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X線分析の進歩 第39集(2008)抜刷 Copyright © The Discussion Group of X-Ray Analysis, The Japan Society for Analytical Chemistry プラズモンピークの イントリンシック・エクストリンシックの区別についての研究 高山昭一,河合 On Intrinsic and Extrinsic Origin of Plasmon Peaks Shoichi TAKAYAMA and Jun KAWAI

Materials Informatics | Kawai Lab. - X線分析の進歩 39 別刷 · 2012-11-09 · X線分析の進歩 39 161 プラズモンピークのイントリンシック・エクストリンシックの区別についての研究

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Adv. X-Ray. Chem. Anal., Japan 39, pp.1-8 (2008)

日本女子大学理学部物質生物科学科 東京都文京区目白台2-8-1 〒112-8681*PRESTO-JST 東京都千代田区三番町5 三番町ビル 〒 102-0075

X線分析の進歩 第39集(2008)抜刷

Copyright ©The Discussion Group of X-Ray Analysis,The Japan Society for Analytical Chemistry

プラズモンピークの

イントリンシック・エクストリンシックの区別についての研究

高山昭一,河合 潤

On Intrinsic and Extrinsic Origin of Plasmon Peaks

Shoichi TAKAYAMA and Jun KAWAI

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X線分析の進歩 39 161

プラズモンピークのイントリンシック・エクストリンシックの区別についての研究

Adv. X-Ray. Chem. Anal., Japan 39, pp.161-178 (2008)

京都大学大学院工学研究科材料工学専攻 京都市左京区吉田本町 〒606-8501Tel: 075-753-5442, FAX: 075-753-5436 E-mail: [email protected]

プラズモンピークの

イントリンシック・エクストリンシックの区別についての研究

高山昭一,河合 潤

On Intrinsic and Extrinsic Origin of Plasmon Peaks

Shoichi TAKAYAMA and Jun KAWAI

Department of Materials Science and Engineering, Kyoto UniversitySakyo-ku, Kyoto 606-8501, Japan

(Received 31 December 2007, Accepted 8 January 2008)

   The origin of the plasmon loss peaks in X-ray photoelectron spectra are discussed based on the(i) intrinsic, (ii) extrinsic, (iii) quantum interference between (i) and (ii), and (iv) mixture of (i) and(ii). It was believed that the major part of plasmon was due to the extrinsic, the present analysisconcludes the major part is intrinsic, depending the excitation energy. This analysis is based on theelectron reflection spectra, but valid for X-ray photoelectron spectra.[Key words] Plasmon loss, Intrinsic, Extrinsic, Electron energy loss, X-ray photoelectronspectroscopy

 X線光電子分光スペクトルにおけるプラズモン損失ピークの起源について,(i)内因性,(ii)外因性,(iii)(i)

と(ii)の量子干渉効果,(iv)(i)と(ii)の単純な和のどれであるかを議論した.従来(ii)の効果が大きく,(iii)

の効果も無視できないとされてきたが,(iii)はなく,(i)の効果が主で,実際のスペクトルは(i)と(ii)の単

純和で表されることがわかった.この解析は,電子線エネルギー損失分光スペクトルを用いて解析したが,X

線光電子分光スペクトルに対しても同様な解析が可能であり,結論も同様なものになると考えられる.

[キーワード]プラズモン損失,イントリンシック,エクストリンシック,電子エネルギー損失,X線光電子

分光

1. 緒 言

 1950 年代に Bohm と Pines 1-5) は金属や半金属,

縮退半導体における電子ガスの集団運動の取り扱

いに Langmuir 6)のプラズマの考え方が有用であ

ることを発見し, 固体内電子ガスの集団運動は量

子化されたプラズマ振動であるという理論を展開

した.なお,最後の論文5)が Pines の単独著となっ

ているのは,酒井7)によれば,プラズマ理論完成

直後に Bohm はマッカーシズムのためにプリンス

トンを追放されたことが影響していると言うこと

である.この Bohm-Pines の理論は,1948 年に

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162 X線分析の進歩 39

プラズモンピークのイントリンシック・エクストリンシックの区別についての研究

Fig.1 Plasmon loss by electron transmission.

Ruthemann 8) と Lang 9)が行った金属薄膜に数

keV の電子を透過させた際に生じる離散的なエネ

ルギー損失を観測した実験データとよい一致を

得たことから,理論の正当性が証明された.ここ

で Langmuirの取り扱った高温・低密度の電離気

体を「古典プラズマ」,Pines らの固体内電子の集

団モデルを「固体プラズマ」と呼び区別する.金

属の自由電子ガスモデルが古典プラズマと異な

る点は, 金属では高電子密度・低温度のため,古

典統計ではなく量子統計(固体プラズモンは

ボーズ・アインシュタイン統計)にしたがう点で

ある.金属の自由電子ガスは「量子プラズマ」と

呼ばれる. この量子プラズマ理論により Pines ら

は電子やイオン相互間のクーロン力を取り扱う

のに成功した.

 Bohm-Pines 理論を一丸10)に従って要約すると

以下のようになる.

 クーロン相互作用は距離の 2 乗に反比例する

長距離力なので,金属における自由電子の相互

作用をバンド理論の中に取り入れるのは難しい.

実際にはこのような相互作用を無視する方がよ

い近似となる.しかし Bohm-Pines の理論では,

クーロン相互作用の長距離力はプラズマ振動の

中に取り入れられ,個別運動にあらわれる相互

作用は遮蔽されて,普通の金属では 1Å 以下の距

離しか及ばないことを示した.電子ガスの密度

ゆらぎは, 低エネルギー領域でプラズモンという

特徴的な励起スペクトルをもち,高エネルギー

領域ではこのプラズモンの自由度を差し引いた

個別電子運動が共存するという物理系を形成し

ていることを示した.個別電子はその長距離力

の成分がプラズモンの自由度により取り去られ,

残された短距離成分により相互作用を行う.

