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Kobe University Repository : Kernel タイトル Title 医療における共同意思決定について(The Shared Decision Making in Japanese Medical Law) 著者 Author(s) 手嶋, 掲載誌・巻号・ページ Citation 神戸法學雜誌 / Kobe law journal ,60(3/4):436-454 刊行日 Issue date 2011-03 資源タイプ Resource Type Departmental Bulletin Paper / 紀要論文 版区分 Resource Version publisher 権利 Rights DOI JaLCDOI 10.24546/81005099 URL http://www.lib.kobe-u.ac.jp/handle_kernel/81005099 Create Date: 2018-06-30

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タイトルTit le

医療における共同意思決定について(The Shared Decision Making inJapanese Medical Law)

著者Author(s) 手嶋, 豊

掲載誌・巻号・ページCitat ion 神戸法學雜誌 / Kobe law journal  ,60(3/4):436-454

刊行日Issue date 2011-03

資源タイプResource Type Departmental Bullet in Paper / 紀要論文

版区分Resource Version publisher

権利Rights

DOI

JaLCDOI 10.24546/81005099

URL http://www.lib.kobe-u.ac.jp/handle_kernel/81005099

Create Date: 2018-06-30

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神戸法学雑誌 第六〇巻第三・四号 二〇一一年三月

医療における共同意思決定について

手 嶋   豊

目次Ⅰ はじめにⅡ SDMをめぐる議論状況と立法  �  SDMをめぐる議論状況  �  全米医師会の見解  3  ワシントン州における共同意思決定の条文Ⅲ SDMをめぐるワシントン州以外の動き  �  ミネソタ州  �  メイン州Ⅳ 日本へのSDM導入の可能性をめぐる検討  �  説明義務に関する法的理解の大枠  �  SDMの日本への導入可能性Ⅴ おわりに

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4�3 医療における共同意思決定について

Ⅰ はじめに

医療における共同意思決定(shared decisionmaking、以下、SDMと略記する)とは、患者が適切な治療を選択するに際して参加することが推奨されるプロセス

( � )

、あるいは、患者と医師が患者の価値観と嗜好と同様に最善の科学的証拠を考慮に入れて医療の決定を一緒に行う協力プロセス

( � )

、などと表現される、医療における意思決定に際しての方法論のひとつであり、近時支持する見解が増えているものである。本稿は、SDMに関して、医事法上の議論を簡単に紹介した前稿

( 3 )

に引続き、その後の進展状況を紹介し、さらに日本への導入可能性について、若干の追加的考察を行うことを意図するものである。

インフォームド・コンセント法理は、アメリカで生まれすでに長い歴史があり、その動きは世界的に広がっているが、これについてのアメリカの実践状況は、SDMを提唱する論者によれば

( 4 )

、⑴望ましい治療に関する手短な会話、⑵治療の危険のリストの提供、⑶同意書面への署名、といった三段階のものでしかなく、危険のリストは情報として不十分であること、 � 割以上の患者が同意書面を読まず危険を評価していないこと、を示す調査があるとされる。さらに同論文に引用されているミシガン大学の調査では

( � )

、医療上の決定をなした患

                                      ( � ) Angela Coulter, Implementing shared decision making in the UK, A report for

the health Foundation,P�, �00�, The Health Foundation(http://www.health.org.uk/public/cms/��/�6/����/����/Implementing_shared_decision_making_in_the_UK�⊖�.pdf?realName=U3�ZtQ.pdf , last visited on �0��. 6. ��).

( � ) Chanpaign for effective patient care, http://www.effectiv3epatientcare.org/faqs�.html( 3 ) 手嶋豊「医療をめぐる意思決定と法ー患者の拒否、医師の説得と Shared

Decision Making について」樫村志郎編『規整と自律』���頁以下(�00�)。( 4 ) King=Eckman=Moulton,The Potential of Shared Decision Making to Reduce Health

Disparities, 3� J. L. Med.& Ethics 30(�0��).( � )  前 掲 注( 4 ) 引 用 の King=Eckman=Moulton に お い て、Zikumund⊖Fisher

et.al.,The Decisions study : A Natinoalwide Survey of United States Adults regarding 9 Common Medical Decisions, 30 Med.Dec.Making �0(�0�0)が引用されている。

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者の多くが、説明を受けた上での決定に必要な知識を欠いており、さらに、医師が患者の選好を聞いたのは 3 分の � 以下であったこと、患者は自分が思っているよりも理解が浅いこと、それであるのに関わらず患者の教育程度や収入が低い場合は十分に説明を受けたと感じていること、が明らかにされているとされ、ここから、調査者は患者が与えられた情報を理解できていないと分析しているとされる。

