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Japanese folk tales in japanese language

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Page 1: Japanese folk tales in japanese language

1 ネコがネズミを追いかける訳むかしむかし、人間も生まれていない、大むかしのある年の暮れの事です。 神さまが、動物たちに言いました。「もうすぐ正月だ。元旦には、みんな私の所に来なさい。そして、先に来た者から十二番目までを、その年の大将としよう」 ところが、うっかり者のネコは集まる日を忘れたので、友だちのネズミに聞きました。 するとネズミは、「ああ、新年の二日だよ」と、わざとうそを教えました。 さて、元旦になりました。 ウシは足が遅いので、朝早くに家を出ました。 ちょっかり者のネズミは、こっそりウシの背中に乗って神さまの前に来ると、ピョンと飛び降りて一番最初に神さまの前に行きました。 それでネズミが最初の年の大将になり、ウシが二番目になりました。 その後、トラ・ウサギ・タツ・ヘビ・ウマ・ヒツジ・サル・ニワトリ・イヌ・イノシシの順になりました。 ところがネコは、ネズミに教えられた通り二日に神さまの所へ行きました。 すると神さまは、「遅かったね。残念だけど、昨日決まったよ」と、言うではありませんか。 くやしいのなんの。「ネズミめ、よくも騙したな!」 怒ったネコは、それからずっと、ネズミを見ると追いかける様になりました。

2 酒呑童子むかしむかし、大江山(おおえやま→京都府)に酒呑童子(しゅてんどうじ)と言う、鬼の盗賊がいました。 酒呑童子はお酒に酔うと、いつも上機嫌になって、ポンポンと頭を叩いてニヤニヤと笑うのが癖でした。 ところが、源頼光(みなもとのよりみつ)たちに退治されてからは、酒呑童子は首だけになってしまいました。 お酒好きの酒呑童子は、首だけになっても酒を飲むのを止められません。 昼も夜も、まっ黒な雲に乗って空を飛んで歩き、酒屋を見つけると下りて来て、 グワグワグワーァ~と、気味の悪い声で脅かして、酒をただ飲みするのです。 こんなふうにして酒屋を荒らし回ったものですから、京都や大阪では黒雲を見ただけで、どこの酒屋も大戸を下ろしてしまいます。 仕方なく酒呑童子は黒雲に乗って、江戸ヘやって来ました。「ありゃ。あそこに酒屋があるぞ」 酒屋の前で、ヒラリと雲から飛び降りると、「グワグワグワーァ~。上等の酒を五升(→9リットルほど)ばかり、かんをつけて持ってこーい!」 酒屋の者たちは、まっ青になりました。 持って行かなければ、何をされるか分かりません。 急いでかんをつけると、杯代わりにどんぶりをそえて、ブルブル震えながら差し出しました。「ど、どうぞ。手じゃく(→自分でつぎながら酒を飲む事)でお飲みなすって」 置いて逃げ様とすると、首が怒鳴りました。「おい、おい。おれは、この通り首だけだ。手じゃくではやれん。飲ませてくれ」と、大きな口をバックリと開けました。 酒屋の主人は仕方なく、どんぶりについでは飲ませ、ついでは飲ませして、五升の酒をみんな飲ませてやりました。 童子の首はすっかり酔っぱらって、上機嫌です。「ああ、久しぶりで、何ともいえん良い気持ちだ。ついでに、わしの頭をポンポンと叩いてくれ」と、言います。 酒屋の主人が怖々ポンポンと叩いてやると、首はいかにもうれしそうにニヤッと笑ったそうです。

3 百姓じいさんとテングむかしむかし、百姓(ひゃくしょう)のおじいさんが、ウマを連れて歌いながら山道を歩いていました。♪心楽しや♪山坂行けば♪ウマの鈴までこだまする♪エーイソラ ホイホイ すると向こうの方から、ズシンズシンと大きな足音を立てながら、大テングがやって来ました。 その大テングの鼻ときたら、おじいさんの腕ほど長くて大きく、顔ときたら、塗り立ての神社の鳥居より、まっ赤です。 大テングとおじいさんは、細い山道でぶつかりました。「こら、じいさま。道をよけろっ!」 大きな声の大テングに、おじいさんは負けじと、「よけろと言うたって、ここはおらが道じゃ。おまけに、おらこの通り、ウマと二人連れじゃ。お前がよけろ」と、大テングを睨みつけます。「ヒヒ、ヒヒーン!」 ウマもないて、おじいさんの応援です。「このじじいめ。つべこべぬかすと、つまんで食うてしまうぞー!」「そうかい。おらもこの年、食われて死ぬのは怖くないが、お前に食われる前に、一つ見たい物があるんじゃ」「何じゃい、それは」「テングは、誰でも術という物を使うそうじゃが、本当かいのう」「ワハハハハッ。わしはこれでも、テングの頭じゃ。術ぐらい使えんでなんとする」「そうかい。テングいう物は、どこのテングでも天まで大きゅうなれるというが、お前さまは、なれるかね」「天まで大きゅうなる? そんな事が出来んで、どうなる」「そうかのう。じゃあ、おらが食われる前に、ちょっくら見せてもらおうか。あの世への話の種というもんじゃ」「よし。よう見とれっ」 そこで大テングは鼻を上に向けて、ゴォーーッと息を吸い込みました。 すると、グングングングン、大テングの背が伸びて、とうとう雲を突き抜けてしまいました。 そこでおじいさんはニヤリと笑い、いかにも感心した様に言いました。「テング様、テング様。ようわかったから、元に戻って下され」 すると大テングは、シューッと息を吐いて、元の大きさに戻りました。「どうじゃ、じいさま。ビックリしたろう。さあ、食うてやるか」と、手を伸ばす大テングに、おじいさんはカラカラと笑って、「そんな事言うても、テング様が天まで大きゅうなるのは、どこのテング様でもやる事でねえか。お前様は、さっきテングの頭と言うたが、いくら頭でも小そうなるこたぁ出来まい」「なにっ。わしは日本一のテングじゃ。大きゅうばかりなれて、小そうはなれん、そんなケチなテングじゃないわい。見とれ。今見せてやるわ」 大テングはそう言うて、フーッと息を吐き出しました。 するとドンドン小さくなっていって、おじいさんの小指ほどになってしまいました。 そこでおじいさんは、ヒョイと大テングを手の平に乗せて、「よう。もっと小さく、もっと小さく。そうそう」 ついに大テングは、豆粒の様に小さくなってしまいました。「かかったな」 おじいさんは大テングをつまむと、ポイと口の中ヘ放り込んで、ゴクンと飲み込んでしまいました。 そして、♪そよら そよらと♪

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たてがみなでて♪吹くや春風 里までも♪エーソラ ホイホイ 歌いながらウマを引いて、家の方へ帰って行きました。

4 幽霊のそでかけ松むかしむかし、漁師が川に船を出して、夜釣りをしていました。 ところがどうした事か、今日は一匹も釣れません。「今夜は、あきらめて帰るとするか」 漁師がそう思っていると、釣りざおが突然弓なりになりました。 めったにない、大物の手応えです。 喜んで引き上げると、「・・・へっ? ギャァァァーー!」 釣り糸の先には、若い娘の亡骸(なきがら)が引っかかっていました。「わわぁ、なむあみだぶつ、なむあみだぶつ」 漁師は亡骸を捨てるわけにもいかず、船に引き上げました。「ああ、可愛そうに・・・」 漁師は娘の亡骸を近くのお寺に運んで、和尚(おしょう)さんにとむらってもらいました。 すると次の晩から、お寺の古い松の木の下に、あの若い娘の幽霊が現れ始めました。「手厚くほうむってやったのに、まだ、この世にうらみでもあるのだろうか?」 和尚さんが不思議に思っていると、娘の幽霊が現れて、「先日は、ありがとうございました。迷わず、あの世へ行きいのですが、心残りが・・・。 一言、お聞き下さいませんか?」 かすかな声で、言いました。「何なりと、話しなさい」「はい。実は好きな人の元へ、お嫁(よめ)に行く事になっていたのですが、家が貧しい為、嫁入りの着物が作れないでいました。 その為、せっかくの縁談(えんだん)が、壊れてしまったのです」「・・・それはさぞ、辛かったろう。 よしよし、今となっては手遅れながら、わしが嫁入りの着物をそろえてやろう」 和尚さんが言うと、娘の幽霊は涙を拭いて、フッと消えさりました。 あくる日、和尚さんは約束の着物を買って来て、古い松の枝にかけておきました。 すると、夜中に娘の幽霊が現れて、着物を着替えて行ったのでしょう。 嫁入りの着物は消えて、代わりに娘がおぼれて死んだ時の着物のそでが、枝にかけられていました。 その時からこの松は『幽霊のそでかけ松」と、呼ばれる様になったのです。

5 じっと見つめていました むかしむかし、吉四六さんと言う、とてもゆかいな人がいました。 その吉四六さんが、まだ子どもの頃のお話です。 ある秋の事。 家の人はみんな仕事に出かけるので、吉四六さんが一人で留守番をする事になりました。 出かける前に、お父さんが言いました。「吉四六や、カキがもう食べられる。明日木から落とすから、今日は気をつけて見ていてくれ」「はい。ちゃんと見ています」 吉四六さんは、元気な声で返事をしました。 でも、食べられるカキがいっぱいあるのに、黙って見ている吉四六さんではありません。 お父さんたちの姿が見えなくなると、さっそく村の中を走り回りました。「おーい、家のカキがもう食べられるぞ。みんな食べに来い」 これを聞いた村の子どもたちは、大喜びで吉四六さんの家にやって来ました。 そして、長い棒でカキを落とすと、みんなでお腹一杯食べてしまったのです。 さて、夕方になってお父さんが家に戻ってくると、吉四六さんは柿の木の下に座っていました。「お前、一日中そうやっていたのか?」「はい。だって、気をつけて見ていろと言うから、ジッと柿の木を見ていたんです」「そうか。偉いぞ」 感心したお父さんが、ふと柿の木を見上げて見ると、カキの実がずいぶんと減っています。「おや? カキの実がずいぶん減っているな。 これは、誰かが取って行ったに違いない。 おい吉四六、これはどうした事だ?」 すると吉四六さんは、平気な顔で言いました。「はい、村の子どもたちが次々と来て、棒を使ってカキの実をもいでいきました。 私は言われた通り、気をつけて見ていたから間違いありません」「とほほ。・・・カキ泥棒が来ないよう、気をつけて見ていろと言ったのに」 お父さんはそう言って、ガックリと肩を落としました。

6 芝居見物むかしむかし、吉四六さんと言う、とてもゆかいな人がいました。 ある日、臼杵(うすき→大分県)の町に、都から芝居がやって来ました。 この辺りでは、これほどの大芝居は初めてです。 毎日多くの人が押しかけ、うわさを聞いた吉四六さんも、臼杵まで山を越えてやって来ました。 町に着くと、大きな芝居小屋がたっていました。 芝居小屋の前には役者の名をそめたのぼりが立っていて、入口には綺麗な絵看板が並んでいます。 吉四六さんは、さっそく入ろうと思いましたが、「しまった!」 かんじんのお金を、忘れてきたのです。「これでは、入る事は出来んな」 そこで吉四六さんはあれこれと考えて、一つの名案を思いつきました。「よし、この手でいこう」 吉四六さんは人混みに紛れて芝居小屋の入口までやって来ると、くるりと向きを変えて、わざと大きな声で言いました。「どうしたのかなー! あいつはー!」 そして、人を探すふりを始めたのです。 まるで人を探しながら、今、この芝居小屋の中から出てきたと言わんばかりです。 キョロキョロしている吉四六さんの後ろに、芝居小屋へ入ろうとする大勢のお客が詰めかけてきました。 それでもまだ、「来ないなあー! あいつー!」と、わざと入ってくる人の邪魔をする様にしていると、芝居小屋の番人がやって来て、「もしもし、そこの人。 出るのかね? 入るのかね? 出るなら出る、入るなら入るで、早くしておくれよ。 邪魔になるじゃないか」 すると吉四六さんは、すまなそうに言いました。「いやー、連れとはぐれたんだが。 ・・・仕方ない、中で待つとするか」 こうして吉四六さんは芝居小屋に入って行き、ただで芝居見物をしたのです。

7 壁の中から

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むかしむかし、あるところに、仲の良いおじいさんとおばあさんがいました。 二人は、ある晩、「なあ、ばあさんや。どちらかが先に死んだら、お墓には入れないで家の壁に塗り込めよう。そうすれば、いつまでも一緒にいられる」「そうですね。そして死んだ者が、壁の中から呼んだら、必ず返事をする事にしましょう」と、約束しました。 ところが間もなく、おばあさんがポックリあの世へ行ってしまったので、おじいさんは約束通り、おばあさんの亡きがらを壁に塗り込めたのです。 すると、その日から毎日、「おじいさん、いるかい?」 壁の中のおばあさんが聞いてきます。「ああ、ここにいるよ」「何をしているんだい?」「わら仕事だよ」 またしばらくすると、おばあさんが聞きます。「おじいさん、いるかい? 何をしているんだい?」 一日に何度も聞かれるので、おじいさんはだんだん面倒くさくなってきました。「誰か、わしに代わって返事をしてくれる者はおらんかなあ?」 おじいさんがため息をついていると、うまいぐあいに旅の男がやってきました。「すみません。旅の者です。よければ一晩、泊めていただけませんか?」 それを聞いたおじいさんは、大喜びで言いました。「どうぞどうぞ。遠慮なく泊まっていってくれ。その代わり壁の中から、『おじいさん、いるかい?』と、声がしたら、『ああ、ここにいるよ』と、答えてくれんか。『何をしているんだい?』と、聞かれたら、適当に答えてくれりゃあいい」「はい。そんな事なら、おやすいご用ですよ」 旅の男が引き受けてくれたので、おじいさんはやれやれと、お酒を飲みに出かけました。 留守を頼まれた男は、壁の中のおばあさんの声に、いちいち答えていましたが、何度となく聞かれるので、やがて面倒になってつい、「うるせえなあ。おじいさんは酒を飲みに出かけたよ」と、本当の事を言ってしまったのです。 すると突然、ガバッ!  と、壁が破れて、半分がガイコツの、ものすごい顔のおばあさんの幽霊が飛び出してきました。「おじいさんは、どこだーー! お前は誰だーー!」「うひゃあー! でっ、出たーー!」 男は驚いたのなんの、命からがら逃げていきました。

8 こぶ取りじいさんむかしむかし、あるところに、ほっぺたに大きなこぶのあるおじいさんが住んでいました。 おじいさんがまきを割る度に、ほっぺたのこぶが、ブルルン、ブルルン。 それはそれは、とても邪魔なこぶでした。 でもこのおじいさん、そんな事はちっとも気にしない、とてものんきなおじいさんです。 同じ村にもう一人、ほっペたにこぶのあるおじいさんが住んでいました。 こっちのおじいさんは、この邪魔なこぶが気になってか、いつもイライラ怒ってばかりです。 ある日の事、のんきなおじいさんは、森の奥で木を切っていました。 すると、いつの間にやら、ポツリ、ポツリと雨が降り出して、とうとう土砂降りになってしまいました。「いかんいかん、このままでは風邪をひいてしまう」 おじいさんは大きな木のうろに飛び込んで、雨宿りをしました。 そのうちおじいさん、ウトウトと眠り込んでしまったのです。 やがて雨が止んでも、明るい月が出ても、おじいさんはグーグー、グーグーと高いびき。 いつの間にやら、真夜中になってしまいました。 するとどこからか、賑やかなおはやしの音が聞こえてきたではありませんか。「おや、どこからじゃろ?」 目を覚ましたおじいさんは、その音のする方へ近づいて行って、「うひゃーーー!」と、びっくり。 何と、この森の奥に住む鬼たちが、輪になって歌い踊っていたのです。♪ピーヒャラ、ドンドン。♪ピーヒャラ、ドンドン。 赤い鬼、青い鬼、黒い鬼、大きい鬼、小さい鬼。 みんな、飲んで歌っての大騒ぎです。 最初は怖がっていたおじいさんも、そのうちに怖さを忘れて思わず踊り出してしまいました。 それを見て、今度は鬼が驚きました。「あんれ、これは面白い踊りじゃ」 おじいさんの踊りがあまりにも上手で楽しいので、今度は鬼の方がおじいさんと一緒になって踊り始めました。 そしてとうとう鬼のお頭が立ち上がって、おじいさんと手を取り合って踊りました。 のんきなおじいさんと陽気な鬼たちは、時が経つのも忘れて踊り続けました。 そのうちに、東の空が明るくなってきました。 もう、夜明けです。「コケコッコー」「ややっ、一番鳥が鳴いたぞ」 朝になると、鬼たちは自分の住みかに帰らなくてはなりません。「おい、じいさんよ、今夜も踊りに来いよ。それまでこのこぶを預かっておくからな。今夜来たら、返してやるから。・・・えい!」 鬼のお頭は、おじいさんのこぶをもぎ取ってしまいました。 おじいさんは、思わずほっペたをなでました。「おおっ、こぶがない」 傷も痛みも残さずに、おじいさんのこぶはきれいに無くなっていたのです。 それから村へ帰ったおじいさんは嬉しさのあまり、もう一人のこぶのおじいさんに夕べの事を話しました。「何! 鬼が取ってくれただと」 こっちのおじいさん、うらやましくてなりません。「よし! それらなわしも、鬼にこでを取ってもらおう」 そしてもう一人のおじいさんは、夜になると森の奥へ出かけて行きました。 やがて、おはやしの音が聞こえてきました。「あそこへ行けば、こぶを取ってもらえるのだな」 おじいさんは、輪になって踊っている鬼たちの方へ歩いていきましたが、鬼の怖い顔を見た途端、足が震えて歩けなくなりました。「こっ、怖いなー」  でも、鬼の所へ出て行かないと、こぶは取ってもらえません。 おじいさんは、思い切って鬼の前に飛び出しました。「よっ、待ってました!」「じいさん、今夜も楽しい踊りを頼むぞ!」 鬼たちは、大喜びです。 でも、鬼が怖くてブルブル震えているおじいさんに、楽しい踊りが踊れるはずはありません。「何だ、あの踊りは?!」  とても下手な踊りに、鬼のお頭はだんだん機嫌が悪くなって来ました。 そして怒った鬼のお頭は、、「ええい、下手くそ! こんな物は返してやる。二度と来るな!」 ペタン! こうしてこのおじいさんは、ほっぺたにもう一つのこぶを付けられてしまったのです。

9 とり年生まれむかしむかし、あるところに、吉四六さんという、ゆかいな人がいました。 吉四六さんの村の庄屋さんは、

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たくさんのニワトリを飼っていますが、ニワトリを放し飼いにするので村人たちはすっかり困っていました。「また、庄屋さんとこのニワトリが、家の野菜畑を荒らしたぞ」「こっちは、ほしもみが食われてしまった」 そこで村人たちが集まって、庄屋さんの所へ文句を言いに行ったのです。「庄屋さん、ニワトリの放し飼いは止めて下され」 すると庄屋さんは、平気な顔で、「わしは、酉年(とりどし)生まれだから、ニワトリだけは大事に飼わなければならんのでな」と、言って、放し飼いを止めようとしません。 そんなある時、このニワトリが吉四六の野菜畑に入って、大根の葉をすっかり食い荒らしてしまいました。「ああっ、家の大根が!」 怒った吉四六さんは大きな草刈りがまを振り上げて、畑を荒らす十羽のニワトリを殺してしまいました。 それを知ったおかみさんは、びっくりです。「お前さん、大変な事をしてくれたねえ。庄屋さんに、何と言ってあやまりに行ったらいいんだい?」「なあに、任せておけ。それより今夜は村の衆を呼んで、鳥料理のごちそうだ」 吉四六さんは、平気な顔で言いました。 さて次の朝、吉四六さんは大がまを振り上げて、庄屋さんの家に飛び込みました。「もう、我慢ならねえ! 村の衆に代わって、庄屋さんの首をもらいに来た!」「こら、吉四六! それは何の事だ!?」「おめえさまを生かしておけば、村の衆の命が危ねえからだ」「命が危ない? そら、一体どうして?」「庄屋さんとこじゃ、ニワトリを放し飼いにしとるだろうが!」「そ、そりゃ、わしが酉年の生まれだから、ニワトリを」「それだ! だからおら、おめえさまの首を切りに来たんだ。村の衆の命が危ねえ」 吉四六さんは、大がまを振り上げて言いました。「ま、待ってくれ、吉四六。ニワトリの放し飼いが、何で村の衆の命に?」「そら、庄屋さん、考えてもみなされ。 みんなが自分の生まれ年のけものを放し飼いにしたらどうなるか。 お前さまは酉年だからまだいいが、村の中にはトラ年生まれも、竜年生まれもいる。 トラや竜を放し飼いにしたら、村の衆の命はどうなる?!」 吉四六さんは一段と高く、大がまを振り上げました。「わかった、わかった。 放し飼いはやめるから! いや、もう二度とニワトリは飼わないから! だから、かまを下ろしてくれ!」 庄屋さんは吉四六さんに、ぺこぺこと頭を下げて頼みました。「そうか。村の衆の命が危ねえから、ニワトリ十羽の首はもらったが、庄屋さまの首は止めとするか」 吉四六さんはそう言うと、振り上げた大がまを下ろして引きあげて行きました。

10 若様は一人むかしむかし、彦一(ひこいち)と言う、とてもかしこい子どもがいました。 そのうわさは隣近所の町や村にまで広がり、とうとう、お城の殿さまの耳にまで入りました。「そんなに利口なら、一つとんちの力試しをしてやろう」 こうして彦一は、お城に呼ばれたのです。 彦一が、お城の大広間でかしこまっていると、やがて現れた殿さまが言いました。「そちが、ちまたで評判の彦一じゃな。 くるしゅうない、面(おもて→顔)を上げい。 ・・・ほほう、利発(りはつ→かしこそう)な顔をしておるな。 ところで余にも、お前くらいの若が一人おる。 その方、これからは若の遊び相手をしてやってくれ」 殿さまはこう言ったあと、家来の者に若さまを呼びに行かせました。 やがてふすまが開いて、一人、二人、三人、四人、五人と、同じ着物を着た子どもがぞろぞろと入ってきました。 着物だけではありません。 五人とも、兄弟の様に顔がよく似ています。「どうじゃ彦一。 お前に本当の若が当てられるか? さあ、うわさに聞く知恵で見事当てたら、褒美をつかわすぞ」 周りにいた家来でさえ、若さまを当てる自信がありません。 それを若さまを見た事のない子どもが見ただけで分かるはずがないと、殿さまは得意顔(とくいがお)です。「さあ、どうした。無理なら無理と、正直に言うがよい」 ところが彦一は、ニコニコしながら言いました。「どの子も同じように見えますね。 しかしわたしには、本物の若さまはちゃんと分かります。 本物の若さまは、手習いの後と見えて、手に墨(すみ)が付いていますよ」 この言葉につられて、本物の若さまは自分の手を見て、他の子どもはそれをのぞき込みました。 ところがどこを探しても、墨はついていません。「殿さま。そのお方が、若さまです」 彦一の賢さに、殿さまはすっかり感心して、「これはまいった。約束通り、褒美をつかわそう」 こうして彦一は、山の様な褒美をもらう事が出来たのです。

11 招き猫になったネコむかしむかし、江戸の上野の山の下にある乾物屋(かんぶつや)で飼われているネコが、たった一匹、子ネコを生みました。 その子ネコというのが、何と人間が怒った顔そっくりだったのです。 何日かすると、乾物屋の主人は、「何とも気味が悪い。まるで人を恨んでおるような顔じゃ。これでは客も怖がって、店に来なくなる。そんなネコ、早くどこかへ捨ててこい」と、店の若い者に、お寺の多い寺町に捨てに行かせました。 店の若い男は子ネコをふところに入れると、大きな池のほとりを歩いて寺町に向かいました。「ニャー」 途中でお腹が空いたのか、子ネコが鳴き始めました。「これ、鳴くのを止めないか」 店の若い男は、叱ろうとしてふところを開きました。 すると子ネコはいきなり飛び上がって、喉元に小さな口を押し当ててきたのです。 子ネコは、おっぱいを探していたのですが、それを噛みついて来たと勘違いした店の若い男は、「わあー! 何だこいつ!」と、大声を上げて、子ネコを振り落としました。 男の叫び声を聞いて、池のほとりにある茶店のおじいさんが飛び出してきました。「何じゃ。一体何事だ」 茶店のおじいさんは、若い男から子ネコの話を聞くと、「そんな事で捨てられるとは、何と可愛そうな事を。まあ、確かに少し変わった顔をしておるが、よく見れば可愛いじゃないか。よし、わしが飼ってやるから、置いて行きなさい」と、言って、その子ネコを茶店で飼う事にしたのです。

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 さて、それからはこの子ネコの顔が変わっているというので、わざわざ遠くから茶店に見に来る人が増えてきました。 子ネコはお客さんを招いてくれる『招きネコ』となって、池のほとりにあるおじいさんの茶店を繁盛させたという事です。

12 クッカルとカラスむかしむかし、カラスの羽は今の様な真っ黒ではなくて、赤い羽毛に紫や青緑の混じった、それは美しい色でした。 他の烏はみんな、そんなカラスをうらやましがっていました。 特に、クッカルは、「あーあ、おいらの着物は真っ黒なばかりで面白くない。一度でいいから、カラスさんの様な美しい着物を着てみたいな」と、思っていました。 クッカルというのは、カラスによく似たくちばしの長い鳥です。 そこである日、クッカルはカラスを騙して着物を取ってやろうと考えました。 そこでさっそく、カラスのところへ出かけて行って、「カラスさん、今日は暑いから水浴びに行こう」と、誘いました。 するとカラスは、「それはいいな。よし、行こう」と、言って、二人は森の奥の沼に出かけたのです。 そして、それぞれは自分の着物を脱いで、ザブーンと水に飛び込みました。 天気が良くポカポカと暖かいので、水浴びの好きな二人はとても楽しく遊びました。 ところがしばらくすると、クッカルは、「ありゃー、大事な用事を思い出した。すまないが先に帰るよ」と、言って、帰ってしまいました。 一人残されたカラスは、「あーあ、もうちょっと、一緒に遊びたかったのに」と、ぶつぶつ言いながら水からあがって着物を着ようとしたのですが、ところがどこを探しても自慢の美しい着物はなく、そこにあるのは真っ黒で汚い、クッカルの着物だけだったのです。「ややっ、さてはクッカルのやつ、おいらの着物を着ていったな」 カラスはクッカルに騙された事を知りましたが、もうどうしようもありません。 それで仕方なく、クッカルの着物を着て帰ったのです。 それからというものカラスは真っ黒で、クッカルはきれいな羽をつけているのだそうです。 そしてカラスはクッカルが憎くてたまらないので、今でもクッカルを見つけると目の敵にして追い回すのだそうです。

13 二人の甚五郎むかし、飛騨(ひだ→岐阜県)の山奥に、佐吉(さきち)という彫り物のとても上手な男が住んでいました。 ある時、佐吉は腕試しをしようと旅に出かけました。 ところが、尾張(おわり→愛知県)の国まで来た時には、持っていたお金をすっかり使い果たしてしまいました。 宿(やど)の支払いにも困った佐吉は、宿の主人に何か彫り物をさせてほしいと頼みました。「よし、それじゃ、宿代の代わりに、何か彫っておくんなさい」 主人が許してくれたので、佐吉はさっそく彫り始めました。 翌朝、佐吉は見事な大黒さまを、宿の主人に差し出しました。「これは見事! こんな素晴らしい大黒さまは見た事がない。これは、家の家宝にさせて頂きます」 大喜びする宿の主人に、佐吉は申し訳なさそうに。「彫る木が手元になかったもので、この部屋の大黒柱(だいこくばしら)をくり抜いて使わせてもらいました。お許しください」「・・・?」 宿の主人が大黒柱を調べてみましたが、傷一つ見当たりません。「はて、この大黒柱でしょうか?」 「はい。これです」 そう言って、佐吉がポンと手を叩くと、カタンと柱の木が外れました。 なるほど、確かに中は空洞です。 すっかり感心した宿の主人は佐吉の事を、その頃、日光東照宮(にっこうとうしょうぐう)の造営(ぞうえい→建物を建築する事)にたずさわっていた彫り物名人、左甚五郎(ひだりじんごろう)に知らせました。 甚五郎は、さっそく佐吉を呼び寄せて、「何でもいい、お前の得意な物を彫ってくれ」と、言いました。 そこで佐吉が彫ったのは、いまにも動き出しそうな見事な仁王(におう)さまです。 甚五郎はすっかり感心して、佐吉を東照宮の造営に参加させる事にしました。「わたしは、竜を彫ろう。佐吉、お前は山門のネコを彫れ」 天下の左甚五郎に認められたうれしさに、佐吉は力一杯彫り続けました。 毎日毎日彫り続けて、とうとう山門のネコが彫り上がりました。 そして、甚五郎やほかの弟子たちの仕事もすべて終わり、東照宮は完成しました。 検査(けんさ)の役人たちも、その見事さには、ただ驚くばかりです。 甚五郎を始め、みんなはたいそういい気分になり、その夜は酒やごちそうでお祝いをしました。 酒を飲み、歌い、盛り上がったみんなは、疲れていたのか、たくさんのごちそうを残したまま、グーグーと眠ってしまいました。 ところがその翌朝、みんなが目覚めてみるとどうでしょう。 あれほどたくさんあったごちそうが、一晩のうちになくなっているのです。「お前が食べたんじゃろうが!」「とんでもない、お前こそ!」 弟子たちの言い争いを聞くうちに、甚五郎と佐吉はハッと顔を見合わせました。 甚五郎はノミと木づちを持ち、山門へと急ぎました。 佐吉も黙って、あとを追います。 山門へ来てみると、佐吉の彫ったネコのまわりに、ごちそうを食いちらした跡があります。 甚五郎はクワッと目を見開くと、 カーン!と、ノミと木づちをふるいました。 その一刀のもとに、佐吉のネコは眠りネコになってしまいました。 佐吉は甚五郎の腕のあまりのすごさに、思わず地面にひれ伏しました。「左甚五郎先生!」 甚五郎は佐吉の肩に手を置き、しみじみと言いました。「佐吉よ、彫り物のネコに魂が入るとは、お前はまことの名人じゃ。これより、わしの名を取って『飛騨の甚五郎』と名乗るがよい」「はいっ、ありがとうございます!」 佐吉の彫ったネコは、そのあと、『日光東照宮の眠り猫』として、とても評判になりました。 それにつれて飛騨の甚五郎の名前も、大変有名になったという事です。

14 左甚五郎(ひだりじんごろう)の竜

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むかしむかし、宮津(みやず)地方では、田植えが終ったにもかかわらず一滴の雨も降らなかった事がありました。 困った村人たちは、「せっかくの稲が、これでは台無しだ。雨が降らないのは水の神さま、きっと竜神さまのたたりに違いない」と、成相寺(なりあいじ)の和尚さんに、雨乞いのお祈りを頼んだのです。 すると和尚さんは一晩中お経を唱えて、仏さまからいただいたお告げを村人たちに教えました。「何でも、この天橋立(あまのはしだて)に日本一の彫り物名人が来ておるそうじゃ。 生き物を彫れば、それに魂が宿るといわれるほどの名人らしい。 その名人に竜の彫り物を彫ってもらえば、それに本物の竜の魂が宿り、きっと雨を呼ぶであろう」 そこで村人たちが手分けをして探してみると、和尚さんの言う通り、左甚五郎(ひだりじんごろう)という彫り物名人が天橋立の宿に泊まっていたのです。 村人たちの熱心な願いに、左甚五郎は深くうなずきました。「仏さまのお告げに、わたしの名前が出てくるとは光栄です。 わかりました。 未熟者ですが、やってみましょう」 しかし引き受けたのは良いのですが、左甚五郎には竜がどんな姿なのかわかりません。 他人が描いたり彫ったりした竜の絵や彫り物は、今までに何度も見た事があるのですが、しかしそれはその人が考えた竜の姿で、本物の竜ではありません。「他人が作った物の真似事では、それに魂が宿る事はない」 そこで甚五郎は成相寺の本堂にこもり、仏さまに熱心にお祈りをしました。「仏さまのお導きにより、竜の彫り物を彫る事になりましたが、わたしは竜を見た事がありません。 名人と言われていますが、いくらわたしでも見た事もない物を彫る事は出来ません。 お願いです。どうぞ、竜の姿を拝ませて下さい」 そして数日後、甚五郎の夢枕に仏さまが現われて、こう言ったのです。「甚五郎よ。 そなたの願いを叶えてやろう。 この寺の北の方角に深い渕(ふち)がある。 その渕で祈れば、きっと竜が現れるはずじゃ」「はっ、ありがとうございました!」 さっそく甚五郎は案内人の男と二人で、世屋川(せやがわ)にそって北の方へ進んで行きました。 しかし奥へ進むにつれて人の歩ける道はなくなり、とうとう案内人は怖がって帰ってしまい、甚五郎は一人ぼっちで奥へと進んだのです。 険しい道でしたが、竜を見たいという甚五郎の心には、恐さも疲れも感じませんでした。 そしてついに甚五郎は、竜が現れるという、大きな渕にたどり着く事が出来たのです。 甚五郎は岩の上に正座をすると、そのまま三日三晩、一心に祈り続けました。(この渕に住む竜よ。一目でよい、一目でよいから、その姿を見せてくれ) すると、どうでしょう。 急にあたりが暗くなったかと思うと、大粒の雨がバラバラと降り始め、渕の奥から大きな竜が姿を現わしたではありませんか。 竜は口からまっ赤な火を吐きながら、今にも甚五郎に襲いかかろうとしました。 しかし、甚五郎は逃げません。 その竜の姿をまぶたに焼き付けようと、まばたきもせずにその竜を見つめました。 そして竜は真っ直ぐ甚五郎に向かって来て、身動き一つしない甚五郎にぶつかる直前に、すーっと消えました。 その途端に、甚五郎の全身にあふれんばかりの力がみなぎりました。 まるで竜の霊力が、甚五郎の体に宿ったかのようです。「おおっ! 竜を見た! わたしは竜を見たぞー!」 甚五郎は雄叫びを上げると急いで成相寺に戻り、それから何日も休む事なく、一心に竜を彫り続けました。 そしてやっと彫りあがった竜が成相寺にかかげられ、雨乞いの祈りが行われたのです。 すると不思議な事に、今まで晴れていた空が急に曇ると、ザーザーと大雨が降り始めたのです。「雨だ。雨が降ってきたぞー!」「竜のおかげだ! 甚五郎さまのおかげだー!」 村人たちは大喜びです。 そして今にも枯れそうだった稲も、みるみるうちに元気になりました。 この事があってから、甚五郎が竜に出会った渕は『竜ヶ渕(りゅうがふち)』と呼ばれる様になり、甚五郎が彫った竜は今も成相寺に大切に残されているそうです。

15 わらしべ長者むかしむかし、ある若者が、お寺で観音様(かんのんさま)にお願いをしました。「どうか、お金持ちになれますように」 すると、観音様が言いました。「ここを出て、始めにつかんだ物が、お前を金持ちにしてくれるだろう」 喜んだ若者は、お寺を出た途端、石につまずいてスッテンと転びました。 そしてそのひょうしに、一本のわらしべ(→イネの穂の芯)をつかみました。「観音様がおっしゃった、始めにつかんだ物って、これの事かなあ? とても、これで金持ちになるとは思えないが」 若者が首をひねりながら歩いていると、プーンと一匹のアブが飛んできました。 若者はそのアブを捕まえると、持っていたわらしべに結んで遊んでいました。 すると向こうから立派な牛車(ぎっしゃ)がやって来て、中に乗っている子どもが言いました。「あのアブが、欲しいよう」「ああ、いいとも」 若者が子どもにアブを結んだわらしべをあげると、家来の者がお礼にミカンを三つくれました。「わらしべが、ミカンになったな」 また歩いていると、道ばたで女の人が、喉が渇いたと言って苦しんでいます。「さあ、水の代わりに、このミカンをどうぞ」 女の人はミカンを食べて、元気になりました。 そしてお礼にと、美しい布をくれました。「今度は、ミカンが布になったな」 若者がその布を持って歩いていると、ウマが倒れて困っている男の人がいました。「どうしました?」「ウマが病気で倒れてしまったのです。町に行って布と交換(こうかん)する予定だったのに。今日中に布を手に入れないと、困るのです」「では、この布とウマを交換してあげましょうか?」 若者が言うと、男の人は大喜びで布を持って帰りました。 若者がウマに水をやったり体をさすったりすると、ウマはたちまち元気になりました。 よく見ると、大変立派なウマです。「今度は布が、ウマになったな」 そのウマを連れて、また若者が歩いていると、今度は引っ越しをしている家がありました。 そしてそこの主人が、若者の立派なウマを見て言いました。「急に旅に出る事になってウマが必要なのじゃが、そのウマをわしの家や畑と交換してもらえないかね」 若者は立派な家と広い畑をもらって、大金持ちになりました。 一本のわらしべから大金持ちになったので、みんなはこの若者を『わらしべ長者(ちょうじゃ)』と呼びました。

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16 竹から生まれた女の子むかしむかし、あるところに、子どものいない、おじいさんとおばあさんが住んでいました。「なあ、ばあさん。わしらにも子どもがあると、どんなにいいだろうね」「そうですね。でも、わたしもおじいさんも年ですから、もう無理ですね」「そうだな。寂しいことだ」 そんなある日の事、おじいさんが山へ竹を切りに行くと、何と竹の切り口から小さな女の子が飛び出して来たのです。「おおっ、これは神さまが授けて下さったに違いない」 おじいさんは大喜びで女の子を家に連れて帰ると、それはそれは大切に育てました。 女の子はすくすく育って、やがてとてもきれいな娘になりました。 ある日、娘が言いました。「おじいさん、おばあさん、わたしに機織り(はたおり)をさせて下さいな」「ああ、いいとも、いいとも」 おじいさんはさっそく町へ行って、機織り道具を買いました。 そして娘は、機織り道具を自分の部屋に置いてもらうと、「お願いですから、どんな事があっても、機を織るところを見ないで下さいな」と、頼みました。 それから何日かして、娘は出来上がった布をおじいさんに渡して言いました。「これを、町で売って下さいな」 その布は、たちまち高いお金で売れました。 おじいさんは布が出来るたびに町へ売りに行き、たくさんお金をもらって帰ってきました。 おかげで貧しかった家も、みるみるお金持ちになりました。「それにしても、何て不思議な布だ。売った人に聞いたが、あの布で着物を作ると心まで温かくなるそうな」「ほんにのう。いったい、どうやってあんな布が織れるのでしょうね」 おじいさんとおばあさんが、そのわけを娘に尋ねても、「はい、『おじいさんもおばあさんも幸せなれます様に』と、神さまにお祈りをして、一生懸命織るだけですわ」と、言うばかりです。 でもある日、とうとう我慢出来なくなった二人は娘との約束を破って、こっそり娘の部屋を覗いたのです。 すると、どうでしょう。 部屋の中では小鳥が一羽、自分の柔らかい羽を抜いて、それを布に混ぜながら機を織っていたのです。 小鳥はすっかりやせこけて、羽はすっかりボロボロです。「まさか、あの娘が小鳥だなんて」 二人は思わず、顔を見合わせました。 その途端、小鳥は、「ピィー」と、悲しそうに鳴き、そのまま外へ飛び出して山の方へ飛んで行きました。「ああ、娘や。約束を破って悪かった。謝るから、帰って来ておくれ」 でも、小鳥は二度と帰っては来ませんでした。 こうしておじいさんとおばあさんは、また子どものいないさびしい毎日を送る様になりました。

17 大工と三毛猫むかしむかし、江戸の神田に一人の大工がいました。  女房が死んで、とてもさびしかった大工は、一匹の三毛ネコを可愛がっていました。  大工は毎朝、ネコのごはんを用意してから仕事に出かけます。  そして夕方に仕事が終わると、ネコの大好きな魚をお土産に買って帰ります。  ネコも大工の事が大好きで、大工の足音を聞くと、ちゃんと迎えに出るのでした。  ところある時、この大工は目の病気になってしまいました。  そこで、医者に診てもらうと、 「これはひどい眼病ですな。残念ですが、とてもわしらの力では治す事は出来ません」 と、言うのです。  それからはあまり仕事が出来なくなり、大工はとても貧乏になりました。  もちろん、ネコに魚を買ってやる事も出来ません。  ある晩、大工はネコに向かって言いました。 「なあ、みけや。おれの目は白く濁る病気で、とても治りそうもない。仕事が出来ずに暮らしも悪くなり、このままではお前を養う事も出来んかもしれん。いったい、どうしたものかのう?」  大工は語りかけているうちに、うとうとと、眠ってしまいました。  するとネコは、その話がわかったかのように、 「ニャー」 と、小さく鳴くと、大工にすり寄って、大工の目をしきりに舐め始めたのです。  右の目を舐めると、今度は左の目を舐めます。  それに気づいた大工は、 (変な事をするわい)と、思いましたが、目を舐められると、とても気持ちがいいので、ネコの好きなようにさせていました。  それからというもの、ネコは暇さえあれば、大工の目を舐めてくれたのです。  すると不思議な事に、大工の目の濁りは、だんだんと薄れてきました。  そして十日ばかりたつと、大工の目はすっかり治って、両目ともとてもよく見えるようになったのです。  ところがその頃からネコの目が白く濁っていき、ついにネコの目は見えなくなってしまったのです。  でも、心配する事はありません。  目の治った大工は目の見えなくなったネコを今まで以上に可愛がり、ネコは何不自由なく幸せに大工と暮らしたのでした。

18 大力の坊さんむかしむかし、比叡山(ひえいざん)の延暦寺(えんりゃくじ)に、実因僧都(じついんそうず)という坊さんがいました。 広く仏教について勉強をしたとても偉い坊さんでしたが、この人は、とても力持ちの坊さんとして有名でした。 これは、その実因(じついん)のお話です。 実因が、昼寝をしていた時の事です。 若い元気な弟子たちが師の力の強さを試そうと思い、クルミを八つ持って来て実因の足の指の間に一つ一つ挟んだのです。(・・・おや?) 実因はそれに気がついたのですが、わざとタヌキ寝入りをして、弟子たちのするのに任せていました。 しばらくして、「ううーん、よく寝たわい」と、力を入れてのびをすると、クルミの実が八つともバリッと砕けてしまったという事です。 さて、その実因が、宮中(きゅうちゅう)で行われたご祈祷に呼ばれた事がありました。 それが終わると他の坊さんたちは帰って行きましたが、話し好きの実因はそこに残って色々と話し込んでいるうちに、すっかり夜もふけてしまいました。「遅くなったな。さて、帰るとするか」 実因は、やっと立ち上がりました。 周りを見回しましたが、どこに行ったのか、お供の坊さんの姿が見えません。 ただ履き物が、きちんと並べてあるばかりです。「どこへ行ったかな? まあ、いいか」 実因は履

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き物をはいて下に下りると、秋門(しゅうもん)から外に出ました。 外といっても、ここはまだ御所の内です。 ちょうど、明るい月が出ています。「いい月だ、少し歩いてみよう」 ふらふらと歩き出すと、どこから忍び込んできたのか一人の男が現れました。 そして実因の姿を見ると、すたすた歩み寄って来て、「これはお坊さま。お供も連れず、どちらにおいでですか? さあ、わたしの背中におぶさりなさいませ。どこなりと、お連れいたしましょう」と、声をかけました。 そこで実因は、「それは、ありがたい」と、その男におぶってもらいました。 男は実因をおぶると、どんどん歩き出しました。 体の大きな、とても元気そうな若者です。 まるで走る様に御所を出ると、左に折れてしばらく行って立ち止まりました。「さて、ここで、降りて下され」 男は実因を背中から降ろそうとしましたが、実因は、「こんな所へ用はない。わしは、お寺の学寮(がくりょう)へ行こうと思っていたのじゃ」と、平気な顔で答えて、降りようとしません。「何だと!」 男は、実因が怪力の持ち主である事を知りません。 立派な着物を何枚も重ねて着た普通の坊さんだと思っていたので、脅かしてその着物を奪い取ってやろうとしたのです。「この坊主め! 命がおしけりゃ、さっさと着物を脱いでいけ!」 しかし実因は、落ち着いた声で言いました。「なるほど、着物が目当てとは知らなかった。 てっきり、老人のわしが一人歩きをしているのを見て可愛そうに思い、こうしておぶってくれたのだとばかり思っていたわい。 しかし、この秋の夜ざむに着物を脱ぐわけには」 そう言いながら実因は、左右の足で男の腰をぎゅっと締め付けました。 その力はあまりにも強く、まるで腰がちぎれる様な痛さです。「ああっ! いて、て、て。このくそ坊主! 早く降りやがれ!」「くそ坊主?」 実因は、いっそう足に力を入れました。「いや、その、・・・お坊さま」 男は、泣きそうな声で謝りました。「お坊さま、私が悪うございました。 考え違いをしていました。 お坊さまの着物をはぎとろうなど、わたしが馬鹿でございました。 この上は、どこへなりともお供いたします。 ですから、ですからどうか、腰を、腰をちょっとお緩めになってくださいませ。 このままでは、本当に腰が折れてしまいます」「何だ、若いくせにだらしない奴め」 実因は、腰を緩めてやりました。 すっかり観念した男は、実因を背負いなおすと小さい声で尋ねました。「あの、どちらへ、おいででございましょうか?」「うむ、えんの松原へ行ってくれ。わしはあそこで月を見ようと思っていたのに、お前が勝手にこんな所におぶって来たのじゃ」「はい。では」 男は実因をおぶったまま御所に引き返して、えんの松原に連れて来ました。「あの、着きましたので、お降りになって下さいませ。わたしはここで失礼します」 しかし実因は降りようとはせず、「ああ、いい月だ」と、言って、月をいつまでも眺めています。「あの、どうかお降りになって」 男は頼みましたが、しかし実因は知らん顔で言います。「次は、右近の馬場へ言ってみたい。そこへ連れて行け」「あの、そこまではとても。どうか、お許し下さい」「右近の馬場だ」 実因は、また足に力を入れました。「あ、いて、いて。分かりました。参りますから、ご勘弁を」 男は仕方なく、もう一度実因を背負い直すと御所の外に出ました。 そして右に曲がり、やっとの事で右近の馬場にたどり着きました。 しかし、そこでも実因は降りようとせず、月を眺めたり歌を詠んだりしていました。「さて、次は喜辻(きつじ)の馬場(ばば)を、下の方へ散歩してみたい。連れて行ってくれ」 男はへとへとですが逆らう事が出来ず、ため息をつきながらそこまでおぶって行きました。 そしてその後は、西宮(にしのみや)へも行きました。 こうしてその男は実因を一晩中おぶい続けて、夜明け頃、やっとお寺の学寮に送り届けたのです。 実因は奥に入ると、一枚の着物を持って出て来ました。 そして、疲れ切って動く事が出来ない男に、その着物を与えると、「これは駄賃だ。持って帰れ。・・・だが、次は許さぬから気をつけよ」と、言って、奥に入って行きました。

19 一休のくそとなれむかしむかし、一休さん(いっきゅうさん)と言う、とんちで評判の小僧さんがいました。 まだ一休さんが小さい頃、始めて修行をしていたお寺の和尚(おしょう)さんは、ひどいけちん坊でした。 おまけにお寺では食べてはいけない、塩ザケをみそ汁の中へ煮込んで、「ああ、うまい、体が温まるのう」と、平気で食べているのです。 当然、一休さんたち小僧には、一切れも分けてはくれません。 しかも塩ザケを食べる時の、和尚さんの言葉がとても気どっていました。「これなる塩ザケよ。 そなたは、枯れ木と同じ。 いくら助けたいと思うても、今さら生きて海を泳ぐ事など出来ぬ。 よって、このわしに食べられ、やすらかに極楽(ごくらく)へまいられよ」 それを聞いた一休さんは、「ふん、自分で料理しておきながら、何が極楽だ」と、他の小僧たちと腹を立てていました。 さて、ある日の事。 一休さんは朝のお務めをすませると、魚屋へ走って行って大きなコイを一匹買って来ました。 そしてお寺へ戻ると、まな板と包丁を取り出して、なベをかまどにかけました。 それを見た和尚さんは、ビックリして言いました。「一休! お前、そのコイをどうするつもりぞ!」「はい。このコイを食べます。この前、和尚さんに教わったお経を唱えますので聞いて下さい」「お前、正気か!」「はい、正気でございますとも」 一休さんは少しも慌てず、コイをまな板へ乗せてお経を唱えました。「これなる生きゴイよ。 そなたは、この一休に食べられて、くそとなれ、くそとなれ」 唱え終わると一休さんはコイを切り身にして、なベに放り込みました。「むむっ。・・・『くそとなれ』か」 和尚は、今まで塩ザケに向かって『極楽へまいられよ』と言っていたのが恥ずかしくなりました。『くそとなれ、くそとなれ』と、本心を言った小さな一休さんに、してやられたと思ったのです。(こいつはきっと、大物になるぞ。わしの所ではなく、もっと良い和尚の所にあずけるとするか)「それでは、頂きます」 一休さんは和尚さんの顔色などうかがう事なく、他の小僧たちと一緒にコイこくをおいしそうに食べました。※ コイこくとは、コイを輪ぎりにして煮込んだみそ汁です。

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20 まさかの話むかしむかし、吉四六 ( きっちょむ ) さん と言う、とてもゆかいな人がいました。 吉四六さんの村には、話しを聞くのが何よりも好きな、お金持ちのおじいさんがいました。 人から色々と話しを聞くのですが、話しが面白くなると、「まさか、そんな事はありゃんすめえ」と、必ず言うのです。 だから、この頃は誰も相手にしてくれません。「退屈だな。誰か話をしてくれんかな」 おじいさんがそう思っていると、ちょうど吉四六さんが通りかかったので、おじいさんが話しをしてくれとせがみました。「まあ、しても良いですが、話しの途中で、『まさか、そんな事はありゃんすめえ』と、言わない約束をしてくれますか?」 吉四六さんが聞くと、「いいとも。もし言ったら、米を一俵(いっぴょう)やろう」と、おじいさんは約束しました。「それでは、話しましょう」 縁側に腰をかけると、吉四六さんが話し始めました。「むかし、ある国の殿さまが立派なカゴに乗って、家来を連れて旅をしていた。 殿さまのカゴが山道にさしかかると、どこからかトンビが一羽飛んで来て。『ピーヒョロロロロ』と、カゴの周りをグルグル舞い始めたのです」「ふむ、なるほど」「『何と良い鳴き声じゃ。どこで鳴いておるのじゃ』と、殿さまがカゴの戸を開けて体を乗り出すと、トンビが鳴きながら殿さまの羽織のそでに、『ポトン』と、フンを落とした」「ふーむ、なるほど」 おじいさんは米を一俵も取られては大変と、いつもの口ぐせを言わない様に気をつけています。「殿さまは家来に言いつけて、『はよう、羽織の代わりを持ってまいれ』と、命じて、持って来た羽織に着替えた」「なるほど、なるほど」「羽織を着替えてしばらく行くと、また先程のトンビが、『ピーヒョロロロ』と、鳴いたので、殿さまがまたカゴの戸を開けて体を乗り出すと、今度はトンビのフンが殿さまの刀にポトン」「うーむ。まさか・・・」 おじいさんは言いかけて、危なく思い止まりました。「殿さまは家来に言いつけて、刀の代わりのを持って来させた。 しばらく行くと、またまたさっきのトンビが、『ピーヒョロロロ』と、鳴いたんだ。 殿さまがカゴの戸を開けて、またまた体を乗り出すと、今度はトンビのフンが殿さまの頭にポトン。 すると殿さまは、『はよう、首の代わりを持ってまいれ』と、家来に命じて、自分の刀で首をチョンと切ってな。 家来の持って来た代わりの首とすげ代えて、そのまま何事もなく旅を続けたそうじゃ」 おじいさんは、思わず、「まさか、そんな事はありゃんすめえ!」と、大声で言ってしまいました。「へい。米を一俵ありがとうございます」 こうして吉四六さんは、おじいさんから約束の米をもらうと、さっさと帰って行きました。

21 無用の位 むかしむかし、ある山国の村に、伊助(いすけ)と名前の正直で働き者の男がいました。 身寄りのない伊助は、朝から晩まで村人の手伝いをして暮らしていました。 ある年の事、伊助は都へ奉公(ほうこう→他家に住み込んで働く事)にあがる事になりました。 伊助が奉公したのは、たいそう位の高い公卿(くぎょう)さまの屋敷でした。 伊助は、水くみ、まき割り、ウマ小屋の掃除と、一日中休みなく働き続けました。 そして長い長い年月がたち、年を取ってった故郷(こきょう)が恋しくなった伊助は、公卿さまにお願いをしました。「どうか、おいとまを下さりませ」「どうした? 勤めが辛くなったか?」「いいえ、故郷に帰って、なつかしい人たちと暮らしとうございます」「そうか」 公卿さまは伊助がよく働いた礼に位を授けて、故郷に錦(にしき)を飾らせてやろうと思いました。「これ伊助、近うよれ」 公卿さまは、伊助の頭に冠(かんむり)を乗せると、「伊助、位を頂いたからには、いつも大切に身にまとうのだぞ」「は、はい」 冠をつけた伊助は、何だか自分が偉くなった様な気がしました。 さて、何十年ぶりに帰ってきた伊助を見て、村人は驚き喜びました。「伊助さん、立派になったもんじゃ」「ほんに出世して、伊助さんは村の誇りじゃ」 口々に褒められた伊助は、つんととりすまして言いました。「なに、それほどもないわい」 それから伊助は広い土地を手に入れて、大きな家を建て始めました。 そんな伊助に、なじみの友だちが声をかけます。「伊助、畑にゃ、何を植える?」「これ! 口の聞き方が悪いぞ!」「・・・へっ?」 伊助の偉そうな態度に、なじみの友だちはびっくりです。 村人は初めのうちは大歓迎で色々と世話をしましたが、やがて誰も伊助に近づこうとはしなくなりました。 ある日、伊助は村人が立ち話をしているのを聞いてしまいました。「伊助さんは、何であんなに威張っているんじゃ?」「位なんか授かると、ああも人間が変わる物かのう。あれではまるで、化け物じゃ」 伊助は、ハッとしました。「そ、そうか。この冠の為に、お、おらは・・・」 伊助はすぐに、都へと旅立ちました。「何? 位を返したいとな?」「はい、公卿さま。わたしは故郷で、みんなと仲良く暮らしたいと思っておりました。 ところが位を授かったばかりに、一人ぼっちで寂しく暮らす事になりました。 わたしの様な者には、この位は無用の長物(むようのちょうぶつ → あっても、かえって邪魔になるもの)なのです。ですからこれは、お返しします」 位を返した伊助は、すっかり百姓(ひゃくしょう)らしい身なりで村に帰って来ました。「どうしたんじゃ。そのなりは?」「ああ、冠も着物も、位と一緒にきれいに返してきたわい」 伊助はそう言うと、すぐに畑に出て働き始めました。 それから伊助は村のみんなと仕事に励み、仲良く幸せに暮らしたという事です。

22 雪女むかしむかしの、寒い寒い北国でのお話です。 あるところに、茂作(しげさく)とおの吉という木こりの親子が住んでいました。 この親子、山がすっぽり雪に包まれる頃になると、鉄砲を持って猟に出かけて行くのです。 ある日の事、親子はいつもの様に雪山へ入って行きましたが、いつの間にか空は黒雲に覆われて、吹雪

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(ふぶき)となりました。 二人は何とか、木こり小屋を見つけました。「今夜はここで泊まるより、仕方あるめえ」「うんだなあ」 チロチロと燃えるいろりの火に当たりながら、二人は昼間の疲れからか、すぐに眠り込んでしまいました。 風の勢いで戸がガタンと開き、雪が舞い込んできます。 そして、いろりの火がフッと消えました。「う~、寒い」 あまりの寒さに目を覚ましたおの吉は、その時、人影を見たのです。「誰じゃ、そこにおるのは?」 そこに姿を現したのは、若く美しい女の人でした。「雪女!」 雪女は眠っている茂作のそばに立つと、口から白い息を吐きました。 茂作の顔に白い息がかかると、茂作の体はだんだんと白く変わっていきます。 そして眠ったまま、静かに息を引き取ってしまいました。 雪女は、今度はおの吉の方へと近づいて来ます。「たっ、助けてくれー!」 必死で逃げようとするおの吉に、なぜか雪女は優しく言いました。「そなたはまだ若々しく、命が輝いています。 望み通り、助けてあげましょう。 でも、今夜の事をもしも誰かに話したら、その時は、そなたの美しい命は終わってしまいましょう」 そう言うと雪女は、降りしきる雪の中に吸い込まれ様に消えてしまいました。 おの吉は、そのまま気を失ってしまいました。 やがて朝になり目が覚めたおの吉は、父の茂作が凍え死んでいるのを見つけたのです。 それから、一年がたちました。 ある大雨の日、おの吉の家の前に一人の女の人が立っていました。「雨で、困っておいでじゃろう」 気立てのいいおの吉は、女の人を家に入れてやりました。 女の人は、お雪という名でした。 おの吉とお雪は夫婦になり、可愛い子どもにも恵まれて、それはそれは幸せでした。 けれど、ちょっと心配なのは、暑い日差しを受けると、お雪はフラフラと倒れてしまうのです。 でも、やさしいおの吉は、そんなお雪をしっかり助けて、仲良く暮らしていました。 そんなある日、針仕事をしているお雪の横顔を見て、おの吉はふっと遠い日の事を思い出したのです。「のう、お雪。わしは以前に、お前の様に美しいおなごを見た事がある。 お前と、そっくりじゃった。 山で、吹雪にあっての。 その時じゃ、あれは確か、雪女」 すると突然、お雪が悲しそうに言いました。「あなた、とうとう話してしまったのね。あれほど約束したのに」「どうしたんだ、お雪!」 お雪の着物は、いつのまにか白く変わっています。 雪女であるお雪は、あの夜の事を話されてしまったので、もう人間でいる事が出来ないのです。「あなたの事は、いつまでも忘れません。 とても幸せでした。 子どもを、お願いしますよ。 ・・・では、さようなら」 その時、戸がバタンと開いて、冷たい風が吹き込んできました。 そして、お雪の姿は消えたのです。

23 カニの相撲天下人となった秀吉(ひでよし)は、大阪城(おおさかじょう)と言う、大きなお城に住んでいました。 大阪城にはきれいな池があって、そこには金で作ったカニが置いてありました。 それも、一匹や二匹ではありません。 大きいのやら小さいのやら、何百匹ものカニがキラキラと光り輝いていました。 ところが秀吉は、今度京都に新しい城を作ったので、そちらに引っ越す事にしたのです。 そこで秀吉は、この池の金のカニを家来たちに分けてやる事にしました。「お前たちに金のカニを分けてやるが、誰にでもやるのではない。 何故、カニが欲しいのか。 カニを、どう言う事に使うのか。 その訳を言うがよい。『それなら、カニをやってもよい』と、思う様な訳を言った者にだけ、分けてやる事にしよう」 家来たちはみんなは首をひねって、何と言えば、あのカニをもらえるだろうかと考えました。 そのうち、一人が進み出て言いました。「殿さま。わたくしは、床の間の飾り物にしたいと思います。ぜひ、一匹下さいませ」「おお、床の間の飾りか。それなら良かろう。お前には大きいのを一匹つかわそう」「はい。ありがとうございます」 その家来は大きいカニを一匹もらって、得意そうな顔をしました。 すると、もう一人の家来が言いました。「わたくしは、書が趣味です。ですから紙を押さえる文鎮(ぶんちん→紙が動かない様にする重り)にしたいと思います」「そうかそうか。文鎮なら良かろう。ただ、文鎮では大きすぎては邪魔だから、小さいのを一匹つかわそう」「はい。ありがとうございます」 その家来は小さいカニを一匹もらって、少し残念そうな顔をしました。 それからみんなは、次々と色々な事を言ってカニをもらいました。「わたくしは、子どもや孫の代まで、いいえ、もっと先まで伝えて、家の守り神にしたいと存じます」「わたくしは、・・・」「わたくしは、・・・」 ところが家来の一人の曽呂利(そろり)さんだけは、みんなの様子を黙って見ているだけで、何も言いません。「これ、曽呂利。お前はさっきから何も言わないが、カニが欲しくないのか?」 秀吉が尋ねると、曽呂利はつるりと顔をなでて、「いえいえ、もちろん、わたくしも頂きとうございます。しかし」「しかし、どうした?」「わたくしの使い方は、一匹では足りませんので」「何?一匹では足りぬと。ふむ、一体何に使うのじゃ?」「はい。わたくしは勇ましい事が大好きでございますので、あのカニに相撲を取らせてみたいのでございます」「ほう、相撲か。なるほど考えたな。よし、では二匹をつかわそう」「いえいえ、相撲はやはり東と西に分けて、横綱(よこづな)、大関(おおぜき)、小結(こむすび)、幕下(まくした)と、それぞれいなければ面白くありません」「おおっ、確かにそれもそうじゃ。それでは曽呂利よ、残りのカニは、みんなそちにやろう。持っていけ」「はっ、ありがとうございます」 曽呂利さんはニコニコ顔で、残りのカニを全部持って行ってしまいました。 その為に、カニをもらいそこなった家来たちは、「曽呂利め、相撲とは考えたな。それならわしは、武者合戦(むしゃがっせん)とでも言えば良かったわ」と、悔しがったそうです。

24 貧乏神と福の神むかしむかし、ある村に、とても貧乏な男がいました。 働き者の男ですが、いくら働いても暮らしはちっとも楽になりません。 それと言うのも、実は男の家には貧乏神が住み着いていたからです。 そんな男に、村

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の人たちが嫁(よめ)の世話をしました。 この嫁は美人な上に働き者で、朝から晩まで働きます。「いい嫁ごだ。よし、わしも頑張るぞ!」 男は以前にも増して、働く様になりました。 そうなると、困ったのは貧乏神です。「何とまあ、よう働く夫婦じゃ。これでは、ここに居づらくなってきたのう。わしゃ、どうすればいいんじゃろう?」と、だんだん元気がなくなってきました。 それから何年かたった、ある年の大晦日。 男の家では、わずかながらもごちそうを用意して、ゆっくりと正月を迎えようという時。「うぇ~ん、うぇ~ん」 天井裏から、泣き声が聞こえてきます。「おや? 誰じゃろう?」 男が見に行くと、何とも汚い身なりのおじいさんが一人、声を張り上げて泣いていました。「あんたは、一体誰かね?」「わしか? わしゃ、貧乏神じゃ。 ずっとむかしからこの家に住んでおったのに、お前ら夫婦がよう働くもんで、今夜、福の神がやって来るちゅうんじゃ。 そしたらわしは、出て行かんとならんのだ。 うぇ~ん、うぇ~ん」 男は自分の家の守り神が貧乏神と聞いて少しガッカリしましたが、それでも神さまは神さまです。 下の部屋に降りてもらって、嫁に訳を話しました。 そして貧乏神が可哀想になった男は、ついこんな事を言いました。「せっかく、長い事おったんじゃ。これからもずっと、ここにおって下され」 すると、嫁も口をそろえて。「そうじゃ、そうじゃ。それがええ」 どこへ行っても嫌われ者の貧乏神は始めて優しい言葉をかけられて、今度は嬉し泣きです。「うぇ~ん、うぇ~ん」 こうしているうちに夜もふけて、除夜(じょや)の鐘が鳴り始めました。 これが、神さまの交代する合図です。 その時、♪ トントントンと、戸を叩く音がしました。「こんな夜更けに、どなたですじゃ?」「ガッハハハハ。 お待たせ、お待たせ。 わしは神の国からはるばるやって来た幸福の使い。 誰もがわしを待ち望む 福の神だー!」 ついに、福の神がやって来ました。 福の神は、貧乏神に気がつくと、「何だ、薄汚い奴め、まだおったんか。はよ出て行かんと、力ずくでも追い出すぞ!」 だが、貧乏神も負けていません。「なにお~っ!」と、福の神に突進しましたが、やせてヒョロヒョロの貧乏神と、でっぷりと太った福の神では勝負になりません。 それを見ていた夫婦は、「あっ、危ない!」「貧乏神さま、負けるでねえぞ!」 それを聞いておどろいたのは、福の神です。「何で? 何で、貧乏神を応援するんじゃあ?」 夫婦は貧乏神と一緒に、福の神を家の外へ押し出します。「わっせい! わっせい!」 とうとう三人がかりで、福の神を家の外へ押し出してしまいました。 追い出された福の神は、あぜん、ぼうぜん。「わし、福の神よ。 中にいるのが、貧乏神。 貧乏神は嫌われて、福の神は大切にされるはずなのに。 これはいったい、どういう事?」 首をひねりながら、すごすごと引きあげて行きました。「やった、やった!」 次の日は、めでたいお正月です。 貧乏神も一緒に、お正月のお祝いをしました。 それからというもの貧乏神のせいで、この家はあまり金持ちにはなりませんでしたが、それでも元気で幸せに暮らしたという事です。

25 乙姫様のくれたネコ むかしむかし、三人の娘を持ったお百姓(ひゃくしょう)さんがいました。 三人とも、とっくに嫁いでいたのですが、どういうわけか一番上の娘だけはひどい貧乏暮らしで、その日の食べ物もあるかないかの有様です。 お百姓さんは毎年暮れになると、三人の娘の婿を呼ぶ事にしていました。 妹二人の婿は金があるので、お土産に酒やら炭俵(すみだわら)をたくさん持って来ます。 お百姓さんも、おかみさんも大喜びで、「よう来た、よう来た。さあ、遠慮無く入りなさい」と、言いながら、ごちそうを出してもてなしました。 ところが姉婿は金がないので、いつも山から取って来たしばの束をかついで行き、「たきつけにでも、して下さい」と、言いました。(ふん。こんな物しか、持って来れらないのか) お百姓さんもおかみさんも馬鹿して、姉婿にはただの一度もごちそうを出した事がありません。 さて、今年も年の暮れになり、三人の婿たちがお百姓さんの家へ呼ばれる事になりました。 相変わらず、しばの束しか持っていけない姉婿は、家を出たものの、どうしてもお百姓さんの所へ行く気がしません。(どうせ持って行って馬鹿にされるだけだ。それなら、乙姫(おとひめ)さまに差し上げた方がましだ) 姉婿は海辺に行くと、「竜宮 ( りゅうぐう ) の乙姫さま、おらのお歳暮(おせいぼ→年の終わりに贈る贈り物)にもらって下さい」と、言って、海の中にしばの束を投げ込みました。「・・・さあ、家に帰るとするか」 姉婿がそのまま家に帰ろうとすると、ふいに海の中から美しい女が出て来て言いました。「ただいまは、結構(けっこう)な物をありがとうございました。乙姫さまがお礼をしたいそうですから、わたしと一緒に来て下さい」 姉婿は、ビックリです。「と、とんでもない。おらあ、お礼なんかいらねえ。それに泳ぐ事も出来んし」「大丈夫ですよ。わたしがおんぶしていきますから、目をつむっていて下さいな。さあ、遠慮せずに、わたしの背中に」 女が親切に進めるので、姉婿は仕方なく女におぶさって目をつむりました。 その途端、気が遠くなって何が何だかわからなくなりました。「さあ、お疲れさま。着きましたよ」 言われて目を開けると、何と立派な座敷(ざしき)に座っているではありませんか。 目の前には山の様なごちそうがあり、美しい音楽まで聞こえてきます。「ささっ、どんどん召しあがれ」 女のついでくれるお酒を飲んだ姉婿は、思わずうなりました。 こんなうまい酒は、今まで飲んだ事がありません。 それにごちそうも信じられないほどのうまさで、まるで夢を見ている気分です。 姉婿がウットリしていると、女が小声で言いました。「乙姫さまが何かあげようと言われたら、『何もいりませんが、ネコを一匹下さい』と、言いなさい」(でも、貧乏だからネコなんかもらっても、育てられるかな?) 姉婿が考えていたら、乙姫さまが天女(てんにょ)の様な羽衣を着た女たちを引き連れて座敷にやって来ました。「贈り物をありがとうございます。お礼を差し上げますので、何でも欲しい物を言いなさい。もし望みの物がなければ、玉手箱(たまてばこ)などは、・・・」(玉手箱なんて、とんでもない!) 姉婿は、大きな声で言いました。「ネコを一匹下

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さい!」「まあ、ネコをくれですって? ネコは、竜宮に一匹しかいない宝物。 ・・・でも、あなたの望みとあらば仕方ありません。 いいですか。 竜宮のネコは一日にアズキ一合を食べさせると、一升(いっしょう→一合の十倍で約一・八リットル)の小判を生みます。 どうぞ、いつまでも可愛がって下さいね」 乙姫さまはそう言って、可愛いネコを一匹くれました。 姉婿はネコを抱いて、さっきの女の背中につかまりました。 目をつむると気が遠くなり、目が覚めた時には元の海辺に立っていて、一匹のネコを抱いていました。 姉婿は大喜びで家に戻ると嫁さんに訳を話し、とっておきのアズキを一合食べさせました。 するとネコのお尻から、♪チャリーン♪チャリーンと、小判がドンドン飛び出して来て、見る見るうちに一升分ほどになりました。 姉婿はその小判で大きな魚やら高価な着物を買い込み、それを持ってお百姓さんの家へと行きました。「どうして、こんな高価なものを?」 お百姓さんもおかみさんも飛び上がるほど喜び、姉婿に初めて酒やごちそうをふるまいました。「それにしても、しばの束しか持って来られないお前が、どうやって金持ちになった?」 二人が聞くので、姉婿は乙姫さまからネコをもらった事を正直に話しました。「何と、竜宮のネコだって!」 欲の深いおかみさんは、急にそのネコが欲しくなりました。「なあ、すまんがわしらに、そのネコを貸してくれ」 そう言って二人は、姉婿と一緒に家までついて来ます。 姉婿も嫁さんも、仕方なく、「それなら、ほんの二、三日だけですよ。それから一日に一合のアズキを、食わせるようにして下さい」と、言って、ネコを渡しました。(しめしめ、このネコさえいれば、大金持ちになれるぞ) 二人は家に戻ると、さっそくアズキを一合食べさせようとしましたが、(待てよ、一合で一升の小判を生むなら、五合食わせれば五升の小判を生むわけだ) そこで嫌がるネコに無理矢理五合のアズキを食べさせると、ネコはとっても臭いフンを山の様に出して、そのまま死んでしまいました。「なんだ、なんだ。小判を生むなんて、とんでもない。山の様なフンなんかしやがって!」 お百姓さんもおかみさんもカンカンに怒って、姉婿の家へ怒鳴り込んで来ました。「よくも、わしらを騙したな」「そんな。騙すなんて、とんでもない」 姉婿は、すぐにお百姓さんの家へ行って、死んだネコをもらい受けて来ました。「可愛そうに。どうか、かんべんしておくれ」 姉婿はネコを庭に埋めて、毎日手を合わせました。 すると二、三日して、ネコを埋めた所から南天(なんてん→メギ科の常緑低木)の木が生えてきて、見る見る大きくなり、たくさんの実をつけました。 姉婿はそれを見ると、可愛かったネコの目を思い出して、思わず木をゆさぶってみました。 すると南天がバラバラこぼれて、何と黄金に変わったのです。 黄金のおかげで姉婿は大金持ちになり、姉娘は三人の姉妹の中で一番幸せ一生を送ったという事です。

26 牡丹の花と若者むかしむかし、能登の国(のとのくに→石川県)に、一人の若い百姓がいました。 若者は子どもの頃から木や花が好きで、よく山へ行っては珍しい草や花を取って来て庭のすみに植えたり、鉢で育てたりして大事にしていました。 この若者が住む村境に深見山(ふかみやま)といって、一段と高い山があります。 さて、ある暑い夏の日の事。 若者が深見山を歩いていると、どこからともなく良い香りが漂ってきました。 甘い様な、酸っぱい様な、それでいてどこか懐かしい、とても不思議な花の香りです。 花の事なら何でも知っている若者でしたが、この香りをかいだのは今日が始めてです。(いったい、何の花だろう?) 若者は香りをたよりに、山の奥へ奥へと歩いて行きました。 しばらくして辺りを見回すと、尾根一つ越えた向こうの山に、薄紅色の花畑がありました。 さっそく尾根づたいに、若者は花の方へと近づいて行きました。 めったに人の入らない道もない山奥を進み、もう少しという所で若者は思わず足を止めました。 そこはちょうど馬の背中の様に、右を見ても左を見ても切り立った岩山です。 それでも若者は花を見たい一心で岩角を掴み、木の根につかまって高い崖の上をはう様にして渡って行きました。 何とか渡り終わると、そこは目の覚める様な一面のお花畑です。 見た事もない大きな牡丹(ぼたん)の花が、いっせいに咲ききそっていました。「ああ、こんな山の中に、こんなに美しい牡丹の花があるとは。それにしても、もう季節もはずれているのに」 どう考えても不思議ですが、でも花の大好きな若者は夢の中へ誘い込まれる様な香りに胸を踊らせて、しげしげと花に見とれていました。 たくさんの花の中でも、特別あざやかな花を咲かせた大牡丹が、ひときわ若者の目を引きつけました。「ああ、何と美しいのだろう。こんな花を家の庭に咲かす事が出来たら」と、思わず、つぶやいた時です。 突然花のかげから、一人の乙女(おとめ)が現れました。 まるで天女の様な、美しい乙女です。(こんな所に人がいるとは。まさか天女?) 不思議に思いながらも、若者はその乙女を見つめていました。 乙女は何の音も立てずに若者のそばへ近よって来ると、にっこりと笑って言いました。「その花を一枝、わたしに折って下さいな」 その声があまりにも綺麗だったので、若者はびっくりしました。「どうか、その花を一枝、わたしに折って下さいな」 乙女は大きな美しい牡丹の花を指さして、また言いました。「はっ、はい。しかしここは、わたしの花畑ではありません。どの花も、勝手に折るわけにはいきません」「いいのですよ。ここは、わたしたちの花畑です。その花は、わたしなのです。どうか、あなたのお手で。・・・あなたのお手で、折って下さい」 その声は前と違って、とても寂しそうです。(自分の言葉が、乙女の心を傷つけたのかもしれぬ) 若者はそう思って、指差された花の一枝を折り取って、女の手に渡しました。 その途端、若者は気を失って、ばったりと倒れてしまったのです。 さて、それからどのくらい時がたったのでしょうか、どこか遠くの方で、誰かが呼んでいます。 目を開けてみると、若者は一人の老人に介抱されていました。「おお、お気がつかれましたか」 老人は、ここへたきぎを取りに来て、死んだ様に倒れている若者を見つけたのです。「お前さんは、あの高い崖から落ちなさったんだね。それにしても、よく大した怪我もせんで」 老人は若者

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を助け起こすと、若者を背に背負って山を下って行きました。 その後ろ姿を、高い崖の上から大きな牡丹の花が静かに見送っています。 その花には、朝露が乙女の涙の様に光っていました。 そして若者が家に帰ってみると、不思議な事に山で見たあの大牡丹の花が、前庭に咲いていたのです。「・・・これは」 不思議な事に花はそれから何年も何年も、いつも変わらない美しい姿で咲き続けました。「この牡丹が、あの美しい乙女だったのか」 若者はその牡丹の花をとても大切にして、一生妻をめとらなかったという事です。

27 カニの甲羅の毛むかしむかし、サルとカニが餅を作る事になりました。「カニどん、おらが餅をついてやるから、カニどんは餅米を持って来てくれ」 カニは家から餅米を持ってくると、サルに渡しました。「よしよし。ではカニどん、おらが餅をついてやるから、カニどんはこの餅米を蒸してくれ」 カニは言われた通り、餅米を蒸しました。「よしよし、ではカニどん、おらが餅をついてやるから、餅をつく為のうすときねを持って来てくれ」 カニはうすときねを持っていなかったので、山へ行くと自慢のハサミで木を切り倒し、うすときねを作りました。 カニからうすときねを受け取ったサルは、やれやれと言うように首を横に振って、「駄目駄目。うすは良いが、こんな曲がったきねじゃ、餅はつけんよ」 仕方なくカニはまた山へ行って、きねにぴったりの木を探しました。 さて、その間にサルは曲がったきねとうすで餅をつくと、その餅を持って柿の木に登ってしまいました。 やがてカニは真っ直ぐのきねを作って来ましたが、すでにサルは木の上でつきたての餅を食べようとしています。「やあ、カニどん。残念だけど餅は全部頂くよ。欲しかったら、ここまで来てみなよ。まあ、カニの足ではここまで登れないだろうけどね。ウッキキキー」 木の上から馬鹿にするサルに腹を立てたカニは、持っていたきねでサルの登った柿の木を思いっきり叩きました。 ドーン! するとその振動でサルはバランスを崩して、食べようとしていた餅を落としてしまったのです。「しまった!」 サルが慌てて木から下りてみると、カニは餅をつかんで地面の穴の自分の家に持って行った後でした。 サルは、カニの家の戸を叩くと、「悪かったカニどん。謝るから、おらにも餅を分けてくれよ」「・・・・・・」 カニは餅をしっかりと掴んだまま、返事をしません。「わかった。カニどんが前から欲しがっていた毛を一本やろう。毛が生えていると暖かいぞ」「・・・・・・」「じゃあ、毛を二本でどうだ?」「・・・・・・」「じゃあ、毛を三本だ」 なんともせこい交渉ですが、意外にもカニは納得したらしく、サルから毛を三本もらうと餅を半分にして、片方をサルに分けてあげました。 その時からです。 サルの毛がむかしより三本少なくなって、代わりにカニの甲羅に毛が生えるようになったのは。

28 若返りの水むかしむかし、山のふもとの小さな村に、おじいさんとおばあさんが住んでいました。 おじいさんの仕事は、炭焼きです。 山の木を切って、炭を焼いて俵(たわら)に詰めて、近くの町ヘ売りに行くのです。 でもおじいさんは、この頃年を取って仕事が辛くなりました。「ああ、腰は曲がるし、目はしょぼしょぼするし。・・・嫌になってしもうたなあ」 その日もおじいさんは炭俵をかついで、ヨタヨタと山を下り始めました。 とても暑い日だったので、喉がカラカラに渇きます。 ふと見ると、道ばたに突き出た岩から、きれいな水がチョロチョロと吹き出していました。「こいつは、ありがたい」 おじいさんは、その冷たい水を飲みました。 とてもおいしい水です。「ああ、うまかった。何だか腰がシャンと伸びた様だぞ」 おじいさんは水のおかげで元気が出たのだと思い、深く考えもせずに山を下りて家へ帰ってきました。「ばあさんや、帰ったよ」「おや、早かったですね。おじいさん・・・!」 おばあさんはビックリ。 目をパチパチさせて、おじいさんを見上げました。 いいえ、おじいさんではなく、そこにいたのはおばあさんがお嫁に来た頃の、あの頃の若いおじいさんでした。「・・・わたしは、夢でも見ているんじゃあ、ないでしょうかね」 おじいさんもおばあさんに言われて始めて、自分が若返っている事に気づきました。「若返りの水というのがあると聞いていたが、それではあれがその水だったんだな」 おじいさんは岩から吹き出していた、きれいな冷たい水の事をおばあさんに話して聞かせました。「まあ、そんなけっこうな水があるんなら、わたしも行って頂いてきましょう」 おばあさんはそう言って、次の日さっそく山へ出かけて行きました。 おじいさんはおばあさんがさぞかし若くきれいになって、帰って来るだろうと楽しみにして待っていました。 ところが昼になっても、夜になっても、おばあさんは帰ってきません。 おじいさんは心配になって、村の人と山へ探しに行きました。 でも、おばあさんはいません。「いったい、どこへ行ってしまったんだろうなあ?」「キツネに化かされて、山奥へ連れて行かれてしまったのとちがうか?」 みんなが話し合っていると、「オギャー、オギャー」と、そばの草むらの中から、赤ん坊の泣き声が聞こえて来ました。 おじいさんが近づいてみると、おばあさんの着物を着た赤ちゃんが、顔をまっ赤にして泣きじゃくっていました。「・・・馬鹿だなあ、ばあさんの奴。飲み過ぎて赤ん坊になってしもうた」 仕方がないので、おじいさんは赤ん坊を抱いて家へ帰りました。

29 聴き耳ずきんむかしむかし、周りをグルッと山で囲まれた山奥に、一人のおじいさんが住んでいました。 おじいさんは毎日朝になると、しばを入れるしょいこを背負い山へ入って行きました。 そして、一日中しばを刈っているのです。 今日もしばを一杯背負い、山から出て来ました。「さて、ボツボツ帰るとするか。うん? あれは何

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じゃ?」 おじいさんが帰ろうとすると子ギツネが一匹、一生懸命木の実を取ろうとしていました。「はて、キツネでねえだか」 この子ギツネ、足が悪いらしく、いくら頑張ってもうまく木の実が取れません。「よしよし、わしが取ってやろう。・・・よっこらしょ。さあ、これをお食べ。それじゃあ、わしは行くからな」 子ギツネは、おじいさんの親切がよほど嬉しかったのか、いつまでもいつまでも、おじいさんの後ろ姿を見送っていました。 そんなある日、おじいさんは町へ買い物に出かけましたが、帰りがすっかり遅くなってしまいました。「急がなくては」 すっかり暗くなった日暮れ道をおじいさんが急ぎ足でやってきますと、丘の上で子ギツネが待っていました。「あれまあ、こないだのキツネでねえだか」 何やら、しきりにおじいさんを招いている様子です。 おじいさんは、キツネの後をついて行きました。 子ギツネは悪い足を引きずりながら、一生懸命におじいさんをどこかへ案内しようとしています。 ついたところは、竹やぶの中のキツネの住みかでした。「ほう、ここがお前の家か」 キツネの家にはお母さんギツネがおりましたが、病気で寝たきりの様です。 お母さんギツネが、何度も何度もおじいさんにおじぎをしています。 息子を助けてもらったお礼を、言っている様に見えました。 そのうち、奥から何やら取り出して来ました。 それは、一枚の古ぼけたずきんでした。「何やら汚いずきんじゃが、これをわしにくれるというのかね。では、ありがたく頂いておこう」 おじいさんは、お礼を言ってずきんを受け取ると、元来た道を一人で帰って行きました。 子ギツネは、いつまでもおじいさんを見送りました。 さて、あくる日の事。 おじいさんが庭でまきを割っていますと、ヒラリと、足元に何かが落ちました。「これはゆんべ、キツネからもらったずきんじゃな。・・・ちょっくらかぶってみるか」 おじいさんはずきんをかぶって、またまき割りを始めました。 すると、「家の亭主ときたら、一日中、巣の中で寝てばかり。今頃は、すっかり太り過ぎて、飛ぶのがしんどいなぞと言うとりますの」「ほう、痩せのちゅん五郎じゃった、おたくの亭主がのう」 何やら聞いた事もない話し声が、おじいさんの耳に聞こえて来ました。「はて、確かに話し声がしたが、誰じゃろう?」 家の中をのぞいて見ましたが、誰もいません。「裏林のちゅん吉が、腹が痛くてすっかり弱っとるそうじゃ」「それは、木の実の食べ過ぎじゃあ」 おじいさんは、また声に気がつきました。「おかしいのう。誰か人がいるようじゃが、・・・やっぱり誰もおらん」 おじいさんは家をグルリと一回りして、ヒョイと上を見上げました。「うん? もしかしたら、このずきんのせいでは」 おじいさんは、ずきんを脱いだりかぶったりしてみました。「やはりこれか」 キツネがくれたこのずきんは、これをかぶると動物や草や木の話し声が聞こえるという、不思議なずきんだったのです。 おじいさんはキツネがこんなに大切な物を自分にくれた事を、心からうれしく思いました。 さて次の日から、おじいさんは山へ行くのがこれまでよりも、もっともっと楽しくなりました。 ずきんをかぶって山へ入ると、小鳥や動物たちの話し声がいっぱい聞こえてきます。 枝に止まって話している小鳥。 木の上で話しているリス。 みんな楽しそうに、話しています。 おじいさんは山でしばを刈りながら、小鳥や動物のおしゃべりを聞くのが楽しくて仕方ありません。「わたしゃ、喉を傷めて、すっかり歌に自信がなくなっちまった」「そんな事ございませんよ。とっても良いお声ですわ」「そうかな、では、いっちょう歌おうかな」 何と、虫の話し声まで聞こえるのです。 おじいさんはこうして、夜通し虫たちの歌声に耳を傾けていました。 一人暮らしのおじいさんも、これで少しもさびしくありません。 そんなある日の事。 おじいさんが山からしばを背負って下りて来ますと、木の上でカラスが二羽、何やらしゃべっています。 おじいさんは聴き耳ずきんを取り出してかぶり、耳をすましますと、「長者(ちょうじゃ)どんの娘がのう」「そうよ、もう長い間の病気でのう。この娘の病気は、長者どんの庭にうわっとるくすの木のたたりじゃそうな」「くすの木のたたり? 何でそんな」「さあ、それはくすの木の話を聞いてみんとのう」 カラスのうわさ話を聞いたおじいさんは、さっそく長者の家を尋ねました。 長者は、本当に困っていました。 一人娘が、重い病気で寝たきりだったからです。 おじいさんはその夜、蔵の中に泊めてもらう事にしました。 ずきんをかぶって、待っていますと。「痛いよー。痛いよー」 蔵の外で、くすの木の泣き声らしきものが聞こえます。 くすの木に、なぎの木と、松の木が声をかけました。「どうしました、くすの木どん?」「おお、こんばんは。まあ、わたしのこの格好を見て下され。新しい蔵がちょうど腰の上に建ってのう。もう、苦しゅうて苦しゅうて」「それは、お困りじゃのう」「それでのう、わしは、こんな蔵を建てた長者どんを恨んで、長者どんの娘を病気にして困らせているんじゃ」 蔵の中のおじいさんは、くすの木たちのこの話を聞いて、すっかり安心しました。(蔵をどかしさえすれば、娘ごの病は必ず良くなる) 次の日。 おじいさんは、長者にこの事を話しました。 長者は、すぐに蔵の場所を変える事にしました。 それから何日かたって、蔵の重みが取れたくすの木は、元気を取り戻して青い葉をいっぱいに茂らせたのです。 長者の娘も、すっかり元気になりました。 長者は大喜びで、おじいさんにいっぱいのお宝をあげました。「これは、キツネがくれたずきんのおかげじゃ。キツネの好物でも買ってやるべえ」 おじいさんはキツネの大好きな油あげを買って、山道を帰って行きました。

30 大いびき善六 むかしむかし、善六(ぜんろく)という木びき(→木を切り倒す仕事)がいました。 大男のくせに怠け者でしたから、一日かかっても仲間の半分ほどしか仕事がはかどりません。「善六かよ、あいつはとてもものになるめえ」 みんなは善六を、『木びき』でなく『小びき』だと馬鹿にしていました。 それを聞いて、善六は面白くありません。 そこで近くの神社にお参りをして、日本一の大びきになれる様に願をかけるとにしたのです。「何とぞ神さま、神社の前に寝そベっている大きな石のウシをひける程の力を授けたまえ」 やがて、満願(ま

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んがん→願かけが終わる日)の日が来ました。 善六は試しに、寝そべりウシをひいてみる事にしました。 ギイコー、ギイコー・・・ 善六のノコギリは、たちまち石で出来た大きなウシを、真っ二つに切り割ってしまいました。「やった! もう今までの『小びき』の善六ではないぞ! これからは『大びき』の善六さんと呼んでもらおうか」 ところが山へ入って仕事にとりかかったものの、さっぱり仕事がはかどりません。 石を真っ二つに出来たノコギリなのに、うまく木が切れないのです。 その様子を見ていた親方が、ゲラゲラと笑いました。「善六よう。願かけが間違っていたんじゃねえか? 木びきは木をひくのが仕事だぞ。お前は石をひくとしか頭になかったろうが」 それを聞いて、善六はハッと目が覚めました。「そうだ、おらは力持ちを良い事に、天狗になっていたのかもしれん。よし、もういっペん神さまにお願いしてみよう」 改心した善六の目からは、ポタポタと涙がこぼれていました。「神さま、おらが間違っていました。心を入れ替えて、ちっこい丸太をひく事からやり直します。どうか見守って下さいまし」 そして善六が一晩中かかって、やっと一本の丸太をひき終えた時、善六の腕にはまるで石の様な力こぶが出来ていました。 善六は、その日から人が変わった様に仕事に励みました。 励むにつれて、その仕事の確かさが評判になっていきます。 ある時、江戸の工事現場ヘ出かけた事がありました。 主人は大きなノコギリを背負って現れた善六を見ると、ちょっとからかってやろうと思いました。「おい若い衆。一丁ひいてみな。ただし、スミの通りだぞ」 そう言って、大きな丸太にスミで波の様な模様(もよう)を描いたのです。「はい」 善六は短く返事をすると、たちまち波の様な模様をひき終えました。 大ノコギリ一つで、これほどの難しい模様をひき切るのは大変な事です。「これは参った。大した腕前だ」 こうして善六の名は、江戸でも有名になりました。 木びきの仲間たちは、「善六かよ。ありゃあ、ただの木びきじゃねえ。『大びき』というもんだ。あのくらいのひき手は、広い江戸にも他にあるみゃあよ」と、うわさしたそうです。

31 テングの腕比べ むかしむかし、中国にチラエイジュというテングがいました。 このテングがはるばる海の上を飛んで来て、日本にやって来ました。 そして、日本のテングに言いました。「わが中国の国には偉い坊さんがたくさんいるが、われわれの自由にならぬ者は一人もいない。 日本にも修行をつんだ偉い坊さんがいると聞いたので、わざわざやって来たのだ。 一つその坊さんたちにあって腕比べをしたいと思うが、どうであろう」 中国のテングは、偉そうな態度で言いました。 日本のテングはその態度に腹を立てましたが、しかしそんなそぶりは見せず、丁寧な口調で言いました。「それは、それは。遠いところを、わざわざごくろうさまです」 実は日本には、名僧、高僧と呼ばれる偉い坊さんがたくさんいて、テングたちよりも強いのです。 そこでこの傲慢(ごうまん)な中国テングに、ギャフンと言わせてやろうと思ったのです。「いや、この国の偉い坊さんといっても、あまり大した事はありません。 我々でも、こらしめてやろうと思えばいつでも出来ます。 しかし、せっかく遠い国から来られたのですから、適当な坊さんを、二、三人お教えしましょう。 どうぞ、わたしと一緒においで下さい」 そう言って日本のテングは、中国のテングを連れて比叡山(ひえいざん)にやって来ました。 そこは、京都から比叡山の延暦寺(えんりゃくじ)にのぼる道です。「わたしたちは人に顔を知られているから、あの谷のやぶの中に隠れておりましょう。 あなたは年寄りの法師に化けて、ここを通る人をこらしめて下され」 そう言うと日本のテングは、さっさとやぶに隠れてしまいました。 そして、中国のテングの様子をうかがっていました。 中国のテングは、見事な老法師(ろうほうし)に化けました。 しばらくすると山の上から、余慶律師(よぎようりつし)という坊さんが手ごしに乗り、たくさんの弟子たちを従えて京都の方に下りて来ました。 余慶律師の一行は、次第に近づいて来ました。(さて、いよいよだぞ) しかし、ふと中国のテングの方を見ると、もう姿が見えません。 余慶(よぎよう)の方は何事もない様に、静かに山を下って行きました。(おかしいな、どこへ行ったんだ?) そう思いながら中国のテングの探すと、何と南の谷にお尻だけ上に突出して、ブルブルと震えているではありませんか。 日本のテングは、そこへ近寄ると、「どうしてこんな所に、隠れておられるのか?」と、尋ねました。 すると中国のテングは、わなわなと震える声で、「さっき通ったお方は、どなたじゃ?」と、尋ねました。「余慶律師という、お方でござる。それより、なぜこらめしては下さらんのじゃ?」 日本のテングが言うと、中国のテングは頭をかきながら、「いやそれ、その事でござる。 一目見て、これがこらしめるという相手だとすぐにわかった。 そこで立ち向かおうとしたのだが、何と相手の姿は見えず、手ごしの上は一面の火の海。 これはとうていかなわぬと思って、隠れたというわけでござる」 それを聞いた日本のテングは、心の中でニヤリと笑いました。(やはり中国のテングと言っても、大した事はない。もう少しからかってやれ)  しかし、真面目くさった顔をして言いました。「はるばると中国の国からやって来られて、これしきの者さえ、こらしめる事が出来ないとは。今度こそは、必ずこらしめてくだされ」「いや、いかにも、もっともでござる。よし、見ておられい。今度こそは必ずこらしめてごらんにいれよう。ふん! ふん!!」 中国のテングは気合を入れると、また老法師に化けました。 しばらくすると、また手ごしに乗った坊さんが山を下りて来ました。 それは、深禅権僧正(しんぜんごんそうじょう)という坊さんで、手ごしの少し前には、先払いの若い男が太い杖をついて歩いています。 日本のテングは、やぶの中からじっと見ていました。 中国のテングは手ごしの近づいてくると、通せんぼうする様に立っていましたが、先払いの若い男が怖い顔をして太い杖を振り上げると、思わず頭をかかえてそのまま一目散に谷に駆け下りました。「いかがなされた。また、逃げて来られたではないか」 日本のテングは、やぶの中から声をかけました。 すると中国のテングは、苦しそうに息をはずませながら、「無理な事を言われるな。

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手ごしの方どころか、あの先払いにさえ近寄る事が出来ぬわ」「そんなに、恐ろしい相手でござるか」「いかにも。 わしの羽の早さは、はるか中国から日本まで飛ぶ事が出来るが、とてもあの男の足の早さにはかなわぬ。 もし捕まったら、あの太い鉄の杖で頭をぶちわられてしまうわ」「さようか。では、次こそ頑張って下され。せっかく日本まで来られたのに、手柄話一つなしに帰られたとあっては、めんぼくない事ではござらぬか」 日本のテングはそう言うと、さっさとやぶの中に入ってしまいました。 中国のテングは仕方なく、次に来る坊さんを待つ事にしました。 しばらく待っていると、下の方からたくさんの人が山を上って来るのが見えました。 先頭には、赤いけさを着た坊さんがいて、その次には若い坊さんが、立派な箱をささげて続きます。 その後ろから、こしに乗った人が山を上って来たのでした。 そして、こしの左右には二十人ぐらいの童子たちが、こしを守る様にしてついています。 このこしに乗っている人こそ、比叡山延暦寺の慈恵大僧正(じえだいそうじょう)で、一番偉い坊さんだったのです。 日本のテングは、やぶの中からそっとあたりを見回しました。 しかし中国のテングの老法師の姿は、どこにも見えません。「また逃げたかな。それとも、どこかに隠れて、すきを狙っているのかな」 すると童子たちの中の一人が、大声で話しているのが聞こえてきました。「こういう所には、とかく仏法(ぶっぽう)の妨げをする者がひそんでいるものだ。よく探してみようではないか」 すると元気のいい童子たちは、手に手に棒きれを持って、道の両側に散らばって行きました。 見つけられては大変と、日本のテングはやぶの中深く潜って行き、そっと息をひそめていました。と、谷のすぐ向う側で、童子たちの怒鳴っている声が聞こえてきました。「そら、ここに怪しい者がいるぞ。ひっとらえろ!」「何だ、誰がいたのだ?」「おいぼれの法師が隠れていたぞ。あの目を見ろ、普通の人間には見えぬぞ」(大変だ。中国のテングが、とうとう捕まったぞ) 日本のテングも恐ろしさに、ただ頭を地にすりつけるようにして、じっとひれ伏していました。 やがて足音が、遠ざかって行きました。 日本のテングは、そっとやぶからはい出すと、あたりを見回しました。 すると十人ばかりの童子たちが、老法師姿の中国テングを取り巻いているのが見えました。「どこの法師だ、名前を言え。なんの用があって、こんな所に隠れていた!」 一人の童子が、大声で言いました。 中国のテングは大きな体を小さくして、あえぎあえぎ答えました。「わたくしは、中国から渡って来た、テングでございます」「なに、中国のテングか。何をしに来たんだ」「はい、偉いお坊さんが、ここをお通りになると聞いて待っていました。 一番始めにこられたお坊さんは、火界(かかい)の呪文を唱えておられたので、こしの上は一面の火の海でございました。 うっかり近寄ろうものなら、こちらが焼け死んでしまいますので、一目散に逃げました。 次に来られたお坊さんは、不動明王(ふどうみょうおう)の呪文を唱えておられたうえに、セイタカ童子が鉄の杖を持って守っておられました。 それでまた、大急ぎで逃げました。 今度のお坊さまは、恐ろしい呪文はお唱えにならず、ただ、お経を心の中でよんでおられただけでした。 それで恐ろしいとも思わなかったのですが、こうして、捕まえられてしまいました」 中国のテングが、やっとこう答えると、童子たちは、「大して、重い罪人でもなさそうだ。許して逃がしてやろう」と、言って、みんなでひと足ずつ老法師の腰を踏みつけると、向こうへ行ってしまいました。 慈恵大僧正(じえだいそうじょう)の一行が山を上って行ってしまうと、日本のテングはそっとやぶの中からはい出して来ました。 そして腰の辺りをさすっている、中国のテングのそばに行きました。「いかがなされた。今度は、うまく行きましたかな?」 日本のテングは、しらぬ顔で聞きました。 すると中国のテングは、目に涙を浮かべながら答えました。「そんな、ひどい事を行って下さるな。 さながら、生き仏の様な徳の高い名僧たち相手に、勝てるはずもないではないか」「ごもっともでござる。 しかし、あなたは中国という大国のテングではござらぬか。 それゆえ、日本の様な小国の人など、たとえ高僧、名僧とはいっても、心のままにこらしめる事が出来ると思うたまでの事でござる。 ・・・が、この様に腰まで折られるとは、まことにお気の毒な事でござるわ」 日本のテングもさすがに気の毒だと思い、中国のテングを北山にある温泉に連れて行きました。 そして折られた腰を温泉に入れて治してやってから、中国の国へ送り返してやったという事です。

201 因幡(いなば)の白ウサギむかしむかし、隠岐(おき→島根県)の島という小さな島に、一匹の白ウサギが住んでいました。 ウサギは毎日浜辺に出ては、海の向こうに見える大きな陸地に行きたいと思っていました。 ある日の事、良い事を思いついた白ウサギは、海のサメに言いました。「サメくん、ぼくの仲間と君の仲間と、どちらが多いか比べっこをしよう。君たちは向こう岸まで海の上を並んでくれ。ぼくはその上を数えながら飛んで行くから」「いいよ」 お人好しのサメは、白ウサギの言う通りに向こう岸まで並びました。「じゃあ、始めるよ。ひとつ、ふたつ、みっつ・・・」 白ウサギはサメの上をジャンプしながら、向こう岸まで渡りました。「やーい、だまされたな。比べっこなんてうそだよ。お人好しのサメくん。ぼくはこっちに渡りたかっただけなのさ」 それを聞いたサメは怒ってウサギを捕まえると、ウサギの皮をはいでしまいました。「うぇーん、痛いよ!」 皮をはがされたウサギが泣いていると、若い神さまたちがそこを通りかかり、「海水を浴びて、太陽と風に当たるといいよ」と、言いました。 ウサギが教えられた通り海水を浴びると、ますます痛くなりました。 そして太陽と風に当てると、さらにもっと痛くなりました。 そこへ、大荷物を持った神さまがやって来ました。 その神さまは意地悪な兄さんたちに荷物を全部持たされていたので、遅れてやって来たのです。「かわいそうに、まず池に入って、体の塩気を良く洗うんだ。それから、がまの穂(ほ)をほぐしてその上に寝転がればいいよ」 ウサギがその通りにすると、やがて痛みも消えて、全身に元通りの毛が生えてきました。 この心やさ

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しい神さまは、のちにオオクニヌシノミコトと呼ばれ、人々にうやまわれたそうです。

202 お団子(だんご)コロコロむかしむかし、お団子(だんご)を作るのが、とても上手なおばあさんがいました。 ある日の事、おばあさんがお団子を作っていると、そのうちの一つが、コロコロコロと、転がり落ちて、外へ行ってしまいました。「これこれ、お団子よ、待ってくれ」 お団子は、コロコロコロコロ転がって、道ばたの穴にストンと落ちました。 追っかけて来たおばあさんも、続いて穴の中にストンと落ちてしまいました。 穴の中は広い原っぱで、石のお地蔵さまが退屈そうに立っています。「お地蔵さま、わたしのお団子が、来なかったかの?」「来た、来た。わしの前を通って、向こうの方へ、コロコロコロ」「ありがとよ」 おばあさんが少し行くと、また、お地蔵さまが立っていました。「そのお団子なら、向こうの方へ、コロコロコロ」 おばあさんは教えられた通りに行くと、またお地蔵さまです。「ああ、あのお団子は食べたよ。とってもおいしかった。ごちそうさん」「おんやまあ。お地蔵さまが食ベたのなら、まんず、よかんべ」 その時、ドスンドスンと、大きな足音が近づいて来ました。「おばあさんや、大変じゃ! 鬼どもが来るぞ! はよう、わしの後ろに隠れるがいい」「ヘいへい、ありがとうさんで」 おばあさんは、お地蔵さまの後ろに隠れました。 やがて赤鬼と青鬼がやって来て、鼻をピクピク動かします。「ふんふん、くさいぞ、人間くさい。・・・そこにいるな!」 おばあさんは、すぐに捕まってしまいました。 おばあさんを屋敷へ連れて帰った鬼が、しゃもじを一つ渡して言います。「米粒を一つ、カマに入れて、水をいっぱいにして炊くんだ。煮えたら、このしゃもじでグルリとかき回す」 言われた通りにすると、お米はムクムクと増えて、まっ白なごはんがカマいっぱいになりました。「あれまあ。何て不思議な、しゃもじじゃろう」 おばあさんは毎日、せっせとごはんを炊きました。 でも、家に帰りたくて仕方がありません。 そこである日、鬼どもが山ヘ遊びに行っているすきに、不思議なしゃもじを持って逃げ出しました。 間もなく、おばあさんの行く手に大きな川が現れました。 けれども都合のいい事に、舟が一そうつないであります。 おばあさんの乗った舟が川の真ん中辺りまで行った時、鬼どもが岸まで追いかけて来ました。「おいみんな、水を飲んで舟を止めよう」 鬼どもは岸に並んで、川の水をガボガボと飲み始めます。 水はドンドン少なくなって、舟はとうとう動かなくなってしまいました。「困ったのう、どうすベえ。おお、そうじゃ」 おばあさんはしゃもじを取り出し、舟の中でひょっとこ踊りをしました。♪あっそれ、よいよい、すっとんとん。 その踊りがあまりにも面白いので、鬼どもは思わず、「ワッハッハッハッ・・・」 途端に飲んだ水が口から吹き出して、流れ出た水の勢いで舟は向こう岸に着きました。 おばあさんは、お地蔵さまの原っぱを通って穴をよじ登り、どうにか家に帰る事が出来ました。 さて、家に帰ったおばあさんが、このしゃもじでお米の粉をこねてみると、粉はドンドン増えてビックリするくらい大きなお団子が出来ました。 こうして、お団子作りの上手なおばあさんは、不思議なしゃもじで、いつまでもいつまでも、お団子を作ったということです。

203 節分の鬼むかしむかし、ある山里に、一人暮らしのおじいさんがいました。 この山里では今年も豊作で、秋祭りでにぎわっていましたが、誰もおじいさんをさそってくれる者はおりません。 おじいさんは祭りの踊りの輪にも入らず、遠くから見ているだけでした。 おじいさんのおかみさんは病気で早くになくなって、一人息子も二年前に病気で死んでいました。 おじいさんは毎日、おかみさんと息子の小さなお墓に、お参りする事だけが楽しみでした。「かかや、息子や、早くお迎えに来てけろや。極楽(ごくらく→天国)さ、連れてってけろや」 そう言って、いつまでもいつまでも、お墓の前で手を合わせているのでした。 やがてこの山里にも冬が来て、おじいさんの小さな家は、すっぽりと深い雪に埋もれてしまいました。 冬の間中、おじいさんはお墓参りにも出かけられず、じっと家の中に閉じこもっています。 正月が来ても、もちを買うお金もありません。 ただ冬が過ぎるのを、待っているだけでした。 ある晴れた日、さみしさに耐えられなくなって、おじいさんは雪に埋まりながら、おかみさんと息子に会いに出かけました。 お墓は、すっかり雪に埋まっています。 おじいさんは、そのお墓の雪を手で払いのけると。「さぶかったべえ。おらのこさえた甘酒だ。これ飲んで温まってけろ」 おじいさんは甘酒を供えて、お墓の前で長い事、話しかけていました。 帰る頃には、もう日も暮れていました。 暗い夜道を歩くおじいさんの耳に、子どもたちの声が聞こえてきます。「鬼は~、外! 福は~、内!」「鬼は~、外! 福は~、内!」 おじいさんは足を止めて、辺りを見回しました。 どの家にも明かりがともって、楽しそうな声がします。「ほう、今夜は節分(せつぶん)じゃったか」 おじいさんは、息子が元気だった頃の節分を思い出しました。 鬼の面をかぶったおじいさんに、息子が豆を投げつけます。 息子に投げつけられた豆の痛さも、今では楽しい思い出です。 おじいさんは家に帰ると、押し入れの中から古いつづらを出しました。「おお、あったぞ。むかし、息子とまいた節分の豆じゃあ。ああそれに、これは息子がわしに作ってくれた鬼の面じゃ」 思い出の面をつけたじいさんは、ある事を思いつきました。「おっかあも、可愛い息子も、もういねえ。ましてや、福の神なんざにゃ、とっくに見放されておる」 こう思ったおじいさんは、鬼の面をかぶって豆をまき始めました。「鬼は~内、福は~外。鬼は~内、福は~外」 おじいさんは、わざとアベコベに叫んで豆をまきました。「鬼は~内、福は~外」 もう、まく豆がなくなって、ヘタヘタと座り込んでしまいました。 その時、おじいさんの家に誰かがやって来ました。「おばんでーす。おばんです」「誰だ? おらの家に、何か用だか?」 おじいさんは、戸を開けてビックリ。「わあーーっ!」

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そこにいたのは、赤鬼と青鬼でした。「いやー、どこさ行っても、『鬼は~外、鬼は~外』って、嫌われてばかりでのう。それなのに、お前の家では、『鬼は~内』って、呼んでくれたでな」 おじいさんは震えながら、やっとの事で言いました。「す、すると、おめえさんたちは節分の鬼?」「んだ、んだ。こんなうれしい事はねえ。まんずあたらしてけろ」と、ズカズカと家に入り込んで来ました。「ま、待ってろや。今、たきぎを持って来るだに」 この家に客が来たなんて、何年ぶりの事でしょう。 たとえ赤鬼と青鬼でも、おじいさんにはうれしい客人でした。 赤鬼と青鬼とおじいさんが、いろりにあたっていると、またまた人、いえ、鬼が訪ねて来ました。「おばんでーす。おばんです」「『鬼は~内』ってよばった家は、ここだかの?」「おーっ、ここだ、ここだ」「さむさむ。まずは、あたらしてもらうべえ」 ぞろぞろ、ぞろぞろ、それからも大勢の鬼たちが入って来ました。 何と節分の豆に追われた鬼がみんな、おじいさんの家に集まって来たのです。「何にもないけんど、うんと温まってけろや」「うん、あったけえ、あったけえ」 おじいさんは、いろりにまきをドンドンくべました。 十分に温まった鬼たちは、おじいさんに言いました。「何かお礼をしたいが、欲しい物はないか?」「いやいや、何もいらねえだ。あんたらに喜んでもらえただけで、おら、うれしいだあ」「それじゃあ、おらたちの気がすまねえ。どうか、望みをいうてくれ」「そうかい。じゃあ、温かい甘酒でもあれば、みんなで飲めるがのう」「おお、引き受けたぞ」「待ってろや」 鬼たちは、あっという間に出て行ってしまいましたが、「待たせたのう」 しばらくすると、甘酒やら、ごちそうやら、そのうえお金まで山ほどかかえて、鬼たちが帰って来ました。 たちまち、大宴会の始まりです。「ほれ、じいさん。いっペえ飲んでくれや」 おじいさんも、すっかりご機嫌です。 こんな楽しい夜は、おかみさんや息子をなくして以来、始めてです。 鬼たちとおじいさんは、一緒になって大声で歌いました。♪やんれ、ほんれ、今夜はほんに節分か。♪はずれ者にも、福がある。♪やんれ、やんれさ。♪はずれ者にも、春が来る。 大宴会は盛り上がって、歌えや踊れやの大騒ぎ。 おじいさんも鬼の面をつけて、踊り出しました。♪やんれ、やれ、今夜は節分。♪鬼は~内。♪こいつは春から、鬼は内~っ。 鬼たちは、おじいさんのおかげで、楽しい節分を過ごす事が出来ました。 朝になると鬼たちは、また来年も来るからと上機嫌で帰って行きました。 おじいさんは鬼たちが置いていったお金で、おかみさんと息子のお墓を立派な物に直すと、手を合わせながら言いました。「おら、もう少し長生きする事にしただ。来年の節分にも、鬼たちを呼ばねばならねえでなあ。鬼たちに、そう約束しただでなあ」 おじいさんはそう言うと、晴れ晴れした顔で家に帰って行きました。

204 頭の池むかしむかし、あるところに、どうにも貧乏な男がいました。「人並みに暮らしたいなあ。・・・そうだ、観音様(かんのんさま)にお願いしてみよう」 男が村の観音様に通って、お参りを続けていると、ある晩、観音様が現れて、「いいだろう。お前の願い、叶えてしんぜよう。夜が明けたらお宮の石段を降りていって、最初に見つけた物を拾い、それを大事にしなさい」と、告げました。 やがて男が石段を降りて行くと、何か落ちています。「ははん。これだな」 拾いあげると、それはカキのタネでした。「何だ、こんな物か」 男は捨てようかと思いましたが、せっかくお告げをもらったのですから粗末に出来ません。 ありがたくおしいただくと、これは不思議。 カキのタネが男のひたいにピタッと張り付いて、取ろうにも取れません。「まあいい、このままにしておこう」 すると間もなく、カキのタネから芽が出て来ました。 芽はズンズン伸びて、立派な木になりました。 男がたまげていると、カキの木は枝いっぱいに花をつけ、花が終わると鈴なりに実をつけました。「うまそうだな。試しに食べてみよう」 男が食べてみると、甘いのなんの。 男はさっそく、町へカキを売りに行きました。「頭にカキの木とは、珍しい」「おれにもくれ」「おれもだ」 カキは、飛ぶ様に売れました。 男はお金をふところにホクホク顔でしたが、面白くないのは町のカキ売りたちです。「おれたちの商売を、よくも邪魔したな!」 男を囲んで袋叩きにすると、頭のカキの木を切り倒してしまいました。「ああ、もう、金もうけ出来ない・・・」 男がしょげていると、切り倒されたカキの木の根元に、カキタケという、珍しいキノコが生えてきました。 おいしいキノコなので男が売りに行くと、これまた飛ぶ様に売れました。 面白くないのは、町のキノコ売りたちです。「おれたちの商売が、あがったりだ!」 男を囲んで袋叩きにすると、カキの木の根元を引っこ抜いてしまいました。 男は、ガッカリです。 頭には、大きなくぼみが出来てしまいました。 やがてこのくぼみに雨がたまって、大きな池が出来ました。「こうなったらいっその事、池に身投げをして死んでしまいたい」 男がなげいていると、頭の池でパチャンとはねるものがありました。 手に取ってみると、大きなコイです。 頭の池にはいつしか、コイやらフナやらナマズやらが育っていたのです。 男は頭の池の魚を売りに行って、またまたお金をもうけましたが、町の魚売りたちはあきれて、ポカンとながめているだけでした。

205 星を落とすむかしむかし、吉四六さんと言う、とてもゆかいな人がいました。 ある日の事、吉四六さんが、村人たちに向かって言いました。「今夜、わたしは空の星をほうきではいて落とすから、みんなで拾いに来て下さいな」「何だって? 空の星をほうきで落とす。はん。馬鹿馬鹿しい事言うな」「じゃあ、来なくてもいいですよ。わたしが一人で落とすから。あの空の星はみんな金で出来ているから、わたし一人で拾ってお金持ちになるから。後でうらやましがったって知らないから」 そう言う吉四六さんの言葉に、村人たちもついつい欲が出て、「それじゃあ、試しに行ってみようか?」「そうだな。万が一と言う事があるし」と、夜になると吉四六さん

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の家の周りに集まってきました。 しかし、肝心の吉四六さんがどこにもいません。「おかしいな、吉四六さんはどこへ行ったのだろう?」「おーい。吉四六さーん!」 誰かが呼んでみると、「おーい。ここだ」と、頭の上で答える声がします。 見てみると吉四六さんが屋根の上に登っていて、手に長い竹ぼうきを持っていました。「吉四六さん、星はまだ落ちないのかい?」「まあ、そんなに急ぐもんじゃあないよ。もう少し、待ちなさい」 そう言って吉四六さんは、空を見上げました。 暗い空には、キラキラとたくさんの星が光っています。「ところで吉四六さん。あんな高い空まで、ほうきが届くのかい?」 みんなが笑いながら言うと、吉四六さんはまじめな顔で、「届くとも、今にきっと、金の星をはたき落としてやるからな」と、言いながら、ほうきを振り回しましたが、もちろん、星は一つも落ちて来ません。「あれ、おかしいな?」 吉四六さんは、少し慌てました。「ほれ、ほれ、落ちろ! はやく落ちろ! すぐに落ちろ!」 怒鳴りながらほうきを振り回す吉四六さんに、村人の一人が言いました。「だから駄目だって。もう止めなよ。屋根から落ちたら怪我をするよ」「何、そう簡単にあきらめるものか。見ていろ!」 吉四六さんは、むきになってほうきを振り回しました。 するとその時、空の星が1つ、スーッと流れて、どこかへ落ちていきました。 それは、流れ星です。 でも、吉四六さんは、「よし、やったぞ!」と、大きな声で大喜びです。「そら、そら、星が落ちただろう。わたしがほうきで落としたんだ。みんな早く行って、拾っておいで」

206 けんかがうつるむかしむかし、吉四六さんと言う、とてもゆかいな人がいました。 その吉四六さんの隣の家の夫婦は、いつもけんかばかりしています。「大体、お前がだな!」「何よ! あたしのせいにするの!」 こんな風に大声を出して怒鳴り合うし、二人して物を投げつけるわで、それは大変な騒ぎです。 そこである日の事、吉四六さんは隣との間に、垣根をこしらえ始めたのです。 それを、たまたまやって来た庄屋さんが見て言いました。「よう、吉四六さん。一体何をしてるのかね?」 すると吉四六さんは、「何って、見れば分かるでしょう。垣根を作っているんですよ」「それは分かるが、なぜ?」「それはもちろん、隣の夫婦げんかが、こっちにうつらん様にですよ」「ああ、この夫婦な。しかし、けんかという物は、うつる物じゃない。だから垣根など作っても無駄じゃ」「いいや、うつりますよ」「うつらんて」 吉四六さんも庄屋さんも、だんだん声が大きくなってきました。「だから、うつらんといっているだろう!」「うつりますとも!」「うつるもんか!」「うつるとも!」「うつらん!」「うつる!」 そこで、吉四六さんが言いました。「ほら、けんかがうつったでしょう」

207 徳政じゃむかしむかし、京の町に、大きな宿(やど)屋がありました。 いつも旅の人が大勢泊まっていて、とても賑やかでした。 ところでこの宿屋の亭主は、いったいどこで耳に入れたのか、近いうちに徳政令(とくせいれい→借金を帳消しにするおふれ)のある事がわかったので、心の中でニヤリと笑いました。(こいつで、たんまりと儲けてやろう) 亭主は、一部屋一部屋回り歩いて、泊まり客の持ち物を見せてもらいました。「ほう、このわきざし(→刀)は、けっこうなお品で。じっくりと拝見(はいけん)いたしとうございますが、しばらくお貸しくださるまいか」「この大きな包は、何でござりましょう。ほほう、立派な反物(たんもの→着物の生地)がこんなにもドッサリ。実は、娘や女房に買うてやりたいと存じますので、ちょいと拝借を」と、いう具合に、客の持ち物を次から次と借りていきました。 客たちは、亭主の企みなどは夢にも知りませんので、「お役に立てば、お安い事」「さあさあ、どうぞ」と、気楽に何でも貸してくれました。 こうして、どの部屋からもめぼしい物を借り回ったおかげで、主人の部屋には客の品が山の様に貯まりました。 さて、二、三日すると、思った通り、おかみのおふれが出ました。 役人がほら貝を吹きたて、鐘を打ち鳴らして、「徳政じゃあー。徳政じゃ」と、町をわめき歩きます。 町のあちこちに、徳政の立礼(たてふだ)が立ちました。 そこで宿の亭主はしてやったりと、広間に客を集めてこう言いました。「さてさて、困った事になりもうした。 この徳政と申すは、かたじけなくも、おかみからのおふれでございます。 このおふれのおもむきは、天下の貸し借りをなくし、銭・金・品物などによらず、借りた物はみな、借り主にくだされます。 さようなわけで、皆さまからお借りした品々は、ただいまからわたくしの物になったわけでございます」と、いかにも、もっともらしく言いました。 さあ、これを聞いた客はびっくりです。 互いに目を見合わせて途方に暮れ、中には泣き出す者もいて大変な騒ぎです。 けれど、「返して欲しい!」と、どんなに頼んでも、亭主は、「なにぶん、このおふれは、わたくしかっての物ではござりませぬ。天下のおふれ、おかみからのご命令。借りた物はみな、わたくしの物でございます」と、いっこうに聞き入れません。 こうなっては客たちも、大事な物を亭主に貸した事をなげくばかりです。 ところが客の中に、頭の切れる男かおりました。 男はつかつかと亭主の前に進み出ると、こう言いました。「なるほど、天下のおふれとあれば、そむく事はなりますまい。そちらヘお貸しもうした物は、どうぞ、お受け取り下さる様に」 この言葉に他の客たちがあきれていると、男は続けて、「ただ、こうしたおふれが出まして、あなたさまには、まことにお気の毒ではござります。 だが、それもいたしかたのない事。 わたくしどもはこうして、あなたさまのお宿をお借りしましたが、思いもかけず、このたびの徳政。 今さらこの家をお返しする事も出来ぬ事になりました。 どうぞ、妻子(さいし→おくさんと子ども)、召使い一同をお連れになって、今すぐこの家からお立ち退き下さる様」と、おごそかな声で言いました。 さあ、今度は亭主の方がびっくりです。「何だと! この宿は、むかしからわしらの持ち物。今さら人手に

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渡す事はならぬ。ならぬわい!」と、まっ赤になって怒鳴ったのです。「いやいや。ご亭主。あなたさまが先ほど言われた通り、おふれはおふれ。この家はお借りもうした、わたくしどもの物です」「そ、そんな無茶な」 宿の亭主は怒って、奉行所(ぶぎょうしょ→今でいう裁判所)に訴え出ました。 すると、お奉行(ぶぎょう→裁判官)は真面目くさった顔で、宿の亭主に、「お前の言い分は通らぬぞ。借りた物は、借り主にくださるが徳政。お前は、妻子、召使い一同を連れて、家から立ち退くがよい」と、言い渡しました。 宿屋を借りていたお客たちは、荷物こそは宿屋の亭主に取られましたが、宿屋を手に入れて幸せに暮らす事が出来ました。

208 ウグイス長者むかしむかしの、ある寒い冬の事です。 男がお茶を売り歩いていましたが、どういうわけか今日はさっぱり売れません。「仕方ない、山を越えて町に行ってみるか」 男がさびしい山道を歩いていると、いつの間にか竹やぶの中にいました。「どうやら、道に迷ったらしい」 男が薄暗い竹やぶをさまよっていると、ふと大きな屋敷の前に出ました。「こんな竹やぶの中に、お屋敷とは」 屋敷の庭には季節外れの梅が咲いていて、とても良い香りが漂ってきます。「ほう、何とも良い香りじゃあ」 すると突然、若く美しい娘たちが四人、梅の木のかげから現れました。「あら珍しい。人間の男の人だわ」「どうぞ、家の中にお入りくださいな」 男は娘たちに案内されるまま、屋敷の中に入って行きました。 すると屋敷の中から、もう一人の女の人が出て来て、「わたしは、娘たちの母親です。どうぞ今夜は泊まって下さいませ」と、男をご馳走でもてなしたのです。 次の朝、母親はあらためて男に言いました。「ここは女だけの家で、あなたの様な男の人が現れるのを待っていました。娘が四人おりますから、好きな娘の婿になって下さいませ」 男にとっては、夢の様な話です。「わしで良ければ、喜んで」 こうして男は、長女の婿となりました。 やがて冬も終わり、暖かい春がやって来ました。 ある日、母親が男に言いました。「今日は日よりが良いので、娘たちを連れてお花見に行って来ます。 すみませんが留守番をお願いします。 もし退屈でしたら、家の倉でも見ていて下さい。 きっと、気に入ると思います。 ・・・でも、四つ目の倉だけは、決して開けてはいけませんよ」「ああ、四つ目は見ないよ」 さて、女たちの出かけた後、男は何もする事がなくてボンヤリとしていましたが、「そうじゃ、倉の中でも見てみるか」と、男はまず一番目の倉の戸を開けてみました。 すると、 ザザーッ。と、波が男の足元に押し寄せて来ます。 不思議な事に倉の中には、真夏の海の景色が広がっていました。「海か、気持ちいいのう」 それから男は、二番目の倉を開けてみました。 そこは、美しい秋の山でした。 赤や黄色に色づいた木々があり、大きな柿の木にはまっ赤な柿の実がなっています。「モミジに柿とは、風流(ふうりゅう)じゃのう」 次に男は、三番目の倉を開けてみました。 すると中から、冷たい風が吹いてきました。 そこは、一面の雪景色です。「うー、寒い、寒い。冬は苦手じゃ」 男は寒そうに身を震わせると、四番目の倉へとやって来ました。 そして戸を開けようとした男は、母親が出がけに言った言葉を思い出しました。『四つ目の倉だけは、決して開けてはいけませんよ』 開けてはいけないと言われると、余計に見たくなる物です。「約束はしたが、ちょっとぐらいなら大丈夫だろう」 男は我慢しきれず、四番目の倉の戸を開けました。「ほう、これは見事だ」 そこには、暖かい春が広がっていました。 さらさらと流れる小川のほとりには花が咲き、梅の木には五羽のウグイスが飛びかっています。♪ホーホケキョ♪ホーホケキョ ウグイスが、とても美しい声で鳴きました。「ウグイスじゃあ、きれいじゃなあ」 でもウグイスたちは男の姿を見ると、びっくりした様に鳴くのを止めて、どこかへ飛んで行ってしまいました。 それと同時に周りの景色が変わり、男はいつの間にか竹やぶの真ん中に立っていたのです。「あれ? 倉は? 屋敷は?」 男がきょろきょろしていると、どこからともなく母親の声が聞こえて来ました。「約束を破って、四番目の倉を開けましたね。 わたしたちは、この竹やぶに住むウグイスです。 今日は日よりが良いので、みんなで元の姿に戻って遊んでいたのです。 あなたとは、いつまでも一緒に暮らそうと思っていましたが、姿を見られたからには、もう一緒に暮らす事は出来ません」「そんな・・・」 男は仕方なく、一人で山をおりて行きました。

209 もち屋の禅問答むかしむかし、あるところに、とても大きなお寺がありました。 寺はとても立派ですが、困った事に、この寺の和尚(おしょう)ときたら、勉強が嫌いな上に物知らずです。 さて、ある日の事、一人の旅の坊さんがやって来て、「それがし、禅問答(ぜんもんどう)をいたそうとぞんじてまかりこしたが、寺の和尚どのはおられるかな」と、ちょうど玄関の掃除をしていた、この寺の和尚さんに尋ねたのです。 さあ問答と聞いて、和尚さんはビックリしました。 相手は、仁王(におう)さまの様な大男。 しかも、あちこちの寺を回り歩いては問答を仕掛け、一度も負けた事はござらぬという顔です。(こりゃあ、どえらい事になったわい。一体どうしたもんじゃろう。・・・そうじゃ。もち屋の六助(ろくすけ)がよい)と、思いつき、ともかく旅の僧を本堂に案内して、「和尚さまは、ただいま、お留守にございますが、近くにまいっておられますので、さっそく呼んでまいりましょう」 言い終わると転げる様に、もち屋の六助の家へ行きました。「六助どの。たった今、これこれ、しかじか。ぜひわしの身代わりになって、問答をやって下され」と、両手を合わせて頼みました。 日頃から信心(しんじん→神仏を思う気持ち)深い、もち屋の六助は、「へえ、和尚さまのお為なら」と、引き受けました。 六助は和尚さんの部屋で着替えると、しずしずと本堂に入って旅の僧と向かい合いました。 和尚さんが隠れて様子を見ていると、さっそく、もち屋と旅の僧の問答が始まりました。「白扇(はくせん)さかしまにかかる東海(とうかい)の天」 旅の坊さんが、口を開きました。 雪をいただいた富士山(ふじさん)が、白い扇(お

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おぎ)を逆さまにかけた様に海にうつっているが、そのながめはいかに?と、聞いたのですが、訳の分からないもち屋の六助は、うんともすんとも言いません。 すると、旅の僧が、「和尚どのは、無言(むごん)の行(ぎょう)でおわすか?」と、聞きました。「・・・・・・」 六助は、それにも答えません。 二人の間で、無言の行が始まりました。 しばらくして旅の僧が右手を上げて、人差し指と親指とで小さな輪を作れば、六助はそれを見て両手を上げて大きな輪(わ)を作りました。 すると旅の僧は、おそれいったという様子で丁寧に頭を下げます。 そして今度は、人差し指を一本突き出して見せました。 六助は素早く、五本の指をパッと開きます。 旅の僧は、また丁寧に頭を下げました。 今度は三本の指を、高く差し上げました。 するとそれを見た六助は、アカンベエをしたのです。 それを見た旅の僧は、あわてて両手をついて、「ははーっ」と、頭をたたみにすりつけると、逃げる様にして寺から出て行きました。 和尚さんは、ホッと胸をなで下ろしました。 それにしても今の問答は、何とも訳が分かりません。 そこで和尚は、小僧を呼んで、「お前、今の僧が泊まっておる宿(やど)ヘ行って、訳を聞いて来い」と、言いつけました。 宿にやって来た寺の小僧さんを前にして、旅の僧は冷や汗を拭きながら言いました。「いやはや、わしも天下の寺でらを歩いて問答をいたしたが、今日ほど、えらいめおうた事はない。 まずわしが、この様に輪を作って、『太陽は、いかに?』と、問いかけたのじゃ。 すると和尚どのは、『世界を照らす!』と、大きな輪を作って見せて下された。 次に、『仏法は、いかに?』と、人差し指を差し出すと、パッと五本の指を出されて、『五界を照らす!』と、答えなさる。 負けてはならじと、三本の指を出して、『三仏身(さんぶつしん)は、これいかに?』と、問いもうした。 すると和尚どのは、『目の下にあり』と、答えなされたのじゃ」 そこまで言うと旅の僧は、しみじみと小僧さんの顔を見て、「お前さんはまだ年が若いで知るまいが、 三仏身とは、すなわち法身(ほっしん)・報身(ほうしん)・応身(おうしん)のご三体で、ほっしんとは宇宙の法理であって、光明かがやく仏さま。 ほうしんとは、世のもろもろの悪を清め、われわれ人間はじめ全ての生物をお救いなさる阿弥陀如来(あみだにょらい)さま。 おうしんとは、ときに応じて、われわれを導く為に現れなさるお方、いわばお釈迦(しゃか)さまじゃ。 このもったいないお三方が、和尚どのの目下にあるとは、ああ、なんと、なんと」 旅の僧は涙ぐんで、小僧さんの前に手をつくと、「まことに、まことに、あの様なお方にお目にかかるばかりか、問答などをいたしまして、いやはや、面目(めんもく)しだいもございませぬ」と、わびるように言いました。 小僧さんは、(ヒェー! あのもち屋の六助さんが)と、ビックリして寺ヘ帰って来ました。 すると、これはまたどうした事か、六助さんは和尚さんを前にしてカンカンに怒っています。 小僧は六助さんの前に手をついて、ていねいに、「もし、もし。六助さま。一体、どうなさいました?」と、尋ねると、もち屋の六助は、「なさいましたも、クソも、ないもんだ。えーい、わしゃ、この年まで色んな人におうてきたが、今日の坊主ほど、ずうずうしい奴におうた事はないわい」「・・・?」「あのクソ坊主め。手真似で小さな輪を作って、『お前のもちは、これくらいか?』と、聞きおった。 わしは腹が立って、こんちくしょうとばかり両手で、でっかい奴を作って見せたわい。 すると今度は、人差し指を差し出して、『それはいくらか?』と、聞く。 わしが、『五厘じゃ!』と、五本の指を出せば、坊主め、三本の指を出しおって、『三厘にまけろ』と、ぬかしおった。 あんまり腹が立ったもんで、わしゃ、アカンベエをしてやったわい」と、言ったのです。

210 盗っ人小僧  むかしむかし、彦一(ひこいち)と言う、とてもかしこい子どもがいました。 ある日の事、彦一は殿さまのお使いで、船に乗って遠くの島に行く事になりました。 そしてその夜は、船で寝る事になりました。(さて、そろそろ寝るとするか)と、思ったその時、「海賊だー!」と、言う叫び声がしました。 海を見てみると、手に手に武器を持った海賊が乗る海賊船が、もう間近まで迫っています。「大変だー! 奴らに身ぐるみはがされるぞ!」「大切な物を早く隠すんだ!」 お客たちは持っている金や大切な物を、どこに隠そうかと大騒ぎです。 でもどこに隠そうと、海賊は隠した物を見つけてしまうでしょう。 そこで彦一は台の上に乗って、大きな声で言いました。「みんな、落ちついて! 海賊はどこに隠しても見つけてしまいます。ですから、お金は少しだけ自分のふところに入れて、あとは全部わたしに預けて下さい。わたしが必ず、海賊からお金を守りますから」 彦一が自信たっぷりに言うので、お客たちはワラにもすがる思いで彦一にお金を預けました。「わかった。お前に任そう」 すると彦一はお金を少しずつ袋(ふくろ)に分け、見ただけでは分からない様に着物のあちこちに隠しました。 そしてお客に頼んで、柱に体をグルグル巻きにしばりつけてもらいます。 それからしばらくして船に乗り込んで来た海賊の親分(おやぶん)は、お客から財布(さいふ)を取り上げにかかりました。「よしよし、素直に従えば、乱暴はしないからな」 そして柱にしばられた彦一に気づいて、親分は声をかけました。「小僧! そのざまはどうした?」 すると彦一はうそ泣きをして、目に涙を浮かべます。「おら、みなし子で、腹が減ってたまらねえから、船に忍び込んで客の財布を盗もうとしただ。だども見つかって、一文も取らねえうちに捕まってしもうただ」 それを聞いた親分は、ニヤリと笑うと、「小僧のくせに盗みに入るとは、大した奴だな。だが、この船の客はみんな貧乏人ばかりで、大した稼ぎにはならねえ。お互い、今度はもっと金持ちを狙うとしよう」 親分はそう言いながら、子分とともに自分の船に戻っていきました。 その後、お金も少し取られただけで済んだお客たちは、かしこい彦一にとても感謝したという事です。

211 笛の名人 むかしむかし、京の都に、源博雅(みなもとのひろまさ)という、とても笛の上手な人がいました。 その頃、

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都では集団の泥棒がいて、人々は大変困っていました。 ある晩の事、博雅(ひろまさ)の屋敷にも集団の泥棒が押し入りました。 泥棒たちは手に手に、弓や、なぎなたを持っています。「みんな、すぐに隠れるんだ! 見つかっても決して抵抗はするな!」 博雅の言葉に、召し使いたちはみんな思い思いのところへ逃げたり隠れたりしました。 博雅も縁の下に隠れて、ジッと息を潜めました。 やがて泥棒たちは、品物やお金を取って出て行きました。 博雅は縁の下からはい出すと、「行ってしまったらしい。みんな、出てきても大丈夫だ」と、召し使いたちに声をかけました。 さいわいみんなは無事で、怪我人もいません。「なにより無事で良かった。・・・しかし、よく取って行ったものだ。壊れたなべのふたまでないではないか」 博雅があきれながら座敷の中を調べてみると、さいわい置き戸棚が一つ残されていました。「どうせ、中の物は持って行ってしまったのだろう」 それでも開けてみると、中には博雅が愛用している笛が一本入っていました。「これはありがたい。良い物を残してくれた」 博雅は笛を取ってそこに座ると、静かに笛を吹き始めました。♪ひゅー、ひゅるるりりるー 美しい笛の音色は、高く、低く、暗い外へ流れていきました。 博雅の家から引き上げた泥棒たちは、夜ふけの都を歩いていましたが、「いい笛の音だなあ」と、先頭にいた泥棒の親分が、ふと足を止めました。「本当に、いい音色だ」「うん、いい音色だ」 みんな耳をすませて、ウットリとして聞き入りました。 そして聞いているうちに、泥棒たちは自分たちのしたことが恥ずかしくなってきたのです。 みんな博雅の素晴らしい笛の音色を聞いて、心が清らかになったのです。「おい、みんな引きかえそう。取って来た物を返そうではないか」 親分の言葉に、子分たちも頷きました。 さて、それからしばらくすると、あの泥棒たちが引き返してきたので、博雅は驚いて笛を吹くのを止めました。 そして泥棒の親分は、驚く博雅の前に両手をついて言いました。「あなたの笛の音を聞いているうちに、泥棒が恥ずかしくなりました。取った物はお返しします。これからは心を入れ替えて、真面目に働きます。ですからどうか、お許し下さい」 手下たちも、そろって頭を下げました。 そして盗んだ荷物を元の場所に置くと、泥棒たちはどこかへ行ってしまいました。

212 金の持ち主ある日、庄屋(しょうや)さんが道を歩いていると、大きな袋が落ちていました。 中を見ると、小銭がザクザクと入っています。 ざっと見ただけでも、二千枚はありそうです。「これは、えらい落とし物だ。落とし主は泣いとるじゃろう」と、庄屋さんは家に持って帰り、村に知らせの者をやりました。 するとさっそく現れたのが、吾助(ごすけ)と兵六(ひょうろく)です。 二人とも「おらのだ」「いや、おらのだ」と、言うのです。 袋を隠して、二人の前に出た庄屋さんは、「落としたお金の事を、詳しく話しておくれ」と、言いました。 するとまずは、吾助が、「へえ、あのお金は、おらが貧しい中から一文、二文と、つぼにコツコツ貯めた物だ。だども、おっかあが病気になったで、町へ医者さ呼びに行くのに袋に入れて持って行く途中だったべ」 これを聞いていた兵六が、「うそをつけ! この盗っ人(ぬすっと→泥棒)が。あれはおらがつぼに貯めた金だ。一生懸命に貯めたが、今日、つぼを見ると空っぽになってた。きっとこいつが盗んで袋に入れて行こうとしたに違いねえ、庄屋さん、こいつはとんでもねえ奴でごぜえます。第一、こんな貧乏人に金が貯められるわけねえ」 二人の話を聞いた庄屋さんは、「そうか。ところで吾助に兵六。なくしたお金は、何枚ぐらいじゃった?」「それが、数えた事がねえから・・・。だども、つぼの首まではあっただ」「おらもはっきりとは。だども、きっちりつぼの首のところまで貯まっただ」 二人とも、ちゃんとは答えられません。 そこで庄屋さんは、「わしが見たところ、千枚はあったが。そんじゃ一つ、お前さん方のつぼに入れてきっちり首まで入った方が本当の持ち主という事になるな。よし、二人とも、つぼを取りに帰っておいで」 二人はさっそく家に帰り、めいめい、つぼをかかえて戻って来ました。 ところが吾助のつぼは、何とも大きなつぼです。「庄屋どん、吾助の奴は欲深じゃて。あんなにでっけえ、つぼさ持って来て」と、得意そうに差し出した兵六のつぼへ、庄屋さんはお金をザラザラッと入れますと、たちまちお金はあふれてザクザクと畳の上へ落ちました。 青くなる兵六に庄屋さんは、「兵六、金は首のところまで貯まっていたのでは、なかったかのう?」「・・・・・・」 続いて吾助のつぼに入れかえると、ピッタリ首のところまで入りました。「このお金は吾助の物じゃ。 お金は本当は二千枚あったんじゃが、千枚と言うたら、うそをついておる者が千枚くらい入るつぼを探して持ってくるじゃろうと思うたんじゃ。 こら、兵六! 悪い事は、もう二度とするでないぞ。 それから吾助、こんな大事な物、もう落とさんように気をつけるのじゃぞ」 こうしてお金は無事に、持ち主の吾助のところに戻りました。

213 とろこし草むかしむかし、あるところに、清兵衛(きよべえ)という木こりがいました。 ある日の事、清兵衛が木を切っていると、「助けてくれ~っ!」と、いう叫び声が聞こえて来ました。「なんじゃ?」 清兵衛が声のする方を見てみると、何と大蛇が一人の旅人を追いかけているところでした。「わあ、わあ、こっちに来るな!」 びっくりした清兵衛は、慌ててそばの木によじ登りました。 そして木の上から見ていると、旅人は清兵衛の目の前で大蛇にパクリと飲み込まれてしまいました。 人一人飲み込んだ大蛇のお腹は、はち切れんばかりに大きく膨らんでいます。 さすがの大蛇も苦しそうですが、しばらくすると大蛇は草むらの中から黄色い草を探し出して、パクリパクリとその黄色い草を食べ始めました。 すると不思議な事に、大蛇の大きく膨らんだお腹が、スーッと細くなったのです。「さては、あの黄色い草は、食べた物を溶かしてしまうのだな」 やが

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て大蛇がいなくなると、清兵衛は草むらの中を探し回って大蛇が食べていた黄色い草を見つけました。 そしてその黄色い草をふところに入れると、一目散に逃げ帰りました。 村に帰った清兵衛は、村人に大蛇の事を話しましたが、あの黄色い草の事は誰にも話しませんでした。 次の日、村人たちが命拾いのお祝いをしようと、清兵衛の家に集まって来ました。 お祝いと言っても、手打ちソバと、お酒を飲むだけですが。 そのうち村一番の長者(ちょうじゃ)が、こんな事を言い出しました。「どうじゃ、この大皿に山盛りのソバを続けて五杯食えたら、田畑をやってもええぞ」 それを聞いた村人たちは、笑い出しました。「長者どん、いくら何でも、それは無理じゃ」「そうじゃ、そうじゃ。人食いの大蛇ならともかく」 ところが、それを聞いて清兵衛の目が輝きました。(大蛇か)「よし、わしがやってやるわい!」 そう言って清兵衛は、周りが止めるのも聞かずにソバを食べ始めました。 清兵衛は死ぬ気で、山盛りのソバを一杯、二杯、三杯と食べましたが、四杯目がどうしても食べられません。 村人たちは、清兵衛の様子がおかしいのに気がつきました。「清兵衛、どうした? 大丈夫か? だいぶ苦しそうだが」「はあ、はあ、はあ」「清兵衛、もう止めろ、とても無理だ」 村人たちが止めても、清兵衛は意地でも止めません。(よし、ここであの草を使おう) 清兵衛は、大きなお腹をかかえて立ち上がると、「すまんが、ちょっと便所へ行ってくる」と、便所に入ると、ふところからあの黄色い草を取り出しました。 さてそれから、いくら待っても清兵衛は便所から出て来ませんでした。「お~い、いつまで入っとるんじゃ」「大丈夫か?」 村人たちが便所の戸を叩きますが、中から返事はありません。「清兵衛! 清兵衛!」 いくら呼んでも返事がないので、村人の一人がとうとう戸をぶち破って便所の中へ入って見ました。 すると、「なんじゃ、こりゃ!」 何と便所の中には清兵衛の姿はなく、山盛りのソバが清兵衛の着ていた着物の内側にあるだけでした。 実はあの黄色い草は食べた物を溶かす草ではなく、人間を溶かす草だったのです。

214 よくわかる説教 むかしむかし、ある坊さんが町の集まりに出かけては、人々に為になる話をしていたのですが、聞いているみんなは無駄口(むだぐち→おしゃべり)ばかりで、なかなか熱心には聞いてくれません。 何とか話をちゃんと聞かせたいと考えた坊さんは、次の説教(せっきょう)の日、みんなに向かってこう言いました。「これから私がみなさんに何をお話しするか、わかりますか?」 するとみんなは、「さあ、わからねえなあ」と、口をそろえて言います。「そうか、わからぬか。わからぬ話をしても仕方がないから、今日は止めにしよう」 こう言って坊さんは、さっさと帰ってしまいました。 また次の説教の日、坊さんが前と同じ事を聞くと、みんなは帰られては困ると思い、「はい、よくわかりました」と、言いました。 ところが坊さんは、「ほお、わかっておるのか。それは大した物だ。しかしそれなら、話をしても仕方ない。今日はこれまで」と、またまた帰ってしまいました。 さて次の説教の日、坊さんが今度も同じ事を聞くと、みんなが言いました。「知っている者と、知らん者がおります」 すると、坊さんは喜んで、「それなら知っておる者が、知らない者に教えておくれ」と、やっぱり帰ってしまいました。 そのされたみんなは、どうしたものかと相談しました。「どうして坊さまは、すぐに帰ってしまうんじゃ?」「そうじゃ。何と答えても帰ってしまうのでは、どうしようもない」「いや、これはきっと、わしらがまじめに説教を聞かんから、坊さまが怒りなさったに違えねえ。ここは、みんなで謝りに行こう」 こうしてみんなは寺まで行って、説教を続けてくれる様にと頼んだのです。 そして次の集まりからは、みんながじっくり話を聞くようになったので、坊さんはとても熱心に説教をしました。 人の話は、ちょんと聞かなくてはいけません。 話を聞かないと、その人はこの坊さんの様に話してくれなくなりますよ。

215 ネズミの嫁入りかしむかし、ネズミの一家がいました。 父さんネズミと、母さんネズミと、一人娘のチューコです。「ねえ、お父さん。そろそろチューコにも、お婿さんを見つけなくてはなりませんね」「そうだな、チューコは世界一の娘だから、世界一のお婿さんを見つけてやらないとな。ところで世界一強いのは、やっぱりお日様だろうな」 父さんネズミと母さんネズミは、お日様のところへ行って頼んでみました。「世界一強いお日様。チューコをお嫁にもらってくれませんか?」「そりゃうれしいが、雲はわしより強いぞ。わしを隠してしまうからな」 そこで父さんネズミと母さんネズミは、雲のところへ行ってみました。「世界一強い雲さん。チューコをお嫁にもらってくれませんか?」「そりゃうれしいが、風はわしより強いぞ。わしを簡単に吹き飛ばしてしまうからな」 そこで父さんネズミと母さんネズミは、風のところへ行ってみました。「世界一強い風さん、チューコをお嫁にもらってくれませんか?」「そりゃうれしいが、壁はわしより強いぞ。わしがいくら吹いても、わしをはね返してしまうんじゃ」 そこで父さんネズミと母さんネズミは、壁のところへ行ってみました。「世界一強い壁さん。チューコをお嫁にもらってくれませんか?」「そりゃうれしいが、わしよりも強いものがいるぞ。それはネズミじゃ。ネズミにかじられたら、わしもお終いだからな」「何と! 世界で一番強いのは、わしらネズミだったのか」 そこでチューコは、めでたくネズミのお嫁さんになりました。

216 餅の的 むかしむかし、田野(たの)という所は毎年毎年豊作でした。 ですから田野の人々は、だんだんと、お米を作る苦労やお米のありがたみを忘れてしまったのです。「今年も豊作で食べきれないから、取れたお米でお餅を

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作ろう」「お餅を作ってもまだ余るな。お酒を造って飲みまくろう」 こうして、お米でお餅やお酒を作っている内は良かったのですが、そのうち若者の一人がこんな事を言い出しました。「ここにある鏡餅、どうせ食べきれないのだから、これを矢の的(まと)にしないか? 誰が一番上手に当てるか、腕比べをしようではないか」「へえ、餅の的か。これは見た事も聞いた事もない話だ。面白い。さっそく始めるか」 若者たちはワイワイ言いながら鏡餅にひもを付けると、庭先の木の枝に吊り下げました。「さあ、誰が最初にやるんだ?」「よし、おれがやろう」 みんなが見ていると一人の男が弓に矢をつがえ、餅の的に目掛けて矢を放ちました。 ヒュン! すると、餅の的に矢が当たった途端、不思議な事に餅は真っ白な鳥になって、南の空を目指して遠くへ飛んで行ってしまったのです。 そしてこの時から、田野では少しもお米が取れなくなって、とても貧しい生活を送ることになってしまったそうです。

