kushio/on-semi/resources/Theses/2... · Web view図7は宇宙における食事に関する質問の回答結果である。「食事」は現役の宇宙飛行士も宇宙船内で最も楽しみだという。アンケートでは宇宙で食べたいもののトップは圧倒的に「和食」で65%、イタリアンやフレンチも12%強と人気である

  • Upload
    others

  • View
    0

  • Download
    0

Embed Size (px)

Citation preview

 2011年度 卒業論文

宇宙飛行士へのインタビューを基にした

「宇宙からの絶景」の選定

-“観光地としての宇宙”を広告する-

和歌山大学観光学部地域再生学科

野曽原 尚子

学生番号:27021070

指導教員名:尾久土 正己

<要旨>

 2012~2013年、世界では民間初の宇宙旅行が始動しようとしている。しかしながら、日本においては、まだまだ夢物語のように現実味を帯びていない。そのような現状である要因として、宇宙開発に対する理解の不足や、宇宙分野において新規参入企業の出現を阻止する産業自体の“敷居の高さ”が挙げられると考える。そのような課題を解決するためには、宇宙産業の必要性に関する情報発信が求められる。

宇宙旅行産業においても、日本では他国が主催するツアーを委託販売することしかできない現状である。日本において、宇宙旅行ビジネスのマーケットを創造するためには、宇宙観光の需要を喚起することが必要不可欠であるといえる。多くの人々にとって未知なる世界である“宇宙”の魅力、楽しみ方を積極的に情報発信することがその第一歩となるのではないかと考え、宇宙を広告するツールとして「宇宙百景」の作成を試みた。

現時点では宇宙飛行士しか知り得ない宇宙の魅力を情報発信するため、実際に宇宙へ行った経験を持つ宇宙飛行士にアンケート・インタビュー調査を実施し、感銘を受けた宇宙からの景色をまとめ、「宇宙からの絶景」を選定した。

本研究の調査から、“宇宙を広告する”際には「宇宙からの絶景」による視覚的訴求と合わせて、未知なる体験、価値観や感情の変化などのような「宇宙の醍醐味」についての情報発信が必要であると考えた。そこで、天体や大気現象などの客観的部門に分類した「宇宙からの絶景」を、その景色を見た際の心境や感じ方を基にした主観的部門に改めて分類した。“景色の紹介”という単なる視覚的訴求に“臨場感”という心理的訴求を加えるためである。本論文では、上記のような“臨場感”の伝達こそが、宇宙観光旅行の需要喚起のためのキーワードであることを明らかにした。

 

<目次>1.はじめに4

2.宇宙産業の現状2-1日本における宇宙産業の構造72-2日本における宇宙開発の課題72-3宇宙産業先進国アメリカ9

3.宇宙旅行とは3-1宇宙旅行の種類113-2日本における宇宙旅行ビジネス15(1)ヴァージン・ギャラクティック社とクラブツーリズム(2)スペースアドベンチャーズ社とJTB3-3宇宙観光旅行の需要163-4宇宙観光旅行がもたらす経済効果20

4.日本における宇宙旅行マーケティング4-1宇宙産業の商業化に向けたプロセス224-2新規参入企業へのアプローチ -JAXAの取り組み-(1)オープンラボ23(2)「きぼう」有償利用事業244-3宇宙を広告する24

5.宇宙百景の作成5-1作成の目的、意図305-2事前調査(1)文献から見る宇宙31(2)宇宙飛行士が撮影した画像から見る宇宙33(3)野口聡一宇宙飛行士に対するインタビュー調査465-3宇宙飛行士に対するアンケートの実施475-4山崎元宇宙飛行士に対する電話インタビュー調査545-5調査結果の考察55

6.結論61謝辞64

文献目録64

資料1 アンケート用紙65資料2 アンケートの回答73

1. はじめに

2012年、遂に民間初の宇宙旅行が始まろうとしている。主催会社はイギリスのヴァージン・ギャラクティック社で、2011年10月17日には既に「スペースポート・アメリカ(ニューメキシコ州)」を完成させた。ヴァージン・ギャラクティック社のサブオービタル宇宙旅行(第3章にて解説)は早ければ2012~2013年初に開始する予定となっている。この旅行では有人宇宙船「スペースシップ2」を載せたジェット機型の母船「ホワイトナイトツー」が、約1万8000m上空まで上昇した後、「スペースシップ2」を切り離す。その後、切り離された「スペースシップ2」はロケットエンジンを点火し、一気に高度約110kmの宇宙空間へ上昇する。6名の乗客は約5分間の無重力を体験でき、丸い地球を眺めることもできる内容となっている[endnoteRef:1]。 [1: 古田 靖. (2010年1月5日初版 第1刷発行). 新企画は宇宙旅行! TAC出版.(以下、古田 2010 と示す)]

このように、世界では宇宙旅行の実現が確実に夢物語ではなくなってきているのだ。しかしながら、日本においては一向に現実味を帯びてきていない。2005年、JTBが宇宙旅行の販売を開始した。当初は2007年に運行が開始する予定であったが、延期され続け現在も実現していない。このツアーはロシアのソユーズ宇宙船を使用し、拠点もロシアの宇宙開発施設である。つまり、日本では他国が主催するツアーを委託販売することしかできない状況なのである。2010年、宇宙開発予算について議論された政府の事業仕分けでは、「10年度の予算額の水準を維持」と判定され、約100億円の予算要求が縮減された[endnoteRef:2]。この事実からもわかるように、日本では宇宙開発そのものの意義がまだまだ理解されていないのである。よって、そのような現状の中での有人宇宙開発は更にハードルの高いプロジェクトなのである。 [2: 日テレNEWS24「事業仕分け 宇宙開発予算は『維持』と判定」(2010.11.18 14:01)(http://www.news24.jp/articles/2010/11/18/04170800.html)確認日2012.1.16]

一方で、2010年6月14日、日本の小惑星探査機「はやぶさ」が奇跡の帰還を果たし、世間の注目を集めた。このニュースによって国民の宇宙科学に対する興味、関心が喚起されたのは紛れもない事実である。この“はやぶさブーム”が「宇宙」に対して強い憧れを持つ人々が多数存在することを示しているとすれば、現時点で現実味を帯びていない宇宙旅行も受け入れられる素地は十分にあると考える。現在、好調な主要産業がなく、経済状況が低迷している日本において、新たな主要産業を確立させることが必要であるが、宇宙産業がその役割を担うことができれば、日本経済にも大きな影響を与えることができる。よって、現時点から宇宙旅行マーケティングを行うことは宇宙旅行産業のみならず、宇宙産業全体の成長にとって大きな意義があると言える。

本論文では、“宇宙へ行く”という移動行為を「宇宙旅行」と呼び、“宇宙で様々なものを観る、体験する”行為を「宇宙観光」と呼ぶことにする。この定義に従うならば、宇宙旅行ビジネスのマーケットを創造するためには、宇宙観光の需要を喚起することが必要不可欠であると言える。多くの人々にとって未知なる世界である“宇宙”の魅力、楽しみ方を積極的に情報発信することがその第一歩となるのではなかろうか。そこで本論文では、その効果的な情報発信のツールとして、宇宙で見ることのできる絶景を集めた「宇宙百景」なるものの作成を提案する。実際に宇宙へ行った経験を持つ宇宙飛行士にアンケートを実施し、感銘を受けた宇宙での景色をまとめ、現時点では宇宙飛行士しか知り得ない宇宙の魅力を情報発信するのである。現在、宇宙旅客機の開発など、ハード面の研究は着々と進められているが、“観光地としての宇宙”についてなど、ソフト面の研究は依然として未発達である。「宇宙百景」は“観光地としての宇宙”の魅力、楽しみ方を考察し、日本における宇宙旅行マーケットの確立に貢献するキラーコンテンツになり得る。

宇宙旅行の需要を喚起し、マーケットを創造し、宇宙観光産業の振興を実現する上での課題は何か。アメリカやイギリス、ロシアなどの宇宙産業先進国と日本の違いはどこにあるのか。これらの問題を考察することは日本経済を向上させ得る宇宙旅行マーケットを確立するために必要不可欠である。よって、本論文では、その中でも“日本における宇宙旅行の需要喚起が不十分である”という課題に着目し、「宇宙百景」の作成を提案、その有効性を実証することを目的とする。

(写真1:スペースポート・アメリカ)[endnoteRef:3] [3: http://image.search.yahoo.co.jp/search?rkf=2&ei=UTF-8&p=%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%83%B3%E3%82%AE%E3%83%A3%E3%83%A9%E3%82%AF%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%83%E3%82%AF+%E3%82%B9%E3%83%9A%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%88 (確認日2012/1/27)]

(写真2:スペースシップ2を載せたホワイトナイト2)[endnoteRef:4] [4: http://image.search.yahoo.co.jp/search?rkf=2&ei=UTF-8&p=%E3%82%B9%E3%83%9A%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%82%B7%E3%83%83%E3%83%972(確認日2012/1/27)

]

2. 宇宙産業の現状

2-1 日本における宇宙産業構造

 宇宙産業には以下、4つの産業で構成されている[endnoteRef:5]。 [5: 水野 紀男. (2006年11月15日初版 第1刷発行). 宇宙観光旅行時代の到来. 文芸社.(以下、水野2006と示す)p50]