アメリカでは例えば、提供されるべき情報の水準について合理的医師の水準とするところと合理的患者の水準とするところとが存在するうえ、州法を中心とする不法行為法改革の動きもあって、その法理の適用状況は、州によって大きく異なる。また、上記のようなインフォームド・コンセント取得のための流れも、臨床場面での一例を示すものに過ぎないと思われるが、しかし、そこに含まれる問題意識である、個別具体的な患者の人生観を反映するはずであるの治療法の選択が実際には反映される仕組みになっていないとの疑問と、それへの対処が必要との主張も、理解できる面である

( 6 )

。本稿はこのような問題状況のもとで、SDMをめぐるアメリカでの議論の現状を概観し、日本への導入可能性について検討するものである。

Ⅱ SDMをめぐる議論状況と立法

1  SDMをめぐる議論状況

SDM論者が提唱するその目的とは、患者の価値観と選好を反映した治療法の選択を、患者が医師とともになすことができるように、患者自身の状態の知識を改善し、より現実的な理解を与えようとすることにある。こうした考え方が出てきた背景には、医療の進展に伴い治療の選択肢が増える一方、治療

                                      ( 6 ) Moulton=King, Aligning Ethics with medical Decision⊖Making:The Quest for

Informed Patient Choice, 3� J.L. Med.& Ethics ��(�0�0).もっとも、SDMが医療事故の文献に取り上げられている頻度はそれほど高くないように思われる。

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4�� 医療における共同意思決定について

方法の優劣が一概にいえない場面が現代医療では生じることが多くなり、その結果、治療法の選択には患者の意向が反映されることが望ましいと考えられるようになったことによる

( � )

。(�)

決定するに際して必要な情報は、当該具体的状況下で、選択できる治療のオプションについて、証拠に基づいた(Evidence

based)客観的な情報を、ビデオやパンフレット、疾患に関する質問・自己の価値観を明らかにする質問を含む書面等を用いた決定支援のためのツール(Decision Aids)を通じて伝えられる。この決定支援ツールは、治療のオプションの選択が、患者の危険と利益の評価に左右されるときに用いられるのであり、それを参照することで、患者は自分の疾患や状態に対する知識、医療の選択肢について学習し、自分の情報を再吟味する機会をもち、医師との討論に十分に準備することを望むことができる。このような多くの決定支援ツールは、患者の選好と価値観を患者に考えさせるように作られている、とされる。

SDMは、患者の選択に関して、治療の危険と利益の知識を改善させ、患者は選択と治療により満足することが期待される。実際にも、SDMを用いた結果として、患者の状態がより改善したという調査結果も存在している。このことは、患者が、治療等に関して理解を深めた結果、自己の価値観・ライフスタイルに沿う治療方針を選択できたことで、医師の指示等を守ることに抵抗が少なくなったことの結果という側面があることが指摘され、これは特に、医療上の選択に対して積極的でない傾向がある、教育程度が高くない患者にとって重要な意義がある。もっともこうしたSDMの効果に関する調査は、なお続けら

                                      ( � ) SDMを用いることのできない領域としては、救急医療や、その方法を選択す

ることが明確な場合、すなわち患者の選好を考慮する余地がない場合などがあるとされる。

( � ) SDMにおいては、インフォームド・コンセントが提供を義務づけている情報に加えて、科学的証拠と不確実性が提供されるべきであるとする論者もいる。Dennis J.Mazur, Medical⊖legal aspects of evidence⊖based choice and shared decision⊖making, Edwards=Elwyned., Shared Decision⊖Making in Health Care, �nd ed., Oxford Univ. Press(�00�), p�6�.

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れる必要があるとも指摘されている( � )

。ところで、「共同意思決定」という用語は多義的であり、必ずしも同じこと

を議論しているわけではない状況にあることは、多くの論者によって問題視されている。SDMを扱う論文で引用されることの多い Moumjid らの論文

(�0)

によれば、����年から�004年までに公表された医療における意思決定を扱ったもので、SDMに触れている�6の論文のうち、明確にSDMを定義づけるものがある一方で、その用語の使い方が一貫しない論文や、インフォームド・コンセントとまったく同じ意味で使う論文、SDMの定義に触れない論文も一定の割合が存在し、SDMがどのような内容を指して用いられているかを検討する必要があることが指摘されている。SDMがどのようなものかについては必ずしも明確ではないことは、SDMを提唱する場合に弱点となりうることは弁えておく必要があるが、SDM及び決定支援ツールについて高い期待を寄せる医療関係者はアメリカでは多く、特に専門医の間では、SDMは前向きに受け止める意見が多い。

