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NIMSの主な研究成果...NIMSの主な研究成果 (平成21年度主要な研究成果の発行について) 独立行政法人 物質・材料研究機構 理事長 潮田

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Page 1: NIMSの主な研究成果...NIMSの主な研究成果 (平成21年度主要な研究成果の発行について) 独立行政法人 物質・材料研究機構 理事長 潮田
Page 2: NIMSの主な研究成果...NIMSの主な研究成果 (平成21年度主要な研究成果の発行について) 独立行政法人 物質・材料研究機構 理事長 潮田

NIMS の主な研究成果(平成 21年度主要な研究成果の発行について)

独立行政法人 物質・材料研究機構

理事長 潮田 資勝

独立行政法人物質・材料研究機構(National Institute for Materials Science)では持続可能社会

の実現に向け、ナノスケールの構造まで制御する「ナノテクノロジー」を駆使した新材料の創製や、

材料機能の高度化などを可能にする研究を進めています。私は平成 21 年 7 月に独立行政法人物質・

材料研究機構(NIMS)の理事長に就任しました。本年は 2 年目となりますが、独立行政法人となっ

て 10 年目、第 2 期中期計画の最終年度にあたり、これまでの研究活動を総括し、次期中期計画の方

向を決めてゆく重要な年になります。

NIMS は法人化後、岸前理事長のリーダーシップのもとで大きく発展を遂げ、材料分野の発表論

文数や論文引用数で世界的に高く評価される存在になりました。これは大いに誇りとすべきことで

す。次の段階では論文を多く書くこともさることながら、その質を上げることに注力することが重

要になってきます。物質・材料研究には科学的側面と工学的側面があります。科学研究は物性の普

遍的な原理を追求することであり、工学研究の最終目的は使える材料を開発することにあります。

NIMS の物質・材料研究は両方の側面を追求する必要があると考えています。

NIMS では、各年度における NIMS の研究成果を自己評価するために、主要成果を取りまとめ発

行してきました。平成 21 年度につきましても、主要研究成果 13 件と 1 トピックスを選別し、皆様

に NIMS の研究内容を紹介させていただきます。

主要成果 13 件は、上記の観点から選別されたもので、生体材料、情報通信材料、環境エネルギー

材料、材料信頼性、ナノスケール物質領域、ナノテクノロジー基盤領域の 6 研究領域、及び国際ナ

ノアーキテクトニクス研究拠点における主要成果として取り上げました。

また、環境エネルギー問題は、科学技術が最も優先的に取り組むべき課題の一つです。NIMSでは、

平成 21 年度に NIMS を中核としたオールジャパンの環境技術の基礎基盤的な研究開発を推進するた

めの研究拠点「ナノ材料科学環境拠点」をスタートさせました。太陽電池、光触媒、二次電池、燃

料電池をターゲットに、表面・界面の理論解析と先端的技術計測を融合させることによって、環境

エネルギー問題を解決するための新しい材料の創出に貢献する基礎基盤研究を集中的に進める計画

であり、今後もNIMSの重要施策のひとつとなるので、本冊子のトピックスとして取り上げました。

最後に、NIMS は大学とは違って、物質・材料科学技術分野における国策の執行機関であること

を常に自覚して研究を展開することが求められます。じっくりと基礎・基盤研究を推進することが

使命ですが、新しいことに積極的にチャレンジし、進化を続ける研究機関でありたいと考えていま

す。

◆本書の複製権・翻訳権・上映権・譲渡権・公衆送信権(送信可能化権を含む)は、物質・ 材料研究機構が保有します。

◆本書に関するご意見・お問合せは下記担当までお願いいたします。

発行:独立行政法人 物質・材料研究機構2010年7月20日発行

担当者:企画部評価室/小野寺 秀博

〒305-0047 茨城県つくば市千現1 - 2 - 1電話:029-859-2603FAX:029-859-2201E-mail:[email protected]

Page 3: NIMSの主な研究成果...NIMSの主な研究成果 (平成21年度主要な研究成果の発行について) 独立行政法人 物質・材料研究機構 理事長 潮田

研究成果

配向連通多孔質アパタイト人工骨厚生労働省の製造販売承認を取得末次 寧  菊池 正紀

太陽観測人工衛星搭載ダイヤモンドPIN深紫外線センサ小泉 聡

超高密度データストレージ:C60分子間化学結合の単分子レベル自在制御によって実現中山 知信  中谷 真人  青野 正和

巨大分極を有する新規マルチフェロイック物質の発見と中性子回折法による機構解明北澤 英明  橘 信

超音波疲労試験によるギガサイクル疲労特性評価古谷 佳之

電子顕微鏡の分析能力を一桁向上透過型電子顕微鏡用高エネルギー分解能X線検出器の開発原 徹

新しい形態をもつ有機半導体の開発池田 太一

脱希土類元素添加ー高性能マグネシウム合金の開発染川 英俊  向井 敏司

フラーレンハイブリッドナノシートの合成とフラーレンナノシートの大量合成法の開発若原 孝次  宮澤 薫一

電子線誘起電流(EBIC)法による次世代半導体素子の信頼性に関する研究陳 君  関口 隆史

発光色を紫外-可視で可変可能なSiナノ粒子白幡 直人

固有ジョセフソン接合からのテラヘルツ放射王 華兵  羽多野 毅

40年を超えるクリープ変形データの取得安全・安心を向上させる材料信頼性研究木村 一弘

ナノ材料科学環境拠点大野 隆央

2009年度運営に関するデータ集

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29

………………………

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……………………

………

………

………

……………

………………………………………

………………………

トピックス

2009年度の運営(データ集)

INDEX1

23

4

56

789

10

111213

Page 4: NIMSの主な研究成果...NIMSの主な研究成果 (平成21年度主要な研究成果の発行について) 独立行政法人 物質・材料研究機構 理事長 潮田

配向連通多孔質アパタイト人工骨 厚生労働省の製造販売承認を取得

お問い合わせ先

■ 配向連通多孔質アパタイト人工骨 NIMS 研究成果 ■

研究の内容

研究の背景と狙い 主な成果

1)末次寧:環境調和型新材料シリーズ 生体材料, 日本セラミックス協会編 , 日刊工業新聞社, 東京, 2008, p61.

2)Y. Suetsugu, Y. Hotta, M. Iwasashi, M. Sakane, M. Kikuchi, T. Ikoma, T. Higaki, N. Ochiai and J. Tanaka: Key Eng.

Mater. 330-332(2007)1003.

3)M. Iwasashi, M. Sakane, Y. Shirai, Y. Suetsugu, T. Tateishi and N. Ochiai, J. Bone Miner. Res. 22(Suppl. 1)(2007)S262.

4)特許第 3858069 号

発 表 文 献

期待されるイノベーション

生体材料センター 末次 寧  菊池 正紀

 私たちの骨は、リン酸カルシウムの一種であるハイドロキシア

パタイト(HAp)の微結晶が、タンパク質の一種であるコラーゲ

ン線維に沿うように配列してできている。人工的に合成したアパ

タイトの多孔質セラミックスは、生体骨中に埋植した場合に生体

に害を及ぼすおそれが無く、また新生骨が材料と直接結合しなが

ら気孔の中に進入するという特性を持つため、骨欠損部を補填す

る人工骨として高く評価されている。

 一般的な手法で多孔質セラミックスを製造すると、粒状形態の

気孔がランダムに散らばった構造のものが得られる。しかし、我々

の研究グループでは、細胞や血管がより進入し易い構造の新規人

工骨を目指し、一方向に並んだ管状の気孔を持った配向連通多孔

質のアパタイトセラミックスを作製する技術を開発した。

 多孔質の人工骨材料には、骨の力学的機能を代替することに加え、患者自身の骨組織を再生するための細胞足場材料として

働くことが求められる。本研究では、異方的な微構造を有した人工骨材料が初期強度や組織の進入性において優れているだけ

でなく、より自然に近いナノ~ミクロ構造を持つ骨組織の再生を促すことが示された。ここで培われた作製技術を生体吸収性

の素材に応用すれば、失われた骨を元通りに再建するような材料を実現することも可能であると期待される。

1 2

図5 ウサギ大腿骨髄腔に埋植2週後の配向連通多孔体の顕微鏡像▼:新生骨 ▽:新生血管ヘマトキシリン・エオジン染色

(文献1より転載)

 配向連通多孔質セラミックスの作製にあたり、我々は、微細な

柱状氷結晶を気孔のテンプレートとして利用するユニークな手法

を用いた。すなわち、HApの微粒子を水中に分散させたスラリー

を一方向から冷却することで、内部に生じた多数の細い柱状の氷

結晶が、互いにほぼ平行に一方向に成長していくことを利用する

(図 3)。HAp粒子は氷結晶内からは排除され、その周囲に濃集

して骨格部分を形成する。得られた凍結体を凍結乾燥することに

より氷柱を除去して気孔とし、さらに焼結して多孔体を得る。な

お、乾燥体に塑性を与えるためスラリーには予め適当な有機高分

子を混ぜておく。

 本法は原理的には簡便であるが、適切な構造を得るために制御

すべきファクターは多い。スラリーのHAp濃度を変えると最終

的に得られる多孔体の総気孔率が変化し、HApの粒子径や混合

する高分子も氷結晶の形状や骨格部分の密度に大きな影響を与え

る。また凍結速度は氷柱の太さ、すなわち気孔径を変化させる。

条件を適切に制御して作製した多孔体のマイクロX線 CT画像

を図 4に示す。チャンネル状の気孔が一方向に配向しており、気

孔率は約 75%である。気孔の横断面は長円形で、長径は 300µm前後、短径は約 100µmである。本多孔体の異方的な構造は圧縮強度に明瞭に反映され、気孔に平行な方向の荷重に対しては約

14MPa であり、それに垂直な方向の強度の 7倍に及ぶ。得られ

た材料の生体中における機能の評価は、ウサギを使った埋入試験

により行われた。

図2 配向連通多孔体細胞・血管の進入が容易

 円柱形に加工した多孔体をウサギの大腿骨髄腔に挿入した

ところ、術後 2週で気孔内部に骨組織が新生し、血管の形成

も散見された(図5)。本多孔体は骨形成に係わる細胞や血管

が充分に進入しやすい構造を持つと考えられる。

 同様に大腿骨髄腔に埋入した複数の多孔体を所定の期間ご

とに取り出して圧縮試験を行った結果、気孔方向の荷重に対

する圧縮強度は、初期値 14MPa に対して埋植後徐々に上昇

し続け、12 週後では、比較に用いたランダム構造の多孔体

に対して有意に大きく、皮質骨の圧縮強度の 2分の 1程度に

相当する47MPaに達した(図6)。このような強度の上昇は、

新生骨がインプラントの気孔を埋めて気孔率を低下させただ

けでなく、新生骨のコラーゲン線維とHAp結晶が配列した

ナノ複合構造と、それが高次化したミクロ構造がともに気孔

と平行に形成された効果によるのではないかと考察される。

 本材料は、NIMSと筑波大学、およびクラレメディカル株

式会社との共同研究により開発され、2009 年 7 月に厚生労

働省の製造販売承認を取得し、「リジェノス®」の名称で実用

化された。ご尽力くださった関係各位、特に筑波大学の落合

直之教授、坂根正孝準教授、岩指仁医師(現公立昭和病院)、

クラレメディカルの檜垣達彦氏、堀田裕司氏に心より御礼を

申し上げる。

図1 ランダム構造の多孔体

図3 配向連通多孔体の作製

図4 配向連通多孔体のマイクロX線CT画像(文献1より転載)

図6 ウサギ大腿骨髄腔に埋植したアパタイト多孔体の圧縮強度変化 ■:配向連通多孔体(荷重方向 //気孔方向)●:ランダム構造の多孔体

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配向連通多孔質アパタイト人工骨 厚生労働省の製造販売承認を取得

お問い合わせ先

■ 配向連通多孔質アパタイト人工骨 NIMS 研究成果 ■

研究の内容

研究の背景と狙い 主な成果

1)末次寧:環境調和型新材料シリーズ 生体材料, 日本セラミックス協会編 , 日刊工業新聞社, 東京, 2008, p61.

2)Y. Suetsugu, Y. Hotta, M. Iwasashi, M. Sakane, M. Kikuchi, T. Ikoma, T. Higaki, N. Ochiai and J. Tanaka: Key Eng.

Mater. 330-332(2007)1003.

3)M. Iwasashi, M. Sakane, Y. Shirai, Y. Suetsugu, T. Tateishi and N. Ochiai, J. Bone Miner. Res. 22(Suppl. 1)(2007)S262.

4)特許第 3858069 号

発 表 文 献

期待されるイノベーション

生体材料センター 末次 寧  菊池 正紀

 私たちの骨は、リン酸カルシウムの一種であるハイドロキシア

パタイト(HAp)の微結晶が、タンパク質の一種であるコラーゲ

ン線維に沿うように配列してできている。人工的に合成したアパ

タイトの多孔質セラミックスは、生体骨中に埋植した場合に生体

に害を及ぼすおそれが無く、また新生骨が材料と直接結合しなが

ら気孔の中に進入するという特性を持つため、骨欠損部を補填す

る人工骨として高く評価されている。

 一般的な手法で多孔質セラミックスを製造すると、粒状形態の

気孔がランダムに散らばった構造のものが得られる。しかし、我々

の研究グループでは、細胞や血管がより進入し易い構造の新規人

工骨を目指し、一方向に並んだ管状の気孔を持った配向連通多孔

質のアパタイトセラミックスを作製する技術を開発した。

 多孔質の人工骨材料には、骨の力学的機能を代替することに加え、患者自身の骨組織を再生するための細胞足場材料として

働くことが求められる。本研究では、異方的な微構造を有した人工骨材料が初期強度や組織の進入性において優れているだけ

でなく、より自然に近いナノ~ミクロ構造を持つ骨組織の再生を促すことが示された。ここで培われた作製技術を生体吸収性

の素材に応用すれば、失われた骨を元通りに再建するような材料を実現することも可能であると期待される。

1 2

図5 ウサギ大腿骨髄腔に埋植2週後の配向連通多孔体の顕微鏡像▼:新生骨 ▽:新生血管ヘマトキシリン・エオジン染色

(文献1より転載)

 配向連通多孔質セラミックスの作製にあたり、我々は、微細な

柱状氷結晶を気孔のテンプレートとして利用するユニークな手法

を用いた。すなわち、HApの微粒子を水中に分散させたスラリー

を一方向から冷却することで、内部に生じた多数の細い柱状の氷

結晶が、互いにほぼ平行に一方向に成長していくことを利用する

(図 3)。HAp粒子は氷結晶内からは排除され、その周囲に濃集

して骨格部分を形成する。得られた凍結体を凍結乾燥することに

より氷柱を除去して気孔とし、さらに焼結して多孔体を得る。な

お、乾燥体に塑性を与えるためスラリーには予め適当な有機高分

子を混ぜておく。

 本法は原理的には簡便であるが、適切な構造を得るために制御

すべきファクターは多い。スラリーのHAp濃度を変えると最終

的に得られる多孔体の総気孔率が変化し、HApの粒子径や混合

する高分子も氷結晶の形状や骨格部分の密度に大きな影響を与え

る。また凍結速度は氷柱の太さ、すなわち気孔径を変化させる。

条件を適切に制御して作製した多孔体のマイクロX線 CT画像

を図 4に示す。チャンネル状の気孔が一方向に配向しており、気

孔率は約 75%である。気孔の横断面は長円形で、長径は 300µm前後、短径は約 100µmである。本多孔体の異方的な構造は圧縮強度に明瞭に反映され、気孔に平行な方向の荷重に対しては約

