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Kobe University Repository : Kernel タイトル Title 生産プロセスと原価計算 : 原価計算システムに対する影響要因の検討( 溝口一雄博士記念号)(Production Process and Cost Accounting (Mizoguchi Commemorative Issue)) 著者 Author(s) 宮本, 匡章 掲載誌・巻号・ページ Citation 国民経済雑誌,152(3):37-51 刊行日 Issue date 1985-09 資源タイプ Resource Type Departmental Bulletin Paper / 紀要論文 版区分 Resource Version publisher 権利 Rights DOI JaLCDOI 10.24546/00173492 URL http://www.lib.kobe-u.ac.jp/handle_kernel/00173492 PDF issue: 2020-10-04

Kobe University Repository : Kernel1 日本語で読める代表的な文献としては,次のものを挙げることができる。S.P.Garner,E v olution ofCostAccountingto 1925

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Kobe University Repository : Kernel

タイトルTit le

生産プロセスと原価計算 : 原価計算システムに対する影響要因の検討(溝口一雄博士記念号)(Product ion Process and Cost Account ing(Mizoguchi Commemorat ive Issue))

著者Author(s) 宮本, 匡章

掲載誌・巻号・ページCitat ion 国民経済雑誌,152(3):37-51

刊行日Issue date 1985-09

資源タイプResource Type Departmental Bullet in Paper / 紀要論文

版区分Resource Version publisher

権利Rights

DOI

JaLCDOI 10.24546/00173492

URL http://www.lib.kobe-u.ac.jp/handle_kernel/00173492

PDF issue: 2020-10-04

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生 産 プ ロセ ス と原 価 計 算

- 原価計算システムに対する影響要因の検討-

官 本 匡 章

Ⅰ まえかき- 問題の提起

原価計算が誕生 して以来,その問題意識,対象範囲,更に計算方法には,多1

くの研究が指摘 しているように,様々な展開がみられた。その原価計算の誕生

から,今 日の原価計算に至る全ての発展段階には,必ずその発展を促進するい

くつかのイソパクトないし要因が存在 していた。そのことと全 く同じレベルで

取 り扱 うことはできないものの,ある企業のある時点で設定される特定の原価

計算方法ないし原価の計算システム (以下では原価計算システムと呼ぶ)の導

入にも,その時代に共通する種々のインパク トと,若干のその企業固有の影響

要因とを認識することが出来るはずである。

とはいえ,ごく最近までの二 ・三十年間は,極めて抽象的に,その企業の生

産形態ないし生産プロセスと,経営管理の意識と能力ないし管理 レベルに依存

して,各社の原価計算システムが設定される,と解釈されるのが通常で,改め

て特別のインパク トないし影響要因に注意を払 うことは,殆 どなかったといっ

てよかった。

この一般的な解釈については,港 口一雄教授のベス トセ ラ- とな った 『最2

新 ・例解原価計算』での明快な説明を参照 してほしい。

1 日本語で読める代表的な文献としては,次のものを挙げることができる。 S.P.Garner,Evolution

ofCostAccountingto1925,Alabama,1954・品田誠平他訳『原価計算の発展』,一粒社,昭和31および

33.G・Don,DieEntwicklungderinduStriellenKoslcnrechnunginDeutschland,Berlin,1961.平林菩博訳

