー ル の 方 が 線 状 の

1-ブ タ ノ ー ル に 比 べ て 吸 収 速 度 は 小 さ い が 大 量 に

PMMAに 吸 収 され る.ま た,2-メ チ ルー1-プ ロ パ ノ ー ル

中 で は2500hを 過 ぎた 頃 か らsuper caseII型 挙 動 が 観 察

さ れ る.こ れ らはFig.4に 示 した40℃ の プ ロ パ ノ ー ル

と類 似 の 傾 向 で あ る.40℃ の1-ブ タ ノ ー ル もcaseII型

とい え る か も知 れ な いが,吸 収 量 が わ ず か で 傾 向 が は っ

き り し な い た め 明 言 は で き な い.な お,30℃ 以 下 で の

両 ブ タ ノ ー ル の 吸 収 は1000hの 時 間 範 囲 で は ほ と ん ど

検 出 で き なか っ た.

こ こ で,40℃ の2-プ ロ パ ノ ー ル 中 と50℃ の2-メ チ

ルー1プ ロパ ノ ー ル 中 で 観 察 さ れ たsuper caseII型 挙 動 に

つ い て 触 れ る.Kawagoeら13)はcaseII拡 散 の 駆 動 力 と

な る内 部 応 力 を表 面 膨 潤 層 と内 部 コ アの 間 で変 形 拘 束 が

あ る固 体 力 学 の不 静 定 問 題 の観 点 か ら有 限 要 素 解 析 し,

表 面 膨 潤 層 に は2軸 圧 縮 応 力 と引 張 応 力 が,内 部 コ ア に

は そ れ と釣 り合 う3軸 引 張 応 力(膨 張 応 力)が 発 生 す る

Fig.6.Relationship between the logarithm of absorpdon

rate of alcohol at 40 and 50℃ and the molar volume of al-

cohol.(●,○)Linear alcohols,(▲)2-propanol at 40℃,(△)

2-propanol at 50℃ and(□)2-methyl-1-propanol at 50℃.

ことを表面からの位置の関数 として示 した.こ れより推

論すると,caseII拡 散が進行するにつれて肥大 した表面

膨潤層の圧縮応力は低減 し,そ れに伴 って表面層内の平

衡吸収量は増大する.一 方,内 部 コアでの膨張応力およ

びその勾配は内部コアが薄 くなるに従い大 き くなるの

で,そ こでの境界(caseIIフ ロン ト)直 前部では分子間

隙が急激に大きくなり,溶質分子の流入速度も増大する。

これらの結果,液 体吸収が加速されて上記のsuper case

II挙動が発現するものと考えられる.こ の推論は文献9)

に基づ くものであるが,谷 上 ら22)はポ リビニルアルコ

ール(PVA)フ ィルムのジメチルスルホキシ ド/水混合溶

媒中における膨潤挙動の観察から,膨 張変形よりもさら

に進んで内部 コアでの破壊がsuper caseII拡 散 に寄与す

るとしている.し か し,本 実験では試料内部にそのよう

なき裂やその前駆体であるクレイズなどは観察されなか

った.な お,上 述の環境下でのみsuper caseII型 挙動が観

察されたのは,現 象論的には拡散の進行が極めて緩やか

であるために上記の内部応力変化 とそれに誘起 される拡

散挙動がよく捉えられたのだと解 される.し かし,な ぜ

これらの環境下でそのような現象が特異的に生 じたのか

という本質的な点は今のところまだ説明で きていない.

以上に示 したメタノール~ブタノールまでの実験結果

を以下に整理 してみる.Fig.6はFig.1,3~5に おいて

caseII拡 散挙動が見 られる40,50℃ での吸収曲線の傾

きを吸収速度D(wt%/h)と して,そ の対数をアルコ

ールのモル分子容Vに 対 して整理 したものである.こ

こで,caseII型 挙動か ら少 し逸脱 した50℃ のメタノー

ルと傾向が必ず しも明瞭でなかった40℃ の1-ブ タノー

ルの結果 も含めてある.ま た,2-プ ロパ ノールはsuper

caseII挙 動を示す前の3500hま での結果からDを 求め

た.線 状アルコールは両温度において負の傾 きをもつ比

96 高 分 子 論 文 集, Vol. 59, No. 2 (2002)

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PMMAの アル コール吸 収 にお けるcaseII拡 散挙動

例関係;log D∝-Vを 明瞭に示 し,高 温の方が吸収速

度Dは 全体的に高い値 をとる.分 岐構造をもつ2-プ ロ

パ ノール,2-メ チルー1-プロパ ノール も,デ ー タは十分

とはいえないが,わ ずかに低いD値 をとりなが ら線状

分子のグラフに平行な直線関係 を示 している.こ のよう

な関係はOgawaとMasuichi23)が ポリカーボネー ト(PC)

フィルムによる種々の有機溶媒蒸気の吸収挙動において

観測 した もの と基本的に同 じであ る.た だ し,彼 らは

Fick型 拡散を観測 してお り,Dは その拡散係数で与え

られている。これよりガラス状高分子による液体の吸収

速度は拡散のタイプによらず同 じ分子容依存性を有する

ことが示唆される.