クーロン力により相互作用する電子ガスを,プ

ラズモンとプラズモンの衣を着た電子から成る

準粒子の集合で置き換えて解析を進めるという

のが電子ガスに関する Bohm-Pines 理論の本質で

ある 10). 日本でも早くから渡辺 11,12)らによって

プラズマ振動に関する報告がなされた.

 1950 年代後半には Ritchie 13) が一様無限プラズ

マ中を通過する高速電子のエネルギー損失の理論

を薄膜に拡張し,固体表面では真空側に電子が欠

けるためにゆらぎの振動数が低くなることからバ

ルクプラズモンの 1/ √2 倍の損失エネルギーを持

つ表面プラズモンが存在することを明らかにし,

Powell と Swan 14-16),SternとFerrell 17)らが理論・

実験の両面から検証した.なお, その後表面プラ

ズモン(縦波)と特定の波長の光子(横波)が全

反射する際に浸み出したエバネッセント波の間で

共鳴することが発見され 18),今日では表面プラズ

モン共鳴 (SPR : surface plasmon resonance) として

様々に応用されている.共鳴ラマン散乱(SERS)

による異常な強度増大も金ナノ粒子界面のプラズ

マ振動が関与している.

 Fig.1 に示すように金属薄膜に電子を透過させ

るとプラズモンが励起される.ここでプラズモ

ンのエネルギーは 2

0p

nem

ωε

= である.n は価

電子密度,e は素電荷,m は電子質量,ε0 は誘電

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X線分析の進歩 39 163

プラズモンピークのイントリンシック・エクストリンシックの区別についての研究

率である.アルミニウム(密度 2.70 g/cm3)につ

いて自由電子を 3 個として計算すると,15.8 eV

となって実測とよく合う値を簡単に得ることが

できる.

 プラズモンに関する初期の実験は,Fig.1 のよ

うに電子を透過させるか表面で電子を反射させ

るものだったが,固体に高エネルギーのフォト

ンを照射してもプラズモンは励起される.1970

年代に入り,X 線光電子分光 (XPS) における

プラズモン損失が議論されたが,そこではスペ

クトル形状や強度にプラズモン励起過程がどの

ような影響を与えているかが論点となった.電

子分光法では,特に定量分析を行う際にサテラ

イトピークの形状と強度, サテライトの生み出さ

れる過程に関する知識が重要であり 19),例えば

表面に酸化膜をもつ金属の表面分析を考えたと

きには Maschhoffら 19)がまとめたように様々な

効果を考慮しなければならない.しかし,固体の

多電子効果の複雑性ゆえに未だに解釈が分かれ

ている問題がいくつもある.そのため,近年に

なっても例えば XPS のサテライトピークに関し

て,Shake-up (-off) サテライトと光電子によるエ

ネルギー損失の違いなど, 多電子効果により生じ

る問題が活発に議論されている 20).Langreth と

Chang 21),Šunjicv と Šokcvevicv 22)らは光電子放出に

おけるプラズモン励起の過程を 2 つに分類でき

ることを発見した.1 つめは内殻からの光電子放

出により突然内殻空孔が生成した際に生じるポ

テンシャル変化とそれを緩和しようとする価電

子間の相互作用によりプラズモンが励起される

過程である(intrinsic).この過程では光電子の放

出と同時にプラズモンが励起される.2 つめは放

出された光電子が固体中を進行する間に価電子

による非弾性散乱を受けてプラズモンを励起す

る過程である(extrinsic).この過程では光電子の

運動量がプラズモンを励起する前後で変化する.

さらに , 光電子放出の強度は intrinsic な過程と

extrinsic な過程のそれぞれの振幅の和の 2 乗に

よって決まるので,この 2 つの過程の間には量子

力学的な干渉が起こっていると考えた.Langreth

らは,1 つめの光電子放出と同時にプラズモンが

発生する過程を「intrinsic」な効果,2 つめの光電

子輸送中にプラズモンが発生する過程を

「extrinsic」な効果と呼び,干渉は「intrinsic」な効

果に含まれるとした. Mahan ら 23)は Mg および

Al の内殻電子の XPS スペクトルに観測されるプ

ラズモン損失ピークの解析に extrinsic な効果の

みを考慮することでよい一致が見られることを

報告した.Hüfner 24) は干渉の項を無視し,理論

計算によって intrinsic と extrinsic の 2 つの項の値

を求め,その足し合わせによって解析を行った

結果,Intrinsic な過程の効果は Extrinsic な過程

に比べて 1 桁小さいという結果を出した.日本

では 藤川ら 25-27) がプラズモン損失ピークの解析

のために量子力学的理論計算を行い,実験データ

と比較してプラズモンロスの Intrinsic, Extrinsic, 干

渉がスペクトルにどのように寄与しているかを

検討し,干渉項を考慮したほうが実験データを

よく再現することを報告した.しかし,藤川らの

理論では 1 次のプラズモン損失ピークのみを考

慮して計算を行っており,2 次以上高次のプラズ

モン損失ピークは無視されていることが問題で

ある.また城 28)はXPS スペクトルのバックグ

ラウンド解析のためのプログラムを作成した.

このプログラムでは,従来のやりかたのように

初めから決められた損失関数をおくのではなく,

多重散乱から考えられる現実的な損失関数をス

ペクトルの解析途中でフィードバックすること

により決定しており,例えば Al 2s と 2p の XPS

スペクトルに対して Fig.2 に示すような処理を

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164 X線分析の進歩 39

プラズモンピークのイントリンシック・エクストリンシックの区別についての研究

行っている.このバックグラウンド処理は一見

して非常にきれいにバックグラウンドが除去さ

れているように見えるが,プラズモン損失ピー

クの成分が ほぼ 100 % Extrinsic な過程により発

生したプラズモンと解釈されて差し引かれてお

り,Intrinsic な過程により発生したプラズモンは

バックグラウンドとして差し引かれずに 1 次ピー

クにわずかにその成分が残っているだけである.

Mahan, Hüfner, 城の報告に共通するのは, Intrinsic

なプラズモン励起過程の寄与する割合は無視で

きる程度の大きさで,プラズモン励起はほとん

ど Extrinsic な効果によってのみ起こると結論付

けていることである.