14MPa であり、それに垂直な方向の強度の 7倍に及ぶ。得られ

た材料の生体中における機能の評価は、ウサギを使った埋入試験

により行われた。

図2 配向連通多孔体細胞・血管の進入が容易

 円柱形に加工した多孔体をウサギの大腿骨髄腔に挿入した

ところ、術後 2週で気孔内部に骨組織が新生し、血管の形成

も散見された(図5)。本多孔体は骨形成に係わる細胞や血管

が充分に進入しやすい構造を持つと考えられる。

 同様に大腿骨髄腔に埋入した複数の多孔体を所定の期間ご

とに取り出して圧縮試験を行った結果、気孔方向の荷重に対

する圧縮強度は、初期値 14MPa に対して埋植後徐々に上昇

し続け、12 週後では、比較に用いたランダム構造の多孔体

に対して有意に大きく、皮質骨の圧縮強度の 2分の 1程度に

相当する47MPaに達した(図6)。このような強度の上昇は、

新生骨がインプラントの気孔を埋めて気孔率を低下させただ

けでなく、新生骨のコラーゲン線維とHAp結晶が配列した

ナノ複合構造と、それが高次化したミクロ構造がともに気孔

と平行に形成された効果によるのではないかと考察される。

 本材料は、NIMSと筑波大学、およびクラレメディカル株

式会社との共同研究により開発され、2009 年 7 月に厚生労

働省の製造販売承認を取得し、「リジェノス®」の名称で実用

化された。ご尽力くださった関係各位、特に筑波大学の落合

直之教授、坂根正孝準教授、岩指仁医師(現公立昭和病院)、

クラレメディカルの檜垣達彦氏、堀田裕司氏に心より御礼を

申し上げる。

図1 ランダム構造の多孔体

図3 配向連通多孔体の作製

図4 配向連通多孔体のマイクロX線CT画像(文献1より転載)

図6 ウサギ大腿骨髄腔に埋植したアパタイト多孔体の圧縮強度変化 ■:配向連通多孔体(荷重方向 //気孔方向)●:ランダム構造の多孔体

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太陽観測人工衛星搭載ダイヤモンド PIN深紫外線センサ

お問い合わせ先

■ 太陽観測人工衛星搭載ダイヤモンドPIN深紫外線センサ NIMS 研究成果 ■

研究の内容

研究の背景と狙い 主な成果

1)S. Koizumi, H.Ozaki, M.Kamo, Y.Sato and T. Inuzuka: Appl. Phys. Lett., 71(8)(1997)1065.

2)S. Koizumi, K.Watanabe, M. Hasegawa and H. Kanda: Science 292(5523)(2001)1899.

3)A. BenMoussa, S. Koizumi, et. al.: phys. stat. sol.(a)201(11)(2004)2536.

4)日経産業新聞 2009 年 8 月 31 日第 5 面記事

発 表 文 献

期待されるイノベーション

センサ材料センター 小泉 聡

 ダイヤモンドは耐熱性、耐放射線性などの優れた耐環境性を備え、ワイドギャップ半導体としての応用が

期待される材料である。本研究では我々が開発したダイヤモンドへのドーピング技術、PN接合技術を生か

して、5.5eV の広いバンドギャップを利用した深紫外線センサを作製した。極限環境でも安定に動作するデ

バイス形成が研究の目的である。

 ダイヤモンドデバイスが宇宙空間で太陽からの強烈なエネルギー放射にさらされながら観測を続けている。耐環境性に真価

が問われる試験に合格し、今後、センサとして、またアクティブデバイスとして種々の極限環境での利用が展開していくと考

えられる。

3 4

図3 太陽観測実験衛星PROBA2型(イメージ図、ESA提供)

基本技術と基礎知識:

本研究で用いたダイヤモンドの気相成長技術はNIMSの前進

である無機材質研究所により確立された。さらに我々は、特に

困難とされた n型ダイヤモンドの合成、PN接合、深紫外 LED

形成に世界で初めて成功し、ダイヤモンドの光電子デバイス応

用に道を開くことができた [1,2]。図 1にダイヤモンド PN接合

のエネルギーバンド図を示す。深紫外線の発光とは逆の過程

で、バンドギャップエネルギーを超える光を PN接合が受けた

とき、電子正孔対が形成され、空乏層の拡散電位により電流(電

圧)を PN接合の両端に発生する。原理的にはダイヤモンドで

は 5.47eV のバンドギャップに対応する 225nmより高エネル

ギーの深紫外線にのみ感度を持つ。本研究では効率を高めるた

めにアンドープ層(i 層)を受光層として使用している。

ダイヤモンド深紫外線センサの作製とその感度特性:

半導体ダイヤモンドの合成は化学気相成長法により行った。単結晶ダイヤモンドを基板として、その

{111}表面にホウ素を不純物とした p型層、真性の i 層、リンを不純物とした n型層を積層している。

{111}結晶面を選択した理由は n型ダイヤモンド合成の高品質化のためである。通常、高品質化に有利と

される{100}結晶面は現状のダイヤモンド PN(PIN)接合には不向きである。

図 2に作製したダイヤモンド PIN接合試料写真と分光感度特性を示す。特性はバンド端に急峻な立ち上

がりを示し、225nm以下の波長を持つ深紫外線に対して排他的に感度を持つ(ソーラーブラインド特性)

ことが分かる。比較のために示した PN接合の特性と比較して、PIN接合ではより良好なソーラーブライン

ド特性を示し、地表に到達する太陽紫外線の実効的最短波長である 275nmにもほとんど感度を示さない。

200nmと 275nmの感度比は3×105(30万倍)以上、可視光と比べた場合、7桁以上の感度比が得られた [3]。

図1 ダイヤモンドPN接合のバンド図

人工衛星搭載ダイヤモンドPIN深紫外線センサ [4]:

2003年、ベルギー王立天文台が主導する太陽紫外光観測プロジェクト(LYRA)に試料提供を求められた。

LYRAプロジェクトは、欧州宇宙機関(ESA)が進める太陽観測実験衛星 PROBA2 型(図 3)に搭載する

紫外線観測ユニットで、太陽紫外線の観測を行い、長期的気象予測、通信障害予防に役立てる現実的役割と、

新材料デバイス試験利用の目的がある。我々は、プロジェクトメンバーのハッセルト大学(ベルギー)およ

び IMECのグループからの依頼でダイヤモンド PIN接合の形成を行った。

図 4に衛星搭載型ダイヤモンド PIN深紫外線センサの構造模式図および写真を示す。搭載機器の都合で

直径 5mmの丸形のダイヤモンド基板が採用され、そこに PIN接合を形成した。性能試験はベルリンにある

放射光実験施設(BESSY)において 2007 年まで続けられ、分光感度特性、特性劣化の有無、安定性が徹底

的に調べられた。その結果、我々が作製した PINデバイス 3個が衛星に搭載されることとなった。

2009 年 11 月 2 日、ロシアのプレセツク宇宙基地から PROBA2 型人工衛星は打ち上げられ、無事に軌道

投入がなされた。軌道は高度 700~800 kmの太陽同期軌道(Dawn-Dusk Orbit)で常時太陽観測が行われ

ている。90 分で地球を周回する衛星に搭載された LYRAユニットは順調に動作を開始し、現在本格的な観

測データの送信を始めたところである。

2

図2 ダイヤモンドPIN深紫外線センサ試料とその分光感度特性

図4 衛星搭載型ダイヤモンドPIN深紫外線センサの構造模式図およびセンサの実物写真

Page 7: NIMSの主な研究成果...NIMSの主な研究成果 (平成21年度主要な研究成果の発行について) 独立行政法人 物質・材料研究機構 理事長 潮田

太陽観測人工衛星搭載ダイヤモンド PIN深紫外線センサ

お問い合わせ先

■ 太陽観測人工衛星搭載ダイヤモンドPIN深紫外線センサ NIMS 研究成果 ■

研究の内容

研究の背景と狙い 主な成果

1)S. Koizumi, H.Ozaki, M.Kamo, Y.Sato and T. Inuzuka: Appl. Phys. Lett., 71(8)(1997)1065.

2)S. Koizumi, K.Watanabe, M. Hasegawa and H. Kanda: Science 292(5523)(2001)1899.

3)A. BenMoussa, S. Koizumi, et. al.: phys. stat. sol.(a)201(11)(2004)2536.

4)日経産業新聞 2009 年 8 月 31 日第 5 面記事

発 表 文 献

期待されるイノベーション

センサ材料センター 小泉 聡

 ダイヤモンドは耐熱性、耐放射線性などの優れた耐環境性を備え、ワイドギャップ半導体としての応用が

期待される材料である。本研究では我々が開発したダイヤモンドへのドーピング技術、PN接合技術を生か

して、5.5eV の広いバンドギャップを利用した深紫外線センサを作製した。極限環境でも安定に動作するデ

バイス形成が研究の目的である。

 ダイヤモンドデバイスが宇宙空間で太陽からの強烈なエネルギー放射にさらされながら観測を続けている。耐環境性に真価

が問われる試験に合格し、今後、センサとして、またアクティブデバイスとして種々の極限環境での利用が展開していくと考

えられる。

3 4

図3 太陽観測実験衛星PROBA2型(イメージ図、ESA提供)

基本技術と基礎知識:

本研究で用いたダイヤモンドの気相成長技術はNIMSの前進

である無機材質研究所により確立された。さらに我々は、特に

困難とされた n型ダイヤモンドの合成、PN接合、深紫外 LED

形成に世界で初めて成功し、ダイヤモンドの光電子デバイス応

用に道を開くことができた [1,2]。図 1にダイヤモンド PN接合

のエネルギーバンド図を示す。深紫外線の発光とは逆の過程

で、バンドギャップエネルギーを超える光を PN接合が受けた

とき、電子正孔対が形成され、空乏層の拡散電位により電流(電

圧)を PN接合の両端に発生する。原理的にはダイヤモンドで

は 5.47eV のバンドギャップに対応する 225nmより高エネル

ギーの深紫外線にのみ感度を持つ。本研究では効率を高めるた

めにアンドープ層(i 層)を受光層として使用している。

ダイヤモンド深紫外線センサの作製とその感度特性:

半導体ダイヤモンドの合成は化学気相成長法により行った。単結晶ダイヤモンドを基板として、その

{111}表面にホウ素を不純物とした p型層、真性の i 層、リンを不純物とした n型層を積層している。

{111}結晶面を選択した理由は n型ダイヤモンド合成の高品質化のためである。通常、高品質化に有利と

される{100}結晶面は現状のダイヤモンド PN(PIN)接合には不向きである。

図 2に作製したダイヤモンド PIN接合試料写真と分光感度特性を示す。特性はバンド端に急峻な立ち上

がりを示し、225nm以下の波長を持つ深紫外線に対して排他的に感度を持つ(ソーラーブラインド特性)

ことが分かる。比較のために示した PN接合の特性と比較して、PIN接合ではより良好なソーラーブライン

ド特性を示し、地表に到達する太陽紫外線の実効的最短波長である 275nmにもほとんど感度を示さない。

200nmと 275nmの感度比は3×105(30万倍)以上、可視光と比べた場合、7桁以上の感度比が得られた [3]。

図1 ダイヤモンドPN接合のバンド図

人工衛星搭載ダイヤモンドPIN深紫外線センサ [4]:

2003年、ベルギー王立天文台が主導する太陽紫外光観測プロジェクト(LYRA)に試料提供を求められた。

LYRAプロジェクトは、欧州宇宙機関(ESA)が進める太陽観測実験衛星 PROBA2 型(図 3)に搭載する

紫外線観測ユニットで、太陽紫外線の観測を行い、長期的気象予測、通信障害予防に役立てる現実的役割と、

新材料デバイス試験利用の目的がある。我々は、プロジェクトメンバーのハッセルト大学(ベルギー)およ

び IMECのグループからの依頼でダイヤモンド PIN接合の形成を行った。

図 4に衛星搭載型ダイヤモンド PIN深紫外線センサの構造模式図および写真を示す。搭載機器の都合で

直径 5mmの丸形のダイヤモンド基板が採用され、そこに PIN接合を形成した。性能試験はベルリンにある

放射光実験施設(BESSY)において 2007 年まで続けられ、分光感度特性、特性劣化の有無、安定性が徹底

的に調べられた。その結果、我々が作製した PINデバイス 3個が衛星に搭載されることとなった。

2009 年 11 月 2 日、ロシアのプレセツク宇宙基地から PROBA2 型人工衛星は打ち上げられ、無事に軌道

投入がなされた。軌道は高度 700~800 kmの太陽同期軌道(Dawn-Dusk Orbit)で常時太陽観測が行われ

ている。90 分で地球を周回する衛星に搭載された LYRAユニットは順調に動作を開始し、現在本格的な観

測データの送信を始めたところである。

2

図2 ダイヤモンドPIN深紫外線センサ試料とその分光感度特性

図4 衛星搭載型ダイヤモンドPIN深紫外線センサの構造模式図およびセンサの実物写真

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超高密度データストレージ:C60分子間化学 結合の単分子レベル自在制御によって実現

お問い合わせ先

■ 超高密度データストレージ:C60分子間化学結合の単分子レベル自在制御によって実現 NIMS 研究成果 ■

研究の内容

研究の背景と狙い 主な成果

1)M. Nakaya, S. Tsukamoto, Y. Kuwahara, M. Aono, T. Nakayama: Adv. Mater. 22(2010)1622.

2)M. Nakaya, Y. Kuwahara, M. Aono, T. Nakayama: Small 4(2008)538.

3)S. Tsukamoto, T. Nakayama, M. Aono: Chem. Phys. 342(2007)135.