①宇宙機器産業・・・ロケット、衛星、宇宙船(宇宙往還機)、宇宙ステーション等の飛翔物や地上施設等の製造を行う。

②宇宙利用サービス産業・・・衛星通信、リモートセンシングデータ提供、測位サービス、宇宙環境利用等の宇宙インフラを利用してサービスを提供する。

③宇宙民生機器産業・・・全地球測位システム(GPS)を利用したカーナビゲーションや衛星携帯電話端末等の民生用機器を製造する。

④ユーザー産業群・・・宇宙利用サービス産業から民生用機器、およびサービスを購入・利用して、通信、放送、交通、資源開発、環境観測、気象観測、農林漁業、国土開発等の事業を行う。

 2003年度の市場規模は売上高全体で4兆2552億円と推定され、その内訳は、宇宙機器産業2407億円、宇宙利用サービス産業6314億円、宇宙民生機器産業7046億円、ユーザー産業群2兆6786億円となっている[endnoteRef:6]。 [6: 水野2006 p51]

 市場全体の売上としては小さすぎる数値であるし、産業一つとって見ても、他の産業に属する一企業の売上程度のものである。

 また、日本・アメリカ・ヨーロッパ諸国の比較で見てみると、我が国の宇宙機器産業の売上高は、アメリカの約10分の1、ヨーロッパ諸国の約2分の1の規模に留まっている。

 以上のことから、日本における宇宙産業の規模の小ささが顕著にうかがえる。

2-2 日本における宇宙開発の課題

日本の宇宙産業に対する需要の官、民、対外(輸出)の割合は、70%、25%、5%と完全に官需に依存している[endnoteRef:7]。先述のように2010年の事業仕分けにて、宇宙開発予算の事実上の縮減が決定したことから、更に産業の成長が困難な状況に陥っている。 [7: 水野2006 p52]

宇宙航空研究開発機構産学官連携部の三輪田 真は以下のように述べている。

産業規模としては年間3000億円に満たない程度であり、この予算規模では平均的に年間2~3機の大型衛星・大型ロケットの打上げがせいぜいであり、官民合わせて1桁上の数のロケットを打ち上げているアメリカ・ヨーロッパ諸国とは、関連企業の体力がまったく違う。また、様々な制約があり、ロケットも衛星も国内製造企業が世界市場参入に遅れをとったため、コスト面でも実績の点でも海外からの契約を受注するのが非常に難しいところである。これらの国内での宇宙開発業務を受注しているのは、ロケット分野の三菱重工業、IHIエアロスペース、衛星分野の三菱電機、NEC東芝スペースシステムを始めとする、いわゆる「宇宙機器産業」であり、限られた官需の中だけでシェアを競い合っている現状では、新規企業の参入どころか、現企業の人員維持や下請け企業保持も厳しい状況にある[endnoteRef:8]。 [8: 宇宙航空研究開発機構 産学官連携部 三輪田 真「第8章 宇宙ビジネスへの参入の道」平成18年度 宇宙環境利用の展望 財団法人 宇宙環境利用推進センター(以下、三輪田2006と示す)]

以上からもわかるように、官需に依存しているにも関わらず予算が削減されている危機的状況の中では、ビジネスチャンスも発生しづらいため、民間の新規参入企業による競争も起こらずマーケットは拡大しないのだ。

三輪田は、日本における宇宙ビジネスへの新規参入について以下のように述べている。

宇宙機器産業は、国の予算が増加しなければ大きくなりにくい。したがって、特に宇宙利用サービス産業やユーザー産業群が大きくなることを期待することになる。この宇宙利用サービス産業もユーザー産業群も、民間企業の守備範囲であるので、本来は民間企業の活動に任せればよいとの意見もあるかもしれない。しかし、既存の宇宙産業には新しいマーケットを開拓するだけの余裕が少なく、このままでは大きい変化は見込めない。さらに、過去の経緯から、宇宙開発が遠い世界の限られた企業によるものという固定観念が広まっている。したがって、一般企業にとって宇宙は関係ない世界、入ることが大変な世界と思われているようである。いわば「敷居が高い」のである。 また、これまでのロケットや衛星、宇宙ステーションの開発という流れが、国の技術開発レベルを引き上げることを主眼に進められてきており、まだ社会のニーズがないところにインフラを作る結果、ニーズ開拓が後回しになっているという事情もあると思われる。よって、ただ黙って待っていても、新規参入企業が出てくる訳ではない。

これを打破するためには、新しい発想を持った新規参入企業を招き入れる必要がある。今まで宇宙分野に縁のなかった新規企業が宇宙のビジネスに参入しやすいよう、いわゆる「宇宙への敷居を下げる」仕組みがなければならない[endnoteRef:9]。 [9: 三輪田2006]

以上から、「宇宙開発の敷居の高さ」は新規参入企業の出現を阻止する大きな要因であるし、その課題の解決のためには、ビジネスチャンスの創出や民需拡大などの手段が早急に求められているといえる。

2-3 宇宙産業先進国アメリカ

未開拓な分野において、なかなか達成できない目標がある場合、その要因というのは様々である。莫大な開発費用、研究開発の難しさ、斬新なアイデア不足等、そういった障壁が技術者や企業の力だけでは乗り越えられない場合がある。こうした障壁に直面した際に、社会の側からイノベーションを促進する2つの方法について以下で説明していく。

まずは、①政府や公的な機関が補助金を出す、という方法である。この場合、開発費用に関する課題が解消されるのだが、もし目標が達成できなければ補助金(税金)が無駄になってしまうため、社会の側は補助の対象を慎重に選ぶ。その検討段階で政府の要求する基準を満たすことができず、プロジェクトが暗礁に乗り上げてしまうことはよくある。その例としては「観光丸プロジェクト」が挙げられる。観光丸は定員54名の垂直離着陸を行う宇宙往還機で、実現すれば乗客一人当たり300万円程度で宇宙旅行が行えるとされ、画期的な宇宙船となると考えられていた。しかし、再利用可能で軽量な機体をどのように開発するのか、といった課題に明確な解が示されていなかったため、しばしば非現実的な構想であると批判され、開発のための費用の壁を超えられず、プロジェクトは実現されなかった。

もう一つが②趣旨に賛同する資本家がお金を出し合って“賞”を設定し、参加意欲と競争心を煽り、開発競争を加速させる方法である。この方法の最大のメリットは、目標が達成されるまで出資者は1円もお金を出す必要がないところである。そして、目標が成し遂げられれば、賞金を用意した投資家は優先的に新しい技術を使う権利を得る。

②の方法にはデメリットもある。賞を成立させるためには、リスクを恐れず挑戦する人々の存在が欠かせないことだ。その点、こうした不屈のチャレンジ精神の豊富な人々が今も昔も多数存在する、フロンティア・スピリットの国アメリカではこの方法によってイノベーションが促進されてきた。20世紀初頭には、自動車、飛行機などの分野においてもこうした賞が多数設定され、その発展を促進してきたのである。[endnoteRef:10] [10: 古田2010 p48-50]

以上で述べた2つの方法によって、アメリカの宇宙開発も進歩を遂げてきたといえる。以下に、実例を挙げる。

 アメリカの政府機関であるNASA(アメリカ航空宇宙局)は2005年、民間輸送開発計画(COTS)を発表した。この計画は、従来の“ロケットは政府機関が開発し、打ち上げるもの”という常識を打ち破る内容であった。民間企業が開発したロケットをNASAが購入し、そのための資金を約5000億円用意するというものである。2011年を持って引退するスペースシャトルの後継機をより廉価で開発するのが狙いである。

 こうした取り組みによって、ロケット開発分野に民間企業が参入すれば、開発競争を通した低コスト化が実現するのである。[endnoteRef:11] [11: 『米ニューメキシコ州に史上初の「宇宙港」 ラスベガスのホテル王が「宇宙ホテル」計画 2011年宇宙旅行の旅』(宇宙コンサルタント・大貫美鈴、週刊朝日・三嶋伸一 週刊朝日 2011年1月21日号掲載)]

 2004年、アンサリ・Xプライズがアメリカにて開催された。民間の宇宙開発を促進するために組織された財団X PRIZE Foundation(エックスプライズ財団)によって運営されている、民間初の有人弾道宇宙飛行を競うコンテストである。このコンテストには、世界中の各地から26チームが参加した。定められた3つの条件<①高度100㎞以上(宇宙空間と定義されている高度)にまで到達すること、②乗員3名(操縦者1名+乗員2名分のおもりでも可)であること、③2週間以内に同一機体を再利用し、2回飛行を行うこと>を満たす宇宙船を最初に開発したチームに優勝賞金1000万ドルが与えられるという内容となっている[endnoteRef:12]。求められているのは、使い捨てではない、再使用型の宇宙旅客機を民間の資金で開発することであった。 [12: X PRIZE Foundationhttp://www.xprize.org/ (確認日2012/1/27)]

2004年10月4日、Xプライズは遂に受賞者を出した。スケールド・コンポジット社が手掛けた「スペースシップ1」が上記の3つの条件を満たしたのである[endnoteRef:13]。出資者でもある、ヴァージングループ会長のリチャード・ブランソンは、ヴァージン・ギャラクティック社とスケールド・コンポジット社の提携を発表し、次世代機「スペースシップ2」でのサブオービタル宇宙旅行の発売を宣言した[endnoteRef:14]。 [13: 古田2010 p47] [14: 古田2010 p52]