 近藤 29)は Intrinsic な励起について, X 線が内殻

電子を上の準位にたたき上げた瞬間に,内殻電子

が抜けたあとは 1 価の正電荷を帯び,クーロン力

を伝導電子におよぼすとした.伝導電子はクーロ

ン力を遮蔽するように応答するが,それには速い

応答と遅い応答があり,速い応答はエネルギーの

高いプラズモン励起を用いて行われる,と解釈

している.内殻に空孔が生じた際に起こる自由

電子のポテンシャル変化は大きいため,Intrinsic な

過程ではプラズマ振動エネルギーに等しいプラ

ズモンだけでなく,そのエネルギーの整数倍の

プラズモンが同時に発生していると考えられる.

このような考え方で Intrinsic な過程を見直すと,

Extrinsic な過程よりもむしろ Intrinsic な過程のほ

うが優位となってプラズモンが発生すると考え

られる.Intrinsic な励起過程と Extrinsic な励起過

程による 高次のプラズモン発生の違いを Fig.3 に

示した.Intrinsic な励起過程では光電子放出でで

きた内殻空孔の正電荷を遮蔽するための電荷の運

Fig.2 Background analysis method in XPS, taken from M. Jo, Surf. Interface Anal., 35, 729 (2003) with permission.

XPS Al 2s and 2p

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X線分析の進歩 39 165

プラズモンピークのイントリンシック・エクストリンシックの区別についての研究

動によって自由電子の海が乱され縦波が生じる.

このとき,2 倍のエネルギーの縦波が発生するか

3 倍のエネルギーの縦波が発生するかは確率によ

るが,光電子放出と同時に N 次のプラズモンが

発生するとすれば,1 次のプラズモンも N 次のプ

ラズモンも光電子放出による内殻空孔の生成とい

う単独の現象によって発生しているのでプラズモ

ン損失ピークの半値幅は次数によらず変わらない

はずである(高次のプラズモンは寿命が短くその

分だけ Intrinsic な高次プラズモンでも線幅が広が

るとする説もある).

 一方,Extrinsic な過程では,固体中を電子が輸

送されている間にプラズモン損失が起こる.1 次

のプラズモンは 1 回の散乱を受けるので,N 次の

プラズモンは N 回の散乱を受けていることにな

る.この考え方では,1 回目の散乱を受けた電子

が 2 回目の散乱を受ける電子となるため,1 回

目の散乱で広がったプラズモン損失ピークの半

値幅は 2 回目の散乱でさらに広げられることに

なる.つまり,N 次プラズモン損失ピークの形状

を考えると,Intrinsic な過程のみが起こっていると

すれば 1 次ピークと同じ半値幅であり,Extrinsic

な過程のみが起こっているとすれば プラズモン

損失が起こっていない 0 次ピークが 1 次ピーク

に広がるために必要な分布関数を,1 次ピークに

対して N-1 回 コンボリューション した結果と

同じになる. このように,N 次ピークの形状は

Intrinsic な過程と Extrinsic な過程とでは異なる

と考えられるので,両者の過程は区別できるは

ずである.よって, Langreth らの唱えた Intrinsic

な過程と Extrinsic な過程が区別できないために

起こる量子力学的な干渉は存在しないと考えた

方がより現実的であるということができる.あ

るいは,1次のプラズモンピークに関してのみ成

立する考え方である.

 上記のような考えを基本として,複雑な量子

力学計算を行わずともプラズモン損失スペクト

ルにおける Intrinsic な励起過程と Extrinsic な励

起過程は高次ピークの形状の差異からその寄与

比率が計算できると筆者らは考えた.なお,過去

にこのような考えで寄与比率を考察した例は見

られない. 本研究では,Intrinsic な励起過程のみ

を考慮したスペクトルと Extrinsic な励起過程の

みを考慮したスペクトルを計算し,それぞれを

足し合わせたモデルスペクトルと,後藤ら 30-33)

によって測定されたプラズモン損失スペクトル

とを比較することで 2 つの異なるプラズモン励

起過程の割合を算出し,その物理的意味を考察

することを目的とした.

X

hν ωp

ωp

X

2 ωp

1 2 3

1 2 3

Fig.3 Plasmon loss due to Intrinsic (top) and extrinsic(bottom) process.

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166 X線分析の進歩 39

プラズモンピークのイントリンシック・エクストリンシックの区別についての研究

2. 計算方法

2.1 コンボリューションとフーリエ 変換

 今回の計算では , Extrinsic の高次ピークを作成

する際にコンボリューション(畳み込み,合成)36)

を用いた.Extrinsic な励起過程による高次のプラ

ズモン損失ピークは複数回の非弾性散乱を行って

おり,散乱のたびに分布関数が コンボリューショ

ンされ,ピークの半値幅が広がっていく.

 コンボリューションされる 2 つの関数をそれぞ

れ f(t), g(t) としたとき, f(t) と g(t) の 合成積で

ある ( )( )f g t∗ は

   ( )( ) ( ) ( )f g t f s g t s ds+∞

−∞∗ = −∫

で定義される.前後の関数の順序を交換しても同

じである.最終的に

   [ ] [ ] [ ]( )( ) ( ) ( )F f g t F f t F g t∗ =

が得られる.つまり,2 つの関数の合成積の フー

リエ変換37)は,それぞれの関数の フーリエ変換

の積になる.コンボリューションは分析化学にお

いて,実測スペクトルから分光器などに由来する

装置関数を取り除き,分解能を数値的に向上させ

る際に用いられる.

 今回の計算では,n 次のプラズモン励起を計算

するのに, n-1 次の分布に対して 1 次の分布を計

算するのに使ったものと同じ関数を コンボリュー

ションした.その際プログラムを簡単にするため

に, n-1 次の分布を離散的なデルタ関数列と考え

た.デルタ関数の コンボリューションには次のよ

うな性質がある.

