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Kobe University Repository : Kernel タイトル Title 完全競争と技術進歩(Perfect Competition and Technical Progress) 著者 Author(s) 春山, 鉄源 掲載誌・巻号・ページ Citation 国民経済雑誌,197(1):79-93 刊行日 Issue date 2008-01 資源タイプ Resource Type Departmental Bulletin Paper / 紀要論文 版区分 Resource Version publisher 権利 Rights DOI JaLCDOI 10.24546/00056205 URL http://www.lib.kobe-u.ac.jp/handle_kernel/00056205 PDF issue: 2020-03-24

Kobe University Repository : Kernel · 本稿の構成は,以 下の通りである。第2節 では形式知と暗黙知がr&dの 結合生産財と なることを示す例を考える。また,暗

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Kobe University Repository : Kernel

タイトルTit le 完全競争と技術進歩(Perfect Compet it ion and Technical Progress)

著者Author(s) 春山, 鉄源

掲載誌・巻号・ページCitat ion 国民経済雑誌,197(1):79-93

刊行日Issue date 2008-01

資源タイプResource Type Departmental Bullet in Paper / 紀要論文

版区分Resource Version publisher

権利Rights

DOI

JaLCDOI 10.24546/00056205

URL http://www.lib.kobe-u.ac.jp/handle_kernel/00056205

PDF issue: 2020-03-24

完全競争 と技術進歩

春 山 鉄 源†

内生 的技 術進 歩 に基 づ く経済 成長 モ デル で は,独 占利潤 を追 求す る企業 家 に よ っ

て イノベ ー シ ョンが生 じる。 この研 究 に よ ると,利 潤 が無 い完 全競争 市場 で は技術

進 歩 は内生 的 に発生 しな い とい う結 果 を意 味す る。本 稿 では,こ の 支配 的な見 解 か

ら離れ,収 穫 一定 の完 全競争 経済 にお いて技 術進 歩 が内生 的 に発 生 す る ことを示す 。

この結 論 は,R&Dに よ り形 式知(cod面ed㎞owledge)と 暗 黙知(tacit㎞owledge)

の 二つ の タイ プの知識 が結合 生産 財 と して創 り出 され るとい う仮 定 に基 づい てお り,

本稿 で は この仮説 を支 持す る例 と実 証研 究 を検討 す る。

キー ワー ド 完全競 争,R&D,経 済成 長,技 術 進歩

1は じ め に

完全競争を仮定する新古典派成長モデルでは,技 術進歩の要因について何の説明 もない。

この点を補 うために,長 期的経済成長分析のフレームワークとして内生的技術進歩に基づ く

経済成長モデルが提案された。 このモデルでは,技 術進歩は利益を求める企業家の努力によ

って起 こり,R&Dの コス トは不完全競争市場での独占利益によって償われる。言 い換える

と,利 潤が無い完全競争経済では,技 術進歩 は内生的に起こらないことを意味する。 この結

論は政策立案者の間で広 く認められてお り,知 的所有権に関する現在の政策議論の前提 とな

っている。

本稿では,こ うした支配的な見解か ら離れ,企 業の独 占力と利益誘因は内生的技術進歩の

十分条件ではあるが,必 要条件でないと主張する。すなわち,規 模に関して収穫一定の完全

競争経済下で技術進歩は内生的に起 こることを示す。 この結果は,内 生的技術進歩 に基づ く

経済成長モデルのメカニズムに疑問を投ずることになる。1)

本稿の議論は,形 式知と暗黙知はR&Dの 結合生産財であるという仮説 に基づ く。形式

知とは,マ ニュアルや専門雑誌のように文章や数式,図 に表すことが出来る知識のことであ

る。例 として,コ ンピュータ ・ソフ トウェアのソースコー ドを挙げることが出来る。暗黙知

とは,明 示的に詳細を記述 ・表現できない知識である。 これは,形 式知をより効率良 く使い,

専門家が形式知に苦慮することなく,望 ましい結果を得 ることを可能にする知識である。例

80 第197巻 第1号

えば,自 転車に上手に乗るコツや有能なプログラマーがソースコー ドを作成する直感的な要

領やコツである。結合生産物仮説は,R&Dに より形式知と暗黙知の両方が生産 されると考

える。そ して,前 者は独占利潤 につなが り,後 者は労働者に体化され賃金を上昇させる。次

節では,こ の仮説を支持する例を検討す る。

形式知の特徴は,非 競合性である。Romer(1990)が 強調 したように,形 式知(例 えば,

新 しい財の設計図)は 多 くの場所で同時に望む回数だけ何回も使 うことができる。形式知に

こういった公共財的な性質があることにより,R&Dの 費用を償 うためには独 占利潤が必要

であるとRomerは 主張する。 この点は,内 生的技術進歩モデルが最 も強調する結果である。

それ らのモデルにおいて,暗 黙知 も間接的な役割を果たす。例えば,Romer(1990)の モデ

ルを考えてみよう。新 しい知識が生産 されるとR&D労 働者の生産性は増加するとい仮定2)

がある。この仮定は,形 式知が創 り出されると,さ らに新 しい形式知の創 出を可能にす る暗

黙知が蓄積されるということと等 しい。R&Dは 学習 プロセスである事を考えると,現 実的

な仮定である。 しか し,そ のような学習効果は外部性であると仮定 している。すなわち,イ

ノベーターは暗黙知の習得から収益を得 ることができない。暗黙知は即座に,ま った く費用

がかか らずに,す べての労働者 に伝播す るという意味で非競合性が仮定されている。つまり,3)