もっとも、ある論者(��)

によれば、多くの医療関係者がSDMに対して興味を示すものの、実施段階で多くの難点に遭遇するとされる。その種の難点として例えば、⑴SDMのために費やした時間は治療費に反映されないこと、⑵医療過誤訴訟を避けたいという医療関係者の動機付けが些細な情報まで提供することにつながっておりSDMとかけ離れていること、⑶書面による患者の署名をとることを求めているインフォームド・コンセントに関わる法的要件がかえって患者の理解を妨げていること、といったことである。

SDMはこのような現状、特に上記⑵⑶を改善するためにも提示されているが、⑴医療関係者は、患者との共同での治療法の決定を議論する方法について

                                      ( � ) 以上につき、King=Eckman=Moulton, 前注( 4 ), at 3�.(�0) Moumjid=Gafni=Bremond=Carrere, Shared Decision Making in the Medical

Encounter : Are We All Talking about the Same Thing? ��, Med. Decis Making;�3�-�46(�00�).

(��) Moulton=King, 前注( 6 ), at �0.

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44� 医療における共同意思決定について

十分なトレーニングを受けていないことから、時間的・技術的に改善の余地があること、⑵SDM導入に際してこれまでの方法と異なる方法を採用するために金銭的動機付けを与えることも必要である可能性があること、が指摘されている。さらに、SDMが患者の選択肢を狭めてしまうのではないか、また、医療費を制限するための方便として用いられるのではないかという疑念が示されている

(��)

。また、SDMにより、選択肢に入っていた処置についての情報が不要と判断され、情報は提供されなかったが、本来の医療水準では伝えることが必須とされていた場合、どのように扱うべきなのか

(�3)

、といったことも検討の必要性がある。

SDMの効果や満足度等、なお解明されていない面も現時点ではいくつもあることから、SDMを採用することにはなお慎重であるべきであるとの調査結果もあり

(�4)

、予備的研究とコア構造のSDMの発展を推奨しつつも、強制的なSDMやSDMを利用する者に対する金銭的動機付け、SDM使用に対して法的地位を創設することは推奨されていないのが、SDMに関して調査を実施したいくつかの州での現段階の結論という状況である。

2  全米医師会の見解

全米医師会(American Medical Association, AMA)は、SDMを積極的に評価しつつ、決定支援ツールについて、それが医師との対話の代わりになることはないことを強調する必要があるとする意見を述べ、SDMに関する勧告を

                                      (��) The Robert Powell Center for Medical Ethics, “Shared Decisionmaking”:How

the Obama Health Care Law Tries To Persuade Patients Thet're Better Off Without Treatment, http://www.nrlc.org/healthcarerationing/SharedDecisionmaking.html, last visited �0��. 6. �6.

(�3) Mazur, 前注( � ), at �6�.(�4) Minnesota Department of Human Services, Legislative Report, Shared Decision

Making, �0�0(http://shareddecisions.mayoclinic.org/files/�0�0/0�/.pdf , last visited �0��. 6. �6).

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行っている(��)

。勧告ではSDMは、今日のアメリカの医療がより患者中心になりつつある状況の中で、患者が決定に関与しないことによって生じる浪費を減らし、患者の快適さと満足度を高めるものと評価している。また、SDMを使用することは医療の成果について患者の期待をより現実的なものとし、自分の主治医が誤った選択をしているのではないかという患者の疑念を減らすのに役立っているとの研究成果もあるため、適切に作成された患者決定支援ツールは、非難の空気が強い医療の現場を改善することも期待できるとする。しかしSDMが患者の選好を重視することでより侵襲的でない治療を選択する傾向があることを医療費の低減に結びつけることについては、患者が十分な情報を提供された上での選択であることが保障されていて論ずべき問題であって、患者にとっての最善の医療が選択されるという事情をないがしろにして医療費の削減を期待するのは適切でないのであり、SDMが医療費削減のために保険会社その他が用いることは危険な側面があるとする。SDMが適切に使用されるためには、これを使用する臨床医の能力に負うところが小さくなく、新しい技能という側面がある。SDMを実用レベルに導くためには、そのための追加的な予算が必要になろう。なお、SDMは有用なものではあるが、SDMにより決定を行うことために提供される情報を過大な負担と感じたり、自己の価値観を明らかにする過程で混乱してしまう患者もいることから、あらゆる患者に相応しいというものではない。委員会は当面、SDMが有用なものとして展開するか、注目してゆくとする。