発 表 文 献

期待されるイノベーション

国際ナノアーキテクトニクス研究拠点 中山知信 中谷真人 青野正和

 大量の情報を効率良く蓄積して活用する技術は、急速に発展し続けている高度情報化社会を支える基幹技

術です。私たちは、走査トンネル顕微鏡(STM)による原子・分子操作技術を駆使して、「フラーレンC60

分子の薄膜中でC60 分子間の化学結合を自在に制御する新しい方法」を発見し、これを活用してC60 分子薄

膜表面のC60 分子一つを一つのビットとして扱う「究極の超高密度ストレージ技術」を開発しました。本研

究によって、従来の磁気ディスクで達成されている記録密度を 1000 倍程度も凌駕する「1平方インチ当た

り 190 テラビット」での情報記録と消去が可能であることを実証しました。

 単分子サイズのビット情報を室温で操る本技術は、情報蓄積における省スペースのみならず、省電力にも大きく貢献するも

のと期待されます。単分子レベルの化学結合の自在制御は、その安定性や制御性の高さから将来の情報処理基幹技術の一つと

して期待されています。

5 6

1. 室温におけるフラーレンC60 分子間の化学結合制御

 60個の炭素原子から構成されるフラーレンC60分子(図1a)は安定な物質であり、室温ではファン・デル・

ワールス相互作用による分子間力だけで凝集した分子結晶を形成します。我々はまずC60 分子(単量体)間

に化学結合がない凝集状態のC60 分子薄膜を導電性基板の上に準備し、このC60 分子薄膜に走査トンネル顕

微鏡(STM)の鋭い金属探針(プローブ)を近づけました(図 1b)。この STMプローブを利用して、C60

分子薄膜の局所領域に適切なバイアス電圧を加えた時、プローブ直下のC60 分子間に化学結合([2+2] シク

ロ4員環結合)を形成(C60 分子の重合)したり、逆にこの化学結合を解消(C60 重合体の解重合)できるこ

とを発見しました。

2. 分子間化学結合制御のメカニズムを解明

 C60 分子間の化学結合制御に STMを利用すれば、化学結合を形成する条件と解消する条件を明確に区別

できる事を見出しました。つまり、室温において意図した化学反応を選択的に引き起こせます。例えば、

STMプローブを基準として基板側に正の電圧を印加すると、STMプローブ直下のC60 分子は負イオン化し

て、逆に負の電圧だと正イオン化が起こります。我々は実験と理論計算の両面から研究を進め、プローブ直

下の強力な電界(1Vのバイアス電圧印加でも 1千万V/cmの電界に相当)によるC60 分子のイオン化が、

反応の選択性の原因であり、C60 分子を重合させるためには薄膜表面の分子を負にイオン化させ、逆に解重

合させるためには正にイオン化させた上で、それぞれトンネル電子によってエネルギーを付与すれば良いこ

とを突き止めました。

図1 本研究における実験セットアップ

1. 単分子サイズのビット情報の記録、消去、再記録を実現 C60 分子薄膜表面上の狙ったフラーレン分子上に STMプローブを近接させて、狙ったC60 分子とその下に

あるC60 分子との間の化学結合を誘起したり、生成した化学結合を解消する操作によって、「単分子サイズ

のビット情報」を自在に記録、消去、再記録できるようになりました(図3)。書き込まれた単分子サイズビッ

トは室温において安定であり、データストレージとして機能します。

2. 超高密度で書き込まれた単分子サイズビット情報の読み出しを実現 ビット情報を書き込んだ位置のC60 分子は、0.05 ~ 0.09 nm 沈み込みます(図 2参照)。このわずかな凹

みは、STMプローブとC60 分子薄膜表面の間のトンネル抵抗をモニターすれば、高感度で読み取ることが

できます(図 4)。

3. さらなる高密度化へ:多値メモリー技術への展開 図 3と 4に示した単分子サイズビットの操作例では、化学結合の有無

を1と0に対応させました。我々は、二量体と三量体を区別することによっ

て、単分子サイズのビットに 0, 1, 2 という 3つの値を表現させ、それら

を操作する多値制御(図 5)にも成功しました。これにより、飛躍的に情

報密度が向上します。

3

図2 C60分子薄膜内での化学結合制御

図3 フラーレンC60分子薄膜における、単分子サイズビット情報の記録と消去(190 Tbit/in2)

図4 単分子サイズビット情報の読み出し技術

図5 単分子サイズビットの多値制御

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超高密度データストレージ:C60分子間化学 結合の単分子レベル自在制御によって実現

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研究の内容

研究の背景と狙い 主な成果

1)M. Nakaya, S. Tsukamoto, Y. Kuwahara, M. Aono, T. Nakayama: Adv. Mater. 22(2010)1622.

2)M. Nakaya, Y. Kuwahara, M. Aono, T. Nakayama: Small 4(2008)538.

3)S. Tsukamoto, T. Nakayama, M. Aono: Chem. Phys. 342(2007)135.

発 表 文 献

期待されるイノベーション

国際ナノアーキテクトニクス研究拠点 中山知信 中谷真人 青野正和

 大量の情報を効率良く蓄積して活用する技術は、急速に発展し続けている高度情報化社会を支える基幹技

術です。私たちは、走査トンネル顕微鏡(STM)による原子・分子操作技術を駆使して、「フラーレンC60

分子の薄膜中でC60 分子間の化学結合を自在に制御する新しい方法」を発見し、これを活用してC60 分子薄

膜表面のC60 分子一つを一つのビットとして扱う「究極の超高密度ストレージ技術」を開発しました。本研

究によって、従来の磁気ディスクで達成されている記録密度を 1000 倍程度も凌駕する「1平方インチ当た

り 190 テラビット」での情報記録と消去が可能であることを実証しました。

 単分子サイズのビット情報を室温で操る本技術は、情報蓄積における省スペースのみならず、省電力にも大きく貢献するも

のと期待されます。単分子レベルの化学結合の自在制御は、その安定性や制御性の高さから将来の情報処理基幹技術の一つと

して期待されています。

5 6

1. 室温におけるフラーレンC60 分子間の化学結合制御

 60個の炭素原子から構成されるフラーレンC60分子(図1a)は安定な物質であり、室温ではファン・デル・

ワールス相互作用による分子間力だけで凝集した分子結晶を形成します。我々はまずC60 分子(単量体)間

に化学結合がない凝集状態のC60 分子薄膜を導電性基板の上に準備し、このC60 分子薄膜に走査トンネル顕

微鏡(STM)の鋭い金属探針(プローブ)を近づけました(図 1b)。この STMプローブを利用して、C60

分子薄膜の局所領域に適切なバイアス電圧を加えた時、プローブ直下のC60 分子間に化学結合([2+2] シク

ロ4員環結合)を形成(C60 分子の重合)したり、逆にこの化学結合を解消(C60 重合体の解重合)できるこ

とを発見しました。

2. 分子間化学結合制御のメカニズムを解明

 C60 分子間の化学結合制御に STMを利用すれば、化学結合を形成する条件と解消する条件を明確に区別

できる事を見出しました。つまり、室温において意図した化学反応を選択的に引き起こせます。例えば、

STMプローブを基準として基板側に正の電圧を印加すると、STMプローブ直下のC60 分子は負イオン化し

て、逆に負の電圧だと正イオン化が起こります。我々は実験と理論計算の両面から研究を進め、プローブ直

下の強力な電界(1Vのバイアス電圧印加でも 1千万V/cmの電界に相当)によるC60 分子のイオン化が、

反応の選択性の原因であり、C60 分子を重合させるためには薄膜表面の分子を負にイオン化させ、逆に解重

合させるためには正にイオン化させた上で、それぞれトンネル電子によってエネルギーを付与すれば良いこ

とを突き止めました。

図1 本研究における実験セットアップ

1. 単分子サイズのビット情報の記録、消去、再記録を実現 C60 分子薄膜表面上の狙ったフラーレン分子上に STMプローブを近接させて、狙ったC60 分子とその下に

あるC60 分子との間の化学結合を誘起したり、生成した化学結合を解消する操作によって、「単分子サイズ

のビット情報」を自在に記録、消去、再記録できるようになりました(図3)。書き込まれた単分子サイズビッ

トは室温において安定であり、データストレージとして機能します。

2. 超高密度で書き込まれた単分子サイズビット情報の読み出しを実現 ビット情報を書き込んだ位置のC60 分子は、0.05 ~ 0.09 nm 沈み込みます(図 2参照)。このわずかな凹

みは、STMプローブとC60 分子薄膜表面の間のトンネル抵抗をモニターすれば、高感度で読み取ることが

できます(図 4)。

3. さらなる高密度化へ:多値メモリー技術への展開 図 3と 4に示した単分子サイズビットの操作例では、化学結合の有無

を1と0に対応させました。我々は、二量体と三量体を区別することによっ

て、単分子サイズのビットに 0, 1, 2 という 3つの値を表現させ、それら

を操作する多値制御(図 5)にも成功しました。これにより、飛躍的に情

報密度が向上します。

3

図2 C60分子薄膜内での化学結合制御

図3 フラーレンC60分子薄膜における、単分子サイズビット情報の記録と消去(190 Tbit/in2)

図4 単分子サイズビット情報の読み出し技術

図5 単分子サイズビットの多値制御

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巨大分極を有する新規マルチフェロイック 物質の発見と中性子回折法による機構解明

お問い合わせ先

■ 巨大分極を有する新規マルチフェロイック物質の発見と中性子回折法による機構解明 NIMS 研究成果 ■

研究の内容

研究の背景と狙い 主な成果

1)M. Tachibana, T. Shimoyama, H. Kawaji, T. Atake and E. Takayama-Muromachi: Phys. Rev. B 75(2007)144425.

2)V. Y. Pomjakushin, M. Kenzelmann, A. Dönni, A. B. Harris, T. Nakajima, S. Mitsuda, M. Tachibana, L. Keller, J.

Mesot, H. Kitazawa and E. Takayama-Muromachi: New. J. Phys. 11(2009)043019.

発 表 文 献

期待されるイノベーション

量子ビームセンター 中性子散乱グループ 北澤 英明超伝導材料センター 新物質探索グループ 橘 信

マルチフェロイック物質では磁気秩序と強誘電性が共存しており、磁場による電気分極の制御や電場によ

る磁化の制御が可能になることから新規の制御素子や高速大容量記録素子として期待されている。本研究で

は、これまでに報告されていた値よりも遙かに大きな電気分極を有するマルチフェロイック物質を高圧合成

によって見出し、中性子回折実験による磁気構造の決定を通して巨大な電気分極の起源を明らかにした。

 マルチフェロイック物質では磁気秩序と強誘電性が共存するので、相互の結合を利用した新規なデバイスの創生が期待でき

る。今回の発見は、さらに優れた特性を示すマルチフェロイック物質が存在することを示唆しており、この分野のさらなる発

展を期待させる。

7 8

図2 TmMnO3の電気分極の温度変化。挿入図は2Kにおいて印加電場を変えたときの電気分極の変化。

強磁性体では自発磁化が存在し、外部磁場によって磁化の向きを反転させることが可能である。一方、強

誘電体では自発的な電気分極が存在し、外部電場によって電気分極の向きを反転させることができる。もし、

磁気スピンが何らかの理由によって電気分極を生み出すことがあれば、磁場で電気分極を制御したり、電場

で磁化を制御することが可能になると期待できる。近年、このような特性をもったマルチフェロイック

(multiferroic=複数の強的な性質)物質が発見され、次世代の制御素子や高速大容量記録素子としての展開

が期待されている。

しかしながら、ペロブスカイト型TbMnO3 に代表されるマルチフェロイック物質では、電気分極がスピ

ン-軌道相互作用を通して生ずるために、原理的に電気分極が低く抑えられており、実用を進めるにあたっ

ては大きな問題が立ちはだかっていた。一方、理論的には、交換相互作用のエネルギー利得を通して、さら

に大きな電気分極が生ずると予言されていたが、これまで実際の物質で上記メカニズムによって、大きな電

気分極を見出したという報告はなかった。我々は常圧では合成困難な物質の中で探索を進めた結果、高圧合

成によって得られたペロブスカイト型TmMnO3 が、これまで報告された数値の1桁以上大きな電気分極を

見出し、上記理論の予測値に大きく近づいた。さらに、この巨大電気分極発現の起源を調べるために粉末中

性子回折実験を行い、上記理論で予言された磁気構造を有している事を見出し、上記理論の妥当性を初めて

検証した。

図1 ペロブスカイト型マンガン酸化物RMnO3 (R=希土類金属)の磁気相図。R=TbとDyにおいてMnスピンは低温でスパイラル(らせん)構造を示し、スピン-軌道相互作用により電気分極が現れる。一方、R=Ho-LuにおいてMnスピンはE型反強磁性を示す。このとき巨大な電気分極が現れることを今回実験から明らかにした。

TmMnO3 の巨大な電気分極

TmMnO3 の電気分極測定から、32 K 以下で自発分極が

現れることが明らかになった(図 2)。電気分極の大きさ

は低温で 1500 µC m-2 に達し、多結晶試料にも関わらず他のマルチフェロイック物質と比べて非常に大きい。試料に

印加する電場を変えて測定を行ったところ、今回の測定で

印加した最大の電場でも電気分極は飽和していないことが

分かった。これは、TmMnO3 の本質的な電気分極値はさ

らに大きいことを示している。

中性子回折実験による磁気構造の決定

粉末中性子回折実験から、TmMnO3 の電気分極は磁気

スピンの秩序構造と直接関係があることを明らかにした。

Mnのスピンはまず 40 K 以下で図 3(a)のような非整合構

造を示すが、この温度領域では電気分極は現れない。一方、

自発分極が存在する 32 K 以下でMnスピンは図 3(b)の

ようなE型反強磁性構造を示し、この磁気構造が巨大な電

気分極を生み出すことを実験的に明らかにした。

本研究は、NIMS量子ビームセンター、超伝導センター、

東京理科大、スイス PSI との共同研究によって行われた。

4

図3 中性子回折実験から決定されたTmMnO3の磁気構造。青色の矢印は電気分極の向き。

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巨大分極を有する新規マルチフェロイック 物質の発見と中性子回折法による機構解明

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■ 巨大分極を有する新規マルチフェロイック物質の発見と中性子回折法による機構解明 NIMS 研究成果 ■

研究の内容

研究の背景と狙い 主な成果

1)M. Tachibana, T. Shimoyama, H. Kawaji, T. Atake and E. Takayama-Muromachi: Phys. Rev. B 75(2007)144425.

2)V. Y. Pomjakushin, M. Kenzelmann, A. Dönni, A. B. Harris, T. Nakajima, S. Mitsuda, M. Tachibana, L. Keller, J.

Mesot, H. Kitazawa and E. Takayama-Muromachi: New. J. Phys. 11(2009)043019.