暗黙知は純粋な公共財 として仮定されている。

しか し,現 実経済を考えると,あ るイノベーターが習得 した暗黙知(形 式知を利用 したり,

新 しい形式知を創る能力)が 他 のイノベーターに何の費用も掛か らず伝播するとは考え難い。

本稿は,暗 黙知 にはある程度の競合性があると主張し,暗 黙知の習得 には費用が掛かる学習

プロセスが必要であると考える。また,知 識を備えている人が同時に2ヵ 所には存在できな

いため,Romer(1990)は 人的資本が競合的であることを強調 した。すなわち,暗 黙知が労

働者に体化され,競 合的であれば,形 式知による独 占利潤が皆無であって も,イ ノベーター

は暗黙知習得から収益を得 ることができるのである。

この洞察に基づき,本 稿では,イ ノベーションにより2種 類の収益が存在す るモデルを提

案する。第1の 収益は,形 式知による収益であり,独 占利潤である。第2の 収益は,暗 黙知

が知的人的資本として労働者に体化 されることにより生 じる収益である。 このモデルでは,

独占利潤がない完全競争的経済 においても,R&Dの 費用はイノベーターに体化された暗黙

知からの競争的収益により償われ,暗 黙知による収益は内生的技術進歩の十分条件 と成 りう

るのである。さらに,こ の結論は,完 全競争経済ではすべての所得が要素支払いとして配分4)される

ことを意味する規模 に関する収穫一定の仮定と矛盾 しない。

既存研究では,完 全競争経済において技術進歩を内生化す る2つ の分析方法が提案 されて

いる。第1の アプローチは,形 式知が不完全に非競合的であるという仮定 に基づいており,

さらに,「形式知は完全に競合的である」 という仮定が現実をよ り正確 に近似 していると主

完 全 競 争 と 技 術 進 歩 81

張する(BoldrinandLeVine(2006)とQuah(2002a,b))。 本稿のモデルでは,既 存の内生的

技術進歩モデルと同様,形 式知は完全な非競合性によって特徴付けられ,第1の アプローチ

とは対照的である。第2の アプローチは,生 産関数が規模に関する収穫逓減を仮定 し,固 定

要素に対する準 レン トの役割を強調する(She11(1973)とHellwigandImen(2001))。 本稿

のモデルでは収穫一定性が仮定されるので,準 レン トは存在 しない。

本稿の構成 は,以 下の通 りである。第2節 では形式知 と暗黙知がR&Dの 結合生産財 と

なることを示す例を考える。また,暗 黙知が不完全に非競合的な特徴を有 し,結 合生産物仮

説を支持する実証研究を考察する。第3節 では,規 模に関 して収穫一定の概念を用 いて,本

稿 のモデルと既存研究の関係 について検討する。第4節 では,完 全競争モデルを展開す る。

最後に結論を述べる。

2結 合生産仮説

2.1例1

バイオテクノロジー産業 は,2人 の科学者,S・ コーエ ンとH・ ボイヤーによる1973年 の

DNA組 み換えに関す る基本的な技術の発見の上に築かれた。 この技術を使 うことにより,

科学者が有機体から遺伝子をとりだし,も う一つの有機体にそれを注入す ることによって人

工DNAを 作 る。 この技術の形式知は,出 版 されたジャーナルで探す ことができる。一方,

発明されたテクノロジーの重要な特徴は,実 行することが非常に難 しいことである。つまり,

形式知を実行するためには関連する暗黙知が必要なのである。例えば,他 の科学者との共同

執筆や博士論文指導を通 して学ぶことにより,形 式知を実行するための要領はゆっくりと広

まった。これは暗黙知の伝播がゆっくりしたペースで進んだことを反映 している。 また,新

しい形式知をより効率よく使 うための暗黙知が研究者 に徐々に蓄積 されたという意味では,

一種の人的資本が蓄積 したと考えることができる。より多 くの人々が新技術を学ぷにつれて,

知識の暗黙的性質は薄れい く。Zucker,eta1(1998)は1990年 を遺伝子配列の発見が特 に難

しい仕事でな くなった年と考えている。 しか し,そ れは人的資本が役に立たな くなった こと

を意味するものではな く,単 に暗黙知が以前 より多 くの科学者に体化 されたことを意味 して5)

いる。R&Dを 通 して蓄積 した暗黙知 は,遺 伝子組み換え技術のイノベーター(S.コ ーエ

ンとH.ボ イヤー)と 他の技術者の人的資本を永久に増加させた。すなわち,イ ノベーショ

ンは新 しい知識を創出 し,同 時に,イ ノベーターの人的資本を増大させたのである。

2.2例2

先 の例 は,発 明方 法 の 発 明 に 関 す る もの で あ る。 第2の 例 は,オ ー プ ン ソー ス ・ソ フ トウ

ェ ア の発 展 につ い て 考 察 す る。 世 界 中 の コ ン ピュ ー タ ・ソ フ トウ ェ ア の プ ロ グ ラ マ ー は ソ フ

82 第197巻 第1号

トの ソー ス ・コ ー ドを 共 有 し,自 発 的 にバ グ を 直 しコ ー ドを修 正 し,ソ フ トの 改 善 に貢 献 す6)