217 ハマグリ姫 むかしむかし、若い漁師がお母さんと二人で暮らしていて、漁師はお母さんをとても大切にしていました。 ある日の事です。 漁師はいつもの様に小さな舟に乗って魚を捕りに行ったのですが、どうした事か魚は一匹も捕れません「困ったな。これでは、お母さんに食べさせる事が出来ない。どうしよう?」 漁師が一人言を言っていると、釣り糸の先に何かかかりました。 漁師が引き上げてみると、それは小さな小さなハマグリでした。「何だ、ハマグリか」 漁師はガッカリして、ハマグリを舟の中に放り出しました。 すると不思議な事に、小さなハマグリが、みるみる大きくなって、ついには両手でも抱えきれないほどの大きさになったのです。 しばらくすると、ハマグリはキラキラと金色の光を放って二つに割れました。 そして中から、きれいなきれいなお姫さまが現われたのです。 びっくりした漁師は、恐る恐る尋ねました。「あ、あなたさまは、どなたですか?」 すると、お姫さまは、「わたしが誰なのか、自分でも知りません。どうぞ、あなたのお家へお連れ下さい」と、悲しそうに言いました。「そうか・・・」  漁師は気の毒に思って、お姫さまを自分の家へ連れて帰りました。 さて、貧乏な漁師の家に天女(てんにょ)が現われたという噂は、すぐに国中へ広まりました。 そして大勢の人が天女をおがみに来て、お米や麻の束を供えていったのです。 するとお姫さまはその麻を糸につむいで、とても美しい織物(おりもの)を織(お)りあげました。 そして漁師にこう言いました。「これを都へ持って行って、三千両(→二億円ほど)で売ってきてください」「わかった」 漁師は都へ行くと、一日中、織物(おりもの)の買い手を探しましたが、三千両という値段を聞くと誰もがあきれて買ってくれません。 あきらめて帰ろうとすると、大勢のお供を連れた立派なおじいさんがやって来て、漁師に声をかけました。「これは素晴らしい織物だ。値段はいくらだ」「その、三千両でございます」「それは安い! 是非とも買わせて貰おう」 おじいさんは漁師を立派な屋敷に招待すると、見たことがないようなごちそうなお酒で漁師をもてなしました。 そして家来に言いつけて、三千両のお金を漁師の家に届けさせたのです。 やがて漁師が家に帰ってみると、お金はちゃんと届いていました。 お姫さまはにっこり笑って漁師を出迎えると、漁師とお母さんにこんな事を言いました。「織物が売れて、よろしゅうございましたね。それではこれで、お別れいたします。お二人とも、どうぞお幸せに」 漁師とお母さんは、びっくりです。「まあ、これからは三人で、楽しく幸せに暮らそうと思っていましたのに」「そうだ。大切にするから、このまま一緒に暮らしてくれ」 でも、お姫さまは首を横に振って、「最後に、本当の事を申しましょう。実はわたしは、観音様(かんのんさま)のお使いで、お母さんを大切にしているあなたを助ける為にやって来たのです。わたしの役目は終わりました。では、さようなら」 お姫さまはそう言って、空に舞い上がりました。 その後、漁師は三千両のお金で、お母さんと幸せに暮らしたそうです。

218 かめかつぎむかしむかし、吉四六さんと言う、とてもゆかいな人がいました。 あるお正月の事です。 町へ行った吉四六さんは瀬戸物屋へ立ち寄って、十枚ひと組の皿を五十文で買って来ました。 ところが家に戻って数えてみると、十枚あるはずが九枚しかありません。 瀬戸物屋の主人の重兵衛(じゅうべえ)が、数え間違えたのでしょう。 重兵衛はへそ曲がりで有名でしたが、吉四六さんとは顔見知りだったので、二、三日たって町へ行ったついでに店に立ち寄り、「重兵衛さん、この間買った、十枚ひと組の皿の事だが、家に戻って数えてみたら一枚少なかったよ」と、言いました。 ところが重兵衛は、「そうかい、それは気の毒でしたなあ。じゃ、代金は九枚分だけもらっておくよ」と、いつもと違って、ニコニコしながら言いました。「おや? 重兵衛さん、今日はやけに話が分かるねえ。まあ、代金は九枚分にしなくてもいいから、足りなかった分の皿を一枚もらって行くよ」 そう言って、同じ皿を一枚取った吉四六さんが店を出ようとすると、重兵衛さんがあわてて引き止めました。「おいおい、吉四六さん、ちょっと待って!」「なんだい?」「あんた、皿を泥棒するつもりか? ちゃんと皿の代金を置いて行きな」 さっきとは違って怖い顔の重兵衛さんを見て、吉四六さんは思いました。(やれやれ、やっぱり本性を現してきたな) 吉四六さんは、わざと不思議そうな顔をして言いました。「皿の代金だって? ちゃんとこの間、五十文を払ったじゃないか」 すると重兵衛は、皿の値段が書いた張り紙を突き出して言いました。「この張り紙を読んでみな。 お前が買った皿は十枚ひと組だと五十文だが、バラ売りだと一枚が六文と書いてあるだろう。 だから九枚では五十四文。 それに今日の一枚が六文で、合わせて六十文だ。 この前の五十文を差し引いても、まだ十文が足りないじゃないか」「なるほど、確かに十文足りないな。こいつは、まいった」 さすがの吉四六さんも、してやられたとばかりに頭をかいて、いさぎ

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よく十文を払いました。「では、代金の十文」 代金を受け取った重兵衛は、「どうだい、吉四六さん。あんたも商売上手と聞くが、本当の商売上手とは、おれみたいな者を言うんだよ。あはははははっ」と、大笑いしました。「・・・!!!」 この大笑いさえなければ、吉四六さんは素直に帰ったのですが、この事が吉四六さんのとんちに火を付けたのです。「いや、まったく、あんたにはかなわないなあ。・・・して、ときに重兵衛さん、このかめはいくらするかね?」 吉四六んはそう言って店先に立ててある、大きなかめを指差しました。 それは一人ではとてもかつげないほどの、大きなかめです。「ああ、それなら一両だ」「安い! 一両とは安いなあ。じゃあ、今日はこのかめも買って帰るとするよ」「おいおい、吉四六さん、買ってもらうのはありがたいが、こんな大きなかめを、お前一人でかつげるものか」「なに、平気だよ」「平気じゃない。三人がかりで、やっと運んで来た代物だぞ」「大丈夫。これくらいの物がかつげないようでは、百姓は出来ないよ」「ほう、こりゃ面白い。もしお前さん一人でこのかめがかつげたら、代金はいらん。ただでやろう」「そりゃ、本当かい?」「本当だとも」「よし、ではかついでみせるよ」 きっちょむさんはそう言うと、近くにあった石を両手で持ち上げました。「おいおい、吉四六さん。それで一体、何をするつもりだ?」「なに、このままでは持ちにくいから、この石でかめを粉々にしてやるのさ。そうすりゃあ、何回かに分けて持って帰れるだろう」「あっ、そうきたか!」「じゃあ、ここで割らしてもらうよ」 そう言って再び石を持ち上げる吉四六さんを、重兵衛さんはあわてて止めました。「まて、待ってくれ!」「いや、待てぬ。今すぐ持って帰るのだから」「しかしそれでは、一両を失ったのと同じだ。いくら何でも、そんなもったいない事は」「よし、ではこのつぼを売ってやるよ。一両のところを、たったの百文でどうだ? それがいやなら、ここで割るぞ」 重兵衛さんは仕方なく、自分の負けを認めました。「ま、まいった。そのつぼを百文で買わせてもらうよ。・・・とほほ、やっぱり吉四六さんは、商売上手だ」 こうして吉四六さんは重兵衛さんから百文を受け取ると、ホクホク顔で帰ったのでした。

219 ふたを取らずにむかしむかし、一休さん(いっきゅうさん)と言う、とんちで評判の小僧さんがいました。 ある日の事、お金持ちの加平(かへい)さんがごちそうをしますからと、一休さんを家に呼んだのです。 一休さんが喜んで加平さんの家に行ってみると、おぜんにはたくさんのごちそうが並んでいました。「これはすごい。では、いただきます」 一休さんがお箸を持って、おわんのふたを取ろうとした時です。「一休さん。そのおわんは、ふたを取らないで食べて下さい」と、加平さんが一休さんに言ったのです。 それを聞いた一休さんは、ピーンと来ました。(ははーん。わたしのとんちを試そうというのだな) 一休さんはニッコリ笑うと、「では、お汁はあきらめて、他のごちそうをいただきましょう」と、おわんには手をつけずに、他のごちそうだけを食べていきました。 すると加平さんは、「一休さん、そのおわんには本当においしいお汁が入っています。是非とも、召し上がって下さい」と、言うのです。 すると一休さんは、こう言いました。「せっかくのお汁も、すっかり冷めてしまいました。すみませんが、おわんのふたを取らないで、温かい物と取りかえて下さい」「・・・・・・」 おわんのふたを取らずに、お汁を変える事は出来ません。 これを聞いた加平さんは、思わず手を打って、「いや、これは参りました。あなたはうわさ通りのとんちの持ち主ですなあ」と、言って、一休さんに頭を下げました。 この事がみんなに知れ渡り、一休さんのとんちはますます評判(ひょうばん)になりました。

220 火事の知らせ方 むかしむかし、吉四六さんと言う、とてもゆかいな人がいました。 ある晩の事です。 吉四六さんが、かわや(→トイレ)に起きると、向こうの空がまっ赤に染まっています。「ややっ、火事かな。どの辺りじゃろ? うん? あの辺りは、もしや!」 どうやら、庄屋(しょうや)さんの屋敷の辺りです。「たっ、大変だー! すぐに、すぐに知らせに行かなくては!」 吉四六さんは、かわやを飛び出して裸足で駆け出そうとしましたが、「・・・いや、待てよ」 寝ていたおかみさんを起こして、まず、お湯をわかしてもらって、ていねいにひげを剃りました。 それから大事な時に着る「かみしも」を着て、たびをはいて、せんすを手にして、ゆうゆうと落ち着いて庄屋さんの屋敷へ出かけました。 火事は、庄屋さんの屋敷のはなれでした。 まだ、誰も気がついていません。「庄屋さん、庄屋さん。はなれが火事でございますよー」 吉四六さんは、雨戸を静かに叩いて庄屋さんを呼び起こしました。 声が小さかったし、戸の叩き方もおとなしかったので、庄屋さんはなかなか目を覚ましません。「庄屋さん、庄屋さん。はなれが火事でございますよー。早く消さないと、大変な事になりますよー」「・・・・・・」 しばらくたってから、「なに、火事じゃと!」 庄屋さんがやっと起きて戸を開けると、はなれはもう、ほとんど焼けてしまった後でした。 次の朝、庄屋さんはカンカンに怒って、吉四六さんの家にやって来ました。「お前は夕べ、火事だというのに、なぜ、かみしもなどつけてゆっくり来た。 しかも、あんなおとなしい知らせ方だ。 おかげで、はなれを丸焼けにしてしまったではないか。 火事の時は、何をさておいても駆けつけて、大きな声や物音で知らせねばだめだ!」と、きつい文句を言いました。「へい、次からは、そうしましょう。・・・けど庄屋さんは、いつも、『男はいざという時は落ち着いて、身なりもきちんとせよ』と、言っていたではありませんか」「それも、時と場合じゃ! そのくらいの事をわきまえないで、どうする!」「・・・へい」 せっかく火事を知らせてあげたのに、こんなに文句を言われては面白くありません。 さて、それからいく日かたった、ある晩の事。 吉四六さんは真夜中に跳ね起きると、

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丸太をかついで庄屋さんの屋敷に駆けつけました。 そして、丸太を力一杯振り上げて、 ドンドン! ドンドン!と、雨戸を叩いて大声で言いました。「火事だ! 火事だ! 火事だー!」 びっくりした庄屋さんは、あわてて飛び起きました。 そして雨戸を開けると、吉四六さんがいます。「火事はどこだ! おいおい、そんなに叩くな。屋敷が壊れるではないか」 すると吉四六さんは、丸太を放り出して、「ああ、くたびれた。どうです。本当に火事があった時には、今くらいの知らせ方で、いかがでしょうか?」と、言ったそうです。

221 二宮金次郎(尊徳)今でも多くの小学校に銅像がある二宮金次郎は、貧しい農家に生まれながらも学問に励んで出世し、藩の財政を立て直したり、田畑の開墾を指導して六百余りの村を復興させた人物です。 これは、この二宮金次郎の少年時代のお話しです。 相模国(さがみのくに→神奈川県)に生まれた金次郎は、とても貧しい農家の長男でした。 とても貧しかったので、その日の食べる物にも困っていました。 そこで仕方なく、末の弟を親戚の家に出す事になったのです。 その夜、お母さんは息子の金次郎に泣きつきました。「金次郎。わたしはやっぱり嫌だよ、あの子を親戚にやるなんて」 それを聞いた金次郎は、お母さんに言いました。「わかりました。明日からは、わたしが人の二倍働きます。だから弟は、すぐに帰してもらいましょう」「ああ、金次郎。すまないねえ」  金次郎は弟が帰って来ると、前よりもっと働かなければなりませんでした。 朝早くからたきぎを拾って町で売り、それが終わると夕方まで畑を耕して、そして夜は遅くまでわらじを作りました。 お母さんは体が弱くて、あまり働けないので、十五才の金次郎が一人で家族を養うのです。 それは大変な苦労でしたが、金次郎は文句一つ言いません。 それどころか、「移動する時間、何もしないのはもったいないな。時間は、上手に使わなくちゃ」と、たきぎを町へ売りに行く時は、本を大声で読みながら歩いたのです。 この当時、農家の人間が勉強するのは珍しい事でした。 ですから、この金次郎のおかしな行動は、すぐに村中に広まりました。「あの子、勉強しながら歩いているよ」「ほんと、全く変わった子だね」 そしてそれを知った親戚のおじさんは、金次郎を叱りつけました。「馬鹿者! 農家の人間に、学問などいらんのだ! だいたい本を買う金があったら、家族に食べ物でも買ってやれ!」 しかし金次郎は、おじさんに叱られても、こっそり勉強を続けました。 こうして勉強を続けた金次郎は、やがてどんどん出世をして、村一番のお金持ちになったのです。

222 爪と牙を取られたネコ むかしむかし、ある商人がネコを飼っていました。 お正月が近づいたので、商人の家で働いている小僧さんたちが餅をつき始めました。 餅の大好きなネコは、うれしくてたまりません。(よしよし、お正月には餅をたっぷり食べさせてもらえるぞ) 餅つきの次の日は、天気が良いのですす払い(→掃除)をする事になりました。 ネコは邪魔になるといけないと思い、外に出て家の屋根に登りました。 すると、長いささぼうきを持った小僧さんが出て来て、「今から屋根の掃除をするから、家の中へ入っていろ」と、言うのです。 ネコが慌てて家の中へ入ろうとすると、今度は主人が言いました。「お前にウロウロされてはすす払いが出来ないから、外へ出ていろ」 さて、ネコは困りました。 外へ出れば小僧さんに、「中へ入っていろ」と、言われるし、中へ入ろうとすると主人に、「外へ出ていろ」と、叱られます。(一体、どこにいればいいんだ?) ネコは仕方なくはしごを伝って、天井裏(てんじょううら)へ登って行きました。 するとそこにはネズミたちが集まっていて、下の騒ぎは自分たちを追い出す為だと思い込み、おびえた顔をしていたのです。 そしてネコを見ると、ネズミの親分が言いました。「こうなっては仕方がない。みんな、覚悟を決めて戦うぞ」 ところがネコはネズミに飛びつくところか、親分の前に行って頭を下げました。「待ってくれ。今日は、お前たちを食う為に来たんじゃない。何もしないから、今日一日ここへ置いてくれ」「それはまた、どういうわけだ?」「実は家のすす払いで、わしのいるところがないのだ。どこへ行っても邪魔者扱いで、くやしいったらありゃしない」「それじゃ、下の騒ぎはおれたちを追い出す訳ではないのだな」「ああ、いくらすす払いと言っても、こんな天井裏まで掃除する人間はおらん。だから安心するがいい」「何だ、そうだったのか」 ネズミたちはホッとして、お互いに顔を見合わせました。 そしてネズミの親分が、急に威張った態度で言いました。「今日一日、ここに置いてやってもいいぞ。だが家賃(やちん)の代わりに、お前さんの足の爪と牙を残らず渡してくれ」「何だって! 爪と牙はネコの大切な武器だぞ!」「嫌なら、すぐにここから出て行ってくれ。家賃も払わずにここにいるつもりなら、わしらにも覚悟がある。ここにいるみんなが死ぬ気でかかれば、お前さんを倒す事も出来るだろう」 それを聞いて、ネズミたちが一斉に立ち上がりました。 確かにこれだけの数なら、ネコに勝ち目はありません。「わかった。わかった。お前の言う通りにするよ」 ネコは泣く泣く、爪と牙を抜いて親分の前に差し出しました。「よし、確かに家賃は受け取った。今日一日、ここでゆっくり過ごすがいい。・・・ただし、どんな事があっても、わしらの体には指一本触らないこと。と言っても、武器を無くしたお前さんなんて、怖くないがね」 やがて夕方になって、すす払いも終わったらしく、家の中が静かになりました。「では帰るよ。お世話になった」 ネコは天井裏から降りると、家の中に入っていきました。 すると小僧さんたちがネコを見つけて、つきたての餅を持って来てくれました。「お前、餅が大好きだろ。さあ食べな」 でもネコは牙が無くなってしまったので、餅どころかご飯も満足に食べれません。(ふん、さんざん邪魔者にしておきながら、何を言うか) ネコは腹を立てて、こたつの中へ潜り込みました。 するとそこへ、主人がやって来て、「こら、何を寝ている。お前はネズミに餅を取られない様に、しっかり番をしていろ」と、

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言って、ネコを台所へ連れて行ったのです。 ネコは仕方なく台所に座って、むしろに広げられた餅をうらめしそうに見張っていました。 さて、みんなが寝静まった頃、急に天井裏が騒がしくなって、ネズミたちが親分を先頭にゾロゾロと降りてきました。「さあ、みんな、餅をどんどん運ぶのだ」 親分は、ネコを見ても気にしません。 ネコはたまりかねて言いました。「おいおい、わしが見えないのか? 餅を持って行くと承知(しょうち)しないぞ」 それを聞いて、親分が笑いました。「承知しないと言っても、爪も牙もなくてどうするつもりだ?」「それは、・・・・・・」 ネコは、何も言い返す事が出来ません。 悔しいけれど、ネズミたちが餅を運ぶのを見ているより仕方ありませんでした。 「さあ、餅をどんどん運ぶんだ」 やがてすっかり餅を運び終えた親分は、ネコを振り返って言いました。「それじゃ、よいお正月を」 さて次の朝、台所にやって来た主人は餅がすっかり無くなっているのを見て、ネコを叱りつけました。「この役立たず。ネコのくせに、ネズミの番もできないのか!」 気の毒なネコは、泣きながら正月をおくる事をなりました。 一方ネズミの方は餅をたらふく食べて、楽しい正月をおくったそうです。

223 拾った財布むかし江戸の町に、左官屋(さかんや→壁をぬる職人)の伝助(でんすけ)と言う人が住んでいました。 ある年の十二月、仕事の帰りに道で財布を拾いました。 中を調べると、一両小判が三枚入っていました。「おやおや、もうじき正月が来るというのに、三両(→約二十一万円)ものお金を落とすなんて気の毒に。落とした人は、さぞ困っているだろうな」 伝助が財布をよく調べてみると、名前と住所を書いた紙が入っていました。「なになに、神田(かんだ)の大工の吉五郎(きちごろう)か。よし、ひとっ走り届けてやろう。今頃きっと、青くなって探しているだろうよ」 親切な伝助は、わざわざ神田まで行って、ようやく吉五郎の家を探し出しました。「こんにちは。吉五郎さん、いますか?」「ああ、おれが吉五郎だが、何か用かね?」「わたしは左官の伝助と言うんだがね、お前さん、財布を落とさなかったかね?」「ああ、落としたよ」「中に、いくら入っていたんだね?」「そんな事、何でお前さんが聞くんだい?」「何でもいいから、答えてくれよ」「三両だよ。お正月が来るんで、やっとかき集めた大事な金だったんだ」 それを聞いて、伝助は、「そうかい。それじゃこれは、確かにお前さんの落とした財布だ。ほら、受け取ってくれ」と、財布を差し出しました。 ところが吉五郎は財布をチラッと見ただけで、プイと横を向いて言いました。「それは、おれのじゃないよ」「えっ? だってお前さん、今、大事な三両が入った財布を落としたって言ったじゃないか。それに、お前さんの名前と住所を書いた紙も入っていたんだ。この財布は、確かにお前さんの物だよ」「そりゃあ、確かにおれは財布を落としたよ。だけど、落とした物は、もうおれの物じゃない。拾ったお前さんの物だ。持って帰ってくれ」「何だって!」 伝助は、ムッとしました。「何て事を言うんだ! 拾った物を黙って自分の物にするくらいなら、わざわざ探しながらこんなところまで届けに来たりするもんか。素直に『ありがとうございます』と言って、受け取ればいいじゃないか!」「ちえっ、お前さんも強情っぱりだなあ。おれは、その財布はお前さんにくれてやるって言ってるんだぜ。そっちこそ素直に『ありがとうございます』と言って、さっさと持って帰りゃあいいじゃないか。第一、この十二月になって三両もの金が手に入れば、お前さんだって助かるだろうに」「馬鹿野郎!」 とうとう伝助は、吉五郎を怒鳴りつけました。「おれは乞食(こじき)じゃねえ! 人の物を拾ってふところへ入れるほど、落ちぶれちゃいないんだ。ふざけるのもいい加減にしろ。とにかく、これは置いていくぜ」 伝助が財布を置いて帰ろうとすると、「おい待て!」 吉五郎はその手を掴んで、財布を押しつけました。「こんな物、ここに置いて帰られちゃ迷惑くだよ。持って帰ってくれ」「この野郎、まだそんな事を言ってるのか」 二人の頑固者は、とうとう取っ組み合いのけんかを始めました。 その騒ぎを聞いてやって来た近くの人たちが、いくらなだめても二人とも聞きません。 近所の人たちは困り果てて、とうとうお奉行(ぶぎょう)さまに訴えました。 その時のお奉行さまは、名高い、大岡越前守(おおおかえちぜんのかみ)という人でした。 越前守(えちぜんのかみ)は、二人の話を聞くと、「大工、吉五郎。せっかく伝助が届けてくれたのだ。素直に礼を言って、受け取ったらどうじゃ?」「とんでもありません、お奉行さま。落とした物は、無くしたのと同じでございます。ですからもう、わたくしの物ではありません」「では、左官、伝助。吉五郎がいらないと言うのだ。この三両は拾ったお前の物だ。受け取るが良いぞ」「冗談じゃありません、お奉行さま。拾った物をもらうくらいなら、何もこの忙しい年の暮れに、わざわざ神田まで届けに行ったりなどしやしません。落とした物は落とした人に返すのが当たり前です」 二人とも、頑固に言い張って聞きません。 すると越前守は、「そうか。お前たちがどちらもいらないというなら、持ち主がない物として、この越前(えちぜん)がもらっておこう」「へっ?」「へっ?」 お奉行さまに金を横取りされて、二人はビックリしましたが、でも、いらないと言ったのですから、仕方がありません。「はい。それで結構です」「わたしも、それで結構です」と、答えて、帰ろうとしました。 その時、越前守は、「吉五郎、伝助、しばらく待て」と、二人を呼び止めました。「お前たちの正直なのには、わしもすっかり感心した。その正直に対して、越前から褒美(ほうび)をつかわそう」 越前守はふところから一両の小判を取り出すと、さっきの三両の小判と合わせて四両にし、吉五郎と伝助に二両ずつやりました。 ところが二人とも、なぜ二両ずつ褒美をもらったのか、訳の分からない様、妙な顔をしています。 そこで越前守は、笑いながら言いました。「大工の吉五郎は、三両を落として二両の褒美をもらったから、差し引き一両の損。 左官の伝助は、三両を拾ったのに落とし主に届けて、二両の褒美をもらったから、これもやはり一両の損。 この越前も一両を足したから、一両の損。 これで『三方、一両損』と言うのは、どうじゃ?」「なるほど!」 吉五郎と伝助は顔を見合わせて、ニッコリしました。

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「さすが名奉行(めいぶぎょう)の大岡さま。見事なお裁き、おそれいりました」「このお金は、ありがたくいただいてまいります」「うむ。二人とも珍しいほどの正直者たちじゃ、これからのちは友だちとなって、仲良く付き合っていくがよいぞ」「はい。ありがとうございます」 吉五郎と伝助は、ここに来た時とはまるで反対に、産まれた時からの仲良しの様に肩を並べて帰って行きました。「うむ、これにて、一件落着!」

224 鼻かぎ権次(ごんじ) むかしむかし、権次(ごんじ)という若者がいました。 ある時、権次は仕事で船に乗って、何日も家に帰れない事になりました。 心配するお母さんに、権次は言いました。「大丈夫、おれは運が良いからな。・・・そうだ、運が良い証拠を母ちゃんに見せてやるよ。俺が出かけて十日たったら、家を焼いとくれ」「えっ、家をかい?」 驚くお母さんに、権次はにっこり頷きました。「そうさ。ちゃんと焼いておくれよ」 権次が船に乗って海へ出て十日がたつと、お母さんは約束通り家に火をつけました。 小さな家はあっという間に火事になり、すっかり燃えてしまいました。 その頃、権次は舟の上で、くんくんと鼻をならしながら仲間に言いました。「あれ、今、俺の家が燃えてる。こりゃ火事だ!」 それを聞いて、仲間たちは大笑いです。「あははは。こんな遠く離れていて、火事がわかるもんか」 でも権次は、すまして答えました。「まあ、帰ってみればわかるさ」 それから何日かして、仲間たちは仕事を終えて村に帰るとびっくり。 本当に、権次の家が燃えてなくなっているのです。 そして、いつ焼けたかと尋ねると、ちょうど権次が船の上で鼻をくんくんしていた日と同じだったのです。「すごい! 権次の鼻はすごいぞ!」「よし、もう一度試してみよう」 仲間たちは、村の井戸に炭を入れました。「よし、権次に何の匂いか当てさせよう」 その様子を、旅のおばあさんが見ていました。 そして村を出てから、さっきの事を思い出して笑ったのです。 そこへちょうど、権次が通りかかりました。「おばあさん、何がおかしいのかね?」 おばあさんは笑いながら、権次に言いました。「いや、今ね、おかしな村を通りかかったんだよ。何でも、匂いかぎの名人がいるそうで、井戸の中の炭の匂いを当てさせようと村の連中が相談したんだ。いくら匂いかぎの名人だって、井戸の中の炭の匂いがわかるもんかね」 それを聞いた権次は、にやりと笑いました。「そりゃ、確かにおかしな話だ。おばあさん、面白い話を聞かせてくれてありがと」 おばあさんと別れた権次は、すました顔で村に帰りました。 さてそれから、権次は井戸のそばに来るとくんくんと鼻をならして、いきなり大声で村人たちに言いました。「誰だ? 井戸の中に炭を入れたのは」 それを聞いた村の仲間たちは、顔を見合わせて驚きました。「すごい。やっぱり権次の鼻は本物だ!」 そして権次の鼻のうわさは、殿さまの耳にも入りました。 この頃、殿さまは体の調子が悪くて、とても困っていました。 お腹が痛いと思ったら、次の日には背中、背中が治ったら今度は足、足が治ったと思ったら頭と、痛いところが体中を回っているのです。 殿さまは、さっそく権次を城に呼びました。「これ、権次とやら。そなたはたいそう鼻が良いようだな。すまないが、病気の原因を匂いで当ててみよ」 これには、権次もまいりました。 でもとりあえず、殿さまに鼻を近づけてくんくんとしてみましたが、やっぱりわかるはずがありません。「そうですな、しばしお時間を」 権次はそう言って、城を出て行きました。「こりゃ、困ったぞ。このままどこかへ逃げてしまおう」 権次が山の中へ足を踏み入れると、草の茂みの向こうから、こんな声が聞こえました。「殿さまも、気の毒じゃなあ」「ああ、あんな病気なんて、庭のガマガエルを追い出せばすぐに治るのになあ」 そっと覗くと、何と二人の天狗がお酒を飲みながら話しているではありませんか。(しめた!) 権次はすぐに城へ戻ると、城の庭の池の周りで鼻をくんくんとさせて、大声で殿さまに言いました。「原因がわかりました! 庭のガマガエルを、今すぐ追い出してください。ガマガエルから、お殿さまの病の匂いがします」 それを聞いた家来たちは、すぐにガマガエルを捕まえて城の外へ追い出しました。 その途端、殿さまの体はすうっと楽になったのです。「あっぱれ、あっぱれ。褒美をとらせてやろう」 こうして、殿さまに山の様な褒美をもらった権次は、そのお金で立派な家を建てて、お母さんと一緒に幸せに暮らしたのです。

225 カニに負けたネコ むかしむかし、一匹のネコが川のそばの道を急いでいると、その前をカニがのっそりのっそり歩いていました。「こら邪魔だ。早く歩かないと踏み潰すぞ!」 ネコがイライラして怒鳴りつけると、カニはハサミを振り上げて言いました。「早く歩こうが、遅く歩こうが、おらの勝手だろう!」「何、足が遅いくせに、偉そうな事を言うな!」「はん。どっちの足が遅いか、比べてみなくちゃ分からないだろう?」「何だと、お前がわしより足が速いと言うのか」 ネコは、すっかり腹を立てて言いました。「よし、それなら、向こうの森まで駆け比べをしよう」「いいとも!」「では、よーいどん!」 ネコは尻尾を振り上げると、全速力で駆け出しました。 でもその時、カニはネコの尻尾に飛びついていたのです。 ネコはそれに気づかず、カニを尻尾にぶら下げたまま、あっという間に約束の森へ到着しました。「ふん、どんなもんだい」 ネコは後を振り向きますが、カニの姿は見えません。「ここへやって来たら、本当に踏み潰してやるから」 すると、ネコの尻尾につかまっていたカニが、ヒョイと飛び降りて、後ろから声をかけました。「遅かったな。おら、さっきから待っていたんだぞ」 ネコがビックリして後ろを振り向くと、何とカニがいるではありませんか。「あっ! お前、いつの間に」「だから言っただろう。おらに比べたら、ネコの足なんてカメより遅いくらいだ」「くっ・・・」 ネコには、言い返す言葉もありません。「わかったら、頭を下げて謝れ!」 カニが威張って言うと、ネコは仕方なく頭を下げました。「カニの足が、そんなに速いとは知りませんでした。それなのに

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偉そうな事を言って申し訳ない」 それからと言うもの、ネコはカニの姿を見かけると、カニが横切るまでジッと待つ事にしたそうです。

226 引っ張り合図 むかしむかし、ある村に、とても世間知らずの婿さんがいました。 ある日の事、その婿さんが嫁さんと一緒に実家に呼ばれました。 二人に、ごちそうをしてくれると言うのです。 嫁さんは、少し考えました。(この人がごちそうを食べる順番を間違えて笑われない様にしないと) そこで嫁さんは、婿さんの服に糸をぬい付けるとこう言いました。「あなた、あたしが横で、この糸を引っ張って合図をします。『ツン』と、一回引っ張ったら、おつゆを飲むのです。『ツンツン』と、二回引っ張ったら、ごはんを食べるのです。『ツンツンツン』と、三回引っ張ったら、おかずを食べるのですよ」「うん、わかった」 さて、二人が実家に着くと、さっそくごちそうが並べられました。 横に並んだ嫁さんが、『ツン』『ツンツン』『ツンツンツン』と、上手に合図を出してくれるので、婿さんは、おつゆも、ごはんも、おかずも、順序よく落ち着いて食べ始めました。 それを見て実家の両親は、「世間知らずと聞いていたが、なかなか大した者じゃ」と、感心しました。 でもそのうちに、嫁さんはトイレに行きたくなったので、(まあ、少しの間くらいは大丈夫でしょう)と、持っていた糸を後ろの柱に結んで、部屋を出て行きました。 するとそこにネコがやって来て、ゆらゆらとゆれる糸にじゃれつき始めたのです。『ツンツン、ツン、ツンツンツンツンツン』 ネコが無茶苦茶に糸を引っ張るので、 婿さんはびっくりです。「これは大変だ! 急がないと」 婿さんはネコが引っ張るのに合わせながら、おつゆも、ごはんも、おかずも、夢中で口に放り込みました。 その様子を見ていた実家の両親たちは、「やっぱり、この婿さんは相当な世間知らずじゃ」と、あきれ果てたそうです。

227 二月の桜むかしむかし、桜谷というところに、おじいさんが孫の若者と一緒に住んでいました。 この桜谷には、むかしから大きな桜の木があります。 おじいさんは子どもの頃から桜の木と友だちで、春が来て満開の花を咲かせると、おじいさんは畑仕事もしないで桜をうっとりとながめていました。 そして花びらが散ると、おじいさんはその花びらを一枚一枚集めて木の下に埋めました。「桜や。今年も楽しませてくれて、ありがとうよ」 さて、そのおじいさんもやがて年を取り、とうとう動けなくなりました。 二月のある寒い日、おじいさんは北風の音を聞きながら、ぽつんと若者に言いました。「わしは今まで生きてきて、本当に幸せじゃった。だが、死ぬ前にもう一度、あの桜の花を見たいものじゃ」「そんな事を言ったって、今は二月だ。いくら何でも・・・」 若者はそう言いかけて、口をつぐみました。 おじいさんが目をつむり、涙をこぼしているのです。 きっと、桜の花の姿を思い浮かべているのでしょう。「おじいさん、待っていろよ」 若者はじっとしていられずに、外へ飛び出しました。 そして冷い北風の中を走って、桜の木の下に行きました。 今日は特別に寒い日で、桜の木も凍える様に細い枝先を震わせています。 若者は桜に手を合わせると、頼みました。「桜の木よ。どうか、お願いです。花を咲かせて下さい。おじいさんが死にそうなんです。おじいさんが生きている間に、もう一度花を見せてやりたいんです」 若者は何度も何度も祈り続けて、夜が来ても木の下を動こうとはしませんでした。 やがて夜が明けて、朝が来ました。 桜の木の下で祈り続けていた若者は、あまりの寒さで気を失っていましたが、急に暖かさを感じて目を覚ましました。「どうして、こんなに暖かいんだ? それに、甘い花の香りがするぞ」 若者はゆっくりと顔をあげて、桜の木を見あげました。「あっ!」 何と不思議な事に、桜の木には枝いっぱいに花が咲いていたのです。 二月のこんなに寒い日に、しかもたった一晩で咲いたのです。「ありがとうございます!」 若者は桜の木に礼を言うと、おじいさんの待つ家へ走って帰りました。「おじいさん! おじいさん! 私がおんぶするから、一緒に来て下さい」「何じゃ? どうしたんじゃ?」「いいから、出かけますよ」 若者はおじいさんを背負うと、桜谷へと向かいました。 やがて、桜の木がだんだん近づいて来ると、「おおっ・・・」 おじいさんは驚いて言葉も出せずに、ただ涙をぽろぽろとこぼしました。「よかったですね。おじいさん」 桜の花は朝日を浴びて、キラキラと光り輝いています。「これほど見事な桜の花を、わしは今まで見た事がない。わしは、本当に幸せ者じゃ」 そうつぶやくおじいさんに、若者も涙をこぼしながら頷きました。 それから間もなく、おじいさんは亡くなりましたが、それからも桜谷のこの桜の木は、毎年二月十六日になると見事な花を咲かせたそうです。

228 クラゲのお使いむかしむかし、深い海の底に竜宮(りゅうぐう)がありました。 ある日の事、病気のお后(きさき)が、急にサルのきもを食べたいと言い出しました。 サルのきもは、どんな病気でも治すと言われているからです。 そこで王さまは、クラゲにサルのきもを手に入れてくるように命じました。 命じられたクラゲは張り切って、海の底からサルがたくさん住んでいるサルが島へやって来ました。 ちょうど一匹のサルが、波打ち際で遊んでいます。「よう、サルさん、こんにちは」「おや、クラゲくん、いい天気だね」「ねえ、サルさん。きみ、竜宮へ遊びに来ないかい? とってもいい所だよ」「竜宮! 行く行く! ・・・でも、駄目だよ。ぼくは泳げないんだもの」「それなら大丈夫さ。ぼくの背中に乗せていってあげるよ」「本当かい、うれしいなあ」 サルは、すぐにクラゲの背中に飛び乗りました。 クラゲは、スイスイ泳いで海の中へ。「うわっ、海の中ってきれいだなあ」 珍しい景色にサルは、ただうっとり。「さあ、サルさん、もうすぐ竜宮だよ」 ところで、

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少し間の抜けたクラゲは、うっかりサルに聞いてしまいました。「ねえ、きみ、きもを持ってる?」「きも? どうして?」「竜宮のお后さまが、食ベたいんだって」(そ、それでぼくを。・・・こりゃ大変だ!) サルはビックリです。 きもを取られては、死んでしまいます。 でも頭の良いサルは、少しも慌てず残念そうに言いました。「そりゃ、あいにくだな。今日はお天気が良いから、木の上に干してきたよ。クラゲくん、ご苦労だけど取りに帰ろうよ」「そうかい。仕方がないや。じゃ、引き返そう」 そこでクラゲは、またサルが島へ逆戻りです。 島に着くと、サルは慌てて飛び降りて言いました。「やーい、やーい、クラゲのお馬鹿さん。きもは木の上なんかにありゃしないよ。ぼくの体の中さ。アハハハハッ」「ええっ! 本当かい?!」 クラゲはくやしがりましたが、もう仕方がありません。 トボトボと、竜宮へ帰って行ったクラゲは、「この、間抜けクラゲめっ!」「お前なんか、消えてしまえ!」 王さまや魚たちに、メチャクチャに叩かれました。 クラゲが今の様に骨無しになったのは、この為だそうです。

229 もぐさの効き目 むかしむかし、ある家に泥棒が入りました。 泥棒は家の主人の枕元に金箱(かねばこ→金銭・財宝を入れておく箱)が置いてあるのを見つけると、「しめしめ」と、風呂敷(ふろしき)に包んで逃げました。(おや?) 人の気配に目を覚ました主人が枕元を見ると、すでに金箱がありません。「やられた!」 主人は慌てて家の周りを探してみましたが、泥棒の姿はありません。 がっかりした主人は、ふと下を見て庭先の土の上に足跡が二つあるのに気づきました。「ははーん、さては泥棒の足跡じゃな。これは良い物を見つけたぞ」 主人はさっそく大量のもぐさを持ってくると、両方の足跡の上にたくさん盛り上げて火を付けました。 もぐさは煙を出して、ジリジリ燃え始めます。 すると不思議な事に、金箱をかついで逃げている泥棒の足の裏が、だんだん熱くなって来たのです。「何だ?! 足の裏が、アチチチチチチチ!」 泥棒の足の裏が火の様に熱くなってきて、走るどころか歩く事も出来ません。「さては、あの家の親父の仕業だな。ええい、とんだ家に入ったもんだ」 泥棒は転がりながら、盗みに入った家ヘ引き返しました。 そして主人の前に転がり出ると、ボロボロと大粒の涙をこぼしながら主人に言いました。「どうか、どうかご勘弁を。勘弁して下さい」 そう言って、盗んだ金箱を主人に差し出しました。「おう、これは泥棒どのか。その足で、よく戻って来られたな」 主人は金箱を受け取ると、もぐさの火を消してやりました。 そして家の中からやけどの塗り薬を持ってくると、泥棒に言いました。「熱かったじゃろ。これにこりて、泥棒はやめる事じゃ。・・・おや?」 泥棒は主人が言い終わる前に、どこかへ逃げて行きました。

301 ツルの恩返しむかしむかし、貧しいけれど、心の優しいおじいさんとおばあさんがいました。 ある寒い冬の日、おじいさんは町へたきぎを売りに出かけました。 すると途中の田んぼの中で、一羽のツルがワナにかかってもがいていたのです。「おお、おお、可愛そうに」 おじいさんは可愛そうに思って、ツルを逃がしてやりました。 するとツルは、おじいさんの頭の上を三ベん回って、「カウ、カウ、カウ」と、さもうれしそうに鳴いて、飛んで行きました。 その夜、日暮れ頃から降り始めた雪が、コンコンと積もって大雪になりました。 おじいさんがおばあさんにツルを助けた話をしていると、表の戸を、 トントン、トントンと、叩く音がします。「ごめんください。開けてくださいまし」 若い女の人の声です。 おばあさんが戸を開けると、頭から雪をかぶった娘が立っていました。 おばあさんは驚いて、「まあ、まあ、寒かったでしょう。さあ、早くお入り」と、娘を家に入れてやりました。「わたしは、この辺りに人を訪ねて来ましたが、どこを探しても見当たらず、雪は降るし、日は暮れるし、やっとの事でここまでまいりました。ご迷惑でしょうが、どうか一晩泊めてくださいまし」 娘は丁寧(ていねい)に、手をついて頼みました。「それはそれは、さぞ、お困りじゃろう。こんなところでよかったら、どうぞ、お泊まりなさい」「ありがとうございます」 娘は喜んで、その晩は食事の手伝いなどをして働いて休みました。 あくる朝、おばあさんが目を覚ますと、娘はもう起きて働いていました。 いろりには火が燃え、鍋からは湯気があがっています。 そればかりか、家中がきれいに掃除されているのです。「まあ、まあ、ご飯ばかりか、お掃除までしてくれたのかね。ありがとう」 次の日も、その次の日も大雪で、戸を開ける事も出来ません。 娘は、おじいさんの肩をもんでくれました。「おお、おお、何て良く働く娘さんじゃ。何て良く気のつく優しい娘さんじゃ。こんな娘が家にいてくれたら、どんなにうれしいじゃろう」 おじいさんとおばあさんは、顔を見合わせました。 すると娘が、手をついて頼みました。「身寄りのない娘です。どうぞ、この家においてくださいませ」「おお、おお」「まあ、まあ」 おじいさんとおばあさんは喜んで、それから三人貧しいけれど、楽しい毎日を過ごしました。 さて、ある日の事。 娘が機(はた)をおりたいから、糸を買ってくださいと頼みました。 おじいさんが糸を買ってくると、娘は機の回りにびょうぶを立てて、「機をおりあげるまで、決してのぞかないでください」と、言って、機をおり始めました。 キコバタトン、キコバタトン。 娘が機をおって、三日がたちました。 ようやく機をおり終えた娘は、「おじいさま、おばあさま、この綾錦(あやにしき→美しい布の事)を町へ売りに行って、帰りにはまた、糸を買って来て下さい」と、娘は空の雲の様に軽い、美しいおり物を二人に見せました。「これは、素晴らしい」  おじいさんが町へ売りに行くと、それを殿さまが高い値段で買ってくれました。 おじいさんは喜んで、糸を買って帰りました。 すると娘はまた、機をおり始めました。「ねえ、おじいさん。あの娘はいったいどうして、あんな見事な布をおるのでしょうね。・・・ほんの少し、のぞいてみましょう」 おばあさんがびょ

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うぶのすきまからのぞいてみると、そこに娘はいなくて、やせこけた一羽のツルが長いくちばしで自分の羽毛を引き抜いては、糸にはさんで機をおっていたのです。

「おじいさん、おじいさんや」 おどろいたおばあさんは、おじいさんにこの事を話しました。 キコバタトン、キコバタトン・・・。 機の音が止んで、前よりもやせ細った娘が布をかかえて出てきました。「おじいさま、おばあさま。もう、隠していても仕方ありませんね。 わたしは、いつか助けられたツルでございます。 ご恩をお返ししたいと思って娘になってまいりました。 けれど、もうお別れでございます。 どうぞ、いつまでもおたっしゃでいてくださいませ」 そう言ったかと思うと、おじいさんとおばあさんが止めるのも聞かず、たちまち一羽のツルになって空へ舞い上がりました。 そして家の上を、三ベん回って、「カウ、カウ、カウ」と、鳴きながら、山の向こうへ飛んで行ってしまいました。「ツルや。いや、娘や。どうかお前も、たっしゃでいておくれ。・・・今まで、ありがとう」 おじいさんとおばあさんは、いつまでもいつまでもツルを見送りました。 それからのち、二人は娘のおった布を売ったお金で幸せに暮らしました。

302 岩になった鬼 むかしむかし、鬼の親子が深い山奥に住んでいました。 ある日の事、鬼は子どもの鬼を肩に乗せて、山のふもと近くまで散歩していました。 すると一人のおじいさんが小さな女の子の手を引いて、トボトボとやって来ます。 おじいさんは悲しそうにため息をつくと、空に手を合わせておがみだしました。 気になった鬼は、思わず声をかけました。「じいさん、何をしとる?」 いきなり雷の様な声で尋ねられたおじいさんがびっくりして顔を上げると、頭上から恐ろしい顔の鬼が見下ろしています。「ヒェーーッ!」 思わず腰を抜かしたおじいさんに、鬼は少し声を小さくして優しく言いました。「怖がる事はない。何をしとるか、言ってみな」「はい。 わしらはこの下の浜辺の者で、みんな海で働いております。 だが、毎年夏になると海が荒れて、浜のみんなが犠牲になります。 この孫の両親も夏の大波にさらわれ、わしと孫は二人ぼっちになってしまいました。 そこで神さまに、もう海が荒れん様にと、お祈りしていたところです」「そうか、それは気の毒にのう」 それからしばらくたった、ある日の朝。 鬼が目を覚ますと、外は大変な嵐でした。 鬼は、あのおじいさんの事を思い出すと、うなり声をあげて立ちあがりました。 そして鬼は、小山ほどもある岩に抱きつくと、「うりゃあっ!」と、岩を持ちあげて、ズデーンと放り出しました。 続けてもう一つの大岩も持ちあげ、ズデーンと放り出しました。 そして鬼は長い鉄棒で二つの岩に穴を開けると団子の様に突き刺し、岩を通した鉄棒をかつぎあげて子鬼にやさしく言いました。「おとうは浜へ行く。お前はここで待っとれ」「いやだ、いやだ、おれも行く」「・・・そんなら、この岩の上に乗れ」 鬼は腰が砕けそうになるのをこらえて、一歩一歩と山を下って行きました。 浜では大波が白いキバの様に、ドドーッと押し寄せて来ます。 村人が波に流されまいと、家や岩に必死でしがみついています。 鬼は子鬼に言いました。「さあ降りろ、お前はここで待っとれ」「いやだ。おとうと離れん」 子鬼は首を振って、降りようとはしません。「・・・ようし、そんなら泣くなよ!」 鬼はそう言うと、海へ足を進めました。 大波が狂った様に押し寄せ、鬼にぶつかってきます。 すさまじい波に足を取られながらも、鬼は必死で前に進みました。 そして頭まで波につかった鬼は、岩の上の子鬼をおぼれさせまいと岩を高くさし上げ、そのまま海に入りついに姿が見えなくなってしまいました。 波は鬼の体とさし上げた岩にさえぎられて、やがて静かになっていきました。 そしていつの間にか、鬼の体は岩になりました。「おとう!」 岩の上の子鬼は、ワンワンと泣きました。 泣いて泣いて泣き疲れて、その子鬼もとうとう小さな岩になりました。 今でもこの浜には二つの大岩と、その上にちょこんと乗っている小岩があるそうです。

303 タヌキの糸車 むかしむかし、山奥に木こりの夫婦が住んでいました。 木こりは木を切って炭を焼き、おかみさんは糸車を回して糸をつむいで暮らしていました。 さて、木こりが仕事でいない昼間、タヌキが時々やって来て食ベ物を食い散らす様になりました。 それで夫婦は、なベやおひつに大きな石を乗せて、タヌキに食べられない様しました。 それでもタヌキは夜になるとやって来ては、家の前でポンポコと腹つづみを打ったり、踊ったりして騒ぎます。 夜に寝られなくなった木こりは腹を立てて言いました。「今に見ておれ。ワナを仕掛けて捕まえてやる!」 それから数日後、月のきれいな晩におかみさんが糸車を回していると、しょうじの破れ目からタヌキの黒い目玉がクルクルと動いているのが見えました。 そしてタヌキはおかみさんの真似をして、糸車を回すかっこうをしました。「あら。可愛いタヌキだこと」 タヌキは、おかみさんをとても喜ばせました。 そして、さらに数日後のある晩の事。「ギャンギャン!」 裏山で、タヌキの泣き声がしました。 おかみさんが見に行くと、あのタヌキがワナにかかって木からぶら下がっています。「可愛そうに。うちの人が仕掛けたワナにかかったのね」 おかみさんは、そっとワナを取ってやりました。「気をつけないと、うちの人にタヌキ汁にされてしまうよ」 助けられたタヌキは何度も頭を下げ、何度も振り返りながら森の中へ帰って行きました。 冬が来て寒さが強くなると、木こり夫婦はふもとに下りて小さい家で暮らします。 おかみさんは山の方を見ては、(あのタヌキ、どうしているのかしら?)と、時々タヌキを思い出していました。 さて春が来て、夫婦はまた山の家へ戻って来ました。 家に入ったおかみさんは、「あっ!」と、驚きました。 ほこりだらけになっているはずの糸車がピカピカに磨かれていて、その横には真っ白な糸が山の様に積まれて

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いるのです。「不思議な事」 おかみさんが、ボーッと見ていると、「さあさあ、いつまでもつっ立っていないで、家の掃除をしろ」 木こりはそう言うと、炭焼きがまを見に出て行きました。 掃除をすませたおかみさんが、かまどでご飯を炊いていると、 キイカラ、キイカラと、糸車の回る音がしてきました。「おやっ?」 そうっと座敷の方を見たおかみさんは、息をのみました。「タヌキだ」 いつの間にやって来たのか、タヌキが上手に糸車を回して糸をつむいでいたのです。 キイカラ、キイカラ キイカラ、キイカラ おかみさんは声も立てずに、見とれていました。 タヌキは一通り巻き終わると糸をはずして、いつもおかみさんがしていた通りに糸をきれいにまとめて積み重ねます。 そしてタヌキは満足そうな顔をして、あたりを見回しました。 その目がおかみさんの目と合うと、タヌキはうれしそうにおじぎをして森へ帰って行きました。「タヌキよ、ありがとう。お前のおかげで、今年は楽が出来るわ」 おかみさんは恩返しをしてくれたタヌキを、いつまでもいつまでも見送りました。

304 生あるものは むかしむかし、ある寺に、和尚(おしょう)さんと小僧が住んでいました。 この寺の和尚さんは、柿が大好きです。 そこで秋になると、和尚さんは寺の柿の実を全部一人で食べてしまうのでした。 さて、秋も終りに近いある日の事。 一人で寺の留守番をしていた小僧は、柿の木に真っ赤な柿の実が二つだけぶら下がっているのを見つけました。「ああ、何とうまそうな柿の実だろう。・・・せめて一つだけでも、食べてみたいな」 そんな事を考えた小僧は、とうとう我慢出来ずに木に登り、柿の実を一つ食べてしまいました。「うあ、甘くてうまい!」 あまりのおいしさに、小僧は二つとも食べてしまいました。 ところが、ふと我に返った小僧は大あわてです。「しまった! このままでは和尚さんに叱られる!」 小僧は何とかして、和尚さんに怒らせない方法はないかと考えました。 そしてあれこれ考えながら寺の中を歩いていたので、うっかりと和尚さんが大事にしていた茶碗を蹴って割ってしまいました。「大変だ! 柿ならまだしも大切な茶碗まで! このままでは和尚さんに殺されてしまう! ・・・うん? ・・・殺される。・・・壊れる。・・・・・・そうだ!」 さて、夕方になると和尚さんが帰って来ました。 小僧は和尚さんを出迎えると、和尚さんに尋ねました。「和尚さま。実は和尚さまの留守中に、旅のお坊さまが来られまして、私に問答(もんどう→知識をきそい合う修行)をされました。お坊さまに、 『生あるものは・・・』と、聞かれましたが、私には答える事が出来ませんでした」 それを聞いた和尚さんは、ニッコリ笑って言いました。「そうか、そうか、今度その様に問われる事があれば、『必ず滅(めっ)す』と、答えるのじゃ。 生あるものは、必ず滅す。 そして形がある物は、必ず壊れるもの。 それは、仕方のない事じゃ」「仕方のない事で、ございますか?」「そうじゃ。世の中には、それが分からぬ未熟者が大勢おるがな」 和尚さんがそう言ったとたん、小僧は割れた茶碗を目の前に差し出しました。「和尚さま、お許し下さい。和尚さまの好物の柿を食べた上、大切な茶碗を割ってしまいました」「なんと・・・」 和尚さんも怒るに怒れず、苦笑いをして小僧を許してやりました。

305 馬に乗る むかしむかし、吉四六さんと言う、とてもゆかいな人がいました。 さて、今日は朝から良い天気なので、吉四六さんはウマを引いて山をテクテク登って行きました。 たきぎを取りに来たのです。「ほう、良いたきぎがあるわ」 吉四六さんは、オノでポンポンと枯れ木の枝を切っていきます。 しばらくして、たきぎがいっぱいたまりました。「よしよし、今日は思ったよりも、たくさん取れたぞ」 吉四六さんは喜んで、それらを縄で結んでいくつものたきぎの束(たば)を作りました。「さあ、これを背負っておくれ」と、そのたきぎの束をみんな、ウマの背中へ積み上げました。 やせたウマはたくさんのたきぎを背負って重いので、まるで地面をはいずるような格好になりました。 でも、のんきな吉四六さんは、そんな事を気にもしないで、「では、帰るとしようかな」と、ウマの腰を、ポンポンと叩きました。 ウマは仕方なく、ヨタヨタしながら山の坂を下りて行きます。 そしてその坂の途中まで来た時、吉四六さんはやっと、ウマの歩き方がノロノロしている事に気がつきました。「おや、何だかヨタヨタしているなあ。おおっ、そうか、そうか。これは気がつかなくて悪かった。こんなにたくさん荷物を背負っては、さぞ重かったろうなあ」 そして、ウマの首をなでながら、「だが、もう安心しろよ。わたしも手伝ってやる。そのたきぎを少し背負ってやるからな」と、吉四六さんはウマの背中から、たきぎを二束ほど下ろしてやりました。 そしてそれを、「うんとこしょ!」と、自分の背中に背負いました。 それからウマと一緒に歩いて行くのかと思いきや、そうではありません。 たきぎを背負った吉四六さんは、そのまま自分もウマの背中の上に乗ったのです。「たきぎを二束も背負うと、なかなか重いものだわい」 吉四六さんは汗をかきながら、ウマの背中に乗っています。「だが、わたしがこれだけでも手伝ってやれば、ウマも助かるだろう」 吉四六さんは、安心した様な顔をして言いますが、でもウマは、そんな吉四六さんとたきぎを乗せて、前よりも、もっとヨタヨタしながら歩いて行きました。

306 運の良い鉄砲打ちむかしむかし、とても腕の良い鉄砲打ちがいました。 ある時、鉄砲打ちが山へ出かける仕度をして家を出ようとすると、うっかり手が滑ってしまい、大切な鉄砲を石の上に落としてしまいました。「ああ! 鉄砲の先が曲がってしまった。・・・でもまあ、鉄砲の先が曲がっても、何か取れるだろう」と、そのまま曲がった鉄砲を持って、猟に出かけました。 鉄砲打ちが出かけた山には大きな池があり、その池にはカモがいて、あち

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こちで羽を休めています。「ひい、ふう、みい・・・」 数えていくと、全部で十六羽います。「まあ、これだけいれば、曲がった鉄砲でも一羽ぐらいは取れるだろう」 そう思って、鉄砲打ちは一発撃ちました。 ズドーン! すると、その鉄砲の玉はジグザグに飛んで行って、何と全部のカモに当たったあげく、岩に跳ね返ってやぶへ飛び込んで行きました。「こりゃあ、大漁だ! 曲がった鉄砲のおかげで、大もうけが出来たわい」 鉄砲打ちはジャブジャブと池に入ると、十六羽のカモを残らず捕まえて岸に上がりました。 すると、ふんどしの辺りが、いやにムズムズします。「何だ?」 ふんどしを見ると、大きなウナギとナマズが三匹ずつ中で暴れていました。 ついでに、わらぐつの中もムズムズするので脱いでみると、中からカニやドジョウが出て来ました。「何とも、こんな事もあるもんだな。さあ、もう帰るか」 鉄砲打ちが引き上げようとすると、やぶの中で何かが暴れています。「何だ?」 見てみると、岩に跳ね返った鉄砲の玉が命中したクマが、苦し紛れに土を引っかいていました。 クマが引っかいて出来た穴には、おいしそうな山イモがのぞいています。「ほう。ついでに、これも取っていこう」 こうして鉄砲打ちは、山イモと、クマと、カニとドジョウと、ナマズとウナギと、十六羽のカモを背負って山を下りて行きました。

307 馬鹿坊主 むかしむかし、ある村に、吾作(ごさく)と言う酒好きな男がいました。 酒を飲めばフラフラと外へ出かけて、所かまわずに寝てしまうので、女房もホトホト困り果てていました。 ある日の事、吾作がいつもの様に大酒を飲んで道の上に大の字になって眠りこけていると、そこへ村の若い者が三人通りかかりました。「おお、何とだらしない男じゃ。女房子供がありながら働きもせんと、真っ昼間から酒ばかり飲みやがって。こんな奴は、頭を丸坊主にしてやろう」 そこで三人の若者は、眠りこけている吾作の頭をかみそりでツルツルにそってしまいました。 さて、そうとは知らない吾作は、眠りから覚めると頭が涼しいのに気づきました。 そっと頭に手を当ててみると髪の毛は一本もなく、丸坊主になっているではありませんか。 吾作は、ビックリです。「こっ、これは、どうした事じゃ? この坊主は、わしか? いや、わしは坊主になった覚えはないぞ」 吾作は、自分が自分でない様な気がしました。 そこで吾作は急いで家に帰り、女房に確かめてもらう事にしました。「これ女房、この坊主頭の男は、本当にわしか?」 すると丸坊主にされた吾作の姿にあきれかえった女房は、怒って怒鳴りつけました。「この馬鹿坊主! あんた何か家の人じゃない! どこへでも出て行け!」 女房に馬鹿坊主と言われた吾作は、「ああ、やっぱりわしは、今までのわしではなく、坊主だったんだ」と、勘違いをして自分の家を飛び出すと、何とそのまま本物のお坊さんになってしまい、家には二度と帰って来なかったそうです。

308 エビの腰はなぜまがったかむかしは、誰もが一生に一度は、お伊勢(いせ)参りをしたいと考えていました。 それは、人間も動物も同じ事です。 ある日の事、この世で自分が一番大きいと思っているヘビが、お伊勢参りに行く事になりました。 ヘビは大きな体をズリズリ引きずりながら、太陽がギラギラと照りつける道をはって行きます。「それにしても、何て暑いんじゃ」 そこへ、何とも涼しげ日陰が、目の前に広がりました。「こりゃ、ありがたい。まるで生き返った様じゃあ」 日陰で休んで元気になったヘビは、またズリズリと進みます。 すると突然、ものすごい風が吹いたかと思うと、ヘビの大きな体は風に吹き飛ばされてしまいました。 何とその風は、大きな大きなワシの羽ばたきだったのです。 さっきの涼しい日陰は、ワシの影だったのです。(このわしが吹き飛ばされる何て、何というワシだ) あまりの事にヘビが呆然としていると、その大ワシが言いました。「驚かせて悪かったな。何しろ、わしくらい大きな者は、この世におらんからな。自慢じゃないが、わしが本気で羽ばたけば、下は嵐になるからな」「・・・・・・」「あはははは。そんなに驚かんでもよい。別にお前の様に小さい者を、いじめたりはせんから。・・・さて。それでは、お伊勢参りに行くとするか。ほれ、そこのチビ助、何かに捕まっていないと吹き飛ばされるぞ」 ワシが大きく羽ばたくと、本当に下では嵐がおこりました。 そして三度ほど羽ばたくと、そこはもう海の上でした。 それでもお伊勢さまは遠くて、なかなか着きません。 日の暮れる頃になると、さすがのワシも疲れてきました。「どこかに、休むところはないものか」 ワシが辺りを見回すと、少し先に何やら棒の様な物が海から突き出ています。「これはちょうどよい」  ワシはそれに止まって、一晩ゆっくり羽を休めました。 次の朝、ワシはまたお伊勢さまを目指して飛び立ちました。 それから一日中、ワシは飛び続けましたが、まだお伊勢さまには着きません。「ふう、さすがにお伊勢さまは、遠いところじゃ。そろそろ休みたいが、どこかに良い場所は・・・。おおっ、あったあった」 ちょうど昨晩に休んだのと同じ様な棒が、また海の中から突き出ていました。 ワシはその棒に止まると、何気なしにその棒の上を散歩しました。 すると突然、「誰だ! わしのひげの上で歩き回っているのは? くすぐったくてたまらんから、早く下りろ」と、言う声とともに、棒が波を割って持ち上がりました。「ヒェーー!」 棒と一緒に上に持ち上げられたワシは、下を見てビックリです。 何とワシが乗っていた棒とは、大きな大きな伊勢(いせ)エビのひげの先っぽだったのです。 ワシは一日中飛んで、伊勢エビの片方のひげからもう片方のひげへと移動しただけでした。「ウヒャーー! 海には、こんな大きな奴がいたのか!」「こら、驚くのはかまわんが、いつまでひげの上に乗っておる。そんなところにおられては、くすぐったくて、くしゃみが。・・・へ、へ、へっくしょーーん!」 エビがくしゃみをすると、その勢いでワシは空の彼方へ吹き飛んでしまいました。 さて今度は、伊勢エビがお伊勢参りに出かけました。 ところがそんな伊勢エビでも、お伊勢さまに

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はなかなか着きません。 やがて夜になったので、疲れた伊勢エビは大きな山のまん中に、体を休めるのにちょうどいい穴を見つけてその中に潜り込みました。 そして一晩ぐっすりと眠った伊勢エビが、「ああー、よく寝たな。さてそろそろ、お伊勢さまに出発しようか」と、穴から出ようとした時、その穴から水が勢いよく吹き出して、伊勢エビは空高くまで吹き飛ばされてしまいました。 何と伊勢エビが休んでいた穴は、大きな大きなクジラの潮吹きの穴だったのです。 そしてクジラに吹き飛ばされた伊勢エビは、はるか彼方まで飛んで行って岩の上に落ちたのですが、その時に腰をひどく打ってしまい、腰が曲がってしまいました。 その時からです、エビの腰が今の様に曲がってしまったのは。

309 サザエ売りむかしむかし、吉四六さんと言う、とてもゆかいな人がいました。 さて、久しぶりに臼杵(うすき)の町へ出た吉四六さんは、何か変わった物はないかと大通りを歩いていました。 すると、魚屋の前に出ました。 店には立派なサザエが、いくつも並んでいました。「ほほう、サザエか。・・・サザエねえ。・・・よし、一儲け出来そうだ」 ある名案を思いついた吉四六さんは、魚屋に入って行きました。「あの、これは、何ちゅう物かな?」 吉四六さんは、わざと知らないふりをしてサザエを指差しました。「ああ、これはサザエという物だ。お前さん、知らんのかい?」 吉四六さんはサザエを手に取ると、いじってみたり、重さを計ってみたりしながら、「これは珍しい形の貝だ。家の土産に買って帰りたいので、三つほどくれや」「へい」 魚屋が吉四六さんにサザエを渡すと、吉四六さんが言いました。「すまんが、火箸の様な、固い棒を貸して下さい」 吉四六さんは火箸を借りるとサザエのふたをこじ開けて、中身を取り出しました。 そしてサザエの中身を、ポイと捨ててしまうと、「こんな物が入っていると、重くてかなわん」と、言って、そのまま帰ってしまいました。 魚屋は吉四六さんが行ってしまうと、サザエの中身を拾って、「何とも馬鹿な奴もいるもんだ。だが、金は払ったし、中身も残っている。こりゃ、もうかった」と、言いました。 それから何日かして、また吉四六さんは臼杵の町にやって来ました。 そして魚屋によると、またサザエを三つ買って中身を捨てて、サザエの殻(から)だけを持って帰りました。 魚屋は大喜びです。「あいつは本当に馬鹿だな。・・・いやいや、良いお客さまだ。よし、今度は大量に仕入れるとするか。うっひひひひ」 それから何日かして、またまた吉四六さんは臼杵の町にやって来ました。 今日は、ウマを引いています。 魚屋に行ってみると、サザエが店の前に山ほど積んでありました。 魚屋は吉四六さんを見つけると、ニコニコしながら呼び止めました。「おい、そこのばー・・・。いや、お客さま。今日はサザエを買わないんですか? 大量に仕入れたから半値で、いやいや、半値の半値で、ええい、たったの一文で、欲しいだけお売りますよ」 魚屋にしてみれば、中身をいちいち取り出す手間はいらないし、殻を処分する手間も入りません。 本当なら吉四六さんに、手間賃を支払ってもいいくらいです。 すると吉四六さん、ちょっと迷惑そうな顔をして、「そこまで言うなら、もらっていこうか。今日はちょうどウマも引いているし、みんなもらっていくよ」「へい、商談成立だ」 吉四六さんは一文を差し出すと、火箸を差し出す魚屋に言いました。「いや、これだけの数だと時間もかかる。商売の邪魔をしちゃ悪いから、中身も入れたまま、もらっていくよ」「へっ?」 魚屋が驚いている間に、吉四六さんは店のサザエを全部ウマに積み込むと、そのまま行ってしまいました。 そして少し歩いたところで、吉四六さんは大声で言いました。「ええ、サザエはいらんかね。安いよ。安くてうまい、サザエだよー」

310 八人の真ん中 むかしむかし、彦一(ひこいち)と言う、とてもかしこい子どもがいました。 ある日の事、お城から彦一のところへ、こんな知らせが届きました。《若さまの誕生祝いをするから、庄屋(しょうや)と他に村の者を六人合わせた八人で、城へ参れ。人数は、きっかり八人で来るように》 それを知った庄屋さんは、「お城からお呼びがかかるとは、ありがたい事だ」と、大喜びです。 しかし彦一は、その手紙を見ながら考えました。「八人きっかりと、念を押しているところがあやしいな。あの殿さまの事だ、また何か企んでいるに違いないぞ」 さて、お城に行く日になりました。 彦一と庄屋さんは、村人の六人と一緒に言いつけ通りの八人で城に向かいました。 庄屋さんと彦一以外の六人の村人たちは、生れて始めて入るお城に緊張しています。「お城では、どんなごちそうが出るんだろう?」「おら、ごちそうの食べ方が分からねえぞ」「おらもだ。失礼があったらどうしよう」 すると、彦一が言いました。「大丈夫。庄屋さんの真似をすればいいんだよ」「そうか、それもそうだな」 そう言っている間に、八人はお城の大広間に通されました。 大広間では、すでに若さまのお誕生日を祝う会が始まっています。 正面の高いところから殿さま、奥さま、若さま、そして大勢の家来たちやお付きの人たちが並んでいます。 その前に進み出た庄屋さんが、「若さまのお誕生日、おめでとうございます」と、あいさつをしました。「おう、参ったか。うむ、きっかり八人で来たな、わははは」 殿さまの笑い声からすると、やはり何かをたくらんでいる様子です。「さあ、苦しゅうないぞ。遠慮なくこっちへ参れ。若もその方が喜ぶからな」 言われて彦一たちは、前に進み出ると、殿さまはニヤリと笑いながら言いました。「ああ、それから彦一に注文をいたすぞ。彦一は、並んだ八人のちょうど真ん中に座る様にいたせ。よいな。それが出来なければ、すぐに帰るがよい」 やはり、彦一たちを八人呼んだのは、殿さまたちのはかりごとだったのです。 家来やお付きたちはみんな飲み食いを止めて、彦一がどうするかと見つめました。 人数が五人とか七人とか九人だったら、ちょうど真ん中に座る事が出来ます。 けれど八人では、そうはいきません。「あの小僧。知恵者だと評判だが、どうするつもりだろう?」「しかし、殿さまもお人が悪い。八人

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ではどう考えても、真ん中に座れないではないか」 それを聞いた庄屋さんは、彦一のそでを引いて言いました。「彦一。八人ではどう考えても真ん中に座るのは無理だ。ここは謝って帰ろう」 でも彦一は、ニッコリ笑って殿さまに言いました。「殿さま、私が真ん中に座れば、どんな座り方をしてもいいのですか?」「ああ、良いとも。ただし、上に重なったりしては駄目だ」「承知しました」 彦一は振り返ると、庄屋さんや村人たちに言いました。「みんなで私を囲んで、丸く座って下さいな」 みんなは言われた通り、彦一を中心(ちゅうしん)にして、丸く車座(くるまざ→輪になって座る事)に座りました。 これなら七人でも八人でも、ちゃんと真ん中に座る事が出来ます。 それを見た殿さまは、思わず手を叩いて言いました。「うむ、あっぱれ! 彦一よ、この勝負はそちの勝ちじゃ」 殿さまの言葉に、家来も庄屋さんたち大喜びです。 こうして庄屋さんたちは彦一のとんちのおかげで、おいしいごちそうにありつける事が出来たのです。

311 ネコに教わった剣の道 むかしむかし、とても腕の立つ侍がいました。 侍は剣の他に囲碁(いご)が大好きで、毎晩の様に仲間を集めては夜遅くまで碁(ご)をうっています。 ある晩の事、侍が仲間と碁をうっていると、急に行灯(あんどん)の明かりが消えました。 侍が不思議に思って油皿を調べてみると、油がすっかりなくなっているのです。「はて。朝まで明かりが持つ様にと、油をたっぷり入れたはずだが」 侍は仕方なく新しい油をついで碁をうち始めましたが、でもしばらくするとまた、明かりが消えてしまったのです。「これはあやしい。何者かが油をなめに来るに違いない」 そこで侍は明かりをつけたまま、部屋の外から中の様子を見ていました。 するとどこからかイタチほどの(→イタチの体長は、約三十センチ)大きさのネズミが現れて、行灯に入っている油(→ネズミは油が好物で、油で出来た石けんなども食べます)をなめ始めたではありませんか。「さては、ネズミの仕業であったか」 怒った仲間たちが中へ飛び込もうとするのを押さえて、侍が言いました。「待て、あれほどの古ネズミともなれば、後でどんな仕返しをされるか分からないぞ。ここはわしらが手を出すより、ネコを連れて来た方が良い」 次の日、侍は隣の家からネコを借りてきました。 そして夜になると行灯の皿にたっぷりと油を入れて、ネズミの現れるのを待ちます。 やがて天井から昨日のネズミが下りて来て、行灯のそばへ近づきました。「それっ! 頼むぞ!」 侍がネコを放すと、ネコは部屋に飛び込んでネズミに飛びかかりました。 ところがネズミは、ネコの攻撃をなんなくかわしてしまいます。 ネコはネズミをにらみつけると、もう一度ネズミに飛びかかりました。 けれど次の瞬間、何とネズミがネコよりも先に、相手ののど笛を噛み切ったのです。「フギャーーーッ!」 ネコは鋭い叫びをあげて、そのまま死んでしまいました。「奴は化けネズミだ。これでは並のネコでは、とうてい歯が立つまい」 次の日、侍は近所でもかしこいと評判のネコを借りて来ました。 今度のネコは美しく立派で、その落ち着いた態度はネコとは思えないくらいです。 ネコは自分がここへ連れて来られた理由が分かるらしく、夜になると自分から部屋のすみに隠れてネズミが現れるのを待ちました。 そしてネズミが現れてもすぐには飛び出さず、「ニャオーン」と、小さく鳴きました。 その声を聞いてネズミは足を止めると、ネコの方に向きなおって身構えます。 ネコも静かに、ネズミをにらんだままです。 二匹がにらみあったまま、長い時間が過ぎました。「一体、どうなるのか」 侍と家の者は、かたずをのんで見守りました。 やがて我慢が出来なくなったネズミがネコに飛びかかりましたが、ネコは相手をネコパンチで叩き落とすと、一瞬の隙を突いて相手ののど笛に噛みつきました。「チューーーゥ!」 ネズミはそれっきり、ピクリとも動きません。「見事な技よ。あのネコには、剣の心得があるようじゃ」 侍はすっかり感心して、家の者に説明しました。「勝負とは、常に駆け引きだ。 相手がどんなに弱い相手でも、こちらから仕掛けるのは難しい。 相手が我慢出来ずに襲いかかってくる瞬間にこそ、勝機がある。 なぜなら、あせった者は力を半分も出し切れないからだ。 これは武芸者(ぶげいしゃ)たる者が、常に考えなくてはいけない事である あのネコには、その事を改めて教えられた」 ネコに剣の道を教わった侍は、それからネコを思い出しては修行をつみ、やがて誰にも負けない剣道の名人になったそうです。

312 キノコ問答むかしむかし、吉四六さんと言う、とてもゆかいな人がいました。 吉四六さんの村では、秋になると椎茸(しいたけ)がたくさん採れました。 椎茸は人気があるキノコなので、村人はこの椎茸を売ってお正月の準備をするのでした。 ところが今年の秋は椎茸が不作な上に、殿さまから、《一軒から千本ずつ、キノコを献上せよ》と、いうおたっしがありましたので、村人は大変困って吉四六さんに相談しました。 すると、吉四六さんは、「なあに。何も心配する事はない。山で、この春に芽生えた木の苗を採ってくればいいんだよ。それが木の子(キノコ)じゃ」と、言いました。 確かに木の苗も木の子どもなので、『キノコ』に違いありません。「なるほど、吉四六さんの言う通りだ」 そこで村人たちは千本ずつ木の苗を採ってきて、それを吉四六さんがたわらに詰めて、お城へ持って行きました。 さて、吉四六さんが持って来たたわらを開けた役人は、中身を見て怒り出しました。「吉四六! 何だこれは?!」「はい。おたっし通りの、木の子でございます」「木の子? きのこ、キノコ、木の子・・・。バカ者! キノコと言えば、椎茸の事に決まっているだろう」「あっ、なるほど、キノコとは、椎茸の事でしたか。その椎茸なら、残念ながら村人たちが、もうみんな売ってしまった後です」 それを聞いた役人は、ちゃんと説明しなかったこちらも悪かったと思ったのか、「まあ、では仕方がない。ただし、来年は間違わぬようにいたせよ」と、許してくれました。 すると吉四六さんは、恐る恐る聞き返しました。「お役人さま。もう一度確認しますが、キノコと言えば、椎茸の事。椎茸と言えば、

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キノコの事。でございますな」「その通りじゃ」「わかりました。では、来年は間違えません」 吉四六さんはそう言って、村へ帰って行きました。 さて、次の年の秋になりました。 お城の役人は去年の事があったので、今度は間違えない様に、《一軒から千本ずつ、椎茸を献上せよ》と、おふれを出しました。 ところが今年も椎茸が不作だったので、吉四六さんはまた山から木の苗を集めさせて、それをお城へ持って行きました。 それを見た役人は、まっ赤になって怒りました。「こら、吉四六! 今年もやはり、キノコではないじゃないか!」 すると吉四六さんは、何で怒っているのかが分からないと言う様に聞き返しました。「あの、去年、キノコと言えば、椎茸の事。椎茸と言えば、キノコの事かとお伺いしましたら、『さよう』と、おっしゃいましたねえ」「いかにも、その通りだ」「だから今年は、椎茸を献上せよとのおたっしなので、キノコを持って来たのですが。何か間違っていましたか?」「・・・あっ、なるほど」 確かに、吉四六さんの言う事は間違ってはいません。「しかし、それはだな。・・・よし、少し待っておれ」 困った役人は、この事を殿さまに伝えました。 すると、それを聞いた殿さまは、「それは、面白い男だな。よし、会ってみるから連れて参れ」と、言って、吉四六さんを庭先に呼んだのです。 そこで吉四六さんは村人が椎茸を売って正月の準備をする事と、椎茸が不作で困っている事を殿さまに説明したのです。「うむ。そう言う事か。よし分かった。今後、お主の村は椎茸の献上は無しにしよう」 こうして吉四六さんの村はその年から、椎茸を献上しなくともいい事になったそうです。

313 裸のお寺参り むかしむかし、ある山のふもとにお寺があったのですが、そのお寺へお参りに来る村の人たちは、不作法にもぞうりのままで本堂へ入ってくるのです。「全く、ここの村人ときたら、作法と言うものを知らんのか」 そこで和尚さんは本堂ののぼり口に、こんな張り紙をしました。《履(は)きものをぬいでください》 でもこの村には、字を読める人が一人もいません。「張り紙があるが、一体なんて書いてあるんだろう?」 寺にやって来た村人たちが悩んでいると、ちょうどそこへ字の読める男が通りかかりました。「ふーん、なるほどなるほど。世の中に変わったお寺もあるものだ」 男が感心していると、村人たちが尋ねました。「お前さんは、字が読めるのか? それなら、何て書いてあるか教えてくれ」「ああ、いいとも」 男はそう言いましたが、でも男が読めるのはひらがなだけで、漢字は全く読めませんでした。 そこで男は、漢字を飛ばして読みました。「ここには、『きものをぬいでください』と書いてある」「へえ、本堂にのぼる時は、着物をぬぐのか」 さて、それからしばらくして本堂にやって来た和尚さんは、中を見てびっくり。「何じゃこれは?」 何と村人たちが一人残らず裸になって、並んで座っていたのでした。

314 偽物の汽車 むかし、ある田舎の村に、汽車が通る事になりました。 ある晩の事、汽車を走らせている運転手の耳に、近づいてくる汽車の音が聞こえてきました。 シュッポ、シュッポ。「おや? 前から汽車が? そんなはずは?」 運転手は、ふと前を見てびっくりです。 なんと前から、別の汽車が走ってくるのです。「あっ、あぶない!」 運転手は慌てて急ブレーキをかけると、急いで汽車を飛び出しました。 すると不思議な事に、正面から近づいていた相手の汽車が影も形もないのです。「そっ、そんな馬鹿な」 しかしこんな事が、それから何度もあったのです。 そして今晩も不思議な汽車が現れて、走っている汽車に近づいてきました。 何度も何度も同じ目に会っている運転手は、汽車のブレーキをかけるどころか、反対にスピードをどんどんあげました。「よし、今夜はだまされないぞ! 幽霊か何だか知らないが、覚悟しろ!」 シュッポ、シュッポ。 シュッポ、シュッポ。 ドカーン! 二台の汽車は大きな音を立ててぶつかりましたが、そのとたん、不思議な汽車はパッと消えてしまいました。 さて、その晩遅くに、薬屋の戸を叩く者がありました。「こんな時間に、誰だろう?」  店の主人が出てみると、外にいたのはお寺の小僧さんです。「和尚(おしょう)さんがやけどしました。やけどの薬をわけてください」「それはお気の毒に。それではこれをどうぞ」「ありがとう」 小僧さんは薬を受け取ると、走って帰って行きました。 次の日、薬屋の主人は、和尚さんをおみまいに行きました。 すると和尚さんは、元気でピンピンしています。「あの、和尚さま。やけどをされたのでは?」 薬屋の主人から昨日の話を聞いた和尚さんは、不思議な顔をしました。「はて。わしはやけどをしておらんぞ。それにわしは一人暮らしで、寺には小僧は一人もおらん。おるのは、裏のやぶに住んでいるタヌキぐらいのものだ。・・・うん、もしや」 和尚さんは裏のやぶに行くと、タヌキの巣穴をのぞき込みました。 すると頭にやけどをしたタヌキが、やけどの薬をせっせと塗り込んでいたのです。「こりゃタヌキ。これは一体、どういう訳だ?」 和尚さんが尋ねると、タヌキは訳を話しました。「実は、わたしの家のすぐそばを汽車が通る様になってから、うるさくて昼寝も出来ません。それで汽車に化けて汽車をおどかしていたのですが、ゆうべは突っ込んで来た汽車に頭をぶつけて、ごらんのありさまです」「そうか。うわさのお化け汽車は、お前だったのか。だが、いつまでもこんな事をしていては、そのうち命を落とすぞ。寺の静かなところにお前の小屋を作ってやるから、そこに引っ越すがいい」 こうして静かな小屋に引っ越したタヌキは、二度と汽車に化ける事はなかったそうです。

315 おむすびコロリンむかしむかし、木こりのおじいさんは、お昼になったので、切りかぶに腰をかけてお弁当を食ベる事にしまし

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た。「うちのおばあさんがにぎってくれたおむすびは、まったくおいしいからな」 ひとりごとを言いながら、タケの皮の包みを広げた時です。 コロリンと、おむすびが一つ地面に落ちて、コロコロと、そばの穴ヘ転がり込んでしまいました。「おやおや、もったいない事をした」 おじいさんが穴をのぞいてみますと、深い穴の中から、こんな歌が聞こえてきました。♪おむすびコロリン コロコロリン。♪コロリンころげて 穴の中。「不思議だなあ。誰が歌っているんだろう?」 こんなきれいな歌声は、今まで聞いた事がありません。「どれ、もう一つ」 おじいさんは、おむすびをもう一つ、穴の中へ落としてみました。 するとすぐに、歌が返って来ました。♪おむすびコロリン コロコロリン。♪コロリンころげて 穴の中。「これは、おもしろい」 おじいさんはすっかりうれしくなって、自分は一つも食ベずに、おむすびを全部穴へ入れてしまいました。 次の日、おじいさんは昨日よりももっとたくさんのおむすびをつくってもらって、山へ登っていきました。 お昼になるのを待って、コロリン、コロリンと、おむすびを穴へ入れてやりました。 そのたびに穴の中からは、昨日と同じかわいい歌が聞こえました。「やれやれ、おむすびがお終いになってしまった。 だけど、もっと聞きたいなあ。 ・・・そうだ、穴の中へ入って頼んでみることにしよう」 おじいさんはおむすびの様にコロコロころがりながら、穴の中へ入って行きました。 するとそこには数え切れないほどの、大勢のネズミたちがいたのです。「ようこそ、おじいさん。おいしいおむすびをたくさん、ごちそうさま」 ネズミたちは小さな頭を下げて、おじいさんにお礼を言いました。「さあ、今度はわたしたちが、お礼におもちをついてごちそうしますよ」 ネズミたちは、うすときねを持ち出して来て、♪ペッタン ネズミの おもちつき。♪ペッタン ペッタン 穴の中。と、歌いながら、もちつきを始めました。「これはおいしいおもちだ。歌もおもちも、天下一品(てんかいっぴん)」 おじいさんはごちそうになったうえに、欲しい物を何でも出してくれるという、打ち出の小づちをおみやげにもらって帰りました。「おばあさんや、お前、何が欲しい?」と、おじいさんは聞きました。「そうですねえ。色々と欲しい物はありますけれど、可愛い赤ちゃんがもらえたら、どんなにいいでしょうねえ」と、おばあさんは答えました。「よし、やってみよう」 おじいさんが小づちを一振りしただけで、おばあさんのひざの上には、もう赤ちゃんが乗っていました。 もちろん、ちゃんとした人間の赤ちゃんです。 おじいさんとおばあさんは赤ちゃんを育てながら、仲よく楽しく暮らしましたとさ。

316 ゆかいなおなら むかしむかし、あるところに、とてもゆかいなおならをする家族がいました。 おばあさんのおならは、「ぬすびとーん、ぬすびとーん」と、鳴りました。 お嫁さんのおならは、「いたいた、いたいた」と、鳴りました。 お婿さんのおならは、「ぶてぶて、ぶてぶて」と、鳴りました。 ある晩の事です。 この家の天井に、泥棒が忍び込みました。 三人はそれに気がつかず、いろりのそばに座ってお茶を飲んでいます。(やれやれ、早く寝てくれないかなあ) 泥棒は天井に隠れながら、みんなが寝るのを待ちました。 するとおばあさんが、お尻をあげておならをしました。「ぬすびとーん、ぬすびとーん」(何、盗人(ぬすびと)だと?) 泥棒が下をのぞいてみると、今度はお嫁さんがおならをしました。「いたいた、いたいた」 泥棒は、びっくりです。(もしかすると、見つかったのかもしれないぞ) そして今度は、お婿さんがおならをしました。「ぶてぶて、ぶてぶて」 それを聞いて、泥棒はまっ青になりました。(『盗人がいたから、ぶて?』 とんでもない) 泥棒はあわてて外へ飛び降りると、一目散に逃げて行きました。

317 ステレンキョウむかしむかし、お奉行所(ぶぎょうしょ)の前に高札(こうさつ)が立って、大勢の人が集まっていました。 そこへ、漁師の浜介(はますけ)が通りかかりました。(いったい、何事だ?) そばヘ寄ってみましたが、字が読めないので近くの人に聞いてみますと、けさがた浜で奇妙な魚が取れたとの事です。 そしてその魚の名前がわからないので、いい当てた者には金子百両(→七百万円)を与えると書いてあるということです。「魚の事なら、任せておけ」 浜介はさっそくお奉行さまの前に出て、その魚を見せてもらいました。(なるほど、これは見た事もねえ魚だ) 奇妙な魚にびっくりしていると、お奉行から、「これ、浜介とやら、それなる魚の名は何と申す?」と、突然聞かれて、浜介は思わず、「ヘえ、テレスコと申しやす」と、言ってしまいました。「テレスコと申すか。テレスコ。なるほど。よう知らせてくれた。ほうびを取らすぞ」と、言うわけで、浜介は百両という大金をもらって飛ぶ様に女房のところヘ帰りました。 さて、それからひと月ほどたった、ある日の事。 また、お奉行所の前に高札が立っていて、大勢の人が集まっています。 その高札には、《不思議な魚がおるが、名前がわからぬ。名前をいい当てた者には、ほうびとして金子百両を与える》と、前と同じ様な事が書いてありました。 浜介は、またお奉行さまの前に出て、魚を見せてもらいました。「浜介、そこなる魚の名は?」「ヘえ。これは、ステレンキョウと申しやす」 浜介が言うと同時に、お奉行さまはきつい声で、「この、ふらち者めがっ! これなる魚は、前の魚を干した物じゃ。 浜介、その方、前にはこの魚をテレスコと申し、今日はステレンキョウと申したな。 お上をあざむき、またも金子を狙うとは、重ね重ねのふとどき者。 打ち首の刑を、申しつけるぞ!」と、言うわけで、浜介は牢屋(ろうや)に入れられました。 さて、今日はいよいよ、打ち首になる日です。 お白洲(おしらす→罪人を取り調べる場所。奉行所の事)に引き出された浜介は、これが最後の別れというので、女房や子どもに一目会う事を許されました。「これ浜介。あとに残る妻や子に、何か言い残す事はないか?」「はい、お奉行さま」 浜介は後ろ手にしばられたまま、女房子どもの

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方を向くと、しみじみと言いました。「いいか、お前たち。 これから先、たとえどんな事があろうと、決して決して、イカを干(ほ)したのをスルメと言うでないぞ」 言い終わると浜介の日焼けした頬に、涙が流れました。 その時、お奉行さまはポンとひざを叩いて、「これはしまった! それっ、急いでなわをとけ!」と、家来に言いつけてなわをとかせると、今度は自分が涙を流して、「これ浜介。 わしが悪かった。 イカを干せばスルメ。 テレスコを干せばステレンキョウになるのか。 なるほど、なるほど」と、言う訳で、浜介はまたほうびの百両をもらって、女房子どもと連れだって仲良く家ヘ帰りました。

318 忠犬ハチ公東京の渋谷駅の待ち合わせ場所の定番として、秋田犬ハチ公の銅像があります。 台の上に座って、じっと駅の改札口を見ている犬の銅像です。 このお話しは、その銅像になったハチ公のお話しです。 むかし、ハチ公は東京大学農学部の教授だった上野英三郎という博士の家の飼い犬で、子犬の時に博士の家にもらわれてきたのでした。 博士はハチ公を大変可愛がり、ハチ公も博士が大好きです。 博士が大学に出かける時、ハチ公は家の近くの渋谷の駅まで毎日必ず博士のお供をするのです。 そして夕方になり博士が帰って来る時間になると、また駅へ博士を迎えに行くのです。 時々、博士が帰って来るのが遅くなる日がありましたが、ハチ公はどんなに遅くなっても必ず駅の前で待っているのです。「ハチ公。こんな所にいては邪魔だよ」 駅の人に怒られる事もありましたが、ハチ公は吠えたり噛みついたりせず、博士が帰って来るのをおとなしく待っているのでした。 そんな平和な日々は、一年半ほど続きました。 でも、1925年5月21日、ハチ公に送られて大学へ行った博士が、突然倒れてしまったのです。 みんなはすぐに博士を手当てをしましたが、博士は助かりませんでした。 博士は死んでしまったのですが、ハチ公にはその事がわかりません。 ハチ公は夕方になると博士を迎えに駅までやって来て、そして博士を一晩中待って、朝になると家に帰り、また夕方になると博士を迎えに駅までやって来るのです。 そのハチ公の姿を見た人たちは、目に涙を浮かべました。「ハチ公、かわいそうになあ」「死んだ博士を、毎日待っているなんて」 こうして帰って来ない博士をハチ公が迎えに行く日々が七年続いた時、ハチ公の事が新聞にのりました。 するとそれを知った多くの人が、ハチ公を応援しました。 駅の人も、雨の降る日などは、ハチ公を駅の中で寝かせてあげました。 そしてとうとう、十年が過ぎました。 すると駅の人や近くの人が集まって、感心なハチ公の銅像をつくる相談をしました。 銅像が完成したのは、ハチ公が博士を待つようになってから十二年目の事です。 その頃ハチ公は、よぼよぼのおじいさんになっていました。 毎日毎日、弱った体で帰って来ない博士を迎えに行くのは大変な事です。 でもハチ公は頑張って頑張って、博士を迎えに行きました。 そして銅像が出来た次の年の1935年3月8日午前6時過ぎ、十三才になったハチ公は帰って来ない博士を待ち続けたまま、自分の銅像の近くで死んでしまったのです。 でも、悲しむ事はありません。 天国へ行ったハチ公は、大好きな博士と一緒に暮らしているのですから。

319 水アメの毒むかしむかし、一休さん(いっきゅうさん)と言う、とんちで評判の小僧さんがいました。 ある日の事。 和尚(おしょう)さんが、村人に水アメをもらいました。 それを欲しそうな目で見ていた一休さんに、和尚さんが怖い顔で言いました。「一休よ。これはな、大人が食べると薬じゃが、子どもが食べるとたちまち死んでしまうと言う、恐ろしい毒の水アメじゃ。決して食べてはいかんぞ」 すると一休さんは、ニッコリ笑って、「はい、絶対に食べません」と、言いました。「そうか、そうか」 和尚さんはそれを聞いて、安心して用事に出かけました。 和尚さんがいなくなった事を知った一休さんは、「えっへへへ。子どもが食べると毒だなんて、よく言うよ。水アメを一人占めしようだなんて、そうはいかないよ」と、さっそく他の小僧さんと水アメを分けあって、全て食べてしまったのです。「ああ、おいしかった」「でも一休。こんな事をして、和尚さんに叱られないか?」 心配する他の小僧さんに、一休さんはニッコリ笑うと。「大丈夫、大丈夫。一休に、良い考えがあります。実はですね・・・」 さて、それからしばらくして、和尚さんが用事をすませて帰って来るのが見えました。 すると一休さんは和尚さんの大切にしていた茶碗(ちゃわん)を持ち出して、それを庭の石にガシャン! と、ぶつけて割ってしまいました。 そして目元をつばでぬらすと、みんなで泣き真似をしました。「えーん、えーん」 帰って来た和尚さんは、みんなが泣いているのでビックリ。「こりゃ、何を泣いておるのじゃ? 一休、これはどうした事だ?」 すると一休さんが、泣きながら言いました。「えーん、えーん。 和尚さんの・・・。 和尚さんの大切な茶碗を、割ってしまいました。 おわびに毒の水アメをなめて死のうと思いましたが、全部なめても死ねません。 えーん、えーん」 それを聞いた和尚さんは、頭をポリポリかきながら、「こりゃ、してやられたわ」と、言い、それからは村人にもらったおかしは、みんなで分ける事にしたのです。

320 家から遠くなっても むかしむかし、吉四六さんと言う、とてもゆかいな人がいました。 ある日の事、吉四六さんが隣の町へ行きました。 町には、お客を乗せる馬がいたので、吉四六さんは乗って帰ろうと思い、馬をひく馬子(うまこ)に、「馬は、いくらかね?」と、尋ねました。 すると、馬子は、「中町までだったら、どこでも二十文(600円)です」と、答えました。 吉四六さんは、しばらく考えてから、「わたしの家は、その途中の南村。南村

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までが二十文というのは高いが、中町までなら高くはないな」と、言って、馬に乗って帰る事にしたのです。 パッカパッカと、良い気持ちでゆられているうちに、吉四六さんの家の前へ着きました。 吉四六さんは降りようとして、ちょっと考えました。「まて、まて。ここで降りてしまったら、二十文の馬代が高すぎるな。中町まででも二十文というのなら、家から遠くなっても中町まで行った方が得だ」 そこで吉四六さんは降りるのを止めて、中町まで乗って行く事にしたのです。 そしてはるばる中町まで行って馬から降りると馬子に二十文払い、自分の足でテクテクと村まで引き返したのでした。

321 八百比丘尼(やおびくに・はっぴゃくびくに)若狭の国(わかさのくに→福井県)の古いほら穴には、人魚の肉を食べた女が八百才まで生きて身を隠したとの言い伝えがあります。 その女は尼さんになって諸国をまわったので、いつの頃からか八百才の尼さんという意味の、八百比丘尼(やおびくに)と呼ばれるようになりました。 さて、その八百比丘尼がまだ子供の頃、近くの村の長者たちが集まって宝比べをした事がありました。 その中に見た事もない白いひげの上品な老人が仲間入りをして、一通りみんなの宝自慢が終ると、自分の屋敷へ長者たちを招いたのです。 浜辺には美しい小舟が用意されていて、全員が乗り込むと絹の様な白い布がまるで目隠しでもするようにみんなの上にかけられました。 そして舟が着いた先は、とても立派なご殿でした。 老人の案内でたくさんの部屋にぎっしりとつまった宝物を見せてもらっている途中、一人の長者が台所をのぞくと、まさに女の子の様な生き物を料理しているところだったのです。「なっ、何じゃ、あれは!?  人間の子どもの様だが、腰から下が魚の尾びれだ」 驚いた長者がその事をすぐにみんなに知らせたので、後から出たごちそうには、誰一人手をつけませんでした。 それを見た老人は、「せっかく人魚の肉をごちそうしようと思ったのに、残ってしまってはもったいない」と、長者たちが帰る時に土産として持たせたのです。 帰りもまたあの白い布がかけられて、どこを走っているかわからないままに元の浜辺へとたどり着きました。 そして舟がどこへともなく姿を消すと、長者たちは気味の悪い人魚の肉を海に投げ捨てました。 ところが珍しい物が大好きな高橋(たかはし)長者だけは人魚の肉を捨てずに家に持って帰り、とりあえず戸だなの中に隠したのです。 そして高橋長者には十五歳になる娘がいたのですが、この娘は長者が眠ってしまった後で、こっそりその肉を食べてしまったのでした。 人魚の肉を食べた娘は、年頃になると色の白い美しい娘になりました。 やがて結婚をして時が流れ、夫は老人になっていきましたが、どうした事か嫁は若くて美しいままなのです。 その美しさに夫が死んだ後も求婚者は後を絶たず、とうとう三十九人もの男に嫁入りをしたのでした。 その間、夫や村人が次々と死んで行くのに、女は年を取る事も死ぬ事もないのです。 人々は、「年を取らんのは、人魚の肉を食べたからじゃ。あの女は人魚の肉を食べて、化け物になったのじゃ」と、噂をしました。 そして誰からも相手にされなくなった女は、一人ぼっちの悲しさに尼の姿になって、諸国行脚(しょこくあんぎゃ)に出たのです。 そして行く先々で良い事をしながら白い椿(つばき)を植えて歩き、やがて古里(ふるさと)に帰ってくると、浜辺近くのほら穴のそばに白椿(しろつばき)の木を植えて、その中に入ったきり出てくる事はありませんでした。

322 まゆにつば むかしむかし、ある山寺に、とてもかしこい小僧がいました。 ある日の夕方、小僧は和尚(おしょう)さんに用事を頼まれて、町へ行く事になりました。「では和尚さま、行ってまいります」 こうして小僧が山道を歩いていくと、一匹のいたずらダヌキが町の酒屋のでっち(→住み込みで働く子ども)に化けて、後ろから声をかけました。「ちょっと待ってくれ。夕方はキツネやタヌキに化かされすいから、和尚さんに町まで一緒に行く様に言われて来たんじゃ」「それはご親切に。ところで、でっちどんはいつ山寺へこられました?」「ああ、ほんのさっき、店の届け物を届けに来たばかりです」 タヌキのでっちは、すました顔で答えました。 でも町の酒屋は、昨日来たばかりです。(さては、いたずらダヌキだな。何をたくらんでいるか知らんが、反対にだましてやろう) 小僧はだまされないおまじないに、まゆにつばをつけると、ニッコリ笑って言いました。「これは、良い道連れが出来て良かった。 ところで、でっちどん。 この前に貸した百文(→三千円ほど)のお金、確か今日返してくれる約束でしたね」「えっ? そうなの?」 タヌキはびっくりしましたが、でっちに化けているのがばれてはいけないので、しぶしぶ百文を渡しました。「はい。約束の百文」 小僧はニッコリ笑って受け取ると、また言いました。「そうそう、そう言えばその前に貸した二百文も、今日返してくれる約束でしたよ」「えっ? 二百文も?」 タヌキは仕方なく、二百文を差し出しました。 すると小僧は、またニッコリ笑って言いました。「そう言えばひと月前に小判(→7万円ほど)を一枚貸したのも、今日返してくれる約束でしたよ」「そっ、そんな・・・」 こうしてタヌキは、小僧に有り金を全て取られてしまいました。 でも小僧は、まだ言います。「ああ、そう言えばその前にも貸したお金があった」 するとそれを聞いたタヌキは、「忘れ物をしたので、すぐに帰ります!」と、あわてて逃げ出したそうです。

323 本当の母親むかし、江戸の下町(したまち)に、おしずと、たいちという親子が住んでいました。 たいちは、今年十才になるかわいい男の子です。 おしずはたいちを、とてもかわいがって育てていたのです。 ところがある日、突然、おこまという女の人がやって来て、「おしずさん、たいちはわたしの息子。 むかし、あなたにあずけたわたしの息子です。 返してください!」と、言うのです。 おしずは驚いて、「何を言うのです。 あな

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たからあずかった子は、もう十年も前に亡くなったではありませんか。 この事は、おこまさんだって知っているでしょう」「いいえ、うそをいってもだめです。 お前さんは自分の子が死んだのに、わたしの子が死んだと言ってごまかして、わたしの息子をとりあげてしまったんじゃありませんか。 わたしはだまされませんよ。 さあ、すぐに返してください!」 おこまは、怖い顔でそう言いはるのです。 おしずが、いくら違うと言っても聞きません。 毎日、毎日、おこまはやって来ては、同じ事をわめきたてて行くのです。 そしてしまいには、顔に傷のある恐ろしい目つきの男を連れて来て、「さあ、早く返してくれないと、どんな目にあうかわからないよ!」と、おどかすのです。 おしずは困り果てて、町奉行(まちぶぎょう)の大岡越前守(おおおかえちぜんのかみ)に訴えました。 越前守は話を聞くと、おこま、おしず、たいちの三人を呼びました。「これ、おこま。 お前は、そこにいるたいちを自分の息子だと言っているそうだが、何か証拠はあるのか?」「はい。 実はこの子が生まれました時、わたしはおちちが出なかったので、おしずさんにあずけたのです。 この事は、近所の人がみんな知っています。 誰にでも、お聞きになってください」 おこまは、自信たっぷりに答えました。「では、おしずに尋ねる。 お前は、おこまの子どもをあずかった覚えがあるのか?」「はい。ございます」 おしずは、たいちの手をしっかりと握りしめて言いました。「この子が生まれた時、わたしはおちちがたくさん出ました。 それで、おこまさんの子どものひこいちをあずかったのです。 でも、その子はまもなく病気で死んでしまいましたので、すぐにおこまさんに知らせたのでございます」 おしずの言葉を聞くと、おこまは恐ろしい目で、おしずをキッと、にらんで叫びました。「このうそつき! お奉行(ぶぎょう)さま、おしずは大うそつきです。 死んだのは、おしずの子です。 わたしの子どもを、返してください!」「いいえ、死んだのは、確かにひこいちだったんです。 お奉行さま、間違いありません。 おこまの子は、死んだのです」「まだそんな事を言って!  人の子を盗んだくせに!」「たいちはわたしの子だよ。 誰にも渡しゃしない。 わたしの大事な子なんだ!」 二人はお奉行さまの前である事も忘れて、言い争いました。 その二人の様子をジッと見つめていた越前守は、やがて、「二人とも、しずまれっ!」と、大声で叱りました。 おこまとおしずは、あわてて恥ずかしそうに座りなおしました。「おこま。 その息子がお前の子どもである、確かな証拠はないか? たとえば、ほくろがあるとか、きずあとがあるとか。 そう言う、めじるしになるような物があったら、言うがいい」 おこまはくやしそうに、首を横に振りました。「・・・いいえ。それが、何もありません」「では、おしず。そちはどうじゃ?」 おしずも残念そうに、首を振りました。「・・・いいえ。何もございません」「そうか」 越前守はうなずいて、「では、わしが決めてやろう。 おしずは、たいちの右手をにぎれ。 おこまは、たいちの左手をにぎるのじゃ。 そして引っぱりっこをして、勝った方を本当の母親に決めよう。よいな」「はい」「はい」 二人の母親は、たいちの手を片方ずつにぎりました。「よし、引っぱれ!」 越前守の合図で、二人はたいちの手を力一杯引っぱりました。「いたい! いたい!」 小さいたいちは、両方からグイグイ引っぱられて、悲鳴をあげて泣き出しました。 その時、ハッと手を離したのは、おしずでした。 おこまはグイッと、たいちを引き寄せて、「勝った! 勝った!」と、大喜びです。 それを見て、おしずはワーッと泣き出してしまいました。 それまで、黙って様子を見ていた越前守は、「おしず。お前は負けるとわかっていて、なぜ手を離したのじゃ?」と、尋ねました。「・・・はい」 おしずは、泣きながら答えました。「たいちが、あんなに痛がって泣いているのを見ては、かわいそうで手を離さないではいられませんでした。 ・・・お奉行さま。 どうぞおこまさんに、たいちをいつまでもかわいがって、幸せにしてやるようにおっしゃってくださいまし」「うむ、そうか」 越前守はやさしい目でうなずいてから、静かな声でおこまに言いました。「おこま、今のおしずの言葉を聞いたか?」「はいはい、聞きました。 もちろん、この子はわたしの子なのですから、おしずさんに言われるまでもありません。 うーんと、かわいがってやりますとも。 それにわたしは人の息子をとりあげて、自分の子だなんていう大うそつきとは違いますからね。 だいたい、おしずさんは・・・」「だまれ! おこま!」 越前守は、突然きびしい声で言いました。「お前には、痛がって泣いているたいちの声が聞こえなかったのか! ただ勝てばいいと思って、子どもの事などかまわずに手を引っぱったお前が、本当の親であるはずがない! かわいそうで手を離したおしずこそ、たいちの本当の親じゃ。 どうだ、おこま!」 越前守の言葉に、おこまはまっ青になってガックリと手をつきました。「申し訳ございません!」 おこまは、自分がたいちを横取りしようとした事を白状しました。「お母さん!」「たいち!」 たいちは、おしずの胸に飛び込みました。「お奉行さま、ありがとうございます。本当に、ありがとうございます」 おしずは越前守をおがむようにして、お礼を言いました。「うむ、これにて、一件落着!」

324 だまされた泥棒 むかしむかし、あるところに、おじいさんとおばあさんが住んでいました。「さあ、今日も一日良く働いた。後はぐっすりと寝よう」 二人が戸締まりをして明かりを消すと、ぬき足、さし足、しのび足で、泥棒が入ってきました。 ミシッ、ミシミシ。 床がきしむわずかな音に、おじいさんは気づきました。(おや、こんな貧乏な家に、泥棒が入ってきよったわい。何も盗られる物はないが、一つ、泥棒をだましてやるか) おじいさんはそう思って、隣に寝ているおばあさんを起こしました。「なあ、ばあさんや。一度寝たら、もう朝まで起きる事がないおまじないがあるのを知っているか?」「いいえ、そんなおまじないは知りませんよ」「そうか、では教えてやろう。 まずは、もちつきのうすに、財布だのタバコ入れだの、今持っている物を全部入れるんじゃ。 そして、うすに着ている着物を脱いでかける。 こうすればどんな事があっても、一度寝たら朝

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まで起きる事がないそうじゃ。 こんな事を泥棒に知られたら大変だから、これは二人だけの秘密だぞ。 では、お休み」 おじいさんはそう言って、グウグウといびきをかくまねをしました。 さあ、これを聞いて、泥棒は大喜びです。(では、さっそく試してやろう) 泥棒は手探りでうすを探すと、その中に財布やタバコ入れを入れて、着物を脱いでかぶせました。(よし、これで見つかる心配はない) 安心した泥棒は、おじいさんたちが寝ている座敷にズカズカと入り込むと、たんすの引き出しを乱暴に開けました。 すると待ち構えていたおじいさんが大声で、「泥棒だー!」と、叫んだものですから、泥棒はびっくりです。 泥棒はあわてて、裸のまま逃げて行きました。 おじいさんは明かりをつけると、騒ぎに起き出したおばあさんに言いました。「ばあさんや、さっき言ったまじないじゃが、あれは、朝まで起きないまじないではなく、実は泥棒が荷物を全部置いていってくれるまじないなんじゃ」

325 酒を買いに行くネコ むかしむかし、ある旦那とおかみさんの間に、とても元気な七才の男の子がいました。 男の子はいつも外で遊び回り、何を着せても一日で着物を泥だらけにしてしまいます。 だからおかみさんは、毎日子どもの着物を洗濯していました。 ある朝の事、おかみさんが子どもに着物を着せようとしたら、洗濯したはずの着物がひどく汚れていて、なんだかしめっぽいのです。 いくら元気な子どもでも、夜中に出歩くわけがありません。(一体、どうしてだろう?) そしてこんな事が何日も続いたので、怖くなったおかみさんは旦那に相談をしました。「よし、わしが調べてやる」 その晩、旦那は洗濯したばかりの子どもの着物を自分の枕元のびょうぶにかけて、眠ったふりをしていました。 すると間もなくスーッとふすまが開いて、家で飼っているネコが入って来ました。(なんだ、ネコか) 旦那がほっとしていると、何とネコが後ろ足で立ち上がり、びょうぶにかけてある子どもの着物を着て部屋を出て行ったのです。(まさか、ネコが着物を着るなんて!) 旦那はあわてて布団からはい出るとネコの後を追いかけましたが、すぐにネコを見失ってしまいました。 次の朝、旦那がおかみさんに昨日の事を話すと、おかみさんが言いました。「お前さん。ネコが年を取ると化けネコになると言うのは、本当なんだよ。家のネコも、もう年だからねえ」「じゃあ、どうする。ネコを家から追い出すか?」「それは・・・」「そうだな。長い間かわいがってきたのを、急に追い出すのもなあ」  その日の昼過ぎ、酒屋の番頭(ばんとう)がやって来て言いました。「旦那。たまっている酒代をもらいに来ましたよ」「ああ? 酒代だと? わしは酒など、飲まんぞ」「そんな事を言ったって、毎晩、子どもを使って買いに来ているではありませんか」「そんなはずはない。何かの間違いだろう」「とんでもない。旦那の子どもが毎晩来て、『とうちゃんの酒くれ、金はあとで払うから』と」 それを聞いて、旦那はピンと来ました。(ははん。さては、ネコのやつだな) 旦那はそばで昼寝をしているネコをにらみましたが、まさかネコが子どもに化けて酒を買いに行ったとは言えません。「いや、すまん、すまん。酒の事は、女房にないしょだったもんで」 旦那はそう言って、番頭に酒代を払いました。 番頭が帰ると、隣の部屋で話を聞いていたおかみさんが言いました。「やっぱり、家のネコは化けネコだわ」「しかし、本当に家のネコが化けネコがどうか」「決まっているじゃないですか。番頭の話と、子どもの着物が汚れていたりするのが証拠です」「うむ。ではもう一度、確かめてみるか」 その日の夕方、旦那は町へ行くと言って家を出ました。 そして夜になって酒屋の物陰に隠れていたら、何と家の子どもが酒とっくりを下げてやって来るではありませんか。 とてもよく化けていて、親の目から見ても自分の子どもとしか思えません。(化けネコめ、今日こそ思い知らせてやる) 子どもに化けたネコが酒屋を出ると、旦那はすぐに後を追いかけました。 ネコはどんどん歩いて、家ではなく村はずれの方へ進みました。(はて、どこへ行くのだろう?) そしてネコは村はずれの地蔵堂(じぞうどう)の前で立ち止まり、林の方に向かって呼びかけました。「おやじさん、酒を買ってきたよ」 すると、林の中から大きなネコが出てきて、「いつもすまんのう」と、言ったのです。 旦那は怖くなりましたが、思い切って声をかけました。「こらっ、お前は家のネコじゃないか! こんなところで何をしている!」 そのとたんに二匹のネコはびっくりして振り返り、大あわてで林の中へ逃げ込みました。 そしてそれっきり旦那の家のネコは家に帰ることはなく、あの酒屋にも姿を見せなかったそうです。

326 八匹のウシむかしむかし、金持ちの旦那の家に、村一番のとんち男が駆け込んで来ました。「旦那。とても珍しい物があったので、お知らせに来ました」「珍しい物とは、何だね」「それが、たのきのまたに、ハチが巣(す)を作っているのですよ」「何じゃと!」 この地方ではタヌキの事を、たのきと呼んでいます。「タヌキの股にハチが巣を作るなんて、いくら何でもそんなバカな」「本当ですよ。本当に、たのきのまたに、ハチが巣を作っているのですよ」「そうは言っても、とても信じられん」「うそではありません。もし本当だったら、どうしますね?」「そうだな。わしが持っている八匹のウシを全部やろう」「よしきた。では、ご案内します」 とんち男は旦那を、近くの田んぼに連れて行きました。 すると田んぼの中にある木の股に、ハチがせっせと巣を作っているのです。「ほれ、ご覧の通り、田の木の股にハチが巣を作っているでしょう。さあ、約束通り八匹のウシを頂きます」「しまった。だまされた」 男にウシを後で渡すと約束した旦那が、とぼとぼ家に帰るとおかみさんが尋ねました。「あれ、あんた。そんなにがっかりしてどうしたの?」「それがな・・・」 旦那から訳を聞いたおかみさんは、ニッコリ笑って旦那に言いました。「それなら何も、八匹全部やる事はありませんよ。一匹で充分です」「しかし、八匹と約束してしまったから」「まあ、わたしに任せておきなさい

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よ」 おかみさんはそう言うと一匹のハチを捕まえて来て、そのハチを一番やせたウシの尻尾に結びつけました。 そこへとんち男が八匹のウシをもらいに来ると、おかみさんはウシのお尻を指差して言いました。「はい、約束の、はちひきのウシです」 それを聞いたとんち男は、思わず手を叩いて言いました。「なるほど、確かにハチ引き(八匹=ハチ引き)のウシだ。こいつはやられたな」  とんち男はおかみさんのとんちに感心して、ハチを尻尾に付けたやせウシを連れて帰りました。

327 金のナスビむかしむかし、ある国の殿さまには、とても美しいおきさきがいました。 おきさきはみごもっていましたが、殿さまはまだ知りません。 ある日の事、おきさきは殿さまのごはんを運ぶ途中、「プッ」と、小さなおならをしてしまいました。 すると殿さまは怒って、「無礼者! お前の様な者は、島流(しまながし)じゃ!」と、おきさきを遠くの島へ島流しにしたのです。 島流しにされたおきさきは、その島で男の子を産んで育てて、いつしか十年あまりがたちました。 ある日の事、おきさきは子どもから、「どうして家には、おとうがおらんの?」と、尋ねられて、島流にされた理由をありのままに話しました。「そうか。おらのおとうが殿さまだなんて知らなかった。・・・よし、おら、殿さまに会って来る」 男の子は一人で舟をこいで海を渡ると、お城の近くでナスビのなえを売り歩きました。「えー、金のナスビのなるなえは、いらんかなあ。金のナスビのなえ」 その声を聞いて、殿さまはさっそく男の子をお城に呼びました。「金のナスビがなるとは、実にめずらしい。全部買ってもよいが、そのなえは、誰にでも育てられるのかな?」 殿さまが尋ねると、男の子が答えました。「誰にでも、というわけではありません。でも、生まれて一度もおならをしたことのない人が育てれば、それは見事な金のナスビが出来ます」 男の子の返事に、殿さまは怒り出しました。「馬鹿者! この世のどこに、一度もへをしない者がおるか。いいかげんな物を売り歩くと、ただではおかんぞ!」「おや? では殿さまにうかがいますが、この国ではおならをしても、罪にはならないのですか?」「あたりまえじゃ! そんな事をいちいち罪にしていたのでは、国がなりたってゆかん」「そうですか。けれど、わたしの母はむかし、小さなおならをひとつしただけで島流にされました。それをお忘れでしょうか?」「なっ、何じゃと・・・」 殿さまはハッとして、男の子を見つめました。 よく見ると、目も口元も、自分にそっくりです。「すると、お前は、もしや・・・」 くわしいわけを聞くと、殿さまは男の子が自分の子どもだとわかりました。「今まで、つらい思いをさせてすまなかった。すぐに、妻を島へ迎えに行こう」 その後、お母さんと男の子は、お城で幸せに暮らしたのでした。

328 大工と鬼六むかしむかし、あるところに、大きくて流れの速い川がありました。 川のこちら側に住んでいる人は、向こう岸へ行くには川を渡らなければなりません。 でもその川には、橋がありません。 それと言うのも何度橋をつくっても、大雨が降ると川の流れが激しくなって橋は流されてしまうのです。「何とかして、雨にも風にも大水にも負けない丈夫な橋をかけなければ」 村人たちは話し合って、日本一の橋づくり名人と言われる大工さんに頼む事にしました。「よし、引き受けた!」 大工さんはそう言って、さっそく川岸へやって来ました。 ところが、その川の流れの速さを見てびっくりです。「こんなもの凄い川を見たのは始めてだ。どうしたら、これに負けない丈夫な橋をかける事が出来るのだろう?」 大工さんは、考え込んでしまいました。 すると川の真ん中から、大きな大きな鬼がヌーッと出てきました。「話は聞いたぞ。丈夫な橋が欲しいのなら、おれが橋をかけてやろうじゃないか」「それはありがたい。ぜひ橋をこしらえてくれ」「よし、約束しよう。その代わりに橋が出来たら、お前の目玉をもらうぞ」 鬼はそう言うと、パッと消えてしまいました。 次の朝、大工が川にやってくると、もう大きくて立派な橋が出来ていました。 村人たちは、大喜びです。 けれど大工さんは、困ってしまいました。 鬼との約束で、大工さんは目玉を取られてしまうのです。(大事な目玉を、取られてたまるか)  大工さんはこっそりと、山奥へ逃げて行きました。 すると山奥のもっと奥から、不思議な歌が聞こえてきました。♪大きな鬼の鬼六さん。♪人間の目玉をおみやげに。♪早く帰ってきておくれ。「あれは、鬼の子どもが歌っているんだ。この山は鬼の住みかで、鬼の子どもがおれの目玉を欲しがっているんだ」 歌を聞いた大工さんは、あわてて山から逃げ出しました。 そして着いた先が、あの橋の近くだったのです。「しまった! またここに戻ってしまった」 大工さんは再び逃げだそうとしましたが、そこへあの鬼が現れたのです。「どこへ逃げても無駄だ。約束通り、目玉をもらうぞ」「どうか、かんべんしてくれ。目玉がなくなったら仕事が出来ねえ。仕事が出来なければ、家族が困るんだ」 大工さんが一生懸命に頼むと、鬼は言いました。「家族か。おれにも家族がいるから、お前の気持ちはよく分かる。・・・よし、かんべんしてもらいたかったら、おれの名前を三べん言ってみろ」「名前を?」 鬼の名前なんて、大工さんは知りません。 そこでときとうに、「鬼太郎」「ちがう!」「鬼一郎、鬼次郎、鬼三郎、鬼四朗、鬼五郎・・・」「ちがう、ちがう。ちがうぞ!」 その時、大工さんはあの不思議な歌を思い出しました。「そうだ、鬼六だ。鬼六、鬼六、鬼六!」 大工さんは、大声で叫びました。 すると鬼はびっくりして、「何で、知っているんだー!」 と、逃げる様にいなくなってしまいました。

329 忍術使いの泥棒 むかしむかし、京の三角、江戸の三角、越後(えちご→新潟県)の三角と呼ばれる、三人の泥棒がいました。 

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この三人は京都や江戸や越後の国で、それぞれに一番と言われる泥棒たちです。 ある日の事、この三人の泥棒が集まって、大商人として有名な鴻池(こうのいけ)の長者のお屋敷に忍び込むことにしたのです。 ところが、さすがは大金持ちの鴻池です。 屋敷の中には若くて強そうな男たちが大勢いて、三人は何も盗み出さないうちに捕まってしまいました。「わしらはまだ何も盗んでいません。どうか、かんべんしてください」 三人の泥棒は、両手を合わせて謝りました。 すると、主人の鴻池の長者が出て来て言いました。「いいや、人が汗水たらしてかせいだ金を盗む様な奴は、かんべん出来ない。・・・おい、早くこいつらを、役人のところへ連れて行け」「ま、待ってください」 京の三角が、鴻池の長者に言いました。「役人のところへ連れて行かれる前に、面白い芸を見せましょう」「面白い芸だと」 鴻池の長者は、泥棒たちがどんな芸をするのか見たくなりました。「よし、芸を見てやろう。ただし、逃げようなんて考えてもむだだぞ」「逃げるなんて、とんでもない。それより、竹ざおを一本貸して下さい」 京の三角が竹ざおを庭に立てると、その横に江戸の三角と越後の三角が並びました。「それでは、わしらの芸をお目にかけましょう」 京の三角が、何やら呪文を唱え始めました。 すると不思議な事に、京の三角はたちまちとんびになって飛び上がり、竹ざおのてっぺんに止まったのです。「何と!」 鴻池の長者も若い男たちも、びっくりして口を開けたままです。 すると今度は、江戸の三角が呪文を唱えました。 すると江戸の三角はネズミに変身して、ちょこちょこと走り回りました。「何とも、不思議な!」 鴻池の長者も若い男たちも、まるで夢を見ているような気持ちです。 続いて越後の三角が呪文を唱えると、越後の三角は小さな豆粒に変身しました。「おおっ、今度は豆粒だ!」 みんなが驚いている前でネズミは豆粒をくわえると、するするっと竹ざおを登っていきました。 するととんびがネズミの尻尾をくわえて、さっと空へ飛び立ちました。 その時、ネズミの口の中の豆粒が言いました。「それではみなさん、さようなら」 やがてとんびはぐんぐん空へ登っていき、とうとう見えなくなってしまいました。

330 サルの恩返し むかしむかし、九州のお大名の家来に、勘助(かんすけ)という男がいました。 勘助の仕事は飛脚(ひきゃく)で、手紙をかついで届ける事です。 その頃の大名たちは珍しい刀や名刀が手に入ると、これを江戸まで飛脚に運ばせたのです。 そして勘助も将軍さまに献上(けんじょう)する大切な刀をかかえて、東海道(とうかいどう)を江戸に向かっている途中でした。 さて、勘助が薩摩峠(さつまとうげ)という大きな峠を走っていると、小高い崖の上でサルのむれがキーキーと鳴き騒いでいるのに出会いました。「何事だ?」 勘助は、海辺の方を見てびっくり。 何と驚いた事に化け物の様な大ダコが、一匹のサルを海へ連れ去ろうとしているのです。 「よし、助けてやるぞ!」 勘助は腰に差していた刀をサッと抜いて、「えいっ、えいっ、えいっ!」と、大ダコめがけてきりつけました。 ところがこの大ダコの体がとても固くて、刀はあっという間にボロボロになってしまいました。「これは、とんでもない化け物だ!」 勘助は逃げだそうと思いましたが、そのとき勘助は、将軍さまへ届ける刀の事を思い出しました。「そうだ。将軍さまに差し上げる刀なら、あの化け物ダコをやっつけられるかもしれん。将軍さま、ちょっとお借りします」 サルはもう、大ダコと一緒に海の中に引きずり込まれています。 勘助は素早く裸になると、将軍さまの刀を口にくわえて海に飛び込みました。 そしてサルを助け出すと、大ダコの体に将軍さまの刀を振り下ろしました。「えいっ!」 ところが将軍さまの刀は、大ダコの体に当たったとたん、ポキリと折れてしまったのです。「大変だ! 将軍さまに差し上げる刀を折ってしまった!」 勘助はサルを助けて海からあがって来たものの、あまりの事にその場へヘナヘナと座り込んでしまいました。 その時、仲間を助けてもらったお礼なのか、サルたちかやって来て勘助に一本の刀を差し出しました。「なんじゃ? 刀か? これをくれると言うのか?」 勘助は、その刀を抜いてみてびっくりです。「おおっ! これは何と素晴らしい刀じゃ。さっきの刀とは比べものにならんぞ! これなら将軍さまも、喜んでくださるに違いない」 素晴らしい刀を手入れた勘助が、さっそく出かけようとすると、サルたちが道をふさいで海の方を指差します。 勘助が海を見ると、あの化け物ダコが再びサルたちを捕まえようとやって来ていたのです。 「わかった、わかった。あの化け物ダコを退治しろと言うのだな」 こうして勘助は、サルの刀で再び化け物ダコにきりかかりました。「てや! とう! おおっ、これはすごい切れあじ。これなら勝てるぞ!」 サルの刀は化け物ダコの固い体をスパスパと切り裂き、あっという間に化け物ダコを退治したのです。 後から調べたところ、勘助がサルからもらった刀は刀作りの名人の五郎正宗(ごろうまさむね)の名刀だったそうです。 将軍さまはこの刀を『猿正』と名付けて、いつまでも家宝として大切にしたということです。

331 百七十歳の九尾キツネ むかしむかし、あるお寺の小僧さんにキツネが取りついて、突然こんな事を口走りました。「我は、この寺の境内に住んでおるキツネじゃ。 この間、旅に出てある村の庭先にいたニワトリを取って食ったところ、村人たちに追われてひどい目にあった。 何とかここまで戻ってきたが、今年で百七十歳になるため、もう体が言う事をきかぬ。 どうか我を神としてまつって、毎日供え物をしてくれぬか」 その話を聞いて、和尚さんは怒り出しました。「百何十年も前から、この寺の境内に住み着いていると言うが、わしは今までお前の事など聞いた事がない。 大体、年老いて食べるのに困ったから、毎日食べ物を供えてくれとは、何たるものぐさじゃ。 すぐに小僧の体から離れて、どこかへ立ち去れ! さもなくば、お前をたたき出してやるぞ!」 和尚さんは鉄の棒を持ち出してきて、すごいけんまくです。 ところがキツネの方は、落ちつきはらって言いま

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した。「うそではない。 百年以上も前に、我を見たという話を聞いた者が必ずいるはずじゃ。 証拠を見せてやるから、年寄りを集めてみよ」 そこで和尚さんは庄屋をはじめ、村のお年寄りたちをお寺の境内に呼びました。 そしてキツネの言う証拠を、見せてもらうことにしたのです。「我を神としてあがめ、供え物をしてくれれば、これからのち、火災、干ばつ、病気などの心配はいらぬぞ。 それでは、証拠を見せてやろう」 キツネはそう言うと小僧さんの体から離れて、九本の尻尾のある正体を見せたのです。 するとお年寄りの間から、驚きの声が上がりました。「おおっ! これは九尾ギツネじゃ。子どもの頃に聞いた事がある」 そのむかし、村にはこの九本の尻尾を持つ九尾ギツネが住んでいたのです。 そこで和尚さんと庄屋さんたち相談をして、お寺の門前にある小山の南側に小さな祠をつくって、この九尾ギツネを神としてあがめる事にしたそうです。

401 カチカチ山むかしむかし、おじいさんの家の裏山に、一匹のタヌキが住んでいました。 タヌキは悪いタヌキで、おじいさんが畑で働いていますと、「やーい、ヨボヨボじじい。ヨボヨボじじい」 と、悪口を言って、夜になるとおじいさんの畑からイモを盗んでいくのです。 おじいさんはタヌキのいたずらにがまん出来なくなり、畑にワナをしかけてタヌキを捕まえました。 そしてタヌキを家の天井につるすと、「ばあさんや、こいつは性悪ダヌキだから、決してなわをほどいてはいけないよ」と、言って、 そのまま畑仕事に出かけたのです。 おじいさんがいなくなると、タヌキは人の良いおばあさんに言いました。「おばあさん、わたしは反省しています。 もう悪い事はしません。 つぐないに、おばあさんの肩をもんであげましょう」「そんな事を言って、逃げるつもりなんだろう?」「いえいえ。では、タヌキ秘伝(ひでん)のまんじゅうを作ってあげましょう」「秘伝のまんじゅう?」「はい。 とってもおいしいですし、一口食べれば十年は長生き出来るのです。 きっと、おじいさんが喜びますよ。 もちろん作りおわったら、また天井につるしてもかまいません」「そうかい。おじいさんが長生き出来るのかい」 おばあさんはタヌキに言われるまま、しばっていたなわをほどいてしまいました。 そのとたん、タヌキはおばあさんにおそいかかって、そばにあった棒(ぼう)でおばあさんを殴り殺したのです。「ははーん、バカなババアめ。タヌキを信じるなんて」 タヌキはそう言って、裏山に逃げて行きました。 しばらくして帰ってきたおじいさんは、倒れているおばあさんを見てビックリ。「ばあさん! ばあさん! ・・・ああっ、なんて事だ」   おじいさんがオイオイと泣いていますと、心やさしいウサギがやって来ました。「おじいさん、どうしたのです?」「タヌキが、タヌキのやつが、ばあさんをこんなにして、逃げてしまったんだ」「ああ、あの悪いタヌキですね。おじいさん、わたしがおばあさんのかたきをとってあげます」 ウサギはタヌキをやっつける方法を考えると、タヌキをしばかりに誘いました。「タヌキくん。山へしばかりに行かないかい?」「それはいいな。よし、行こう」 さて、そのしばかりの帰り道、ウサギは火打ち石で『カチカチ』と、タヌキの背負っているしばに火を付けました。「おや? ウサギさん、今の『カチカチ』と言う音はなんだい?」「ああ、この山はカチカチ山さ。だからカチカチというのさ」「ふーん」 しばらくすると、タヌキの背負っているしばが、『ボウボウ』と燃え始めました。「おや? ウサギさん、この『ボウボウ』と言う音はなんだい?」「ああ、この山はボウボウ山さ、だからボウボウというのさ」「ふーん」 そのうちに、タヌキの背負ったしばは大きく燃え出しました。「なんだか、あついな。・・・あつい、あつい、助けてくれー!」 タヌキは背中に、大やけどをおいました。 次の日、ウサギはとうがらしをねって作った塗り薬を持って、タヌキの所へ行きました。「タヌキくん、やけどの薬を持ってきたよ」「薬とはありがたい。 まったく、カチカチ山はひどい山だな。 さあウサギさん、背中が痛くてたまらないんだ。 はやくぬっておくれ」「いいよ。背中を出してくれ」 ウサギはタヌキの背中のやけどに、とうがらしの塗り薬をぬりました。「うわーっ! 痛い、痛い! この薬はとっても痛いよー!」「がまんしなよ。よく効く薬は、痛いもんだ」 そう言ってウサギは、もっとぬりつけました。「うぎゃーーーーっ!」 タヌキは痛さのあまり、気絶してしまいました。 さて、数日するとタヌキの背中が治ったので、ウサギはタヌキを釣りに誘いました。「タヌキくん。舟をつくったから、海へ釣りに行こう」「それはいいな。よし、行こう」 海に行きますと、二せきの舟がありました。「タヌキくん、きみは茶色いから、こっちの舟だよ」 そう言ってウサギは、木でつくった舟に乗りました。 そしてタヌキは、泥でつくった茶色い舟に乗りました。 二せきの船は、どんどんと沖へ行きました。「タヌキくん、どうだい? その舟の乗り心地は?」「うん、いいよ。ウサギさん、舟をつくってくれてありがとう。・・・あれ、なんだか水がしみこんできたぞ」 泥で出来た舟が、だんだん水に溶けてきたのです。

「うわーっ、助けてくれ! 船が溶けていくよー!」 大あわてのタヌキに、ウサギが言いました。「ざまあみろ、おばあさんを殺したバツだ」 やがてタヌキの泥舟は全部溶けてしまい、タヌキはそのまま海の底に沈んでしまいました。

402 千里の靴 むかしむかし、あるところに、とても貧しい親子が住んでいました。 母親は三人の息子の為に寝る間もおしんで働きましたが、暮らしはいっこうに楽になりません。 そこで母親はある日、息子たちを家から連れ出すと山奥へ入って行きました。「おっかあ、どこへ行くだ?」 子どもたちが尋ねると、母親は、「いいとこ

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へ連れて行ってやるから」と、答えるだけです。 そして、森の奥まで来ると、「ここでジッと待ってろや。うまい木の実を取ってやるから」と、そう言うなり、「かんにん、かんにんなあ・・・」と、逃げ出してしまいました。 そうとも知らずに待っていた子どもたちは、日も暮れて心細くなってくると、「おっかあー!」と、母親を呼んで泣き出しました。 その時、末っ子が二人の兄をなぐさめました。「兄さ。あそこに家の明かりが見えるよ。行ってみようよ」 末っ子がベソをかく兄たちを引っぱって家へ行ってみますと、ひどいあばら屋におばあさんが一人、いろりに火をくベています。「道に迷って帰れんから、泊めてくれ」 末っ子が頼みますと、おばあさんはあわてて言いました。「泊めてやりたいが、ここは鬼の家じゃ。鬼が帰って来れば、お前らはとって食われるぞ」 その時、鬼の足音が家の方に近づいて来たのです。「仕方ねえ、早く隠れろ」 おばあさんが急いで三人の子どもを隠しますと、家に入ってきた鬼が鼻をヒクヒクさせて言いました。「くせえ、くせえぞ。家が人間くせえ。誰かいるのか?」「ああ、実はさっき、人間の子が三人やって来たけど、あんたの足音を聞いて逃げ出したよ」 おばあさんが答えると、鬼はひと駆け千里のくつをはいて表へ飛び出しました。「さあ、今のうちに逃げるんだよ」 そのすきにおばあさんは、子どもたちを裏口から逃がしてやりました。 ところが子どもたちの逃げ出した道は、鬼の駆け出した道と一緒だったのです。 やがて子どもたちは、走り疲れて寝ている鬼を見つけました。「わあ、鬼だ、鬼だ」「どうするベえ」 兄たちはうろたえましたが、末っ子は落ち着いて鬼の足から千里のくつを脱がせると、それを二人の兄の足にはかせて自分は兄たちの背中につかまりました。「千里のくつなら、片方ずつでも早く走れるはず。さあ、家に帰ろう!」 弟が兄たちに言うと、二人の兄は足を交互に動かしてかけ出しました。 その物音に鬼は目を覚ましましたが、片方ずつでも飛ぶ様に走って行く子どもたちを追いかける事は出来ません。 こうして三人の子が無事に家につくと、母親は驚き、そして涙を流して喜びました。「ごめんね。もう二度と、お前たちを捨てたりはしないよ」 子どもたちは次の日から千里のくつを使って荷物を運ぶ仕事を始め、やがて大金持ちになったということです。

403 はんごろしと、みなごろし むかしむかし、尼さん(あまさん→仏の道に仕える女の人)が旅をしていると、途中で日が暮れてしまいました。 そこで近くにある家をたずねて、泊めてもらう事にしました。「さあ、どうぞ。大した物はありませんが、ゆっくり休んで下さい」 家の夫婦(ふうふ)は温かい晩ご飯をを作って、尼さんをもてなしてくれました。 ところがその夜、夫婦は尼さんを寝かせると夜遅くまでヒソヒソ話しをしていたのです。「明日は、どうするか?」「ああ、はんごろしにするか?」「いいえ、みなごろしの方がよいのでは」「そうだなあ、やっぱりみなごろしの方がよさそうじゃ」「そうそう、みなごろしにしましょう」 このやりとりを聞いた尼さんは、ビックリです。「半殺しに、皆殺し! ここに寝ていては、殺されてしまう」 そして荷物をまとめると、夜中にコッソリと逃げ出しました。 次の朝、夫婦は尼さんがいない事に気がついて、「あーあ、せっかくおいしいみなごろしを作ろうと思っていたのに」と、ガッカリしてしまいました。 尼さんは知りませんでしたが、この地方では、『はんごろし』とは、ぼたもちの事です。 そして、『みなごろし』とは、よくついたもちの事だったのです。

404 和尚の失敗 むかしむかし、あるお寺に、和尚(おしょう)さんと二人の小僧がいました。 ある冬の晩の事。 和尚さんが『でんがくどうふ(とうふを長方形に切って串に刺し、味噌を塗って火にあぶった料理)』を二十串、いろりにグルリと並べて刺しました。「おおっ、良い香りじゃ。さあ、焼けてきたぞ」 とうふに塗りつけた味噌がこんがりと焼けて、たまらなくいい匂いです。 するとそこへ、匂いをかぎつけた二人の小僧がやって来ました。 和尚さんは、『でんがくどうふ』を一人で全部食べるつもりでしたが、二人の小僧にしっかりと見られてしまったからに、今さら隠すわけにはいきません。 そこで和尚さんは、こう言いました。「ちょうど、良いところに来たな。 お前たちにも分けてやるが、ただ分けてやったのではつまらん。 そこで串の数をよみ込んだ歌を作り合って、その数だけ食べる事にしよう。 では、わしから始めるぞ。 『小僧二人、にくし(二串)』」 和尚さんはニヤリと笑うと、『でんがくどうふ』をふた串取って食べました。 歌の意味は、『小僧が来なかったら一人で全部食べられたのに、二人の小僧が憎い』という意味です。「お前たちには、こんな歌はよめまい」 ところが、年下の小僧が、「それはどうでしょう。『おしゃかさまの前の、やくし(八串)さま』」と、見事な歌をうたって、『でんがくどうふ』を八串もせしめたのです。 歌の意味は、病気を治す神さまの薬師如来(やくしにょらい)のやくしと、八串をひっかけたのです。「何と、なかなかやりおるわ」 あてがはずれた和尚さんは、しぶい顔をしました。 でも、まだ十串も残っています。 まさか、これを全部取られる事はあるまいと、和尚さんは安心して年上の小僧に歌をよませました。 すると年上の小僧は、「『小僧よければ、和尚とくし(十串)』で、十串いただきます」と、残りの十串を全部取ってしまったのです。 ちなみに歌の意味は、『出来の良い小僧がいれば、和尚さんは得をする』というものです。 こうしてほとんどの『でんがくどうふ』を取られた和尚さんは、もう二度と歌よみ勝負をしなかったそうです。

405 つぼを買う むかしむかし、吉四六さんと言う、とてもゆかいな人がいました。 ある日、吉四六さんのお母さんが吉四

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六さんに言いました。「吉四六や、うめぼしを入れるつぼを買って来ておくれ」「わかった」 吉四六さんが、すぐに出かけようとすると、「ちょっとお待ち。あんたはそそっかしいから、つぼを買う前に落ちついてよく調ベてみるのですよ」「はい、気をつけて買います」と、吉四六さんは頷いて、家を出ました。 町へやって来ると、大きな瀬戸物屋(せとものや)がありました。 吉四六さんは、中へ入って言いました。「ごめんなさい。つぼを一つ下さい。うめぼしを入れるつぼです」 すると瀬戸物屋のおばさんは、店先で本を読みながら、「いらっしゃい」と、言っただけで、吉四六さんの方を振り向きもしません。「つぼなら、そこに並んでいるから見て下さいな」「はい、わかりました」 吉四六さんは、店の中を見回しました。 なるほどそこには、つぼがたくさん並べてあります。 でも、どのつぼも口を下にして、底の方を上にしています。 それを見ると吉四六さんは、不思議そうに首を傾げて、「おばさん、ここにあるつぼは、みんな口のないつぼですね」と、言いました。 おばさんは、本を読みながら言いました。「ひっくり返してごらんなさいよ」 吉四六さんは言われた通りに、つぼをひっくり返してみました。 すると今度は、もっとビックリした様な顔になって、「あれれ? 底に穴が開いている。このつぼは口がなくて、おまけに底もないつぼだ」と、言いました。 吉四六さんは、つぼの口と底とを間違えたのですが、それに気がつきません。「ここのつぼは、みんな駄目だ」 吉四六さんはそう言うと、そのまま店を飛び出して家へ帰って来ました。「お母さん、瀬戸物屋へ行きましたが、駄目なつぼばかりなので買って来ませんでしたよ」「おや? なぜ駄目だったの?」「はい。どのつぼもみんな、口も底もない物ばかりだったのですよ。あんなつぼを作った人は、よっぽどの慌て者ですね」

406 キツネの仕返し むかしむかし、村人から家族の病気回復のお祈りを頼まれた山伏 ( やまぶし ) が村へ出かけて行く途中、川の草むらで一匹のキツネが昼寝をしているのに出会いました。「よく寝ておるな。・・・よし、おどかしてやれ」 山伏はキツネの耳に、ほらがいを当てて、「ブオーッ!」と、一吹きしました。「コンコーン!」 驚いたキツネは飛び上がったはずみで、川に転げ落ちてしまいました。 それを見た山伏は、お腹を抱えて大笑いです。「ワハハハハッ。これはゆかい」 さて、山伏は間もなく、お祈りを頼まれた家に到着しました。 すると主人が、落ち込んだ顔で出て来て言いました。「残念ながら、おいでいただくのが一足遅く、病気の女房が死んでしまいました。人を呼んで来る間、留守をお願いいたします」「いや、それは」「では、頼みましたよ。女房は奥の部屋です。せめて女房が成仏出来る様に、お祈りの一つもあげてください」 主人はそう言うと、どこかへ行ってしまいました。「何とも、嫌な事を頼まれたものだ。だが、仕方がない」 山伏が奥の部屋に行ってみると、部屋の真ん中にびょうぶが置かれていました。 そのびょうぶの向こうには死んだ女房が寝ているのですが、山伏は気味が悪くてびょうぶの向こうに行く気がしません。「早く、帰って来ないかな」 山伏が主人の帰りを待っていると、突然、びょうぶがガタガタと動き出しました。「わあ、わあ、わあ」 山伏が情けない声をあげながらビックリしていると、びょうぶがガタンと倒れて、その向こうから死んだはずの女房が髪を振り乱しながら近寄ってきました。「あなたが、もっと早く来ていれば、わたしは死なずにすんだのに。・・・うらみますよ」 恐ろしさに腰を抜かした山伏は、後ずさりしながら死んだ女房に謝りました。「すまん、おれが悪かった。謝る。謝るから、もう近寄るな」 そして、どんどん後ずさりしていった山伏は、急に床がなくなるのを感じて、そのまま川の中へドブーン! と、落ちてしまいました。「あれ? ここはどこだ?」  辺りを見回すと、山伏が落ちたのはキツネをおどかした川の中です。 さっきまでいた家は、どこにもありません。 山伏は、ようやく気づきました。「そうか、おれはさっきほらがいでおどかしたキツネに、仕返しをされたのか」 その頃、山伏にお祈りを頼んでいた家の人たちが、山伏が来るのが遅いので迎えに出てきました。 そして川の中にいた山伏を見つけて、山伏から事情を聞いた家の人たちは、「キツネに化かされる様な山伏では、お祈りをしてもらっても無駄だ」と、言って、山伏に頼んでいたお祈りを断ったそうです。

407 ニワトリのおならむかしむかし、ある家に、一羽のニワトリがいました。 ある日の事。 ニワトリが庭の木にとまって鳴いていると、その下をキツネが一匹通りました。 キツネはニワトリを見ると、何とか取って食いたいと思い、「ニワトリさん、とてもいい声ですね。でも、もっと下で鳴けば、もっといい声が出ますよ」 キツネの言葉に、ニワトリは下の枝に飛び移って鳴きました。 するとキツネは、「ニワトリさん、前よりもずいぶんいい声になりました。でも、もう一つ下がらないと」 ニワトリは喜んで、もう一つ下の枝にとまって鳴きました。 ところがそこはキツネの頭のすぐ上だったので、ニワトリはたちまちキツネに捕まってしまいました。「ヒッヒヒヒ。バカなニワトリさん。では、いただきまーす」 大きな口を開けるキツネに、ニワトリはあわてて言いました。「まっ、待ってください、キツネさん。 実は、おらの家でも今夜おらを食うと言っていたから、おら、闘う武器として針を一本盗んでおいたんだ。 尻尾のところに隠してあるから、おらを食うんだったらその針を抜いてからの方がいいよ」「そうか、それはご親切に」 キツネはさっそく、尻尾のまわりを探してみました。 するとニワトリはキツネの顔めがけて、「ブッ!」と、おならを浴びせました。「わあっ~!」 キツネがビックリして手をはなしたすきに、ニワトリは木の上に逃げてしまいました。

408 八つ化けずきん むかしむかし、あるところに、いたずら者の和尚(おしょう)さんがいました。 ある日、和尚さんが村はず

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れの道を歩いていると、道はずれのやぶの中で一匹のキツネが古びた手ぬぐいを前にして、化け方の練習をしているのです。「これは、おもしろい」 和尚さんがのぞいているとも知らず、キツネは手ぬぐいを頭に乗せ、クルリンパ! と若い娘になりました。「ははーん、あの手ぬぐいが化け道具なんじゃな。 何とかだまくらかして、ちょうだいするか」 和尚さんは、わざと知らん顔で歩き出しました。 するとキツネが化けた娘が、しゃなりしゃなりとやってきます。 和尚さんは、キツネが化けた娘に向かって言いました。「これは、美しい姉さまじゃのう。 だが、化け方がなっとらん。 上の方はよいが、足元がまだまだだな」 正体を見破られたキツネは、ビックリして元の姿に戻りました。「どこの和尚さまかぞんじませぬが、わたしの化け方はそんなに駄目ですか?」「駄目、駄目。まだまだ未熟じゃ。そこへいくと、このわしはどうだ? キツネには見えんだろう?」「えっ? キツネなんですか? わたしはてっきり、本物の和尚さまかと思いました」「そうじゃろう。何しろわしの化け道具は、有名な『八つ化け頭巾(ずきん)』だからな」 そう言って和尚さんは、かぶっていた頭巾を見せびらかしました。 もちろん、この頭巾は普通の頭巾です。 でも、和尚さんの言葉を信じたキツネは、うらやましそうに言いました。「へえ、これがあの八つ化け頭巾か。・・・いいな」「どうだ、何ならお前の手ぬぐいと、取りかえてやろうか?」「ほっ、本当ですか! それはもう、是非とも」 こうして和尚さんは、キツネの化け手ぬぐいを手に入れたのです。「よしよし、うまくいったぞ」 和尚さんが寺へ帰ると、寺から寺へと見回り役をつとめる僧正(そうじょう→一番偉いお坊さん)さまが、お供の小坊主を連れてやって来ました。 二人を迎えた和尚さんは、こんな事を言いました。「お務め、ご苦労さまです。この廊下の先に二つの部屋がございますから、どちらでもお気にめす部屋でお休みくださりませ。わしは、お茶の仕度をしてまいります」「ほう、それはありがたい」 僧正さまはそう言うと、廊下の先の片方の部屋のふすまを開けました。 するとそこには、若くてきれいな娘がニッコリ笑って座っていました。 僧正さまは、顔をまっ赤にしながら、「ああ、いや、わしはおなごには興味はないんじゃよ」 小坊主の手前、僧正さまはそう言ってふすまを閉めると、もう片方の部屋のふすまを開けました。 するとそこには、ありがたい仏像がまつってありました。「おお、これこそが、わしにふさわしい。なんまいだ、なんまいだ」 僧正さまは、まじめな顔してお経を唱えたものの、やはりさっきのきれいな娘が気にかかります。 そのうちに小坊主がいねむりを始めたので、僧正さまはこっそりと隣の部屋へ行ってみました。 すると娘がニッコリして、「まあ、お坊さま、お酒を一杯。ささ、えんりょなさらずに」と、上等の酒をついできました。 憎正さまは、たらふく飲んで上機嫌です。 そして下心を出して、娘の肩に手を置こうとしたその時、娘が突然、カッ! と目を見開いて、不動明王(ふどうみょうおう)さまになったのです。「この生臭坊主め! 仏に仕える身でありながら、酒を飲んだ上におなごに手を出したな!」「ひゃあ、お許しくださいませ!」 僧正さまは、裸足のまま外へと逃げ出してしまいました。 実は、娘も仏像も不動明王も、みんな和尚さんのいたずらだったのです。