委員会は、以下の事項を勧告している。�  患者が能動的なパートナーとなるために、SDMには以下の要素を含む。a 身体状態、治療の選択、予想される結果についての医学上の情報b  医学上の選択肢を選択するに際して患者が自己の価値観と優先順位を明

確にさせるのを手助けする手段

                                      (��) Report of the council on medical service, �⊖A⊖�0(http://www.ama-assn.

org/resources/doc/cms/a�0-cms-rpt-�.pdf , P � ~ 6 ,last visited �0��. 6. �6 ).

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c  患者が説明を受けた上での治療の選択をするために治療上・価値上の情報を統合するのを助けるための系統立てられた指導

�  SDMの過程と患者の決定支援ツールの自主的な利用という発想を医師患者関係の強化と医療における決定の患者参加の促進方法として支持する。

3  患者の決定支援ツールの使用やSDMの過程を、医療保険の適用範囲とすること等には、反対する。

4  臨床現場にSDMの手段や過程についての知識を広めるためのパイロットプロジェクトの展開を支持する。

�  発展と評価の過程、医学的正確性、利益相反の開示における医師の関与を含む、患者の決定支援ツールの使用と発展についての品質の確立と改善を支持する。

6  SDMの検討を継続し、この方面における発展を下院に報告する。

3  ワシントン州における共同意思決定の条文

ワシントン州は、アメリカで初めて、共同意思決定を制定した州として著名である。同州法では、以下のものがSDMに関連している

(�6)

RCW �.�0.060 同意書面ー内容ー一応の証拠ー共同意思決定ー患者の決定支援ツール手段ー不使用

⑴患者が法的に同意能力を有している場合、または患者が同意能力を有していないときの患者の代理人が、以下に規定する同意書に署名した場合は、署名された同意書は、患者が実施された処置に対してインフォームド・コンセントを

                                      (�6) Reviced Code of Washington(RCW),http://apps.leg.wa.gov/RCW/default.

aspx?cite=�.�0.060(last visited �0��. �. �0).なおこのほか、RCW 4�.0�.033 に、共同意思決定プロジェクトに関する規定がある。

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与えた一応の証拠となり、患者は、証拠の優越によってこれに反証しなければならない。

⒜患者が合理的に理解できることを期待できる言葉での以下の説明。ⅰ提案された治療の性質および特徴。ⅱ提案された治療の予想される結果。ⅲありうる代替的な治療方法。ⅳ治療に含まれるありうる深刻な危険、副作用、期待できる利益。

⒝⒜の代替として、患者は前項で規定する要素を知らされないことを選択したという陳述。

⑵患者が法的に同意能力を有している場合、または患者が同意能力を有していないときの患者の代理人が、以下に規定する共同意思決定を承認した場合は、その承認は、患者が実施された処置に対してインフォームドコンセントを与えた一応の証拠となり、患者は、証拠の優越によってこれに反証しなければならない。共同意思決定の承認は、以下を含まなければならない。

⒜患者またはその代理人と医療提供者が、法・認定水準その他の強制手段によって定められるインフォームド・コンセントの要件に合致することの代替手段として共同意思決定に従事するという陳述。⒝患者および医療提供者が共同して同意した提供される役務についての簡単な説明。⒞患者と医療提供者が、ⅰ利用できるオプション、および、適切であれば、結果についての科学的知見の限界に関する議論の危険および利点を含む、条件について高品質で最新の情報、ⅱ患者がその価値と嗜好の選択を助ける価値の階層化、ⅲ決定過程における患者の関与を改善するようにつくられた、ガイダンスまたはコーチングの必要に言及するために用いられてきた、患者の決定支援ツール(decision aid or aids)についての簡単な説明。

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⒟患者またはその代理人が以下のことを理解した旨の陳述:無治療を含む、予防されるか治療される疾病または状態の危険性または重大性、無治療を含む、利用可能な代替的治療法の危険性、利益および不確実さ。⒠患者またはその代理人が、医療提供者に質問し、質問に患者が満足するまで答えられたことを証明し、特定の役務を受けることについての患者の意図を示す陳述。

⑶本条で用いられる共同意思決定とは、医師または他の医療従事者が、患者またはその代理人と、本項⑵で定められている情報について、患者の決定支援ツールとともに協議する過程であり、患者は、医療提供者と、治療や副作用を他の方法よりも許容しうる関連する個人情報を共有する。