る(例 え ばApacheとLinux)。 ラ イ セ ン ス は,オ ー プ ン ソ ー ス ・ソ フ トウ ェア に付 属 し,

自 由配 布 が 行 わ れ,独 占利 潤 は な い 。 ソー ス コー ドの非 競 合 性 と非 排 除性 を 前 提 にす る と,

オ ー プ ン ソー ス ・ソ フ トウ ェ ア開 発 は,経 済 学 者 に と って 当 初 大 変 驚 くべ き こ とで あ っ た。

「プ ロ グ ラ マ ー に貢 献 の 動 機 を 与 え る も の は何 か?」 とい う疑 問 で あ る。LernerandTirole

(2002)は 二 つ の 関 連 した 答 え を提 示 して い る。

第 一 に,オ ー プ ン ソ ー ス ソ フ トウ ェア 開 発 に参 加 す る こ と に よ り,プ ロ グ ラ マ ー は 雇 い主

が割 りあ て る仕 事 の 生 産 性 を 向 上 す る こ とが で き る か も しれ な い。 さ ら に こ の考 え を 拡 張 す

る と,プ ロ グ ラマ ー の(雇 い主 に特 有 な もの で は な い)全 般 的 な プ ロ グ ラ ミ ング能 力 の 向上

に つ な が る と考 え られ る。 新 しい形 式 知(す な わ ち,ソ フ トウ ェア の 改 良)を 創 り出 す こ と

で,プ ロ グ ラ マ ー は プ ロ グ ラ ミ ング生 産 性 向 上 の た め の 暗 黙 知 を 蓄 積 す る の で あ る。 こ れ は

形 式 知 と 暗黙 知 が 創 造 的 な 活 動 の 結 合 生 産 財 に 当 て は ま る ケ ー ス で あ る。

LernerandTiroleの 第2の 答 え は,研 究 者 と して の 職 歴 に 関 連 して い る。 これ は,Quah

(2002c,p.29)に よ って 次 の よ う に説 明 さ れ て い る。 「報 酬 プ ロ セ ス は動 的 な もの で あ る。

オ ー プ ン ソー ス ・コ ミュニ テ ィが要 求 す る厳 格 な 基 準 を 満 た す コー ドを提 出 す る こ とに よ り,

そ の プ ロ グ ラマ ー の良 い 評 判 が 世 間 に広 ま り,高 給 な ソ フ トウ ェ ア関 連 職 に 転 職 す る可 能 性7)

を 高 め る の で あ る。」 こ の シ グ ナ リ ング の 観 点 に よ る と,イ ノ ベ ー シ ョ ン は暗 黙 知 の 増 加 を

雇 用 主 に 知 らせ,人 的 資 本 か らの 収 益 を増 加 させ る ので あ る。 す な わ ち,市 場 評 価 とい う意

味 に お い て,形 式 知 と暗 黙 知 は創 造 的 活動 の 結 合 生 産 物 と して み な せ るだ ろ う。Lemerand

Tiroleの2つ の答 え は,期 待 さ れ る報 酬 の増 大(必 ず しも,利 潤 で あ る必 要 は な い)が,人 々

を イ ノベ ー シ ョ ンに 従 事 させ る例 を 示 して い る点 に注 意 さ れ た い。

2.3実 証研究

上の議論では,形 式知 と暗黙知がR&Dの 結合生産財である場合,イ ノベーシ ョンの収

益は2種 類存在することを示 している。 この結論は,CohenandLevinthal(1989)の 実証研

究によって支持されている。彼 らの研究によると,R&Dは 二つの異なる 「顔」を持 ってい

る。第1の 「顔」は,新 しい知識を生産することであ り,本 稿の形式知創出に相当する。第

2の 「顔」は,既 存の知識を学んだ り吸収することで企業の生産性 を改善す ることである。

これは,研 究者の質の向上を示 しており,言 い換えると,R&Dに よって暗黙知が蓄積され

知的人的資本が増加す るということである。 さらに,CohenandLevintha1は,企 業が意思

決定の際に第二の 「顔」の役割を認識 し,生 産性の改善を考慮 していることを実証的に確認8)

している。この結果は,企 業は形式知による収益と暗黙知が研究者に体化 されることによる

2つ の収益を期待 し研究開発に投資するという企業行動を示 している。

完 全 競 争 と技 術 進 歩 83

2.4暗 黙知 と知的人的資本

ここでは,本 稿における知的人的資本 と他の研究で用いられる人的資本の相違点と類似点

に言及 してお く。一般的に人的資本は経済活動を実行する能力を示 し,通 常の学校教育やオ9)

ン ・ザ ・ジョブ ・トレーニ ングを通 じて蓄積 される。他方,本 稿の知的人的資本はR&D

を通 して蓄積する暗黙知に基づいてお り,教 育やオン・ザ ・ジョブ ・トレーニ ングよりも狭

義である。また,後 者は非熟練労働者の生産性の改善を含んでお り,こ れは本稿の結合生産

仮説 とは関係 しない。

暗黙知をモデル化するうえで以下の2点 が重要である。第1に,形 式知の創 出には不確実

性が存在するが,そ れと同様に,暗 黙知の生産にも不確実性が存在する。 これは,R&Dの

事前的な リスクによる。第2に,形 式知が陳腐化 した場合,研 究者は関連する暗黙知の陳腐

化 に直面す る。これは,イ ノベーターが被 る事後的な リスクである。この リスクをモデルに

反映させるために,形 式知が陳腐化 した場合,関 連する暗黙知は部分的に陳腐化 し,新 しい

形式知に移転可能性があると仮定する。 この点は,技 術に特有な人的資本(technologyspe-

cifichumancapita1),す なわち,技 術 と人的資本の補完性の概念に関連性がある。

しか し,結 合生産物仮説は既存の研究で仮定 される技術 と人的資本間の補完性とは本質的

に異なる。技術 と技能の補完性 とは,あ る技術を実行するにはその技術に特有なスキルが必

要であることを意味する。特に,過 去30年 間にアメリカで賃金不平等が拡大 したことを説明

するために,こ の考え方が広 く用いられている。一般的に,こ の文献は,技 術と技能の補完

性の結果に関心がある。一方,結 合生産物仮説は,そ うした補完性の要因に関心があり,本

研究はAcemoglu(1998)近 い。 さらに,GalorandTsiddon(1997)お よびJovanovic(1998)