409 だんまりくらべ むかしむかし、あるところに、おじいさんとおばあさんが住んでいました。 ある日の事、近所の人がおもちを持って来てくれました。「昨日な、家でもちをついたんだ。たくさんあるから、おすそわけに持って来ただ」 おもちの大好きなおじいさんとおばあさんは、大喜びです。 おもちは全部で、七つありました。「うまい、これはうまいもちだ」「本当に、おいしいおもちですねえ」 一つずつ食べたので、おもちは五つになりました。「まだまだあるから、もう一つ食べよう」「はい。明日まで置いておくと、固くなりますからね」 また一つずつ食べたので、残りは三つです。「もう少しあるな。では後一つ食べよう」「はい。もう一ついただきましょう」 また一つずつ食べたので、残るおもちは一つだけです。 一つだけ残ったおもちを見て、おじいさんが言いました。「一つだけ残しても仕方がない。ここは、だんまりくらべをして勝った方が、残りのもちを食べる事にしないか?」「いいですねえ」 だんまりくらべとは、何もしゃべらずに頑張る競争で、先にしゃべった方が負けです。 その為に、おじいさんとおばあさんはおしゃべりが出来ません。 つまらないので、二人とも早くに寝てしまいました。 さて、その日の夜中の事、家に泥棒が入って来ました。 おじいさんもおばあさんも泥棒に気づきましたが、だんまりくらべをしているので口をきくわけにはいきません。 おじいさんとおばあさんは、泥棒が家の物を盗むのを寝たふりをしながらじっと見ていました。 やがて泥棒は、お皿の上におもちが置いてあるのを見つけました。「あっ、うまそうなもちだ。こいつも頂こう」 泥棒がおもちを食べようとしたその時、ついにおばあさんが大声で言いました。「こらっ、そのもちを食うな!」「ひぇーー!」 びっくりした泥棒は、盗んだ物を全部放り出して逃げて行きました。 するとおじいさんが、うれしそうに言いました。「わはははは。ばあさんがしゃべった。この勝負は、わしの勝ちじゃ。だからこのもちは、わしが食べるぞ。もぐもぐ・・・」 おじいさんがおいしそうにもちを食べるのを見て、おばあさんがうらめしそうに言いました。「あーあ、あの時にわたしが声を出さなけりゃ、そのもちは泥棒に食べられてしまったのに」

410 かるい帰り道 むかしむかし、彦一(ひこいち)と言う、とてもかしこい子どもがいました。 ある春の日の事、殿さまが二十人ばかりの家来を連れて、お花見へ出かける事になりました。 そのお花見には、殿さまのお気に入りの彦一も呼ばれています。 そして出発の時、殿さまがみんなに言いました。「みんなには花見の荷物を運んでもらうが、どれでも好きな物を持って行くがよいぞ」 すると家来たちは、(では、何を持って行こうかな)と、

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前に並べられた荷物を、グルリと見回しました。 そこには殿さまが腰をかけるいす、地面にしく毛せん、茶わんや皿や土びん、つづみやたいこなどの鳴物道具(なりものどうぐ)に、とっくりやさかづきなどの酒もり道具。 他には歌をよむ時の筆やすずりやたんざくなどもあります。 どうせなら軽い物が良いと、家来たちは我先にと軽い荷物を選んでいきます。 そんな様子を彦一がじっと見ていると、最後に残ったのは竹の皮にくるんだにぎりめしや、おかずの入っている包みだけでした。(はは~ん、食べ物は重いから、誰も手を付けないな。しかしこれは、いい物が残ってくれたぞ) 彦一は、わざとガッカリした様子で言いました。「何と、こんなに重たい物しか残っていないとは・・・」 そして重そうに弁当の包みをかつぐと、みんなのあとをついて行きました。 それを見た家来たちは、(知恵者と評判の彦一だが、あんな重たい物をかつぐとはバカな奴じゃ)と、クスクスと笑いました。 さて、お目当ての山に到着した一行は、囲いのまくをはり、毛せんをしいて荷物を広げると、彦一の持って来たお弁当を食べる事にしました。 そして花をながめるやら、踊るやら、歌をつくるやら、酒盛りをするやらして、みんな思う存分にお花見を楽しみました。 そしていよいよ、お城ヘ帰る事になり、家来たちが持って来た荷物をかたづけていると、彦一が殿さまに言いました。「殿さま。このまま行きと同じ道を帰るのですか?」「ふむ。と、言うと?」「ごらんくだされ。向こうの山も、あの通りの見事な花盛りでございます。いかがでしょう。ひとつあの山の花をながめながらお帰りになっては」「なるほど、それはよい事に気がついたな」 殿さまは大喜びで、さっそく家来たちに言いました。「まだ日も高いし、向こうの花をながめながら帰ろうと思うが、どうじゃ?」 それを聞いた家来たちは、荷物をかついで向こうの山をこえるなんてまっぴらと思いましたが、殿さまの言葉には逆らえません。「はい。お供いたします」と、しぶしぶ頭を下げました。 すると彦一が、「では殿さま。わたくしがご案内いたします」と、みんなの先に立って歩きます。 殿さまが家来たちを見ると、みんな大きな荷物を持っていますが、けれど彦一は小さくたたんだふろしきを腰にぶら下げているだけです。 殿さまは不思議に思って、彦一に尋ねました。「これ彦一。お前の荷物はどうした?」 すると彦一は、ニッコリ笑って言いました。「はい、わたしの荷物は、みなさんのお腹の中にございます」

411 畳石の一ぱい水 むかしむかし、女神湖(めがみこ)の近くの道ばたに『かぎっ引き石』という、大きな石がありました。 その石の上にはいつも一匹のカッパが腰をかけていて、道を通る人がいると、「かぎっ引きを、しねえか?」と、呼びとめるのです。 かぎっ引きというのは、お互いの小指をかぎみたいに曲げて引っ張り合いをする力比べです。 長い旅をしてきた者の多くが、たいくつしのぎにこの誘いを受けるのですが、カッパの力は大変なもので、小指をからめたとたんに負けてしまうのです。 そして負けてしまうと有り金を全部取られたり、肝を抜かれたりするのです。 このかぎっ引きカッパのうわさを聞いた、諏訪(すわ)の殿さまが、「旅の者を苦しめるとは、悪いカッパだ。ひとつわしがこらしめてやろう」と、さっそく馬を出しました。 さて、殿さまの姿を見つけたカッパは、さっそく殿さまに声をかけました。「これは殿さま、私とかぎっ引きをいたしませんか?」 それを聞いた殿さまは、ニタリと笑うと、「よし、では始めよう」と、言うなり、馬の上からカッパの腕をしっかりとつかんで、そのまま馬のお尻にムチを入れました。 さすがのカッパも、馬に引きずられたのでは手も足も出ません。「と、殿さま、どうか、ごかんべんを!」「・・・・・・」 カッパはあやまりましたが、殿さまは答えません。 カッパは、泣きそうな声で叫びました。「ど、どうかごかんべんを! もう二度と、悪い事はしませんで、馬を止めて下さい」「・・・・・・」 でも、殿さまは答えません。 とうとうカッパは、大声で泣きながら叫びました。「どうか、どうか、お願いでございます! おわびのしるしに、水をわき出してみせますので!」「・・・よし」 殿さまは、ようやく馬を止めました。 そこはちょうど、望月(もちづき)の畳石(たたみいし)というところでした。「カッパ。約束通り、もう二度と悪さするなよ」「はい。もう二度と悪さはしません。約束は守ります」 カッパはそう言うと、両手をついて頭を下げました。 するとカッパの手元から、みるみる清水がわき出したのです。 やがてカッパはどこかへ行ってしまいましたが、清水は止まる事なくわき出しました。 この水は『畳石の一ぱい水』と呼ばれて、それから長い間、旅行く人々ののどをうるおしたといわれています。

412 きんぴかのやかん むかしむかし、あるお寺の床下に、タヌキが住んでいました。 このタヌキは頭の毛がうすい事から『はげダヌキ』と呼ばれていたのですが、何とこのはげダヌキは人助けが大好きなのです。 ある年の暮れの事、はげダヌキがお寺の近くのとうふ屋へ油揚げをもらいに行くと、とうふ屋の主人がため息をついていました。「困ったな。こうもお金がなくては、とうふをつくる豆も買えない」 これを聞いたはげダヌキは、とうふ屋の主人に言いました。「心配せずとも大丈夫。いつもおいしい油揚げをいただいている恩返しに、おいらが何とかしましょう」 そしてはげダヌキは、きんぴかのやかんに化けて自分を売るように言ったのです。 やかんは間もなく、通りかかった金持ちの旦那に買い取られました。「これは良い買い物をした。全く素晴らしいやかんだ。もっとみがけば、もっと光るかもしれんぞ」 だんなはさっそく、やかんをみがき始めました。 やかんに化けていたはげダヌキは、くすぐったいやら痛いやら。 でも、ばれてはいけないので、じっと我慢していると、みがかれすぎて、ただでさえうすい頭の毛をツルツルにされてしまいました。(ああっ、大切な頭の毛が・・・) これ以上みがかれてはたまらないので、はげダヌキは旦那が手を離したすきに逃げ出して、お

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寺の床下に隠れました。「ああ、こんなツルツル頭では、恥ずかしくてどこにも行けないや。でも、とうふ屋に恩返しが出来て良かった、良かった」 それからもはげダヌキは人助けを続けて、人々に大切にされたと言う事です。

413 ニワトリのお告げむかしむかし、たくさんのニワトリとヒヨコを飼っている貞蔵(さだぞう)さんという人がいました。 ある夜の事、貞蔵さんの家で不思議な事がおこりました。 真夜中に一羽のニワトリが天井を見上げながらため息をつくと、突然たたましく鳴き出したのです。「コケコッコーッ! コケコッコーッ!」 びっくりして飛び起きた貞蔵さんは、まっ青になりました。「これは大変だ!」 このあたりでは夜にニワトリが鳴くと、良くない事がおこると信じられていたのです。 そして夜鳴きをしたニワトリは、川へ流してしまうというならわしがあったのです。「可愛そうだが、仕方ない」 貞蔵さんはニワトリをわら袋につめて首だけを袋から出すと、川へと向かいました。「すまねえな。成仏してくれよ」  貞蔵さんは川にニワトリを流すと、後ろを振り返らず走って家に帰りました。 捨てられたニワトリは川を流されていきましたが、途中で引っかかってしまい、そのまま夜を明かしたのでした。 さて、そのニワトリが引っかかった場所の近くに、虎吉(とらきち)さんという人が住んでいました。 虎吉さんは、その夜に不思議な夢を見ました。 その夢とは、誰かが虎吉さんの家の戸口を叩くので、「誰かな?」と、出てみると、そこには一羽のニワトリがいて、虎吉さんにこんな事を言ったのです。「わたしは、土手町(どてちょう)に住む貞蔵という者のニワトリです。 主人の家では、先祖の位牌(いはい)がニワトリ小屋の上に転がっています。 このままにしていたら、先祖の罰があたって家は滅びてしまいます。 どうか早くわたしを連れて行って、主人にその事を伝えて下さい。 わたしは今、川の中にいます。 わら袋に入れられているので、どうする事も出来ません。 どうか、手を貸して下さい。 お願いします」 ニワトリはそう言うと、空高く飛んでいきました。 目が覚めた虎吉さんは、さっそく夢の中でニワトリが告げた川に行ってみました。 すると本当に、わら袋から首を出したニワトリがいたではありませんか。「おお! 夢で見た通りじゃ」 虎吉さんは、すぐにニワトリを助けると、貞蔵さんの家を尋ねていきました。 そして夢の話をしたところ、貞蔵さんもビックリです。 二人はさっそくニワトリ小屋の天井の上を調べ、ほこりまみれで転がっているご先祖の位牌を発見しました。「あっ、あった! 虎吉さん、ありましたよ」 貞蔵さんの家では、先祖の位牌を集めてお盆や正月におまつりしていたのですが、その中の一枚をネズミがニワトリ小屋の上に運んだのでしょう。「ありがとうございます。これで家が滅びずにすみました」 貞蔵さんは虎吉さんに、たくさんのおお礼をしました。 そしてニワトリにも、心から礼を言いました。「お前のおかげで助かったよ。これからは大切にするから、許しておくれ」 するとニワトリも、その言葉がわかったのか、「コケコッコー!」と、元気に鳴きました。 それからはお告げをしたニワトリは大事にされ、とても長生きをしたそうです。

414 しびれの薬 むかしむかし、あるところに、大変なケチで、節約を自慢している男がいました。 この男は、「ブー」と出るおならさえも無駄にはしません。「おならとは、こやしになる息だ」 そう言って、おならを紙袋に入れると、畑の土の中に埋めてくるほどでした。 ある晩の事、一人の友だちが男の家をたずねて行きました。 家に入ってみると、中は真っ暗です。(さすがはケチ男。明かりをつけるのを節約しているのだな) 友だちがそう思って目をこらすと、ケチ男は暗闇の中で、素っ裸になって座っています。「おい、おい、裸になって、何をしてるのだ?」「ああ、よく来たな。裸になるのも節約さ。こうしていれば、着物がいらんからな」 ケチ男は、すまして言いました。「全く、節約もいいが、秋も終わりで寒くはないか? かぜでもひいたらどうする」「なーに、かぜどころか、汗が流れて困るくらいさ」「汗が? それはまた、どうしてだ?」 友だちが驚いて聞くと、ケチ男は天井を指差して言いました。「あれを、見てみろ」 友だちが見上げると、天井には岩の様に大きい石が細いひもでしばってつるしてあります。「あのひもがいつ切れるかと思うと、怖くて冷や汗が出てくるんだ」「・・・・・・」 これには、友だちも返す言葉がありません。 それからも、ケチ男の節約自慢をさんざん聞いた友だちは、そろそろ帰ろうと思いましたが、家の中が真っ暗なのでげたが見つかりません。「ちょっと、明かりを貸してくれないか」 友だちが頼むと、ケチ男は土間(どま→家の中で地面のままのところ。この場合は台所)に置いてあるまきで友だちの頭を殴りました。「いてえ! 何をするんだ。目から火花が出たぞ!」 友だちが叫ぶと、ケチ男はすかさず言いました。「その火花で、げたを探してくれや」「・・・・・・」 あきれた友だちは、頭のこぶをなでながら逃げる様に帰りました。「全く、ひどい目にあったな。今度来たときは、ケチ自慢の鼻をへし折ってやる」 さて、その年も暮れてお正月になりました。 友だちはわらしべを一本、ていねいに紙に包んだ物を持って、ケチ男の家に新年のあいさつに行きました。 友だちはケチ男に新年のあいさつをすると、紙に包んだわらしべを差し出しました。「これはお年玉だ。これでキセルについた、ヤニでも取ってくれ」「・・・ああ、これはごていねいに」 ケチ男は一瞬、ポカンと口を開けていましたが、頭を下げてわらしべを受け取りました。(けっけっけ。さすがにこれ以上ケチな物は、あいつにも用意出来まい。仕返し成功だ) 友だちは、うれしそうに帰って行きました。 次の日、今度はケチ男が友だちの家に新年のあいさつに来ました。 そして、友だちと同じ様に、紙に包んだ物を差し出しました。 友だちが包みを開いてみると、中にはあのわらしべを小さく切った物が入っていました。「これは?」 友だ

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ちが不思議そうに尋ねると、ケチ男が言いました。「なあに、これはおれからのお年玉だが、しびれの薬(→むかしは、わらを刻んだ物は、しびれに効くとされていました)にでもしておくれ」 これには友だちも、開いた口がふさがらなかったということです。

415 カモとりごんべえむかしむかし、あるところに、カモ取りのごんべえさんという人がいました。 ある朝、ごんべえさんは、近くの池へ行ってみてビックリ。 仕掛けておいたワナに、数え切れないほどのカモがかかっていたのです。 おまけに池には氷が張っているので、カモたちは動けずにいる様子です。 ごんべえさんは大喜びでワナのアミを集めると、池の氷が溶けるまで見張る事にしました。 そしてうっかり居眠りしてしまい、気がついた時には、もう池の氷は溶けていたのです。 「おっと、大変」 あわてた時は、もう遅く、目を覚ましたカモたちがバタバタバタと飛び立ち、それと一緒にごんべえさんもカモたちに引っ張られて空へ舞いあがってしまいました。 カモたちはごんべえさんをぶらさげたまま、野をこえ、山をこえ、谷をこえ。「たっ、たすけてくれー!」 叫んでいるうちに、うっかりアミを離してしまいました。 ごんベえさんは、まっさかさまに空から落っこちると、畑で働いていたお百姓(ひゃくしょう)さんの前へ、ドスン!「なになに、カモをつかまえようとして、反対にさらわれたって?」 話を聞いたお百姓さんは、気の毒に思って、「どうだい、ここでしばらく暮らしていっては」「はい、よろしくお願いします」 こうして次の日から、ごんべえさんは畑をたがやしたり、種をまいたり、一生けんめいに働きました。 そんなある日、アワ畑で刈り入れをしていると、三本だけ特別に大きな穂をつけたアワがありました。「ようし、こいつを刈ってやれ」 手元へ引き寄せて穂を刈ろうとしたとたん、茎がバネの様にビョーンと、はね返ったから大変です。「たっ、たすけてくれー!」 ごんべえさんはピューと飛ばされて、遠く離れたかさ屋のお店の前へ、ドスン!「なになに、アワを刈ろうとして、飛ばされたって?」 話を聞いたかさ屋の主人も、気の毒に思って、「それでは、しばらくここで働いて、お金をかせいでいくがいい」「はい、よろしくお願いします」 こうして次の日から、ごんべえさんはお店の手伝いをして、せっせと働きました。 そんなある日、出来上がったかさを干そうとしていると、風がピューと吹いて来て、ごんベえさんはかさと一緒にまたまた空の上です。「なんだって、こう飛ばされてばかりいなけりゃならないんだ」 ブツブツ言いながら飛ばされていくうちに、屋根の様な所に足が着きました。「フー、やれやれ、助かった。誰かさんの家の上に降りたらしいぞ。・・・へぇ!?」 ところがそこは、なんとお寺の五重の塔のてっぺんだったのです。「たっ、助けてくれー!」 そこへ走って来たのが、四人のお坊さんです。 お坊さんは、持ってきたふとんを広げると、「おーい、大丈夫かー? ここへ飛び降りろー」「そんなこと言っても、こわいようー」「大丈夫、大丈夫。しっかり持っているから、はやく飛び降りろー」 こうなったら、仕方ありません。「よっ、ようし。飛び降りるぞ。それ、一、二の三!」 ヒューーーン、ドスン! ごんべえさんは見事、ふとんのまん中へ飛び降りました。 しかしそのひょうしに、ふとんを持っていたお坊さんたちの頭がぶつかり合って、お坊さんたちの目から火花が飛び出しました。 そしてその火花があたりへ飛んで、五重の塔が焼け、お寺が焼け、何もかもが残らず焼けてしまったということです。

416 カエルになったぼたもち むかしむかし、お百姓(ひゃくしょう)さんたちの食べ物は、とても貧しいものでした。 白いお米のご飯などは、めったに食べられず、いつもアワやヒエやイモを食べていました。 さて、ある村に、あまり仲のよくない嫁さんとおばあさんがいました。 二人は顔をあわせると、けんかばかりしています。 朝に起きた時も、「嫁のくせに、何て起きるのが遅いんじゃろう」「ふん。年寄りは用もないのに早起きして、困ったものじゃ」 そしてイモの入ったおかゆを食べる時も、「おらの方が、イモがすくねえぞ」「ちゃんと一緒の数を入れたさ。全く、おらより体が小さいくせにずうずうしい」と、いつも悪口の言い合いです。 そんなある日、急がしかった田植えがようやく終わりました。「なあ、毎日毎日、イモがゆばかりじゃったから、たまには、うめえもんが食いてえのう」 おばあさんがいうと、珍しく嫁さんも賛成しました。「そうだな。田植えも終わった事だし、今日は、ぼたもちでもつくるべか」「なに~っ、ぼ、た、も、ち、じゃと。それはいい。すぐつくるべえ」 いつもは悪口を言い合う二人ですが、今日は仲良しです。「それでな、ゆんべ夢の中で、ぼたもちを見たんじゃよ。そして食おうとすると、どんどん消えてしもうてな」「夢の中でまでぼたもちが出てくるとは、食い意地のはったばあさまじゃな。アハハハハハッ」「ところで、アズキはあるのけ?」 おばあさんが心配そうに聞くと、嫁さんは胸をドンと叩きます。「あるともさ。こんな時の為に、ちゃんとしまっておいたんじゃよ」「そうか。お前は大した嫁じゃ」 こうして二人は、仲良くぼたもちを作り始めました。 まず、米をたきます。 次に、アズキを煮ます。 そして、米をつきます。 最後に餅(もち)を丸めて、あんこをつけます。「出来たぞ。さあ、味見をするべえ」「ばあさん、一人で味見をするのはずるいぞ」「じゃあ、二人で一緒に味見をするか」 二人は笑い合いながら、声をそろえて言いました。「うめえ」「うめえ」 二人は夢中になって、ぼたもちを食べ始めました。「ばあさん、いくつ食った?」「おらは、五つ、・・・いや三つじゃ。おめえはいくつじゃ?」「おらは、六つ、・・・いや三つじゃ」 二人はまた、パクパク食べ始めました。「ふわっ、もう食えねえ。お腹がわれそうだ」 嫁さんは食べるだけ食べると、隣の部屋に行ってしまいました。 おばあさんが見ると、一つだけぼたもちが残っています。 おばあさんは、そのぼたもちをなべに隠しながらぼたもちに言いました。「ええか、ぼたもちよ。嫁の顔を見たら、カエルになるんだぞ」 こ

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の様子を、嫁さんはしょうじのすきまから見ていたのです。 次の日、嫁さんは朝早くに起きると、なべの中のぼたもちを食べてしまいました。「ああ、うまかった。さて、ぼたもちの代わりに、このカエルを入れておいてと」 嫁さんは、なべの中にカエルを入れて知らんぷりです。 さて、そうとは知らないばあさんは、嫁さんが田んぼに行ったすきになべのふたを開けました。 するとカエルが、ピョーンと飛び出しました。 おばあさんは、カエルにあわてて言いました。「これ、待て、ぼたもち。わしじゃ、嫁じゃないぞ。待て、待て」 しかしカエルは田んぼに逃げ込んで、どこかへ消えてしまいました。「わ~ん、おらのぼたもちが、泳いで行ってしもうただ~」

417 こわいみやげ むかしむかし、つる平(へい)さんという人が、お嫁さんの実家へ出かけました。 お嫁さんの実家の人は、みんな大喜びです。「よく来てくれたのう」「婿どのには、おいしい物をごちそうするからな」 お母さんは台所に行くと、何かを作り始めました。 すると台所へ、子どもたちが行きました。 お母さんは子どもたちを追い出そうと、子どもたちに言いました。「これこれ、近寄るんじゃないよ。今作っているのは、恐ろしい物だからね」「きゃーっ、恐ろしい物だって!」「逃げろ! 逃げろ!」 子どもたちは、あわてて逃げて行きました。 さて、これを聞いていたつる平さんも、なんだか恐ろしくなりました。(恐ろしい物とは、何だろう?) しばらくして、お母さんは作った物をつる平さんの前に運んできました。「さあ、おいしい物が出来ましたよ」 けれど、つる平さんは食べようとせず、真っ青な顔でブルブルと震えていました。「どうしました? たんと作ったから、どんどん食べてくださいよ」 そう言われても、恐ろしくて手が出せません。 出された物をチラリと見ると、まっ黒な気味の悪い物がたくさん並んでいます。「あの、その、・・・わしは、腹が、いっぱいで」「ああ、そうね。そんならお重に詰めてあげるから、おみやげに持って行きなされ」 お母さんはそう言って、怖い物を詰めたふろしき包みをつる平さんの首にゆわえてくれました。 怖いふろしき包みを首にゆわえたつる平さんは、生きた心地がしません。「もし、怖い物が食いついて来たら、どうしよう? でも、せっかくのもらい物を、捨てるわけにもいかんし。 ・・・あっ、良い物が落ちているぞ」 つる平さんは道に落ちていた長い木の棒を拾うと、ふろしき包みを棒の先の方にゆわえつけて、さわらない様にして歩いて行きました。「よし、これなら大丈夫」 安心して歩いて行くと、石につまずいて転びそうになりました。「あっ!」 そのひょうしに棒の先の包みが滑って、つる平さんの首にペタンとすいついてきました。「ひゃあっ、助けてくれえー!」 つる平さんはふろしき包みを投げ出して、家にかけ出しました。 家に逃げ込んだつる平さんは、大急ぎでお嫁さんに怖いおみやげの話をしました。 それを聞いたお嫁さんは、つる平さんに言いました。「まあまあ、それはきっと、おはぎですよ」「おはぎ?」「知りませんか? それなら一緒に拾いに行きましょう」 お嫁さんはそう言うと、つる平さんと一緒に、ふろしき包みを拾いに出かけました。 ふろしき包みは、すぐに見つかりました。 お嫁さんが包みを開くと、中からおはぎが出て来ました。「ほら、やっぱりおはぎですよ」 お嫁さんに言われて、つる平さんがそれを見てみると、おはぎのあんこのところがくずれて、中の白いごはんが見えていました。「あっ、やっぱり怖い物だ! 白い牙をむいてる!」 つる平さんはまっ青な顔をして、飛ぶ様に逃げてしまいました。

418 たわけ者と藪医者(やぶいしゃ) むかしむかし、あるところに、とても仲の悪い和尚と医者がいました。 ある日の事、和尚が法事に出かけると、二人の百姓がけんかをしていました。「これこれ、どうした? 何を争っておる」 和尚が訳を聞いてみると、二人は田んぼのさいか目の事で争っていたのでした。「そうか。それならば、わしが何とかしてやろう」  和尚は二人の言い分を聞くと、二人が納得する分け方をして二人を仲直りさせたのでした。 するとちょうどそこへ医者が通りかかり、この話を聞くと大笑いしました。「あはははは。和尚は『たわけ者』だからな。だから田を分けるのは、上手じゃろうて」「何! わしがたわけ者だと!」 腹の立った和尚は、何とか医者に仕返しをしてやろうと考えて、小僧に言いつけました。「急病だから、早く医者を呼んで来てくれ」 しばらくすると、小僧に話を聞いた医者が飛んで来ました。「どうした!? 誰が悪いんじゃ!」 すると和尚は、すませた顔で言いました。「おおっ、待っておったぞ。実はな、裏の竹藪が病気なんじゃ」「竹藪? わしは人を治す医者じゃ! 竹藪の病気など治せんわ!」 医者が文句を言うと、和尚はこの時とばかりに言いました。「人がお前さんの事を『藪医者』と言うとったから、きっと竹藪の病気も治せると思っとったわい。あはははは」 こうして和尚さんは、見事にさっきの仕返しをしたのです。

419 にせ本尊 むかしむかし、一休さん(いっきゅうさん)と言う、とんちで評判の小僧さんがいました。 一休さんが寺の小僧たちと掃除をしていると、近くの家のおかみさんがやって来て言いました。「小僧さんたち。ぼたもちつくったから、食ベておくれ」「こりゃ、うまそうだ」「いただきまーす」 小僧さんたちは、さっそくぼたもちにかぶりつきました。 すると、 ガチッ!と、固い音がしました。「なんだ?」 ぼたもちを見てみると、それは黒い石だったのです。「おばさん! これは石じゃないか!」 小僧たちが文句を言うと、おかみさんはドロンととんぼ返りをして、キツネの正体を現しました。「けけけ、おいらのぼたもちは、うまかったかあ?」「あっ! こいつはキツネだぞ! それ、つかまえろ!」 小僧たちはキツネを追いかけましたが、キ

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ツネは素早く身を隠してしまいました。「どこへ行ったのだろう?」「お寺からは、出ていないはずだけど」 その時、本堂から和尚(おしょう)さんの呼ぶ声が聞こえました。「大変だあ! みんな来てくれ!」 小僧たちが行ってみると、お堂には一体の仏さましかないはずなのに、そっくり同じ仏さまが二体並んで座っているのです。「これは、さっきのキツネが化けているな」 和尚さんと小僧たちが両方の仏さまを見比べましたが、キツネはとても上手に化けていて、どっちが本物で、どっちがキツネかさっぱり見分けがつきません。「和尚さん、こうなれば、棒で頭を叩きましょうか?」「いかん、本物を叩いたら大変じゃ」 すると、今まで黙っていた一休さんが言いました。「何を言っているのです。見分けるのは、簡単ではありませんか。何しろ本物の仏さまは、和尚さんがお経を読むと、いつも舌をペロリと出しますから」 そして一休さんは、和尚さんに目で合図を送りました。 それに気づいた和尚さんは、一休さんに合わせて言いました。「おお、そうじゃった、そうじゃった。一休よ、よく気が付いたな。・・・では、さっそくお経を読むから、どっちの仏さまが舌を出すか見ていてくれよ」 そう言って和尚さんがお経を読み始めると、一つの仏さまが長い舌をペロリと出しました。「それっ、舌をペロリと出したのがキツネだぞ!」 一休さんの合図に、小僧たちはキツネを捕まえると柱にしばり付けました。 さすがのキツネも、涙を流して謝りました。「助けて下さい。もう二度と、イタズラはしませんから」「本当に、二度としないな!」「はい、約束します」「よし、なら許してやろう」 こうしてキツネは許されると、二度とお寺には近づきませんでした。

420 病気のお見舞い むかしむかし、吉四六さんと言う、とてもゆかいな人がいました。 ある時、庄屋(しょうや)さんが風邪をひいてしまいました。「庄屋さんは口うるさいから、見舞い(みまい)に行っておかんと、後で何を言われるか分からんからな」 村人たちは次々と見舞いに出かけましたが、ひねくれ者の吉四六さんは、みんなが見舞いを終えた後に、一人で出かけました。「庄屋さん、お加減はいかがでしょうか?」「何じゃい、今頃。村の者がみんな早く見舞いに来てくれたというのに、お前は一体、今頃まで何をしておった? 何をさておいても見舞いに駆けつけるのが、礼儀というものではないか」 庄屋さんは、プリプリと文句を言いました。「いえ、実は、庄屋さんにもしもの事があってはいけないと、お医者さんを呼びに行ったのです。あいにく、お医者さんは出かけておりましたので、また帰りに寄って頼んできます」 すると庄屋さんは、たちまち機嫌を治して、「そうか、そうか。さすがは吉四六さんじゃ。よく気が利く。さっきは叱ったりして悪かったな。お医者さんには、もう大丈夫だからと言ってくれまいか」と、吉四六さんを、酒やごちそうでもてなしました。 ところが何日かすると、庄屋さんの風邪がぶり返したというので、村のみんながまた、ぞろぞろと見舞いに出かけました。 吉四六さんが一番最後に見舞いに行くと、庄屋さんは息もたえだえに、「ああ、よく来てくれた。今度も気を利かせて、お医者さまを呼んで来てくれたか?」と、吉四六さんの手を取りました。 ところが吉四六さんは、首を横に振って言いました。「いやいや。 どうも、今度ばかりは助かりそうもないと思って、お寺のお坊さんを呼びに行ったり、お葬式(そうしき)の棺(かん)おけやら、お通夜の後に出す料理の材料の手配をして来ました。 それですっかり、遅くなりました」 吉四六さんの、あまりの手回しの良さに、庄屋さんはカンカンに怒りました。「この馬鹿者! わしは、まだまだ死なんぞ! 気を利かすにも、ほどがあるわ!」 この怒った勢いで、庄屋さんの病気はすっかり治ってしまったそうです。

421 フクロウの染め物屋 むかしむかし、鳥のフクロウが染め物屋(そめものや)の店を始めました。「さあ、いらっしゃい、いらっしゃい。 フクロウの染め物屋は、何でも上手に染めますよ。 さあ、さあ、どなたでもいらっしゃい」 すると仲間の鳥たちが、珍しそうに集まって来ました。「染め物屋さんじゃ、わたしを黄緑に染めてくださいな」「わたしは、頭だけを赤く染めてね」「はい、はい、かしこまりました」 ウグイスは黄緑に、おしゃれなツルは頭の上を赤く染めてもらって上機嫌です。 そこへ、カラスがやって来て言いました。「よし、ぼくも染めてもらおうかな」「はい、カラスさん。お色は、何にいたしましょう?」「そうだねえ・・・」 カラスは少し考えると、いばって言いました。「ぼくは鳥の中で一番頭が良いから、誰が見ても一目で分かる素晴らしい色がいいな」「誰が見ても、一目で分かる色ですか。・・・はい、承知しました。さあ、どうぞこちらへ」 フクロウは大きなつぼの中へ、染め粉をといて入れました。「さあ、この中で行水(ぎょうすい)してください。誰が見ても一目で分かる、素晴らしい色になりますよ」 そこでカラスは、つぼの中にスッポリ入って尋ねました。「もう、染まったかい?」「はい。見事に染まりました。いや、これは素晴らしい色だ」 フクロウがほめるので、カラスはわくわくしながら自分の姿を小川にうつしてみました。 すると、どうでしよう。 カラスの体は、頭から尾の先まで全てまっ黒です。「何だ、これは!」 カラスはカンカンに怒って、フクロウに文句を言いました。「やいやい、これのどこが素晴らしい色なんだ!」「えっ? ご注文通り、素晴らしい色ではありませんか。これなら誰が見ても、一目であなたとわかりますよ」「確かに一目で分かるけど、まっ黒なんてひどいや! 何とかしろ!」 しかしカラスがいくら怒っても、一度染めた色はどうにもなりません。 その時からカラスの色は、まっ黒なのです。 そしてフクロウはカラスから逃げる様に森の中に隠れて、夜にしか出てこなくなりました。

422 ウマのふん

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 むかしむかし、吉四六さんと言う、とてもゆかいな人がいました。 この頃吉四六さんは、妙な事を始めました。 毎朝、ざるにウマのふんを入れて、川にさらして洗っているのです。 そして洗い流すと、ざるの中にいくらかのお金が入っているのです。「今朝も、もうかったわい」 吉四六さんは、ざるにお金を入れたまま、見せびらかす様に帰って行きました。 それを見ていた近所の人が、吉四六さんに尋ねました。「吉四六さん。そのお金、まさかウマのふんから出たのではないだろうな」「はい、確かにふんから出た物じゃ」「するとお前さんのウマは、お金のふんをするのかね?」「そうだが、それが何か?」 さあ、それを聞いた村の人たちは、みんな吉四六さんのウマが欲しくなりました。「吉四六さん。そのウマを売ってはくれんか?」「いや、売らんぞ。このまま持っていれば、金持ちになれるもんな」 売らないと言えば、よけいに欲しくなるものです。「五十両出すから、売ってくれ」「いや、おれは七十両だ」「わしなら、百両出すぞ」 でも、吉四六さんは、「そんな金、毎日ふんを洗っておれば、すぐに貯まるわい」と、ウマを売ろうとはしないのです。 そしてとうとう、噂を聞いた町一番のウマ買いがやって来ました。 すると吉四六さんは、「仕方ねえな。村の人ならともかく、わざわざ町から来たんじゃ断れねえ。ただし、毎日上等なえさをやってくれよ」と、とうとうウマを手放したのです。 ウマ買いは大金を置いて、喜んでウマを引いて行きました。 ところがウマ買いは毎日特別上等なえさをやって、大事大事にしているのですが、ウマはお金のふんを出さないのです。 最初の二、三日は、数枚のお金が出て来たのですが、それからはまるで出てきません。「吉四六め! だましやがったな!」 怒ったウマ買いは村にやって来ると、「やい、吉四六。あのウマは金を出さんぞ!」と、怒鳴り込みました。 すると吉四六さんは、「はて? そんなはずは。・・・えさが悪いんじゃないのか?」「何を言うか。ムギやらニンジンやら、毎日上等なえさをやって、大事にしているんだ!」「ムギやニンジンねえ。まあ、確かにそれも上等なえさだが。・・・で、そのえさには、お金は入っているかい?」「金?」「そうさ、どんなにいいえさでも、お金入りのえさほど上等じゃねえ。この世で一番上等なえさは、お金入りのえさだ。それさえやれば、ウマはお金の入ったふんをするよ」

423 みそのにおいむかし、あるところに、おばあさんがいました。 おばあさんは貯めたお金を泥棒に取られては大変と、みそがめの底に隠しておきました。 ところがある日、おばあさんがちょっと家を開けたすきに、みそがめの底のお金を全部盗まれてしまったのです。「どうか、泥棒を捕まえてください」 おばあさんは、町奉行(まちぶぎょう)の大岡越前守(おおおかえちぜんのかみ)に訴えました。「よしよし、任せておきなさい」 越前守(えちぜんのかみ)は、おばあさんの家の近くに住んでいる人たちを集めて、「この中に、泥棒がおる。 犯人はみそがめのお金を取る時、みそをかき回したはずじゃ。 みそに手を突っ込むと、半年は匂いがなくならん。 隠しても調べれば、すぐにわかるぞ」と、言いました。 すると後ろの方に座っていた男が、そっと手を出して匂いをかいでいます。 越前守の話しを聞いて、みその匂いがついているかどうか心配になったのでしょう。「その男を、ひっとらえよ」 越前守は、こうして犯人(はんにん)を捕まえ、盗まれたお金をおばあさんに返してあげたのです。「うむ、これにて、一件落着!」

424 ひげの長者 むかしむかし、吉四六さんと言う、とてもゆかいな人がいました。 吉四六さんの村には長兵衛さんという、仙人の様に長いあごひげを生やしたお金持ちの老人がいました。 そしてこの老人は、「おれのひげは、日本一だ!」と、いつも威張っているのです。 そして自慢のひげを褒める人がいれば、誰でも家に連れて来てごちそうをするのでした。 ある夜の事、吉四六さんが長兵衛さんの家に遊びに行ってみると、長兵衛さんは見知らぬ二人の旅人をもてなして、飲めや歌えの大騒ぎでした。「こんばんは、長兵衛さん。今日はご機嫌ですね」 吉四六さんが言うと、長兵衛さんはにこにこ顔で、「吉四六さん、喜んでくれ。 実はこの客人は、伊勢の国(いせのくに→三重県)のひげの長者のお使いだそうだ。 ひげの長者は、その名の通り大変長いひげを持っておられたが、一年前に亡くなられる時、遺言として、『これから日本一の長ひげの男を探し出して、その男に黄金千両をわたしてくれ』と、言ったそうじゃ。 それで、このお客さんたちは国々を探し歩いた末、やっとわしの日本一のひげを見つけて下されたのじゃ。 だからわしは、明日から客人と一緒に伊勢の国へ行って、黄金千両をもらってくるんだ」と、答えました。「へえ、まあ、それはおめでたい事で」 吉四六さんは適当に相づちを打って、自分もごちそうになりましたが、旅人が酔い潰れて寝てしまうと、長兵衛さんを別室に呼んで尋ねました。「長兵衛さん。お前さんは寝る時、ひげはふとんの外に出して眠りますか? それとも入れて眠りますか?」「おや? 吉四六さん、どうしてそんな事を聞くんだね?」「いや、実はさっき、かわや(→トイレの事)に行った時、客人が二人で話しているのを何気なく耳にしたが、これもやはり長者の遺言で、黄金を渡す前にひげの出し入れを聞いて、はっきり答えが出なければ黄金を渡さないらしいんだ。遺言だから長兵衛さんに言って聞かせるわけにもいかず、うまく答えてくれればいいと話し合っていたんだよ」「何だ、そんな事だったら、わけもなく答えられるよ。なにせ、自分のひげじゃないか」 長兵衛さんはそう言いましたが、いよいよふとんに入ってみると、今まで気にもしなかった事なので、いくら考えてもどっちかわかりません。 試しにひげをふとんの中に入れて眠ろうとすると、いつも出していた様な気がしますし、かといって出してみると、なんだか寒くて眠れません。「こりゃ、困ったぞ」 長兵衛さんがひげを入れたり出したりしているうちに、真夜中になってしまいました。 するとどこからともなく、ミシリ、ミシリという足音

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が聞こえてきます。「はて? 今頃、誰だろう?」 顔をあげてみると、しょうじに二つの怪しい影がうつりました。 後を付けてみると、その影は土蔵の前に忍び寄って、扉の錠を壊し始めました。 驚いた長兵衛さんは、大声で、「泥棒! 泥棒!」と、叫びました。 するとその声に家の人たちが目を覚まして騒ぎ出したので、泥棒はそのままどこかへ逃げてしまいました。 さて、夜が明けると、吉四六さんがにこにこしながらやって来ました。 そして、尋ねました。「長兵衛さん、ひげの事はわかったかね?」「ああ、吉四六さん。それどころか、あの客人は泥棒だったよ」「で、何か盗まれたかね?」「いや、昨夜はひげの出し入れが気になって、昨夜は眠れなかったんだ。 その為、早くに泥棒に気がついたから、何も盗まれなかったよ。 だが吉四六さん、あの泥棒は馬鹿な奴だな。 ひげの出し入れの事を言わなければ、わしはぐっすりと眠っていただろうに」 それを聞いた吉四六さんは、大笑いしました。「わっはははっ。 長兵衛さん、そのひげの出し入れは、実はおれの作り話なんだ。 あの二人があやしいと思ったので、お前さんが眠らないように、あんな事を言ったんだよ」「おや、そうだったのか。でも、どうしてあの客人が泥棒だという事に気がついたんだ?」「それはだな。お前さんのひげが、日本一でないからだ。お前さんよりも長いひげを持つ者は、町へ行けばいくらでもいるさ。何でも自分が一番だとうぬぼれると、今度の様に人から騙されるんだ」「・・・なるほど」 この事にこりた長兵衛さんは、もうひげの自慢をしなくなったそうです。

425 ネコの恩返し むかしむかし、ひどい貧乏寺(びんぼうでら)に、和尚(おしょう)さんが一人で住んでいました。 和尚さんは一匹の三毛ネコを自分の子どもの様に可愛がっていましたが、今ではそのネコもすっかり年寄りです。 ある日の事、和尚さんが村人の法事(ほうじ)に出かけて夜遅くに寺へ戻って来ると、寺の中で何やら騒がしい音がします。(はて、どうしたんだろう?) 不思議に思った和尚さんが、そっと中をのぞくと、和尚さんの三毛ネコが和尚さんの衣(ころも)を着て、楽しそうに踊っているではありませんか。 しかも三毛ネコのまわりにはたくさんのネコが集まって、三毛ネコと同じ様に首を振ったり手足を動かしています。(こりゃ、おどろいた!) 和尚さんは、しばらくネコの踊りを見ていましたが、(そう言えば、ネコを長い間飼っていると化けネコになるというな。うちの三毛ネコも長い間飼っているから、とうとう化けだしたか)と、怖くなって来ました。 そこで、わざと大きなせき払いをしてから、ゆっくりと戸を開けました。「三毛や、今、帰ったよ」 そのとたん、ネコたちはあわてて外へ飛び出し、和尚さんの飼っている三毛ネコもあわてて衣を脱ぐと、いつもの様に和尚さんのそばへ駆け寄って来て甘えました。「ニャーオ」「・・・三毛や。・・・いや、何でもない」 和尚さんは頭を振ると、さっさと奥の部屋に行ってしまいました。「・・・ニャーオ」 いつもとちがう和尚さんの態度に、三毛ネコはがっかりした様に鳴きました。 さて、その日の真夜中、和尚さんが寝ていると、誰かが耳元で和尚さんに声をかけました。「和尚さん、和尚さん」 和尚さんが目を開けると、まくら元に三毛ネコが座っています。「今、わしを呼んだのはお前か?」「はい、わたしです。実は和尚さんに、お話があります」 和尚さんはネコが口をきいたのでびっくりしましたが、それでも起き上がると三毛ネコの話に耳を傾けました。「わたしは長い間、和尚さんに可愛がってもらいました。 ご存じかもしれませんが、人間に長く飼われたネコは知恵と妖力がついて、化けネコになります。 わたしが化けネコになったのは、もう三年も前の事です。 出来れば化けネコになった事は隠して、このまま和尚さんと一緒に暮らしたかったのですが、正体を知られてはそれも出来ません。 わたしは今晩を最後に、ここを出て行きます」 それを聞いた和尚さんの目に、涙がこぼれました。 いくら化けネコでも、今まで自分の子どもの様に可愛がって来たネコです。「三毛や、この事は誰にも言わないから、どうかいつまでもここにいておくれ」「ありがとうございます。でも、別れなくてはなりません」 三毛ネコはていねいに頭をさげると、寺を出て行きました。 三毛ネコがいなくなると、和尚さんはさみしくて、何をする気にもなれません。 ただボンヤリと、一日を過ごす様になりました。 それから十日ばかりが過ぎた頃、村の長者(ちょうじゃ)が亡くなり、お葬式(そうしき)を出すことになりました。 ところがお葬式を始めようとすると大雨が降って来て、お葬式が出来ません。 仕方なく日を変えましたが、お葬式を始めようとすると、またまた嵐になるやら雷が鳴るやらで、お葬式が出来ません。 明日こそはと思っていたら、その日の夜からどしゃぶりの大雨です。「これ以上、お葬式をのばせないし、かといって、大雨ではお葬式が出来ないし」  家族や親戚たちは、ほとほと困ってしまいました。   その晩、和尚さんがいろりのそばにションボリ座っていると、あの三毛ネコが姿を現しました。「おう、三毛や。よく戻って来てくれた」 和尚さんが喜んで三毛ネコを抱きしめようとすると、三毛ネコが言いました。「和尚さん、しばらくです。 わたしが今夜来たのは、長い間可愛がってもらったお礼をしたいからです。 この間、長者が亡くなったのはご存じでしょう。 ところがいまだに、お葬式が出せなくて困っています。 そこで和尚さんが出かけて行って、『わしに葬式をさせてくれ。必ず雨を止ませるから』と言うのです」「でも、わしみたいな貧乏寺の和尚が行ってもな。それに、必ず雨を止ませる事なんて」「大丈夫。わたしに任せてください」 三毛ネコはそう言うと、どこかへ行ってしまいました。 次の日は、朝になっても大雨が続いていました。「さて、どうしたものか」 和尚さんは、長者の屋敷に行くのを迷いましたが、可愛がっていた三毛ネコの言葉を信じて出かけました。 長者の屋敷につくと、家族や親戚の人たちは、今日も葬式が出せないと言って困っています。 和尚さんは胸を張って、大きな声で言いました。「わしに葬式をさせてくれ! 必ず天気にしてみせるから!」 家族や親戚の人たちは、立派な坊さんが来ても葬式を出せないのに、こんな貧乏寺の和尚さんに何が出来るかと思いましたが、とにかく早く葬式を済ませたいので、「なら、やってみてく

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れ」と、言いました。「よし、それでは始めよう」 和尚さんは、お棺(かん)の前に座って、ゆっくりお経を読み始めました。 すると、どうでしょう。 さっきまでの大雨が突然止んで、たちまち太陽が顔をのぞかせたのです。 家族や親戚たちは大喜びです。 こうして長者のお葬式は、無事に終わることが出来ました。「和尚さま、ありがとうございました」 家族や親戚たちは、和尚さんにたっぷりとお礼をしました。 そしてこの話が遠くまで伝わり、大きな葬式には必ず和尚さんが呼ばれるようになりました。 おかげで、今にも潰れそうだった貧乏寺は、立派な寺へ建て直され、弟子や小僧もたくさん増えて、和尚さんは一生幸せに暮らしたという事です。

426 雨の夜のかさ豊臣秀吉の子どもの頃の話 むかし、農民から天下人へと大出世した豊臣秀吉が、まだ子どもの頃のお話です。 ある夏の夜、蜂須賀小六(はちすかころく)という侍が家来を連れて橋の上を通りかかると、むしろをかぶって寝ている子どもがいました。「邪魔だっ!」 小六が槍の先でむしろをはねのけようとすると、子どもはパッと飛び起きて、「人が気持ちよく寝ているのに、何をするんだ!」と、小六をにらみつけました。 その子どもはサルの様な顔をしていますが、なかなかに根性がありそうです。「ほう。いい目をしておる。おれは蜂須賀小六だ。お前の名は?」「おれは、日吉丸(ひよしまる)だ!」 小六はこの日吉丸という少年を気に入って、自分の屋敷に雑用係として連れ帰りました。 日吉丸はとても利口な子どもで、どんな事を命じても大人よりもうまく仕事をこなします。 すっかり感心した小六は、ある日、日吉丸に言いました。「お前は素晴らしく頭の良い奴だが、いくらお前でも床の間にある刀は取れまい」 小六が自慢の刀を指差すと、日吉丸はニッコリ笑って答えました。「取れます」「本当に、取れるか」「はい」「いつまでに?」「三日のうちに」「よし。本当に取れたら、この刀をお前にやろう」 さて、それから二日たちましたが、日吉丸はやって来ません。 三日目の夜、曇っていた空から雨が降り出しました。 小六が床の間の刀を見張りながら本を読んでいると、窓の外でパラパラと雨をうけるかさの音がしました。「小僧め、とうとうやって来たな」 小六は油断なく刀を見張りながら、窓の外の音に耳をすましていました。 それから何時間もたちましたが、かさを打つ雨の音はまだ続いています。(小僧、いつまでそうしているつもりだ?) イライラした小六は、窓際へ行くと障子を開けました。「小僧! そこにいるのはわかっているぞ。・・・おや?」 そこには石灯籠にかさがくくりつけてあるだけで、日吉丸の姿はどこにもありません。「しまった! やつの作戦か!」 小六は急いで座敷に戻りましたが、そこにはすでに日吉丸が立っていて、床の間の刀を持ってにっこり笑っています。 日吉丸は小六が庭に気をとられているすきに、反対側のふすまを開けて部屋に入って来たのです。「うーむ、お前の勝ちだ。約束通り、その刀はお前にやろう」「はい、ありがとうございます」 こうして日吉丸は頭の良さで難問を解決していき、どんどんと出世していったのです。

427 赤ん坊と泥棒(どろぼう) むかしむかし、泥棒(どろぼう)が、ある家の天井裏に忍び込みました。 下を見ると、お父さんとお母さんと赤ん坊が眠っています。 昼間の仕事の疲れからか、お父さんとお母さんは起きる気配がありません。「しめしめ、よく眠っているぞ」 泥棒が安心して下へ降りようとすると、まん中に寝ていた赤ん坊が、ぱっちりと目を開けました。「しまった」 泥棒は、あわてて天井裏へ戻りました。 すると赤ん坊が、今にも泣き出しそうな顔でこっちを見ています。「弱ったぞ。こんなところで泣かれては大変だ」 そこで泥棒は、ペロリと舌を出しました。 そのとたん、赤ん坊はにっこり笑いました。「よしよし、いい子だ」 次に泥棒は口をとがらせて、ひょっとこのお面みたいな顔をしました。 それを見て、赤ん坊はまた笑いました。「あははは。何て可愛い赤ん坊だ」 泥棒はこの赤ん坊がすっかり気に入って、手を動かしたり、おもしろい顔をして見せたりと、仕事も忘れて赤ん坊をあやしていました。「コケコッコー!」 そのうちに一番どりが鳴き出しました。 気がつくと、外はだいぶん明るくなっています。「しまった。夜が明けてしまった」 泥棒は赤ん坊に手を振ると、何にも取らずに逃げて行きました。

428 力太郎 むかしむかし、あるところに、お風呂に入った事のない、おじいさんとおばあさんがいました。 おじいさんとおばあさんには、子どもがいません。 ある日の事、おじいさんとおばあさんは、始めてお風呂に入りました。 すると、アカの出ること出ること。 あんまりたくさんのアカがたまったので、おばあさんはこれで赤ちゃんの人形を作りました。「ああ、この子が、本当の人間だったらいいのに」 おばあさんがそう言うと、不思議な事にアカで出来た人形が動き出して、人間の赤ちゃんになってしまったのです。「ありがたい、ありがたい。これは、神さまが授けてくださった子だ」 おじいさんとおばあさんは喜んで、この赤ちゃんを『力太郎』と名付けて大切に育てる事にしました。 さてこの力太郎、赤ちゃんなのに大変な大食らいで、ご飯を食べさせれば食ベた分だけ大きくなりました。 そして十五才の頃は、名前の様に村一番の力持ちに育ちました。 この頃、おじいさんおばあさんはとても年を取ってしまったのであまり働く事が出来ず、力太郎に腹一杯のご飯を食ベさせてやる事が出来なくなりました。「どうしたものか」 おじいさんとおばあさんが悩んでいると、力太郎が言いました。「おらは、旅に出る。 だから、百貫目(ひゃくかんめ→約375㎏)の鉄の棒をつくってくれ」 おじいさんが百貫の棒をつくってやると、力太郎はそれをブンブン振り回して旅に出ました。

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しばらく行くと、大男が岩をげんこつで砕いて人を集めています。「わはははははっ、おれは天下一の力持ちだ。どうだ、おれと力比べをする者はいないか」 それを聞いた力太郎は、岩割り男に力比ベを申し出ました。「おらの鉄棒を三回半振り回せたら、お前の子分になろう。どうだ?」「いいだろう。出来なければ、おれがお前の子分になってやる」 岩割り男は鼻で笑って鉄棒を手に取りましたが、力太郎の鉄棒はとても重くて、どんなに頑張っても一振り半しか回せません。 そこで石割り男は、力太郎の子分になりました。 二人が旅を続けていると、お堂を背中に背負っている男に出会いました。「おれは天下一の力持ちだ。おれと力比べをする者はいないか」 力太郎は、この男にも力比べを申し出ました。「おらの鉄棒を三回半振り回したら、お前の子分になるぞ」「はん。そんな事、たわいもないわ」 お堂を背負っている男は、鼻で笑って鉄棒を手に取りましたが、どんなに頑張っても、二振り半しか回せません。 そこでこの男も、力太郎の子分になりました。 三人がしばらく行くと、人影のない村で娘が一人で泣いていました。「どうした? 何かあったのか?」 力太郎が尋ねると、娘が泣きながら答えました。「実はこの村には、毎晩化け物がやって来て、村人を一人ずつ飲み込んでしまうのです。村のみんなは化け物に飲み込まれてしまい、残ったのはわたし一人なのです」「なんだ。化け物くらい、おらたちがやっつけてやる」 力太郎はそう言うと、娘にたくさんのおにぎりを作らせて、それをパクパクと食べながら化け物が現れるのを待ちました。 夜中になって現れたのは、家よりも大きなウシガエルです。「まずは、おれがやってやろう」 はじめに岩割り男が立ち向かいましたが、ウシガエルの化け物は大きな口を開けると、岩割り男をパクリと飲み込んでしまいました。「今度は、おれだ」 次にお堂男が飛び出しましたが、お堂男もパクリと飲み込まれてしまいました。「よし、最後はおらが相手だ! 百貫目の鉄棒を受けてみろ!」 力太郎は鉄棒をブンブンと振り回すと、ウシガエルの化け物の頭に鉄棒を振り下ろしました。 これにはさすがの化け物もたまらず、白目をむいてひっくり返りました。 力太郎はひっくり返った化け物の腹の上に飛び乗ると、腹をドンドンと踏みつけました。 すると化け物の口から、これまで飲んだ人たちが次々と飛び出してきたのです。 こうして化け物をやっつけた力太郎は娘を嫁にもらうと、おじいさんとおばあさんを山奥から呼び寄せて、村人たちがお礼にと運んで来るご飯をたらふく食べながら幸せに暮らしたということです。

429 ふたつのネズミ船 むかしの江戸の町は、『火事が名物』と言われるほど火事の多い町でした。 さて、ある年の冬に起きた火事は三日三晩も燃え続けて、江戸の町の三分の二が焼け野原になりました。 火事の後は食べる物がなくなってしまい、江戸の人たちはさらに苦しい暮らしが続きました。 そしてこの大火事で、江戸のネズミたちも困った事になりました。 何とお腹を空かせた人間たちが、ネズミを捕まえて食べ始めたのです。「このままじゃ、江戸中の仲間がいなくなってしまう」 江戸のネズミたちは相談して、江戸から引っ越しする事にしました。「さて、どこへ行こうか。どうせなら暖かくて、食べ物がいっぱいあるところがいいな」「それじゃ、九州がよいぞ。九州は暖かくて、米やイモがたくさんあると聞いたぞ」「決まりだ。みんなで九州へ行こう」 こうして何十万匹という江戸のネズミたちが船に乗って、九州へと旅立ちました。 さて、江戸を離れて、三日ほどたった夜明けの事です。 海の向こうから、一隻の船がやって来ました。 不思議な事にその船もネズミ船で、何十万匹というたくさんのネズミが乗っていました。「おーい、お前たちはどこのネズミだ?」 江戸のネズミが尋ねると、その船のネズミが答えました。「わしらは、九州のネズミでごわす。これから江戸へ行くところでごわす」「なんだと? そいつは無理無理、止めておけ」 江戸のネズミの親分は、九州のネズミに大火事の話をしました。「てなわけでよ、おらたちはこれから九州へ行って、暖かく幸せに暮らそうとと思うんだ」 すると、九州のネズミの親分が出て来て言いました。「なるほど、それでわかったでごわす。 実は江戸の大火事は九州にも伝わり、欲の深い人間たちが米を高く売ろうと、九州からどんどん運び出しておるんでごわすよ。 ネズミはその米を食うからと、見つけしだい殺されるでごわす。 だからみんなで相談して、米がたくさん集まる江戸に逃げようとしたんでごわすが、江戸がそんな様子じゃ、行っても仕方がないでごわすなあ」 そこで海の上で出会った江戸のネズミと九州のネズミたちは、あれこれと相談をしました。「江戸へ行けば、人間に捕まって食われる。 九州では、欲の深い人間たちに殺される。 これじゃ、どっちに行っても死ぬだけだ。 どうせ死ぬなら、みんなで海に飛び込んで死んでやろうじゃないか」 こうして、ふたつの船の何十万匹というネズミたちは、次々と海へ飛び込んで行ったそうです。

430 泥棒を治す、赤ひげ先生 むかしむかし、江戸の小石川(こいしかわ→東京都文京区)に小石川診療所というのがあって、赤ひげ先生という有名な名医がいました。 この赤ひげ先生はとても優しい人で、貧乏な人からはお金を受け取らず、また、他の医者が嫌がる様な病気の人でもこころよく診てくれるのです。 ですから多くの人が、「赤ひげ先生は、神さまみたいな先生だ」「赤ひげ先生こそ、まことの医者だ」と、赤ひげ先生を頼って来たのです。 ある晩の事、そんな赤ひげ先生の所へ、一人のおばあさんが杖をついてやって来ました。「先生、実はわしの息子に、とんでもない悪い癖がありまして、ほとほと弱っとります。 ひとつ先生のお力で、息子の悪い癖を治して下さい。 どうか、よく効く薬を作って下さい」「ん、その癖とは、どんな癖ですか?」 「それが、お恥しい話ですが、息子には泥棒の癖がありましてな。 そのうち、お役人さまに捕まって大変な目に会うのではないかと思うと、この先、安心して死ぬ事も出来ません。  先生、 どうか泥棒の治る良い薬をお願いします」「泥棒

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か、・・・確かにそれは、困った癖だな」 さすがの赤ひげ先生も、泥棒を治す薬は持っていません。(さて、どうしたものか) 赤ひげ先生は、自慢のあごひげをなでながら考えていましたが、やがて、「おお、そうだ。よし、そこでしばらく待っていなさい」と、すぐに薬研(やげん→薬草などをすりつぶして、粉薬を作る道具)で何やら粉薬をつくって、紙に包んで持って来ました。「おばあさん。 息子が泥棒に入りたくなったら、すぐにこの薬を飲ませなさい。 きっと、泥棒が出来なくなるはずだ。 それを何度か繰り返せば、そのうちに泥棒癖も治るだろう」「ありがたや、ありがたや」 おばあさんは赤ひげ先生に何度も頭を下げると、喜んで帰って行きました。 さて、この出来事を奥から見ていた赤ひげ先生の弟子たちは、感心した様子で尋ねました。「薬で、泥棒の癖まで治せるとは知りませんでした。 それで一体、どんな薬を処方されたのですか?」 すると、赤ひげ先生は、「ん、お前たちも良く知っている薬だぞ。 薬というものは患者の症状に合わせて、医者がそれに見合った薬を選ぶのじゃ。 お前も医者になったつもりで、わしがどんな薬を出したか考えてみなさい」と、言いました。 弟子たちは頭をひねって考えましたが、泥棒を治す薬なんて見当もつきません。「先生、降参です。 私たちでは、とても無理です。 是非、その薬の作り方をお教え下さい」 すると赤ひげ先生は、ひげをなでながら言いました。「わしは、肺臓(はいぞう)をかわかす薬を包んでやったんじゃ。 肺臓をかわかすと、咳(せき)が出るだろ。 咳がゴホゴホと出れば、泥棒どころではないからな。 あはははははは」 それを聞いた弟子たちは、やっぱり赤ひげ先生は日本一の名医だと思ったそうです。

501 花咲じいさんむかしむかし、あるところに、おじいさんとおばあさんが住んでいました。 二人は子どもがいなかったので、シロというイヌをとても可愛がっていました。 ある日、シロが畑でほえました。「ここほれワンワン、ここほれワンワン」「おや? ここをほれと言っているのか。よしよし、ほってやろう」 おじいさんがほってみると、「ややっ、これはすごい!」 なんと、地面の中から大判小判がザクザクと出てきたのです。 この話を聞いた、となりの欲張りじいさんが、「わしも、大判小判を手に入れる。おめえのシロを、わしに貸してくれや」 欲張りじいさんは、シロを無理矢理畑に連れて行きました。 そして、嫌がるシロがキャンキャンないたところをほってみると、くさいゴミがたくさん出てきました。「この役立たずのイヌめ!」 怒った欲張りじいさんは、なんと、シロを殴り殺してしまったのです。 シロを殺されたおじいさんとおばあさんは、なくなくシロを畑にうめてやると、棒(ぼう)を立ててお墓を作りました。 次の日、おじいさんとおばあさんがシロのお墓参りに畑へ行ってみると、シロのお墓の棒が一晩のうちに大木になっていたのです。 おじいさんとおばあさんは、その木で臼(うす)を作って、おもちをつきました。 すると不思議な事に、もちの中から宝物がたくさん出てきました。 それを聞いた、欲張りじいさんは、「わしも、もちをついて宝を手に入れる。おめえの臼を、わしに貸してくれや」と、臼を無理矢理借りると、自分の家でもちをついてみました。 しかし出てくるのは石ころばかりで、宝物は出てきません。「いまいましい臼め!」 怒った欲ばりじいさんは臼をオノでたたき割ると、焼いて灰にしてしまいました。 大切な臼を焼かれたおじいさんは、せめて灰だけでもと、臼を焼いた灰をザルに入れて持ち帰ろうとしました。 その時、灰が風に飛ばされて、枯れ木にフワリとかかりました。 すると、どうでしょう。 灰のかかった枯れ木に、満開の花が咲いたのです。 おじいさんは、うれしくなって。「枯れ木に花を咲かせましょう。パアーッ」と、言いながら次々に灰をまいて、枯れ木に美しい花を咲かせました。 ちょうどそこへ、お城のお殿さまが通りかかりました。「ほう、これは見事じゃ」 お殿さまはたいそう喜んで、おじいさんにたくさんのほうびをあげました。 それを見ていた欲張りじいさんが、「おい、わしも花を咲かせてほうびをもらう。その灰を、わしによこせ!」 無理矢理に灰を取り上げると、お殿さまに言いました。「殿さま、この灰はわしの物です。わしが枯れ木に花を咲かせますから、わしにもほうびを下さい。バァーッ!」 欲張りじいさんは殿さまの前でたくさん花を咲かせようと、灰をいっせいにまきました。 すると灰がお殿さまの目に入って、欲張りじいさんはお殿さまの家来にさんざん殴られたということです。

502 雷さまとクワの木 むかしむかし、お母さんとニ人暮らしの男の子がいました。 ある日、お母さんが男の子に言いました。「畑にナスを植えるから、町へ行ってナスのなえを買って来て」「はーい」 男の子は町へ行くと、一番値段の高いなえを一本だけ買って来ました。 それを見て、お母さんはがっかりです。「お前は何で、もっと安いなえをいっぱい買って来なかったの? 一本しかなかったら、育てても大した数にならないのに」「うーん、そうだったのか」 でも男の子は、心の中でこう思いました。(一本きりでも、この値段の高いなえなら、きっとたくさん実がつくはず) 確かにその通りで、ナスのなえは植えたとたんにグングンと伸びていったのです。「どうだい。やっぱり値段の高いなえは違うだろう? わあ! 話している間にも、雲を突き抜けたぞ」 ナスのくきは、雲を突き抜けても成長をやめません。 やがてナスは薄紫の花を咲かせると、それはそれは見事な実をいっぱい実らせたのです。 次の日の朝、男の子は家からはしごを持ち出しました。 それを見つけてお母さんが、あわてて言います。「こら、どこへ行くつもりだ? ナスを登るつもりなら、危ないからやめなさい」「危なくないさ。じゃあ、ちょっくら行ってくる」「だめ! やめなさい! 落ちたらどうするの? お父さんも、屋根から落ちて死んだのだから」「大丈夫、大丈夫」 男の子はそのまま、ナスの木を登っていきました。 さて、男の子がナスの木を登って雲の上に出ると、そこには立派なお屋敷がありました。 男の

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子がお屋敷の扉を開けてみると、中にはナスを持ったおじいさんがいました。「あっ! それは、おらのナスじゃないか?!」 男の子が叫ぶと、おじいさんが言いました。「ほう、このナスは、お前さんが植えたナスだったか。おかげで毎日、おいしくいただいていますよ」 おじいさんは男の子に礼を言うと、男の子をお屋敷の中に連れて行きました。 中には二人のきれいな娘がいて、男の子を一晩中、歌や踊りでもてなしてくれました。 次の朝、男の子が目を覚ますと誰もいません。「あれ? みんな、どこへ行ったのかな?」 男の子がつぶやくと、ふすまの向こうからおじいさんの声がしました。「起きたか。わしらは仕事に行ってくるから、留守番をしといてくれ」「仕事? 雲の上にも、仕事があるのか?」「もちろん。これで結構、忙しいのさ」「なら手伝うから、おいらも連れて行ってくれ」 男のはそう言いながら、ふすまを開けました。 そしておじいさんの姿を見てびっくり。「うわっ! 鬼だ、鬼だぁ!」 何とおじいさんは、頭に二本の角が生えた鬼だったのです。 その横には、二人の鬼の娘も立っています。 怖くなった男の子は、真っ青な顔で言いました。「おいらの肉はまずいぞ。だから食わないでくれ!」 それを聞いた鬼のおじいさんは、大笑いです。「ワッハハハハ。わしたちは、人間を食べる悪い鬼でねえ。わしらは雨を降らす鬼なんじゃ。ほれ、こんな具合にな」 そう言って鬼がたいこを鳴らすと、娘たちがひしゃくで雨を降らせました。「わかった、おじいさんは、かみなりさまだったのか」「そうじゃ、かみなりさまだ。だからこれから、雨を降らせに行くんじゃ」それを聞いて安心した男の子は、鬼に言いました。「それなら、おいらも一緒に行く」「よし、それならこの雲に乗りなさい」  鬼は足下の雲を大きくちぎると、二人の娘と一緒に男の子を乗せました。 みんなを乗せた雲はすーっと動くと、今から雨を降らせる場所まで移動しました。 雲の端から下をのぞいて、男の子が言いました。「あっ、ここはおいらの村だ!」 鬼は立ち上がって、たいこを鳴らしました。 娘の一人が、かがみで光を地上へてらしました。 このたいこの音とかがみの光が地上へ届いて、いなびかりとなりました。 もう一人の娘がひしゃくの水をまくと、それが地上へ届いて大雨となりました。 ちょうどその日は、村の夏祭りでした。 突然のいなびかりと大雨に、集まっていた村人たちはびっくりです。「うわあ! 夕立だあっ」 それを雲の上から見ていた男の子は、逃げる村人たちの様子が楽しくてたまりません。「ねえ、娘さん、おいらにも、雨のひしゃくを貸してくれ」 男の子はひしゃくを借りると、面白がって雲の上から雨を降らせました。 おかげで村は、滝の様な大雨です。「それっ、それっ。逃げろ逃げろ、早く逃げないと、もっと降らせるぞ」 男の子は調子に乗って、何度も何度もひしゃくの水をまきました。 そしてその時、男の子は足を滑らせて、雲の上から落ちてしまったのです。「うわっ、助けてくれ! まだ死にたくないようー!」 男の子は雨の中を落ちていき、下にあったクワ畑の中へ飛び込みました。 ドッシーーン! しかし何と、男の子は運良くクワの木に引っかかって、命だけは助かったのです。 これを見て、かみなりさまが言いました。「ああ、せっかく、わしの後をつがせようと思ったのに。地面に落ちてしまっては仕方がない」 でも、もっと残念がっていたのは、二人の娘たちでした。 二人とも、男の子のお嫁さんになりたいと思っていたからです。 それからというもの、クワの木のそばには、決してかみなりは落ちないと言われています。 なぜかと言うと、男の子を助けてくれたクワの木へ、かみなりさまが感謝しているからです。 だから今でも、クワの枝を家の軒下へぶら下げて、かみなりよけにしている家があるそうです。

503 地蔵の田植え むかしむかし、あるところに、とてもよく働く若者が住んでいました。 若者は田へ出かけるとき、いつも村はずれのお地蔵さまに手をあわせておがみました。「わたしや村人たちが元気でいられるのも、全てお地蔵さまのおかげです。ありがとうございます」 ある日、その若者が病気になりました。 今はちょうど田植えをする時期なので、病気だからといって休むことは出来ません。「困ったな。早く田植えをしないといけないのに」 若者は心の中で、お地蔵さまに頼みました。「お地蔵さま、病気を治してとください。わたしは、早く働きたいのです。働くことほど、気持ちのよいものはありませんから」 さて、その晩の事です。 村人が若者の田のそばを通ると、誰かが田の中で畑仕事をしていました。 村人が、「こんばんは」と、言うと、「はい、こんばんは」と、その誰かが答えました。 その人は、次の日も若者の田に入って働いていました。 別の村人がその人に、「こんにちは」と、言うと「はい、こんにちは」と、答えました。 その知らない人はとても仕事が早くて、一晩と一日で若者の田の田植えを終わらせたのです。 それを見て、村人たちはうわさしました。「不思議な人だ。どこの誰だろう」 そのうわさが、殿さまの耳に入りました。 殿さまは、その知らない人をお城に呼びました。「お前は、病気の若者の田植えをしてやったそうだな。困っている人を助けるのはよい事だ。ほうびに、酒を飲ませよう」 殿さまはそう言って、お酒を進めました。「ありがとうございます」 知らない人は、おいしそうにお酒を飲みました。「さあ、もっと飲め」 殿さまが進めると、知らない人は顔を真っ赤にして手を振りました。「もう飲めません。これで帰ります」「まてまて」 殿さまは呼び止めると、さかずきを差し出しました。「このさかずきをお前にやろう。酒を飲みたくなったら、遠慮なくここへまいれ」「はい、ありがとうございます」 知らない人はさかずきを頭に乗せると、フラフラしながら帰っていきました。 この話を聞いた病気の若者は、首をひねって考えました。「家の田植えをしてくれた人って、誰だろう?」 いくら考えても、思い当たる人がいません。「まあ、誰だか知らないが、ありがたいことだ。これも、お地蔵さまのおかげに違いない。お礼に行ってこよう」 若者は起き上がると、お地蔵さまのところへ行きました。「お地蔵さま、お久しぶりです。・・・あっ!」 若者は、お地蔵さまを見てびっくり。 なんとお地蔵さまの頭の上に、さかずきが乗っているではありませんか。 そればかりではなく、お地

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蔵さまの足には、田んぼの泥がこびりついていたのです。 若者は、ようやく知らない人の正体に気づきました。「お地蔵さま、田植えをしてくださったのは、あなたでしたか。 このさかずきは、殿さまからいただいたさかずきで、足の泥は田の土でございましょう。 おかげさまで、今年もお米がとれます。 ありがとうございました」 若者はお地蔵さまの足をきれいにすると、お礼にお酒をお供えしました。

504 田植え地蔵 むかしむかし、あるところに、働き者のおじいさんとおばあさんが住んでいました。 二人は毎日、仲良く山の田んぼに出かけます。 その途中の道ばたに、小さなお地蔵さまありました。 おじいさんとおばあさんは、毎日そのお地蔵さまに手を合わせます。「今日も元気で、働けます様に」 やがて春が過ぎて、田植えの時期が来ました。「さあ、頑張って田植えをせなゃ」 けれども年老いた二人では、なかなか田植えがはかどりません。 するとそこへ、坊主頭の元気な男の子がやって来ました。「なあ、おいらが手伝ってやろうか?」「それはありがたい。それじゃあ、頼んでもいいかな」「まかせとけ」   男の子は田植えがとても上手で、見る見るうちに苗を植えていきます。「はあ、若いのに、大したものじゃ」 おじいさんとおばあさんは、ただ見とれるばかり。 そして三日はかかる田植えが、昼前には終わってしまったのです。「じゃあ、田植えが終わったから、おいらは帰るな」 男の子はそう言うと、大急ぎで山を下りて行きました。「ああ、ちょっと待ちなさい。まだ礼もしとらんのに」 おじいさんとおばあさんは男の子の後を追いかけましたが、いつものお地蔵さまのところで男の子を見失ってしまいました。 おじいさんは、お地蔵さまに尋ねました。「あの、お地蔵さま、ここに男の子は通らなかったかのう。・・・おや?」 おじいさんがお地蔵さまの足元を見てみると、田んぼの泥がベッタリとついています。 そして顔をよく見てみると、何とお地蔵さまの顔は、さっきの男の子にそっくりではありませんか。「おおっ、わしらの田植えを手伝ってくれたのは、お地蔵さまでしたか。ありがたい、ありがたい」 それからおじいさんとおばあさんは今まで以上に心を込めて、毎日毎日おじぞうさまに手を合わせました。

505 茶・栗・柿(ちゃくりかき)むかしむかし、吉四六さんと言う、とてもゆかいな人がいました。 ある日の事、吉四六さんは、お茶と柿と栗(くり)の実をかごに入れると肩に背負って、「さあ、これを売りに行くか」と、町へ出かけて行きました。「さて、茶と柿と栗の実を、どう言って売り歩けばいいかなあ?」 すこし考えた吉四六さんは、大きな声で、「ちゃくりかき、ちゃくりかき!」と、怒鳴って歩いて行きました。 ところがいくら歩いても、ちっとも売れません。 とうとうタ方になってしまい、吉四六さんは一つも売れないかごを背負ってトボトボと家へ帰って来ました。 するとそれを見た、近所の人が尋ねました。「おや? 景気の悪い顔をしているね。かごの物は売れなかったのかい?」「ああ、ちっとも売れなかった」「そうかい。そいつは気の毒にな。して吉四六さん、いったいどう言って売り歩いたんだね?」「ああ、『ちゃくりかき、ちゃくりかき』と、大声で怒鳴ったんだ」「『ちゃくりかき?』アハハハハハッ。そんな訳の分からない売り声では、誰も買わないのが当たり前だ」「じゃあ、どういう売り声ならよいのだ?」「『ちゃくりかき』と、一口に言ってしまっては駄目だ。茶は茶、栗は栗、柿は柿と、別々に言わないと、聞いた方は何を売っているのか分からないよ」「そうか、なるほど。じゃあ明日はそう言って売る事にしよう」 吉四六さんは、大きく頷きました。 さて次の日、吉四六さんはまたかごをかついで元気よく出かけました。、「よし、今日は、うまくやるぞ」 そして、町へやって来ると、「昨日の様に、ちゃくりかきは駄目なんだな。みんな別々に言うんだな」と、大きな声で、「えー、茶は茶で別々。栗は栗で別々。柿は柿で別々」と、怒鳴り続けましたが、やはり誰も買ってくれる人はいません。 がっかりした吉四六さんは、「やれやれ、今日も、ちっとも売れないや」と、重いかごを背負って、家へ帰って来ました。 近所の人がそれを見て、「あれ、また売れなかったんだね。今日は一体、どんな売り方をして歩いたんだい?」「うん、昨日教わった通りに、別々に言ったよ。『茶は茶で別々。栗は栗で別々。柿は柿で別々』と、そう言って歩いたんだ」「何てまあ、あきれた呼び方だ。それじゃあ、三つも売れないのが当たり前だ」 そう言って、大笑いしたそうです。

506 米の飯 むかしむかし、吉四六さんと言う、とてもゆかいな人がいました。 むかしは生活が貧しかったので、お米の飯などはあまり食べられません。 お祭りとか、お祝い事でもなければ、お米を炊かなかったのです。 それほどお米は大切な物で、そしておいしい物でした。 さて、今の時期は畑仕事も中休みで、吉四六さんは暇でした。 でも、何もしないでいても、お腹は空きます。 そしてどういうわけか、その日はやたらとお米の飯が食べたくなりました。 そこで吉四六さんは、考えました。「何かがなければ、かみさんはお米を出してくれないだろう。何とかして米の飯を食う方法は、ねえかな? ・・・そうだ!」 次の朝早く起き出した吉四六さんは、外へ出て空を見上げました。 どんよりした天気で、今にも雨が降りそうです。 吉四六さんは一人で頷くと、急に大きな声で言いました。「おお! そうかあ! わかったぞお!」 まるで、誰かに答える様な声です。「それは、大変だなあ! 橋をかけるのか! よし、行くぞお!」 それから、家の中のおかみさんにむかって言いました。「おい、今日は代官さまの言いつけで、橋をかけに行かねばならぬ。きつい仕事で、腹が減っては働けんから、米の飯を炊いて弁当を作ってくれや」 その頃は畑仕事がひまになると、よ

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く村の仕事に駆り出されたのです。 そしてそんな時に粗末な弁当では恥をかくので、みんなは見栄を張って大切なお米を炊いたのです。 ようやく弁当が出来る頃になって、吉四六さんはふいに外へ出て行きました。「何々? また、呼んでるな」 実は誰も呼んでいないのですが、吉四六さんが外に出る見ると吉四六さんの予想通り、ポツポツと雨が降って来ました。 吉四六さんはニンマリ笑うと、小さな声で人の声を真似て言いました。「おーい、吉四六さんよーぉ。雨が降って来たから、橋かけは止めじゃあー」 それから、わざと大声で、「そうか、分かったぞぉー!」と、答えると、家の中にいるおかみさんに言いました。「聞いたか? 今日の仕事は止めじゃ。仕方ねえから、炊けた米の飯を食おうや」 そして吉四六さんは、おいしそうにお米の飯をほおばりました。

507 黒いつばきの花むかしむかし、吉四六さんと言う、とてもゆかいな人がいました。 さて、国のお殿さまが吉四六さんのうわさを聞いて、家来たちに言いました。「いくらとんちの名人でも、わしをだます事は出来まい。さっそく、連れてまいれ」 そこで家来が、吉四六さんを連れて来ました。 吉四六さんが殿さまの前に行くと、殿さまは後ろにある刀を指差して言いました。「お前はとんちの名人だそうだが、わしをうまくだませたらこの刀をやろう。だが失敗したら、お前の首をもらうぞ」 それを聞いて、吉四六さんはびっくりです。「と、とんでもない。殿さまをだますなんて。どうか、お許し下さい」 吉四六さんは泣きそうな声であやまりましたが、でも殿さまは承知しません。 そこで吉四六さんは、殿さまに言いました。「わたしには、殿さまをだます事は出来ません。いさぎよく首を切られましょう。だけど首を切られる前に、一つだけお願いがあります」「わかった。言ってみろ」「実は今朝、わたしの家の庭にまっ黒なつばきの花が咲きました。わたしがこんな事になったのも、縁起の悪い花が咲いたからです。せめてこの花を叩き切ってから、首を切られたいと思います」「何? まっ黒なつばきの花だと。そんな花が、咲くはずがない。わしをだまそうたって、そうはいかないぞ」「いいえ、本当です。うそだとおっしゃるなら、取ってきましょうか?」「よし、すぐに取って来い」 そこで吉四六さんは、急いで家に帰って行きました。 でも黒いつばきの花なんか、どこにも咲いていません。 吉四六さんは、そのまま殿さまのところへ戻って、「すみません。とても硬い木で、のこぎりやオノでは切れません。どうか、その刀を貸して下さい」と、言いました。 すると殿さまは、イライラして、「よし、貸してやろう。その代わりにすぐ切り取って来ないと、首をはねるぞ!」 さて、刀を貸してもらった吉四六さんは大喜びで帰って行き、それっきり殿さまの所へは戻ってはきませんでした。 次の日、殿さまが怒って家来を吉四六さんの家に行かせると、吉四六さんはすました顔で言いました。「黒いつばきの花なんて、咲くわけないでしょう。約束通り、お殿さまをだまして刀を頂きましたよ」 それを聞いた殿さまは、「しまった。見事にやられたわ」と、 怒るにも怒れず、とてもくやしがったそうです。

508 牛池 むかしむかし、ある山の中に、美しい水をたたえた深い池がありました。 その池からさほど遠くない小さな山里に、欲の深いおばあさんと心やさしい娘が住んでいました。 娘が家の窓から顔をのぞかせると、外は白い雪が降り続いていました。「ああ、烏や牛に生まれた方が、どれほどよかったか」 娘はそう言って、小さなため息をつきました。「こらっ、また機(はた)をさぼっておるな! この役立たずが!」 おばあさんが恐ろしい声でそう言うと、娘の顔をぴしゃりと叩きました。 この娘は、毎日毎日休むことなく機をおらされているのでした。「早く機おりをせんか! よその娘は一冬に四反もおりあげるというのに、このグズ娘がっ!」 おばあさんが部屋を出て行くと、娘はそっと涙を流しました。「四反なんて、どう頑張ってもおれるわけねえ。でも、少しでもおらないと、ご飯を食べさせてもらえないし」 娘は寒さにふるえながら、また機おりを始めました。♪わたしの機は、誰が着る?♪おしろい塗って、紅をさし♪かんざしつけた娘かな?♪どんな娘か、見てみたいな 娘が悲しく歌いながら機をおっている隣の部屋では、おばあさんが反物を売って何を買おうかと考えていました。 こうしているうちに、春が来ました。 家から一歩も出してもらえない娘も、春が来るとうれしいものです。 そんなある日、一羽の白い小鳥が舞い込んできました。「ああ、きれいな小鳥」  娘は小鳥に見とれて、思わず機をおる手足の調子を乱して機の縦糸をバッサリ切ってしまいました。「あっ!」  その縦糸が切れた音に気づいたおばあさんは、部屋に飛び込んで来ると狂った様に叫びました。「このグズ娘がっ! 早くなおせ! なおらんうちは、一粒の飯も食わさんからな!」 その真夜中、ようやく縦糸をなおした娘は、眠っているおばあさんに気づかれないように家を抜け出しました。 娘が家の外に出たのは、何年ぶりでしょう。「娘は夜空に浮かぶ月を見上げると、つぶやきました。「きれい。外はこんなにきれいだったの? でもわたしは、いつも家の中。・・・どこかへ行きたい」 娘は悲しくなって、そのまま泣き崩れてしまいました。 その時ふと、何かが娘のそばに近寄って来ました。(おばあさん?!) 娘がびっくりして顔を上げると、そこにいたのはおばあさんではなく、おばあさんが飼っている牛でした。 牛はやさしい目で娘を見つめると、自分の背中に乗るように合図をしました。「まあ、あなた、わたしをどこかへ連れて行ってくれるの? お願い、どこでもいいから連れて行って」 娘の言葉がわかったのか、娘を背中に乗せた牛は、月光の中をゆっくりゆっくりと歩き出し、そのままどこかへ行ってしまいました。 その後、山の池は牛池という名がつけられました。 不思議な事に牛池では月の明るい晩になると、『トンカラリ、トンカラリ』と、機をおる音が聞こえてくるということです。

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509 惚れ薬 むかしむかし、ある村に、田吾作(たごさく)という男がいました。 田吾作は働くのが大嫌いで、いつもいつも、(ああっ、遊んでいても、米に囲まれるような暮らしがしたいなあ)と、思っていました。 ある日の事、田吾作が川のほとりを歩いていると、一匹のイモリが飛び出して来ました。(イモリか。・・・しめた。こいつで人が好きになる薬を作ってやろう) 田吾作はイモリを捕まえて家に持って帰ると、さっそく黒焼きにして粉薬にしました。 むかしから、イモリの黒焼きを人にふりかけると、ふりかけられた相手はふりかけた人を好きになると言われています。(さて、誰にふりかけてやるかな) 田吾作は粉薬を紙に包んでふところに入れると、にこにこしながら出かけて行きました。(どうせなら、金持ちの娘さんだな。金持ちの娘さんがおらの嫁さんになれば、毎日遊んでいても飯が腹一杯食えるに違いない。うっししししし) 田吾作がそう考えながら大きなお米屋さんの前まできた時、中から美しい娘さんが出て来ました。(あれは、この家の娘だな。よしよし、この米屋の娘と一緒になってやろう。そうすれば、一生米には困らないぞ) 田吾作はふところから粉薬を取り出すと、おもてに積んである米だわらの後ろに隠れました。 そんな事とは知らない米屋の娘さんが、田吾作の前にやって来ました。「それ、今だ!」 田吾作は、粉薬を娘さんにふりかけようとしましたが、「きゃあー!」と、娘さんがびっくりして後ろへ飛び退いたため、粉薬は娘さんにかからないで米だわらにかかってしまったのです。(しまった!) そのとたん、米だわらの一つがごろんと転がり、田吾作の方に近づきました。 するとほかの米だわらもごろんごろんと転がり、田吾作を追いかけます。 重たい米だわらにくっつかれたら、田吾作は押しつぶされてしまいます。「た、助けてくれえー! 米だわらに惚れられたー!」 田吾作が走って逃げますが、米だわらも負けじと転がって追いかけます。 それを見ていた人たちは、大笑いです。「見てみろ、あのなまけ者が米だわらに追っかけられているぞ」「米だわらに追いかけられるとは、幸せ者だな」 田吾作は走って走って、走り続けました。 そしてやっと自分の家に飛び込み、おもての戸を閉めました。 そのとたん、 ドッシーン!と、おもての戸をつきやぶって、米だわらが家に飛び込んできたのです。(ああ、もうだめだ) 田吾作は米だわらに押しつぶされて、そのまま動かなくなってしまいました。

510 あまのじゃく比べ むかしむかし、彦一(ひこいち)と言う、とてもかしこい子どもがいました。 彦一の村には、金作(きんさく)という、とてもつむじ曲がりのおじいさんが住んでいます。 この金昨は、人が山と言えば川と言うし、右と言えば左と言うような人です。 そんな金作にすっかり困り果てた村人たちが、彦一のところにやって来ました。「のう、彦一。お前さんのちえで、金作じいさんのつむじ曲がりを治してくれないか」「わかった。おらにまかせておくれ」 次の日、彦一は金作じいさんのところへやって来て言いました。「金作じいさん。いい天気だね」「おう彦一か。なにが、いい天気なもんか。こんなに日が照っていては道が乾いて、ほこりがたってしょうがないわい。どうせなら、雨でも降ればいいんだ」「おやおや、さすがは有名なあまのじゃく」 彦一は首をすくめると、金作じいさんに言いました。「ねえ、じいさん。明日からおれと、あまのじゃく比べをしようじゃないか」「なに、あまのじゃく比べだと」「そうだよ。お互いに何を言っても『うん』って返事をしないで、反対の事を言うのさ。じいさん、得意だろ?」「アハハハハハッ。とんち小僧が何を考えているのかは知らんが、わしは子どもの頃からのあまのじゃくじゃ。あまのじゃく比べで、わしにかなうわけがなかろう」「さあ、それはどうかな? とにかく、明日からあまのじゃく比べをしよう」「ようし。受けて立とう。その代わりわしに負けたら、二度ととんち小僧なんて言わせんぞ」「いいとも」 さて、次の朝、金作じいさんは川へ魚釣りに行きました。 そしてすぐに、カゴに一杯の魚が釣れました。「さあ、ずいぶん釣れたぞ。さて、帰るとしようか」 金作じいさんが帰ろうとすると、そこへ彦一がやって来て尋ねました。「やあ、じいさん、魚釣りかい?」 ここで 『うん』と答えたら、あまのじゃく比べに負けてしまいます。 そこで金作じいさんは、「なあに。魚を捨てに来たのさ」と、答えて、魚の入ったカゴをポンと投げ捨てました。 すると彦一は、ニッコリ笑って、「もったいないな。捨てた魚なら、おらが拾っていこう」と、魚のカゴをかついで、さっさと行ってしまいました。「彦一め! よくもやったな!」 金作じいさんは、地面を蹴って悔しがりました。 次の日、金作じいさんは彦一が田んぼで稲刈りをしているのを見つけました。「しめたぞ。あの稲を取り上げてやろう」 金作じいさんは、彦一のところへやって来て、「おう、彦一。稲刈りか?」と、声をかけました。 彦一も、ここで『うん』と言ったら負けになるので、「いいや、稲捨てだよ」と、答えました。 それを聞いた金作じいさんは、うれしそうに笑うと、「捨てた稲なら、わしが拾っていこう」と、彦一が刈った稲をみんなかついで、村の方へ持って行きました。 すると彦一は、平気な顔で金作じいさんのあとについて歩きます。 そして自分の家の前まで来ると、「じいさん。おらの田んぼに稲を拾いに行ったのかい?」と、尋ねました。 金作じいさんは、「いいや。稲刈りに行ったのさ」と、答えました。 それを聞いた彦一は、にっこり笑うと、「アハハハハハッ。借りた物なら、返しておくれよ」と、言って、金作じいさんが運んできた稲をみんな取り返してしまいました。 これでは、金作じいさんは彦一の稲を田んぼから家まで運んでやったようなものです。 さすがの金作じいさんも、これにはすっかりまいってしまいました。「いやいや、お前は大したとんち小僧だ。この勝負は、わしの負けだ。もうこれからは、あまのじゃくは言わない事にするよ」 その日から金作じいさんは、とても素直なおじいさんになったということです。

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511 ホラふき和尚 むかしむかし、あるお寺に、村人たちから『ホラふき和尚』と呼ばれているお坊さんがいました。 この和尚さん、あんまりホラばかりふいているので、村人たちは和尚さんの言う事を全く信用していません。 ある日の事、和尚さんは村人たちをおどろかせてやろうと思い、お寺の門前にある大きな池のほとりに、こっそりとこんな立て札をたてました。《明日のお昼、この池から竜が天に登るであろう。池の主の竜より》 さあ、この立て札を見た村人たちはびっくりです。 むかしからこの池には竜が住んでいると言われているので、みんなはこの立て札を信じました。 ですから次の日の朝には、池のまわりは黒山の人だかりです。 それを見て、和尚さんはうれしそうに笑いました。「あっはははは。村の者たちめ、わしのいたずらに、まんまとひっかかったわい。さて、お昼になったら出ていって、わしの仕業だと話してやろう。みんなのあきれた顔が、見ものじゃわい」 やがて、お昼が近づいてきました。「よし、そろそろ行くとするか」 和尚さんが出かけようとすると、空がにわかに曇って暗くなってきました。 そして目の前の池から、なんと本物の竜が姿を現して、銀色のうろこを光らせながら黒い雲の中へ消えていったのです。 村人たちは驚きましたが、もっと驚いたのはいたずらをした和尚さんです。「なっ、なんと! まさか本当に竜がいるとは・・・」 しばらく呆然としていた和尚さんですが、すぐに村人たちの前に駆け出すと大声で言いました。「おーい、よく聞け! あの立て札はな、実はわしが立てたんじゃ。わしが立てたおかげで、竜が現れたんじゃ!」 けれども、村人たちは、「ほれ、またいつもの和尚のホラが始まった。竜が現れたのを、自分の手柄にしよるぞ」「ほんに、しようのない和尚じゃ」と、誰も信じなかったという事です。

512 まだわからん むかしむかし、何日も何日も日照りの続いた年がありました。「せっかく蕎麦(そば)をまいたばかりなのに、このままでは蕎麦が全滅してしまうぞ」 お百姓はそう言いましたが、何日かたって孫が畑へ行ってみると、少しも雨が降っていないのに蕎麦が青々と生えていたのです。「じいちゃん! じいちゃん! 蕎麦が生えているぞ!」 それを聞いたお百姓も、大喜びです。「そうか、そうか。蕎麦は少々の日照りでも生えると言うが、今年の様なひどい日照り続きでも生えてきたか。だが、蕎麦の花が咲いて、蕎麦の実を実らせるまでは安心は出来んぞ」 するとそれから何日かたって孫が畑へ行ったら、蕎麦が大きくなって花を咲かせていたのです。「じいちゃん! じいちゃん! 畑一面に蕎麦の花がまっ白に咲いているぞ。これで蕎麦が食えるな」「いいや、まだまだ。ちゃんと実るまではわからんて」 それからまた何日かたって、再び畑へ行った孫が言いました。「じいちゃん! じいちゃん! 蕎麦に、まっ黒い三角の実がいっぱい実っているぞ。これで間違いなしに、蕎麦は食えるな」 しかしお百姓は、首を横に振って、「いいや、物事は最後の最後までわからんぞ」と、言うので、孫はお百姓をせかして言いました。「それじゃあ、今から蕎麦刈りをしよう」 そこで二人は蕎麦を刈って、刈った蕎麦を干して、それから家へ持って帰って叩いて蕎麦の実を取り出しました。「じいちゃん! じいちゃん! これでもう蕎麦が食えるな」 孫がそう言いましたが、お百姓はやはり首を横に振って、「いいや、まだわからんぞ」と、言うのです。 そこで孫は蕎麦を臼(うす)にかけて粉をひいて、その粉に少しずつ水を入れてこねると板状にして包丁で細長く切りました。 そして熱々お湯で蒸すと、いよいよ蕎麦の完成です。 すると孫が、お百姓にニンマリと笑って、「じいちゃん! じいちゃん! これでいよいよ蕎麦が食えるな。なんぼ、じいちゃんでも、ここまでくれば、『いいや、まだわからんぞ』とは、言わんだろう」と、言いました。 ところがお百姓さんは、「いいや、まだわからんぞ。口に入るまではな」と、言うのです。 すると孫は、ケラケラと笑って、「いくら何でも、そこまで心配する事は」と、その蕎麦をそばつゆにもつけずに、口の中にかきこもうとしましたが、「あっ!」と、孫はうっかり手を滑らせて、蕎麦をざるごと目の前の囲炉裏の灰にぶちまけてしまったのです。 するとお百姓さんは、「それ見ろ、だからわしは、物事は最後の最後までわからんと言っただろう」と、笑いながら言って、はんべそをかく孫に自分の分の蕎麦を食べさせてやったと言うことです。

513 地獄の暴れ者むかしむかし、ある町に一人の医者がおりましたが、人の病を治すどころか、自分が病にかかって死んでしまいました。 死んだ人は三途(さんず)の川を渡り、あの世へ行くのですが、良い行いをした人は極楽(ごくらく→天国)に、悪い行いをした人は地獄(じごく)に行くのです。 そして極楽行きか、地獄行きかは、えんま大王が決めるのでした。 医者は、えんま大王に言いました。「大王さま、わたくしめは医者でございます。生前(せいぜん→生きているとき)は、人々のお役にたったのでございます。どうぞ、極楽へやってくださいませ」「こら! うそつきめ。お前はにせ医者で、悪どくもうけおったではないか」「そんな、めっそうもない」「だまれ! わしに口答えする気か。お前は地獄行きじゃ!」 医者は鬼につまみあげられ、ポイッと放り投げられてしまいました。「ヒャァーーッ!」 落ちたところは、地獄へと続く道でした。 医者は覚悟を決めると、かたわらの石に腰をおろしました。「どうせ地獄行きじゃあ。だれか、道づれが来るのを待とう」 さて、次にえんま大王のところへ来たのは、山ぶしでした。 山ぶしは、えんま大王の前に進み出て。「せっしゃは、人助けの山ぶしというて、世間のわざわいをとりのぞきもうした。間違いなく極楽行きでしょうな」「うそをつくでない! お前は神仏のたたりじゃというて、なんでもない人々から金をまきあげたじゃろ!」「と、とんでもない」「お前は、地獄行きじゃあ!」 山ぶしも、ポイッと放り投げられました。 地獄への

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道では、医者が待っていました。「やあ、あんさんも地獄行きで? これで二人になったが、もう一人いれば心強いなあ」 すると山ぶしも、腰をおろして、「どうせ地獄行きじゃ。あわてる事はない。もう一人来るまで待とう」 さて、次に現れたのは、かじ屋の親父です。「大王さま、おらは百姓(ひゃくしょう)のカマやクワをたくさん作って人助けしました。極楽行きでしょう」「お前は鉄にまぜものをして、なまくら道具を売ったな! ほら、ちゃんとえんま帳(えんまちょう→生前の罪を書きとめるとされる帳面)に書いてあるわい」「まぜものをしないと、安くはなりません。安くねえと、貧乏人には買えません」「口答えするでない。地獄へ行け!」 かじ屋もポイッと放り投げられ、地獄への道までふっとんでくると医者と山ぶしが、ニコニコ顔でむかえました。「これで三人」「では、ぼちぼちまいりましょうか」 そんなわけで、三人は連れだって地獄の入り口、地獄門につきました。 門番の鬼が、おそろしい顔で言いました。「ほれ! さっさと入らんか。そして、あの山を登って行くんだ」 三人が見ると、なんとそれは鋭い刃物がズラリと並んだ、つるぎの山でした。「あんな山を登ったら、足がさけちまうよ」「ど、どうしよう」 医者と山ぶしがおろおろしていると、かじ屋がニッコリ。「ここは、おいらにまかしとけ」 なにをするのかと思えば、取り出したヤットコ(→大きなペンチの様な道具)でポキポキとつるぎをへし折り、火をおこして、トンカン、トンカンと、それをうちなおしました。「そら出来た。鉄のわらじだ。これをはいて歩けば大丈夫」 三人は鉄のわらじをはいて、つるぎの山へ登っていきました。 するとポッキン、ポッキン、つるぎはおもしろいように折れてしまいます。「うひゃー、こりゃあすごい! 後ろから来る者のために、道をつくっておこう」 ポッキン、ポッキン、 ポキポキ、ポッキン。 「それそれ、どんどん、折れ折れ」 たまげたのは、鬼たちです。「なんだ、あいつら!」「た、たいへんだ! 大王さまに知らせねば」 それを聞いたえんま大王は、怒ったのなんの。「つるぎの山に道を作っただと? ばっかも~ん! だまって見とるやつがあるか! さっさとひっとらえて、カマへ放り込め。カマゆでじゃ~!」 たちまち三人はつかまって、大きなカマの中に放り込まれました。 鬼たちは、下からドンドンと火をたきます。「あちっちっち、こりゃいかん!」「もう、だめじゃ!」 すると今度は、山ぶしが、「ここは、わたしにまかせなされ。自慢の法力(ほうりき)を見せてくれる」と、呪文(じゅもん)をとなえました。「ぬるま湯になれ、ぬるま湯になれ。ナムウンケイアラビソワカ、か~っ!」 すると不思議な事に、お湯はちょうどいい湯かげんになりました。「おぬしの術は、たいしたもんじゃ」「こんな立派な山ぶしどんを地獄に送るなんて、えんまも目がないのう」「それにしても、いい湯じゃ」「お~い、そこのオニたち。手ぬぐいを貸してくれんか。体を洗いたいんじゃ」 三人はすっかりいい気分で、うかれて歌まで歌い出すしまつ。 さて、怒りくるったえんま大王は。「うぬぬぬ、あやつら、地獄をバカにしおって! ゆるせん! ゆるせん! わしがじきじきに、せいばいしてくれるわ!」 えんま大王は大きな手で三人をひとつかみにすると、ポイッと口の中へ放り込んでしまいました。 ヒューーーッ、ストーン! 三人は、えんま大王の腹の中に落ちていきました。「うむ、さすがはえんま大王の腹の中、なかなか広いわい」 でも、おもしろがっている場合ではありません。「あっ、なんだか体がムズムズしてきた」「大変じゃ、体かとけてきた!」「今度こそ、もうだめじゃ!」 山ぶしとかじ屋は泣き出しましたが、医者は落ち着いたもので、「心配するな。いま、体のとけぬ薬を作ったで、飲んでみなされ」 その薬を飲むと、たちまち体はシャンとなりました。 三人は大喜びで、えんま大王の腹の中を探検(たんけん)です。「医者どん、これは何だ?」「そりゃ、笑いのひもじゃよ」 医者がその笑いのひもを引っ張ると、えんま大王は急に笑い出しました。「ウヒ、ウヒ、ウヒャハハハハハー」 今度は、泣きのひもを引っ張ると、「うぇーん、うぇーん。悲しいよう」と、涙がポロポロ。 わけもなく笑ったり泣いたりするえんま大王に、鬼たちは気味悪そうに顔を見合わせました。「こりゃあ、おもしろい」 腹の中の三人は、笑いのひもに、泣きのひも、それから怒りのひもに、くしゃみのひもと、あちらこちらのひもをメチャクチャに引っ張りました。「ギャハハハハハッ、はひ? ガオーッ、ガオーッ、うぇ~ん、へっくしょーん!」 いやはや、もう大変なさわぎです。 山ぶしとかじ屋が大笑いしていると、医者が腹の中に何か薬を塗りながら言いました。「さて、そろそろ下し薬を塗って、外へ出よう。・・・うっひひひ。これはきくぞ」 泣いたり笑ったりしていたえんま大王は、急に腹をかかえて便所にかけこみました。 ピー、ゴロゴロ。 えんま大王のお尻から、医者、山ぶし、かじ屋が、次々と飛び出してきました。 ニコニコ顔の三人を見た大王は、「よくも、わしに恥をかかせたな。お前たちは、地獄におるしかくもないわい! とっととしゃばへもどれっ!」と、三人を地上へ吹き飛ばしてしまいました。 こうしてこの世にまいもどった三人は、顔を見合わせて大笑い。 それから三人は、いつまでも仲良く暮らしたという事です。

514 人の始まり むかしむかし、世界にまだ人間がいなかった頃、火の神さまが土をこねて人の形の様な物を作りました。「よし、形は出来上がった。明日の朝には、命を吹き込んでやろう」 人形を作って疲れた火の神さまは、そのまま寝てしまったのですが、翌朝になって見てみると、せっかく作った土の人形が壊されていたのです。「はて? どうして壊れたのだろう?」 火の神さまはそれから何度も何度も土の人形を作りましたが、翌朝になると必ず壊されてしまうのです。「一体、誰がこんな事をするのだ?! 必ず犯人を見つけてやる!」 火の神さまは頑張って六体の人形を作ると、寝ないで人形の見張りをしていました。 すると夜中に地面が割れて、地面から出てきた土の神さまが土の人形を壊し始めたのです。 火の神さまは、土の神さまに文句を言いました。「土の神よ。なぜわたしが作った人形を壊してしまうのだ?!」 すると、土の神さまが言いまし

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た。「そちらこそ、なぜ勝手に土を使うのだ。人形を作りたいのなら、お前の火で作ればいいだろう」 土の神さまの言い分はもっともですが、火では人形を作る事は出来ません。 そこで火の神さまが今まで勝手に土を使った事をあやまると、土の神さまも納得して、「それでは、土を五十年貸してやろう。五十年たったら返してもらうぞ」と、言ったのです。 こうして土から作られた人間の寿命は、五十年と決まりました。 それから火の神さまは、土の人形をたくさん作りました。 朝に作った人形は、太陽に十分さらされるので黒い色の人形です。 昼に作った人形は、太陽にちょうど良くさらされるので黄色い色の人形です。 夕方に作った人形は、太陽をあまり浴びていないので白い色の人形となりました。 こうして人間には、黒い肌の人も、黄色い肌の人も、白い肌の人もいるのです。 そして始め五十年だった人間の寿命が、今のようにどんどんのびているのは、火の神さまが作った人間の数があまりにも多くなっため、土の神さまの人間を土に返す作業が追いつかないからだと言われています。

515 鉢かづき姫むかしむかし、河内の国(かわちのくに→大阪)に、ひとりの大金持ちが住んでいました。 なに不自由ない暮らしをしていましたが、子どもだけはどうしてもさずかりません。 それで毎晩、長谷寺(はせでら)の観音さま(かんのんさま)に手を合わせてお願いをして、ついに念願の子どもが生まれたのです。 その子どもはお母さんによく似た、美しい姫です。 ところが姫が十三才になった年、お母さんは重い病気にかかりました。 お母さんは、姫を枕元に呼ぶと、「わたしはまもなく遠い所へ行きます。 わたしがいなくなるのは運命ですから、悲しむ必要はありません。 さあ母の形見に、これを頭にのせていなさい。 きっと、役に立ちますからね」 そう言って重い箱を姫の頭の上にのせたばかりか、大きな木の鉢(はち)までかぶせました。 そして、お母さんはなくなりました。 お父さんは姫の頭の上の鉢を取ろうとしますが、どうしてもはずせません。 そのために姫は『鉢かづき』といって、バカにされたり、いじめられたりしました。 やがてお父さんに、二度目の奥さんがやってきました。 この新しいお母さんが悪い人で、鉢かづき姫にいじわるをしたり、かげ口をたたいたり、最後にはお父さんをうまくだまして、鉢かづき姫を追い出してしまったのです。 家を追い出された鉢かづき姫は、シクシク泣きながら大きな川のほとりにやってきました。「どこへ行ってもいじめられるのなら、ひと思いに、お母さまのそばへ行こう」 ドボーン! 思いきって川の流れに飛び込みましたが、木の鉢のおかげで浮きあがってしまいました。 鉢かづき姫は、死ぬ事さえ出来ないのです。 村の子どもたちが、鉢かづき姫に石を投げました。「わーい。頭がおわん。からだが人間。お化けだぁー」 ちょうどその時、この国の殿さまで山陰(さんいん)の中将(ちゅうじょう)という人が、家来を連れてそこを通りかかりました。 中将は親切な人だったので、鉢かづきを家に連れて帰ってふろたき女にすることにしました。 この中将には、四人の男の子がいます。 上の三人は結婚していましたが、一番下の若君には、まだお嫁さんがいませんでした。 心のやさしい若君は、鉢かづき姫が傷だらけの手で水を運んだり、おふろをたいたりするのを見てなぐさめました。「しんぼうしなさい。きっと、良い事があるからね」「はい」 鉢かづき姫は、どんなにうれしかった事でしょう。 こんなにやさしい言葉をかけられたのは、お母さんが死んでから初めてです。 それから、何日か過ぎました。 若君は、お父さんの前へ出ると、「父上。わたしは、あの娘と結婚しようと思います。しんぼう強く、心のやさしいところが気にいりました」と、言ったのです。 もちろん、お父さんの中将は反対です。「ならん! あんな、ふろたき女など!」「いいえ! あの娘は素晴らしい女性です。あれほどの娘は、他にはいません!」「素晴らしい? 他にはいないだと? ・・・よーし、では嫁合わせをしようではないか。兄たちの嫁と、あの鉢かづきを比べようではないか」 三人の兄の嫁は、とても美しい娘です。 こうすれば鉢かづき姫は恥ずかしくて、自分からどこかへ行ってしまうだろうと考えたのです。 さて、いよいよ嫁合わせの夜がきました。 鉢かづき姫は思わず手を合わせて、長谷寺の方をおがみました。「お母さま。 観音さま。 今夜、嫁合わせがあります。 お兄さま方のお嫁さんは、とても美しい姫君たちと聞きます。 わたしの様な鉢かづきが出て行って、いとおしい若君に恥をかかせるくらいなら、いっそこのままどこかへ・・・」 その時です。 今までどうしてもはずれなかった頭の木鉢が、ポロリとはずれたのです。 鉢の下からは、かがやくばかりの姫が現れました。 そして鉢の中からは、金・銀・宝石があとからあとからこぼれ出ました。 そこへ現れた若君が言いました。「やはり、あなたは素晴らしい娘だ。さあ、美しい姫よ、嫁合わせに行きましょう」 屋敷の中では、三人の兄たちの美しく着飾った姫たちがならんでいます。 そこへ鉢かづき姫が、ニコニコと笑いながら現れました。「おおーっ」 お父さんの中将が思わず声をあげたほどの、まぶしいばかりの美しさです。 中将は鉢かづき姫の手をとって自分の横に座らせると、若君に言いました。「まったく、お前の言う通り素晴らしい娘だ。この娘を妻とし、幸せに暮らすがよい」「はい、父上!」「ありがとうございます。お父さま」  それから若君と姫は仲むつまじく暮らして、二人の間には何人かの子どもも生まれました。 ある時、鉢かづき姫が長谷寺の観音さまにお参りをしたときのことです。 本堂の片すみで、みすぼらしい姿のお坊さんに会いました。 そのお坊さんの顔を見て、鉢かづき姫はびっくり。「まあ、お父さまではありませんか」「姫、姫か!」 二人は抱き合って、数年ぶりの再会を喜びました。 すっかり落ちぶれて新しい奥さんにも見捨てられたお父さんは、鉢かづき姫を追い出した事を後悔して、旅をしながら鉢かづき姫を探していたのです。「すまなかった。本当にすまなかった」 泣いてあやまるお父さんに、鉢かづき姫はにっこりほほえみました。「いいえ。いろいろありましたが、今はとても幸せなのですよ」 それからお父さんは鉢かづき姫のところにひきとられ、幸せに暮らしました。

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516 墓場へ行く娘むかしむかし、ある田舎に、たいそうな長者(ちょうじゃ)がいました。 長者にはきれいな一人娘がいて、もう年頃です。 そこで長者は、娘に婿さんをとることにしました。 すると、そのうわさがすぐに広がって、「よし、自分こそが、婿になろう」「いいや、おれこそが、長者の娘婿にふさわしい」と、婿さんの希望者(きぽうしゃ)が、大勢来るようになりました。 ところが、次の朝には、「あんな恐ろしい娘の婿になるなんて、とんでもない!」と、誰もが逃げてしまうのです。 さて、この話を耳にした旅の男が、「これは、何かわけがありそうだ。おもしろい。別に娘の婿には興味はないが、それをつきとめてやろう」と、長者の屋敷をたずねました。 この男は独り者で、なかなかの男前です。 そのうえ、とても度胸があります。「わしの娘婿になりたいとは、ありがたい。 しかし娘には、変なくせがありましてな。 真夜中(まよなか)に、どこへともなく出かけていくのです。 娘がどこへ行って何をしているのか、それを見届けてくれたならお前さんを婿に迎えましょう」「わかりました」 さて、その日の真夜中。 男が娘の部屋の様子をそれとなくうかがっていると、娘がロウソクを手に白い着物姿で現れました。 長い髪をふりみだして、裏庭の方へと出ていきます。 まるで幽霊のようでしたが、男は気持ちを落ち着かせると娘の後をつけていきました。 娘がやって来たのは、何と墓場でした。「はて? こんな所で、何をするつもりだろう?」 男が物陰からのぞいていると、娘はクワで棺桶を掘り出して棺桶のふたを開けました。 そして棺桶の中にあった死んだ人の骨をポキンと折って、ポリポリとうまそうに食べ始めたではありませんか。 普通の男なら、「ギャーッ!」と叫んで逃げ出すか、腰を抜かしてしまうところですが、男は度胸をすえて、じっくりと娘の様子を観察しました。 娘は死んだ人の骨をうまそうに食べ終わると、ニンマリとまっ赤な舌で口のまわりをなめながら、屋敷の方へ戻っていきました。 男は娘がいなくなると、棺桶にかけよって中を調べます。 棺桶には、娘が食べ残した骨が散らばっています。 男がその骨を手に取って調べると、フンワリと甘いにおいがしました。「これは、もしや」 口に入れてみると、なんと甘いアメではありませんか。「よし、長者に持っていってやろう」 男は骨の形に作られたアメを持って長者の屋敷へ戻ると、さっそく見て来た通りの事を長者に説明しました。「そしてこれが、そのアメです。どうぞ、お食べ下さい」 男がアメを差し出すと、長者はにっこり微笑んで、「いや、食べんでもわかっておる。 それはわしが娘と相談して、アメ屋に作らせた物じゃからな。 実はわしらは、この屋敷の婿にふさわしい、どんな事にも驚かん気持ちの落ち着いた男を探そうと度胸試しをさせてもらったんじゃ。 今まで大勢の男を試してきたが、お前さんほどの男はいない。 どうか、娘の婿になっていただきたい」と、言ったのです。「いえ、わたしは別に、婿には・・・」 男が断ろうとするのも聞かず、長者は娘を呼びました。 すると、きれいな着物を着た娘が現れて、「どうぞ、末永く、お願いいたします」と、おじぎをしました。「あっ、その、・・・はい。こちらこそ」 次の日、男と娘は三々九度のさかずき(→結婚の儀式)をかわして結婚し、幸せに暮らしたという事です。

517 月から降った餅 むかしむかし、ある小さな島に、男の子と女の子が二人で住んでいました。 二人は一日中遊んで、遊び疲れたら眠り、目が覚めたらまた遊ぶという毎日を過ごしていました。 食べ物は、夜の決まった時間に神さまが月から餅を降らせてくれるので、それを拾って食べればよいのです。 男の子も女の子も、なぜ月から餅が降ってくるのか考えたこともありません。 つきたてのやわらかな餅をお腹いっぱい食べて、緑の美しい島をかけまわり、青く輝く海で泳いで暮らす毎日を当たり前のように思っていました。 そんな、ある夜の事です。 いつもの様に月から降ってきた餅を拾って食べていると、ふと、どちらからともなくこんな事を話し合いました。「ねえ、今まで食べきれない餅は捨てていたけど、残しておけばお腹が空いた時に食べられるね。今夜から残しておこうよ」「そうね。残しておけば、夜に餅を拾わなくてもすむわね。餅の降る時間には、眠たいときもあるもの」 そこで男の子と女の子は、食べ残した餅を置いておくことにしました。 二人はいいことを思いついて、大満足でした。 ところが月の神さまは、二人の思いつきが気にいりません。「毎晩毎晩、必ず餅を降らしてやっているのに、とっておくとは何事だ。神を信じていないのか」 神さまは、それから餅を降らすのをやめてしまいました。 男の子と女の子は、あわてて月の神さまにお願いしました。「神さま、神さま、月から餅を降らせてください」「神さま、お腹が空いて倒れそうです。今までの様に、餅をください」 けれど月から餅が降ってくることは、二度とありませんでした。 男の子と女の子は次の日から海へ出て、貝や魚をとって食べるしかありませんでした。 もう今までの様に、遊びたいだけ遊ぶ暮らしは出来ないのです。 二人はお腹が空くことなど知らなかったむかしをなつかしみ、そして初めて神さまに感謝しました。

518 おかみすり むかしむかし、ある山寺に、とても馬鹿正直な小僧さんが、和尚(おしょう)さんと二人で住んでいました。 ある日の事、小僧さんが掃除をしていると和尚さんが帰ってきました。「和尚さま、お帰りなさい」「おほん! 掃除はすみからすみまでていねいに、時間をかけてな。くれぐれも、すぐに終わってはいかんぞ」 和尚さんはそう言うと、自分の部屋へ向かいます。 その時、和尚さんは財布を落としましたが、気がつきませんでした。 この頃のお坊さんは、魚を食べてはいけない決まりになっていました。 ところがこの和尚さん、川魚のアユが大好物です。 だから今日も一人でこっそりアユを食べようと、小僧さんにああ言ったのでした。

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「まったく、アユという魚は、姿といい、かおりといい、味といい、天下一品じゃ」 和尚さんは、ふところから取り出したアユを見てニンマリです。 その時、しょうじが開いて小僧さんが顔を出しました。「和尚さま、財布を・・・。あれっ? 和尚さまは、魚を食べているのですか?」「いやその、こ、これは魚じゃないぞ」「では、何ですか?」「おほん、これはな、おかみすりというもんじゃ」「おかみすりって、あの頭をそるときのでござりますか?」「そうじゃ、わしはこのおかみすりが、大好物での」 和尚さんはそう言い訳をすると、おいしそうにアユを食べました。 さて次の日。 小憎さんは、法事(ほうじ)に出かける和尚さんのお供をすることになりました。「そうだ! いただいたかさを持っていって、大事にしているところを見せんとな」 雨も降っていないのに、和尚さんは小僧さんにかさを持たせました。「では行くぞ」「は~い」 和尚さんの乗った馬のあとを、小僧さんはかさをかかえてついていきます。「小僧や、川だ!」 馬に乗った和尚さんが大きな川を渡ると、小僧さんも一生懸命に追いかけました。 小僧さんがふと川の中を見ると、たくさんのアユが泳いでいるではありませんか。 小僧さんは、前を行く和尚さんに大声で言いました。「和尚さま、いつも食べておられるおかみすりが、たくさん泳いでおりますよ。和尚さま好物のおかみすりが」 それを聞いた旅人が、おかしそうに顔を見合わせました。 和尚さんは、あわてて言いました。「馬鹿者! なにをねぼけておる。さあ、急ぐぞ」「あ、はい」 それから和尚さんは、あとをついて来る小僧さんにこう言いました。「いいか、何があっても余計なことは言わずに、黙ってついて来い」「はい」 小僧さんは首をかしげましたが、黙って和尚さんのあとをついて行きました。 しばらくすると、また川がありました。「小僧、川に物を落とすでないぞ」 そう言う和尚さんが、川の途中でタバコ入れを落としました。「あっ、タバコ・・・」 言いかけた小僧さんはあわてて口を押さえると、流れるタバコ入れを見送りました。(あぶないあぶない。和尚さんに、何が起きても黙ってついてこいと言われたばかりだ) しばらくすると、馬からおりた和尚さんが言いました。「小僧よ。ここらで、いっぷくをしよう」 道ばたの石に腰かけた和尚さんが、タバコ入れを探しました。「はて? タバコ入れがないぞ。お前、落ちたのに気づかなかったか?」「はい。それが、タバコ入れは二つ目の川でポチャンと落ちて、プカプカと流れていきました」「なんと。それならなぜ、すぐに拾わないんだ!」「はい。拾おうと思いましたが、和尚さんに、何が起きても黙ってついてこいと言われたので」 和尚さんは、小憎さんを怒鳴りました。「馬鹿者! これからは、馬から落ちた物があったら、何でも拾うんだ! いいな!」「はい」 一休みをした二人は、また出発しました。 法事のある家までは、まだまだ長い道のりです。 そのうち和尚さんが乗った馬のお尻から、ポタポタ、ポタポタとフンが落ちました。 それを見た小僧さんは和尚さんの言葉を思い出し、「そうだ、馬から落ちた物は、何でも拾わないと」と、持っていたかさを広げて落ちてくるフンを受け止めました。「ほい、やっ。こらよっ。次から次へと落ちてくるぞ」 その声に気づいて後ろを振り向いた和尚さんは、小僧さんがかさを広げて馬のフンを受け止めているのを見てびっくりです。「馬鹿者! 大切なかさで、そんな物を拾うな! 全部川に捨ててこい!」「でも、馬から落ちた物は、何でも拾えと和尚さまが」「馬鹿正直にもほどがあるわ。いいから、全部捨ててこい」「は~い!」 小僧さんは川の方へ走って行くと、川でかさを洗いながら首をかしげました。「和尚さまの言うとおりにしているのに、なんでしかられるんだろう?」 その時、きれいに洗ったかさの中に、川を泳いでいたアユが入ってきました。 川岸で見ていた和尚さんは、そのアユが欲しくてたまりません。「見事なアユじゃ。小僧のやつ、あのままアユを持って来いよ」 和尚さんがそう思っているのも知らず、小僧さんは、「きれいなおかみすりだ。けど、和尚さんは全部捨ててこいと言っていたから。・・・そうだ、全部なら、かさも捨てないと」と、言うと、大切なかさも川に捨ててしまいました。 それを見た和尚さんは、がっかりです。「ああ、わしの大好物のアユばかりか、大切なかさまで捨ておるとは。とほほほ」 かさはドンドン流れて行って、ついに見えなくなりました。

519 けものの皮は叩かれる むかしむかし、一休さん(いっきゅうさん)と言う、とんちで評判の小僧さんがいました。 最近は檀家(だんか)のご隠居(いんきょ)が毎晩お寺にやって来て、和尚(おしょう)さんと夜遅くまでごをうっていました。 朝の早い小僧たちは、ねむくてかないません。「何とかして、ご隠居が来ないようにしないと」 一休さんは色々と考えましたが、下手ないたずらをすると和尚さんにしかられるので、なかなかいい方法が浮かびません。 さて、この頃はとても寒いせいか、ご隠居は、けものの皮で出来たそでなしをはおっています。 それを見た一休さんに、ある名案が浮かびました。(そうだ、いいことがある) 次の日、一休さんはお寺の門に、こんな張り紙をしました。《けものの皮は、入るべからず》 ご隠居は、この張り紙をみて、「なに、けものの皮は、入るべからずだと。けものの皮とは、わしの事か。・・・ははーん、これは一休のやつが、ごのじゃまをするつもりで書いたのだな。・・・さて、どうするか?」 しばらく考えたご隠居は、すぐに平気な顔で門をくぐりました。 すると一休さんが、「ご隠居さま。門の張り紙がよめないのですか? 動物を殺してつくるけものの皮は、お断りします。どうかお帰りください」と、通せんぼをしました。 すると、ご隠居が言いました。「確かに、この服は動物を殺したけものの皮でつくった物だ。 しかし、このお寺にも、けものの皮をはった、たいこがおいてあるではないか。 たいこが良いのなら、わしもよいであろう。 どうだ」 ご隠居は一休さんをやりこめたつもりでしたが、一休さんの方が一枚上手です。「その通り。しかしお寺のたいこは、罪(つみ)つぐないに、毎日ばちでドンドン叩かれています。ですからご隠居さまも、同じように叩かねばなりません。それっ!」 一休さんは、ご隠居にたいこのバチを振り上げました。「わっ、わかった! わしの負

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けじゃ!」 ご隠居は頭を抱えると、家に逃げ帰りました。

520 ウシの鼻ぐりむかしむかし、吉四六さんと言う、とてもゆかいな人がいました。 吉四六さんは、あまりお金持ちではありませんが、お金がなくなってくると、ヒョイと良い知恵が浮かんでくるのです。 ある日の事、吉四六さんは畑仕事をしながら、町へ行く通りがかりの人を呼び止めては、「すまんが、町の荒物屋で、ウシの鼻ぐりを買って来てほしいんじゃ。数は、いくつあってもいい。値段は、なんぼ高くてもかまわん」と、変な事を頼みました。 みんなが引き受けてくれましたが、帰って来て、「あいにく、売り切れとるそうじゃ。ウシの鼻につなを通す、鼻ぐりの輪など、めったに売れるもんではないから、普段は置いてないそうじゃ」「おれもずいぶん探したが、一つもなかった。『今日は何人も、鼻ぐりを欲しいと言う人が来た。こんな事なら、たくさん仕入れておけばよかった』と、くやしがっとったわい」と、口々に言いました。「それはどうも、すまん事じゃった」 吉四六さんはガッカリするどころか、喜びながら家に帰りました。 さて次の朝、吉四六さんは作って貯めておいたウシの鼻ぐりを、町へかついで行って、「ウシの鼻ぐりは、いりませんか?」 町中の荒物屋を回りました。「これは良いところに来てくれた。いくつでも置いていってくれ」 昨日、もうけそこなっているので、どこの荒物屋でも、喜んで仕入れてくれました。「さあ、これで、昨日のお客が来てくれれば、ひともうけ出来るぞ」 荒物屋は、もうけのそろばんをはじきましたが、ウシの鼻ぐりは、さっぱり売れません。 もうかったのは、吉四六さんだけでした。

521 ウサギの誕生むかしむかしの大むかし、月には大勢の王子さまが住んでいました。 王子さまはみんな明るく元気で、遊ぶ事が大好きです。 いつも月の世界で、走ったり歌ったり追いかけっこをしたりして過ごしていました。 ある日の事、月に雪が降りました。 キラキラ、ヒラヒラ キラキラ、ヒラヒラ 輝きながら舞い降りてくる真っ白な雪に、王子さまたちは大喜びです。「わーい。雪だ、雪だ」「何をして、遊ぼうか?」 王子さまたちが雪を手の平に乗せたり、そっと口に入れてみたりしているうちに、雪は月一面に真っ白に降りつもりました。「なんて美しいんだろう。まるで、真珠をしきつめたようだ」 一人の王子さまが、雪を両手で包んでボールのように丸く固めました。 そして雪の玉を、近くにいた王子さまに投げつけたのです。「わっ、冷たい~」「あははは。ぼーっとしているからだよ」 「お返しだ! 」 ぶつけられた王子さまも、雪の玉を作って投げ返します。 それを見ていたほかの王子さまたちも、一緒になって雪合戦をを始めました。「それっ」「わあ、冷たい」「今度はぼくの番だ。えいっ!」「ははーん。へたくそ」 その時、王子さまの投げた雪玉が一つが、月を飛び出してしまったのです。 月から飛び出した雪は、どんどんどんどん飛んでいって、とうとう地球まで行ってしまいました。 その様子を、神さまが見ていました。 神さまは地球に落ちていった美しい雪が、やがてお日さまに溶けて消えてしまうのはもったいないと思い、地球に落ちた雪に長い耳と目と鼻と口、それに四本の足と小さくてかわいい尻尾をつけて生命を吹き込みました。 神さまに生命をもらった地球の雪は、たちまちぴょんぴょんとはねまわりました。 神さまは、にっこり笑って言いました。「そなたの名前はウサギ。ウサギにしよう。ウサギよ、地球で幸せに暮らすのじゃよ」 こうして、ウサギが生まれたという事です。

522 真夜中のキツネの嫁入り むかしむかし、江戸にある大きな川の渡し舟小屋へ、一人の侍がやってきました。 侍は、大きな屋敷から来た使いだと言って、「今夜、お屋敷の姫が、川むこうの町にあるお屋敷へ嫁入りをされる。 お付きの者たちは、百名を超えるであろう。 だからこの川の渡し舟を残らずここに集めて、待っていてほしい。 とりあえず小判十枚をつつんでおいたが、舟賃はあとでたくさんのご祝儀と一緒に出すつもりである」と、渡し舟の用意を頼むと、帰っていきました。「こりゃ、久しぶりの大仕事だぞ!」 渡し舟の親方は大喜びで、すぐに仲間たちの舟を渡し場に集めました。 その夜、ちょうちんの灯をいくつもつらねてたくさんの侍たちに見守られながら、お姫さまのかごがやって来ました。 船頭たちは、行列をうやうやしく出むかえました。 そして失礼のないように一人一人を舟に案内して、ゆっくりと夜の川を渡っていきました。 向こう岸に着くと行列の人たちはほとんど話もせずに、吸い込まれる様に夜の闇の中に消えていきました。 さて、次の日の朝のことです。 船頭の親方は昨日受け取ったお金を仲間たちに分けようと、神棚の上にのせておいた小判が入った包み紙を手に取りました。「おや? やけに軽いな」 親方は、小判の包み紙を開いてびっくり。「なっ! なんだ、これは!」 なんと中に入っていたのは、十枚の葉っぱだったのです。「ちくしょう! キツネのやつ、派手にやってくれやがったな!」 むかしは、こんな話がよくあったそうです。

523 娘の婿選び むかし、ある長者に年頃の一人娘がいました。 娘は家の用事で川のそばを歩いていましたが、このところの長雨続きで川は大水です。「まあこわいわ。気をつけて歩かないと。・・・あっ!」 娘は運悪く足を滑らせてしまい、そのまま川に落ちてしまいました。 さあ、大変です。 見ていた人が川にかけよりましたが、娘はどこへ流されたのか、どこを探しても見つかりませんでした。 それを聞いた長者はうろたえ、通りか

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かった易者(えきしゃ)に娘の居場所を占わせると、「ふむ。板ぎれにつかまって、少し向こうの深みに浮いておる」と、教えてくれました。 おかげで娘は見つかりましたが川は大変な大水なので、飛び込んで助ける事が出来ません。 そこへ、目の見えない男がやってきて、「わたくしが、お助けしましょう。なわを用意してくだされ」と、自分の体になわをつけて川に飛び込むと、何とか娘を引き上げてくれました。 しかし娘はひどく弱っていて、今にも死んでしまいそうです すると今度はそこに医者がかけつけ、ありったけの手当をしてくれたので娘はなんとか命を取り止める事ができました。 助けてくれた三人に感謝した長者は、お礼に娘を嫁にやることにしましたが、娘は一人なのに助けてくれたのは三人です。 易者と目の見えない男と医者の、誰に娘をやるかまよいました。 三人とも命の恩人ですし、三人とも娘を嫁に欲しいと言います。「はて、どうしたものかのう」 困った長者は、名裁きで有名な大岡越前守(おおおかえちぜんのかみ)に頼む事にしました。「どうか、大岡さまに娘の婿を選んでいただきたい。三人のうち、誰が娘を一番幸せに出来るか、大岡さまの名裁きをお願いいたします」「・・・うむむ」 今まで数々の難問(なんもん)を解決してきた越前守(えちぜんのかみ)ですが、この時ばかりはさすがに困ってしまいました。「まあ、三日待ってくれ」 とりあえずその日は長者を帰らせて、それから三日間、夜も寝ないで考えました。 しかし、良い知恵が浮かびません。 三日たって、再び長者がやって来ましたが、「あと、二日待て」と、日をのばしてもらいました。 そして、とある滝の近くへ、気晴らしに出かけることにしたのです。「ふう、困った困った。やっかいな事を引き受けてしまったわ」 岩に腰をおろしてボンヤリと滝をながめていると、ふと、話し声が聞こえてきます。 実は岩の下にほら穴があって、そこを山賊(さんぞく)が隠れ家にしているのでした。 耳をすませてみると、なんと今回のさばきについて話をしているではありませんか。「さすがの大岡さまでも、あのさばきには頭を悩ませておるそうじゃ」「おい、きさまなら、どうする?」「決まっておる。わしなら長者の娘婿(むすめむこ)には、易者や医者ではなしに、目の見えん男じゃ」「ほほう。どうして、そう決められるのだ?」「わからんのか? むかしから、『たとえ火の中、水の中』ちゅう言葉があるじゃろうが。 易者が占いをするのは、当たり前。 医者が人を助けるのは、当たり前。 それにくらべて目の見えん男は、本当に水の中をくぐって娘を助けたんじゃ。 わしも泳ぎは達者だが、目をつぶったままでは、とても川に飛び込めん。 だから命がけで娘を救った目の見えん男が、娘を一番幸せにする決まっておる」 越前守は山賊の言葉に感心して、目の見えない男を長者の娘婿に決めたということです。「うむ、これにて、一件落着!」

524 キツネと油あげ むかしむかし、江戸の上野の山の下にある見回り役人の番所に、近くの屋敷で働く若い男が顔色を変えて飛び込んできました。 あいにく役人は見回りに出たらしく番所には誰もいませんでしたが、若い男が帰ろうとするところへ役人が戻ってきました。「おや? 何かあったのか?」 尋ねられた若い男は、こんな事を話し出したのです。「へい、へい。 実は昨日の晩、屋敷の者たちと上野の山へ花見に出かけたのです。 あっしもお酒を飲んで、いい気持ちになりました。 一人だけあとに残って、さて帰ろうとすると、林の中から出てきたお侍と道連れになったのです。 お侍はかぜでもひいているのか、大きな音をたてて何度も鼻をすすりあげておりましたが、急にあっしの方にむきなおると、『手打ちにいたす。覚悟!』と、いうのです。 あっしはびっくりして、『人殺し。人殺し。助けてくれえー!』と、叫びながら、今さっき山をかけおりて、この番所へ飛び込んできたのです」 役人は何と言ってよいか、だまっていました。 すると若い男は、急に着物のそでの中やふところに手を入れて何かを探しはじめました。 どうやらもらってきた花見のごちそうの残りが、全部なくなっているというのです。「はて。ここへ走ってくる間に、どこかへ落としてきたかな?」 そのとき頭に浮かんで来たのは、あの侍の顔でした。「ははーん、そうか。 あのお侍は、キツネだったんだ。 キツネがお侍に化けて、そでに入れておいたごちそうをねらったんだ。 そうだ、そうに違いない。 なにしろあれは、おいしい油あげの料理だったからな。 どうりで鼻を、何度もくんくんさせておると思ったよ。 お役人さま、合点がいきました。 どうもお騒がせしました」 若い男は頭を下げて、番所を出て行こうとしました。 すると役人が、若い男の手を取って引き止めて言いました。「ちょっと待て、お主に礼を言う。あの油あげは、本当にうまかった」「へっ?」 若い男が振り返ると、役人はにやりと笑って、「して、その侍の顔は、こんな顔だったかな?」 役人の顔は、みるみるキツネになりました。 びっくりした若い男は、「うーん」と、うなって、気絶してしまったという事です。

525 ネコの大芝居 むかしむかし、あるところに、おじいさんとおばあさんが住んでいました。 二人は若い頃から一生懸命働いてきましたが、ちっとも暮らしが楽になりません。 それでも不平も言わずに、「毎日元気の働けるのは、神さまのおかげです」と、神さまに感謝しながら暮らしていました。 ある日の事、おじいさんが言いました。「わしらにも、子どもがあるとよかったのだが」「本当ですね。今さら子どもは無理ですけど、せめてネコの子でも飼いたいですね」 するとその日の夕方、どこからともなく一匹のぶちネコが迷い込んできたのです。「これはきっと、神さまがさずけてくださったにちがいない」「このネコを、今日からわたしたちの子どもにしましょう」 おじいさんとおばあさんはネコにぶちという名前をつけて、それはそれは大事に育てました。 ぶちもすっかり二人になついて、どこへでもついてきてニャアニャアとあまえます。 二人はぶちがかわいくて、おいしい物があると自分たちが食べないでも、ぶちに食べさせます。 こうして十三年もたつうちに、小

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さかったぶちもすっかり年寄りになりました。 かしこいぶちは自分でしょうじの開け閉めも出来れば、留守番だって出来ますが、年を取ったために動きがにぶくて、庭で遊んでいる小鳥にまでからかわれるしまつです。 ところがぶちよりも、おじいさんとおばあさんの方がもっと体が弱ってきて、畑仕事や川へ洗たくに行くのもしんどくなってきました。   ある晩、おばあさんが言いました。「おじいさん、わたしたちもずいぶん年をとったけど、ぶちも人間ならわたしたち以上の年寄りです。 これでは、どちらが先に死ぬかわかりません。 うまいぐあいに、ぶちが先に死んでくれたらいいですが、わたしたちが先に死んだらどうしましょう?」「そうだな。出来る事なら、みんなで一緒にあの世へ行けたらうれしいのに」 ぶちは、いろりのふちでいねむりをしながら、二人の話を聞くともなしに聞いていましたが、とつぜん体を起こすと二人の間に座り、前足をきちんとそろえて言いました。「おら、長い間、二人にかわいがってもらいましたが、そろそろおひまをいただきたい」 ネコがいきなり口をきいたので、おじいさんもおばあさんもビックリして顔を見合わせます。 それでもおばあさんが、ぶちに言いました。「まさか、お前に人間の言葉がわかるとは思わなかったので、とんだ話を聞かせてしまった。わたしたちはまだまだ元気だから、安心してここにいてくれ」 おじいさんも、ぶちの背中をなでながら、「そうさ。かわいいお前を残して、誰が死ぬもんか。死ぬ時はおばあさんもお前も一緒じゃよ」と、言いました。 すると、ぶちが言いました。「二人の気持ちは、おら、涙が出るほどうれしいです。 でもやっぱり、これ以上、心配をかけるわけにはいきません。 ところで二人とも、芝居(しばい)が大好きでしたね。 かわいがってもらったお礼に、芝居を見せたいと思いますが、どんな芝居がいいですか?」「芝居なんかいいから、このまま一緒にいてくれ」「いいえ、おらも、そろそろ仲間のところへ戻りますから」 そう言われると、おじいさんもおばあさんも引き止める事は出来ませんでした。「さあ、どんな芝居を見たいか、言ってください」「そうさな・・・」 何しろ芝居を見たのは若い頃で、それも忠臣蔵(ちゅうしんぐら)という芝居を一回きりです。「そうだ、忠臣蔵が見たい」 二人は、同時に言いました。「それでは、忠臣蔵を始めから終わりまで、たっぷり見せてあげましょう」 ぶちは、長いひげをピンと伸ばして、「では、本当に長い間お世話なりました。来月三日のお昼、裏山の空き地へ来てください」と、言うと、おばあさんにつけてもらった首の鈴(すず)を鳴らしながら、家を出て行きました。 次の日からは、ぶちのいないさみしい暮らしです。「ああ、ぶちに会いたい」「早く、三日が来ないかな」 おじいさんもおばあさんも、三日が来るのをゆびおり数え、やがて三日がやってきました。 おじいさんとおばあさんは、お昼になるのを待ちかねて裏山へのぼって行きます。 でも、空き地には大きな石が転がっているだけで、誰もいません。「ネコは年を取ると化けるというが、こりゃ、ぶちのやつにだまされたのかな?」「いいえ、うちのぶちは、そんなネコじゃありません。きっとやってきます」 二人で話し合っていると、近くの草むらでチリリンと鈴の音がしました。「それ来た。あの鈴の音は、ぶちの物に違いない」 そう言っておばあさんが立ち上がると、草の中からヒョイとぶちが現れました。「おじいさん、おばあさん、よく来てくれました。さあ、そこの石に座ってゆっくり見物していってください」 ぶちはていねいに頭を下げると、草の中に姿を消しました。 そのとたん、♪チョンという拍子木(ひょうしぎ)の音がひびいて、草原の中に立派な舞台(ぶたい)が現れました。 後ろには、白い幕(まく)もはってあります。「こりゃすごい。本物の舞台だ!」 二人がびっくりしていると、さっと幕が開いて役者が次々と舞台へ出てきました。 どの役者もきれいな衣装(いしょう)をつけていて、後ろには三味線(しゃみせん)をひく人や歌をうたう人がずらりと並んでいます。 やがて、芝居(しばい)が始まりました。 どの役者も実に芝居が上手で、二人はただもう夢中で舞台をながめました。「うまいなあ」「なんてきれいだ」 幕が開いては閉まり、閉まっては開き、忠臣蔵(ちゅうしんぐら)の長い芝居が終わった時には、まるで夢の中にいる気分です。「よかったね。おじいさん」「ああ、こんな立派な芝居を見るのは、生まれて初めてじゃ」 二人がほっとして、もう一度前を見たら、舞台はあとかたもなく消えていて、もとの草原に変わっていました。「ニャアー」 その時、どこかでネコの鳴く声がしました。 でもぶちは、それっきり二度と姿を見せなかったそうです。

526 白いおうぎと黒いおうぎ むかしむかし、あるところに、二人の姉妹がいました。 お姉さんの方は色白できれいな顔をしているのに、妹の方は色黒でちっともきれいではありません。 だからお母さんは、色白できれいな顔のお姉さんばかりを可愛がっていました。 ある日の事、二人が一緒に道を歩いていると、向こうから馬に乗った男の人がやって来て尋ねました。「この村のお宮へ行きたいのですが、どっちへ行けばいいのでしょうか?」 この男の人はひげだらけの顔をしていて、汚れた着物を着ていました。(なんて汚いんでしょう。こんな人とは、口をきくのもいやだわ) そう思ったお姉さんは、聞こえないふりをしました。 でも、親切な妹は、「それでは、わたしが案内してあげましょう」と、村はずれにあるお宮さんまで、男の人を連れて行ってあげたのです。 二人がお宮の前まで来ると、男の人はふところから白いおうぎを出して言いました。「わたしは人間の姿をしているが、本当は山の神じゃ。お前はまことに親切な娘。お礼にこのおうぎであおいでやろう」 山の神さまが、白いおうぎで娘をあおぐとどうでしょう。 色黒だった娘の顔が、みるみる色白できれいになったのです。「よい顔じゃ。お前のうつくしい心には、その顔が似合っておる。 ・・・それにしても、お前の姉さんはひどい娘じゃ。 わしの汚いかっこうを見て、口をきこうともしなかった。 いくら色白できれいな顔をしておっても、心はまっ黒だな」 そう言って、山の神さまはお宮の中へ消えて行きました。 さて、妹が戻ってくると、お姉さんは目を丸くして驚きました。 色が黒くてみっともない顔の妹が、見ちがえるほどきれいになってい

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たのです。「どうして、そんなにきれいになったの?」 美しさで負けたお姉さんは、くやしくてたまりません。 そこで妹からわけを聞き出すと、すぐにお宮さんへ飛んで行きました。「山の神さま、お願いです。どうかわたしも、おうぎであおいでください」 するとお宮の中から、山の神さまが出てきて言いました。「そんなにあおいでほしけりゃ、のぞみ通りにあおいでやろう」 山の神さまはふところから黒いおうぎを取り出すと、お姉さんの顔をあおぎました。 すると色白で美しかったお姉さんの顔はみるみる黒くなり、とてもひどい顔になったのです。 でも、それを知らないお姉さんは、大喜びで妹のところへもどってきました。「どう、わたし、すごくきれいになったでしょう?」「・・・・・・」 妹は何も言えなくて、首を横にふりました。「えっ?」 お姉さんはあわてて近くにある池に行くと、水面に自分の顔をうつしてみました。 するとそこにうつっているのは、色黒のみにくい顔だったのです。「どうしよう、どうしよう」 お姉さんはすぐにお宮へ行って、元の顔にもどしてくれるように頼みました。 でもどこへ消えたのか、山の神さまは二度と姿を現しませんでした。 さて、妹はそれからもますますきれいになって、その国のお殿さまの奥方になり、いつまでも幸せに暮らしました。 しかしお姉さんの方は、一生、色黒でみにくい顔だったそうです。

527 鬼がつくった鬼の面 むかしむかし、丹後(たんご→京都府北部)の国分寺(こくぶんじ)というお寺に、夫婦が住み込みで働いていました。 この夫婦はとてもまじめに働くのですが、ただ一つだけ不思議なことがありました。 それはこの寺の和尚さんが留守のときに限って、お米やまきの減る量がとても多いのです。「二人が食べるには多すぎる量だ。もしかして、米やまきを売っているのでは?」 ある日、和尚さんは出かけるふりをして台所のすみに隠れると、この夫婦の様子をこっそり見ることにしたのです。 和尚さんが出かけたと思った夫婦は、「やれやれ、やっと和尚さんも出かけてくれたぞ。ではいつもの様に、たっぷり飯を食べることにしよう」と、台所の大釜にお米を一斗(いっと→十八リットル)あまりも炊いて、それをペロリとたいらげると、今度はいろりに薪(まき)を次々とくべて、気持ち良さそうに寝ころんだではありませんか。「なんと言う夫婦だ。大食らいな上に、大切なまきをあんなにむだづかいするとは」 大きないびきをかいて昼寝をする二人に腹を立てた和尚さんが、どなりつけてやろうと思って夫婦に近づくと、眠っていた夫婦の姿が急に変わり始めました。 夫婦の顔はみるみるまっ赤になり、口は耳までさけて、頭から二本の角が生えてきたではありませんか。 和尚さんは驚きのあまり、思わず叫び声をあげました。「鬼じゃ!」 この声に目を覚ました夫婦は、台所にあった太いまきに鋭いツメをたてると、自分たちの鬼の顔をあっという間に彫り上げたのです。 そして和尚さんに一礼すると、そのまま姿を消してしまいました。「あの鬼、もしや人間になりたくて、ここで働いていたのでは」 和尚さんが鬼の彫り上げた面を拾ってみると、その鬼の顔は何ともやさしい顔をしていたそうです。