Fi&7に 各アルコールにおいてcaseII拡 散が明瞭に発

現 した温度の うち低い方をモル分子容に対 してプロット

した.た だし,メ タノールについては本実験で得た当該

温度は20℃ であるが,ThomasとWindle24)はPMMAに

おいて0℃ で もcaseII拡 散 を観測 しているので(そ こ

では後半にわずか にsuper caseII拡 散 を示す),こ こで

は0℃ とおいた.図 よりアルコールの分子容の増大 とと

もに発現温度 は高 くなることが認め られる.CaseII拡

散が発現する下限温度の正確な値はこれらより低いと考

えられるが,こ のような傾向はおよそ保たれるものと予

想される.今 後,caseII拡 散の発現上限温度の確認 も含

めて詳細な検討が必要である。

Fig.8に は40,50℃ における平衡吸収重量 をアル コ

ールのモル分子容に対 してプロットした.線 状アルコー

ルの平衡吸収重量は分子容の増大に対 して一定ないしは

低下の傾向を示す.分 岐構造をもつアルコールは線状の

ものに比 して平衡吸収量は大きいが,分 子容に対する依

存性は同様 と思われる(デ ータ数が少ないので明言はで

きないが).な お,平 衡吸収重量に関 しては溶解度パラ

メータ,さ らにはHansen均 の3次 元溶解度パ ラメー タ

(分散力項,双 極子間相互作用項,水 素結合項)と の関

係を論ずるべ きかも知れないが,本 報で扱 う拡散の範囲

を超えるので,こ こではこれ以上の議論はしない.

3.2修 正Kr劉mer理 論によるcaseII拡 散の解析

CaseII拡 散 に対する理論解析は種々なされているが,

ここではKramerら10),11)の理論を基礎に実験結果の解析

を試みる.彼 らはThomasとWindleg)と 同様にcaseII拡

散に対する駆動力を膨潤層内と外界における溶質分子の

化学ポテンシャルの差により生ずる

(1)

で与えている.こ こで,μ,μ0は おのおの溶質分子の

膨潤層内,外 界での化学ポテンシャル,Vは 溶質分子

のモル分子容である.彼 らは溶質分子の濃度が高 くない

とき,μ を溶質分子の体積分率 φの関数 として

Fig. 7. The expected lower-limiting temperature for the ap-

pearance of case II behavior in the absorption process

against the molar volume of alcohol.

Fig. 8 Plot of the equilibrium absorption of alcohol at 40

and 50℃ against the molar volume of alcohol.(●,○)Lin-

ear alcohols,(▲)2-propanol at 40℃,(△)2-propanol at

50℃and(□)2-methyl-1-propanol at 50℃.

(2)

と近似 す る こ と に よ り,

(3)

を得ている.こ こで,γ は活量係数,φ,は 平衡状態 に

おける溶質分子の体積分率,R,Tは おのおの気体定数,

絶対温度である.Pは 溶質分子が受ける浸透圧 と解釈

されるが,そ れは同時に表面膨潤層に対 してそれを拡張

しようとする膨潤圧として作用する.ThomasとWindle,

およびKramerら によれば,こ のPを 受ける表面膨潤層

の拡張速度は溶質分子の体積分率の速度4φ/4tに より

与えられ,そ れは膨潤層の体積粘性率 を ηとすると,

(4)

高 分 子 論 文 集, Vol. 59, No. 2 (2002) 97

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川 越 ・川 越 ・中 西 ・邸

で与えられる.ま た,η は溶質の体積分率に対 して

(5)

なる依存性をもつとする.こ こで,η0は 乾燥高分子の

体積粘性率,mは 定数である.式(3)~(5)よ りφに関

する常微分方程式

(6)

を得る.Kramerら はこれを数値的に解 くことによりcase

II拡散の挙動 を表現 し,PS-ヨ ー ドアルカン系の実験結

果との比較からその妥当性を主張 している.