は,知 識 と人的資本の補完性を表現するうえで,類 似 してはいるが異なった仮説を用いてい10)る。彼 らは,学 校教育やオン・ザ ・ジョブ ・トレーニングが人的資本を引き上げ,そ の副産

物 として新 しい知識が生 じると仮定 している。 しかし,こ れ らの研究では,R&Dの 関数を

明示的に仮定 してないため,完 全競争下でR&D費 用がどのように して償われるかについ

ての分析には適 していない。

3規 模に関 して収穫一定と関連文献

この節では,規 模 に関 して収穫一定の概念を用いて,本 研究が既存研究 とどういった関連

性があるかを考察する。且 は非競合的な形式知のス トック,五 は非熟練労働者,π は知的

人的資本 と置き,最 終財の生産関数を

y=F(ノ1,」乙,H)(1)

と仮定する。 ここで,H≡hNと し,Nは 暗黙知を蓄積 した労働者の数であ り,hは 暗黙知

蓄積による知的人的資本を表す。生産関数(1)は 競合的な生産要素であるLとHに 関 して

84 第197巻 第1号

収穫一定 と仮定する。完全競争経済では,所 得は生産要素支払いとして使い果たされ,形 式

知のス トックを増加させるためのR&D費 用を償うことができない。すなわち,

Y=w`L十 ω"H (2)

が成立す・・ただし・捗 器 ω』 器 であ… の繍 ・より…m・ ・(199・)で は・

内生的技術進歩のために不完全競争市場が必要なのである。

しか し,本 稿のモデルでは,独 占利潤が無 くて もR&D費 用を償 うことができる。 この

点は(2)を 整理することにより理解できる。

Y=ωL(L十N)十(hωH-wL)N (3)

右辺第一項は,イ ノベーションによりN人 の労働者が暗黙知を蓄積す る前 にLとNに 対 し

て支払われる賃金である。 これは,R&Dの 結果にかかわ らず支払われる。R&Dが 成功 し

なければ,暗 黙知 は生産 されず,す べての労働者 は非熟練労働者である。第2項 は,R&D

の成功によ り暗黙知が蓄積され,そ の暗黙知(知 的人的資本)に 対する支払いを表 している。

形式知と暗黙知がイノベーションの結合生産財であるため,第2項 がR&Dの 費用を償う

ことができる。 このことか ら,完 全競争経済 とR&Dが 両立するという結果が理解できる。

次に,(2)を 用いて,既 存研究 との関係について説明す る。完全競争経済で技術進歩を内

生化する2つ の方法が存在する。第1の アプローチは,生 産関数を収穫逓減仮定 し,準 レン

トの役割を強調する。部分均衡 モデルのShell(1973)で は,準 レントがR&D費 用 を償 う

ために使用される。長期的には所得は生産要素に対 しての支払いと等 しくなると考えた場合,

準 レン トは固定生産要素に対する支払 いに等 しい。Hを(2)の 固定要素 と解釈すると,

wHHは 準 レントを表す ことにな り,R&Dの 費用 と等 しいと解釈できる。 この議論の欠点

は,Romer(1990)が 指摘 したように,固 定要素 とR&Dの 間に明白な関連性がないことで

ある。Shel1の 考え方を発展 させたHellWigand■men(2001)は,こ の欠点を修正す る一般

均衡モデルを構築 している。

第2の アプローチは,「知識は無限に拡張できない」 という観察に基づいている。知識の

「有限的拡張性」 とは,そ の知識が体化されている財は有限の速さで しか再生産できないと

いうことを意味する(Quah,2002a,2002b,2002c)。 言 い換えると,知 識 は有限の速度でし

か伝播 しないという意味である。 この仮定のもとで,知 識のス トック五 は近似的に競合的

であり,さ らに,生 産関数F(A,L,H)は すべての生産要素に関 して収穫一定でな くては

ならない。y=βA,・Q>β>1の 特殊なケースで,BoldrinandLevine(2006)は 知識1単 位の

価格が正であることを示 し,一 般化 したモデルを展開している。 この結果は,内 生的技術進

歩が完全競争経済で生 じることを示 している。

完 全 競 争 と 技 術 進 歩 85

4完 全競争モデル

4.1完 全競争下でのイノベーション

本稿での主張をわか りや くするために,有 名なAghionandHowitt(1992)の モデルを拡

張 し分析を行 う。消費者はリスク中立的であ り,利 子率rは 一定である。最終財Y(ニ ュ

メレール財)は 完全競争下で生産 される。生産関数は

Yn=.4η∬舞五乱一α,1>α>0(4)

であ り,Lnは 非熟練労働者,x.は 財の品質がAnで ある中間財の投入量,下 付きのnは イ

ノベーシ ョンの回数を表 している。中間財の品質の向上 はA。+1=γAnに 従い,一 回あたり

のイノベーションによって γ>1だ け改善 される。

すべての中間財は完全競争下で生産され,形 式知である中間財のブループリン トは自由に

利用可能であ。すなわち,知 識は非排除的であり,ま た非競合的である。 しかし,暗 黙知は

イノーベーターに体化されてお り,競 合的である。また,イ ノーべ一ターは同時に2ヵ 所以

上 に存在できないため,暗 黙知(お よび,暗 黙知による知的人的資本)は 排他的である。11)