   ( )( ) ( ) ( ) ( )f t f s t s ds f tδ δ+∞

−∞∗ = − =∫

f(k) を コンボリューションに用いる共通の関数

とすれば n 次の分布 h(k) は

( ) ( ) ( ) ( )

( ) ( ) ( )

i i i i i

i i i

h k f t a k t a dt a f k a

h k h k a f k a

δ+∞

−∞= − + = −

= = −

∫∑ ∑

と計算できる.

2.2 プログラム概要

 本研究ではプログラミング言語に FORTRAN

77 を用い,実験データから読み取ったパラメー

タ及び外部ファイル,入力パラメータを使って

モデルスペクトルを計算するプログラムを作成

した.実数はすべて倍精度で宣言した.以下に計

算の主な流れを示す.なお,本研究におけるプ

ログラムを書く際にはいくつかの書を参考にし

た 38-41).

2.2.1  データの読み込みと分布関数の作成

 初めにガウス関数で近似した 0 次ピークファ

イル名とプラズマ振動エネルギーを読み込んだ.

0 次ピークファイルは外部で作成しているが,実

験値の半値幅と強度を元にした.次にサブルー

チンで実験データファイルを読み込み,実験値

の 1 次ピークの半値幅を読み取った.今回のプロ

グラムでは分布関数としてガウス関数とローレ

ンツ関数を選択できるようにし,読み取った半

値幅から分布関数を作成した.作成した分布関

数は Intrinsic / Extrinsic 両モデルの 1 次ピークお

よび Extrinsic モデルの高次ピークの計算に用い

た.その後高次ピークにおける指数関数減衰に

関わるパラメータと,作成するピークの次数を

読み込んだ.

2.2.2 Intrinsic モデル

 2.2.1の各データをもとにまず Intrinsic モデルを

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X線分析の進歩 39 167

プラズモンピークのイントリンシック・エクストリンシックの区別についての研究

計算した.Intrinsic モデルは 0 次から 1 次ピーク

を計算する際にのみ コンボリューション を行い,

2 次以降のピークの積分強度は 1 次ピークの積分

強度を指数関数で減衰させた.N 次の分布の配列

をプラズマ振動エネルギーの N 倍だけずらし,そ

れぞれを足し合わせることによって N 次までを

考慮したモデルを計算した.

2.2.3 Extrinsic モデル

 Extrinsic モデルは 1 次ピークを計算する際に用

いた分布関数を N-1 次ピークに コンボリュー

ション して N 次ピークを計算する.そのため ,

高次になるにつれて分布が広がっていく.ゆえに

データ点数が増加していくので配列の範囲のとり

かたに注意する必要がある.また,Intrinsic モデ

ルの計算と同じく 2 次以降のピークの積分強度は

1 次ピークの積分強度を指数関数で減衰させるこ

とによって得た.N 次プラズモン分布の全配列数

は N-1 次分布及び分布関数の配列数から計算で

き,そこから分布の中心を導けるのでそれを基準

として Intrinsic モデルと同じように N 次 の分布を

プラズマ振動エネルギーの N 倍だけ配列をずら

してそれぞれを足し合わせることで Extrinsic モ

デルを計算した.

2.2.4 Intrinsic / Extrinsic の足し合わせとファ

   イルへの出力

 Intrinsic モデルと Extrinsic モデルを任意の割合

で足し合わせ,モデルスペクトルとした.この

際,コンボリューションにより大幅に広がった

データ範囲を 0 次ピークからN 次ピークを含む

範囲にしぼった.また実験データの 1 次ピーク

の強度および半値幅を読み取ったときに使用し

たサブルーチンを用いてモデルスペクトルの 1 次

ピークと 2 次ピークの強度および半値幅を評価

した.ファイルに出力するデータは,モデルスペ

クトル,Intrinsic モデル,Extrinsic モデルとそれ

ぞれのモデルの各次数における分布とした.

3. 後藤測定データについて

 Fig.4 に後藤ら 30-33)によって測定された , Si 表

面に エネルギー 1500 eV の電子線を照射したデー

タを示す.このデータは表面分析研究会データ

ベースよりダウンロードしたもので,金属など

1200 1300 1400 15000

50

100

150

200

250

300

350

400Elastic scattering

irradiation electron energy : 1500 eVtarget : Si ( ωp = 17.2 eV)

1st

2nd

3rd

Electron kinetic energy (eV)

Inte

nsity (

a.u

.)

…Fig.4 Representative plasmonloss spectrum taken from SurfaceAnalysis Society of Japan,COMPRO, Absolute AESspectral database (GotoAbs.EXE), http: //www.sasj.gr.jp/COMPRO

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168 X線分析の進歩 39

プラズモンピークのイントリンシック・エクストリンシックの区別についての研究

ターゲットの清浄表面に電子を垂直に入射し,表

面に対して 42.5 度の角度で反射された電子およ

び発生した二次電子を CMA(同心円筒鏡型分光

器)で分光し,捕集効率が 99 % に及ぶファラデー

カップによって検出しており,またエレクトロニ

クスを全て校正器を用いて校正して使用している

ため, 横軸エネルギーに対する縦軸強度が全ての

測定エネルギー範囲で忠実なことが特徴である.

横軸に対する縦軸強度が全ての測定範囲で忠実で

あるとは,例えば全ての測定範囲を含む定数関数

状の信号が発生しているとき,どの横軸位置でも

スペクトルが強められたり弱められたりしてゆが

むことがなく,横軸に平行な直線のスペクトルを

得られることを意味する.これは本来すべての測

定において望ましいことであるが,検出器の特性

や装置の影響から達成は難しい.なお , 本データ

Fig.5  1st-3rd order plasmon loss peak (top) andnormalized plasmon peaks (middle), and FWHMcomparison (bottom) for 500 eV electron incident on Sitarget.

5 eV

3rd

2nd

1st

Energy

Inte

nsity (

a.u

.)

3rd

2nd

1st

420 440 460 480 5000

30

60

90

120

150Elastic scattering

irradiation electron energy : 500 eVtarget : Si ( ωp = 17.2 eV)

1st

2nd

3rd

Energy (eV)

Inte

nsity (

a.u

.)