『ドイツ原価計算の発展』,同文館,昭和42。木村和三郎『原価計算論研究』,日本評論社,昭和18。

久保田音二郎『間接費計算論』,森山書店,昭和28。岡本 清『米国標準原価計算発達史』,白桃書

戻,昭和44。小林健吾『原価計算発達史』,中央経済社,昭和56。

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38 第 152巻 第 3 号

しかし,最近,原価計算システムを取 り巻 く諸環境は,明らかに大きな変化

を見せ,原価計算の変貌を余儀なくさせているように思われる。私自身も,必3

要に迫られ,この問題に対する見解を発表 したことがあるが,残念ながら本格

的な検討を加えたものではなかった。そこで,この小稿では,若干のアメリカ

文献での分析に依拠 しながら,原価計算システムに対する最近の重要なインパ

クトないし影響要因と,それが原価計算におよぼす影響とを解明することを通

じて,現代の原価計算システムの構築に当たって,いかなる要因をどのように

考慮すべきなのかを,可能なかぎり体系的に検討することにしたい。

Ⅱ F朋Sと原価計算

4Dilts&Russellは,最近の論文で,昨今非常に注目を浴びているFMS(flex-

iblemanufacturingsystem)生産方式のもつ特質を解明するとともに,そのシステ

ムが原価計算や管理会計に対 して,いかなるインパクトと影響を与えるか (こ5

こでは原価計算に対するものに限定する)をおおよそ次のように論じている。

(l)FMSの概念とその特質

FMSは,いわゆるジョブ ・ショップ型の生産形態をとっている企業で,受

注製品の多様化に弾力的かつ迅速に対応するとともに,生産性を高めコス トを

低減させるための方法として, コンピュータをベースとして開発された生産シ

ステムないし生産管理システムである。彼等はそのFMSを, 「弾力的に変化

する多種類の製品を効率的に生産するため,自動化された生産プロセス (数値

制御された機械とロボットから構成される) と,原材料の搬送システム (通常

は自動化された搬送ライソと若干ロボットから構成される),さらにシステム・

2 薄口一雄『例解原価計算』,中央経済社,昭和46年初版,主として第5章を参照。

3 官本匡章 「原価計算における最近の課播」,企業会計,Vol・37,No・31(昭和60年3月)04 D・M・Diュts& G.W.Russell,"AccountingfortheFactoryoftheFuture,"ManagementAccounh'ng,

APT.,1985,pp.34.-40.

5 『企業会計』Vol・37,No.2(昭和60年2月号)では 「FAの進展とコスト マネジメソト」の特

集があり,青木茂男,小林健吾,牧戸孝郎,門田安弘,田中雅康,桜井適時,五十嵐際,木村-寡,

井上信一の各教授がこれに関する研究を発表されている。

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生産プロセスと原価計算 39

レベルの コントローラ-(普通は 1台ないし複数のコンビュ-タで構成される)

が統合されたもの」 と定義 している。

その上で, このシステムの特徴を検討し,その利点を13,その欠点を4つ指6

摘 している。それ らには,必ずしも納得できないものも含まれているが,個別

的に検討する余裕はないので,彼等の作成 した次のような比較表を紹介するに

とどめたい。

手作業 ・国定オートメーション・FMSの比較

要 因 圭企業 固定オ-トとこと_至_∠ 一一」L姓!