528 おいてけぼりむかしむかし、あるところに、大きな池がありました。 水草がしげっていて、コイやフナがたくさんいます。 でもどういうわけか、その池で釣りをする人は一人もいません。 それと言うのも、ある時ここでたくさんフナを釣った親子がいたのですが、重たいビク(→魚を入れるカゴ)を持って帰ろうとすると、突然、池にガバガバガバと波がたって、「置いとけえー!」と、世にも恐ろしい声がわいて出たのです。「置いとけえー!」 おどろいた親子は、さおもビクも放り出して逃げ帰り、長い間、寝込んでしまったのです。 それからというもの、恐ろしくて、だれも釣りには行かないというのです。「ウハハハハハッ。みんな、意気地がないのう」 うわさを聞いた、三ざえもんという人がやってきました。「よし、わしが行って釣って来る。いくら『置いとけえー』と言われても、きっと魚を持って帰って来るからな、みんな見とれよ」 三ざえもんは大いばりで池にやって来ると、釣りを始めました。 初めのうちは、一匹も釣れませんでしたが、♪ゴーン、ゴーン。 夕暮れの鐘が鳴ると、とたんに釣れて、釣れて釣れてビクはたちまち魚でいっぱいです。「さあて、帰るとするか。魚は、みんな持って帰るぞ」 すると池に波が、ガバガバガバ。「置いとけえー!」 世にも恐ろしい声が、聞こえました。「ふん、だれが置いていくものか」 三ざえもんは平気な顔で言うと、肩をゆすって歩き出しました。 ところがしばらくすると、後ろからだれかついて来るのです。 見ると、それはきれいな女の人です。 女の人は、三ざえもんに追いつくと言いました。「もし、その魚、わたしに売ってくれませんか?」「気の毒だが、これはだめだ。持って帰る」「そこを、なんとか」「だめといったら、だめだ!」「どうしても?」「ああ、どうしてもだ!」「こうしても?」 姉さまはかぶっていた着物を、バッと脱ぎ捨てて言いました。「置いとけえー!」 女の人の顔を見た三ざえもんは、ビックリです。 なんと女の人の顔は、目も鼻も口もない、のっペらぼうだったのです。 しかし、さすがは豪傑(ごうけつ)の三ざえもんです。「えい、のっぺらぼうがなんじゃい! 魚は、置いとかんぞ!」  そう言って、しっかり魚を持って家に帰って行きました。「ほれ、ほれ、帰ったぞ。たくさん釣ってきたぞ」 三ざえもんは得意になって、おかみさんに言いました。 おかみさんは、心配そうにたずねました。「あんた、大丈夫だったかい? 怖いもんには、出会わなかったかい?」「出会った、出会った」「どんな?」「それはだな・・・」 三ざえもんが答えようとすると、おかみさんはツルリと顔をなでて言いました。「もしかしたら、こんな顔かい?」 とたんに見なれたおかみさんの顔は、目も鼻も口もない、のっペらぼうになったのです。 そしてのっぽらぼうは、怖い声で怒鳴りました。「置いとけえー!」「ひゃぇぇぇー!」 さすがの三ざえもんも、とうとう気絶(きぜつ)してしまいました。 やがて目を覚ました三ざえもんは、キョロキョロとあたりを見回しました。「あれ、ここはど

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こだ?」 確かに家へ帰ったはずなのですが、そこはさびしい山の中で、魚もさおも全部消えていたということです。

529 小槌(こづち)の柄(え)むかしむかし、大分のある田舎に、仕事もしないで遊んでばかりいる男がいました。 ある日の事、男が木陰で寝ていると、働き者のアリがやって来て言いました。「お前、そうして寝ていても、食べる物は集まらんじゃろう。早く起きて働け」 すると男は、「ばか言え、こんなに暑いのに、働くなんてごめんじゃ」 男がそう言うと、アリはしばらく考えてから、こう言いました。「そんなら、ええことを教えてやろう。 この山奥のお宮さんに、大黒さんがいる。 その大黒さんは、振れば何でも欲しい物が出る打出(うちで)の小槌(こづち)という物を持っておるから、それを借りて来たらどうじゃ。 そうすれば、働かんで食えるぞ」「おおっ、振るだけで何でもか! そいつはありがたい」 男は起き上がると、喜んで大黒さんのところへ行きました。 そして、「大黒さん、大黒さん、打出の小槌とやらをわしに貸してくれんか。それで食い物を出そうと思うんじゃ」と、頼みました。 すると大黒さんは、「貸してやってもええが、あいにく小槌の柄が折れとってのう。 その柄は、普通の物では役に立たん。 握るところがくぼんで黒光りするような、使い込んだクワの柄でなければならんのじゃ」と、言うのです。 男はそれを聞くと、その日から毎日毎日クワを握って、「まだ、くぼまんか。まだ、くぼまんか」と、言いながら、畑仕事を始めたのです。 こうして一年たち、二年たちと、何年もまじめに働いているうちに、食べ物がだんだんと家にたまってきたのです。 ある日の事、大黒さんが山からおりて来て、「くぼんで黒光りする柄は、まだ出来んのか? 出来たらすぐに、打ち出の小槌を貸してやるぞ」と、言いました。 すると男は、「ああ、大黒さん。 柄はまだ出来んが、まじめに働いたおかげで家にはこんなに食べ物がたまった。 それに、働くのが楽しくなった。 だからもう、小槌はいらんようになった」と、言いました。 するとそれを聞いた大黒さんは、にっこり笑って、「そうか。 それは、めでたい。 どうやらお前の心に、立派な打ち出の小槌が出来たようだな。 これからもまじめにクワを振れば、欲しい物は何でも出てくるようになるぞ」と、言って、山に帰って行ったそうです。

530 かくれ蓑(みの) 桃太郎が鬼ヶ島から持ち帰った宝物の中に、かくれ蓑(みの)というものがありました。 このかくれ蓑は、見かけはボロボロで汚れていますが、それを着るとたちまち体が消えて見えなくなってしまうという不思議な宝物です。 ある晩の事、一人の泥棒が桃太郎の家へ忍び込み、かくれ蓑を盗み出しました。「やった、やった。こいつさえあれば、なんでも盗み放題だぞ」 その日から泥棒の仕事は、おもしろいほどにはかどります。 何しろかくれ蓑を着ているおかげで、誰にも見つかることがないのですから。 ところがある日、泥棒の留守に納屋でかくれ蓑を見つけた泥棒のおばあさんは、「なんだ、この汚い物を大事にしまって」と、かくれ蓑を焼いてしまったのです。「ああっ、大切な商売道具が・・・」 帰ってきた泥棒は、がっかりです。 それでも、あきらめきれずにいろいろ考えた結果、裸になって体中にのりをつけて、かくれ蓑を焼いた灰の上をごろごろと転がってみました。 すると灰にも不思議な力が残っていて、体がすーっと見えなくなるではありませんか。「よし、これで最後の大仕事をしよう」 泥棒はそのまま、村一番の長者の屋敷へ忍び込みました。 屋敷の者たちは、目の前の物が次々に消えてなくなるのでびっくりです。「あっ、消えた! ああっ、また消えたぞ!」 泥棒は思わず、口元を手をさすってクスッと笑いました。 すると灰の取れた白い歯が、空中に現れたのです。「見ろ、歯の化け物だ!」 屋敷中が、大騒ぎになりました。(しまった! はやく逃げねば!) 泥棒はあわてて逃げ出しましたが、手をさすった時に手のひらの灰も取れたので、手のひらがヒラヒラと逃げて行く様子が誰の目にも明らかとなりました。「よし、あれを追うのだ!」 みんなは手のひらを目印に、どこまでも追ってきます。「はあ、はあ、はあ。何てしつこい奴らだ」 泥棒は逃げて逃げて、やがて全身に汗をかきました。 すると汗に体中の灰が落ちてしまい、盗人はすっ裸のみじめな姿で捕まったということです。

531 五分次郎むかしむかし、子どもがいない、おじいさんとおばあさんがいました。 二人は毎日、「小さくても構いませんから、子どもを授けてください」と、観音さまにおまいりをしました。 そんなある日、おばあさんの左手の親指が急にムクムクと大きくなり、それから七日七晩たつと、親指からポロリと小さな小さな男の子が生まれたのです。 男の子の大きさは、一寸の半分の五分(→約1.5センチ)くらいでした。 でも、おじいさんとおばあさんは大喜びです。「観音さまが、願いをきいてくださったぞ!」「五分しかないから、五分次郎と名付けましょう」 この五分次郎は、小さくても元気いっぱいな男の子でした。 ある日の事、五分次郎が笹の葉に乗って、ようじをさおにして川で遊んでいると、突然、海からやってきた大鯛にパクリと飲み込まれてしまいました。「あれ? 魚に飲み込まれてしまったぞ。・・・まあ、いいか。そのうちどうにかなるだろう」 五分次郎はのんきにも、大鯛のお腹の中で昼寝をはじめました。 さてその大鯛は、やがて漁師の網にかかって魚屋の調理場に連れて行かれました。 魚屋が大鯛のお腹を切ると、五分次郎は、「今だ~!」と、元気よく飛び出しました。 それから何日も旅をして、五分次郎は鬼ヶ島へ行きました。 五分次郎が岩の上からながめていると、鬼たちが赤鬼と青鬼に分かれて、戦いの稽古(けいこ)をしています。 五分次郎はおもしろがって「赤勝った。こんどは青勝った」と、はやしたてました。 それを聞いた鬼たちは、声の主を捜し始め

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ました。「いったい誰だ。稽古をじゃまするのは!」 そしてついに、鬼の親分が五分次郎を見つけました。「なんだこの小さな小僧は、腹の足しにもならんが、こうしてくれるわ」 鬼の親分は五分次郎をつまみ上げると、口の中へポイと放り込んだのです。「ああ、また食べられちゃった」 鬼のお腹に入った五分次郎は、鬼の体の中をかけまわると、ようじの刀で、 胃袋をチョン! おへそをチョン! のどをチョン!と、つつきまわります。 五分次郎を飲みこんだ鬼の親分は、目を白黒させて、「うわあ、痛い! 痛い!」と、大騒ぎです。 すると鬼の子分たちは、親分のお腹の中にむかって叫びました。「おい、宝物をやるから、親分の体から出て来い!」 すると五分次郎は、「本当だな! 嘘をついたら、またここへもどるからな!」と、いって、鬼の親分の鼻から外へピョーンと飛び出しました。「さあ、約束通り宝物をもらうぞ!」 すると鬼たちは馬と宝物を用意して、馬の背中に宝物を積んでやりました。 すると五分次郎は、馬の前髪に座って馬を歩かせると、おじいさんおばあさんの待つ家に帰って行ったのです。

601 金太郎むかしむかし、あしがら山の山奥に、金太郎という名前の男の子がいました。 金太郎の友だちは、山の動物たちです。 金太郎は毎日毎日、動物たちとすもうをして遊んでいました。「はっけよい、のこった、のこった」「金太郎、がんばれ、クマさんも負けるな」 だけど勝つのはいつも金太郎で、大きな体のクマでも金太郎にはかないません。「こうさん、こうさん、金太郎は強いなあ。でも、次は負けないぞ」 今度は、つな引きです。 金太郎一人と、山中の動物たちの勝負です。 動物たちの中には、体の大きなクマやウシやウマやシカもいましたが、金太郎にかないません。「つな引きも、金太郎の勝ち!」 なんとも大変力持ちの金太郎ですが、強いだけでなく、とてもやさしい男の子です。 ある日、クマの背中に乗って山道を行くと、谷のところで動物たちが困っていました。「どうしよう? 橋がないから、向こうへわたれないよ」「よし、ぼくにまかせておけ」 金太郎は近くに生えている大きな木を見つけると、「よし、ちょうどいい大きさだ」と、いって、その大きな木に体当たりをしました。 ドーン! すると大きな木は簡単に折れてしまい、金太郎がそれを持ち上げて谷にかけると、あっという間に一本橋の出来上がりです。「わーい。どうも、ありがとう」 動物たちは大喜びで、金太郎のつくってくれた橋を渡りました。 その後、強い力とやさしい心を持った金太郎は立派な若者になり、都のえらいお侍さんの家来(けらい)になって、悪い者を次々とやっつけたということです。

602 一人になった鬼の親分 むかしむかし、鬼神山(おにがみやま)という山に二匹の鬼の親分が住んでいて、それぞれが大勢(おおぜい)の子分(こぶん)をひきつれていました。 親分同士の仲がよく、これまでけんかをした事がありません。 ところがある日、二匹の親分が一緒に酒を飲んでいる時に片方の親分が、「お前の子分よりも、わしの子分の方がずっと元気がええ」と、言いました。 それを聞いたもう一人の鬼の親分が、顔を真っ赤にして言い返しました。「何を言うか! わしの子分の方が、お前の子分よりもずっと元気がええわい!」「なんだと!」「なんだとは、なんだ!」「やる気か!」「ああ、やってやるぞ!」 二匹の鬼の親分が、同時に立ち上がりました。 でも、二匹の鬼の親分の力は同じです。 けんかをすれば、両方とも無事ではすみません。 そこで片方の鬼の親分が、もう片方の鬼の親分に言いました。「おれたちがけんかをすれば、両方とも死んでしまうかもしれん。 そうなれば、子分たちのめんどうを見るやつがいなくなる。 ここはけんかでなく、他の事で勝負をつけないか?」「なるほど、お前さんの言う通りだ。それなら、あのけわしい谷の上に石の橋をかけるというのはどうじゃ?」「それは、おもしろい。 よし、日がくれたら仕事の開始じゃ。 朝までに石の橋をかけ、どっちの橋がよく出来ているか、わしとお前で見てまわろう」「わかった。 もし、わしの方が負けたら、お前の弟分(おとうとぶん)になるとしよう。 その反対にわしの方が勝ったら、お前が弟分になるんだ」「いいとも。決まりだ」 二匹の鬼の親分は、さっそく子分たちのところへ行って、この事を話しました。 さて、日が暮れると同時に、どっちの鬼たちも石の橋をつくりはじめました。「しっかりとがんばれ。負ければ、あっちの親分の家来にされてしまうぞ」 二匹の鬼の親分は、必死(ひっし)で子分たちを追いたてます。 静かだった鬼神山は、まるで戦(いくさ)の様な騒ぎです。 ところが片方の橋はどんどん出来上がっていくのに、もう片方の橋はなかなか仕事がはかどりません。 東の空が白くなる頃、谷の上に一つの見事な橋が出来上がりました。 でももう一つの橋は、まだ半分というところです。 負けた鬼の親分が、勝った鬼の親分に言いました。「どうやら、わしらの負けのようだ。約束通り、今日からわしはお前の弟分になろう」 それからというもの鬼神山の鬼の親分は一人になり、その下に大勢の子分をしたがえるようになったのです。

603 米のご飯を腹一杯 むかしむかし、吉四六さんと言う、とてもゆかいな人がいました。 吉四六さんは、いばっている人が大嫌いで、そんな人は得意のとんちでやっつけたりしますが、貧しい人や困っている人にはとても親切な人でした。 ある時、吉四六さんは近所の貧しい家の子どもを預かりました。「なあ、坊主、お前の一番の望みは何だい?」 吉四六さんが尋ねると、子どもが言いました。「ああ、おら、一度でいいから、米のご飯を食べてみてえ」 それを聞くと吉四六さんは、何とかしてお米のごはんを食べさせてやりたいと思いました。 でも、その頃のお百姓さんは貧乏で、食べ物はアワかムギのおかゆで、お米のご飯は、お祭りや祝い事などの特別な

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時しか食べる事が出来ませんでした。「弱ったなあ。お祭りは、まだまだ来ねえし」 そこで次の朝、吉四六さんはわざと外へ行くとすぐ戻って来て、おかみさんに言いました。「実は、今日は村のみんなで、壊れた道を直す事になった。だから早く弁当を作ってくれ」 村の仕事で出かけるとなると、弁当を作らないわけにもいきません。 それにみんなと一緒に食べるのですから、アワやムギでは恥ずかしいので、おかみさんはとっておきのお米を炊いて弁当箱に詰め、干し魚もたくさん入れてあげました。「ありがとよ」 吉四六さんは弁当を持って、あわてて家を飛び出して行きました。 ところがしばらくすると、がっかりした顔で帰ってきたのです。「まったく、しょうのない話だ。せっかく弁当を持って行ったのに、急に仕事が取り止めになった。もう少し早く教えてくれれば 弁当なんか作らずにすんだものを」 吉四六さんは、わざと怒ったふりをしました。 それから急に、やさしい顔になって言いました。「しかし、せっかくの弁当を捨てるわけにもいかん。どうだろう、この弁当をあの子に食わせてやっては? きっと喜ぶぞ」 するとおかみさんは、ようやく吉四六さんのやろうとしていた事が分かって、「ええ。そうしてあげましょう」と、にっこり微笑みました。「あはは。まったく、お前はいい嫁さんだ」 そこで吉四六さんは、さっそく子どもを起こしてくると、「ほら、米のご飯だ。これは全部、お前が食ってもいいんだぞ」と、言って、腹一杯米のご飯の弁当を食べさせてあげました。「おいしい! おいしい!」 夢中で弁当を食べている子どもを見ながら、吉四六さんとおかみさんは顔を見合わせて、「よかった、よかった」と、言いました。

604 少女ギツネ むかしむかし、仁和寺(にんなじ)の東にある高陽川(こうようがわ)のほとりに、夕暮れ時になると可愛い少女に化けたキツネが現われて、馬で京に向かう人に声をかけるという噂がたちました。「どうぞ、私をお連れ下さいませ」 そう言って馬に乗せてもらうのですが、すぐに姿を消して乗せてもらった人をびっくりさせると言うのです。 ある日、一人の若者が馬でその場所を通りかかりました。 そこへいつもの様に少女ギツネが現われて、若者に声をかけました。「そこのお馬の人。私をあなたさまの後ろへ、乗せてはいただけませんでしょうか?」「ああっ、いいですよ」 若者はこころよく引き受けると、その少女を自分の馬に乗せてあげました。 そして何と、すでに用意していたひもを取り出すと、その少女を馬の鞍(くら)にしばりつけてしまったのです。「これで逃げられまい」 実はこの若者、その少女がキツネだという事を仲間から聞いて知っていたのです。 そしてそのいたずらギツネを捕まえようと、ここにやって来たのでした。 少女ギツネを捕まえた若者は、仲間の待つ土御門(つちみかどもん)へと急ぎました。 若者の仲間は、たき火を囲んで待っていました。「おお、約束通りキツネを捕まえてきたぞ。逃げられないように、みんなで取り囲んでくれ」 仲間たちが周りを取り囲んだのを見ると、若者は少女ギツネをしばっているひもを解いて放してやりました。 しかしそのとたん、キツネも仲間のみんなも、すーっと消えてしまったのです。「なに! ・・・しまった! あの仲間は本物ではなく、キツネが化けた物だったのか!」 若者はじだんだをふんでくやしがりましたが、でも数日後、再び少女ギツネを捕まえたのです。 若者は、キツネに化かされないためのおまじないにまゆ毛につばをつけると、注意しながら本当の仲間の所へ行きました。 そして仲間と一緒に、さんざん少女ギツネをこらしめてから放してやりました。 それからしばらくたって、若者はその少女ギツネの事が妙に気にかかり、高陽川(こうようがわ)のほとりまで様子を見に行きました。 するとやはり、あの少女ギツネが現われました。 でも着物は薄汚れていて、顔色もよくありません。 若者は、少女ギツネにやさしく声をかけました。「この前は、少しやりすぎたようだ。今日は何もしないから、京まで乗せていってやろう」 すると少女ギツネは、悲しそうな目で若者を見ると、「どんなに乗せてもらいたくても、またこの前の様に、こらしめられるのは怖いから、いやや」と、言って姿を消して、二度と現われる事はなかったそうです。

605 吉四六の天昇り むかしむかし、吉四六さんと言う、とてもゆかいな人がいました。 ある日の事。 吉四六さんは村に、奇妙な立て札を立てました。《明日の正午、畑にて、吉四六が天昇りをいたします》 さあ、それを知った村人たちは大騒ぎです。「おい聞いたか? あの吉四六さんが、天昇りをするそうだぞ」「まさか、いくら吉四六さんでも、天に昇ることなんか」「いいや、吉四六さんなら、本当にやりかねんぞ」 そして、いよいよ次の日。 吉四六さんの畑に、村中の人が集まって来ました。 するとそこへ現れた吉四六さんが、村人たちにこう言いました。「みなさん。 わたしもいよいよ、天に昇る事になりました。 つきましては、お願いがござります。 天へは、このはしごを伝わって昇りますので、誰か下で押さえていて下さい。 それからわたしも最後は賑やかに行きたいので、他の方々は下で踊(おど)りながら、『天昇りは危ないぞ』と、言って下さい。 それではみなさま、どうかおたっしゃで」 こうして吉四六さんは、少しずつはしごを登って行きました。 下では村人が、天を見上げながら、「天昇りは、危ないぞ。天昇りは、危ないぞ」と、言いながら、畑の中を踊りまわります。 吉四六さんは、はしごのてっぺんから下の様子を見ていましたが、やがてどうしたわけか、スルスルと下りて来て、みんなに向かってこう言いました。「せっかく決心して登りましたが、こうみんなに『危ない、危ない』と言われると、やっぱり恐ろしくなりました。そんな訳で、今回は止めにします」「はあ? ・・・・・・」 それを聞いた村人たちは、しばらくあっけにとられていましたが、急に馬鹿馬鹿しくなって家に帰って行きました。 そして一人残された吉四六さんは、しめしめとばかりに十分にならされた畑をながめて、「よし、これで今年は、畑を耕さなくてもいいな」と、ニッコリ笑いました。 吉四六さんは村

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人たちに踊りを踊らせて、自分の畑を耕したのでした。

606 たごかつぎ むかしむかし、吉四六さんと言う、とてもゆかいな人がいました。 吉四六さんの村には、平助(へいすけ)という、うそつきの名人がいました。 この平助は、うそでだました相手の困った顔を見るのが大好きで、その為にはどんな努力も惜しまないのです。 村人は誰でも二度や三度はだまされていますが、さすがに吉四六さんだけは、一度もだまされた事がありません。 ですから平助は、いつか吉四六さんをだましてやろうと思っていたのでした。 ある年の事、吉四六さんが大事にしていたメス馬の『青』が子どもを妊娠しました。 いよいよ子どもが産まれる月となって、朝から青の様子がおかしいのです。 吉四六さんは喜んで、「さあ、いよいよ子馬が産まれるぞ」と、思いましたが、あいにく今日は町へ行って、下肥(しもごえ→人の糞尿を肥料としたもの)をくみに行く日なのです。 そこで吉四六さんは、メス馬の青の事を奥さんによく頼んで町へ出かけました。 吉四六さんが大急ぎで肥(こえ)をくみ、重たいたごをかついで町はずれまで帰ってくると、向こうの方から急ぎ足でやって来た平助とばったり出会いました。「平助、どこへ行くんだ?」「ああ、町へ買い物に行くんだ」 ここで平助は、吉四六さんをだますうそを思いつきました。「そうだ! そんな事より吉四六さん、大変だぞ!」「どうしたんだ?」「お前の青が子を産みかかったが、とても難産で親も子も死にそうなんだよ」「そりゃ、本当か!」 吉四六さんはたごをかついだまま、顔色を変えて駆け出そうとしましたが、急に立ち止まると言いました。「おっと。すっかり忘れていた。 馬のお産だったら、何も心配はない。 実はおれの家には、庄屋さんからもらった馬の薬があるんだ。 どんな難産でも、それを一服飲ませるとすぐに子馬が産まれるという妙薬だよ。 かみさんに頼んでおいたから、今頃はもう無事に産まれているに違いない」 すると、平助は言いました。「でもそう言えば、みんなで大騒ぎしていたぞ。奥さんがその薬の置き場所を忘れたのかもしれないよ」「え? こうしちゃいられない。平助、たごは頼むよ!」 吉四六さんはそう言うと、たごを道のまん中に置いて駆け出しました。 それを後ろから見送った平助は、大笑いです。「あはははははっ、吉四六さんめ、とうとう引っかかりおったぞ。 青に何の変わりがないのを見て、さぞくやしがるだろうな。 たごを頼まれたのは計算違いだったが、まあいい。 はやく行って、吉四六さんのくやしがる顔でも見てやるか」 平助は吉四六さんの置いて行ったたごを担ぐと、自分も大急ぎで引き返しました。 しばらくいくと村の庄屋さんが、向こうからやって来ました。「やあ、庄屋さま。いま、吉四六さんに出会いませんでしたか? おれにだまされて、あわてて帰ったはずですが」 平助が自慢気に言うと、庄屋さんは『なるほど』と納得した顔で答えました。「会うには会ったが、にこにこして歩いていたよ。そして、『平助は、思ったよりも馬鹿な奴だ』と、言っていたぞ」「な、何だって?」「そう言えばお前、吉四六さんに馬の妙薬の話を聞かなかったかい?」「はい。庄屋さまにもらった、その薬が見つからぬと言って、おどろかしてやったのですが」「わははははっ。平助、お前うまくかつがれたな。そんな妙薬なんかあるものか。全部、吉四六さんの作り話さ」「何!」「おまけに吉四六さんは、わざとあわてたふりをして、お前にたごをかつがせたんだよ。お前があんまり人をかつぎたがるから、今日はあべこべに吉四六さんからたごをかつがせられたんだよ。さすがのお前も、吉四六さんにはかなわないな。あはははははっ」 庄屋さんは、腹をかかえて笑い出しました。「何てこった」 がっかりした平助は仕方なく、重たいたごをかついで村へ帰りました。

607 夕やけナスビむかしむかし、深い山の中に、鬼山村(おにやまむら)という村がありました。 ここ村人たちは、人と付き合うのをひどくきらって、村から外へ出る事がありません。 それでも生活に必要な塩を買う時だけは、いくら人嫌いなこの村人たちも、仕方なく浜野村(はまのむら)まで塩を買いに行くのでした。 けれど自分の姿を見られるのが嫌なので、買い物をすませるとまるで消えるようにさっさと帰ってしまうのです。 だからよその村人たちは、鬼山村の人の姿をほとんど見た事がなかったのです。 さて、ある日の事。 浜野村の男が鬼山村の人をからかってやろうと、一人で村を訪ねていきました。 ところが村の中には人影どころか、ネコの子一匹見えません。「なんだ、これではからかいようがないではないか」 そこで男は、誰でもいいから外に呼び出してやろうと大声でさけびました。「おらの畑のナスビは、すごくでっかくて、たくさんあるんだぞ!」「・・・・・・」 家の中に人がいる気配はするのですが、誰も外へは出てきません。 男は、前よりもっと大きな声でさけびました。「おーい! お前んとこの塩をちっとくれたら、おれの広い畑のでっかいナスビを、みんなくれてやるぞう!」 それでも家からは、誰も出てきません。「ちえっ。おもしろくねえ」 男はぶつぶつ言いながら、自分の村の方へ帰って行きました。 すると、どうでしょう。 たくさんのナスビが夕やけの空をうずめるようにして、自分の頭の上を飛んで行くではありませんか。 ナスビは浜野村から鬼山村へと、金銀の玉のようにキラキラ光りながら飛んで行くのです。「もしかして!」 男があわてて自分の畑に行ってみると、なんとナスビは一つ残らずなくなって、一面のぼうず畑になっていたのです。「おっ、おれのナスビが・・・」 男がガッカリして家に帰ってみると、家の門の前に塩が一つまみ、チョコンと置いててあったそうです。

608 清水の観音さまのお告げ むかしむかし、運にめぐまれない男が幸運を祈って、清水の観音さまへ願かけに行きました。「観音さま。

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おれは何をやっても運にめぐまれず、失敗ばかりです。どうかおれにも、幸運を授けてください」 すると満願の前夜、夢枕に観音さまが現れて、ありがたいお告げをしてくれました。「お前はよくよく運のない男だが、実に正直に生きておる。 そのほうびに、一つだけ運をさずけよう。 明朝、お堂から飛び降りてみよ」「えっ、飛び降りるのですか?」 男が目を覚ますと、ちょうど夜明けでした。「もしかすると、おれは死ぬかも知れない。 しかし、観音さまのお告げだ。 このまま不運続きで、生きていくよりは、・・・ええい!」 男がお堂から飛び降りると、その拍子に目玉が二つ抜け落ちてしまいました。「ああっ、これは大変だ!」 男があわてて目玉を拾うとすぐにはめたのですが、そのはめた目玉の片方は、前後ろが反対だったのです。 しかしそのおかげで、男は腹の中が手に取るように見えるのです。「なるほど、なるほど、体の中は、こうなっていたのか」 その後、男は医者になって大もうけしたということです。

609 天人女房(てんにんにょうぼう) むかしむかし、あるところに、一人の若い木こりが住んでいました。 ある日の事、木こりは仕事に出かける途中で、一匹のチョウがクモの巣にかかって苦しんでいるのを見つけました。「おや? これは可哀想に」 木こりはクモの巣を払って、チョウを逃がしてやりました。 それから少し行くと、一匹のキツネが罠(わな)にかかっていたので、「おや? これは可哀想に」と、木こりは罠からキツネを助けてやりました。 またしばらく行くと、今度は一羽のキジが藤かずらにからまってもがいていました。「おや? これは可哀想に」 木こりはナタで藤かずらを切り払い、キジを逃がしてやりました。 さて、その日の昼近くです。 木こりが泉へ水をくみに行くと、三人の天女が水浴びをしていました。 天女の美しさに心奪われた木こりは、泉のほとりに天女が脱ぎ捨ててある羽衣(はごろも)の一枚を盗みとって木の間に隠れました。 やがて三人の天女は水から出てきましたが、そのうちの一人だけは天に舞い上がるための羽衣が見つかりません。 二人の天女は仕方なく、一人を残して天に帰って行きました。 残された天女は、しくしくと泣き出してしまいました。 これを見た木こりは天女の前に出て行って、天女をなぐさめて家へ連れて帰りました。 そして盗んだ羽衣は、誰にも見つからないように天井裏へしまい込みました。 そして何年かが過ぎて二人は夫婦になったのですが、ある日木こりが山から戻ってみると、天女の姿がありません。「まさか!」 男が天井裏へ登ってみると、隠していた羽衣も消えています。「あいつは天に、帰ってしまったのか」 がっかりした男がふと見ると、部屋のまん中に手紙と豆が二粒置いてありました。 その手紙には、こう書いてありました。《天の父が、あたしを連れ戻しに来ました。あたしに会いたいのなら、この豆を庭にまいてください》 木こりがその豆を庭にまいてみると、豆のつるがぐんぐんのびて、ひと月もすると天まで届いたのです。「待っていろ、今行くからな」 木こりは天女に会いたくて、高い高い豆のつるをどんどん登って行きました。 何とか無事に天に着いたのですが、しかし天は広くて木こりは道に迷ってしまいました。 すると以前助けてやったキジが飛んで来て、木こりを天女の家に案内してくれたのです。 しかし天女に会う前に、家から父親が出て来て「娘に会いたいのなら、この一升の金の胡麻(ごま)を明日までに全部拾ってこい」と、言って、天から地上へ金の胡麻をばらまいたのです。 天から落とした胡麻を全て拾うなんて、出来るはずがありません。 とりあえず金の胡麻探しに出かけた木こりが、どうしたらよいかわからずに困っていると、以前助けてやったキツネがやって来て、森中の動物たちに命令して天からばらまいた金の胡麻を一つ残らず集めてくれたのです。 木こりが持ってきた金の胡麻の数を数えた天女の父親は、仕方なく三人の娘の天女を連れてくると、「お前が地上で暮していた娘を選べ。間違えたら、お前を天から突き落としてやる」と、言うのです。 ところが三人の顔が全く同じなので、どの娘が木こりの探している妻かわかりません。 すると、以前助けてやったチョウがひらひらと飛んで来て、まん中の娘の肩にとまりました。「わかりました。わたしの妻は、まん中の娘です」 見事に自分の妻を言い当てた木こりは、妻と一緒に地上へ戻って幸せに暮らしたということです。

610 テングの隠れみのむかしむかし、彦一(ひこいち)と言う、とてもかしこい子どもがいました。 小さい頃から頭が良くて、ずいぶんととんちがきくのですが、大が付くほどの酒好きです。 何しろ彦一の夢は、毎日たらふく酒を飲むことです。「酒が飲みてえな。何か、うまい知恵はないだろうか?」 考えているうちに、ふと、それをかぶると姿が消えるという、テングの隠れみのの事を思い出しました。 テングは村はずれの丘に、時々やって来るといいます。「よし、テングの隠れみのを手に入れて、酒をたらふく飲んでやろう」 彦一はさっそく、ごはんを炊くときに使う火吹き竹(ひふきだけ)を持って、丘に来ました。「やあ、こいつはええながめだ。 大阪や京都が、手に取るように見える。 見えるぞ」 そう言いながら、火吹き竹を望遠鏡(ぼうえんきょう)のようにのぞいていると、松の木のそばから声がしました。「彦一、彦一。 のぞいているのは、かまどの下の火を吹きおこす、ただの火吹き竹じゃろうが」 声はしますが、目には見えません。 テングが、近くにいるのです。「いいや、これは火吹き竹に似た、干里鏡(せんりきょう)じゃ。 遠くの物が近くに見える、宝じゃ。 ・・・おお、京の都の美しい姫がやってきなさったぞ。 牛に引かせた車に、乗っておるわ」「京の都の姫だと? 彦一、ちょっとで良いから、わしにものぞかせてくれんか?」 テングは、彦一のそばに来たようすです。「だめだめ。 この千里鏡は、家の宝物。 持って逃げられては、大変じゃ」 そのとたん、目の前に大きなテングが姿を現しました。「大丈夫、逃げたりはせん。 だけどそんなに心配なら、そのあいだ、わしの隠れみのをあずけておこう」「うーん、それじゃ、ちょっとだけだぞ」 彦一はすばやく隠れみのを身につ

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けると、さっと姿を消しました。 テングは火吹き竹を目にあててみましたが、中はまっ暗で何もうつりません。「彦一め、だましたな!」と、気がついたときには、彦一の姿は影も形もありませんでした。 隠れみのに身を包んだ彦一は、さっそく居酒屋(いざかや→お酒を出す料理屋)にやって来ると、お客の横に腰をかけて徳利(とっくり→お酒の入れ物)のままグビグビとお酒を飲み始めました。 それを見たお客は、ビックリして目を白黒させます。「とっ、徳利が、ひとりでに浮き上がったぞ!」 さて、たらふく飲んだ彦一は、ふらつく足で家に帰りました。「うぃー。これは、便利な物を手に入れたわ。・・・ひっく」 隠れみのさえあれば、いつでもどこでも好きな酒を飲む事ができます。 次の朝。 今日も、ただ酒を飲みに行こうと飛び起きた彦一は、大事にしまいこんだ隠れみのがどこにもない事に気がつきました。「おーい、おっかあ。 つづら(→衣服を入れるカゴ)の中にしまい込んだ、みのを知らんか?」「ああ、あの汚いみのなら、かまどで燃やしたよ」「な、なんだと!」 のぞきこんでみると、みのはすっかり燃えつきています。「あーぁ、なんて事だ。毎日、酒が飲めると思ったのに・・・」 彦一はぶつくさいいながら灰をかき集めてみると、灰のついた手の指が見えなくなりました。「ははーん。どうやら隠れみのの効き目は、灰になってもあるらしい」 体にぬってみると、灰をぬったところが透明になります。「よし、これで大丈夫だ。さっそく酒を飲みに行こう」 町へ出かけた彦一は、さっそくお客のそばにすわると徳利の酒を横取りしました。 それを見たお客は、「わっ!」と、悲鳴をあげました。「み、みっ、見ろ。めっ、目玉が、わしの酒を飲んでいる!」 隠れみのの灰を全身にぬったつもりでしたが、目玉にだけはぬっていなかったのです。「化け物め、これをくらえ!」 お客はそばにあった水を、彦一にかけました。 バシャン! すると、どうでしょう。 体にぬった灰がみるみる落ちて、裸の彦一が姿を現したのです。「あっ! てめえは、彦一だな! こいつめ、ぶんなぐってやる!」「わっ、悪かった、許してくれー!」 彦一はそういって、素っ裸のまま逃げ帰ったという事です。

611 絵から抜け出した子馬 むかしむかし、ある村のお寺に、絵をかくのが何よりも好きな小僧さんがいました。 お経も覚えずに、ひまさえあれば絵ばかりかいていました。「仏さまに仕える者が、そんな事でどうする。絵をやめないのなら、寺を追い出してしまうぞ」 和尚さんからきびしくしかられても、やっぱり絵をやめる事が出来ません。 そこで夜中にこっそり起きて、絵をかくことにしました。 ある日の事、小僧さんは子馬の絵をかきあげました。 まるで生きているみたいで、自分でも見とれるほどです。 小僧さんはうれしくなって、和尚さんに見つからないように自分の部屋にかくしておきました。 ところがしばらくたってこの村に、困った事が起きました。 すっかり黄色くなった麦の穂(ほ)を、食い荒らすものが現れたのです。 豊作だと喜んでいたお百姓さんたちは、とてもくやしがりました。「こんな悪さをする奴は、とっ捕まえて殺してやる」 お百姓さんたちは畑に小屋をつくって、一日中見張る事にしました。 するとその晩、どこからともなく一頭の子馬が現れて麦畑の中へ消えていくではありませんか。「さては、あの子馬が麦を食べているんだな」 見張りのお百姓さんたちは、こっそり子馬のあとをつけました。 そんな事とは知らない子馬は、うれしそうに麦畑を駆け回ると、立ち止まってはおいしそうに麦の穂を食べました。「やっぱり、あいつだ」「もう、ゆるせない」 お百姓さんたちは飛び出して、子馬を取り囲みました。「逃がすんじゃないぞ」「それ、追うんだ」 お百姓さんたちが必死で追いかけて行くと、馬はお寺の中にかけ込んでいきました。「なんだ? お寺で馬を飼うわけないし、あずかったという話も聞いていないが」 不思議に思いながらも、お寺に行ってみるとどうでしょう。 馬の足あとが、てんてんと小僧さんの部屋まで続いているのです。「まさか」 お百姓さんたちから話を聞いて、和尚さんが急いで小僧さんの部屋に行ってみました。 するとそこには、子馬の絵を抱いた小僧さんがすわっていました。 子馬は今にも絵から飛び出そうと、じっとこっちを見ています。「こ、こ、この馬です」 あとからやってきたお百姓さんたちも、その絵を見て思わず息を飲みました。 泣き出しそうになっている小僧さんを見て、和尚さんが言いました。「絵の馬が抜け出すとは、大した腕前だ。これからは、自由に絵をかいてもいいぞ」 そんな事があってから、小僧さんは仏さまの絵をたくさんかいて村人たちにわけてあげました。 村人たちはその絵を家宝にして、大切にしたということです。

612 ふたりになった孫 むかしむかし、ある村に、おじいさんとおばあさんが住んでいました。 おじいさんとおばあさんには、一人の可愛い孫がいます。 ところが家が貧乏なので、孫を二里(八キロメートル)ほどはなれた漁師の網元(あみもと→多くの漁師をやとっている、漁師の親方)の家へ奉公(ほうこう→住み込みで働くこと)に出すことになりました。 しかし孫は、奉公に行ったその晩に帰って来て、「じいさま、おばあさん。 おら、網元の家じゃあ、骨がおれてどうにもなんねえ。 おら、あそこへ奉公するのはいやだ」と、言うのです。 おじいさんとおばあさんは、すっかり困って言いました。「これ。ただこねるもんでねえ」「そうだ。何とかしんぼうして、がんばってくれ」 そしてせんべいを食べさせたり、おみやげ持たせたりして、やっと帰したのですが、あくる日の晩になると、また戻ってきたのです。 こうして孫は毎晩毎晩帰ってきては、おいしい物を食べて、おみやげを持って帰っていったのです。 ある日の事。 孫が休みをもらったと言って、珍しく昼間に現れました。 そこでおばあさんは、孫に注意をしました。「なあ、お前。 そんなに家に帰ってばかりしては、網元さまに良く思われんよ。 つらいだろうが、もっとしんぼうせにゃ」 すると孫は、不思議そうな顔をして言いました。「じいさま、ばあさま。 おら、網元さんに奉公してから、今日始めて家に帰ってきたんだよ」

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「始めて? 何を言う。お前は毎晩の様に、帰ってくるでねえか」「そうだ。そしてごちそうたらふく食べて、みやげまで持って帰るでねえか」 おじいさんとおばあさんの言葉に、孫はびっくりです。「いんや、いんや、おら、帰って来るのは、今日が始めてだ」「???」 孫がうそを言う子どもでないことは、おじいさんもおばあさんもよく知っています。 おじいさんもおばあさんも孫も、不思議そうに首をかしげました。 その夜、誰かが家の戸を叩きました。 おじいさんが戸口に行くと、「おらだ。今帰ったぞ」と、いつもの孫の声がします。 おじいさんがびっくりして家の中を見ると、孫はおばあさんと話しをしています。「こりゃ、たまげた。孫が二人になったぞ。どっちが孫が、本物じゃろか?」 おじいさんは、ふと考えました。(そう言えば、夜に来る孫は、すこしおかしなところがあった。すると外にいる孫は、化け物かもしれんぞ) おじいさんは、そばにあった天びん棒(てんびんぼう→両端に荷物を引っかけて使う、荷物もちの棒)を持って、用心しながら戸を開けました。 すると外の孫は、びっくりして言いました。「じいさま、じいさま。おらは、お前の孫だぞ。そないな物を持って、どうするんじゃ」「やかましい! わしの可愛い孫は昼間に来て、奥でばあさまと話をしとるわい!」 おじいさんが怒鳴ると、今まで孫の姿をしていたものがクルリととんぼ返りをして、一匹のタヌキになりました。 そして手を合わせて、「じいさまや。かんにん、かんにん」と、あやまるのです。 その様子を見たおじいさんは、すっかりタヌキの孫も可愛くなって、「よしよし。せっかく来たんじゃから、あがっていけ。ごちそうもあるから、たんと食べて行けや」「ありがとう」 タヌキは礼を言うと、またクルリととんぼ返りをして孫の姿になりました。 そして、おじいさんとおばあさんと本当の孫とタヌキの孫は、みんな仲良く晩ご飯を食べたのでした。

613 泥棒退治のへ むかしむかし、あるところに、なまけ者の男がいました。 働きに行ってもすぐになまけるので、どんな仕事もすぐにやめさせられます。 そこで男は、村のちんじゅさまにおまいりをして、「どこかに、楽な働き口が見つかりますように」と、お願いしました。 すると、ちんじゅの神さまは、めったにおがんでくれる者がないので喜んで、「よろしい。お前の頼みを聞き届けてやろう。お前には、珍しい『へ』を授けよう」と、言ったのです。「へっ? 『へ』ですか?」 男は、ガッカリです。「こら、何だその顔は。 もっと、喜ばんか。 いいえ、わしの授ける『へ』は、ただの『へ』ではないぞ。 この『へ』は、プウーとかスウーとか、そんなケチななりかたはせん。 ダリャ! ダリャッ!(だれだ、だれだ)と、でっかい音がする。 これでお前にはきっと、良い働き口が見つかるはずじゃ」 ちんじゅの神さまの声は、それっきり聞こえなくなってしまいました。「ああ、せっかくおがんだのに、『へ』しか授けてもらえんとは」 次の日、男が働き口を探しに行くと、間もなくやとってくれるところが見つかりました。 ところが男が、「ダリャ、ダリャッ!」と、音のでっかい『へ』をするものだから、たちまち嫌われてひまをだされてしまいました。「話しが違うではないか! せっかく良い働き口が見つかったのに、『へ』のせいで追い出されてしまったぞ」 男が村はずれで途方にくれていると、男のうわさを聞いた長者(ちょうじゃ→詳細)の使いがやって来て言いました。「どうだ。長者さまのお屋敷で、働かねえか」 男はこうして、長者の屋敷で働く事になりました。 男の仕事は、屋敷にある物を泥棒に取られないように見張ることです。「これなら、おらにもつとまりそうだ」 男は毎晩、屋敷の倉に入って見張る事にしました。 けれども、いつまでたっても泥棒が現れないので、男はすっかりゆだんして倉の中でねむってしまいました。 そこに、泥棒が現れました。「しめしめ、誰もおらんぞ」 泥棒が安心して、金目の物をふろしきに包みはじめると、「ダリャ、ダリャッ!」と、いきなり大きな声がしました。 泥棒は、まさかそれが『へ』だとは思いません。「しまった。見つかったぞ!」 泥棒は、あわてて逃げ出そうとしましたが、誰も追いかけてくる様子はありません。 気を取り直して見回すと、一人の男がだらしなくねむっています。「なんだ。今のはこいつの『へ』の音か。おどかしやがって」 泥棒は怒って、男の尻に、落ちていたたるのせんをつめました。「これでよし」 そして再び、泥棒を開始しました。 そしていよいよ、泥棒が盗んだ物をかついで倉を出ようとすると、男の尻につめてあったたるのせんが、スポーンと抜けたから大変です。 たまりにたまった『へ』が、「ダリャ、ダリャッ、ダリャーッ!!」と、屋敷中にひびき渡りました。 そしてそれを聞きつけた屋敷の者がすぐに駆けつけたので、泥棒はあっさり捕まってしまいました。「よくやった! お前の見事な働きで、泥棒が退治出来たぞ。しかも今まで盗まれた物も、取り返す事が出来たぞ」 男は喜んだ長者から、たくさんのほうびをもらったということです。

614 山寺の菩薩 むかしむかし、京都のある山寺に、それはそれは学問のある偉い和尚(おしょう)さんがいました。 そして不思議な事に、このお寺にはとてもありがたい事がおこると言うのです。「さよう、普賢菩薩(ふげんぼさつ)というありがたい仏さまが、ゾウにお乗りになって現れるのじゃ」 この話しを聞いた大勢の人が寺をたずねてきては、普賢菩薩(ふげんぼさつ)さまをおがんでかえるのでした。 和尚さんはいつもうれしそうに、お寺まいりの人たちに言いました。「わしは何十年もの間、ただの一日もお経をかかしたことがござりませぬ。 それできっと、このようなありがたい仏さまがおがめるようになったのでござりましょう」 ある日の事。 一人の猟師(りょうし)が、この山寺へやって来ました。 和尚さんは、猟師に言いました。「あんたは毎日、生き物を殺してばかりおられる。 しかしこれからは心を入れかえて、仏につかえてはどうじゃな。 ありがたい普賢菩薩(ふげんぼさつ)さまのお姿をおがんで、今夜はゆっくりここにお泊まりなされ」「へえ、喜んで泊

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めていただきましょう」 猟師は今夜も現れるという、普賢菩薩(ふげんぼさつ)が現れるのを待つことにしました。 さて、真夜中(まよなか)になると和尚さんは、猟師を本堂へ案内しました。「もうそろそろ、おでましになりますから、どうぞ、こちらへ」 本堂のとびらを開けると、寺の小僧さんが先に待っていました。 三人は長い間、普賢菩薩(ふげんぼさつ)が現れるのを待ちました。 すると、ポツンと一つ、白い光が東の空に現れたのです。 そしてその光はこちらへ来るにつれてだんだん大きくなり、寺のまわりの山々を明るくてらしました。 光はやがて雪のような白いゾウになると、背中に普賢菩薩(ふげんぼさつ)を乗せて静かに寺の前にたちました。 普賢菩薩(ふげんぼさつ)の体からは、まぶしいほどの後光(ごこう→神さまや聖人などの背後に、円形または輪状・放射状に見える光線)がさしています。 和尚さんと小僧さんは、頭を下げたまま、「なむあみだぶつ、なむあみだぶつ」と、一心にお経を唱えはじめました。 ところが猟師は鼻をくんくんさせて、「このにおいは・・・」と、言うと、二人の後ろに立って弓に矢をつがえ、普賢菩薩(ふげんぼさつ)をにらみつけました。 そして普賢菩薩(ふげんぼさつ)めがけて、矢を放ちました。 ビューン! 矢は普賢菩薩(ふげんぼさつ)の胸の中心に、深く突き刺さりました。 ゴロゴロゴロー! 突然、雷が激しく鳴りひびいて、寺は大ゆれにゆれました。 いつの間にか、白いゾウの姿も普賢菩薩(ふげんぼさつ)の姿も消えてしまいました。 和尚さんは猟師を見ると、びっくりして言いました。「なっ、なんと! なんという事を、しでかしたのじゃ!」 すると猟師は、おだやかにこう言いました。「和尚さま。 どうか気をおしずめて、わしの言葉をお聞きくだされ。 あの菩薩(ぼさつ)さまからは、けもののにおいがしました。 ほかの人間には気づかなくとも、わしの鼻はごまかされません。 あのにおいは、タヌキです。 それも人の肉を食らう、年老いた古ダヌキに間違いありません。 お怒りはわかります が、どうか夜の明けるまで、お待ちください」 やがて、朝になりました。 猟師と和尚さんは白いゾウが立っていたところへ行って、辺りを調べてみました。 するとそこには血のあとと、数本のけものの毛が残っていました。 二人が血のあとをたどって山へ行くと、ほら穴の前に猟師の矢に心臓を射貫かれた大ダヌキが死んでいたのです。 その大ダヌキの周りには、大ダヌキが食べちらかした人間の骨がたくさん転がっていました。

615 ネズミ経むかしむかし、ある山の中に、一人のおばあさんが住んでいました。 おばあさんは大変仏さまを大事にしていましたので、毎日毎晩、仏だんの前で手を合わせましたが、お経の言葉を知りません。 ある時、一人の坊さんがやって来て言いました。「道に迷って、困っています。どうか一晩、泊めてください」「ああ、いいですとも」 おばあさんは坊さんを親切にもてなしましたが、ふと気がついていいました。「お願いです。どうか、お経の言葉を教えてください」 ところがこの坊さんはなまけ者で、お経の言葉を知りませんでした。 でも坊さんのくせにお経を知らないともいえないので、仕方なしに仏だんの前に座ると、なんと言おうかと考えました。 すると目の前の壁の穴から、ネズミが一匹顔を出しました。 そこで坊さんは、「♪ネズミが一匹、顔出したあー」と、お経の節をつけて言いました。 すると今度は、二匹のネズミが穴から顔を出したので、「♪今度は二匹、顔出したあー」と、坊さんは言いました。 さて次に何と言おうかなと考えていると、三匹のネズミが穴から顔を出して、こちらを見ています。 そこで坊さんは、「♪次には三匹、顔出したあー」 大きな声で言うと、三匹のネズミはビックリして穴から逃げ出しました。 そこで、「♪それからみーんな、逃げ出したあー」 坊さんはそう言って、チーンと鐘を鳴らして言いました。「お経は、これでおしまいです。 少し変わったお経ですが、大変ありがたいお経です。 毎日、今のように言えばいいのです」 おばあさんはすっかり喜んで、それから毎朝毎晩、「♪ネズミが一匹、顔出したあー ♪今度は二匹、顔出したあー ♪次には三匹、顔出したあー ♪それからみーんな、逃げ出したあー」と、お経をあげました。 ある晩、三人の泥棒が、こっそりおばあさんの家に忍び込みました。 ちょうど、おばあさんが仏だんの前でお経をあげている時でした。「あのばあさん、何をしているのかな?」 一人の泥棒が、おばあさんの後ろのしょうじからそっと顔を出すと、「♪ネズミが一匹、顔出したあー」 おばあさんが、大声で言いました。「あれっ、おれの事を言ってるのかな?」「何をブツブツ、言ってるんだい?」 もう一人の泥棒が、顔を出すと、「♪今度は二匹、顔出したあー」 おばあさんが、また大きな声で言いました。「やっぱり、おれたちの事を言ってるみたいだぞ」「どれどれ」 三人目の泥棒が顔を出すと、「♪次には三匹、顔出したあー」 また、おばあさんの声がしました。「うへぇ、あのおばあさん、後ろに目がついているんだ。こわい、こわい」 三人の泥棒はビックリして、あわてて逃げ出しました。 そんな事は知らないおばあさんは、また、「♪それからみーんな、逃げ出したあー」と、大声で言うと、チーンと鐘を鳴らして仏だんに手を合わせました。

616 のさんの賭け むかしむかし、ある村に、とても意地悪で有名なお金持ちの親方がいました。 ある日の事、親方は家の前に大きな看板を出しました。《三日の間、『のさん→難儀』と言わなければ、一日につき一両ずつ出す。ただし言えば、鼻を切る》 すると一両につられて、一人の男が親方を訪ねました。 親方に言われた通り昼飯も食べずに山で竹掘りをして、やっと掘った竹をかついで帰ると親方が、「もう一本、掘ってこい。昼飯と夕飯は、その後で一緒に食わせてやる」と、言ったのです。 これを聞いた男が思わず、「のさん」と、言ってしまったので、男は親方に鼻を切られてしまいました。 しばらくすると、また一人の男が親方を訪ねてきまし

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た。 その男は、一日目は何とか無事に過ごしたのですが、二日目は夕飯も食べさせてもらえなかったので、思わず、「のさん」と、言ってしまい、鼻を切られたのです。 またしばらくして、今度は利口そうな男が親方を訪ねてきました。「看板を見てやって来た。『のさん』と言わねば一両をくれるとあるが、そうではなく、わしは親方と勝負がしたい」「ほう、勝負とは?」「わしが『のさん』と言えば、鼻ではなく首を切られてもよい。だが親方が『のさん』と言えば、親方の鼻を切らせてもらう」 それを聞いた親方は、笑いながら、「いいだろう。わしは大金持ちだ。何不自由なく暮らしておる。このわしが『のさん』と言うはずがない」と、言いました。 さて、親方はさっそく男に仕事を言いつけましたが、男は自分で弁当を持って行ったので、腹を空かさずに仕事を続けました。 二日目に、親方が言いました。「瓦(かわら)ふきが来るから、その瓦ふきのする通りにしろ」 やがて瓦ふきが来て、古い小屋の屋根瓦をはがすのを見て、男は母屋(おもや)の屋根瓦をはがし始めました。 そこに親方がやって来て、屋根がメチャクチャになっているのを見ると、「ああっ、こっちのは、はがさんでもええんじゃ。のさんのことだ」と、言ってしまったのです。 これを聞いた男は、いきなり親方の頭を押さえつけると、「約束通り、親方の鼻を切らせてもらうぞ!」と、言いました。 親方は、まっ青になりながら、「まっ、待て、わしが悪かった。財産の半分をくれてやるから、許してくれ」と、泣いて謝りました。 こうして親方から財産の半分をもらった男は、先に鼻を切られた二人にも財産を分けてやると、どこかへ旅立っていきました。

617 ちょうふく山のやまんば むかしむかし、ちょうふく山という山のふもとに、小さな村がありました。 このちょうふく山には、恐ろしいやまんばが住んでいると言われています。 ある年の十五夜の晩、村人たちがお月見をしていると、にわかに空がかきくもり、ちょうふく山から恐ろしい声がひびきわたりました。「ちょうふく山のやまんばが、子どもを産んだで、もち持って来い! 来ないと、人もウマも食い殺すぞ!」 村人たちは、びっくりです。 そこでみんなで米を出し合って、大あわてで祝いのもちをつきました。 こうしてもちは出来たのですが、ところがみんなやまんばを怖がって、ちょうふく山にもちを届けようとはしません。「お前が行けよ」「とんでもない、おれには女房と子どもがいるんだ」「おれもいやだぞ」「じゃあ、誰がよい?」「そうだ、いつも力じまんをいばっておる、かも安(やす)と権六(げんろく)に行かせたらどうだ?」 そこで二人が呼び出されたのですが、二人は、「持って行ってもいいが、おれたちは道を知らねえぞ。知らねえところへは、持って行けねえぞ」と、断りました。 すると村一番の年寄りの大ばんばが、進み出て言いました。「わしが知っとる。子どもの頃、ちょうふく山でやまんばを見たことがあるでな。わしが、道案内をしよう」 こうなっては、かも安と権六も断れません。 二人は仕方なくもちをかかえると、大ばんばの後をついてちょうふく山ヘと登っていきました。 ちょうふく山の山道を進む三人に、なまあたたかい風が吹いて来ました。「お、大ばんば、大丈夫か?」「大丈夫、大丈夫」「大ばんば。まだ行くんか?」「ああ、もうちっと先だ。はやく行くぞ」 その時、さっと強い風が吹き付けて、不気味な声がひびきました。「もちは、まだだかーーー!」 それを聞いたかも安と権六はびっくりです。「ひえっ、出たあー!」「た、助けてくれえー!」 二人はもちを放り出すと、たちまち逃げてしまいました。「ああっ、これ、待たんか。・・・やれやれ、わし一人では、もちを運べんだろ」 仕方がありません。 大ばんばはもちを置いて、やまんばの家を訪ねていきました。 やまんばは大ばんばを見ると、うれしそうに笑いました。「おう、ごくろうじゃな。実は昨日赤子を産んで、もちが食いとうなったんだ。そこで赤子にもちをもらってくる様に使いに出したんじゃ。して、もちはどこじゃな?」 大ばんばは、びっくりです。 あの恐ろしい声を出したのが、生まれたばかりの赤ん坊だったのです。「はい、はい。持って来たども、あんまり重いので、山の途中に置いてきましただ」 これを聞くと、やまんばは赤ん坊に言いつけました。「これ、まる。お前、ちょっと行ってもちを取ってこい」 すると、まると呼ばれた赤ん坊は、風のように飛びだしていき、一人で重いもちをかついで帰ってきました。 さすがは、やまんばの子です。「それじゃあ、わしはこれで」 恐ろしくなった大ばんばが帰ろうとすると、やまんばが引き止めました。「せっかく来たんだ。ついでに家の手伝いをしてくれ」「・・・はあ」 大ばんばは嫌とも言えず、それから二十一日間、やまんばの家で掃除をしたり洗濯をしたりして働きました。 するとやまんばが、「長い事、引き止めてすまんかった。それじゃ、土産にこれをやるべ」と、やまんばは見事なにしきの布を大ばんばにくれたのです。「ほれ、まる。大ばんばを、村まで送ってやれ」 言われたまるは大ばんばを軽々とかつぎあげ、あっという間に村に運んで行きました。 さて、大ばんばが村に帰ってみると、みんなは大ばんばが死んだと思って葬式の最中でした。「大ばんば、生きていたのか!?」「当たり前だ。そう簡単に死んでたまるか。それより、やまんばから土産をもらったぞ」  大ばんばはやまんばのにしきを、村人たちにも分けてやりました。 ところがそのにしき、切っても切っても次の朝には元の長さに戻るという、不思議なにしきでした。 それからと言うもの、そのにしきはこの村の名物となり、みんなはにしきを売って幸せに暮らしたという事です。

618 釣り舟清次のお札 むかし、江戸の海辺にある古長屋に、清次(せいじ)という漁師が住んでいました。 清次は海に乗り合いの釣り舟を出して暮しをたてていましたが、お客のない時は自分で魚を釣って売っていました。 ある日の事、その日はお客がなかったので、清次は朝早くから沖へ舟を出してキスと言う魚を百匹ばかり釣りあげました。 

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そして、港に帰ってくると、「ほほう。これは見事なキスじゃな。一匹、おれにくれぬか」と、えりの立った衣を着た大男が、長いひげをなでながら言いました。「はっ、はい」 清次が魚を手渡すと、何と男は大きな口を開けてその魚を生のままパクリと一口で食べてしまったのです。「・・・!」 びっくりした清次がぽかんと口を開けていると、男がたずねました。「お前の名は、何というんじゃ」「はっ、はい。せっ、せっ、清次と申します」「そうか。実はわしは、みんなにきらわれておる疫病神(やくびょうがみ)だ。 だがお前は、そんなわしに親切にしてくれた。 こんな事は、初めてだ。 魚をもらった礼に、良い事を教えてやろう。 よく聞いておけよ。 『釣り舟 清次』と書いた紙を家の戸口に貼っておけば、わしはその家には決して入らないし、もし入っていてもすぐに出て行くだろう」「ほっ、本当ですか! ありがとうございます」 疫病神が決して来ないなんて、こんな良い事はありません。 清次が頭を深々と下げると、疫病神はもうどこにもいませんでした。 家に帰った清次は、さっそくこの不思議な話を家族や長屋の人たちにしました。 それからしばらくたった、ある日の事です。 長屋の奥に住む藤八(とうはち)のおかみさんが、はやり病にかかって苦しみ出したのです。 藤八は清次の話を思い出すとすぐに清次の家に行って、『釣り舟清次』と紙に書いてくれと頼みました。 そしてその紙を自分の家の戸口に貼り付けると、不思議な事におかみさんの病はすでに治っていたのです。「清次さんよ、わしにも書いておくれ」「わたしにも書いてくだされ。お金なら、たんと払いますので」 うわさを聞いた人たちが、ひっきりなしに清次の家へやって来るようになりました。 それから清次は釣り舟を出すのをやめて、毎日毎日『釣り舟清次』という字を紙に書いて、疫病除けのお札をつくるようになったという事です。

619 竹の子のおとむらいむかしむかし、一休さん(いっきゅうさん)と言う、とんちで評判の小僧さんがいました。 一休さんのお寺の竹やぶの隣に、お侍の屋敷がありました。 ある日の事、一休さんが庭そうじをしていると、隣の侍が竹の子の皮をザルに入れてきて、こう言ったのです。「こやつらは、わしの屋敷にあいさつもなしに生えてきよった。 武士の屋敷に勝手に入るとは、まこと無礼な奴。 よってこのわしが、刀にかけてやった。 無礼者の体は、このわしがとむらってやる。 だから残った着物は、お前のところに返してやろう」 それを聞いて一休さんは、腹を立てました。(お寺の竹の子をひとりじめして、いらない皮だけ持ってくるなんて! ようし、みていろ) 一休さんがお侍の屋敷に行くと、ちょうど竹の子がゆであがるところでした。 一休さんは、ぺこりと頭を下げて侍のところへ行くと言いました。「お侍さま。たとえ竹の子であっても、命ある物はお経をあげてとむらってやらねばなりません。 ですからこの竹の子の体を、お寺に持って帰りますね」 そして一休さんは、ゆでた竹の子を持って帰ると、簡単にお経をあげて、あとはみんなでおいしく食べたのでした。

620 十七毛ネコ むかしむかし、吉四六(きっちょむ)さんと言う、とてもとんちが上手な人がいました。  吉四六さんは面白いアイデアで、お金儲けをするのが得意な人です。 ある時、吉四六さんは、町でこんな話しを聞きました。 「オスの三毛ネコ(→ネコの毛色で、白・黒・茶の三色の毛が混じっているネコ)を船に乗せておくと、どんなにひどい嵐にあっても決して沈む事がない。 それで船乗りたちはオスの三毛ネコを見つけると、良い値段で買い取るんじゃ。 何しろメスの三毛ネコはいくらでもおるが、オスの三毛ネコは、めったにおらんからのう」  それを聞いた吉四六さんの頭に、お金儲けのアイデアが浮かびました。 (そういえば、わしの家にオスの三毛ネコがいたな。こいつを使えば、一儲け出来るぞ)  そこで吉四六さんは、さっそく浜の船乗り場へ行くと、大きな声でこんな一人言を言いました。 「この辺には、オスの三毛ネコがたくさんおるのう。 だがわしの家にいる様な、十七毛のオスネコはさすがにおらんのう」  すると一人の船乗りが、吉四六さんに声をかけてきました。 「十七毛のネコとは、珍しいな。吉四六さん、そのネコを譲ってはくれんか?」  しかし吉四六さんは、わざと渋い顔で言いました。 「いや、売るわけにはいかん。何しろ十七毛のオスネコは、わしの家の宝物じゃ」  そう言われると船乗りは、ますます十七毛のネコが欲しくなりました。 「それなら吉四六さん。お礼に五両を出そう、どうだ?」 「まあ、それほどに言うのなら仕方あるまい。売る事は出来んが、しばらく貸してやろう」 「それは、ありがたい。 ちょうど明日から、大事な仕事があるんだ。 じゃあ明日の朝に、吉四六さんの家へ取りに行くよ」 さて翌朝、船乗りは吉四六さんの家へやってくると、財布からお金を取り出して言いました。 「大事な宝物を借りるのだから、ただでは申し訳ない。お礼に、この一両を受け取ってくれ」 「はい、せっかくのおこころざしですから、ありがたく頂きましょう。では、オスの十七毛ネコを連れてきますでな」  そう言うと吉四六は、家の火鉢の横で寝ていた汚い三毛ネコを抱きかかえてくると、船乗りに渡しました。  受け取った船乗りは、不思議そうな顔で吉四六さんにたずねます。 「吉四六さん。このネコはどう見ても、普通の三毛ネコに見えるのだが」  すると吉四六さんは、にんまり笑って説明をしました。 「確かに、こいつはオスの三毛ネコじゃ。だがこのあいだ、火の残っているかまどにもぐり込んで、背中をちょいとヤケドしました。つまり、八毛」 「しかし吉四六さん。三毛と八毛を足しても、十一毛にしかならんぞ。十七毛には、まだ六毛が足らんのではないか?」 「いやいや。尻の毛が、むけておるでしょう。毛が無いので、つまり無毛(六毛)。三毛と、八毛と、六毛を全部合わせると、十七毛ですよ」 「なるほど。確かにこいつは、三毛と八毛と六毛で、十七毛ネコだ」  船乗りは吉四六さんのとんちに感心すると、ほかの船乗りにも同じ話しで自慢してやろうと、その十七毛ネコを喜んで持って帰りました。

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621 お月さまに化けたタヌキむかしむかし、小さな峠に、イタズラ好きのタヌキが住んでいました。 ある日の事、町でお酒を飲んできたお百姓さんが、夜遅くなって峠にさしかかると、まん丸いお月さまが出ていました。(おや? すっかり丸くなられたな。ではそろそろ、お月見の用意をしなくては) そう思ってふと横を見ると、なんと不思議な事に、お月さまがもう一つ出ているのです。「はて? おいら、酔っぱらったかな?」 お百姓さんは目をこすりながら、もう一度お月さまを見ましたが、やっぱりお月さまは二つあるのです。(ははーん。さてはいたずらダヌキが、お月さまに化けよったな) そう思って二つのお月さまをよくよく見比べてみると、一方のお月さまにはウサギが餅つきをしている影がありません。(わかったぞ。あの影のない方が偽物だな) そこでお百姓さんは、わざと本物のお月さまを指さして言いました。「やい、お前が偽物だな。もっともらしく、ウサギが餅つきをしている影なんか作りやがって!」 するともう一つのお月さまが、あわててウサギが餅つきをしている影を作りました。 それを見たお百姓さんは、ここぞとばかりに言いました。「正体を現したな、いたずらダヌキめ! 本物のお月さまが、あわててウサギが餅つきをしている影を作るはずがないだろう!」 すると最初からウサギが餅つきをしている影があったお月さまが、くるりんと宙返りをするとタヌキの姿を現したのです。「やい、馬鹿百姓。おれさまはこっちだよ」 タヌキはそう言って、笑いながらどこかへと消えてしまいました。「そっ、それじゃあ、あわててウサギが餅つきをしている影を作ったお月さまが、本物なのか!?」 なんとウサギが餅つきをしている影を出し忘れたお月さまが、お百姓さんに言われてあわててウサギが餅つきをしている影を出していたのでした。

622 こんにゃくえんま むかしむかし、ある村に、えんま大王をまつったお堂がありました。 えんま大王は死んだ人間の罪をさばく、地獄(じごく)の恐ろしい王さまです。 このお堂のえんま大王も、金色の目をむいて、大きな口をクワーッと開けて、すごい顔でにらんでいます。 見ただけでも恐ろしいものだから、あまりお参りの人も来ませんでした。 ところがこのえんま堂に、雨が降っても風が吹いても、一日もかかさずお参りに来るおばあさんがいました。 このおばあさんは両方とも目が見えないので、孫の小さな女の子に手を引かせて来るのでした。 お彼岸(ひがん→春分・秋分の日を中日として、その前後7日間)のある日。 お参りに来たおばあさんは、いつもの様にえんまさまの前に座ります。 孫の女の子はえんまさまが怖いので、おばあさんの後ろに隠れていました。「なんまいだー。なんまいだー。おじひ深いえんまさま。どうぞあなたさまのお力で、このババの目を治してくだされ」 おばあさんは繰り返し繰り返し、えんまさまの前でおじぎをしました。 えんま大王も、こうして毎日毎日おがまれると、声をかけずにいられません。「これ、ババよ。お前の願いを聞いてとらす。信心(しんじん→神仏をしんこうすること)してくれたお礼に、わしの片目をしんぜよう」 えんまさまが口を聞いたので、おばあさんはビックリして上を向きました。 すると、「ありゃ! 見える、見える。あたりがよう見える!」 おばあさんの右の目が、パッと開いたのです。 おばあさんが大喜びしていると、女の子が叫びました。「あっ、えんまさまの目が一つない」 おばあさんが見てみると、確かにえんまさまの目が一つ潰れています。 おばあさんは、ポロポロと涙を流して言いました。「ああ、申し訳ない。えんまさまをかたわ(→不完全なこと)にして、わしが見えるようになるとは。ああ、もったいない、もったいない」 すると、片目のえんまさまが言いました。「まあ、そう心配せんでもいい。 わしはお前たちとちごうて、別に働かなくてはならんということもない。 ただここにこうしておるぶんには、片目でもじゅうぶんじゃ」「へえ、もったいない。ところで何か、お礼をさせていただきとうございますが」「お礼か。・・・いや、そんなものはいらぬ」「いいえ、そうおっしゃらずにどうぞ。わたしに出来ます事を、させてくださいまし」「・・・さようか。それでは、こんにゃくを供えてくれ。わしは、こんにゃくが大好きでな」 それからおばあさんは、毎日毎日、えんまさまにこんにゃくをお供えしました。 その事が村で評判になって、えんまさまは『こんにゃくえんま』と呼ばれるようになりました。 それからはお参りの人も増えて、毎月の縁日(えんにち)には境内(けいだい→社寺のしきち)に、こんにゃくおでんの店がズラリと並ぶようになったのです。

623 なぞかけ姉さま むかしむかし、男前(おとこまえ)の若者が、お伊勢(いせ)参りに出かけました。 お伊勢まいりをすませて茶店で一休みしていると、絵から抜け出したような美しい姉さまが、同じ茶店に立ち寄りました。(はあー。世の中には、これほどきれいな姉さまがいるのだな) 若者は、しばらく見とれていましたが、「いかんいかん、早く今夜の宿(やど)を探さないと、日が暮れてしまう」と、町はずれのはたご屋(→旅人のための宿)にわらじを脱ぎました。 すると同じはたご屋に茶店で見かけたあの姉さまが入ってきて、若者の隣の部屋に通されたのです。「あんなきれいな姉さまと、同じはたご屋で泊まりあわせるとは、なんと言う幸運。 これだけでも、お伊勢参りに来たかいがあったわ。 しかし、どこのお人だろう。 せめて名前だけでも知りたいものだ」 その夜、若者は胸がドキドキして、なかなかねつけませんでした。 あくる朝、若者は寝坊してしまいました。 隣の部屋の姉さまは、もうはたご屋を出た後です。「ああっ、なんたる事だ。あのような美しい姉さまには、もう二度と会えんだろう」 若者はがっかりしながら出発し、次の宿場のはたご屋に泊まったところ、何と隣の部屋にあの姉さまがいるではありませんか。「これは、お伊勢さまのお引き合わせに違いない。よし、明日

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の朝は早起きして、姉さまに名前を聞かせてもらおう」 若者は姉さまの事ばかり考えて、この晩もなかなか寝つけませんでした。 次の朝、またもや寝坊した若者があわてて隣の部屋を訪ねてみると、もう姉さまの姿はありませんでした。「ああっ、一度ならず二度までも・・・」 若者がガックリしていると、はたご屋の番頭(ばんとう)がやってきて言いました。「お客さま。この部屋に泊まった娘さんから、これを渡すように頼まれました。「なに、姉さまが!」 若者が手紙を広げてみると、《恋しくば、たすねきてみよ十七の国。 トントン町のその先の、くさらぬ橋のたもとにて。 夏なく虫の、ぼたもちが待つ》と、書いてありました。「はて、なんじゃ、こりゃ? なぞなぞの歌のようだが、さっぱりわからん」 若者がいくら考えても、この歌に込められた意味がわかりませんでした。 それでも、あの姉さまからもらった大事な手紙です。 若者は村へ持って帰ると、その手紙を大切にしまいました。「あーぁ、姉さまに会いたいな。歌の意味を読み解いて、姉さまに会いたいな」 あれから何日もたちましたが、若者は姉さまの事が忘れられません。 その想いは、日に日に増す一方です。 そんなある日、旅の坊さんが村を通りかかったので、若者は姉さまからもらった手紙を読み解いて欲しいと頼みました。 するとさすがは、物知りの坊さんです。 坊さんは手紙を読むと、若者にこう言いました。「いいかね。 十七の国とは、年の若い国だ。 つまり、若狭(わかさ→福井県)の国じゃ。 そしてトントン町とは、おけを作っている町の音だから、これはおけ屋町じゃ。 くさらぬ橋とは、石の橋。 夏なく虫といえば、セミ。 ぼたもちは、おはぎの事じゃ。 つまり、こうじゃ。『恋しいなら、若狭の国へ訪ねて来てください。おけ屋町の先の石橋のたもとにある、蝉屋(せみや)のおはぎが待っていますよ』 よかったの。 お主のいとおしいおはぎさんが、待っておるぞ。 はやく、訪ねてゆきなされ」「ヨッシャアーー!」 若者は大喜びで村を飛び出すと、若狭の国のおけ屋町の先の石橋のたもとにある、『蝉屋』という大きな店に、おはぎさんを訪ねました。 すると店の中から、あの姉さまが出て来たのです。「あなたさまが来るのを、今か今かと待っておりました。さあ、おあがりくださいな」 その後、若者は、おはぎさんと両親に迎えられ、めでたくお婿さんになりました。

624 じょうるり半七 むかしむかし、ある村に、半七(はんしち)という、じょうるり(→物語を語ること)好きの若者がいました。 自分ではそこそこ上手なつもりですが、誰も半七のじょうるりをほめてくれません。 そんなある日のこと。 半七のところへ山奥から、一人のお百姓(ひゃくしょう)がたずねてきました。「半七さま。 わしには、よく働く娘が一人おります。 その娘が今度、婿(むこ)をとることになりました」「はあ、それはおめでたいことで」「その祝いに、ぜひとも半七さまにじょうるりを語っていただきたいのでございます」「へっ? わたしの? ・・・はいはい! 喜んで引き受けましょう」 あくる朝、半七は教えられた山へと出かけました。「確かに、この道で間違いないはずだが」 長い間歩きましたが、いくら歩いても頼まれた百姓の家が見つかりません。「もしかして、道を間違えたかな?」 辺りがだんだん暗くなってきて、半七が心細くなった頃、ようやく向こうの山に明かりが見えました。「ああ、あそこにちがいない」 明かりを目指していくと立派な百姓家があって、にぎやかな人の声が聞こえてきます。 半七が屋敷をのぞくと、昨日のお百姓が羽織(はおり)はかまで現れて、「これはこれは半七さま。さあさあ、どうぞこちらへ」と、半七を屋敷の奥に案内しました。 屋敷の広い座敷(ざしき)には、百姓の女房や娘夫婦、そして近所の人たちが集まっており、すでににぎやかな酒盛りが始まっていました。 お百姓は半七を座敷の上座(かみざ→目上の者が座る席)に案内すると、おいしい料理やお酒をどんどんすすめました。 これほどていねいなもてなしを受けたのは初めてで、半七はすっかりうれしくなりました。 そして自慢のじょうるりを、いつもより心を込めて語りました。 みんなは半七のじょうるりがあまりにも見事なので、すっかり聞きほれています。 そして一段が語り終わると、「どうぞ、もう一段」 そこで、また一段を語り終わるとまた、「ぜひ、もう一段」と、何度も何度ものぞまれました。 何度も何度も語るうちに、半七は自分でもビックリするほどうまく語る事が出来るようになっていました。 ようやく語り終わった半七は、夜もふけていたのでこの家に泊まる事になりました。 半七は、今まで寝たこともないようなフカフカの上等のふとんで、ゆっくり眠りました。「ああ、芸というものは、ありがたいものじゃ。こんなに良い目にあえるとは」 次の朝、半七は目を覚ましてビックリです。「これはまた、どうした事じゃ?」 半七はフカフカの上等のふとんではなく、わらの上に寝ていたのです。 あたりを見回すと、そこは立派な百姓家ではなく、ボロボロのひどいあばら家でした。「もしや、これも?」 半七がお礼にもらった祝儀袋(しゅうぎぶくろ)を開けてみると、中からヒラヒラと一枚の木の葉が落ちてきました。 里に戻った半七は、この不思議な出来事を村一番の物知りじいさんに話しました。 すると、物知りじいさんは、「半七や。 わしが若い頃もタヌキが人間に化けて、山奥から芝居をしてくれと頼みに来たことがあったわ。 お前も、タヌキの婚礼(こんれい→結婚式)に呼ばれたのじゃろう」「なるほど、そうかもしれん。 それにしても、ようまあ、あんなに身を入れて聞いてくれたもんじゃ。 ありがたいことじゃ。ありがたいことじゃ」 半七はだまされながらも、あの晩の事をとてもうれしく思い、それから芸にもいっそうはげむようになりました。 この事があってから、半七のじょうるりは大変な人気をよんで、『竹本狸太夫(たけもとたぬきだゆう)』と呼ばれるようになりました。 そして遠くの町からも、じょうるりを語ってくれと呼ばれるようになったそうです。

625 幸運を招くネコ

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 今から四百年ほどむかし。 あるボロ寺に、天極秀道(てんごくしゅうどう)というお坊さんが住んでいました。 本当にボロ寺で、屋根は傾き、くずれた土塀(どべい)の穴から中が丸見えでした。 それでも秀道はまったく気にせず、迷い込んだ一匹のネコとのんびり暮らしていました。 ある年の春、秀道は寺の緑側(えんがわ)に座って、ひざの上のネコの頭をなでながら何気なく言いました。「『ネコの子ほども、役立たず』、という言葉があるが、お前もそろそろ役に立つネコになってはどうじゃ?」 そのとたん、ネコはひざからピョンと飛び降りて、「ニャーオ」と、鳴きました。「おや、怒ったのかい? あははははは。気にするな。今のは冗談じゃ。お前は今のまま、役立たずでけっこう」 秀道はふたたびネコをひざに抱き上げて、一日中ネコと一緒にひなたぼっこをしました。 それから数日後、表の方からにぎやかなウマのひづめの音が聞こえてきました。「おや? 客かな?」 秀道が庭(にわ)に出てみると、七、八人の狩装束(かりしょうぞく→狩りの時の服装)をつけた侍(さむらい)が、次々とウマをおりて境内(けいだい)に入ってきました。「何か、ご用かな?」 秀道が声をかけると、その中の主人らしい侍がていねいに頭を下げて言いました。「わしは、彦根(ひこね→滋賀県)城主の井伊直孝(いいなおたか)と申す。 この地方を新しく将軍さまから拝領(はいりょう→主人からいただくこと)することになったので、遠乗りのついでに土地を見に来た。 そしてたまたま寺の前を通りかかると、ネコがわしに手招きをする。 そこでつい、立ちよったのじゃ」「それはそれは。 こんな破れ寺(やぶれでら→荒れ果てた寺)に、よく立ち寄ってくださいました。 わたしはこの寺の住職で、天極秀道と申します。 ごらんの通りの貧乏暮らしで何もさしあげるものはございませんが、せめてお茶なりともいっぷくしてください」 秀道は一行(いっこう)を居間(いま)に案内して、お茶の用意を始めました。 すると急に空がくもりだし、はげしい雷鳴(らいめい)とともに滝のような雨が降ってきたのです。 この寺に立ち寄らなければ、今頃はずぶぬれになっていたところです。 直孝(なおたか)は、とても喜んで、「助かった。あのネコに招かれたおかげで、運よく雨やどりが出来た。これも何かの巡り合わせであろう」と、言いました。「おそれいります。役立たずのネコにしては、上出来でした。どうぞ雨があがりますまで、ゆっくりしていってください」 城主だというのに、とても親しみやすい直孝の態度に秀道はすっかり感心して、心からもてなしました。 直孝の方も、貧乏寺の住職とは思えない秀道の人柄(ひとがら)にほれこみました。 やがて雨もあがり、直孝の一行は晴れ晴れとした気分で寺を出ていきました。 一行を見送った秀道は、すぐにネコを抱きあげて頭をなでました。「人助けをするとは、大したやつ。おかげでわしも、久しぶりに立派なお方と話すことが出来たぞ」「ニャー」 ネコはうれしそうに、秀道の胸に顔をうめました。 この事がきっかけで、直孝はちょくちょくこの寺をたずねるようになりました。 そしてその度に、秀道は直孝に仏の道について語って聞かせました。 そのすぐれた秀道の知識に、直孝はとても感心して、「これぞ、まことの高僧(こうそう)である」と、この寺を井伊家の菩提寺(ぼだいじ→一家の先祖を代だいをまつってある寺)としたのです。 こうして今までは荒れるにまかせていた寺は、井伊家によって改築(かいちく)され、各地から次々と修行僧も集まり寺は栄えていきました。 さて、あのネコは寺が立派になって間もなく死んでしまいました。 秀道はネコのために石碑(せきひ→はかいしのこと)を建てて、命日には必ず訪れたそうです。 そして直孝もネコの事が忘れられず、秀道に言いました。「あのネコは、観音菩薩(かんのんぼさつ)の化身(けしん→仏が、人間や動物の姿に変身したもの)にちがいない。 わしはネコに招かれたおかげでそなたに会い、仏の道のすばらしさを学び、寺を復興(ふっこう)させる喜びまで与えてもらった。 どうだろうか、あのネコを招き観音として本堂のそばにまつってあげては」「はい。ネコにとっても、わたしにとっても、この上なくありがたいお言葉です」 この話しがたちまち広まり、『幸運を招くネコ』として、お寺にお参りに来る人がますます増えたということです。

626 いたずらタヌキと木こり むかしむかし、ある山奥に木こりの小屋がありました。 ある晩の事、木こりが寝ていると、♪カンコン、カンコンと、木を切る音が聞こえます。(うん? 今ごろ木を切るはずがない。こりゃ、きっとタヌキのいたずらだな) 木こりがそう思っていると、今度は、♪カンコン、カンコン♪ガリガリ、ドッスンと、木を切り倒す音がしました。(ほう、タヌキのいたずらにしてはうまいもんだ。まるで本当に、木を切り倒しているみたいだ) そこで木こりは戸を開けると、外に向かって言いました。「おーい、タヌキ。なかなかうまいぞ」 さあ、それを聞いてタヌキは大喜びです。 それからは毎晩のように、♪カンコン、カンコン♪ガリガリ、ドッスンと、音をたてました。 はじめはおもしろがっていた木こりも、毎晩こううるさくては眠る事が出来ません。 そこで木こりは、戸を開けてどなりました。「やい、いいかげんにしろ! 毎晩毎晩うるさくしやがって、ちっとも眠れないじゃないか!」 ところがタヌキはやめるどころか、ますます調子にのって、今度は木を切り倒す音だけでなく、その木が転がる音まで出すようになりました。♪カンコン、カンコン♪ガリガリ、ドッスン♪ゴロンゴロン、ゴロンゴロン 次の晩になると、音はますます近くで聞こえるようになり、♪ゴロンゴロン、ゴロンゴロンと、小屋をゆすぶるようになりました。(もう、かんべんできない!) ついに木こりは腹を立てて、タヌキをやっつける事にしました。 その次の晩、木こりはいろりに火をおこすと、山のように炭をつみあげました。 それから小屋の明かりを消して、戸口のつっかい棒をはずしておきました。 そのうちに炭はがんがんおこって、いろりがまっ赤になりました。 木こりが眠ったふりをしていると、やがておもての方から、♪カンコン、カンコン♪ガリガリ、ドッスン♪ゴロンゴロン、ゴロンゴロンと、いう音が聞こえてきました。 音はだんだん近づいてきて、小屋をゆさぶりはじめました。 それでも木こりはがまんして、眠ったふりをしていました。♪ゴロンゴロン、ゴロンゴロン 大きな木が、戸にあたるような音がしました。

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(今だ!) 木こりは飛び起きると、ガラリと戸を開けました。 そのとたん、戸を叩こうとしたタヌキが勢いあまって小屋の中に転がり、そのままいろりの中へ落ちたのです。「あちあちあちー!」 タヌキはむちゅうでいろりから飛び出すと、尻尾からけむりを出して逃げていきました。「ははーん。ざまあみろ!」 こうして次の晩からは音がしなくなり、木こりは安心して眠る事が出来たのです。

627 大福虫 むかしむかし、ある田舎のお話です。 町から来た人が、道に大福もちを一つ落としていきました。「おや? おかしな物を落としていったぞ」 子どもたちが集まってきましたが、この田舎では誰も大福もちを見た事がないので、それが食べ物だとわかりません。 子どもの一人が指でさわってみると、ぐにゃりとしています。「うへぇー、ブヨブヨして気味が悪いな」 子どもたちが不思議がっていると、一人のお百姓さんが通りかかりました。「おや? どうしたのだ? 何かいるのか?」「うん。これ、何だろうと思って」「どれどれ」 お百姓さんは大福もちを手に取ってみましたが、お百姓さんにも何だかわかりません。「うーん、このブヨブヨとした感触は、イモムシだな。これはイモムシの親玉に違いない」「なーんだ、イモムシか」 安心した子どもの一人が指で突っつくと、中から黒いあんこが出てきました。 びっくりしたお百姓は、あわてて大福もちを投げ捨てて言いました。「馬鹿! そんな事をして、指を食いつかれたらどうするんだ」「でも、動かないから、死んでいるんじゃないの?」 子どもに言われて、お百姓さんが恐る恐る大福もちに近づいてみると、破れた大福もちの皮からつぶつぶのあずきが顔をのぞかせています。「うーん。どうやらこいつは、あずきを食う虫のようだ。 こんな大きな虫なら、せっかくの小豆をみんな食べてしまうぞ。 もう死んでいるようだが、念のために踏みつぶしておこう」 そう言ってお百姓さんは大福もちを踏みつぶすと、たたられないように大福もちのお墓を作って、「どうか、成仏して下さい」と、みんなで手を合わせたそうです。

628 イモころがし むかしむかし、ある村のお金持ちの家で法事(ほうじ)がありました。 法事には、村中の人が呼ばれました。 さて、法事には立派な膳(ぜん→ごちそう)が出るといううわさに聞いた村人たちは、そんな立派な膳に呼ばれたときの作法(さほう→マナー)を知らないので、どうしたらよいか途方にくれました。 そこで村人たちは、村一番の物知りおじいさんのところへ相談に行ったのです。 話を聞いた物知りおじいさんは、村人たちに言いました。「あははは。そんなことは、心配せんでよい。みんなはわしを見て、わしの真似をすればいいんじゃ」「なるほど、さすがは物知りじいさんだ」 みんなは安心して、物知りおじいさんと一緒に行きました。 お金持ちの家に来ると、座敷には今までに見たことのないほど立派な料理が並べられています。 村人たちが物知りおじいさんを見ていると、物知りおじいさんはまずお汁を飲みました。(そうか、初めはお汁だな) それを見たみんなは、いっせいにお汁を飲みます。 次に物知りおじいさんが少しばかりご飯を食べると、みんなもすぐに物知りおじいさんの真似をしました。 こうして、しばらくはうまくいっていたのですが、物知りおじいさんはサトイモをはしで取ろうとして、うっかりサトイモを畳(たたみ)の上を転がしてしまったのです。(なるほど、サトイモは一度転がすんだな) みんなは物知りおじいさんの真似をして、サトイモを畳に転がしました。 これに気づいた物知りおじいさんは、ビックリです。 物知りおじいさんは恥ずかしくなって、こっそりと座敷を出ていってしまいました。 するとみんなも、(なるほど、サトイモを転がした後は、こっそり座敷を出て行くんだな)と、物知りおじいさんに続いて座敷を出て行ってしまいました。

629 かじかびょうぶ むかしむかし、古くから栄えたお金持ちの家がありました。 この家は代々、多くの畑や山を持っています。 ところが今の主人の菊三郎(きくさぶろう)は生まれつきのなまけ者で、全く働かずに遊んでばかりです。 そのうちに家のお金も少なくなり、たくさんあった畑をどんどん売りつくして、最後に残ったのは山だけです。 そしてその山も売る日がやって来て、菊三郎は下調べに自分の山に入っていきました。 谷川をどこまでも登っていって、きれいな流れになるあたりいったいが菊三郎の山です。 山には谷をはさんで、天にも届くような立派な杉の木が何千本としげっています。 足下の谷川の水は冷たくすきとおっていて、なんとも美しい山でした。 それにこの谷川には、かじか(→カエルの一種。谷川の岩間にすみ、色は暗褐色でオスは美声で鳴きます)がたくさん住んでいて、とてもいい声で鳴きます。 それで人々はこのあたりを『かじか沢』と、よんでいました。 菊三郎は持ち山のどのあたりを売ろうかと考えながら歩き回っているうちに、すっかりくたびれてしまいました。「どれ。ちっと、一眠りしようか」 菊三郎は、かじか沢にある大きな一枚岩の上に寝ころびました。 耳をすますと、かじかの美しい鳴き声が谷の底からわきあがるように聞こえてきます。(おや? 気のせいか、今日のかじかは悲しげに鳴いとるのう) そんな事を考えているうちに、菊三郎はウトウトと眠ってしまいました。「だんなさま、だんなさま」 どこからか、菊三郎を呼ぶ声が聞こえてきます。「だんなさま、・・・菊三郎さま」「うん? 誰だ、名前を呼ぶのは?」 菊三郎が起き上がると、すぐ目の前に奇妙な顔をしたおじいさんが座っていました。 おじいさんはカエルみたいな顔で、着物のすそからはしずくがポタポタとたれています。 おじいさんは、菊三郎に頭を下げて言いました。「菊三郎さま。お願いがあります。どうかこのかじか沢だけは、売らんでくださりませ。お頼み申します」「お前さんは?」「はい、申し遅れました。 わたしはこのあたりいったいに住む、かじかの頭領(とうりょう→親分)でございます。 

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だんなさまが、このかじか沢をお売りなさると聞いたので、あわててやってきました。 なにとぞ、このかじか沢をお売りにならんよう、お頼み申し上げます」 頭領はにじりよって、菊三郎の手をとって頭を下げました。 その手は、沢の水のようにひんやりとしていました。 そこで菊三郎は、ハッと目が覚ましました。「今のは、夢だったのか」 でも、かじかの頭領の手がふれた菊三郎の手は、水でびっしょりとぬれています。 あまりの不思議さに、菊三郎はそのまま家に帰りました。 家に帰った菊三郎は、何とかしてかじか沢は売らずにすむように考えました。 それで家にあった古いかけ軸や道具をかき集めて売りに出し、どうにかかじか沢を売らずにすませました。 その為に家に残っている物は、何の値打ちもないような絵の描いていない白いびょうぶだけです。 その晩のこと、菊三郎は夢の中でたくさんのかじかの声を聞きました。 この前に山で聞いたときとは違って、かじかの声はとても楽しそうでした。 目が覚めると、もうあたりは明るくなっています。 菊三郎が、ふとんの中でのびをすると、「ありゃっ?」と、のばした手に冷たい物がさわりました。 見てみると、まくらもとがビッショリとぬれています。 そればかりか水にぬれた小さな足あとが、縁側の方から続いているではありませんか。 菊三郎は、その足あとの先を見ておどろきました。「あっ!」 何と目の前のびょうぶには、いつの間にか墨の色もあざやかに、たくさんのかじかが描かれているではありませんか。「これは、見事だ」 そのびょうぶのかじかはどんな名人が描いたのか本物そっくりで、今にも鳴き出しそうです。 さて、菊三郎のかじかびょうぶは、あっという間に評判になって、遠い町からも見物が来るようになりました。 中には千両箱をいくつも重ねて、「ぜひとも、ゆずってください」と、いう人も現れました。 でも菊三郎は、このびょうぶを手放す気にはなりませんでした。 そしてなまけ者だった菊三郎が、まるで人が変わったように働きだしたのです。 おかげで田畑も増えて、菊三郎の家は以前に負けないほど立派になりました。 そればかりか、貧しい人には金や米を分けてやり、困っている人を見ると自分のことのように力を貸してやるのです。 こうして菊三郎は幸せに暮らして、もう八十歳をこえる老人になりました。 さすがの菊三郎も年には勝てず、この頃は寝たきりの毎日です。 そんなある日、この国の殿さまの使いの家老(かろう)が大勢の家来をしたがえて、やってきました。 菊三郎のまくらもとに千両箱をいくつも積み重ねて、あのかじかびょうぶを売れというのです。 菊三郎は、キッパリと断りました。「あれは大事なびょうぶです。殿さまであろうと、手放すわけにはいきません」 すると、それを聞いた家老は腹を立てて、「えい、この無礼者(ぶれいもの)め! 殿のおぼしめしを、なんとこころえるか。それっ!」と、寝ている菊三郎をふみこえて、家来たちと一緒にびょうぶを奪ってしまったのです。 寝たきりの菊三郎には、どうすることも出来ません。と、そのとき、 ザワザワザワザワ 家老や家来たちの足もとを、何百というかじかがはってゆくではありませんか。 なんとそれは家老のかかえているかじかびょうぶから、はいだしてくるのでした。 そして見るまにかじかびょうぶは、ただの白いびょうぶに変わってしまいました。「そうじゃ、それでよいのじゃ。みんな、かじか沢へ帰るがよい」 菊三郎はそうつぶやきながら、ニッコリ笑って死んでしまいました。

630 野ギツネ むかしむかし、ある山に一匹のキツネが住んでいました。 このキツネ、時々村へおりてきては、三本松(さんぼんまつ)のあたりで人を化かすのです。 ある日の事、百姓(ひゃくしょう)がこのキツネの事を話していると、そこへ旅の侍が通りかかって、「そんな野ギツネの一匹ぐらい、拙者(せっしゃ)が退治してくれるわ」と、毛だらけの太い腕をまくって言いました。 この侍、かなりの腕自慢のようです。 侍が三本松で待っていると、きれいな娘が一人、山の方から歩いてきました。「ややっ、ついに出たぞ」 侍が用心すると、娘は侍のそばへ来て、「わたしは村まで行く者のですが、時はもう夕方。ぶっそうなので、お侍さま、どうかわたしを村までお連れくださいませ」と、きれいな声でいいました。 でも侍は、「何をぬかす。このドギツネめ! 拙者が見破ったからには、逃げしはせんぞ!」と、つかみかかりました。 すると娘はニヤリと笑って、今度は若い商人に姿を変えました。「わたしは、江戸の者でございます。どうも一人旅というものは、さびしいものでございます。お侍さま、どうぞ旅の道連れになってくださいませぬか」「なにっ! お前はさっきのキツネじゃろう。拙者をだまそうたって、その手はくわぬぞ!」 キツネは見破られて、今度はおじいさんに化けました。 それも見破られると、おばあさんに。 おばあさんも見破られると、お坊さんに。 お坊さんも見破られると、キツネは。  そしてついには化ける者がなくなったのか、とうとう野ギツネになってしまいました。 侍は、大笑いしながら、「わはははははは。ついに正体を現しおったな。このドギツネめ。生け取りにしてやるわ」と、両手を広げて追いかけました。 キツネはむちゅうで逃げますが、侍はキツネの尻尾をつかまえると、「えいや、えいや」と、引っぱります。 キツネはしきりに、「ココン、ココン」と、泣いてあやまりますが、「いくら泣いたって、ようしゃはせんぞ」と、侍は両手に力をこめて、グイグイと尻尾を引っぱります。 すると、 スポーン!と、大きな音がして、キツネの尻尾が抜けました。「コンコーン!」 尻尾の抜けたキツネは、泣きながらどこかへ行ってしまいました。「逃がしたか。まあいい。化けギツネの尻尾とは、いいみやげができたわい」 するとその時、「お侍さま、何をなさる!」と、お百姓が目をつり上げながら現れました。 お百姓は、侍の手にある物をひったくると言いました。「悪さするのも、いいかげんにせい。何でおらが畑のダイコンを抜いたんだ」「へっ? ・・・ああっ! 尻尾がダイコンに化けた!」 キツネを退治しようとした侍は、すっかりキツネに化かされてしまったのです。

701 浦島太郎

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 むかしむかし、ある村に、心のやさしい浦島太郎(うらしまたろう)という若者がいました。 浦島(うらしま)さんが海辺を通りかかると、子どもたちが大きなカメを捕まえていました。 そばによって見てみると、子どもたちがみんなでカメをいじめています。「おやおや、かわいそうに、逃がしておやりよ」「いやだよ。おらたちが、やっと捕まえたんだもの。どうしようと、おらたちの勝手だろ」 見るとカメは涙をハラハラとこぼしながら、浦島さんを見つめています。 浦島さんはお金を取り出すと、子どもたちに差し出して言いました。「それでは、このお金をあげるから、おじさんにカメを売っておくれ」「うん、それならいいよ」 こうして浦島さんは、子どもたちからカメを受け取ると、「大丈夫かい? もう、捕まるんじゃないよ」と、カメをそっと、海の中へ逃がしてやりました。 さて、それから二、三日たったある日の事、浦島さんが海に出かけて魚を釣っていると、「・・・浦島さん、・・・浦島さん」と、誰かが呼ぶ声がします。「おや? 誰が呼んでいるのだろう?」「わたしですよ」 すると海の上に、ひょっこりとカメが頭を出して言いました。「このあいだは助けていただいて、ありがとうございました」「ああ、あの時のカメさん」「はい、おかげで命が助かりました。ところで浦島さんは、竜宮(りゅうぐう)へ行った事がありますか?」「竜宮? さあ? 竜宮って、どこにあるんだい?」「海の底です」「えっ? 海の底へなんか、行けるのかい?」「はい。わたしがお連れしましょう。さあ、背中へ乗ってください」 カメは浦島さんを背中に乗せて、海の中をずんずんともぐっていきました。 海の中にはまっ青な光が差し込み、コンブがユラユラとゆれ、赤やピンクのサンゴの林がどこまでも続いています。「わあ、きれいだな」 浦島さんがウットリしていると、やがて立派なご殿(てん)へ着きました。「着きましたよ。このご殿が竜宮です。さあ、こちらへ」 カメに案内されるまま進んでいくと、この竜宮の主人の美しい乙姫(おとひめ)さまが、色とりどりの魚たちと一緒に浦島さんを出迎えてくれました。「ようこそ、浦島さん。わたしは、この竜宮の主人の乙姫です。このあいだはカメを助けてくださって、ありがとうございます。お礼に、竜宮をご案内します。どうぞ、ゆっくりしていってくださいね」 浦島さんは、竜宮の広間ヘ案内されました。 浦島さんが用意された席に座ると、魚たちが次から次へと素晴らしいごちそうを運んできます。 ふんわりと気持ちのよい音楽が流れて、タイやヒラメやクラゲたちの、それは見事な踊りが続きます。 ここはまるで、天国のようです。 そして、「もう一日、いてください。もう一日、いてください」と、乙姫さまに言われるまま竜宮で過ごすうちに、三年の月日がたってしまいました。 ある時、浦島さんは、はっと思い出しました。(家族や友だちは、どうしているだろう?) そこで浦島さんは、乙姫さまに言いました。「乙姫さま、今までありがとうございます。ですが、もうそろそろ家へ帰らせていただきます」「帰られるのですか? よろしければ、このままここで暮しては」「いいえ、わたしの帰りを待つ者もおりますので」 すると乙姫さまは、さびしそうに言いました。「・・・そうですか。それはおなごりおしいです。では、おみやげに玉手箱(たまてばこ)を差し上げましょう」「玉手箱?」「はい。この中には、浦島さんが竜宮で過ごされた『時』が入っております。 これを開けずに持っている限り、浦島さんは年を取りません。 ずーっと、今の若い姿のままでいられます。 ですが一度開けてしまうと、今までの『時』が戻ってしまいますので、決して開けてはなりませんよ」「はい、わかりました。ありがとうございます」 乙姫さまと別れた浦島さんは、またカメに送られて地上へ帰りました。 地上にもどった浦島さんは、まわりを見回してびっくり。「おや? わずか三年で、ずいぶんと様子が変わったな」 確かにここは浦島さんが釣りをしていた場所ですが、何だか様子が違います。 浦島さんの家はどこにも見あたりませんし、出会う人も知らない人ばかりです。「わたしの家は、どうなったのだろう? みんなはどこかへ、引っ越したのだろうか? ・・・あの、すみません。浦島の家を知りませんか?」 浦島さんが一人の老人に尋ねてみると、老人は少し首をかしげて言いました。「浦島? ・・・ああ、確か浦島という人なら七百年ほど前に海へ出たきりで、帰らないそうですよ」「えっ!?」 老人の話しを聞いて、浦島さんはびっくり。 竜宮の三年は、この世の七百年にあたるのでしょうか?「家族も友だちも、みんな死んでしまったのか・・・」 がっくりと肩を落とした浦島さんは、ふと、持っていた玉手箱を見つめました。「そう言えば、乙姫さまは言っていたな。 この玉手箱を開けると、『時』が戻ってしまうと。 ・・・もしかしてこれを開けると、自分が暮らしていた時に戻るのでは」 そう思った浦島さんは、開けてはいけないと言われていた玉手箱を開けてしまいました。 モクモクモク・・・。 すると中から、まっ白のけむりが出てきました。「おおっ、これは」 けむりの中に、竜宮や美しい乙姫さまの姿がうつりました。 そして楽しかった竜宮での三年が、次から次へとうつし出されます。「ああ、わたしは、竜宮へ戻ってきたんだ」 浦島さんは、喜びました。 でも玉手箱から出てきたけむりは次第に薄れていき、その場に残ったのは髪の毛もひげもまっ白の、ヨポヨポのおじいさんになった浦島さんだったのです。

702 杭にぎり むかしむかし、向笠(むこうがさ)と言うところに、伊太郎(いたろう)という男が住んでいました。 ある晩の事、酒に酔った伊太郎が上気嫌で村の近くまで帰ってきた時、後ろからついてくる美しい娘がいました。(おや? 若い娘がこんな時間に一人とは。・・・ははーん、さてはキツネだな。おれさまをだまそうとしても、そうはいかんぞ) 伊太郎は娘に近づくと、いきなり娘の手をつかんで言いました。「お前がキツネだという事は、わかっているんだ! この手は、絶対にはなさんからな!」 するとびっくりした娘が、涙ながらに言いました。「あたしは、キツネではありません。どうか手を、はなして下さい」 しかし伊太郎は、娘がいくら頼んでも手をはなそうとはしません。 しばらくすると、娘が困り果てたような声で言いました。「お願い、

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用を足したいの。だから、その手を離して」 娘はおしっこをしたいと言うのですが、伊太郎はプイと横を向いて、「逃げようたって、そうはいかん。小便がしたいのなら、このままそこでしろ」と、言います。「・・・そんな」 娘はしばらくもじもじしながらがまんしていましたが、そのうちにあきらめてその場にしゃがむと、ショボショボと音をたてながらおしっこをはじめました。 伊太郎は娘から目をそらすと、娘のおしっこが終わるまで横を向きました。 ところがいくらたっても、ショボショボというおしっこの音が止まりません。(なんと長い小便だ) 伊太郎はだんだん気になってきましたが、かといって見るわけにもいかず、横を向いたまま待ち続けました。 やがて、夜が明けてきました。(いくらなんでも、これはおかしい) 酔いの覚めてきた伊太郎は、意を決して娘の方を見てびっくり。「しまった! だまされたー!」 なんと娘の手だと思ってつかんでいたのは杭(くい)で、ショボショボという音は近くの水門に水が流れる音だったのです。

703 杉の木、百本 むかしむかし、吉四六さんと言う、とてもゆかいな人がいました。 ある日の事、吉四六さんの村でお寺を建て直す事になり、世話人が寄付を集めに来ました。「どうだろう、吉四六さん。吉四六さんがうんと出してくれれば、他のみんなだって、負けずに出してくれるはずだ。だから何とか、よろしく頼みますよ」「いいとも。任せてくれ」 吉四六さんは、世話人の持ってきた帳面に、《杉の木、百本》と、書きました。「へえっ、杉の木を百本も寄付してくれるのか」 世話人は大喜びで、庄屋さんの家に行きました。「何! あのけちの吉四六さんが、杉の木を百本も寄付するだと!」 庄屋さんは、びっくりして、(庄屋のわしが、吉四六さんより少なくては恥ずかしいな)と、思い、仕方なく、《米、百俵》と、書きました。 それからも吉四六さんのおかげで、村のみんなは無理をして、たくさんのお金や持ち物を寄付する事になりました。 さて、いよいよ寄付すると書いた物を、集める日がやって来ました。 吉四六が杉の木を百本も寄付すると言うので、大勢の人が車をひいて吉四六さんの家へやって来ました。「吉四六さん。杉の木を取りに来たが、ここには無いようだな。どこへ取りに行ったらいいんだい?」 すると、吉四六さんは、「いやいや、どこへも行かんでいい。ここで渡すから」と、言って、杉の木のおはしを百本渡したそうです。

704 舞扇 むかしむかし、京の都に有名な踊りの師匠(ししょう→せんせい)がいて、大勢の弟子(でし)をかかえていました。 その弟子の中に、けいこ熱心な雪江(ゆきえ)という娘がいて、一本の舞扇(まいおうぎ→日本舞踊に使う扇で。普通の扇より大きく、流儀の紋などをえがいたもの)をとても大切にしていました。 その舞扇は雪江が父にせがんで名高い絵師(えし→絵描き)に描いてもらった物で、今を盛りと咲いている桜の花が描かれた、それは見事な扇でした。 さて、ある日の事。 どうした事か、雪江はこの扇をけいこ場に忘れて帰ったのです。 それに気づいた師匠は、「大切な扇を忘れると珍しい。まあ、明日来た時に渡してやろう」と、自分の机の上に置いておきました。 ところが次の日、雪江は珍しくけいこには来ませんでした。 そして次の日も、また次の日も、雪江はけいこに来ないのです。「雪江に、何かあったのだろうか?」 師匠はふと、雪江の扇を広げて見ました。 そこには扇面(せんめん→扇を開いた面)いっぱいに、明るく花が咲いています。 そこへちょうど、友だちの占い師(うらないし)が尋ねてきました。「やあ、いらっしゃい。ほら、これをご覧なされ。弟子の忘れ物だが、優雅(ゆうが)な物じゃろう」 師匠が広げたままの扇を占い師に渡すと、「ほほう、これは美しい。・・・?」と、占い師はしばらくして、ポツリと言いました。「お気の毒ですが、この花は今日中に散りますな」「えっ?」 やがて占い師が帰った後、師匠は再びその扇をながめました。(今日中に散るとは、いったいどの様な意味だ?) 占い師の言葉が気になった師匠は、それからもじっと扇をながめていました。 すると妻がやって来て、「あの、お食事でございます」と、声をかけました。「ああ、もうそんな時間か」 妻の声に我に返った師匠は、開いたままの扇を持って立ちあがりました。 するとハラハラと、開いた扇から白い花びらが散りました。 散った花びらは風もないのにチョウが舞うと、空高く消えてしまいました。「何とも、不思議な事よ」 そして花びらが散った扇を見た師匠は、さらにびっくりです。「おお、これは!」 何とそこにあるのはただの白い舞扇で、あれほど見事に描かれた桜の花がすっかり消えていたのです。「これは、もしや雪江の身に!」 師匠はカゴを用意すると、雪江の家に急がせました。 そしてカゴが玄関につくと、ちょうど母親が現れて言いました。「先生。娘は、娘はほんの先ほど、息をひきとったところでございます。どうぞこちらへ」 案内された奥の間には、息をひきとった雪江が静かにねむっていました。 そしてその周りには、どこから入ってきたのかあの桜の花びらがしきつめるように落ちていたという事です。

705 この下に金なし むかしむかし、吉四六さんと言う、とてもゆかいな人がいました。 吉四六さんの家には大きな畑がありますが、畑の真ん中には大きな石があって、これが吉四六さんの悩(なや)みの種です。 畑仕事の邪魔なので、どかそうと思うのですが、これがとても大きすぎて吉四六さんの力ではどうにもなりません。「全く、邪魔な石だな。これがなければ、畑仕事が楽になるのに。・・・そうだ」 名案を思いついた吉四六さんは、町に出て行くと出会う人たちにこんな事を言いました。「実はこの前、馬を売って大金を手に入れたんだ。だけど、そんな大金を家に置いていたら危ないしな。どこかに、良い隠し場所はないだろうか?」 それを聞いた人たちは、「馬鹿だな。金をもうけたと言いふらす奴が、どこにおる」と、あきれ返ったそうです。 そして次の日、

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吉四六さんは畑の大石のそばに、こんな立て札を立てました。 その立て札には、《この下に、金なし》と、書かれてあるのです。「吉四六さんは、本当に大馬鹿じゃ。あれでは、金のありかを教えている様なものじゃ」 村人たちは吉四六さんの変な行動に、あきれ返りました。 でもこれこそが、吉四六さんが思いついた名案なのです。 さて、それから二、三日後。 吉四六さんは、自分の畑に行ってみました。 するとあの大石のそばに、とても大きな深い穴が掘られているではありませんか。 誰かがこの下にお金があると思って、一所懸命に穴を掘ったのでしょう。「よしよし、思った通りだ」 そこで、吉四六さんが、「えい!」と、大石を押すと、大石はゴロンと転がって、うまい具合にその穴の中に入ってしまったのです。 そして上から土をかぶせると、吉四六さんの畑からは邪魔な大石は消えてしまいました。

706 きりきりのぜんべいさん むかしむかし、きりきりと呼ばれていた田舎(いなか)に、働き者のぜんべいさんという人がいました。 ある日の事、ぜんべいさんが草刈りをしていると、「・・・ぜんべいさん。・・・ぜんべいさん」と、近くの沼から声がします。「うん?」 見ると沼(ぬま)の中から美しい女の人が現れて、おいでおいでをしているではありませんか。「あれ、おらに用事か?」 ぜんべいさんが近づくと、女の人は言いました。「ぜんべいさん。 わたしがお金を出しますから、村の人たちとお伊勢参り(おいせまいり)に行って下さいませんか。 そしてその帰り道に、わたしの姉にこの手紙を渡してくださいな」 女の人は姉が住んでいる沼の話をして、手紙と財布(さいふ)をぜんべいさんに渡しました。「その財布の中には、百文(ひゃくもん→三千円ほど)のお金が入っています。 全部使わずに一文だけを残しておくと、あくる日にはまた百文になっています」 女の人はそう言うと、そのまま消えてしまいました。 手紙と財布を握りしめたぜんベいさんは、これは大変な事を引き受けたと思いました。 何しろぜんべいさんのおかみさんはひどいケチなので、ぜんべいさんがお伊勢参りに行くと言ったら反対するに決まっています。 でも家に帰ったぜんべいさんは、思い切っておかみさんに言いました。「おら、お伊勢参りに行く!」 するとやっぱり、「はあ? お伊勢参りだって? お前さん、気でもちがったのかね! うちは貧乏で、お金もないのに!」と、おかみさんに怒鳴られました。 しかしぜんべいさんは、こっそり村人たちと一緒にお伊勢参りに出かけたのです。 さて、お伊勢さんまでは遠い遠い旅でしたが、ぜんベいさんはお金には困りません。 何しろ財布に一文を残しておくと、あくる日には百文のお金が財布に入っているのですから。 こうしてぜんべいさんは、村人たちとお伊勢参りをすませると、「おら、用事があるから・・・」と、みんなと別れて、沼女の姉が住んでいる沼を探しに行きました。 いくつも峠を越えて、キツネの出そうな山道を通って、やっと教えられた沼へ到着しました。(この気味の悪い沼に、姉さんがいるんだな。えーと、確か手を) ぜんべえさんは沼女に教えられた通りに、タン、タンと手を二回打つと、沼が急に金色に光って中からきれいな女の人が出てきました。 ぜんべいさんが手紙を渡すと、沼女の姉はうれしそうに言いました。「あなたのおかげで、妹の事がよくわかりました。すみませんが、わたしからの手紙も妹に届けてくださいな」 姉はそう言うと、沼の中から立派なウマを連れて来ました。「このウマは、一日に千里を走るウマです。 先に行ったあなたの村人たちには、すぐに追いつけるでしょう。 さあ手紙を持って、このウマに乗ってください。 そしてウマが止まるまで、必ず目をつむっているのですよ」 ぜんべいさんが姉の言う通りにすると、ウマはパカパカパカパカと走り続け、しばらくするとウマが急に止まりました。「うひゃー! ぜんベいさん、どこから来たんだ?」 その声にぜんべいさんが目を開けると、何と目の前に村人たちがいたのです。 そしてウマの姿は、消えていました。 さて、旅から帰ったぜんベいさんはさっそく沼に行くと、沼女にお伊勢参りのお礼を言って手紙を渡しました。 すると沼女はとても喜んで、ぜんべいさんに小さな石のうすを渡しました。「これは不思議なうすで、米粒を一粒入れてガラリと回すと、パラパラと金の粒が出てきます。 でもうすを回すのは、一日に一回だけですよ」 家に帰ったぜんベいさんが小さな石のうすを大切にし、毎日一粒の米を入れて数粒の金の粒を出したので、ぜんべいさんの家はたちまち大金持ちになりました。 ある日の事、おかみさんはぜんべえさんが留守の時にうすを持ち出すと、「あの人は馬鹿だね。一日に一粒ではなくもっとたくさんの米粒を入れたら、もっと金持ちになるだろうに」と、うすに米粒をいっぱい入れて、ガラリガラリと回しました。 するとうすがドスンと転がって、転がって転がって、ついにあの沼の中に落ちてしまったということです。

707 犬飼い七夕むかしむかし、あるところに、一人の犬飼いがいました。 犬飼いとは、狩りで使う猟犬を育てる仕事です。 ある日の事、犬飼いがお気に入りの犬を連れて池のそばを通ると、犬が急に吠え出したのです。「こら、いったいどうした? ・・・あっ!」 見ると、美しい娘が池で水浴びをしているではありませんか。「こんな美しい娘、今まで見たことがない。 あれはきっと、うわさに聞いた天女(てんにょ)だな。 天女なら、きっとどこかに羽衣(はごろも)を脱いでいるはず」 犬飼いは、犬に命じました。「早く、あの天女の羽衣を探し出せ」 さて、しばらくして天女が池からあがってきましたが、どうした事か大切な羽衣がどこにも見当たりません。 犬飼いが、羽衣を隠してしまったからです。 羽衣がなければ、天女は天へ戻れません。「どうしよう・・・」 天女が困っていると、犬飼いが現れて言いました。「お困りの様だが、どうしました?」「はい、実は・・・」 天女が事情を話すと、犬飼いが言いました。「それなら羽衣が見つかるまで、わしの家にいればいい」 こうなれば、仕方ありません。 行くところのない天女は、犬飼いの家に行きました。 そして、

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犬飼いのお嫁さんになったのです。 二人が仲良く暮らして、数年がたちました。 ところがある日、嫁になった天女が隠してあった羽衣を見つけてしまったのです。「ひどい! あんまりだわ!」 天女はすぐに羽衣を身につけると、空高く舞い上がって行きました。 それに気づいた犬飼いは、「待っておくれ! 行かないでおくれ!」と、声を張り上げましたが、天女はそのまま空の向こうへ消えてしまいました。 お嫁さんの天女がいなくなってから、犬飼いは毎日毎日、天女の事を考えていました。「どうすれば、妻を連れ戻せるだろうか? どうすれば・・・」 そこで犬飼いは、占い師のおばあさんのところへ相談に行きました。 すると占い師は、こう言いました。「連れ戻す事は出来ないよ。だが、お前の方から訪ねて行けばいい」「訪ねて行けと言っても、どうやって天に行けば良いのだ?」「それは簡単さ。 天女の所へ行くには、一晩で百足のわらじを作れば良い。 その百足のわらじを土に埋めて、その上にヘチマの種をまいてごらん」 それを聞いた犬飼いは、さっそく家に帰るとわらじを作り始めました。(妻よ、待っていろよ。必ず迎えに行くからな) 百足のわらじを作る事は、とても大変な事です。 犬飼いは休む事なく、わらじを作り続けました。 でも夜が明けた時には、九十九足しか出来上がっていませんでした。「九十九足しかないが、百足とは、あまり変わるまい」 そして占い師の言葉通りに、わらじを土に埋めてヘチマの種をまくとどうでしょう。 ヘチマのつるがドンドンドンドン伸びて、今にも天に届きそうになりました。「よし、お前も付いて来い」 犬飼いは犬と一緒に、ヘチマのつるを登って行きました。「もう少しだ。もう少しで妻に会えるぞ」 けれど、もう少しで天に届くところで、ヘチマのつるは伸びるのを止めてしまったのです。「何という事だ。わらじが一足、たりないばかりに!」 犬飼いがくやしがっていると、後から付いて来た犬が犬飼いの頭をピョンと飛び越えて、天へ飛び上がったのです。 そして犬は、犬飼いにお尻を向けると、「それ、だんなさま」と、長い尻尾をたらしてくれました。「ありがたい」 犬飼いは犬の尻尾をつかむと、何とか天にたどり着きました。 その後、犬飼いは彦星に、お嫁さんの天女は織姫になったという事です。

708 子育て幽霊むかしむかし、ある村に、一軒のアメ屋がありました。 ある年の夏の事、夜も遅くなったので、アメ屋さんがそろそろ店を閉めようかと思っていると、 トントントントンと、戸を叩く音がしました。「はて、こんな遅くに誰だろう?」と、アメ屋さんが戸を開けてみますと、一人の女の人が立っていました。「あの、アメをくださいな」「あっ、はい。少々お待ちを」 アメ屋さんは女の人が持ってきたうつわに、つぼから水アメをすくって入れました。「へい。一文(いちもん→30円ほど)いただきます」「ありがとう」 女の人はお金を払うと、消えるように行ってしまいました。 その次の日。 今日もアメ屋さんが戸締まりをしようと思っていると、また戸を叩く音がします。「あの、アメをくださいな」 やはり、あの女の人でした。 女の人は昨日と同じようにアメを買うと、スーッと、どこかへ帰って行きます。 それから毎晩、女の人は夜ふけになるとアメを買いに来ました。 次の日も、その次の日も、決まって夜ふけに現れてはアメを買って行くのです。 さて、ある雨の夜。 この日は隣村のアメ屋さんが訪ねて来て、色々と話し込んでいたのですが、「あの、アメをくださいな」と、いつものように現れた女の人を見て、隣村のアメ屋さんはガタガタ震え出したのです。「あ、あ、あの女は、ひと月ほど前に死んだ、松吉(まつきち)のかかあにちげえねえ」「えっ!」 二人は、顔を見合わせました。 死んだはずの女の人が、夜な夜なアメを買いに来るはずはありません。 しかし隣村のアメ屋は、間違いないと言います。 そこで二人は、女の後をつけてみることにしました。 アメを買った女の人は林を抜け、隣村へと歩いていきます。 その場所は、「はっ、墓だ!」 女の人は墓場の中に入っていくと、スーッと煙のように消えてしまったのです。「お、お化けだー!」  二人はお寺に駆け込むと、和尚(おしょう)さんにこれまでの事を話しました。 しかし和尚さんは、「そんな馬鹿な事があるものか。きっと、何かの見間違いじゃろう」と、言いましたが、二人があまりにも真剣なので、仕方なく二人と一緒に墓場へ行ってみる事にしました。 すると、 オンギャー、オンギャーと、 かすかに赤ん坊の泣き声が聞こえてきます。 声のする方へ行ってみると、「あっ、人間の赤ん坊じゃないか! どうしてこんなところに?!」 和尚さんがちょうちんの明かりをてらしてみると、そばに手紙がそえられています。 それによると、赤ん坊は捨て子でした。「手紙によると、捨てられたのは数日前。それから何日もたつのに、どうして生きられたんじゃ?」 ふと見ると、あの女の人が毎晩アメを買っていったうつわが、赤ん坊の横に転がっていたのです。 そして、赤ん坊が捨てられたそばの墓を見ると。「おお、これはこの前に死んだ、松吉の女房の墓じゃ!」 何と幽霊が、人間の子どもを育てていたのです。「なるほど、それでアメを買いに来たんだな。それも自分の村では顔を知られているので、わざわざ隣村まで」 きっと自分の墓のそばに捨てられた赤ん坊を、見るに見かねたにちがいありません。 和尚さんは心を打たれて、松吉の女房の墓に手を合わせました。 「やさしい仏さまじゃ。この子はわしが育てるに、安心してくだされよ」 こうしてお墓に捨てられた赤ん坊は、和尚さんにひきとられました。 それからあの女の人がアメ屋さんに現れる事は、もう二度となかったそうです。

709 焼印を押されたカッパ むかしむかし、あるお寺に、千寿丸(せんじゅまる)という小僧さんがいました。 千寿丸はとてもかしこい小僧さんで、和尚(おしょう)さんのお気に入りです。 ある日の事、千寿丸はほかの小僧さんたちと一緒に、花をつみに出かけました。 すると大きな池があって、その池の中ほどに、とても見事なハスの花が一つだけ咲いていたのです。(何と美しい花だろう。これをつんで帰れば、和尚さま、きっと喜ぶにちがいない) 千寿丸

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は、池の土手(どて)をおりて行きました。 そばに生えているつる草をつかんでハスに手を伸ばしますが、ハスは届きそうで届きません。「千寿丸、危ないからやめろ」 ほかの小僧さんたちが止めても、千寿丸はハスの花を取りたい一心で、水の上に体を乗り出しました。 そしてやっとハスの花に指先が届いたものの、指先では力が入らずうまく折る事が出来ません。 そこでもう少し、体を乗り出したとたん、 ドブン!と、千寿丸は池の中に落ちてしまったのです。「千寿丸! 千寿丸!」 小僧さんたちはあわてて池のふちにかけよりましたが、千寿丸の姿はありません。 気がつくといつの間にか、ハスの花もなくなっていました。 小僧さんの一人が、大急ぎで和尚さんのところへ知らせに行きました。「和尚さま、大変です! 千寿丸が池に!」 びっくりした和尚さんはあわてて池へ駆けつけましたが、千寿丸はどこにもいません。 和尚さんは覚悟を決めると、池に向かって静かに手を合わせました。 それから片手に杖(つえ)を持ち、何やら呪文(じゅもん)を唱えながら杖の先でさっと北の方をさしました。 すると、どうでしょう。 今まで静かだった池の水が激しく波立ち、やがてうずを巻いて巻き上がると土手を越えて北の方へと流れ出したのです。「すっ、すごい!」 小僧さんたちは、和尚さんの法力(ほうりき→仏による不思議な力)に息をのむばかりです。 やがて全ての水が土手を越えて、池が空っぽになりました。 そして池の底を見たとたん、小僧さんたちはびっくりしました。 何と、おぼれ死んでいる千寿丸を囲むようにして、何十匹ものカッパが座っているのです。 カッパたちは急に水がなくなった事に驚き、キョロキョロとあたりを見回しています。「やはり、こんな事だろうと思った」 和尚さんは空になった池の底へ降りていくと、杖を振り上げて、「喝(かつ)!」と、叫びました。 そのとたん、カッパたちは和尚さんの法力で、石の様に動けなくなりました。 和尚さんは、カッパたちをにらんで言いました。「なぜ、こんないたずらをする! ハスの花で小僧を誘い、水中に引きずり込んで命を奪うとは!」 怒った和尚さんは真っ赤に焼けた鉄の棒をカッパたちの背中に押しつけて、一匹ずつ焼印(やきいん)をつけました。 やがて和尚さんが法力をとくと、体が動くようになったカッパたちは、そろって和尚さんの前に手をついて謝りました。「申し訳ありませんでした。もう二度と、人間にいたずらはしません」 それからと言うもの、このあたりのカッパの背中には全て焼印がついていて、人間にいたずらをする事はなかったそうです。 また、和尚さんの法力で池から流れ出た水は新しい池となり、人々はその池を鏡池と呼ぶようになりました。

710 タヌキと彦一 むかしむかし、彦一(ひこいち)と言う、とてもかしこい子どもがいました。 この彦一の家の裏山には一匹のタヌキが住んでいて、毎日旅人にいたずらをしては喜んでいました。 ある晩の事、タヌキは旅人に化けると、彦一の家にやって来ました。「こんばんは、ちょいと、ひと休みさせてくださいな」 戸を開けた彦一は、この旅人は裏山のタヌキに違いないと思いましたが、知らぬ顔で家へ入れてやりました。 しばらくするとタヌキは、彦一に尋ねました。「ところで彦一どんには、何か怖い物はあるか?」 それを聞いた彦一は、このタヌキをからかってやろうと思いました。「う~ん、怖い物か。 そう言えば、一つだけあった。 でも恥ずかしいから、誰にも言わないでくれよ。 実はな、まんじゅうが怖いんじゃ」「えっ? まんじゅう? あの、食べるまんじゅうか?! あはははははっ、まんじゅうが怖いだなんて」「ああ、やめてくれ! おら、まんじゅうって聞いただけで、体が震えてくるんだ。怖い怖い」  ブルブルと震える彦一を見たタヌキは、(これは、いい事を聞いたぞ)と、大喜びで、山へ帰って行きました。 次の朝、彦一が目を覚ましてみると、何と家の中に出来たてのまんじゅうが、山ほど積まれていました。「おっかあ、馬鹿なタヌキからまんじゅうが届いたぞ。さあ、一緒に食おう」 彦一とお母さんは大喜びで、タヌキが持ってきたまんじゅうを食べました。 その様子を見ていたタヌキは、だまされたと知ってカンカンに怒りました。「ちくしょう! タヌキが人間にだまされるなんて! この仕返しは、きっとするからな!」 そしてその日の夜、タヌキは村中の石ころを拾い集めて、彦一の畑に全部放り込んだのです。(えっへへ。これで彦一のやつ、畑仕事が出来ずに困るだろう) よく朝、畑仕事に来た彦一とお母さんは、畑が石ころだらけなのでびっくりです。「ああ、家の畑が!」 お母さんはびっくりして声をあげましたが、しかしそれがタヌキの仕業だと見抜いた彦一は、わざと大きな声でお母さんに言いました。「のう、おっかあ。 石ごえ三年というて、石を畑にまくと三年は豊作(ほうさく)だと言うからな。 誰がしたかは知らんが、ありがたい事だ。 これが石ではなくウマのフンじゃったら、大変な事じゃったよ」 それを隠れて聞いていたタヌキは、とてもくやしがりました。(ちくしょう! 石ごえ三年なんて、知らなかった。・・・ようし、石ではなく、ウマのフンなら大変なんだな) そしてその晩、タヌキは彦一の畑の石を全部運び出すと、今度はウマのフンを彦一の畑にうめておいたのです。 さて、タヌキのまいたウマのフンは、とてもよいこやしになって、秋になると彦一の畑ではとても見事な作物がたくさん取れました。「ちくしょう。おらでは、どうしても彦一にはかなわねえ。・・・くやしいよう」 作物の実った畑を見て、くやし泣きをするタヌキに、彦一が声をかけました。「おーい、タヌキどん。お前にも、家の畑でとれたサツマイモを分けてやるぞ。何しろお前のまいたこやしのおかげで、とてもよく育ったからな」「あっ、ありがとう」 それからはタヌキはいたずらをやめて、裏山でおとなしく暮らしたということです。

711 カッパのきず薬むかし、武田信玄(たけだしんげん)の家来に、主水頭守清(もんどのかみもりきよ)という医者がいました。 ある日の事、守清(もりきよ)が馬に乗って川を渡っていると、馬が急に立ち止まりました。「はて?」 守清が

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下を見ると、何と川の中から黄緑色の長い腕が伸びていて、馬の足をしっかりと握っているではありませんか。「その手を離せ!」 守清がどなりましたが、黄緑色の手は馬の足を離そうとはしません。 そこで守清は腰の刀を抜いて、その腕を切り落としました。 こうして動けるようになった馬は、川を渡って向こう岸に着きました。「しかしあの腕は、何だったのだ?」 守清が馬からおりてみると、馬の足には黄緑色の腕がくっついたままです。 よく見るとそれは、カッパの腕のようです。 守清は、とても喜んで、「これは、珍しい物を手に入れたぞ」と、その腕を馬の足からはずして、家へ持ち帰りました。 さて、その晩の事。 守清が寝ていると、誰かがこっそりと部屋に忍び込んできました。「何者だ。名を名乗れ!」 起き上がった守清が枕元の刀をつかむと、それはあわてて言いました。「お待ち下さい。わたしは昼間のカッパです」「何、カッパだと?」 守清が明かりをつけると、一方の腕をなくしたカッパが座っています。「カッパが、何用だ!」「はい、実は、わたしの腕を返してもらいに来ました。 もう二度と馬の足を引っぱったりはしませんから、どうか腕をお返しください」「とんでもない。どうせならその残った腕も、切り落としてやろうか?」「そればかりは、ごかんべんを! もし腕を返してくださるのなら、日本一のきず薬の作り方をお教えしましょう」「ほう。日本一のきず薬とな」「はい。これがわたしの作った、日本一のきず薬です」 そう言ってカッパは、貝がらに入った薬を見せました。 その薬はカッパと同じ黄緑色で、とてもネバネバしています。「ならばこの場で、切れた腕をくっつけて見せろ。出来るか?」「はい、おやすいことです」 守清が切り落としたカッパの腕を渡すと、カッパはその切り口に貝がらの薬をたっぷりとつけて、元のように自分の体にくっつけました。「これ、この通りです」  カッパは腕をグルグルと回すと、腕をつないだ部分をを守清に見せました。 もはや腕には、毛ほどのきずもありません。「なるほど、確かによく効く薬じゃ。では、その日本一の薬の作り方を教えてもらおうか」「はい」 カッパは薬の作り方を、細かく話しました。 守清はそれを、しっかりと頭に叩き込みます。 日本一のきず薬の作り方を覚えた守清は、すっかりうれしくなって、「ところでカッパ。一緒に酒でも飲まんか?」と、酒を取りに行こうとしたとたん、ハッと目が覚めました。「何だ、今のは夢だったのか?」 床の間を見てみると、そこへ置いておいたはずのカッパの腕がありません。「そんな馬鹿な」 守清は飛び起きると、縁側(えんがわ)へと出ました。 するとそこには、もみじの形をしたカッパの足跡が点々とついています。「あれは、夢ではなかったのか?」 次の日、守清はカッパに教わったきず薬を作って、信玄の館へ行きました。 そしてけがをしている侍たちに、この薬をつけました。 するとけがの痛みがうそのように取れて、きず口もたちまちふさがったのです。「なるほど、確かに日本一の薬だ」 その後、守清は信玄の家来をやめて薬屋になり、この薬に『カッパのきず薬』という名前をつけて売り出したのです。 すると『カッパのきず薬』はたちまち評判となり、けがをした人が全国から買いに来るようになりました。 おかけで店はどんどん大きくなって、守清が亡くなった後も書き残された薬の作り方によって、店は何代にもわたって繁盛したそうです。

712 カッパの雨ごいむかしむかし、あるところに、森に囲まれた小さな村がありました。 その森に古い沼があって、一匹のカッパが住んでいました。 このカッパはひどいイタズラガッパで、畑を荒らしたり、沼へ人を引きずり込んだりと、いつも悪さをするのです。 ある日の事、この村にやって来た旅の坊さんが、イタズラガッパの話しを聞きました。 すると坊さんはさっそく沼へ行って、カッパを呼び出して言いました。「お前は、いつも悪い事ばかりしているようじゃが、いったい何が気に入らんで、そんな事をするんじゃあ?」 するとカッパは、こんな事を話し始めました。「おらは、カッパの身の上がつらいんよ。 こんな姿では、人間の仲間には入れてもらえない。 かといって、魚やカメの仲間でもねえ。 ここには仲間もいねえし、おもしろくねえ。 だからおらは腹が立って、無茶苦茶に暴れ回るんだ」 話しているうちに、カッパは涙をこぼしました。「お坊さま。 おらは、人間に生まれ変わりてえ。 人間に生まれ変わるには、どうしたらいいんだ?」「それは、お前が生きている間に、何か人間の為になる事をすればいい」「そうか、わかった」 カッパは坊さんに礼を言うと、帰って行きました。 さて、その年の夏の事です。 村では日照りが続いて作物が枯れ、ついに井戸の水も干上がってしまいました。「このままでは、みんな死んでしまうぞ。雨ごいだ。雨ごいをするんだ」 村人たちは広場に集まって、朝から晩まで空に向かって雨ごいをしました。 「雨よ、降れ、雨を降れ、どうか雨よ、降ってくれ!」 でも、雨は一滴も降りません。 そんな雨ごいが何日も続いた頃、あの沼のカッパが村へやって来ました。「イタズラガッパじゃ、やっつけろ!」 カッパを取り囲んだ村人たちは、日頃のうらみと雨が降らない腹いせに、カッパを殴ったり蹴ったりしました。 いつもならすぐに逃げ出すカッパですが、今日は殴られても蹴られても大人しく我慢していました。 そして、今にも死にそうな様子でやっと顔を上げると、カッパは村人たちに雨ごいをさせてくれと頼んだのです。「雨ごいだと? イタズラ者のお前がか?!」「そんなの、うそに決まっている! また何か、イタズラをたくらんでいるに違いない!」「しかし、カッパも雨が降らずに困っているはず」「そうだ。カッパは水の妖怪だから、カッパが雨ごいをすれば本当に雨が降るかも」 村人たちはカッパに雨ごいを認めると、カッパを縄でしばったまま広場のやぐらの上に連れて行きました。 カッパはしばられたまま、やっとの事で体を起こすと、天を仰いで祈り始めました。「天の神さま。 おら、今までに悪い事ばかりしてきた。 村の衆に、いつも迷惑をかけてきた。 だからそのつぐないに、村に雨を降らせてはくださらんか。 おらの命と引き替えに、村に雨を降らせてはくださらんか。 天の神さま、どうかお願いです」 カッパの雨ごいは、何日も何日も続きました。 その間、カッパは水も飲

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まなければ、食べ物も食べません。 すっかり弱ったカッパは、とても苦しそうに雨ごいを続けました。「神さま・・・、お願いです。どうか・・・、村に・・・、雨を、降らせて・・・」 カッパの祈りがあまりにも熱心なので、いつの間にか村人たちも一緒になって雨ごいの祈りを始めました。「神さま、お願いです。どうか、村に雨を降らせて下さい」「神さま、お願いです。どうか、村に雨を降らせて下さい」「神さま、お願いです。どうか、・・・」 すると不思議な事に、急に雨雲がたち込めて、大粒の雨がポツリポツリ降ってきたのです。 そして雨はみるみる激しくなって、やがてザーザーと滝の様に降り出したのです。「カッパの雨ごいが、天に届いたぞ!」「カッパの雨ごいのおかげで、村は救われたぞ!」 それを聞いたカッパは、天を仰ぐと、「・・・神さま、ありがとう」と、激しい雨に打たれながら、満足そうな顔で死んでしまいました。 それからしばらくして、あの旅の坊さんがまたこの村を訪れて、この事を知りました。 すると坊さんは、人間になりたがっていたカッパの話を村人にしてやりました。「カッパは、命がけで罪ほろぼしをしたんじゃ。いつか人間に生まれ変わって、この村にくるかもしれんなあ」 それを聞いた村人たちは沼の近くに小さなカッパの墓を立てて、いつまでもカッパの雨ごいの話を語り伝えたそうです。

713 耳なし芳一むかしむかし、下関(しものせき→山口県)に、阿弥陀寺(あみだじ→真言宗の寺)というお寺がありました。 その寺に、芳一(ほういち)という、びわ弾きがいました。 芳一は幼い頃から目が不自由だったために、びわの弾き語りをしこまれて、まだほんの若者ながら、その芸は師匠の和尚(おしょう)さんをしのぐほどになっていました。 阿弥陀寺の和尚さんは、そんな芳一の才能(さいのう)を見込んで、寺に引き取ったのでした。 芳一は源平(げんぺい)の物語を語るのが得意で、とりわけ壇ノ浦(だんのうら)の合戦のくだりのところでは、その真にせまった語り口に、誰一人、涙をさそわれない者はいなかったそうです。 そのむかし、壇ノ浦で源氏と平家の長い争いの最後の決戦が行われ、戦いに破れた平家一門は女や子どもにいたるまで、安徳天皇(あんとくてんのう)として知られている幼帝(ようてい)もろとも、ことごとく海の底に沈んでしまいました。 この悲しい平家の最後の戦いを語ったものが、壇ノ浦の合戦のくだりなのです。 ある、蒸し暑い夏の夜の事です。 和尚さんが法事で出かけてしまったので、芳一は一人でお寺に残ってびわの稽古をしていました。 その時、庭の草がサワサワと波のようにゆれて、縁側(えんがわ)に座っている芳一の前でとまりました。 そして、声がしました。「芳一! 芳一!」「はっ、はい。どなたさまでしょうか。わたしは目が見えませんもので」 すると、声の主は答えます。「わしは、この近くにお住まいの、さる身分の高いお方の使いの者じゃ。殿が、そなたのびわと語りを聞いてみたいとお望みじゃ」「えっ、わたしのびわを?」「さよう、やかたへ案内するから、わしのあとについてまいれ」 芳一は身分の高いお方が自分のびわを聞きたいと望んでいると聞いて、すっかりうれしくなって、その使いの者についていきました。 歩くたびに、ガシャッ、ガシャッと、音がして、使いの者はよろいで身をかためている武者だとわかります。 門をくぐり広い庭を通ると、大きなやかたの中に通されました。 そこは大広間で大勢の人が集まっているらしく、サラサラときぬずれの音や、よろいのふれあう音が聞こえていました。 一人の女官(じょかん→宮中に仕える女性)が、芳一に言いました。「芳一や、さっそく、そなたのびわにあわせて、平家の物語を語ってくだされ」「はい。長い物語ゆえ、いずれのくだりをお聞かせしたらよろしいのでしょうか?」「・・・壇ノ浦のくだりを」「かしこまりました」 芳一は、びわを鳴らして語り始めました。 ろをあやつる音。 舟にあたってくだける波。 弓鳴りの音。 兵士たちのおたけびの声。 息たえた武者が、海に落ちる音。 これらの様子を、静かに、もの悲しく語り続けます。 大広間は、たちまちのうちに壇ノ浦の合戦場になってしまったかのようです。 やがて平家の悲しい最後のくだりになると、広間のあちこちから、むせび泣きがおこり、芳一のびわが終わってもしばらくは誰も口をきかず、シーンと静まりかえっていました。 やがて、さっきの女官が言いました。「殿も、たいそう喜んでおられます。 よい物を、お礼に下さるそうじゃ。 されど今夜より六日間、毎夜そなたのびわを聞きたいとおっしゃいます。 明日の夜も、このやかたにまいられるように。 それから寺へ戻っても、この事は誰にも話してはならぬ。よろしいな」「はい」  次の日も芳一は迎えに来た武者について、やかたに向かいました。 しかし、昨日と同じようにびわを弾いて寺に戻ってきたところを、和尚さんに見つかってしまいました。「芳一、今頃まで、どこで何をしていたんだね?」「・・・・・・」「芳一」「・・・・・・」 和尚さんがいくら尋ねても、芳一は約束を守って、ひとことも話しませんでした。 和尚さんは芳一が何も言わないのは、何か深いわけがあるにちがいないと思いました。 そこで寺男(てらおとこ→寺の雑用係)たちに芳一が出かけるような事があったら、そっとあとをつけるように言っておいたのです。 そして、また夜になりました。 雨が激しく降っています。 それでも芳一は、寺を出ていきます。 寺男たちは、そっと芳一のあとを追いかけました。 ところが目が見えないはずの芳一の足は意外にはやく、やみ夜にかき消されるように姿が見えなくなってしまったのです。「どこへ、行ったんだ?」と、あちこち探しまわった寺男たちは、墓地へやってきました。 ビカッ! いなびかりで、雨にぬれた墓石が浮かびあがります。「あっ、あそこに!」 寺男たちは、驚きのあまり立ちすくみました。 雨でずぶぬれになった芳一が、安徳天皇の墓の前でびわを弾いているのです。 その芳一のまわりを、無数の鬼火が取り囲んでいます。 寺男たちは芳一が亡霊(ぼうれい)に取りつかれているにちがいないと、力まかせに寺へ連れ戻しました。 その出来事を聞いた和尚さんは、芳一を亡霊から守るために魔除けのまじないをする事にしました。 その魔除けとは、芳一の体中に経文(きょうもん)をかきつけるのです。「芳一、お前の人並みはずれた芸が、亡霊を呼ぶ事になってしまったよ

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うじゃ。 無念の涙をのんで海に沈んでいった、平家一族のな。 よく聞け。 今夜は誰が呼びに来ても、決して口をきいてはならんぞ。 亡霊にしたがった者は、命を取られる。 しっかり座禅(ざぜん)を組んで、身じろぎひとつせぬ事じゃ。 もし返事をしたり声を出せば、お前は今度こそ殺されてしまうじゃろう。 わかったな」 和尚さんはそう言って、村のお通夜に出かけてしまいました。 さて、芳一が座禅をしていると、いつもの様に亡霊の声が呼びかけます。「芳一、芳一、迎えにまいったぞ」 でも、芳一の声も姿もありません。 亡霊は、寺の中へ入ってきました。「ふむ。・・・びわはあるが、弾き手はおらんな」 あたりを見まわした亡霊は、空中に浮いている二つの耳を見つけました。「なるほど、和尚の仕業だな。 さすがのわしでも、これでは手が出せぬ。 仕方ない。 せめてこの耳を持ち帰って、芳一を呼びに行ったあかしとせねばなるまい」 亡霊は芳一の耳に、冷たい手をかけると、 バリッ! その耳をもぎとって、帰っていきました。 その間、芳一はジッと座禅を組んだままでした。 寺に戻った和尚さんは芳一の様子を見ようと、大急ぎで芳一のいる座敷へ駆け込みました。「芳一! 無事だったか!」 じっと座禅を組んだままの芳一でしたが、その両の耳はなく、耳のあったところからは血が流れています。「お、お前、その耳は・・・」 和尚さんには、全ての事がわかりました。「そうであったか。 耳に経文を書き忘れたとは、気がつかなかった。 なんと、かわいそうな事をしたものよ。 よしよし、よい医者を頼んで、すぐにも傷の手当てをしてもらうとしよう」 芳一は両耳を取られてしまいましたが、それからはもう亡霊につきまとわれることもなく、医者の手当てのおかげで傷も治っていきました。 やがてこの話は口から口へと伝わり、芳一のびわはますます評判になっていきました。 びわ法師の芳一は、いつしか『耳なし芳一』と呼ばれるようになり、その名を知らない人はいないほど有名になったという事です。

714 雷さまの病気むかしむかし、下野の国(しもつけのくに→栃木県)の粕尾(かすお)と言う所に、名の知れた医者としても有名な和尚(おしょう)さんが住んでいました。 夏の昼さがりの事、和尚さんは弟子の小坊主を連れて病人の家から帰る途中でした。「和尚さま、今日もお暑い事で」「まったくじゃ。しかも、蒸し暑い」 二人は汗をふきながら歩いていましたが、突然、ポツリポツリと雨が降り始めて、みるみるうちに水おけをひっくりかえしたような、ひどい夕立になってしまいました。「急げ!」「はい」 やがて大雨と一緒に、いなびかりが走りました。 ゴロゴロゴロ!「きゃー、かみなり! 和尚さま、助けてー!」「これっ、大事な薬箱を放り出す奴があるか!」「すみません。でもわたくしは、かみなりが大嫌いなもので」 ゴロゴロゴローッ! ドカン!! すぐ近くの木に、かみなりが落ちたようです。「わーっ! 和尚さま!」「だから、薬箱を放り出すな!」 和尚さんは怖がる小坊主を引きずって、やっとの事で寺へ帰ってきました。「和尚さま。早く雨戸を閉めてください」 小坊主が言いますが、和尚さんはいなずまが光る空をじっと見上げています。「ほほう。このかみなりさんは、病気にかかっておるわい」「へっ? 和尚さまは、かみなりの病気までわかるのですか?」「うむ、ゴロゴロという音でな」 さすがは、天下の名医です。 さてその夜、ねむっている和尚さんの枕元に、こっそり忍び寄った者がいます。 それはモジャモジャ頭から二本のツノを生やし、トラ皮のパンツをはいたかみなりさまでした。 でも、何だか元気がありません。 和尚さんのそばに座って、「・・・ふーっ」と、ため息をついているのです。 和尚さんは薄目を開けて様子を見ていましたが、やがて先に声をかけました。「どうかしたのか? 何かお困りの様じゃが」 和尚さんが声をかけると、かみなりさまは和尚さんの前にガバッとひれふしました。「わ、わしは、かみなりでござる」「見ればわかる。それで、何か用か?」 かみなりさまは、涙を流しながら言いました。「この二、三日、具合がおかしいのです。どうか、わしの病を治してくだされ。お願いします」「やっぱりのう」「それでその・・・、やはり天下の名医ともなれば、お代はお高いでしょうが。こんな物でいかがでしょうか?」 かみなりさまはそう言って、小判を三枚差し出しました。 しかし和尚さんは、知らん顔です。「えっ! これでは、たりませぬか」 かみなりさまは、小判を五枚差し出しました。 すると和尚さんはその小判をちらりと見て、『ふん!』と鼻で笑いました。「わしの治療代は、うーんと高いのじゃ」「そうでございましょう。何しろ、天下の名医でございますし。それでは、さらに小判を追加して」「いやいや。金の話は後にして、まずはそこへ横になりなさい」「えっ、診てくださるんですか!」 かみなりさまは、大喜びです。 和尚さんは腕まくりをすると、かみなりさまの体を力一杯押したり、もんだりして調べます。「ひゃー! ひぇー!うひょー! 痛い痛い! 助けてくれ~!」 かみなりさまは、あまりの痛さに大声をあげます。 その大声に驚いて、小坊主は部屋のすみで震えていました。「これ、小坊主! そんなところで、何をしておる。 今度はお灸(きゅう)をするから、早く道具を持ってまいれ!」 急に声をかけられて、小坊主はビックリです。「和尚さま。 何でかみなりなんぞの病気を、診るのですか! かみなりは怖いから、嫌です!」「何を言うとる! さあ、お前もお灸の手伝いをしろ!」「和尚さま。 あんな人迷惑なかみなりなぞ、いっそ死んでいただいた方がよいのでは」「ばっかも~ん!! どんな者の病気でも診るのが、医者のつとめじゃ!」 こうして和尚さんは小坊主からお灸を受け取ると、かみなりさまにお灸をすえました。「うお~っ、あちちち、助けて~!」 あまりの熱さに、かみなりさまは大暴れです。 ところがお灸が終わったとたん、かみなりさまはニッコリ笑いました。「おおっ! 痛みがなくなった。体が軽くなった。お灸をすえたら、もう治ったぞ!」 さすがは、天下の名医。「ありがとうこざいました! ・・・で、お支払いの方は、さぞお高いんでしょうなあ」「治療代か? 治療代は、確かに高いぞ。・・・じゃが、金はいらん」「じゃあ、ただなんですか?」「いいや、金の代わりに、お前には