Fig.6  1st-3rd order plasmon loss peak (top) andnormalized plasmon peaks (middle), and FWHMcomparison (bottom) for 1000 eV electron incident onSi target.

5 eV

3rd

2nd

1st

Energy

Inte

nsity (

a.u

.)

3rd

2nd

1st

920 940 960 980 10000

40

80

120

160

200

Elastic scattering

irradiation electron energy : 1000 eVtarget : Si ( ωp = 17.2 eV)

1st

2nd3rd

Energy (eV)

Inte

nsity (

a.u

.)

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X線分析の進歩 39 169

プラズモンピークのイントリンシック・エクストリンシックの区別についての研究

は誰でも表面分析研究会の Web ページ 30)から

無料でダウンロードして使用することができる.

また, 入射電子エネルギーが大きくなるにつれて

弾性散乱ピークの線幅が広がっていくのが確認で

きるが,これは全てのデータで入射電子エネル

ギーに対して弾性散乱ピークの半値幅が 0.24 %

になるよう測定条件が設定されているからであ

る.Fig.5 から Fig.9 にはデータの中から,Si 表面

にそれぞれ エネルギー 500 eV, 1000 eV, 1500 eV,

2000 eV, 3000 eV の電子を照射した際に観測され

たプラズモン損失ピークと,そのうちの 1 次から

3 次までのピークを規格化した後平行移動して重

ね合わせてピークの広がりを比較したグラフ,さ

らに各ピークの極小値を結ぶ直線からピーク頂点

までの距離を最大値としたときの半値幅を比較し

たグラフを示した.また,Fig.10 には,Al にエ

5 eV

3rd

2nd

1st

Energy

Inte

nsity (

a.u

.)

3rd

2nd

1st

1420 1440 1460 1480 15000

30

60

90

120

150Elastic scattering

irradiation electron energy : 1500 eVtarget : Si ( ωp = 17.2 eV)

1st

2nd

3rd

Energy (eV)

Inte

nsity (

a.u

.)

5 eV

3rd

2nd

1st

Energy

Inte

nsity (

a.u

.)

3rd

2nd

1st

1920 1940 1960 1980 20000

30

60

90

120

150

180

Elastic scattering

irradiation electron energy : 2000 eVtarget : Si ( ωp = 17.2 eV)

1st

2nd

3rd

Energy (eV)

Inte

nsity (

a.u

.)

Fig.7  1st-3rd order plasmon loss peak (top) andnormalized plasmon peaks (middle), and FWHMcomparison (bottom) for 1500 eV electron incident on Sitarget.

Fig.8  1st-3rd order plasmon loss peak (top) andnormalized plasmon peaks (middle), and FWHMcomparison (bottom) for 2000 eV electron incident on Sitarget.

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170 X線分析の進歩 39

プラズモンピークのイントリンシック・エクストリンシックの区別についての研究

ネルギー 1000 eV の電子を照射した際の,上記

と同様の処理を行ったグラフを示した.これら

のグラフより,後藤らが測定した実験データは,

高次になってもピークの半値幅が Extrinsic な過

程で考えられるほど広がっていかないことがわ

かる.なお, Al-1000 eV や Si-500 eV のデータで

1 次ピークが広がって見えるのはバルクプラズモ

ンの 1/ √2 倍のエネルギーをもつ表面プラズモン

の影響である.また,この結果からは,Si と Al

では半値幅の広がりに大きな違いが見られな

かった.よって Si,Alともにプラズモン励起過

程は自由電子ガスモデルとして等しく考えるこ

とができる.ただし Si-500 eV のデータに関して

は,3 次ピークがかなりブロードになっているた

め半値幅の比較をする際に必要な極小値を見積

もることが難しく,そのため Si-500 eV のデータ

Fig.9  1st-3rd order plasmon loss peak (top) andnormalized plasmon peaks (middle), and FWHMcomparison (bottom) for 3000 eV electron incident on Sitarget.

Fig.10  1st-3rd order plasmon loss peak (top) andnormalized plasmon peaks (middle), and FWHMcomparison (bottom) for 1500 eV electron incident onAl target.

5 eV

3rd

2nd

1st

Energy

Inte

nsity (

a.u

.)

3rd

2nd

1st

2920 2940 2960 2980 30000

30

60

90

120

150

Elastic scattering

irradiation electron energy : 3000 eVtarget : Si ( ωp = 17.2 eV)

1st

2nd

3rd

Energy (eV)

Inte

nsity (

a.u

.)

Energy

Inte

nsity (

a.u

.)

3rd

2nd

1st

5 eV

3rd

2nd 1st

Energy (eV)

Inte

nsity (

a.u

.)

920 940 960 980 10000

40

80

120

160

200Elastic scattering

irradiation electron energy : 1000 eVtarget : Al ( ωp = 15.5 eV)

1st

2nd

3rd

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X線分析の進歩 39 171

プラズモンピークのイントリンシック・エクストリンシックの区別についての研究

1000 980 960 940 920 900 8800

100

2000

100

2000

100

2000

100

200

Intrinsic model

Extrinsic model

Intrinsic : Extrinsic = 1 : 1

Experiment

Inte

nsity (

a.u

.)

Energy (eV)

R=0.23922

R=0.21461

R=0.19028

Fig.12  Comparison among Experiment and modelcalculations for 1000 eV electron incident on Si target.

500 480 460 440 420 400 3800

2000

2000

2000

200

Intrinsic model

Extrinsic model

Intrinsic : Extrinsic = 1 : 1

Experiment

Inte

nsity (

a.u

.)

Energy (eV)

R=0.38771

R=0.16167

R=0.2464

Fig.11  Comparison among Experiment and modelcalculations for 500 eV electron incident on Si target.

に関しては半値幅の比較があまりうまくいって

いないと考えられる.