発 表 文 献

期待されるイノベーション

量子ビームセンター 中性子散乱グループ 北澤 英明超伝導材料センター 新物質探索グループ 橘 信

マルチフェロイック物質では磁気秩序と強誘電性が共存しており、磁場による電気分極の制御や電場によ

る磁化の制御が可能になることから新規の制御素子や高速大容量記録素子として期待されている。本研究で

は、これまでに報告されていた値よりも遙かに大きな電気分極を有するマルチフェロイック物質を高圧合成

によって見出し、中性子回折実験による磁気構造の決定を通して巨大な電気分極の起源を明らかにした。

 マルチフェロイック物質では磁気秩序と強誘電性が共存するので、相互の結合を利用した新規なデバイスの創生が期待でき

る。今回の発見は、さらに優れた特性を示すマルチフェロイック物質が存在することを示唆しており、この分野のさらなる発

展を期待させる。

7 8

図2 TmMnO3の電気分極の温度変化。挿入図は2Kにおいて印加電場を変えたときの電気分極の変化。

強磁性体では自発磁化が存在し、外部磁場によって磁化の向きを反転させることが可能である。一方、強

誘電体では自発的な電気分極が存在し、外部電場によって電気分極の向きを反転させることができる。もし、

磁気スピンが何らかの理由によって電気分極を生み出すことがあれば、磁場で電気分極を制御したり、電場

で磁化を制御することが可能になると期待できる。近年、このような特性をもったマルチフェロイック

(multiferroic=複数の強的な性質)物質が発見され、次世代の制御素子や高速大容量記録素子としての展開

が期待されている。

しかしながら、ペロブスカイト型TbMnO3 に代表されるマルチフェロイック物質では、電気分極がスピ

ン-軌道相互作用を通して生ずるために、原理的に電気分極が低く抑えられており、実用を進めるにあたっ

ては大きな問題が立ちはだかっていた。一方、理論的には、交換相互作用のエネルギー利得を通して、さら

に大きな電気分極が生ずると予言されていたが、これまで実際の物質で上記メカニズムによって、大きな電

気分極を見出したという報告はなかった。我々は常圧では合成困難な物質の中で探索を進めた結果、高圧合

成によって得られたペロブスカイト型TmMnO3 が、これまで報告された数値の1桁以上大きな電気分極を

見出し、上記理論の予測値に大きく近づいた。さらに、この巨大電気分極発現の起源を調べるために粉末中

性子回折実験を行い、上記理論で予言された磁気構造を有している事を見出し、上記理論の妥当性を初めて

検証した。

図1 ペロブスカイト型マンガン酸化物RMnO3 (R=希土類金属)の磁気相図。R=TbとDyにおいてMnスピンは低温でスパイラル(らせん)構造を示し、スピン-軌道相互作用により電気分極が現れる。一方、R=Ho-LuにおいてMnスピンはE型反強磁性を示す。このとき巨大な電気分極が現れることを今回実験から明らかにした。

TmMnO3 の巨大な電気分極

TmMnO3 の電気分極測定から、32 K 以下で自発分極が

現れることが明らかになった(図 2)。電気分極の大きさ

は低温で 1500 µC m-2 に達し、多結晶試料にも関わらず他のマルチフェロイック物質と比べて非常に大きい。試料に

印加する電場を変えて測定を行ったところ、今回の測定で

印加した最大の電場でも電気分極は飽和していないことが

分かった。これは、TmMnO3 の本質的な電気分極値はさ

らに大きいことを示している。

中性子回折実験による磁気構造の決定

粉末中性子回折実験から、TmMnO3 の電気分極は磁気

スピンの秩序構造と直接関係があることを明らかにした。

Mnのスピンはまず 40 K 以下で図 3(a)のような非整合構

造を示すが、この温度領域では電気分極は現れない。一方、

自発分極が存在する 32 K 以下でMnスピンは図 3(b)の

ようなE型反強磁性構造を示し、この磁気構造が巨大な電

気分極を生み出すことを実験的に明らかにした。

本研究は、NIMS量子ビームセンター、超伝導センター、

東京理科大、スイス PSI との共同研究によって行われた。

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図3 中性子回折実験から決定されたTmMnO3の磁気構造。青色の矢印は電気分極の向き。

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超音波疲労試験によるギガサイクル疲 労特性評価

お問い合わせ先

■ 超音波疲労試験によるギガサイクル疲労特性評価 NIMS 研究成果 ■

研究の内容

研究の背景と狙い 主な成果

1)古谷佳之:ふぇらむ 13(2008)785.

2)古谷佳之、竹内悦男:チタン 57(2009)108.

3)古谷佳之:鉄と鋼 95(2009)426.

4)Y. Furuya: Scripta Mater. 58(2008)1014.

発 表 文 献

期待されるイノベーション

材料信頼性センター 疲労研究グループ 古谷 佳之

 疲労の研究は 100 年以上の歴史を持つが、現在でも疲労による破損事故は後を絶たない。これは疲労に影

響を与えるパラメータがあまりにも多く、全容解明に膨大な時間を要するためである。すなわち、疲労の分

野では未解決の問題が数多く残されている。その中の一つがギガサイクル疲労の問題である。この問題を解

決し、事故の低減に繋げることが本研究の最終的な狙いである。

 疲労限の消滅が問題となるのは、主に高強度の材料である。そのため、本研究により先進高強度材をより適切に使用できる

ようになる。これは、最終製品の性能向上に寄与するだけでなく、安心・安全社会の実現にも繋がる。

9 10

図4 試験片形状

 鉄鋼材料の多くは 107 回までの繰返し数で決定可能な疲労限を

示すため、通常の疲労試験は 107 回で打ち切られる。疲労限の存

在は寿命を考慮する必要のない無限寿命設計を可能にするため、

耐疲労設計を行う上で重宝なものである。ところが、実際には非

鉄金属の多くは疲労限は示さず、鉄鋼材料でも高強度化すると疲

労限が消滅する。機械部品の中には運用中の繰返し数が 107 回を

超えるものが数多く存在するため、疲労限のない材料については

107 回よりも遥かに多いギガサイクル域(109 回以上)までの特性

評価が求められる。しかし、ギガサイクル域までの特性評価には

膨大な時間が必要となる。例えば、比較的高速の 100Hz で試験し

ても、109 回に達するまでに 3~ 4ヶ月かかる。そのため、この問

題は長らく研究者から敬遠されてきた。これが、冒頭で述べたギ

ガサイクル疲労の問題である。

 この問題に取組む上で鍵となる技術が超音波疲労試験である(図

1)。超音波疲労試験は 20kHz という通常よりも 200 倍以上速い疲

労試験を実現できるため、109回試験を1日に短縮できる。しかし、

20kHz という速度は逆にネックでもあり、超音波疲労試験は研究

者の信頼を得ることができていなかった。一方、高強度鋼のギガ

サイクル疲労では新たな発見があった。図 2に高強度鋼の典型的

な疲労特性を示す。疲労限の消滅が明瞭であるが、ここでのポイ

ントは 107 回以上での疲労が通常の表面破壊ではなく、主に内部

破壊となっている点である。すなわち、高強度鋼における疲労限

消滅のメカニズムは内部破壊という新しい破壊形態の出現による

ことが明らかになったのである。内部破壊に着目した場合、超音

波疲労試験の妥当性について検証した研究例は無かった。

 そこで、NIMSでは内部破壊に焦点を絞り、超音波疲労試験の

妥当性を検証した。図 3に結果の一例を示すが、ここでは実際に

100Hz で 3 年間かけて 1010 回までの特性を取得し、超音波疲労試

験結果と比較した。図 3では、超音波疲労試験結果と通常の疲労

試験結果がよく一致している。同様の実験を複数の鉄鋼材料1)と

チタン合金2)について行ったが、全て同じ傾向であった。すなわ

ち、内部破壊の場合には繰返し速度の影響が小さく、超音波疲労

試験により妥当な結果が得られることが明らかとなった。この成

果を根拠に超音波疲労試験を用いることで、ギガサイクル疲労の

メカニズム解明と評価法確立を目指した研究を進めている。

図1 超音波疲労試験装置

 平成 21 年度の主な成果として、高強度鋼のギガサイクル疲労(内部破壊)における寸法効果について調

査した結果3)を示す。供試材はばね鋼 SUP7 で、図 4に示す 2種類の試験片を用いてギガサイクル疲労試験

を行った。ここで、図 4(a)のような大型化した試験片による超音波疲労試験結果の妥当性は、既に確認済

みである 4)。図 5に疲労試験結果を示すが、全ての試験片は内部破壊となり、20%を超える大きな寸法効果

が観察された(※通常、寸法効果は 5~ 10%程度)。また、通常の試験片では内部破壊起点として酸化物系

介在物以外にも窒化物等が観察されたが、大きな試験片の内部破壊起点は全て酸化物系介在物であった。図

6に内部破壊起点となった介在物の寸法を示す。同図から明らかなように、大きな試験片で内部破壊起点と

なった酸化物系介在物の寸法は大きい。この結果から、酸化物系介在物の影響により、寸法効果が生じてい

ることが分かる。以上のように、高強度鋼で内部破壊となる場合には大きな寸法効果が生じ、その際には酸

化物系介在物の影響が大きいことが明らかとなった。

 この結果は、内部破壊の場合には試験片寸法がより重要な因子であることを示している。すなわち、より

安全に高強度鋼を使用するためには、できるだけ大きな試験片を用いてギガサイクル疲労試験を実施する必

要があることを指摘している。そのため、超音波疲労試験における試験片大型化の技術は企業からの関心が

高く、既に 1件のライセンス契約が成立している。また、学術的な側面からも内部破壊の特性が通常の疲労

とは大きく異なることを示している。これは、内部破壊メカニズムの解明と評価法確立が急務であることを

意味している。

5

図2 高強度鋼の典型的な疲労特性。縦棒付のプロットは表面破壊、それ以外は内部破壊。

図3 超音波疲労試験結果の一例1)。ばね鋼について通常の疲労試験結果と比較した。

図5 疲労試験結果。全ての試験片が内部破壊となり、大きな試験片は20%以上の強度低下を示した。

図6 内部破壊起点の介在物寸法。大きな試験片では大きな介在物が起点となっていた。

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超音波疲労試験によるギガサイクル疲 労特性評価

お問い合わせ先

■ 超音波疲労試験によるギガサイクル疲労特性評価 NIMS 研究成果 ■

研究の内容

研究の背景と狙い 主な成果

1)古谷佳之:ふぇらむ 13(2008)785.

2)古谷佳之、竹内悦男:チタン 57(2009)108.

3)古谷佳之:鉄と鋼 95(2009)426.

4)Y. Furuya: Scripta Mater. 58(2008)1014.

発 表 文 献

期待されるイノベーション

材料信頼性センター 疲労研究グループ 古谷 佳之

 疲労の研究は 100 年以上の歴史を持つが、現在でも疲労による破損事故は後を絶たない。これは疲労に影

響を与えるパラメータがあまりにも多く、全容解明に膨大な時間を要するためである。すなわち、疲労の分

野では未解決の問題が数多く残されている。その中の一つがギガサイクル疲労の問題である。この問題を解

決し、事故の低減に繋げることが本研究の最終的な狙いである。

 疲労限の消滅が問題となるのは、主に高強度の材料である。そのため、本研究により先進高強度材をより適切に使用できる

ようになる。これは、最終製品の性能向上に寄与するだけでなく、安心・安全社会の実現にも繋がる。

9 10

図4 試験片形状

 鉄鋼材料の多くは 107 回までの繰返し数で決定可能な疲労限を

示すため、通常の疲労試験は 107 回で打ち切られる。疲労限の存

在は寿命を考慮する必要のない無限寿命設計を可能にするため、

耐疲労設計を行う上で重宝なものである。ところが、実際には非

鉄金属の多くは疲労限は示さず、鉄鋼材料でも高強度化すると疲

労限が消滅する。機械部品の中には運用中の繰返し数が 107 回を

超えるものが数多く存在するため、疲労限のない材料については

107 回よりも遥かに多いギガサイクル域(109 回以上)までの特性

評価が求められる。しかし、ギガサイクル域までの特性評価には

膨大な時間が必要となる。例えば、比較的高速の 100Hz で試験し

ても、109 回に達するまでに 3~ 4ヶ月かかる。そのため、この問

題は長らく研究者から敬遠されてきた。これが、冒頭で述べたギ

ガサイクル疲労の問題である。

 この問題に取組む上で鍵となる技術が超音波疲労試験である(図

1)。超音波疲労試験は 20kHz という通常よりも 200 倍以上速い疲

労試験を実現できるため、109回試験を1日に短縮できる。しかし、

20kHz という速度は逆にネックでもあり、超音波疲労試験は研究

者の信頼を得ることができていなかった。一方、高強度鋼のギガ

サイクル疲労では新たな発見があった。図 2に高強度鋼の典型的

な疲労特性を示す。疲労限の消滅が明瞭であるが、ここでのポイ

ントは 107 回以上での疲労が通常の表面破壊ではなく、主に内部

破壊となっている点である。すなわち、高強度鋼における疲労限

消滅のメカニズムは内部破壊という新しい破壊形態の出現による

ことが明らかになったのである。内部破壊に着目した場合、超音

波疲労試験の妥当性について検証した研究例は無かった。

 そこで、NIMSでは内部破壊に焦点を絞り、超音波疲労試験の

妥当性を検証した。図 3に結果の一例を示すが、ここでは実際に

100Hz で 3 年間かけて 1010 回までの特性を取得し、超音波疲労試

験結果と比較した。図 3では、超音波疲労試験結果と通常の疲労

試験結果がよく一致している。同様の実験を複数の鉄鋼材料1)と

チタン合金2)について行ったが、全て同じ傾向であった。すなわ

ち、内部破壊の場合には繰返し速度の影響が小さく、超音波疲労

試験により妥当な結果が得られることが明らかとなった。この成

果を根拠に超音波疲労試験を用いることで、ギガサイクル疲労の

メカニズム解明と評価法確立を目指した研究を進めている。

図1 超音波疲労試験装置

 平成 21 年度の主な成果として、高強度鋼のギガサイクル疲労(内部破壊)における寸法効果について調

査した結果3)を示す。供試材はばね鋼 SUP7 で、図 4に示す 2種類の試験片を用いてギガサイクル疲労試験

を行った。ここで、図 4(a)のような大型化した試験片による超音波疲労試験結果の妥当性は、既に確認済

みである 4)。図 5に疲労試験結果を示すが、全ての試験片は内部破壊となり、20%を超える大きな寸法効果

が観察された(※通常、寸法効果は 5~ 10%程度)。また、通常の試験片では内部破壊起点として酸化物系

介在物以外にも窒化物等が観察されたが、大きな試験片の内部破壊起点は全て酸化物系介在物であった。図

6に内部破壊起点となった介在物の寸法を示す。同図から明らかなように、大きな試験片で内部破壊起点と

なった酸化物系介在物の寸法は大きい。この結果から、酸化物系介在物の影響により、寸法効果が生じてい

ることが分かる。以上のように、高強度鋼で内部破壊となる場合には大きな寸法効果が生じ、その際には酸

化物系介在物の影響が大きいことが明らかとなった。

 この結果は、内部破壊の場合には試験片寸法がより重要な因子であることを示している。すなわち、より

安全に高強度鋼を使用するためには、できるだけ大きな試験片を用いてギガサイクル疲労試験を実施する必

要があることを指摘している。そのため、超音波疲労試験における試験片大型化の技術は企業からの関心が

高く、既に 1件のライセンス契約が成立している。また、学術的な側面からも内部破壊の特性が通常の疲労

とは大きく異なることを示している。これは、内部破壊メカニズムの解明と評価法確立が急務であることを

意味している。

5

図2 高強度鋼の典型的な疲労特性。縦棒付のプロットは表面破壊、それ以外は内部破壊。

図3 超音波疲労試験結果の一例1)。ばね鋼について通常の疲労試験結果と比較した。

図5 疲労試験結果。全ての試験片が内部破壊となり、大きな試験片は20%以上の強度低下を示した。

図6 内部破壊起点の介在物寸法。大きな試験片では大きな介在物が起点となっていた。

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電子顕微鏡の分析能力を一桁向上 透過型電子顕微鏡用高エネルギー分解能X線検出器の開発