⑷本条で用いられる患者の決定支援ツールとは、状態および治療の選択肢、利益および有害性に関して平衡の取れた情報提供であり、適切である場合には、結果およびそれについての科学的知見の限界の議論を含む、書面、視聴覚、またはオンラインツールで、それが一又はそれ以上の国の認証機関により認証されたものを意味する。

⑸書面の不使用または共同意思決定の不利用は、患者の決定支援ツール手段の使用の有無に関わらず、インフォームド・コンセントを得ることができないことの証拠として許容されない。本条⑴⒜に定められた署名された同意文書または本条⑵に規定する共同意思決定の署名された承認のどちらかを医療提供者が選択した結果として、民事責任またはいかなる責任も生じない。

本条は、患者が同意書面を提出している場合にはインフォームド・コンセントを与えたという一応の証拠が働くとする規定であるが、それにSDMに関する規定が追加されたものである。その規定は、SDMを認める書面を提出している場合はインフォームド・コンセントを与えたという推定が働くとする規定

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であり、この推定を覆すためには、患者側で証拠を提出しなければならないとする。

Ⅲ SDMをめぐるワシントン州以外の動き

SDMをめぐっては、前章で取り上げたワシントン州以外のいくつかの州においても、精力的に検討が行われている。以下では報告書が公にされインターネットにおいて参照可能な、ミネソタ州とメイン州を取り上げる。

1  ミネソタ州

ミネソタ州(��)

での報告書の結論としては、患者の意思決定支援ツールとSDMの積極的評価があるなかで、まだ直ちにこれを導入するという段階には至っていないと判断している。提案の内容は、以下のようなものである。

⑴推奨されるべき政策の選択肢は、①パイロット研究の設置、と②SDMの核となる典型例を展開すること、であり、⑵推奨されない政策の選択肢は、①SDMの強制、②SDMに対して追加的な報酬を提供すること、③SDMの質の評価に基づいて報酬の動機付けを与えること、④SDMに対して法的位置づけを立法すること、である。

推奨されるべき政策①②については、SDMについての社会の理解がまだ十分でないことから、まず先行研究を実施しようということであり、それによって採否が決まってくるということである。このため、推奨されない政策①~④は、SDM自体がまだ州法レベルで対応を考えるには時期尚早ということになっており、特に④について、法的な位置づけの立法を考慮することも、パイロット研究が行われて後のこととすべきとされている。このような形で、ミネソタ州の結論は、前向きにSDMをとらえつつ、まだしばらく様子をみるという内容になっている。

                                      (��) 前注(�4)参照。

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443 医療における共同意思決定について

2  メイン州

メイン州でも調査が行われ、やはり報告書が公にされている。その内容は、①SDMは何が最善の選択なのか明確でない状況で患者の選好が影響する状況にすべて適用されるべきであること、②決定支援ツールを保証する国の機関は現在のところ存在せず、決定支援ツールの効果は様々であること、③SDM導入のために償還を提唱することに難点があること、④償還はSDMの使用について動機付けとなること、⑤SDMはより高度な医療内容につながるという証拠が存すること、⑥医療費の低減についてはSDMの効果は不明確であること、⑦SDMを導入に必要な時間と資源の財源となる償還がないことは、SDM導入にあたって最大の障害となっていること、といった事実が確認された。そのうえで、以下のような提案、すなわち①SDMを導入する本当の費用を明確にすること、②短期・長期の結果を追跡する方法を作成すること、③SDMを医療に埋め込む場合の利用可能性、効果、効率性を決すること、④信頼できるように特定する医学的に適切な患者のSDMの方法を発展させること、⑤患者が望む程度にSDMに患者を従事させる方法論を確立すること、⑥SDMにおいて非医師・技術の利用の評価をすること、がなされている

(��)

以上、二つの州の報告書の内容から、アメリカでのSDMをめぐる動きについては、下記の点がコメントできるであろう。①各州のいずれも、インフォームド・コンセントとSDMとの二本立てとなっている同じようなアプローチであること、②抽象的にSDMの当否を論じることには余り積極的意義を見出さず、SDMを実施するために用いられる決定援助ツールの充実を求めていること、③SDMを立法することの問題性、についての疑問は示されていないこと、また、④医療側からの提案であることも、興味深い。②については、援助                                      

(��) A Study Conducted by The Shared Decision⊖Making Study Group for the Dirigo Health Agency's Maine Quality Forum, Final Report The Practice and Impact of Shared Decision⊖Making, Feb. �0��(http://dirigohealth.maine.gov/Documents/SDM%�0Final%�0Report_03%�003%�0��.pdf , last visited �0��. 6. �6).