中間財xnを1単 位生産するには,1単 位の知的人的資本が必要と仮定する。すなわち,

τ。=・Hn(5)

Hn≡h.鵡 は知的人的資本のス トック,Nnは 暗黙知を蓄積 した労働者 の数,h>1は 暗黙知の

ス トックとする。以下で説明す るように,時 間1単 位の期間内に新 しい形式知 と暗黙知を創

出するイノーベーターの数は(多 くても)一 人である。 しかし,(5)は,1単 位以上の中間

財を生産するためには,1人 以上の暗黙知保持者が必要であることを意味する。 したがって,

(5)で は,新 しい形式知 に基づ く中間財 は,既 存の暗黙知を保有する労働者を雇用 し生産す

ることができると仮定 している。 これは,既 存の暗黙知は新 しい形式知へ移転可能であるた

めである。 この点については,次 節で詳 しく検討する。

w穿 は知的人的資本1単 位の賃金であり,麟 は暗黙知を保有 しない非熟練労働者の賃金

とする。完全競争市場における最終財および中間財の利潤最大化問題を解 くと次の相対的需12)

要関数を得 る。

ll-1≒ 急(・)

ここで,pnは 中間財の価格である。完全競争市場では,pn=w#と なり,式(5)を 使 うと相

対賃金を導出できる。

讐 一£1-1≒ 舟(・)

次に,R&Dの 技術 について説明す る。中間財の質のインデ ックスA.は,技 術革新が生

86 第197巻 第1号

じる と γ>1だ け上 昇 す る。 イ ノベ ー シ ョ ンは,R&D部 門 の 労 働 者 一 人 当 た りボ ア ソ ン率

λ>0で 起 こ る。 そ の た め,R&DにRn人 の労 働 者 が 雇 用 さ れ る と,イ ノベ ー シ ョ ンは ボ ア

ソ ン率 λRnで 起 こ る。

4.2イ ノベーションの結合生産物

任意の時点において,一 定 の労働者Zが 経済に存在 し,各 労働者は1単 位の労働サービ

スを供給する。暗黙知による知的人的資本を備えた労働者数は瓦 であり,そ の他の労働者

は暗黙知を保有 していない。そのうちL.が 中間財の生産部門で雇用され,RnはR&D部 門13)

で働 くとする。労働者の完全雇用により

Z=Nn+L。+R.(8)

が成立す る。R&Dの 成功以前 はすべての労働者が同質的であるが,成 功後は暗黙知蓄積に

より知的人的資本を蓄積す るので,労 働者間に異質性が生じる。

任意の時点で,R&D部 門においてR.の 研究者のうち1人 が成功す る。成功 した研究者

は,高 い品質の中間財の形式知(ブ ループ リント)を 創 出し,同 時に暗黙知を蓄積する。す

なわち,形 式知 と暗黙知がR&Dの 結合生産財である。 この結合生産財仮説は,形 式知 と

暗黙知の補完的性質に起因 している。

イノベーションの重要な特徴は,創 造的破壊である。創造的破壊とは,新 しく開発された

財によって既存の財が陳腐化することを意味す る。すなわち,新 しい形式知は既存の形式知

を陳腐化 させる。また,形 式知 と暗黙知の間に補完性があるため,新 しい形式知は既存の暗

黙知 も陳腐化させる。創造的破壊のこの重要な特徴をとらえるために,暗 黙知の異なる形式

知間の部分的な移転可能性を想定する。例えば,最 新のパ ソコンを開発す る過程で習得 した14)

暗黙知はさらに新 しいパソコンを開発するうえで役立つということである。言い換えると,

イノベーションによ り既存の形式知と既存の暗黙知は陳腐化するが,創 造的破壊の効果は形

式知 に対 してより強 く表れる。 この見解を反映させるために以下の仮定を置 く。暗黙知を保

有する労働者は,イ ノベーションが起こると1≧ μ>0の 確率で知的人的資本の陳腐化を被

る。μは新 しい形式知による暗黙知の陳腐化する度合いを示 している。

この仮定によ り,暗 黙知保有労働者数の変化は,

Nn+1-1>A=1一 μNn(9)

で表される。左辺は暗黙知を備えた労働者の変化量であ り,右 辺はイノベーションに成功 し

た人数から陳腐化 した知的人的資本を保有 している労働者数を差 し引いたものである。

(9)式 で想定された暗黙知による知的人的資本保有者 と非保有者の階層間の移動は図1に

要約される。R&Dに 成功 した後,研 究者は所得の階段を登 り,高 所得のw身 を得る階層に

87

加わる。一方,暗 黙知保有労働者のうちμの割合は,陳 腐化 により低所得 鶴 の階層 に移る。

この動学的な記述は,次 のことを意味する。階層間の移動は企業家の活動 と正の関係にあ り,

それゆえ経済成長 と正の関係にあるということである。 この結果は実証的な研究 と整合的で15)

ある。

4.3研 究 開 発 の イ ンセ ンテ ィ ブ

ω藍の 賃 金 を 得 る研 究 者 を 考 え よ う。R&Dに 成 功 す る と,高 い 品 質 の 中 間 財 の 形 式 知 を

創 出 し,同 時 に,暗 黙 知 を蓄 積 す る。 利 潤 が ゼ ロで あ る た め,暗 黙 知 が 陳 腐 化 す る ま で,

hω 駈1一 瞬+1の 追 加 的 な賃 金 を 得 る こ と にな り,そ の 割 引 現 在 価 値 の 期 待 値 は

rVn+1=ん ω昇+1-w看+1十 λRn+1[(1一 μ)(Vn+2-Vn+1)-XtV.+1](10)