お問い合わせ先

■ 電子顕微鏡の分析能力を一桁向上 NIMS 研究成果 ■

研究の内容

研究の背景と狙い 主な成果

発 表 文 献

期待されるイノベーション

ナノ計測センター 原 徹

●電子顕微鏡でのナノスケールの組成分析は、先端材料の評価技術として不可欠になっている。しかし、現

在の電子顕微鏡は、空間分解能は原子レベルに達しているものの、組成分析の精度は低い。

●電子顕微鏡で組成を分析するにはX線を検出する方法が主に使われるが、これまで使われている半導体

検出器(リチウムをドープしたシリコン結晶)は原理的に性能向上が困難であり、それとは異なる検出原

理に基づく検出器の開発が望まれていた。

●本研究では、これまでの半導体検出器の十倍以上のエネルギー分解能を持つ「超伝導遷移端センサ

(TES)型X線検出器」を透過型電子顕微鏡に初めて応用することで、世界最高の分解能・感度の透過

型電子顕微鏡用X線検出器を開発し、新たなナノスケール組成分析技術を構築する。

●微量な元素が正確に定量できるようになるので、材料の設計指針を得るための強力なツールとなる。

●透過型電子顕微鏡は、材料分野だけでなく、バイオ、IT 分野などに幅広く利用されている基盤的な観察ツールである。その

分析能力の向上はそれら全ての分野に波及効果がある。

11 12

図3 開発した分析システムによるX線スペクトル(黄色)。緑は半導体検出器によるもの。(a)シリコン(Si)とタングステン(W)の測定例。(b)チタン酸バリウム(BaTiO3)の測定例。

●従来とは異なる検出原理に基づく新しいX線分析システム

の開発。

 従来の検出器は原理的に元素の識別能力(エネルギー分解

能)が低く、高精度な解析は困難である。そこで我々は、高精

度な組成分析の実現を目的として、高い分解能を持つ「超伝導

遷移端センサ型X線検出器(TES)」を透過型電子顕微鏡に初

めて応用した。

●X線検出の原理

 TES検出器は、試料から発生したX線を検出器が吸収した

時のわずかな温度上昇を、転移点付近の温度に保持された超伝

導体で測定し、その温度変化から元素を特定する。検出器の動

作温度が低いほどエネルギー分解能が向上するので、我々は

100 ミリケルビンという極低温で検出器を動作させている。

●開発した分析電子顕微鏡

 TES検出器を透過型電子顕微鏡に応用する際には種々の問題が生じる。安定した極低温の発生方法、電

子顕微鏡への冷凍機の搭載方法、振動や騒音の排除、検出器とレンズ磁場の相互作用の低減などである。そ

れらを考慮したうえで、図 2の装置を製作した。特に、電子顕微鏡に搭載可能であり、長期間安定した極低

温が得られる冷凍機として、新規に液体ヘリウムを用いない「無冷媒式分離型冷凍機」を採用・開発し、長

期間連続運転が可能になった。

図1 X線検出の原理:(a)温度計として超伝導体を利用。極低温(100mK)の転移温度付近に保持する。(b)検出素子へのX線入射によるわずかな温度変化を超伝導体で検出。

 「超伝導遷移端センサ型マイクロカロリメータ検出器」を透過型電子顕微鏡に応用した分析システムを初めて開発した。●検出器の動作実証・スペクトル取得に成功。 図 3(a),(b)にX線スペクトルの例を示す。図中、緑は従来型半導体検出器、黄色が新規に開発したTES検出器によって測定したスペクトルである。 (a)はシリコンデバイス中のシリコン(Si)とタングステン(W)の両方を含む領域を測定したもので、図から明らかなように、従来型検出器では分離できない Si とWを、TES検出器では明瞭に識別できている。(b)はチタン酸バリウム(BaTiO3)の X線スペクトルで、従来ほぼ完全にオーバーラップしていたBaと Ti が分離できている。●従来比 10 倍以上のエネルギー分解能を達成。 この検出器はエネルギー分解能(ピーク半値幅)として約 7eV(at SiKα)を達成した。これは、従来型(130eV)より一桁以上高く、従来オーバーラップして識別不能だった多くの近接ピークを分離した測定が可能である。例えば図 3(b)のように、Baと Ti の僅かな組成比の変動も測定できる。●微量元素の検出限界も向上。 エネルギー分解能向上に伴い、ピーク - バックグラウンド比も大幅に向上した。図 3(a),(b)においても、同等のバックグラウンドレベルに対するピーク高さは、開発した検出器の方が圧倒的に高い。つまり、微量に添加された元素ピークの最小検出限界も大幅に向上していることを示している。●高精度組成分析の実現へ。 透過型電子顕微鏡で初めてエネルギー分解能が高いX線スペクトルが得られた。今後はさらなる高精度化と実用化を目指す。 本研究は、文科省リーディングプロジェクト「次世代電子顕微鏡要素技術の開発、スペクトロスコピー領域として、NIMS、エスアイアイ・ナノテクノロジー、宇宙航空研究開発機構、九州大学、日本電子の共同研究で実施したものです。

6

図2 開発したシステムの外観。(a)試料室付近の拡大図。検出素子は希釈冷凍機先端にあり、極低温に冷却されている。(b)全体の外観。電子顕微鏡本体は加速電圧200kVの汎用機。開発した分析装置は電子顕微鏡鏡筒の左側。

T. Hara, K. Tanaka, K. Maehata, K. Mitsuda, N. Y. Yamasaki, M. Ohsaki, K. Watanabe, X.Z. Yu, T. Ito and Y.

Yamanaka: Microcalorimeter-type energy dispersive X-ray spectrometer for a transmission electron microscope,

Journal of Electron Microscopy 59(1): 17‒26(2010)

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電子顕微鏡の分析能力を一桁向上 透過型電子顕微鏡用高エネルギー分解能X線検出器の開発

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研究の内容

研究の背景と狙い 主な成果

発 表 文 献

期待されるイノベーション

ナノ計測センター 原 徹

●電子顕微鏡でのナノスケールの組成分析は、先端材料の評価技術として不可欠になっている。しかし、現

在の電子顕微鏡は、空間分解能は原子レベルに達しているものの、組成分析の精度は低い。

●電子顕微鏡で組成を分析するにはX線を検出する方法が主に使われるが、これまで使われている半導体

検出器(リチウムをドープしたシリコン結晶)は原理的に性能向上が困難であり、それとは異なる検出原

理に基づく検出器の開発が望まれていた。

●本研究では、これまでの半導体検出器の十倍以上のエネルギー分解能を持つ「超伝導遷移端センサ

(TES)型X線検出器」を透過型電子顕微鏡に初めて応用することで、世界最高の分解能・感度の透過

型電子顕微鏡用X線検出器を開発し、新たなナノスケール組成分析技術を構築する。

●微量な元素が正確に定量できるようになるので、材料の設計指針を得るための強力なツールとなる。

●透過型電子顕微鏡は、材料分野だけでなく、バイオ、IT 分野などに幅広く利用されている基盤的な観察ツールである。その

分析能力の向上はそれら全ての分野に波及効果がある。

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図3 開発した分析システムによるX線スペクトル(黄色)。緑は半導体検出器によるもの。(a)シリコン(Si)とタングステン(W)の測定例。(b)チタン酸バリウム(BaTiO3)の測定例。

●従来とは異なる検出原理に基づく新しいX線分析システム

の開発。

 従来の検出器は原理的に元素の識別能力(エネルギー分解

能)が低く、高精度な解析は困難である。そこで我々は、高精

度な組成分析の実現を目的として、高い分解能を持つ「超伝導

遷移端センサ型X線検出器(TES)」を透過型電子顕微鏡に初

めて応用した。

●X線検出の原理

 TES検出器は、試料から発生したX線を検出器が吸収した

時のわずかな温度上昇を、転移点付近の温度に保持された超伝

導体で測定し、その温度変化から元素を特定する。検出器の動

作温度が低いほどエネルギー分解能が向上するので、我々は

100 ミリケルビンという極低温で検出器を動作させている。

●開発した分析電子顕微鏡

 TES検出器を透過型電子顕微鏡に応用する際には種々の問題が生じる。安定した極低温の発生方法、電

子顕微鏡への冷凍機の搭載方法、振動や騒音の排除、検出器とレンズ磁場の相互作用の低減などである。そ

れらを考慮したうえで、図 2の装置を製作した。特に、電子顕微鏡に搭載可能であり、長期間安定した極低

温が得られる冷凍機として、新規に液体ヘリウムを用いない「無冷媒式分離型冷凍機」を採用・開発し、長

期間連続運転が可能になった。

図1 X線検出の原理:(a)温度計として超伝導体を利用。極低温(100mK)の転移温度付近に保持する。(b)検出素子へのX線入射によるわずかな温度変化を超伝導体で検出。

 「超伝導遷移端センサ型マイクロカロリメータ検出器」を透過型電子顕微鏡に応用した分析システムを初めて開発した。●検出器の動作実証・スペクトル取得に成功。 図 3(a),(b)にX線スペクトルの例を示す。図中、緑は従来型半導体検出器、黄色が新規に開発したTES検出器によって測定したスペクトルである。 (a)はシリコンデバイス中のシリコン(Si)とタングステン(W)の両方を含む領域を測定したもので、図から明らかなように、従来型検出器では分離できない Si とWを、TES検出器では明瞭に識別できている。(b)はチタン酸バリウム(BaTiO3)の X線スペクトルで、従来ほぼ完全にオーバーラップしていたBaと Ti が分離できている。●従来比 10 倍以上のエネルギー分解能を達成。 この検出器はエネルギー分解能(ピーク半値幅)として約 7eV(at SiKα)を達成した。これは、従来型(130eV)より一桁以上高く、従来オーバーラップして識別不能だった多くの近接ピークを分離した測定が可能である。例えば図 3(b)のように、Baと Ti の僅かな組成比の変動も測定できる。●微量元素の検出限界も向上。 エネルギー分解能向上に伴い、ピーク - バックグラウンド比も大幅に向上した。図 3(a),(b)においても、同等のバックグラウンドレベルに対するピーク高さは、開発した検出器の方が圧倒的に高い。つまり、微量に添加された元素ピークの最小検出限界も大幅に向上していることを示している。●高精度組成分析の実現へ。 透過型電子顕微鏡で初めてエネルギー分解能が高いX線スペクトルが得られた。今後はさらなる高精度化と実用化を目指す。 本研究は、文科省リーディングプロジェクト「次世代電子顕微鏡要素技術の開発、スペクトロスコピー領域として、NIMS、エスアイアイ・ナノテクノロジー、宇宙航空研究開発機構、九州大学、日本電子の共同研究で実施したものです。

6

図2 開発したシステムの外観。(a)試料室付近の拡大図。検出素子は希釈冷凍機先端にあり、極低温に冷却されている。(b)全体の外観。電子顕微鏡本体は加速電圧200kVの汎用機。開発した分析装置は電子顕微鏡鏡筒の左側。

T. Hara, K. Tanaka, K. Maehata, K. Mitsuda, N. Y. Yamasaki, M. Ohsaki, K. Watanabe, X.Z. Yu, T. Ito and Y.

Yamanaka: Microcalorimeter-type energy dispersive X-ray spectrometer for a transmission electron microscope,

Journal of Electron Microscopy 59(1): 17‒26(2010)

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新しい形態をもつ有機半導体の開発

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■ 新しい形態をもつ有機半導体の開発 NIMS 研究成果 ■

研究の内容

研究の背景と狙い 主な成果

1)T. Ikeda, M. Higuchi, A. Sato, Dirk G. Kurth: Org. Lett. 10(2008)2215.

2)T. Ikeda, M. Higuchi, D. G. Kurth: Chem. Eur. J. 15(2009)4906.

3)T. Ikeda, M. Higuchi, D. G. Kurth: J. Am. Chem. Soc. 131(2009)9158.

発 表 文 献

期待されるイノベーション

ナノ有機センター 池田 太一

 貴金属やレアメタルからなる無機半導体材料の代替材料として有機半導体材料の開発は重要である。軽量

でフレキシブル、材料設計の自由度が高い有機材料は現状の無機半導体材料の性能を凌駕する可能性を秘め

ている。本研究では新しい分子形態を導入することで新材料の開発を目指した。

 有機半導体の応用先は幅広く、ここで紹介したエレクトロクロミズムもその一例でありカラー電子ペーパーや調光材料への

応用が期待される。今後、高効率の有機太陽電池や電界効果トランジスタへの応用の可能性を探る。

13 14

図3 ドナー・アクセプター型チオフェンロタキサンのX線結晶構造

 両極性電界効果トランジスタや有機太陽電池は電子供与性有機半導体(ドナー性ユニット)と電子受容性

有機半導体(アクセプター性ユニット)を混合することで得られる。これまでの研究では両ユニットを単純

に混合したり、共有結合でつないで共重合高分子にしていた。しかし単純混合では両者が相分離してうまく

混ざりあわないことも多い。また共有結合で連結すると両者の元々の性質が変化する。本研究ではインター

ロックト構造を用いることでこの問題の解決を目指した。

 複数の構成要素が共有結合ではなく幾何学的な絡み合いによって繋がっている分子をインターロックト化

合物と呼ぶ。2つの環状分子が絡み合った分子をカテナン、複数の環状分子を線状分子が貫いた構造を有す

る分子をポリロタキサンと呼ぶ。このような形態を有するドナー・アクセプター型有機半導体の研究例はな

く、新機能の発現が期待される。

図1 従来の研究におけるドナー・アクセプター型有機半導体の例 (a)単純混合 ; 相分離を起こしやすい(b)共重合高分子 ; 両者の本来の性質が損なわれる

 有機半導体として有名なチオフェンをドナーユニットとするチオフェンロタキサンの合成に成功した(図

3)。さらにチオフェンロタキサンを電解重合することで電極上にポリチオフェンポリロタキサンの薄膜を得

ることに成功した(図 4, 5)。得られた薄膜は電気化学的に活性でエレクトロクロミズムを示す(図 6)。

7

図2 (a)カテナン、(b)ポリロタキサン構造を用いたドナー・アクセプター型有機半導体の模式図下図は構造を単純化したもの。ドナー(D)・アクセプター(A)ユニットは互いに共有結合で繋がっていないが、幾何学的な絡み合いにより分子レベルでの混合が実現されている。

図4 電解重合によるチオフェンロタキサンからポリチオフェンポリロタキサンの合成スキーム

図5 ポリチオフェンポリロタキサン薄膜の原子間力顕微鏡像(膜厚 150nm)

図6 ポリチオフェンポリロタキサン薄膜のエレクトロクロミズムエレクトロクロミズムとは電圧変化に伴う色変化

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新しい形態をもつ有機半導体の開発

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研究の内容

研究の背景と狙い 主な成果

1)T. Ikeda, M. Higuchi, A. Sato, Dirk G. Kurth: Org. Lett. 10(2008)2215.

2)T. Ikeda, M. Higuchi, D. G. Kurth: Chem. Eur. J. 15(2009)4906.