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してもらいたい事が二つある。 一つは、この粕尾(かすお)では、かみなりがよく落ちて、人が死んだり家が焼けたりして困っておる。 これからは、決してかみなりを落とさない事」「へい、へい、それは、おやすい事で」「二つ目は、このあたりを流れる粕尾川の事じゃ。 粕尾川は、大雨が降るたびに水があふれて困っておる。 川が、村の中を流れておるためじゃ。 この川の流れを、村はずれに変えてほしい。 これが、治療代の代わりじゃ。 どうだ? 出来るか?」「へい。そんな事でしたら、このかみなりにお任せくだせえ」 どんな無茶を言われるかと心配していたかみなりは、ホッとして言いました。「それではまず、粕尾の人たちに、お札を配ってください。 このお札を家の門口に、はってもらうのです。 それから粕尾川ですが、流れを変えてほしい場所に、さいかち(マメ科の落葉高木)の木を植えてください。 そうすれば、七日のうちにはきっと。 ・・・では、ありがとうございます」 かみなりさまはそう言うと、天に登ってしまいました。 和尚さんは、さっそく村人たちをお寺に集めてお札を配りました。 そして山のふもとの目立つ位置に、さいかちの木を植えました。 さて、その日はとても良い天気でしたが、にわかに黒雲がわき起こったかと思うといなずまが光り、ザーザーと激しい雨が降り出しました。 まるで、天の井戸(いど)がひっくり返った様な大夕立です。 村人たちは和尚さんから頂いたお札をはって雨戸を閉めて、雨が止むのをジッと待っていました。 こうしてちょうど七日目、あれほど激しかった大雨がピタリと止んだのです。 雨戸を開けると黒雲はなくなり、太陽が顔を出しています。 不思議な事に、あれだけの大雨にもかかわらず、かみなりは一つも落ちませんでした。「あっ、あれを見ろ!」 村人が指さすを方を見ると、昨日まで流れていた粕尾川がきれいに干上がり、流れを変えて、さいかちの木のそばをゆうゆうと流れているではありませんか。 これでもう、村に洪水(こうずい)が起こる心配はなくなりました。 かみなりさまは、和尚さんとの約束を果たしたのです。 それからというもの、粕尾の里では落雷の被害は全くなくなったという事です。

715 そら豆の黒い筋 むかしむかし、あるおばあさんが、そら豆を煮(に)ようと思いました。 そら豆をなべに入れようとすると、一粒のそら豆がなべからこぼれ落ちて、コロコロコロと庭のすみへ転がって行きました。 それに気づかないおばあさんは、今度は火を付けようとワラを持って来たのですが、そこへ風がサーッと吹いてきて、一本のワラを庭のすみへ飛ばしました。 それからおばあさんが火をたきつけて仕事をしていると、まっ赤になった炭が一つ、ポロリと下へ落ちて、これも庭のすみっこへ転がっていきました。 こうして庭のすみっこで、そら豆とワラと炭が出会ったのです。 そら豆が、言いました。「ワラさん、炭さん、わたしたちがここで出会ったのも、何かのご縁です。どうです、これから一緒に、お伊勢参り(いせまいり)に行きませんか?」「そりゃ、いいね」「よし、さっそく出かけよう」 こうして、そら豆とワラと炭は、そろって出かけました。 さて、みんなは川の所まで来ましたが、この川には橋がありません。 橋がなければ、川を渡れません。 すると、ワラが言いました。「わたしは背が高いから、橋になってあげるよ。そら豆さん、炭さん、どうぞ渡りなさいな」「それは、ありがたい」 そら豆が先に渡ろうとすると、炭が怒って言いました。「わたしが先に渡るんだ。そら豆さんは次にしろ!」 するとそら豆は、ムッとして言い返しました。「いや、わたしが先だ!」「いいや、わたしが先だ!」 炭は、そら豆をポンと突き飛ばして、先にワラの橋を渡り始めました。 ところが半分まで渡った時、川の流れを見た炭は怖くなって足がすくんでしまいました。「どうした、炭さん。先に渡るのなら、早く渡れよ」 そら豆がせきたてても、炭は怖くて動けません。 そのうちに炭の熱でワラが燃え出して、炭とワラはボチャンと川に落ちてしまいました。 それを見て、そら豆は大笑いです。「アハハハハハッ、わたしを突き飛ばして、先に渡ろうとするからだよ。アハハハハハッ、アハハハハハッ・・・」 そら豆は、あんまり笑いすぎたので、お腹がパチンとはじけてしまいました。「あっ! ・・・困ったな。こんなかっこうじゃ、みっともなくて、どこへも行けないよ。どうしよう?」 そら豆が泣いていると、そこへ仕立屋(したてや→さいほう屋)さんが通りかかりました。「おやおや、どうしたね、そら豆さん」「実は、あんまり笑いすぎて、お腹が破けたんだよ」「そりゃ、気の毒に。どれどれ、わたしは仕立屋だから、破けたお腹をぬってあげよう」「ありがとう。よろしく頼みます」 仕立屋は針と糸を取り出して、そら豆のお腹をチクチクチク、チクチクチクと、ぬいました。 ところがあいにく緑色の糸がなかったので、仕立屋は黒い糸でぬったのです。 そら豆に黒い筋が出来たのは、その時からだそうです。

716 おこぜと山の神 むかしむかし、作物がよく取れる、とても豊かな村がありました。「毎年、作物がよく取れるのは、山の神さまのおかげだ。ありがたいことだ」 この村では、秋の取り入れが終わると山の神さまが近くの山に入って山を守り、春になると里に出てきて田の神さまになるのです。 山の神さまは山のとりもちの大木に住んでいる、とても恥ずかしがり屋の女の神さまです。 ある年の春、今年も無事に田植えが終わったので、村人たちは山の神さまをお迎えしようと、とりもちの大木の前にやって来てお祈りをささげました。 するとやがて、「村の衆、待たせたな。今年も豊作にしてやるからな」と、山の神さまは里に出てくると、植えたばかりの田んぼを見て回りました。 ところがその時、「おっとっとっと・・・」と、神さまは石につまずいて、小川に落ちてしまいました。「あっ、神さまっ、大丈夫ですか?」「ああ、大丈夫だ。・・・うん?」 そのとき山の神さまは、ふと、水にうつった自分の顔を見てしまいました。 その顔の、何とみにくい事でしょう。「これが、これがわらわの顔か? こんなひどい顔が、わらわの顔じゃったとは! 恥ずかしや、恥ずかしや」 

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山の神さまは顔を隠したままいちもくさんに走って、山へ逃げ帰ってしまいました。  さて、山へ逃げ帰った山の神さまは、お供え物をひっくり返したりしての大暴れです。「恥ずかしや! わらわの顔が、あんなにひどかったとは。もう、里に降りるのは嫌じゃ! 嫌じゃ、嫌じゃ、恥ずかしや~!」 山の神さまは、そのままほこらに閉じこもってしまいました。 すると山の神さまが見回りに来なかったので、植えたばかりの田んぼの苗(なえ)が枯れ始めたのです。「困ったのう。一体どうしたのじゃ、山の神さまは?」「これじゃあ、食う物がなくなってしまうぞ」「ここはもう一度、山の神さまにお願いして、田んぼを見回ってもらうしかない」 そこで村人たちは山のとりもちの大木の前に集まって、山の神さまにお願いしました。「山の神さま! 田の神さま! お願いです! 田んぼに、出てきてください」 でも山の神さまは、ほこらの中で泣き叫ぶばかりです。「嫌じゃ、嫌じゃ。わらわはもう、村へも田へも出たくない!」 困った村人たちは、どうしたものかと相談をしました。「山の神さま、もしかして腹が減っているのでは? だから機嫌が悪いのかも」「そうじゃ。そうに違いない。みんなでお供え物をして、歌って踊れば、きっと機嫌をなおされるに違いない」 こうして村人たちは、山の神さまのいるほこらの前に山ほどのお供え物をしました。 そして村人たちは、おかめやひょっとこのお面をつけると、笛や太鼓に合わせてにぎやかに歌って踊りました。 それを知った山の神さまは、ほこらのすき間からのぞいて見ました。「ああ、楽しそうだな。 きれいな着物を着て、おかめやひょっとこの面白い面をつけて。 ・・・面白い面? ・・・面白い顔? 嫌じゃ! やめてくれ! わらわの顔は、おかめやひゃっとこの様にみにくいんじゃ!」 山の神さまは、顔を押さえて泣き叫びました。 すると晴れていた空が急に曇って、山全体が大きくゆれ動きました。「大変だ! 山の神さまが怒った!」「逃げろ! 逃げろ!」「危ないぞ!」 村は、大騒ぎとなりました。 するとそれを見ていた物知りおばあさんが、村人たちに言いました。「お前たち、何で山の神さまを怒らせるんじゃ!」「いいや、おれたちは、山の神さまを怒らせようとしたんじゃねえ。山の神さまに、喜んでもらおうとしたんじゃ」  村人たちがそう言うので、おばあさんはみんなを集めて言いました。 「お前さんたちは、山の神さまの顔を見た事はあるか?」「ああ、見た事はあるぞ」「それで、どんな顔じゃった?」「まあ、正直言って、みにくい顔じゃった」「そうじゃ。 山の神さまはな、そりゃあ、みにくい顔をしておられる。 今まではその事に、山の神さまは気づかれんかった。 ところがそれがわかってしまい、恥ずかしくなって、ほこらに閉じこもられてしまわれた。 そんなところに、お前らがきれいな着物を着て、しかもみにくい顔のおかめやひょっとこの面をかぶって踊るもんだから、山の神さまは自分がみにくいのを馬鹿にされたと思って、よけいに気を悪くされたのじゃ。 山の神さまとはいえ、女じゃからな」「なるほど、言われてみれば、そうかもしれん」「なら、どうすれば機嫌を直されるのじゃ?」「それはな、山の神さまよりも、もっとぶさいく物をお供えすればええ。 そうすりゃ、山の神さまは自分よりぶさいくな顔がこの世にいたのかと、大喜びなさるにちげえねえ」「しかし、あの山の神さまよりもぶさいくな物など、この世におるのか?」「ああ、それなら、オコゼという魚がよいじゃろ」「オコゼ? なんじゃあ、それは」 するとおばあさんは、水がめを持って来て中に入っている物を見せました。「これが、オコゼじゃ」 水がめをのぞきこんだ村人たちは、すぐに大笑いです。「ギャハハハハハッ、なんて面白い顔じゃあ!」「おかしな顔じゃ!」「みにくい顔じゃ!」「ぶさいくな顔じゃ!」 そこで村人たちは、このオコゼを持って山の神さまが隠れているほこらの前に置きました。 するとほこらの扉が少しだけ開いて、山の神さまがこちらをのぞきました。 村人たちは山の神さまの顔を見ないように頭を下げたまま、持ってきた水がめを差し出しました。 その時、水がめの中のオコゼが、ひょいと顔を出したのです。 このオコゼの顔をジッと見つめていた山の神さまは、突然大笑いしました。「オホホホホホッ。これはおもしろい顔じゃあ! この世に、わらわよりおかしな顔があったのか! オホホホホホッ」 こうして山の神さまの機嫌はすっかりなおって、村人たちと一緒に村へおりて来てくれたのです。 おかげで田や畑は生き返り、今年も大豊作となりました。

717 千両箱の昼寝 むかしむかし、京の都に、とても大金持ちな長者(ちょうじゃ)がいました。 この長者は子どもの時に小さな村を飛び出して、京の都にやって来たのです。 そして食う物もろくに食わず、夢中で貯めたお金を人に貸して、たくさんの利息(りそく→お金を借りた時に、借りたお金よりも多くのお金を返します。その多い分のお金を利息といいます)を取りました。 こうして男は銀八千貫という大金持ちになり、金持ちの多い京の都でも一流の長者となったのです。 さてこの長者、京の都にやって来てから、ただの一度も故郷の人間を京ヘ招いた事がありません。 京へ招くお金が、もったいないからです。 ところがどういう風の吹き回しか、今年の祇園(ぎおん)の祭りには一人でも多く来て欲しいと言って、里の親類一同を京へ招いたのです。 招かれた者たちは、「有名な、祇園祭りがおがめるわい」「泊まりがけの京見物じゃ」と、大喜びです。 長者と一番仲が良かったお兄さんも、「わしの弟は、京でも名高い長者さまじゃ。出されるごちそうも、きっと見事な物に違いない」と、とても自慢していました。 さて、親類一同が京までやって来ると、長者は丁寧にみんなを出迎えて言いました。「みなさま、遠い所をようおいでくだされた。 今日は、六月六日。 明日から七日間、京は祇園さまのお祭りでございます。 お祭りの前祝いに、お膳(ぜん)の用意が出来ておりますので、どうぞお席についてくだされ」(おおっ、さっそくの京料理じゃ) みんなは胸をわくわくさせて案内された膳につきましたが、豪華な京料理を期待していたのに出されたのは、汁といっても、なっぱの薄い汁。 ご飯はと言えば、精米(せいまい→米の表面を削り、白米にすること)の手間をおしんだ黒い玄米。 祝い膳だというのに魚もつか

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ず、ただ申し訳程度にウリのなますがちょっぴり。 しかも酒は酒屋から買ってきた酒ではなくて、お酢のような味の下手な手作りの酒がたったの一杯。 こんなみじめな祝い膳は、田舎でさえ見た事がありません。(なんじゃ? これが京料理か?) みんなはあきれて口が聞けず、ただ顔を見合わせるばかりです。 みんなを代表して、長者のお兄さんが尋ねました。「なあ、弟よ。これが祇園さまの祝い膳か? こう言っては何だが、いくら何でもお粗末すぎるのではないのか?」 すると長者は悲しそうに下を向いて、ため息交じりに言いました。「まことに、まことに、その通りです。 と言うのも、今年ほど不運な年はなく、ここは何とか運治しをせねばならんと思い、こうしてみんなを呼んだというわけです」 そう言われて、兄はびっくり。「なに? 今年は、そんなに運が悪いのか。・・・やれやれ、それは心配な事だ。しかし一体、どの様に悪いのじゃ?」「はい、お話しをするよりも、運の悪い証拠を見ていただきたい。さあさあ、みなさんこちらヘ」 長者は先に立って、一同を土蔵(どぞう→むかしの倉庫)の前に案内しました。 そして、大きな重い土蔵の扉を開けて言いました。「さあ、中を見てくだされ!」 一同が見てみると、中には千両箱が山の様に積み重ねてあります。「これはすごい! 千両箱がいくつあるか、数えきれんぞ!」 一同がびっくりしていると、長者はとても悲しそうに言いました。「ご覧なされ。いつもの年なら、千両箱は一つもここには残っていないはず。 しかしどうした事か、今年はお金どのが家においでなのじゃ。 おかげで利息は入らず、まことに困った事になっております。 ああ、あの様にお金どのが、昼寝をしてござってはな」 長者はそう言って、また大きなため息をつきました。 まったく、ぜいたくな悩みですね。

718 不思議な和尚さん むかしむかし、ある村に、偉い和尚(おしょう)さんの一行が泊まる事になりました。 その為に村では前もって、こんなおふれがまわりました。《和尚さまは犬が苦手だから、イヌは必ずしっかりとつないでおくように。また、ご飯を食べるところとお風呂に入るところは、決してのぞかないように》 さて、和尚さんの宿となった庄屋さんの家では、大変な気の使いようです。 ご飯の時もお風呂の時も周りにびょうぶをめぐらせて、誰にものぞかれないようにしました。 でも、後片付けをした人は、「あれまあ。何て、お行儀の悪い和尚さんだろう」と、あきれました。 何しろ、ご飯があちこちに飛び散っているし、お風呂もあちこちにお湯が飛び散っているのです。 まるでイヌやネコがご飯を食べたり、お風呂に入ったりした後のようです。 その夜、庄屋さんが和尚さんに頼みました。「和尚さま。どうかお泊まりいただいた記念に、一筆、お願いいたします」 すると和尚さんは筆を取って、スラスラスラッと何やら難しい字を書いてくれました。 けれど上手すぎるのか下手すぎるのか、その字は誰にも読めません。 次の朝、和尚さんがカゴに乗って出発しようとしたのですが、どこからか二匹ののら犬が現れて、あっという間に和尚さんを噛み殺してしまったのです。 さあ、大変です。 すぐに村人が、和尚さんのお寺に知らせに行きました。 すると不思議な事に、村へ行く予定だった和尚さんは病気で寝ていると言うのです。 そしてその和尚さんが言うには、村へ行った和尚さんと言うのは、お寺のやぶに住んでいたタヌキではないかと言うのです。 何でも、お寺の山門を直す為に和尚さんが寄付を集めに出かけようとしたのですが、病気でそれが出来なくなり、和尚さんに可愛がられていたタヌキが病気の和尚さんの身代わりとなって寄付を集める旅に出かけたのではないかと言うのです。 その話を聞いた庄屋さんと村人たちは、「そう考えれば、奇妙なおふれも納得できる。可愛がってもらった和尚さまに恩返しするとは、タヌキとはいえ感心な心がけじゃ。お寺へ運んで、供養してもらおう。」「ゆうべ書いてもらった字は、家の家宝としよう」と、涙を浮かべて言いました。 やがてこの話しが広まり、山門を直すための寄付がたくさん集まったので、お寺には見事な山門が出来たということです。

719 びょうぶのトラむかしむかし、一休さん(いっきゅうさん)と言う、とんちで評判の小僧さんがいました。 一休さんのとんちの評判を聞いて、殿さまがお城に一休さんを招き入れました。「さっそくじゃが、そこにあるびょうぶのトラをしばりあげてくれぬか。 夜中にびょうぶから抜け出して悪い事ばかりするので、ほとほと困っておったのじゃ」 もちろん、ひょうぶに描かれた絵のトラが出てくるなんて、うそに決まっています。 しかし有名な絵描きが描いたのでしょうか、びょうぶに描かれたトラはキバをむいて、今にも襲いかかってきそうでした。「本当に、すごいトラですね。 それでは、しばりあげてごらんにいれます。 なわを、用意してください」「おおっ、やってくれるか」「はい。もちろんですとも」 一休さんはそう言うと、ねじりはちまきをして腕まくりをしました。 そして家来が持ってきたなわを受け取ると、一休さんは殿さまに頼みました。「それでは、トラをびょうぶから追い出してください。 すぐに、しばってごらんにいれます」 それを聞いた殿さまは、思わず言いました。「何を言うか! びょうぶに描かれたトラを、追い出せるわけがなかろうが」 すると一休さんは、にっこり笑って言いました。「それでは、びょうぶからはトラは出て来ないのですね。 それを聞いて、安心しました。 いくらわたしでも、出てこないトラをしばる事は出来ませんからね」 それを聞いて、殿さまは思わず手を叩きました。「あっぱれ! あっぱれなとんちじゃ! ほうびをつかわすから、また来るがよいぞ」 こうして一休さんはたくさんのほうびをもらって、満足そうにお寺へ帰りました。

720 金のとりい むかしむかし、吉四六さんと言う、とてもゆかいな人がいました。 ある日、吉四六さんは村の家々をま

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わって頼みました。「八幡さまの木のとりいが、古くなって壊れそうじゃ。みんなでいくらかずつを出し合って、金のとりいを寄付したいと思うが、どうだろう?」「それは良い考えだ。吉四六さんも、たまには良い事を言うの」 そこで村人たちは、吉四六さんにお金を預けました。 さて、それからいく日もたたないうちに吉四六さんが、「金のとりいが、出来ました」と、ふれまわったので、「ほう、ずいぶんと早くに出来たな」「一体、どんなに立派なとりいだろう?」と、さっそく村人たちは、八幡さまヘ出かけて行きました。 ところが、とりいはそのままで、どこにも金のとりいなんてありません。「どういう事だ? 吉四六さんを呼んで訳を聞こう」 そこで呼ばれた吉四六さんが、やって来ると、「ほら、ちゃんとそこに、金のとりいが建ててあるではないか」と、みんなの足元を指差しました。 みんなが見てみると、そこには縫い物に使う木綿針で作った小さなとりいが、ちょこんと置かれていたのです。「なるほど、確かにこれも、金のとりいだ。こりゃあ吉四六さんに、いっぱい食わされたわ」 村人たちは、笑いながら帰って行きました。

721 麦の粉 むかしむかし、吉四六さんと言う、とてもゆかいな人がいました。 ある時、吉四六さんは町へ野菜を売りに行きましたが、どうしたわけか、その日はなかなか売れません。「野菜はいりませんか? 取り立てのこまつ菜に、ほうれん草もありますよ」 すると吉四六さんに、声を掛ける者がありました。「おーい、吉四六さん、吉四六さん」 見ると、顔見知りの粉屋の主人です。「はい。何か用ですか?」「実はその野菜を、全部買ってやろうと思ってな」「へい、それはどうも、ありがとうございます」「ただし、買うといってもお金じゃない。麦の粉と交換してもらいたいのだが」「いいですよ。ところで麦の粉は、どれほどありますか?」「待て待て、それには、こちらから注文がある。もしお前さんが、その野菜を入れてあるざるに、紙も布も木の葉もしかずに、麦の粉がもらぬようにかついでいけたら、両方のざるにいっぱいやろう」 それを聞いた吉四六さんは、粉屋の主人がとんち勝負をしようとしているのがわかりました。(なるほど、とんち勝負なら受けてやろう) 吉四六さんには望むところですが、穴のたくさん開いているざるで粉を運ぶのは、かなりの難問です。「はっはっはっ。どうだね吉四六さん、さすがのあんたでも、これには参っただろう」 粉屋の主人は得意そうですが、でも吉四六さんは、しばらく考えるとニッコリ笑いました。「へい、ではこぼれぬように、いただいてまいります。ちょっと、井戸を借りますよ」 吉四六さんは空になった両方のざるを持って井戸に行くと、それに水をかけて帰って来ました。「さあ、今からこのざるに、粉を入れますね」「えっ? そんな事をしたら、粉がこぼれて」 粉屋の主人が不思議そうな顔をしている前で、吉四六さんは濡れたざるに麦の粉を山盛りに入れました。 そして吉四六さんがてんびん棒の両端にざるを引っかけて持ち上げると、ざるからは一粒の粉ももれません。「こりゃまた、どういう事だ?」 頭を傾げる主人に、吉四六さんは説明しました。「こうしてざるを濡らしてから粉を入れると、うまい具合に底の方の粉が固まって、ざるの目をふさいでくれるのです。それに今、ざるを良く洗ってきたから、ざるの目に詰まった分も乾かせばそのまま使えます」「なるほど」「では、粉をありがとうさんでした」 そう言って帰ろうとする吉四六さんを、粉屋の主人があわてて引き止めました。「ま、待ってくれ! 麦の粉をざるいっぱい持って行かれては大損だ! 野菜は倍の値段で買うから、粉を返してくれ」 吉四六さんは、心の中でニンマリ笑うと、(それは助かった。こんなに重い粉を持って帰るのは、一苦労だからな)と、思いつつも、粉屋の主人には、いかにも仕方ないという顔で言いました。「やれやれ、それでは野菜が全部で五十文なので、倍の百文もらいますよ」 こうして吉四六さんは空のざるをかついで、ほくほく顔で帰って行きました。

722 不思議な岩穴 むかしむかし、ある島に、牛をとても可愛がっている男がいました。 男は畑仕事が終わると、いつも海で牛の体を洗ってあげるのです。 ある日の事、いつものように牛を洗ったあと、男は急に眠たくなったので、岩に座ったまま眠り込んでしまいました。「モウー」 しばらくして牛の鳴き声に目を覚ました男が牛の方を見てみると、なんと牛が岩穴の中へ引き込まれているのです。「ま、待て、おらの牛が」 男はあわてて牛の首のつなを引っぱりましたが、いくら引っ張ってもびくともしません。(これは、どういう事だ?) 男が、ふと下を見るとどうでしょう。 ものすごい数のアリが集まって、牛を岩穴に運んでいるのです。「なにくそ! アリなんかに、負けるものか!」 男は力一杯つなを引っぱりましたが、引っ張り出すどころか反対に自分までずるずると岩穴の中に引きずり込まれてしまいました。(ああ、もう駄目だ!) そう思った時、あたりがパッと明るくなりました。「おや? ここはどこだ?」 何とそこは広々とした原っぱで、きれいにたがやした畑があります。 男がぽかんとしていると、畑にいた人がそばへやってきて言いました。「すみませんが、あなたが眠っている間に牛を貸してもらいました。おかげで、畑をたがやす事が出来ました」 畑の人はにこやかに言ったのですが、男は怖くてたまりません。「助けてください! 牛はあげますから、どうか命ばかりは!」 すると畑の人は、「いやいや、命を取るなんてとんでもない。 あなたが連れてきてくれた牛のおかげで、畑がたがやせたのです。 さあ、少ないですがこれはお礼です。 どうぞ、受け取ってください」と、たくさんのお金を差し出しました。 そのお金は、牛が何頭も買えるほどの大金です。「えっ? 牛を貸しただけで、こんなに?」「はい。ただしここで見た事は、だれにも言わないでくださいね。 そのかわりお金がなくなったら、いつでも取りに来てかまいませんから」 気がつくと男は、牛と一緒に岩穴の外にいました。 それから男は何度もお金をもらいに行って、たちまち大金持ちになりました。 ある日の事、男の友だちが尋

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ねました。「お前、どうして急に大金持ちになったのだ?」「ああ、実はな」 男は誰にも言わないという約束を忘れて、友だちに岩穴の事を話したのです。「まさか。そんなうまい話、誰が信じるものか」「本当だとも。なんなら今から、その岩穴へ連れて行ってやる」 男はそう言うと、友だちを岩穴のところへ連れて行きました。「さあ、ここだ。この岩穴に・・・。ああっ! 岩穴がふさがっている!」 何と岩穴がふさがっていて、どうやっても中へ入る事が出来なかったのです。 その後、男は何をやっても不運続きで、ついには前よりもひどい貧乏になったという事です。

723 なぞなぞ絵手紙むかしむかし、ある町の店に、村から嫁いできたお嫁さんがいました。 お嫁さんはよく働き、気だてもよくて申し分ないのですが、あいにく文字の読み書きが出来ません。 ある日の事、このお嫁さんが久しぶりに、村のお母さんの所へ里帰りする事になりました。 お嫁さんに、お土産を持たせた夫は、「おっかさんに、この手紙を持って行きなさい」と、筆と紙を取りました。「あの、うちのおっかさんも、読み書きが出来ません。すみませんが字の手紙でなく、絵手紙にしてください」「わかった。じゃあ、絵手紙にしよう」 夫は紙に『一升ます』と『草かりがま』と『女の人の着物に噛みつきそうなイヌ』を絵にして、お嫁さんに渡しました。 さて、それから数日後。「おっかさん、ただいま」「まあまあ、よく帰って来てくれたね。さあ、ゆっくりしていっておくれ。で、どうだい? 町での暮らしは」「はい。夫はやさしくしてくれるし、お店は繁盛しているし、毎日がとても楽しくてね。それでつい、帰るのが遅くなって・・・」 お嫁さんは、つもる話をしてから、「あっ、そうそう。夫から、絵手紙を預かってきましたよ」と、お母さんに、絵手紙を差し出しました。 それを受け取ったお母さんは、絵手紙を見て首を傾げます。「はて、『一升ます』と『草かりがま』と『女の人の着物に噛みつきそうなイヌ』。何の事やら、読み取れませんよ」 そこでお母さんとお嫁さんは隣に住む物知りのおじいさんに、この絵手紙を読み解いて欲しいと頼みました。 すると、「ふむ、ふむふむ。気の毒じゃが、これは離縁(りえん)状じゃよ」と、言うのです。「まさか、そんな事は・・・。でも・・・、そんなあ・・・」 お嫁さんは悲しくなり、シクシクと泣き出しました。「何かの間違いです。ちゃんと、読み解いて下さい」 お母さんが言うと、おじいさんは絵手紙をお母さんに見せて言いました。「いいかい。『一升ます』は、一生の事。 『草かりがま』と『イヌ』で、かまワン、となる。 つまりだ、『おまえの事は一生構わんから、帰ってこなくていい』と、言う事じゃ。 ほんに、気の毒になあ」「うわーん!」 お嫁さんはあまりの事に泣き崩れてしまい、それから毎日泣き暮らしていました。 そんなある日の事、夫が町から尋ねてきました。「いつまでも帰ってこないから、病気にでもなったのかと心配でやって来た。一体、何を泣いているのだ?」「だっ、だって、絵手紙で『一生かまわん』と、あたしを離縁したではありませんか」「ああ? 何を言うのだ! イヌの絵を、よく見たのか? イヌが女の着物のすそを、噛もうとしておったろうが。 これはつまり『お前の事は、一生かまう(大事にする)』との意味で、決して離縁状などではない」 これを聞いて、お嫁さんは、「まあ、うれしい!」と、夫に抱きつくと、仲良く手に手をとって町へ戻って行きました。 お幸せに。

724 ぶんぶく茶がまむかしむかし、あるところに、貧乏な古道具屋がいました。 ある日の事、古道具屋は一匹のタヌキが、ワナにかかっているのを見つけました。 古道具屋はかわいそうに思って、そのタヌキをワナから助けてやりました。 次の日の朝、昨日のタヌキが古道具屋の所へやって来て言いました。「昨日は、本当にありがとうございました。 お礼に、良い事をお教えしましょう。 隣村の和尚(おしょう)さんが茶がまを欲しがっていますから、茶がまを持って行けば喜びますよ。 わたしが茶がまに化けますから、持って行って売って下さい」 そういうとタヌキはくるりと宙返りをして、素晴らしい金の茶がまに化けました。 さっそく古道具屋が、茶がまを持って行くと、「うーん、これは見事!」と、和尚さんはタヌキの化けた茶がまを大変気に入った様子で、とても高い値で買い取ってくれました。 さて、新しい茶がまを手に入れた和尚さんは、小坊主に、「この茶がまを、洗ってきなさい」と、言いました。「はい」 小坊主はさっそく、裏の川へ行って茶がまをゴシゴシと洗いました。 すると茶がまは、「おい小坊主。もっとやさしく洗ってくれ。尻が痛くてたまらん」と、しゃべったのです。「うひゃー、茶がまがしゃべった!!」 びっくりした小坊主はあわてて和尚さんにこの事を話しましたが、和尚さんは信じてくれません。「何を馬鹿な。茶がまがしゃべるはずなかろう」「でも、本当なんです」「まあ良い。それより次は、お湯をわかしておくれ」 そこで小坊主は言われるままに、タヌキの化けた茶がまに水を入れて火にかけました。 すると茶がまに化けたタヌキは、びっくりです。「あちちちち! お尻に火がついた!」 タヌキは一目散に、山へ逃げていきました。 その夜、タヌキはまた、古道具屋の家にやって来て言いました。「二人で、町へ行きましょう。私がつなわたりをしますから、人を集めて下さいな」 次の日、古道具屋とタヌキは町へ出かけて、芝居屋を貸し切りました。「さあさあ、世にも珍しい、タヌキのつな渡りだよ」 入り口で古道具屋が大声で言うと、タヌキはつなの上を器用に渡りながら腹づつみを打ったり歌ったりします。「これは、珍しい。何て、面白いんだろう」 タヌキのつな渡りは大評判となり、毎日押すな押すなの大にぎわいです。 こうして古道具屋はタヌキのお陰で、大金持ちになったという事です。

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725 弘法の衣(弘法大師) むかしむかし、外見だけで人を判断する、とても心のせまいお金持ちの主人がいました。 ある日の事、みすぼらしい姿のお坊さんが、このお金持ちの家に托鉢(たくはつ)にやって来たのです。 お坊さんがお金持ちの大きな家の前に立って鐘を鳴らしてお経を読み始めると、家の中から主人が出て来て、お坊さんをじろりと見て言いました。「ふん、乞食坊主(こじきぼうず)が。いくらお経を読んでも、お前みたいな汚らしい奴にやる物はないぞ。とっとと出て行け!」「・・・・・・」 お坊さんは黙って頭を下げると、そのまま立ち去ったのです。 さて次の日、同じ家に今度は立派な袈裟衣(けさごろも)を着たお坊さんが立って、鐘を鳴らしてお経を読み始めたのです。 すると、それを見た家の主人はびっくりして、「これはこれは、お坊さま。あなたの様な立派なお方が、こんなところではもったいのうございます。ささ、どうぞ家に上って下され」と、お坊さんを家の中に通したのです。 主人は家の者に山の様なぼた餅を用意させると、お坊さんの前に差し出しました。「大した物は用意出来ませんが、どうぞ、お召し上がり下さい」 すると、お坊さんは、「これはこれは、どうもご親切に」と、言いながら、そのぼた餅を手に取って、キラキラと光る袈裟衣へ、ベタベタとなすりつけたのです。 それを見た主人は、びっくりして言いました。「お坊さま。せっかくのぼた餅を何ともったいない。その上、その立派なお衣まで汚されてしまうとは」 するとお坊さんは、すました顔で言いました。「ご主人は覚えていないかもしれませんが、わしが昨日来た時、あなたはわしのみすぼらしい姿を見て、わしを追い返されました。 そして今日はわしのこの衣を見て、この様にごちそうまでしてくださる。 昨日のわしも、今日のわしも、同じわしじゃ。 ただ違うのは、身にまとうておる衣だけ。とすると、家に上げてぼた餅を出してくれたのは中身のわしではなくて、わしが着ているこの衣ではないのか? そこでわしは、このぼた餅を衣に食わせてやったのじゃ。 では、これにて失礼する」 お坊さんはそう言うと、そのまま旅に出てしまいました。 後になってお金持ちの主人は、このお坊さんが有名な弘法大師だった事を知ると、人を外見だけで判断する自分を深く反省しました。 そしてそれからは誰にでもやさしく接する、とてもやさしい主人になったと言うことです。

726 娘の寿命 むかしむかし、年をとってから、やっと女の子にめぐまれた老夫婦がいました。 ある夏の事、年頃になった娘が留守番をしていると、汚い身なりの旅のお坊さんがやってきて家の前で物乞いをしました。「旅の僧です。空腹で、困っております。何か食べ物を」「あっ、はい。ではこれを」 娘が食べ物を渡すと、お坊さんは娘の顔を見ながら言いました。「美しい娘さんじゃな。いくつになられた?」「はい。十八です」「十八か。・・・お気の毒に」 お坊さんは、なぜか悲しそうに言うと、そのまま立ち去っていきました。 この様子を、畑仕事から帰ってきた父親が見ていました。 気になった父親はお坊さんを追いかけると、お坊さんに理由を聞きました。 するとお坊さんは、「娘さんはまだ若いのに、もうすぐ急な病で亡くなります。それがお気の毒で」と、いうのでした。「娘が病で! どっ、どうしてわかるのです! もしそれが娘のさだめなら、どうすれば逃れる事が出来るかお教えください!」 父親がとりすがるように言うと、お坊さんはこう言いました。「白酒と杯を三つ、目隠しした娘さんに持たせて、日の出とともに東の山に向かって歩くように言うのです。 どこまでも歩いてもう進めなくなったら、目隠しをとりなさい。 すると岩の上に三人のお坊さんが座っているから、何もいわずにどんどんお酒を飲ませなさい。 お酒がなくなったら、三人のお坊さんに命ごいをしなさい。 うまくいけば、娘さんは長生き出来るでしょう」「ありがとうございました。さっそく、その通りにいたします」 次の日、父親は教えられた通り娘にお酒を持たせて、目隠しをしました。 そして日の出とともに、家から東の山に向かって歩かせました。 娘がどんどん歩いていくと、やがて行き止まりになりました。 娘が目隠しを取ると、そこは岩穴の中でした。 目の前の一段高い岩の上に、赤い衣を着た三人のお坊さんが座っています。 娘はお坊さんたちにどんどんお酒をすすめ、お酒がなくなるとお坊さんたちに言いました。「わたしは、お願いがあってまいりました。 旅のお坊さまの話によると、わたしはもうすぐ急な病で死ぬそうです。 どうか、お助けくださいませ」 娘が深く頭をさげて命ごいをすると、三人のお坊さんは赤くなった顔を見合わせました。 やがて、一人のお坊さんが言いました。「人の寿命を知り、あんたをここに連れてくるとは、あの大師の仕業か。 本当は人の運命を変えてはいけないのだが、こんなにごちそうになってはことわれんな」 続いて二人目のお坊さんが、持っていた帳面を見ながら言いました。「なるほど。確かにあと三日の寿命じゃな。まだ十八だというのに」 三人目のお坊さんが、娘にたずねました。「あんたは、何才まで生きたいんじゃ?」 娘は少し考えて、答えました。「はい。子宝に恵まれて、その子を大きく出来るまでは」 それを聞いたお坊さんたちは、にっこり笑うと言いました。「うむ。よい答えじゃ。あんたの寿命に、八の字をくわえてやろう」 そいてお坊さんたちは帳面に八の字を書きくわえて、娘の寿命を八十八にしたのです。 その後、娘は幸せな結婚をして子宝にも恵まれ、大した病気も無く八十八才まで長生きをしたという事です。

727 犬が寒がらない理由 むかしむかしの大むかし、火なし村という、火のない村がありました。 この火なし村の南には火を使っている村があって、そこでは火が消えないように一日中たき火をしていました。 そのたき火のまわりには見張りの男が何人もいて、もしよその村人が火を取りにきたら捕まえて殺してしまうのです。 さて、火なし村に

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は、とても親思いの娘がいました。 年を取った両親にあたたかい物を食べさせてやりたいと思い、娘は村人が止めるのも聞かずに犬を連れて南の村に向かいました。 南の村では山の空き地でたき火をしていて、そのまわりには何人もの見張りの男が立っています。 娘は岩の後ろに隠れて、しばらく様子を見ていました。 するとそのうちに、「ああ、腹が減ったな。そろそろ飯にしよう」と、見張りの男たちが近くの小屋に入っていきました。(今だわ!) 娘は火のついた木の枝を数本つかんで、かけ出しました。 そしてようやく山の途中まできた時、後ろから男たちの声が聞こえてきました。「誰かが火を盗んだぞ! 捕まえて殺してしまえ!」 娘は急ぎましたが、追っ手の声はどんどん近づいてきます。(もうだめわ。このままでは捕まってしまう) その時、一緒に走っていた犬が娘の顔を見て、火のついた枝をくわえさせろと口を開けました。 娘は火のついた枝を一本、犬の口にくわえさせました。「お願い、これを父母のところへ届けてね」 でも犬は娘に早く逃げろと首をふり、そのまま追っ手の方へ走っていきました。 犬は娘を助けるために、自分がぎせいとなったのです。「ありがとう」 娘はお礼を言うと、のこりの火のついた枝を持ったまま山道をかけおりていきました。 やがて見張りの男たちは、火のついた枝をくわえている犬を見つけました。「何だ、火を盗んだのは犬か。しかし犬とはいえ、火を盗むものは殺す!」 男たちは、犬をなぐり殺してしまいました。 娘は走りに走って、やっと自分の村へたどり着きました。「これが、火というものか」「ありがたい、ありがたい。これからはわしらの村でも、火を使えるぞ」 この時から火なし村でも、火を使った生活が始まったのです。 さて次の日、娘が山道へもどってみると、そこには殺されて冷たくなっている犬が転がっていました。「ごめんね、ごめんね」 娘はその犬を抱きかかえて村へ戻ると、犬のお墓を作りました。 そして手を合わせながら、神さまにお祈りしました。「この犬のおかげで、わたしたちの村でも火のある生活が始まりました。どうか神さま、犬の冷たくなったからだを温めてください。そして天国へお送りください」 するとその願いが神さまに通じたのか、その犬は無事に天国へむかえられた上に、地上にいる全ての犬のからだがポカポカと温かくなり、どんなに寒い日でも平気になったという事です。

728 うば捨て山 むかしむかし、六十才をこえたお年寄りを、『うば捨て山』という山に捨てる国がありました。 はじめは食べ物がなくなったために仕方なくお年寄りを捨てていたのですが、食べ物がある今でも、この国では六十才をこえたお年寄りを山に捨てるのです。 そうしないと、殿さまからひどい目にあわされるからです。 ある年の事、ちょうど六十才になったおじいさんがいました。 息子や孫たちはおじいさんをかごに入れると、仕方なくうば捨て山へ出かけて行きました。 うば捨て山は昼でも暗い森の奥なので、ちゃんと目印をつけていないと、ふもとには帰れません。 かごの中のおじいさんは時々かごから手を出して、道の木の小枝をポキポキと折りました。「おじいさん、こっそり村へ帰るつもりかな?」 孫の言葉に、息子が心配顔で尋ねました。「おじいさん、ポキポキ折った小枝をたよりに、また帰るつもりか?」 もしそうだとすると、殿さまにひどい目にあわされます。 おじいさんは、静かに首を振りました。「いいや、そうじゃない。 わしは、死ぬ覚悟は出来ておる。 この枝は、お前たちが村へ帰るための目印だ。 道に迷わぬようにな」 それを聞いた息子や孫たちの目から、涙がこぼれました。「おじいさん、ごめんなさい!」「おじいさん、かんべんな!」「あははは。泣くな、泣くな。それよりも日がくれる前に、早くうば捨て山に行こうじゃないか」 おじいさんは孫の頭をなでながら言うと、息子がきっぱりと言いました。「いいえ、だめです! 殿さまから、どんなひどい事をされても構わない! おじいさんも一緒に、村へ戻るんです!」 こうして息子たちはおじいさんを連れ戻すと、こっそりと家の奥に隠しておきました。 それから数年後、このお年寄りを大事にしない国に隣の国から使いが来て、こんななぞかけをしました。 どこから見ても色も形もそっくり同じ二匹のヘビを持って来て、「どちらがオスで、どちらがメスかを当ててみろ」と、言うのです。 殿さまも家来たちも、どちらがオスでどちらがメスかなんて分かりません。 そこで役人たちは、国中の村々を回って尋ねました。「だれか、このなぞかけがわかる者はいないか? わかった者には、殿さまからほうびがもらえるそうだ」 しかし殿さまや家来たちにもわからないことが、村人にわかるはずがありません。「うむ。誰もわからぬか」 役人たちがあきらめて帰ろうとすると、あのおじいさんの孫が前に出て言いました。「そんなの簡単さ。 家の座敷にワタをしいて、ヘビをはわせてみればいい。 一匹はジッとしているし、もう一匹はノロノロはい出すさ。 はい出す方がオスで、おとなしくしているのがメスだ」「それは本当か?」「ああ、うちのおじいさんに聞いたから間違いないさ」「なに? 確かお前のところのじいさまは、とうのむかしにうば捨て山に捨てたはずでは」「あっ、いや、その、聞いたのはむかしだ。ずーっとむかしに聞いたんだ」「・・・ふむ。とにかく今は、なぞかけの答えを殿さまに知らせねば」 役人たちはそう言うと、お城へと帰っていきました。 孫が答えたなぞかけの答えは見事に正解で、それを聞いた隣の国の使いは感心しながら帰って行きました。 実はこのなぞかけ、この国の人間がおろか者ばかりの国なら攻め込んでやろうと、隣の国の殿さまが考えたものでした。  それが見事に正解したので、隣の国の殿さまは、「あの国には、知恵者がおる。下手に攻め込んでは、負けるかもしれん」と、この国に攻め込むのをあきらめたのです。 さて、孫のおかげで助かった殿さまは、城に孫を呼び寄せると言いました。「そなたのおかげで、この国は救われた。約束通りほうびをやるから、何でも望むがよいぞ」「あの、何でもでございますか?」「そうだ。何でもよいぞ」 そこで孫は、殿さまにおそるおそる言いました。「ほうびの代わりに、その、うば捨て山に年寄りを捨てるのを、やめるわけには・・・」「ほう。なぜじゃ?」「実は、あの答えは、おじいさんに聞いたのです」「うむ。むかし、じいさ

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まに聞いたそうだな」「それが、むかしではなく・・・」 孫から全ての事を聞いた殿さまは、にっこり笑って言いました。「よしわかった。そなたの望みを、かなえてやろう。これからは、年寄りを大切にすることを約束しよう」 こうしてこの国は、お年寄りを大切にする国になったと言うことです。

729 聞き違い むかしむかし、お医者さんの家で働いている男がいました。 いつも言われた事を忘れたり、聞き違えたりするので、みんなからは『おろか者』と呼ばれていました。 ある日、魚屋が魚を売りにきました。 おろか者は、お医者さんのところへ行って、「魚屋が、魚を売りにきた」と、言いました。「よしよし、それなら一匹買って、料理しておくれ」 そこでおろか者は魚を一匹買いましたが、でもどうやって料理したらいいのかわかりません。 おろか者は、またお医者さんのところへ行きました。「魚の料理は、どうする?」「煮ても焼いてもいいから、お前の好きなように料理してくれ」 そこでおろか者が包丁で魚を切ろうとすると犬が一匹やってきて、ワンワンとほえました。「しっ、あっちへ行け」 追い払っても、犬はほえるばかりです。 おろか者はすっかり困ってしまい、お医者さんのところへ行きました。「犬が来てワンワン鳴くけど、どうしたらいい?」「何だ、またあの犬か。かまわないから、頭でも一発食らわせてやれ」 お医者さんは犬の頭を殴れと言ったのですが、おろか者は聞き違いをして、(そうか、頭を食らわせればいいんだな)と、魚の頭を切って、犬に投げました。 犬は大喜びで、魚の頭を食べました。 ところが食べ終わると、犬はまたワンワンほえました。「この欲張りめ」 おろか者が犬を追い出そうとしても、犬ははなれようとはしません。 おろか者は、またお医者さんのところへ行きました。「頭を食らわせたのに、まだワンワンほえている。どうしたらいい?」「頭がだめなら、まん中のところを思いきり食らわせてやれ」(いいのかな? まん中のところなんか食らわせて) おろか者は不思議そうに首を振りながら戻ると、魚のまん中を切って犬に投げました。 犬は大喜びで、魚を食べました。 これで残っているのは、魚の尻尾だけです。 それでも犬は、尻尾が欲しくてワンワンほえました。「お前は、なんて欲張りなんだ」 おろか者は、またまたお医者さんのところへ行きました。「頭もまん中も食らわせたのに、まだワンワンほえている。どうしたらいい?」 お医者さんはとうとう腹を立て、大声で言いました。「いいかげんにしろ! 頭もまん中も食らわせて逃げないなら、尻尾をつかんで思いっきり遠くへ投げとばせ」(なるほど。遠くへ投げとばせばいいんだな) おろか者は戻ってくると、残っている魚の尻尾をつかんで庭へ出て、思いっきり遠くへ投げつけました。 犬はそれを見てかけ出すと、落ちた魚の尻尾をくわえてそのまま逃げてしまいました。「やれやれ、これでやっと静かになったぞ」 おろか者は、ほっとしました。 さて、しばらくすると、お医者さんがやってきて言いました。「どうだ、魚の料理は出来たか?」 するとおろか者は、にこにこして答えました。「はあ、だんなさまの言う通り、犬に頭を食らわせ、まん中を食らわせ、尻尾を遠くへ投げたら、犬はやっといなくなった」 それを聞いたお医者さんは、びっくりです。 「なに、犬に魚を食らわせただと! わしが食らわせろと言ったのは、殴れという事だ。そして尻尾をつかんで投げるのは、魚ではなく犬の方だ!」「はあ、それならそうと、言って下さればいいのに」「・・・・・・」 お医者さんはあきれて、それ以上は何も言えなくなってしまいました。

730 鏡の中の親父 むかしむかし、田舎(いなか)では、カガミという物をほとんど知らなかった頃の話です。 ある若夫婦が、夫の父親と三人で仲良く暮らしていました。 ところがある日の事、父親は急な病で死んでしまったのです。 大好きな父親に死なれた息子は、毎日毎日、涙にくれていました。 さて、ある日の事、その息子は気ばらしにと、江戸の町へ出かけました。 そして町中をぶらぶらと歩いていると、店先においてあったカガミがピカリと光ります。「おや? 今のは何だろう?」 不思議に思った息子は、ピカッと光ったカガミをのぞいて見てびっくり。「死んだ親父に、こんなところで会えるとは!」 カガミにうつった自分の顔を父親と勘違いした息子は、なけなしのお金をはたいてそのカガミを買いました。 そしてそれを大事にしまうと、ひまさえあればのぞき込んでいました。 そんな夫の行動を不思議に思った女房は、夫が昼寝(ひるね)をしているすきに、隠してあるカガミをこっそりのぞきこみました。 するとカガミの中には、とうぜん女房の顔がうつります。 しかしそれを見た女房は、血相(けっそう)を変えて怒りました。「なんとまあ! こんなところにおなごを隠しておるとは、それも、あんなブサイクなおなごを!」 腹を立てた女房は、 ガシャーン! と、大切なカガミを壊してしまいました。「さあ、ブサイク女。よくもあたしからあの人を奪いやがって、はやく出て来い!」 女房は壊れたカガミをひっくり返してみましたが、もちろん誰も出てはきません。「ちくしょう。逃げたな!」 女房は気持ちよさそうに昼寝をしていた夫をたたき起こすと、こわい顔で言いました。「あんた! わたしに黙って、あんな所へおなごを隠しておるとは、どういう事!」「はあ? おなご? 何を一体・・・。ああっ! なんという事をしてくれた。あれにはわしの親父が入っておったのに!」「うそおっしゃい。ブサイクなおなごじゃったよ」「何を言う。わしの親父だ!」 そんなわけで、夫婦の大喧嘩が始まりました。 ちょうどそこへ、村一番の物知りの庄屋(しょうや)さんが近くを通りかかりました。「まあまあ、なにを喧嘩しておる。落ち着いて、わしに事情を話してみろ」 そして二人の話を聞いた庄屋さんは、腹を抱えて大笑いです。「あははははっ。何じゃ、そんな事か。 それはな、カガミといって、自分の姿がうつる物じゃ。 亭主が見た親父さんと言うのは、自分の顔じゃ。 そして女房が見たおなごも、自分の顔じゃ」 庄屋さんの説明に、夫も女房も大笑いしました。「なるほど、親父にしては若いと思った」「あたしも、どうり

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で美人なおなごと思った」

731 幽霊の酒盛り むかしむかし、あるところに、一軒(けん)のこっとう屋がありました。 今日はあいにく主人夫婦が留守なので、おいっ子の忠兵衛(ちゅうべえ)という男が留守番をしています。 そこへ、金持ちそうなお客がやってきました。「ふむ、山水(さんすい)か。 図柄が、ちょいと平凡じゃな。 ふむ、書か。 これはまた、下手くそな字じゃ。 ・・・ああ、どいつもこいつも、ありきたりでつまらん」 その時、客の目が光り輝きました。「むむっ、こいつは珍しい! 気に入ったぞ。主人、この掛け軸はいくらだ?」 それは、女の幽霊の絵の掛け軸でした。 おじさんがただ同然(どうぜん)で買ってきたガラクタだったので、二十文(→六百円ほど)ももらえば十分だと思って、忠兵衛は客に指を二本出して見せました。 すると客は、「なに、二十両(→百四十万円)? そいつは安い!」と、大喜びです。「えっ? 両? いや、あの、その・・・」 目をパチクリさせている忠兵衛に、客は財布を渡して言いました。「今はあいにくと、持ち合わせがない。 だから手つけ(→契約金)だけを、払っておこう。 残りの金は明日持って来るから、誰にも売らないでくださいよ」「へい、もちろんです」   忠兵衛が客を見送ると、受け取った財布の中を見てみました。「うひゃあ、すごい大金だ!」 おじさん夫婦の留守の間に思わぬ大金を手にした忠兵衛は、すっかりうれしくなり、幽霊の掛け軸を相手に一人で酒盛りを始めたのです。「いや、ゆかいゆかい。 ちょっと店番をして、二十両か。 笑いが止まらねえとは、この事だ。 ・・・しかし二十両だと思って見てみると、この幽霊はなかなかの美人だな」 そして、掛け軸の中の幽霊にむかって、「お前さんのお陰で大金をかせがせてもらうのに、おれ一人で飲んでちゃ申し訳ねえな。 おい、お前さん、ちょっと出て来て、おしゃく(→お酒をつぐこと)でもしてくれや」と、言った、その時です。 夏だというのに、あたりがスウーッと冷たくなり、風もないのにあかりがパッと消えて、ふと気づくと目の前に見知らぬ女の人が立っているのです。「ん? ま、まさか、その顔は」 忠兵衛が掛け軸を見ると、掛け軸はもぬけの空で、まっ白です。「ぎゃあーー! で、出たあーー!」 何と、掛け軸の幽霊は美人とほめられたのがうれしくて、本当におしゃくをしに出てきたのです。 初めは怖がっていた忠兵衛も、相手が美人の幽霊なので、そのうちにすっかりいい気分になりました。 おまけにこの幽霊の、酒の強い事。 忠兵衛が歌えば、それに合わせて幽霊が踊ります。 二人は夜通し、飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎをしました。 次の朝、目を覚ました忠兵衛は、ふと幽霊の掛け軸を見てびっくり。 何と掛け軸の絵の幽霊が、酒に酔って寝ているではありませんか。「ね、寝てる!」 忠兵衛は寝ている幽霊を見ながら、泣きそうな顔をしてつぶやきました。「う~ん、困ったなあ。早く起きてもらわないと、二十両がパーになっちまうよう」

801 桃太郎むかしむかし、あるところに、おじいさんとおばあさんが住んでいました。 おじいさんは山へしばかりに、おばあさんは川へせんたくに行きました。 おばあさんが川でせんたくをしていると、ドンブラコ、ドンブラコと、大きな桃が流れてきました。「おや、これは良いおみやげになるわ」 おばあさんは大きな桃をひろいあげて、家に持ち帰りました。 そして、おじいさんとおばあさんが桃を食べようと桃を切ってみると、なんと中から元気の良い男の赤ちゃんが飛び出してきました。「これはきっと、神さまがくださったにちがいない」 子どものいなかったおじいさんとおばあさんは、大喜びです。 桃から生まれた男の子を、おじいさんとおばあさんは桃太郎と名付けました。 桃太郎はスクスク育って、やがて強い男の子になりました。 そしてある日、桃太郎が言いました。「ぼく、鬼ヶ島(おにがしま)へ行って、わるい鬼を退治します」 おばあさんにきび団子を作ってもらうと、鬼ヶ島へ出かけました。 旅の途中で、イヌに出会いました。「桃太郎さん、どこへ行くのですか?」「鬼ヶ島へ、鬼退治に行くんだ」「それでは、お腰に付けたきび団子を1つ下さいな。おともしますよ」 イヌはきび団子をもらい、桃太郎のおともになりました。 そして、こんどはサルに出会いました。「桃太郎さん、どこへ行くのですか?」「鬼ヶ島へ、鬼退治に行くんだ」「それでは、お腰に付けたきび団子を1つ下さいな。おともしますよ」 そしてこんどは、キジに出会いました。「桃太郎さん、どこへ行くのですか?」「鬼ヶ島へ、鬼退治に行くんだ」「それでは、お腰に付けたきび団子を1つ下さいな。おともしますよ」 こうして、イヌ、サル、キジの仲間を手に入れた桃太郎は、ついに鬼ヶ島へやってきました。 鬼ヶ島では、鬼たちが近くの村からぬすんだ宝物やごちそうをならべて、酒盛りの真っ最中です。「みんな、ぬかるなよ。それ、かかれ!」 イヌは鬼のおしりにかみつき、サルは鬼のせなかをひっかき、キジはくちばしで鬼の目をつつきました。 そして桃太郎も、刀をふり回して大あばれです。 とうとう鬼の親分が、「まいったぁ、まいったぁ。こうさんだ、助けてくれぇ」と、手をついてあやまりました。 桃太郎とイヌとサルとキジは、鬼から取り上げた宝物をくるまにつんで、元気よく家に帰りました。 おじいさんとおばあさんは、桃太郎の無事な姿を見て大喜びです。 そして三人は、宝物のおかげでしあわせにくらしましたとさ。

802 ネコまた屋敷むかしむかし、ある屋敷に、とてもネコの好きな女中さんがいました。 この女中さんが可哀想な捨てネコを拾ってきて飼い始めたのですが、この屋敷のおかみさんはネコが大嫌いで、ネコがそばに来ただけでも殴ったり蹴飛ばしたりします。「どうして、ネコなんか飼うんだい! 早く、追い出しておしまい!」 ところがお

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かみさんにいくら言われても、女中さんはネコを捨てようとはしません。 そこでとうとう、腹を立てたおかみさんが言いました。「ネコを捨てないのなら、お前には出て行ってもらうよ!」 女中さんは、どうすればよいのか、すっかり困ってしまいました。 するとどうしたことか、ネコが急に姿を消したのです。「やれやれ、これでさっぱりしたよ」 おかみさんは喜びましたが、女中さんはさびしくてなりません。 毎日毎日、ネコの事を思って泣き暮らしていました。 ある日、旅のお坊さんがやって来て、女中さんにたずねました。「どうした? えらく元気がないように見えるが」 そこで女中さんが、可愛がっていたネコのことを話しますと、「そうか、あのネコを可愛がっていたのは、お前さんだったのか。よいよい、心配するな。そのネコなら、この山奥にいるから安心するがよい」と、なぐさめてくれたのです。 女中さんはそれを聞くと、どうしてもネコに会いたくなりました。 それで一日だけひまをもらって、お坊さんの言っていた山へ出かけました。 だけど広い山の中、ネコがどこにいるのかさっぱりわかりません。 あちらこちらと探しているうちに、すっかり日が暮れてしまいました。 ちょうどそこへ、木こりが通りかかったので、「すみませんが、この辺りに泊まれるような小屋はありませんか?」と、たずねますと、「それなら、この道をもう少しのぼっていくがよい」と、教えてくれました。 教えられた通りに進んで行くと、明かりが見えて大きな屋敷に出ました。「どうして、こんな山の中に屋敷があるのだろう?」 女中さんが不思議に思ってながめていると、中から美しい女が出てきました。 女中さんは、頭を下げて言いました。「わたしは可愛がっていたネコに会いたくてやってきましたが、日が暮れて困っています。どうか今夜一晩、泊めてください」 すると美しい女は、みるみる恐ろしい顔になって、「フギャー! お前も、食い殺されたいのか!?」と、言ったのです。「きゃあー!」 女中さんがびっくりして逃げ出そうとすると、中からおばあさんが出てきて言いました。「すみません、娘がおかしな事を言って。さあ、えんりょなく、ここへ泊まっていってくださいな」 おばあさんは女中さんを抱きかかえるようにして、屋敷の中へ入れました。 でも女中さんは気味が悪くて、体のふるえが止まりません。「おやおや、そんなに心配しなくても大丈夫。安心して休んでいくがいいよ」 おばあさんは女中さんに温かいご飯を食べさせて、布団をしいてくれました。 ところがその晩の事、女中さんが夜中にふと目を覚ますと、隣の部屋でなにやら話し声がするのです。(あの二人は、もしかして人食い鬼かも) 女中さんは起きあがって、そっと、しょうじを開けてみました。 しかしそこには美しい女が二人、すやすやと眠っているだけです。「おかしいな。確かに、話し声がしたのだけれど」 女中さんは思い切って、その次の部屋も開けてみました。 するとそこにも、美しい女が二人眠っていました。(気のせいかしら?) 自分の部屋に戻ってしばらくすると、また話し声が聞こえてきました。 じっと耳をすませてみると、どうやらおばあさんが、あの娘に言いきかせているようです。「あの女中はネコに会いに来た、やさしい女じゃ。だから決して、かみついたりしてはいけないよ」 それを聞くと、女中さんは思わず立ちあがりました。(ここは化けネコ屋敷だわ。このままでは、いまに食い殺されてしまう!) 女中さんはあわてて荷物をまとめると、こっそり部屋を抜け出そうとしました。 するとそこへ、一匹のネコが入ってきました。 ふと顔を見ると、女中さんが可愛がっていたネコです。「まあ、お前!」 女中さんは怖いのも忘れて、ネコに呼びかけました。 するとネコは、人間の声で言いました。「ご主人さま。よくたずねてくださいました。でも、もうわたしはあの屋敷へ戻る事は出来ません。すっかり年を取ってしまったので、仲間と一緒にここで暮らす事にします」「そんな事を言わないで、戻っておくれ。お前がいないと、わたしはさびしくてたまらないのよ。あの屋敷がだめなら、ほかの屋敷で一緒に暮らしてもいいわ」「ありがとう。あなたのご恩は、決して忘れません。でも、ここへ来るのはネコの出世なのです。ここは日本中から選ばれたネコがやって来る『ネコまた屋敷』です。ここにいるみんなは人間にいじめられたネコですから、あなたに何をするかわかりません。さあ今のうちに、これを振りながら逃げてください」 そう言ってネコは、白い紙包みをくれました。「・・・わかったわ。ではお前も元気でね」 女中さんが屋敷の外へ出ると、何千匹というネコがうなり声を上げながら集まってきました。 女中さんが白い紙包みを振ると、ネコたちはいっせいに道を開けてくれました。 おかげで女中さんは、無事に山をおりる事が出来ました。 さて、家に帰って紙包みを開いてみると、内側には犬の絵がかいてあり、不思議な事にその犬は本物の小判を十枚もくわえていたのです。「まあ、そんな大金どうしたの?」 おかみさんが、驚いてたずねました。 そこで女中さんは、ネコに会ってきた事をくわしく話しました。「へえーっ、それじゃ、わたしも山へ行ってくるよ。女中のお前が小判十枚なら、その主人のわたしは百枚はもらえるだろうからね」 次の日、おかみさんは女中さんが止めるのも聞かずに、山を登っていきました。 やがて女中さんの言った通り、大きな屋敷の前に出ました。「もしもし、わたしは、可愛がっていたネコに会いにきました。今夜一晩、泊めてください」 大声で呼ぶと、中から美しい女が出てきました。 女はじろりとおかみさんを見て、すぐ屋敷の中にひっこみます。 そして間もなく、おばあさんが出てきました。 おばあさんは女中さんと同じように、おかみさんに温かいご飯を食べさせてくれて、布団までしいてくれました。 さて真夜中のこと、おかみさんは話し声もしないのに、隣の部屋のしょうじを開けました。 するとそこには大きなネコが二匹いて、じっとこちらをにらんでいるのです。「うひゃーっ!」 おかみさんはあわてて、次の部屋のしょうじを開けました。 するとそこにも大きなネコが二匹いて、じろりとおかみさんをにらみつけます。 目がらんらんと光って、今にも食いつきそうです。 もう、小判どころではありません。 おかみさんは逃げ出そうとしましたが、腰が抜けて動けません。「あわ、あわ、あわ……」 おかみさんが震えていると、そこへ自分の屋敷にいたネコが入ってきました。「おっ、お前、会いたかったよ。さあ、一緒に帰ろう」 おかみさんは必死になって、ネコに話しかけました。 そのとたん、ネコは、「しらじらしい事を言うな! よくも長い間、

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いじめてくれたな!」と、言うなり、おかみさんに飛びかかって、のどぶえにかみつきました。「ぎゃあーーー!」 のどをかみ切られたおかみさんは、血まみれになって死んでしまったそうです。

803 動くかかしむかしむかし、吉四六さんと言う、とてもゆかいな人がいました。 むかしから、夏の食べ物と言えばスイカで、吉四六さんの村でもスイカを作っていました。 しかし最近は夜になるとスイカ畑に忍び入り、よく出来た甘くておいしそうなスイカを片っ端から盗んで行く、スイカ泥棒が現れたのです。「せっかくのスイカを、何て腹の立つ奴だ! 今夜こそ、ひっとらえてやるぞ!」 村人たちは見張り小屋を建てて、一晩中スイカ畑を見張っていますが、スイカ泥棒を捕まえるどころか、ちょっと油断したすきにまた新しいスイカを盗まれてしまうのです。 吉四六さんの畑もやられてしまったので、いまいましくてたまりません。「うーむ。何か良い工夫はないものだろうか?」 昼間の畑仕事をしながら、吉四六さんは考えていましたが、「・・・そうだ、これでいこう!」と、何か名案を思いついて、急いで家に戻って来ました。 そして大きなわら人形を作ると、それに自分の着物を着せて、手ぬぐいでほおかむりをしました。 かかしの出来上がりです。「我ながら、なかなかの出来だ」 さっそく吉四六さんは、そのかかしをかついで自分のスイカ畑へ行きました。 それを見た村人たちは、吉四六さんに声をかけました。「おいおい、吉四六さんよ。そんなかかしを持って、どうするつもりだ?」 吉四六さんはスイカ畑のまん中にかかしを立てると、まじめな顔で答えました。「何って、見ればわかるだろう。これは泥棒よけだ。毎晩毎晩、番小屋で夜明かしするのは、大変だからなあ」「泥棒よけだって?」 それを聞いて、みんなは大笑いです。「あははははは、こいつはいい!」「吉四六さん、お前、どうかしてるんじゃないのか? スイカ泥棒はカラスじゃなくて、人間だよ」 しかし吉四六さんは、ニッコリ笑うと、「なあに、世の中には、カラスよりも馬鹿な人間もいるんだよ」と、さっさと帰ってしまいました。「はん。何を言ってやがる。人間がかかしを怖がるはずないだろうに」「吉四六さん、むかしから頭が良いのか悪いのか、よくわからねえ人だったが、やっぱり馬鹿だ」「そうに違いない。あははははは」 村人は、腹をかかえて笑いました。 そして道を通る人たちも、「おやおや、あのスイカ畑には、かかしが立っているぞ。泥棒よけだそうだが、何とも変わった百姓がいたもんだ」と、笑いながら過ぎて行きました。 さて、夜になりました。 村人たちは今夜も夜明かしで見張りをするつもりで、それぞれ自分たちの見張り小屋に泊まり込みました。 ですが、吉四六さんの小屋には、誰一人姿を見せません。「おや? 吉四六さんめ、本当にかかしが泥棒よけになると思っていやがる。知らねえぞ、明日になって、スイカが一つ残らず盗まれても」 今夜は雲が多く月も星もない真っ暗闇で、泥棒にはもってこいです。 するとやはり、どこからともなく現れた二つの黒い影が、そろりそろりとあぜ道に入って来ました。 そして、「おいおい、馬鹿な奴もいるものじゃ。畑にかかしなんか立てて、番小屋はお留守だぜ」「こりゃ、ありがたい。カラスと人間を間違えるとは」「全くだ。おかげで今夜は、うんと稼げるというものだ」 二人の泥棒は、吉四六さんの畑に入り込みました。 そして出来るだけ大きなスイカを取ろうと、手探りで畑の中を探し回っていると、かかしのそばまでやってきました。 すると突然、♪ポカッと、いう音がして、泥棒の一人が悲鳴をあげました。「あいた! おい、なんだって、おれの頭を殴るんだ?」「はあ? おれは殴らないぞ。あいた! お前こそ、おれを殴ったじゃないか!」「馬鹿いうな。なんでおれが殴るものか。お前こそ、あいた! こら、また殴ったな!」 二人は思わず後ろを振り返り、そしてびっくりしました。 なんと後ろに立っていた大きなかかしが、大きな声で、♪ケッケケケケーと、笑い出したのです。「お、お、お化けだー!」「た、た、助けてくれー!」 二人はあわてて逃げ出そうとしましたが、スイカのつるに足をとられて、その場に倒れてしまいました。 するとかかしが、倒れた泥棒の上にのしかかると、「おーい、村の衆! 泥棒を捕まえたぞ! 早く早く!」と、大声で叫びました。 なんとその声は、吉四六さんの声でした。 そして騒ぎを聞きつけた村人たちが、あわてふためく泥棒を捕まえたのです。 実は吉四六さん、わらで作った服を着て、こっそりかかしと入れ替わっていたのです。「どうだい。かかしに捕まる、カラスよりも馬鹿な人間がいただろう」 吉四六さんは、ゆかいそうに笑いました。

804 百物語(百物語から一年目)むかしむかし、ある村の寺に集まった若者たちが、百物語を始めました。 本堂には百本のろうそくが立てられ、怪談を語り終えた者から順番に一本ずつろうそくの灯を消していき、最後の百話が終わる頃には夜もふけていました。 最後まで寺に残っていた庄屋の息子と刀屋の息子は、同じく最後の話を語った小坊主のすすめで、そのまま寺の本堂に泊まる事にしました。 三人は仲良く並んで横になると眠りにつきましたが、庄屋の息子だけはどうにも寝つかれなくて、夜明けがくるのをぼんやりと待っていました。 その庄屋の息子の目に、ふいに白い物がうつったかと思うと、それはしだいに形を整えていき、長い髪の女がうらめしそうに立っているのがはっきりと見えてきました。 女はまず小坊主のところへ行って、白い息を吹き込みました。 次に刀屋の息子にも、同じ事をくり返しました。(ああ、今度はおいらの番だ。おいら、死ぬのかな?) 庄屋の息子は、ブルブルと震えながら固く目を閉じていると、 コケコッコー! 外で一番どりが鳴いて、女の気配が急になくなりました。 庄屋の息子は目を開けて女のいない事を確認すると、すぐに横の二人をゆさぶり起こしました。 でもすでに、二人とも死んでいたのです。 命びろいをした庄屋の息子は、氏神(うじがみ)さまへお礼と厄払いをかねて二十一日間の願掛けをしました。 その帰り道にとても美しい女に出会った庄屋の息子は、

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不思議な縁を感じてその女と所帯を持ち、幸せな一年を夢のように過ごしました。 そしてなにげなく一年前の恐ろしい出来事を思い出した庄屋の息子は、髪をとかしている女房の顔を見て、はっとしました。(今になって気づいたが、女房の顔は、あの時の女の顔にそっくりだ) でもそれに気が付いた時には、庄屋の息子は死んでいたのです。 この日はちょうど、百物語の夜から一年目だったそうです。

805 ネズミの名作むかしむかし、吉四六さんと言う、とてもゆかいな人がいました。 この吉四六さんの村の庄屋(しょうや)さんときたら、大がつくほどの骨董(こっとう→価値のある古い美術品)好きです。 古くて珍しい物は、どんな物でも集めて、人が来ると見せては自慢していました。 ある日の夕方。 吉四六さんが、庄屋さんの家へ来ると、「おう、吉四六さんか。良い所へ来てくれた。お前に見せたい物がある」「また、骨董ですか?」「まあ、そんな顔をせんと、とにかく見てくれ。なにぶんにも、天下に二つとない立派な品じゃ」 そう言って庄屋さんは、床の間からいかにも得意そうに、黒光りのする小さな彫り物を持って来ました。「庄屋さん。これはネズミの彫り物ですね」「さよう。生きておって、今にもそこらを走りそうじゃろう。見事なもんじゃ、左甚五郎(ひだりじんごろう)はだしといわにゃなるまい。こんな名作を持っておる者は、日本広しといえど、わし一人じゃろう。ワッハハハハ」 庄屋さんが、あんまり自慢するので、吉四六さんはつい、「庄屋さん。実は、こんなネズミの彫り物なら、わたしの家にも名人の彫った物があります。その方が、ずっと良く出来ております」と、言いました。 庄屋さんは自慢の鼻をへし折られたので、すっかり機嫌を悪くして、「お前なんぞの家に、そんな立派な物があってたまるかい!」「いいえ、ありますとも。ちゃんとあります」 吉四六さんも、こうなったら負けてはいません。「わたしのは先祖代々の宝で、天下の名作です。庄屋さんのこんなネズミなんか、話になりません」「なんじゃと! お前の家などに、そんな物があってたまるか! もしあるなら、わしに見せてみい。ここヘ持ってきて、見せてみい!」「はい、明日持って来ますよ」「きっとだぞ!」「ええ、きっと持って来ますとも」 吉四六さんは家に帰りましたが、吉四六さんの家にはそんなネズミの彫り物などありません。「これは、ちょいと困ったな。えーと、どうしようか。・・・待てよ。うん、そうそう。これはうまくいきそうだ」 ニヤリと笑った吉四六さんは奥の部屋に入ると、障子(しょうじ)を閉めきって、何かをコツコツ刻み始めました。 実は自分で、ネズミの名作を作ろうというのです。 夜通しかかって、朝日が部屋に差し込んできた頃、ようやく完成しました。「出来た。これで、庄屋さんを負かす事が出来るぞ」 吉四六さんは刻み上げたネズミを風呂敷に包むと、庄屋さんの家まで走って行きました。「おはようございます、庄屋さん。これが昨日話した、わたしの家の宝物です。名作です」と、風呂敷から、いかにも大事そうに彫り物を取り出して、「どうです。このネズミこそ、本物そっくりでしょう」と、一晩かかって彫り上げたネズミを、庄屋さんの前に差し出しました。「・・・? ぶぶぶーっ!」 庄屋さんは、思わず吹き出しました。「何を笑いなさる。このネズミに比べたら、庄屋さんのネズミなんぞは、恥ずかしゅうてそばヘも寄れません。はよう持って来て、比べてごらんなされ」「何じゃと!」 庄屋さんは、さっそく自分のネズミを持って来ました。 比べてみるまでもありません。 吉四六さんのネズミは、素人の一夜作り。 庄屋さんのネズミは、名人の作品です。 それでも吉四六さんは、自分のネズミの方が素晴らしいと褒めちぎりました。「えーい。お前といくら言い合っても、話にならん。和尚(おしょう→)さんにでも、立ち会ってもらおう」と、言うので、吉四六さんは、「よろしい。立ち会ってもらいましょう。だけど、ちょっと待って下さいよ。ネズミを見分けるのなら、寺まで行かずとも、ほれ、そこにおるネコの方がよろしかろう」「ネコ・・・。なるほど。では、ネコの飛びついた方が勝ちじゃ」「はい。では、もしわたしの方に飛びついたら、庄屋さんのネズミは頂きますよ」「おお、いいとも、いいとも」と、言うわけで、二人のネズミを床の間に並べてネコを連れて来ると、これはビックリ。 ネコはいちもくさんに、吉四六さんのネズミに飛びつきます。「あっ!」 庄屋さんが、ビックリするひまもありません。 ネコはネズミをくわえたまま、素早く庭へ飛び降りて、どこかへ行ってしまいました。「吉四六の勝ちじゃ! 庄屋さん、約束通りこのネズミはいただきますよ」 吉四六さんは床の間に残った庄屋さんのネズミをつかむと、家ヘ帰りました。 そして、庄屋さんのネズミをつくづくとながめて、「なるほど。こりゃ立派な彫り物じゃ。おかげで、家にも宝物が出来たわい」 実は吉四六さんが一晩かかって作ったネズミは、ネコの大好物のカツオブシで作ったネズミだったのです。806 若者になったおじいさん むかしむかし、あるところに、猟師のおじいさんがいました。 ある日の事、おじいさんは鳥を追いかけているうちに、道に迷ってしまいました。「もうだめだ、一歩も歩けない」  歩き疲れたおじいさんが座り込んでいると、どこからか一匹のカモシカが現れておじいさんの方に背中を向けます。「おや? わしを乗せてくれるのか。どこでもいいから、人のいるところへ連れて行ってくれ」 おじいさんがカモシカの背中に乗ると、カモシカは風のようにかけだして、あっという間に立派なご殿につきました。 すると中から、美しい娘さんが出てきて、「お待ちしていました。さあさあ、こちらへ」と、言って、おじいさんをお風呂場に案内したのです。 そのお風呂は殿さまが入るような立派な物で、ちょうどよい湯かげんです。 そしておじいさんがお湯に入って、顔や体を洗うとどうでしょう。 しわしわの皮がぺろんと取れて、つやつやした肌になったではありませんか。「おおっ、なんだか急に元気が出てきたぞ」 お風呂から出て新しい着物を着せてもらったおじいさんは、すっかり若者の姿に変わっていたのです。 部屋に案内された若者は、またまた目を丸くしました。 金と銀で出来た部屋はまばゆいほどに光り輝き、山のようなごちそうがならんでいます。「さあ、どう

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ぞめしあがれ」 若者がごちそうを食べていると、娘さんが琴をひいてくれました。「まるで、夢を見ているみたいだ」 さあ、そんな毎日が何日も続いたある日の事。 娘さんが若者に、小さい箱を渡して言いました。「あなたのそばにいたくて、今までがまんしてきましたが、今日はどうしても出かけなくてはなりません。この箱には、桜とスミレと梅の形をした、奥の部屋のカギが入っています。桜とスミレのカギは使ってもかまいませんが、梅のカギだけは決して使わないでください」「わかった。梅のカギを使ってはいけないのだな。いいさ、どのカギも使わないよ」 若者が約束したので、娘さんは安心して出かけて行きました。 娘さんには約束しましたが、若者は一人ぼっちになるとさびしくてたまりません。 そこで今まで入った事のない奥の部屋の前に行き、桜の形のカギを差し込みました。 すると、どうでしょう。 部屋の中からふんわりと、暖かい春の風が吹いてきました。 中へ入るとタンポポや桜草が一面に咲いていて、その中に一匹の馬がいました。 その馬に乗ってみると、馬は桜の木が何百本と生えているところへ連れて行ってくれました。 どの桜の木も、満開の花が咲いています。「なんて、きれいなんだ」 若者は夕方までお花見をすると、戻って部屋のとびらを閉めました。 次の日、若者がスミレの形のカギで部屋を開けると、今度はスミレの咲いている野原に変わっていました。 色とりどりの小鳥たちが、楽しそうに飛び回っています。 若者は時間のたつのもわすれて、夕方まで小鳥をながめていました。 さてその次の日、若者は梅の形のカギをにぎったまま、部屋の前を行ったり来たりしていました。「梅のカギだけは使わないでくれと言っていたが、梅のカギを使うとどうなるのだろう? きっと素晴らしい梅の花があるんだろうな」 若者はどうしてもがまん出来ず、とうとう娘さんとの約束を破って梅のカギを使いました。 すると、どうでしょう。 思っていた景色とはまるで違い、枯れ木ばかりが風にゆれています。 するとその時、二匹の白ギツネが飛び込んできて若者にたずねました。「わたしたちの娘が、この部屋に入ったきり、もう何年も出てきません。娘に会いませんでしたか?」「いいや、キツネなんかには・・・。まさか、あの美しい娘さんがキツネか?」 若者がびっくりしていると、そこへ娘さんが戻ってきました。「どうして、約束を守ってくれなかったのですか。・・・残念ですが、もうお別れです」 娘さんは若者に箱を渡すと、パッと白ギツネの姿に戻り、二匹の親ギツネと一緒にかけて行きました。 気がつくと若者は箱をかかえたまま、山の中の草むらに立っていました。「なんじゃ? 夢だったのか? ・・・いや、夢じゃない。娘にもらった箱があるぞ」 若者が箱のふたを開けると、中からしわだらけの皮が飛び出してきて、若者の体にペタリと張り付きました。 すると若者は、元通りのおじいさんにもどってしまいました。

807 来年の事を言うと鬼が笑うむかしから、来年の事を言うと鬼が笑うと言います。 それには、こんなわけがあるのです。 むかしむかし、とても強いすもうとりがいました。 ところが突然の病で、ころりと死んでしまいました。 人は死ぬと、えんま大王のところへ連れていかれます。 生きている時に良い事をした者は、楽しい極楽へ送られます。 生きている時に悪い事をした者は、恐ろしい地獄へ送られます。 えんまさまは、すもうとりに聞きました。「お前は生きている時、何をしていた?」「はい、わたしはすもうをとって、みんなを楽しませてきました」「なるほど、そいつはおもしろそうだ。よし、お前を極楽に送ってやろう。だがその前に、わたしにもすもうを見せてくれ」「でも、一人ですもうをとる事は出来ません」「心配するな。ここには強い鬼がたくさんおる。その鬼とすもうをとってくれ」 えんまさまは、一番強そうな鬼を呼んできました。 相手が鬼でも、すもうなら負ける気がしません。 すもうとりはしっかりとしこをふんでから、鬼の前に手をおろしました。 鬼も負けじとしこをふんで、手をおろしました。「はっけよい、のこった!」 えんまさまが言うと、すもうとりと鬼が四つに組みました。 鬼は怪力ですもうとりを押しますが、でもすもうとりは腰に力を入れて、「えい!」と、いう声とともに、鬼を投げ飛ばしました。 投げ飛ばされた鬼は岩に頭を打ちつけて、大切な角を折ってしまいました。「ああっ、大切な角が」  角が折れた鬼は、わんわんと泣き出しました。「こらっ、鬼が泣くなんてみっともない!」 えんまさまが言いましたが、でも鬼は泣くばかりです。 困ったえんまさまは、鬼をなぐさめるように言いました。「わかったわかった。もう泣くな。来年になったら、新しい角が生えるようにしてやる」 そのとたん鬼は泣きやんで、ニッコリと笑いました。 そんな事があってから、『来年の事を言うと鬼が笑う』と、言うようになったそうです。

808 どっこいダンゴ むかしむかし、ある村に、のんきな一人暮らしのたつ平という男がいました。 死んだ両親が広い土地を残してくれたのですが、たつ平はその土地をほったらかしです。「あのまま一人者では、たつ平はだめになってしまうな」 心配した村人たちが、たつ平にお嫁さんを見つけてきました。 これがなかなか頭の良い、働き者のお嫁さんです。「ねえ、あんた、土地はいくらでもあるんだし、畑や田んぼをつくったらどう?」「おらあ、めんどうな事はきらいじゃ。あの土地は、今のまんまでええ」 たつ平はお嫁さんに言われても、暮らしを変えようとはしませんでした。 ある日の事、たつ平はお嫁さんの里に用事があって出かけることになりました。 お嫁さんに教えられた道を進んで、ようやくお嫁さんの里につきました。「さあさあ、遠い道で、さぞ腹がへったじゃろう。こんな物しかねえが、遠慮なく食べてくれ」 お嫁さんのお父さんは、お茶とダンゴを出してくれました。「どうじゃ、うまいか?」「う、うめえ~! こんなうまい物は、初めてじゃ。こりゃ、何という食べ物だ?」「これは、ダンゴじゃよ。お前のとこに嫁にやった娘は、ダンゴ作りがとてもうまいは

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ずじゃ」「えっ? おらの嫁は、これを作れるんか? ちっとも、知らなんだわ。モグモグ、う~ん、うめえ」「そんなにうまけりゃ、家に帰って嫁に作ってもらえばええ」「ようし、すぐ作ってもらうだ。ところでこれは、何だっけ?」「だから、ダンゴじゃよ。ダ、ン、ゴ」「よし、ダンゴ、ダンゴ」 たつ平は忘れないようにと、その名前を言いながら帰りました。「ダンゴ、ダンゴ、ダンゴ、ダンゴ」 そして、もうすぐわが家というところまで来たとき、 ドッシーン!「あいたたた・・・」「あれ。庄屋(しょうや)さま」 道の曲がり角で、たつ平は庄屋さんとぶつかってしまいました。 庄屋さんは転んだひょうしに、みぞにお尻をつっこんで出られません。「こら! いきなり飛び出すやつがあるか! はよ、おこさんかい!」「へい、すみません。ダンゴ」 たつ平は庄屋さんの手を引っぱりますが、なかなか抜けません。「それ、どっこいしょ。ダンゴ」「なにがダンゴじゃ。しっかりせえ」「う~ん、どっこいしょ。おおっ、抜けた抜けた、どっこいしょ」 たつ平は庄屋さんを助け出すと、すぐに自分の家へ向かいました。「どっこいしょ、どっこいしょ、どっこいしょ、どっこいしょ」 そして家に着いたたつ平は、嫁さんの顔を見るなり言いました。「どっこいしょを作ってくれ!」「へっ?」 嫁さんは、首をかしげました。「どっこいしょ?」「ああ、どっこいしょだ。おめえはどっこいしょ作りが上手だと聞いたぞ。だからはやく、どっこいしょを作ってくれ」「そう言われても、知らん物は作れないよ」「知らんはずはないだろう。はやくどっこいしょを作ってくれ! どっこいしょが食いてえ!」 たつ平は思わず、ゲンコツでお嫁さんの頭をポカリと殴りました。「あいたたた。ほれ、乱暴するから、こんな大きなダンゴみてえなこぶが出来てしまったよ」「ダンゴ? そうじゃ! ダンゴじゃ、ダンゴが食いたいんじゃあ」「ああっ、ダンゴね」「そうじゃ、ダンゴだ。はやくダンゴを作ってくれ」「でも家じゃあ、ダンゴは作れんよ。ダンゴは米やアワやキビを粉にして作るからね」「そうか、家には、イモしかねえもんな」 たつ平は、ガッカリです。 するとお嫁さんは、たつ平の手をとって言いました。「だから、畑や田んぼをつくりましょうよ。そうすれば、ダンゴがいつでも作れるよ」「そうか。じゃあ、すぐに作ろう」 こうしてたつ平とお嫁さんは、今までほったらかしだった土地をたがやして畑や田んぼを作りました。 おかげでたつ平の家はお金持ちになり、二人はいつまでも幸せに暮らしました。 もちろん大好きなダンゴを、毎日食べて。

809 百物語の幽霊むかしむかし、ある村で、お葬式がありました。 昼間に大勢集まった、おとむらいの人たちも夕方には少なくなって、七、八人の若者が残っただけになりました。「せっかく集まったんだ。寺のお堂を借りて『百物語(ひゃくものがたり)』をやってみねえか?」 一人が言い出すと、「いや、おとむらいのあとで『百物語』をすると、本当のお化けが出るって言うぞ。やめておこう」 一人が、尻込みしました。 この『百物語』と言うのは、夜遅くにみんなで集まって百本のローソクに火をつけ、お化けの話しをする事です。 話しが終わるたびに、一つ、また一つとローソクの火を消していき、最後のローソクが消えると本当のお化けが出るという事ですが、若者たちはまだ試した事がありません。「ははーん、いくじなしめ。本当にお化けが出るかどうか、やってみなくちゃわかるまい」「そうだ、そうだ」「そうだな。よし、やってみるか」と、いうことになり、若者たちは寺のお堂で『百物語』をはじめました。「これは、じいさんから聞いた話だが・・・」「隣村の、おかよが死んだ日にな・・・」と、みんなで代わる代わるお化けの話しをしていって、ローソクの火を一つ一つ消していきます。 夜もしだいにふけて、ローソクの火も、とうとうあと一つになりました。 はじめのうちこそ、おもしろ半分でいた若者たちも、しだいに怖くなってきました。「いいか、この最後のローソクが消えたら、本当のお化けが出るかもしれん。だがどんなお化けが出ようと、お互いに逃げっこなしにしよう」「いいとも。どんなお化けが出るか、この目でしっかり見てやろう」 若者たちは口々に言いましたが、『百物語』の百番目の話しが終わって最後のローソクの火が消されると、まっ暗なお堂から一人逃げ、二人逃げして、残ったのはたった一人でした。「ふん。だらしねえ奴らだ。・・・それにしても、はやく出ねえのか、お化けのやつは」 残った若者が度胸をすえて、暗くらのお堂に座っていると、♪ヒュー、ドロドロドロドロー。 目の前に、白い着物の幽霊が現れたのです。「う、・・・うらめしやー」「ひぇーーっ!」 若者は思わず逃げ出しそうになりましたが、よく見るとほれぼれするような美人の幽霊です。「ほう、これは、かなりのべっぴんさんだ」 相手が幽霊でも、若くてきれいな美人幽霊だと少しも怖くありません。 若者は座りなおすと、幽霊にたずねました。「なあ、さっき、うらめしいと言ったが、一体何がうらめしいのだ? 『うらめしやー』と言われただけでは、何の事かわからん。これも何かの縁だ。わけを聞かせてくれないか」 すると幽霊が、しおらしく答えました。「はい、よくぞたずねてくださいました。わたくしは、山向こうの村からこちらの村の庄屋(しょうや)さまのところにやとわれた者ですが、ふとした病で命を落としました。けれど庄屋さまはお金をおしんで、おとむらいを出してくれないのです。それで今だに、あの世へ行けないでいるのです」「なるほど、そいつは気の毒だ」「今夜、皆さま方が『百物語』をしてくださったおかげで、ようやくお堂に出る事が出来ました。どうか、お寺の和尚(おしょう)さんにお願いして、お経をあげてください。そうすれば、あの世へ行く事が出来るのです」 女の幽霊は、若者に手を合わせました。「わかった。確かに引き受けた」 若者が答えると、女の幽霊はスーッと消えていきました。 次の朝、若者は和尚さんにわけを話して、昨日の幽霊のためにお経をあげてもらいました。 さて、それからというもの若者は幸運続きで、やがて長者(ちょうじゃ)になったという事です。

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810 彦一のウナギつりむかしむかし、彦一(ひこいち)と言う、とてもかしこい子どもがいました。 ある日のこと、彦一は肥後(ひご→くまもとけん)の国ざかいの川へ、ウナギつりに出かけました。 けれどこの日はどうしたことか、ウナギがさっぱりつれません。 つれる場所を探して川の上流へ上流へとのぼって行くと、いつの間にか隣の国の領地(りょうち)に入ってしまいました。「まあ、誰にも見つからないだろう」 彦一がつりを始めると、今度はおもしろいようにウナギがつれます。 するとそこに隣の領地のさむらいがウナギつりにやって来て、彦一を見つけました。「やい、やい、彦一。ここは、わしの殿さまの領地の川じゃ。お前がつったウナギを残らずよこせ」 ところが彦一は、少しもあわてません。「おらは、八代(やつしろ)の川を大きなウナギが何百匹ものぼるのを見て、それをつりに来たまでじゃ。八代のおれが八代のウナギをとって、どこが悪い」 「ふむ、それはそうだが、八代のウナギとわしの領地のウナギとを、どうして見分ける事が出来るんだ。へりくつをぬかすな」「いいや、見分けるなど、わけもない」 彦一は大きなウナギをつりあげると、「これは、八代からのぼってきたやつ」と、自分のビク(→さかなを入れるカゴ)に入れ、小さいのがかかると、「これは、そちらのウナギ」と、さむらいのビクにポイと投げ入れました。 そうして彦一は、大きいウナギだけを持って帰りました。

811 人食い婆と、おつなの頭むかしむかし、あるところに、おつなという女と、その婿(むこ)が住んでいました。 ある日、婿は仕事で遠くへ行く事になりました。「なるべく早く戻って来るから、しっかり留守を頼んだぞ」 婿が出かけたあと、おつなは一人でなわを編んでいました。 するとそこへ見知らぬおばあさんがやって来て、おつなの編んでいるなわをいろりにくべたのです。「なっ、何をするんだよ!」 おつなが止めても、おばあさんは知らん顔です。 そのうちに燃えてしまったなわの灰を、おばあさんはムシャムシャと食べ始めたではありませんか。「!!!」 おつなはびっくりして逃げ出そうとしましたが、体が震えて立ち上がる事も出来ません。「ヒッヒヒヒ、そんなら、明日の今頃、また来るでな」 おばあさんは灰だらけの口でニヤリと笑い、外へ出て行きました。 次の日、おつなは怖くて仕事も手につきません。 おばあさんが来る頃になるとカヤの実を三粒持って、二階のつづら(→衣服などを入れるかご)の中へ隠れました。 やがて、おばあさんがやって来ました。「おや、いないのか?」 しばらくいろりのまわりを歩いていたおばあさんは、階段を登り始めました。 おつなは、おばあさんを驚かそうとして、 カチン!と、カヤの実をかみました。 おばあさんはその音に、ハッとして足を止めます。「はて、何の音かな?」 それでもおばあさんは、階段を登ってきます。 おつなはもう一度、カヤの実を口に入れて、 カチン!と、かみました。「なんだか、いやな音だね」 でも言うだけで、足を止めようともしません。 足音が、どんどん近づいてきます。 おつなは怖くて怖くて、息がつまりそうです。(お願い! あっちへ行って!) おつなは思い切って最後のカヤの実をかんで鳴らしましたが、もう、おばあさんはびくともしません。「ふふふ、におうぞ、におうぞ」 おばあさんは二階に来て、そこら中をかぎまわりました。(ああ、もうだめ!) おつながつづらの中で手を合わせた時、がばっと、ふたが開いたのです。「おおっ、いた、いた。今日は、お前を食いに来たよ」 おばあさんはおつなを引きずり出すと、足からムシャムシャ食べ始めて、あっという間に体のほとんどを食べてしまいました。 でも不思議な事に、おつなは死なずにまだ生きていました。「ああ、うまかった。残りは、明日にとっておこう」 おばあさんは頭だけになったおつなを戸棚の中へしまうと、ゆっくり家を出て行きました。 次の日の朝、そんな事とは夢にも知らない婿が家に戻って来ました。「おつな、今帰ったぞ。・・・おい、おつな!」 いくら呼んでも、返事がありません。「おかしいな」 家中を探しても、やっぱりいません。「それにしても、腹がへった」 そう思ってなにげなく戸棚を開けてみると、なんとおつなの頭が棚にのっていて、うらめしそうにジッとにらんでいるのです。「うえっ!」 びっくりした婿が転がる様に逃げ出すと、おつなの頭がコロコロと転がって来て、婿の胸にかぶりつきました。 婿は仕方なくおつなの頭をかかえたまま、外へ飛び出しました。 するとおつなの頭が、言ったのです。「お前さん、わたしを置いて逃げるつもりかい?」「と、とんでもない! お前は、おらの可愛い女房だ!」「そんなら、わたしにご飯を食べさせておくれよ」 婿は仕方なく人に見えない様におつなの頭を抱いて宿屋へ行き、二階に部屋を取って料理を運んでもらいました。 おぜんの前に座ったとたん、おつなの頭がおぜんの上に飛び降りて、「さあ、食べさせておくれ」と、口を開いたのです。 いくら可愛い女房でも、気味が悪くてがまん出来ません。「かんべんしてくれ!」 婿は、いきなりおつなの頭におはちをかぶせて上から帯をまきつけると、そのまま階段をかけ降りて、いっきに外へ飛び出しました。「お客さん、何事ですか?」 おどろいた宿屋の人が追いかけようとしたら、二階からおはちをかぶせられた女の頭が転がってきます。「お、お化け!」 そう言ったきり、宿屋の人は気を失いました。 おつなの頭は宿屋から転がり出て、婿を追いかけました。「た、た、助けてくれー!」 婿は叫びながら、必死に走り続けます。 どこをどう走っているのか、まったくわかりません。「お前さーん! お前さーん!」 おつなの声が、すぐ後ろから追ってきます。「もうだめだ!」 はっと気がつくと、目の前に菖蒲(しょうぶ)とヨモギのはえた草むらがありました。 婿は夢中で、その草の中へ倒れ込みました。 すると、どうでしょう。 草むらの前まで追って来たおつなの頭が、くやしそうに、「くそっ! 菖蒲やヨモギさえなかったら」と、言って、もと来た方へ転がって行ったのです。「やれやれ、助かった。それにしても、菖蒲やヨモギが魔除けになるのは本当だったんだな」 婿は、ほっとして立ちあがりました。 そして菖蒲とヨモギをたくさん取って帰り、

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家の窓や戸口にさしておく事にしたのです。 おかげで人食い婆も、おつなの頭も、二度と家へはやって来ませんでした。 今でも五月五日に菖蒲やヨモギを軒下にさすのは、人食い鬼や魔物を追い払う為だそうです。

812 大蛇になった八郎 むかしむかし、ある村に、八郎という体の大きな木こりがいました。  ある時、八郎は仕事のあとで仲間たちとくつろぐ酒のさかなにしようと、谷川で三匹のイワナを捕らえて小屋の前で焼きはじめたのです。「ああ、いいにおいだ」 お腹が空いていた八郎は、焼けた魚の尻尾をつまみあげると頭から丸ごと蛇(へび)のようにのみ込みました。「うまい!」 八郎は続いて、残っている二匹も丸のみにしました。 すると急にのどがかわいてきたので桶の水を一気に飲み干しましたが、それでもたりません。 八郎は立ちあがると川へおりていって、むちゅうで水を飲みました。 そしてふと気がつくと、なんと八郎は一匹の大蛇になっていたのです。 自分の姿を見て、八郎は驚きました。(大蛇? おれの体は、どうなったのだ?! とにかく、隠れないと) こんな姿を、仲間たちに見せることは出来ません。 八郎は長い体をずるずると引きずって、山奥へ逃げていきました。(これから、どうしたらいいのだ? これから、どこに住んだらいいのだ?) 八郎は考えた末、ふるさとの近くにある湖に住む事にしました。 けれども湖へ行ってみると、そこには南蔵坊(なんぞうぼう)という大蛇が住んでいて、八郎を湖に入れようとはしませんでした。 八郎と南蔵坊は、湖のほとりで三日三晩、激しく戦いました。 南蔵坊はおそろしく強い大蛇で、負けた八郎は血だらけの体でいくつも山をこえて、やっとの思いで秋田の地へ逃れていきました。 そしてある川辺で沼地を見つけると、八郎はそこに住む事にしました。 何年かすぎたある年の冬、もっと大きな住みかがほしいと考えた八郎は、沼地の持ち主である長者に言いました。「ここへ水を引き入れて、もっと大きな湖にしたいから、悪いが出て行ってくれんか?」 大蛇の言うことを断ったら、何をされるかわかりません。 長者は舟に家族と家財道具をのせると、川辺の地から去っていきました。 それからしばらくすると川から大波がうち寄せてきて、沼地はまたたくまに見渡すかぎりの湖になったのです。 こうして生まれたのが、秋田県にある八郎潟(はちろうがた)です。 大蛇になった八郎は湖の主となって、今でも湖の底に住み続けていると言われています。 そして川辺の沼地から八郎に追い出された長者は、その後、移った地で大いに栄えて、いくつもの蔵を持つ大長者となりました。「これも、あの大蛇のおかげだ」 長者は湖へ行って、感謝の供え物をささげたという事です。

813 朱の盤の化け物むかしむかし、旅の侍が一人、村はずれのさみしい野原にさしかかりました。 このあたりには、『朱の盤(しゅのばん)』と呼ばれる妖怪(ようかい)が出るとのうわさです。「ああ、日は暮れてくるし、心細いなあ。化け物に会わねばよいが」 侍が足をはやめると、「しばらく、お待ちくださらんか」と、後ろから、呼び止める者がいます。 侍が恐る恐る振り返ると、そこにいたのは自分と同じような旅の侍でした。 あみがさをかぶっているので顔はわかりませんが、侍に間違いありません。「さしつかえなければ、ご一緒願いたいのですが」「そうですか。実はわしも道連れがほしかったのです。このあたりには、『朱の盤』とかいう化け物が出るとのうわさですから。・・・聞いた事がありませんか?」 すると、後からきた侍が、「ああ、聞いたことがありますよ。・・・何でもそれは、こんな化け物だそうで」と、言って、かぶっていたあみがさをパッと取りました。 するとそこから現れたのは、碁盤(ごばん)の様に角張っている朱(しゅ)に染まったまっ赤な顔で、髪の毛はまるで針金の様にごつごつしており、大きな口は耳までさけています。 そしてひたいには、角が生えていました。 これはまさしく、朱の盤の化け物です。 侍は、「うーん!」と、目をまわして、気絶してしまいました。 そしてしばらくしてからハッと我にかえった侍は、無我夢中で野原をかけぬけていき、やがて見えて来た家に飛び込みました。「おたのみもうします!」 するとその家には、おかみさんが一人いるだけでした。「まあまあ、いかがなされたのですか?」「まずは水を一杯、飲ませていただきたい」「はい、ただいまさしあげますよ」 おかみさんは台所の水がめのひしゃくをとって、侍に渡しました。 一気にそれを飲んだ侍は、おかみさんに話しました。「実は、野原で道連れが出来たと思ったら、朱の盤の化け物だったのです。」「おや、それは恐ろしいものに会いましたね。朱の盤に会うと、魂を抜かれるといいますから。・・・して、その朱の盤というのは、もしやこんな顔ではありませんでしたか?」 おかみさんは、ひょいっと顔をあげました。 そこにあったのは朱に染まった四角い顔に、耳までさけた口に、針金の様な髪の毛に、ひたいの角です。「うーん!」 侍はまたまた気絶してしまい、次の日になって我にかえりましたが、朱の盤に魂を抜かれたのか、三日後に死んでしまったということです。

814 知らぬが仏 むかしむかし、上野の国(こうずけのくに→群馬県)と武蔵の国(むさしのくに→埼玉県、東京都、神奈川県)のさかいに、不思議な街道がありました。 そこを人が通ると、地面から『ズーン!』と奇妙な響きがするのです。 ある日、村人たちがあれこれと相談して、「よし、思いきって掘ってみよう」と、奇妙な響きがする場所を掘っていきました。 どんどん掘っていくと、やがて金物でも打つように、 クワーン!と、地面から音が響きました。「それっ。ここだ、ここだ」 一人の男が勢いよく掘り始めると、 ドドドーッ!と、周りの土が崩れ落ちて、男は土と一緒に地の中へ吸い込まれてしまったのです。 そして男が吸い込まれた場所には、ぽかんと大きな穴が開いていました。 地上のみんなは、大きな穴の中をのぞいてみました。「いったい、何

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じゃろ?」「やつは、どうしたんじゃ?」「暗くて、何もわからんぞ」「でも何とかして、助けてやらにゃ」 みんなが相談していると、地面から何かが聞こえてきました。「・・・たすれてくれーっ」 「何じゃろう?」 みんなが耳をすますと、「助けてくれーっ」と、言っているではありませんか。 そこで一人が、大きな声でどなりました。「おーい。今から、つなを下ろしてやるからな。しっかりつかまれよ!」 つなを下ろしてやると、つなにつかまる手ごたえがありました。「それっ、引き上げろ!」 よいしょ、よいしょ! よいしょ、よいしょ! やっとの事で、吸い込まれた男を穴の中から引き上げました。「おい、大丈夫か?」「穴の中は、どうなっていたんだ?」 みんなが聞くと、男は首をかしげて言いました。「真っ暗でよくわからんが、どうも土がないんじゃ」「なに? 穴の中に土がないのか?」「ああ。ただ、金物みたいな、石みたいな、固い物があるんじゃ」「ふーむ。して、穴は広いのか?」「うむ、家の様に広い気がしたぞ」「土の中に、石の家が埋まっているのか?」「まあいい、掘ってみればわかることだ」 そこでみんなは穴のまわりを、どんどんどんどん掘っていきました。 すると何と、大きな大きな大仏が、あおむけに寝た姿で土の中にうめられていたのです。 さっきの男はこの大仏のおへその穴から、お腹の中へ落ちたというわけです。「これは、大変な物が出てきたな」「どうすればいい?」 みんなはさっそく庄屋さんの家に集まって、どうしたらよいか話しあいました。「どうする? 掘り出すか?」「ばか言うな。こんな物をうっかり掘り出したら、役人へ届けないとなるまい」「そうだ。そんな事をしてみろ、役人はわしらに色々な調べや手伝いをさせるから、わしらの仕事が出来んぞ」「そうだ。稲刈りも近いというのに、そうなれば村中が大迷惑じゃ」「ならどうする? いっその事、元のように埋めてしまうか?」「そうじゃ、それが一番じゃ」 そこでみんなは仏さまのおへその穴に厚い板をあてて、仏さまの上にどんどん土をかぶせて元のように埋めてしまいました。 今でもその仏さまは、地面の中に埋まっていると言われています。 そしてことわざの『知らぬが仏』は、ここから生まれた言葉だとも言われています。

815 聞き耳ずきん むかしむかし、あさせに打ち上げられた赤いタイが、バタバタと暴れていました。「誰か、助けてくださーい!」 タイは泣きながら、何度も何度も大きな声で叫びました。 するとそこを通りかかった太郎が、「おや、かわいそうに」と、タイを抱きあげて、海の深い所へ放してやりました。 そして太郎が帰ろうとすると、後ろから呼ぶ声がしました。「もし、もし」 太郎が振り向くと、そこにいたのは竜宮(りゅうぐう)の使いのクラゲではありませんか。 クラゲは太郎に言いました。「太郎さん、わたしは竜宮の竜王さまの使いです。あなたが助けたタイは、竜王さまの娘です。竜王さまは、あなたにお礼がしたいと申しております。さあ、わたしと一緒に竜宮へいらしてください」 太郎はクラゲの背中に乗せられて、広い海へ出て行きました。「太郎さん、もうすぐ竜宮につきますが、その前に1つお話しすることがあります。竜宮さまがあなたにおみやげを渡すといったら、『聞き耳ずきんが欲しい』というのですよ。けっして玉手箱をもらったりしてはいけません。いぜん玉手箱をもらって、ひどい目にあった人がいますから」「わかりました。『聞き耳ずきん』ですね」「そうです。では海にもぐりますので、少し目をつぶっていてください」 クラゲはそう言うと、海の底へともぐっていきました。 太郎はウトウト夢を見ているような気持ちになり、そのまま寝てしまいました。 太郎が目を覚ますと、いつの間にか竜宮のお城の前に立っていました。 お城から竜王が出てきて、太郎におじぎをしました。「太郎さん、先ほどは娘のタイ姫をお助け下さいまして、ありがとうございました。さあどうぞ中へ、宴会の用意がしてあります」 太郎は竜王に案内されて、竜宮城の中に入りました。 中には見たこともないようなごちそうが山のように用意されていて、ヒラメやタコやカメが楽しい踊りを見せてくれました。 でも、太郎はそろそろ帰らなければなりません。 太郎が帰りたいと言うと、竜王が言いました。「もっとゆっくりしていただきたいのですが。それでは何かお礼をいたしましょう。欲しい物は何でも差し上げますよ」 そこで太郎は、クラゲに教えられたとおりに言いました。「はい、わたしは、聞き耳ずきんをいただきたいのです」「・・・聞き耳ずきんですか」 竜王さまは、ちょっと困った顔をしました。 聞き耳ずきんは、竜宮にたった一つしかない宝物です。「わかりました。太郎さんに、聞き耳ずきんをさしあげましょう」 太郎さんは聞き耳ずきんをもらうと、クラゲに送られて元の海辺に帰ってきました。「さて、クラゲの話しでは聞き耳ずきんを頭にかぶると、鳥でも、草でも、木でも、生きている物の言葉がなんでも聞こえて来るそうだが。・・・よし、あれでためしてみよう」 太郎は聞き耳ずきんをかぶると、近くにいたスズメの話を聞いてみました。『チュンチュン、ねえ知っている? すぐそばの川底に、1つだけこけの生えた四角い石があるでしょう。あれは実は、金の固まりなのよ』 太郎はすぐに川へ入ると、こけの生えた四角い石を探してみました。「この石かな?」 太郎が石に生えたこけを取ってみると、中から金が姿を見せました。 スズメのいう通り、それは四角い金の固まりだったのです。 太郎はうれしくなって、今度はカラスの話を聞いてみました。「なあ、殿さまのお姫さまが病気なのを知っているか? かわいそうに、もうすぐ死んでしまうそうだよ」「あの、やさしいお姫さまがか? でも、どうして病気になったんだ?」「なんでも、お城を建て直すときに、かやぶきのかやと一緒に二匹のヘビをしばりつけたそうだよ。お姫さまの病気は、ヘビののろいなのさ。ヘビを助けてやれば、すぐにお姫さまの病気は治るのに」 太郎はすぐに、お城へ行きました。 すると本当にお姫さまが病気で、今にも死にそうだったのです。「お姫さまが病気になった原因を知っています」 太郎は、かやぶきの屋根を指さしました。「あそこに、かやと間違えられて、二匹のヘビがしばられたままになっています。すぐにヘビを、助けてください。そうすれば、お姫さまの病気は治ります」 家来たちがかや

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にしばられているヘビを見つけて助けると、死にそうだったお姫さまの病気はたちまち治ってしまいました。 殿さまは涙を流して喜ぶと、太郎に言いました。「よくぞ、姫を助けてくれた! よければ、姫の婿になっていただきたい」 こうして太郎はお姫さまの婿になり、やがてこの国の心のやさしい殿さまになりました。

816 二人の幽霊むかしむかし、ある町に、色白で気の弱い『新べえ』という侍がいました。 弓も刀もだめで、仲間からは腰抜けよばわりされていました。 さてこの町に、元は町一番の長者屋敷だったのですが、今は荒れ果てて幽霊が出るとのうわさの屋敷がありました。 ある日、仲間の侍たちから、「どんなに強い侍でも、一晩とおれんというぞ。お主なんか、門をくぐることさえも出来まい。あはははははっ」と、ばかにされた新べえは、「そこまで言われては、なにがなんでも泊まってやるわ!」と、家に帰って腹ごしらえをすると、おっかなびっくり幽霊屋敷へ出かけていきました。 草がぼうぼうの庭に入っていくと、さっそく人だまが西と東から一つずつ、すすーっと飛んできました。「うひゃーっ、人だまが、二つも!」 新べえは逃げ出したいのをがまんして、恐る恐る屋敷に入りました。 やがて、ろうそくの火がひとゆれしたかとおもうと、「うらめしやあ・・・」と、髪の長い女の幽霊が、銀のお金の入った箱を抱いて現れました。「で、出たー!」 新べえが震えあがりながらも何とかこらえていると、カギを手にした男の幽霊も現れました。 男女の幽霊が一緒に出てくるなんて、よほどのわけがあるのでしょう。 新べえが思い切って、わけを聞いてみると、「わたしたち二人は、この屋敷で働いていた者同士です。結婚の約束をしたのですが、主人がそれを許してくれません」と、男の幽霊が、かたりはじめました。「そこで屋敷のお金を持ち出して、よその町へ逃げて暮らそうとしたのですが、主人に見つかってしまい二人とも斬り殺されてしまいました。そして別々のところにうめられ、今もそのままなのです。わたしたちはそのうらみから屋敷の主人にたたってやりましたが、今だに成仏出来ません。どうかこのお金でお坊さんをよんで、成仏させてください」「そうだったのか。わかった」 新べえが引き受けると、男女の幽霊は人だまになって、すーっと出ていきました。 座敷には銀のお金がずっしり入った箱と、その箱のカギが残されています。 あくる朝、新べえは幽霊屋敷の出来事を寺の和尚さんに伝えて、二人の供養してもらいました。 この話しを聞いた、この国の殿さまは、「腰抜けどころか、新べえの働きは侍のかがみであるぞ。ほめてとらす」と、ほうびとして、その屋敷を与えたそうです。

817 宝船を買ってくるむかしむかし、お父さんが冗談で、とても素直な男の子に言いました。「お金をやるから、それで宝物を乗せた宝船を買ってきてくれないか?」 いくらなんでも、そんな物を買えるはずがありません。 でも、男の子は、「はい。では買ってきます」と、わずかなお金をもらって、家を飛び出して行ったのです。 男の子は町へ行くと宝船を売っているお店を探しましたが、どこにも宝船は売っていません。 そこで男の子は人形を売っているお店に入ると、お店にいたおばあさんに尋ねました。「おばあさん、ぼくは宝船を買いに来たのですが、どこにも売っていないのです。どこに売っているか、知りませんか?」「おや、宝船をかい? それは大した買い物だね。それで、お金は持っているのかい?」「はい、これだけあります」 男の子はそう言って、お父さんにもらったお金を見せました。 するとおばあさんは、困った顔をして言いました。「それじゃ、宝船なんて無理だよ。この店じゃあ、この起き上がりこぼししか買えないね」「では、それを下さい」 こうして男の子はもらったお金で、おきあがりこぼしを二つ買いました。 そして男の子が町を出てしばらく行くと青い原っぱがあって、ヒューヒューと涼しい風が吹いていました。 するとふところから、二つのおきあがりこぼしが飛び出して、「ここは、気持ちの良いところじゃ。ひとつ、すもうでもとるか」と、二つのおきあがりこぼしがすもうをはじめたのです。「不思議な人形だな。よし、これでお金もうけをしよう」 そこで男の子はおきあがりこぼしをふところにしまうと、この村の長者のところへ行きました。「長者さん、明日おもしろいものを見せますから、村の人たちを集めてください」「なに? おもしろいものだって?」「はい、この土で出来た人形に、すもうをとらせます」 男の子は、ふところから二つのおきあがりこぼしを取り出しました。「なるほど、それはおもしろそうだ。でも、どうやってすもうをとらせるのだ?」「それは、明日のお楽しみです」 そう言われると、長者は人形のすもうが見たくてたまりません。「よし、わかった」 そこで長者は、広い庭のまん中に小さな土俵(どひょう)をつくり、《人形のすもうを行うので、見たい者は見物料に、お金か品物を持ってくるように》と、書いた立て札を立てたのです。 するとそれがうわさになり、次の日の朝には大勢の村人たちがお金や品物を持って集まりました。 長者の作った小さな土俵の上には、おきあがりこぼしが二つ、ちょこんとのっています。「あの人形が、すもうをとるというのか?」「まさか、人形がすもうをとるなんて」「でも、もしかすると」 みんなが話し合っていると、男の子が大きな声で言いました。「東、おきの山。西、こぼし川。見合って見合って、はっけよい!」 そのとたん、二つのおきあがりこぼしが動き出して、押し合いをはじめたのです。 どちらも強くて、なかなか勝負がつきません。「いいぞ、いいぞ」「どっちも、負けるな!」 村人たちは大喜びで、持って来たお金や品物をどんどん投げてくれました。 おかげでたちまち、宝の山が出来てしまいました。 長者も大喜びで、男の子に宝の山を積む舟をつくってくれました。 こうして男の子は、ついに宝船を手に入れたのです。 そして家で待っていたお父さんも、男の子が本当に宝船を買ってきて大喜びです。 おかげで男の子の家族は、村一番のお金持ちになりました。

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818 金の粒を出す馬 むかしむかし、新潟のある山の近くの村に、仲の良いおじいさんとおばあさんが住んでいました。 二人はおじいさんが山で取ったたきぎを、町で売って暮らしています。 ある年の暮れ、おじいさんはお正月の品々を買うために、町へたきぎを売りに出かけました。 ですが買えたのは、串柿(くしがき)とスルメだけです。「串柿とスルメでは、ばあさんががっかりするだろうな」  おじいさんはとぼとぼ帰りながら大川の橋の中ほどまで来ると、背中のしょいこにくくりつけた串柿とスルメを川に投げ込みました。「ほれ。わしから川の者への歳暮じゃよ」 そして長い橋を渡りきると、いつの間にか橋のたもとには美しい娘がいて、おじいさんに頭を下げました。「先ほどは、ありがとうございました。お礼をしたいので、家においでください」「お礼? わしはあんたに、何もしてないが」「いいえ。串柿とスルメの歳暮を、確かに頂きました。家まで案内しますので、目をつぶってください」 おじいさんがわけも分からずに目をつぶると、すぐに娘が言いました。「さあ、家に着きました。目を開けていいですよ」「着いたといっても、わしは一歩も歩いておらんが。・・・おおっ!」 おじいさんが目を開けてみると、何と目の前に立派なご殿があるのです。 ご殿に案内されたおじいさんは、おいしい食べ物ををたくさんごちそうになりました。 そして帰ろうとすると、娘の母親が絹の布に包んだきれいな手箱をくれました。「この二つの引き出しには、小さな馬とお米が入っています。馬にお米をやると、金の粒を出してくれます。でも、誰にも見つからず、誰にも言ってはいけませんよ」 おじいさんが手箱を受け取ると、いつの間にか橋のたもとへもどっていました。 さて、家に帰ったおじいさんは、おばあさんには内緒(ないしょ)で米が入った引き出しから米粒を一つ取り出して、小さな馬にやりました。 すると馬はすぐに、お尻から金の粒を出しました。「おおっ、本物の金だ」 それからおじいさんは家のお金がなくなると、こっそり奥の部屋へ入っては小さな馬に米粒を食べさせて金の粒を出させました。 ある日の事、おばあさんはおじいさんの留守中に、押し入れに隠してあるきれいな手箱を見つけました。「これは、何だろうね」 引き出しを開けてみると、中に米が入っています。 もう一つの引き出しを開けてみると、中に小さな馬がいて、「ヒヒヒーン」と、鳴きました。「おや、腹が空いておるんか」 おばあさんが米を一粒やると、馬はすぐにお尻から金の粒を出しました。「なるほど。ちかごろは金回りが良いと思ったら、おじいさんは、これで金の粒を出していたんじゃな」 おばあさんはうれしくなって、どんどんお米をやりました。 すると小さな馬はお米を食べては、ポトン、ポトンと金の粒を出します。 そしてお腹がいっぱいになった馬は元気に部屋の中を走りまわり、ポトン、ポトンと金の粒を出し続けました。「こらこら。もう戻らんか。おじいさんに見つかったら、大変じゃ」 おばあさんが馬を追いまわすと、馬はお尻から金の粒を出しながら庭へ飛び出し、佐渡が島へ逃げていったのです。 佐渡が島で金がたくさん取れるようになったのは、そのためだと言われています。

819 刀のごちそう むかしむかし、一休さん(いっきゅうさん)と言う、とんちで評判の小僧さんがいました。 以前、一休さんに『びょうぶのトラ』でとんち勝負をして、みごとに負けたあの殿さまが、また一休さんをお城にまねきました。「一休よ。よく来てくれたな」「はい。およびとあれば、何度でも。して、今日はどのような問題ですか?」 一休さんが聞くと、殿さまは笑いながら言いました。「アハハハハハッ。用心しておるな。だが安心せい。今日はそなたに、ごちそうしてやろうと呼んだだけじゃ」 そう言って殿さまは一休さんに、大変なごちそうを出しました。「それ、えんりょせずに、好きなだけ食べるといい」 殿さまの言葉に、一休さんはお寺では食べてはいけないことになっている肉や魚をパクパクと食べました。 それを見た殿さまが、感心して言います。「よく食べるのう。それにしても、何でも通るのどだ」「はい、わたしののどに通らない物はありません。言うなれば、東海道(とうかいどう→江戸から京都へつながる大きな道)のようなものです」「よし!」 殿さまは、その答えを待っていたようです。 殿さまは刀を抜くと、怖い顔で一休さんに差し出しました。「では、この刀をのみ込め! 何でも通ると言ったのだ。これが通らんとは言わせぬぞ!」 しかし、一休さんは平気です。「はい。わかりました。刀をのみ込めば良いのですね」「なに? 本当に、出来るのか?」「先ほども言いましたが、わたしののどは、東海道のような物ですから」 そう言って一休さんは刀を受け取ると、急にコンコンとせき込みました。 やがてせきがおさまると、殿さまに言いました。「これは残念。たった今、せきがとまりました。せきも関所(せきしょ)も同じでで、いったんとまりますと、何者も通してはくれません」 それを聞いた殿さまは、思わず手を叩きました。「むっ! さすがは一休。今回もよの負けじゃ」 こうして一休さんは、またもやたくさんのほうびをもらいました。

820 なまけ弁当 むかしむかし、吉四六さんと言う、とてもゆかいな人がいました。 吉四六さんは庄屋(しょうや)さんにお金を借りたので、その代金の代わりにしばらくの間、庄屋さんの畑で畑仕事をする事になりました。 ある日の夕方、吉四六さんが畑から帰って来て言いました。「庄屋さん。今日は草を残らず刈り取りました。お弁当をこしらえていただいたおかげで、大変はかどりまして、ありがとうございます」 すると、庄屋さんが言いました。「はかどったといっても、何もお前が仕事をしたわけじゃない。弁当が仕事をしたまでの事じゃ」「はあ、弁当がですか?」 吉四六さんは、首を傾げて家に帰りました。 その次の日、吉四六さんは庄屋さんに弁当をもらって、裏山の畑に出かけて行きました。 そして畑の真ん中にクワを突き刺すと、クワの柄の

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先に弁当をしばりつけました。 そして自分は涼しい木の陰ヘ行って、手足を伸ばして寝ころびました。 やがてお昼過ぎになると、庄屋さんが見回りにやって来ました。「おや?」 見ると、畑の真ん中にクワが突き刺さっています。「こんな所に、大事な畑道具を置きっぱなしにして。・・・おや? 畑仕事は何一つ手をつけておらんじゃないか。いったい吉四六さんは、どこヘ行ったんじゃ?」 庄屋さんがその辺りを探してみると、吉四六さんは大の字になって、グーグーと大いびきをかいています。 庄屋さんは、カンカンに怒って、「吉四六! そのざまは何事じゃ!」と、怒鳴りつけました。 すると吉四六さんは、寝たままで目を開けて、「ありゃ? 庄屋さんでしたか」「でしたかいもない! このいいお天気に、朝から何一つ仕事もせんで!」「へい、ですが」「ですが。何じゃい?」 吉四六さんは、落ち着いて言いました。「昨日、庄屋さんがおっしゃりました。畑仕事は弁当がするんじゃと。それであの通り、弁当にクワを持たせて、畑に出してやりました」「何じゃと!」 カンカンに怒っている庄屋さんを見あげて、吉四六さんは、「はて、ここから見ておりますと、弁当の奴め、いっこうに仕事をしませんな。仕事は弁当がするもんじゃのに。ねえ、庄屋さん。弁当のやつは、怠け者ですな」「・・・・・・」 庄屋さんは、返す言葉がありませんでした。

821 タコの足とクモの足 むかしむかし、江戸のあるお寺に、和尚さんの身のまわりの世話をしている忠助(ちゅうすけ)という十三歳の小僧がいました。 この忠助は手足にイボがたくさん出来て、とても困っていました。 ある日の事です。 忠助は和尚さんのすすめで、目黒(めぐろ)の蛸薬師(たこやくし)にお参りに出かけました。 蛸薬師にお祈りすればイボが取れると、和尚さんに言われたからです。 蛸薬師に着いた忠助は、さっそく手を合わせて祈りました。「もし、わたしの手足からイボを取ってくださいましたら、一生タコは口にしません。また、薬師さんへのお経を一日二十回ずつ唱えます。ですからどうぞ、イボを取ってください」 忠助はそう祈って、タコの絵馬をお堂におさめてきました。 そしてその日から忠助は、日に二十回ずつ一心にお経を唱えました。 するとわずか四日目には、手足のイボがすっかりなくなっていたのです。 忠助は大喜びでしたが、六日目の朝になるとまた手足のイボは元に戻っていたのです。「そんな、どうして・・・。あっ!」 よく考えてみると、イボがなくなった次の日からお寺の用事が忙しくなったので、日に二十回唱える約束のお経を忘れていたのでした。 忠助はあわてて、再びお経を唱えました。 それも日に二十回ではなく、十倍の二百回、お経を唱える事にしました。 するとイボは少しずつ消えていき、百日ほどですっかりなくなったのです。 ある日、手足にたくさんのイボが出来て困っている大工が、蛸薬師にやって来ました。 ある人から、忠助の話しを聞いたのです。 大工さんは手を合わせると、「どうか、わたしのイボを取ってください。イボが取れましたら、一生タコは口に・・・」と、言いかけて、大工さんは考え直しました。(待てよ。タコを口に出来ないのは、困りものだな。なにしろタコは、酒の肴(さかな)に最高だからな。ここはタコではなくて、他の八本足で) そこで大工は、お願いの言葉を言い換えました。「どうか、わたしのイボを取ってください。イボが取れましたら、一生、クモは口にしませんので」 後からそれを聞いた大工仲間は、あきれた顔で言いました。「お前は、何を考えておるんじゃ。それでは反対に、薬師さんのばちがあたるぞ」 その通りで、大工さんの手足に出来ていたイボは、ますますひどくなったという事です。

822 玄蕃丞狐(げんばのじょうぎつね) むかしむかし、桔梗ヶ原(ききょうがはら)という所に、玄蕃丞狐(げんばのじょうぎつね)といういたずらギツネがいました。 村の男が道を歩いていると、急に見た事もないような川に出ました。「おや? こんな川があったかな?」 変に思いながらも着物のすそをめくって川を渡り始めたところ、いくら渡っても渡っても渡り切れず、それどころか川は深くなっていくばかりです。 それでもがんばって川を渡っていると、後ろから、「ケンケンケン」と、キツネの笑い声がして、はっと気がついてみるとそこは川ではなく田んぼのまん中だったそうです。 ある日の事、さんぽから帰ってきた村の庄屋(しょうや)が自分の家の前に人だかりが出来ているので何事かと思って見てみると、一人のきれいな娘さんが門のところに倒れているではありませんか。 庄屋はびっくりして、すぐに人を呼んで娘を家に入れてやりました。 そして布団に寝かせて看病したところ、娘はようやく気がついて、「お世話をかけて、申し訳ございません」と、まるで鈴をふるような声で言うのです。「どうして、あんなところに倒れていたんだね?」 庄屋が尋ねてみると、娘は恥ずかしそうにうつむいて、「人を探して旅をしていたのですが、お腹がへって倒れてしまったのです」と、言うのです。 気の毒に思った庄屋は、さっそくごちそう作らせて娘を手厚くもてなしました。 さて次の朝、娘は庄屋の前に手をつくと、ていねいに礼を言って、「大変お世話になりました。これは、お礼のしるしです」と、細いひもを通した銭を置いて出ていったのです。 ところが後で、娘のいた部屋をのぞいた庄屋はびっくり。 部屋中に昨日のご飯のおかずが散らかっていて、キツネの好物の天ぷらや魚しか食べていないのです。「まるで、キツネが食い散らかしたようだな。・・・もしや!」 庄屋は、娘がお礼に置いていった銭を見ました。 するとそれは、木の葉をひもに通したものではありませんか。「やられた! 玄蕃丞狐(げんばのじょうぎつね)だ」 庄屋はすぐさま娘を追って出たものの、もう娘の姿はどこにも見あたりませんでした。 けれども、さすがの玄蕃丞狐(げんばのじょうぎつね)も親切にしてくれた庄屋をだましたのは気まずかったのか、それからというもの相変わらず人を化かしはしたものの、庄屋のところにだけは現れなかったそうです。

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823 白蛇の精 むかしむかし、とても芝居の上手な旅の役者がいました。 ある日、故郷(こきょう)から手紙が届きました。 役者が手紙を開いてみると、《母が病気。すぐ戻るように》と、書いてあります。 お母さんを心から大切に思っている役者は、すぐに故郷へ帰ることにしました。 役者は走って走って、峠の下の茶屋にたどりつきました。 ここで腹ごしらえと休憩をして、さあ行こうとしたときに茶屋の主人が言いました。「この先は暗い山道で、そろそろ日も暮れて真暗闇になります。 その上、恐ろしい化物が出るとの噂もあります。 今夜はここに泊まって、明日の朝に行かれてはいかがでしょう」「ありがとうございます。ですが」 役者はていねいにお礼を言ってわけを話し、茶屋を出て行きました。 山道は茶屋の主人の言った通り、足元が見えないくらいの暗闇に包まれてしまいました。 役者は手さぐりで少しずつ進みましたが、これではいつ足を踏みはずすかわかりません。「ああ、困った」 役者が、ため息をついたときです。 バァッといきなり青い炎が燃えたかと思うと、あたりが急に明るくなりました。 そして目の前の古い大きな木が重なり合う中に、小さな家が見えました。 かたむいた屋根には深い緑の苔(こけ)がびっしりと生えていて、扉は青いかびに染まっています。 それにそのまわりには人の骨か動物の骨かはわかりませんが、たくさんの骨が散らばっていたのです。(もしや、これが茶屋の主人が言っていた・・・) 役者がじっと家を見つめていると、中から一人のおじいさんが出て来ました。 おじいさんの頭は真白、顔も真白、着物も真白です。 ただ目と口だけが、青く光っていました。「わしは白蛇の精、千年は生きておる蛇の魂(たましい)じゃ。 実はお前の手紙、あれはわしが書いたうその手紙じゃ。 聞くところによると、お前は化けるのが上手な役者だそうじゃな。 わしも化けるのには、多少の自信がある。 そこでわしとどちらが化かすのがうまいか勝負をしたくて、ここへ呼んだのじゃ」 役者は心底びっくりしましたが、演技で落ちついたふりをすると言いました。「いいでしょう。では、まずあなたから化けて見せてください」「うむ。では」 白蛇の精は青い目をギラリと光らせると、おまじないの言葉をとなえました。 するとみるみるうちに、あたり一面に黒い雲が現れて、その中から百とも千とも数えきれないくらいたくさんの神さまや仏さまや鬼などが姿を現しました。 二人のまわりは、金色に光る神さま、象にまたがる神さま、まっ赤な炎をあやつる鬼、大きな刃を振りかざしながら踊る鬼たちでいっぱいです。 次に白蛇の精は、ふっと息を吹きました。 そのとたんに黒い雲もたくさんの神さまや鬼たちも消えて、あたり一面がキラキラとまるで宝石をばらまいたようにまぶしく輝き出したのです。「どうじゃ。このわしに勝てるかな?」 白蛇の精は、自信満々に役者の顔をのぞき込みました。 すると役者は道具箱を開けながら、白蛇の精を横目で見て言いました。「確かに、お見事です。 さてこの私は、いったい何に化けてみせましょうか? あなたのようなお方に、怖いものなどはないと思いますが、もしお聞かせ願えればありがたいですね。 勝負とはいえ、相手の苦しむ様子を見るのはいいものではありませんからね」「なるほど。 わしは怖いといったら、なめくじが怖い。 あれを見ると震えがとまらず、たちまち立ちあがれなくなるのじゃ。 してお前は、何が怖い?」「わたしの怖いものといったら、大判小判です。 あれがたくさんあると、もう怖くて死んでしまいたくなります」 役者はそう言ったかと思うと、道具箱からうす茶色の布を取り出してかぶりました。 そして、ぬるぬると体をくねらせて、白蛇の精に抱きつきました。 すると白蛇の精は、青い目をまっ赤にして叫びました。「うぎゃーー! なめくじの化け物じゃー!」 そして泣きながら、住みかへと逃げ帰ったのです。「わはははは。うまくいったわ」 役者は笑うと、うす茶色の布をかぶったまま朝を迎えて山を下りて行きました。 家に帰るとお母さんはもちろん元気で、役者が旅での話をすると楽しそうに笑いました。 さて、その日の真夜中のことです。 急に家がガタガタとゆれ出すと、壁を突き破って一匹の大きな白い蛇が入って来たのです。 そして役者を見ると、青い目をギラギラ光らせて、「夕べは、よくもやってくれたな。お前もも、恐ろしい目に合わせてやる。それ! お前が怖がっていた小判だ!」と、大判小判を滝のように降らせて、帰って行ったそうです。

824 酒つぼのヘビ むかしむかし、比叡山(ひえいざん)できびしい修行していた坊さんがいました。 けれど、いくら修行を続けても大して偉くはなれない事がわかると、生まれ故郷の摂津の国(せっつのくに→大阪府)に帰ってきました。 そして坊さんはお嫁さんをもらって、幸せに暮らしていました。 この村では、毎年正月の修正会(しゅしょうえ→寺院で、正月元日から3日間あるいは7日間、国家の繁栄を祈る法会)には、必ずこの坊さんをたのんでおがんでもらうことにしていました。 さて、ある年の修正会の時、この坊さんは仏さまにお供えしたもちをたくさんもらいました。 しかし坊さんとお嫁さんはとてもけちだったので、そのもちを誰にもわけてあげようとはしません。 自分の子どもたちにさえ、食べさせないのです。 二人は少しずつもちを食べていましたが、そのうちにもちは固くなってしまいました。 このままでは、もちは食べられなくなってしまいます。 そこでお嫁さんは、こんな事を考えつきました。(そうだわ。この固くなったもちで、お酒をつくろう。きっと、おいしいお酒が出来るにちがいないわ) そこでさっそく、坊さんに話すと、「それは、なかなかの名案じゃ」と、大賛成です。 二人はたくさんのもちを酒つぼに入れて、酒をつくることにしました。 やがて、月日がたちました。「もうきっと、おいしいお酒が出来ているでしょう」 ある晩、お嫁さんはこっそりと酒つぼのふたを開けてみました。 すると何かが、中で動いているように見えました。「何かしら?」 暗くてよく見えないので、お嫁さんは明かりをともしてつぼの中をてらしてみました。「あっ!」 お嫁さんの顔は、とたんにまっ青になりました。 つぼの中ではたくさんのヘビがかま首をあげながら、もつれあっているではありませ

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んか。 お嫁さんはつぼのふたをすると、逃げるように坊さんのところにかけていきました。「あなた、大変です。もちの酒つぼに、ヘビが」 でも坊さんは、信じようとはしません。「何を馬鹿な。そんな事が、あるものか」「でも、本当に見たのです」「わかったわかった。なら、わしが見てきてやろう」 坊さんはお嫁さんから明かりを受け取ると、酒つぼのところへいきました。 そしてふたを取ると、つぼの中をのぞきこみました。「わっ!」 坊さんもびっくりして、お嫁さんのところにかえってきました。「これはいかん。こうなれば、どこか遠くへつぼごと捨ててしまおう」 二人は酒つぼをかつぎ上げると、広い原っぱのまん中に捨ててしまいました。 その、あくる日の夕方の事です。 広い原っぱの一本道を、三人の男が通りかかりました。「おい、あれは何だろう?」 酒つぼを見つけた一人の男が、原っぱのまん中を指さして言いました。「さあ、何だろうな。行ってみよう」 三人は恐る恐る、酒つぼに近づきました。 そして一人の男が、つぼのふたをとって中をのぞきこみました。「おい、酒だ、酒だ!」「なに、本当か?」 他の二人も先を争うようにして、つぼをのぞきこみました。「確かに酒だ。しかし一体、どうしたことじゃ?」 三人は思わず、顔を見合わせました。 すると一番はじめに酒つぼをのぞいた男が、ニヤリと笑って言いました。「この酒を飲もうと思うが、どうだね?」 二人の男は、恐ろしそうに言いました。「野原のまん中に、こんな酒つぼが捨ててあるというのは、どうもおかしい。なにかきっと、わけがあるにちがいない。危ないから、飲むのはよせ」 しかしこの男は大の酒好きだったので、「なあに、酒が飲めるのなら、死んでもかまうものか」と、腰につけた湯のみで酒をすくって、一気に飲み干しました。「うん、うまい! これは、けっこうな酒だ」 そう言うと、もう一杯飲みました。 それを見ていた二人も酒好きですから、もう飲みたくてたまりません。「仕方ない。わしらも、付き合ってやるか」 三人は次から次へと、酒を飲み始めました。「おう、確かに良い酒だ」「本当にな。酒屋に行っても、これほどの酒はないぞ」「おい、こうなったら、何も急いで飲むことはない。家に持って帰って、ゆっくりと飲みなおそうではないか」 そう言って三人は、その大きな酒つぼをかついで家に帰りました。 さて、それから間もなく、「三人の男が、野原に捨てた酒つぼを見つけたそうだ。そして毎日のように飲んだが、とても良い酒だったそうだ」と、いう話しが、村中に伝わりました。 それを聞いた坊さんとお嫁さんは、(あれはやっぱり、ヘビではなかったのだ。人にもやらず自分たちの物にしてしまったので、仏さまのばつをうけて、わたしたちの目にだけヘビに見えたのだ)と、反省して、それからはもらい物があると必ず人に分けてやるようになったのです。

825 花嫁になりそこねたネコ むかしむかし、あるところに、観音さま(かんのんさま)につかえているネコがいました。 ネコは人間の花嫁(はなよめ)を見るたびに、自分も美しい娘になって人間のところへ嫁入りしたいと思っていました。 そこで観音さまに、「わたしを、人間の嫁にしてください」と、頼んだのです。「お前はこれまで、わたしによくつかえてくれた。お前なら立派な花嫁になれるでしょう。わたしがいい若者を見つけてやろう」 観音さまはネコに約束すると、いつもお参りにくる若者の夢枕(ゆめまくら→夢の中)に立って言いました。「明日の夕方、お堂の前にいる娘を嫁にするがよい」 若者はすぐに、この事を両親に話しました。 すると信心深い(しんじんぶかい→神仏を思う気持ちが強いこと)両親は喜んで、次の日の夕方、若者といっしょに観音堂へ出かけました。 観音堂の前には、人間の娘に化けたネコが立っています。「おい、あの娘ではないか?」「あら、なかなかの器量よしだこと」「あれが、おれの花嫁か」 三人は娘のそばへ行きました。「娘さん。ここで誰か待っているのかい?」 父親がたずねると、娘が恥ずかしそうに答えます。「はい、観音さまのお告げで、ここに待っているように言われました」 見れば見るほど美しい娘で、若者はこの娘が気に入りました。「そうですか。実はわたしも観音さまのお告げで、ここにいる娘さんを嫁にするようにと言われたのです」「えっ、そんな・・・」 娘が、ポッとほおをそめます。「どうだろう。うちの息子の嫁になってもらえないだろうか」 父親の言葉に、娘はこっくりうなずきました。「よかった。それじゃ、さっそく話をすすめよう」「では、わたしの両親にも会ってください」 娘は三人を連れて、観音堂の裏手(うらて)へ行きました。 そこには古くて立派な屋敷があって、年老いた娘の両親がいました。 娘の両親が、若者の父親に頭を下げます。「観音さまのお告げで、なんともありがたい事になりました。ですがごらんの通り、我が家は貧乏で、娘には何の仕度もしてあげられません」「いや、仕度(したく)の方は、いっさいこちらでいたします。こちらはもう、娘さんさえいただければ」 若者の両親は古い屋敷を見て、むかしは相当な家柄(いえがら)に違いないと思いました。 若者と両親が帰って行くと、娘の両親はネコの姿にもどって屋敷を出て行きます。 立派な屋敷といっても、よく見ればただの空き家で、今では野良ネコたちの住まいになっています。 娘に化けたネコは、すぐに観音さまのところへ報告(ほうこく)に行きました。「おかげさまで、人間の花嫁になれそうです」「それは良かった。これでお前も人の花嫁ですから、決してネコのようなまねをしてはいけませんよ」 さて、いよいよ婚礼(こんれんい→けっこんしき)の夜がやってきました。 若者の家では約束通り、花嫁の着物からカゴまで用意して娘をむかえにきました。 古い屋敷の前には明かりがつけられ、人間に化けた野良ネコたちが忙しそうに働いています。 やがて花嫁が出てきて、カゴに乗りました。 花嫁行列はちょうちんの明かりにかこまれて、しずしずと進んでいきます。(これでもう、思い残すことはないわ) カゴの中のネコは、心から満足しました。 花嫁行列が花むこの屋敷につくと、すぐに座敷で祝言(しゅうげん→おいわいのことば)が始まりました。 花嫁になったネコは花むこのとなりに座って、ウットリとしています。 おごそかな謡(うたい→おいわいの歌)とともに、三三九度の盃(さんさんくどのさかづき→お祝いのぎしきで、三つ組の

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さかづきで、三度ずつ、三回酒杯をいただくこと)がかわされ、花嫁が盃(さかづき)を口に持っていこうとしたそのときです。 ふいにおぜんの横へ、ネズミが出てきました。 そのとたん、花嫁は、「ニャオーン!」と、鳴くなり、ネコの姿になってネズミに飛びついてしまったのです。「なんだ、あれは!」 祝いの席に並んでいた人たちは、ビックリです。 花嫁の両親に化けていたネコたちもすっかりあわてて、次々にネコの姿になって座敷を飛び出していきました。 花嫁に化けていたネコはどうすることも出来ず、ネズミをくわえたまま逃げ出しました。 残された花むこや両親は、すぐに花嫁の屋敷に向かいました。 ところが観音堂の裏手には空き家になったボロ屋敷があるだけで、誰もいません。「ネコを花嫁によこすなんて、なんてひどい観音さまだ!」 両親はカンカンに怒って、二度と観音堂へはお参りに行きませんでした。 観音さまは、花嫁になりそこねたネコにあきれて言いました。「あれほど、よく言い聞かせておいたのに。もう決して、ネコを人間の嫁にはしません」

826 佐渡二郎(さどじろう)と安寿姫(あんじゅひめ)の母 むかしむかし、平安のころ、南片辺(みなみかたべえ)の鹿野浦(かのうら)の七回り坂(ななまわりざか)の下に、佐渡二郎(さどじろう)という人買いが住んでいました。 むかしは日本でも、お金で人を売り買いしていたのです。 ある日、この人買いが越後(えちご)の直江津(なおえつ)から、美しい奥方を連れてきました。 この奥方は岩城半官正氏(いわきはんかんただうじ)という人の奥方で、夫が筑紫(つくし)へ流されてしまい、それで安寿(あんじゅ)と対王丸(ずしおうまる)という二人の子どもを連れて直江津までたどりついたのです。 その直江津の港から、舟旅で筑紫へ行こうとしたところ、その港で悪い人買いにだまされて二人の子どもとは別れ別れにされてしまいました。 奥方は佐渡二郎に買われ、はるばる鹿野浦まで連れてこられたのでした。 佐渡二郎は奥方を、「それ、飯をたけ」「それ、薪(まき)をもってこい」「それ、田の草を取れ」と、朝から晩までこき使い、子どもたちの事を思って涙している奥方を見てはひどく怒るのです。 そして無理をした奥方は目の病にかかり、盲目(もうもく→目が見えないこと)になってしまいました。「目をつぶすとは、この役立たずが。だが、遊ばせはせんぞ」 佐渡の二郎は目の見えない奥方に、畑の鳥追いを命じました。 奥方は、毎日畑に立って、♪安寿(あんじゅ)恋しや、ほうやれほ♪対玉(ずしおう)恋しや、ほうやれほと、歌いながら鳥を追うのです。 そんな奥方を、村の子どもまでもがバカにして、「ほら、安寿姫が、そこにやってきたぞ」「おらは、対王だよ。ほれ、ここまできてみろや」 などと言っては、からかったのです。 奥方はそんな事があるたびに、じっと無念の涙をこらえていました。 それから十数年が過ぎ、母を探しに安寿姫が下男(げなん)を供に鹿野浦(からのう)へやってきたのです。 盲目になって、畑で烏を追っている母を見つけた安寿姫は、「母上、安寿でございます」と、目に涙をためてかけ寄りました。 しかし奥方は、「なに安寿だと。またこの悪童(あくどう)どもが、もういいかげんにおしっ」と、夢中で杖(つえ)を振りまわして、なんと本物の安寿姫を殺してしまったのです。 そのあと下男から話しを聞いて、自分が殺したのは本物の安寿姫だったと知ったのです。「ああ、わたしは、何ていう事を・・・」  奥方は安寿姫のなきがらにすがって、泣きくずれました。 それから奥方は下男と一緒に、安寿姫を中の川の川上にうめたのです。 その時、目の見えない奥方の目から涙があふれて、それが川に流れ込みました。 その日から中の川は、毒の川になってしまいました。 やがて佐渡の次郎の子孫は死に絶え、その屋敷のあった場所は草も生えない荒れ地へとかわったということです。