 2011年現在も進行中のコンテストがある。Google Lunar X Prizeだ。X PRIZE Foundationが次なる目標として、民間が開発した無人探査機で月面を探査することを提案したコンテストである。2007年9月にアメリカでスタートし、2014年12月31日まで行われ、規定の条件をクリアしたチームに最高賞金2000万ドルが与えられる。

 以上のように、アメリカでは賞自体が大きなモチベーションとなり、コンテストによって宇宙開発競争の喚起がなされているのである。

以上のような、開発競争を喚起する社会からのアプローチこそが、アメリカの宇宙開発が進歩し、産業全体が振興する所以であると考える。

3. 宇宙旅行とは

3-1 宇宙旅行の種類

 宇宙旅行と一口で言っても、様々な形態がある。以下で5種類の宇宙旅行形態について紹介していく。

①無重力体験ツアー

ここでは、JTBが販売している、地球上で無重力を体験するツアーについて説明する。JTBは、スペース・アドベンチャーズ社主催のアメリカとロシアで行われる2種類のツアーを販売している。

<アメリカ>

宇宙飛行士の無重力訓練用に特別改造され、「G-FORCE ONE」と名付けられたボーイング727-200型輸送航空機を使用して行うプログラムである。チャーター飛行もあり、映画やコマーシャルフィルムの撮影も行われている。この無重力体験飛行では、宇宙飛行士が軌道上にいるときに経験するのと同じ無重力状態を体感できる[endnoteRef:15]。 [15: JTB宇宙旅行-無重力体験(アメリカ)http://www.jtb.co.jp/space/zero.asp  (確認日2011/11/25)]

ジェット機客室の座席を取り払い、安全のため内壁にクッションが追加された機内は、まるで巨大な遊び場のようになっており、離陸したジェット機は放物線状の飛行経路を飛んでいく。ジェット機は水平位置から約45度の角度で上昇、この時約1.5~2Gの重力がかかり、放物線の最高点前後の20~30秒間で「フリーフォール」無重力状態が発生する。その後機首を約30度の角度に下げ再び1.5~2Gの重力がかかる。体が押さえつけられるような加重力と無重力を交互に体感することができる。

個人向けプラン(4,950ドル+5%の州税)、団体向けパッケージプラン、団体向けチャーター機プラン(165,000ドル+5%の州税)という3つのメニューが用意されており、共通パッケージには、約15回の放物線飛行での無重力体験、月重力の放物線飛行(1/6重力)、火星重力の放物線飛行(1/3重力)、無重力関連ギフト(DVD、ダッフルバッグ、Tシャツなど)、地上訓練と宇宙飛行士によるプレゼンテ-ション、祝賀パ-ティなどが含まれる。

<ロシア>

ロシア宇宙飛行士用の“Zero G(無重力)訓練プログラム飛行”を特別に公開、モスクワ郊外の「スターシティ」(正式名称:ガガーリン宇宙飛行士訓練センター)で訓練を受けた後、訓練用に特別改造されたイリューシン76型専用ジェット機で出発する。高度約7,500mから約10,500mの上空で、約30秒間無重力状態が出現し、体がふわふわと浮きあがる状態を約10~15回体験できる[endnoteRef:16]。 [16: JTB宇宙旅行-無重力体験(ロシア)http://www.jtb.co.jp/space/zero2.asp (確認日2011/11/25)]

フライトの後は、ガガーリンが人類初の宇宙旅行に成功した前年に建設されたスターシティで宇宙飛行士たちが訓練を受ける施設を見学することができる。豊かな森に恵まれた広大な敷地は、居住区と訓練区に分かれ、宇宙飛行士は家族とともに生活しながら訓練を行っている。パッケージプランには、ロシア宇宙飛行士との親睦ディナーがあり、宇宙気分を一層堪能できるプログラムとなっている。

②オービタル旅行(軌道飛行)

 この旅行は、ロシアのソユーズロケットに乗り、高度400kmの地球の周回軌道へと飛行し、国際宇宙ステーションに約1週間滞在するというものである。ロケット発射から軌道到達までは9分もかからないが、ISSへのドッキングに1~2日要するため、往復およそ10日間のスケジュールとなる。滞在中はロシアの宇宙飛行士とともに大型バス一台分ほどのモジュールで過ごす。価格はおよそ2000万ドルで、ロシア宇宙局による詳細なメディカルチェックとスターシティでの6~8ヵ月間のトレーニングが必要である[endnoteRef:17]。 [17: 古田2010 p142]

 少しハードルの高い内容となっているが、このオービタル旅行は2001年に既に実現している。アメリカの宇宙旅行専門会社、スペース・アドベンチャーズ社がロシア宇宙局と契約を仲介し、世界で初めて民間人を宇宙へと送り出した。

 現在、宇宙空間での滞在は国際宇宙ステーションに頼らざるを得ないが、今後宇宙ホテルなどの宿泊施設が建設されれば、民間人の宇宙旅行がより充実したものになっていくであろう。このような宇宙ホテル建設計画の先頭を走っているのが、アメリカ・ネバダ州ラスベガスを拠点としたホテル・チェーンのオーナー、ロバート・ビゲローである。彼が経営する宇宙ベンチャー企業、ビゲロー・エアロスペースは膨張式の宇宙ステーションモジュールを手掛けている。この膨張式の宇宙構造物は、打ち上げ時のロケットの直径にサイズが制限されることなく、また重量も軽減できる。2010年10月、ビゲローは商業宇宙ステーションの施設の利用について、イギリス、オランダ、オーストラリア、シンガポール、日本、スウェーデンの6つの国のクライアントと合意を結んだと発表し、2011年2月時点ではさらに増え7カ国となっている[endnoteRef:18]。 [18: Wikipedia-ビゲロー・エアロスペースhttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%93%E3%82%B2%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%A8%E3%82%A2%E3%83%AD%E3%82%B9%E3%83%9A%E3%83%BC%E3%82%B9 (確認日2011/11/29)]

 今後このような宇宙ホテルが商業利用されるようになり、民間のオービタル旅行者が増加すれば、宇宙旅行の敷居は確実に低くなっていくであろう。

③サブオービタル旅行(1地点間)

 サブオービタルという名の通り、準軌道飛行である。宇宙への玄関となるスペースポート(宇宙港)から宇宙旅客船を吊り下げた運搬用航空機が飛び立ち、高度15kmにまで上昇する。そこで初めてロケットエンジンに点火し、高度100kmの準軌道を目指す(国際航空連盟では、カーマン・ラインと呼ばれる海抜高度100km以上を宇宙空間と定義している)。そこで約5分間宇宙空間に滞在し、無重力を体感することができる。無重力フライトを終えると、宇宙旅客船はグライダーのように滑空しながら地球へと帰還する。フライトは全体でおよそ2時間、出発前には3日間の集中訓練が必要とされており、価格は20万ドルである[endnoteRef:19](図1参照)。 [19: 水野2006 p41]

 この旅行形態は2012年に運行開始が予定されている。主催会社はイギリスの「ヴァージン・ギャラクティック社」で、宇宙旅客機「スペースシップ2」、運搬用航空機「ホワイトナイト2」、宇宙港「スペースポート・アメリカ」を使用し実現される見込みである。この旅行形態による宇宙旅行は、既に全世界で約400名(日本人2名)が予約をしている。

(図1:1地点間サブオービタル旅行形態)

④サブオービタル旅行(2地点間)

上記の1地点間のサブオービタル旅行が一般化すると、世界各国にスペースポートが建設されるようになるであろう。そこで、実現するのが、2地点間のサブオービタル旅行である。この旅行形態は各国のスペースポートからスペースポートへ移動する際に、宇宙を経由するというイメージである(図2参照)。

この旅行形態が実現すると、宇宙旅行の市場拡大が見込まれる。各国のスペースポートを利用することで周辺地域では経済効果が得られ、地方空港は「長距離ハブ空港」として世界の玄関として活用される可能性を秘めている。

 また、2地点間飛行による輸送時間の短縮も期待される。その結果として「宇宙観光」よりも「宇宙旅行」の需要が拡大し、観光ではなく高速移動・輸送手段という目的に変化していくことが予想され、2020~30年には超高速・大陸間輸送時代の到来を予感させる旅行形態でもある。

(図2:2地点間サブオービタル旅行形態)

⑤月旅行

 その名の通り、月へ向かう旅行形態である。移動手段はロシアのソユーズロケットで、片道3日間かけ、地球から38万キロかなたにある月へ向かい、その裏側を回って地球に戻るというものである[endnoteRef:20]。 [20: 古田2010 p144]

アポロ計画以来、人間は月に降り立っていない。地球の軌道を離れ、月へ向かうプロジェクトには莫大な予算が必要なのである。アポロ計画が成功した背景には、米ソの冷戦による宇宙開発競争があった。現在そのような大きなモチベーションが存在せず、プロジェクトの遂行には至らないのが現状である。

 2004年1月、アメリカのブッシュ大統領は新しい宇宙政策を発表した。この政策には有人の月探査計画が含まれていた。しかしながら、リーマンショックによる財政悪化から、この計画は中止を余儀なくされ、国際宇宙ステーションへの人と貨物を輸送する事業へとシフトチェンジされた。