製品種類の数 多い 1つのみ 数個

可能生産量 少ない 多い 中程皮

製品の質 バラバラ 非常に制約的 一定

セットアップ時間 長い (習熟曲線) 非常に長い 短い

習熟曲線効果 本質的なもの

リードタイム (@) 通常は長い

直接労務費 (@) 多い

直接労務費 (全体) 多い

在庫 原材料一多い

仕掛品一多い

機械の利用度 低い

必要面積 広い

資本コスト 少ない

故障に対する感度 鈍い

需要変化に対する反応 敏感

オ-トメ-ションの程 なし

皮による

ほどほど ほどほど/短い

少ない 非常に少ない

多い 非常に少ない

原材料一多い 原材料-多い

仕観品一多い 仕掛品一少ない

高い 高い

広い ほどほど

多い 多い

鋭 い 鈍い

鈍感 敏感

(2)FMSの原価計算に対するインパクトとその影響

a) 直接労務費の減少

直接労務費は明らかに減少する。 このシステムでの労務費は,疎概や器具を

最初に備え付ける作業者と,原材料を投入する作業者の原価から構成されてい

るが,それが必要なのは3交替制での1シフ トのみであ り,他の2シフ トでは

直接労務を必要としない。 とはいえ,直接労務に対する賃金や厚生福利費は高

6 Dilts&Russell,op.Cすt.,pp.36-37.

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40 第 152巻 第 3 号

くなってお り,適切な環境を保全するコス ト (労務福費)も上昇し続けている。

しかし,FMSでの直接労務費は全体として減少しているのであり,それに伴

い次のような現象が生じるとしている。

①全部原価計算のみが,意味ある原価計算方法となること。

7R・Marpleは,30年も前に周知の固定費だけの架空企業を想定したが,今日

では必ずしも非現実的とは言えなくなっている。そのような企業では労務費が

固定費とみなされる。その結果,直接原価計算を採用すると,製品原価が直接

材料費のみで計算されることになるので,今後は全部原価計算に依拠すべきで8

ある。

④全部原価計算における製造間接費の配賦基準として,直接作業時間や直接

労務費を用いることは,もはや意味がないこと。

FMSでは,そのシステムを適切にスケジューリングした り維持した りする

ため,それぞれの横桟や製品ごとに経常的に詳細なデータが収集されている。

このデータが会計目的にも利用される。従って,直接労務費の減少に伴い,機

械の作業時間やコス トが,従来の人間労働に代わる合理的な基準とみなされる。

④より長期的にみると,人間の経験ないし学習に基礎をおく習熟曲線も,同9

様に意義をもたないこと。

b) 間接労務や製造間接費の増加とその対策

直接労務費の減少に伴い,製造間接費が増大してきている。それは種々の形

をとるが,間違いなく高給をとるプロ作業者とその支援スタッフの増員が含ま

れている。

この支援スタッフの役割は,基準的にこっある。その一つはシステムのモニ

タリングであり,他の一つはシステムの維持である。彼等によると,洗練され

7 R.Marple,"Tryonyourclass,Professor",TheAccountingReuiew,July,1956.

8 直接原価計算を採用するかどうかは,決してこの要因のみに依存するわけではない。財務諸表作

成目的に限定するのであれば,改めて議論する必要もないので,この点に関する彼等の主張の意図

は,必ずしも明らかでない。

9 従来の習熟曲掛こ限定せず,ボストン・コンサルティング.グル-プの捷唱する経験曲線まで拡

大して考える場合でも,同様のことがいえるかどうかは,なお検討の余地が残されている。

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生産プロセス と原価計算 41

ルティン化された予防保全 (preventivemaintenance)は,①一定品質のプロダク

ト・ミックスを継続的に生産することの保証,④機械のダウンを最小にとどめ

機械の利用を最大にすること,⑨複雑な機械装置の損傷を予防すること,など

のために必要なので,その予防保全なしのFMSはあ りえない,としている。

また,総製造原価に対する間接費の割合が増大するに伴い,管理会計担当者