4. 計算結果および考察

4.1 計算データおよび比較

 Fig.11 から Fig.16 に , 後藤スペクトルと本研究

のプログラムで計算した Intrinsic モデル, Extrinsic

モデル , 両者を 1:1 の比率で足し合わせたモデ

ルの比較を示した.足し合わせの比率は 1:1 と

した.Intrinsic な過程と Extrinsic な過程の寄与

する割合を粗く見積もったものである.コンボ

リューション に用いる分布関数はガウス関数と

ローレンツ関数を比較した結果,ローレンツ関

数の方が 1 次プラズモンの広がりに対してよい

一致をみせたため,こちらを用いた.なお,ロー

レンツ関数は指数関数減衰のフーリエ変換対で

あり,光電子ピークの分布などはローレンツ関

数に従うのが一般的である.Intrinsic な過程と

Extrinsic な過程は励起の原因は異なるが,どちら

もクーロン力の遮蔽によって生じ寿命は変わらな

いと考えられるので,Intrinsic/Extrinsic な過程の

両者に対してピークの広がりを計算する際には同

じ分布関数を用いた.またローレンツ関数の広が

りを決めるパラメータ Γ は実験データの 1 次ピー

クの半値幅の 4 分の 1 の値を用い,N 次における

減衰項 exp (-α・N ) は α = 0.5 とした.これらのパ

ラメータも実験値とモデルの 1 次プラズモンの比

較をもとに決定した.また,計算するプラズモン

の次数は 10 次までとした.コンボリューション

するローレンツ関数の配列数を 1001 点に設定し

ており,10 次ピークまでを計算するとモデルの全

配列数が約 12000 点になる.これ以上の配列数を

計算することは可能だが,指数関数減衰から考え

ると 11 次ピークは 1 次ピーク積分強度の 1000 分

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172 X線分析の進歩 39

プラズモンピークのイントリンシック・エクストリンシックの区別についての研究

2000 1960 1920 1880

0

100

0

100

0

100

0

100

Intrinsic model

Extrinsic model

Intrinsic : Extrinsic = 1 : 1

ExperimentIn

tensity (

a.u

.)

Energy (eV)

R=0.33844

R=0.3478

R=0.33178

Fig.14  Comparison among Experiment and modelcalculations for 2000 eV electron incident on Si target.

1500 1480 1460 1440 1420 1400 13800

2000

2000

2000

200

Intrinsic model

Extrinsic model

Intrinsic : Extrinsic = 1 : 1

Experiment

Inte

nsity (

a.u

.)

Energy (eV)

R=0.28161

R=0.24462

R=0.23544

Fig.13  Comparison among Experiment and modelcalculations for 1500 eV electron incident on Si target.

Fig.15  Comparison among Experiment and modelcalculations for 3000 eV electron incident on Si target.

3000 2980 2960 2940 2920 2900 28800

100

0

100

0

100

0

100Intrinsic model

Extrinsic model

Intrinsic : Extrinsic = 1 : 1

Experiment

Inte

nsity (

a.u

.)

Energy (eV)

R=0.12538

R=0.17333

R=0.12212

1000 980 960 940 920 9000

100

2000

100

2000

100

2000

100

200

Intrinsic model

Extrinsic model

Intrinsic : Extrinsic = 1 : 1

Experiment

Inte

nsity (

a.u

.)

Energy (eV)

R=0.27127

R=0.26233

R=0.23359

Fig.16  Comparison among Experiment and modelcalculations for 1000 eV electron incident on Al target.

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X線分析の進歩 39 173

プラズモンピークのイントリンシック・エクストリンシックの区別についての研究

の 4 まで積分強度が減衰しているので,スペクト

ル形状への影響はほとんどなくなる.そこで 10 次

ピークまでを計算範囲とした.

 各実験データについてローレンツ関数の広が

りを決めるパラメータ Γ の値に基づいてプラズ

モンの寿命を見積ることができる.ハイゼンベ

ルクの不確定性原理によれば htE ≈∆∆ である

ので(2πなどの因子は無視した)これを用いて

プラズモンの寿命 t∆ を計算した結果を Table 1

に示す.

 一般的にプラズモンの寿命は 1610 − 秒のオー

ダーであるので, それぞれの計算に用いた Γ の値

はプラズモンの寿命として妥当である.

 Fig.11 の Si-500 eV については実験値と Extrinsic

モデルがよく一致しているといえる.しかし,入

射エネルギーが大きくなるにつれて Intrinsic モデ

ルと Extrinsic モデルを 1:1 の比率で足し合わせ

たモデルが実験値とよく一致した.これは入射エ

ネルギーが大きくなることによって Intrinsic な過

程によるプラズモンの励起,つまりプラズマ振動

エネルギーの整数倍のプラズモンが同時発生して

いることを示唆している.従来プラズモン励起の

説明は, 電子の多重散乱によって逐一励起される

とするものがほとんどで 35),プラズマ振動エネル

ギーの 2 倍以上のプラズモンが発生することは一

般的に極めてまれであると考えられてきた.しか

し,この結果をみる限り,プラズモン励起過程は

Intrinsic な過程が無視できない割合で含まれてい

ると考えられる.

4.2 Si-3000 eV における考察

 Fig.17 に, エネルギー 3000 eV の電子線を Si に

照射した際のプラズモン損失スペクトルと計算し

たモデルスペクトルの比較を示す. モデルスペク

3000 2980 2960 2940 2920 2900 28800

1000

1000

100

0

100

0

100

0

100

0

100

0

100

0

100

0

100

Inte

nsity (

a.u

.)

Energy (eV)

90:10

Intrinsic : Extrinsic

20:80

70:30

60:40

50:50

40:60

30:70

80:20

10:90

Exp.

0 20 40 60 80 100

0.12

0.14

0.16

0.18

R-factor

Intrinsic ratio (%)

Fig.17  Comparison among Experiment and modelcalculations for 3000 eV electron incident on Si target.

Exp. Γ [eV] t∆ [s]

Si-500eV 5. 85 167.1 10−×

Si-1000eV 6. 15 166.7 10−×

Si-1500eV 5. 00 168.3 10−×

Si-2000eV 5. 80 167.1 10−×

Si-3000eV 5. 70 167.3 10−×

Al-1000eV 4. 75 168.7 10−×

Table 1 Plasmon lifetime estimated from experimentalspectra.