 このように、資金の問題が大きく影響する月旅行の実現はまだまだ先の話になりそうだ。

3-2 日本における宇宙旅行ビジネス

 ここでは、日本国内において宇宙旅行を販売している企業について紹介していく。

(1)ヴァージン・ギャラクティック社とクラブツーリズム

 2012年、民間初のサブオービタル宇宙旅行を成し遂げようとしているのが、先述したイギリスのヴァージン・ギャラクティック社である。2004年、イギリスの新興企業集団ヴァージン・アトランティック航空グループの総帥リチャード・ブランソンが宇宙旅行サービスの事業化の足掛かりとして設立した。ヴァージン・ギャラクティック社は、先述のアンサリXプライズで賞金獲得を成し遂げたスケールド・コンポジット社と提携し、専用の宇宙旅客機(スペースシップ2)の開発に着手している[endnoteRef:21]。 [21: 水野2006 p86-87]

 上述のヴァージン・ギャラクティック社の日本における総販売代理店契約を結び、2005年から日本人向けサブオービタル宇宙旅行を販売しているのが、クラブツーリズムである。クラブツーリズムが販売する旅行プランは以下の3つである[endnoteRef:22]。 [22: クラブツーリズム-宇宙旅行http://www.club-t.com/space/index.htm?li=fN (確認日2011/11/2)]

①ファウンダーシート枠 2名

ヴァージン・ギャラクティック社では、予約順位100名までの搭乗を「ファウンダーシート」の名称で販売した。このうち2名分の枠を同社「宇宙旅行クラブ」会員用に確保し、会員の中から抽選で既に決定している。

②貸し切りフライト 定員6名

ヴァージン・ギャラクティック社が同社「宇宙旅行クラブ」会員用の貸し切りフライト1機を設定している。

③一般枠

世界中から参加者を募る一般枠も募集している。

(2)スペース・アドベンチャーズ社とJTB

 スペース・アドベンチャーズ社は1998年、航空宇宙技術者だったエリック・アンダーソンによってバージニア州アーリントンに設立されたアメリカの宇宙旅行専門会社である[endnoteRef:23]。2001年4月にはデニス・チトー、2002年4月にはマーク・シャトルワールをロシアのソユーズ宇宙船に乗せ、国際宇宙ステーションに送り出した実績を持ち、2009年9月までに7人の民間人旅行者を宇宙に送っている。 [23: 水野2006 p84]

そのスペース・アドベンチャーズ社と業務提携しているのが、世界最大の旅行代理店JTBである。当時、JTBは宇宙旅行推進室を設置し、業務提携先を検討する際に「先行者の利益」を最重視し準備を進め、もし業務提携したら日本国内では同社の独占販売という条件を強く提示していた。その矢先、クラブツーリズムが先にヴァージン・ギャラクティック社との提携を発表し、先を越されてしまったのだが、あくまで安心と信頼のブランドのために“実績”を重視し、スペース・アドベンチャーズ社を業務提携先として選択した[endnoteRef:24]。 [24: 古田2010 p75]

JTBが用意している旅行プランは以下の3つである。

①無重力体験

②宇宙体験旅行(サブオービタル旅行)

③本格宇宙旅行(オービタル旅行)

(第3章1節参照)

この3つのプランのネーミングについては、宇宙旅行をできるだけ身近なものにしたい

という思いから、専門的な単語は使わなかったのだという。[endnoteRef:25] [25: 古田2010 p133]

 以上からわかるように、現在、日本国内では有人の宇宙開発が進んでいないことから、海外の宇宙旅行会社と提携し、委託販売を行うことしかできない。しかしながら、世界に誇る日本のソフトパワーによって宇宙旅行を充実した内容にしていくことが日本の担う役割ではなかろうか。

3-3 宇宙観光旅行の需要

 ここでは、実際に宇宙観光旅行の需要がどの程度存在するのかということを、日刊工業新聞社がNTTレゾナントと共同で「gooリサーチ」を利用して1000人に聞いたアンケート「あなたの『2010年 宇宙の旅』」(以下のデータ、図の出典は全てHP「2010年宇宙の旅アンケート gooリサーチ」http://research.goo.ne.jp/database/data/000161/ である。)を通して考察する。図3はこのアンケートの回答者の年齢構成である。構成比を見ると、全世代からまんべんなく回答が得られていることが分かる。

(図3:回答者の年齢構成)

図4は「宇宙旅行、いくらなら行きますか」という質問に対する回答結果である。ヴァージン・ギャラクティック社とクラブツーリズムが運航を予定している民間宇宙旅行の費用は20万ドルである。このような高額な旅行にも関わらず、アンケートでは1087人中446人(41%)の人が「100万円未満」なら行きたいと回答している。さらに、100万円以上でも行きたいと回答している人は30%であることから、約70%の人が宇宙へ行ってみたいと考えているのである。

 一方で、29%は「宇宙旅行には行きたくない」と答えている。その理由として、自由記述欄では「怖い」「地球に帰還できないかも」「体力的に無理」「宇宙より温泉」など、現実的な意見が目立ったとのことである。前者の「怖い」「地球に帰還できないかも」という不安は、今後安定的な運行が実現し、宇宙旅行経験者が増え、安全性が実証されれば解消されると予想される。まだまだ未知で未完成の宇宙旅行に対して不安を抱くのは当然の結果だと考える。

 

 (図4:「宇宙旅行、いくらなら行きますか」に対する回答の集計結果)

図5は、「宇宙旅行へ誰と行きたいか」という質問に対する回答結果である。「家族」と回答した人が過半数であることから、最も身近で大切な人と貴重な体験を共にしたいという思いがうかがえる。しかし、今後宇宙旅行が普及すれば、宇宙旅行というものの貴重さは薄れて一般化し、旅行プランも多様化していくであろうし、この結果は大きく変化していくことも予想される。

(図5:「宇宙旅行に一緒に行きたい人は」に対する回答の集計結果) 

「宇宙船に何を持ち込み、何がしたい?」という質問に対しての回答については、以下のような結果が出ている。

持っていきたいものは「ビデオカメラ」「デジタルカメラ」が圧倒的多数を占めた。「『旗』を持っていき、持った姿をカメラ や携帯電話で『撮影』する」、40代以上の男性では「『ゴルフ道具』を持って行って『ゴルフ』をする」という意見も多かった。意外に目立ったのが「犬などの『ペット』を連れて行って『浮遊して遊ぶ』」という意見。「水やジュースなどの『液体』で『実験』したい」という無重力空間ならではの行動を挙げる人も多かった。

やはり地上においては絶対に経験できない“無重力”というものに魅力を感じている人が多いようである。

 図6は宇宙開発に対する意見を求める質問に対する回答結果である。半数近い人が「必要な開発と、そうでない開発がある」と回答しており、むやみな開発に抵抗を示している。「未知の領域があってもいい」という理由で「開発を進めるべきではない」と考える人もいる。宇宙観光旅行の商業化を実現するためには、更なる宇宙開発は必要不可欠であり、民意というものも重要になってくる。やはり、宇宙観光旅行ビジネスが振興した場合に日本経済にもたらす経済効果などをしっかりと情報発信していくことが求められる。

(図6:「宇宙開発で、あなたの考えにもっとも近いものを選び、その理由を教えてください」という質問に対する回答の集計結果)

図7は宇宙における食事に関する質問の回答結果である。「食事」は現役の宇宙飛行士も宇宙船内で最も楽しみだという。アンケートでは宇宙で食べたいもののトップは圧倒的に「和食」で65%、イタリアンやフレンチも12%強と人気である。多数意見としては、おにぎり、みそ汁、お茶漬け、納豆、寿司、カレー、肉じゃが、刺身、懐石料理、ラーメン、パスタ、ステーキ、豆腐、ビールとつまみなどやはり日本食が目立つ。更に、地上と変わらない食事が求められていることから、将来的には宇宙における飲食産業の発展も期待される。

(図7:「宇宙でもっとも食べたいスペシャルフードの種類は何ですか」という質問に対する回答の集計結果)

(図8:「今後、宇宙をどのように活用していくべきだとお考えですか。お考えに近いものをお選びください。」という質問に対する回答の集計結果)

図8では、「宇宙を観光地の一つとして活用していくべきだ」という回答が最も多く、30%にのぼった。以上のアンケート解析からもわかるように、宇宙旅行に対する需要は十分にあり、今後は価格の低下、滞在施設や観光プランの開発、安全性の追求等が期待されるといえる。

3-4 宇宙観光旅行がもたらす経済効果

 ここでは、宇宙観光旅行が商業化した際にもたらされる経済効果について考察していく。まずは日本の観光旅行産業の規模について見ていきたい。「2004年度の我が国の旅行消費額は、国内旅行22兆8790億円、海外旅行5兆3300億円、合わせて28兆2080億円である。また、国内旅行(22兆8790億円)と訪日外国人旅行(1兆5840億円)を合算した国内旅行消費額は24兆4630億円である。これによる生産波及効果が」55.4兆円(GDPの5.8%)、付加価値効果が29.7兆円(GDPの5.9%)、雇用効果が475万人と試算されている。」[endnoteRef:26]とあり、2003年4月1日には、「ビジット・ジャパン・キャンペーン実施本部」も設置され、訪日外国人の誘致に尽力しており、日本における観光旅行産業は今後さらに成長が期待されている。 [26: 水野2006 p117]