827 弓の名人と二羽のツルむかしむかし、ある村に、正直で働き者のお百姓さんと息子がいました。 お百姓さんの息子は弓の名人で、どんな鳥でも射落とす事が出来ました。 ある年の事。「よく働いたおかげで、今年も豊作だ」と、喜んでいると、一晩のうちに田んぼがふみ荒らされて、せっかくの稲がメチャクチャになってしまいました。「誰が、こんなひどい事を!」 次の晩、怒った息子は弓矢を持って、田んぼのすみに隠れました。 そして夜中になると、突然美しい二人の娘が現れて、稲をふみながらおどりはじめました。(何て、きれいな娘だ) 息子はしばらくの間、文句を言うのも忘れて見とれていました。 それでも二人がおどるたびに、稲はメチャクチャになってしまいます。(大切な稲を、許せねえ!) 息子は弓に矢をつがえて、飛び出しました。「やいやい! 何のうらみがあって、おらの田んぼを荒らすんだ。おどりをやめなければ、この矢を胸に打ち込むぞ!」 そのとたんに二人の娘はおどりをやめて、息子の前にきて頭を下げました。「どうか、お許しください。実はあなたにお会いしたくて、おどっていたのです」「何、おらに会うためだと?」「はい、こうして人間の姿になっていますが、わたしたちは実はあの山に住むツルでございます。ある日、一羽の大ワシがやってきて、私たちの仲間を次々と殺し始めたのです。このままでは、みんな大ワシに食われてしまいます。あなたは、弓の名人と聞きます。どうか大ワシを退治して、私たちを助けてください」 そう言うと二人の娘は、ツルの姿にもどりました。「そうか。よし、わかった。おらにまかせておけ」「それでは、わたしの背中に乗ってください」 息子が一羽のツルの背中に乗ると、もう一羽のツルが先頭になって山へ向かって飛んでいきました。 ツルの背中からおりた息子が岩かげにかくれていると、大ワシがゆっくり羽を動かしながら飛んできました。(あの大ワシだな。・・・今だ!) 息子は大ワシに狙いを付けて、矢を放ちました。 すると矢は風を切って、大ワシののどを見事につらぬきました。「ギャォォーー!」 大ワシはものすごい叫びとともに落ちてくると、頭から岩にぶちあたりました。 それを見た二羽のツルは、飛び上がって喜びました。 そしてあちこちにかくれていたツルの仲間も飛び出してきて、息子のまわりをうれしそうにはねまわりました。 息子がツルの背中に

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乗って田んぼへ戻ってくると、ふみ荒らされたはずの稲は元通りになっていて、見事な黄金色の穂がゆらゆらとゆれていました。 それからはどんなひどい天気の年でも、この田んぼだけは大豊作だったそうです。

828 親指太郎 むかしむかし、あるところに、おじいさんとおばあさんが住んでいました。 二人は何不自由ない暮らしをしていましたが、子どものいないのがさみしくてなりません。 そこで観音さま(かんのんさま)にお願いをすると、不思議なことにおばあさんの親指がみるみるふくらんできて、指の先からかわいらしい男の子が飛び出してきたのです。 その男の子は指から生まれただけに、指の大きさほどしかありません。 おじいさんとおばあさんは『親指太郎』と名づけて、男の子を大切に育てました。 ある日の事、川でささ舟に乗って遊んでいた親指太郎は、急に降ってきた大雨に流されると、海まで運ばれてしまいました。 するとそこへ大きなタイが現れて、親指太郎を一口で飲み込んでしまいました。「さて、どうしようか?」 親指太郎が出る方法を考えていますと、運の良い事にタイは漁師のアミにかかりました。「うまそうなタイだ。さっそく食おう」 漁師はタイをまな板の上にのせると、包丁をふりあげました。 タイといっしょに、切られてはたまりません。 そこで親指太郎がタイのお腹の中で、♪ステテコテンで スッテンテンと、おどり出すと、タイがまるで生きているようにはね回ります。「おや? こりゃ、中に何かがおるぞ」 漁師が用心深くタイの腹をさばくと、中から親指太郎が現れました。 親指太郎がこれまでの出来事を漁師に話すと、漁師はあわれに思って、親指太郎をおじいさんとおばあさんのもとへ連れて行ってくれました。 その後、親指太郎は鬼退治をして宝物を手に入れ、おじいさんとおばあさんに孝行(こうこう)をしたということです。

829 お坊さんにだまされたキツネ むかしむかし、ある村はずれに、一匹のキツネが住んでいました。 とてもずるがしこいキツネで、村人たちをだましては魚やあぶらあげをとっていました。 中でも一番よくとられるのは、お寺のお坊さんです。 お坊さんは村の家へお経をあげに行くたびに、もらってくるごちそうをキツネにだましとられていたのです。  ある日の事、お坊さんは道ばたで、昼寝をしているキツネを見つけました。(よし、今日はこっちが、キツネをだましてやろう) お坊さんは、寝ているキツネの肩をたたいて言いました。「だんなさん、だんなさん」 キツネはびっくりして飛び起きると、あわてて金持ちのだんなに化けました。「だんなさん。こんなところで寝ていると、キツネにだまされますよ。どうです? 二人で料理屋へごちそうを食べに行きませんか?」「ごちそう? そいつはいいですね」 キツネは大喜びで、お坊さんと一緒に町の大きな料理屋へ行きました。「さあ、どんどん食べて、じゃんじゃん飲んでくださいよ。いつもお世話になっているお礼に、今日はわたしがごちそうをしますから」 お坊さんはおいしい料理やお酒をどんどん運ばせて、自分もせっせと食べたり飲んだりしました。「いやあ、すまんのう」 だんなに化けたキツネも、お坊さんに負けずと料理を食べてお酒を飲みました。 やがて、すっかりお腹が一杯になったお坊さんは、「ちょっと失礼して、小便に行ってきます」と、言って、部屋を出ました。 それから女中さんに、こう言いました。「わしは、まだこれから行くところがあるので、すまんが大急ぎでおみやげを作っておくれ」「はい」 女中さんが、おみやげの料理を持ってくると、「そうそう、代金は食べた分と一緒に、だんなさんからもらっておくれ」と、言って、さっさと帰っていきました。 さて、部屋に残されたキツネは、(ずいぶんと、長いおしっこだなあ)と、思いながらも、一人でお酒を飲んでいました。 しかしお坊さんは、いつまでたってももどってきません。(おかしいな。何をしているのかな?) キツネはだんだん、心配になってきました。 そのうちにほかのお客さんはみんな帰ってしまい、残っているのはキツネだけになりました。 そこへ女中さんが来て、言いました。「だんなさん、申し訳ありませんが、そろそろお店も終わりますので」「そうか。ところでわしの連れのお坊さんは、どうした?」「はい。もうとっくに、お帰りになりましたよ」「なんだと! 帰っただって!」「ええ。それから料理とおみやげのお金は、だんなさんからいただくように言われました」(しっ、しまった。坊さんにだまされた!) キツネは、自分がだまされたことに気づきました。(どうしよう、どうしよう。困ったぞ) おろおろしているうちに、うっかり変身がとけてしまい、キツネは元の姿にもどってしまいました。「あっ、キ、キツネ!」 女中さんが大声で叫ぶと、その声を聞いてお店の人たちがかけつけてきました。「人間に化けてただ食いするなんて、とんでもないキツネだ!」「さあ、逃がすもんか!」 お店の人たちは、棒やほうきでキツネをなぐりつけました。「た、助けてくれえー」 キツネは店の中をぐるぐると逃げまわり、やっとの事で天井裏から外に飛び出しました。「それにしても、ひどいお坊さんだ。キツネを連れてくるなんて」 次の日、料理屋の主人はお坊さんのところへお金をとりに行きました。 ところがお坊さんは、すました顔でこう言いました。「そいつはお気の毒ですな。でもわしは、お前さんの店なんかに行ったことがないよ。きっとそのお坊さんも、キツネが化けていたんだろうよ」 それを聞いた料理屋の主人は、「あのキツネめ。今度見つけたら、ただではおかないぞ!」と、言って、くやしがったそうです。

830 身代わり地蔵 むかしむかし、高田庄中津留村(たかだのしょうなかつるむら)いうところに、年を取った母と息子が二人で暮らしていました。 息子は親孝行な上に信仰深く、毎日近くの地蔵堂をまいっては手を合わせるのです。 ある日の事、母親が重い病いにかかりました。 息子は懸命に看病しますが、母親の病気はいっこうに良くな

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りません。 そんなある晩、母が急に、「ああっ、ウリが食べたい」と、息子に言ったのです。「ウリか、よし、待っていろ!」 息子は家を飛び出しましたが、でも貧乏なのでウリを買うお金などありません。 あれこれと悩んだ息子はウリ畑に忍び込むと、母親に食べさせるためにウリを盗んでしまったのです。 次の晩、母親がまたウリを食べたいと言いました。 息子は仕方なく、またウリ畑へと出かけて行きました。 けれど運の悪い事に息子は畑の主人に見つかってしまい、怒った主人に持っていた刀で肩をきられてしまったのです。「ウギャーーー!」 息子は悲鳴をあげると、気を失ってしまいました。 しばらくして目を覚ました息子は切られた肩に手をやりましたが、不思議な事にどこにも切られた跡がありません。「おかしいな。夢だったのか?」 息子は頭をかしげながら、家に帰りました。 次の日の朝、いつものようにお地蔵さまにお参りした息子は、ふとお地蔵さまを見てびっくりです。 なんとお地蔵さまの肩のところに、刀で深く切られた跡があるではありませんか。「ああ、このお地蔵さまが、わしの身代わりになって下さったのか」 息子は深々と頭を下げて、お地蔵さまに手を合わせました。 やがてこの話しは広まり、このお地蔵さまは『身代わり地蔵』と呼ばれて、お参りをする人がいつまでも絶えなかったということです。

831 お嫁さんになれなかったウグイス むかしむかし、とても美しい娘さんが、毎日のように村へやってきました。 「なんて、きれいな娘だ。あの娘のむこになりたいな」 村の男たちは、みんなうっとりして娘さんを見つめました。 ある日の事、一人の男が、「おら、何としても、娘のむこになってやるぞ!」と、娘さんのあとをつけていったのです。 そうとは知らない娘さんは、村を出るとどんどん山の方へ行きます。(はて、どこまで行くのやら?) 男が不思議に思いながらもついていくと、山の中に立派な屋敷があり、娘さんはその中へ入っていきました。 男も急いで、屋敷に飛び込みました。(おや、誰もいないのかな?) 男がキョロキョロしていると、さっきの娘さんが出てきて言いました。「何か、ご用ですか?」 男は地面に手をついて、娘に言いました。「頼む! 何でもいう事を聞くから、おらをあんたのむこにしてくれ!」 すると娘さんは、にっこり笑って言いました。「わたしは、この屋敷に一人で住んでいます。もしむこになりたかったら、三年の間、わたしのいるところを見ないで働いてください」「わかった、約束する」 男は喜んで、さっそくこの屋敷で働くことにしました。 でも娘さんは奥の部屋にこもったきりで、二度と姿を見せません。 まきを割ったり、水をくんだりと、男は毎日一生懸命働きましたが、さみしくてたまりません。 それでもがまんして、娘との約束を守りました。 そしていよいよ、あと六十日で三年になるという時、男はどうしても娘さんを見たくてたまらなくなりました。(たったひと目、ひと目だけなら大丈夫だろう) 男はこっそり、娘さんのいる奥の部屋に行きました。 部屋の前に立つと、中から静かにお経を読む娘さんの声が聞こえてきます。(お経か? どうしてお経なんか読むのかな? まあいいか) 男はどきどきしながらふすまを少し開けて、そっと中をのぞいてみました。 すると娘さんは大きな三方の上に座って、一心にお経を読んでいました。 三方というのは、おもちやおそなえものをのせる台です。 部屋の中だというのに娘さんの隣には梅の木が立っていて、美しい花が咲いていました。 男がびっくりしてふすまを閉めようとすると、それに気づいた娘さんが急に泣き出しました。 男はあわてて、娘さんのそばへ行くと謝りました。「かんべんしてくれ。ただ、あなたをひと目見たくて」 すると娘さんは、涙をこぼしながら言いました。「わたしは、ウグイスです。あと六十日で一緒になれるというのに、どうして約束を守ってくれなかったのですか? このお経を読んでしまわないうちに人に姿を見られては、もう人間になることは出来ません」 そのとたん娘さんが飛び上がり、男は気を失ってしまいました。 しばらくして男が目を開けると娘さんの姿も屋敷もなく、山の中に一人でぽつんと座っていました。 男のそばには古い梅の木があり、花の咲いた枝の上で一羽のウグイスが鳴いていたそうです。

901 舌切りすずめむかしむかし、あるところに、おじいさんとおばあさんがいました。 心のやさしいおじいさんは、一羽のスズメを飼っていました。 ある日、スズメがおばあさんがつくったノリを、ツンツンと突いて食ベてしまったのです。「このいたずらスズメ!」 怒ったおばあさんはスズメをつかまえると、なんとハサミでスズメの舌を切ってしまいました。 チュッ、チュッ、チュッ! スズメは泣きながら、やぶの中へ逃げていきました。 間もなくおじいさんが仕事から帰ってきましたが、スズメの姿が見えません。「おばあさん、わしのスズメはどこにいったかの?」「ふん! あのいたずらスズメ。わたしのノリを食べてしまったから、舌をハサミで切ってやったわ」「なんと、かわいそうに・・・」 心のやさしいおじいさんは、舌を切られたスズメの事が心配でなりません。「大丈夫だろうか? ごはんはちゃんと、食べているだろうか? ・・・よし、探しにいこう」 おじいさんはスズメの逃げたやぶに、スズメを探しに行きました。「おーい、おーい。スズメやスズメ。舌切りスズメは、どこにいる?」 するとやぶのかげから、チュンチュンとスズメの鳴く声がします。「おじいさん、ここですよ。スズメの家はここですよ」 やぶの中から、スズメたちが大勢現れました。 見ると、舌を切られたスズメもいます。「おおっ、すまなかったな。どれ、舌は大丈夫か? ・・・ああっ、よかった。これなら大丈夫だ」 スズメの舌を見て、おじいさんはホッとしました。「ありがとう、おじいさん。さあさあ、わたしたちの家で休んでいってくださいな」 スズメたちは、みんなでおじいさんをスズメの家へ連れて行きました。 そしてみんなでスズメ踊りをしたり、おいしいごちそうをたくさん出してくれました。 おじいさんは、大喜びです。「それでは暗くならないうちに、おいとまをしよう。スズメさんたち、ありがと

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う」 おじいさんがお礼をいって帰ろうとすると、スズメたちは大きなつづら(→衣服などを入れるカゴ)と小さなつづらを持ってきました。「おじいさん、おみやげにどちらでも好きな方を持っていってくださいな」 スズメたちが、言いました。「ありがとう。でも、わたしはこの通りおじいさんだから、あまり大きなつづらは持つ事が出来ない。小さい方を、いただくとしよう」 おじいさんは小さなつづらをおみやげにもらうと、背中に背負って帰っていきました。 そして家に帰ってスズメのおみやげを開けてみると、なんと中には大判小判に宝石やサンゴなどの美しい宝物がたくさん入っていたのです。  スズメたちはやさしいおじいさんに、みんなでお礼のおくり物をしたのです。「まあ、まあ、まあ、なんていい物をもらったんでしょう。わたしもほしいわ」 スズメのおみやげを見て、おばあさんはうらやましくてなりません。「どれ、わたしも行って、もらってこようかね」 おばあさんは、スズメの家へ出かけていきました。 そしてスズメの家に、無理矢理入ると、「ごちそうも踊りも、いらないよ。すぐに帰るから、はやくみやげを持ってくるんだよ」「はい、では、大きいつづらと小さいつづら・・・」「大きいつづらに、決まっているだろ!」 おばあさんは大きいつづらを受け取ると、急いで家へ帰っていきました。「しかし、なんとも重たいつづらだね。でもそれだけ、お宝がたくさん入っている証拠だよ」 家までもう少しでしたが、おばあさんはつづらの中にどんな物が入っているのか見たくてなりません。「どれ、何が入っているか、見てみようかね」 おばあさんは道ばたでつづらを下ろすと、中を開けてみました。「きっと、大判小判がザックザクだよ。・・・うん? ・・・ヒェー!」 なんとつづらの中には、ムカデにハチにヘビ、そして恐ろしい顔のお化けたちがたくさん入っていたのです。「たっ、助けておくれー!」 おばあさんは一目散に、家へ逃げ帰りました。 そしておじいさんに、この事を話すと、「おばあさん、かわいいスズメの舌を切ったり、欲張って大きなつづらをもらったりしたから、バチがあたったのだよ。これからは、生き物を可愛がっておやり。それから決して、欲張らないようにね」 おじいさんはおばあさんに、そう言いました。

902 歯をボロボロにされた鬼むかしむかし、ある山奥に、一匹の鬼が住んでいました。 鬼は毎日のようにふもとの村にやってきて、畑を荒らし回り、家にある食べ物を手当たりしだいに食べるのです。「そのうちに、わしらも殺されてしまうかもしれない」「なんとかしないと、村は全滅だ」 村の人たちはすっかり困ってしまい、畑仕事も手につきません。 そこで寺の和尚(おしょう)さんに相談して、鬼が来ると寺へ連れて行き、酒を飲ませてごちそうを食べさせることにしたのです。 おかげで畑は荒らされなくなりましたが、今度はごちそう作りが大変です。 村人たちが交代でごちそうを作り、酒を用意しなくていけないのです。 鬼は毎日寺へやってきて、大酒を飲み、腹いっぱいごちそうを食べたあと、本堂で大の字に寝て、ものすごいいびきをかきます。 それを見ていると、なさけないやらくやしいやら、いっそひと思いに殺してやろうとしましたが、「まて、まて。いくら鬼とて、命あるものを殺すわけにはいかない。わしにまかせておけ」と、和尚さんが言うので、村人たちは何とかがまんしていました。 ある日の事、和尚さんが、「今日は鬼に出すごちそうに、白い石を四角に切った物と、竹の根を輪切りにした物を用意するように」と、言いました。 鬼はいつものように地ひびきをたてながら、寺にやってきました。「さあ、どうぞどうぞ」 和尚さんは鬼を本堂に案内すると、大きなおぜんの前に座らせて、「今日は酒のさかなに、とうふと竹の子を用意しました」と、言って、白い四角の石と竹の根を輪切りにした物を出しました。 それから自分のおぜんの上には、本物のとうふと竹の子の煮物を置いたのです。「ほう、これはうまそうだ」 鬼はいつものように酒を飲み、とうふと言われた白い石をほおばりました。 ガシン! ところが、その石の固い事。 必死になってかみくだいたら、鬼の歯がボロボロになってしまいました。「なんて、固いとうふじゃ。・・・うん?」 ふと和尚さんの方を見てみると、さもおいしそうにとうふを食べています。 和尚さんは続いて、竹の子の煮物を口に入れると、これまたおいしそうに食べました。 鬼も同じように竹の根の輪切りを口に入れましたが、固くて固くてやっぱり歯がたちません。 それでも人間に負けてなるものかと思い切ってかみくだいたので、残っている歯もボロボロになってしまいました。 さすがの鬼もビックリして、和尚さんに言いました。「こんな固い物を、よく平気で食べられるもんだ」 すると和尚さんは、にっこり笑って言いました。「なあに、人間の歯は鉄より固く、何だってかみくだく事が出来る。なんなら、お前さんの腕にかみついてみようか?」「と、とんでもない!」 鬼は、あわてて手をふりました。「そればかりじゃない。地面だってひっくり返す事が出来るぞ。あれを見てみろ」 和尚さんが、麦畑(むぎばたけ)の方を指さしました。 見ると昨日まで黄色く実っていた麦は一本もなく、畑はすっかりたがやされて黒々とした土になっていました。(なるほど、人間というのは恐ろしい力を持っているものだ。そうとは知らずに畑を荒らしたり、ごちそうを食べていたりしていたが、もしかするとわしを安心させて捕まえるためかもしれないぞ) そう思うと鬼は急に怖くなり、そのまま山奥に逃げ込むと二度と姿を見せることはなかったという事です。

903 かしこい子ども むかしむかし、太吉(たきち)と言う子どもが、おじいさんと二人で暮らしていました。 この太吉はとてもかしこい子どもで、村のみんなから、「日本中を探しても、あんなにかしこい子はおらん」と、言われるほどです。 そのうわさを聞いた殿さまが、「よし。その小僧をよびつけて、一度ためしてみよう」と、太吉を城

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によんで、一つのようかんを二つに切って食ベさせました。 太吉がようかんを食べ終わると、殿さまがたずねます。「ようかんは、おいしかったかな?」「はい、とてもおいしいようかんでした」「そうか、ではどちらのようかんが、よりおいしかったかな?」 どちらも同じようかんなので、どちらもおいしさは一緒です。 太吉がどう答えるか殿さまがじっと見ていると、太吉は『ポン』と両手をうって、「お殿さま。どちらの手がなりましたかな?」と、言いました。 これは、見事な切り返しです。 殿さまは太吉のかしこさをみとめると、太吉にたくさんのほうびを持たせて返しました。 さて、ある日の事。 おじいさんが一人で畑に出てクワで土をおこしていると、馬に乗った侍(さむらい)がやってきました。 侍は馬の上から、おじいさんに言いました。「これ、じじい。お前は畑をおこしておるようじゃが、けさからいくクワおこしたか言ってみろ」 そんな事をいきなり聞かれても、わかるはずがありません。 おじいさんがポカンとしていると、「また、明日まいる。それまでに、とくと考えておけっ!」と、言い残して、侍は行ってしまいました。 ちょうどそこヘ、孫の太吉がやって来ました。「じいちゃん、どうした? うかぬ顔をしとるが」「うん。実はな・・・」 おじいさんがさっきの出来事を説明すると、太吉は笑って言いました。「なーんだ。そんな事、困る事はないぞ。 どうせ証拠(しょうこ)はないんだから、てきとうに、そうだな、『五万八百クワおこした』と、言えばいいんだ。 そしてその侍に、『あなたのお馬の足は、ここにおいでになるまでいく足あがりましたか?』と、そう聞いてやるんじゃ」「なるほど」 次の日、おじいさんが畑で待っていると、きのうの侍がやってきました。「これ、じじい。きのうのクワの数は、思い出したか?」「ヘえ、思い出しました。きのうは、五万八百クワおこしました。ところでお侍さま、あなたのお馬の足は、ここヘおいでになるまでにいく足あがりましたかな?」「なに?」 聞かれた侍はしばらく考えていましたが、やがてニヤリと笑いました。「それは、お前の考えではあるまい」「はい、孫の太吉が、教えてくれましたので」 おじいさんが正直に答えると、侍はふところから小さな紙包みを取り出しました。「評判通り、太吉はかしこい子じゃ。ほうびに、これを一ぷくとらせよう。殿さまからのいただき物じゃ」「これは?」「その薬を、お前の孫に飲ませてみよ。もっともっと、かしこい子になるぞ」 侍はそう言うと、帰っていきました。 おじいさんは喜んで家に帰ると、太吉に薬を渡して言いました。「太吉や、この薬を飲むと、もっともっとかしこい子になるそうな」 しかし太吉は、「じいちゃん、そんな薬が、あるはずないだろう」と、言って、薬を庭ヘすてると、おじいさんに言いました。「じいちゃん、もしまた侍が来たら、こう言うんだよ」 次の日、おじいさんが畑仕事をしていると、またあの侍がやってきました。「これ、じじい。きのうの薬を、太吉に飲ませたか?」 侍が聞いてきたので、おじいさんは太吉に言われたとおりに言いました。「はい、いただきましてございます。 あの薬を飲みますと、孫は今までよりもかしこうなりました。 おかげさまで、こんなうれしいことはござりません」 おじいさんがうれしそうにおじぎをすると、侍は不思議そうに首をかしげました。「はて、そんなはずは」 侍はきのうと同じ薬を取り出すと、自分でコクンと飲みました。 すると、間もなく。 ドデン! 侍は馬から落ちて、死んでしまいました。

904 木仏長者(きぼとけちょうじゃ)むかしむかし、貧乏な男が、長者といわれる大金持ちの家で働いていました。 長者の家には、立派な金の仏さまがあります。 男はたいへん信心(しんじん→神仏を信仰する気持ち)深くて、「なんて立派な仏さまだろう。自分もあんな仏さまを持っておがみたいものだな」と、思っていました。 ある日の事、男は山へ仕事に行って仏さまそっくりの木の切れはしを見つけると、ひろって持って帰りました。 そして自分の部屋に、おまつりしたのです。 男は毎日、自分のおぜんをお供えして木の仏さまをおがみました。 でも、ほかのみんなはそれをバカにして、男をいじめるのです。 男はとてもよく働くので、このままいじめられてよそにいかれては大変と、長者はこんな事を考えました。「お前さんのおがんでいる木の仏さまと、わしの持っている金の仏さまとを、一度、すもうをとらせてみようではないか。木の仏さまが負けたなら、お前は一生、わしのところで働くんだ。その代わり、もしわしの金の仏さまが負けたなら、わしの持っている財産はみんなお前にやろう」 男は、びっくりです。 さっそく木の仏さまの前へ座ると、手を合わせて言いました。「大変な事になりました。あなたさまと金の仏さまとが、おすもうをおとりになるのです。どうしましょう?」 すると木の仏さまは、男に言いました。「心配するな。強い相手だが、わしは勝負をしてみるよ」 いよいよ、すもうをとる日です。 大きな部屋で、金の仏さまと木の仏さまは向かい合って立ちました。 長者は二つの仏さまに、勝負に負けるとどうなるかを説明すると、「さあ、始め! はっけよい、このった!」と、うちわをあげて、開始の合図をしました。 すると二つの仏さまはグラグラと動き出して、近寄って組み合いました。 押したり押されたり、なかなか勝負がつきません。 長者も使用人の男も、ハラハラしながら応援(おうえん)しました。「金の仏さま負けるな!」「木の仏さま負けるな!」 最初の方は金の仏さまが優勢でしたが、そのうちに金の仏さまの体中が汗でびっしょりになってきたのです。 汗だけでなく、足もフラフラです。 これは大変と、長者は大きな声で叫びました。「金の仏さまが、そんな木ぎれの仏さまに負けてどうするのです! がんばってください! がんばってください!」 けれど金の仏さまは、とうとう倒れて負けてしまいました。 疲れ果てて、起きあがる力もありません。 その間に木の仏さまは、今まで金の仏さまがまつられていた仏壇の上へあがって座りました。「ありがたい、ありがたい」 みんなは、その木の仏さまをおがみました。 負けた長者は、約束通りに家を出ていきました。 長者の家は、もう使用人の男が主人です。 金の仏さまを抱いた長者は、野原をトボトボと歩いていきました。 そして、金の仏さまに言いました。「お前さんは、ど

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うしてあんな木切れの仏さまなんかに負けたのだね」 すると、金の仏さまは答えました。「相手は木の仏だが、毎日毎日、おぜんを供えてもらって信心されていた。それなのに、わたしは一年に、ほんの二度か三度、お祭りの時におぜんを供えてくれただけ、それにお前さんは信心もしてくれない。力が出ないのは、当たり前ではないか」 金の仏さまは、悲しそうに泣きました。「・・・・・・」 長者は、返す言葉がありませんでした。

905 うわばみ退治 むかしむかし、吉四六さんと言う、とてもゆかいな人がいました。 ある日の事、吉四六さんは畑でとれた小麦(こむぎ)を村はずれの水車(すいしゃ)小屋に持って行って、粉にしてもらいました。「これで、うまいうどんでも作って食べよう」 ごきげんで家に帰ろうとすると、突然うわばみ(→大蛇)が現れたのです。 うわばみは大きな口を開けて、吉四六さんを飲み込むつもりです。「うへぇっ!」 いかに吉四六さんがとんちの名人でも、うわばみにとんちは通じません。 吉四六さんが慌てて逃げ出すと、うわばみも追いかけて来ました。 さいわい松の木があったので、吉四六さんは松の木によじ登りましたが、うわばみはなおもしっこく追いかけて来て、大きな口をアングリと開けました。「こりゃあ、もう駄目だ。なむあみだぶつ」 その時です。 ガタガタと震えていた吉四六さんのふところから、大事にしまっていた粉の包みが落ちてしまい、それがうわばみの口にすっぽりと入りました。 びっくりしたうわばみは、自慢のキバで粉の包みを噛み破ったからたまりません。 ゴホッ、ゴホホホゴホ。 ハックショーン、ゴホゴホ、ハックショーン。 うわばみは、せきとくしゃみをしているうちに粉を喉に詰まらせて、バッタリと死んでしまったのです。 さて、この事が村人に知れ渡ると、村人たちは大いに吉四六さんを褒め称えました。「粉の包み一つでうわばみを退治するとは、さすがは吉四六さんじゃ」「よくぞ、あの厄介者のうわばみを退治してくれた」 でも、吉四六さんはあまりうれそうではありません。(まったく、今回はただ逃げていただけで、とんちを使うひまもなかった。・・・おもしろくねえ) 吉四六さんは、そんな人です。 

906 カニの餅つき むかしむかし、いじわるなサルが、カニのところへやってきました。「カニさん、カニさん。今日はいいお天気だから、いっしょに田んぼへ行かないか?」「いいけど、田んぼに何をしに行くの?」「もち米の、落ち穂(ほ)をひろいにさ。たくさん集めてもちをついて、二人でドッサリと食ベよう。つきたてのもちは、おいしいぞ」「わあ、つきたてのおもちか。いいなあ、いこう、いこう」「じゃあ、カニさんはこのカゴをしょいな。ぼくは、こっちのカゴだ」 サルとカニはカゴを背負って、田んぼへ急ぎました。 カゴの大きさは同じでしたが、カニのカゴにはサルが穴が開けていました。 サルとカニは、田んぼにつきました。「よーし、がんばるぞ」 カニはあちこち走り回って落ち穂をひろい、自分のカゴにポイポイ投げこみました。 けれどもカニのカゴには穴が開いているので、ひろった落ち穂はポロポロとこぼれ落ちてしまいます。(よしよし、カニの落とした落ち穂をひろえば楽ちんだ) サルはカニの後をついて回り、こぼれ落ちた落ち穂をヒョイヒョイとひろいました。 そしてサルのカゴがいっぱいになったころ、サルがカニに聞きました。「おーい、カニさん。たくさんひろったかい?」「うん、たくさんひろったよ。・・・あれ?」 カニはハサミをカゴにつっこんでみましたが、ひろったはずの落ち穂は少ししかありません。「あれ? まだたまってないや」「何をやっているんだい。ぼくなんか、こんなにいっぱいにひろったのに!」「・・・ごめん」「しょうがない。ぼくのを分けてあげるよ。ただし、きみはなまけたバツとして、臼(うす)ときねを用意するんだ。それからもちをつくのも、きみの仕事だよ」「うん、わかった」 カニは家に帰ると、重い臼ときねを持ってきました。 それから一人で、ペッタンペッタンと、もちつきを始めました。 そのあいだサルは、のんびりと昼寝です。「ふーっ、やっと出来たよ」 カニはがんばって、やわらかくておいしいもちをつきあげました。「ごくろうさん」 昼寝から起きたサルはカニがつきあげたもちを全部かかえて、スルスルスルとカキの木にのぼってしまいました。 そして一人で、もちをパクパクと食ベはじめたのです。「サルさん、ずるいじゃないか」「ほしけりゃ、ここまで登っておいで」 サルはできたてのもちをカニに見せびらかせながら、うまそうに食ベます。「サルさん、一つでいいからくれないか」「ほしけりゃ、ここまでのぼっておいで」「のぼれないから、投げておくれよ」「いやだね。ほしけりゃ、ここまでおいで」「うーん、くそー」 カニは、くやしくてたまりません。 そのうちにある事を思いついたカニは、わざと聞こえるような声でつぶやきました。「そう言えば、もちは枯れ枝にかけて食ベるとずっとおいしくなると、おじいさんが言っていたな」 それを聞いたサルは、もちのかたまりをそばの枯れ枝にヒョイとかけました。 するともちの重みで枯れ枝はポッキリおれて、もちは下にいたカニの前にドスーンと落ちました。 カニはもちをハサミで持ちあげると、すぐに自分の穴へ入りました。「しまった」 サルはあわてて木から飛びおりると、カニの穴の入り口にかけつけました。「ねえカニさん、もちを少しわけておくれよ」「ほしけりゃ、ここまで入っておいで」「穴が小さくて入れないから、投げておくれよ」「いやだね。ほしけりゃ、ここまで入っておいで」「よーし、そっちがその気なら」  怒ったサルは、カニの穴にお尻を向けました。「穴の中に、おならをしてやるからな!」 するとカニは穴からハサミを出して、サルのお尻の毛をむしりました。「痛いっ。いててててっ!」 サルはお尻をかかえると、そのまま逃げていきました。 この時からです、サルのお尻は毛がなくなってまっ赤になったのは。

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907 福の神になった貧乏神むかしむかし、働き者なのに、とても貧乏な夫婦がいました。 ある年のくれ、二人が大掃除をしていると、やせたネズミのような物が神棚(かみだな)から出てきました。「わしは、貧乏神(びんぼうがみ)だ、お前たちがあんまりまじめに働くから、わしはこの家を出て行くよ。たっしゃでな」 そう言って貧乏神は、ヨタヨタと歩き出しました。 すると夫婦は、「貧乏神と言っても、神さまにはかわりありません。どうか、この家にいて下さい」「うん? わしは、貧乏神だぞ」「はい、貧乏神さま。大切にしますので、どうかお願いいたします」と、言って、無理矢理(むりやり)に貧乏神を神棚に押し戻しました。 それから夫婦は毎日神棚に食べ物を供えて、コツコツとまじめに働き続けました。 やがて気がつくと、いつの間にか夫婦はお金持ちになっていました。 そこで倉(くら)のある、大きな家をたてました。 今日は、引っ越しの日です。 夫婦は、神棚に向かって言いました。「さあ、貧乏神さま。一緒に新しい家に参りましょう」 すると神棚からは、きれいな着物を着た神さまが出てきたのです。「お前たちのおかげで、これこの通り。礼を言うぞ。これからもよろしくな」 夫婦に大切にされた貧乏神は、いつのまにか福の神になっていたのです。

908 犬と鏡 むかしむかし、吉四六さんと言う、とてもゆかいな人がいました。 ある年の暮れの事、吉四六さんがお正月に必要な物を町へ買いに来ていると、突然横道から女の子の泣き声がして、続いて大勢の子どもたちが騒ぐ声が聞こえて来ました。「はて、何事だろう?」 吉四六さんが急いでその横道に入ってみると、子どもたちがある侍屋敷の裏門の周りに集まって騒いでいるのです。 後ろからのぞいてみると、門のわきにつないである一匹の猛犬が、きれいなマリをくわえて子どもたちをにらみつけながら、「ウー! ウー!」と、うなり声をあげているのです。 吉四六さんが子どもたちに話を聞いてみると、この町の油屋の娘が落とした大切なマリを、犬がくわえて放さないというのです。 子ども好きの吉四六さんは、泣いている油屋の娘に言いました。「よしよし、心配するな。おじさんが取ってやるからな」 吉四六さんは犬に手を出して、犬をなだめようとしましたが、「ウッーー!」 犬はせっかく手に入れたおもちゃを取られると思い、ちょっとでも近づくと噛みつく姿勢を取ります。「こりゃ、知らない人では駄目だな。飼い主でなくては」 吉四六さんは家の中に声をかけましたが、あいにくとみんな出かけているらしく、家には一人もいません。「こうなると、エサでつるしかないな」 そこで吉四六さんは、正月用に買ってきたおもちを一つ、犬に放り投げたのですが、この犬は普段から良くしつけてあるので、飼い主がやるエサしか食べないようです。 さすがの吉四六さんも、相手が犬ではいつものとんちが働きません。 油屋の娘を見ると、吉四六さんが何とかしてくれると思い、真っ直ぐな目でじっと吉四六さんを見つめています。「うーん、これは難題だな」 しばらくの間、犬の顔をじっと見つめていた吉四六さんは、「あ、そうだ! 確か買った物の中に、嫁さんに頼まれていたあれがあるはず」 吉四六さんは荷物の中から何かを取り出すと、すたすたと犬に近づいて、取り出したある物を犬の鼻先にさし向けました。 すると犬は驚いて、「ワン!」と、吠えたのです。 そのとたんマリは犬の口から離れて、コロコロと吉四六さんの前に転がってきました。 吉四六さんは素早くマリを拾い上げると、喜ぶ油屋の娘にマリを返してあげました。「おじさん、ありがとう。でも、何で犬はマリを放してくれたの?」 尋ねる油屋の娘に、吉四六さんはさっき犬に見せた物を見せました。「あ、かがみだ!」 犬はかがみに映った自分の姿を見て、かがみの中に別の犬がいると思い、その犬に向かって吠えたのでした。

909 絵すがた嫁さん むかしむかし、働き者の若者がお嫁さんをもらいました。 とってもとっても、きれいなお嫁さんです。 若者はうれしくてうれしくて、毎日お嫁さんの顔をながめてばかりで仕事をしません。 こまったお嫁さんは自分の顔を絵師にえいてもらい、その絵を渡して言いました。「あなた。これからはこの絵を見ながら、仕事をして下さいな」 その日から若者は田んぼのそばの木にその絵をはり付けて、毎日せっせと働きました。 そんなある日の事、ヒューと風が吹いてきて大切なお嫁さんの絵が飛んでいってしまいました。 その絵はヒラヒラ飛んで、お城の殿さまの庭に落ちました。 そしてその絵を見た殿さまは、ビックリです。「・・・なんと、なんとうつくしい。すぐにこの女の人を探して、ここに連れてくるんくだ」 間もなく若者の家に殿さまの家来がやってきて、お嫁さんを無理矢理(むりやり)お城へ連れて行きました。 その時、お嫁さんは急いで若者に言いました。「あなた。アメ屋になって、お城に来て下さい」 さて、お城に行ってからのお嫁さんは、毎日泣いてばかりです。「おいおい、泣くな。めずらしい菓子をやろう」「エーン、エーン・・・」「それでは、これはどうだ? 百両はするにしきだぞ」「エーン、エーン・・・」 殿さまは、ほとほと困ってしまいました。 するとそこへ、若者がアメ屋になって歌を歌いながらやってきました。♪トントコ、トントコ。♪アメ屋でござる。♪トントコ、トントコ。♪アメ屋でござる。 これを聞いたお嫁さんは「オホホホホホッ」と、うれしそうに笑いました。「そうか、お前はアメ屋の歌が好きなのか。それならわしが、歌ってやろう」 殿さまはアメ屋を呼ぶと、着ている着物を取り替えさせました。 そしてアメ屋のかっこうをした殿さまは、身振り手振りで歌います。♪トントコ、トントコ。♪アメ屋でござる。♪トントコ、トントコ。♪アメ屋でござる。 その時、家来がやってきました。「こら、アメ屋は城に入ってはいかん。すぐに出ていけ!」 こうして殿さまはお城の外に追い出されてしまい、二度と戻ってこれませんでした。 そして殿さまになった若者とお嫁さんは、お城で幸せに暮らしたのです。

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910 彦一の生き傘 むかしむかし、彦一(ひこいち)と言う、とてもかしこい子どもがいました。 彦一の家には、生き傘(かさ)といわれる不思議(ふしぎ)な傘があるとのうわさが流れました。 なんでも雨が降ると自然に開き、天気になるとすぼむというのです。 うわさはどんどん広まって、とうとうお城の殿さまの耳にも届きました。「それほどめずらしい傘なら、ぜひ手に入れたい」 殿さまはさっそく彦一の家に使いを出しましたが、彦一は断りました。「これは、家の家宝です。いくら殿さまでも、ゆずるわけにはいきません」 だめだと言われると、殿さまはますますその傘が欲しくなりました。「ならば、ならば傘を買い取ろう。金はいくらでも出すぞ」「・・・わかりました。いつもお世話になっている殿さまには逆らえません。そのかわりにお礼は、たんといただきます」 こうして彦一は、傘と引き替えに殿さまから大金をもらいました。 さて、殿さまは彦一から生き傘を手に入れたものの、この頃はお天気続きで雨が降りません。 はやく雨が降って傘が開くところを見たいと、殿さまも家来たちも毎日イライラしていました。 そして彦一から傘を手に入れてから、十日後の事です。 ついに念願(ねんがん)の雨が、降ってきました。 ところがどうしたことか、いくら雨が降っても傘はいっこうに開きません。「どうした? 雨が降ったのに、なぜ開かぬ。だれか、彦一を呼んで参れ!」 殿さまは、さっそく彦一を呼びつけると、「このうそつきめ! 雨が降ったのに、傘はいっこうに開かんじゃないか!」と、カンカンに怒りました。 ところが彦一は傘を見ると悲しそうな顔をして、殿さまにたずねました。「かわいそうに、こんなにやせてしまって。・・・殿さま。この傘に、何か食べ物は与えましたか?」「なに? どういう意味だ?」「おおっ、やっぱり。・・・殿さま、この傘はうえ死にしとります。傘とはいえ、生きとるものには、必ず食いもんがいります。注意しなかったおらも悪かったが、お城にはこれだけの人がいて、だれもその事に気づかなかったのですか?」 そう言って彦一、ワンワン泣き出しました。「・・・・・・」これには殿さまも、返す言葉がありませんでした。

911 白米城むかしむかし、山の上に小さなお城がありました。 このお城に、隣の国が突然攻めてきました。 (敵の軍勢(ぐんぜい)は、ながい城攻めで疲れておろう。いまひといきがんばれば、あきらめて囲みをとくやもしれぬ) お城の殿さまがそう思っていたところヘ、家来がかけつけてきて言いました。「お殿さま、大変でございます。城の水が、なくなってしまいました」「なに、水がない!」 殿さまは、サッと顔色を変えました。「米のたくわえは十分じゃが、水がなくてはどうにもならん。いよいよ、おしまいか」 そこへ、そばにいた大将の一人が言いました。「殿。このうえは、みなみな討死(うちじに)と覚悟(かくご)をきめ、すぐさま敵の中ヘうって出る事にいたしましょう」「・・・それしか、あるまい」 殿さまの許しをうけた大将が、最後の合戦を味方の兵に知らせようと本丸(ほんまる→城の中心)から下ヘおりてきたとき、百姓(ひゃくしょう)あがりのウマ引きの男が言いました。「だんなさま。死ぬ事は、いつだって出来ますだよ。それよりも、わしに考えがありますで」 そう言ってウマ引きは、考えを大将の耳にささやきました。 すると大将は、「よし、ものはためしということもある。みなの者、城にある米を残らず集めよ」と、城中から米を集めると、残らすウマを洗う大きなたらいの中に入れられました。 そして白い米の入った大きなたらいを城の中から持ち出すと、ウマを何頭も連れてきました。 そこは南向きの日当たりのいいところで、敵の陣地(じんち)からは一番よく見えるところです。 そしてウマの世話をする家来たちがたらいの中から手おけで白米をすくうと、ザーッ、ザーッと、ウマの背中にかけてウマを洗うふりをしました。 このようすを遠くから見ていた敵兵は、おどろいたのなんの。「何と、水のたくわえもなくなって降参(こうさん)してくると思ったのに、あのようにおしげもなく水をつかってウマを洗うとは。こちらのたくわえは、残りわずか。・・・仕方ない、ひきあげよう」 こうして敵は、自分たちの国ヘひきあげていったそうです。 さて、なぜ敵が米と水を見間違えたかと言うと、陣地から見るとウマにふりかける米がお日さまにキラキラひかって、ちょうど水に見えたからです。 この事があってから人々はこの小さな山城の事を、白米城とよぶことになったということです。

912 へっこき嫁さんむかしむかし、村の息子がお嫁さんをもらいました。 働き者でかわいいお嫁さんなので、息子もお母さんも大喜びです。 ところがそのうち、お嫁さんの元気がだんだんなくなってきました。 心配したお母さんがたずねてみると、お嫁さんははずかしそうに言いました。「実は、へをがまんしていて、お腹が痛いのです」「へ? あははははっ。なんだ、そんな事なら遠慮(えんりょ)しないで、さあ、おやりよ」 するとお嫁さんは、着物をサッとまくって言いました。「では、いきます」 ブッホーーーーン!「ヒャアアアー! 助けてー!」 なんと、への勢いで、お母さんは吹っ飛ばされてしまいました。 怒ったお母さんは、息子に言いました。「こんな嫁は、追い返しておしまい!」 そこで仕方なく、息子はお嫁さんを実家まで送ることにしました。 その途中の山道で、カキの実を取っている旅人がいました。 でもカキの実は高いところにあるので、どうしても手が届きません。「それなら、わたしにまかせて」 お嫁さんは着物をまくって、お尻をカキの木に向けると。「では、いきますよ」 ブッホーーーーン! カキの木はユラユラゆれて、カキの実がたくさん落ちてきました。 喜んだ旅人は、お礼にたくさんのお金をくれました。 へでお金がもらえるなんて、息子はびっくりです。「こんなに役に立つ嫁さんは、返すのがもったいない」 息子はお嫁さんを連れて、ま

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た村に帰りました。 そして息子は、お嫁さんが遠慮なしにへが出来るところを作ってやりました。 それが、「へや」の始まりだそうです。

913 一袋の米 あるとき、お城につかえる曽呂利(そろり)さんが、秀吉公(ひでよしこう→豊臣秀吉)にこんなお願いをしました。「私の町は貧しい人が多く、みんな毎日食べるものに困っています。そこで殿さまのおなさけをもちまして、紙袋一ぱいほどの米を分けてやりたいと思います。どうぞお許しくださるよう、お願いいたします」「紙袋一杯の米じゃと? 何じゃそのくらい。お前の好きなようにせい」「あのう、それが大きな袋でして」「たかが、紙の袋じゃ。好きなだけもたせてやれ」「はあ。さすがは、おなさけ深いお殿さまでございます。町の者も、さぞかし喜ぶことでしよう」 曽呂利はペコぺコおじぎをして、秀吉公の書付(かきつけ→江戸時代、将軍や老中の命令を伝えた公文書)をおしいただいてお城をさがりました。 それから、十日ほどたったある日の事です。「殿さま、大変でございます」と 家来が、秀吉公のところへかけつけてきました。「いかがいたした?」「ちょっと、それがその、口では説明しにくいので見てください。・・・ああ、あれです」 家来が指さす方を見ると、秀吉公の米倉の中の一つに、それは大きな紙の袋がすっぽりかぶさっています。 そして大勢の町人が、米倉からどんどんお米を運び出しているのです。 おどろいた役人が止めようとすると、あの曽呂利が殿さまの書付をみせて役人を下がらせます。「殿、あのとおりです」「ううむ・・・」「あのぶんですと、かなりたくさんの米が出ていってしまいます。ここは何とかしないと、大変なことになります」 しかし秀吉公は怒るどころか、おもしろそうに笑いました。「ふむ、ふむ、なるほど。これはけっさく。おもしろいわい」「殿、笑っている場合ではございません。早く、止めてくださいますよう」「まあ、よいではないか」「しかし、あんなにどっさりのお米を」「よいよい。わしはあいつと約束をしたのだ。すてておけ。・・・それにしても曽呂利のやつ、でっかい袋を作ったもんじゃ。うひゃははははは」 次の朝、曽呂利がお城にやって来ました。「殿さま、昨日はありがとうございました」「よい、礼にはおよばん。それにしても、すごい袋をつくったものだ」「はい。あれだけで十日ほどもかかりました。いただきました米は、荷車で百二十台分ございました。お約束通り町の貧しい人達に、『これは、おなさけ深い殿さまからのお米だ』と言って分けてやりました。みんな、涙を流して喜こんでくれました。殿さま、曽呂利からもお礼申し上げます」「でかした。さすがは曽呂利じゃ。・・・じゃが、今回だけでかんべんしてくれよ。うひゃははははは」

914 金の鳥居 むかしむかし、ある村に、まだ年の若い夫婦がいました。 夫婦はとても貧乏でしたが、それはそれは仲の良い夫婦で、けんか一つした事がありません。 そんな夫婦にも、一つだけ悩みがあります。 それは亭主の頭に、毛が一本もないことです。 亭主が男前なだけに、女房にはそれがふびんでなりません。(うちの人はとても立派な人なのに、毛が一本もなくてはまげひとつゆうてあげられん。ちゃんとまげさえゆえれば、いくらでも仕事があるというのに・・・) 女房は家計をやりくりして色々な毛生え薬を買ってきましたが、どれも効き目はありません。(このうえは、神さまにおすがりするほかないわ) その事を、女房が亭主に相談すると、「それほど心配してくれるとは、本当にありがたい。さっそく二人で、鎮守(ちんじゅ→その土地の守り神)さまにおまいりに行こう」と、夫婦は村の鎮守さまにおまいりをしました。 亭主が手を合わせて、「どうか、わたしの頭に毛が生えますように」と、お願いすれば、そのとなりで女房も、「どうぞ、うちの人の頭に毛を生やしてくださいませ。生やしてくだされば、そのお礼に金の鳥居(とりい)をさしあげます」と、一心にお願いをしました。 するとその願いが通じたのか、二人が家に帰ってみると不思議な事に、「まあ、お前さん。毛が生えておりますよ。頭にちょこんと、三本の黒い毛が生えておりますよ」「おお、なんとありがたい」と、毛が少し生えていたのです。 こうして次の日も、また次の日も二人がおまいりしていると、やがて亭主の頭に黒々とした美しい毛が生えそろいました。 おかげで亭主は、立派なちょんまげをゆうことが出来ました。 さて、ここまではよかったのですが、二人は神さまとの約束を思い出してハッとしました。「願いがかなったのだから、金の鳥居を鎮守さまにおそなえせねばならんな」「はい。でも貧乏なわたしたちのこと、金の鳥居どころか木の鳥居さえあげられませんよ」「そうだな、どうすればいいだろう?」「どうしましょう? 神さまにうそをつくなんて、もったいないわ」 二人は知恵をしぼりにしぼって、考えました。 しばらくして女房が、「あっ! お前さま、いい事があるわ」と、亭主に小声で言いました。「そうだ。それがいい。そうしよう」 話が決まると夫婦はさっそく木綿針(もめんばり)の太いのを四本持って、鎮守さまにやってきました。 そしてパンパンと柏手(かしわで)を打つと、四本の針を組み合わせて小さな鳥居をこしらえたのです。 木綿針で作った小さな鳥居ですが、これも金の鳥居には違いありません。 この鳥居をお社の前にたてると、二人は手に手をとって踊りました。♪おかげで、まげが、ゆえました。♪お受けくだされ、金鳥居。♪エーホイ、トントン♪エーホイ、トントン すると、どうでしょう。 鎮守さまのとびらがスーと開いて、中から白いひげを生やした神さまが白い着物姿で現れたのです。 そして夫婦の歌に合わせて、神さまも歌いました。♪仲が良ければ、知恵も出る。♪たしかに受けたぞ、金鳥居。♪エーホイ、トントン♪エーホイ、トントン こうして神さまと若い夫婦は、夜の明けるまで歌って踊りました。

915 天の羽衣

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むかしむかし、山のすその村に、いかとみという狩人(かりゅうど)が住んでいました。 よく晴れた、春の朝の事です。 いかとみはいつものように、獲物を探しに山を登っていきました。「やあ、いい朝だなあ」 いかとみが空を見上げると、すみきった青空に白いかすみのような物がいくえにもたなびいているのが見えました。 その白い物は不思議な事に、フワフワと空を飛んで近くの湖に降りていきました。「あっ、あれは白鳥か? 八羽もいるぞ」 いかとみは、急いで湖に近寄りました。 すると湖で泳いでいるのは白鳥ではなく、今まで見た事もないほど美しい八人の乙女たちだったのです。 いかとみが、ふとあたりを見回すと、少しはなれた松の枝にまっ白い布がかけてあります。「なんてきれいな着物だろう。これはきっと、天女(てんにょ)の着る羽衣(はごろも)にちがいない。持って帰って、家宝(かほう)にしよう」 いかとみは、そのうちの一枚をふところにしまいました。 やがて水浴びをしていた天女たちは水からあがると、羽衣を身につけて空に舞い上がっていきました。 でも1人の天女だけが、その場に取り残されてしまいました。 いかとみが彼女の羽衣を取ってしまったため、天に帰れないのです。 しくしくと泣きくずれる天女の姿に心を痛めたいかとみは、天女に羽衣をさし出しました。「まあ、うれしい。ありがとうございます」 にっこりと微笑む天女にすっかり心をうばわれたいかとみは、羽衣を返すのを止めました。「この羽衣は返せません。それよりも、わたしの妻になってください」 天女は何度も返して欲しいと頼みましたが、いかとみは返そうとしません。 そこで仕方なく、天女はいかとみの妻になりました。 そして、三年が過ぎました。 いかとみと天女は仲良く暮らしていましたが、天女はいつも天にある自分たちの世界に帰りたいと思っていました。 ある日、いかとみが狩りに出かけたときの事。 家の掃除をしていた天女は、天井裏に黒い紙包みがあるのに気づきました。 その紙包みを開けてみますと、あの羽衣が入っていました。「・・・どうしよう?」 天女は、悩みました。 いかとみと暮らすうちに、いかとみの事が好きになっていたのです。 でも、天の世界に帰りたい。 このままいかとみの妻として地上で暮らすか、それとも天の世界に帰るか。 さんざん悩みましたが、天女は帰る事にしました。 その頃、いかとみは獲物をたくさんつかまえたので、その獲物を町で売って天女のためにきれいなクシを買って帰る途中でした。 ふと空を見上げると、いかとみの妻の天女が天に帰る姿が見えました。「あっ、まっ、まさか! おーい、待ってくれー!」 いかとみは力の限り天女を追いかけましたが、そのうち天女の姿は見えなくなってしまいました。

916 海の水はなぜしょっぱい?むかしむかし、ある村に貧乏な男がいました。 ある日の晩、その男のところへ白いひげのおじいさんがやってきました。「道に迷ったので、一晩泊めてくだされ」「ああ、それはお困りでしょう。いいですとも。さあどうぞ」 男は親切に、おじいさんを泊めてやりました。 次の日、おじいさんは男に小さな石うすをくれました。「泊めてもらったお礼じゃよ。これは不思議な石うすでな、右へ回せば欲しい物が出て、左へ回せば止まるんじゃ。止めるまで出続けるから、気をつけるんじゃぞ」 おじいさんはそう言って、出て行きました。 男はためしに、石うすを回してみました。「米出ろ、米出ろ」 すると石うすから、まっ白い米がザクザクと出てきました。 あわてて左へ回すと、米はピタリと止まります。「へー、こいつはすごいや!」 男は米や魚をたくさん出して、まわりの家にも分けてあげました。 さて、男の隣に、欲張りな兄さんが住んでいました。 兄さんは弟が急にお金持ちになったのを不思議に思い、こっそりのぞきにきました。「そうか、なるほど。全ては、あの石うすのおかげだな。しめしめ」 兄さんは夜になると弟の家に忍び込んで、石うすを盗みました。 そして舟にのって、海へ逃げました。「よしよし、ここまで来れば大丈夫だろう」 兄さんは一生懸命に舟をこいだので、お腹がペコペコになりました。 そこで、持ってきたおにぎりを取り出すと、「そうだ、塩をつけて食べると、きっとうまいだろう。よーし、塩出ろ、塩出ろ」と、石うすを回すと、石うすからは塩がザラザラとあふれ出して、たちまち舟いっぱいになりました。「わっ、わっ、もう止まれ! 止まれ! 止まってくれー!」 欲張り兄さんは石うすから物を出す方法は見ていたのですが、止め方は見ていなかったのです。 ついに舟は塩の重さに耐えられなくなり、そのまま海に沈んでしまいました。 ところであの石うすは、今でもグルグルと回って塩を出しています。 海の水がしょっぱいのは、こういうわけなのです。

917 三年寝太郎 むかしむかし、とてもなまけ者の息子がいました。 息子は毎日ご飯をたらふく食べて、あとはグウグウ寝てばかりです。「お前も寝てばかりいないで、少しは働いておくれよ」「・・・・グー」 お母さんが頼んでも、息子はいびきで返事をするだけです。 息子が少しも働かないので、この家はとても貧乏でした。 そして寝てばかりいるこの息子を、みんなは『寝太郎』とよびました。 そんなある日、寝太郎が突然ガバッと起きあがると、お母さんに言いました。「白い着物と、えぼし(→むかしのボウシ)を買っておくれ」 寝てばかりの寝太郎が突然しゃべり出したので、ビックリしたお母さんはあわてて町へ行って白い着物とえぼしを買ってきました。 寝太郎は白い着物を着てえぼしをかぶると、隣の長者(ちょうじゃ)のところへ出かけていきました。 そして長者の家の広い庭に生えている高いスギの木にスルスルと登ると、長者に低い声で言いました。「これこれ、長者どん」 木の上の白い着物の寝太郎を見て、長者はてっきり神さまだと思いました。「へへっー。これは神さま」 ペコペコと頭を下げる長者に、寝太郎は言いました。「そうじゃ、わしは神さまじゃ。これから言うことを、良く聞くのだ。この家の娘を、隣の寝太郎の嫁にするのじゃ、言う通りにしないと、天バツが下るぞ!」 長者は頭を地面にこすりつけて、あわてて返事をしました。「ははーっ。神さまの

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言う通りにいたします」 やがて長者の娘はお金をたくさん持って、寝太郎の家へ嫁に来ました。 それから寝太郎と嫁さんとお母さんの三人は、持ってきたお金で幸せに暮らしました。

918 黒覆面と寺男 むかしむかし、江戸の牛込(うしごめ)というところに、清浄寺(せいじょうじ)というお寺がありました。 ある晩の事、シーンと静まった寺の境内(けいだい)に、あやしい影が一つ、二つ、三つと寺の門を入ってきました。 影は三つとも、黒い布で覆面をしています。 ミシリ、ミシリ、ミシリ。 本堂の廊下を渡って住職(じゅうしょく)の部屋の前までくると、覆面たちはスラリと刀を抜きました。 部屋の中では、和尚(おしょう)がグッスリと寝込んでいます。 覆面の三人はふすまを開けて中に入ると、天井からつりさげているかや(→ふとんごと天井からかぶせる虫よけのアミ)のつり手を切りおとしました。「うわあーっ!」 覆面は、おどろく和尚をかやごとグルグル巻きにして、「やい、和尚。金のありかを言え!」「言わぬと、ひと思いに」「あの世行きだぞ」 和尚は、ブルブル震えながら言いました。「こんな寺に、金などあろうはずはないわい」「うそをつくな、たんまり隠しているとのうわさだぞ」「知らん、ない物はない」 盗賊たちと和尚の言い合いが、だんだん激しくなってきました。 その声を、台所の近くで寝ていた寺の下男(げなん→下働き)が聞きつけました。 下男は起きると和尚の部屋へ近づき、そして部屋の中ヘ片手を入れると手まねきで、「おいで、おいで」を、しました。 すると三人の親分らしいのが、そばヘよってきます。 下男は小さな声で、「お前さんたち。和尚をせめたって、しゃベるもんでねえ。金の隠し場所なら・・・」と、自分を指さします。 親分も低い声で、たずねました。「お前が、知っとるというのか?」 下男は、コクンとうなずきました。 そこで三人の盗賊は和尚の部屋を出ると、暗い廊下を下男のあとからついていきました。「おい、どこまで連れていくんだ?」「もうすぐ、金銀はすぐそこの観音堂(かんのんどう)の中の、さいせん箱の下にうめてあります」 下男は三人を観音堂に案内すると、大きなカギをはずして中に入りました。「それ、そのさいせん箱じゃ。ちと重いが、こいつをどかせば・・・」 下男は盗賦たちと一緒になって、さいせん箱を持ち上げようとしましたが、「どうもいかん。こうもまっ暗では、何も見えん。どれ、ちょうちんをとってこよう」と、下男は観音堂を出ると、素早くとびらにカギをかけました。 そしてそのまま走りだすと、本堂の廊下にある鐘を、 カン! カン! カン! カン! カン! カン! カン! カン!と、力いっぱいに鳴らしました。 こうして観音堂にとじ込められた盗賊たちは、頭の良い下男のおかげで、そのままかけつけた役人につかまりました。

919 仏さまに失礼 むかしむかし、一休さん(いっきゅうさん)と言う、とんちで評判の小僧さんがいました。 とんち名人の一休さんには、さすがの和尚(おしょう)さんもかないません。 けれど、「いっぺんでもいいから、一休をへこませてやりたいもんじゃ」と、和尚さんはいつも思っていました。 ある晩の事、よい事を思いついた和尚さんは、一休さんに用事を言いつけました。、「これ、一休や。わしはうっかりして、本堂のローソクを消すのを忘れてしもうた。火を出しては仏さまに申し訳ないから、消してきておくれ」「はーい、和尚さま」 一休さんは大急ぎで本堂へ行きましたが、ローソクの台が高くて手が届きません。 そこで一休さんは高く飛び上がって、「ふーっ」と、息で吹き消したのです。 やがて部屋へ戻ってきた一休さんに、和尚さんが聞きました。「おお、ご苦労じゃったな。じゃがあんな高い所の火を、どうやって消したのじゃ?」「はい、ピョンと飛び上がって、息で吹き消しました」 その言葉に、和尚さんはニヤリと笑うと、「馬鹿者! 仏さまに息を吹きかけるとは、なんと失礼な! もう二度とするでないぞ! わかったな!」と、初めて一休さんをしかりつけたのです。「すっ、すみません・・・」 一休さんをへこませた和尚さんは、してやったりと得意顔です。 さて次の日、本堂でお経をあげていると、なんだか後ろの様子が変です。 和尚さんがふとふり返ってみると、なんと一休さんがお尻を向けて座っています。「ふん。いくらとんち上手でも、やはり子どもじゃ。昨日しかられたので、すねておるんじゃな」 和尚さんはそう思い、「これ一休、お経をあげるときは仏さまの方を向かんか、行儀が悪いぞ」と、得意そうに注意をしました。 すると一休さんは、待ってましたとばかりに言いました。、「和尚さま、仏さまの方を向いてお経をあげては、息がかかりますよ。仏さまに息を吹きかけるのは失礼だと、和尚さまは言ったではありませんか?」 それを聞いて、和尚さんはポリポリと頭をかきました。「・・・いや、これはやられたわい」

920 かなシイ木と、うれシイ木 むかしむかし、吉四六さんと言う、とてもゆかいな人がいました。 ある年のお正月の事です。 吉四六さんは村人たちと一緒に、山ヘたきぎを取りに行きました。 その山には、しいの木(→ブナ科の常緑高木)がたくさん生えていました。 村人たちは、せっせと木の枝を落とし、それを束ねてたきぎを作っています。 ところが吉四六さんは、大きな木の根っこに腰をかけて、のんびりとタバコをふかしていました。 そのうちに、村人たちはたくさんたきぎを取ったので、「さあ、そろそろ帰ろうか?」「そうだな。これくらいあればいいだろう」と、取ったたきぎを背中に背負って、帰ろうとしました。 それを見ていた吉四六さんは、村人たちに声をかけました。「おいおい、お前さんたち。そんな物をかついで帰る気かい?」 すると村人たちは、おどろいて尋ねました。「えっ? そんな物って、どういう事だ?」「だって、そのたきぎは、しいの木ばかりじゃないか」「そうだよ。それがいけないのか?」 村人は、不思議そうに尋ねました。 すると吉四六さん

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は、こう言いました。「いけないのなんのって、しいの木は『かなしい』と言って、とても縁起の悪い木だ。おまけに、今はお正月じゃないか。こんなめでたい時に、何だって『かなしい』木をたくさん家へ持って帰るんだろうね」「へえ、それは知らなかった。なるほど、確かにめでたいお正月に『かなしい』木なんぞ持って帰ったら、女房や子どもが可愛そうだな」 村人たちは顔を見合わせると、せっかく集めたたきぎをそこらへ放り出して、また別の木を切り始めました。「へっへっへ。しめしめ」 すると吉四六さんは、みんなが放り出したたきぎを集めて山ほど背中に背負うと、「それじゃ、みなさん。お先に帰らしてもらいますよ」と、一人でさっさと帰ろうとしました。 村人たちはびっくりして、「おいおい、吉四六さん。お前、そのしいの木のたきぎは『かなしい』と言って、とても縁起が悪いって、言ったじゃないか」「そうだよ。そんな物をかついで、どうするつもりだ」と、口々に言いました。 すると吉四六さんは、すました顔で言いました。「いやいや、このしいの木は、『うれしい』と言ってな、とても縁起が良い物なんだ。まして、今はお正月じゃないか。こんな縁起の良い事があるもんか」 それを聞いた村人たちは、 「しまった。またしても吉四六さんにやられたわ」と、くやしがったそうです。

921 おんぶお化けむかしむかし、とてもおくびょうだけど心やさしい男が山道を歩いていると、どこからともなく、こわーい声がします。「・・・おんぶしてくれぇ~、・・・おんぶしてくれぇ~」「ひっ、ひゃあー! お化けだぁっー!」 男が逃げても逃げても、お化けの声はどこまでも追いかけてきます。「・・・おんぶしてくれぇ~、・・・歩けなくて、・・・困ってるんだ。・・・たのむ」「・・・・・・」 その声を聞いて、男はお化けがかわいそうになりました。「わかった、おんぶしてほしければ、おぶされ」 すると男の背中に、お化けが、ズシン! と、のっかりました。「おっ、おもてえ! お化けって物は、もっと軽い物だと思っていたが、まあしかたない。しっかりつかまったか? いくぞ!」 男は目をつぶって、いちもくさんに帰りました。 男はなんとか家につきましたが、背中の重いお化けは乗っかかったままです。「もう、おろすぞ」 男がおそるおそる背中の物を下ろしてみると、なんとそれは小判がぎっしりと詰まった大きなつぼだったのです。 その時、どこからかお化けの声が聞こえました。「ありがとう。人に使われて喜ばれる為に生まれてきたのに、もう何十年も山にすてられたままだったんだ。どうか大事に使っておくれ」 おんぶお化けの正体は、山にすてられた小判だったのです。 こうしておくびょうだけど心やさしい男は、小判を上手に使って大金持ちになりました。

922 ノミの宿むかしむかしの、ある夏の日の事です。 村の佐助(さすけ)じいさんは用があって、旅の途中で宿(やど)に泊まりました。 ところがこの宿屋にはノミがたくさんいて、とてもねむることは出来ません。(やれやれ、帰りもまた、ここで泊まらにゃならんが、こんな事ではどうにもならん。何とかせにゃ) 次の朝、佐助じいさんは朝飯を食ベるとそうそうに旅仕度をして、店先にいた宿の女主人に言いました。「ばあさんや。お前さんの家では、なんとももったいない事をしとるのう」 するとおばあさんは、不思議そうにたずねました。「それはまた、何の事で?」「いや、ほかでもないが、わしの村ではな、薬屋がノミを買い集めておるわ。高値でのう。それなのにお前さんのところではこんなにノミがおるのに、なんでお売りなさらんのじゃ?」「お客さま。ノミが、薬になりますかいな?」「ああ、なるとも、なるとも」「いったい、何に効きますのじゃ?」「痛み、切りきず、ふき出もの、やけど、鼻づまり。何でも効くぞ」「それではお客さま。ぜひ、家のノミも買うてくだされまいか?」「ああ、いいともいいとも。わしはあと三日たったら、またお前さんの所で泊めてもらうで、それまでに精を出してたんと捕まえておきなされ。わしの村ヘ持っていって、売ってしんぜよう」 そう言って佐助じいさんは、宿を出ました。 さて、それから三日後。 佐助じいさんがこの宿にきて泊まると、ノミは一匹もいません。 おばあさんがよほど精を出して取ったらしく、お陰でぐっすりとねむることが出来ました。 あくる朝、佐助じいさんが宿を出ようとすると、「旦那さま、旦那さま」「何か、ご用かね?」「あの・・・、ノミをたんまり捕まえておきましたで。ほれ、この通り。どうぞ、これを売ってきてくだされ」と、紙袋を差し出しました。「どれどれ。おおっ、これはお見事。これだけの数を、ようお取りなされた」 佐助じいさんは感心したように言うと、袋をていねいに宿のおばあさんに返して、「この前、言うのを忘れておりましたが、ノミは二十匹ずつ、ちゃんと串にさしておいてくだされ。一串、二串と勘定せにゃ、とても数えられませんのでな。近いうちにまたきますで串をこしらえて、ちゃんとさしておいてくだされ。頼みましたぞ。じゃあ、おおきに、お世話になりましたな」 そう言って佐助じいさんは、とっとと宿を出て行きました。 むろん、佐助じいさんがこの宿に来ることはありませんでしたが、ノミのいなくなったこの宿は、それからとても繁盛(はんじょう)したそうです。

923 ネコの茶碗 むかしむかし、ある峠で茶店を開いているおばあさんが、一匹のネコを飼っていました。 どこにでもいるただのネコですが、そのネコのごはんを入れている茶わんが何とも素晴らしい茶わんで、目利きの人なら喉から手が出るほどです。 ある日、茶店で休んでいた金持ちのだんなが、それを見て驚きました。(ネコに小判とは、よく言ったものだ。このばあさん、茶わんの値打ちがまるでわかっていない) そこでだんなは、何とかし

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てネコの茶わんを手に入れたいと考えました。 だんなはネコのそばへ近寄ると、その頭をなでながら言いました。「なんて、可愛いネコだ。実に素晴らしい」「そうですか? 一日中ブラブラしている、何の役にも立たんネコですよ」「いやいや。なかなかに、利口そうなネコだ。それに、毛のつやもいい。なんなら、わしにゆずってはくれないか?」「まあ、可愛がってくれるなら、ゆずってもいいですよ」 おばあさんの言葉に、だんなはしめたと思いました。 後はネコと一緒に、あの茶わんもつけてもらえばいいのです。「それで、いくらでネコをゆずってくれるかな?」「そうですね。ネコの事ですから高くも言えませんが、一両でゆずりましょう」「はっ? 一両(約七万円)も!」(こんな汚いネコに一両も出せとは、とんだばあさんだ)と、思いましたが、あの茶わんは、とても一両や二両で買える品物ではありません。「わかった。一両出そう」 だんなは財布から一両小判を取り出して、おばあさんに渡しました。 ここからが、本番です。「ところで、ついでにこの茶わんももらっていいかな? 新しい茶わんより食べなれた茶わんの方が、ネコも喜ぶと思うので」 そのとたん、おばあさんがピシャリと言いました。「いいえ、茶わんをつけるわけにはいきません。これは、わしの大事な宝物ですから!」(ちぇっ、このばあさん、茶わんの値打ちをちゃんと知っていやがる) だんなはくやしくなって、思わず声を張り上げました。「大事な宝物なら、なんでネコの茶わんなんかにするんだ!」「何に使おうと、わしの勝手でしょうが! さあ、ネコを持って、とっとと帰っておくれ。この茶わんは、いくら金をつまれたってゆずりませんからね!」 だんなは仕方なく、ネコを抱いて店を出て行きました。 でも、もともとネコが好きでないだんなは、「ええい、腹が立つ! お前なんか、どこへでも行け!」と、峠の途中でネコを投げ捨てました。 ネコはクルリと回転して着地すると、そのまま飛ぶように茶店へと戻っていきました。「よし、よし。よう戻って来たね」 おばあさんはネコを抱きあげると、何度も頭をなでてやりました。「お前のおかげで、またもうかったよ。これで二十両目だね。ヒッヒッヒッヒッヒッヒッ」

924 土仏観音(どぶつかんのん) むかしむかし、越前(えちぜん→福井県)の坪江村(つぼえむら)にある滝沢寺(たきざわてら)の和尚が、京都で修行していた時の事です。 道ばたに十八人の子どもたちが集まって、泥ダンゴで二十三体の観音さまを作っていました。 その観音さまの出来があまりにも良いので和尚が感心していると、子どもたちはその中でも一番出来のいい観音さまをくれると言うのです。「ありがとう。きっと大切に・・・」と、和尚がおじぎをして頭を上げてみると、そこには誰もいません。「・・・そうか、これはきっと、仏さまが私にくだされた物に違いない」 そう考えた和尚は、その観音さまを肌身離さず持っていました。 さて、ある日の事、旅に出た和尚は、山の中で道に迷ってしまいました。 ほとほと困りはてていると、一軒の家が見つかりました。 和尚が一晩泊めてくれるように頼んでみると、中にいたひげづらの男とその女房は気持ちよく迎えてくれました。 ほっとした和尚は、すぐにぐっすり眠ってしまいました。 それを見た二人は、ニヤリと笑い、「へっへへへ。久しぶりの獲物じゃ。今のうちに殺してしまおう」と、顔を見合せました。 なんとそこは、山賊の住み家だったのです。 男は刀を抜くと、眠っている和尚の首を切り落としました。「よしよし。後の始末は明日にしよう」と、言って、その晩はそのまま寝てしまいました。 さて次の日の朝、二人がまだ眠っていると、お経を読む声が聞こえてきます。「何だ? まさか!」 びっくりして目を覚ました二人が和尚さんを殺した部屋に行ってみると、なんと殺したはずの和尚が座ってお経を読んでいるではありませんか。「ゆ、ゆ、幽霊、幽霊だ! 勘弁、勘弁してくれ!」 二人がガタガタふるえていると、和尚が言いました。、「二人とも、何を寝ぼけているのじゃ? いくら坊主でも、幽霊とはひどい話だ」「しかし、わしはゆうべ、確かにお前の首をこの刀ではねたんじゃぞ」、「それなら、どうしてわしは生きておるのだ? ・・・そうか、もしかして、観音さまが助けてくださったのかもしれん」 そう言いながら、和尚さんはふところから取り出した観音さまを見てびっくり。 なんと観音さまの首すじに刀の傷跡があり、今にも首が落ちそうになっていたのでした。「やはり、観音さまが私の身替りになってくださったのか」 和尚は、観音さまに深く頭を下げました。 それを見ていた山賊の夫婦は心から改心して、それからは仏につかえて一生をすごしたのです。 今でも滝沢寺には、その土仏観音がまつられているということです。

925 人の嫁になったネコむかしむかし、あるところに、一人のお百姓(ひゃくしょう)さんがいました。 毎日、田畑へ出て一生懸命に働きますが、ちっとも暮らしが楽になりません。 そのため、もう四十才を過ぎているのに、嫁さえもらう事が出来ないのです。 さて、そのお百姓の隣に住んでいるのは村一番の長者(ちょうじゃ)で、倉(くら→食物を貯蔵する倉庫)には米俵(こめだわら)が山のようにつんでありました。 いくら贅沢をしても困らないのに、この長者はひどいケチで、家で飼(か)っていた一匹のメスネコにさえ、「近ごろは、飯を食いすぎる」と、言って、家から放り出してしまったのです。 お百姓さんが寝ていると、夜中に家の外でネコの鳴き声がします。 気になって戸を開けてみたら、長者の家のネコが寒そうにふるえているではありませんか。「どうした? こんなところにいると、こごえ死んでしまうぞ」 お百姓さんはネコをかかえて家に入れると汚れた体をふいてやり、自分のふとんの中へ入れてやりました。 次の日、長者の家へネコを届けに行くと、「そいつは、もうわたしの家のネコでない」と、言うので、お百姓さんは仕方なく、自分で飼う事にしたのです。 お百姓さんは何でもネコと分けあって食べ、まるで自分の子どものように可愛がりました。 嫁のいないお百姓さんは、ある晩、ネコをひざにのせながらひとり言を言います。「もしお前が、人間だったらなあ。おれが畑

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へ出ている間に、家で麦の粉をひいてくれたら、どんなに暮らしが楽になるか」 するとネコは、うれしそうに、「ニャアー」と、鳴きました。「おや? お前は、わしの言葉がわかるのか? ・・・いや、そんなはずはない」 お百姓さんは、いつものようにネコをふところに抱いて寝ました。 さて、次の日の夕方、お百姓さんが畑からもどってくると、明かりもないのに家の中からゴロゴロと石うすをひく音が聞こえてきます。 不思議に思って中をのぞいてみたら、なんとネコが石うすで麦をひいているではありませんか。「お前、本当にわしの言うことがわかるのか? いや、ありがとう」 お百姓さんは喜んで、その粉で団子を作り、ネコと一緒に食べました。 それからというものお百姓さんのいない時はいつもネコが石うすをひいてくれるので、お百姓さんはとても助かりました。 ある晩、お百姓さんがいろりにあたっていると、そばにいたネコが突然人間の言葉をしゃべったのです。「おかげさまで、とても幸せな毎日が送れます。でも、このままでは石うすしかひく事が出来ません。この上は人間になって、あなたのためにもっとつくしたいと思います」 お百姓さんは、やさしくネコの顔を見て言いました。「ありがとう。でも、粉をひいてくれるだけで十分だ。お前がいるおかげで、ちっともさみしくない。どうか、わしのところにずっといておくれ」 するとネコは、涙を流しながら言いました。「わたしは、なんて幸せ者でしょう。長者さんはお金持ちでも、わたしをちっとも可愛がってはくれませんでした。それなのにあなたは。・・・お願いです。わたしをお伊勢参り(いせまいり)に行かせてください。必ず人間になって、もどってきますから」 それを聞いてお百姓さんは、このネコがますます可愛くなりました。「よし、わかった。行っておいで」 お百姓さんがネコのために、なけなしのお金を袋(ふくろ)に入れて首に結びつけてやると、ネコは喜んで家を出ていきました。 それからしばらくして、ネコは無事にお伊勢さんへ着く事が出来ました。 ネコは神さまのいる社(やしろ)の前へ行き、手を合わせて言いました。「神さま、どうかわたしを人間にしてください。わたしを可愛がってくれる人のために、もっともっとつくしてあげたいのです」 すると、どうでしょう。 ネコはいつのまにか、美しい人間の娘になっていたのです。 人間になったネコは大喜びで、お百姓さんの待つ家へもどっていきました。 お百姓さんが持たせてくれた金のおかげで、安い宿屋 ( やどや ) に泊まる事も出来ました。 お百姓さんは美しい娘を見て、これがあのネコとはどうしても思えません。「お前、本当に人間になれたのか?」「はい、神さまのおかげで、すっかり人間に変わりました。もう二度と、ネコにもどることはありません」 そこでお百姓さんは、人間になったネコと夫婦になりました。 きれいでやさしいネコの嫁は、家の仕事から畑仕事まで人間以上に働きます。 おかげでお百姓さんは隣の長者をしのぐ長者となり、いつまでも幸せに暮らしたということです。

926 山鳥の恩返しむかしむかし、あるところに、弥助(やすけ)という親孝行の若者がいました。 とても働き者ですが、どうしたわけか家はひどい貧乏でした。 ある年の暮れ、弥助はわずかなお金を持って、お正月の買い物に町へ出かけて行きました。 すると道ばたで、何かバタバタと暴れているものがあります。(なんだろう?) 弥助が近づくと、一羽の山鳥がわなにかかってもがいていたのでした。「よしよし。わしが助けてあげよう」 弥助が山鳥の足にまきついているひもをほどいてやると、山鳥はうれしそうに空へ飛び立ち、そのまま山の向こうへ飛んで行きました。「よかったな。これからは、気をつけて暮らせよ。・・・しかし、この鳥わなをどうしようか?」 弥助は、わなを仕掛けた人にすまないと思って、買い物に行くわずかなお金を全部、山鳥のかわりにわなのところへ置いたのです。 しかしこれでは、買い物に行けません。「しかたがない。家にもどろう」 弥助は手ぶらで家にもどると、お母さんに今日の事を話してあやまりました。 でもやさしいお母さんは文句を言うどころか、弥助のしたことをほめてくれました。「それは、いい事をしたね。今ごろ山鳥も、親のところでほっとしているだろうよ」「ごめんよ。おら、もっと一生懸命働いて、来年はきっといいお正月にするから」「なんのなんの。こうして二人とも無事でお正月を迎えられるだけでいいんだよ」 こうしてお母さんと弥助は、雪の降るさみしいお正月をすごしていました。 するとそこへ、美しい娘さんがやってきて、「わたしは、旅の者です。雪に降られて、困っています。どうか、今夜一晩泊めてください」と、言うのです。「まあ、それはお気の毒に。こんなところでよかったら、どうぞどうぞ」 お母さんも弥助もにこにこして、娘さんをいろりのそばに座らせてあげました。 見れば見るほどきれいで、それにとても心のやさしい娘さんでした。 お母さんと弥助は、この娘さんがすっかり気に入りました。 娘さんも、この二人が好きになって、「どんなことでもしますから、春になるまでここで働かせてください」と、言いました。「それなら、弥助のお嫁さんになって、ずっとここにいてくれないかい?」 娘さんは顔を赤くすると、「・・・はい」と、恥ずかしそうにうなずきました。 弥助もお母さんも、大喜びです。 そこで娘さんをお嫁さんにして、親子三人仲良く暮すことになりました。 お嫁さんになった娘さんは、本当に働き者でした。 家の仕事から山の仕事まで、とてもよく働いてくれます。 相変わらず貧しいのですが、幸せな毎日が続きました。 それから、何年かすぎた時です。 近くの山に悪い鬼が現れて、村を荒らしまわるようになりました。 そこで都から強い侍が、鬼退治にやってきました。 弓の上手な弥助も、侍のお供にくわえられました。 でも、いくら弓が上手でも、鬼には勝てそうもありません。 するとお嫁さんが、そっと弥助をよんで言いました。「鬼を退治するには、ただの矢では無理でしょう。でも、山鳥の尻尾の羽をつけている矢なら、倒す事が出来ます。わたしがその羽を、用意しましょう。・・・わたしは、あなたに助けてもらった山鳥です」 そう言うと、お嫁さんは山鳥の姿に戻って、尻尾の羽を残すと空へと飛び立ちました。 そして何度も何度も家の上を回っていましたが、やがて山の向こうへ消えていきました。 弥助は、その羽を矢につけました。 そして弥助の放った矢

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は、たった一本で鬼を倒したのです。 喜んだ侍は、弥助にたくさんのほうびをくれました。 そのほうびのおかげで、弥助もお母さんもお金持ちになりました。 でも二人とも山鳥の姿を見るたびに、あのやさしい娘ではないかと思い、「帰っておいで、帰っておいで」と、涙を流しながら呼びかけたそうです。

927 大仏の目玉「あれ? どこだ? どこにいったんだ?」 ここは、むかしむかしの、奈良の大仏がある東大寺です。 ある日、大仏さまの目玉が抜け落ちて、どこヘいったかわかりません。 お坊さんたちは、さっそく京都や大阪から大仏作りの親方たちをよんできて、「大仏さまの目玉を入れかえるには、どれほどのお金がかかる?」と、値を見つもらせました。 すると、親方たちは、「そうですな、千五百両(→1億円ほど)はかかります」と、言うのです。 親方たちの考えでは、まず下で大きな目玉をこしらえ、目玉が出来たら足場を組んで大仏さまの目にはめようというものです。 お坊さんたちは、「それは高すぎる、千両にまけろ」と、言いますが、親方たちは、「それでは赤字です。こちらも商売ですから」と、言います。「まけろ」「まけられぬ」「まけろ」「まけられぬ」 そこへ、江戸からきた見物の一人が顔を出しました。「わしなら、二百両(→千四百万円ほど)で、直しましょう」 それを聞いた親方たちは、「馬鹿にもほどがある。なんでこれが、二百両で直せるものか」と、笑いました。 ところが江戸の男は、こう考えたのです。(目玉が抜け落ちて見つからんとすりゃあ、大仏さまの体の中ヘ落ちたにちがいない。それを拾って、はめ直せばいいだけだ) お坊さんたちはお金がないので、江戸の男に頼む事にしました。 江戸の男が目玉の穴から中に入って探すと、やっぱり目玉がありました。 さっそくかついで上にあげ、大仏さまの目に、ピタッとはめました。 お坊さんや親方たちは、それを見て言いました。「あいつ、目玉をはめたはいいが、自分はどこから出てくるつもりだ? 出口はないはずだが」 するとなんと、江戸の男は大仏さまの鼻の穴から出てきたのです。 みんなは感心して、「ほほう、目から鼻へ抜けおったわい」と、江戸の男をほめたたえました。 それからです。 かしこい人の事を『目から鼻へ抜ける』と、言うようになったのは。

928 サル地蔵 むかしむかし、あるところに、おじいさんとおばあさんがいました。「おばあさん、弁当さ、つくっておくれ」 おじいさんは、お弁当を作ってもらうと山の畑へ出かけていきました。 ここはだんだん畑で、よく山ザルがきていたずらをするのです。 おまけにその日はお弁当のにおいがするので、さっそくサルたちがやってきました。「あれ、木の枝に、お弁当がつるしてある」 サルたちは、おじいさんのお弁当を食ベてしまいました。 でも、おじいさんは知らん顔です。 畑のまん中に、ジッと座っていると、「あんれまあ、こんなとこに、おじぞうさまがいる」「こんなとこに置いてはもったいないから、あっちの山のお堂に運んでいこう」 サルたちがよってたかって、おじいさんをかつぎあげると、♪えっさらほいほい ぬらすなホイ。♪サルのおへそが 流れても。♪おじぞうさんを 流すな ホイ。と、歌を歌って川を渡りました。(クックククク。おかしいけれど、がまんしよう) やがてサルたちは山のお堂へおじいさんをかつぎこみ、「なんまいだぶ、おじぞうさん」と、たくさんのおさい銭をあげて、どこかへいってしまいました。「アハハ、これはゆかい」 おじいさんは笑いながらお金を集めると、お堂を出ました。 そして町へ行くと、サルのお金でおばあさんの着物を買って帰りました。「おやまあ、なんてきれいな着物でしょう」 おばあさんは大喜びです。 ところがそれを見た、隣のおばあさんがうらやましがって、「よし、うちのおじいさんも行かせよう」と、お弁当をつくりました。 隣のおじいさんが山のだんだん畑へ行って、木の枝にお弁当をぶらさげておくと、「きょうも、ごちそうがあるぞ」と、サルたちがやってきて、お弁当をパクパクパクと食べ始めました。「うん、うまくいった」 サルたちがお弁当を食べ終えたので、隣のおじいさんは大急ぎでおじぞうさまのまねをしました。 するとサルたちは、隣のおじいさんを見つけて、「おや、またおじぞうさまがある。こんなところでは、もったいない」と、おじいさんをかつぎあげて、♪えっさらほいほい ぬらすなホイ。♪サルのおへそが 流れても。♪おじぞうさんを 流すな ホイ。と、歌って川を渡りはじめたのです。 これを聞くと隣のおじいさんは、ガマン出来ずに吹き出してしまいました。 すると、サルたちがビックリ。「ウキキーッ、おじぞうさんのお化けだ!」 おじいさんを川の中へ放り込んで、逃げ出しました。 さてその頃、おばあさんは、「おじいさんが新しい着物さ買ってくるから」と、着ている古い着物をかまどで焼いてしまったのです。 そこへ、やっと川からはいあがったおじいさんが、ずぶぬれになって帰ってきました。「ああ、ひどいめにあった。かわかさないと」 家に入ると、おばあさんが裸で待っていました。「おんや、新しい着物さ、どうした?」 欲張ったおばあさんは、それからしばらく裸で暮らすことになりました。

929 ネズミのすもうむかしむかし、あるところに、貧しいけれど心のやさしいおじいさんとおばあさんがいました。 ある日の事、おじいさんがいつものように山へ行くと、「ハッケヨイ! ノコッタ、ノコッタ」と、いう声が聞こえてきます。「はて、なんの声だろう?」 おじいさんがのぞいてみると、二匹のネズミがすもうをとっていました。「あれは、うちのやせネズミと、金持ちの家のふとっちょネズミだ」 おじいさんの家に住んでいるやせネズミは力がないため、何度やってもふとっちょネズミにまけてしまいます。 おじいさんは家にかえると、おばあさんにネズミのすもう話をしました。「あれじゃあ、かわいそうだ。なんとかして、うちのやせネズミに勝

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たせてやりたいねえ」 するとおばあさんが、「それじゃあ、うちのやせネズミに、おもちを食べさせてやりましょうよ。きっと、力がつきますよ」「そうじゃ、それがええ」 おじいさんとおばあさんはさっそくおもちをついて、やせネズミの住んでいる穴に転がしてやりました。 さて次の日、やせネズミとふとっちょネズミは、またすもうをとりました。 でも今日はおじいさんの家のやせネズミが、何度やってもすもうに勝つのです。 ふしぎに思ったふとっちょネズミが、やせネズミにたずねました。「やせネズミくん、どうして急に強くなったんだい?」 やせネズミは、とくいそうに言いました。「えへへへっ、じつはね。きのう、おじいさんとおばあさんがおもちをくれたんだ。だから力が強くなったんだよ」「いいなあ、ぼくの家はお金持ちだけど、ケチだからおもちをついてくれないんだ」「それなら、家へおいでよ。おじいさんはきっと今夜もおもちをついてくれるから、きみにも半分わけてあげるよ」「ほんとうに! うれしいなあ」 それを聞いたおじいさんは二匹分のおもちをネズミの穴に入れてやり、おばあさんは二匹のネズミに小さなまわしをぬってあげました。 家にかえった二匹のネズミは、おもちとまわしを見つけて大喜びです。 喜んだふとっちょネズミはおみやげに持ってきた小判をおじいさんとおばあさんにあげたので、おじいさんとおばあさんはお金持ちになりました。 貧しくても優しい心を持って人に親切にしてあげれば、いつかきっと、幸せがやってきます。

930 あぶらあげ むかし江戸に、おいしいと評判のあぶらあげ屋がありました。 ある日、このあぶらあげ屋に、身なりのいいキツネ目のさむらいが現れて主人にたのみました。「百文(→三千円)ほど、いただきたい」「はい、ありがとうございます」 主人が百文分のあぶらあげをお皿にのせて差し出すと、さむらいは店先に腰をかけてペロリとたいらげました。「うん、これは評判通りだ」 それから何日かすると、あのさむらいがまたやってきて、前と同じように百文分のあぶらあげをペロリとたいらげました。「うまい。わたしは日本中のあぶらあげをたべているが、ここのあぶらあげこそ天下一品。なかまにもしらせよう」 それを聞くと、主人はおかみさんに言いました。「おい、今のを聞いたか? あのお方は、いなりさんの使いのキツネにちがいないぞ。大事にすれば、わが家はますますさかえる」 それから何日かすると、またあのさむらいがやってきて、百文分のあぶらあげをペロリとたいらげました。 けれどためいきをついたりして、これまでとは様子がちがいます。「お客さま。何か、心配事でもあるのですか?」 主人がたずねると、さむらいは恥ずかしそうにいいました。「実は、急に京へのぼらねばならなくなったのだが、旅費(りょひ)がたらんのだ」「そうでございましたか。あの、お客さまは、大のお得意さまですので、旅費でしたら、わたしどもにおまかせください。で、いかほど、ご入り用なのです?」「十五両(→百万円ほど)もあればよい」(高いなあ。・・・だが、わが家がはんえいするのなら、安いものだ) 主人は喜んで、十五両のお金をわたしました。お金を受け取ったさむらいは、「五日たてばもどる。それまで、これをあずけておく」と、キツネの宝物の『宝珠の玉(ほうしゅのたま)』でも入っていそうな包みを差し出して、そのまま立ち去っていきました。「おい、今のを聞いたか? 五日で京へ行って戻るとは、やはり人間わざではない。きっと、いなり神社の大もとの『伏見(ふしみ)いなり』へ行かれたのだろう」「そうでしょうとも。これで、ごりやくは間違いありませんね」 主人もおかみさんも、すっかりその気になりました。 ところがさむらいは十日たっても、百日たっても帰ってはきません。「これはおかしい。どうも変だぞ」 主人が預かっていたつつみをあけたところ、ただの石ころがゴロンと出てきたそうです。

1001 かぐやひめむかしむかし、竹を取って暮らしているおじいさんがいました。 ある日の事、おじいさんが竹やぶに行くと、根元が光っている不思議な竹を見つけました。「ほほう、これはめずらしい。どれ、切ってみようか。えい! ・・・うん? これは!」 おじいさんがその竹を切ってみると、なんと中には小さな女の子がいたのです。 子どものいないおじいさんとおばあさんは、とても喜びました。 そしてその子を『かぐやひめ』と名付けて、大切に育てたのです。 かぐやひめは大きくなるにしたがって、とても美しくなりました。 そして年頃になると、「どうか、かぐやひめをお嫁さんにください」と、若者がたくさんやってきました。 中でも特に熱心な若者が、五人いました。 みんな、立派な若者です。 でも、かぐやひめは、お嫁に行くつもりはありません。 そこでかぐやひめは、困ってしまい、「では、私が言う品物を持ってきて下さった方のところへ、お嫁に行きましょう」と、言って、世にも珍しいと言われる品物を一人一人に頼みました。 五人の若者はそれぞれに大冒険をしましたが、かぐや姫の望んだ品物を手に入れた者は一人もいませんでした。 なんとか五人の若者を追い返したかぐやひめですが、かぐやひめのうわさはとうとうみかどの耳にも入りました。「ぜひ、かぐやひめを后(きさき)に欲しい」 みかどの言葉を聞いたおじいさんとおばあさんは、大喜びです。「すばらしいむこさんじゃ。これ以上のむこさんはない」 お嫁にいくつもりのないかぐやひめは、何とか断ろうと思いましたが、みかどに逆らえば殺されてしまうかもしれません。 それ以来、かぐやひめは毎晩毎晩悲しそうに月を見上げては泣いていました。 ある日、おじいさんとおばあさんが心配してわけをたずねると、かぐや姫は泣きながら言いました。「実は、わたくしは月の世界のものです。今まで育てていただきましたが、今度の満月の夜には月へ帰らなくてはなりません」 それを知ったみかどは、満月の夜、何千人もの兵士を送ってかぐや姫の家の周りを守らせました。 何とかして、かぐやひめを引きとめようとしたのです。 けれど真夜中になって月が高くのぼると、

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兵士たちは突然ねむってしまいました。 かぐや姫はその間に、月の使いの車にのって月に帰ってしまいました。 その事を知ったおじいさんもおばあさんもみかども、とても悲しんだと言うことです。

1002 こぶ取り むかしむかし、吉四六さんと言う、とてもゆかいな人がいました。 その吉四六さんの住む村には、両方のほっぺたに大きなこぶのあるおじいさんが住んでいました。 そのこぶは、ほうっておいても何の害もないのですが、こぶが気になって仕方のないおじいさんは、そのこぶを治そうとあちこちの医者に診てもらいました。 しかし、こぶはいっこうに治らず、高い薬代のおかげで家はだんだん貧しくなっていきました。 それでもおじいさんはあきらめず、江戸(えど→東京都)の名医に診てもらう費用を得る為に、自分の家を売ってしまおうと考えたのです。 これを知った息子の太郎兵衛は、あわてて吉四六さんに相談しました。「何とかして、家のじいさまに、こぶの療治をあきらめさせる法はないものだろうか?」 すると吉四六さんは、にっこり笑って言いました。「よし、おれに任せろ。明日、おれが行ってこぶを取ってやるからな」 次の朝、吉四六さんは腰に手オノをさして、手にはざるを持ち、おじいさんの家の前に立って大声をあげました。「えー、こちらは、こぶ屋です。こぶはありませんか。こぶがあったら高く買いますよー」 すると思った通り、おじいさんが飛び出してきました。「こぶを買い取るとは、本当か!」  すると吉四六さん、とても真面目な顔で言いました。「はい、わしは昨日山に行って天狗からこぶの注文を受け、こぶ取りの術を教わってきました。おじいさん、あんたのこぶが不用なら、わしに売ってくれませんか。値段は一つ八文だから、両方で十六文だ」「何と、それはありがたい! こぶを取る為には、家を売ってもかまわないと思っていたところだ。それが十六文で売れるなんて。さあ、早く取ってくれ」 おじいさんは大喜びで、こぶを売る事にしました。 吉四六さんはこぶ代の十六文を払うとおじいさんを土間に座らせて、「ちんんぷいぷい、うんたらかんたら・・・」と、 適当な呪文を唱えながらこぶをなでていましたが、突然、右手に隠していた手オノを振り上げたのです。 それを見たおじいさんは、びっくりして叫びました。「吉四六さん! 何をするつもりだ!?」「何って、この手オノで、こぶを切り落とすんだ!」「め、めっそうな! そんな事をしたら、命がなくなってしまう」「かもしれねえが、別にあんたの命がどうなろうと関係ない。ただわしは、こぶだけを買ったのだから」「吉四六さん、許してくれ! もうこぶは売らない」「では、こぶがおしくなったのか?」「うん、おしくなった!」 すると吉四六さんは、やっと手オノを下に置いて、「じゃ、今日は止めておこう。だが、こぶの代金は払ってあるのだから、大事にしまっておいて下さいよ」 そして吉四六さんは、隣にいた息子の太郎兵衛に言いました。「太郎兵衛、お前が証人だ。おじいさんがこぶを邪魔だと言ったら知らせてくれ。すぐに取りに来るから」「うん、わかった。じいさまがちょっとでもこぶを邪魔だと言ったら、すぐに知らせるよ」 それからおじいさんは、こぶを取る事をあきらめたという事です。

1003 正体のばれたキツネ むかしむかし、ある小さな山の茶店に、一人のさむらいが入ってきました。「ごめん」「はい、いらっしゃいませ」「じいさん、ここのダンゴは、うまいと評判だ。わしにも一皿、もってまいれ」「はいはい。どうぞ、めしあがってくださいませ」 茶店のおじいさんは、お茶とダンゴをはこんできました。 その時、おじいさんはさむらいの顔を見てびっくりしました。「あれ、まあ!」 何と、おさむらいの耳はピーンと三角にとがっていて、顔のあちこちに茶色の毛が生えています。(ははーん、このおさむらいはキツネだな) おじいさんは正体を見抜きましたが、キツネはうまく化けたつもりで、むねをはっていばったかっこうをしています。 おかしくなったおじいさんは小さなおけに水を入れて、さむらいの前へ持って行きました。「おさむらいさま、お顔と耳が少し汚れておいでのようです。どうぞ、この水をお使いください」「ふむ、これはどうも」 うなずいたさむらいは、おけの中をのぞいてびっくり。(コンコン、これは化けそこなった!) キツネは、大あわてです。「さあ、おさむらいさま。ごゆっくり、召し上がってくださいませ」 おじいさんがそう言っても、キツネには聞こえません。 キツネはダンゴも食べずに、そのまま山の方へ逃げていってしまいました。 次の日、おじいさんはたきぎをひろいに、山の中へ入っていきました。 すると、どこからか、「おじいさん、おじいさん」と、よぶ声がします。 おじいさんは見回しましたが、誰もいません。「はて? 何のご用ですか?」 おじいさんが言うと、「おじいさん、昨日はおかしかっただろう。大失敗だったよ。ウフフフ、アハハハ」と、笑い声が聞こえてきました。「ああ、昨日のキツネさんか。そう言えば、あの時はおかしかったな。アハハハ」 おじいさんも、大笑いしました。

1004 山の背比べむかしむかし、ある山が自分の背の高さを自慢しました。「やっぱりぼくの方が、お前よりも高いようだな」「どうして?」「どうしてって、ぼくはお前の頭の上のが、見えるんだもの」「それなら、ぼくだって見えるさ。いいや、お前だけじゃなくて、みんなの頭の上が見えるよ。だから、もしかするとぼくは日本中で一番高い山かもしれないね」「日本中で、一番だって?!」 それを聞いて、他の山たちも集まってきました。「お前のようなチビ山の、どこが一番なんだ?」「そうさ、一番は、このおれさ」「何だと、おれに決まっているだろう!」「よーし、誰が一番高い山か、比べっこしよう」 こうして山たちは背比ベをしようとしたのですが、そこで困った事に気がつきました。 いったいどうやって、どちらが高いかを比べたらいいのでしょう

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か? みんな大きな山なので、近くに並べるわけにはいきません。「どうしようか?」 山たちが困っていると、人間たちが言いました。「それなら長い長いといをつくって、それを背比ベする山と山のてっペんにのせるんですよ。そして雨が降るのを待つのです。水は低い方へ流れていきますから、といにたまった水が流れてきた方が低いの山です」「なるほど、それはいい考えだ」 そこで人間たちは、背比べをする山から山へ長いといをかけました。 しばらくすると雨が降ってきて、といにたまった水が流れはじめました。「やったー! ぼくのところへは流れてこないぞ! ぼくが一番高い山なんだ。・・・あれ?」 そう言っているところへ、別のといから水が流れてきました。「ははーん。一番高いのは、お前じゃあない。一番高いのは、このおれさ。なにしろおれのとこめには、水が流れて来ないからね」「うーん、しかたがない。お前が日本で一番高い山だ」 こうしてとうとう、日本一高い山が決まったと、みんなは思いました。 すると、その時です。 ズシーン!! ものすごい音とともに、大きな大きな山が飛んで歩いてきました。「なっ、なんだ、あの大きな山は!」 おどろく山たちに、その大きな山が言いました。「やあ、ぼくは富士山さ。山の大きさ比べをしていると聞いて、ここまで飛んできたんだ。どうだい、ぼくより大きい山はいるかい?」「・・・・・・」「・・・・・・」 背比べしていた山たちは、はずかしくて何も言えませんでした。 こうして富士山が、日本一高い山となりました。 ちなみに、ジャンプしてきた富士山が着地した場所は大きくへこんで、そこに水がたまって今の琵琶湖(びわこ)が出来たそうです。

1005 舟の渡し賃 むかしむかし、吉四六さんと言う、とてもゆかいな人がいました。 ある日の事、吉四六さんは庄屋(しょうや)さんに呼ばれました。「すまない、吉四六さん。渡し舟の船頭が病気で倒れてしまったんだ。今日だけでいいから、代わりに渡し舟の船頭になってはくれまいか」「はい、いいですよ」 そんなわけで、吉四六さんは今日一日、村の渡し舟の船頭です。「暇じゃな。誰か客が来ないかなあ」 川縁でタバコを一服していると、旅の侍(さむらい)がやって来ました。「これ、船頭。渡し賃はいくらだ?」「はい。片道、八文(→二百四十円ほど)です」 すると旅の侍は、威張って命令しました。「八文とは高い。六文にいたせ!」 吉四六さんは、(このケチ侍め)と、思いましたが、侍とけんかをしても負けてしまいます。「では、舟を出しますよ」 吉四六さんは、侍を乗せてこぎ出しました。 ところが、あと少しで向こう岸に着くというところで、吉四六さんは舟を止めました。「六文では、ここまでです。あと二文出してくれれば、向こう岸まで着けますが、どういたしましょう?」「何だと。ここで降りて、あとは泳いで行けというのか!」「いいえ、あと二文出せば、向こう岸までお送りしますよ」「ええい、こうなれば意地比べだ。向こう岸までやれないのなら、元の岸に戻せ!」「へい、分かりました」 吉四六さんは素直に舟を戻すと、侍の前に手を出しました。「では、六文のところを行って帰って来ましたので、合計十二文ちょうだいいたします」「・・・くそーっ! わしの負けだ!」 侍は十二文を払うと、どこかへ行ってしまいました。

1006 京のカエル大阪のカエルむかしむかし、京都に一匹のカエルがいました。 もう長いこと京都に住んでいたので、どこかちがう所へ行ってみたいと思っていました。 ある時、大阪はとてもいい所だという話を聞いたので、「よし、ひとつ、大阪見物にでも、行ってこよう。ケロ」と、思いたち、さっそく出かけることにしました。「よせよせ、大阪まではとても遠くて、たいへんだぞ。ケロ」 仲間のカエルが言いましたが、「なあに、へっちゃらさ。大阪見物の話を聞かせてやるから、待っていな。ケロ」と、言って、そのカエルはピョンピョンと出かけて行きました。 真夏の事なので、お日さまはカンカンですし、道は遠いし、カエルはくたびれてしまいました。 それでも大阪をひと目見たいと、ピョンピョンと歩いていきました。 さて、大阪にも一匹のカエルがいました。 そのカエルも、もう長いこと大阪に住んでいましたので、どこかちがう所へ行ってみたいと思っていました。 ある時、京都はとてもいい所だという話を聞いたので、「よし、京都見物にでも、行ってこようか。ケロ」と、さっそく、出かけることにしました。「よせよせ、京都まではとても遠くて、たいへんだぞ。ケロ」 仲間のカエルが言いましたが、「なあに、へっちゃらさ。京都見物の話を聞かせてやるから、待っていな。ケロ」と、言って、そのカエルもピョンピョンと、出かけていきました。 お日さまはカンカンてるし、道は遠いし、カエルはくたびれてしまいました。 それでも京都をひと目見たいと、カエルは、ピョンピョンと歩いていきました。 京都と大阪の間には、天王山(てんのうざん)という山があります。「この山をこせば大阪だ。ケロ」 京都のカエルは元気を出して、よっこら、やっこら、山を登っていきました。「この山を越せば京都だ。ケロ」 大阪のカエルも元気を出して、よっこら、やっこら、山を登っていきました。 お日さまは暑いし、山道は急だし、京都のカエルも大阪のカエルもクタクタです。 二匹とも、やっと天王山のてっペんにたどり着き、そこでバッタリ出会いました。「あなたは、どこへ行くんですか? ケロ」「京都見物ですよ。ケロ」「およしなさい。京都なんてつまりませんよ。わたしは大阪見物に行くんですよ。ケロ」「あなたこそ、およしなさい。大阪なんてつまりませんよ。ケロ」 そこで京都のカエルは立ちあがって、大阪の方を見ました。「本当だ。よく見ると、大阪も京都とたいして変わらないや。ケロ」 大阪のカエルも、立ちあがって京都の方を見ました。「本当だ。よく見ると、京都も大阪とたいして変わらないや。ケロ」 それなら行ってもつまらないと、二匹のカエルは元来た道を帰っていきました。 でも、二匹のカエルが見たのは、本当は自分たちの町だったのです。 えっ? なぜって、カエルの目玉は頭の上についているでしょう。 だから立ちあ

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がると、後ろしか見えないのです。

1007 ふしぎなたいこ むかしむかし、げんごろうさんという人が、ふしぎなたいこを持っていました。 表側をトントンたたいて、「鼻、高くなあれ。鼻、高くなあれ」と、言うと、鼻が高くなります。 反対に裏側をトントンたたいて、「鼻、低くなあれ。鼻、低くなあれ」と、言うと、鼻が低くなります。 げんごろうさんは人に頼まれると、トントンと、たいこをたたいて鼻を高くしたり低くしたりしてあげました。 ある日の事、げんごろうさんは、ちょっといたずらをやってみたくなりました。「トントントントンと、どこまでもたいこをたたいたら、おれの鼻はどこまでのびるのだろう。どれ、ためしてみよう」 そこでたいこを持って原っぱへ行って、トントントントンとたたきました。「鼻、高くなあれ。鼻、高くなあれ」 すると鼻はニョキニョキとのびて、腕の長さぐらいになりました。 トントントントン、トントントントン。 鼻はたたくたびにのびて、木よりも高くなりました。 トントントントン、トントントントン。 鼻は、山より高くなりました。 トントントントン、トントントントン。 鼻はとうとう、白い雲に届きました。 さて、この雲の上は天国です。 ちょうど天国の大工たちが、天の川の橋をかけているところでした。 そこへげんごろうさんの鼻が、下からのびてきたのです。 でも天国の大工たちは、それが鼻だなんて知りません。 うっかり鼻を材木と間違えて、橋のらんかんにしばりつけてしまいました。 下の原っぱでは、げんごろうさんがビックリしています。「あれっ! 鼻がつかえてしまったぞ。仕方ない、少しひっこめよう」 今度はたいこの裏側をトントントントン、トントントントンと、たたきました。「鼻、低くなあれ。鼻、低くなあれ」 ところが鼻はギュッとしばってあるので、鼻が短くなるたびに、げんごろうさんの体は空へあがっていきました。「うひゃあ、どうして体があがっていくんだ!」 げんごろうさんは、大あわてです。 それでもトントントントン、トントントントンとたたいてたたいて、げんごろうさんは雲の上の天国にやって来ました。 天国の大工さんたちは昼ご飯を食べに行って、仕事場には誰もいませんでした。「なんだ、おれの鼻を材木と間違えたのか。そそっかしいなあ」 げんごろうさんは、自分でなわをほどきました。 でも、どうやって帰ったらいいのでしょう。「困ったなあ」 腕組みをしながら考えていると、足もとの雲が風に吹かれて動きました。 すると雲のすきまから、青い湖が見えました。「うわー! いいながめだな。・・・ああっ!」 げんごろうさんは足をふみはずしてしまい、まっさかさまに湖のまん中へ、 ボッチャーーン!!と、落ちました。 げんころうさんは何とか助かりましたが、このままではいつかおぼれてしまいます。 げんごろうさんは岸を探して、一生懸命にに泳ぎました。 そして、ずーっと、ずーっと泳いでいたら、いつのまにか手と足がなくなって、さかなのようにひれと尻尾が生えました。 そして体には、うろこが生えました。 そしてついにはげんごろうさんは、『げんごろうブナ』という小さなさかなになってしまったのです。

1008 吉四六さんの水風呂 むかしむかし、吉四六さんと言う、とてもゆかいな人がいました。 ある時、吉四六さんは大勢の百姓たちと一緒に米を馬に積んで、年貢を納める為に役人の所へ向かいました。 この日はとても暑い日だったので、みんなへとへとです。 特に馬は重い米だわらをつけているので、可哀想なほど苦しそうです。 でももう少し行くと、小さな泉があります。 あまり水が良くないので人は飲めませんが、馬なら大丈夫です。「もう少しだ、我慢しろよ」 みんなはそれぞれ自分の馬をいたわりながら、山道を進みました。 そしてやっとの事で、その泉に到着したのです。「さあ、飲みな」 先頭の百姓が、馬を泉のそばに引き寄せましたが、「あっ! ・・・なんて事だ!」 長い日照り続きだった為に泉の水が減って、もう少しの所で馬の口が水に届かないのです。「おい、誰かおけを持っていないか?」「・・・・・・」 しかし誰も、そんな用意はしていません。 百姓たちは代わる代わる自分の馬で試してみましたが、どの馬ももう少しのところで届きません。「やれやれ、これは弱った」「このまま水も飲ませずに無理をすれば、馬が倒れてしまうぞ」 みんなが困っていると、吉四六さんが言いました。「おいみんな、ちょっと待ってろ。おれがうまく馬に水を飲ませてやるから」 そして吉四六さんは着物を脱いで、裸になりました。「吉四六さん、もしかして掘るつもりか? いくら掘っても、これ以上は水はわかないよ」 みんなはそう言って笑いましたが、でも吉四六さんは構わずに泉の中に飛び込んで首までつかると、向う側に身を寄せました。「うひゃーーっ、ちょっと冷たいが、こりゃいい気持ちだ。さあ、これで水かさが増したぞ。もう何人かが手伝ってくれりゃあ、馬の口が届くはずだ」 それを聞いたみんなは、ようやく吉四六さんの考えがわかりました。「なるほど! 掘るんじゃなくて、飛び込んで水かさを増したのか。これは名案、さすがは吉四六さんだ。よし、わしらも手伝うぞ」 ほかの百姓さんたちも裸になって泉に飛び込んだお陰で、馬は無事に泉の水飲む事が出来たのです。

1009 六つの「子」の字むかしむかし、嵯峨天皇(さがてんのう(在位809~823))が国をおさめていたとき、都の御所(ごしょ→てんのうのすまい)の近くに、こんな札がたてられました。《無悪善》 人だかりがしているので、見回りの役人たちが割り込んできました。「どけ、何事だ! むっ、・・・?」「お役人さま、いったい、何とかかれておるのですか? 読んでお聞かせください」 人々にたずねられて、役人はすっかり困ってしまいました。「『無、悪、善』。・・・こ、これはだな、その、難しくて、わしらにゃチンプンカンプンじゃ。これはみかど(→てん

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のう)に、じきじきにお目にかけよう」 役人たちは、たて札を引き抜くと、みかどに届けましたが、みかどにもたて札が読めません。 そこで、みかどおかかえの学者たちが、御所に集められました。「その方たち。これは何と読み、どんな意味じゃ」 みかどがたずねましたが、学者たちは、「はて?」「さて?」「はてさて?」と、考え込むだけで、誰も答えられません。「ええーい、なんともふがいない。それでも学者か」 みかどがなげくと、一人の学者が言いました。「学者であり、書の名人でもある小野篁(おののたかむら)ならば、読みとけるかもしれません」 そこでさっそく、使いが出されました。 御所に呼ばれたたかむらは、みかどにたずねました。「これを読み解くのは簡単です。しかし、あまり良い意味ではありません。ありのままに読んでもよろしいのですか?」「よいから、はようにもうせ」「では。 ・・・これは、『悪』から『無』にもどり、『善』を終わりに読むのです。 『悪』は、さがと読み、『無』は、なくば、『善』は、よい。 つまり、《さがなくばよい》。 さがてんのうがいなければ、世の中がもっと良いのに。 と、言う、なぞかけ言葉にございます」「な、なにっ! わしがいなければ良いじゃと!」 みかどは青筋を立てて、たかむらをにらみつけました。「おかかえの学者たちが誰一人読めないのに、お前はやすやすと読み解いた。と、言う事は、お前が書いたに違いない! お前は、島流しじゃ!」 島流しとは、罪人を離れ島に流して、そこから一生出られなくする罰です。 するとたかむらが、小さくつぶやきました。「学問をつんだばかりに、いわれのない罪をかぶろうとは。世も末だ」 これを聞いたみかどは、またたかむらをにらみつけました。「なに! お前の学問がどれほどのものか、ためしてやろう。しばらく、待っておれ!」 みかどは、おかかえの学者たちに、文字のなぞなぞを作らせました。「これで、いかがでしょう?」 おかかえの学者たちが考えたのは、《子子子子子子》と書かれた文字でした。 みかどには、何の事かさっぱりわかりません。「・・・? これは、何と読む?」「はい、子(ね)子(この)子(この)子(こ)子(ね)子(こ)。『ネコの、子の、子ネコ』で、ございます」「なるほど、よく考えた! これなら、たかむらでも読めまい」 みかどはさっそく、このなぞなぞをたかむらにつきつけました。「これを読み解ければ、島流しは許そう。だが読めねば、一生島暮らしだ」 すると、たかむらは、「わかりました。これは『ネコの、子の、子ネコ』です」と、いとも簡単に答えました。「むっ、むむむ、正解じゃ」 くやしがるみかどに、たかむらは言いました。「みかど、この《子子子子子子》には、実は別の読み方があるのです」「ほう、何と読むのじゃ?」「子(し)子(しの)子(この)子(こ)子(じ)子(し)。つまり、『獅子(しし)の、子の、子獅子(こじし)』で、ございます」 それを聞いたみかどは、思わず手を叩きました。「うむ、あっぱれ。お前こそ、本当の学者じゃ」 みかどは島流しの罪を取り消して、たかむらにたくさんのほうびをとらせたということです。

1010 切れない紙むかしむかし、彦一(ひこいち)と言う、とてもかしこい子どもがいました。 ある日、彦一と庄屋(しょうや)さんが、茶店の前にさしかかると、「ワハハハハッ。 ええか、よく聞けよ。 向こうは十五人で、こっちはわし一人。 向こうも強かったが、わしはもっと強かった。 右に左にバッタバッタときりすて、あっという間にみんなやっつけてしまったわ。 ワハハハハハハッ。 うん? 酒がねえな。 おい、ばばあ! 酒だ、酒持ってこい」と、ぶしょうひげを生やした身なりの悪い浪人(ろうにん)が、酒をあおりながら得意になってしゃべりまくっています。 すると、茶店にいた旅人が教えてくれました。「ああやって、みんなをおどかしてはただの酒を飲み歩いている、たちの悪い浪人ですぜ。強そうなので誰も知らん顔しているが、誰かとっちめてくれねえかね」 確かにみんな怖がって、浪人と目を合わそうともしません。「やい、ばばあ! 酒はどうした! ・・・なにい、お金だと。 ぶ、ぶれい者め! このおれさまから、金をとろうとぬかすのか。 おもしれえ、とれるものならとってみろ!」 浪人は茶店のおばあさんをつきとばすと、勝手に店の酒を飲みはじめました。 たまりかねた庄屋さんが何か言おうとした時、それより早く彦一が浪人の前へ出ました。「もしもし、おさむらいさん」「なんじゃ、お前は。小僧のくせにひっこんでろ!」「あんたは、本当にさむらいですか?」「な、なに? ぶ、ぶ、ぶしにむかって! ぶ、ぶ、ぶ、ぶれいなやつ!」「そう、『ぶ、ぶ、』言わないでくださいよ。つばが飛んでくるじゃありませんか」「こ、こ、こやつ、ますますもって、ぶ、ぶ、ぶ、ぶれいな!」「ほら、また飛んできた。ところで本当に強いんですか? そんな自慢するほど」「なっ、つ、つ、強いに、決まっているだろう!」「そんなに強いなら、これが切れますか?」 彦一はそう言うと、ふところから一枚の紙を取り出して、浪人の目の前に広げました。 浪人は、ひたいに青すじを立てて怒ります。「ば、ば、ばかにするな! た、た、たかが紙きれ、一刀のもとだ。そうじゃ、ついでにお前も、まっぷたつにしてやるぞ。かくごはよいか!」 浪人は酒の入った茶わんを放り投げると、ギラリと刀を抜きました。「わあーっ、抜いたぞ!」 見ていた旅人たちが、さあっと、あとずさりしました。「彦一、ここはわしにまかせて、逃げた方がいいぞ」 庄屋さんが言いましたが、しかし彦一は落ち着いたものです。「では、こうしましょう。あなたがこの紙を切ったなら、あなたがここで飲み食いしたお金をわたしたちが払います。でももし切れなかったら、自分で払ってくださいよ」「おう、そりゃおもしれえ」「ちゃんと、約束してくれますか」「くどい! ぶしに二言はないわ!」 するとそこへ、ちょうど通りかかった立派な武士が二人に声をかけました。「せっしゃが、立合人になってしんぜる。もし約束をたがえたら、せっしゃが相手になってつかわそう。さあ、両人とも用意をいたせ」「さあ小僧! 紙をどこへでも置け!」 浪人はニタニタ笑いながら、刀を高くふり上げました。 すると彦一は、近くの大きな石の上に紙を広げて言いました。「さあ、まっぷたつに、どうぞ」「う、・・・」 浪人は刀をふり上げたまま、目を白黒させました。「さあさあ、早くじ

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まんの腕前を見せてください」「ううむ・・・」 いくら剣術の名人でも、石の上に広げた紙を切るのは至難の業(しなんのわざ→とても難しいこと)です。「さあ、遠慮せずにどうぞ」「ううむ・・・」 動かない浪人に、立合人の侍が自分の刀に手をかけて言いました。「どうした、そこの浪人。約束通り、紙を切ってみよ。なにをグズグズしておるか」「む、むむむ」「切れぬか。しからば飲み食いした金を払い、ここを立ちされ。でないと、立会人のせっしゃが相手いたす。覚悟はよいか!」「お、お待ちくだされ。払う、払いますから、ですからどうぞ、ご、ごかんべんを」 さっきまでのからいばりはどこへやら、浪人は大あわてで金を払って逃げてしまいました。 侍は彦一の方に向き直ると、彦一に言いました。「お主、なかなか大した勇気の持ち主だな」「いえ、それほどでも」「だが、もしあの浪人が紙を切っていたらどうする?」「大丈夫です。いくらがんばっても、あの浪人の酒に酔った腕では紙は切れませんよ。もっともあなたなら酒に酔っていても、見事に紙をまっぷたつにするでしょうが」「なるほど、お主は勇気だけでなく、大した知恵と眼力を持っておる」 侍をはじめ大勢の見物人は、あらためて彦一に感心しました。

1011 おキツネのお産 むかしむかし、あるところに、とても腕のいいお産婆(さんば)さんがいました。 お産婆さんとは、赤ちゃんを産むお手伝いをしてくれる人の事です。 このお産婆さんに来てもらうと、どんなにひどい難産でも楽に赤ちゃんを産む事が出来ると評判でした。 ある夜の事、お産婆さんが寝ていると、ドンドンドンと誰かが戸をたたきました。「はて、急なお産かな?」 お産婆さんが急いで戸を開けると、このあたりでは見た事のない男の人が、青い顔で肩で息をしながら立っています。「お産婆さん、早く来てください! 嫁が今、苦しんでいます! 初めてのお産なもんで、どうすればいいかわかりません!」「はいはい、落ち着いて。それで、お宅はどちらかね?」「わたしが案内しますので、急いでください!」 お産婆さんは大急ぎで着替えて、お産に必要な物を持って外へ出ました。「おや?」 外へ出たお産婆さんは、首をかしげました。 外はまっ暗なのに男の人のまわりだけは、ちょうちんで照らしたように明るいのです。「早く! 早く、お願いします!」 不思議に思うお産婆さんの手を、男の人がぐいと引っぱって走り出しました。 さて、男の人と一緒に、どのくらい走ったでしょう。 気がつくとお産婆さんは、見た事もないご殿の中にいました。 そこでは数えきれないほどたくさんの女中さんがお産婆さんを出迎えて、「どうか奥さまを、よろしくお願いします」と、頭をさげます。 長い廊下を女中頭(じょちゅうがしら)に案内されると、金色のふすまが見えました。「奥さまが、お待ちでございます」 女中頭に言われて部屋に入ると大きなお腹をかかえた美しい女の人が、ふとんの上で苦しそうに転げ回っています。「はいはい、落ち着いて。わたしが来たから、もう大丈夫」 お産婆さんはやさしく言うと女中頭にお湯や布をたくさん用意させて、さっそくお産にとりかかりました。「さあ、楽にして、りきまずに、力を抜いて、そうそう、がんばって」 すると、まもなく、「フギァアーー!」と、元気な男の赤ちゃんが生まれました。「ふう、やれやれ」 お産婆さんが汗をぬぐうと、さっきの男の人が目に涙を浮かべてお産婆さんにお礼を言いました。「本当に、ありがとうございました。無事に息子が生まれ、こんなにうれしい事はありません。どうぞ、あちらの部屋でゆっくりお休みください」 お産婆さんは長い廊下を連れていかれて、今度は銀色のふすまの部屋に案内されました。「おや、まあ」 そこには黒塗りの見事なおぜんがあり、お産婆さんのために用意されたごちそうがならんでいます。 「ああ、ありがたいねえ」 お産婆さんは用意されたごちそうをパクパクと食べると、うとうと眠ってしまいました。 それから、どのくらい時間がたったでしょう。 コケコッコー! 一番どりの鳴き声で、お産婆さんははっと目を覚ましました。「ここは?」 立派なご殿にいたはずなのに、お産婆さんが目を覚ましたのは古い小さな小屋の中でした。「不思議な事もあるもんだねえ」 お産婆さんは村に帰ると、村の人たちにゆうべの事を話しました。 すると村人たちは口々に、「それはきっと、お産婆さんの評判を聞いて、キツネが頼みに来たにちげえねえ」と、言ったそうです。

1012 タニシ長者(ちょうじゃ) むかしむかし、あるところに、貧乏なお百姓(ひゃくしょう)さんの夫婦がいました。 夫婦には子どもがいないので、さびしくてたまりません。「神さま、どうぞ子どもをさずけてください。どんなに小さな子どもでも、タニシのような子どもでもいいんです」 夫婦が神さまにお願いすると、間もなく赤ちゃんが生まれました。 でもそれは人間ではなく、タニシの赤ちゃんでした。「タニシのような子どもでもいいと言ったが、本当にタニシの子だ」「でも、神さまがくださったんですよ」「そうだな、タニシでも、かわいいわが子だ」 お百姓のお父さんとお母さんは、タニシの赤ちゃんを大事に育てました。 でもこのタニシの子は、何年たっても大きくなりません。 そのうちに、お父さんとお母さんは、すっかり年をとってしまいました。  ある日の事、お父さんはお米を俵(たわら)につめて、ウマにのせました。「よいこらしょ」 その時、どこからか声がしました。「お父さん、その俵、村のお金持ちの所へ運ぶんでしょう」 お父さんはビックリして辺りを見回しましたが、近くにはタニシが日なたぼっこをしているだけです。「誰もいないな。何かの聞きまちがいだな」 お父さんはそう思って、また俵をつみはじめました。「お父さん、ぼくが俵を運んでいくよ」 また、さっきと同じ声がしました。 お父さんが見回しても、やはりタニシの子しかいません。「??? ・・・もしかして、お前か?」「はい、お父さん。ぼくです」 なんとタニシが、人間の言葉をしゃべったのです。 お父さんはあわてて、お母さんを呼びにいきました。 すると二人の前でも、タニシはしゃべります。「ぼく

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はウマを引いていけないから、ぼくを俵の上にのせてよ」 お母さんも、びっくりです。「なんて不思議な子どもでしょう。きっと、神さまがくださった子どもだからですよ」「ああ、それならお使いも、出来るかもしれないな」 お父さんが三俵積んだ米俵の上にタニシをのせると、タニシは元気良く言いました。「それじゃ、お父さん、お母さん、行ってきます。それ!」 タニシの子がかけ声をかけると、ウマは歩き出しました。 タニシの子は細い道でも曲がり道でも上手にウマを歩かせ、やがてお金持ちの大きな家につきました。 庭で掃除をしていた使用人は、そのウマを見てびっくりです。「おや? お米をつんだウマが、一人でやって来たぞ。連れて来た人はどこにいった?」 するとタニシが、俵の間から出てきて言いました。「運んできたのは、ぼくです。あの、おろしてください」「うひゃ! タニシがしゃべった!」 使用人のおどろく声を聞いて、お金持ちが出てきました。 見るとタニシの子が使用人にさしずをして、俵を物置きへ運ばせています。 タニシはお金持ちに気づくと、きちんとあいさつをしました。「はじめまして。お父さんのお使いで、お米を運んできました」 それを聞いて、お金持ちは感心しました。「小さなタニシだが、なんとかしこい若者だろう」 感心したお金持ちは、タニシを自分の娘のおむこさんにしました。 お金持ちの娘はとてもやさしい人で、貧乏なタニシのお父さんやお母さんにも親切でした。 ある日の事、タニシとお嫁さんは神社に出かけました。 お嫁さんの願いは、タニシが人間になることです。(どうか神さま、だんなさまを人間にしてください) お参りを終えたお嫁さんがふと見ると、一緒にいたはずのタニシがいません。「あなた? あなた、どこへ行ったの?」 お嫁さんが泣きながらタニシを探していると、どこからか立派な若者が現れました。 お嫁さんは、若者にたずねました。「あの、この辺でタニシを見ませんでしたか? わたしのだんなさまなのです」 すると若者は、にっこり笑って言いました。「わたしが、そうです」「えっ?」「あなたが神さまにお願いしてくれたので、わたしは人間になれました」「人間に。うれしいわ!」 こうして二人は、末永くしあわせに暮らしました。

1013 話し好きの殿さまむかしむかし、あるところに、とても話し好きな殿さまがいました。 そこで家来たちは、次々と順番に殿さまのところへ行っては、色々な話しをしました。 でもそのうちに、話す話しがなくなってしまいました。 近頃は誰も話しをしてくれないので、殿さまはとてもたいくつそうです。「ああ、わたしがいやになるまで、話しをしてくれる者はいないのだろうか」 殿さまは話しをしてくれる者を探そうと、国中にこんなおふれを出しました。《殿さまがいやになるまで話しをしてくれた者には、ほうびにお姫さまをお嫁にやる》 それから数日後、一人の若者がお城へやって来ました。「お殿さまに、お話しをしにまいりました。お殿さまにお話しをして、お姫さまをお嫁さんにいただぎます」 すると家来たちが、心配そうに言いました。「殿さまは、いくら話しをお聞きになってもあきないお方だ。大丈夫か?」「はい。大丈夫です。話しは得意です」「そうか、では来なさい」 家来が若者をお殿さまのところへ連れて行くと、若者はさっそく話しを始めました。「むかしむかし、あるところに、大きな大きなかしの木があったとさ」「うんうん。大きなかしの木があったのだね。なるほど、それで」「はい」 若者は、エヘンと一つせきをすると、話しを続けました。「その大きなかしの木には、ドングリがいっぱいなっていました。空の星の数よりも、ずっとたくさんです」「そうか。かしの木にドングリがなったのか。なるほどなるほど。それで」「かしの木は、池のはたにありました。池には、石がありました。大きな石で、カメのせなかのように、水にポッカリういていました」「ほう、かしの木は、池のはたにあったのだね。池には石があって、カメのせなかのように水の上に出ていたのだね。なるほどなるほど。それからどうした」「はい。ここからが、おもしろいところです」 若者はまたせきを一つすると、話しを続けました。「ドングリが、ポロンと石におちたとさ。 コロコロころんで、池へジャボン。 しばらくすると、また一つ。 ドングリが、ポロンと石におちたとさ。 コロコロころんで、池へジャボン。 しばらくすると、また一つ。 ドングリが、ボロンと石におちたとさ。 コロコロころんで、池へジャボン。 しばらくすると、また一つ。 ドングリが、ボロンと石におちたとさ。 コロコロころんで、池へジャボン。 しばらくすると、また一つ。 ドングリが、ボロンと石におちたとさ。 コロコロころんで、池へジャボン。 しばらくすると・・・」「まてまて」 殿さまは、若者の話をとめました。「それからドングリが一つ、ボロンと石におちたのだろう?」「はい、その通りでございます」「コロコロころんで、池へジャボン。そうだろう?」「はい、その通りでございます」「そこまではわかった。その先を話せ」「はい」 若者はおじぎをすると、話を続けました。「しばらくすると、また一つ。 ドングリが、ポロンと石におちたとさ。 コロコロころんで、池へジャボン。 しばらくすると、また一つ。 ドングリが、ポロンと石におちたとさ。 コロコロころんで、池へジャボン。 しばらくすると、また一つ。 ドングリが、ボロンと石におちたとさ。 コロコロころんで、池へジャボン。 しばらくすると、また一つ。 ドングリが、ボロンと石におちたとさ。 コロコロころんで、池へジャボン。 しばらくすると・・・」「ちょっとまて」 殿さまは、むずかしい顔で若者に言いました。「そんなにおちたのなら、ドングリはもう、みんなおちてしまったろうな」「いいえ、まだまだでございます」 若者は、両手を大きく広げました。「大きな、大きな、かしの木でございます。ドングリの数も、空の星よりもたくさんあるのでございます。お話しは、まだまだ続きます。 しばらくすると、また一つ。 ドングリが、ボロンと石におちたとさ。 コロコロころんで、池へジャボン。 しばらくすると、また一つ。 ドングリが、ボロンと石におちたとさ。 コロコロころんで、池へジャボン。 しばらくすると、また一つ。 ドングリが、ボロンと石におちたとさ。 コロコロころんで、池へジャボン。 しばらくする

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と・・・」 若者の話しは、いつまでもいつまでも同じでした。「まてまて。もうよい。その話し、いつまで続くのかね」「はい。まだまだでございます。こんな大きなかしの木です。ドングリは、空の星よりもたくさんあるのでございます。そのドングリが一つものこらずおちるまで、このお話しは続くのでございます。 しばらくすると、また一つ。 ドングリが、ボロンと石におちたとさ。 コロコロころんで・・・」「やめてくれ。もうたくさんだ」 殿さまは、とうとう話しにあきてしまいました。 こうして若者は約束通り、お姫さまをお嫁にもらったということです。

1014 ヒバリとお日様 むかしむかし、お金持ちのヒバリが、お金を貸す商売をしていました。 ある春の日の事、お日さまがヒバリにお金を貸してくれとたのみました。「ヒバリさん、すまないが、お金を十両ばかり貸してくれないか。夏には返すから」「はい、いいですよ。その代わりに返すときは、十一両ですよ」「わかった。助かるよ」 お日さまはヒバリから十両を借りると、喜んで帰って行きました。 やがて、夏がきました。 夏はヒバリにお金を返す約束ですが、お日さまはカンカンてっているだけで、お金を返しにきません。 そこでヒバリはお金を返してもらおうと、お日さまのところへ飛んでいきました。「お日さま、もう夏ですよ。そろそろお金を返してください」「・・・・・・・」 お日さまは何も答えず、強い日差しをますます強くしました。「わあ、まぶしい! それに暑い!」 ヒバリは目がくらんで、それ以上は近づけませんでした。 そのうちに、すずしい秋になりました。 カンカンてっていたお日さまの光も、だんだん弱くなりました。 それでヒバリは、また空高く飛んでいくと、「お日さま、お金を返してください!」と、さけびました。 すると、お日さまは、「ああ、また今度来てくれないか。今はいそがしいから」と、言って、雲(くも)にかくれてしまったのです。 そこでしばらくしてからヒバリがお日さまのところへ行くと、お日さまは雨雲に頼んで大雨を降らせました。「わあ、すごい大雨だ!」 かわいそうにヒバリは、ずぶぬれで帰って行きました。 そんな事をしているうちに、冬がきました。 ヒバリは何度もお日さまのところへ行きましたが、そのたびに冷たい風がふいたり、大雪が降ったりするので、ヒバリはお日さまに会う事も出来ませんでした。 お正月になりました。 毎年ヒバリは、お正月にたくさんのおもちを買うのですが、お日さまがお金を返してくれないので、今年はお正月のおもちを買う事が出来ません。「ああ、おもちが食べたいな。・・・こんなにさみしいお正月になったのは、全部お日さまのせいだ!」 怒ったヒバリは春になると、お日さまに文句を言いました。「お日さま、今日こそはお金を返してください! 絶対に返してください!」「・・・・・・」 お日さまは知らん顔で、雲に隠れてしまいます。「返せ! 貸したお金を返せ!」 お日さまは今でも、ヒバリにお金を返しません。 それで今でも春になると、ヒバリは高い空の上で一生けんめいにさけぶのです。「お金を返せ! お金を返せ!」と。

1015 ふるやのもりむかしむかし、雨の降る暗い晩の事、おじいさんが子どもたちに話を聞かせていました。「じいさま、一番こわいもの、なんだ?」「・・・そうだの、人間ならば、どろぼうが一番こわい」 ちょうどその時、どろぼうがウマ小屋のウマを盗もうと屋根裏にひそんでいました。 どろぼうは、これを聞いてニヤリ。(ほほう。このおれさまが、一番こわいだと)「じいさま、けもので一番こわいもの、なんだ?」「けものならば、・・・オオカミだの」「じゃあ、オオカミよりこわいもの、なんだ?」「そりゃ、ふるやのもりだ」 ウマを食べようとウマ小屋にひそんでいたオオカミは、それを聞いておどろきました。 ふるやのもりとは、古い屋根からポツリポツリともる雨もりの事です。 だけどオオカミは、そんな事とは知りません。「おらよりこわいふるやのもりとは、いったいどんな化物だ?」と、ガタガタふるえ出しました。 屋根裏のどろぼうも話を聞いて、ヒザがガクガクふるえています。「ふるやのもりというのは、どんな化物だ?」と、ビクビクのところへ、ヒヤリとした雨もり(→ふるやのもり)が首にポタリと落ちました。「ヒェーーッ! で、でたあー!」 どろぼうは足をふみはずして、オオカミの上にドシン!「ギャーーッ! ふ、ふるやのもりだっ!」 オオカミはドシンドシンと、あちこちぶつかりながら、ウマ小屋から飛び出しました。 振り落とされてはたいへんと、どろぼうは必死にオオカミにしがみつき、オオカミは振り落とそうとメチャクチャに走り続けます。 夜明けごろ、うまいぐあいに突き出ている木の枝を見つけたどろぼうは、「とりゃー!」と、飛びついて、そのまま高い枝にかくれてしまいました。「たっ、助かった」 オオカミの方は背中にくっついていた物がとれて、ホッとひといき。「だが、まだ安心はできん。ふるやのもりは、きっとどこかにかくれているはず。友だちの強いトラに退治(たいじ)してもらおう」と、トラのところへ出かけました。 話を聞いてトラも恐ろしくなりましたが、いつもいばっているオオカミの前でそんな事は言えません。「ふるやのもりという化け物、必ずわしが退治してやる。安心せい」 トラとオオカミは一緒に、ふるやのもりを探しに出かけました。 すると高い木のてっペんに、なにやらしがみついています。 オオカミはそれを見て、ガタガタとふるえ出しました。「あ、あれだ。あ、あれが、ふるやのもりだ」「なに、あれがそうか。なるほど、恐ろしい顔つきをしておるわい」 トラは、こわいのをガマンして、「ウォーッ! ウォーッ!」と、ほえながら木をゆさぶりました。 するとどろぼうが、二匹の上にドシン! と落ちてきました。「キャーン!」「ニャーン!」 トラとオオカミはなさけない悲鳴をあげながら、逃げて行きました。 どろぼうは地面に腰を打ちつけて大けがをし、オオカミは遠い山奥に逃げ、そしてトラは海を渡って遠い国まで逃げて行って二度と帰ってはきませんでした。

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1016 腰折れスズメむかしむかし、あるところに、心やさしいおばあさんと欲深いおばあさんがとなり合わせに住んでいました。 ある朝、心やさしいおばあさんが、ほうきで庭をはいていますと、庭のすみの草むらでチイチイと悲しそうに鳴くスズメがいました。「おおっ、可哀想に」 心やさしいおばあさんがスズメを手のひらにそっとのせますと、なんとスズメの腰の骨が折れているではありませんか。 おばあさんはそのスズメを家へ連れてかえり、一生懸命に看病しました。 するとだんだん、スズメの傷は治っていきました。 ある日の事、スズメが何か言いたそうにしています。「どうしたんだい? ああ、元気になったので、お家に帰りたいんだね」 おばあさんがスズメを庭先に出してやると、スズメは元気よく飛んでいってしまいました。「よかったわ、あんなに元気になって。でも、あのスズメがいなくなると、なんだかさみしいね」 それから何日かたったある朝、いつものようにおばあさんが庭をほうきではいていますと、なにやらなつかしい鳴き声が聞こえてきます。「あれあれ、あんたはあの時のスズメかい? うれしいね、会いに来てくれたのかい」 スズメはうれしそうに鳴くと、おばあさんの前に小さなタネを落として、そのまま飛んでいってしまいました。 そのタネは、ひょうたんのタネです。 おばあさんはスズメにもらったひょうたんのタネを、庭にまきました。 やがて秋になり、スズメのくれたひょうたんは立派に成長して、たくさんのひょうたんが実りました。 そしてすっかり大きくなったひょうたんを取ってみると、なんだかすごく重たいのです。「おや? どうしてこんなに重たいのかね? 何かが入っているような」 おばあさんがそのひょうたんを割ってみますと、不思議な事に中にはお米がたくさんつまっているのです。「あれまあ、不思議な事もあるものだね」 おばあさんは、そのお米でご飯をたいてみました。 そのご飯の、おいしいこと。 おばあさんはそのひょうたんのお米を近所の人にくばり、あまったお米を売ってお金持ちになりました。 さあ、それをねたましく思ったのは、隣の欲深いおばあさんです。 欲深いおばあさんは庭で遊んでいるスズメに石をぶつけてつかまえると、かわいそうにそのスズメの腰の骨をむりやり折ってしまいました。 そしてその腰の折れたスズメをかごに入れると、そのスズメに毎日えさをやりました。「さあ、はやく良くなって、わたしにひょうたんのタネを持ってくるんだよ」 そして、一ヶ月ほどがたちました。「もうそろそろ、いいだろう」 欲深いおばあさんは、スズメを庭に連れ出すとこう言いました。「今すぐ飛んでいって、米のなるひょうたんのタネを持ってくるんだよ。さもないと、お前をひねりつぶしてしまうからね」 スズメのキズはまだ治っていませんが、こわくなったスズメは痛いのをガマンして、そのまま飛んでいきました。 それから何日かたったある日の夕方、毎日庭先でスズメが帰ってくるのを待っている欲深いおばあさんの前に、あのスズメが現れました。「やれやれ、やっときたね」 欲深いおばあさんはスズメの落としていったひょうたんのタネを拾うと、それを庭にまきました。 そのひょうたんのタネはどんどん大きくなって、秋には立派なひょうたんがたくさん実りました。「よしよし、これでわたしも金持ちになれるよ」 おばあさんが包丁を持ってきて、一番大きなひょうたんの実を割ってみました。 すると中から出てきたのはお米ではなく、毒ヘビやムカデやハチだったのです。「ひぇーーー!」 他のひょうたんからも毒ヘビやムカデやハチなどがたくさん出てきて、欲深いおばあさんにおそいかかったという事です。

1017 三笠山 むかしむかし、木曽(きそ)の山中に、天狗(てんぐ)が住んでいました。 天狗は毎日、御嶽山(おんたけさん)のてっぺんに寝そべって富士山をながめては、(わしの力で、あの富士山よりも高くて立派な山をつくりたいな)と、考えていました。 そんなある日の事、天狗はこんな事を思いつきました。(富士山よりも高くて立派な山を一から作るのは大変だが、この山のてっぺんにほかの山を持ってきて三つ笠(かさ)のように並べたら、きっと富士山よりも高くて立派な山になるに違いない) そこで天狗は真夜中になると、形の良い山を探しました。 三岳村(みたけむら)にやってきた天狗は、倉越山(くらごえやま)に目をつけて、ためしに倉越山を御嶽山(おんたけさん)のてっぺんに乗せてみました。 すると、なかなかの良い出来です。「よし、この分なら、夜明けまでには出来上がるだろう。とりあえず、倉越山は元に戻してと」 天狗はすっかり安心して、少し休むつもりで横になると、そのままグーグーと眠ってしまいました。 やがて朝が来て、「コケコッコー!」と、一番どりが鳴きました。「しまった! もうそんな時間か!」 天狗はあわてて飛び起きたものの、東の空はすでに明るくなっており、おまけに朝の早い百姓に見つかってしまったのです。 ここあたりに住む天狗は、人間に姿を見られてはいけない決まりになっています。「もう少しで、富士山よりも立派な三笠山が出来たのに!」 天狗はそう叫びながら山の方へ逃げて行き、それっきり二度と姿を現わしませんでした。 この時からこの山を、三笠山と呼ぶようになったそうです。

1018 竹の子童子むかしむかし、三ちゃんという、おけ屋の小僧さんがいました。 ある日の事、三ちゃんは竹やぶへ竹を切りに行きました。「どの竹を切ろうかな?」 三ちゃんがひとりごとを言うと、後ろの方から、「・・・三ちゃん、・・・三ちゃん」と、小さな声も聞こえました。「おや、だれだろう?」 三ちゃんは、グルリとあたりを見回しました。 しかし、誰もいません。 ただ竹が、ザワザワとゆれるばかりです。「なんだ、誰もいないじゃないか」 三ちゃんが歩き出すと、また、「三ちゃあん、三ちゃあん」と、さっきよりも大きな声が聞こえるのです。「誰だい? さっきから呼んでるのは? どこにかくれているんだ?」 三ちゃんが言うと、

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すぐそばの竹が答えました。「ここだよ、ここだよ。この竹の中だよ」「この竹の中?」 三ちゃんは、竹に耳をつけてみました。 すると竹の中から、はっきりと声が聞こえてきます。「三ちゃん、お願いだよ。この竹を切っとくれ」 そこで三ちゃんは、その竹を切り倒してみました。 すると竹の中から、小さな小さな男の子が飛びだしてきたのです。「わぁーい、助かった。ありがとう!」 その男の子は、三ちゃんの小指ぐらいの大きさです。「お前は、何者だ?!」「ぼくは、天の子どもだよ」 小さな男の子は、ピョンと三ちゃんの手のひらに飛び乗りました。「ゆうべ、流れ星に乗って遊んでいたら、いじわるな竹がぼくを閉じこめてしまったんだ。でも三ちゃんのおかげで、助かったよ。これでやっと、天に帰れる」「そうか、それはよかったね。でもどうして、ぼくの名まえを知ってるの?」「天の子はね、世界中の事をみんな知っているんだよ」「ふーん、すごいね。それで、きみの名前は?」「ぼくの名前は、竹の子童子(たけのこどうじ)だよ」「竹の子童子か。いくつ?」「ぼくの年かい? まだ、たったの千二百三十四才だよ」「うへぇ!」 三ちゃんがビックリすると、竹の子童子はニコニコして言いました。「助けてもらったお礼に、三ちゃんの願いをかなえてあげるよ」「ほんとうかい?」「ほんとうさ。天の子は、うそをつかないんだ。それで、何が願いだい?」 三ちゃんは、しばらく考えてから答えました。「ぼくを、お侍にしておくれ。強いお侍になって武者修行(むしゃしゅぎょう)にいきたい」「よし、じゃ、目をつぶって」 三ちゃんが目をつぶると、竹の子童子が大きな声で言いました。「竹の子、竹の子、三ちゃんをお侍にしておくれ。・・・ほら三ちゃん、お侍になったよ」 三ちゃんが目を開けると、そこはにぎやかな京の都で、三ちゃんはいつの間にか立派なお侍になっていました。「わあ、ほんとうにお侍だ! 竹の子童子、ありがとう」 三ちゃんが手のひらを見ると、竹の子童子はいなくなっていました。