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174 X線分析の進歩 39

プラズモンピークのイントリンシック・エクストリンシックの区別についての研究

トルは Intrinsic モデルと Extrinsic モデルを 10% ず

つ比率を変えて足し合わせていったものを使用し

た.まず,実験値と Intrinsic モデル,Extrinsic モ

デルの 2 次ピーク,3 次ピークの強度比を比較し

たところ,2 次ピークでは Intrinsic:Extrinsic = 80:

20,3 次ピークでは Intrinsic:Extrinsic = 60:40 で

実験値との一致が見られた.Fig.17 によれば,

Intrinsic か Extrinsic かどちらか割合が大きいとこ

ろはあまり実験値とモデルの形状は合わないが,

両者の比率が 1:1 に近づくにつれほとんどの次

数の範囲で実験値とモデルの形状がよく一致し

た.具体的に実験値とモデルの信頼度因子を

Table 2 に示す.なお信頼度因子は 1 次ピークか

ら 6 次ピークまでの範囲で計算した.モデルのプ

ラズモン損失ピークは 10 次までの計算であり,

Extrinsic モデルの高次ピークの線幅の広がりを考

慮すると 7 次ピーク以降は 11 次ピーク以上をモ

デル計算に含めなければならないことから上記の

範囲を設定した.

 Table 2 から,Intrinsic:Extrinsic の比率は 70:

30 で最もよい一致が見られた.また,Extrinsic な

過程の割合が 100 % に近くなると信頼度は最も

悪い値となる.この結果を 4.1 節の結果と合わせ

て考えると,入射電子エネルギーを大きくしてい

くことで Intrinsic な過程によるプラズモン励起

の割合が大きくなっていくと考えられる.入射電

子エネルギーが高くなった方が自由電子の海に電

子が飛び込むときの摂動が大きくなり,プラズマ

振動の基本振動のオーバートーンが立ちやすくな

るのではないかと予想できる.入射エネルギーが

小さい時に Intrinsic な過程が起こりにくく,入射

エネルギーを大きくしていくことで Intrinsic な過

程による励起割合が増えたことから,さらに高エ

ネルギーの電子線を照射した場合にはプラズモン

励起における Intrinsic な過程の割合がより大きく

なる可能性が示唆される.一方,高エネルギーの

電子線を照射した際にも Intrinsic な過程の励起割

合が 100% に収束しないのであれば , 両者が互い

に補完し合ってプラズモンを励起しているのでは

ないかと推測できる.

4.3 入射電子エネルギーと励起割合の関係

 Fig.18 に,Si 表面に入射する電子エネルギー

を 500 eV, 1000 eV, 1500 eV, 2000 eV, 3000 eV と変

えた際に Intrinsic/Extrinsic なプラズモン励起割

合がどのように変化するかを信頼度因子を用い

て示した.入射電子エネルギーが 500 eV から

3000 eV へと大きくなるにつれて信頼度因子の最

小値は Intrinsic な過程の割合が大きい方へ移動し

ていくことがわかる.また,各入射電子エネル

ギーにおいて信頼度因子が最小となる Intrinsic な

過程の励起割合を入射電子エネルギーに対して

プロットしたところよい正の相関を示すプロッ

トとなったため,線形最小二乗近似を行ったと

ころその相関係数は R = 0.90 となり入射電子エ

ネルギーと Intrinsic な過程のプラズモン励起割合

は非常によい相関関係を示すことがわかった.

Int. : Ext. R

10:90 0.16043

20:80 0.14856

30:70 0.138

40:60 0.12905

50:50 0.12207

60:40 0.11742

70:30 0.11539

80:20 0.11609

90:10 0.1195

Table 2 Model dependent R factors (Incident electron3000 eV, target Si).

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X線分析の進歩 39 175

プラズモンピークのイントリンシック・エクストリンシックの区別についての研究

よって 4.2 節で予想されたように,入射電子エネ

ルギーを大きくしていくと Intrinsic な過程による

プラズモン励起割合が大きくなっていくことがわ

かった.また,線形近似でよい相関が得られたこ

0 1000 2000 3000

0

20

40

60

80

100

Intr

insic

ratio

Irradiation electron energy (eV)

Target : Si

0 20 40 60 80 100

0.24

0.26

0.28

0 20 40 60 80 100

0.16

0.24

0.32

0.40

0 20 40 60 80 100

0.18

0.20

0.22

0.24

0 20 40 60 80 100

0.33

0.34

0.35

0 20 40 60 80 100

0.12

0.14

0.16

0.18

1500eV1000eV500eV

3000eV2000eV

Intrinsic ratio (%)

Fig.18  (Top) Incident electron energy dependent R factor for Si target and (bottom) linear relation between theincident energy and intrinsic ratio.

とは次のようなことを意味している.

 金属表面に垂直に電子線を入射し,その反射電

子を金属表面から約 45 度の角度で検出した際の

プラズモン励起過程は Intrinsic な過程と Extrinsic

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176 X線分析の進歩 39

プラズモンピークのイントリンシック・エクストリンシックの区別についての研究

な過程の混合が起こっている.Intrinsic な過程に

よるプラズモン励起割合は入射電子エネルギー

が大きくなるとそれに比例して大きくなる.た

だし, Intrinsic な過程によるプラズモン励起割合

が 0% を下回ったり 100% を上回ることはありえ

ないので, あるエネルギーにおいて閾値がある

か,収束が起こるだろう.入射電子エネルギーと

Intrinsic な過程のプラズモン励起割合の相関関係か

ら,ターゲットシリコンにおいて Intrinsic:Extrinsic

= 1:1 になるのは約 2000 eV であることが計算

できた.

5. 結 言

 本研究では,電子が固体中を輸送される間にお

こる多重散乱の際に逐次プラズモンが励起される

Extrinsic な過程と,1 次のプラズマ振動エネル

ギーの整数倍のエネルギーをもつプラズモンが同

時発生する Intrinsic な励起過程という 2 つの異な

るプラズモン励起過程の寄与について,2 次以降

の高次プラズモン損失ピークの形状が異なること

に着目し,プラズモン損失ピークのモデルスペク

トルを計算し.実験データと比較した.その結果,

以下の結論を得た.