はこの原価の管理に関心を持たざるをえず,ある論者が提唱しているように,10

第四の製造原価 (機械コス ト)を区別して認識測定すること等の工夫が必要で

あるとしている。

C) 原価管理における変化

FMSでは,生産プロセスにおける情報フィー ドバック・ル-プを必要不可

欠とするため,管理面での重要な変化を生起せしめる現象がいくつか現れ,そ

れらへの適切な対応が要求されている。彼等の説明から,その主要なものを以

下で紹介することにする。

①従来の差異分析には,もはや陳腐化したものがある。例えば,仕掛品は今

や直接的に機械制御の対象となるので,在庫管理は板木的に変化せざるをえな

い。

⑧セットアップ時間が計画的に (例えば40時間から8分に)短縮される。そ

の結果,市場条件の変化に対する迅速な対応,需要に対応する必要 リー ド・タ

イムの短縮,経済的生産量の縮小,完成品在庫の減少などが可能となってきた。

⑨FMSの高度利用のために,プロダクト・ミックスについての十分な多様

性 (生産管理では requisitevarietyと呼ばれる)が確保されなければならない。

それに伴い,会計の側からは,予定のプロダクT・ミックスからの帝離が,財

務的にいかなる影響を及ぼすかを計算し管理するために,新しい差異分析方法ll

が必要とされる。彼等の提起する新しい 「プロダクション・ミックス」差異は,

10 彼等は次の文献を示している。 H・R・Schwarzbach & R・G・Vangermeersch,"whyweshould

accolユntfortheFourthCostofManufacturing",ManagementAccounimg,July,1983.

11 彼等が投棄したのは,(実際平均利用度/標準平均利用度-1)×総限界利益,の算式であるが,

平均利用度の算定に問題が残されている。

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従来の原料混合差異でもなく,歩留まり差異でもないので,限界利益ないし貢

献差益を基礎に算定される。

④FMS環境では,完成品の品質基準-の厳格な適合が要求される。しかし,

かって完成品の品質検査のために費やされた晶質保証費が,いまや原材料の品

質管理に使われるようになってきた。この状況では,仕損や減損の問題は劇的

に減少する。とい うのは,このシステム運用の正確性と反復性とにより,仕損

や減損の発生率がほぼ確実に予測でき,原材料混合差異の計算の必要性もごく

限足されるようになるからである。

彼等は,続いて管理会計問題を検討した後, 「管理会計担当者は,正確な原

価情報を提供するために,この新しいテクノロジーの経済的側面,財務的側面,

および管理的側面の理解に努力しなければならない」と結論づけている。

王‡‡ ハイテク産業と原価計算

R.Hunt,L.Garrett&C.M .M erz は代表的な-イテク産業の一つである

HP (ヒューレット パッカ- ド)社で,1983年の5月ディスク・メモリー事

業部に以下のような日本的管理手法を導入した際,原価計算システムに対して12

どのようなインパクトが現れたかを,概ね次のように紹介している。

(1)ハイテク環境と導入された日本的管理手法13

彼等は,-イテクに属するこの事業部を,大量の標準品が機械加工され組み

立てられ検査されて製造される 「反復製造 (repetitivemanufacturing)」と特徴づ

けた。この生産プロセスは,次表のように受注生産ともプロセス生産とも異な

る特徴を持っているため,今までHP社で採用していた個別原価計算方法がも

はや無意味となり,次の二つの基本特質に基づき,後述の簡素な原価計算シス

テムを採用することが可能となった。

12 R.Hunt,L GarTett,&C.M.Merz,"DirectlaborcostnotalwaysrelevantatHl'",ManagemeJ71

Accounling,Feb.,1985,pp.58-62.

13 次の論文にこの分野に対する興味深い論議が展開されているo M・A・Maidique& R・H・Hares,

"TheArtofHigh-TeclmologyManagementH,SloanMal7agemCnlReview,Vol.25,No.2,Winter,1984.