3)T. Ikeda, M. Higuchi, D. G. Kurth: J. Am. Chem. Soc. 131(2009)9158.

発 表 文 献

期待されるイノベーション

ナノ有機センター 池田 太一

 貴金属やレアメタルからなる無機半導体材料の代替材料として有機半導体材料の開発は重要である。軽量

でフレキシブル、材料設計の自由度が高い有機材料は現状の無機半導体材料の性能を凌駕する可能性を秘め

ている。本研究では新しい分子形態を導入することで新材料の開発を目指した。

 有機半導体の応用先は幅広く、ここで紹介したエレクトロクロミズムもその一例でありカラー電子ペーパーや調光材料への

応用が期待される。今後、高効率の有機太陽電池や電界効果トランジスタへの応用の可能性を探る。

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図3 ドナー・アクセプター型チオフェンロタキサンのX線結晶構造

 両極性電界効果トランジスタや有機太陽電池は電子供与性有機半導体(ドナー性ユニット)と電子受容性

有機半導体(アクセプター性ユニット)を混合することで得られる。これまでの研究では両ユニットを単純

に混合したり、共有結合でつないで共重合高分子にしていた。しかし単純混合では両者が相分離してうまく

混ざりあわないことも多い。また共有結合で連結すると両者の元々の性質が変化する。本研究ではインター

ロックト構造を用いることでこの問題の解決を目指した。

 複数の構成要素が共有結合ではなく幾何学的な絡み合いによって繋がっている分子をインターロックト化

合物と呼ぶ。2つの環状分子が絡み合った分子をカテナン、複数の環状分子を線状分子が貫いた構造を有す

る分子をポリロタキサンと呼ぶ。このような形態を有するドナー・アクセプター型有機半導体の研究例はな

く、新機能の発現が期待される。

図1 従来の研究におけるドナー・アクセプター型有機半導体の例 (a)単純混合 ; 相分離を起こしやすい(b)共重合高分子 ; 両者の本来の性質が損なわれる

 有機半導体として有名なチオフェンをドナーユニットとするチオフェンロタキサンの合成に成功した(図

3)。さらにチオフェンロタキサンを電解重合することで電極上にポリチオフェンポリロタキサンの薄膜を得

ることに成功した(図 4, 5)。得られた薄膜は電気化学的に活性でエレクトロクロミズムを示す(図 6)。

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図2 (a)カテナン、(b)ポリロタキサン構造を用いたドナー・アクセプター型有機半導体の模式図下図は構造を単純化したもの。ドナー(D)・アクセプター(A)ユニットは互いに共有結合で繋がっていないが、幾何学的な絡み合いにより分子レベルでの混合が実現されている。

図4 電解重合によるチオフェンロタキサンからポリチオフェンポリロタキサンの合成スキーム

図5 ポリチオフェンポリロタキサン薄膜の原子間力顕微鏡像(膜厚 150nm)

図6 ポリチオフェンポリロタキサン薄膜のエレクトロクロミズムエレクトロクロミズムとは電圧変化に伴う色変化

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脱希土類元素添加ー高性能マグネシ ウム合金の開発

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■ 脱希土類元素添加ー高性能マグネシウム合金の開発 NIMS 研究成果 ■

研究の内容

研究の背景と狙い 主な成果

1)H. Somekawa, Y. Osawa, A. Singh, T. Mukai: Scripta Mater. 61(2009)705.

2)PCT/JP2010/050575, PCT/JP2009/060188

発 表 文 献

期待されるイノベーション

新構造材料センター 染川 英俊  向井 敏司

 マグネシウム合金の高強度・高延性・高靭性化には、希土類元素添加による準結晶粒子分散が有効な組織

制御法のひとつである。本研究では、素材の用途拡大を狙い、安価な汎用元素使用により、従来材と同等ま

たはそれ以上の機械的特性を発揮する高性能マグネシウム合金の開発を目的とする。

 軽量化による消費エネルギー低減に加え、素材や二次成形加工コストなど、トータルコスト削減につながり、輸送機器用部

材だけでなく多様な用途拡大が期待できる。また、最適な組成選択により、更なる特性の向上が可能である。

15 16

図3 開発マグネシウム合金と従来材との室温強度・延性比較

 昨今のCO2 削減や消費エネルギー低減のために、鉄道車輌や自動車などの車体軽量化が求められている。

それらの構造部材に適用するためには、安全・信頼性の観点から軽量でありながら「つよく」て「粘り強く」、「変

形しやすい」いわゆる高強度・高靭性・高延性をもつ素材の開発が重要である。

 マグネシウムは地中埋蔵量が豊富な元素であること、その密度が従来構造材料である鉄鋼の 1/4、アルミ

ニウムの 2/3 と実用金属材料のなかで最軽量であること、金属特有のリサイクル性に優れていること、など

の利点をもつ。そのため、携帯電話などの電子機器部材に実用化され、最近では輸送機器用構造部材へ適用

が検討されている。一方、マグネシウムはその結晶が六方晶構造からなるため、鉄鋼やアルミニウムなどと

比べて、常温で塑性変形能が乏しいことや、等方変形が困難であることなどの欠点がある。これらの実用化

を阻害する要因を克服するために、原子レベルからマイクロメートルレベルまで、幅広いスケールで材料内

部構造を見直し、階層的組織制御により素材の高性能化を図っている。その取組みとして、原子レベルでは、

マグネシウムと他元素との組み合わせで構成される集合体(金属間化合物)との界面構造制御、ナノメート

ルレベルでは、金属間化合物の大きさや形状などの分散形態制御、ミクロンおよびサブミクロンレベルでは、

マグネシウム結晶の大きさ・結晶配向などの結晶分布制御が挙げられる。また、複数因子の相乗効果により、

従来にない優れた特性を示す素材創製に成功している。代表例として、結晶粒微細化+準結晶相分散が挙げ

られる。

 準結晶は、規則(周期)的な原子配列を持たないため、準結晶相と他相の原子同士が強固に結合し整合な

界面を形成しやすいこと(図 1)/塑性変形時に破壊の起点になりにくいこと/温間ひずみ付与時に再結晶

粒形成の核になりやすいことなどの特徴がある。そのため、ナノメートルオーダーからなる準結晶相を、微

細なマグネシウム結晶内に分散することは、高強度レベルを維持しながら優れた靭性・延性を有し、高強度

アルミニウム合金と同等レベルの特性を示すとともに(図 2)、変形応力の異方性を低減する可能性を有す

ることも分かっている。

図1 高分解能電子顕微鏡を用いたマグネシウム母相と準結晶粒子相の界面観察例

 従来までマグネシウム合金中に準結晶相を形成させるためには、熱的安定性などの観点から希土類元素の

添加が必要とされ、素材コスト高などの課題があった。本研究では、安価な汎用元素として知られるアルミ

ニウムと亜鉛を添加元素として選択し、組成の調整と適切な加工熱処理により準結晶をマグネシウム母相内

に分散することに世界で初めて成功した。

 開発合金は、汎用マグネシウム合金展伸材の強度・延性レベルを凌駕し、希土類元素を添加した準結晶粒

子分散マグネシウム合金と同等レベルの強度・延性バランスを示す(図 3)。また、図 4のように結晶の向

きを異なる色で表示すると、結晶が微細化されていることがわかる。さらに、本合金の色彩は従来展伸材と

比較してランダムであることから、結晶の向きも様々な分布を有しており、等方変形の可能性を示唆してい

る。さらに、本合金は二次成形性にも優れ、300℃以下の比較的低温での成形性にも優れ、立体的ロゴの転

写や歯車などの複雑形状部材の成形も可能である(図 5)。

8

図2 マグネシウム合金とアルミニウム合金の比強度と破壊靭性値比較

図5 鍛造成形後の外観写真

図4 電子線後方散乱回折法による微細組織観察例(左)一般的なマグネシウム合金展伸材(AZ31押出材)(右)開発合金

Page 19: NIMSの主な研究成果...NIMSの主な研究成果 (平成21年度主要な研究成果の発行について) 独立行政法人 物質・材料研究機構 理事長 潮田

脱希土類元素添加ー高性能マグネシ ウム合金の開発

お問い合わせ先

■ 脱希土類元素添加ー高性能マグネシウム合金の開発 NIMS 研究成果 ■

研究の内容

研究の背景と狙い 主な成果

1)H. Somekawa, Y. Osawa, A. Singh, T. Mukai: Scripta Mater. 61(2009)705.

2)PCT/JP2010/050575, PCT/JP2009/060188

発 表 文 献

期待されるイノベーション

新構造材料センター 染川 英俊  向井 敏司

 マグネシウム合金の高強度・高延性・高靭性化には、希土類元素添加による準結晶粒子分散が有効な組織

制御法のひとつである。本研究では、素材の用途拡大を狙い、安価な汎用元素使用により、従来材と同等ま

たはそれ以上の機械的特性を発揮する高性能マグネシウム合金の開発を目的とする。

 軽量化による消費エネルギー低減に加え、素材や二次成形加工コストなど、トータルコスト削減につながり、輸送機器用部

材だけでなく多様な用途拡大が期待できる。また、最適な組成選択により、更なる特性の向上が可能である。

15 16

図3 開発マグネシウム合金と従来材との室温強度・延性比較

 昨今のCO2 削減や消費エネルギー低減のために、鉄道車輌や自動車などの車体軽量化が求められている。

それらの構造部材に適用するためには、安全・信頼性の観点から軽量でありながら「つよく」て「粘り強く」、「変

形しやすい」いわゆる高強度・高靭性・高延性をもつ素材の開発が重要である。

 マグネシウムは地中埋蔵量が豊富な元素であること、その密度が従来構造材料である鉄鋼の 1/4、アルミ

ニウムの 2/3 と実用金属材料のなかで最軽量であること、金属特有のリサイクル性に優れていること、など

の利点をもつ。そのため、携帯電話などの電子機器部材に実用化され、最近では輸送機器用構造部材へ適用

が検討されている。一方、マグネシウムはその結晶が六方晶構造からなるため、鉄鋼やアルミニウムなどと

比べて、常温で塑性変形能が乏しいことや、等方変形が困難であることなどの欠点がある。これらの実用化

を阻害する要因を克服するために、原子レベルからマイクロメートルレベルまで、幅広いスケールで材料内

部構造を見直し、階層的組織制御により素材の高性能化を図っている。その取組みとして、原子レベルでは、

マグネシウムと他元素との組み合わせで構成される集合体(金属間化合物)との界面構造制御、ナノメート

ルレベルでは、金属間化合物の大きさや形状などの分散形態制御、ミクロンおよびサブミクロンレベルでは、

マグネシウム結晶の大きさ・結晶配向などの結晶分布制御が挙げられる。また、複数因子の相乗効果により、

従来にない優れた特性を示す素材創製に成功している。代表例として、結晶粒微細化+準結晶相分散が挙げ

られる。

 準結晶は、規則(周期)的な原子配列を持たないため、準結晶相と他相の原子同士が強固に結合し整合な

界面を形成しやすいこと(図 1)/塑性変形時に破壊の起点になりにくいこと/温間ひずみ付与時に再結晶

粒形成の核になりやすいことなどの特徴がある。そのため、ナノメートルオーダーからなる準結晶相を、微

細なマグネシウム結晶内に分散することは、高強度レベルを維持しながら優れた靭性・延性を有し、高強度

アルミニウム合金と同等レベルの特性を示すとともに(図 2)、変形応力の異方性を低減する可能性を有す

ることも分かっている。

図1 高分解能電子顕微鏡を用いたマグネシウム母相と準結晶粒子相の界面観察例

 従来までマグネシウム合金中に準結晶相を形成させるためには、熱的安定性などの観点から希土類元素の

添加が必要とされ、素材コスト高などの課題があった。本研究では、安価な汎用元素として知られるアルミ

ニウムと亜鉛を添加元素として選択し、組成の調整と適切な加工熱処理により準結晶をマグネシウム母相内

に分散することに世界で初めて成功した。

 開発合金は、汎用マグネシウム合金展伸材の強度・延性レベルを凌駕し、希土類元素を添加した準結晶粒

子分散マグネシウム合金と同等レベルの強度・延性バランスを示す(図 3)。また、図 4のように結晶の向

きを異なる色で表示すると、結晶が微細化されていることがわかる。さらに、本合金の色彩は従来展伸材と

比較してランダムであることから、結晶の向きも様々な分布を有しており、等方変形の可能性を示唆してい

る。さらに、本合金は二次成形性にも優れ、300℃以下の比較的低温での成形性にも優れ、立体的ロゴの転

写や歯車などの複雑形状部材の成形も可能である(図 5)。

8

図2 マグネシウム合金とアルミニウム合金の比強度と破壊靭性値比較

図5 鍛造成形後の外観写真

図4 電子線後方散乱回折法による微細組織観察例(左)一般的なマグネシウム合金展伸材(AZ31押出材)(右)開発合金

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フラーレンハイブリッドナノシートの合成と フラーレンナノシートの大量合成法の開発

お問い合わせ先

■ フラーレンハイブリッドナノシートの合成とフラーレンナノシートの大量合成法の開発 NIMS 研究成果 ■

研究の内容

研究の背景と狙い 主な成果

1)NIMS homepage, http://www.nims.go.jp/fullerene/index/index.html

2)T. Wakahara, M. Sathish, K. Miyazawa, C. P. Hu, Y. Tateyama, Y. Nemoto, T. Sasaki and O. Ito J. Am. Chem. Soc.

131(2009), 9940.

3)T. Wakahara, M. Sathish, K. Miyazawa, T. Sasaki Nano, 3(2008), 351.