と な る 。 最 終 項 は キ ャ ピタ ル ゲ イ ン(ま た は,ロ ス)を 表 す。n+2回 目 の イ ノベ ー シ ョ ン

が 起 こ る と,イ ノベ ー タ ー は1一 μ の 確 率 でVn+2-V,+1の キ ャ ピ タ ル ゲ イ ンを 享 受 し,μ

の 確 率 でVn+1の キ ャ ピタ ル ロス を 被 る。

(10)の 右 辺 第 三 項 の λR。+i(1一 μ)Vn+2-Vn+1)は イ ノベ ー タ ー が 異 時 点 間 の 形 式 知 の ス ピ

ル オ ー バ ー を部 分 的 に 内 部 化 して い る こ とを 意 味 す る。 将 来 の 研 究 者 は,過 去 の イ ノベ ー タ

ー に よ って 創 出 さ れ た 形 式 知 を無 料 で 用 い る こ と に よ り,次 世 代 の形 式 知 を生 み 出 す。 す な

わ ち,イ ノベ ー タ ー は 将 来 の 研 究 者 か ら形 式 知 の 使 用 料 を 受 け取 れ な い の で あ る。 これ は,

R&Dの イ ンセ ンテ ィブ を 歪 め る 外 部 性 で あ る。 しか し,イ ノベ ー タ ー は,形 式 知 と暗 黙 知

を創 出 し,1一 μ の確 率 で 暗 黙 知 を使 い続 け る こ とが で き る。 これ に よ り,形 式 知 の 陳 腐 化16)

後 も余 剰 を 得 続 け る こ とが で き,上 記 の 外 部 性 は あ る程 度 軽 減 さ れ る。μ は,形 式 知 の ス ピ

ル オ ー バ ー 効 果 の 内 部 化 の度 合 い を示 して お り,低 い(高 い)μ は,よ り高 い(低 い)内 部

化 を意 味 す る。

技 術 者 に と って,イ ノベ ー シ ョン に よ る期 待 収 益 は δVn+1で あ り,機 会 費 用 はwkで あ る。

88 第197巻 第1号

研 究 開 発 に は 自 由参 入 で あ る た め,ネ ッ トで の利 得 は均 衡 に お い て ゼ ロ で あ る。 す な わ ち,

λVn+,・=tok(11)

が 成 立 す る。 こ の 条 件 は イ ノベ ー タ ー に と って研 究 開 発 と財 の生 産 部 門 で 働 くこ と が無 差 別

で あ る と い う こ とを 示 して い る。

4.4完 全競争経済下の長期的均衡

長期的均衡である定常状態を分析する。定常状態ではN=1/μ であるため(9),(6)式

から相対賃金率は

αhwHhω=1 -。 μム ω≡tvL

とな り,労 働 市 場 の完 全 雇 用 条 件(8)は 次 式 に よ って与 え られ る。

1z=一 十L十R .

μ

R&Dイ ンセ ンテ ィ ブ条 件 は,(10),(11)お よ び式(W`)か ら導 出で き る。

L-1毒 α(T(Rλγ)+1)・

こ こ で,

T(R)=ρ 十[μ 一(1一 μ)(γ 一1)].

(wc)

(ムルの

(Rlc)

(12)

こ の条 件 か ら,LとRの 関 係 は μ一(1一 μ)(γ一1)の 符 号 に依 存 す る こ とが わ か る。

4.4.1ケ ー ス1:形 式 知 ス ピル オ ーバ ー の 弱 い 内部 化

ま ず,μ が十 分 に大 き い ケ ー ス を考 え る。

μ≧(1一 μ)(γ一1)一 ⇒ μ≧1-⊥.(13)γ

(13)は,形 式知のスピルオーバー効果が弱い場合 を表 している。 この不等式により,R&D

のイ ンセンティブ条件である式(RIC)は,LとRに 正の関係 にあることを示 している。図

2で は均衡条件(LM),(Rlc)お よび(Wう が描かれてお り,完 全競争経済での均衡を示 し

ている。R&Dの インセンティブ条件(Rlc)の 切片はL㎜ であり,R>0の ための最小相対

賃金

・ω… ≡1+音(14)

に対応 している。 もし均衡における相対賃金がこの閾値より低 ければ,R&Dの インセンテ17)

イブは無い。この結果は,内 生的技術進歩が完全競争経済で生 じるためには,あ る程度の賃

金格差が必要であることを意味する。

89

内生的技術進歩 には最小賃金格差が存在するという結果の直観は,知 識の不可分性で説明

できる。知識は,典 型的な不可分財である。1つ のアイディアは,そ の構成要素が100%完

全にそろってはじめて1つ のアイデア とな り,あ る部分が欠落する場合,1つ のアイデアと

して存在 しないのと同じである。知識 は"lumpy"で あるという性質を意味 している。 この

性質により,R&Dに はある閾値以上の投資が必要であり,そ の閾値以下の投資では,新 し

いアイデアは生産されないのである。 そのR&D投 資の閾値に必要な最小賃金格差がhωmi。

である。

R&Dへ の投資を引き起こす最小賃金格差が存在するため,技 術進歩が起 こらない可能性

がある。そういった端点解では,内 生的技術進歩が生 じる場合と比べて賃金格差が小 さい。18)