1. Intrinsic な過程と Extrinsic な過程を高次プラ

ズモン損失ピークの違いによって区別するこ

とができた.このことから従来考えられてい

た,両者の過程の区別ができないことが原因

とされる量子力学的な干渉は起こらないと断

定できた.

2. 従来,プラズモン励起は Extrinsic な過程が

優位とされてきたが,入射電子エネルギーが

1000 eV を超えた場合には Intrinsic な過程によ

る励起が数 10% という無視できない割合で起

こることがわかった.さらに入射電子エネル

ギーが大きくなると Intrinsic な過程による励起

割合が大きくなり Si の場合入射電子エネル

ギー 3000 eV では Intrinsic:Extrinsic = 7:3 でモ

デルと実験データが最もよく一致した.

3. 入射電子エネルギーが 500 eV 程度の大きさ

の場合,Intrinsic な過程によるプラズモン励起

がほとんど起きていないことがわかった.こ

の条件下では従来どおり Extrinsic な励起過程

が優位であり,プラズモンが多重散乱によっ

て逐一励起されていることがわかった.

 最後に本研究で仮定した問題について触れる.

この問題は上では考察しなかったが,電子線入射

によるプラズモンの発生は,その摂動が,光電子

放出による空孔の生成と等価であるという大きな

前提があった.しかし,後藤の実験では,反射電

子を測定しており,この場合,観測方向によって

1回のみ散乱された電子を測定する実験配置と考

えることもできる.そのような実験配置では,入

射電子は1回のExtrinsicなプラズモンを励起して

観測され,このとき,同時に高次のプラズモンを

励起すれば,すべての線幅が同じになる.入射電

子の運動エネルギーが高いほど,線幅の広がりは

小さく,従って高次のプラズモンが1回の衝突で

生じていることを示している.これは X 線光電

子放出とよく似た条件であると考えることがで

き,本解析結果が X 線光電子スペクトルへほぼ

そのまま移行できると考えている.

 電子の観測方向を透過の実験配置にしたらど

うなるであろうか? 高い運動エネルギーの電子

は,何度も衝突し,線幅が広がったプラズモンス

ペクトルが観測できる可能性も考えられる.一

方,後藤の実験配置で,反射電子の観測方向を

様々に変えると,多数回散乱された電子を優先

的に検出する方向もあるはずである.その場合

には,線幅は高次のプラズモンほど広がる可能

性が期待できる.観測方向によって,Intrinsic過

Page 19: Materials Informatics | Kawai Lab. - X線分析の進歩 39 別刷 · 2012-11-09 · X線分析の進歩 39 161 プラズモンピークのイントリンシック・エクストリンシックの区別についての研究

X線分析の進歩 39 177

プラズモンピークのイントリンシック・エクストリンシックの区別についての研究

程を優先的に測定したり,Extrinsic過程を優先的

に観測したりする可能性は今後検討する必要が

あると考えている.入射電子による内殻空孔生成

は無視したが,この近似は十分に成立していると

考えられる.

謝辞ほか

 京都大学 酒井明先生からは,2006年 7月の修

士中間発表の段階から,モデル計算と実測の一

致の定量化に関する貴重なコメントやボームに

ついてのコメントをいただいた.京都大学工学

研究科材料工学専攻 田中克志先生からは,透過

電子顕微鏡のプラズモンロスとの関連について

貴重なコメントをいただいた.後藤敬典先生か

らは,測定データを直接送っていただき,実験条

件について貴重なコメントをいただくことがで

きた.またハンガリー科学アカデミーATOMKI

(Debrecen市)の Laszlo Kövér氏からは,研究全

般について,本研究の結論とは逆の立場から 42)

様々な有益なコメントをいただいた.Kövér氏は

ハンガリー科学アカデミーと日本学術振興会の2

国間交流事業(共同研究)によって2006年と2007

年に合計2回京大に滞在した際に,本研究の途上

から多くのディスカッションをすることができ

た.ここに列挙して感謝する.またFig.2の引用

を許諾していただいた産総研 城昌利さんおよび

Wiley社に感謝する.

 本論文は,2007 年 2月提出の高山の修士論文

に基づいている.2007年 2月 26日に Journal of

Surface Analysis(JSA)に投稿し2人のレフェリー

に貴重なコメントをいただいた.レフェリー・コ

メントの要点は,実験データとして,電子線損失

スペクトルではなく,XPSを使うべきであるとい

う点と解析方法の詳細な点に関するものであっ

た.レフェリーコメントの全部に対応することを

考えたが,最終的に本論文の結論を逆転させなけ

れば受理されないという印象を持った.その間,

レフェリーの一人は,本論文で指摘した量子干渉

理論の欠点を改良した学会発表を2007年11月の

PSA-07国際会議(金沢市)で行なった(JSAはレ

フェリー氏名を公表している).この学会発表は,

レフェリーとして本論文を読んだ結果であること

は明らかである.この件に関して,JSA編集委員

長永富隆清氏と相談したが,レフェリーが反対し

ているのに出版したのでは「何でもあり」になる

ので出版できないということであった.以上のよ

うな経緯のもとで,JSAへの投稿を取り下げて「X

線分析の進歩」に投稿することにしたものであ

る.進歩誌のレフェリーにも有益なコメントをい

ただけたことを感謝する.

参考文献

1) D.パインズ著,大槻義彦,三沢節夫訳:「固体に

おける素励起」, (1974), (吉岡書店,京都).

2) D.Bohm, D.Pines: Phys. Rev., 82, 625 (1951).

3) D.Pines, D.Bohm: Phys. Rev., 85, 338 (1952).

4) D.Bohm, D.Pines: Phys. Rev., 92, 609 (1953).

5) D.Pines: Phys. Rev., 92, 626 (1953).

6) L.Tonks, I.Langmuir: Phys. Rev., 33, 195 (1929).

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