発 表 文 献

期待されるイノベーション

ナノテクノロジー基盤萌芽ラボ 若原 孝次  宮澤 薫一

 サッカーボール分子であるフラーレン類は、sp2 炭素のみからなる非常に特異な分子であり、太陽電池な

どへの応用が期待されている。これらのフラーレン類を実際の材料に用いるためには、規則正しく集積化さ

せたフラーレンナノマテリアルの合成が非常に重要である。これまでに、フラーレンのみからなる、ナノファ

イバーやナノシートの合成にすでに成功している1)。本研究では、フラーレンナノマテリアルの機能化を目

的として有機金属化合物とのハイブリッド化とともに新しい大量合成法の開発を行った2)。

 今回、合成されたハイブリッドフラーレンナノシートは、通常のフラーレン類が吸収を持たない近赤外領域に電荷移動吸収

帯を有することから、今まで使うことができなかった波長領域での光応答性が可能となる。また、ハイブリッドフラーレンナ

ノシートを加熱するだけで、フラーレンナノシートの大量合成が可能となった。これらのナノシートは、有機太陽電池や光触

媒などへの応用が期待される。

17 18

図5 Fc/C60ナノシートのa)STEM像, b)炭素とc)鉄原子の分散状態

フラーレンナノマテリアル 第三の炭素同素体であるフラーレン類は、特異な球状パイ電子系に由来する様々な物性を有していること

から多方面への応用が期待されている(図 1)。NIMSでは、これらのフラーレン類を液 -液界面析出法とい

う簡便な方法により、ファイバー状やシート状のフラーレンナノマテリアルの合成研究を行ってきた(図2)1)。

 一方、アルカリ金属をドープしたフラーレンが超電導を示すなど、フラーレン類と様々な金属や分子との

ハイブリッド化による新たな物性の発現が数多く報告されている。本研究では、代表的な有機金属化合物で

あり、電子供与性を有するフェロセン((C5H5)2Fe)(図 3)とフラーレンからなるハイブリッドナノマテリア

ルの大量合成法の開発を行った。

 フラーレンナノファイバーは、フラーレンのトルエン溶液と

アルコールを用いた液 -液界面析出法により簡便に合成可能で

ある。そこで、フェロセンとのハイブリッド化を行うため、フェ

ロセン存在下で同様の液 -液界面析出法を行ったところ、フェ

ロセンとフラーレンからなるナノシート(Fc/C60ナノシート)の

合成に成功した2)。このFc/C60 ナノシートは、波長 800-1000nm

にフェロセンとフラーレン間の電荷移動吸収帯を有する。この

ように通常のフラーレンマテリアルが吸収を持たない領域に新

たな吸収帯を有するため、太陽電池などへの応用が期待され

る。

 さらに、Fc/C60 ナノシートは 150℃で加熱することにより、

Fc を含まないフラーレンナノシートに変換が可能であった。

本方法により、これまで困難であったフラーレンナノシートの

大量合成が可能となった。

図1 フラーレン(C60)

フェロセン /フラーレンハイブリッドナノシートの合成 フェロセン存在下での液 - 液界面析出

法により、フェロセンが均一に分散した

フラーレンナノシート(Fc/C60 ナノシー

ト)の合成に成功した2)。興味深いこと

に、フェロセンが低濃度の場合には、表

面にフェロセンが物理吸着した構造のフ

ラーレンナノファイバーが得られた3)。

Fc/C60 ナノシートの光物性の解明 合成したナノシートの拡散反射スペクトルを測定したところ、800nm付近に新たな吸収が確認された(図6)。

このことは、フェロセンとフラーレンの間に強い相互作用が働いていることを示している。

フラーレンナノシートの大量合成法の開発 合成したFc/C60 ナノシートは 150℃で加熱することにより、Fc を含まないフラーレンナノシートへ容易

に変換することができる。本方法により、液 - 液界面析出法と加熱のみによるフラーレンナノシートの大量

合成が可能となった。

9

図2 フラーレンナノファイバー 図3 フェロセン

図4 Fc/C60ナノシートのSEM像

図6 Fc/C60ナノシートの拡散反射スペクトル 図7 C60ナノシートのSEM像

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フラーレンハイブリッドナノシートの合成と フラーレンナノシートの大量合成法の開発

お問い合わせ先

■ フラーレンハイブリッドナノシートの合成とフラーレンナノシートの大量合成法の開発 NIMS 研究成果 ■

研究の内容

研究の背景と狙い 主な成果

1)NIMS homepage, http://www.nims.go.jp/fullerene/index/index.html

2)T. Wakahara, M. Sathish, K. Miyazawa, C. P. Hu, Y. Tateyama, Y. Nemoto, T. Sasaki and O. Ito J. Am. Chem. Soc.

131(2009), 9940.

3)T. Wakahara, M. Sathish, K. Miyazawa, T. Sasaki Nano, 3(2008), 351.

発 表 文 献

期待されるイノベーション

ナノテクノロジー基盤萌芽ラボ 若原 孝次  宮澤 薫一

 サッカーボール分子であるフラーレン類は、sp2 炭素のみからなる非常に特異な分子であり、太陽電池な

どへの応用が期待されている。これらのフラーレン類を実際の材料に用いるためには、規則正しく集積化さ

せたフラーレンナノマテリアルの合成が非常に重要である。これまでに、フラーレンのみからなる、ナノファ

イバーやナノシートの合成にすでに成功している1)。本研究では、フラーレンナノマテリアルの機能化を目

的として有機金属化合物とのハイブリッド化とともに新しい大量合成法の開発を行った2)。

 今回、合成されたハイブリッドフラーレンナノシートは、通常のフラーレン類が吸収を持たない近赤外領域に電荷移動吸収

帯を有することから、今まで使うことができなかった波長領域での光応答性が可能となる。また、ハイブリッドフラーレンナ

ノシートを加熱するだけで、フラーレンナノシートの大量合成が可能となった。これらのナノシートは、有機太陽電池や光触

媒などへの応用が期待される。

17 18

図5 Fc/C60ナノシートのa)STEM像, b)炭素とc)鉄原子の分散状態

フラーレンナノマテリアル 第三の炭素同素体であるフラーレン類は、特異な球状パイ電子系に由来する様々な物性を有していること

から多方面への応用が期待されている(図 1)。NIMSでは、これらのフラーレン類を液 -液界面析出法とい

う簡便な方法により、ファイバー状やシート状のフラーレンナノマテリアルの合成研究を行ってきた(図2)1)。

 一方、アルカリ金属をドープしたフラーレンが超電導を示すなど、フラーレン類と様々な金属や分子との

ハイブリッド化による新たな物性の発現が数多く報告されている。本研究では、代表的な有機金属化合物で

あり、電子供与性を有するフェロセン((C5H5)2Fe)(図 3)とフラーレンからなるハイブリッドナノマテリア

ルの大量合成法の開発を行った。

 フラーレンナノファイバーは、フラーレンのトルエン溶液と

アルコールを用いた液 -液界面析出法により簡便に合成可能で

ある。そこで、フェロセンとのハイブリッド化を行うため、フェ

ロセン存在下で同様の液 -液界面析出法を行ったところ、フェ

ロセンとフラーレンからなるナノシート(Fc/C60ナノシート)の

合成に成功した2)。このFc/C60 ナノシートは、波長 800-1000nm

にフェロセンとフラーレン間の電荷移動吸収帯を有する。この

ように通常のフラーレンマテリアルが吸収を持たない領域に新

たな吸収帯を有するため、太陽電池などへの応用が期待され

る。

 さらに、Fc/C60 ナノシートは 150℃で加熱することにより、

Fc を含まないフラーレンナノシートに変換が可能であった。

本方法により、これまで困難であったフラーレンナノシートの

大量合成が可能となった。

図1 フラーレン(C60)

フェロセン /フラーレンハイブリッドナノシートの合成 フェロセン存在下での液 - 液界面析出

法により、フェロセンが均一に分散した

フラーレンナノシート(Fc/C60 ナノシー

ト)の合成に成功した2)。興味深いこと

に、フェロセンが低濃度の場合には、表

面にフェロセンが物理吸着した構造のフ

ラーレンナノファイバーが得られた3)。

Fc/C60 ナノシートの光物性の解明 合成したナノシートの拡散反射スペクトルを測定したところ、800nm付近に新たな吸収が確認された(図6)。

このことは、フェロセンとフラーレンの間に強い相互作用が働いていることを示している。

フラーレンナノシートの大量合成法の開発 合成したFc/C60 ナノシートは 150℃で加熱することにより、Fc を含まないフラーレンナノシートへ容易

に変換することができる。本方法により、液 - 液界面析出法と加熱のみによるフラーレンナノシートの大量

合成が可能となった。

9

図2 フラーレンナノファイバー 図3 フェロセン

図4 Fc/C60ナノシートのSEM像

図6 Fc/C60ナノシートの拡散反射スペクトル 図7 C60ナノシートのSEM像

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電子線誘起電流(EBIC)法による次 世代半導体素子の信頼性に関する研究

お問い合わせ先

■ 電子線誘起電流(EBIC)法による次世代半導体素子の信頼性に関する研究 NIMS 研究成果 ■

研究の内容

研究の背景と狙い

1)J. Chen, T. Sekiguchi,.., T. Chikyow, Appl. Phys. Lett. 89(2006)222104.

2)J. Chen, T. Sekiguchi,.., T. Chikyow, Jpn. J. Appl. Phys. Part 2. 48(2009)04C005.

3)J. Chen, T. Sekiguchi,.., T. Chikyow, IRPS 2008, p. 584.

4)J. Chen, T. Sekiguchi,.., T. Chikyow, ECS 2010, p. 299.

発 表 文 献

期待されるイノベーション

半導体材料センター 陳 君  関口 隆史

 次世代半導体素子には、絶縁膜として SiO2 に代わり high-k 材料が導入されようとしている。最大の課題は欠陥の制御と長期的な信頼性の確保である。NIMSでは、high-k MOSFETの評価に電子線誘起電流(EBIC)法を活用し、素子のリークを世界で初めて可視化することに成功した。この成果は、high-k の信頼性評価だけでなく、ゲート材料等の選択に明確な指針を与えることにも貢献している。

 本研究で展開したEBIC 法は、次世代 high-k MOSFETの信頼性評価だけでなく、新しい不揮発性メモリー材料や機能性セ

ラミックスを使った半導体素子の評価や研究開発などにも幅広く応用できる。

19 20

図3 リーク電流の時間変化[TDDB曲線] (a)と、対応するEBIC像(b)。

 次世代の集積回路は金属-酸化物-半導体構造(Metal‒Oxide-Semiconductor:MOS)が基本構造となり、機能を発現する。集積回路はMoore の法則にしたがって微細化、高集積化がすすめられてきたが、従来技術の限界が近づいている。これまで、MOSのゲート酸化膜には SiO2 が使われきたが、ゲート酸化膜が薄くなるにつれ、トンネル電流によるゲートの漏れ電流が大きな問題となってきた。この漏れ電流を抑制するために高誘電率ゲート酸化膜、high-k 膜が提案された。high-k 膜にはHf や La 系の酸化物に SiO2 や SiNを混ぜたものが使われているが、厚くした酸化膜が必ずしもリークの低減につながらず、漏れ電流の発生を直接観察して原因を解明することが急務であった。NIMSでは、電子線誘起電流(EBIC)法を使ってhigh-k MOSFET素子のリーク箇所を見つけ出す事に、世界で初めて成功し、漏れ電流の発生やその挙動を明らかにした1, 2)。これらの成果は、IRPS や ECS の招待講演で発表された。

●リーク現象の直接観察、負荷試験(TDDB)とリークの発生/どのように発生するか ? High-k MOSFETに電圧負荷をかけて、リークが変化していく様子を観察したのが、図 3である。一定のバイアス電圧下で、リーク電流は不規則な飛びとともに大きくなるが、この一つ一つに対して、EBIC 像で白点が増えていく様子を、はっきりと観察することができた。これより、リークは特定の箇所が壊れて、その周りに拡がるのではなく、high-k 膜中に同程度のリーク箇所がランダムに生じていることがわかった。

●リーク箇所の断面観察/どのように壊れるか? リークの起きた場所をEBIC で同定し、それをFIB で薄片化して、透過電顕観察を行なった。リークにより生じた熱で、(1)Hf が素子の上下に拡散していること、(2)ゲート電極上部や Si 基板にまで構造変化が生じたことが明らかになった。素子の破壊の電顕観察は信頼性評価には必要不可欠であるが、これもEBIC により、リーク箇所が同定できたことが成功の鍵であった4)。

10

図1 high-k MOSの断面構造(a)、バンドの曲がり(b)、二次電子像(c)、EBIC像(d)。

主な成果●リーク位置の同定、High-k 絶縁膜とゲート電極との組み合せ/どれが良い設計か ? 不良を起こしていない素子のゲートは、図 1(d)に示すように、一様な明るさの像となる。一方、リークが起きた素子では、ゲート内に白点が観察される。ゲート電極材料を替えてリーク現象を比較したのが図 2である。poly-Si や TaSi などシリサイド系ゲート電極では、負荷をかけると白点が電極内でランダムに発生する。TiN ではリークは起こりにくく、リークが起きる場合は、殆ど電極の端である。これらより、ゲート電極の相性、素子の弱い箇所が明らかになった3)。

図2 ゲート電極の異なるhigh-k MOSFET(10mm角)のEBIC像。(a)poly-Si、(b)TaSi、(c)TiN。

図4 リーク箇所の断面透過電顕像。(a)明視野像、(b)ADF像。

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電子線誘起電流(EBIC)法による次 世代半導体素子の信頼性に関する研究

お問い合わせ先

■ 電子線誘起電流(EBIC)法による次世代半導体素子の信頼性に関する研究 NIMS 研究成果 ■

研究の内容

研究の背景と狙い

1)J. Chen, T. Sekiguchi,.., T. Chikyow, Appl. Phys. Lett. 89(2006)222104.

2)J. Chen, T. Sekiguchi,.., T. Chikyow, Jpn. J. Appl. Phys. Part 2. 48(2009)04C005.

3)J. Chen, T. Sekiguchi,.., T. Chikyow, IRPS 2008, p. 584.

4)J. Chen, T. Sekiguchi,.., T. Chikyow, ECS 2010, p. 299.

発 表 文 献

期待されるイノベーション

半導体材料センター 陳 君  関口 隆史

 次世代半導体素子には、絶縁膜として SiO2 に代わり high-k 材料が導入されようとしている。最大の課題は欠陥の制御と長期的な信頼性の確保である。NIMSでは、high-k MOSFETの評価に電子線誘起電流(EBIC)法を活用し、素子のリークを世界で初めて可視化することに成功した。この成果は、high-k の信頼性評価だけでなく、ゲート材料等の選択に明確な指針を与えることにも貢献している。

 本研究で展開したEBIC 法は、次世代 high-k MOSFETの信頼性評価だけでなく、新しい不揮発性メモリー材料や機能性セ

ラミックスを使った半導体素子の評価や研究開発などにも幅広く応用できる。

19 20

図3 リーク電流の時間変化[TDDB曲線] (a)と、対応するEBIC像(b)。

 次世代の集積回路は金属-酸化物-半導体構造(Metal‒Oxide-Semiconductor:MOS)が基本構造となり、機能を発現する。集積回路はMoore の法則にしたがって微細化、高集積化がすすめられてきたが、従来技術の限界が近づいている。これまで、MOSのゲート酸化膜には SiO2 が使われきたが、ゲート酸化膜が薄くなるにつれ、トンネル電流によるゲートの漏れ電流が大きな問題となってきた。この漏れ電流を抑制するために高誘電率ゲート酸化膜、high-k 膜が提案された。high-k 膜にはHf や La 系の酸化物に SiO2 や SiNを混ぜたものが使われているが、厚くした酸化膜が必ずしもリークの低減につながらず、漏れ電流の発生を直接観察して原因を解明することが急務であった。NIMSでは、電子線誘起電流(EBIC)法を使ってhigh-k MOSFET素子のリーク箇所を見つけ出す事に、世界で初めて成功し、漏れ電流の発生やその挙動を明らかにした1, 2)。これらの成果は、IRPS や ECS の招待講演で発表された。

●リーク現象の直接観察、負荷試験(TDDB)とリークの発生/どのように発生するか ? High-k MOSFETに電圧負荷をかけて、リークが変化していく様子を観察したのが、図 3である。一定のバイアス電圧下で、リーク電流は不規則な飛びとともに大きくなるが、この一つ一つに対して、EBIC 像で白点が増えていく様子を、はっきりと観察することができた。これより、リークは特定の箇所が壊れて、その周りに拡がるのではなく、high-k 膜中に同程度のリーク箇所がランダムに生じていることがわかった。

●リーク箇所の断面観察/どのように壊れるか? リークの起きた場所をEBIC で同定し、それをFIB で薄片化して、透過電顕観察を行なった。リークにより生じた熱で、(1)Hf が素子の上下に拡散していること、(2)ゲート電極上部や Si 基板にまで構造変化が生じたことが明らかになった。素子の破壊の電顕観察は信頼性評価には必要不可欠であるが、これもEBIC により、リーク箇所が同定できたことが成功の鍵であった4)。

10

図1 high-k MOSの断面構造(a)、バンドの曲がり(b)、二次電子像(c)、EBIC像(d)。

主な成果●リーク位置の同定、High-k 絶縁膜とゲート電極との組み合せ/どれが良い設計か ? 不良を起こしていない素子のゲートは、図 1(d)に示すように、一様な明るさの像となる。一方、リークが起きた素子では、ゲート内に白点が観察される。ゲート電極材料を替えてリーク現象を比較したのが図 2である。poly-Si や TaSi などシリサイド系ゲート電極では、負荷をかけると白点が電極内でランダムに発生する。TiN ではリークは起こりにくく、リークが起きる場合は、殆ど電極の端である。これらより、ゲート電極の相性、素子の弱い箇所が明らかになった3)。

図2 ゲート電極の異なるhigh-k MOSFET(10mm角)のEBIC像。(a)poly-Si、(b)TaSi、(c)TiN。

図4 リーク箇所の断面透過電顕像。(a)明視野像、(b)ADF像。

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発光色を紫外-可視で可変可能な Siナノ粒子

お問い合わせ先

■ 発光色を紫外-可視で可変可能なSiナノ粒子 NIMS 研究成果 ■

研究の内容

研究の背景と狙い 主な成果

1)N. Shirahata, M. R. Linford, S. Furumi, L. Pei, Y. Sakka, R. J. Gates and M. C. Asplund: Chem. Commun.(2009)4684.