 また、「先進国の人口の10%が一度の宇宙観光旅行に2万ドル(約200万円)を払うとすると、2兆ドル(約200兆円)の市場となる。宇宙観光旅行は宇宙領域での観光関連産業のビジネス活動を拡大させて、宇宙においても雇用人口を増大させる。パトリック・コリンズ教授は、2030年には宇宙旅行者が500万人となり、軌道人口も7万人になると推測している。」とあり、宇宙観光旅行の商業化は、人間の宇宙における活動領域を拡大させ、多くのビジネスチャンスを生み出すものだと考えられる。宇宙観光旅行を商業化するためには、ロケットや宇宙往還機等の輸送機や、宇宙ホテル等の滞在施設、その宇宙空間に滞在するサービス提供者などが必要不可欠となる。パトリック・コリンズ教授は、「宇宙観光ビジネスは潜在的に十分な需要があり、航空産業のように100兆円規模の市場になり、数千万人の仕事が生まれると考えられています。年間数百万の人が宇宙を旅行できるようになり、数千の人が宇宙ホテルで働くようになると、この成長は文字通り無限です。宇宙ビジネスは21世紀の新フロンティアとして宇宙の『無限』の資源を利用できる可能性を持っており、その開拓はすばらしい社会へ貢献と経済効果を生むでしょう」と述べている。宇宙観光旅行関連サービスの雇用が拡大し、地上と宇宙空間との往来頻度も増加することで、宇宙機器産業、宇宙利用サービス産業、ユーザー産業群の成長に繋がるのである。宇宙産業と観光事業とは、経済活性化、技術開発、雇用促進において相関性が強いことが分かる

 さらに、今後もし日本国内にスペースポートが建設された場合、その地域が宇宙への玄関となり、近隣国からの訪日宇宙観光旅行客の増加も予想される。アジア圏における宇宙へのハブ空港が完成すれば、その周辺地域には間違いなく経済効果が生まれ、「宇宙の街」として地域活性化が見込まれるのではなかろうか。

 以上のように、宇宙観光産業の商業化は結果的に日本経済に様々な側面から波及効果をもたらすのである。

4.日本における宇宙旅行マーケットの確立に向けて

4-1 宇宙産業の商業化に向けたプロセス

 民需拡大のためには、まず宇宙関連予算を増やし、国際競争力を強化することが必要である。というのも、基幹となる宇宙機器産業が発展することにより、裾野のユーザー産業が活性化するからである。また、宇宙関連の様々なサービスを人々が利用するようになると、技術革新に対する新たなニーズが高まり、宇宙利用サービス、宇宙機器産業を刺激するのである。以上のような相互作用により、宇宙産業の商業化が促進され、結果として民需の拡大となる[endnoteRef:27]。 [27: 水野2006 p56]

 近い将来、日本の有人宇宙開発が飛躍的には発展しないという予測は先述の通りであるが、世界で宇宙産業の商業化が進み、マーケットが確立されていくような状況になれば、確実に出遅れてしまう。そうならないためにも、現段階から宇宙関連予算を増やし、宇宙産業の商業化へ向かうべきであるし、民間企業の新規参入も望まれる。

4-2 新規参入企業へのアプローチ -JAXAの取り組み-

 JAXAは、国内にて宇宙ビジネスへの敷居を下げるために様々な事業を行っている。ここでは、その2つの実例について紹介する。

(1)宇宙オープンラボ公募

宇宙オープンラボ公募とは、優れた民生技術やユニークなビジネス・アイディアを持つ企業の方と、技術的知見を有するJAXAの連携により、地上の技術を宇宙航空分野に応用したり、新しい宇宙ビジネスの創出を目指したりする企業等を支援するプログラムである。

この制度への参加登録はウェブサイトから容易に行うことができ、JAXA担当部門も賛同する優れた提案については、審査で選定されれば、JAXAとの共同研究が可能である[endnoteRef:28]。 [28: 三輪田2006]

(詳しくは、http://aerospacebiz.jaxa.jp/openlab/index.html を参照)

JAXA産学官連携部では、平成16年に宇宙オープンラボの制度を始めた。この制度は、宇宙航空事業において求められる新しい技術、知識、発想を、幅広い方々の参画で発掘・発展させ、豊かな社会の形成・発展に寄与していこうというものであり、様々なバックグラウンドを持つ産業界、大学、公的研究開発機関等の方々とJAXAがアイデア、技術、ノウハウなどを持ち寄り、新たな発想の事業の創出を目指している。なお、この制度が国内の事業の創出を目指していることから、応募資格は、原則として国内の法人または有限責任事業組合としている。

<提案のタイプ>

宇宙オープンラボには、宇宙に関連したビジネスモデルを主眼とした「ビジネス提案」タイプと、JAXAへの技術提案を主眼とした「技術提案」タイプがある。

「ビジネス提案」は、宇宙インフラ等を活用した多様な宇宙航空ビジネスの募集を行うものである。「技術提案」は、 JAXAが提示する技術課題への提案、またはビジネス面での成立性も考慮したJAXAへの技術提案の募集を行うものである。技術提案ではあるが、その技術が汎用性を持っている、もしくはその技術を利用した製品が将来的に市場性を持つ可能性があれば、ビジネス性が高く、望ましい。両タイプとも、このビジネス性の観点がポイントであり、JAXAの各部門で実施している従来の共同研究や開発業務と違い、産学官連携ならではの特徴である。

< 宇宙オープンラボの流れ>

応募提案については、JAXA内での検討、調整等を経て、提案者と事務局の面談が行われる。ここで、その提案が宇宙オープンラボの趣旨に合致した場合、提案者のグループが「ユニット」として認定される。この「ユニット」とJAXA職員との間でさらに検討を進めて、提案を練ることとなる。

「ユニット」で検討が進められ正式に出された提案は、年に2回(3月と9月)開催される宇宙オープンラボ審査会にて、審査される。ここで採択された場合は、JAXAとユニット(代表提案者所属機関)とが共同研究契約を結ぶことにより、JAXAが分担する共同研究費(年間最大3000万円)を活用できる。また、共同研究は最長3年を限度とし、年度毎に成果を確認しながら、進めていく。なお、共同研究終了後にビジネス化を目指す提案者には、共同研究中からビジネスコーディネータのアドバイスを受けられる体制を組み、投資家等との交流の場も設定している。

(図9:応募から共同研究実施までの主な流れ

出典:http://aerospacebiz.jaxa.jp/jp/offer/about.html)

 上記の宇宙オープンラボ公募を利用して実現されたプロジェクトの中に、国際宇宙ステーション(ISS)内での映像撮影機材のレンタル事業の研究というものがある。これを提案したのは宇宙ベンチャー企業「SPACE FILMS」で、ISS内でのCM撮影に成功している。このケースについては以下4-6にて詳述する。

(2)「きぼう」有償利用

地上約400キロメートル上空には、建設が進められている巨大な有人施設、国際宇宙ステーション(ISS)がある。これは、アメリカ・ロシア・ヨーロッパ・カナダなど世界15ヶ国が参加する国際協力プロジェクトで、日本はその一部となる「きぼう」日本実験棟を開発し参加している。

「『きぼう』有償利用とは、商業的な活動など利用者独自の目的で「きぼう」を有償にて利用いただき、利用者が当該利用成果を独占的に取得し、使用することができる利用形態です。」[endnoteRef:29]とあるように、企業が「きぼう」日本実験棟を実際に利用し、様々な活動を行うものである。 [29: JAXA-「きぼう」有償利用 http://kibo.jaxa.jp/business/ (確認日2011/12/19)]

また、「有償利用事業とは、民間事業者が、JAXAから購入した利用リソースを用いて、自らの事業としてクライアントに利用サービスを提供し、収益をあげることができる枠組みです。JAXAは広く事業者を募集し、JAXAの示す基準を満たす事業者との間で複数年にわたる基本契約を締結します。」[endnoteRef:30]とあるように、JAXAは企業に対し、「きぼう」の利用を通してビジネスチャンスを提供している。 [30: JAXA-「きぼう」有償利用事業について http://kibo.jaxa.jp/business/jigyosha_bosyu/ (確認日2011/12/19)]

2011年、宇宙飛行士の古川聡さんが出演し話題となったソフトバンクのCMは「きぼう」内にて撮影されたものである。「きぼう」内でのCM撮影は世界初で、大変貴重な映像であるといえる。

4-3 宇宙を広告する

宇宙産業が振興するためには、より多くの国民、政治家が宇宙開発の現状や、宇宙産業のもたらす経済効果を理解し、振興のためのモチベーションを高める必要がある。そのために、世界の宇宙先進国の状況や、今後の可能性について情報発信し、「世界はもうここまできているのだ」という認識を持ってもらう。何より、国際間での競争が宇宙開発を進める上で無くてはならないものなのである。また、政府の理解が深まることが最も重要で、宇宙開発の予算の増額が実現しなければならない。

さらに、2地点間のサブオービタル旅行が商業化した場合に、スペースポートの拠点となる地域に発生しうる新市場を提案し、それらによる経済効果を算出する必要がある。これを情報として広く発信し、国内での理解が深まると、地域間においてスペースポートの誘致競争が活発になるであろう。

投資の増額を目指すためにも、情報発信は大変重要であると考える。実際に人類が宇宙空間で生活をし始めてもう10年になるという事実を知らない国民は多く存在するのである。宇宙ビジネスが日本の産業を救う時代にリアリティを持ってもらわなければならないのである。