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方法が十分な情報提供のツールとなれば、インフォームド・コンセントの負の側面も克服できることが期待され、それを問題視する立場からはこの方針は支持できるものであること、④については、インフォームド・コンセントが法的義務として定着しているところでは、むしろインフォームド・コンセントの基準を緩めるために積極的に立法化することが医療側によって推奨されている、というように読むことができる。なお、連邦レベルにおいても、医療の意思決定における協力、特に意思決定援助ツールの改善を中心に検討する連邦法が制定され施行されていることが注目される

(��)

Ⅳ 日本へのSDM導入の可能性をめぐる検討

1  説明義務に関する法的理解の大枠

日本でも、医療行為の前に医療関係者が患者に対して説明を行い、それに対して患者が承諾することで医療行為が実施される、という「説明と同意」は医療現場に定着したと言われている。ただし、この日本の状況はアメリカで論じられているインフォームド・コンセントとは似て非なるものであるとの指摘は、アメリカの日本法研究者により夙に指摘されているところでもある

(�0)

。最高裁判例の説明義務に関する到達点を要約すれば、患者側が説明の通常以

上の拡大を求めるためには、宗教的理由による説明の要請と異なる場合、ライフスタイルに強い影響を与える場合以外は、相応の理由があることが医学的知見に照らして存在しなければならない、ということになろう

(��)

。そのうえで医師は、患者の理解を踏まえたうえでその患者に最適な選択ができるように情報を

                                      (��) 4� U.S.C.A.���b⊖36(Effective:March �3, �0�0).(�0) 日本のインフォームド・コンセントと Informed Consent との相違については、

ロバート・B・レフラー(長澤道行訳)『日本の医療と法 インフォームドコンセント・ルネッサンス』(頸草書房、�00�年)参照。

(��) 最高裁判例の展開のごく簡単な要約については、前稿前注( 3 )���頁~���頁を参照。

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44� 医療における共同意思決定について

提供することが義務付けられる。ただし、個々の患者の具体的な理解可能性は必ずしも問題にされておらず、当人にとって実質的な判断機会が制度的に担保されているかについては疑問の余地がないわけではない。判例法理の展開の背景には、この種の事案が裁判で争われるようになったという実情、すなわち、患者別に説明範囲を決定する事態が医療現場で出てくるようになり、それが満たされなかった場合の法的解決が求められるようになっているということに注目すべきと思われる。

このように医師の説明義務違反については、患者の自己決定権との関連でかなりの程度認められる場合が生じているものの、他方で、説明義務違反によって認められる損害賠償については、別の展開が存する。すなわち、説明義務違反があれば後の治療が違法となり、以後の処置の結果の首尾・不首尾に関わりなく全損害を認めるということにはならず、患者には選択をなすかどうかについて機会を与えなかったとしても、その状態からすれば、説明不十分ではあるが提案された治療法を結局は選択したであろう可能性は高かったとして、医師の説明義務違反と、患者に生じた治療の結果としての不利益との間に因果関係はなく、ただ選択の機会を失わせたことに対して慰謝料を認める、という判決が増えている。その場合の慰謝料は、数百万円以下にすぎない

(��)

ものが大半であ                                      

(��) 近時の下級審判決では、公表されている医療事故訴訟事案では棄却例も少なくなく、また、説明義務違反を理由とする有責事例は必ずしも多くないのが実情である。たとえば、説明義務違反と重大な結果との間の因果関係を否定し(東京高判平成��年�0月��日(差戻し審・脳動脈瘤手術の説明)、福岡地判平成��年 � 月��日判時�0�3号��6頁(脳動脈瘤の説明)など、京都地判平成��年��月��日裁判所ウェブサイト(カテーテル挿入に関する説明)、名古屋地判平成��年��月��日裁判所ウェブサイト(美容整形の説明)、大阪地判平成�0年 � 月�3日判タ���0号344頁(斜頸に対する新規治療法の説明)、名古屋地判平成�0年 � 月�3日判時�0��号�6頁(クリッピングの説明)、京都地判平成�0年 4 月30日裁判所ウェブサイト(麻酔方法の説明)、東京地判平成�0年 � 月 � 日判タ���6号��0頁(麻酔方法の説明)、名古屋地判平成�0年�0月3�日判時�06�号6�頁(RFAの説明)、大阪地判平成��年 � 月 � 日判タ�300号��6頁(レーシック手術)、仙台地判平成��年 � 月30日裁判所ウェブサイト(不妊化手術の説明)など)、自己決定権侵害のみを認める