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生産プロセスと原価計算 43

その第-は,直接労務費の原価構成比率が僅少になったことである。多 くの

電子製品での直接労務費は,製品原価の3-5%,在庫価額の1%ほどに過ぎ

ない。また,直接労務費額は,作業者の効率や賃率によってではなく,生産プ

ロセスがいかに巧 く機能したかに依存して発生する。従って予算からの差異額

は,特定の製品ロットに跡付けられるのではなく,週や月単位に一括して合計

額で報告されることになる。その第二は,仕掛品在庫が最小レベルに留まるこ

とである。

製品原価計算システムとの関連でみた製造プロセスの特敬

特 徴 反復製造 受注BIjL M プロセス生産

1. 生産量 大量 少量 大量

2. 製品特質 標準品 (離散型) 注文ごとに異なる 連続生産される液体など

のような規格製品

3. プロセス時間 短い 長い 長い

4. 直接労務費 非常に少ない 多い 受動的,計算するにたる

大きさ

5. 仕鰭品水準 最小 多い 受動的,計算するにたる

大きさ

さて,彼等によると, このような事態を招いたのは,主として3つの日本的

管理手法,すなわち JIT (Just-in-Time),TqC (TotalqualityControl)と KA-

NBAN (カンパン方式)の導入であった。詳細に取 り扱 う余裕はないので,各

手法の説明を兼ねている以下の興味ある文章のみを紹介しておきたい。∫ⅠT

の目的とは, 「販売する丁度その時に完成品を,完成品に組込む丁度その時に

組立部品を,組立部品に組込む丁度その時に加工部品を,加工部晶に転換する14

丁度その時に購入原材料を,生産した り搬送した り」することであ り, この手

法の採用で多 くの会計担当者が不要となる。TQCの本質は,品質管理の責任

を生産の作業者に転嫁するものであ り, このTQCはJITと結び付 くことに

より,不良品の連続生産の防止を可能にする。極端な場合には,生産プロセス

で欠陥が是正されない限 り,作業者が生産ラインをス トップさせることさえで

14 彼等が採用しているのは,次の論文での説明である。 R・J・Schonberger,JapaneseManufacturing

Techniques,MacMitlan,1982.

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きる。またカンパソとは, 「それぞれのワークセンターが,より一層の作業が