こうした情報発信をしていく中で、人々の宇宙に対する注目は確実に高まり、宇宙観光旅行に対する需要も増加するはずである。このような民需の拡大は宇宙産業の成長において必要不可欠である。

 マーケティングとは「よりよい商品を、適正な価格で、最適な販売チャネルで、消費者に提供する活動」のことで、企業の基本的な活動である。旅行会社にもこの概念が導入されている。企業が自らコントロールできるマーケティングの要素は、製品(Product)、価格(Price)、流通(Place)、プロモーション(Promotion)の4つである。これら4つの頭文字をとって、「マーケティングの4P」といい、企業がどのような商品・サービスを作り、どのような価格設定で、どのようなルートで、どのようなチャネルのどのような店舗で、どのような広告や販売促進を行い消費者に販売していくのか、ということを考察し、実行するのがマーケティングである[endnoteRef:31]。 [31: 安田 亘宏. (2005年4月15日 初版発行). もっと売るための広告宣伝戦略 旅の売り方入門. イカロス出版. p79]

 宇宙旅行において、製品や価格については先述の通り、他国の開発状況を待っている状況である。宇宙旅行に使用されるロケットや輸送機は軍事兵器の概念が適用されるため、詳細は国家機密とされる。よって、宇宙旅行を販売する旅行会社にさえも明確な開始時期や価格が直前にならなければわからないのが現状である。よって、現段階で実行可能なことであるのが4Pのうちのプロモーションなのだ。プロモーションを行うことで需要を喚起し、宇宙旅行の商業化へ向かう足掛けとするのである。

 プロモーション活動の手段は4つあるといわれている。①広告(Advertising)、②SP(Sales Promotion=販売促進)、③PR(Public Relations=広報活動)、④人的販売(営業販売活動)の4種類である。①は媒体を使った有料のプロモーション活動である。②は短期的、即効的に直接売上げを上げるために行う媒体を使わない広告以外のプロモーション活動である。③はパブリシティともいわれ、広告と同様に媒体を使ったコミュニケーションだが、積極的な情報提供により、記事、ニュースに取り上げてもらうことで、基本的に料金は払わない活動である。④は、店頭セールスマンや渉外セールスマンにより顧客や消費者に直接説明することで、商品、サービスへ理解を深め、販売に近づける活動である[endnoteRef:32]。 [32: 同上 p80]

(図10:旅行会社のプロモーション活動)[endnoteRef:33] [33: 同上 p81]

開始時期などの詳細が明確でなく、前例もない現段階では、確実に売上げを伸ばすことよりも、宇宙の魅力を広告、PRすることで人々の宇宙に対する興味、関心や、宇宙旅行のニーズを喚起するということに重点をおくべきである。よって、宇宙旅行マーケティングを今後行っていく上で、当面は①と③の手段で情報発信を行うのが求められるといえる。本節では①と③をまとめて「広告」と呼ぶこととする。

 現在の宇宙旅行会社に求められる広告とは、品質や安心感をアピールする「ブランド広告」と、目的地である宇宙を広告する「デスティネーション広告」であると考える。未知なる世界である宇宙への不安や恐怖を解消するためにも、“ここの商品ならば、安心して宇宙へ行ける”と顧客に感じさせるような「ブランド広告」は有効ではないだろうか。「旅行会社の大きな使命の一つとして観光地開発がある。常に新しい観光地を求め、観光資源を掘り起こし、その地域の人々と一緒に市場にアピールしていかなくてはならない。また、既存の観光地の活性化も大切な業務である。もちろん、旅行商品との連携になるが、デスティネーション広告は旅行会社の不可欠な広告宣伝と認識しなくてはならない。」[endnoteRef:34]とあるように、その地域を“観光地”として開発し、その地域での観光旅行マーケットを確立させることが旅行会社の重要な任務なのである。よって、宇宙旅行会社にも、目的地である“宇宙”の魅力を発掘し、それらを情報発信することが求められると考える。 [34: 同上 p309]

上記のように広告を行う際、宇宙の魅力をより確かに情報発信していくためには、やはり映像や画像は有効であると考える。地上では絶対に見ることのできない景色が宇宙には無数に存在する。それらをビジュアル的に広告することで、人々の宇宙に対する好奇心が喚起されるのではないか。以下では、旅行会社においてビジュアル的に情報発信できる広告の6つのツールを挙げ、それらの特性を述べる。

<パンフレット>

パンフレットは印刷物なので商品情報を大量に掲載でき、形のない商品を表現でき、記録性、反復性、保存性が高い。パンフレットの構成要素には様々あるが、ここで最も重要視されるのはイラストレーション、つまり絵や写真の部分である。旅行パンフレットにとっては観光地の説明と旅情の醸成に必要不可欠な部分で、読者の目を引く美しい写真を使用することが多い。また、パンフレットによる比較購買が一般化していることから、同じツアーでも購入意向を持たせるように差別化され、個性的な表現がパンフレットには求められている[endnoteRef:35]。 [35: 同上 p96]

<店舗広告(ポスター)>

 店舗広告は店舗で商品に注目させ購買行動に誘発させるという即効性がある。ポスターは旅行店の最大の特徴といえ、形のない旅行商品をアピールする上で不可欠なツールなのだ。ポスターは取り扱っている商品の紹介だけでなく、季節感の創出、旅行需要喚起などの意味を持つ。また、商品自体の広告でなく、ブランドのアピールが中心になり、海外の美しい風景の写真が全面に使われたポスターや国内の観光地のポスターなどが掲出されることが多い[endnoteRef:36]。 [36: 同上 p100,103]

<テレビ広告>

テレビにおいては、大量のメッセージを全国に音と映像で送れ、企業、商品、サービスを認知させたり好感度を醸成させたりできる。また、どの媒体よりも到達性が高く、表現力も高い。その反面、一度にかかる金額が桁外れに高いというデメリットがあり、さらに細かい情報を伴うパッケージツアーなどの旅行商品の広告には適さないため、旅行会社ではあまり利用されていない[endnoteRef:37]。しかし、番組内での景品として旅行商品提供し、ブランドの訴求を行うことはしばしば行われる。 [37: 同上 p126-127]

 

<映画広告>

 「シネマ広告」「シネアド」ともいわれ、映画館で本編が上映される前に映し出されるムービーやスライドによる広告である。たとえば、ヨーロッパのリゾート地をテーマにした映画に、そのリゾート地を訪れる旅行商品の広告を上映するなどしたら効果は大きいだろう[endnoteRef:38]。同じことが宇宙旅行においてもいえるのではないか。 [38: 同上 p163]

<インターネット広告>

日本のインターネット人口は5000万人を超え、さらに拡大しているといわれている。旅行商品のインターネットでの購入も決して特殊な購入方法ではなくなっており、広告メディアとしてのインターネットも大きな存在となっている。インターネット上での各社との比較購買が基本となるので、商品内容、価格に加えその他の付加価値が購入決定の要素となり、広告表現の重要性が高まるものと思われる[endnoteRef:39]。 [39: 同上 p177,180]

<パブリシティ>

 パブリシティとは、企業が自社の商品やサービス、その他の企業活動などの情報をマスメディアの報道として番組や記事の中で取り上げてもらうように働きかける活動である。旅行会社では新商品の発表などで使われるコミュニケーション手法である[endnoteRef:40]。宇宙旅行は特に話題性の高い商品のため、この手法は大変効果的であると考えられる。 [40: 同上 p182]

宇宙観光の需要喚起には上記のようなツールを利用し、宇宙の魅力を広告することが欠かせない。以下では、様々なツールを利用し、宇宙を広告し、人々の宇宙への興味・関心を強めようと奮起している宇宙ベンチャー企業「SPACE FILMS」に着目する。

「SPACE FILMS」とは、「宇宙から地球を見るということほど素晴らしいものはないと思っているが、なかなか宇宙には行けない。では、宇宙から生で見る次によいものは何だろうと考えると、擬似的にできるだけ美しい形で地球を見せてあげることではないか。」[endnoteRef:41]という高松聡代表取締役社長の思いから、JAXA の宇宙オープンラボ制度に応募し、 JAXAのサポートの下、2005年3月に立ち上がったベンチャー企業である。SPACE FILMS のビジネスは、宇宙からハイビジョンで地球を撮影するノウハウなどの提供、あるいはISSの中で宇宙の生活の楽しさをハイビジョンで撮影し、多くの人々に発信することである。 [41: 第27回宇宙ステーション利用計画ワークショップ 会議録 「特別講演 宇宙利用への新たなる挑戦」高松 聡 2005年12月7日(水) ・ 8日(木)   ]

 「宇宙あるいは宇宙ステーションの中でさまざまな素晴らしい実験・試みがなされていても、それが多くの人々に伝わらなければもったいないので、できるだけたくさんの映像をISSから地上に流していくことが重要だと思っている。」[endnoteRef:42]と高松社長は語る。 [42: 同上]

 また、「宇宙でCMを撮るというのは SPACE FILMS 社の1つのコアビジネスである。インフラを提供することが我々の仕事ではあるが、実際に宇宙ステーションでの面白いCMを考える広告代理店の方はたくさんいるので、まだトライされていない面白いCM、アイデアはたくさん出てくるだろう。大きなマーケットだと思っているのは、日本以外に宇宙でCMを撮影した国はほとんどない。世界じゅうに宇宙でCMを撮ってみたいという広告会社やクライアントはたくさんあるのではないかと思っている。 それから、意外に無視できないのが宇宙旅行者に対する記念撮影である。宇宙で無重力で浮いている自分の映像をできるだけ高画質で撮影することは十分ビジネスとして成り立つだろう。」[endnoteRef:43]とあるように、SPACE FILMSが手掛ける宇宙映像ビジネスには、様々なニーズやビジネスチャンスが潜在している。 [43: 同上]