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る。

2  SDMの日本への導入可能性

以下では、現在の日本の説明義務違反に関する法理の状況で、SDMを受け入れる余地があるか、を検討する。患者の個別事情を医師が知っていた場合には、その価値観を反映して情報提供義務の内容を変化させること(輸血拒否が典型例)は、これまでも、情報提供義務が加重されるという場合で議論されてきたものであり、これは判例で受け入れられているものであって、SDM導入に際して積極的に用いることができることは、前稿でも指摘した。さらにSDMでは、患者の価値観次第では、事前に情報提供に増減が生じる可能性があることについて説明を受けていて、患者がそれを受け入れているということであれば、問題は起こらない、とも一応は言いうる。ただしこの場合、情報の取捨選択に関して医療関係者の裁量が入ってくるので、その裁量が合理的であったかどうかの判断が必要となり、注意が必要な場面も想定しうる。

SDMを導入することにより得られることが期待できるものとしては、以下の諸点がある。①SDMには、インフォームド・コンセントでは決定できない人々に対する決定方策の提供機会を与えること、が考えられる。現実社会では様々な性格と属性を持つ患者がおり、インフォームド・コンセントを求める患者ばかりではないのに、あらゆる患者は自己決定の機会を求めているとして、選択をしたこととそれに対する自己責任を強調されるのは、非常に酷であってそのような医療が常に正しいとは限らないという指摘がある。このような強制的自己決定、という批判を、SDMの導入によって回避することが期待できる。すなわち、共同決定という形を通じて、専門家からの助力を得て決定をすることにより、そ                                      

ものが目立っている。因果関係を肯定する事案もあるが(札幌地判平成��年��月��日判タ���4号��4頁(テオドール選択の説明。ただし慰謝料のみなので実質上は因果関係の否定事例と結論的には違いは殆どない)、岐阜地判平成��年��月 4日裁判所ウェブサイト(未破裂動脈瘤の手術の説明))、数的には少数である。

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の負担を軽減することが望まれる。②SDMの導入により、インフォームド・コンセントで傷つけられた医師患者間の信頼関係は再度、信認という形で復活するのではないかという期待もある。信頼関係の復活は、しかしそれほど容易なものではないと思われるが、まったく期待できないというわけではないかも知れない。医療の立場からは現在の説明義務に関する法理に対して疑念がしばしば唱えられており、その代替提案の内容はSDMの志向するものに近いことを考えれば、SDMが医療関係者に受け入れられる可能性は小さくない

(�3)

と推測される。他方、SDM導入を消極的に考える理由には、以下のようなものがあり得る

と考えられる。①インフォームド・コンセントの法理の結果として、医師から患者に対して、曲がりなりにも従来よりは情報提供がなされるようになった。現状において患者の決定に必要十分な情報提供が行われているかどうかは議論がありうるものの、医療関係者に対して情報を提供しなければならないという動機付けを与えるものとなっていることは確かである。SDMはそれを改めて制限することを奨励・肯定しかねないという懸念がある。②インフォームド・コンセント法理が果たしてきた、被害者の救済法理として機能する場面が狭められる可能性がある。

こうしたSDMについての消極的側面については、以下のような指摘をすることができる。

消極面の①に対しては、SDMとは患者の価値判断を確認した上で共同決定してゆくというもので、医療者が勝手に選択肢を削って提示するというものではないこと、を指摘することができる。これはSDMをどのように実施するかにその内容は依存せざるをえないが、SDMそれ自体は、医師・医療関係者の

                                      (�3) 最近のものとして、佐藤恵子「似て非なる「日本式インフォームド・コンセン

ト」を超えるために」岩田太編著『患者の権利と医療の安全』�0頁以下、とくに��頁(ミネルヴァ書房、�0��年)。

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パターナリズム復活を目指すものではない。しかしその運用次第によっては、結果的に懸念されるような悪影響が生じる危険もないわけではなく、特に自己決定の文化土壌が必ずしも十分に定着しているとはいい難い日本では、そうした運用にならないように、注意が必要であり、SDMの実施について配慮が必要である。そのためには、SDMを望む人々とインフォームド・コンセントを望む人々との両者の選択を尊重するための枠組みを予め準備することが適切と考えられる。