可能な状態になった時に,その前のワークセンターにシグナルを送るという意

味で」, ワークセンター間の 『プル ・システム (pullsystem)』 を使った必要原15

材料の決定方法である。

(2)原価計算システムの改善点- システムの簡素化

①直接労務費カテゴリーの削除と製造間接費への算入

最も劇的な変化は,直接労務費をもはや独立した製品原価項目とみなさなく

なったことである。直接労務費は総製品原価の僅か3-5%であるに過ぎない

のに,常に標準労務費を準備し,標準原価からの差異を計算することは,全 く

意味がない。製品-の帰属計算の煩わしさ,計算処理量の膨大さ,作業者の効

率よりも生産プロセスの効率に係わ りを持つ原価差異計算の必要性などを考慮

して,会計担当者も生産管理担当者も,直接労務費を独立項 目とせず,それを

製造間接費の中に算入することに同意した。

④製造間接費の経費としての取 り扱い

JCT手法の採用により,在庫水準と,生産開始から完成品の搬送までに必

要な時間とが,大幅に減少した。直接労務費をも含めた製造間接費は,実質袷

には,同じ月の売上原価のなかに含められるものである。そこで,次図で示す

ように,製造間接費を経費として取 り扱い,発生額を売上原価に直接チャージ

することになった。もちろん,完成品や仕掛品に含められる製造間接費額は,

期末に調整計算されなければならない。

直接労務費

製造間接費

③作業屑と補修作業に対する原価計算と新たな意義

JIT手法とカンパン方式 (プル ・システム)の導入により,ワークセンタ

15 彼等の見解によると,カンパソ方式と対比される MRP (MaterialRequirementPlanning)は,

「プッシュ・システム」とみなしうることになる。optCil・,p.60・

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生産プロセス と原価計算 45

一問の/てッファーとなっていた棚卸品在庫が最小レベルに削減されたばか りで

なく,各ワークセソタ-が他センタ-に先行して作業することが許されなくな

った。そこで,不良品は殆ど即座に発見可能となり,大量の不良品が出る前に,

製造指図に合致しない生産プロセスの是正が可能となった。その結果,作業層

や補修作業の原価はかな り減少したので,その原価収集の努力は以前ほど必要

ではなくなった。しかし,原価発生の規則性がなくなっただけに,その再発を

防止するための慎重な分析が,新たに要求されることになった。

このような原価計算システムの改善- 簡素化にともない,HP社は,財務

諸表上の原価,生産の計画のための原価,価格設定や内外作の決定のために分

析される原価に対して,何ら特別の変化を与えることなしに,スタッフの時間

とコス トを相当に削減することができた.そして,いまや 「昨日の誤 りを明ら

かにするよりも,明日の問題解決に焦点を合わす」ことが,HP社会計スタッ

フの目標となった, としている。16

R.Kaplanが述べているように,原価計算の研兎がここ25年にわたってイソ

プリシットな前提としてきたのほ,既知の特質を持つ定常的な技術に依存して

いる成熟した製品の大量生産であ り,OR,確率,統計学や経済学等が導入さ

れたものの,コス ト構造や不確実性の程度が特定されている定常的な環境下で,

最適な解を求める静的モデルが中心であった。

しかし,今日の製品市場は早いスピ- ドで変化しつつあり,5000億類の製品

を販売しているHP社では,最近の注文の半分が最近3年間に開発された新製

品で占められている状態である。そこで,管理会計担当者も含めた経営管理者

は,現在の生産環境を受け入れるよりも,生産プロセスに介入すべきである,

と考えるようになった。例えば,EOQやMRP手法を使って在庫水準を最適

化するよりも, ロット・サイズを1に等しくするJIT手法の理想を達成でき

るよう,管理会計担当者が,セットアップ時間を短縮する方法を見付けるとか,

16 R・S・Kaplan,"MeasuringManufacturingPerfわrmance:A newchallengeformama.gerialaccounting

research",AccountingReview,Oct.,1983.

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46 第 152 巻 第 3 号

仕掛品の計算よりも,仕掛品そのものが必要であるかどうかを検討するとか,

供給業者の リードタイムや晶質仕様を受け入れるよりも,完壁な晶質と一定間

隔での頻繁な納入を保証してくれる供給業者の発見に協力するとか,伝統的な

製品原価のフローモデルを用いるよりも,製品開発と生産開始コス トの計画 ・

管理に有用なモデルの設計に努力するようになったのである。

(3)我が国ハイテク企業での具体例

日本の代表的-イテク企業である日本電気では,最近の同社の原価計算およ

び原価管理に対するイソパクトと問題点ないし課題を,次のように認識されて17

いる。

〔Ⅰ〕原価計算及び原価管理の変化を促す背景 ・環境。

a) 技術革新の進展

① IC化 ・LSI化,④コンピュータの進歩と利用,③新素材 ・新工法

の開発

b) 生産プロセスの進歩

①FA化の進展,④生産ラインの汎用化 (混合生産ライン,FMS),

③生産プロセスのシステム化 (ト-タル生産システム)

C) 競争の激化

①製品戦略 (ライフサイクル短縮,多品種少量生産), ④市場戦略 (特

に価格戦略)

〔Ⅱ〕原価計算の課題

a) 標準原価計算の限界

b) 設計原価及び予算原価の重要性 (規範性)

C) FA化対応の原価計算

①製造間接費の見直し,⑧工程別原価計算の拡大,⑨歯苔総合原価計算

の拡大

17 昭和60年3月末に,われわれ日本会計研究学会の 「現代原価計算の課題」特別委員会のメソバー

のために御説明下さった,日本電気株式会社の安部彰一経理第-部長の資料によっている.この機

会に,同氏と同僚の方々に対して,改めて厚く御礼を申し上げたい。

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生産プロセスと原価計算 47

d) トータル生産システムにおける連動

e) ソフトウェア化と原価計算方式の開発

f) 内部取 り引き価格における原価計算

g) 先端技術商品 (システム品)の開発費処理

〔Ⅲ〕原価管理制度における課題

a) 予算原価の設定と管理

b) VEと原価管理との連動

C) 設計原価の評価と試作評価

d) マ-ケット・リサ-チの重要性 (フォーキャス ト-生産量決定と設備

投資,価格動向-採算性)