さて,以 上の解析において,筆 者らは式(4)に 現れる

表 面膨潤層の拡 張速度 としては溶質の体積分率速度

4φ/4tで はな く,む しろ膨潤層の体積ひずみ速度48/4t

で与えるほうが適切であると考える.す なわち,式(4)

の代わ りに

(7)

を提案する.体 積ひずみ8は φと

(8)

の 関係 が あ る か ら,式(3),(5),(7)よ り式(6)は

(9)

の ように修正 される.Kramerら の微分方程式(6)と 比

較する と,修 正後の式(9)に は(1一 φ)2の項がついて

いる.こ こで,時 間tは 誘導時間 を経 た後のcaseII拡

散が始まってからの時間であ り,数 値解 を得るときの φ

の初期値 もそれに対応 してFick拡 散により自由体積が

埋められた状態を想定 し2%を 与える2".

また,通 常の実験では本研究のように吸収重量に関す

る測定値 を得るので,こ れをφに変換する必要がある.

その変換は

(10)

で行われる.こ こで,△Wは 吸収液体 と液体浸漬前 の

高分子試料の重量比であ り,ρ,と ρ1はおのおの高分子

と液体の密度である.

さて,本 報では20~40℃ の広い温度範囲でcaseII拡

散挙動が明確で,従 来の研究との比較によって妥当性 も

検証 しやすいメタノール中での結果に対 して以下の手順

で解析を行った.ま ず,吸 収重量に関する実験結果(Fig,

1)を 密度 ρp,ρ1の 温度依存性 を考慮 して式(10)に よ

って体積分率 ψに変換する.次 に,20~40℃ の各温度

での平衡体積分率 φ,を実測値で与え,mをm=11.5と

固定 して式(9)を 仮に差分法で数値的に解いた.求 めた

結果が各温度の実測値にもっともよく合 うように η。の

値 を決め,そ れを絶対温度の逆数に対 してプロットする

と,明 確な直線関係,す なわち,

(11)

のAndrade型 の 温 度 依 存 式 が 得 られ,最 小2乗 法 に よ り

A=3.75×10-3(Pa・sec),β=1.13×104(K)を 定 め た.こ

の 関 係 式 を式(9)に 組 み 込 み,再 計 算 して 最 終 的 な 解 を

得 た.ち な み に 式(11)に よ る24℃ で の η0の 予 測 値 は

ThomasとWindle9)が 乾 燥PMMAの ク リー プ試 験 か ら得

た 実 測 値 η0=2×1014(Pa・sec)と 非 常 に よ く一 致 して

い た.

(a)

(b)

(c)

Fig. 9. Comparison between the experiment and the calcu-

lation based on the modified Kramer theory for the results

in methanol at (a) 20, (b) 30, and (c) 40•Ž.

98 高 分 子 論 文 集, Vol. 59, No. 2 (2002)

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PMMAの アル コール吸収 にお けるcaseII拡 散挙 動

Fig.9(a)~(c)に20~40℃ での計算結果を実測値 と

ともに示す.計 算値はこの温度範囲 におけるcaseII拡

散挙動 を比較的良好に表現 している.た だ し,20℃ の

実測結果において φが増大傾向から平衡に移る過程で

傾きの不連続が比較的明瞭に現れるのに対 し,計 算では

それが再現 されず,連 続的な漸近傾向を示 している.な

お,本 解析ではm=11.5と 固定 したが,数 値実験の結

果ではm値 が大 きくなるに従い,吸 収曲線の形はFick

型からcaseII型 へ と変化する.ま た,η0は 平衡 までの

到達時間,つ まり吸収速度に影響 を与え,η0が 小 さい

ほど吸収速度は大 きくなる.

以上 より,修 正Kramer理 論 による解析は少な くとも

PMMA-メ タノール系のcaseII拡 散には妥当であること

が確認 された.し かしながら,PMMAの 粘性率(式(5))

における η0の温度依存性(式(11))と 燐の値がPMMA

固有の性質とみなせるならば,ほ かのアルコール中にお

けるcaseII拡 散挙動 も観測温度 τとアルコールのモル

分子容Vお よび平衡体積分率 φe(実 測値)を 与 えれば

本来的には計算によって再現できるはずである.こ のこ

とは修正Kramer理 論の妥当性 を確認するうえで重要で

あり,今 後検討を進めるべ きものと考えている.