消極面の②に対しては、インフォームド・コンセントに医療事故の救済法理としての機能はまったくないわけではない。しかし判例においてインフォームド・コンセントが被害者救済的に運用される場合があるとしても、認められた責任はその多くが「選べたかも知れないのに選ぶ機会を与えなかった」限度で賠償を肯定するという傾向であり、因果関係が否定されるところでは、大きな金額が認められることにもなっていない。その結果、インフォームド・コンセントが救済法理として機能する意義は、期待権侵害・相当程度の利益侵害といった、別のかたちの救済法理が判例法理として定着した現状では、従来よりもより小さくなっていると評価することができる。

アメリカではSDMが患者の自己決定の実質の確保に効果的なのか、エビデンスが不十分という批判もあり、なお検討を要するが、基本的には、以上のような積極・消極両者を考慮に入れれば、日本でもSDMはその導入を前向きで考えることが適切と思われることは、本稿でも前稿と異なるところはない。SDMにより提供が必要と考えられる情報は提供されたが、患者が自己の価値観を十分に提供しなかったために必要な情報提供がなされなかったという場合は、患者の情報提供義務違反をその根拠として、基本的には過失相殺による処理で調整することになる。ただし、患者やその関係者の情報収集・提供能力と、医療関係者との圧倒的落差を考慮すれば、医療関係者に再質問が義務付けられる可能性はある。このように、SDMの具体的な導入方法については、患者が、自分が選ぶことができる事情を理解した上でSDMを選択したことを確認することが必要である。そしてSDMが新たなパターナリズムの温床となら

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43� 医療における共同意思決定について

ないかという点を考えると、ワシントン州法が試みているように、別個の枠組みを考えることが望ましいものと思われる。その上で、証拠方法と併せ、決定支援ツール手段の開発・進歩させることが必須ということになる。結局、SDMと言っても、方法論の確立がなければ、インフォームド・コンセントの到達点を後退させることになりかねないという危惧が現実化する恐れがあることは否定できないからである。

医療関係者にとっては、インフォームド・コンセントを求める患者と、SDMを求める患者の両者を相手にしなければならなくなり、煩雑にならないかという懸念はあるものの、事前の意向を確認する手段を担保し、それが証拠となって残すこととすれば、どちらを求める患者なのかわからないことから形式的な情報提供にとどまってしまう現状よりも、負担は軽減されると考えることもできるであろう。

もっとも、全米医師会が指摘するように、SDMでも荷が重いと感じる患者も存在することも推測される。特に高齢者などはその可能性が高いものと考えられ、こうした人々に対する情報提供のあり方は、更なる検討が必要である

(�4)

Ⅴ おわりに

以上、SDMについての検討の現状を立法例・報告書と論文を参照して概観・紹介した。SDMは定義の問題を始めとして、評価が固まっていない不明確な要素が多く、議論も錯綜しており、純化することが必要なところもあり、本格的な導入が先送りされているのも理由のないことではない。しかしその可能性を期待する意見は多く存在し、今後の発展により、アメリカにおいても広く用いられる可能性が小さいとはいえないと考えられる。

                                      (�4) 意思決定援助ツールは、有森直子聖路加看護大学准教授による翻訳・紹介が

なされている、オタワ個人意思決定ガイドが著名である(http://www.kango-net.jp/decisionaid/public/pdf/otawa0�.pdf)。

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日本では、「お任せ医療」の歴史が長かったこともあり、インフォームド・コンセントの本格的な医療現場への普及も平成に入ってからのことであるとの認識が一般的であって、SDMを導入することによって、再びお任せ医療に戻ってしまう恐れがないとはいえない。しかし医療における方針決定のあり方について、具体的患者の福祉にとっては望ましくない結果を招来している場合がインフォームド・コンセントによって生じているとすれば、それは改善の余地がある。その場合には、インフォームド・コンセントの到達点を確認し、医療上の決定に際しての患者の選択肢をどうするのか、患者自身の意向を確かめつつ選択を行なうという制度設計をすることが重要であろう。今後、北米以外の諸外国の進展状況も含め

(��)

、注意を払っていくべきと思われる。

本稿は、科学研究費課題番号���30�06003「がんの治療をめぐる医事法上の諸問題の研究」(平成��年度~�3年度)による研究成果の一部である。

                                      (33) 世界の状況については、Angela Coulter,前注( � )が、オーストラリア、カ

ナダ、ドイツ、スウェーデン、アメリカの状況についてインタビューを実施してその概況を紹介している。