6) リスク・マネジメント (設備投資回収,操業度)

f) 分散化,システム化と原価管理組織

g) SBU別原価管理及び投資回収計算

h) 開発費の回収

i) 原価管理システムの構築

上記の各項目には,極めて明確なものから,若干の補足説明の必要なものま

で含まれている。しかし,ここで個別的に取 り扱 う余裕はないので,正確な理

解を期待することは不可能かもしれないが,最近の環境変化に伴い,いかに広

範にわたる問題が検討対象になっているかは,十分に明らかになったはずであ

る。

‡Ⅴ 原価計算システムに対する影響要因

以上では,主として生産プT=セスの変革に伴い,原価計算システムがいかな

るインパクトないし影響を受けてきたかを,最近の文献に依拠しながら検討し

てきた。そこで,以下では,それらの指摘を参照しながら,少なくとも現時点

で原価計算システムを構築する場合に,考慮しなければならない要因にういて

の総括を試みたい。

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48 第 152巻 第 3 号

(1)Sandrettoの見解

18M.J・San血ettoによると,殆どの経営管理者は,生産方法,製品のタイプ,

企業戦略や市場条件といった多くの要因が,原価計算に影響を与えていること

を,十分に理解していないという 。しかし,基礎作業についての正確で詳細な

データを収集し分類整理するコンピュータ・ソフ トが利用可能となったため,

最近では原価計算システムの更新に努力する経営管理者が増えてきた。また,

直接費の割合が小さくな り,原価を変動費と固定費とに分解し,固定費のより

厳格な配賦計算を行うことが,とりわけ価格決定のために重要となったことも,

原価計算に対する関心を高める原因となっている。

a) 原価計算システムを検討する場合のポイント

彼によると,良い原価計算システムとは,今後起こりうる問題に経営管理者

の注意を集中させるよう原価管理を行 う (赤信号を発する)とともに,原価分

析 (価格設定とかプロダクト・ミックス決定のような外部分析と,設備取得や

生産プロセスないし製品設計の変更などの内部分析)のための情報を提供する

ものである。つまり,管理と分析とが,原価情報の基本的用途であり,そのた

めの情報は殆どの場合に明快単純なものである,としている。

また,実際の原価計算システムを決定するのは,原則として製品タイプと生

産プロセスとであり,この二つに焦点を合わせると,選択の範囲が瞬時に狭ま

るとして,原価システムのフレームワークと各付けた図を示している。製品タ

イプとしては,①バラバラの部品から構成された り,多 くの原材料の投入を要

する製品,④単一ないし少品種の原材料の投入しか必要としない製品,④サー

ビス,④連結製品があげられ,生産プロセスとしては,①ジョブ・オーダ-・

プロセス,⑧バッチ ・プロセス,③組立プロセス,④連続プロセスを区別して

いる。これら二つの軸で作成されるマトリックス上に,具体的な業種名が記載19

されているが,その紹介は省略する。

18 M.J.Sandretto,"Whstkindofcostsystem doyouneed?",HarvardBu∫ines∫Review,Jam.-Feb.,1985,

pp.110-118.

19 oP.cil.,p.115.