 また、高松社長は「そういった(宇宙で撮影された)映像を見て、宇宙飛行士になりたいとか、宇宙に行きたいということで宇宙旅行者を増やす間接的な役目を果たすこともできるのではないか。」[endnoteRef:44]とも述べており、未知なる世界である“宇宙”の魅力を映像などで情報発信していくことは、宇宙観光の需要を喚起するにあたって大変重要であると考える。 [44: 同上]

5.宇宙百景の作成

5-1作成の意図と目的

 2012~2013年にも始動するといわれている民間初のサブオービタル旅行では、宇宙空間に滞在できるのがおよそ5分程度である。その貴重な5分間で、いかに濃厚な宇宙観光を実現するか、という課題解決のためのツールとして宇宙百景の作成を提案する。

 ガイドブックやその他の情報源によって、目的地をリサーチし、あらかじめ観光プランを立てた上で行う観光は濃厚な経験になりやすい。よって、宇宙観光においてもそのガイドブックのようなものが必要であるし、“観光地としての宇宙”の魅力を情報として観光客に向けて発信しておくことは大変重要であるといえる。

 また、宇宙旅行の需要を喚起する意味でも宇宙百景は有効なツールになり得るのではなかろうか。表1では、外国旅行において「やってみたいと考えている行動」を“希望率”順に分類している(資料を参照)。最も希望率が高い(区分Ⅰ)には「美しい風景を観る」「広大な大自然に接する」「土地の風物や街並みを楽しむ」という3つが挙げられている。このことからもわかるように、「景観」や「自然」、「風物」を楽しむことは旅行客にとって大きな目的であり、観光地を決定するモチベーションとなりうるといえる。よって、地球上で暮らしていては知りえない宇宙の絶景を紹介することで、人々の宇宙観光に対する需要を喚起することができると考える。宇宙観光の需要が喚起されれば、必然的に宇宙旅行ビジネスは発展を遂げるであろう。

 以上、2つの観点から、私は宇宙百景の作成を提案する。

区分

行動

区分

行動

美しい風景を観る

有名レストランで食事する

広大な大自然に接する

土地の人びとと交流したり、風俗や習慣を知る。

土地の風物や街並みを楽しむ

土地独特の食物や飲物を味わう

海や海辺で楽しむ(海洋スポーツ)

遺跡・歴史的建築物などを観る

野生の動物を観る

有名な公園や遊園地を訪れる

「高級品」を日本でよりも安く購入

土地の特産物や民芸品の買物をする

音楽・演劇・舞踊などを鑑賞する

「免税店」で買物をする

遊覧船・登山電車・ケーブルカーなどに乗る

美術館・博物館を訪れる

有名リゾート地でゆっくりすごす

ドライブを楽しむ

(表1:外国旅行でやってみたい行動 太平洋アジア観光協会による「日本旅行市場調査」〈1982年〉より作成

出典: 前田 勇. [1995年3月30日 第1版第1刷発行]. 観光とサービスの心理学 観光行動学序説. 学文社. p52)

5-2 事前調査

 ここでは、宇宙百景の作成にあたって、まず独自に行った事前調査について述べる。その調査を実施するツールとしては、宇宙の様子が描かれた文献や宇宙飛行士が実際に撮影した画像や動画を利用した。

(1)書籍から見る宇宙

 ここでは、宇宙へ行った経験を持つ宇宙飛行士の著書の中で、宇宙で見ることのできる景色について記されている文章を紹介する。

 

<オーロラ>

一番印象深い光景はオーロラです。

(中略)

高さ一〇〇km以上にオーロラは見られますが、ときによっては五〇〇km以上の高さまで広がることもあります。スペースシャトルの軌道高度が二〇〇~五〇〇kmくらいですから、オーロラのまっただなかを通り抜けます。

(中略)

「ふわっと’92」の飛行時には、南極をぐるっと王冠のように円柱状になって囲むベールの一部を見ることができました。その白いベールが徐々に近づき、スペースシャトルがそれを貫いて横切るときは、幻想を見ているようで、あたかもバロック音楽か雅楽でも聞こえてくるような感覚をもちました。

(「宇宙からの贈りもの」毛利衛著 p129-130より)[endnoteRef:45] [45: 毛利 衛. (2001年6月20日 第1刷発行). 宇宙からの贈りもの. 岩波新書.(以下より、毛利2001と示す)]

<日の出>

地表を薄くとりかこむ大気を、太陽が通り過ぎる瞬間も感動します。日の出は、真っ暗な宇宙を背景に、燃えるように青白く輝く地表の大気の色が、地球の裏から地平線に太陽が近づくにつれて変化してくることから、はじまります。大気の一部が赤い帯になり、それにオレンジ色が加わります。さらに黄色みを帯びますが、日の出近くになると全体が明るくなり、黄色が消え、赤と青の帯になります。とつぜん、太陽が昇ってくる一角が、金色のもやもやした線になって明るさが増し、あるとき急に金色の線が破れて、まっ赤な太陽がのぞきます。

(中略)

地上で見る日の出の十六倍の速さで昇っていきますが、地上とちがって、大気の外から太陽を見るので、層がごく薄い大気の色変化の部分だけが凝縮して見える感じです。

(中略)

宮沢賢治の『よだかの星』で、最後よだかがひとこえ鳴いて高く高く宇宙へと舞いあがっていったそのとき、まわりが青い光に包まれるという場面があります。私は宇宙でその光景を連想したのです。

(「宇宙からの贈りもの」毛利衛著 p131-132より)[endnoteRef:46] [46: 同上]

<月>

宇宙から見る月は、すごく迫力があって男性的だ。地上で見るおぼろ月夜みたいな、雨が降っていたら見えない、なんていう、当てにならない感じじゃない。宇宙だと月は毎日確実に、決まった時間に現れ、そして沈んでいく。ほとんど太陽に近いぐらいの力強さがある。木星や金星、土星もきれいに見えるけど、月のダイナミックさは、言葉にできないものがある。

(「宇宙より地球へ 惑星に棲む君への手紙」野口聡一著 p19より)[endnoteRef:47] [47: 野口 聡一. (2011年2月5日 第一刷発行). 宇宙より地球へ. 大和書房.]

<橋>

国際宇宙ステーションからは、自分が生まれた町や、慣れ親しんだ懐かしい景色を見ることができる。

(中略)

夕暮れどきには、海峡をつなぐ橋の影が、海面にきれいに長く伸びているのが見える。自分が知っている街を宇宙から見られるというのはいいものだ。

(中略)

つい探してしまったり、写真をとったりしたくなってしまう。

(「宇宙より地球へ 惑星に棲む君への手紙」野口聡一著 p32より)[endnoteRef:48] [48: 同上]

<富士山>

宇宙でたくさんの写真を撮って地球に送ったけれど、景色としてすごく好きだったのは、やっぱり富士山の写真だ。本当にきれいなのだ、富士山は。特に国際宇宙ステーションにキューポラ(出窓)ができてからは、横向きの、きれいな立体感のある富士山の写真を撮れるようになった。

(「宇宙より地球へ 惑星に棲む君への手紙」野口聡一著 p38より)[endnoteRef:49] [49: 同上]

(2)宇宙飛行士が撮影した画像から見る宇宙

 ここでは、インターネットなどで見た宇宙の画像を通し、私自身が「宇宙百景」に加えるべきだと感じた宇宙の絶景を紹介していく。

①夜景

 宇宙から地球を見ると、灯りが集中し、光り輝いている場所がある。人が生活している地帯、特に都市部の灯りである。夜の暗闇の中で、人々の生活環境そのものを映し出す光の集合はまさに絶景である。

 以下ではそのような夜景をいくつか紹介していきたい。

<ブーツ型の地形(イタリア)>

出典:「NATIONAL GEOGRAPHIC」

(http://www.nationalgeographic.co.jp/news/news_article.php?file_id=2010110501)

確認日2012/1/2

<カイロとナイル川(エジプト)>

出典:「EARTH OBSERVATORY」

(http://earthobservatory.nasa.gov/IOTD/view.php?id=46820)確認日2012/1/2

<スペイン>

出典:「EARTH OBSERVATORY」

(http://earthobservatory.nasa.gov/IOTD/view.php?id=76777)確認日2012/1/2

<アメリカ南東部>

出典:「EARTH OBSERVATORY」

(http://earthobservatory.nasa.gov/IOTD/view.php?id=76740)確認日2012/1/2

<ヨーロッパ>

出典:「EARTH OBSERVATORY」

(http://earthobservatory.nasa.gov/IOTD/view.php?id=51892) 確認日2012/1/2

<キューポラから見たアメリカ(アラバマ州、ルイジアナ州等)>

出典:「WIRED」

(http://wired.jp/wv/gallery/2010/11/08/%e5%ae%87%e5%ae%99%e3%81%ae%e7%aa%93%e3%80%81iss%e3%80%8e%e3%82%ad%e3%83%a5%e3%83%bc%e3%83%9d%e3%83%a9%e3%80%8f%ef%bc%9a%e3%82%ae%e3%83%a3%e3%83%a9%e3%83%aa%e3%83%bc56/) 確認日2012/1/2