1019 長ーい文字 むかしむかし、一休さん(いっきゅうさん)と言う、とんちで評判の小僧さんがいました。 ある日の事、となり村のお寺へ出かけた和尚(おしょう)さんが、なにやら浮かぬ顔で帰ってきました。 和尚さんは、庭を掃除していた一休さんを見るなり言いました。「おお、一休。わしは今日、となり村の和尚とえらい約束をしてしもうた。頭の良いお前に、知恵(ちえ)をかしてほしいのじゃ」「はい、私でお役に立つ事でしたら」「そうか、いつもすまんのう。 実は、となり村の和尚と話をしていて、お前の事が話が出た。 わしが、『一休は知恵者で、なんでも知っておるし、なんでも出来る』と、言うたら、和尚のやつ、『それなら知恵者の一休に、日本一長い字を書いてもらおう』と、言いおった。『そんな事くらい、一休なら簡単じゃ』と、わしも引き受けたんじゃが。・・・一休、お前に出来るかのう?」 それを聞いて、一休さんは頭をポリポリとかきました。「はあ。・・・仕方ありませんね。日本一長い字、明日までに何とか考えてみます」 次の朝、一休さんは和尚さんのところへ行くと、ニコニコしながら言いました。「和尚さん、日本一長い字を書きますから、となり村のお寺へお使いを出して、あちらからうちの寺まで紙をしきつめるように言うてください。それと、竹ぼうきで作った筆と、たらいにいっぱいの墨(すみ)を用意してください」「おお、出来るのか! よし、わかった!」 さて、日本一長い字を書く用意が出来ると、一休さんはとなり村のお寺に出かけました。 となり村の和尚さんは、一休さんに言いました。「まったく、こんなにたくさんの紙を用意させおって。書けるもんなら、書いてみろ。ただしもし書けなかったら、紙代をべんしょうしてもらうぞ」「ご心配なく。それでは、私についてきてください」 一休さんは竹ぼうきで作った太い筆に墨をたっぷりふくませると、つううううーっと、紙の上にまっすぐな線を走らせました。 その線はどこまでもどこまでもまっすぐ続き、一休さんたちのお寺でようやく止まりました。 となり村の和尚さんは、一休さんに怖い顔で言いました。「なんじゃあ、これは! これは、ただの線ではないか! こんな物は字とは言えん。さあ、約束通り紙代をべんしょうしてもらおう」 すると一休さんはニッコリ笑い、今まで引いてきた線の最後をピンと右にはねて言いました。「はい。これで日本一長い字が書けました」「字だと、これのどこが・・・、あっ!」「そうです。これは、ひらがなの『し』でございます」 こうして見事に日本一長い字を書いた一休さんのとんちは、ますます評判となりました。

1020 カモ汁むかしむかし、吉四六さんと言う、とてもゆかいな人がいました。 ある時、庄屋(しょうや)さんが吉四六さんのところへ使いを寄こしました。「カモをたくさん取ったので、今夜カモ汁をごちそうするから来る様に」(ほう。あのけちん坊の庄屋さんがカモ汁をごちそうするなんて、珍しい事もあるものだ。よほど、たくさんのカモを取ったに違いない。それともまた、骨董(こっとう→価値のある古い美術品)の自慢かな?) 吉四六さんは思いきり食べてやろうと思って、昼ご飯も夕ご飯も食べないで庄屋さんのところへ出かけました。「おう、よく来てくれたな」 庄屋さんは吉四六さんを部屋にあげると、カモを取った時の自慢話(じまんばなし)をうんと長くしてからカモ汁を出しました。(やれやれ、やっと食べられる。・・・おや) ところがおわんのふたを取ってみると、中に入っているのはダイコンばかりで、カモの肉は小さな一切れが見つかっただけです。「どうだね、カモ汁の味は。よかったら、どんどんおかわりしてくれ」 吉四六さんがおかわりをしても、やっぱりダイコンばっかりです。(ふん、何がカモ汁だ。これじゃダイコン汁と同じじゃないか) 吉四六さんは腹を立てましたが、そこは我慢して、「とてもおいしいカモ汁でした。おかげさまで、お腹がいっぱいになりました」と、お礼を言って帰りました。 それを見て庄屋さんは、腹をかかえて笑いました。「さすがの

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吉四六さんも、とんだカモ汁をくわされたもんだ」 それから二、三日たったある日、吉四六さんがあわてて庄屋さんの家へ駆け込んで来ました。「庄屋さん、早く来て下さい! おらの畑に今、カモがどっさりとまっています」「よし、すぐ行く!」 庄屋さんは鉄砲を肩にかけ、吉四六さんのあとから走っていきました。 でも畑には、カモなんか一羽もいません。「カモなんか、どこにもいないじゃないか。わしをだますと承知(しょうち)しないぞ」 庄屋さんはすっかり腹を立て、吉四六さんに鉄砲を向けました。 でも、吉四六さんはビクともしません。「おや? あんなにたくさんいるのが、見えませんか?」 言われて吉四六さんの指差す方を見ると、一本の木にダイコンが何本もぶらさげてあります。「馬鹿者! あれはダイコンじゃないか!」「とんでもない。あれはこの前、庄屋さんの家でごちそうになったカモですよ」「むっ、むむ・・・」 さすがの庄屋さんも、これには言い返す言葉がありませんでした。

1021 ムカデの医者むかえ むかしむかし、虫たちが一軒の家で、仲良くいっしょにくらしていました。 ある日の事、カブトムシが急に苦しみ出しました。「うーん、いたい、いたいよう」「カブトムシくん、どうしたんだ! どこがいたいんだい?!」 虫たちは心配そうに、カブトムシの周りに集まりました。「とにかく、はやく医者を呼んで来ないと」「でも、だれが一番、足が速いんだろう」 すると、年寄りのカナブンが言いました。「そりゃあ、ムカデだろう。なにしろ足が、百本もあるんだから」「よし分かった。ぼくにまかせろ!」 ムカデはすぐに、げんかんに向かいました。 それからしばらくしましたが、ムカデはなかなか帰ってきません。「おそいなあ、どうしたんだろう」「足が多いから、足がはやいはずなのに」「だれか、ようすを見て来いよ」 そこでバッタとカミキリムシが、ようすを見に行くことになりました。 二匹がげんかんに行くと、ちょうどムカデがわらじをはいているところでした。「ムカデくん、やっと帰ってきたんだね。それで、医者は?」 するとムカデは、首を横に振りながら言いました。「ちがうよ、ぼくの足は百本あるから、わらじをはくのに時間がかかるんだ。まだ半分しか、はいていないんだ」

1022 もの言うカメ むかしむかし、あるところに、お金持ちのお兄さんと、貧乏な弟がいました。 ある日、弟が山へしばかりに行くと、カメが出てきて言いました。「お前は貧乏だが、心優しい正直者だ。金をもうけをさせてやるから、おいらを町へ連れて行け。おいらが歌を歌えば、お前はすぐに大金持ちだ」 そこで弟は、カメを連れて町へ行きました。 弟は人通りの多い町かどに立つと、大声で言いました。「さあさあ、めずしいカメだよ。なんと、歌を歌うカメだよ」「なに、歌を歌うカメだって!」 弟のまわりに、人々がみるみる集まってきました。 するとカメが、きれいな声で歌を歌い出したのです。♪この男は、親孝行。♪だから、おいらは歌うのさ。♪この男は、働き者。♪だから、おいらは歌うのさ。♪この男は、正直者。♪だから、おいらは歌うのさ。 それを聞いて、みんなは感心しました。「ほう、こりゃあ、ふしぎなカメだ」「それに見事。なんて良い声なんだ」 喜んだみんなは、弟にたくさんのお金をくれました。 そんな事を何度も繰り返しているうちに、弟は大金持ちになって立派な家をたてました。 これを見た兄は、「お前がお金持ちになるなんて、なまいきだ!」と、弟からカメを取り上げると、町へ出かけました。「さあさあ、よっといで、見といで、聞いといで。めずらしいカメだよ。歌を歌うカメだよ」 人々がたくさん集まってきましたが、カメはいっこうに歌を歌おうとはしません。「おい、どうした! カメよ、はやく歌え!」「・・・・・・」「こら! 歌うんだ!」「・・・・・・」  カメが歌わないので、見物人たちは怒り出しました。「このうそつきめ!」「ふてえやつだ」 兄は見物人から、ひどい目にあいました。「ちくしょう、お前のせいだ! こうしてくれる!」 怒った兄は、カメを叩き殺してしまいました。「かわいそうに」 カメが殺された事を知った弟は、泣きながら死んだカメを家のうら庭に埋めました。 そしてその上に、一本の木を植えました。 次の朝、外へ出た弟はびっくりです。 きのう、植えたばかりの木が大きくなって、天まで届いているではありませんか。 そしてもっとおどろいた事に、その木の上から、カメが何匹も何匹もならんでおりてくるのです。 おまけにそのカメたちは、みんな口に小判をくわえているのです。 おかげで弟は、ますます大金持ちになりました。 これを見た兄は、「お前が、おれよりもお金持ちになるなんて、なまいきだ!」と、カメのお墓の木を引き抜いて、自分の家の庭に植えました。 すると木はグングンのびて、天まで届きました。「こりゃあ、ありがたい。弟の時よりも、大きな木になったぞ。これなら大きなカメが、大判をくわえて来るにちがいない」 兄はニヤニヤしながら、木の上を見上げていました。「・・・きた、きたきた!」 やがて、カメが木をつたっておりてきました。 けれどどのカメも、お金なんかくわえていません。 それどころかカメたちは口にゴミをくわえて、兄の庭にすてていくのです。「この、ろくでなしのカメどもめ、はやく金を持ってこい!」 兄は、カンカンになって怒りました。 そして、「もういい。わしが自分で取りに行く!」と、兄は木をドンドンと登っていきましたが、途中で手がすべってしまい、そのまま地面に落ちて大けがをしたのです。

1023 白ギツネの恩返し むかしむかし、加賀の殿さまに可愛がられていた、弥三右衛門(やざえもん)という弓の名人がいました。 ある日の事、弥三右衛門は殿さまと一緒に狩りに出かけました。 その時、やぶの中から白いキツネが飛び出してきたのです。 白いキツネはとても縁起の良いキツネなので、殿さまはすぐに欲しくなって、「おおっ、

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白ギツネじゃ。弥三よ、あれを射よ」と、命じました。「はっ!」 弥三右衛門は馬にまたがると、キツネを追いつめて矢をはなとうとしました。 するとキツネはくるりとあおむけにひっくりかえって、お腹のあたりを前脚でさししめしたのです。 見てみてるとキツネはメスギツネで、大きなお腹をしていました。 キツネの目には、大粒のなみだがうかんでいます。「そうか。お前は母親で、お腹には子がいるのか。・・・わかった、行くがよい」 弥三右衛門は白ギツネを、そのまま逃がしてやりました。 するとこれを見た殿さまがかんかんに怒って、その場で弥三右衛門を首にしたのです。 城を追い出された弥三右衛門は、ほかの地でくらそうと旅立ちました。 そして旅の途中の峠の宿で寝ていると、あの白ギツネが女の人の姿になって夢に現れたのです。「わたしのために、まことに申しわけありません。その代わりといってはなんですが、これから江戸へお行きなさい。必ず、恩返しをしますので」 白ギツネはそう言うと、夢の中から消えていきました。「・・・夢か。まあよい、どうせ行く当てもないのだから、江戸に行ってみるか」 次の朝、弥三右衛門は夢で言われた通り江戸にむかい、浅草に住む事にしました。 弥三右衛門が浅草に来てからしばらくたった年の暮れ、また白ギツネが夢に現れました。「あなたさまに命を助けられた子どもたちは、みな元気に育っております。本当にありがとうございました。では約束の恩返しに、病を治すお札を差し上げましょう。これからはこのお札で、病気の人たちを治してあげてください」 白ギツネはそう言うと枕元にお札を一枚置いて、病気の治し方を教えてくれたのです。 そのお札は不思議な力を持っていて、弥三右衛門が教えられた通りにお札を使って治療をはじめると、どんな病気もすぐに治ったのです。 お札の治療はたちまち評判となって、弥三右衛門は大金持ちになりました。 弥三右衛門はそのお金で、白ギツネのために立派な神社をたてたという事です。

1024 タヌキとキツネ むかしむかし、化けるのがとても上手なタヌキとキツネがいました。 ある日、タヌキがキツネに言いました。「日本で一番化けるのが上手なのは、このおれさまだ」 するとキツネも、「日本で一番化けるのが上手なのは、このあたいよ」と、言います。「なに! それじゃ、どっちが日本一か、化け比べをしようじゃないか」「いいわ。じゃあ、あたいから始めるわよ」 キツネはそう言うと、タヌキの姿が見えないところまで走っていって、「このへんでいいわ。・・・コンコンコンのコココン、コン!」と、おまじないをとなえて、道ばたのおじぞうさんに化けてしまいました。「さあ、キツネのやつ、何に化けたのかな?」 タヌキはキツネを探しましたが、どこにもキツネがいません。「おかしいな、あるのはおじぞうさんだけだ。キツネのやつ、どこまで行ったんだろう? まあいい、お腹が空いたから、お弁当にしよう」 タヌキは道ばたにすわって、お弁当を広げました。 お弁当は、おいしそうなおにぎりです。「いただきまーす」 おにぎりをぱくぱくと食べ始めたタヌキは、ふと、おじぞうさんに目をやって言いました。「いかんいかん、自分だけ食べて、おじぞうさんにおそなえするのを忘れた。おじぞうさんも、一つどうぞ」 タヌキがおじぞうさんにおにぎりをそなえておじぎをすると、今さっきそなえしたおにぎりがもうありません。「おや? 変だなあ」 おにぎりをもう一つあげておじぎをすると、今度は半分食べかけのおにぎりがおじぞうさんの手のひらにのっかっています。「おや? 石のおじぞうさんが、おにぎりを食ベるはずがない。・・・ははん、さてはお前、キツネだな」 タヌキが言うと、おじぞうさんはキツネの姿にもどりました。「あたいが化けたおじぞうさんを見破るなんて、なかなかやるわね」「当たり前さ、あんな食いしん坊のおじぞうさんがいるものか。では今度は、おれさまがお殿さまに化けてやるよ。明日のお昼ごろ、立派なお殿さまになってお供を連れてこの道を通るから、よく見ておくれ」「うん、明日のお昼ごろね」 タヌキとキツネは約束をすると、別れました。 次の日、キツネは朝から道ばたにすわって、タヌキの化けたお殿さまを待っていました。 でも、タヌキはなかなかきません。「おそいわね。いつまで待たせるのかしら。なんだか、眠たくなってきたわ」 キツネが、いつのまにかウトウト眠ってしまうと、遠くの方から、「下にー、下にー。お殿さまのお通りいー!」と、声が聞こえてきました。「あっ、来たわ」 キツネが起きてみると、目の前の道を立派な行列が進んできます。 カゴに乗ったお殿さまも家来たちも本物そっくりで、とてもタヌキが化けているようには見えません。「わあ、すごい。本物そっくりだわ」 キツネはお殿さまの前へ出て行って、一生けんめい手をたたいてほめました。 ところがそれは、本物のお殿さまの行列だったのです。「ふらちなキツネめ!」 お殿さまの家来が飛び出してくると、キツネをさんざんにたたきました。 泣きながら逃げていくキツネに、タヌキは大喜びで言いました。「やーい、キツネ。おにぎりをぬすんだばつだよ」

1025 ネコがネズミをおうわけ むかしむかしの大むかし。 神さまが、人間や動物や草木をつくったばかりのころです。 神さまが人間の世界を散歩していると、鬼(おに)が出てきて言いました。「おい、神。お前は色々な物をつくったが、役立たずが多くあるな。『イバラ』や『アザミ』なんかは、何の役にも立ちやしない。人間どもはトゲがささるといって、それをさけているじゃないか」 すると神さまが、言い返しました。「とんでもない。『イバラ』や『アザミ』は、弱い虫たちにとって大切な住みかだ。ちゃんと役に立っておる。それに、お前のような悪者の体をさすためにもな」「ふん! なにを言うか。こんなちっぽけな物など、痛くもかゆくもないわ」 鬼は笑いながら、イバラやアザミを足でふみつけました。「こら、なにをする!」 怒った神さまは地面の土をこねると、すぐに命を吹き込みました。「お前をネズミと名付ける。ネズミよ、鬼をこらしめてやれ!」 すると生まれ

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たばかりのネズミは鬼の口に飛び込んで、鬼の舌をかみ切ったのです。(くそっ! おぼえていろ!) 口をきけなくなった鬼は、お腹に入ったネズミを育ててどんどん子どもを生ませると、口からはき出してめいれいしました。(ネズミよ、お前の仕事はかじる事だ。神の作った物をかたっぱしからかじってしまえ) こうしてネズミは、何でもかじる動物になったのです。(ふん、いい気味だ) 鬼は面白がって、ネズミをふやしつづけました。 ネズミがふえて一番こまったのは、人間です。 せっかく作った食べ物も家も、ネズミがかじってボロボロにしてしまいます。 人間たちが、神さまにお願いしました。「神さま、ネズミを退治してください」「よし、わかった」 すると神さまは、すぐにネコをつくって言いました。「お前をネコと名付ける。ネコよ、悪いネズミを食べてしまえ」 ネコは次々と、ネズミをつかまえ始めました。 人間は喜んでネコをかわいがり、どんどん子どもを生ませました。 おかげでネズミの数がへっていき、やがてネズミはネコの姿を見ただけで逃げるようになったのです。

1026 テングに気に入られた男 むかしむかし、静岡の大きな川の渡し場のそばに、一軒の小さな茶店がありました。 その茶店に山伏姿(やまぶしすがた)の背の高い男がやってきて、注文したおそばをうまそうに食べると、茶店の主人の三五郎(さんごろう)に言いました。「こんなにうまいそばを食べたのは、初めてだ」「それは、ありがとうございます」「・・・して、あんたはまだ一人者だね。なぜ、嫁さんをもらわんのじゃ? これからわしは江戸へ行くが、江戸に何人も良い娘を知っておる。帰りに良い娘を連れてきてやるから、夫婦になりなさい」 山伏姿の男はそう言うと、渡し舟で川を渡っていきました。「・・・嫁さんか」 三五郎はなんとなく、うれしくなりました。 それからしばらくたったある日、あの山伏姿の男が本当に、若い娘を連れてやってきたのです。 娘は恥ずかしいのか下をむいたままで、まったく顔をあげません。「主人よ、これはほんのみやげじゃ」 男は風呂敷につつんだ重い物を三五郎の前に差し出すと、二人にむかって言いました。「よいか。夫婦というものは、どんな時でも仲むつまじくなければならん。決して、けんかなんぞするなよ。それではわしは、ちょっとそこまで行ってくる」 山伏姿の男は、そのまま茶店を出ていきました。 娘と二人になった三五郎は、娘に熱いお茶を出しました。「ああ、とにかく、お茶でもどうぞ。江戸からでは、大変じゃったろう。疲れておるなら、二階でひと休みするとよい」 すると娘は、はじめて顔をあげました。 まだ十七、八の、かわいい娘です。 娘は熱いお茶を飲むと、「ヒクッ!」と、 大きなしゃっくりをして、急にそわそわしはじめました。「あれ? ここは? ここは、どこですか? あなたは、どなたですか?」「えっ?」 三五郎はおどろきましたが、とにかく娘の気を落ちつかせると、これまでの事を話しました。 すると娘は、「あっ! きっと、あの南天(なんてん)の実のような赤い薬だわ」と、こんな話をはじめたのです。「実はわたし、江戸のある橋のたもとで急に気分が悪くなったのです。 すると、山伏姿の背の高い男が現れて、『これは、元気になる薬じゃ。すぐに飲みなさい』と、言って、わたしに赤い薬を一粒くれました。 それを飲むと、とても良い気分になって。 それからは、何も覚えていません。 たったいま熱いお茶を飲んだら、しゃっくりが出て正気にもどったのです」 娘は三五郎に頭を下げると、すぐに江戸へもどっていきました。 一人残された三五郎は、山伏姿の男がみやげだと置いていった風呂敷包みを開けてみました。 すると中には小判で、六十両ものお金が入っていたのです。 三五郎は気味が悪いので、すぐに役人に届け出ました。 すると役人は、にっこりわらって言いました。「ああ、またですか」「また?」「はい、お前さんで、何人目だろうか。 このような事はもう何年も前から続いていて、山伏姿の男はテングだと言われています。 テングは気に入った相手に、親切にするという話しです。 嫁さんは手に入らずおしい事をしましたが、そのお金はお前さんの物です。 ありがたく、もらっておきなさい」 テングはそれっきり、三五郎の前には現れなかったそうです。

1027 テングの羽うちわむかしむかし、あるところに、ふく八という、とんちの上手な男がいました。 ある日の事、ふく八はテングが住んでいるという、テング山へ行きました。 そして、大きなサイコロをころがしては、「うわっ、見える見える、江戸が見えるぞ。京が見えるぞ」と、おもしろそうに大声で言いました。 それを聞いたテングが、ふく八に言いました。「おい、ふく八、おれにもそれを貸せ!」「いやだ」「おれは、テングだぞ」「いやだっと言っているだろう。こんなおもしろい物を、そう簡単に貸せるものか」「・・・お前は、テングがこわくないのか?」「テングなんか、こわくないよ。それより、このサイコロはおもしろいな。ころがしさえすれば、どこでも見えるのだから。・・・うわっ、今度は大阪が見えるぞ」 ふく八は、サイコロに一生けんめいです。「おい、ふく八。お前には、こわい物がないのか?」「あるよ。おれのこわい物は、ぼたもちだ」「へえ、あんなおいしい物を?」「ああ、名前を聞いただけでも、ゾゾッとする。テングさん、あんたは何がこわい?」「おれは、トゲのあるカラタチ(→中国原産のミカン科の落葉低木)だ」「しめたっ!」「??? ・・・なにが、しめたじゃ?」「いや、何でもない。それより今度は、奈良の大仏が見えるぞ」 ふく八は、おどりあがって喜びました。 その様子を見ていたテングは、そのサイコロがほしくてたまりません。「なあ、お前のサイコロとテングのうちわを交換しないか? このテングのうちわであおぐと、鼻が高くなったり低くなったり出来るぞ」「うそつけ、そんな事が出来るものか」「なら、見てろよ」 テングは、ふく八の鼻をあおぎながら言いました。「ふく八の鼻、高くなれ、高くなれ」 するとふく八の鼻はグングンのびて、向こうの山へつきそうになりました。「わあ、早く元に戻してくれ」「それじゃあ、このうちわとサイコロと取り替える

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か?」「しかたがない、取り替えるから、はやく鼻をちぢめてくれ」 こうしてふく八はテングのうちわを手に入れると、逃げるように帰っていきました。 サイコロを手に入れたテングは、うれしそうに言いました。「まずは、京の都を見物しようかな」 テングはサイコロをころがしましたが、何も見えません。「おや? おかしいな、もう一度」 テングは何度もサイコロをころがしましたが、いくらやってもだめです。 テングはようやく、ふく八にだまされた事に気がついたのです。「よくもだましたな! この仕返しをしてやるぞ!」 テングはふく八が苦手だと言っていたぼたもちをたくさん用意すると、ふく八の家ヘ出かけました。 するとふく八の家の回りには、テングの苦手なカラタチがたくさん立ててあります。「ぬぬっ、これでは家に近寄れん」 テングは仕方なく、外からふく八の家の中へぼたもちを投げ入れると、「そら、こわがるがよい」と、言って、帰っていきました。 するとふく八は、「これはうまそうだ。いただきまーす」と、ぼたもちをたらふく食べました。 それからのち、ふく八はテングのうちわを使って、鼻が低くて困っている人の鼻を高くしてやり、鼻が高くて困っている人の鼻を低くしてやって、みんなからとても喜ばれたということです。

1028 たのきゅうむかしむかし、あるところに、たのきゅうという旅の役者がいました。 お母さんが病気だという手紙がきたので、大急ぎで戻る途中です。 ところが、ある山のふもとまで来ると、日が暮れてしまいました。 すると茶店のおばあさんが、たのきゅうに言いました。「およしなさい。この山には大きなヘビがいるから、夜は危ないよ」 でもたのきゅうは病気のお母さんが心配なので、山へ登っていきました。 そして峠(とうげ)でひと休みしていると、白髪のおじいさんが出てきて言いました。「お前さんは、だれだ?」「わしは、たのきゅうという者じゃ」 だけどおじいさんは、『たのきゅう』を『たぬき』と聞き間違えました。「たぬきか。たぬきなら、化けるのがうまいだろ。さあ、化けてみろ。わしは大ヘビだ。わしも化けているんだ」 大ヘビと聞いて、たのきゅうはびっくり。「さあ、はやく化けてみろ。それとも、化けるのが下手なのか?」 怖さのあまりブルブルとふるえていたたのきゅうですが、大ヘビに下手と言われて役者魂に火がつきました。「下手? このわしが下手だと? よし、待っていろ。いま、人間の女に化けてやる」 たのきゅうは荷物の中から取り出した女のかつらと着物を着て、色っぽく踊って見せました。「ほほう、思ったより上手じゃ」と、おじいさんは、感心しました。 そして、「ときに、お前のきらいな物は、なんじゃ?」と、聞きました。「わしのきらいなのは、お金だ。あんたのきらいな物は、何だね?」「わしか? わしのきらいな物は、タバコのヤニとカキのシブだ。これを体につけられたら、しびれてしまうからな。さて、お前はたぬきだから助けてやるが、この事は決して人間に言ってはならんぞ。じゃ、今夜はこれで別れよう」 そう言ったかと思うと、おじいさんの姿は見えなくなってしまいました。「やれやれ、助かった」 たのきゅうはホッとして山を下り、ふもとに着いたのはちょうど夜明けでした。 たのきゅうは村人たちに、大ヘビから聞いた話をしました。「と、言うわけだから、タバコのヤニとカキのシブを集めて、大ヘビのほら穴に投げ込むといい。そうすれば大ヘビを退治出来て、安心して暮らせるというもんじゃ」 それを聞いて、村人たちは大喜びです。 さっそくタバコのヤニとカキのシブを出来るだけたくさん集めて、大ヘビのほら穴に投げ込みました。「うひゃーあ、こりゃあ、たまらねえ!」 大ヘビは死にものぐるいで隣の山に逃げ出して、なんとか命だけは助かりました。「きっと、あのたぬきのやつが、わしのきらいな物を人間どもにしゃベったにちがいない。おのれ、たぬきめ! どうするか覚えてろ!」 大ヘビは、カンカンになって怒りました。 そしてたのきゅうが一番きらい物は、お金だという事を思い出しました。 そこで大ヘビはたくさんのお金を用意すると、たのきゅうの家を探して歩きました。 そしてやっとたのきゅうの家を探し当てたのですが、家の戸がぴったりと閉まっていて中には入れません。「さて、どうやって入ろうか? ・・・うん?」 そのとき大ヘビは、屋根にあるけむり出し口を見つけました。「それっ、たぬきめ、思い知れっ!」 大ヘビは、けむり出し口からお金を投げ込んでいきました。 おかげでたのきゅうは大金を手に入れて、そのお金で良い薬を買うことが出来たので、お母さんの病気はすっかり治ったと言うことです。

1029 右手を出した観音像 むかしむかし、ある山の中に恐ろしい山姥(やまんば)が住んでいました。 この山姥は、いつも赤ん坊の泣きまねをして歩きます。(おや、赤ん坊が泣いているぞ) そう思って村人が泣き声の方に近づいて行くと、山姥はいきなり姿を現してその人を食べてしまうのです。 だから村人は怖がって、この山へ行こうとはしませんでした。 さて、この山のふもとの村に卯平太(うへいた)という力持ちの男がいて、「悪い山姥は、おらが退治してやる」と、一人で山を登って行ったのです。 山を登ってしばらくすると、どこからともなく赤ん坊の泣く声がします。 卯平太が急いで泣き声のする方へ行ってみると、一人のおばあさんが立っていました。「ばあさん、こんなところでどうした?」 卯平太が声をかけると、おばあさんはとてもこまったように言いました。「はあ、村へ帰る途中、道に迷ってしまって」 卯平太は子どもの頃から村に住んでいますが、こんなおばあさんは見た事がありません。(ははん、こいつが山姥だな) 正体に気づいた卯平太ですが、なにくわぬ顔で言いました。「それは大変だな。よし、おらが村までおぶってやる」「ありがたい」 山姥はニヤッと笑うと、卯平太の背中におぶさりました。 すると卯平太は、山姥の両手をぎゅっとにぎりしめました。「さあ、いくぞ!」 卯平太は山姥を背おったまま、ドンドン山をくだっていきます。 山姥は両手をしっかりとにぎられているので、何も出来ません。 山の下まで来ると、山姥がさけびました。「おろしてくれ。手をは

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なしてくれ!」「いやいや、村はまだ遠い」 卯平太はそう言って、山姥を自分の家まで連れて行きました。 そして家に飛び込むと戸や窓をしっかりとしめ、いろりの火を大きくしました。 それから山姥をおろすと、大きく燃えているいろりの中へつきとばしました。「あち、あち、あちちちち!」 山姥はあわてていろりから飛び出して、家の中を逃げまわりました。「山姥め、もう逃がしはしないぞ!」 卯平太が飛びかかろうとしたとたん、山姥の姿がフッと消えました。「どこへ行った!?」 卯平太が部屋中を調べると、いつの間にか仏壇(ぶつだん)の観音さまが二つにふえています。(さては山姥め、観音さまに化けおったな) でもどっちが本物で、どっちが山姥かわかりません。(こまったな、もし本物の観音さまをこわしてしまったら、ばちが当たってしまう) しばらく考えていた卯平太は、わざと大声で言いました。「そうだ! 観音さまに、アズキご飯をそなえるのを忘れていた。うちの観音さまはふしぎな観音さまで、アズキご飯をそなえるとニッコリ笑って右手を出すからな」 そしてアズキご飯を、仏壇にそなえるとどうでしょう。 観音像のひとつが、ニッコリ笑って右手を出したのです。「ばかめ!」 卯平太はその右手をつかむなり、力いっぱい投げつけました。 観音像はみるみる山姥の姿になって、腰をさすりながら逃げ出そうとします。「今まで、よくも村人を食ったな!」 卯平太はじまんの力で、山姥をやっつけました。 こうして村人たちは、安心して山へ行けるようになったのです。

1030 どうもと、こうも むかし江戸の町に、『どうも』」という医者と、『こうも』という医者が住んでいました。 二人とも腕が良く、日本一の医者と言われていました。 ところが、日本一が二人もいるのは変です。 そこで二人はいつも、「わしが、日本一の医者じゃ」「いいや、わしが、日本一の医者よ」と、けんかをしていました。 ある日の事、どちらが本当の日本一か、二人は腕比べをすることにしました。 まず、どうもが言いました。「切った腕を、すぐにつなぐ事が出来るか?」「そんな事は、たやすい事よ」「それなら、やってみろ」 どうもが自分の腕を、刀で切り落としました。 するとこうもが、たちまちどうもの腕をつなぎました。 つないだ腕は元通りで、つないだあとが全くわかりません。「次は、お前の番だ」 今度は、こうもが自分の腕を刀で切り落としました。 するとどうもが、すぐに腕をつなぎました。 これもつないだあとがわからないくらい、上手につないであります。 どっちも見事な腕前で、これではどちらが日本一かわかりません。 すると、こうもが言いました。「腕をつないだくらいでは、腕比べにならん。次は首のつなぎ比べでどうじゃ?」「よかろう。たやすい事よ」 すると、こうもがどうもの首を切って、どうもを殺してしまいました。 まわりで見物していた人々は、ビックリです。 でも、こうもは、「みんな、おどろく事はない」と、たちまちどうもの首をつないで生き返らせました。「おおっ、これは見事!」 みんなは、手をたたいて感心しました。「今度は、わしの番じゃ」 次は、どうもがこうもの首を切りました。 そしてどうもも、たちまちこうもの首を元通りにつないで生き返らせました。 どちらも見事な腕前で、なかなか勝負がつきません。「うーん。代わりばんこでは、勝負にならん。今度は両方いっぺんに、首を切ってみてはどうじゃ? そしてはやく首をつないだ方が、勝ちじゃ」 どうもが言うと、こうもも賛成しました。「それは、おもしろい。では、一、二、三! で、はじめるぞ」「おおっ」「それ、一、二、三!」 二人は一緒に、相手の首を切りました。 ところが両方一緒に首を切ってしまったので、首をつないで生き返らせてくれる人がいません。 どうする事も出来ず、二人は死んでしまいました。 それからです。『どうもこうもできない』と、いう言葉が出来たのは。

1031 祭りに参加したキツネむかしむかし、ある村に、人を化かしていたずらをするキツネがいました。 村人たちの中には、ドロのだんごを食べさせられたという人や、お風呂だと言われてこやしのおけに入れられた人など、色々ないたずらをされる人がふえてきました。 そこで、村人たちは、「なんとかしてキツネをこらしめ、いたずらをやめさせなければいけない」と、言い出しました。 それには、おこんギツネというキツネの親分をつかまえなくてはいけないのですが、そのキツネはかしこくて、なかなか捕まりません。 すると、ある若者が、「今度の盆踊りで化け比べをすれば、化けるのが好きなおこんギツネは、きっと出てくるよ」と、言いました。 おこんギツネをおびき出すために、今年の盆踊りでは特別に工夫をこらして、いろいろな姿に化けて踊って一番うまく化けた者にはほうびをやろうというのでした。「ほう、それはおもしろい」と、みんなは賛成しました。 そこで踊りに出る人たちは、こっそりいろんな用意をしました。 そしていよいよ盆踊りの夜、村人たちは森のおみやの前の広場に集まりました。 たいこがなりひびき、歌声が流れていきます。♪よいやさ、よいやさ。♪よいやさ、よいやさ。 みんなは輪になって、グルグルと踊りまわっています。 カゴを背負った、花売り娘。 槍をかついだ、やっこさん。 美しい、お姫さま。 ひょっとこのお面の男。 ひげを生やしたお侍。 お坊さん、赤鬼、金太郎など。 色々な姿に変装した、踊り手たちがいます。 その向こうには、ごほうびにもらうお酒の樽や焼き鳥のごちそうなどが、たくさん並べてあります。 踊りまわるうちに、お姫さまとひょっとこがぶつかったり、お侍が転んだひょうしに立派な口ひげを落としたりして、見物している人たちはドッと笑い転げています。 するといつのまにか踊りの輪の中に、立派な若いお侍の姿をした踊り手がまじっていました。「ほう、見事な若侍じゃな」「うん、大した若侍じゃ」と、みんながほめます。 それに踊る手ぶりや体の動かし方が、なかなか見事です。 やがて夜もふけたころ、たいこの音もやみ、踊り手たちの輪もとけて盆踊りが終わりました。 みんなはまわりのむしろの上に座って、ホッと汗をふいています。「さあ、だれが

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一番うまく化けて、うまく踊ったかな」 見物していた人たちが、一番良いと思った人を決める事になりました。 やっこさん、お姫さま、ひょっとこも、人気がありましたが、一番になったのはあの若侍の踊りでした。「ほんとに、見事じゃったのう」 ごほうびのお酒を入れた樽が、若侍の前に並べられました。 もちろん、食べきれないほどのごちそうも出されました。「そら、お祝いじゃ。飲め、飲め、いくらでも飲め」 たくさんの酒をすすめられた若侍は、たちまち酔っぱらってしまいました。 そして、ゴロンと横になりました。 すると体の後ろの方から、長い尻尾がポックリと出てきました。「ほれ、あれあれ、あの尻尾は、キツネだぞ」「やっぱり、キツネのおこんじゃ」 そこでみんなはしめたとばかりにキツネのおこんを捕まえて、なわでしばってしまいました。「さあ、おこん。もう逃げられないぞ、覚悟しろ!」「いたずら者の尻尾を、切ってやる!」 おこんギツネは、すっかりキツネの姿に戻って、「尻尾ばかりは、ごかんべんを。尻尾は、キツネの宝物です。どうか、許してください。コーン、コーン」と、頭を下げました。「では、もういたずらはしないか?」「はいはい、もう二度といたしません。コーン、コーン」 おこんギツネは、一生懸命にあやまりました。 そこでみんなは尻尾を切るのをやめて、なわをといてやりました。 喜んだおこんギツネは何度もお礼をいって、頭と尻尾をフリフリ、森の奥へ逃げていきました。 コーン、コーン

1101 サルカニ合戦むかしむかし、カキの種(たね)をひろったサルが、おいしそうなおにぎりを持ったカニに、ばったりと出会いました。 サルはカニのおにぎりが欲しくなり、カニにずるい事を言いました。「このカキの種をまけば、毎年おいしいカキの実がなるよ。どうだい、おにぎりと交換してあげようか?」「うん、ありがとう」 カニは大喜びで家に帰り、さっそくカキの種をまきました。 そして、せっせと水をやりながら、♪早く芽を出せ、カキの種♪早く芽を出せ、カキの種♪出さねばはさみで、ほじくるぞ すると、どうでしょう。 さっきまいたカキの種から芽が出てきて、ぐんぐん大きくなりました。♪早く実がなれ、カキの木よ♪早く実がなれ、カキの木よ♪ならねばはさみで、ちょん切るぞ こんどはカキの木に、たくさんのカキが実りました。「よし、これでカキが食べられるぞ」と、カニはカキの実を取りに行こうとしましたが、カニは木登りが出来ません。「どうしよう?」 困っていると、さっきのサルがやって来て言いました。「ありゃ、もうカキが実ったのか。よしよし、おいらが代わりにとってやろう」 サルはスルスルと木に登ると、自分だけ赤いカキの実を食べ始めました。「ずるいよサルさん、わたしにもカキを下さい」「うるさい、これでもくらえ!」 サルはカニに、まだ青くて固いカキの実をぶつけました。「いたい、いたい、サルさんずるい」 大けがをしたカニは、泣きながら家に帰りました。 そしてお見舞いに来た友だちの臼(うす→もちをつくる道具)とハチとクリに、その事を話しました。 話しを聞いたみんなは、カンカンに怒りました。「ようし、みんなであのサルをこらしめてやろう」 みんなはさっそくサルの家に行き、こっそりかくれてサルの帰りを待ちました。「おお、さむい、さむい」 ふるえながら帰ってきたサルがいろりにあたろうとしたとたん、いろりにかくれていたクリがパチーンとはじけて、サルのお尻にぶつかりました。「あちちちっ、水だ、水」 お尻を冷やそうと水がめのところへ来ると、水がめにかくれていたハチにチクチクと刺されました。「いたいっ、いたいよう、たすけてぇー!」 たまらず外へ逃げ出すと、屋根の上から大きな臼が落ちてきました。 ドスーン!「わぁー、ごめんなさーい、もう意地悪はしないから、ゆるしてくださーい!」 それから改心(かいしん)したサルは、みんなと仲良くなりました。

1102 えんまになった、権十おじいさん むかしむかし、芝居(しばい)がさかんな村がありました。 少しでも時間があると、大人も子どももみんな芝居の練習をしています。 ある年の事、この村で一番芝居の上手な権十(ごんじゅう)おじいさんが、ポックリと死んでしまいました。 おじいさんはあの世へつながる暗い道を一人ぼっちでトボトボと歩いていると、むこうから金ぴかの服を着たえんま大王がのっしのっしとやって来ました。「こら、そこの亡者(もうじゃ→死んだ人)」「へえ」「へえではない。返事は『はい』ともうせ。それに何じゃ、お前のすわりようは」「へえ。その、腰がぬけましたので」「ふん、だらしない。・・・ところでお前、確かしゃば(→人間の住む世界)で、芝居をやっておったそうだな」「へえ、よくご存じで。しかしわたしのは芝居ともうしても、にわか芝居(→しろうとの芝居)でして」「そうか。そのにわか芝居とやらでかまわんから、ここでやってみせろ」「あの、えんまさまは、芝居がお好きでございますか?」「いや、見た事がない。しかし、しゃばの者は芝居を見て楽しんでおると聞く。そこで、芝居をしておったお前が来ると聞いて、わざわざここまで来たのじゃ。さあ、芝居とはどのようなものか、やってみい」「へえ、やってみいとおっしゃいましても、わしはこの通りの亡者でして、衣装も何もございません」「衣装がなくては、芝居が出来ぬのか?」「へえ、出来ませぬ。もし、あなたさまが衣装を貸してくだされば、地獄(じごく)の芝居をやってごらんにいれますが」 そこでえんま大王は、自分の衣装をぬいで貸してやりました。 こうして、えんま大王がおじいさんの衣装を着て亡者となり、おじいさんがえんま大王の衣装を着てえんま大王になりました。「では、芝居をはじめろ」「へえ。さっそく、はじめましょう」 おじいさんはすっかり元気になって、すっくと立ちあがりました。「まずは、えんまのおどりでござい」 おじいさんがえんま大王の服を着ておどっていると、そこへ赤鬼と青鬼がやって来ました。「もし、えんま大王さま」 鬼たちはおじいさんの前に両手をついて、ペコペコ頭を下げました。「えんま大王さま。そろそろ、お戻りくだされ」「ただいま亡者どもが団体でまいりまして、地獄は大忙しでござります」 その

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時、亡者の衣装を着たえんま大王が、あわてて言いました。「このたわけめ! えんま大王は、このおれだぞ」 すると赤鬼と青鬼が、えんま大王をにらみつけました。「こらっ! 亡者のくせに何をぬかす。お前は、はよう地獄へまいれ」「いや、だから、おれがえんまだ。おれが、本物の大王だ」「無礼者!」 赤鬼は持っていた金棒で本物のえんま大王をバシッバシッと打ちのめして、地獄へ引きずって行きました。「さあ、えんま大王さま、お急ぎください」 こうしてえんま大王の服を着た権十おじいさんは青鬼に連れて行かれ、そのまま本当のえんま大王になったという事です。

1103 尻尾のつり むかしむかしの、寒い日の事です。 森には木の実がなくなってしまい、サルはお腹がペコペコでした。 ところが川に住むカワウソは、毎日おいしそうな魚をお腹一杯食べています。 サルは、カワウソに聞きました。「カワウソくん。どうしたら、そんなに魚が捕れるんだい?」 するとカワウソは、こう言いました。「そんなのかんたんさ。 川の氷に穴を開けて、尻尾を入れるだろう。 それから動かずに、じっと待つんだ。 すると魚が、尻尾をえさと間違えて食らいつく。 それをぐいっと、釣り上げるんだ」「へぇー。ぼくもやってみよう」  サルはさっそく川へ出かけて行くと、カチカチにこおった氷に穴を開けて尻尾をたらしました。「うひゃあー、冷たーい!」 尻尾がとっても冷たかったけれど、サルは動かずにじっとがまんしました。「待つんだ、待つんだ。もうすぐ、魚が食べられるぞー」 しかしなかなか、魚は尻尾に食いつきません。 そのうちサルは、ウトウトといねむりをしてしまいました。 そして気がつくと尻尾がこおりついてしまい、動かす事が出来ません。 それを大きな魚が釣れたとかん違いしたサルは、大喜びで尻尾を引っ張りました。「うーん、重たいな。こいつは、よほど大きな魚に違いないぞ」 サルは顔を真っ赤にして、力まかせに尻尾を引っ張りました。「うーん、うーん、うーん」 そして・・・。  ブチン!! あまりにも尻尾を力一杯引っ張ったため、サルの尻尾は途中でちぎれてしまいました。 サルの顔が赤くて尻尾が短いのは、こういうわけだそうです。

1104 サケのおじいさん むかしむかし、ある北国の川に、太助(たすけ)とよばれる大きなサケが住んでいました。 毎年、冬が近づくと、太助がたくさんのサケを道案内して、川上の卵を産む場所へサケたちを連れて行くのでした。「おお、今年もたくさんのサケが来たな」「間違っても、大助だけはアミにかけるでないぞ」「そうそう、毎年たくさんのサケが来るのは、太助のおかげだからな」 漁師たちはそう言って、道案内の大助が通り過ぎてからサケをとりはじめるのです。 太助は、とても大事にされていました。 ところがこの川の近くにサケ好きの長者(ちょうじゃ)がいて、以前からサケの太助を食べたいと思っていたのです。 ある日の事、この長者が、長者の家で働いている大勢の人たちに言いました。「サケの大助を、食ってみたい。そこでみなの衆、大きなアミを作れ。よいか、川幅いっぱいの大アミを作るのじゃ」「えっ、あの太助をとるのですか?」「そうじゃ。さあ、はやくアミを作れ」「・・・・・・」 長者の言いつけなので、みんなは仕方なく長い長い大アミを作りました。 さていよいよ、大アミが出来上がった晩の事です。 長者が眠っていると、まくらもとに白いひげの仙人(せんにん)のようなおじいさんが現れました。「これ、長者よ。明日の朝、大助がサケを連れて川をのぼる。サケは、いくらでもとるがよい。ただし大助だけは、アミにかけないでくれ。たのんだぞ」 そう言い残して、おじいさんは消えました。 次の朝、長者は夜が明けないうちから、家の者をたたき起こして川に行きました。 やがて海から波をたてて、数え切れないほどたくさんのサケがのぼってきました。 サケのむれの一番先頭には、特別大きい大助の姿が見えます。 それを見た長者は、大声でさけびました。「それ、今だ! アミをはれ! 大助を逃がすなでないぞ!」 川幅いっぱいに大アミがはられて、たくさんのサケがアミにひっかかりました。 サケのうろこが朝日をあびて、キラキラと輝いています。 今日は、今までにない大漁でした。 でもその中に、大助の姿はありませんでした。「太助はどうした?! 太助を探し出すんじゃ!」 大声を上げる長者の前に、昨日のおじいさんが姿を現しました。 おじいさんは長者に、悲しそうな顔で頼みました。「長者よ、大助をとってしまったら、たくさんのサケたちの道案内がなくなってしまう。道案内がなくなれば、サケたちは川をのぼる事が出来ん。どうか太助を、見逃してやってくれ」 しかし長者は、首を横に振っておじいさんに怒鳴りつけました。「いやじゃ! わしは太助を食うんじゃ! ほかのサケがどうなろうが、わしは知らん!」 するとおじいさんの姿がスーッと消えて、気がつくと長者の足下に特別大きなサケが一匹、横たわっていました。 そのサケこそが、太助です。「やったぞ! ついに太助を手入れたぞ」 長者は手をたたいて喜びましたが、その日から長者は不運続きで、やがてひどい貧乏になってしまいました。 そして次の年から、この川にはサケが一匹も来なくなったそうです。

1105 おとりのキジ むかしむかし、吉四六さんと言う、とてもゆかいな人がいました。 吉四六さんの村にはカラスがたくさんいて、畑は荒らされるし、朝から晩までカァー、カァーとうるさいし、まったく困ったやっかい者です。「よし、わしがカラスを捕まえてやろう」 吉四六さんがワナをしかけると、二十羽あまりのカラスがとれました。「さて、このカラスをどうしようか?」 カラスは他の鳥と違って、食べてもおいしくありません。 かといって、このまま捨ててしまうのも、もったい話です。「そうだ。町へ持って行って、カラスを売ってこよ

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う」 吉四六さんはカゴにカラスを入れると、何を考えたのかカゴのふたの上にキジを一羽乗せて出かけました。「ええー、カラスはいらんかな。カラスの大安売りだよ。一羽がたったの十文(→三百円ほど)。カラスはいらんかな」 吉四六さんの売り声に、町の人たちは驚きました。「おい、見ろよ。カラス、カラスと言っているが、カゴにつけているのはキジではないか」「なるほど、キジに間違いない。あの男、よほど田舎者とみえる。きっとカラスとキジの区別がつかんのだ。キジが一羽たったの十文なら、安い買い物だ。おーい、一羽くれ」「わしにも、そのキジ・・・、いや、カラスをくれ」「わしにもだ」 町の人たちが寄って来ると、吉四六さんはみんなから十文ずつもらって、カゴに入ったカラスを渡しました。「何だこれは? カラスではないか?」「そうだ、なぜキジをくれない!」 町の人たちは文句を言いましたが、吉四六さんはにっこり笑って言いました。「わしはちゃんと『カラスはいらんかな』と、言ったではないか。そうだろう?」「そっ、それは確かに・・・」 こうして吉四六さんは、売り物にならないカラスで大金をかせいだのです。

1106 風小僧と子どもたち むかしむかし、村外れのお堂の前で子どもたちが遊んでいると、見た事のない男がやってきて言いました。「お前たち、クリやカキやナシがいっぱいなっておる所へ、遊びに行かんか?」 子どもたちはお腹が空いていたので、大喜びで言いました。「行く行く! 早く連れてってくれ」 すると男はお尻から、尻尾のような物を引き出しました。「じゃあ、それにまたがって、落ちないようにしっかりつかまるんだ。いいか。みんな乗ったか?」「うん。乗った、乗った」 子どもたちが口をそろえて言うと、ゴォーッとなまあたたかい風が吹いて、あっという間にクリやカキやナシがいっぱいなっている所へ連れて行ってくれたのです。「ほれ、ほれ。いま取ってやるからな」 男はまたゴォーッとなまあたたかい風を起こして、木からたくさんの果物を落としてくれました。「わーい、ありがとう」 子どもたちは、大喜びで食べ始めました。 やがてタ方になると、男は急にそわそわして言いました。「わしは、大急ぎで行かねばならん所がある。お前たちは、勝手に家へ帰りな」 そしてなまあたたかい風を起こして、男はどこかへ行ってしまったのです。 残された子どもたちは、こまってしまいました。「帰れと言っても、どうやって帰るんじゃ?」「おらたちの村は、どこやろ?」「おらたちは、あっちから飛んで来たと思うが」「とにかく、あっちへ行こう」 みんなは飛んで来た方向に歩きましたが、やがて日が暮れてしまいました。「はやく、家へ帰りたいよう」「さむいよう。こわいよう」 女の子は泣きながら、男の子のあとについていきます。「泣くな。泣くとキツネが出てきて、だまされるぞ」 子どもたちが手をつないで歩いて行くと、向こうにボンヤリと家の明りが見えました。「わーい、家だ、家だ」 子どもたちが家に飛び込むと、中には太ったおばあさんがいました。「おや? お前たち、どこから来たんや?」「おらたち、知らないおじさんと一緒に、風に乗って来たんや。そしてカキやナシを、たくさん食わしてもらった。けど、おじさんはおらたちを置いて、また風と一緒にどこかへ行ってしもうたんや。おらたち、家へ帰りたいんや」「そうかい、そうかい。その子はきっと、おらの息子の南風(みなみかぜ)だ。あの子のせいで、悪い事をしたな。おわびに、おらのもう一人の息子の北風(きたかぜ)にたのんで、お前たちを家まで送らせるからな」 おばあさんはそう言うと、となりの部屋で寝ている息子の北風を起こしました。「ほれ、起きろ。起きてこの子たちを、家に連れて行ってやれ」 すると北風は、ねむい目をこすりながら言いました。「ほれ、早く後ろに乗れや」 そして北風と同じように、お尻から長い尻尾のような物を引っ張り出しました。 子どもたちがそれにまたがると、ゴォーッと冷たい風が吹いて来て、子どもたちの村のお堂まで運んでくれました。「じゃあ、また遊びにこいや」 北風はそう言うと、ゴォーッと風と共に帰って行きました。

1107 お坊さんの贈り物 むかしむかし、空海(くうかい)と言う名前のお坊さんが、一軒の貧しい家の戸をたたきました。「すまんが、宿(やど)が見つからないでこまっておる。今夜一晩、泊めてくだされ」 すると中から、おばあさんが出てきて言いました。「それは、お気の毒に。こんなところでよかったら、さあどうぞ」 おばあさんはお坊さんをいろりのふちに座らせると、おわんにお湯を入れて出しました。「はずかしながら、食べる物もなくてのう。せめて、このお湯でも飲んでくだされ。体が、温まりますから」 お坊さんは両手でおわんをかかえるようにして、お湯を飲みました。 冷えきった体が、どんどん温まってきます。「ありがとう。まるで、生き返ったようだ」 お坊さんが礼を言うと、おばあさんは申し訳なさそうに頭を下げました。「明日の朝はきっと、何か作りますから」 するとお坊さんは、ふところからお米を三粒出して言いました。「すまんが、これでおかゆを煮てくれ」「へええ、これでおかゆを・・・」 おばあさんはビックリしましたが、言われたようになべに三粒のお米を入れてぐつぐつと煮込みました。 すると、どうでしょう。 なべの中から、たちまちおいしいおかゆがあふれ出たのです。「さあ、おばあさんも一緒に食ベなされ」 そのおかゆの、おいしい事。 こんなにおいしいおかゆを食べたのは、生まれてはじめてです「ありがたや、ありがたや」 おばあさんは、涙を流して喜びました。 「おいしいおかゆを、ありがとうございました。きたないふとんですが、ここでやすんでください」 おばあさんは自分のふとんにお坊さんを寝かせて、自分はわらの中で寝ました。 次の朝早く、お坊さんは、おばあさんを起こさないように起き出すと、ふところからまたお米を三粒出して、空っぽの米びつの中ヘ入れました。「おばあさん、いつまでも元気でいておくれ」 お坊さんがそう言って家を出ようとしたら、おばあさんがあわてて起きてきて言いました。「お坊さん、待ってください。今から、イモの葉っぱで

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汁をつくりますから」「ありがとう。でもわたしは、もう出かけなくてはいけない。あとで、米びつを開けてみなさい」 お坊さんはそう言うと、おばあさんの家を出ていきました。「お坊さん、また来てください」 おばあさんは去っていくお坊さんに向かって、そっと手を合わせました。「そう言えば、米びつを開けろと言っていたが」 家に入ったおばあさんが米びつを開けてみると、空っぽのはずの米びつに、お米がびっしり入っているではありませんか。 そしてそのお米は不思議なことに、毎日食べても少しもなくならないのです。 おばあさんはこのお米のおかげで、いつまでも元気に暮らしたということです。

1108 しょうじょう寺のタヌキばやしむかしむかし、山にかこまれた、しょうじょう寺という小さなお寺がありました。 山にはタヌキがいっぱいいて、夜になると寺へやって来ては腹つづみを打ったり、暴れまわったりとイタズラのしほうだい。 おかげでこの寺には和尚(おしょう)さんがいつかず、寺は荒れ放題です。 身分の高い和尚さんが、この寺の事を聞いて、「よろしい、わしが行ってしんぜよう」と、しょうじょう寺へやって来ました。「うむ、これは聞きしにまさるひどさじゃ」 あまりにもひどい寺の荒れように、和尚さんはあきれ顔です。♪なんまいだあ~♪なんまいだあ~ 本堂から、ひさしぶりにお経が聞こえてきました。 裏山のタヌキたちは顔を見合わせてニヤリと笑うと、さっそく新しい和尚さんを追い出す相談をはじめました。「おい、ポン太とポン子、いつものやつやってみろ!」「へ~い!」 ドロンパッ! ポン太とポン子は、何やら姿を変えてしまいました。「おう、見事じゃ。はよう行って、おどかしてこい」「へ~い!」 そして、♪なんまいだあ~♪なんまいだあ~と、お経をあげる和尚さんの後ろに、そうっと近づいたポン太は、ぬっと顔を出しました。「ギャアーーーー!」 目の前に現れたのは、一つ目小僧です。 そこへ、美しい娘も現れて、「和尚さん、お茶をどうぞ」と、言いながら、首をニョロニョロとのばしてきたではありませんか。「た、た、たすけてくれ~っ」 和尚さんは寺の石段を転がるようにかけおりて、逃げ出してしまいました。 寺の庭に集まったタヌキたちは大笑いしながら、とくいになって腹つづみを打ちました。 さて、次に現れたのは、力の強そうなごうけつ和尚でした。 和尚さんが寺につくと、さっそくタヌキたちはおどかしにかかりました。 ところが一つ目小僧に化けたポン太は頭をコツンとなぐられ、娘に化けたポン子が首をニョロニョロのばすと首をねじまげられるしまつです。「うえーん、いたいよう!」 二匹は、なきなき帰っていきました。 タヌキの親分は、考えました。「う~ん、あの和尚、何に化けてもこわがらん。・・・そうだ、一晩中腹つづみを打ち続けるんだ。そうすれば和尚のやつ、眠れなくなってまいっちまうぞ」 その夜、タヌキたちはいっせいに腹つづみを打ちはじめました。♪ポンポコポンのポン! ぐっすり眠っていた和尚は、さすがにその音で目を覚ましました。 むっくり起きあがって戸を開けると、「こらっ! 庭で遊んじゃいかん」 タヌキたちはすばやく逃げ出して、木のかげにかくれてしまいました。「こらっ、待て! こらっ、逃げるな! タヌキたちのやつ、ばかにしやがって」 和尚は庭中、タヌキを追いかけまわしましたが、タヌキたちのすばやさにはとてもかないません。 そのうち石につまずいて転んで、目をまわしてしまいました。 こうして和尚は、またまたタヌキたちにやられてしまったのです。 さて、その次に現れたのは、なんともきたない和尚さんでした。 この和尚さんは、きたないこの寺をすっかり気に入ってしまいました。「おう、しずかでいい寺じゃ」 タヌキたちはさっそく、この新しい和尚さんを追い出す相談です。 いつものように、まず一つ目小僧のポン太が出て行きましたが。「おう、これはかわいい一つ目小僧じゃ。そら、ダンゴでも食わんか?」 ポン太は和尚さんにダンゴをもらって、とことこ帰ってきました。 今度は、ポン子姉さんです。 ところが和尚さんは、大喜び。「さあ、首の長いお姉さんも、一ぱいいこう」と、ポン子にお酒を飲ませるしまつ。 タヌキの親分は、怒りました。「ようし、こうなったらあの手だ」と、いうわけで、その夜、和尚さんが寝付いた頃。♪ポンポコポンのポン! 物音で目を覚ました和尚さんが戸を開けると、タヌキたちがせいぞろいして腹つづみを打っています。「こりゃ、おもしろい。わしも仲間に入れてくれ」 ずいぶんとかわった和尚さんで、庭におりてくるとタヌキたちと一緒に腹つづみを打ちはじめました。♪ポンポコポンのポン!♪ポンポコポンのポン! どうも、タヌキたちの音とは違うようです。「なんだなんだ、その音は。わっはっはっは」 タヌキたちに笑われて、和尚さんはいっしょうけんめいたたきました。「よせよせ、腹がこわれてしまうぞ」 タヌキの親分がとめるのも聞かず、和尚さんはたたきつづけます。 そのうち、お腹をたたき続けた和尚さんは、とうとうフラフラになって倒れてしまいました。「それ、言わんこっちゃない。このままじゃ、かぜをひいてしまうぞ。和尚さんを、寺の中へ運んでやれ」 和尚さんを追い出そうとしたタヌキたちでしたが、和尚さんを親切にかいほうしました。 次の日の朝。「はて、わしはいつここへもどったんじゃろう? まあ、それはどうでもいいわ。もう少し、腹つづみがうまくならんといかんな」と、いうわけで、和尚さんは朝早くから腹つづみの練習をはじめました。「強くたたけばいいってもんじゃないな。コツじゃ、コツ。そいつを覚えねば」 和尚さんは昼飯もそこそこに、また腹つづみのけいこです。 やがておてんとさまが西にかたむく頃、和尚さんのお腹はかなりいい音が出るようになっていました。 さて、今夜は満月です。 和尚さんもタヌキたちも早くから寺の庭にせいぞろいして、みんなで楽しく腹つづみです。♪ポンポコポン、ポンポコポン。♪ポンポコポン、ポンポコポン。♪ポンポコポンの、スッポンポン。 和尚さんのお腹の音がずいぶんよくなったので、タヌキたちも負けてはいられません。「和尚さんに、負けるな、負けるな」と、ひっしでお腹をたたいているうちに、タヌキの親分のお腹はどんどんふくれていきました。 それでも、たたき続けます。 そしてついに。 バーン! とうとうお腹がはれつして、タヌキの親分はひっくり返ってしまいました。「こりゃ、大変じゃあ! 薬、薬」 和尚

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さんは大急ぎで薬を持って来て、タヌキのお腹にぬってやりました。「どうだ、具合は?」 心配そうにたずねる和尚さんに、タヌキの親分はニッコリして言いました。「和尚さんのおかげで、もう治った。さて、続きをやるぞ。それっ、あいててて!」 タヌキの親分は腕をふりあげましたが、まだむりのようです。「次の満月まで、しんぼうしなさい。みんな、今夜は親分のお腹が早く治るよういのって、元気よくやろう」 こうしてタヌキたちとゆかいな和尚さんは、朝まで元気良く腹つづみを打ち続けました。 そしてしょうじょう寺というこのお寺では、今も満月の夜にはタヌキたちが庭に集まって、腹つづみをうつという話です。

1109 鼻たれ小僧むかしむかし、たきぎを売って暮らしているおじいさんがいました。 ある日の事、おじいさんはたくさんのたきぎを背負って町に行くと、「たきぎ。たきぎ。たきぎは、いらんかのう」と、一日中大声をあげて売り歩きましたが、たきぎは少しも売れませんでした。 おじいさんは疲れはてて、橋の上に座りこみました。 もう家まで、たきぎを持って帰る力もありません。「売れない物なら、せめて川の神さまに差し上げよう」 おじいさんはたきぎを一束ずつつかんで、川へ落としました。「川の神さま。つまらぬ物ですが、受け取ってくだされ」 そして全てのたきぎを川へ投げ込んだおじいさんは、とぼとぼ家に帰ろうとしました。 するとその時、川の中から小さな子どもを抱いた美しい女の人が現れたのです。「わたしは、川の神さまの使いです。川の神さまは、たきぎをいただいて大変お喜びです。お礼に、この子を差し上げましょう」 それを聞いておじいさんは、あわてて手を振りました。「いや、貧乏なわしに、子どもを育てる事なんて」「大丈夫です。この子は鼻たれ小僧と言って、欲しい物を頼めば何でも出してくれます」「本当ですか?」「そのかわり、毎日エビを食べさせてください。いいですか、毎日ですよ」 女の人はそう言って、鼻たれ小僧を置いて消えました。 おじいさんは鼻たれ小僧を家へ連れて帰ると、神だなの横に置いて大切に育てました。 女の人が言った事は、うそではありませんでした。「鼻たれ小僧よ、お米がほしい」と、言えば、鼻たれ小僧は鼻をかむ時のように『チンチーン』と音をたてて、あっという間にお米を出してくれるのです。「鼻たれ小僧よ、お金がほしい」「チンチーン」「鼻たれ小僧よ、新しい家がほしい」「チンチーン」「鼻たれ小僧よ、大きな蔵(くら)がほしい」「チンチーン」 おじいさんが頼めば何でも出してくれるので、やがておじいさんは村一番の大金持ちになりました。 大金持ちなので、山へたきぎを取りに行く必要はありません。 ただ毎日、町へ行って鼻たれ小僧に食ベさせるエビを買うだけです。 でもそのうちに、おじいさんはエビを買うのがめんどうになってきました。 ある日、おじいさんは鼻たれ小僧に言いました。「もう頼む事がなくなったから、川の神さまの所へ帰っておくれ」 すると、どうでしょう。 ズーズーと、鼻をすするような音がしたかと思うと、立派な家も蔵も何もかもが消えてしまったのです。 あとには、むかしのままのみすぼらしい家が残りました。「じゃあ、さよなら」 鼻たれ小僧はそう言うと、川の方へ歩いていきました。「まっ、待っておくれ、鼻たれ小僧」 おじいさんはあわてて後を追いかけましたが、もうどこにも鼻たれ小僧の姿はありませんでした。

1110 ほうびの米俵 むかしむかし、彦一(ひこいち)と言う、とてもかしこい子どもがいました。 殿さまが死んで若さまが殿さまになってから、何年かたったある日の事です。 彦一の家に、お城から使いが来て言いました。「殿さまが、お前にほうびをつかわすそうじゃ。城にまいるがよい」 それを聞いて、彦一は首をひねりました。「はて、何をくださるおつもりじゃろ? 若さま、・・・いや殿さまは、気前(きまえ)が良いからな。 ほうびがたくさんあると持ちきれないから、ねんのためにウシをひいていこう」 彦一が牛をひいてお城にあがると、殿さまが言いました。「これ、彦一。ちこうよれ。そちのとんちのかずかず、あいかわらず城でもひょうばん。おかげで、父上なきあとのこの城もほがらかじゃ。よって、ほうびをとらす」「はーっ、ありがたき幸せにぞんじます」「では、彦一へのほうびをもて」 お殿さまが手をたたくと、家来が一本の刀と米俵(こめだわら)を持ってきました。(何だ、米俵は一つか) どうせなら米俵をもう一俵ほしいと思った彦一は、牛の背中の片方に刀をくくりつけ、もう片方に米俵をくくりつけました。 刀は軽いけれど米俵はズッシリと重いので、牛はバランスがとれません。 牛は体がななめになって、うまく歩くことが出来ませんでした。 彦一はそれを見てにんまり笑うと、わざと牛にむかって怒り出しました。「こら! お前というやつは牛のぶんざいで、お殿さまからいただいた片方のごほうびを重んじ、もう片方をかろんずるつもりか! さあ、はやく歩かんか!」 しかし牛はうまく歩けず、ついに座りこんでしまいました。「はて、これはこまった。せっかくお殿さまからいただいたごほうびをなのに。ここにもう一俵の米俵があれば、牛はうまく歩けるのだが」 彦一がわざとこまっていると、お殿さまが家来に言いつけました。「彦一に、米俵をもう一俵つかわしてやれ。・・・やれやれ、まったく大したとんちだ」 牛は米俵を左右につけてもらうと、今度は調子よく歩き出しました。

1111 ふしぎな宝ゲタむかしむかし、あるところに、さすけという男の子がお母さんと二人で暮らしていました。 ある日、お母さんが重い病気になりましたが、医者にかかりたくてもお金がありません。(このままでは、お母さんが死んでしまう。お金持ちのごんぞうおじさんに、お金を借りよう)と、さすけは出かけて行きました。 しかし、ごんぞうおじさんは、「なに? 金を貸せというのか? それなら、おらの家の広い畑をたがやすんだ!」と、怒鳴りました。 さすけは早くお母さんを助けようとがんばり、一日で畑をたがやしました。 でも、ごんぞうお

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じさんは、「はん。まだ金は貸せん。大おけに、水をいっぱい入れろ!」と、また怒鳴りました。 次の日、さすけは水を運びました。 ところがおけには小さな穴が開けてあって、いくら運んでも水はいっぱいになりません。「この、なまけ者! 金は貸せん、帰れっ!」 ごんぞうおじさんは、さすけを追い返しました。 追い出されたさすけは、トボトボ歩いてとあるお宮の前に来ました。「お腹がへったなあ。もう歩けない。どうしたらいいんだろう?」 さすけはその場に座り込むと、ウトウトといねむりをしてしまいました。♪カラーン カラーン カラーン カラーン  夢の中でしょうか。 ゲタの音が、近づいてきます。 そして現れたのは、やさしい顔のおじいさんでした。「母親思いのさすけよ。 お前に、一本のはのゲタをさずけよう。 このゲタをはいて転ぶと、そのたびに小判が出る。 だが転ぶたびに、背が低くなる。 やたらと、転ぶではないぞ」「は、はっ、はい。ありがとうございます」 おじいさんの姿は、パッと消えてしまいました。「ありゃ? 夢か? でも、本当にゲタがあるぞ」 さすけはおっかなびっくりゲタをはいてみましたが、なにしろ一本はのゲタです。 立つか立たないうちに、スッテン!「あっ、いてててえ」と、言ったとたん、♪チャリーン。「ああ、小判だ!」 さすけは、大喜びです。 その小判を持って、すぐに医者のところへ行きました。 医者に診てもらったお母さんは、みるみる元気になりました。 それであのゲタは大事にしまって、さすけはお母さんと一緒に毎日よく働きました。 そこへごんぞうおじさんが、さすけの様子を見にやって来ました。 そっとのぞくと、二人はごちそうを食ベています。「やいやい。このごちそうはどうした! ごちそうを買う金があるくせに、おらのところに金を借りに来たのか!」「まあまあ、気をしずめてください。これには、深いわけが」 さすけは、あのゲタの話をしました。「なに、小判の出るゲタだと。 こいつはいい。 これは貧乏人のお前たちより、金持ちのおらが持つべきだ。 もらっていくぞ」 ごんぞうおじさんは、ゲタを持って帰りました。 家に帰ったごんぞうおじさんは、さっそく大きなふろしきを広げました。 そしてゲタをはいて、ふろしきの上に乗ると、「へっヘっへ、まずは、ひと転び」と、言って、スッテンと転びました。 すると小判が♪チャリーン。「おおっ! 本物の小判じゃ!」 さあ、それからというもの、♪転んで転んで、小判がほしい。♪チャリンコ、チャリンコ、小判がほしい。 ごんぞうおじさんは、夢中になって転びました。「おおっ! 小判がだんだんでっかくなるぞ! おらよりでっかくなっていくぞ! おら、日本一の大金持ちじゃあー!」 ごんぞうおじさんは、転ぶたびに自分が小さくなっていく事にぜんぜん気づいていません。 その頃、さすけはゲタをはいて転ぶと背が低くなる事を言い忘れたのを思い出して、あわててごんぞうおじさんに会いに行きました。  家に行ってみますと、閉めきった家の中でチャリーン、チャリーンと音がします。「おじさーん、おじさーん!」と、呼んでみましたが、返事がありません。 さすけは、とびらを力まかせに開けました。 すると中から、小判がジャラジャラと流れ出てきます。「うああっ! ごんぞうおじさん。どこだあー!」 小判を押しのけて家の中へ入ると、ごんぞうおじさんは山のようにつまれた小判のすみで、バッタのように小さくなっていました。 それでも転んでは起き、転んでは起きして、小判をどんどん出しています。 そのうちにとうとう小さな虫になって、どこかへ飛んでいってしまいました。 その後、さすけはごんぞうおじさんの家をひきとって長者(ちょうじゃ)になり、お母さんと幸せに暮らしました。 欲張りすぎると、ろくな事がありませんね。

1112 とっつく、くっつくむかしむかし、ある村に、与作(よさく)という男がいました。 大変な恐がりで、長いへちまがぶらさがっているのを見てドッキリ、草がざわついてもドッキリ。 ネズミが現れると腰をぬかして、「おかか、助けてくれろっ!」と、いったしだいです。「やんれ、こんなでは、この先どうなるもんだか」と、おかみさんもなげいておりました。 ある日、与作は村の寄り合いに出かけましたが、帰りは日もくれて、おまけに雨も降っています。「気味が悪いな。化けもんが出よったら、どうしよう?」 ヒヤヒヤのビクビクで、ようやく家にたどりつきました。「やんれ、これでまんず安心」 だけれどこの安心がゆだんのもとで、戸口に足を入れたとたん、気味の悪い冷たい手が与作の首をつかまえました。「ヒェェー! おかか! 助けてくれろっ。おら、化けもんにつかまっちまったあ」 おかみさんがよく見ると、屋根の雨粒が与作の首をぬらしていました。「屋根の雨ん粒やないか。化けもんちゅうもんは、みんなこういうもんだよ、お前さん」「へええ、化けもんちゅうのは、みな雨ん粒の事か」 さて次の日、友だちの作ベえどんに出会いました。「与作どん、聞いたか? 川っぷちに毎晩、化けもんが出るちゅうこった」「ははん、雨ん粒だな」「なんやらわからんような、恐ろしいやつが追いかけてきよるんだと」 あの晩から化け物は雨粒だと思い込んでいる与作は、全然恐くありません。「だらしねえやつらだ。よし、おらが行ってこらしめてやる」 与作がその晩、川っぷちに出かけて行くと、草の中から気味の悪い声が聞こえて来ました。「・・・とっつくぞお、・・・くっつくぞお」(全然、怖くねえ。化けもんは、みな雨ん粒だから平気なもんだ) 与作は、その気味の悪い声にむかって、「ああ、とっつけや、くっつけや」「・・・とっつくぞお、・・・くっつくぞお」「ええとも、とっつけや、くっつけや」 すると草がザワザワとゆれて、まっ黒けの奇妙(きみょう)なやつが出てきて、「そんなら与作どん、お前にくっつくからおんぶしろ」「しかたねえな。そら、背中につかまれや」 与作が化け物をおんぶして歩き出すと、チャリン、チャリンと音がします。「おまえの体はばかにかたいな。それに、ズッシリと重い。のう、雨ん粒お化け」「そうとも、おらはこれから、与作どんの家で暮らす事にしたぞ」 与作が化け物を連れて帰って来ると、おかみさんは大喜び。「まあ、お前さん、こりゃ、まあ!」 与作がおんぶしてきた物は大きなかめで、その中には何とピカピカの小判がギッチリと詰まっていました。

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1113 たいこもちと三つ目の大入道 むかしむかし、江戸でたいこもち(→たいこをたたいたり芸をして、えんかいを盛り上げる仕事)をしている富八(とみはち)が、箱根の温泉に行きました。「毎日毎晩、お客のごきげんとりでクタクタだ。おれだってたまには、息抜きをしねえとな」 さて、その帰り道の事です。「ああー、いいお湯だった」 富八がきげん良く箱根の坂道を歩いていると、「おい、待て!」と、呼び止める声がしました。「だっ、だれだ?」 振り向くとそこには、何と三つ目の大入道がいたのです。 なみの男なら、きもをつぶして逃げ出すところですが、富八は客あしらいのうまさで身をたてているたいこもちです。 ちょっとやそっとでは、おどろきません。 とりあえず化け物にだまされないおまじないにと、まゆ毛につばをぬってから言いました。「よよっ、だれかと思えば、三つ目さんじゃありませんか。 どうも、お顔が見えねえと思ったら、こんな山の中にひっこんでいたんですかい。 まったく、やぼというか、物好きというか。 いやはや、あきれたお方だ」 三つ目の大入道は、富八の勢いに飲み込まれてたじたじです。「えっ? そういうお前は、だれだったかなあ?」「いやですな、たいこもちの富八をおわすれだなんて。 三つ目さんも、お人が悪い。 ひところは、ずいぶんとひいきにしてくださったじゃありませんか。 ねえ、そうでしょう」 こう言われると、知らないとは言えません。「そうそう、富八だったな」 ていさいをつくろって、むりに話を合わせました。 こうなれば、もう富八のペースです。(へっへへ。こいつを江戸へ連れ出して見世物小屋へ売り飛ばせば、ひともうけ出来るわい) そうたくらんだ富八は、言葉たくみに三つ目の大入道を江戸へさそいました。「ねえ、ねえ、三つ目さんや。 こんな山の中で人をおどかしてみたところで、一文にもなりゃしないですよ。 そんなつまらない暮らしは、もうやめにしてはどうですか? 一度、花のお江戸へ来てごらんなさいな。 あんたくらいめずらしいお顔をしていれば、ほうぼうからおよびがかかって、あっちからも小判、こっちからも小判、そっちからも小判と、小判小判のお山が出来ますよ。 それに幽霊のきれいどころだって、ほうってはおかないよ。 いや、にくいね、色男。 金に女に、かー、こりゃあたまらないねえ」「ほっ、ほんとですかい?」「この富八、うそとぼうずの頭は、ゆったことがねえのがじまんなんです。 ささっ、けっして、けっして、悪いようにはいたしませんて。 人生は誰でも一度きり、だんな、ここが人生の勝負時ですぜ」 富八の調子の良さに、三つ目の大入道はついつい道をいっしょにしましたが、どう考えても話がうますぎます。 三つ目の大入道は小田原(おだわら→神奈川)あたりまで来ると富八の話をあやしみだして、立ち止まりました。「おや、三つ目のだんな。いったい、どうしたんですか?」 富八が振り返ると、三つ目の大入道は人にだまされないおまじないに、まゆ毛につばをぬっていました。

1114 ウマかたのゆだん むかしむかし、あるところに、人をだますキツネが住んでいるとうげがありました。 このとうげを行き来するウシかたやウマかた(→ウシやウマを引いて、荷物を運ぶ人)は、時々このキツネにだまされて荷物を取られてしまいます。 ところが一人だけ、「おれは魚を仕入れる時、とうげのキツネのために安い魚を買って来て、それをキツネに食べさせてやっている。だからおれは、キツネに荷物を取られる事はない。荷物を取られるのは、頭が悪いやつらだ」と、いつもじまんしているウマかたがいました。 ある日、このウマかたがとうげにさしかかると、木のかげから呼び止める声がしました。 ウマかたが振り向くと、キツネがかみしも(→正装)を着て立っていました。「実は今晩、せがれが嫁をとります。そこでいつも魚をくださるあなたさまを、お客としておまねきしたいのですが、いかがでしょう?」 キツネはかしこまって、あいさつをしました。「そんな事を言って、そのすきに荷物の魚を取るのではあるまいな?」「何をおっしゃいます。キツネにも、礼儀というものがあります。それにお荷物が心配でしたら、我が家の庭に運ばせましょう。お荷物が見えるところにあれば、あなたさまもご安心でしょう」「まあ、そう言う事なら」 ウマかたはキツネに案内されて、山の中に入って行きました。「さあ、こちらへどうぞ」 キツネの屋敷に入ると、キツネはごちそうとお酒でウマかたをもてなしました。 ウマかたの荷物はよく見える庭に置いてあるので、ウマかたも安心してごちそうになりました。「ああっ、久しぶりに満腹だ」 ウマかたが大きくなったお腹をさすっていると、そこにきれいな姉さんギツネがやって来て言いました。「だんなさま、おふろはいががですか? よろしければ、お背中を流させていただきたいのですが」「それはありがたい。では、さっそく」 ウマかたがおふろに入ると、ちょうどいい湯加減です。 すっかり良い気持ちになっていると、ウマかたの耳のそばで怒鳴り声がしました。「だれだ! わしの田んぼに入っているやつは!」「なっ、なに。田んぼ?」 ウマかたがハッと気がつくと、そこはおふろではなく田んぼでした。「しまった! だまされたか」 見ると荷物はなくなっており、ウマだけがのんびりと草を食べていました。1115 仁王とどっこい むかしむかし、仁王(におう)という大変な力持ちがいました。 もう日本では、仁王にかなう者はいません。「唐の国(からのくに→中国)に、どっこいという力持ちがいると聞いたが、どーれ、出かけて行って、すもうでもとってくるか」 仁王は舟に乗って唐の国に行くと、どっこいの家に行きました。「どっこいは、いるかな? 日本一の仁王さまが、力比ベに来たぞ」 すると家の中から、おばあさんが出てきました。「ああ、どっこいは、じきに帰って来るよ。少し、待ってください」 おばあさんはそう言って、せっせとお昼ご飯のしたくを始めました。 仁王が見ていると、おふろよりも大きなカマがあって、そこにお米を何俵も入れてい

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ます。 仁王は思わず、おばあさんにたずねました。「そんなにいっぱいご飯をたいて、祭りでもあるのか?」「いんや、これはおらとじいさまと、あとはおらの子どものどっこいの三人で食べるよ」「これを、三人で・・・」 仁王も大食いで有名ですが、これにはとてもかないません。「あの、ちょっくら、お便所を貸してくれや」 仁王は体がブルブルふるえてくるのをガマンして便所に入ると、そこの窓から逃げ出しました。「どっこいというのは、きっと化け物に違いない。これは、逃げるが勝ちだ」 やがて浜辺に着いた仁王は舟に乗ると、大急ぎでこぎ出しました。 さて、間もなく家に帰ったどっこいは、戸口に大きな足あとがあるのを見つけました。「でっかい足あとだな。こんな足をしているのは、日本の国の仁王しかいねえぞ。さては、力比べに来たな。おっかあ、仁王はどこにいるだ?」 どっこいが聞くと、おばあさんが言いました。「あんれ、なんて長いお便所だベ」 そこで便所をのぞいて見ると、中は空っぽです。「さては、逃げたな。ここまで来て、おらと勝負をしないで帰るなんて、うわさほどでもない弱虫だ。よーし、ひっとらえてやっつけてやる」 どっこいは長いくさりのついた大きなイカリをかついで、仁王の足あとを追いかけました。「おーい、待てえ!」 どっこいが浜辺に着くと、仁王はもう舟をこぎ出して遠くにいます。「逃がさないぞ!」 どっこいは仁王の舟に向かって、くさりのついたイカリを投げつけました。「えいやっ!」 イカリはピューンと空を飛び、仁王の舟に突きささりました。 仁王はひっしで舟をこぎますが、どっこいが怪力でくさりをどんどん引っ張ります。「このままでは、舟が引き戻されてしまう!」 その時、仁王は日本を出る時に、武家の神さまである八幡(やはた)さまにもらったヤスリの事を思い出しました。 このヤスリは、どんな鉄でも切れるヤスリです。「八幡さま、お守りください」 仁王がヤスリでくさりをこすると、くさりはプッツリと切れました。 とたんに力一杯くさりを引っ張っていたどっこいは、ズデーンと海の中に尻もちをつきました。 どっこいは、切れたくさりを見ておどろきました。「仁王とは、何という怪力だ。おらでも、このくさりは切れないのに。・・・勝負しなくてよかった」 それからです。 重い物を持つ時に、唐の国では『におう』とかけ声をかけ、日本では『どっこいしょ』と言うようになったのは。

1116 海坊主にあった船乗りむかしむかし、徳蔵(とくぞう)という船乗りがいました。 船乗りの名人として知られ、徳蔵のあやつる船はどんな嵐も乗り切り、これまで一度として遭難(そうなん)した事はありません。 だから船主たちは大事な荷物を運ぶ時、かならず徳蔵の船を選ぶほどです。 しかしそんな徳蔵にも、肝(きも)をひやすような出来事がありました。 ある日、徳蔵は荷物をおろしたあと、のんびりと船をこいでいました。 空は晴れ、おだやかな波の上で海鳥たちがたわむれています。「なんて、静かな海だ」 すっかりいい気分になった徳蔵は、歌を口ずさんでいました。 はるかむこうに、島影が見えた時です。 ふいに、生あたたかい風が吹いてきて、波が高くなりました。 沖の方をふり返ると、さっきまで晴れていた空に黒い雲がわき出し、みるみる広がっていきます。「おかしいなあ?」 徳蔵は、首をかしげました。 これまで長年の経験で、こんな日は絶対に嵐などやって来ません。 それでもあたりは暗くなり、船の上まで黒雲がたれてきました。 波はいよいよ高くなり、船が大きくゆれます。 やがて雨が降りはじめると、はげしい嵐になりました。(こういう時は波にさからわず、じっとしている事だ) 徳蔵は船をこぐのをやめると、ろ(→船をこぐための棒)を船に引きあげたまま、船のバランスをとるために船底にうずくまっていました。 船はまるで、木の葉のようにゆれます。と、その時、目の前の海から黒い物が浮きあがり、あっという間に高さ一丈(→約三メートル)ほどの大入道になりました。「ば、化け物!」 さすがの徳蔵も、ビックリです。 けれど腕ききの船乗りだけの事はあり、あわてずにその化け物をにらみつけました。 化け物の両眼が、ランランと光っています。 そして、うなるような声で言いました。「どうじゃ? わしの姿は、恐ろしかろう!」 すると徳蔵も、負けじと言い返します。「何が、恐ろしいもんか。世の中には、お前より恐ろしい物はいくらでもいる。とっとと消えうせないと、このろでたたき殺すぞ!」 徳蔵のすごいけんまくに、逆に化け物があわてました。「チビのくせに、おそろしい男だ」 化け物はそのままスーッと海へ沈むと、それっきり姿を見せなくなりました。と、同時に嵐がやみ、ふたたび空に日がもどります。 家にもどって、この事を近所の物知り老人に話したら、それは海坊主という妖怪(ようかい)で、体がうるしのように黒く、嵐を起こして船を沈めるというのです。(なるほど、それにしても、よく船を沈められずにすんだものよ) この話しはすぐに広まり、海坊主を追い払った船乗りとして、徳蔵への仕事の依頼(いらい)はますますふえたということです。

1117 こわれたせともの むかしむかし、あるとうげに、人をだますキツネがいました。 ある日、このとうげを通りかかったせともの売りのおじいさんが、せとものもお弁当も取られてトボトボ家に帰りました。 おじいさんからこの話しを聞いた息子は、「じいさんのかたきは、おれが取ってやる!」と、次の朝、せとものをかついでとうげにむかいました。 するとキツネが木のかげで、落ち葉をおでこにつけて人間の娘に化けるところを見つけました。(あいつが、じいさんをだましたキツネだな) 息子がそのまま知らん顔で道を歩いていくと、キツネが化けた娘が声をかけてきました。「あの、すみませんが、のどがかわいてこまっております。お水を、お持ちではありませんか?」「ああ、持っているぞ。おれもちょうど休むところだから、よければ一緒に弁当を食わねえか?」 息子は荷物をおろすと、お弁当を広げて娘にもすすめました。「はい、ありがとうございます」 娘がゆだんしてお弁当に手を伸ばしたその時、息子はいきなり娘の手をねじりあげて、「じいさんのかたきうち

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だ!」と、荷物をつり下げるてんびん棒で、娘をうちすえました。 するとキツネは正体を現して、「グシャン、グシャン、グシャン、グシャン」と、泣きさけびます。「泣いたって、かんべん出来るもんか!」 息子がさらにうちかかると、通りかかった人が声をかけてきました。「せともの屋さん、さっきからせとものをうちこわして、どうするつもりです?」 「へっ? せとものをこわしている? 違いますよ、悪いキツネをこらしめているんですよ。ほら、・・・へっ?」 よく見ると息子がキツネだと思っていたのは自分の商売道具のせともので、キツネの泣き声はせとものがわれる音だったのです。「だっ、だまされた・・・」 息子はガックリと肩をおとして、トボトボと家に帰って行きました。

1118 夢買い長者 むかしむかし、年寄りのお百姓(ひゃくしょう)と若いお百姓が、一緒に畑仕事をしていました。 お昼になってお弁当を食べると、年寄りのお百姓がごろりと横になりました。「ああ、眠たくなった。おれはちょっと、昼寝をするよ」 そしてぐーぐーといびきをかきはじめると、そこへ一匹のアブが飛んで来て、寝ているお百姓の鼻の穴にもぐりこみました。「たっ、たいへんだ!」 若いお百姓さんが心配しながら見ていると、アブは反対の鼻の穴から出て来て、遠くへ飛んで行きました。「ああ、さされなくてよかったよ。だけど、おかしなアブだなあ」 その時、年寄りのお百姓が目を覚ましました。「なんだ、今のは夢だったのか」 そう言って年寄りのお百姓は、若いお百姓に夢の話をしました。「不思議な夢でな、アブが飛んで来て『ここをほれ』と言うからほってみると、小判の入ったきたないつぼが出てきたんだ」 それを聞いて、若いお百姓はびっくりしました。(もしかするとさっきのアブが、夢のお告げをしたのかも) 若いお百姓は、年寄りのお百姓にたずねました。「そっ、それで、つぼが出たのはどこだ? くわしく聞かせてくれ」「確か、佐渡(さど)という島の古いお寺だったな。その庭には白いきれいな花がさいていて、つぼはその木の下なんだ」「なるほど、佐渡のお寺の白い花のさく木の下か。・・・なあ、ぼくにその夢を、売ってくれないか?」「夢を売る? お前、夢なんか買ってどうするんだい?」「決まっているさ。そのお寺へ行って、白い花のさく木の下をほってみるんだよ。・・・で、いくらで売ってくれる?」「あきれたやつだなあ。夢を本気にするなんて」 年寄りのお百姓は、笑って相手にしませんでした。 そこで若いお百姓は持っていたお金を渡すと、すぐに舟に乗って出かけました。 海を渡って島につくと、古いお寺はすぐに見つかりました。 庭へ入って行くとお坊さんがいたので、若いお百姓はお坊さんに頼みました。「和尚(おしょう)さんですか? どうぞわたしを、やとってください」「ほう、これは元気そうな。ちょうど一人探していたところだ。さあ、お入りなさい」 和尚さんはよろこんで、若いお百姓をやといました。 その日から若いお百姓は、井戸(いど)に水をくんだり、ご飯をつくったりと、よく働きました。 そして毎日庭へ出ては、白い花が咲かないかと待っていたのです。 すると庭の木に、つぼみがふくらみました。「これだな。今にきっと、白い花が咲くぞ」 楽しみにしていましたが、咲いたのは赤い花でした。 若いお百姓は、ガッカリです。 それから一年たって、別の木に白い花がたくさん咲きました。「これだ! この木の下だな」 ほってみると夢の通り、きたないつぼが出てきました。 若いお百姓がふるえながら、つぼをかたむけると、 ジャラジャラジャラ。と、小判がたくさん出てきたのです。「ああ、やっぱり夢のお告げは、本当だった」 夢を買った若いお百姓は、大金持ちになって村へ帰りました。

1119 くわん、くわんむかしむかし、一休さん(いっきゅうさん)と言う、とんちで評判の小僧さんがいました。 ある時、和尚(おしょう)さんが大好きなぼたもちをもらってきましたが、寺の小僧たちにわけるだけの数はありません。 そこで和尚さんは小僧たちにはやらずに、一人で全部食べてしまおうとそのぼたもちを戸だなの奥にかくしたのですが、それを見ていたのが一休さんです。「ずるい和尚さんだ。よし、みんなで食べてしまおう」と、かくしていたぼたもちを取り出すと、寺の小僧たちといっしょに全部食べてしまったのです。「しかし、こんな事をして大丈夫か? 一休」 心配する小僧たちに、一休さんはニッコリ笑うと、「大丈夫ですよ。本堂の阿弥陀(あみだ)さまに、ちょっと手伝ってもらえば」と、言って、皿についたアンコを手ですくうと、一休さんは本堂に入っていきました。 さて次の朝、ぼたもちがなくなった事に気がついた和尚さんはカンカンに腹を立てて、一休さんたち小僧を呼びつけました。「こら! 戸だなのおくのぼたもちをぬすんだのは、誰だ?!」 すると一休さんは、とぼけた口調で、「はて、わたしたちは知りません。だけど本堂の阿弥陀さまの口元に、アンコがついていましたよ。犯人は、阿弥陀さまかもしれませんね」「なにを、ばかな事を」と、言いつつ、和尚さんが本堂に行ってみると、たしかに阿弥陀さまの口元はアンコだらけです。 もちろん、一休さんの仕業(しわざ)です。(ははーん。これは一休の仕業だな。またとんちでごまかすつもりだろうが、そうはいかんぞ) 一休さんの仕業と気づいた和尚さんは、「阿弥陀さま。ぼたもちをぬすんだのは阿弥陀さまですか? 答えてくだされ」と、言って、阿弥陀さまの頭をコツンとたたきました。 すると、阿弥陀さまが、 くわーんと、鳴りました。 何度たたいても、 くわーん、くわーんと、鳴ります。 和尚さんは一休さんたちに向き直ると、怖い顔で言いました。「ほれみろ。阿弥陀さまは『食わん』とおっしゃっておるぞ。やはり、犯人はお前たちだな!」 和尚さんは、(ついに一休から、一本とったぞ)と、内心よろこんでいましたが、そんな事でやられる一休さんではありません。 一休さんは、ますますとぼけた口調で、「あれ? たたいたくらいでは、白状(はくじょう)しませんね。こうなれば、阿弥陀さまをかまゆでにしてみましょう」と、言って、煮

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えたったかまの中に、阿弥陀さまをつけたのです。 すると阿弥陀さまは、くったくったくった、とあわをふきました。「ほらね。あみださまが『食った、食った』と、白状したでしょ」 これには和尚さんも返す言葉がなく、「たしかに、お前の言う通りだ」と、答えるしかありませんでした。

1120 逃げた黒牛むかしむかし、吉四六さんと言う、とてもゆかいな人がいました。 吉四六さんのおじさんは、とても立派な黒牛を一頭持っていました。 ある日の事、おじさんがその黒牛を連れて、吉四六さんのところへやって来ました。「吉四六、実は急用で町へ行く事になった。二、三日で戻って来るが、その留守(るす)の間、こいつを預かってくれないか?」「いいですよ。どうぞ気をつけて、いってらっしゃい」 吉四六さんは、こころよく黒牛を預かりました。 さて、吉四六さんがその黒牛を連れ出して原っぱで草を食べさせていると、一人のばくろうが通りかかりました。 ばくろうとは、牛や馬を売ったり買ったりする人の事です。「ほう、なかなかいい黒牛だな。どうだい、わしに十両(→70万円ほど)で売らんか」「十両?! 本当に、十両出すのか?」「ああ、出すとも。こいつは、十両出してもおしくないほどの黒牛だ」 十両と聞いて、吉四六さんは急にそのお金が欲しくなりました。「よし、売った!」 こうして吉四六さんは、勝手におじさんの黒牛を売ってしまったのです。「それじゃあ、確かに金は渡したよ」 ばくろうが黒牛を引いて行こうとすると、吉四六さんがあわてて呼び止めました。「ちょっと待ってくれ! すまんが、その黒牛の毛を二、三本くれないか」「うん? まあ、いいが」 吉四六さんは黒牛の毛を、三本ほど抜いて紙に包みました。 それから二、三日たって、おじさんが戻って来ました。「吉四六、すまなかったなあ、黒牛を引き取りに来たぞ」 その声を聞くと、吉四六さんは大急ぎで裏口から飛び出しました。 そして石垣(いしがき→石の壁)の穴に牛の毛を三本突っ込み、片手を穴に差し込むと、「大変だ、大変だー! 牛が逃げる! だれかー! はやく、はやくー!」「なに、牛が逃げるだと!」 おじさんはビックリして、かけつけて来ました。 ところが吉四六さんが石垣に手を突っ込んでいるだけで、黒牛の姿はどこにも見あたりません。 吉四六さんは、おじさんの顔を見てわめきました。「おじさん、早く早く! 黒牛が石垣の中へ逃げ込んだ。今、尻尾を捕まえている。駄目だ! 尻尾がはずれるー!」 おじさんがあわててかけ寄ると、吉四六さんは石垣から手を抜き、「ああ、とうとう逃げられた。おじさん、かんべんして下さい。これはあの黒牛の形見(かたみ)です」と、言いながら、黒牛の毛を三本渡しました。 おじさんが急いで石垣の裏に回ってみましたが、どこにも黒牛の姿はありません。 おじさんはガッカリして、その場にヘナヘナと座り込んでしまいました。

1121 石のいもむかしむかし、ある村に、空海(くうかい)という名のお坊さんがやって来ました。 お坊さんは朝から何も食べずに、山をこえて谷を渡り、やっとこの村にたどりついたのです。「ああ、腹がへった。目が回りそうじゃ」 すると向こうから、一人の女の人が歩いてきました。 女の人は、畑から帰って来たところでした。 手にザルをかかえ、その中にはおいしそうなイモがいっぱい入っていました。 それを見て、お坊さんは思わず声をかけました。「お願いじゃ、そのザルの中のイモを一つでいい、わしにくだされ」 女の人は、ジロリとお坊さんを見ました。(ふん。なんて汚い坊主だろう) この女の人は、みすぼらしいお坊さんにイモをあげるのがいやだったので、「それは残念。このおイモは、食べられませんよ」と、言いました。「えっ、どうして?」「これは、おイモそっくりの石なんです」「石ですか。それは仕方がない」 お坊さんは頭を下げると、またトボトボと道を歩いていきました。「うふふ。うまくいったわ。だれが、大事なおイモをあげるもんですか」 次の年の秋になりました。「今年も、おいしいおイモがたくさん取れますように」 あの女の人は大きなザルをかかえて、自分の畑に行きました。 さっそく畑の土をほり返してみますと、去年よりも大きなイモがどんどんと出てきます。「今年は豊作だわ。それにズッシリと重くて、よく実がつまっている。・・・しかし、本当に重たいわね。まるで石みたい。・・・あれ、これは!」 イモだと思っていたのは、イモそっくりの石だったのです。「あら、これも、これも、これも、ぜんぶ石だわ!」 女の人の畑のイモは、全てイモにそっくりな石だったのです。 その時、女の人は去年の今ごろ、お坊さんにうそをついた事を思い出しました。「ああ、あの時、わたしがうそをついたから、神さまが天罰(てんばつ)をあたえたんだわ」 女の人は反省して、それからは貧しい人にほどこしをする心やさしい人になりました。

1122 キツネとクマ むかしむかし、キツネがクマに言いました。「ねえクマさん、いっしょに野菜をつくらないかい?」「いいなあ。自分で食ベる物をつくれば、毎日山を探さなくてもいいものね」「じゃあ、クマさんは力が強いから、土をほり返して畑を作ってね。ぼくはタネを見つけて来るから」「うん、わかった」 キツネはタネを手に入れるために、山をおりて村へ行きました。 クマは一生懸命に土をたがやして、立派な畑を作りました。 そこへ、キツネが持ってきたタネをまきました。「クマさん、野菜が出来たら半分ずつに分けようね。ぼくは土から下の方をもらうよ」「だったらぼくは、土から上に出来た方をもらえるんだね」「そうだよ、クマさん」 やがてタネから芽が出て、緑の葉っぱになりました。「やあ、もう食ベられるな。クマさん、きみの強いつめでほってよ」「よしきた」 クマはがんばって、緑の葉っぱを全部ほりおこしました。 出てきた野菜は、大きなかぶでした。「じゃあ、ぼくは土から下の方をもらうよ」 キツネはそう言って、おいしそうな根っこを

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全部持って帰りました。 残っているのは、葉っぱだけです。「かぶの葉っぱなんか、ちっともおいしくないや」 クマはガッカリです。 それからしばらくして、食べ物を探しているクマのところへまたキツネが来ました。「ねえクマさん、また野菜をつくろうよ」「うーん、でも・・・」「大丈夫。今度はきみに、土から下の方をあげるから」「うん、それならいいよ」 気のいいクマは、また土をたがやしました。 やがてタネが芽を出して、ツルをのばしました。 ツルには大きなカボチャが、ゴロゴロなりました。「たしか、ぼくが土の上の方をもらうんだったね」 キツネはニヤニヤしながら、カボチャをかかえて帰りました。「キツネめ、まただましたな」 クマは、プンプンに怒りました。 またある日、キツネがハアハア言いながら走ってきました。「クマさん、いい知らせだよ。きみの大好きな、ハチの巣を見つけたんだよ」「本当?! どこなの?」「こっちさ」 ハチミツが大好きなクマは、よろこんでキツネについていきました。「ほら、あの木の根元だよ。のぞいてごらん」「うひゃー! 本当だ。ミツがたくさんあるぞ」 クマは、ハチの巣に手を入れました。 すると怒ったハチが、わっと飛んで来てクマをさしました。「痛い、痛いよ。キツネくん、助けてー!」 でもキツネは、知らん顔です。 ハチがクマを追いかけているうちに、キツネはハチミツを取って家に帰りました。 また、しばらくたったある日。 キツネがクマの家へ遊びに行くと、クマがおいしそうに肉を食べていました。「やあ、おいしそうな肉だね。ぼくも、ほしいなあ」「だったら、村の野原へ行ってごらんよ。ウマが昼寝をしているから」「でも、ぼくにウマなんか、つかまえられないよ」「簡単さ。昼寝をしているウマに近づいて、ウマの後ろ足を思いっきりかみついてやるんだ。そしてウマが動けなくなったところを、つかまえるのさ。ねえ、簡単だろ?」「うん、それならぼくにも出来そうだ」 キツネが野原に行くと、クマの言っていたようにウマが昼寝をしていました。 キツネはそっとウマの後ろに近づくと、昼寝をしているウマの後ろ足にかみつきました。  ガブリ! するとウマがびっくりして、「ヒヒヒーン!」と、後ろ足にかみついているキツネをけり飛ばしたのです。 ヒューン、ドッスーン! いじわるばかりしていたキツネは、大きな石にぶつかってけがをしました。 それを木のかげから見ていたクマは、笑いながら家に帰っていきました。

1123 上と下あるとき、お百姓(ひゃくしょう)が畑をたがやしていると、鬼がヌーッと顔を出しました。「ウヒャーー!」 お百姓がビックリしていると、「おい、百姓、おめえ何をしとるだ」「あ、ああ。うめえ野菜をたんと作ってるだよ。どうだ、ほしけりゃ畑さたがやすのを手伝わんかい」「ああ、ええとも。うめえ野菜が食えるんならやるだよ」「けど鬼さんよ、分けるときにけんかになると、おら、おっかねえだべ。今から決めておくことにするべえ。畑の上さできたもんは鬼さんのもの、下にできたもんはおらのものにすべえ」「よし、おらが上のもんさ、もらうだべな」 話は決まると、鬼とお百姓は毎日せっせと水をやったり、草をとったり。 やがてできたのは、とても大きな大根です。 お百姓はみずみずしい大根を持って帰って大喜び。 でも、鬼はしなびた葉っぱばかりです。「おいおい百姓、ずるいぞ。もういっぺんタネをまくだ。で、今度はおらが畑の下、おめえが上のもんさ取るだ」「ああ、ええとも。今度は鬼さんに下にできたもんば、やるべえ」 そういいながらまた、二人はせっせと働きました。 やがて夏になって畑にできたのは、まっ赤なイチゴです。 お百姓は甘い実をカゴいっぱいに入れて帰り、鬼がくきを引っこ抜くと、細い根っこしかついていませんでした。

1124 打たぬのに、鳴るたいこ むかしむかし、あるお寺に、新しい小僧さんが来ました。 和尚(おしょう)さんは、小僧さんがどれくらい役に立つかたしかめようと、わざとむずかしい事を言いつけました。「小僧よ、打たぬたいこに、鳴るたいこ。手ふり足ふり、しかめ顔をする物を持ってきなさい」「へえ、そんな物があるのですか?」「この世に、ない物はない。もし持って来られないのなら、お前の負けじゃ。『まいりました、まいりました』と、十ぺん言って、毎日三度のご飯を二度にがまんしなさい」「・・・わかりました。何とか持ってきましょう」 小僧さんは一人になると、腕を組んでジッと考えました。「『打たぬたいこに、鳴るたいこ。手ふり足ふり、しかめ顔をする物』か、そんな物が本当にあるのだろうか? でも何とかしないと、ご飯をへらされるし。・・・そうだ」 小僧さんはニッコリ笑うと、小さな袋を持ってお寺の裏の森へ出かけました。 そして森から帰って来ると、今度はお金を持って町へ行き、たいこを一つ買ってきました。 そしてたいこに細工をすると、和尚さんの部屋へ行きました。「和尚さま、お言いつけの物を持って来ました」「ほう、どれどれ」 和尚さんは、小僧さんが差し出したたいこを見てびっくりしました。 誰もたたかないのに、『ブルン、ブルン』と、ひとりでに鳴っています。「これは一体、どういう事だ?」 和尚さんは、たいこのふちから中をのぞこうとしました。 するとハチが飛び出してきて、和尚さんの鼻の頭をちくりとさしたのです。「うぎゃー、いたい、いたいっ!」 思わずしかめ顔をした和尚さんは、手や足をふりあげてハチを追い払いました。 それを見て、小僧さんが和尚さんに言いました。「そらね、和尚さまがおっしゃったように、『打たぬのに、鳴るたいこ。手ふり足ふり、しかめ顔をする物』でしょう」「・・・たっ、たしかに」 見事にやられた和尚さんは、二度と小僧さんをためすような事はしなかったそうです。

1125 すす竹売り むかしむかし、吉四六さんと言う、とてもゆかいな人がいました。 以前、吉四六さんはキジを売っている

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と勘違いさせて、カラスを売りつけて大もうけした事がありますが(→おとりのキジ)、これはそれからしばらくたったある日のお話しです。 今度は吉四六さん、町にすす竹を売りにやって来ました。「ささや~ぁ、すす竹~ぇ」 吉四六さんが声を張り上げて町の中を歩いていると、その姿を見た一人の商人が隣の店に飛び込みました。「河内屋(かわちや)さん! ちょっと、ちょっと」「これはこれは、虎屋(とらや)さん。どうしました?」「ほれ、いつか。 かごの上にキジを乗せて安い値で『カラス、カラス』と言って売りに来た男がいましたね。 それを見て『きっと、カラスとキジの見分けがつかない田舎者だ』と思って、『カラスをくれ』と言うと、中から本物のカラスを取り出して売りつけたではありませんか」「ああ、ありました。覚えていますよ」「そう、その男が今、すす竹売りに来たんですよ。 どうです? あの時の腹いせに、うーんと油をしぼってやろうじゃありませんか」 そう言って虎屋と呼ばれた男は、河内屋にある作戦をささやきました。「なるほど、これはおもしろい」「でしょう。そら、やって来ましたよ。・・・おい、すす竹売り!」 虎屋が吉四六さんに、声をかけました。 すると吉四六さんは、すぐにやって来て、「へい、ありがとうございます」と、頭を下げました。 「ささを、一本くれないか。いくらだ?」「はい。十文でございます」「それ十文だ。とっときな」「はい、ありがとうございます」「おい、おれには、すす竹一本くれ」 今度は、河内屋が声をかけました。「はい、ただいま」 吉四六さんが何気なくすす竹を一本渡すと、河内屋はいきなり怒り出しました。「おいこら! これは虎屋に売ったのと同じではないか! 虎屋は『ささ』で、おれは『すす竹』と言ったんだ!」 虎屋も、吉四六さんに詰め寄りました。「そうだ! 『ささや、すす竹』と言うからには、違う物でなければならん。 見れば、みんな同じ物だ。 お前はかたり(→人をだまして、お金を取ること)だ! ふといやろうだ!」 全くのいちゃもんですが、でも吉四六さんは平気な顔で言いました。「これはこれは、誰かと思ったら、虎屋の旦那で」「うん、いかにもおれは虎屋だ」「お名前は、権兵衛さんで?」「ああ、権兵衛だが、それがどうかしたか?」「ヘヘへ、そちらさまは、河内屋の久六(きゅうろく)さんで?」「そうだ。河内屋が屋号(やごう)で、名が久六だ。さあそれよりも早く、ささでないすす竹を寄こせっ!」 すると吉四六さんは、腹をかかえて笑い出しました。「な、なにを笑う!」「いや、実はわたしの売っている竹は、屋号が笹屋で、名前がすす竹と申すのです。 屋号で呼んでも名前で呼んでも、物はどちらも同じ物ですよ」 それを聞いた二人の商人は、「ちくしょう、またやられたわ!」と、言って、おとなしく店の中に帰って行きました。

1126 灰まき童子 むかしむかし、あがり長者とよばれる屋敷と、いり長者とよばれる屋敷がありました。 でも、いり長者はあがり長者にだまされて、屋敷に住むお母さんと十五歳の息子は毎日の食べる物にも困る貧乏になっていました。 ある夜、いり長者の息子はあがり長者の屋敷へ、お米とみそを借りに行きました。 でも、あがり長者は「貧乏人のくせに、米とみそを食うつもりか? ほしけりゃ、庭のもみがらでも持って行け」と、意地悪を言って戸を閉めてしまいました。 いり長者の息子がその事をお母さんに話すと、お母さんは芭蕉布(ばしょうふ→沖縄および奄美諸島の特産で、芭蕉の繊維で織った布)を差し出して言いました。「それなら、この芭蕉布を売って、お米とみそを買っておいで。最後の一枚だけれど、仕方がありません」 息子はうなずいて、町へ売りに出かけました。 ところが途中の道で子どもたちがネズミをいじめているのを見かけると、息子は思わず声をかけました。「この芭蕉布をやるから、ネズミを逃がしておやり」 子どもたちは、芭蕉布とネズミを喜んで交換しました。 息子はネズミをふところに入れて家に帰り、お母さんに話しました。「そう。それは、仕方ありませんね」 お母さんは少しだけ残っていたアワで、おかゆをたきました。 すると、ふところのネズミがすっと屋敷を出て外へ行き、どこからか財布(さいふ)をくわえてもどって来ました。「おやまあ、ネズミの恩返しですね」 お母さんと息子は財布をご先祖さまにお供えして、にっこり笑って眠りました。 その夜、お母さんはこんな夢を見ました。 ネズミがきちんと座って、こう言うのです。「わたしは息子さんに、命を助けてもらいました。 先ほどの財布は、ご恩返しです。 でもわたしの気持ちは、あれだけではすみません。 あの財布に入っているお金で、まだらの三つある犬を買って育ててください」 翌朝、お母さんは息子に夢の話をして町へ行き、まだらの三つある犬を探して買って帰りました。 犬はとても元気がよくて、あまりご飯を食べさせなくてもすぐに大きくなりました。 そして山へ行って、自分よりも大きなイノシシをつかまえて来るようになったのです。 親子はそのイノシシを売って、少しだけお金持ちになりました。 そんなある日、あがり長者がやって来てたずねました。「お前たち、ついこの前まで米もみそもない暮らしをしておったのに、なんで金持ちになったのじゃ?」 お母さんと息子は、これまでの事を話しました。「なるほど、それならおれにも、その犬を貸してくれ」 欲張りのあがり長者は、むりやり犬を連れて帰りました。 お母さんも息子も、あがり長者がすぐに犬を返してくれるだろうと思っていました。 でも三日たっても、犬はもどってきません。 二人は心配になってあがり長者の屋敷へ行くと、あがり長者が言いました。「あの犬はひどい犬で、死んだブタやらくさったネコの死体やらを運んできたんじゃ。だから殺して、こえだめに捨てた」 お母さんと息子はこえだめから犬を抱きあげると、泣きながら自分の家の庭に埋めました。 それから何日かすると、そこから竹の子が出て来ました。「お母さん、見てください」 息子がお母さんを呼びに行くと、竹の子はグングン天にむかって伸び続けています。 そして竹の子は、なんと天の国の米倉を突き刺したのです。 天の国のお米が、ザザザーッと雨の様に降ってきました。「おやまあ、米の雨だわ!」 お母さんと息子は、喜んでその米をひろい集めました。 それから二人はそのお米を売って、ますますお金持ちになりました。 

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しばらくして、あがり長者がやって来ました。 のんびり暮らす二人を見て、あがり長者がたずねます。「犬がいなくなったのに、お前たちはなんでこんな良い暮らしをしとるんじゃ?」 お母さんと息子は、天から降って来たお米の話をしました。 するとあがり長者は、犬を埋めたところを掘り返して、「二、三日かりるぞ」と、犬の骨を残らず持って帰りました。 ところが三日たってもあがり長者が犬の骨を返しに来ないので、二人はあがり長者の屋敷に出かけて行きました。 するとあがり長者は、今にも飛びかかって来そうな勢いで怒鳴りました。「お前たちの言うように、確かに竹の子が出て天を突き破った。 だが突き破ったところは、天の国の便所じゃ。 おかげで屋敷中に汚い物が降って来て、えらい目に合ったぞ! だからあんな骨、浜の大岩のそばで焼いてやったわい!」 お母さんと息子は浜辺の大岩へ走って行き、焼かれた骨を大事に包んで帰りました。「どこか美しいところに、まいてやりましょう」 次の日、二人は山へ出かけました。 山の奥へ入っていくと、しげみからいきなり大きなイノシシが五頭も飛び出して来ました。 息子は骨を焼いた灰をつかむと、「お前は、元は強くて立派な犬だったぞ。あのイノシシたちを、やっつけてくれ!」と、イノシシに灰を投げつけました。 すると灰がイノシシの目に飛び込んで、イノシシの目をつぶしたのです。 目が見えなくなったイノシシは、お互いに頭をぶつけてけんかになりました。 そして一頭のイノシシが死んで、残りの四頭はどこかへ逃げてしまいました。「お母さん、イノシシなべを食べて、元気を出しましょう」 二人がなべをつついていると、あがり長者がやって来ました。「お前たちは、犬の骨を灰にしてやったというのに、なんでイノシシなど食べれるのじゃ?」 お母さんと息子は、山の中での出来事を話してきかせました。 するとあがり長者は、残った灰を全部持って帰りました。 翌日、あがり長者は灰を持って、山へ出かけました。 すると草のしげみから、四頭のイノシシが出てきました。 あがり長者は灰をにぎって、四頭のイノシシめがけて投げつけました。「お前は、元は強くて立派な犬じゃったぞ」 でも灰は風に流されて、どこかへ消えてしまいました。 それを見たイノシシたちは、人間の声で言いました。「こいつが昨日、仲間の目をつぶしてけんかさせた悪い人間だ! 殺してしまえ!」「うわあー!」 あがり長者は四頭のイノシシにおそわれて、二度と帰ってこなかったそうです。

1127 すもう取りと、貧乏神むかしむかし、つるぎ山という、すもう取りがいました。 はじめはガリガリの小さな体でしたが、いっしょうけんめいけいこをして、ズンズン大きくなりました。「はやく大関(おおぜき→むかしは大関が一番強い位でした)になって、お母さんに喜んでもらうんだ」 つるぎ山は大関になるために、毎日きびしいけいこを続けました。 ところがある日から、つるぎ山は急に弱くなってしまいました。 自分よりも体の小さい者にも、コロコロと負かされてしまうのです。「さっきのは、ちょっとゆだんしたからだ。もうゆだんしないぞ。さあこい!」 でもやっぱり、いくらがんばってもコロコロと負けてしまいます。「もうだめだ。残念だが、すもうをやめよう」 そして、お世話になった親方(おやかた)に言いました。。「わたしは、もう限界です。田舎へ帰ってお母さんのそばで働くので、ひまをください」 しかし親方は、つるぎ山をはげましました。「調子の悪い時は、誰にでもある。もう少し、ガマンするのだ。負けてもけいこを続ければ、必ず強くなる」 けれどつるぎ山は親方の家を逃げ出して、お母さんのいる田舎へ帰ったのです。「お母さん、すもう取りになりましたが、どうしても大関になれそうもありません。これからは田舎で働くので、お母さんのそばへおいてください」 手をついてあやまるつるぎ山に、お母さんはきびしく言いました。「いけません! そんな意気地なしは、お母さんの子ではありません。もう一度、親方さんのところへ帰って、しっかりけいこをしてごらんなさい。大関になるまでは、二度と帰ってはいけません!」「でも」「はやく、親方さんのところに帰りなさい!」「・・・はい」 そこまで言われれば、仕方がありません。 つるぎ山は親方のところへ、帰ることにしました。 その帰る途中に、けわしい山があります。 つるぎ山が山を登っていると、「おーい、おーい」と、誰かが後ろから呼びました。 それは頭の毛がボウボウとのびていて、体はやせて骨と皮ばかりの老人です。「わたしに、何か用かね?」「さようです。ヘヘヘへ。わたしをおいてきぼりにしないでくださいよ。今朝はうっかりして遅れましたが、わたしたちは、いつも一緒でしょう。さあ、行きましょう」「・・・? いつも一緒だって? お前は一体、誰だ?」「わたしですか。ヘヘヘへ。わたしは、貧乏神 ( びんぼうがみ ) です。いつもあなたに、ついているのですよ」 つるぎ山はビックリして、貧乏神の顔をにらみつけました。「わかったぞ! お前がついているから、わたしはすもうに負けるのだな。そうだろう!」「ヘヘヘへ。その通りですが、ちょっと違います。 わたしがいるから弱くなったのではなく、あなたが弱いから、わたしがやって来たのです」「わたしが弱いだと! なにを言う、わたしはすもう取りのつるぎ山だぞ!」「ヘヘヘへ。あなたのどこが強いのですか? ちょっと負けが続いたからといって、親方のところから逃げ出して、お母さんに泣きつくお人が」「なっ、なんだと!!」 つるぎ山は大声で怒鳴りましたが、しかし貧乏神の言う事も間違いではありません。(確かに、貧乏神の言う通りだ。わたしが意気地なしだから、貧乏神がやってきたのだ。よし、元気を出そう。貧乏神なんかに、負けてたまるか!) つるぎ山ははだかになってまわしをしめると、貧乏神に言いました。「貧乏神! ひとつ、すもうをとろうじゃないか」「ヘヘへへ。すもうですか? まあ、とってもいいですが、でも、わたしの方が勝ちますよ」「そんな事はない。勝つのは、このつるぎ山だ!」「いいえ、意気地なしのあなたでは、わたしに勝てませんよ」「勝てないかどうか、ためしてみるがいい!」 つるぎ山は、ドシン、ドシンと、しこをふんでから、貧乏神に組み付きました。 そして全身に力を込めて、「えいっ!」と、貧乏神を投げ飛ばしたのです。「おみごと! あなたはきっと、大関になれますよ」 貧乏

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神はそう言って、消えてしまいました。 そのとたん、つるぎ山の体に力がわいてきました。 力があふれ出て、自分でも強くなったのがわかります。 つるぎ山は元気いっぱいで、親方の家に帰りました。 そしてつるぎ山はけいこをつんで、それから三年目、ついに大関になる事が出来たのです。

1128 三枚のお札むかしむかし、ある山寺の小坊主が、クリひろいに行きたくなりました。「和尚(おしょう)さん、山へクリひろいに行ってもいいですか?」 小坊主が聞くと、和尚さんは答えました。「クリひろいか。しかし、山には鬼ババが出るぞ」「でも・・・」 小坊主が、どうしても行きたいとだだをこねるので、和尚さんは三枚のお札を渡して、「困った事があったら、このお札に願いをかけなさい。きっと、お前を助けてくれるじゃろう」と、小坊主を送り出しました。 小坊主は山に入ると、あるわあるわ、大きなクリがたくさん落ちています。 小坊主が夢中でクリひろいをしていると、突然目の前に鬼ババが現れました。「うまそうな坊主じゃ。家に帰って食ってやろう」 小坊主は身がすくんでしまい、叫ぶ事も逃げ出す事も出来ません。 そしてそのまま鬼ババの家へ、連れていかれました。 恐ろしさのあまり小坊主が小さくなっていると、鬼ババはキバをむいて大きな口を開けました。(たっ、大変だ。食われてしまうぞ!) 小坊主はそう思うと、とっさに、「ウンチがしたい!」と、言いました。「なに、ウンチだと。・・・うむ、あれはくさくてまずいからな。仕方ない、はやく行って出してこい」 鬼ババは小坊主の腰になわをつけて、便所に行かせてくれました。 中に入ると小坊主はさっそくなわをほどき、それを柱に結びつけると、お札をはりつけて、「お札さん。おれの代わりに、返事をしておくれ」と、言いつけると、窓から逃げ出しました。「坊主、ウンチはまだか?」 すると、お札が答えました。「もう少し、もう少し」 しばらくして、鬼ババがまた聞きました。「坊主、ウンチはまだか?」「もう少し、もう少し」 またしばらくして、鬼ババが聞きましたが、「もう少し、もう少し」と、同じ事を言うので、「もうガマン出来ん! 早く出ろ!」と、言って、便所のとびらを開けてみると、中は空っぽです。「ぬぬっ! よくもいっぱい食わせたな。待てえ!」 鬼ババは叫びながら、夜道を走る小坊主を追いかけて行きました。 それを知った小坊主は、二枚目の札を取り出すと、「川になれ!」と、言って、後ろに投げました。 すると後ろに川が現れて、鬼ババは流されそうになりました。 けれど鬼ババは大口を開けると川の水をガブガブと飲み干して、また追いかけてきます。 小坊主は、三枚目の札を出すと、「山火事になれ!」と、言って、後ろに投げました。 すると後ろで山火事がおきて鬼ババを通せんぼうしましたが、鬼ババはさっき飲んだ川の水を吐き出すと、またたく間に山火事を消してしまいました。 鬼ババは、また追いかけてきます。 小坊主は命からがらお寺にたどりつくと、和尚さんに助けを求めました。「和尚さん! 助けてください! 鬼ババです!」「だから、やめておけといったのじゃ。まあ、まかせておけ」 和尚さんは小坊主を後ろにかくすと、追いかけてきた鬼ババに言いました。「鬼ババよ。わしの頼みを一つきいてくれたら坊主をお前にやるが、どうだ?」と、持ちかけました。「いいだろう。何がのぞみだ」「聞くところによると、お前は山のように大きくなる事も、豆粒のように小さくなる事も出来るそうだな」「ああ、そうだ」「よし、では豆粒のように小さくなってくれや」「お安いご用」 鬼ババは答えて体を小さくすると、豆粒のように小さくなりました。 和尚さんはその時、すかさず鬼ババをもちの中に丸め込むと一口で飲み込んでしまいました。「おっほほほっ。ざっと、こんなもんじゃい。・・・うん、腹が痛いな。ちと便所に」 和尚さんが便所でウンチをすると、ウンチの中からたくさんのハエが飛び出してきました。 ハエは鬼ババが生まれ変わって、日本中にふえていったものだそうです。

1129 おスマばあさん むかしむかし、ある山奥の村に、おスマばあさんという、おばあさんがいました。 おスマばあさんは、はやくに死んだおじいさんのお墓をたてようと、欲しい物もがまんしてお金を貯めたのですが、悪い旅の男にだまされてお金を全部持って行かれたのです。 それ以来、村人はおスマばあさんの事をバカにしていました。 ある日の事、おスマばあさんのところヘ二人の役人が来ました。「ばあさん、この村では、自分たちで酒をつくっておるじゃろう」「どこの家でつくっているか、教えてくれんか」 この頃、お酒を自分たちでつくる事は禁止されていました。 でもこの村は貧乏なので、税金の高いお酒を買う事が出来ません。 そこで村人はこっそり、自分たちでお酒をつくっていたのです。 役人に聞かれたおスマばあさんは、ゆっくり腰をのばして言いました。「へえ、旦那(だんな)たちが探しているのは、ささですかい?」「そうだ」 役人たちは、うなずきました。 お酒の事は、「さけ」の「さ」を重ねた言葉の「ささ」とも言います。「それでしたら、この山の炭焼小屋で、どっさりとつくっておりますだ」 それを聞いた役人たちは、顔を見合わせてニヤリと笑いました。(ウッヒヒヒ。今日は、たっぷり酒が飲めるわい。それに、ろうやに放り込むとおどかせば、金も手に入る。・・・これだから、役人はやめられん) まったく、悪い役人たちです。「では、ばあさん。そこヘ、案内してくれんか」「ああ、いいですが、ちょっと待ってくださいよ。息子が戻って来るまでに飯をたかんといかんから、ちょっと隣で米をかりてくるで」 そう言っておスマばあさんは隣の家でお米をかりて来ると、役人たちに言いました。「さあ、案内しますで。しっかりついて来てくださいよ」 おスマばあさんは先頭に立つと、けわしい山道をすたすたとのぼって行きました。 おスマばあさんのあとから、役人たちがフウフウ言いながらついて行きます。「まったく、このばばあ」「年の割には、足が早いわい」 そしてやっとの事で、三人は山奥の炭焼小屋に到着しました。「さあ旦那。ささは、あそこでつくっておりますだ」「そうか、ばあ

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さんはここで待っていろ」 役人たちは炭焼小屋の戸を開けると、転がるように中ヘ飛び込みました。 しかし炭焼小屋の中はクモの巣だらけで、どこを探しても酒のさの字もありません。 役人たちは腹を立てて、おスマばあさんに文句を言いました。「ばばあ! どこに酒があるのだ!」「うそをもうすと、ただではおかんぞ!」 すると外から、おスマばあさんが役人たちに手招きをしました。「旦那。そこではなく、こっちでさあ。すぐそこに、ささがどっさりございますよ」 役人たちが小屋を出ると、おスマばあさんが笹(ささ)やぶを指さしていました。「どうじゃ、いい笹じゃろ」 その頃、村ではおマスばあさんの知らせを聞いた村人たちが、村中の酒を隠したあとでした。 この事があってから村人はおスマばあさんに感謝して、二度とバカにしなかったそうです。

1130 サルの顔はなぜ赤い むかしむかし、ある山に、一匹のサルが住んでいました。「腹がへったな、何か食べ物はないかな?」 サルが里へ行くと、おじいさんとおばあさんがおもちをついていました。「もちをついて神さまにお供えすれば、わしらはもっともっと長生きが出来るぞ」「そうですね。長生きするのは、良いことです」 サルは木のかげからもちつきを見ながら、何とかおもちを手に入れる方法はないかと考えました。 ふと見ると、近くの木の葉にアマガエルがいました。「おい、アマガエルどん。お前、もちを食いたくはねえか」 サルが言うと、アマガエルはうなずきました。「ゲーコ。食いたい、食いたい」「そうか。それじゃ、わしの言う事をきけよ。もちをたくさん、食わせてやるからな」「ゲーコ、きく、きくぞ。どうすればいい?」「簡単じゃ。 お前は家の裏へ行って、赤ん坊の泣くまねをするんじゃ。 あのじいさんとばあさんは、前から子どもを欲しがっていた。 子どもの泣き声を聞くと、すぐに飛んで行くだろう。 そのすきに、わしがうすごともちをいただいて来るから、後で山分けすればいい」「ゲーコ。なるほど、なるほど。それなら、赤ん坊の泣き声の、まねをしてくる」 アマガエルは、ピョンピョンと家の裏へはねていくと、「ほんぎゃあー、ほんぎゃあー」と、赤ん坊の泣きまねをはじめました。 カエルにしては、なかなかに上手です。「おじいさん。赤ちゃんの泣き声がしますよ」「本当だ。誰かが、子どもをすてていったのかもしれん」 おじいさんとおばあさんは、大急ぎで家の裏へ見に行きました。「しめしめ。うまくいったぞ」 サルは大喜びで木のかげから飛び出すと、おもちの入ったうすをかついでやぶの中にかくれました。 そしてやぶの中でつきたての熱いおもちをフーフー言いながら食べていると、アマガエルがやって来て言いました。「ゲーコ。山分けだ。わしにも、食わしてくれ」 アマガエルはそう言って、うすに飛び乗りましたが、すぐにサルが手で払いのけました。「うるさいな、あっちへ行け!」「ゲーコ。山分けのはず。山分けのはず」 アマガエルは何度もうすに飛び乗りますが、その度にサルが手で払いのけます。「あっちへ行け! このもちは、全部おれの物だ」 サルがブンブンと手を振っていると、その手の先についた熱いおもちがうすから飛び出して、サルの顔にぺたりとはり付いてしまいました。「わあーっ、あち、あち、あちちちちちち!」 サルは顔をやけどして、顔がまっ赤になってしまいました。 その時からだそうです、サルの顔が赤くなったのは。

1201 一寸法師むかしむかし、あるところに、おじいさんとおばあさんが住んでいました。 二人には子どもがいなかったので、おじいさんとおばあさんは神さまにお願いしました。「神さま、親指くらいの小さい小さい子どもでもけっこうです。どうぞ、わたしたちに子どもをさずけてください」 すると本当に、小さな小さな子どもが生まれたのです。 ちょうど、おじいさんの親指くらいの男の子です。 二人はさっそく、一寸法師(いっすんぼうし)という名前をつけてやりました。 ある日の事、一寸法師はおじいさんとおばあさんに、こんな事を言いました。「わたしも都へ行って、働きたいと思います。どうぞ、旅の支度をしてください」 そこでおじいさんは一本の針で、一寸法師にちょうどピッタリの大きさの刀をつくってやりました。 おばあさんはおわんを川に浮かベて、一寸法師の乗る舟をつくってやりました。「ほら、この針の刀をお持ち」「ほら、このおはしで舟をこいでおいで」「はい。では、行ってまいります」 一寸法師は上手におわんの舟をこぐと、都へと出かけました。 そして都に着くと、一寸法師は都で一番立派な家をたずねていきました。「たのもう、たのもう」「はーい。・・・あれ?」 出て来た手伝いの人は、首をかしげました。「おや、誰もいないねえ」「ここだよ、ここ」 手伝いの人は玄関のげたの下に立っている、小さな一寸法師をやっと見つけました。「あれまあ、何て小さい子だろう」 そして一寸法師は、その家のお姫さまのお守り役になったのです。 ある日の事、一寸法師はお姫さまのお供をして、お寺にお参りに行きました。 するとその帰り道、突然、二匹の鬼が現れたのです。「おおっ、これはきれいな女だ。もらっていくとしよう」 鬼はお姫さまを見ると、さらおうとしました。「待て!」 一寸法師はおじいさんにもらった針の刀を抜くと、鬼に飛びかかりました。 ところが、「何だ、虫みたいなやつだな。お前なんぞ、こうしてくれるわ」 鬼は一寸法師をヒョイとつまみあげると、パクリと丸のみにしてしまいました。 鬼のお腹の中は、まっ暗です。 一寸法師は針の刀を振り回して、お腹の中を刺してまわりました。 これには、鬼もまいりました。「いっ、いっ、痛たたた!」 困った鬼は、あわてて一寸法師を吐き出しました。「よし、今度はわしが、ひねりつぶしてやるわ!」 もう一匹の鬼が言いましたが、一寸法師は針の刀をかまえると、今度はその鬼の目の中へ飛び込んだものですから、鬼はビックリです。「たっ、たっ、助けてくれー!」 二匹の鬼は、泣きながら逃げ出してしまいました。「ふん! これにこりて、もう二度と来るな! ・・・おや? これは何でしょう、お姫さま」 鬼が行ってし

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まったあとに、不思議な物が落ちていました。「まあ、これは打ち出の小づちという物ですよ。トントンとふると、何でも好きな物が出てくるのです」 そこで一寸法師は、お姫さまに頼みました。「わたしの背がのびるように『背出ろ、背出ろ』と、そう言ってふってください」 お姫さまは喜んで、打ち出の小づちをふりました。「背出ろ、背出ろ」 すると一寸法師の背は、ふればふっただけグングンとのびて、誰にも負けない立派な男の人になりました。 そして一寸法師はお姫さまと結婚して、仕事もがんばり、大変出世したということです。

1202 山の神がくれたお嫁さんむかしむかし、あるところに、病気の母親と親孝行の息子がいました。 ある日、息子が山で働いていると、やぶの中からしらがの鬼ババが出てきました。 そして、息子のお弁当をのぞいて言いました。「病気の母親にも、そんなにそまつな飯を食わせているのか?」「母親には、ちゃんと白いご飯を食べさせているよ」 息子が答えると、鬼ババは、「そうか、そうか。ではあと十日したらお前の家に行くから、白いご飯をたいておけ」と、言って、やぶの中に消えてしまいました。 十日たって息子が白いご飯をたいて待っていると、外からドスンときれいな箱が落ちてきました。 箱を開けてみると、中にはきれいな娘が入っていて、「山の鬼ババに、ここの嫁になれと言われました」と、言うのです。 息子はよろこんで、娘をお嫁さんにしました。 お嫁さんは、隣村の長者(ちょうじゃ)の娘でした。 話しを聞いた長者も親孝行で心のやさしい息子が好きになって、たくさんのお金をわたしてやりました。 それで三人は、幸せに暮らしました。 あの鬼ババは、本当は山の神さまだったのです。

1203 人を水中に引き込むカッパむかしむかし、滝のあるふち(→川の深いところ)に、一匹のカッパが住んでいました。 このカッパは頭の上の皿をどんな物にでも変えられるという、不思議な力を持っています。 ふちのそばで美しい花を咲かせたり、大きな魚にして、それを人が取ろうとしたとたん、腕をつかんで水中深く引っぱり込んでしまうのです。 このカッパのために、これまで何人の人が命を落としたかしれません。 このふちの近くの村に、上野介(こうずのすけ)というさむらいが住んでいました。 村でも評判の力持ちで、米俵(こめだわら)を片手で軽く持ち上げ、ぬかるみに落ちた荷物いっぱいの車でも楽々と引っ張り上げる事が出来ました。 ある日の事です。 町からの帰り道に、上野介がこのふちのそばに来ると、目の前にきれいな女のかんざしが浮いています。 よく見ると、お城のお姫さまがさすような立派なかんざしで、村の娘の手に入るような品物ではありません。「これは、良い物を見つけたぞ」 上野介は思わず手をのばして、このかんざしを取ろうとしました。 そのとたん、水の中から青白い腕がのびて来て、上野介の手首をつかみます。 上野介はビックリして手首を引っ込めようとしましたが、その力の強い事。 今にも水の中へ、倒れそうになりました。 しかしさすがは、力持ちで知られた上野介です。 逆にもう一方の手で青白い腕をつかむと、上へ引っ張り上げようとしました。 どっちの力も強くて、引っ張ったり、引っ張られたり、なかなか勝負がつきません。 それでも上野介が思い切り力を入れてふんばると、一匹のカッパが姿を現しました。(カッパの仕業であったか) 上野介はそのままカッパを上に引き上げると、後ろへ放り投げました。 バコンという音がして、カッパは後ろの岩にたたきつけられます。 上野介はホッとして、カッパのそばへかけよりました。「危ないところだった。考えてみれば、かんざしが水に浮くわけはない」 言いながらカッパを見ると、気を失っているだけで、どこにもけがをしていません。(さすがは、ふちの主だけの事はある) 上野介は近くの木のつるを取ってカッパをしばりあげると、肩にかついで家に連れて帰りました。 屋敷の者たちは、カッパを見てビックリ。「なるほど、これがカッパというものか」「それにしても、恐ろしい顔をしているものだ。こんなカッパを生けどりにするなんて、やっぱり旦那(だんな)さまは大したものよ」 みんなが感心していると、ふいにカッパが目を開けました。「おっ、気がついたぞ。逃げられたら大変だ」 屋敷の者たちは縄(なわ)でカッパをグルグル巻きにして、庭の木にしばりつけました。 こうなってはさすがのカッパも、どうする事も出来ません。 カッパはなさけない顔でうなだれたまま、ジッと地面をにらんでいました。 それを見て、上野介が言いました。「いいか、どんな事があっても、水をやるでないぞ」 ところが夜になると、カッパはクエンクエンとほえるように泣き出し、うるさくてかないません。 台所で仕事をしていた女中(じょちゅう)の一人が、水びしゃくを持ったまま庭へ飛び出し、「うるさいねえ、いいかげんにしろ!」と、その水びしゃくでカッパの頭をコツンとたたいたら、水びしゃくの中に残っていた水がカッパの頭の皿にかかりました。 するとカッパはみるみる元気になり、グルグル巻きの縄を引きちぎってそのまま庭の外へ飛び出しました。「カッパが、逃げた!」 女中の叫び声を聞きつけて、上野介や屋敷の者がかけつけましたが、すぐに姿は見えなくなりました。 しかしこれにこりたのか、このカッパは二度と人を水の中へ引き込む事はなかったということです。

1204 山を持って来るむかしむかし、吉四六さんと言う、とんちの名人がいました。 ある日の事、近所の貧しい家に借金取りがやって来て、「早く金を返せ! 返さなければ、この家を焼き払ってしまうぞ! それとも、お前の娘を借金の代わりにもらおうか!」と、おどしていました。 さあ、これを見ていた吉四六さんが、思わず借金取りに言いました。「やめろ! この人の借金をただにしてくれるなら、どんな事でもしてやるから」 するとそれ

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を聞いた借金取りは、ニヤリと笑って言いました。「ほう、吉四六さんか。 これは、面白い。 それなら向こうに見えている山を、この村まで引っ張って来てもらおうか。 それが出来たなら、借金をただにしてやるぞ」 山を持って来るなんて、出来るはずがありません。 ところが吉四六さんは、軽く胸を叩いて言いました。「よし、わかった。 お前の言う通りにしてやる。 だから約束は、守ってもらうぞ」 それを聞いて、借金取りはあきれました。「何を馬鹿な事を。いくらとんちの名人でも、そんな事が出来るはず無いだろう」「いいや、出来るよ」「なら、やってもらおう。あとで謝っても、許さんぞ!」「そっちこそ、ちゃんと約束は守ってもらいますよ」 さて、吉四六さんは村人たちに訳を話して、どの家の軒下にも、あるだけのたき木を積み上げてもらいました。 それから荷車にたき木を山の様に積んで借金取りの家に行き、その軒下にもたき木を積み上げました。 すると借金取りが出てきて、怖い顔で吉四六さんに言いました。「やいやい。わしが持って来いと言ったのは、山だ。たき木じゃないぞ」 すると吉四六さんは、たき木を積み上げながら、「はい。 約束通り、山を持って来ますよ。 ですが山を引きずって来るのに、村の家々がじゃまになります。 だからその前に、家をみんな焼き払ってしまうのです」と、言ったかと思うと、積み上げたたき木に火をつけようとしました。 借金取りは、びっくりです。「ま、待ってくれ。この寒い時期に家を焼かれたら、生きて行けないだろう」「そうです。 あの親子だって、家を焼かれたら生きていけません。 どうです? あの人の借金をただにしてくれるのなら、山を持って来るのも、じゃまな家を焼くのもやめますが」「むっ、むむむ」「さあ、どうします?」 「・・・わかった、わかった。わしの負けだ。山を持って来なくてもいいし、借金もなかった事にしてやろう」「ありがとうございます」 吉四六さんは、ニッコリ笑いました。 それを見た借金取りは、苦笑いで言いました。「やれやれ、吉四六さんと勝負なんかするんじゃなかった」

1205 ひょうたん1つでカモ十羽むかしむかし、吉四六さんと言う、とてもゆかいな人がいました。 そろそろ秋が深まり、吉四六さんの村にもカモが飛んで来る様になりました。「カモを食いたいが、庄屋(しょうや)さんの様に鉄砲を持っていないしな。 どうやって、カモを取ろうか。 カモという奴は渡り鳥だから、いつも飛び疲れているはず。 疲れると誰でも、休みたくなるものだ。 だから、休む場所があればカモも、・・・そうじゃ」 吉四六さんはポンと手を叩くと、ひょうたんのくびれたところになわをつけて池に出かけました。「おお、いるわ、いるわ。カモの奴、何にも知らずに遊んでおるわ」 吉四六さんはふんどしひとつになると、ひょうたんをかかえて池に入って行きました。 ひょうたんのなわの途中には、重りの石がしばってあります。 吉四六さんはひょうたんを浮かべると、水面から首だけを出して水草のかげに隠れました。 カモは、そんな事は知りません。 ふと見ると、ひょうたんがヒョッコリと浮かんでいます。 これは良い物があると、カモはひょうたんに登って羽をつくろい始めました。 カモは、油断しきっています。「しめしめ」 吉四六さんは水草のかげからそっと手を伸ばして、カモの足をギュッとつかみました。 手づかみで、カモの生け捕りです。「はい、一丁あがり」 こうして捕まえたカモは、なわのはしに次々としばっていき、その数はとうとう十羽になりました。 ひょうたん一つで、カモが大猟です。 吉四六さんはカモをかついで家に帰り、その晩はたくさんのカモなべを作って村中にふるまいました。

1206 貧乏神のわらじ むかしむかし、藤兵衛(ふじへいえい)というお百姓(ひゃくしょう)がいました。 毎日毎日がんばって働くのですが、いくら働いても暮らしは楽になりません。 そのうちに、子どもたちに食べさせる物もなくなっていまいました。「ああ、腹がへったよう」「おっかあ、何かないの?」「腹がへって、眠れないよ」 子どもたちにねだられても、家にはイモ一つありません。「みんな、よく聞いてくれ」 藤兵衛は子どもたちを集めると、悲しそうな顔で言いました。「今まで一生懸命に働いてきたが、暮らしは悪くなる一方で、この冬をこせるかどうかもわからん。そこで、この土地をすててどこかよそで暮らそうと思うんだが」「おっとう、それは夜逃げか?」「まあ、そういう事じゃ。今出て行くと人目につくで、明日の朝早くに行こうと思う」 その夜、藤兵衛が夜中に起きて便所に行こうとすると、納屋(なや→物置)からゴソゴソと音が聞こえてきました。(何じゃ? ドロボウか? 今さら取られる物もないが) 藤兵衛が見に行くと、納屋に見知らぬ老人がいました。「誰じゃ、お前は?」「おや、まだ起きとったか? わしは、貧乏神(びんぼうがみ)じゃ」「び、貧乏神じゃと?」「そうじゃあ、長い事この家にいさせてもろうた」「そ、それで、その貧乏神が、こんなところで何をしている?」「何って、お前ら、明日の朝早くにここから逃げ出すんだろう? だからわしもいっしょに出かけようと思って、こうしてわらじをあんどったんじゃあ」 そう言って貧乏神は、あみかけのわらじを見せました。「それじゃ、お前もついて来るつもりか?」「そういう事じゃ」「・・・・・・」 藤兵衛は家に戻ると、おかみさんを起こしました。「おい、起きろ! 大変じゃ!」「うん? どうしたね」「それがな、貧乏神が家の納屋におるんじゃ」「貧乏神が? それで、いくら働いても暮らしが楽にならんかったんか」「そうじゃ」「でも、わたしたちはこの家を出て行くんだから、もうどうでもええよ」「それが、違うんじゃ! 貧乏神のやつ、わしらについて来ると言うんだ!」「えっー! それなら、夜逃げをしても同じじゃないの」「ああ、そう言う事だ」 二人はがっかりして、夜逃げをする元気もなくなってしまいました。 次の日の朝、貧乏神は新しいわらじを用意して、藤兵衛一家が出発するのを待っていましたが、いつまでたってもみんな起きてきません。「おそいなあ。もうすぐ日が登るのに、どないしたんだろう? 確か、今朝夜逃げするはずだ

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が、もしかすると明日だったかな? まあ、いい。 それなら明日まで、わらじをあんでおこうか。 どこに行くかは知らんが、わらじはよけいある方がええからな」 貧乏神は納屋に戻ると、せっせとわらじをあみ出しました。 しかし次の日も、その次の日も、藤兵衛一家は家を出て行く様子がありません。 貧乏神は毎日わらじをあみ続けていましたが、そのうちにわらじ作りが楽しくなって、いつの間にか納屋の前にはわらじの山が出来ました。 こうなるとそのうち、わらじをわけてほしいという村人がやって来ました。 すると貧乏神は、気前良くわらじをわけてあげました。「さあ、どれでも好きな物を持っていきなされ」「すまんのう」「ありがたいこっちゃあ」 村人は次々とやってきて、大喜びでわらじを持って帰りました。 それを見た藤兵衛は、良い事を思いつきました。「そうじゃ。あのわらじを売ればいいんじゃ」 さっそく藤兵衛は貧乏神のあんだわらじを持って、町へと売りに行きました。「さあ、丈夫なわらじだよ。安くしておくよ」 すると貧乏神のわらじは大人気で、飛ぶように売れました。 けれどやっぱり、暮らしは楽になりません。「やっぱり貧乏神がいては、貧乏から抜け出せんなあ。 こうなったら何とかして、貧乏神に出て行ってもらおう」 藤兵衛はわらじを売ったお金でお酒やごちそうを用意して、貧乏神をもてなしました。「貧乏神さま、今日はえんりょのう食べて、飲んでくだされ」「これはこれは、大変なごちそうじゃなあ」「はい、貧乏神さまがわらじをあんでくださるおかげで、たいそう暮らしが楽になりました。ささっ、これも食べてくだされ。これも飲んでくだされ」「そうかそうか。それじゃ、よろこんでいただくとしようか」 貧乏神はすすめられるままに、飲んだり食べたりしました。 そのうちに、すっかり酔っぱらった貧乏神は、藤兵衛にこう言いました。「いや~、すっかりごちそうになってしもうた。・・・しかし、こんなに暮らしが良くなっては、わしはこの家におれんな。今まで世話になったが、もう出て行くわ」 そして貧乏神は自分で作ったわらじをはいて、家から出て行ったのです。 藤兵衛とおかみさんは、顔を見合わせて大喜びしました。「出ていった。出ていったぞ! これでわしらも、やっと楽になれるぞ」「よかった、よかった」 藤兵衛一家は、安心してグッスリ眠りました。 ところが次の朝、藤兵衛が納屋に行ってみると、出て行ったはずの貧乏神がいびきをかいて寝ているのです。「ま、まだいたのか!」 貧乏神は、藤兵衛を見てニッコリ笑いました。「おはようさん。出て行こうと思ったが、やっぱりここが一番住みやすいからな。これからも、よろしく」 藤兵衛はすっかり力をなくして、その場にへたりこんでしまいました。 でも、それからも貧乏神はわらじを作り続けたので、藤兵衛はそのわらじを売って、貧乏ながらも食うにはこまらない生活を送ることが出来たそうです。