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生産 プロセス と原価計算 49

b) 原価計算システム選択に係わる諸要因

殆どの企業では,原価計算システムを構築するさいに,ある程度の選択の幅

をもっている。原価管理の対象が,広範囲に及ぶものもあれば,ごく限定され

たものもある。標準原価ないしは実際原価が,正確な尺度になることもあれば,

単なる合理的な予測値に過ぎないこともある。このように,多 くの要因が考慮

されるのであるが,一つの問題は,管理のために最善であるものと,分析のた

めに最善であるものとの問に,しばしばコンフリクトが発生することである。

そのような場合,多 くの企業では,原価管理の観点が優先されるとしている。

彼が指摘する二つのポイント別の要因は,次のようなものである。

イ)原価管理に関する要因

厳密な管理システムは,余 りにも高 くつ くばか りでなく,作業を邪魔し,独

創ないし創造を減殺する。とはいえ,暖味なシステムもまた,無駄で,非効率

で,非合理的な価格決定に導きかねない。何が適切なシステムであるかは,①

市場環境,④競争戦略,④製品ライフ・サイクル,④規模,⑤原価構成,の諸

要因によって決定される。

ロ)原価分析に関する要因

標準製品原価も実際製品原価も,非常に正確な数字から,大まかな予測値ま

で,現実には幅がある。そこで,その企業にとって何が合理的かは,①販売量,

㊥製品の資源利用方法の相違,③市場での位置,④固定費の大きさ,の要因に

よって決定される。

それぞれの内容に立ち入った検討は割愛するが,彼がこの問題についてどの

ように考えているかは,上記の紹介からでも理解できると思われる。

(2)結論にかえて- 暫定的な総括

個々の企業について,具体的な原価計算システムの導入ないし改善を検討す

ることと,かなり抽象的に,それ故に理論的な立場から原価計算システムの今

後の展開を占うこととは,決して同一レベルで論議できるものではない。

しかし,われわれの立場からみて最も関心のある後者の問題を取 り扱おうと

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50 第 152巻 第 3 号

すると,否応無しに個別企業での実例を参考にせざるをえないことも,また事

実である。最大の根拠は,原価計算システムを取 り巻 く環境が極めて流動的に

変化しつつあるため,問題を認識し,それにいかに対処すべきかを研究するた

めには,現実の体験から学ぶことが最善の方策である,ということである。ま

さに R.S.Kaplanが主張するように, 「研究者に必要なのは,オフィスから

離れ,革新的な組織の実務を学ぶことである。各社は,製品を生産するための

組織変更や新技術を導入することで,環境変化に適応している。また組織に新

しい測定システムを導入することさえ行う。学者にとってのチャレンジは--・

成功した会社で行われている革新的な実務を記述することである。その研究は,

演梓的なものであるよりも,帰納的なものとなるが,個々の研究者にとっても20

管理会計にとっても,却って生産的なものとなる」のである。

とはいえ,個々の事例にふ りまわされることなく,その根底に潜在している

基本的特質を的確に抽出することも肝要である。そのために,少なくともわれ

われに必要なのは,次のような分析視点を常に意識して活用することであろう。

a) 原価情報ニーズが何であるかの確認

上述の見解では,原価管理と原価分析の二つの観点が重視されていた。しか

し,必ずしもこの分環にこだわらず,さらに細かい具体的なニーズを想定して

もよかろう。必要不可欠なのは,その時点でいかなる情報ニーズがあり,しか

もそれらにどのような優先順位が認められるかを,常に明確にしておくことで

ある。

b) 製品タイプと生産プロセスの確認 、

軽薄短小,極 く短い製品ライフサイクル,多品種少量生産などで特徴づけら

れる現在では,従来とは異なった製品タイプや生産プロセスが続出している。

従って,今までの定義やカテゴリーにこだわることなく,生産される製品の特

徴を明確に_するとともに,そのために導入された生産プロセスが,原価計算お

よび原価管理からみていかなる特質を持っているのかを,的確に分析すること

20 R.S.Kaplan,"Theevolutionofmanagementaccounthg",AccounimgReview,July,1984,p.415.

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生産プロセス と原価計算 51

が必要なのである。

C) 他の情報システムとの開運の確認

原価計算システムは,明らかに経営情報システムの一環を形成すべきもので

ある。しかも最近, コンピュータの-- ドおよびソフ トの急速な発展により,

単に原価データをインプットして原価の計算のみを行うシステムとしてではな

く,他の多 くの経営オペレーションを対象とする1)アルタイム情報システムと

有機的に結合し,統合的な情報システムの一部を構成するものとしての原価計

算システムが,積極的に模索されているO従って,今後は, コンピュータ 。シ

ステムとしての原価計算システムを,常に念頭に置かねばならないのである。