内生的技術進歩が生 じる(1~*>0)た めの制約条件は

Z>'訓1+舌)(15)

とな る。

4.4.2ケ ー スII:形 式 知 ス ピル オ ー バ ー の 強 い 内部 化

次 に,μ<(1一 μ)(γ一1)の ケ ー ス を 考 え る 。 この 不 等 式 は,形 式 知 の ス ピル オ ー バ ー 効

果 が 強 い場 合 で あ る。R&Dイ ン セ ンテ ィブ 条 件(1~1c)に お い てLとRは 負 の 関 係 に あ る

こ と が わ か る。 この 場 合,(14)は 均 衡 で生 じう る最 大 の 賃 金 格 差 を示 して い る。 一 方,最 小19)

賃 金 格 差 は1で あ る。 ま た,図3で 示 して い る最 も現 実 的 な ケ ー ス に注 目す る と,R&D労20)

働 者 数 が正 で あ る 内点 解 に は条 件(15)が 必 要 で あ る こ とが わ か る。

今 ま で の 議 論 を 次 の よ うに ま とめ る こ とが で き る。

結果.形 式知と暗黙知がR&Dの 結合生産財であり,

内生的に起こる。

(15)が 満たされる場合,技 術進歩は

90

4.5相 対 賃 金 に 関 す る コ メ ン ト

方 程 式(10)は,相 対 的 な要 素 価 格 が イ ノベ ー シ ョ ンの 重 要 な 決 定 要 因 で あ る こ とを 意 味 し

て お り,こ の 点 に つ い て コ メ ン トを 付 け加 え る。 第1に,誘 発 的 イ ノ ベ ー シ ョ ン(induced

innovation)に つ い て の研 究(例 え ば,Kennedy(1964)を 参 照)で は,相 対 的 に高 い 要 素 価

格 が イ ノベ ー シ ョンの 方 向性 を 決 定 す る。 一・方,方 程 式(10)に お い て は,相 対 的要 素 価 格 が

経 済 全 体 の 技 術 進 歩 率 を 決 定 して お り,同 様 の結 果 がAcemoglu(1998)に よ って 得 られ て

い る。

第2に,完 全 競 争 経 済 で は,賃 金 格 差 が 存 在 す る とき の み,イ ノ ベ ー シ ョ ンが生 じる。 こ

の意 味 で,賃 金 格 差 は 完 全 競 争 経 済 で イ ノベ ー シ ョ ンが起 こ る た め の 「必 要 悪 」 で あ る。 し

か しな が ら,賃 金 格 差 と イ ノ ベ ー シ ョ ンの 間 に トレー ドオ フが 必 ず存 在 す る こ とを 意 味 す る

もの で な い。 ケ ー ス1の μ≧(1一 μ)(γ一1)の 場 合,(Rlc)は 右 上 が りで あ り,賃 金 格 差 と

Rの 間 に トレー ドオ フが 存 在 す るが,ケ ー ス 皿 の場 合 は異 な る。

最 後 に,ケ ー ス1の μ≧(1一 μ)(γ一1)の 場 合 が,過 去30年 間 の ア メ リ カ に お け る賃 金 格

差 の拡 大 を 説 明す る と考 え る偏 向 的 な技 術 進 歩 の多 くの研 究 と整 合 的 で あ る こ とを 指 摘 して

お く(Acemoglu(2002)参 照)。 偏 向 的 技 術 進 歩 とは,イ ノベ ー シ ョ ンに よ り熟 練 労 働 者 に

21)対す る相 対 的 需 要 が増 加 す る こ と を意 味 す る。 こ の 点 は,本 稿 の モ デ ル の α の 増 加 に よ っ

て 表 す こ とが で き る((6)を 参 照)。 弱 い 内 部 化 の ケ ー ス で は,関 連 文 献 の 結 果 と同 様 に α

の増 加 が 賃 金 格 差(w)と イ ノベ ー シ ョ ンに対 す る投 資(R)の 両 方 を 増 加 させ る。 一 方 ,強

い 内部 化 の 場 合,α の増 加 は賃 金 格 差 を 減 少 させ るが,研 究 開 発 投 資 を増 加 させ る。

5お わ り に

内生的技術進歩 に基づ く経済成長モデルでは,独 占利潤を追求する企業家によってイノベ

ーションが起 こる。既存研究によると,生 産関数が規模 に関 して収穫一定であり,市 場が完

全競争である場合,技 術進歩は内生的に発生 しないという結果を意味 し,こ の見解は現在広

完 全 競 争 と 技 術 進 歩 91

く受け入れられている。本稿では,こ の支配的な見解から離れ,収 穫一定の完全競争経済に

おいて技術進歩が内生的に発生す ることを示 した。 この結論は,R&Dに よ り形式知 と暗黙

知の2つ のタイプの知識が結合生産財として創 出されるという仮定に基づいている。

† 三 谷 直紀 氏 よ り有益 なコ メ ン トを頂 いた こと に感謝 の意 を表 したい。 本稿 に残 る誤 りの一 切 の

責任 は筆者 に帰 す る もので ある。本稿 は,科 学研 究費 補助金 基盤 研究(B)(課 題 番号17330042)