4 結 言

PMMA-ア ルコール系を対象にcaseII拡 散 を発現 させ

るアルコールの諸性質および環境温度について実験的に

検討 した.ま た,Kramerら の理論 に一部修正 を施 し,

メタノール中での挙動に適用 してcaseII拡 散 に対する

解析法としての妥当性を検討 した.本 研究で得られた主

な知見は以下のようである.

(1)従 来の研究から既知であるメタノール,エ タノー

ル,2-プ ロパノールのほかに,1-プ ロパノール,1-ブ タ

ノール,お よび2-メ チルー1-プロパ ノールに対 して も

PMMAに よる吸収挙動にcaseII拡 散が発現することが

新たに確認され,そ の発現温度は大体においてアルコー

ルのモル分子容の増大 とともに高 くなることが示 され

た.ま た,拡 散の進行が極めて緩やかな40℃ の2一プロ

パノールと50℃ の2-メ チルー1-プロパ ノール中では拡

散過程の後半でsuper caseII拡 散が観察された.

(2)プ ロパ ノールとブタノールでは線状構造をもつほ

うが分岐構造 をもつ異性体 よりもcaseII拡 散において

大きな吸収速度 を示すが,平 衡吸収量は反対に少なくな

る.

(3)CaseII型 拡散 を示す アル コー ルの吸 収速度D

(wt%/h)は モル分子容Vの 増大 とともに小 さくなり,

logD∝-Vの 関 係 に概 ね従 う.こ れ はFick拡 散 が 観 測

され る ほ か の 高 分 子一液 体 系 と同 様 で あ る.一 方,平 衡

吸 収 量 は線 状 ア ル コー ル に限 っ てで は あ る が,モ ル 分 子

容 の 増 大 に対 して 一定 な い しは 低 下 の 傾 向 を示 す.

(4)Kramer理 論 に体 積 ひ ず み 速 度 を 導 入 して 修 正 を

は か っ た もの は メ タ ノ ー ル のcaseII拡 散 挙 動 を比 較 的

良 好 に表 現 す る.今 後,ほ か の ア ル コ ー ル の挙 動 に 対 し

て も適 用 し,妥 当性 を よ り詳 し く検 討 す る必 要 が あ る.

謝 辞 本研究の一部 は平成12,13年 度科学研究費補助金(奨

励研究(B)課 題番号12915018,13915019)の 交付 を受 けて行われ

た ものであ る.ま た,結 果の整理には荒木智子 さんのご協力 を得

た.こ こに記 して厚 くお礼 申し上げる.

文 献

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川 越 ・川 越 ・中 西 ・邸

Case II Diffusion Behavior in Alcohol Absorption by Poly (methyl methacrylate)Makoto KAWAGOE,*1 Mivuki KAWAGOE,*2 Makoto NAKANISHI,*3 and Jianhui QIU*4*1 Department of Mechanical Systems Engineering, Faculty of Engineering, Toyama Prefectural University (Kurokawa, Kosugi, Toyama

939-0398, Japan)*2 Education and Research Center for Engineering Materials, Toyama National College of Technology (Hongo, Toyama 939-8630, Japan)*3 Toshiba Engineering Corporation (Horikawa, Saiwai-ku, Kawasaki 212-8551, Japan)*4 Department of Machine Intelligence and Systems Engineering, Faculty of Science and Technology, Akita Prefectural University (Honjyo,

Akita 015-0055. Javan)

The structure and properties of alcohol and the ambient temperature causing the case II diffusion were investigated by studying the be-havior of alcohol absorption by poly (methyl methacrylate) (PMMA). The case II type of diffusion was newly confirmed to take place forthe cases of 1-propanol, 1-butanol, and 2-methyl-1-butanol; methanol, ethanol, and 2-puropanol have already been known to show the case

II behavior for PMMA. The lower temperature for the appearance of case II diffusion was raised with increasing the molar volume of alco-hol. The absorption rate was decreased with an increase in the molar volume, as with the Fickian diffusion observed for other polymer-reagent systems. Linear propanol and linear butanol showed greater absorption rate and less equilibrium solubility than the branched mole-

cules. The equilibrium solubility of linear alcohol was constant or somewhat decreased with increasing the molar volume. Kramer's theoryon the case II diffusion, which was modified by introducing the volume strain rate, was shown to provide good expressions for the absorp-tion behavior of methanol by PMMA, but one should compare with the behavior of other alcohols for proving the adequacy.KEY WORDS Case II Diffusion / Poly(methyl methacrylate) / Alcohol / Molecular Structure /

(Received September 14, 2001: Accepted November 21, 2001)[Kobunshi Ronbunshu, 59(2), 93-100 (2002)]

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