②大気現象

 地球では様々な大気現象が発生する。それらの現象を宇宙から眺めると、何とも神秘的な景色である。以下では、そのような絶景を紹介していく。

<オーロラ>

出典:「EARTH OBSERVATORY」

(http://earthobservatory.nasa.gov/Features/ISSAurora/) 確認日2012/1/4

<熱帯低気圧>

出典:「宇宙ステーションきぼう 広報・情報センター」

(http://iss.jaxa.jp/library/photo/110902_typhoon_01.php) 確認日2012/1/4

<雲>

出典:「宇宙ステーションきぼう 広報・情報センター」

(http://iss.jaxa.jp/library/photo/110902_earth.php) 確認日2012/1/4

<日の入り>

出典:「EARTH OBSERVATORY」

(http://earthobservatory.nasa.gov/IOTD/view.php?id=44267) 確認日2012/1/4

③自然

  ここでは、宇宙から眺めることができる地球の豊かな自然資源を紹介していく。

<山岳>※画像は富士山

出典:「宇宙ステーションきぼう 広報・情報センター」

(http://iss.jaxa.jp/library/photo/iss022e051176.php) 確認日2012/1/4

<火山の噴火>※画像は千島列島のサリチェフ火山の噴火(2009)

出典:「EARTH  OBSERVATORY」

(http://earthobservatory.nasa.gov/IOTD/view.php?id=38985) 確認日2012/1/4

<河川>※画像はアマゾン川

出典:「EARTH  OBSERVATORY」

(http://earthobservatory.nasa.gov/IOTD/view.php?id=9072) 確認日2012/1/4

<国土>※画像は日本列島(四国、中国、近畿地方等)

出典:「JAXA宇宙映像館」

(http://iss.jaxa.jp/gallery/sp-museum/c10_eizo/index.html#5) 確認日2012/1/4

④天体

ここでは、宇宙から眺めることのできる地球以外の天体を紹介する。

<太陽>

出典:「宇宙ステーションきぼう 広報・情報センター」

(http://iss.jaxa.jp/library/photo/s129e007592.php) 確認日2012/1/4

出典:HP「宇宙ステーションきぼう 広報・情報センター」

(http://iss.jaxa.jp/library/photo/111028_fu_sunrise1.php) 確認日2012/1/4

<月>

出典:「EARTH OBSERVATORY」

(http://earthobservatory.nasa.gov/IOTD/view.php?id=76534) 確認日2012/1/4

出典「宇宙ステーションきぼう 広報・情報センター」

(http://iss.jaxa.jp/library/photo/110916_fu_moon_10.php) 確認日2012/1/4

⑤構築物

宇宙空間に浮かぶ人工の構築物は宇宙ステーションなどの壮大なものから、小型衛星など様々である。暗闇に浮かびあがる構築物は大変魅力的なものばかりである。

<国際宇宙ステーション>

出典:「EARTH OBSERVATORY」

(http://earthobservatory.nasa.gov/Features/EarthKAM/) 確認日2012/1/4

<宇宙船>※画像はISSに接近するソユーズ宇宙船(左)

出典「宇宙ステーションきぼう 広報・情報センター」

(http://iss.jaxa.jp/library/photo/iss030e015605.php) 確認日2012/1/4

<宇宙ステーション補給機>※画像はHTV技術実証機

出典:「宇宙ステーションきぼう 広報・情報センター」

(http://iss.jaxa.jp/library/photo/iss020e041290.php) 確認日2012/1/4

<船外活動>※画像はニコラス・パトリック宇宙飛行士(2010.2.17)

出典:「宇宙ステーションきぼう 広報・情報センター」

(http://iss.jaxa.jp/library/photo/iss022e066885.php) 確認日2012/1/4

(3)野口聡一宇宙飛行士へのインタビュー

上記の方法で事前調査を行い、「宇宙百景」に相当する絶景を挙げたが、“百景”には及ばなかった。そこで、実際に宇宙へ行った経験をもつ宇宙飛行士にアンケートを実施することにし、より多くの絶景を回答として挙げてもらおうと考えた。しかし、単に印象深かった景色について尋ねても「地球」という回答が大半を占めてしまうのではないかと予想し、宇宙の景色をいくつかのカテゴリーに分類し、その部門ごとに印象深かった景色を挙げてもらう方法をとることにした。私自身、宇宙へ行った経験が無いので、景色をどのようなカテゴリーで分類するのが最適なのかがわからなかったため、事前調査として宇宙飛行士の野口聡一さんに尋ねてみることにした。

2011年7月9日、JAXA本部にて野口聡一宇宙飛行士に対するインタビューを敢行した。以下に、実際に野口さんに対して尋ねた質問を明記する。

「私は卒業研究において、将来の観光ビジネスの発展のために『宇宙へ行ったらこんなに素晴らしいものが見える』とPRできるような『宇宙百景』というものを作成したいと考えております。その作成にあたって、実際に宇宙に行った経験を持つ宇宙飛行士の方々に『どのような景色が印象的であったか』というアンケートを実施したいと考えておりまして、まずは宇宙から見える景色を『地球の夜景』や『大気現象』あるいは『他の天体』のようにカテゴリーに分け、その部門ごとに設問を作り、できるだけ多くの回答を得たいのですが、私は宇宙へ行ったことが無いのでそのカテゴリーをどのように分類するのが最適なのかわかりません。

 そこで、宇宙に長期滞在なさった経験から、どのようにカテゴライズすれば、まんべんなくより多くの絶景が回答として挙がってくるか、ということをお聞きしたいです。」

上記の質問に対する野口さんのご回答は以下である。

「私たちのような宇宙飛行士にアンケートをとるのも良いですが、私たち宇宙飛行士が撮影した画像や映像を整理している方々(JAXAやNASAの広報等)に聞いてみるのも有効ではないでしょうか。

 カテゴリーの分類としては、月、オーロラ等の大気現象、山岳、河川、海、都市、昼夜の変化などがあります。

 また、宇宙の魅力は景色だけではありません。無重力という特別な環境も大きな魅力です。“無重力体験でこんな楽しいことができる”とPRするのも大切ではないでしょうか。」

以上のインタビューを参考に「宇宙百景」に関するアンケートの作成を開始した。

5-3 宇宙飛行士に対するアンケートの実施

当初は、日本人以外の宇宙飛行士もアンケート回答者の対象にしたため、アンケートは日本語版と英語版を作成した。宇宙の景色を①天体②大気現象③自然④都市部⑤構築物の5つに分類し、それぞれに設問を設け、印象に残った絶景を挙げてもらえるようにした。部門ごとに回答してもらうことでより多様な回答が得られるようにした。本論文では、以上のように被写体の種類によって分類した部門を「客観的部門」とする。

また、宇宙旅行客に体験してほしいことや、宇宙へ行ったことによる価値観の変化などについても尋ねた。これらの質問には、実際に宇宙に行かなければ知りえない宇宙の魅力や醍醐味を探る狙いがある。(資料1,2参照)

 アンケートはwordで作成し、そのファイルをメールで回答者へ送付し、回答を上書きしてもらい返信してもらう形式をとった。宇宙へ行った経験を持つ宇宙飛行士と、宇宙飛行士が撮影した画像や映像を整理しているJAXAの職員を対象として行った。和歌山大学宇宙教育研究所の秋山所長の協力の下、宇宙飛行士の若田光一さん、山崎直子さんの回答を回収した。さらに、JAXAの広報1名、有人広報業務委託1名、事務・技術1名の方の回答も回収した。(資料3~7参照)

 以下では、上記の方法で回収した5名の回答について設問ごとに報告する。次の節で詳述するが、山崎直子元宇宙飛行士に対しては特別に電話インタビューを行った。その際に、事前に回収していたアンケートの回答について更に追求し、新たに取得した情報に関しては※印で記すことにする。

(1)宇宙の中で、最も印象的であった風景について、以下の5つの部門ごとに詳しくお教え下さい。

①天体(月、恒星等)

<若田宇宙飛行士の回答>

· 「月」

· 地球低軌道を飛行するISSから見る月は大気層を通さないため、地上で見るよりかなり明るく見える。

· 地球から月は約38万km離れており、ISSからの軌道高度は350km程度なので、特に月が大きくみえるわけではない。

· 地球の大気層から月が昇ってくるとき、青いベールのような美しい大気層をバックに鮮やかな黄白色の月の表面が際立ち、とても印象的な光景である。

· 「ISS船内の電気を暗くし、窓の外を覗いた際の星空のきらめき」

· 吸い込まれるような暗黒の宇宙に三次元的に奥深く広がっている星々を眺めていると、目の前にあるものが空間としての存在だけでなくまさに時空の拡がりとして実感できるのと同時に宇宙へ畏怖を感じる。

· 2000年のフライト中に初めてISS内で電気を消して眠りについた際、微小重量環境でふわふわ浮きながら目を閉じてみると、体のどこにも接しているものがないので、自分は一体どこにいるのかという不思議な浮遊感を味わった。

· 我々の存在する世界は目に見えているものだけではないという感覚、超ひも理論やブレーンワールドなどの理論物理学の最前線の研究者が解き明かそうとしている高次元