の研究 成果 の一 部で あ る。

1)暗 黙 知 はPolanyi(1966)に よ って提 唱 され,Nonaka(1994)は,形 式 知 と暗黙 知 の役割 に焦 点

を合 わせ経 営理 論 を展 開 して い る。

2)知 識 の ス トックAtはA,=δA,R!,δ>0に 従 って増 加 す る と考 え る。 ここで,R`はR&D労 働

者 の数 で あ り,ん は知識 の ス トックであ る。

3)こ の点 は,研 究者 の アイ デ ンテ ィや そ れ までの仕 事 の経 歴がRomerモ デル で重 要 でな い こ と

を考 えれ ば明確 で あ る。 この よ うに,イ ノベ ー ターは新 しい暗黙知 の創 出か ら収 益 を得 る ことが

でき ない ため,独 占利 益 が研究者 に動 機 を与 え るただ1つ の要因 と して残 るの で ある。

4)類 似 した結果 を示 す研究 は後 ほ ど紹 介す る。

5)知 識 の伝 播 が知識 の創 出 と同時 に起 こ った と して も,人 的 資本 を所有 して いる事実 は変 化 しな

い。

6)ソ ー ス コー ドとは,プ ログ ラ ミング言 語(C言 語 やJava)で プ ログ ラマ ー が書 い た コー ドの

こ とを指す 。商 業的 ソフ トウ ェア は,ソ ー スコー ドを(0と1か らな る)機 械語 に変 換す るこ と

で作 られ,そ れを人 が読 み書 きす るに は非 常 に困難 で あ る。

7)科 学 者 の研究 に対 す る誘 因 につ いて類似 す る観察 が あ る。 研究者 に とって研究 対象 に対 す る興

味 が重 要 な誘 引で あ り,金 銭 的 な報 酬 は二次 的 な要 因で あ るとよ くいわ れ る。 しか し,Dasgupta

andDavid(1987)に よ る と,初 期段 階 に お いて,科 学者 は能力 に関す る良 い評判 を作 り上 げる

ことに よ り,後 の段 階 で金銭 的 な報 酬 を受 け る ことが で きる と主張 した。 この主 張 は,Stephan

andEverhart(1998)の 実 証研 究 によ って支持 されて い る。

8)伝 統 的 な考 え方 に よ ると,知 識 の外部 性 に よ り企業 はR&Dに 過少 投 資す る可 能性 が高 いが,

他 の企 業 のR&Dに よ る知 識 を吸収 す るた めにR&Dを 行 うこ とに よ り,研 究開 発投 資 を促 進

す る とい う結果 が導 か れる。

9)学 校 教育 の効 果 は,教 育 を受 ける人 々の能 力 の向上 を指 し,教 育 を供給 す る側 の質向上 を意 味

して いな い。後 者(例 えば,先 生)の 生産 性 改善 は,オ ン ・ザ ・ジ ョブ ・ トレーニ ングの概念 に

含 まれ る。

10)既 存 研究 で は,補 完性 を モデル化 す る3つ の ア プロ ーチが存在 す る。(i)人 的資本 は 内生的 であ

るが,技 術 進歩 は外生 的 で あ る文 献(Caselli(1999)やChariandHopenhayn(1991)),㈹ 人 的資

本 は外生 的 で あ るが,技 術 進 歩 は 内生的 で あ る文献(Lloyd-Ellis(1999)),㈹ 異 な る方 法 で 技術

と人 的資本 が内生 的 に生 産 され る文 献(Acemoglu(1998))。

11)こ の仮 定 を変 えて も,完 全競 争経 済 で内生 的 な技術 進歩 が生 じる とい う結 果 は変 わ らな い。

12)完 全競争 経 済 にお いて,生 産 され る中間財 は 限界費 用 に等 しい こ とに注意 され た い。 それゆ え,

92 第197巻 第1号

最 終 財 の生産者 は利 用可 能 な中間財 の中で最 高 品質 の中間 財を生産 に用 い る。

13)知 的 人 的資 本がR&Dに 必要 で な い こ とは本稿 の 結果 に対 して本 質 的な 影響 を与 え な い もの

で あ り,モ デ ルの簡 単化 の ため に仮 定 され て いる。

14)こ れ は,暗 黙 知 を保有 しない労働 者 と比 べて,暗 黙知 保 有者 は相 対 的 に新 しい技術 を用 い る こ

とに長 けて いる とい う点 でNelsonandPhelps(1966)と 整 合性 が あ る仮定 で あ る。

15)企 業 家 と階層 間 の移 動 の関 係 につ いて,Quadrini(2000)を 参 照 され た い。 また,企 業 家 と成

長 率 に関 す る正 の 関係 につ いて,AudretschandThurik(2001)やReynolds,etal.(2001)を 参照

された いσ 同様 に階層 間 の移 動 が生 じる成長 モデ ル につ いて はGalorandTsiddon(1997)が ある、

16)AghionandHowitt(1992)に おい て,市 場 を独 占 して い る企 業が イノベ ー シ ョンを行 うケー ス

で 同 じよ うな結 果 が得 られ る。

17)こ'の 結 果 は,例 えば,Z'が 十 分 に小 さ い場 合 に起 こ る。

18)図2が 示す ように,こ れ はR&Dイ ンセ ンテ ィブ条 件(1~lc)の 切片 は労 働市場 条件(LM)の

切片 よ り小 さい場合 を意 味 して い る。

19)最 小 賃 金格差 が1よ り小 さ くな ると,R&Dイ ンセ ンテ ィブはな くな る。

20)最 も現 実的 なケ ース と は,実 証研 究 が示 す よ うに,高 い利子率 が長 期 の成長 率を減 少 させ る場

合 であ る。

21)技 術革 新 の労 働供 給 に対 す る効 果 につ いて は,Leith,LiandGarcia-Penalosa(2003)を 参照 さ

れ たい。

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