1207 大きな運と小さな運 むかしむかし、ある山奥のほら穴に、ぐひんさんが住んでいました。 ぐひんさんとは、テングの事です。 このぐひんさんのうらないはとても良く当たると評判なので、もうすぐ子どもが生まれる木兵衛(もくへいえい)と賢二郎(けんじろう)が、生まれる子どもの運をうらなってもらう事にしました。「オン! オン! 山の神、地の神、天の神、木兵衛と賢二郎の子のぶにをお教えたまえー!」 ぐひんさんは大声でじゅもんをとなえると、まずは木兵衛に言いました。「神のおおせられるには、お前には、竹三本のぶにの子が生まれるそうだ」「竹三本の、ぶに?」「そうじゃあ。人には生まれながらにそなわった、運というものがある。それすなわち、ぶにじゃ」「と言うと、おらの子には、たったの竹三本の運しかそなわらんのか?」 木兵衛は、ガックリです。 ぐひんさんは、次に賢二郎に言いました。「お前のところには、長者(ちょうじゃ)のぶにの子が生まれる。子は、長者になるさだめじゃあ」「貧乏なおらの子が、長者にねえ」 ぐひんさんのうらないを聞いて、二人は村に帰りました。 それからしばらくして、二人の家に子どもが生まれました。「玉のような男の子じゃ」「うちは女の子じゃ」 どちらも元気な子で、二人は手を取り合って喜びました。 木兵衛の子は吾作(ごさく)、賢二郎の子はお紗希(おさき)と名付けられ、二人の子どもはスクスクと育ちました。 ある日の事、木兵衛と賢二郎が畑仕事をしているところへ、吾作とお紗希がにぎり飯を持って来ました。「おとう、昼飯じゃあ」「みんなで、一緒に食べようよ」「賢二郎、そうするか」「おうおう、そうすべえ」 四人はあぜ道にならんで、にぎり飯を食べました。 ムシャムシャ・・・、ガチン! 木兵衛が食べていたにぎり飯の中に、小さな石が入っていました。「なんや、石なぞ入れおって。ペっ」 木兵衛は、ご飯粒ごと石をはき出しました。 すると吾作も、親のまねをして、「ぺっ、ペっ、ペっ」と、ご飯粒をはき出しました。 それを見た賢二郎は、木兵衛に言いました。「ああ、もったいない事をして、石だけはき出したらよかろうに」 すると木兵衛は、笑いながら言いました。「石だけえらぶなんて、けちくさいわい。おらは、けちくさい事は大きらいじゃ。賢二郎どんは、よくよくの貧乏性じゃのう。アハハハハハッ」「そうは言っても、おらはどうももったいない事が出来んのや。なあ、お紗希」「うん」 それから何年か過ぎて、吾作は町の竹屋で修行をして、古いおけを修理する輪がけの職人になりました。 お紗希は、となり村で働くことになりました。 竹職人になって村に帰ってきた吾作に、木兵衛はうれしそうに言いました。「よしよし、それだけ技術を身につけたら立派なものや。ぐひんさんには竹三本のぶにと言われたが、がんばれば竹百本、うんにゃ、竹千本の大金持ちにだってなれるわい」「ああ、がんばるぞ」 こうして吾作は村々をまわって輪がえの仕事をしましたが、しかしいくら働いても輪がえはそれほどお金になりません。「ああ、輪がえというのは、つまらん仕事じゃあ」 そんなある日、となり村まで足をのばした吾作は、長者屋敷の前で呼び止められました。「輪がえ屋さん、おけの輪がえをお願いします」 お手伝いの娘が、こわれたおけを持って屋敷から出て来ました。「へい、ありがとうございます」 吾作は輪がえをしながら、お手伝いの娘にたずねました。「ずいぶんと、使い込んだおけですね。しかし長者さまなら、輪がえなんぞしないで、新しいおけを買った方がはやいんじゃないです

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か?」「はい、以前はそうでしたが、新しい若奥さまがこられてから、使える物は直して使うようになったんです。でもそのおかげで、若奥さまがこられてから屋敷がずいぶんと大きくなりましたよ」「へえー、そんなものですかね。わたしはどうも、けちくさいのが苦手で」 するとそこへ長者の若奥さまが通りかかり、輪がえをしている吾作を見てなつかしそうに言いました。「あれえ、あんた、吾作さんやないの? ほら、あたしよ。小さい頃によく遊んだ、となりの」 吾作は若奥さまの顔を見て、びっくりしました。「ありゃあ! お紗希ちゃんでねえか。こ、ここの奥さまになられたのでござりまするか?」「ええ。あとでにぎり飯をつくってあげるから、待っとって」 お紗希は台所に行くと、さっそくにぎり飯をつくりました。 そして長者の嫁になった自分の幸せを吾作にもわけてあげたいと思い、にぎり飯の中に小判を一枚ずつ入れたのです。 この小判は、お紗希が何年もかかってためた物でした。 輪がえを終えた吾作は、川岸へ行ってお紗希からもらったにぎり飯を食べる事にしました。「ほう、こりゃうまそうじゃ。さすがは長者さま、飯のつやが違うわい」 そしてにぎり飯を口に入れると、 力チン!と、歯にかたい物があたりました。「ペッ! なんや、えらい大きな石が入っとるぞ」 吾作はにぎり飯を川の中にはき出すと、二つ目のにぎり飯を口に入れました。 カチン!「これもか。ペッ!」 三つ目も。 力チン!「なんや、これもか。ペッ!」 四つ目も、五つ目も。 カチン!「何じゃ、このにぎりめしは? どれもこれもみんな石が入っとるやないか」 さいごの一つも、やはり力チンときました。 吾作はこれも川にはきすてようとして、ふとにぎり飯をわってみました。「長者の家の飯には、どんな石が入っとるんじゃ? ・・・ややっ、これは!」 にぎり飯の中から出て来た物は、石ではなく小判です。「し、しもうた。前に入っていたのも、小判やったんか」 お紗希の心をこめたおくり物は、深い川の底にしずんでしまいました。 この話を聞いて、木兵衛は吾作をしかりました。「なんで、はじめに力チンときた時に、中をたしかめなかったんや! そうすりゃ、六枚の小判が手に入ったのに!」「けど、石だけをえらんではき出すなんて、そんなけちくさい事はおとうもきらいやろ? やっぱりおらには、運がないんや」 その言葉を聞いて、木兵衛はぐひんさんの言葉を思い出しました。「そうか、お紗希は長者の嫁になったし、やっぱり吾作には、竹三本のぶにしかないのか」 木兵衛がガックリしていると、どこからともなくぐひんさんが現れて言いました。「木兵衛よ、それは違うぞ。 お紗希が長者の嫁になれたのは、物を大切にする良いおなごだったからじゃ。 いくら良いぶにを持っていても、それをいかせん者もおる。 反対に小さなぶにしかなくても、大きな運をつかむ者もおる。 ぶにとは努力しだいで、どうとでも変わる物じゃ。 長者になっても物を大切にするお紗希を見習えば、お前たちにも運がつかめるだろう」 それからというもの木兵衛と吾作は物を大切にするようになり、竹千本の山を持つ長者になったそうです。

1208 夕立ちをふらせたおじいさん むかしむかし、おじいさんが町で一匹のウナギを買ってきました。「たまにはウナギを食べて、せいをつけんとな」 ところがそのうなぎを料理しようとしたら、おじいさんの手からウナギがつるりと逃げ出したのです。「まっ、待て!」 おじいさんがウナギをつかむと、ウナギはまたつるり。 ウナギはつるりつるりと逃げていき、どんどん空をのぼっていきます。「ウナギめ、逃がさんぞ!」 おじいさんも負けじと、ウナギと一緒に空へのぼっていきました。 すると雲の上に広い野原があって、一軒の大きな家が建っていました。「ありゃ、ウナギを追いかけているうちに、天の国に来てしまった」 おじいさんが家の中をのぞいてみると、中から鬼が出て来ました。「お前、ここへ何しに来た!」「へい、実は・・・」 おじいさんは、ウナギを追いかけてここまで来た事を話しました。 すると鬼はにっこり笑って、おじいさんに言いました。「なるほど、それはちょうどいいところへ来てくれた。実はここは人手不足でな、悪いが二、三日ここにいて、わしの仕事を手伝ってくれ」「でっ、でも、わしは人を食うのは嫌じゃ」「あはははは。心配するな。わしは鬼ではなくて、かみなりだ。これから娘を連れて、雨を降らしに行く。この時期は毎日夕立ちを降らさなくてはいかんので、いそがしくて困っていたんだ。さあ、さっそく出かけよう」 かみなりは七つのたいこをかつぐと、娘に火打ち石を、おじいさんには水の入ったかめを渡して雲の車に乗りました。 しばらく行くと、おじいさんの住んでいる村が見えてきました。「今から夕立を降らせるのは、この村だ。娘が火打ち石を打ち、わしがたいこをたたくから、お前はそのかめの水をちょっぴり地上へまいてくれ」 かみなりが言うと、娘がさっそく火打ち石を打ちました。 すると稲妻が、ピカッと光りました。 次にかみなりが、たいこを叩きました。 するとゴロゴロゴロゴロと、ものすごい音がひびきわたりました。「さあ、じいさんの番だ」「よしきた」 おじいさんはかめの水を手ですくって、地上にぱっと投げました。 それはわずかな水でしたが、水は途中でどんどん増えていき、たちまち滝の雨になって地上に降りそそぎました。「ほう、こりゃあおもしろい」 おじいさんは調子にのって、どんどん水をまきました。 ひょいと下を見ると、近所のおかみさんたちが大あわてで洗濯物を取り入れています。 道を歩いていた人も、あわてて家の軒下にもぐります。「さて、ばあさんはどうしているかな?」 自分の家に目をやると、おばあさんはむしろに干した豆を急いでしまっているところでした。「し、しまった。ほれほればあさん、早く豆をしまわないと豆がだめになってしまうぞ!」 おじいさんは、思わず大声でどなりました。「ほれ、何をぐずぐずしている。早く早く、・・・あっ、転びおった」 おばあさんが転んで、むしろから豆が飛び散りました。「だからいつも、ちゃんと前を見ろと言っているだろう。ほれほれ、はやく豆をひろって!」 おじいさんが大声でわめいていると、誰かに頭をたたかれました。 ペシン!「あれ? ここはどこだ?」 なんと目の前には、おばあさんがこわい顔で立っていたのです。「おじいさん、何をねぼけているんですか! まったく、いい年してみっともない!」「へっ? ・・・今のは夢

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か」 昼寝をしていたおじいさんがあわてて飛び起きると、何とまわりはおしっこだらけです。「し、しまった。雨ではなくて、しょうべんを降らせていたのか」 おねしょをしてしまったおじいさんは、恥ずかしそうに頭をかきました。

1209 タヌキの手習い むかしむかし、ある空き寺に、源哲(げんてつ)という名前の新しい和尚(おしょう)さんがやって来ました。 村人たちは新しい和尚さんにあいさつをしようと、畑仕事を終えると寺にやって来ました。「こんばんは、和尚さん。・・・?」「はて? どこにも、おらんようじゃが」 村人が和尚さんを探すと、何と源哲和尚はお堂の屋根の上で酒を飲んでいたのです。 これには村人たちも、すっかりあきれて、「坊主のくせに、昼間から酒を飲んでおるとは」「あんなやつ、相手にしとれんわい」と、みんな帰ってしまいました。 村人たちからは相手にされなくなった源哲和尚ですが、うら山に住む子ダヌキたちには気に入られて、「和尚さん、おらたちに何か教えてくれ」と、子ダヌキたちは人間の子どもに化けて遊びに行ったのです。 すると子ども好きの源哲和尚は、「いいとも、いいとも。それじゃあ、読み書きを教えてやろう」と、子ダヌキたちに勉強を教えてやりました。「和尚さん、お月さまって、どう書くんじゃ?」「和尚さん、おらには山と海じゃ」 子ダヌキたちは熱心に勉強をして、読み書きがとても上手になりました。 すると村の子どもたちもやって来て、一緒に勉強を教えて欲しいと言いました。「えんりょはいらんぞ。仲間は多ければ多いほど、はげみになるからのう」 こうして子ダヌキと村の子どもたちは、いっしょに勉強をするようになりました。 そんなある日の事、村の子どもたちが、近くの川でとった魚を源哲和尚に差し出しました。「勉強を教えてくれるお礼だよ。酒のさかなにしてくれろ」 その日の帰り道、子ダヌキたちは集まって相談をしました。「人間の子が、和尚さんに勉強を教えてくれるお礼をしたぞ。おらたちも、何かお礼をせんとな」「ああ、恩は返さんとな。しかし、おいらたちは何をする?」「うーん、そう言えば和尚さんは、雨の日に酒を買いに行くのがなんぎじゃと言うとったぞ」「それじゃ! 雨の日は、おいらたちが酒を買いに行こう」 それから雨の日になると、子ダヌキたちは人間の子どもに化けて酒屋にお酒を買いに行き、源哲和尚に届けるようになりました。 ところが酒屋の主人が、雨の日に子どもたちが酒を買いに来ると、お金の中に木の葉がまじっている事に気づいたのです。「あの子どもたちは、きっとタヌキかキツネにちがいない。今日こそは、尻尾をつかんでやる!」 そうとは知らない子ダヌキたちは、いつものように木の葉をお金に変えてお酒を買いに行きました。 すると酒屋の主人が店の入り口にカギをかけて、タイコをドン! とならしました。 いきなりのタイコにびっくりした子ダヌキたちは、尻尾を出してタヌキの姿に戻ってしまいました。「やっぱり、お前らはタヌキじゃったんだな! このいたずらダヌキめ!」 酒屋の主人にひどいめにあわされた子ダヌキたちは、それからは二度と人前に姿を現さなくなりました。 この話を聞いた源哲和尚は、ぽろりと涙をこぼしました。「あの子たちが、タヌキじゃったとはな。よく勉強の出来る子どもたちだったのに、わしのためにかわいそうな事をした」 でもこの事で村人たちは源哲和尚のやさしい人がらを知り、それからは寺に親しく行き来するようになったそうです。

1210 彦一とえんまさま むかしむかし、彦一(ひこいち)と言う、とてもかしこい子どもがいました。 その彦一も年を取っておじいさんになり、とうとう死んでしまいました。 死んだ彦一が目を覚ますと、目の前に地獄(じごく)のえんまさまがすわっています。(しまった! ここは、地獄じゃ) だけど彦一は、少しもあわてません。 彦一は死ぬ前に、黒ざとうと、白ざとうと、トウガラシの粉を入れた三段の重箱(じゅうばこ)をひつぎに入れるように言い残したのです。 彦一は重箱を開けると、中の黒ざとうをおいしそうになめはじめました。「こら彦一、しんみょうに、おれさまのさばきを受けい。・・・やや、そこで、何をなめているか」 えんまさまが大目玉でにらみつけると、彦一はニッコリ笑って、「これは、とてもうまい物です。ちょっとだけ、えんまさまにも差し上げましょう」と、黒と白のさとうを出しました。「うむ、すまんの。・・・ふむふむ。なるほど、これは確かにうまい。・・・うん? その下の段には、何が入っておる?」「では、これもなめてください」 彦一が差し出したのは、まっ赤なトウガラシの粉です。 えんまさまはチョイとなめて、すぐに吐き出しました。「ペッ、ペッ! 何じゃこれは! 口の中が、火事になったようじゃ」 すると彦一は、とぼけた顔で言いました。「えんまさま、この赤い粉は、ひと口なめれば辛い物。一度に食べればうまい物です。食べる時は、一度に飲み込まなくてはいけません」「そうか、では、はやくよこせ」 えんまさまは重箱いっぱいのトウガラシの粉を、大きな口を開けて一口で飲み込みました。 するとお腹の中が大火事になり、口や目から火をふきました。「あちち! これはたまらん! もうたまらん!」 えんまさまはドタバタあばれると、はだかになって水をかぶりにかけ出しました。「では、わたしはこのすきに」 彦一はえんまさまが脱ぎすてた衣に着替えると、外へ飛び出して何も知らない子オニたちに言いました。「おほん! わたしは、えんま大王であるぞ。天国まで用事があるので、すぐにカゴを用意しろ」「はっ、ただいま!」 子オニたちは急いでカゴを用意すると、彦一を天国まではこびました。 こうして彦一は、天国でのんびり暮らす事が出来たのです。

1211 ウサギと太郎 むかしむかし、ささ山とよばれる山に、おじいさんと孫の太郎が住んでいました。 このささ山には、尻尾

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が長くて大きなウサギがいます。 ある日、山へ出かけるおじいさんが太郎に言いました。「夕方には帰ってくる来るから、おかゆをつくって待っててくれ」「うん、わかった」 太郎はおじいさんを見送ると、おかゆを作るなべを洗い始めました。 するとその音に気づいたウサギが、「おや? なべを洗っているのか。という事は、今から飯を作るんだな。よしよし、飯が出来上がるまで、ひと眠りだ」と、横になって昼寝をはじめました。 さて、夕方になるとおかゆも出来あがり、いいにおいがしてきました。 ウサギは飛び送ると、太郎の家へ行って言いました。「太郎、何をしているんだ?」「ああ、おかゆをつくっているんだよ」「おかゆ? うまいんか、そのおかゆってのは?」「そりゃあ、うまいよ」「なら、ちょっと食わせてくれや」「だめだめ、そんな事をしたら、じいさまに怒られる」「なあ、ちょびっとだ、ほんのちょびっとだけだ。おら、おかゆってのを食ってみてえよ」 ウサギがあんまりしつこいので、太郎はしかたなくなべをウサギに渡しました。「じゃあ、ほんのちょびっとだぞ」 するとウサギは、うれしそうにおかゆを食べ始め、「あち、あち、あちいがうまい、いやあ、うまい! じつにうまい! ほんとうにうまい! ああ、うまかった。じゃあ、さいなら」と、ウサギはなべを返すと、あっという間に山へ帰ってしまいました。 太郎がなべの中を見ると、なんと空っぽです。 こうしてウサギは太郎をだまして、おかゆをみんな食べてしまいました。 おじいさんが山から帰って来ると、太郎はなべをかかえてションボリしています。「太郎、おめえ、なべをかかえて何をしてるだ?」「あっ、じいさま。実は、ウサギにおかゆを全部食われちまっただ」「なんと・・・」 これには、おじいさんもガッカリです。 翌朝、おじいさんは山へ出かける前に、太郎に言いました。「太郎、今日はウサギに、おかゆを食われるでねえぞ」「うん、大丈夫だ」 太郎ははりきって、おかゆを作りはじめました。 そしてタ方になると、またウサギがやって来ました。「あっ、お前の昨日の! やい、お前に食わすおかゆはないぞ! とっとと帰れ!」 するとウサギは、まじめな顔をして言いました。「太郎! そんな事を言ってる場合じゃないぞ! お前のじいさまが、山で倒れたんだ!」「えっ! 本当か!? そりゃあ大変だ!」 太郎はあわてて、山ヘ走って行きました。 するとその後ろ姿を見送りながら、ウサギはニンマリです。「ウッヒヒヒヒ、うまくいったぞ」「じいさま、待っていろよ!」 太郎が山を登って行くと、ちょうどおじいさんが山からおりて来るところでした。「これ太郎。そんなにあわてて、どこへ行くんじゃ?」 元気なおじいさんを見た太郎は、自分がだまされた事に気づきました。「しまった!」 おじいさんと太郎が大急ぎで家に戻ってみると、おかゆのなべが空っぽになっていました。 またウサギに晩ご飯をを食べられてしまった二人は、お腹が空いたままふとんにもぐり込みました。 そしてまた次の日、太郎がおかゆをつくっていると、「太郎さん」と、またウサギがやって来ました。「また来たなっ! もうかんべんならねえ、ウサギ汁にしてやる!」 人の良い太郎も、さすがに怖い顔です。 するとウサギは、ペコペコと頭を下げて言いました。「まっ、待ってください。今日は、あやまりに来たんです。本当に、すまん事です」 そんなウサギを見て、やさしい太郎はウサギを許してやりました。「よし、許してやるから、とっとと山へ帰れ」「いや、それではおらの気がすまねえ。じいさまに、これをやってくれ。これは不老長寿(ふろうちょうじゅ)の薬じゃ」 ウサギはそう言うと、竹の水筒を太郎に渡しました。「ふろうちょうじゅって?」 首をかしげる太郎に、ウサギは言いました。「お前、じいさまに長生きしてほしいだろ。これは、長生きの薬なんじゃ」「本当か?」「もちろんだ。でもこの薬は、すぐになべで煮ないとだめなんだ」「なべ? お前、うまい事を言って、またおかゆを食うつもりじゃろ?!」「何を言っているんだ。太郎、お前はじいさまに長生きしてほしくねえのか?」「そりゃあ、長生きしてほしいが」「そうだろう。さあ、おらがなべを空っぽにしてやるから、早くその薬を煮込むんだ」 そう言うとウサギは、またまたおかゆをたいらげてしまいました。 やがておじいさんが山から帰って来ると、太郎はうれしそうに不老長寿の薬の事を話して、さっそくなべで煮た薬をおじいさんに差し出しました。「さあ、じいさま。これ飲んで長生きしてくれ」「ああ、だが、変な色合いじゃのう。それに、においも少々」 おじいさんは首をかしげながら、一口飲んでみました。 そして目を白黒させると、おじいさんは飲み込んだ物をはき出しました。「うえ~っ! なんじゃ、こりゃあ! これは、ウサギのしょんべんでねえか!」 怒ったおじいさんは、太郎に言いました。「太郎! まきを切るナタを持って来い! 今からウサギを、ひどい目にあわせてやる!」 山では、おかゆをお腹いっぱい食べたウサギが、草むらで大きくなったお腹をさすっていました。「ああ、今日も食った食った。さて、明日はどうやって太郎をだましてやろうか」 するとそこへ、ナタを振り上げたおじいさんがやって来たのでビックリ。「やばい、じいさまだ!」 ウサギは、あわてて逃げ出しました。「このウサギめ! よくもしょうべんを飲ませたな! ウサギ汁にしてやるからな! えいっ! とうっ!」 おじいさんはナタをふりまわしながらウサギを追いかけますが、ウサギは素早くピョンピョン飛んで、おじいさんをからかいました。「やーい、じいさま、年じゃのう。くやしかったら、つかまえてみろ」「このー! これでもくらえっ!」 おじいさんはウサギめがけて、ナタを投げつけました。 ウサギはピョンと飛びはねてナタをよけましたが、長い尻尾だけはよけそこなって、ナタでスパッと切れてしまいました。「・・・ああっ! いてっ! いてっー!」 尻尾を切られたウサギはあまりの痛さに、何日も何日も山の中を泣きながら走りまわりました。  そのためにウサギの目は泣きすぎて赤くなり、足も走りすぎて前足と後ろ足の長さが違うようになってしまいました。 それからです、ウサギの尻尾が短く、目が赤くて後ろ足が長くなったのは。

1212 お花地蔵 むかしむかし、お春という名前のおばあさんと、お花という名前のまご娘が二人で暮らしていました。 お

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春ばあさんは六十才で、お花は七才です。 お花の両親は、お花が三才の時に死んでしまったので、お春ばあさんはよその家の畑仕事や針仕事を手伝って暮らしていました。 お花はお春ばあさんが仕事をしている間、近所の男の子たち相手に遊び回っています。「お花、今度こそはおらの勝ちだぞ。えいっ!」「よわいくせに、何を言ってる。やあっ!」 男の子が相手でも、勝つのはいつもお花でした。 夕暮れになってお春ばあさんの仕事が終わると、お花はお春ばあさんと一緒に家へ帰りました。「ばあちゃん、今日は、吾助とごん太をやっつけたよ」 じまんげに言うお花に、お春ばあさんはあきれ顔で言いました。「お花。棒切れ遊びは、男の子の遊びじゃ。おなごのするもんじゃあねえよ」「だって、女の子と一緒に遊ぶなんてつまらんもん。体は女でも、心は男じゃ」「やれやれ、死んだ母親にそっくりじゃ」 やがて秋になり、畑のかり入れが終わってしまうと、お春ばあさんの仕事が少なくなりました。 毎年の事ですが、これから春までは家で針仕事をする時間が多くなります。 そんなある日、お花がお春ばあさんに言いました。「わたし、もう遊ぶのをやめる。これからはばあちゃんの手伝いをする」 それを聞いて、お春ばあさんはおどろきました。「どうしたんじゃ? あんなに棒きれ遊びが好きだったのに。子どもは子どもらしく遊んでおればええんじゃ」「だって、ばあちゃんは、いつも夜遅くまで働いているじゃないか。わたしも手伝えば、夜遅くまで働かなくてもいいだろう」「何を言っている。お前に手伝ってもらったって、かえってじゃまになるだけだ。・・・まったく、急になまいきな事を言いよって!」 そういうお春ばあさんのほおに、ポロリとうれしなみだがこぼれました。 ところがその冬、お花は流行病(はやりやまい)の『百日ぜき』にかかってしまったのです。「ゴホン、ゴホン、ゴホン」 朝も夜も、お花のせきはとまりません。 お春ばあさんは必死で看病をしますが、小さな村では医者も薬もありません。「お春、がんばるんだよ。春になれば、必ず良くなるから」「うん、ゴホン、ゴホン!」 そしてあんなに元気だったお花は、あっけなく死んでしまったのです。 お花が死んでしまってから、お春ばあさんはたましいが抜かれたように何日も何日も仏だんの前から動こうとしません。 ある日、近所の人が心配してやって来ました。「お春ばあさん、もちを持ってきたから食べて。 少しは食べんと、体に悪いよ。 お春ばあさんにはつらい事だが、お花はきっと、あの世でおっとうやおっかあと親子水入らずで暮らしているよ」 お春ばあさんは、やっと顔をあげて言いました。「ああ、わたしも、その事だけをいのっていたんだ。 でも、お花はまだおさない。 ちっちゃなお花が、まよわずにおっとうとおっかあのところに行けるだろうか? あの世のどこかでまい子になって、一人さみしく泣いてはせんじゃろうか? いっその事わたしも死んで、お花を探しに行きてえ」「何言っているの! 死ぬなんて、そんな事を考えたらだめだよ。 大丈夫、お花はしっかり者だから」「ああ、そうじゃな。・・・そうじゃと、いいが」 夜になって近所の人が帰ると、お春ばあさんはまた仏だんの前にすわり込みました。「お花、大丈夫だろうか? どこかで、ばあちゃんをさがしているんじゃないだろうか? 一人さみしく、泣いていないといいが。 お花は、かわいい子じゃった。 笑い顔なんて、まるでおじぞうさまにそっくりじゃった。 ・・・おじぞうさま。 そうじゃ!!」 お春ばあさんは、その夜から、おじぞうさまをほり始めました。 おじぞうさまは子どもの守り神で、死んだ子どもを天国にみちびいてくれると言われています。 そこでお春ばあさんはおじぞうさまをつくって、早くお花を天国へ送ってやろうと思ったのです。 しかしおじぞうさまを作ることは、年老いたお春ばあさんには大変な事です。 お春ばあさんは毎日毎日おじぞうさまをほり続けて、春が来る頃にようやく出来上がりました。 それはお花にそっくりの、小さな小さなおじぞうさまです。「これできっと、お春はおっとうとおっかあに会えるにちがいない」 お春ばあさんはその小さなおじぞうさまを、村を見渡せる丘の上に置く事にしました。 やがてこのおじぞうさまは『お花じぞう』とよばれ、村人たちは子どもが百日ぜきにかかると、お花が大好きだった「いり米」をお供えしました。 するとその子どもは、必ずすぐに良くなったそうです。

1213 ウナギつりのおじいさん むかしむかし、ウナギつりの上手なおじいさんがいました。 ある日、おじいさんがウナギをつりに行くと、とても大きなウナギがかかりました。 あまりにも大きくて重いので、なかなかさおがあがりません。「ええいっ、これでどうじゃ!」 おじいさんが力一杯引き上げると、そのはずみでウナギは川を飛び出して向こうの山まで飛んで行きました。「ああっ、せっかくの大ウナギを逃がしたら大変じゃ」 おじいさんはウナギを追いかけて、向こうの山まで行きました。「おっ、おったぞ。ウナギのやつ、こんなとこまで飛んだのか。・・・おや?」  よく見ると、ウナギのそばに一頭のイノシシが倒れているではありませんか。 イノシシはここで昼寝をしていたのですが、ちょうどそこへウナギが落ちてきたので、イノシシは運悪く死んでしまったのです。「ウナギとイノシシが一度に取れるとは、今日は何と良い日だろう」 おじいさんはイノシシをしばって運ぼうと思いましたが、あいにくなわを持ってきていません。「なわがないと、イノシシを運べんし。何かなわになる物は?」 辺りを見回すと、ふじのつるがありました。「よし、このふじのつるをなわにしよう」 おじいさんはふじのつるを両手でつかむと、ぐいっと引っ張りました。 すると、ふじのつるにヤマイモのつるがからまっていて、ふじのつると一緒にヤマイモがズルズルと抜けたのです。「おおっ、これは大もうけだ」 おじいさんがヤマイモを数えてみると、十本もありました。「しかし、こうたくさんあっては持ちきれないな。 ちょうどあそこにかやがあるから、あのかやで、つと(→わらなどを束ねて物を包んだもの)を作ろう」 おじいさんはかやをつかむと、草切りガマでザックリとかり取りました。 するとかやのむこうから鳥の羽が見えて、バタバタバタと動きました。 何とかやの中に、キジがかくれていたのです。「はて

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さて、今日は何て良い日だ。 ウナギとイノシシ、ヤマイモとキジが一度に取れるなんて」 おじいさんがキジを引っ張り出すと、かやの中に白い物が転がっていました。「ありゃ、これはキジのタマゴだ」 タマゴは全部で、十三こありました。「さて、どうやって持って帰ろうか?」 おじいさんはイノシシを背中に背負い、ウナギを右手に持ちました。 左手にはかやのつとを持っており、つとの中にはキジとヤマイモとタマゴが入っています。「こんなには食いきれんから、村人たちにもごちそうしてやろう」 おじいさんは家へ帰る途中、かれ枝のたばをひろうと背中のイノシシの上にのせました。 ごちそうを作る時の、たき火にするためです。「ふぅー、重かった」 何とか家にたどり着いたおじいさんは、村中の人を呼び集めました。「今日は、ごちそうを作るぞ。 ウナギにイノシシ、キジにヤマイモ、キジのタマゴもたくさんあるから、どれでも好きなのを食べてください」 おじいさんは大きななべに、イノシシの肉を入れました。 小さななべには、ウナギを入れました。 そして火を燃やそうとかれ枝を持つと、かれ枝が『クッ、クッ』と鳴きました。「おや? 何だろう?」 かれ枝を調べてみると、中にイタチが三匹かくれていました。「おおっ、ウナギにイノシシにキジにヤマイモにタマゴも取れた上に、三匹のイタチまで手に入るとは。 これはきっと、わしがよく働くので、神さまがほうびにくださったにちがいない」 おじいさんはニコニコして、おいしいごちそうを村人たちにふるまいました。

1214 ネコとネズミむかしむかし、あるところに、おじいさんとおばあさんが住んでいました。 ある日の事、おじいさんが山の畑で草むしりをしていると、草むらに一匹の子ネコがいました。「おおっ、可哀想に。腹を空かせとるようじゃな。どれ、一緒に家に帰ろうな」 山で拾った子ネコを、おじいさんとおばあさんはまるで自分の子どものように大事に育てました。 ある日の事、納屋(なや→物置)の中で何やら変な音がするのに気がついたネコが、納屋へ入っていきました。♪それやれ、みがけやみがけ、ネズミのお宝。♪つゆのしっけをふきとばせ。♪それやれ、みがけやみがけ、ネズミのお宝。♪みがいてみがいて、ピッカピカ。 納屋の床にある小さな穴の中から、ネズミたちの歌う声が聞こえてきます。 次の日も、ネコは納屋に入ってみました。 するとキョロキョロと、まわりを見回しているネズミを見つけました。 ネズミは袋からこぼれた豆を、拾おうとしています。 そのとたん、ネコはネズミに飛びかかっていきました。「ひゃ~っ!」 おどろいたネズミは、今にも泣きそうな声で言いました。「お願いです。 どうかわたしを、見逃して下さい。 わたしたちネズミは、ネズミのお宝をみがかなくてはなりません。 これは、大変な仕事なのです。 疲れがたまったのか、お母さんが病気で倒れてしまったのです。 それでお母さんに栄養をつけさせようと、豆を探しに出て来たところです。 お母さんが元気になったら、わたしはあなたに食べられに出てきます。 それまでどうか、待ってください」「・・・・・・」  ネコは、ネズミをはなしてやりました。「ありがとうございます。約束は必ず守りますから」 子ネズミが穴の中へ帰ってしばらくすると、ネズミたちの前に豆がバラバラと落ちてきました。 子ネズミが驚いて顔をあげてみると、なんとネコが一粒一粒、豆を穴から落としているのです。 子ネズミは豆をお母さんに渡すと、ネコの前に出て言いました。 「ネコさん、ありがとう。 これでお母さんも、元気になる事でしょう。 さあ約束通り、わたしを食べて下さい」 しかしネコは持っていた残りの豆を子ネズミの前に置くと、そのまま納屋から出て行きました。「ありがとう。ネコさん」 ネズミの目から、涙がポロリとこぼれました。 それから何日かたった、ある日の事。 納屋の方から、♪チャリン、チャリンと、いう音がします。 納屋の戸を開けたおじいさんとおばあさんは、目を丸くしました。「これは、どうした事じゃ?」 なんと床の穴の中から、小判がどんどんと出てくるのです。 そして小判のあとから子ネズミ、母ネズミ、ほかのネズミたちも出て来ました。 子ネズミが小さな頭をペコリと下げると、「おかげさまで、お母さんの病気もすっかりよくなりました。 本当に、ありがとうございました。 それとネズミのお宝を、無事にみがき終える事が出来ました。 お礼に少しではございますが、この小判をお受け取りください」と、山のように積み上げられた小判を指さしました。「なんと、このお宝をわしらにくれるじゃと」 それはおじいさんとおばあさんが二人で暮らしていくには、十分すぎるほどのお宝でした。 こうしておじいさんとおばあさんは、いつまでも何不自由なく元気に暮らす事が出来ました。 もちろんネコと一緒に、ネズミたちもとても可愛がったという事です。

1215 うり子姫 むかしむかし、あるところに、おじいさんとおばあさんが住んでいました。 ある日、おばあさんが川へ洗濯に行くと、ドンブラコ、ドンブラコと大きなうりが流れてきます。「おやおや、何て大きなうりでしょう。家へ持って帰って、おじいさんと二人で食ベましょう」 おばあさんはうりをひろい上げると、家へ持って帰りました。 うりが大好物なおじいさんは、おばあさんが持って帰ってきたうりを見て大喜びです。「こんな大きなうりは、初めて見た。・・・よし、わしが切ってやろう」 おじいさんが包丁(ほうちょう)を振り上げると、うりはひとりでにパカッとわれて、中からかわいらしい女の子が飛び出してきました。「おや?」「まあ!」 子どものいないおじいさんとおばあさんは、大喜びです。 うりから生まれた子どもなので、名前を『うり子姫』と名づけました。 赤ん坊の頃からかわいい子でしたが、うり子姫は大きくなるにつれてますますかわいらしくなり、やがて成長すると『けしの花』のような美しい娘になりました。 そのあまりの美しさに、お殿さまがお嫁にほしいと言ってくるほどです。 うり子姫は機(はた)をおるのがとても上手で、毎日楽

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しそうに機おりをしながら、おじいさんとおばあさんが帰るのを待っていました。 ある日の事、うり子姫がいつものように一人で機をおっていると、やさしそうな声で戸をたたく者がありました。「もしもし、かわいいうり子姫や、この戸を開けておくれ。お前の上手な機おりを見せてほしいのさ」 けれどうり子姫は、戸を開けずに言いました。「いいえ。もしかすると、あまのじゃくという悪者が来るかもしれないから、誰が来ても決して戸を開けてはいけないと、おじいさんに言われているのです」 するとその声は、もっとやさしい声で言いました。「おやおや、あのあまのじゃくが、こんなにやさしい声を出すものかね」「・・・でも、戸を開ける事は出来ません」「なら、ほんの少しだけ開けておくれよ。ほんの少し、指が入るだけでいいからさ」「・・・それなら、指が入るだけ」 うり子姫は、ほんの少しだけ戸を開けました。 するとその声は、またやさしい声で言います。「ありがとう、お前は良い子だね。でも、もう少しおまけしておくれよ。ほんのもう少し、この手が入るだけでいいからさ」「それなら、手が入るだけ」 うり子姫は、また少し戸を開けました。「お前は、本当に良い子だね。でも、もう少しおまけしておくれよ。ねえ、この頭が入るだけでいいからさ」「それなら、頭が入るだけ」 うり子姫がまた少し戸を開けると、戸のすきまから頭をつき出したあまのじゃくがスルリと家の中へ入って来ました。「けっけけけ。お前は、バカな娘だ。じいさんとの約束を破って、おれさまを家に入れるなんて」 あまのじゃくはうり子姫の着物をはぎ取ると、うり子姫を裏山のカキの木にしばりつけました。 それからあまのじゃくはうり子姫の着物を着て、うり子姫に化けて機おりを始めました。 間もなく、おじいさんとおばあさんが帰ってきました。「うり子姫や、さびしかったろう」 するとあまのじゃくが、うり子姫の声をまねて答えました。「ええ、とってもさびしかったわ」 その時、にわかに家の前がさわがしくなりました。 うり子姫をお嫁にもらうために、お殿さまのカゴがむかえに来たのです。「うり子姫や、お殿さまのおむかえが来たよ。これでお前は、何不自由なく幸せになれるよ」 おじいさんとおばあさんはとても喜んで、うり子姫に化けたあまのじゃくをカゴに乗せました。 カゴの行列はお城へ向かって、裏山の道を登って行きました。 するとカキの木のてっペんで、カラスがこんな声で鳴き出しました。♪カー、カー、カー、カー、かわいそう。♪うり子姫は、木の上で。♪おカゴの中は、あまのじゃく。「おやっ?」 みんなはそれを聞いて、うり子姫がしばりつけられているカキの木を見上げました。「まずい、逃げよう」 うり子姫に化けたあまのじゃくはかごから逃げようとしましたが、お殿さまの家来につかまって首をはねられてしまいました。 こうして本物のうり子姫がカゴに乗ってお城へ行き、お殿さまのお嫁さんになって幸せに暮らしたのです。

1216 キツネとタニシむかしむかし、足の速いのがじまんのキツネがいました。 ある時、このキツネがタニシに言いました。「ちょっと都(みやこ)まで、行って来たんじゃ」 キツネは足のおそいタニシを、いつもバカにしています。「都までは遠いから、足のおそいタニシなんかには絶対に行けんところじゃな」 タニシはキツネがじまんばかりしているので、ちょっとからかってやろうと思いました。「キツネさん、そんなに足が速いのなら、わたしと都まで競走(きょうそう)しませんか?」「ギャハハハハハハー! タニシがどうやって、あんな遠くまで行けるんじゃい」「キツネさんに行けるなら、わたしにだって行けます。だいたいキツネさんは、わたしよりはやく歩けるのですか?」「なに! わしの方が速いに決まっとる!」 はじめはバカにしていたキツネも、だんだん怒ってきました。「よーし、そんなに言うのなら、わしとどっちが早く都へ着くか競走じゃ!」 こうして、キツネとタニシの競走がはじまりました。「よーい、ドン!」 キツネは、ドンドン歩きはじめました。 ふりかえって見ると、タニシはもう見えません。「まったく、わしが勝つに決まっているのに。・・・ほら、もう見えなくなっちまった。バカバカしい」 キツネはバカらしくなって、ちょいとひと休みです。 すると、タニシの声がしました。「おや? もう疲れたのかい? キツネさん、それではお先に行きますよ」 キツネは、ビックリ。 遠くヘおいてきたと思ったタニシが、すぐそばにいるではありませんか。「おかしい。追いつかれるはずはないんじゃが」 キツネは不思議に思いながらも、また歩きはじめました。 そのうちに、山に夕日が沈みはじめました。 キツネはまたまた、バカバカしくなってきました。「タニシなんかと早歩き競走したって、なんにもならんわ。わしが勝つに決まってるんだから。それに本当の事言うと、都なんか行った事もないし。・・・だいぶ、遠いんじゃろな」 キツネは立ち止まって、おしっこをしようとしました。 すると目の前に、タニシがいます。「キツネさん、早くしないとおくれますよ。わたしについておいで」「そんな、バカな!」 キツネは、信じられません。 でもタニシは、そこにいます。 キツネは気持ち悪くなって、むちゅうで走り出しました。 本当は、タニシはキツネの尻尾につかまってやって来たのでした。 そうとは知らないキツネは、負けたくないので必死で走り続けました。 そのうちに疲れて、フラフラです。 するとまた、タニシの声が。「キツネさん、そんな事では、おいこしてしまいますよ」 おどろいたキツネは、またむちゅうで走り続けました。 そして都への道しるべまで来ると、とうとうへたりこんで、「やっと着いた! タニシに、勝ったぞ! ・・・ふうっ、疲れた。そうとも、キツネがタニシに負けるはずはないんじゃ」 ホッとしたキツネの耳に、またタニシの声が。「キツネさん!」 キツネはキョロキョロと、あたりを見回しました。「ここですよ、キツネさん」 タニシが、都への道しるべの上にいます。「おそいな。今着いたところかい? わたしはとっくに着いて、都見物をすませた後ですよ」「そ、そんなばかな・・・」 それからというもの、キツネは足が速い事をじまんしなくなったそうです。

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1217 青テングと赤テング むかしむかし、ある山のてっぺんに、とても仲の良い青いテングと赤いテングが住んでいました。 青テングと赤テングはいつも山のてっペんから、人間たちのいる下界をながめています。 ある日、赤テングが青テングに言いました。「なあ、青テングよ。おれたちがこの山に来てから、何年になるかな?」「そうだな、かれこれ五百年になるかな」「五百年か。こうして下界の様子を見ていると、おもしろいように変わっていくが、おれたちはちっとも変わらんな」「ふむ、人間どもは年がら年中、いつもいそがしくけんかをしているからな」「うん? けんかをすると、変わるのか?」「そりゃあ、そうだ。せっかくきれいな町をつくっても、人間どもはけんかをはじめて全部燃やしてしまう。そしてまたせっせと新しい町をつくっては、またけんかをして燃やしてしまう。まったく、あきずによくするもんだよ」 それを聞いた赤テングは、手をたたいて言いました。「そうか! おれたちも、けんかをしよう!」「おいおい、突然どうしたんだ?」「おれとお前は、一度もけんかをした事がないだろう。五百年もここにいるのに」「まあな、おれたちは仲良しだから」「それがだめなんだ。けんかをしないから、おれたちは進歩(しんぽ)がないんだ」「そうかなあ? 仲良しなのは、良い事だと思うけどな」「ともかく、今日からおれとお前は、けんかをしよう。いいか、けんかをしているんだから、しばらくは一緒に遊ばんぞ」「うーん、なんだかよくわからんが。お前がそこまで言うなら」 こうして青テングと赤テングは、はじめてのけんかをはじめたのです。 その日から青テングと赤テングは別々の山で暮らすようになり、出来るだけ顔を合わさないようにしました。 そんなある日、青テングが一人で下界をながめていると、お城の庭で何かがピカピカと光っていました。「ん? あれはなんだろう? どうしてあんなに、光っているんだ?」 気になった青テングは、自分の鼻をお城までのばしてみる事にしました。「鼻、のびろー。鼻、のびろー。どんどんのびて、城へ行けー」 さて、お城ではお姫さまの侍女たちが、お姫さまの着物を虫ぼしをしているさいちゅうでした。「このお着物は、何て素晴らしいのでしょう。金や銀の糸がお日さまにキラキラとかがやいて、まるで宝石のようだわ」「でもこれ以上は、ほすところがありませんわ。お着物はまだまだあるのに、どういたしましょう?」 そこへ青テングの青い鼻が、スルスルとのびて来たのです。「あら、ちょうどここに、青竹がありますわ。でも、ずいぶん長い青竹だこと」 侍女たちは次から次へと、青テングの鼻に着物をほしました。「なっ、なんだ? やけに鼻が重くなってきたな。何があったんだ? 鼻、ちぢまれー。鼻、ちぢまれー。ちぢんでちぢんで、元に戻れー」 すると青テングの鼻は、色とりどりの着物をひっかけたままちぢんでいきました。「あれえ! お姫さまのおめしものが!」 侍女たちは大あわてですが、どうする事も出来ません。 こうして青テングは、お姫さまのきれいな着物を手に入れる事が出来たのです。 青テングがお姫さまの着物を着て喜んでいると、久しぶりに赤テングがやって来ました。「おい、お前は何をおどっているのだ?」 青テングは、きれいな着物を見せながら言いました。「いいだろう。城に鼻をのばしたら、こんなにきれいな着物がついてきたんだ。欲しければ、お前にもわけてやるぞ」「ふん、おれたちは今、けんかをしているんだぞ。だいたい、そんなチャラチャラした物なんているか!」 赤テングはそう言って、自分の山へ帰って行きました。 でも本当は、青テングの持っているお姫さまの着物がほしくてたまらなかったのです。「いいなあ、青テングのやつ。けんかをしていなければ、あのきれいな着物がもらえたのに。・・・でも、城に鼻をのばすだけでいいのなら、おれにも出来る。よし、おれもやってみよう。鼻、のびろー。鼻、のびろー。どんどんのびて、城へ行けー」 赤テングの赤い鼻が、スルスルとお城ヘのびていきました。 そのころお城では、お殿さまが家来たちに武芸(ぶげい)のけいこをさせていました。「気を抜くな! 敵国は、いつ攻めてくるかわからんぞ! 気合いを入れろ!」 するとそこへ、赤テングの赤い鼻がのびて来ました。「おや? なんだ、この赤い物は?」「もしかして、敵国の新しい武器か?!」「とにかく、切れ!」 お殿さまの命令に、家来たちはいっせいに鼻へ切りかかりました。 さあ突然鼻を切りつけられて、赤テングはびっくりです。「ウギャアー! 痛い、痛い!」 かわいそうに赤テングは、テングのじまんである鼻をボロボロにされてしまいました。 赤テングがションボリ岩にすわっていると、青テングがやって来ました。「おーい、赤テング、元気か? ・・・おい! どうしたんだ、その鼻は?!」「いいから、ほっといてくれ。おれたちは、けんかをしているんだから」「そうはいかないよ。おれたちは、友だちだろう。さあ、見せてみろ。・・・ああ、これはひどいきずだ。でも心配するな、けがに良く効くカッパのぬり薬を持って来てやるからな。それに、きれいな着物も半分やるよ」 青テングのやさしい言葉に、赤テングは泣き出してしまいました。 これがきっかけで赤テングはけんかをやめて、青テングとまた仲良く暮らすようになりました。

1218 イワナの坊さま むかしむかし、山奥の谷川に、山で働く男たちが集まりました。「今日は祭りだ。どくもみをして、川のごちそうをドッサリとるぞ」 男たちはサンショウの木の皮をはぎ取って細かくきざみ、なべでグツグツ煮つめた煮汁に石灰と木の灰をまぜてダンゴを作りました。 これで魚を取る、毒ダンゴの出来上がりです。 男たちの言っていた『どくもみ』とは、この毒ダンゴで魚を殺してつかまえる事です。 どくもみの準備が出来ると、男たちはお昼ご飯にしました。 今日は祭りの日にしか食べられない、アズキご飯です。 男たちがふと気がつくと、年を取ったお坊さんが立っていました。「おや、坊さま。どうしてこんなところへ?」 するとお坊さんは、するどい目で男たちをにらんで言いました。「お前たちは、どくもみをするらしいのう。 魚を釣るのは、いくらやってもかまわん。 釣りをいくらやっても、魚を取りつくす事はない。 だが、どくもみで毒ダンゴを投げ込めば、そこに住む魚たちは全めつだ。 だから決して、どくもみだけはするな」 それを

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聞いて、男たちは顔を見合わせました。 すると、力じまんのひげ男がお坊さんに言いました。「しかし、今日は祭りだ。祭りの日は、魚を腹一杯食う事になっているんだ。釣りなんかじゃ、とても腹一杯になるほど魚は取れねえ」 するとお坊さんは、さとすように言いました。「祭りの日に、魚を腹一杯食わなくても、死ぬことはない。 しかしどくもみをすれば魚たちは全めつして、根だやしになってしまうのじゃ。 みなごろしとは、もっとも罪深い事じゃぞ。 もし、自分の家族が根だやしになったらどうする? 頼むから、どくもみだけはやめてくだされ」 それを聞いて、ひげ男はペコリと頭を下げました。「坊さま、お話はよくわかりました。 どくもみは、考えなおしますだ。 まあ、これでもめしあがってくだされ」 ひげ男はお坊さんに、アズキご飯を差し出しました。 お坊さんは安心すると、にっこりわらって、「そうか、やめてくれるか。それはよかった。・・・では、ごちそうになろうかの」と、アズキご飯をパクリパクリとのみ込むように食べて、どこかへ行ってしまいました。「なんだか、しらけちまったな」「どこの坊さまかは知らんが、ああ言われてはなあ」「しかたない、せっかく用意したが、やめにするか」 男たちが言い合っていると、ひげ男が言いました。「何を言う。ここでやめては、つまらんぞ」「えっ? お前がやめると言い出したのだろう」「あんなの、坊主を追い返すために言っただけだ。さあ、どくもみを始めるぞ」「そうか、そうこなくっちゃ」 こうしてみんなは、谷に毒ダンゴを投げ入れました。 しばらくすると毒に弱った魚たちが次々と浮き上がってきて、おもしろいように取れました。 魚を取り終えた頃、最後に見たこともない大イワナが姿を現しました。「これは、ここの主かもしれんぞ」 大イワナは毒で弱っているのにバシャバシャと大暴れして、つかまえるのに数人がかりで押さえ込みました。 さて、男たちはつかまえた魚を村へ持ち帰ると、待っていた女や子どもたちに魚をわけてやりました。 そして最後に、大イワナを切りわける事にしました。 ひげ男が大イワナのお腹に包丁を入れると、一気に切りさきました。「ややっ・・・、こ、これは!」 なんと大イワナのお腹の中から、アズキご飯が出て来たのです。「・・・・・・」「・・・・・・」「・・・・・・」 男たちの顔が、まっ青になりました。「もしかして、このイワナはあの坊さまでは・・・」「あっ! この大イワナ、死んでいるのにギロリと目玉を動かしたぞ」 こわくなった女や子どもたちが、家に逃げ帰りました。「おら、いらねえ」「おらも、えんりょするよ」 男たちも、コソコソと逃げ出しました。 するとひげ男が、逃げ出す男たちに言いました。「なんだなんだ、だらしねえやつらだな。いらねえなら、おれがもらっていくぞ」 ひげ男は大イワナを家に持ち帰ると、一人で全部食べてしまいました。 さて、その日からしばらくして、ひげ男が突然死んでしまいました。 そしてその家族も次々と死んでしまい、とうとうひげ男の一家は根だやしになってしまったということです。

1219 どくろをかついでむかしむかし、一休さん(いっきゅうさん)と言う、とんちで評判の小僧さんがいました。 その一休さんが、大人になった頃のお話しです。「あけまして、おめでとうございます」「今年もどうぞ、よろしくお願いします」と、人々が、あいさつをかわしているお正月の朝。 初もうででにぎわう町通りを、汚い身なりの坊さんが一人やって来ました。 一休さんです。 しかしどうした事か、長い竹ざお一本を、高々とかついでいるのです。 そしてその先っぽに、なにやら白い物がくっついています。「なんだい、あれは?」 よくよく見ると、それはどくろ(→人間の頭の骨)でした。 人々は、気味悪いどくろを見上げてびっくり。「正月そうそう、なんと悪ふざけをする坊主だ」「一休さんは、頭でもおかしくなったのか?」と、口々にさわぎました。 けれども一休さんはそんな言葉を全く気にせず、すました顔でどくろをかついで歩いています。 物好きな人たちは、一休さんのうしろからワイワイとついて来ました。 やがて一休さんは町で一番のお金持ちの金屋久衛(かなやきゅうべえ)さんの立派な家の前に立つと、耳が痛くなるほどの大声で、「たのもう、たのもう。一休が、正月のあいさつにまいりました!」と、言いました。 家の中から人が出て見ると、汚い身なりの一休さんが気味の悪いどくろをつけた竹ざおをつき立てているので腰をぬかさんばかりにおどろき、大あわてで家の主人に知らせました。 いつもうやまっている一休さんがわざわざあいさつにやって来たと聞き、主人は急いで出て来ました。「やあ、これはこれは、久衛(きゅうべえ)さん。あけましておめでとう」「一休さん。これはどうも、ごていねいに。今年も、どうぞよろしく」 あいさつをして、ヒョイと竹ざおの先のどくろを見たとたん、「あっ!」と、言ったまま、まっ青になりました。「も、もし、一休さん、これはいったい、どうした事ですか? 正月そうそうどくろを持って来るなんて、えんぎが悪いにもほどがあります!」 怒る久衛さんに、「わっははははははは」 一休さんは、お腹をゆすっての大笑いです。「まあまあ、久衛さんや、正月そうそうおどろかしてすまん。これにはわけがあるのじゃ」「どんな、わけですか?」「うむ。その前に、わしがつくった歌を聞いてほしいがのう」 一休さんは、声高らかに歌をよみ上げました。♪正月は、めいどの旅の一里塚♪めでたくもあり、めでたくもなし 一休さんの歌に、久衛さんは首をかしげました。「はて、『めでたくもあり、めでたくもなし』とは? 一休さん、これはどういう意味でしょうか?」「うむ。 誰でも正月が来ると、一つずつ年をとる。 という事は、正月が来るたびに、それだけめいどへ近づく。 つまり、死に近づくわけだ。 だから正月が来たといって、めでたがってもいられない。 それで、『めでたくもあり、めでたくもなし』じゃよ」「ああ、なるほど」「どんな人でも、必ずいつかは死ぬ。 そして、このようなどくろになりはてる。 こういうわたしだって、あと何回正月をむかえられるかわからん。 あんたも、おなじじゃよ」「はい。たしかに」「久衛さんや、生きているうちに、たんといいことをしなされや。そうすりゃ、極楽(ごくらく→てんごく)へ行かれるからの」「はい!」「あんたは、大金持ちだ。 少しでいいから、あ

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まっているお金は困っている人たちにあげなされ。 めいどまでは、お金は持って行けんからな。 はい、さいなら」 大金持ちの久衛さんをはじめ、ほかの大勢のお金持ちがこの一休さんの教えをまもって、貧しい人々を助けたということです。

1220 虫干し むかしむかし、吉四六さんと言う、とてもとんちの出来る人がいました。 吉四六さんはなかなかの商売上手で色々な物を売り歩きますが、今日の品物はカツオブシです。 けれど一日中売り歩いても、カツオブシは全然売れません。 そのうちにお腹が空いてきましたが、ふところにはお金がありません。「ああ、腹が減ったが、まさかカツオブシをガリガリとかじるわけにもいかないしな」 とぼとぼ歩いていると、庄屋(しょうや)さんの家にやって来ました。 家の中をのぞくと、庄屋さんがおいしそうなぼたもちを作っています。「うまそうなぼたもちだ。今日は、あれをいただくとするか」 吉四六さんはゴクンとつばを飲み込むと、家の中へ入って行きました。「吉四六さん、何の用だね!」 また何かされると思い、庄屋さんは冷たく言いました。「へえ、いつもお世語になっとります。すみませんが、おぼんを一つお貸し下さりませんか」 そう言っておぼんを借りると、吉四六さんはおぼんにカツオブシを山の様に積み上げました。 庄屋さんは吉四六さんがお土産を持ってあいさつに来たと思い、急に愛想が良くなりました。「おお、吉四六さん。まあ上がって、ゆっくり茶でも飲んで行くといい。そうじゃ、今さっき、ぼたもちを作ったところじゃ。少し、食べて行かんかね」「ありがとうございます。それじゃあ、遠慮(えんりょ)なしに」 吉四六さんは部屋に上がり込むと、ぼたもちをパクパクと口にほおばりました。「これは、うまいぼたもちですな。さすがは庄屋さん、よい米とあずきを使っている。うん、うまいうまい」 やがて、お腹が一杯になった吉四六さんは、「すっかり、ごちそうになりました。それではこの辺で、失礼しますよ」と、言いながら、先ほど盛り上げたカツオブシを、また袋に戻し始めたのです。 お土産を持って来たと思っていた庄屋さんは、あてがはずれてがっかりです。 庄屋さんはまた怖い顔になると、吉四六さんに言いました。「吉四六さん! お前は何でまた、おぼんにカツオブシをあけたんじゃ!」 すると吉四六さんは、すました顔で言いました。「へえ、こうして、時々おぼんにあけて風を通さないと、カツオブシと言う奴は虫がついてしまうんです」 そして空のおぼんを庄屋さんに返すと、さっさとどこかへ行ってしまいました。

1221 かさ売りお花 むかしむかし、お花という名前のかさ売り娘がいました。 お花のかさは、かさ職人のお父さんが一生懸命に作ってくれた物ですが、雨の少ないこの地方では、かさはあまり売れませんでした。 ある日の事、遠くの町までかさを売りに行ったお花は、くらい夜道がこわくなって歌を歌いました。 ♪雨ふれ 雨ふれ。♪雨ふりゃ 魚がよろこぶぞ。♪雨ふれ 雨ふれ。♪雨ふりゃ 百姓(ひゃくしょう)がよろこぶぞ。♪雨ふれ 雨ふれ。♪雨ふりゃ かさ屋がもうかるぞ。 するとそこへ、大きな体のおばあさんが現れました。 おばあさんは、お花ににっこり笑って言いました。「さっき歌っていた歌を、わたしにも聞かせておくれ。わたしは、雨が大好きじゃ」「うん、いいよ」 一人で心細かったお花は、すっかりうれしくなって歌いました。♪雨ふれ、雨ふれ。♪雨ふりゃ、かさ屋がもうかるぞ。♪雨ふれ、雨ふれ。♪雨ふりゃ、魚がよろこぶぞ。 するとお花の歌に合わせて、おばあさんも歌います。♪雨ふれ、雨ふれ。♪雨ふりゃ、黒川がよろこぶぞ。♪雨ふれ、雨ふれ。♪雨ふりゃ、女川もよろこぶぞ。 おばあさんの歌っている黒川や女川とは、この近くにある川の名前ですが、雨がふると川がよろこぶとはどういう意味でしょうか? 不思議に思ったお花が、おばあさんにたずねました。「おばあさん、どうして雨がふれば、黒川や女川がよろこぶの?」 すると、おばあさんが言いました。「雨がふれば、川の水がふえるじゃろう? 水がふえれば、川はそれだけ力が大きくなるんじゃ。 わたしはこれから黒川へ遊びに行くが、お前も一緒に来なさい。 黒川もきっと、お前の歌を気に入るじゃろう」「でも、あたし、家に帰らないと」 お花がそう言うと、おばあさんの顔が急にこわくなりました。「いいや! お前はわしと、黒川に行くんじゃ! 家には帰さんぞ!」 暗い夜道で今までわからなかったのですが、よく見るとおばあさんの顔や手足には、魚のようなうろこがびっしりとついています。 お花はびっくりして、むちゅうでかけ出しました。「あたし、家に帰るっ!」「ならん! お前は、黒川へ行くんじゃ! 」 逃げるお花を、おばあさんが追いかけます。「こら、待てっ! わしは女川の大ガッパじゃ! お前を黒川の大ガッパの手みやげにしてくれるわ!」 お花が振り向くと、おばあさんはカッパの正体を現しました。 逃げるお花は、道の向こうに塩たき小屋があるのを見つけました。 塩たき小屋では夜通し塩をたいて塩を作っているので、あそこまで行けば助かるかもしれません。 お花は塩たき小屋に逃げ込むと、中にいたおじいさんに言いました。「助けてください! カッパに追われているんです!」「何じゃと! よし、奥に塩かごがあるから、そこにかくれていろ!」 お花が塩を入れる塩かごの中にかくれると、そこへ大ガッパが現れました。「やい、じじい! いまここへ、娘がやって来ただろう!? 娘は、黒川への手みやげじゃ!娘をはやく渡せ!」 するとおじいさんは、塩たき小屋の奥を指さして言いました。「娘か、娘ならほれ、そこの塩かごの中にかくれておるわ。ほしけりゃ、中に入って来い」「ぬぬっ・・・」 塩はカッパの弱点で、塩が体にかかるとカッパはナメクジのように死んでしまうと言われています。 大ガッパは小屋の入り口に立ったまま、中に入ってこようとはしません。「カッパよ、どうした? 塩がこわいのなら、娘はあきらめて帰れ!」「しっ、塩など、こわくないわ」 大ガッパは塩が体につかないように注意しながら、ゆっくりと小屋の中に

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入ってきました。 そして塩かごがつんであるところへ行くと、おじいさんに言いました。「じじい、娘の入っている塩かごはどれじゃ?!」「ほれ、そのたなの上の塩かごじゃ。そこのはしごをのぼっていくがいい」 おじいさんは、お花がかくれている塩かごとは違う塩かごを教えました。「あれじゃな」 大ガッパは、近くにあったはしごを一段ずつのぼっていきました。 ミシリ、ミシリ。 しかしそのはしごは、とちゅうからくさっていたのです。 そして大ガッパが、たなの上の塩かごに手をのばそうとしたその時、 バキッ!と、はしごがこわれて、大ガッパは下に落ちてしまいました。 するとそのいきおいで、たなの上にあった塩かごが大ガッパの上に落ちてきたのです。「ウギャァーー! 塩が、塩がかかったっ!」 大ガッパは苦しそうに体をくねらせると、塩をかけたナメクジのようにそのままとけてなくなりました。「わっはははははは。すてようと思っていたはしごが、役に立ったわい」 それいらい、女川の主を退治した塩たきのおじいさんとお花の事が評判となり、お花のかさはどこへ行っても飛ぶように売れて、お花の家はお金持ちになりました。

1222 ブラブラたろうむかしむかし、ある村に、たろ助という若者がいました。 たろ助は、とてもなまけ者で、仕事もしないで毎日プラプラ遊び暮らしています。 今日も朝からプラプラ遊んでいると、たろ助を呼ぶ声がしました。「もしもし、たろ助どん」「うん? だれだ?」 声のする方を見ると、小さなつぼがころがっています。「つぼか。こりゃあ、ええもん見つけたぞ」と、ひろい上げると、つぼの中にはネズミぐらいの大きさの小さな男がいるではありませんか。「わわっ! お前は、だれだ!」「たろ助どん、わしはお前さんのように、ブラブラ遊んでいるなまけ者が大好きでな、今日からお前さんの家で暮らしたい。どうか、連れていってくれ」「そうか。なら来いや」 つぼを家に持って帰ったたろ助が、男をつぼから出してやると言いました。「まあ、ゆっくりせいや。すまんが、留守番をたのむぞ」 たろ助があっちこっちブラブラ遊んでから家に帰ってみると、見た事もない男が大の字になってねています。「おい起きろ! お前は、どこのだれだ?!」「おい、忘れたのか? つぼから出てきたわしを」「えっ? ・・・ひえっ! なんでまた、そう大きうなった」「実はな、お前が遊んでくれると、わしの体が大きくなるんだ。だからこれからも、よう遊んでくれや」 びっくりしたたろ助ですが、次の日も遊びに出かけました。 そしてタ方帰って来ると、男はまた大きくなって頭が天井につきそうです。 たろ助は、いつふみつぶされるか心配で、一晩中、部屋のすみでヒヤヒヤしていました。 そして朝になるのを待ちかねて、たろ助は家から逃げるように飛び出すと、その日もタ方までブラブラと遊んで帰りました。 すると家の戸口から大木のような足がニョキニョキと出ていて、窓からは太い手が飛び出していました。「うひゃーっ、こりゃあ、たまげたー!」 たろ助は、家の中に入る事が出来ません。「やれやれ、とんだ事になっちまったぞ。あしたも遊んでいると、家をつぶされてしまうな」 たろ助は次の日、いやいや畑仕事をしました。 夕方、家に帰ってみると、男は二回りほど小さくなっていました。「ははーん、おらが働けば、小そうなるんだな」 それからたろ助は、毎日毎日働きました。 それにつれて男は、だんだん小さくなっていきます。 とうとう、つぼから出た時のように小さくなった男は、「たろ助どん、ここは住みにくうなった。もう一度わしをつぼに入れて、道ばたにすててくれや」「ほいよ、しょうちした」 たろ助は小さい男をつぼに入れて、道ばたにすてました。 それからもたろ助は毎日まじめに働いて、お金持ちになったという事です。

1223 アリとあんこむかしむかし、権右衛門(ごんえもん)という、町一番の長者(ちょうじゃ)がいました。 何不自由ない権右衛門さんですが、家にはあととりの子どもがいません。「あととりがいなくては、この家はわしの代で終わりじゃ。養子(ようし)を探さんといかんが、どうせならこの家をもっと大きくしてくれる、頭の良い子どもにしたいの」 そこで権右衛門さんは頭の良い養子をさがしましたが、そう簡単には見つかりませんでした。 そんなある日、となり村のウシ飼いの家で、両親のいない子どもが働いていると聞きました。 しかもその子どもは、村で一番頭が良いと評判(ひょうばん)です。 権右衛門さんはその子どもを屋敷によぶと、さっそくその子どもの頭の良さをためしてみました。「海には水が何てきあるか、数えておくれ」 そんな事、神さまにだってわかりませんが、子どもはすぐに答えました。「はい、すぐに数えますから、海に流れ込んでいる川の水を全部せきとめてください」「ほう、そうきたか」 子どものうまい返し方に感心した権右衛門さんは、次の問題を出しました。「それならば、初めは四本足で、次に二本足、さいごには三本足になる物はなんじゃ?」「はい。それは人間です。生まれた時は四本足ではいはいしますが、大きくなったら二本足で立ちます。そして年寄りになったらつえをついて、三本足です」「ほほう、これは確かに評判通りの子どもじゃ。それでは、これでさいご。ここに、曲がりくねった穴が開いている石がある。この石の穴に、ひもを通しておくれ」「はい、それではひもと、まんじゅうと、きぬ糸をかしてください」 権右衛門さんが用意すると、子どもはまんじゅうをわって中のあんこを石の穴の出口にぬりつけました。そして地面を歩いているアリをつかまえるときぬ糸を結びつけて、石の穴の入り口に入れたのです。 するとアリは穴の出口にあるあんこに気づいて、穴の出口まで進んでいきました。 こうして石の穴にきぬ糸が通ると、そのきぬ糸の先にひもを結びつけて引っ張ったのです。 するとちゃんと、曲がりくねった石の穴にひもが通りました。「うむ、見事じゃ!」 権右衛門さんはこの子どもを養子にすると、本当の子ども以上にかわいがったそうです。

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1224 サルとヒキガエル むかしむかし、サルとヒキガエルが山で出会いました。「やあ、ヒキガエルさん。もうすぐ、お正月だね。ところできみは、おもちを食べたことはあるかい?」「ううん、おいしいらしいけど、まだ食べたことはないよ」「それなら、おもちが手に入るところを教えてあげるよ。一緒に行くかい?」「うん、行く行く」 ヒキガエルはサルに案内されて、村の庄屋(しょうや)さんの家にやって来ました。 庄屋さんの家では、お正月にそなえておもちをついています。「ヒキガエルさん、あれがおもちだよ。ぼくが取ってくるから、ヒキガエルさんは池に飛び込んでくれないか。出来るだけ大きな音が出るように、ドブンとね」「いいよ、わかった」 ヒキガエルは池の方へ行くと、池へ飛び込みました。 ドブン! すると、おもちをついていた庄屋さんが、「なんだなんだ?」と、池の方に行きました。 そこへサルが現れて、 「しめしめ。おもちをもらっていくよ」と、うすのまま、おもちをかついで逃げました。 おもちの入ったうすを山まで運んだサルが一休みしていると、しばらくしてヒキガエルがやってきました。「ああ、こわかった。もう少しで、つかまるところだったよ」「それは、ごくろうさま。でもおかげで、このとおりさ」 サルは、うすに入っているまっ白いおもちを見せました。「うわー、おもちって、おいしそうだね。さあ、サルさん。二人で手に入れたおもちだから、半分ずつわけようね」 するとサルが、首を横にふって言いました。「そんなの、おもしろくないよ。どうせならきみかぼくか、どっちかが一人で食べようよ」「それなら、ぼくがもらうよ」「だめだめ。そんなのだめだ」「じゃあ、どうやって決めるの?」「うーん、それじゃあ、こうしよう。今からうすを転がすから、先におもちを手に入れた方がおもちを全部食べるのさ」「そんなの、いやだよ。ぼくは足がおそいから、サルさんにはかなわないもの。ねえ、そんな事を言わないで、仲良く半分ずつわけて食べようよ」「だめだめ。もう決まりだ。それーっ!」 サルはいきなり、うすをつきとばしました。 するとうすは、コロコロコロと坂を転がっていきました。「いただきー」 サルは木によじ登ると、枝から枝に飛び移って、うすよりも先に坂のふもとに着きました。「やったー! ぼくの勝ちだ! おもちは全部、ぼくの物だ!」 こう言いながら、サルはうすの中を見てびっくりです。 うすは空っぽで、おもちが入っていないのです。「あれ? どこへ行ったんだろう? ・・・そうか、とちゅうで落ちたんだ」 サルが坂を引き返すと、とちゅうにヒキガエルがいました。「あれっ、ヒキガエルさん。おもちを、みなかった・・・。ああっ!」 ヒキガエルは道に落ちていたおもちを、おいしそうに食べていました。「こんな事なら、さいしょから半分ずつにしてればよかった。とほほ」

1225 凍ってしまった声 あるところに、とても寒い村がありました。 この村では冬になると家は屋根まで雪にうまってしまうので、村人たちは家と家の間に雪のトンネルをつくって、そこにふしをとった長い竹筒をさしこんで電話のように使います。 ある冬に、一軒の家でおだんごを作りました。 とてもおいしいおだんごだったので、家の人はとなりの家にもごちそうしてやろうと思い、竹筒に口をあてて言いました。「もしもし、おだんごを作りましたので、食べに来てください」 ところが、いくら待っても返事がありません。「なんだい。せっかくごちそうしてやろうと思ったのに」 おだんごを作った家の人は腹を立てて、おだんごを全部食べてしまいました。 やがて長い冬が終わって、雪がとける季節になりました。 すると竹筒の中から、「もしもし、おだんごを作りましたので、食べに来てください」と、声が聞こえてきました。 それを聞いたとなりの家の人は、大喜びで行きました。「こんにちは、おだんごを食べに来ました」 すると、その家の人は変な顔をして、「今頃来て、何を言っているのです」と、言うのです。「今頃? いや、さっきあなたは『おだんごを作りましたので、食べに来てください』と、言ったでしょう?」「はい、確かに言いましたが、でもそれは去年の事です。その時は返事もしないで、今頃来てもねえ」「去年なんて、とんでもない。わたしが聞いたのは、今さっきですよ」「いいえ、去年です!」「いいや、今さっきだ!」 とうとう二人は、けんかをはじめました。 するとそこへ、近所のお年寄りがやって来ました。「まあまあ、どっちも落ち着いて。ところであなたたちは、何を言い合っているのです?」 そこで二人がわけを話すと、お年寄りは大笑いしました。「あははははは。なんだ、そんな事ですか。この冬は特別に寒かったから、声が竹筒の中でこおりついてしまったのですよ」「それなら、どうして今頃聞こえて来るのですか?」「決まってるじゃないか。あったかくなったので、こおりついた声がとけたんだ」「なるほど」 けんかをしていた二人は、やっとなっとくしました。「そうとは知らないで、腹を立ててすみませんでした」「いえいえ、こちらこそすみませんでした」 そこでもう一度おだんごを作ると、あらためてとなりの家の人にごちそうしたそうです。

1226 夢見小僧むかしむかし、お金持ちのだんなが家で働いている小僧たちにたずねました。「お前たち、正月の二日にどんな初夢(はつゆめ)を見たか、わしに聞かせておくれ」「はい、わたしは・・・」 小僧たちは一人ずつ初夢を話しましたが、最後の小僧だけは初夢を話しません。「おらの初夢はいい夢だから、人には話せません」 むかしからいい初夢は、人に話してはいけないと言われています。 でもだんなは、その初夢がどうしても気になって言いました。「それじゃあ、その初夢をわしが買おう。百文(→三千円ほど)、二百文。・・・えい、一両(→七万円ほど)ならどうだ」「いやです」「どうしてもか?」「はい」 するとだんなはカンカンに怒って、小僧に怒鳴りつけました。「ええいっ、こんな強情(ごうじょう)なやつは、海に流してやる!」 小僧は粉もち

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のお弁当を渡されると、本当に小舟に乗せられて海に流されてしまったのです。 小僧の乗った小舟は風に流されて、どんどん沖へ進みました。 そして小舟は、ある島にたどり着きました。 小僧が島にあがると、たくさんのサルたちがやって来ました。「ウキッ、うまそうな人間だぞ」 サルたちが歯をむき出して、小僧におそいかかって来ました。「うひゃー! あっちへ行けー!」 小僧はお弁当の粉もちを投げると、サルがひろって食ベている間に小舟に乗ってサルの島を逃げ出しました。 小舟に乗ってしばらく行くと、また別の島にたどり着きました。 小僧が島にあがると、今度は大勢の鬼たちがやって来て小僧を取り囲みました。「うまそうな、人間だな」「おれは、頭をもらうぞ」「それならおれは、足をもらおう」 小僧はまた粉もちを投げましたが、鬼たちは見向きもしません。 鬼たちが小僧につかみかかろうとした時、小僧がさけびました。「おらを食うのは、ちっと待ってくれ! そのかわり、だんなにさえ教えなかった初夢を教えてやるから。おらの初夢は、すごい初夢だぞ」「よーし。それなら、とっとと話せ」「話してやるが、お前たちは、おらに何をしてくれる?」 そこで鬼たちは、立派な車を引いてきました。「これは千里万里(せんりまんり)の車といって、わしらの宝だ。鉄棒で一つたたけば千里(→四千キロ)、二つたたけば万里を行くぞ。これでどうだ」「えーっ、これだけ? おらの初夢は、もっとすごいのに・・・」 小僧がわざとしぶい顔をすると、鬼たちは一本の針を持って来ました。「この針は生き死にの針といって、これをひとさしすると、どんな元気なやつもすぐに死んでしまう。だが死にそうなやつをさすと、たちまち元気になる。この宝もやろう」「よし、いいだろう」 小僧は生き死にの針を受け取ると、千里万里の車にひょいと飛び乗って鉄棒で一打ちしました。 すると千里万里の車はぴゅーーんと走り出し、くやし涙をこぼす鬼たちを残して海をこえました。 風のように走った千里万里の車が止まったのは、川近くにある大きなお屋敷の近くでした。 大きなお屋敷では、大勢の人が出たり入ったりしています。「なんだろう? みんな、あわてたようすだけど」 小僧が近くの人に聞いてみると、このお屋敷の一人娘が病気で、今にも死にそうだという事です。 それを聞いた小僧は、さっそくお屋敷の中へ入って行きました。「オホン。わたしは医者だが、娘さんの病気をなおしてあげよう」 小僧はそう言って鬼から手に入れた生き死にの針を取り出すと、娘さんの体にチクリとさしました。 するとたちまち娘さんが元気になったので、家の人は大喜びです。「お前さまは、娘の命の恩人です。どうか、娘のむこになってくだされ」「ああ、いいよ」 それから小僧は、毎日ごちそうを食ベて楽しく暮らしていたのですが、ある日、川向こうのお金持ちの家でも娘が病気になり、ぜひなおしてほしいと頼んできたのです。 そこで小僧が生き死にの針をさして娘さんを元気にしてやると、この家のお金持ちのだんなが言いました。「あなたは、娘の命の恩人です。どうか、娘のむこになってくだされ」「でも、おらの体は一つだから、二人のむこにはなれねえ」 するとお金持ちのだんなは、二軒の家の間の川に金の橋をかけてくれました。 そこで小僧は光り輝く金の橋を渡って、一ヶ月の半分をこちら側、あとの半分を川向こうの家で過ごすことになりました。 小僧の見た初夢とは、二人の娘の間にかかる金の橋を渡る夢だったのです。

1227 三郎の初夢 むかしむかし、あるところに、太郎、次郎、三郎という三人兄弟がいました。 ある年の正月二日の夜、お父さんが三人に聞きました。「お前たちは、どんな初夢を見たんだ?」「おらは、家の畑が大ほうさくになる夢を見た」「そうか、それは良い初夢だ」「おらは、さいふをひろう夢を見た」「そうか、それも良い初夢だ」  太郎と次郎は初夢を話しましたが、三郎だけはどうしても話しません。 そこで怒ったお父さんは、三郎を家から追い出してしまったのです。 お金もなく、食べ物にこまった三郎は人の畑からやさいをぬすんで、役人につかまるとろう屋に入れられました。 ところがその国の殿さまに心やさしい一人娘のお姫さまがいて、かわいそうな三郎のところに毎日ご飯を運んでくれました。 ある日の事、となりの国の鬼の王が、このお姫さまに、「嫁になれ!」と、言ってきました。 鬼の嫁なんて、とんでもありません。 殿さまはことわりましたが、腹を立てた鬼の王は殿さまに無理難題(むりなんだい→できないこと)を言って来て、それが出来ないとお姫さまをうばっていくというのです。 まずは、最初の難題。 はしからはしまで同じ太さの一本の木の棒(ぼう)を送ってきて、この棒のどちらのはしが根っこだったか見分けろというのです。 泣きながらご飯を運んできたお姫さまから話を聞いた三郎は、お姫さまに言いました。「泣かなくても、大丈夫。木という物は先よりも根っこの方が重いから、その棒のまん中を糸でしばってつるすと、重たい根っこの方が下にさがるよ」 それを聞いた殿さまは三郎の言った方法で根っこの方を調べて、そっちに印をつけて鬼の国へ送り返しました。 するとしばらくして、鬼の王は白いウマを三頭送ってきました。 次の難題は、「このウマの歳の順を見分けろ」と、いうのです。 三頭のウマは同じ大きさで同じ毛なみなので、どれが年寄りでどれが若いのかさっぱりわかりません。 すると、三郎が言いました。「今年の麦を食ったのが一番若く、前の年の麦を食ったのがその次で、その前の前の年の麦を食ったのが一番年寄りさ。ウマでも人でも、うまれて最初に食べた物の味が一番好きだからね」 三郎のおかげで、この難題も見事に正解です。 するとまたしばらくして、 ズドン!と、鬼の国から大きな鉄の矢が飛んできました。 お城の庭に突きささった矢を見ると、手紙が結びつけてあります。《これをぬいて、かついでこい。さもなければ、姫をよこせ》 そこで力自慢の家来たちがよってたかって鉄の矢をぬこうとしましたが、鉄の矢は地面深くに突きささっており、家来たちがいくら引っ張ってもビクともしません。 すると、三郎が言いました。「引っぱってぬこうとするから、ぬけないのですよ。考え方を変えて、まわりの土をほればいい」 三郎の言うとおりにすると、鉄の矢はかんたんにぬけました。 これに感心した殿さまは三郎の罪を許してやると自分の家来にして、鬼の国へ使いにやりました。 そ

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して出かける時に、三郎は自分とそっくりの若者四人を連れて行きました。 鬼の国では、今までの難題を次々とといた三郎の事がうわさになっていました。(切れ者の三郎をやっつけないと、あの姫は手に入らないな。しかしこの五人の、だれが三郎だ?) そう思った鬼の王は、三郎たちに言いました。「今夜は遅いから、とまっていけ」 そして夜中になると、鬼の王は五人の寝ている部屋にやってきました。 鬼の王は五人の顔を見比べますが、五人とも顔がそっくりでだれが三郎かわかりません。 そこで鬼の王は、寝ている五人に小声で言いました。「鬼の王の酒は、なんの酒だ?」 すると、寝たふりをしていた三郎が答えます。「人の生き血をしぼる酒」 それを聞いた鬼の王は、この若者が知恵者の三郎だと思い、三郎の髪の毛をハサミでちょん切って目印にしました。 ところが三郎は鬼の王が出ていくと、さっそくほかの四人の髪の毛も同じように切って、自分とそっくりにしておいたのです。 次の朝、五人の髪がそっくりなので、鬼の王にはだれが三郎かわかりません。「こしゃくなやつめ!」 鬼の王はカンカンにおこって、大ガマにお湯をグラグラとわかすと、家来たちに五人を煮殺せと言いつけました。 ところが三郎がふところからネズミを取り出したので、鬼の家来たちはびっくりです。 意外にも、鬼はネズミが大の苦手なのです。 三郎が大ガマを持った鬼たちにネズミを投げつけると、鬼たちは大ガマを放り投げて逃げ出しました。 するとその大ガマの煮えたぎったお湯が近くにいた鬼の王に飛んでいき、頭からお湯をあびた鬼の王は死んでしまったのです。 三郎が鬼の王を退治して帰ってきたので、殿さまは大喜びです。 殿さまは三郎にたくさんのほうびをとらせると、三郎をお姫さまのおむこさんにむかえました。 こうして大出世(しゅっせ)した三郎は、自分の家族を城に呼びよせて言いました。「おらの初夢は、鬼を退治してお姫さまのむこさんになる事だったんだ」 よい初夢は、人に話してはいけないと言われています。 三郎はその通りにして、しあわせをつかんだのです。

1228 豆つぶころころむかしむかし、あるところに、正直で働き者のおじいさんとおばあさんが住んでいました。 ある日、おばあさんが家のそうじをしていると豆が一粒ころげ落ちて、コロコロコロとかまどの中に入ってしまいました。「やれやれ、一粒の豆でもそまつにはできん」 おじいさんはそう言って、かまどの中をかきまわしました。 するとかまどの底にポッカリと穴が開いて、おじいさんは穴の中へコロコロコロところげ落ちてしまいました。「あいたた!」 お尻をさすりながらふと見ると、そばにおじぞうさまが立っています。「おじぞうさま、おじぞうさま。ここに豆が、転がってきませんでしたか?」「ああ、豆ならわしが食べたよ」「それはよかった。豆がむだにならずにすんだ」 おじいさんがもどろうとすると、おじぞうさまが言いました。「たとえ一粒の豆でも、お礼をせんとな。この先を進むと赤いしょうじの家があるから、米つきを手伝え。またその先には黒いしょうじの家があるから、天井うらにのぼってニワトリの鳴きまねをせい。きっと良い事があるぞ」 おじいさんが言われた通りに先に進むと赤いしょうじの家があって、大勢のネズミたちが嫁入りじたくのまっさいちゅうです。♪ニャーという声、聞きたくないぞ。♪ニャーという声、聞きたくないぞ。と、歌いながら、ネズミたちは米をついていました。「おめでとうさんで、米つきを手伝いましょう」 おじいさんは心をこめて、いっしょうけんめい米をついてやりました。 するとネズミたちは大喜びで、おじいさんに赤い着物をくれました。 またしばらく行くと、がけの上に黒いしょうじの家がありました。 その家の中では大勢の鬼たちが金銀をつんで、花札(はなふだ)をしていました。 おじいさんはこわいのをガマンして、天井うらにのぼって大声でさけびました。「コケコッコー! 一番どりだぞー! コケコッコー! 二番どりだぞー! コケコッコー! 三番どりだぞー!」「うわあ! 朝だ、朝だ!」 鬼たちは、大あわてて逃げ出しました。 あとには、金銀財宝の山が残っています。「これは、よいおみやげが出来た」 おじいさんがそのお宝を持って帰ると、おばあさんは大喜びです。 さてこの話を、となりに住む欲張りなおじいさんが聞いていました。「よし、おらも金銀財宝を手に入れよう」 欲張りなおじいさんはザルに豆をいっぱい入れると、となりの家のかまどの中へ豆をザーッとぶちまけてしまいました。「よし、おらも豆を取りに行こう」 欲張りなおじいさんはそう言うと、かまどの底の穴の中へ飛び込みました。「どれ。じぞうさまは、じぞうさまはと、・・・あっ、いた、いた。これ、じぞうさま、おらの豆を食うたじゃろう!? 今さら返そうたって、だめじゃい、お礼はどうした? お礼は?!」 えらいけんまくでどなられて、おじぞうさまはしかたなくさっきと同じ事を教えました。 そこで欲張りおじいさんは、ドンドン進んでネズミの家に着きました。♪ニャーという声、聞きたくないぞ。♪ニャーという声、聞きたくないぞ。「ははーん、ここだな。ようし、おどかして、ネズミの宝物も取ってやれ」 欲張りなおじいさんは、大きく息を吸い込むと大声で言いました。「ニャーオ! ニャーオ! ニャーオ!」 するとネズミたちはビックリして、米つきのきねをおじいさんに投げつけました。「あいた、た、た。やめろ、やめろ!」 欲張りなおじいさんはなんとか逃げ出して、今度は鬼たちの家へ来ました。 ところが鬼たちがあんまりこわかったので、欲張りなおじいさんはブルブルふるえながら言いました。「一番どり~! 二番どり~! 三番どり~! ・・・あわわわ」「なんじゃ、こいつは? さては、わしらの宝をぬすんだのは、こいつだな!」 おこった鬼たちは欲張りなおじいさんをつかまえると、地獄(じごく)へつながる谷底へけとばしてしまいました。

1229 火正月むかしむかし、ある大晦日の夕暮れ、村の金持ちの屋敷に空海(くうかい)という名の旅のお坊さんがたずねてきて一夜の宿(やど)をたのみました。 屋敷の主人は、お坊さんの身なりを見て、「明日は、めでたい正月だ。

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きたない者に、貸す部屋はないわい! 出て行け!」 金持ちの屋敷を追われたお坊さんは、今度はとなりのあばら家に声をかけました。 すると、あばら屋に住んでいるおじいさんが言いました。「わたしたちは貧乏(びんぼう)で、年越しの食ベ物は何もありません。あたたかい火だけがごちそうの『火正月(かしょうがつ)』でよかったら、どうぞ入ってください」 いろりには、あたたかそうな火が燃えていました。 お坊さんは、家にあがりこむと、「食べ物なら、心配はいらん」と、言って、背負っていた袋から何やら取り出して、お湯のわきたつなべの中に入れました。 するとグツグツグツと、香ばしい香りがします。 なべのふたを取ると、おいしそうなぞうすいがなべいっぱいに煮(に)えていたのです。 その夜、おじいさんたちは久しぶりにいい年越しが出来ました。 お正月の朝、お坊さんはわらじをはきながら、「お礼をしたいが、何か欲しい物があるかね?」と、二人に聞くと、「何もいりませんよ。ただ出来る事なら、むかしの十七、八に若返りたいものですね」「おう、そうか、そうか。なら、わしがたったあと、井戸(いど)の若水(わかみず→元日の朝に初めてくむ水)をわかしてあびなさい」 二人がお坊さんに言われた通りにすると、不思議な事におじいさんとおばあさんは十七、八才の青年と乙女に若返ったのです。 その話を聞いた金持ちは、遠くまで行っていたお坊さんを追いかけていって、「お待ち下さい。こちらに、よい部屋があります。ごちそうもあります。上等のふとんもあります。ささっ、どうぞ、どうぞ」と、むりやり屋敷に連れ込むと、お坊さんに寝る時間も与えずに、「わしらも、若返らせてください!」と、手を合わせました。 お坊さんは、眠い目をこすりながら、「みんな勝手に湯をわかして、あびろ!」 その声を待っていたとばかりに、家中の者がわれ先にとお風呂に入りました。 するとみんな若返るどころか、全身が毛だらけのサルになってしまったのです。「ウキー!」 サルになった屋敷のみんなは、山に走っていってしまいました。 そこでお坊さんは、若返った二人を屋敷に呼び寄せて、「サルたちには、この家は無用(むよう→必要ないこと)じゃ。今日からは、お前たちが住むがよい」と、言って、また旅立って行ったのです。 その日から二人は金持ちの屋敷で暮らすようになりましたが、困った事に屋敷には毎日のようにサルが入り込んできて、「わしの家、返せ! キッ、キッ、キー!」と、さわぐのです。 人のよい夫婦はサルが屋敷の元の持ち主であるだけに、気の毒やら気持ち悪いやらで、夜もおちおちねむれませんでした。 そんなある夜、二人の夢まくらにあのお坊さんが現れて、こう教えてくれました。「サルがすわる庭石を、熱く焼いておきなされ」 そして次の日。 そうとは知らないサルが、いつものように庭石にペタンとお尻をおろすと、「・・・ウキー! キッキー!」 お尻をやけどして、山へ逃げていってしまいました。 それからです、おサルのお尻が赤くなったのは。 そして若返った心のやさしいおじいさんとおばあさんは、大きな屋敷でだれにも気がねしないで、末長く幸せに暮らしたという事です。

1230 西宮エビスは丹後の泣きエビスむかしむかし、幸助という漁師が住んでいました。 幸助は小さい頃から身体が弱かったので、健康のために毎朝浜を歩くことにしていたのです。 そんなある朝、幸助がいつもの様に浜を歩いていると、何かキラキラ光り輝く物が浜に打ち上げられています。「なんだろう?」 幸助が近寄ってみると、それは夕べの荒波で打ち上げられた小さなエビスさまの像だったのです。「これは立派なエビスさまだ」 幸助はエビスさまの像を家に持って帰って供えましたが、ボロ屋に立派なエビスさまは似合いません。 そこで幸助は村はずれのお宮さんに、エビスさまをまつったのです。 それからしばらくしたある日、旅の僧がこの村を訪れましたが、長旅であまりにも薄汚れていたので誰も相手にしてくれません。 そこで仕方なく村はずれのお宮さんに泊まる事にしたのですが、入ってみると何かがキラキラと光り輝いています。 見てみるとそれは、幸助が納めた金色のエビスさまだったのです。「これは、良い物を見つけたぞ」 旅の僧は周りに誰もいない事を確かめると、そのエビスさまを盗んでそのまま逃げてしまいました。「よし、誰も来ていないな。なかなか、良い物が手に入ったわい」 旅の僧が、満面の笑みを浮かべながら道を歩いていると、「丹後へ返りたい、丹波へ返りたい」と、小さな声が聞こえたのです。「誰だ!」 旅の僧は振り返りましたが、誰もいません。「おかしいな。気のせいか?」 そして再び歩き出すと、「丹後へ返りたい、丹波へ返りたい」と、また小さな声が、聞こえたのです。「誰だ! 誰かいるのか!?」 旅の僧は用心深く辺りを見回しますが、やはり誰もいません。 でも小さな声は、それからも、「丹後へ返りたい、丹波へ返りたい」と、言うのです。 そんな事が三日間続いたので、すっかりまいってしまった旅の僧は、ふとその声が自分の背負っている荷物の中から聞こえてくる事に気づいたのです。「もしや、あのエビスさまが?」 そう思った旅の僧は、盗んだエビスさまを取り出してみました。 するとエビスさまは、はっきりと、「丹後へ返りたい、丹波へ返りたい」と、言って、その後、「ウェーン、ウェーン」と、泣き出してしまったのです。「これは、とんでもない物を盗んでしまったな」 旅の僧はエビスさまを盗んだ事を後悔しましたが、今さら持ち帰っても盗人として捕まるだけです。「かといって、魂が宿っているエビスさまを、すてるわけにもいかないし」 そこで旅の僧は西宮までやって来ると、近くの神社にエビスさまを納めてどこかへ行ってしまいました。 その後、このエビスさまをまつってある神社が商売にご利益があると商人たちが集まることで有名になり、やがて今の西宮エビス神社になったのです。

1231 かさじぞうむかしむかし、あるところに、貧乏(びんぼう)だけど心優しい、おじいさんとおばあさんがいました。 ある年の大晦日(おおみそか)の事です。 おじいさんとおばあさんは、二人でかさを作りました。 それを町へ持って行って売り、お正月のおもちを買うつもりです。「かさは五つもあるから、もちぐらい買えるだろう」

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「お願いしますね。それから今夜は雪になりますから、気をつけて下さいよ」 おじいさんは、五つのかさを持って出かけました。 家を出てまもなく、雪が降ってきました。 雪はだんだん激しくなったので、おじいさんはせっせと道を急ぎました。 村はずれまで来ると、お地蔵さま(おじぞうさま)が六つならんで立っています。 お地蔵さまの頭にも肩にも、雪が積もっています。 これを見たおじいさんは、そのまま通り過ぎる事が出来ませんでした。「お地蔵さま。雪が降って寒かろうな。せめて、このかさをかぶってくだされ」 おじいさんはお地蔵さまに、売るつもりのかさをかぶせてやりました。 でも、お地蔵さまは六つなのに、かさは五つしかありません。 そこでおじいさんは自分のかさを脱いで、最後のお地蔵さまにかぶせてやりました。 家へ帰ると、おばあさんがびっくりして言いました。「まあまあ、ずいぶん早かったですねぇ。それに、おじいさんのかさはどうしました?」 おじいさんは、お地蔵さまのことを話してやりました。「まあまあ、それは良い事をしましたねえ。おもちなんて、なくてもいいですよ」 おばあさんは、ニコニコして言いました。 その夜、夜中だと言うのに、ふしぎな歌が聞こえてきました。♪じいさんの家はどこだ。♪かさのお礼を、届けに来たぞ。♪じいさんの家はどこだ。♪かさのお礼を、届けに来たぞ。 歌声はどんどん近づいて、とうとうおじいさんの家の前まで来ると、 ズシーン!と、何かを置く音がして、そのまま消えてしまいました。 おじいさんがそっと戸を開けてみると、おじいさんのあげたかさをかぶったお地蔵さまの後ろ姿が見えました。 そして家の前には、お正月用のおもちやごちそうが山のように置いてありました。

1 おばあさんのおおてがら むかしむかし、あるところに、おじいさんとおばあさんがすんでいました。 年が年なので、おばあさんは、もうだいぶ耳がとおくなっていました。 二人は、つつましくくらしていましたから、だんだんに、お金がたまってきました。 おじいさんは、毎晩ねるまえに、ためたお金をかぞえるのが、たのしみでなりません。 ある晩、おじいさんがお金を、チャリーン、チャリーンと、かぞえていると、どろぼうがふしあなからこれを見ていて、夜中にしのびこんできました。 そして、あり金をのこらずぬすんでいってしまったのです。 二人はガッカリして、「一文なしでは、どうにもならん。よそへいって、はたらくとしよう」 おじいさんは、たくさんのにもつをせおい、おばあさんは、雨戸を一まいせおって、たびにでかけました。 やがて日がくれたので、二人が、ちんじゅさま(→土地の神をまつった社)の大きな木の下でやすんでいると、どろぼうたちがやってきたので、二人はいそいで木にのぼって、かくれることにしました。 どろぼうたちは、そんなこと、ちっとも知りません。 ぬすんできた宝物やお金を、みんなでかぞえはじめました。 おばあさんは、木につかまっているだけでもやっとなのに、せなかにせおっている雨戸がおもたくてかないません。「おもい、しんどい、くたびれた」と、ぶつぶついいだしました。 すると、おじいさんが、「どろぼうにきこえたら、ただではすまんぞ。だまっておれ」と、たしなめましたが、おばあさんは耳がとおいので、「雨戸をおろして、すててもよい」と、ききちがえてしまい、「ああ、よかった」と、雨戸をおろしました。 雨戸は、 バタン、ドタン、ガタン!と、大きな音をたてながら、どろぼうたちのあたまの上に、おちていきました。 おどろいたのは、どろぼうたちです。「テングさまじゃあ! にげろ!」 宝もお金もおいて、バラバラににげだしてしまいました。 おじいさんとおばあさんは、どろぼうたちがおいていったものをひろいあつめて村にかえり、たいそうなお金持ちになりました。

2 牛若丸いまから、およそ八百年ほどまえのお話です。 京都のはずれの山の中に、はげしいふぶきの中をいそぐ母と子のすがたがありました。 おさない子ども二人と、そして母のむねには、一人の乳飲み子がだかれておりました。 そのころ、さむらいたちの二大勢力、源氏と平氏は、各地ではげしくたたかい、源氏の総大将、源義朝(みなもとのよしとも)は、ついに平氏の手によってたおされてしまいました。 義朝のつま、ときわは、まだおさない今若、乙若、そして牛若の三人の子をつれ、なんとか平氏の手のとどかないところへにげようとしたのです。 でも、とうとう平氏の武士たちに発見されて、平清盛(たいらのきよもり)の前につれだされたのでした。 清盛は、おさない子が源氏の大将義朝の子であることを知ると、すぐに首をはねるようにと命じました。 ところが、「わたしの命はいりませぬ。そのかわり、どうかこの子たちの命だけはお助けくださいませ」という、ときわのひっしのたのみに、心をうごかされた清盛は、子どもたちの命を助けることにしました。 そのかわり、七さいの今若、五さいの乙若はすぐに寺へ、そして牛若も、七さいになったらかならず寺ヘ入れるよう、母のときわにやくそくさせたのでした。 年月はまたたくまにすぎ、やがて清盛とのやくそくをはたさねばならないときがきました。「牛若、そなたはもう七さい。寺に入って、りっぱなお坊さまにならなければなりませぬ」「お母さま!」 こうして、七さいになったばかりの牛若は、やさしい母にわかれをつげなければならなかったのです。「さびしいときは、お父さまが大切にしていた、このよこぶえをふきなさい」 牛若丸があずけられた寺は、くらまの山の中、うっそうとしげる木立の中にある、くらま寺でした。 牛若丸のきびしい修行生活がはじまりました。 あるとき、牛若丸が一人で勉強していますと、どこからか、牛若丸をよぶ声がします。「わかさま、わかさま」「わたしをよぶのは、だれじゃ?」 牛若丸がキョロキョロとあたりを見まわすと、見知らぬぼうずがすわっていました。「わかさま、お目にかかれてうれしゅうございます。わたしは鎌田正近(かまたまさちか)と申す旅の僧。わかさま、よくお聞きくださいませ。あなたさまは、平氏にほろぼされた源氏の総大将、源義朝公(みなもとのよしともこう)のお子さまですぞ!」「えっ、

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わたしがっ!」「そうです、わたしも義朝公におつかえした身、義朝公は清盛の手によってころされたのです。あなたさまは、父ぎみのかたきをうち、おごる平家をこらしめなければなりません。そして、源氏一門をたてなおさなければなりませんぞ!」 なにもかも、はじめて聞く話でした。 牛若丸は、山の中へ走りこんで、一人でなみだを流しました。 それは、おさない牛若丸がせおいこむには、あまりにも重い運命でした。 そんな牛若丸を見ている、一人のテング(→詳細)がいました。 そのテングは、ヒラリと高い木からとびおりると、牛若丸のそばに立ちました。「立て、小僧! 男の子がいつまでないておる。さあ、わしについてこい」 いうが早いか、テングはあっというまにすがたをけしてしまいました。「あれ、どこいっちまったんだろう?」 見ると、そばの木に太刀(たち)がたてかけてあります。「よし、テングのやつ、これでとっちめてやる」 太刀を持って木立の中をすすむ牛若丸の頭を、コツンとだれかがたたきました。「いたい。だれだ!」 頭をかかえてふりむくと、またも、コツン。 また、コツン。「わっはっはっは。小憎、それでは太刀があってもなんにもなりはせんぞ。それそれ、ぐずぐずしておると、またやられるぞ」 牛若丸は、あわてて太刀をひろい、こんどはしっかり目をすえて、身がまえました。 なにやらみょうなかげが、あっちへこっちへとびかいます。 よく見ると、たくさんのカラステングが、グルッと牛若丸のまわりをとりかこんでいました。「な、なにものっ!」 テングたちは、牛若丸におそいかかります。 負けてはならじと、太刀をふりまわす牛若丸。 でも、あちらこちら、めったやたらなぐられてしまいました。 これではならじと牛若丸は、昼なお暗いくらまの山中で、もくもくと剣の修行にはげんだのです。「それっ! 右だ! 左だ! 走れ! とべ! まわれ!」 テングのしどうで、牛若丸の剣のうではみるみるじょうたつしました。 それから何日かすぎた、ある月のかがやくばん。「きえ~っ!」 するどく切りこんできた、カラステングの太刀を、牛若丸は、ハッと打ちとめると、かえす刀ではげしくテングに打ちこんだのです。「やった! やった! とうとうテングをたおしたぞ!」 牛若丸の剣のうでは、とうとうテングをたおすまでになりました。 その日いらい、もう牛若丸にかなうテングは一人もいなくなりました。 そんなある日、テングが牛若丸にこういうのです。「わかさま、わたしどもがお教えすることは、もうなにもありません。このうえは、りっぱなおさむらいになられますよう」 そのテングたちも、源氏のことを思う義朝の家臣だったのでしょう。 くらま山で剣をならった牛若丸は、十五の年に、くらま寺からそっとすがたをけしたということです。 さて、ところかわってこちらは京都。 そのころ都では、夜な夜な、怪僧弁慶(かいそうべんけい)なる者がすがたをあらわし、通行人の刀をうばっては、これを一千本集める祈願(きがん)をたてているといううわさで、おそれられていました。 そして今夜が、その一千本めの日でありました。 ここは、五条大橋。 どこからともなく聞こえてくる、すんだふえの音。 ふえをふいているのは、あの牛若丸でした。「なんじゃ、子どもか。子どもに用はないわい」と、いった弁慶でしたが、牛若丸のこしにさした太刀を見たとたん、「うむ、みごとな太刀じゃあ。この太刀なら、一千本めにふさわしい」と、なぎなたを高くかかげ、牛若丸の前に立ちはだかりました。「やいやい、その太刀、おいていけ!」 ところが牛若丸は、弁慶のそばをスルリと通りぬけていきます。「ぬぬ、よし、わしのなぎなたを受けてみよ、それ!」 弁慶は、なぎなたをふりまわしますが、牛若丸は、ヒラリヒラリとかわしてしまいます。 ここと思えばあちら、あちらと思えばそちら。 牛若丸は、ヒョイととびあがりながら、手に持ったおうぎを投げました。 おうぎは弁慶のひたいにあたり、弁慶はひっくりかえってしまったのです。「ま、まいりました!」 さしもの弁慶も、ガックリひざをついてあやまりました。 弁慶は、このときから牛若丸の家来となって、いつまでも牛若丸につかえました。 牛若丸は、のちに源九郎義経(げんくろうよしつね)となのって、兄の頼朝(よりとも)と力をあわせ、ついには壇ノ浦の戦いで、平氏をたおすことができたのです。

3 にげだしたまつの木 むかしむかし、あるところに、いろいろなものにばけては、人とをだましておもしろがっている、わるいタヌキがいました。 あるあつい日のこと。 さかなうりの男をみつけたタヌキが、「おお、ちょうど腹が空いているときに、さかなうりが。ようし、だましてさかなをとりあげてやろう」と、みごとなえだぶりのまつの木にばけました。 まつの木の日かげをみつけて、「ありがたい。ここでひとやすみしていこう」 さかなうりは、にもつをおろしました。 でも、このまえにとおったときには、まつの木など、なかったはずです。(ははん。これは、いたずらダヌキのしわざだな。よし、からかってやろう) さかなうりは、タヌキのばけたまつの木にむかって、「たしかこの木は小判(こばん)の木で、木をたたくと小判がふってくるはずだ。それっ、トントン」 するとタヌキは、全財産(ぜんざいさん)の小判を三まい、さかなうりの頭の上におとしました。「よしよし。では、もうひとつ、トントン」 さかなうりが、ふたたび木をたたきましたが、タヌキはさっき、全財産をつかってしまったので、もう、なにもおとすことができません。「・・・しかたない。こんなところか」 さかなうりは、キセル(→詳細)にタバコをつめて一ぷくすると、そのすいがらを、まつのみきにできているくぼみに、プイッとなげ入れました。 こうして、二ふく、三ぷく、すいがらをなげ入れていくと、モクモクと、まつの木からけむりがたちのぼってきました。 タヌキはジッとがまんしていましたが、いつまでもがまんしきれるものではありません。「アチッ、アチチチチ・・・」 まつの木は、みるみる小さくなったかとおもうと、「こりゃあたまらん。アチチチチ・・・」 全財産をとられたうえに、おしりにやけどをしたタヌキは、なきながらどこかへいってしまいました。

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4 むこのひとつおぼえ むかしむかし、ある山おくの村に、せけんのことをよくしらない男がいて、めでたく嫁さんをもらいました。 しばらくすると、嫁さんの家から、「ごちそうしたいから、遊びにきなさい」と、たよりをもらいました。 男がいくと、嫁さんの家のひとたちがもてなしてくれたあげく、みやげにお金をたくさんくれました。 でも、男はお金をみるのが初めてで、つかったことがありません。 ふところに入れて帰っていくと、とちゅうの沼に、たくさんのカモ(→詳細)がいました。「あのカモをみやげにしてやろう」 男はカモを取ろうと、ふところのお金を、石のかわりに投げつけましたが、いくら投げてもあたりません。 お金をみんななくして、手ぶらで帰っていきました。 男が家の嫁さんに、このことをはなすと、「そういう大事なものをもらったら、さいふに入れて、しっかりもちかえるものだ」と、おしえました。 しばらくたったある日、男が嫁さんの家にいくと、「大事なウマを、一とうやろう」 げんきのいいウマをくれました。 男は、とちゅうまでウマをひいてくると、「そうだ、大事なものは、さいふに入れろといわれたっけ」 ウマの頭に、さいふをかぶせて、おしこめようとしました。 ウマはいやがって、いうことをききません。 男がはらをたてて、ウマのおしりをドンとたたくと、ウマは死んでしまいました。 このはなしをきいた嫁さんは、「そういうものをもらったら、首になわをつけて、はいどう、はいどうと、ひいてくるもんだ」と、おしえました。 その次に、男がいくと、「今度は、茶がまをもっていきなさい」 りっぱな茶がまをもらいました。 そこで男は、茶がまの首になわをかけて、ガラガラと、ひきずりながら帰ってきました。 家にたどりついてみると、茶がまはそこがぬけてしまって、つかいものになりません。 嫁さんはこれをみて、「そういうものをもらったら、こわれんよう、大事に手にさげてこねば」と、おしえました。 その次に、男がいくと、「今度は、お手伝いのむすめをやろう」と、いわれました。 男は、こんどこそしっぱいしないよう、むすめのおびをつかんで、手にさげようとしたところ、むすめはおこって、とっとと逃げてしまいました。 嫁さんは、そのはなしをきくと、「そういうときには、むすめのあとになり、先にたちして、おてんきのはなしでもしながら、ゴキゲンを取りつつ、つれてくるもんだ」と、おしえました。 その次に、男がいくと、「今度は、びょうぶをもっていきなさい」 りっぱな金びょうぶをくれました。 男はびょうぶのあとになったり、先にたったりして、ゴキゲンを取りながら、「今日は、いいてんきだなあ」 びょうぶにはなしかけるのですが、びょうぶはついてくるけはいがありません。 男はびょうぶをのはらにおいたまま、家に帰っていきました。 嫁さんは、そのはなしをきくと、「そういうときには、かついでくるもんだ」と、おしえました。 その次にまた、男がいくと、「今度は、よくはたらくウシをやろう」 りっぱなウシをくれました。 男は、今度という今度は失敗しないよう、ウシの腹の下にもぐって、ウシをかつぎ上げようとしました。 するとウシがおこって、男におそいかかりました。「たっ、たすけてくれー!」 男は命からがら、家に逃げかえりました。 嫁さんの家には、それっきり、いかなくなったということです。

5 こまったむすこ むかしむかし、あるところに、せけんしらずの、こまったむすこがおりました。 あるとき、むすこがにわの木にのぼっていると、おそうしきのぎょうれつがとおりました。 むすこはそれを、木の上からながめています。 すると親が飛んできて、むすこをしかりつけました。「おそうしきの人たちがとおるときには、木からおりて、なむあみだぶつとおがむものだ」 さて次の日。 むすこが木にのぼっていると、今度は、お嫁入りのぎょうれつがとおりました。 むすこは木からおりて、「なむあみだぶつ」と、おがみました。 するとまた、これを親がみつけて、「お嫁入りのぎょうれつのときには、おめでたいうたのひとつもうたうものじゃ!」と、しかりつけました。 また次の日。 むすこがまちへいくと、火事があって、おおぜいさわいでいます。 むすこはみんながさわいでいるので、これはおめでたいことだろうとおもって、おめでたいうたをうたいました。 すると、「ここは火事場だぞ。おめでたいうたなどうたうもんでねえ! 家をなくした人のみにもなってみろ」 こっぴどくしかられて、ぼうでたたかれてしまいました。 うちに帰って、むすこがわけをはなすと、「そういうときには、水の一ぱいもかけてやるもんだ」と、またまた、親にしかりつけられました。 またまた次の日。 むすこがまちへいくと、かじやがまっ赤に火をおこして、鉄(てつ)をとかしていました。 むすこは火事かとおもって、水をぶっかけました。「このやろう、なにするだ!」 かじやはおこって、おいかけてきました。 むすこがにげかえって、親にわけをはなすと、「そういうときは、たたいて、手伝うもんだ」 またまた、しかりつけられました。 さらに次の日。 むすこがまちへいくと、よっぱらいとよっぱらいが、ぼうをふりあげて、けんかをしていました。 むすこはふたりが仕事をしているものとおもって、ぼうをふりあげ、よっぱらいをたたいたところ、ぎゃくにさんざんたたかれて、こぶだらけです。 むすこがうちに帰って、わけをはなすと、「けんかをみたら、とめるもんだ」 またまた、しかられました。 そのまた次の日。 むすこがまちへいこうとすると、とちゅうで、ウシとウシがけんかをしていました。「よし、今度こそ、ほめられよう」 むすこはウシとウシの間に入って、けんめいにとめようとしましたが、ウシのツノでつかれて、大けがをしたということです。

6 おとうふ下さい むかしむかし、あるお寺に、わすれん坊の小僧がいました。 ある日のこと、和尚(おしょう→詳細)さんが「おとうふを買ってこい」と、小僧にいってから、こうつけくわえました。「おまえはわすれん坊だから、

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『おとうふ、おとうふ』と、いいながら買いにいくといい」「わかりました。おとうふですね」 小僧さんは和尚さんにいわれたとおり、「おとうふ、おとうふ」と、いいながら道を歩いていきました。 ところが、とちゅうに小さな川があったので、小僧さんは、「どっこうしょ」と、いって、川を飛びこえました。 そのとたん、小僧さんの言葉が、「どっこうしょ、どっこうしょ」に、かわってしまいました。 おとうふ屋さんにつくと、小僧さんはいいました。「どっこうしょ、ください」「・・・・・・?」 おとうふ屋さんは首をひねりました。 いくら考えても、おとうふ屋さんにどっこうしょは売っていません。「お寺に帰って、もう一度きいておいで」 小僧さんはしかたなく、お寺に戻っていきました。

7 くらいふしあな むかしむかし、ある村に、人をだましてわるさをする、いたずらダヌキがいました。「おれもばかされて、べんとうをとられた」「おれは、まぐそ(ウマのウンコ)のまんじゅうをくわされたぞ」 そんなうわさがひろがると、村でいちばんちからじまんの男が、「ばかされるやつがまぬけなんだよ。おれは、ぜったいばかされん。そんなタヌキなどはつかまえて、こらしめてやる」と、タヌキの出る野原へでかけていきました。 すると、草のかげでタヌキが頭に葉っぱをのせて、ドロンと娘にばけているではありませんか。「ははん。ひとにわるさをするタヌキは、こいつだな」 男があとをつけていくと、タヌキのばけた娘は町にやってきて、お酒屋さんに入りました。「酒屋か。ひるまから人をだまして、酒を手に入れるつもりだな」 男はお酒屋さんの入り口に、ふしあながあるのを見つけると、そこから中をのぞきこみました。「なんだ、ずいぶんとくらい店だな。まっくらで、なにもみえやしないぞ」 男がなおも、ふしあなに顔を近づけると、「ああ、あぶない、あぶない!」 大きなこえで、ちゅういするひとがいました。「なにがあぶないもんか。もうすぐ、いたずらダヌキをつかまえてやる」 男がそういったとたん。 ウマのうしろ足で、ポカーンと、けとばされてしまいました。 と、いうのも、男がふしあなだと思ってのぞいていたのは、野原で草をたべていた、うまのおしりの穴だったからです。「おう、いててて・・・。やられたわい」 タヌキにばかされた男は、すごすご、かえっていきました。

8 タコとり長兵衛 むかしむかし、あるところに、まい日タコをとり、それを売ってくらしている、タコとり長兵衛(ちょうべえ)という男がいました。 ある日、ずっと遠くのにぎやかな町まで、タコ売りにいったところ、大きな家の前に『おれの家のむすめをもらいたいとおもう人は、だれでもなかに入ってこい』という、かんばんを見つけました。 長兵衛は、「おれのようなものがいっても、あいてになってくれるだろうか?」と、思いましたが、そのまま入っていきました。「あの、かんばんをみて、まいりました」 すると、おくから番頭(ばんとう→詳細)がでてきて、「おまえは、なんていう名前の人だ?」「おれは、あしのくらの千軒町(せんげんちょう)からきた、タコとり長兵衛というもの。そこは、ねていて朝日夕日をおがむにいいところだ」「それは、たいしたところだなあ」と、おくにとりついでくれました。 親たちはそれをきいて、むすめをよび、「ずいぶん遠いところのようだが、おまえはどうするつもりかな」と、ききました。 すると、いつもへんじをしなかったむすめが、「いくことにする」と、いったのです。 長兵衛はよろこんで、「いついつかの、いつごろむかえにくるから」と、やくそくして、その日はかえっていきました。 いよいよその日になりましたが、長兵衛からは、なんのたよりもありません。 父はしかたなく、むすめと荷物を車にのせ、みんなで海ぞいの道を歩いていきました。 そして、道とおる人に、「あしのくらの千軒町は、ここからなんぼぐらいあるべか」と、ききました。「そこは、ここからまだ三里も四里(一里は、約四キロメートル)もあって、なんにもないたいへんなところだ、もどったほうがよい」 むすめをおくってきた人たちは、それをきいて、「そんなに遠いところまで、いっしょについていかれねえ。おまえももどったほうがよい」と、いいましたが、むすめは、「おれはいくとけっしんして、へんじをしてしまったから、ひとりでもいく」と、いって、おくってきた人たちと、わかれることにしました。 そして、たずねたずねして、やっと夜になってつきました。 そこは千軒町といっても、海べに家は一けんしかありません。 その家も、四方のかべもないあばら家です。 たしかにこれなら、ねていて朝日夕日をおがむにいいわけです。 長兵衛は、「よくきてくれたなあ。こういう遠いところだから、とてもきてもらえないとおもっていた。むかえにもでなくて、すまなかった」と、いって、たいそうよろこびました。 こうしてむすめは、長兵衛のあねちゃ(→奥さん)になりました。 嫁をもらった長兵衛は、いっそうタコとりにせいだして、町に売りに歩きました。 ある日、近くの町にいってみると、大きいあき家に、《この家を買う人があれば、三十文(千円ほど)で売る》と、たてふだがたっていました。 長兵衛は心のなかで、「こりゃあやすい」とおもいましたが、とおりがかりの人が、「この家は、ばけものやしきだよ」と、教えてくれたので、そのまま家にもどってきました。「町に三十文で売るという、大きな家があったども、ばけものやしきだというし、三十文の銭こもねくて、買えねかった。ざんねんだなあ」 それきいたあねちゃは、「ばけものやしきだって、なんもおっかなくねえもんだ。おらのさいふに三十文の銭こはあるから、今からいって買ってこい」と、いって、おくから三十文を持ってきました。 そして、二人はその大きい家にひっこしたのです。 長兵衛はまい日、朝早くからタコとりにいくので、まい日あねちゃは、大きな家でるすばんをして、はり仕事をしていました。 ある日、とつぜんおくざしきのほうから、 ドンドン、ドンドンと、ゆか板ならして、六尺(百八十センチ)の坊主があねちゃの前に、でんとたちふさがりました。 さすがのあねちゃもビッ

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クリして、ブルブルふるえていましたが、だまって知らないふりをして、はり仕事をつづけました。 すると、しばらくして、 ドンドン、ドンドン!と、どこかにいってしまいました。 でも、またすぐ、 ドンドン、ドンドンと、音がして、こんどは三つ目の坊主が出てきて、あねちゃをジッと見つめています。 あねちゃは目をつぶって、知らないふりをしていたら、やがてそれも、 ドンドンと、行ってしまいました。 あねちゃがホッとしているところに、また、おくのほうから、パタパタと足音がして、こんどは年とったおばあさんが、赤い手ぬぐいをかぶってでてきました。 そのおばあさんは、あねちゃのそばにベッタリとくっついて、「あねちゃ、おれたちはばけものではねえんだよ。じつは金の精だ。この家のなかにある金をわたしたくて、今までになんどもなんどもでてきたが、ひっこしてきた人たちは、みなにげていってしまった。おまえにその金をみなわたすから、おれについてこい」と、いって、おくのざしきにつれていきました。 そこであねちゃが、おばあさんにいわれてゆか板をはがすと、大きなかめがでてきました。 おばあさんが、「ふたをとってみれ」と、いうので、ふたをとってみたら、なかにはピカピカひかる小判がいっぱい入っていました。「なんとまあ!」 あねちゃがビックリしているまに、おばあさんは、いなくなっていました。 タコをとってかえってきた長兵衛は、小判のいっぱい入ったかめをみて大よろこび。 二人は大金持になり、それから一生なかよく楽しくくらしたということです。

9 化け上手 むかしむかし、あるところに、人を化(ば)かすタヌキが山にいて、とうげをこえる人がこまっていました。 あるとき、どきょうのある商人がウマに荷物をたくさんつんで、この山にさしかかりました。「しめしめ、よいものがきた」 タヌキは喜んで、若い娘に化けました。 えっちらほっちらと、山を登ってきた商人は、娘を見てあやしみました。「おかしいな、こんな山に娘が一人で。ははーん。こいつがいたすらタヌキじゃな。よし、ひとつこらしめてやれ」 そう思い、商人はそしらぬ顔で近づいて行きました。 そして、「こらこらタヌキ、そんな下手くそな化け方じゃ、すぐにバレてしまうわい。わしはとなりの森のキツネじゃが、ほれ、よう化けとるじゃろうが」 タヌキはビックリして、商人を見ました。(なるほど、ウマから荷物まで本物そっくりじゃ。こりゃ、わしの負けじゃ)タヌキは商人に手をついて頭を下げると、「キツネどん、わしにひとつ、その化け方を教えてもらえんじゃろうか」と、たのんだのです。「ええとも、ええとも。簡単じゃ。この化け袋さ入って呪文(じゅもん)をとなえたら、すぐに上手になれるだ」 そう言いながら、からっぽの袋の口を開けました。「それだけでええのか?」と、言いながらタヌキがその中へ入ると、商人はすぐに口をしっかりむすんで、「ちいとばかし、ガマンするのじゃぞ、すぐに呪文さとなえて出してやるからな」 そして家へ帰ると、そのタヌキでタヌキ汁をこしらえて、家族みんなでフーフー言いながら、食べてしまいました。

10 たのまれたてがみ むかしむかし、ある男が、大きな沼(ぬま)のそばをとおると、沼のなかからきれいなむすめがでてきて、「ちょっと、おねがいがあるのですが」と、男をよびとめました。「このさきのほうに、もうひとつ沼がありますから、そこへいって、タンタンと手をうつと、わかものがでてきます。そのわかものに、このてがみをわたしてください」「ああ、いいとも」 男はこころよくひきうけて、もうひとつの沼のほうへあるいていくと、とちゅうに茶店がありました。 男は茶店の主人と、むかしからの顔なじみです。「のどかわいたから、お茶を一ぱいくれ」 男が茶店にこしをおろすと、「これから、どこさいくつもりだね」と、主人がききました。 そこで、男がわけをはなすと、主人はくびをひねりました。「沼のむすめに、てがみをたのまれただって。へんなことがあるものだ。ちょっとみせろや」 男があずかったてがみをひろげると、そこにはなんと、《この男は、うまそうなむらさきいろのしりをしている。とって、くうべし》と、おそろしいことが、かかれていました。「おそろしいことだ。しらずにてがみをとどけたら、くわれるところだったぞ。・・・うん。まてよ。・・・よし、わしに、いいかんがえがある」 茶店の主人は、ふでをとると、《この男には世話になった。小判をとらせてやるべし》と、てがみをかきかえて、男にもたせました。 男がとなりの沼へいって、タンタンと手をたたくと、むすめがいったとおり、沼のなかからわかものがでてきました。 わかものは、てがみをうけとると、「そうか、わかった。少し待っていろ」 沼にもぐると、手にふくろを持ってあらわれ、「これを、もってゆけ」 そのふくろを差しだしました。 中を開けてみると、小判がたくさん入っています。 男はそれを茶店の主人とわけあい、ふたりはお金持ちになりました。

11 鳥のみじいさん むかしむかし、やさしいお百姓(ひゃくしょう→詳細)のおじいさんがいました。 おじいさんは、たいそうおもちが好きでしたから、毎日毎日おばあさんのつくってくれたおもちを持って、畑へ出かけていきました。 きょうもお昼になったので、おじいさんは木の下にすわって、うれしそうにおもちの包みを開きました。「おいしそう。それでは、いただきますよ」 おじいさんが、ちょうど半分ほど食ベたとき、チュンチュンチュンと、小さな鳥がおりてきて、♪チチンピヨドリ あのもち食ベたや チチランポ。♪ごしょのさかずき チチランポ。と、歌いだしました。「ほうほう、おまえは、おもちがほしいのか。さあさあ、お食ベ、お食ベ」 おじいさんが、おもちを二つやると、鳥はペロリと食ベてから、♪チチンピヨドリ も一つ食ベたや チチランポ。♪ごしよのさかずき チチランポ。「よしよし、おなかがすいているのだね」 食べても食ベてもほし

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がるので、おじいさんは大好きなおもちを、とうとう全部、鳥にやってしまいました。 それでも鳥は、♪チチンピヨドリ おもち食ベたや チチランポ。♪ごしょのさかずき チチランポ。「おやおや、これは困った。もうないんだよ。でも、そんなにおもちが食べたけりゃ、わたしのおなかの中に入ってお食べ」「それじゃ、おじいさん、口をあけてくださいな」「よしよし、これでいいかな」 おじいさんが口をあけると、鳥はチュンチュンチュンと、おなかの中に入っていきました。 しばらくすると、おじいさんのおなかの中で、♪チチンピヨドリ うまかった。♪ごしょのさかずき チチランポ。と、鳥が歌いだしたのです。「おやおや、わたしのおなかの中で歌っておるわい。帰って、ばあさまにも聞かせてやろう」 おじいさんが家に帰って、おばあさんに鳥の歌を聞かせると、おばあさんも大喜びです。 そのうち、村の人がつぎからつぎヘと聞きにきて、おじいさんの家は大にぎわい。 やがて、このことが殿さまの耳にも入りました。 おじいさんはお城に呼ばれて、殿さまに鳥の歌を聞かせることになりました。「おなかの中で鳥が歌うとは、そのほうか」「はい、お殿さま」「これは珍しい。わしにも、ひとつ聞かせてくれ」「はい、かしこまりました」 すると、おじいさんのおなかの中で、♪チチンピヨドリ おいしいおもち。♪ごしょのさかずき チチランポ。 鳥が、かわいい声で歌い出しました。 殿さまは大喜びです。 おじいさんは、たくさんのほうびをもらいました。

12 キツネのさいなん 江戸の王子村(おうじむら→いまの北区王子)に、ゆうめいなおいなりさんがありました。 おいなりさんには、おおぜいのおまいりの人たちがやってきますので、おみやげ屋も料理屋も、大はんじょうしていました。「おれも、王子いなりにおまいりして、ごりやくをさずかろう」 あるとき、ちょうしのいい男が、王子村へやってきました。 おいなりさんのちかくのたけやぶをとおりかかると、一ぴきのキツネが、たちまちきれいなむすめにばけて、おいなりさんのほうへあるいていきます。 おまいりの人をだまして、ごちそうにありつくつもりでしょう。 男はむすめのあとをつけていって、「よう、おたまちゃん。あんたもおまいりかい。いっしょにいこうじゃないか」と、なれなれしく、みちづれになりました。 おまいりがすむと、男はむすめと料理屋にあがりこんで、酒や料理をたのみました。「さ、きょうはおれのおごりだ。えんりょなく、やっておくれ」 男がドンドン酒をすすめると、むすめにばけたキツネは、ついのみすぎて、ねこんでしまいました。 男はなおも飲み食いしたあげく、おみやげまで買うと、「代金は、つれのむすめにあずけてある。いまはねているから、あとでもらってくれ」と、いって、さっさとかえってしまいました。 さて、しばらくたってもむすめがおりてこないので、みせの人がざしきをのぞいてみると、むすめがしっぽを出して、ねているではありませんか。「この、ばけギツネめ!」 みせの人たちにおいまわされて、人にだまされたキツネは、いのちからがら、たけやぶへにげかえりました。

13 キセルおさめ むかし、江戸いちばんの大きなキセル屋へ、お城から使いの者がとんできました。「キセルを三千本。あすの朝までに、かならずおさめるように」と、いう注文です。 さあ、たいへん。 いくら大きなキセル屋でも、一日で三千本をおさめるのは、よういなことではありません。 家じゅうの者はもちろん、しろうとまでやとって手つだわせ、夜も寝ずに、なんとか、らお(キセルの火皿と吸口とを接続する竹管のこと)三千本に、がん首、吸い口を取り付けて、ホッとしたとき、 コケコッコー!「それ、朝が来たぞ!」 主人は、番頭(ばんとう→詳細)たちに荷物をせおわせ、いそいでお城へおさめに行きました。が、とちゅうで、「しまった!」 ふと気がついて、まっ青になりました。「キセル三千本はできたが、らおのふしをぬいてなかったわい!」 らおは、竹でできています。 竹のふしをぬかなくては、息がとおりませんから、タバコがすえるわけがありません。「すえぬキセルをおさめたのではな。といって、やくそくどおりにおさめねば、こっちの首がとぶかもしれぬ。・・・ええい、ままよ。そのときは、そのときのこと」 キセル屋はかくごをきめて、三千本のつまったキセルを、そのままお城にとどけました。 お城につくと、役人が受けとりに出てきました。 その顔を見て、主人はドキッとしました。 役人たちの中でも、この役人は、こまかいことまでよくしらベる、商人いじめのうるさい役人です。 キセル屋は、あぶら汗をながし、ヒヤヒヤしながら見ていました。 役人は、まずキセルのかずをじぶんでしらベて、「よし。三千本、まちがいなし」 こんどは、らおに息もれがないかと、わざわざ一本一本とりあげて、がん首ヘおやゆびをおしあて、プッとふいてみては、「よし」 ふいてみては、「よし」と、三千本を、みんなじぶんでしらべました。 そして、「よくぞ、まにあわせた。キセル三千本、たしかに受けとりもうした」と、いって、ひっこみました。 キセル屋は、ひや汗をふき、走るように家にかえってきたということです。

14 鬼退治 むかしむかし、旅人が薄暗い森の中を歩いていると、急に、 ガサガサ、ゴソゴソと、音がして、大きな金棒を持った鬼が出てきたのです。「ガハハハハ、ちょうど腹が減ったところだ。うまそうな人間じゃわい」 鬼は大きな手でヒョイと旅人をつまみあげると、アングリと大きな口を開けました。 旅人は、ジタバタと暴れながら言いました。「ま、待ってくれ! どうか、命だけはお助けを!」「いいや、待てねえ。わしは腹が減っているんだ。どうしても、おめえを食うぞ」 旅人は、もう駄目だと思いましたが、その時、ふと名案が浮かびました。「鬼さん、鬼さん。それでは、食われる前に一つだけ聞かせてくれ。鬼さんはどんな物にでも

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化けられと聞くが、雲をつくような大きなクマにはなれるのか?」「ガハハハハ、そんな物、お安いご用じゃ、よおっく、見とれよ」 そう言うと鬼は、見る見るうちに、とても大きなクマになってキバをむきました。「わかった、わかった。これはすごい。だけど、いくら鬼さんでも、豆粒みたいに小さな物にはなれないだろうな」「なにを! このわしに化けられない物はない!」 鬼はそう言うと、大きなクマから、スルスルスルと小さくなっていき、小さな豆粒になってしまいました。「どうだ! 驚いたか!」 すると旅人は、ニッコリ笑って、「おおっ、さすがは鬼さん。大した物だ。では、ごちそうさま」と、鬼が化けた豆粒をヒョイとつまみ上げると、それをポイと口に入れて、ポリポリと食べてしまいました。

15 みそさざいは鳥の大将 むかしむかし、まんまる山という山の中で、鳥たちが集まって、にぎやかに大えんかいしていました。 そこで、烏たちはこんな話をしています。「のう、みんな。鳥たちのなかで、いったいだれが大将かのう?」「鳥の大将か? そりゃあやっぱり、タカさまでねえか」「うん、タカさまが、いちばん強い」「空を飛べばいちばんはやいし、ねらったえものはぜったいのがさない」「そうだ、鳥の大将はタカさまだ」 みんながうなずきあっていると、鳥のなかでいちばん小さなみそさざい(→スズメ目ミソサザイ科の鳥で、翼長は約5センチ)が、酒によったいきおいで、ついこんなことをいってしまったのです。「鳥の大将はタカだって? とんでもない。大将はこのおれさまだい! タカが強いだって? からだがでっけえだけで、頭はカラッポさ」 ほかの鳥たちのおどろいたのなんの。「これこれ、そんなしつれいなことをいってはいかん」「だってほんとうだもの。どうじゃ、タカ。おらとおめえとどっちがつええか勝負してみるか?」 はじめは相手にしなかったタカも、みそさざいがあんまりしつこいので、だまっていられなくなりました。「みそさざいよ、そこまでいうのなら、ひとつためしてみよう。勝負は山のイノシシをやっつけることだ。イノシシをやっつけてこそ、鳥の大将といえる」「いいとも、やってやろうじゃないか」 ほかの鳥たちは、あきれていいました。「タカさまも、みそさざいさんも、そんなばかなこと、おやめなさいよ」 するとみそさざいは、「おめえ、おらが負けると思って、やめろなんていうのか? おらあ、タカなんかに負けねえぞ!」「よし! きまった。あした、三角山のてっぺんに、おてんとさまがのぼったらはじめることにしよう」 さて、朝になって目がさめると、みそさざいは青くなりました。「どうしよう。酒によったいきおいとはいえ、とんでもないことを言ってしまった」 なんとかあやまろうと、タカのところへいったのですが、「おや、みそさざい。早いじゃないか。さあ、きのうのやくそくを守ってもらおうか。ほれ、ちょうどイノシシがやってきた。おまえからいけ!」 もう、あとにはひけません。 みそさざいは死んだ気になって、イノシシめがけてとびかかりました。 でも、イノシシはビクともしません。 ぎゃくに、イノシシがみそさざいにとびかかってきたのです。 みそさざいは逃げましたが、おいついてきたイノシシの鼻の穴の中にスッポリ。 さあ、おどろいたのはイノシシです。「く、苦しい~っ!」 イノシシは、あちらこちら走りまわり、とうとう木にぶつかって、 ドシーン! 目をまわしてしまいました。 タカやほかの鳥たちが、みそさざいのようすを見にいくと、なんということでしょう。 みそさざいが、のびたイノシシを前に、とくいそうにむねをはっているのです。「どうです! さあ、こんどはタカさんのばんですよ」「ようし、おまえがイノシシ一頭なら、おれは二頭やっつけてやる」 タカはヒラリとまいあがると、二頭のイノシシにむかっていきました。「鳥の大将は、このおれさまだ!」 タカは、ならんで走る二頭のイノシシにまたがり、二頭を連れ去ろうとしました。 そのとたん、二頭のイノシシが左右に分かれたからたいへんです。 タカは、まっぷたつにひきさかれてしまいました。 鳥たちはあっけにとられ、それからわっとかんせいをあげました。「みそさざいの勝ちだ!」「鳥の大将は、みそさざいだ!」 それからです。 烏のなかでいちばん小さなみそさざいが、鳥の大将といわれるようになったのは。

16 キツネのしかえし むかしむかし、ある村に、げんたという、わかいおひゃくしょうがいました。 ある日、畑しごとがおそくなり、山道をひとりでかえっていくと、とつぜん目のまえに、月のひかりをあびたうつくしいむすめさんがあらわれて、「こんばんは、げんたさん」と、スズをころがすようなやさしい声で話しかけ、ニコニコとほほえんでいます。(こんなところにむすめさんがいるはずはない。きっとキツネが、わたしをだまそうとしているのだ) げんたはそう思って、むすめさんの手をグイッとつかみました。 そしてよく見ますと、やっぱり手には、バサバサと毛がはえていました。 キツネとわかってしまえば、もうこわくはありません。「やい、キツネ! こんなことで、おれをばかせると思うのか。もう二どといたずらができないようにしてやろう」と、げんたはいいました。 するとむすめは、「コーン、コーン。どうか、ゆるしてくださいませ」と、ないてあやまりました。 そこでげんたは、コツンと、げんこつでむすめのあたまをたたいてからはなしてやりますと、白いキツネのすがたになって、林の中へにげていきました。 それからいく日かたったあるばん。 げんたが友だちの家へいってのかえり道です。 川にそって夜道をテクテクあるいて、いつもわたっているはしのところまでやってきました。「うん? ・・・あれ?」 げんたは、目をパチクリさせました。 いつもは一つだけのはしが、こんやは二つもあります。 ビックリしてよく見なおしますと、こんどは三つのはしになりました。 そっくりおなじはしが、三つもならんでいるのです。「はて、どのはしをわたればいいのかな?」 げんたは三つのうちのまん中のはしへ、そっと足をかけました。 そして、ソロリ、ソロリと、あるきますと、「あっ!」 そのはしはたちまちきえて、げんたはドボーンと川の中へおちてしまいました。 そのとき、

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「コーン、コーン」と、おかしそうにキツネのわらい声がしました。 このあいだげんたに見やぶられたむすめのキツネと、そのなかまたちのしかえしだったのです。

17 空飛ぶ米俵 むかしむかし、とても欲ばりな長者(ちょうじゃ)がいました。 長者の家の蔵(くら)の中には、村人たちをだまして取り上げた米俵(こめだわら)が、いっぱいつみあげています。 おかげで村の人たちは、お米がなくなって大変こまっておりましたが、長者がこわくて、だれも文句が言えません。 ある日、長者の前に、どこからか鉄の鉢(はち)がまいおりてきて、ピタッと止まりました。「ははあん、こいつが、うわさの鉢だな。あっちこっちへ飛んでいっては、お米を入れてくれと、ねだりよるそうだが・・・」 長者どんは、「あつかましい鉢め、飛んでいけ!」と、鉢をけとばしました。 すると、鉢は蔵の方ヘ、コロコロころがっていき、蔵の下へもぐりこんだかと思うと、蔵をグラグラと持ちあげて、グングン空へあがっていきます。「こらあ、待てえ、待ってくれえ!」 長者は、必死で追いかけました。 やがて蔵は、高い山の上に、ピタッとおりたちました。「わあ、あんな所へおりやがったわ」 長者は、えっちら、おっちら、山をよじ登っていきます。 やっと山のてっペんにたどりつくと、そこにひとりの和尚(おしょう)さんが、ニコニコしながら待っていました。「わしは、この山で修業(しゅぎょう)をしておるのじゃが、仏さまをお祭りするお堂がのうてな。ちょうどよかった。この蔵をおいていきなされ」「やいやい、この米俵は、わしの物じゃ。返せ、返しやがれ!」「いやいや、わしは蔵だけあればよろしいのじゃ。中の米俵は持ってお帰り」「こんな山から、どうして米俵を運ベるものか! はやく、持ち主であるわしの家にはこぶんだ!」「うむ、持ち主の家にはこべばいいのだな?」「そうだ、はやくしろ!」「承知した」 和尚さんは、そばにいた鉢に向かって声をかけました。「さあ、米俵を持ち主のところに運んでおやり」 鉢は、一俵の米俵をひょいと持ちあげました。「あれあれ、あれえ?」 なんと、その米俵を先頭に、つぎからつぎへと米俵が飛びはじめたのです。 米俵の列は、元きた空をグングン飛んでいきます。「わあ、待ってくれえ!」 やっと長者の屋敷まで、もう少しの所まで戻ってきた米俵のむれが、突然、バラバラにちらばって、村の家々に落ちていきました。「わあ、お米だ! お米だ!」 村の人たちは大喜びです。 米俵は本来の持ち主である、村人たちの手に戻ったのでした。 それからというもの、長者どんはお米をひとりじめすることもなくなり、あの山の上のお寺には、お参りする人たちがたえなかったそうです。

18 ウリぬすびと むかしむかし、「かじゃどん」という、ウリづくりの名人がおりました。 ことしもまた、たいへんよくできて、どれも大きく形もいいし、色つやも上じょうです。 おまけに、そのおいしさときたら、ほっペたもおちそうなほどです。「いやあ、これはありがたい」と、大よろこびしていましたが、さあたいヘん。 だれかが、まい夜まい夜、かじゃどんの畑にしのびこんで、だいじなウリをぬすんでいきます。 それも、えらびにえらんで、よくうれた大きなやつばかりを。「さても、さても、にくいやつじゃ。せっかくのウリを、こうつぎつぎと、とられてはかなわん」と、見張り小屋をつくって見張っていましたが、あくる朝にしらベてみると、また、ぬすまれています。 キツネやタヌキのしわざではありません。「これは、たしかに人の足あとじゃ。なんとか、ひとくふうせにゃならん。えーと、えーと」 かじゃどんは、あれやこれやと考えたあげく、「おお、そうじゃ。あいてが人ならば、それがよかろう」 ニコッと笑って、さっそく仕事にとりかかりました。 まず、じぶんのせたけほどもある、大きなわら人形をこしらえて、それに服をきせ、あたまにかさをかぶせると、ウリ畑へかついでいって、たてました。「うん、これでよし。かかしどの、畑の番をたのみますぞ」と、かかしにたのんで、帰っていきました。 これを見た村のしゅうは、「スズメやカラスじゃあるまいし。人間がぬすむというに、かかしに番をさせてなんになろう」「ウリぬすっとがやってきても、ポカンと見ておるのが、せきの山というもんじゃ」「かじゃどんは、ちえ者と思うたが、むだなことをするもんじゃ。あはは」「あはは」と、あっちでもこっちでも大わらい。 ところが、かじゃどんのほうは、「ありがたや。村のしゅうがわろうてくれたおかげで、こんやはうまくいくぞ」と、ホクホク顔です。 そうこうするうちに、夜になりました。 夜もだんだんふけてきて、空には星ひとつありません。 どろぼうには、もってこいの夜です。 思ったとおり、夜中になると、黒いかげがあらわれました。 ソロリ、ソロリと、四つんばいで、かじゃどんの畑の中にしのびこむと、「なるほど、これは村のしゅうのいうとおりじゃ。たしか、かかしのたっておるこのあたりが、とくベつウリがようなっておる。なんとも、よいにおいじゃ、うまいにおいじゃ。ウヒヒヒヒッ」と、手さぐりで一つとって味見していると、いきなり、せなかをポカリ!「なっ、なんじゃあ?」 あたりをキョロキョロ見ていると、こんどはおしりをポカリ! たたかれた後ろを見てみると、なんとかかしが動いています。 そして、そのかかしが、いきなりゲラゲラと笑い出しました。「お、お、おばけっ!」 どろぼうは、あわてて逃げだしましたが、ウリにつまずいて、スッテンコロリン。「やい。おらが畑のウリぬすっとめ!」 かかしは、あっというまにどろぼうをつかまえました。 そしてかかしは大声で、「おーい、村のしゅう。つかまえたぞー!」 わめきたてると、あっちからもこっちからも、村のしゅうが走ってきました。「おお、かじゃどん。ウリぬすっとをつかまえたか」「なあに、かかしどんがつかまえたのじゃ」 いわれて、村のしゅうはビックリ。「なるほど、おまえは、かかしのかじゃどんじゃ」「そうじゃ、暗うなってからは、わしが、かかしになっておったのじゃ。アハハハハッ」「アハハハハッ」 かじゃどんも村のしゅうも、

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大笑いしました。

19 かくれ蓑(みの) 桃太郎が鬼ヶ島から持ち帰った宝物の中に、かくれ蓑(みの)というものがありました。 このかくれ蓑は、見かけはボロボロで汚れていますが、それを着るとたちまち体が消えて見えなくなってしまうという不思議な宝物です。 ある晩の事、一人の泥棒が桃太郎の家へ忍び込み、かくれ蓑を盗み出しました。「やった、やった。こいつさえあれば、なんでも盗み放題だぞ」 その日から泥棒の仕事は、おもしろいほどにはかどります。 何しろかくれ蓑を着ているおかげで、誰にも見つかることがないのですから。 ところがある日、泥棒の留守に納屋でかくれ蓑を見つけた泥棒のおばあさんは、「なんだ、この汚い物を大事にしまって」と、かくれ蓑を焼いてしまったのです。「ああっ、大切な商売道具が・・・」 帰ってきた泥棒は、がっかりです。 それでも、あきらめきれずにいろいろ考えた結果、裸になって体中にのりをつけて、かくれ蓑を焼いた灰の上をごろごろと転がってみました。 すると灰にも不思議な力が残っていて、体がすーっと見えなくなるではありませんか。「よし、これで最後の大仕事をしよう」 泥棒はそのまま、村一番の長者の屋敷へ忍び込みました。 屋敷の者たちは、目の前の物が次々に消えてなくなるのでびっくりです。「あっ、消えた! ああっ、また消えたぞ!」 泥棒は思わず、口元を手をさすってクスッと笑いました。 すると灰の取れた白い歯が、空中に現れたのです。「見ろ、歯の化け物だ!」 屋敷中が、大騒ぎになりました。(しまった! はやく逃げねば!) 泥棒はあわてて逃げ出しましたが、手をさすった時に手のひらの灰も取れたので、手のひらがヒラヒラと逃げて行く様子が誰の目にも明らかとなりました。「よし、あれを追うのだ!」 みんなは手のひらを目印に、どこまでも追ってきます。「はあ、はあ、はあ。何てしつこい奴らだ」 泥棒は逃げて逃げて、やがて全身に汗をかきました。 すると汗に体中の灰が落ちてしまい、盗人はすっ裸のみじめな姿で捕まったということです。

20 夕立ちをふらせたおじいさん むかしむかし、おじいさんが町で一匹のウナギを買ってきました。「たまにはウナギを食べて、せいをつけんとな」 ところがそのうなぎを料理しようとしたら、おじいさんの手からウナギがつるりと逃げ出したのです。「まっ、待て!」 おじいさんがウナギをつかむと、ウナギはまたつるり。 ウナギはつるりつるりと逃げていき、どんどん空をのぼっていきます。「ウナギめ、逃がさんぞ!」 おじいさんも負けじと、ウナギと一緒に空へのぼっていきました。 すると雲の上に広い野原があって、一軒の大きな家が建っていました。「ありゃ、ウナギを追いかけているうちに、天の国に来てしまった」 おじいさんが家の中をのぞいてみると、中から鬼が出て来ました。「お前、ここへ何しに来た!」「へい、実は・・・」 おじいさんは、ウナギを追いかけてここまで来た事を話しました。 すると鬼はにっこり笑って、おじいさんに言いました。「なるほど、それはちょうどいいところへ来てくれた。実はここは人手不足でな、悪いが二、三日ここにいて、わしの仕事を手伝ってくれ」「でっ、でも、わしは人を食うのは嫌じゃ」「あはははは。心配するな。わしは鬼ではなくて、かみなりだ。これから娘を連れて、雨を降らしに行く。この時期は毎日夕立ちを降らさなくてはいかんので、いそがしくて困っていたんだ。さあ、さっそく出かけよう」 かみなりは七つのたいこをかつぐと、娘に火打ち石を、おじいさんには水の入ったかめを渡して雲の車に乗りました。 しばらく行くと、おじいさんの住んでいる村が見えてきました。「今から夕立を降らせるのは、この村だ。娘が火打ち石を打ち、わしがたいこをたたくから、お前はそのかめの水をちょっぴり地上へまいてくれ」 かみなりが言うと、娘がさっそく火打ち石を打ちました。 すると稲妻が、ピカッと光りました。 次にかみなりが、たいこを叩きました。 するとゴロゴロゴロゴロと、ものすごい音がひびきわたりました。「さあ、じいさんの番だ」「よしきた」 おじいさんはかめの水を手ですくって、地上にぱっと投げました。 それはわずかな水でしたが、水は途中でどんどん増えていき、たちまち滝の雨になって地上に降りそそぎました。「ほう、こりゃあおもしろい」 おじいさんは調子にのって、どんどん水をまきました。 ひょいと下を見ると、近所のおかみさんたちが大あわてで洗濯物を取り入れています。 道を歩いていた人も、あわてて家の軒下にもぐります。「さて、ばあさんはどうしているかな?」 自分の家に目をやると、おばあさんはむしろに干した豆を急いでしまっているところでした。「し、しまった。ほれほればあさん、早く豆をしまわないと豆がだめになってしまうぞ!」 おじいさんは、思わず大声でどなりました。「ほれ、何をぐずぐずしている。早く早く、・・・あっ、転びおった」 おばあさんが転んで、むしろから豆が飛び散りました。「だからいつも、ちゃんと前を見ろと言っているだろう。ほれほれ、はやく豆をひろって!」 おじいさんが大声でわめいていると、誰かに頭をたたかれました。 ペシン!「あれ? ここはどこだ?」 なんと目の前には、おばあさんがこわい顔で立っていたのです。「おじいさん、何をねぼけているんですか! まったく、いい年してみっともない!」「へっ? ・・・今のは夢か」 昼寝をしていたおじいさんがあわてて飛び起きると、何とまわりはおしっこだらけです。「し、しまった。雨ではなくて、しょうべんを降らせていたのか」 おねしょをしてしまったおじいさんは、恥ずかしそうに頭をかきました。