2)N. Shirahata, T. Tsuruoka, T. Hasegawa and Y. Sakka: Small 6(2010)915.

3)N. Shirahata, J. Nakanishi, Y. Echikawa, A. Houzmi, Y. Masuda, S. Ito and Y. Sakka, Adv. Funct. Mater. 18(2008)3049.

4)特願 2009-052779、特願 2009-037746

発 表 文 献

期待されるイノベーション

ナノセラミックスセンター 白幡 直人

 紫外域において粒子のサイズ制御に基づき発光波長を可変可能な Si ナノ粒子を発見、当該起源が量子サ

イズ効果に起因することを解明した。これにより、紫外-可視の広い波長域で活躍できる高輝度発光体を Si

という馴れ親しんだ環境・生体毒性のない元素種から創り出すことが可能となった。

 Si は C、N、Oとケミカルアフィニティーの高い希有な元素であり、有機物とのハイブリッド化によりさまざまな応用展開

が拓ける。特に、生体・環境に無毒なSi の光吸収・放出特性を利用したラベル材や各種増感剤、さらにこれを発光層とした発

光素子への展開が期待できる。

21 22

 光の世紀といわれる今世紀、広い分野で多様な発光技術が使われている。蛍光材料は当該技術の根幹を成

す発光素材の 1つであり、とくに紫外から近赤外に至る波長域は、我々の社会生活に密接に関与する。基本

的には、蛍光媒体を選択した時点で発光波長はほぼ決まってしまう。一方で、II-VI 属系に代表される化合

物半導体の量子ドットでは、電子の状態密度がエネルギーに関して完全に離散化し(人工原子と呼ばれる所

以である)ドットサイズや粒子径により発光波長を制御できる。粒子サイズにより制御できる発光波長が広

ければ広いほど、一つの物質から同一の組成でさまざまな特性をもつデバイスを作製できるので、大きな技

術革新をもたらす期待が高まる。しかしながら、化合物半導体の多くは生体や環境に対して毒性が強く、そ

の傾向は輝度が高い量子ドットほど顕著であることが問題であった。

 Si が発光素材として注目されたのは、1990 年ポーラス Si の発見に溯る。間接遷移型半導体であり、バン

ドギャップが 1.1 eV の Si から室温赤色発光(≒2 eV)が観察されたことは驚きであり、その後、青色(≒

3 eV)、黄色(≒2.2 eV)の室温発光が観察されたことで、その発光起源に注目が集まったが、未だ特定さ

れていない。要因として Si が酸化されやすく、Si

コアと酸化膜シェルが構築する界面様式が励起キャ

リアの光学遷移プロセスを複雑にしていることが挙

げられる。Si を発光素材として工学的に利用するた

めには、発光起源を深く理解し、所望の発光特性を

導く光学遷移プロセスに基づいたナノ構造設計が要

求される。

 NIMSでは、これまでの研究から分子膜密度の高

い有機単分子膜で Si ナノ結晶粒子表面を覆うこと

で、大気中における粒子表面の酸化を抑制し、粒子

径と光吸収・放出特性の相関を調べることで、Si を

コロイド状ナノ結晶粒子にした時に観察される発光

は、図 1(a)に示すように紫外~可視域の広い波長

域に及ぶことを明らかにしていた1)。本研究では、

有機単分子膜被覆により実現した非酸化 Si ナノ結

晶粒子に対し、粒径 2.5 nm以下で粒度分布を制御

することで、紫外域における発光は量子サイズ効果

に基づくことを初めて実証した(図 1(b)参照)2)。

当該成果は、紫外(300 nm~)から可視(~ 700

nm)までの広い波長域から、希望する光子エネル

ギーをもつ高輝度発光体を Si のみで創り出せるこ

とを示している。

(1)紫外域でのみ高輝度(量子収率 QY>20%)で発光する Si ナノ粒子を発見した(図 1b 参照)。

(2)紫外域での高輝度発光は、Si を 2.5 nm以下にナノ結晶粒子化し、かつ、高密度単分子被覆により非酸

化ナノ粒子構造を構築することで創発された発光特性であり、量子サイズ効果に基づいていることを解明し

た(図 1b 参照)。

(3)当該発見は、前述した工学的使用に加え、Si を微粒子化することにより発現する量子井戸型サブバンド

構造の真の姿を解明するための学術的なブレークスルーとなり得る。

(4)ナノ粒子表面に接合している単分子膜密度を制御することにより、図 2に示すような可視波長域におい

て青-緑で発光する Si ナノ粒子を精度良く製造できること

を見いだした。

(5)ナノ粒子表面をアミノ基で終端することにより水溶性

にした青色発光 Si ナノ粒子の蛍光ラベル材としての効用を

探索した。まず、NIMSで開発したリキッドマニピュレ-

ション法により3)、アミノ基終端単分子膜とアルデヒド終

端単分子膜からなるCHO/NH2-SAMマルチマイクロアレ

イを作製し、バッファー溶液中で当

該ナノ粒子と作用させた後に、蛍光

顕微鏡で観察した。図 3に示すよう

にアルデヒド基で終端された領域で

のみ青色発光が観察された。これは

ナノ粒子表面上のアミノ基がアルデ

ヒド基と反応しシッフ塩基を形成、

その後、2級アミンの水素還元を通じ

て、固定化されたことを示す。青色

発光ナノ粒子でアルデヒド単分子膜

を蛍光可視化することに成功した。

11

図1 (a)レーザ化学合成法により作製した炭化水素鎖被覆Siナノ粒子における光吸収・発光特性と(b)紫外-青の各波長帯における発光の粒子サイズ依存性

図2 青と緑の波長帯で発光する単分子被覆Siナノ粒子

図3 CHO/NH2-SAMマルチマイクロアレイ上でアミノ終端化青色発光ナノ粒子を作用させた時の蛍光顕微鏡像と反応機構。

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発光色を紫外-可視で可変可能な Siナノ粒子

お問い合わせ先

■ 発光色を紫外-可視で可変可能なSiナノ粒子 NIMS 研究成果 ■

研究の内容

研究の背景と狙い 主な成果

1)N. Shirahata, M. R. Linford, S. Furumi, L. Pei, Y. Sakka, R. J. Gates and M. C. Asplund: Chem. Commun.(2009)4684.

2)N. Shirahata, T. Tsuruoka, T. Hasegawa and Y. Sakka: Small 6(2010)915.

3)N. Shirahata, J. Nakanishi, Y. Echikawa, A. Houzmi, Y. Masuda, S. Ito and Y. Sakka, Adv. Funct. Mater. 18(2008)3049.

4)特願 2009-052779、特願 2009-037746

発 表 文 献

期待されるイノベーション

ナノセラミックスセンター 白幡 直人

 紫外域において粒子のサイズ制御に基づき発光波長を可変可能な Si ナノ粒子を発見、当該起源が量子サ

イズ効果に起因することを解明した。これにより、紫外-可視の広い波長域で活躍できる高輝度発光体を Si

という馴れ親しんだ環境・生体毒性のない元素種から創り出すことが可能となった。

 Si は C、N、Oとケミカルアフィニティーの高い希有な元素であり、有機物とのハイブリッド化によりさまざまな応用展開

が拓ける。特に、生体・環境に無毒なSi の光吸収・放出特性を利用したラベル材や各種増感剤、さらにこれを発光層とした発

光素子への展開が期待できる。

21 22

 光の世紀といわれる今世紀、広い分野で多様な発光技術が使われている。蛍光材料は当該技術の根幹を成

す発光素材の 1つであり、とくに紫外から近赤外に至る波長域は、我々の社会生活に密接に関与する。基本

的には、蛍光媒体を選択した時点で発光波長はほぼ決まってしまう。一方で、II-VI 属系に代表される化合

物半導体の量子ドットでは、電子の状態密度がエネルギーに関して完全に離散化し(人工原子と呼ばれる所

以である)ドットサイズや粒子径により発光波長を制御できる。粒子サイズにより制御できる発光波長が広

ければ広いほど、一つの物質から同一の組成でさまざまな特性をもつデバイスを作製できるので、大きな技

術革新をもたらす期待が高まる。しかしながら、化合物半導体の多くは生体や環境に対して毒性が強く、そ

の傾向は輝度が高い量子ドットほど顕著であることが問題であった。

 Si が発光素材として注目されたのは、1990 年ポーラス Si の発見に溯る。間接遷移型半導体であり、バン

ドギャップが 1.1 eV の Si から室温赤色発光(≒2 eV)が観察されたことは驚きであり、その後、青色(≒

3 eV)、黄色(≒2.2 eV)の室温発光が観察されたことで、その発光起源に注目が集まったが、未だ特定さ

れていない。要因として Si が酸化されやすく、Si

コアと酸化膜シェルが構築する界面様式が励起キャ

リアの光学遷移プロセスを複雑にしていることが挙

げられる。Si を発光素材として工学的に利用するた

めには、発光起源を深く理解し、所望の発光特性を

導く光学遷移プロセスに基づいたナノ構造設計が要

求される。

 NIMSでは、これまでの研究から分子膜密度の高

い有機単分子膜で Si ナノ結晶粒子表面を覆うこと

で、大気中における粒子表面の酸化を抑制し、粒子

径と光吸収・放出特性の相関を調べることで、Si を

コロイド状ナノ結晶粒子にした時に観察される発光

は、図 1(a)に示すように紫外~可視域の広い波長

域に及ぶことを明らかにしていた1)。本研究では、

有機単分子膜被覆により実現した非酸化 Si ナノ結

晶粒子に対し、粒径 2.5 nm以下で粒度分布を制御

することで、紫外域における発光は量子サイズ効果

に基づくことを初めて実証した(図 1(b)参照)2)。

当該成果は、紫外(300 nm~)から可視(~ 700

nm)までの広い波長域から、希望する光子エネル

ギーをもつ高輝度発光体を Si のみで創り出せるこ

とを示している。

(1)紫外域でのみ高輝度(量子収率 QY>20%)で発光する Si ナノ粒子を発見した(図 1b 参照)。

(2)紫外域での高輝度発光は、Si を 2.5 nm以下にナノ結晶粒子化し、かつ、高密度単分子被覆により非酸

化ナノ粒子構造を構築することで創発された発光特性であり、量子サイズ効果に基づいていることを解明し

た(図 1b 参照)。

(3)当該発見は、前述した工学的使用に加え、Si を微粒子化することにより発現する量子井戸型サブバンド

構造の真の姿を解明するための学術的なブレークスルーとなり得る。

(4)ナノ粒子表面に接合している単分子膜密度を制御することにより、図 2に示すような可視波長域におい

て青-緑で発光する Si ナノ粒子を精度良く製造できること

を見いだした。

(5)ナノ粒子表面をアミノ基で終端することにより水溶性

にした青色発光 Si ナノ粒子の蛍光ラベル材としての効用を

探索した。まず、NIMSで開発したリキッドマニピュレ-

ション法により3)、アミノ基終端単分子膜とアルデヒド終

端単分子膜からなるCHO/NH2-SAMマルチマイクロアレ

イを作製し、バッファー溶液中で当

該ナノ粒子と作用させた後に、蛍光

顕微鏡で観察した。図 3に示すよう

にアルデヒド基で終端された領域で

のみ青色発光が観察された。これは

ナノ粒子表面上のアミノ基がアルデ

ヒド基と反応しシッフ塩基を形成、

その後、2級アミンの水素還元を通じ

て、固定化されたことを示す。青色

発光ナノ粒子でアルデヒド単分子膜

を蛍光可視化することに成功した。

11

図1 (a)レーザ化学合成法により作製した炭化水素鎖被覆Siナノ粒子における光吸収・発光特性と(b)紫外-青の各波長帯における発光の粒子サイズ依存性

図2 青と緑の波長帯で発光する単分子被覆Siナノ粒子

図3 CHO/NH2-SAMマルチマイクロアレイ上でアミノ終端化青色発光ナノ粒子を作用させた時の蛍光顕微鏡像と反応機構。

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固有ジョセフソン接合からのテラ ヘルツ放射

お問い合わせ先

■ 固有ジョセフソン接合からのテラヘルツ放射 NIMS 研究成果 ■

研究の内容

研究の背景と狙い 主な成果

1)H. B. Wang, S. Guénon, J. Yuan, A. Iishi, S. Arisawa, T. Hatano, T. Yamashita, D. Koelle, and R. Kleiner, Phys. Rev.

Lett. 102, 017006(2009).

発 表 文 献

期待されるイノベーション

ナノテクノロジー基盤萌芽ラボ 王 華兵  羽多野 毅

 テラヘルツ周波数帯は、現行の半導体エレクトロニクスの 3桁上の夢の超高周波技術である。一方、フォ

トニクスの視点からは既存技術に比べて 2桁波長の長い生体関連物質の分光に威力を発揮することが期待さ

れている。しかし、半導体電子系では電子の速度(モビリティ)による限界があり、また電子系のバンド間

エネルギー差を利用して発光させるバンドエンジニアリングの面からも、1THz ~ 4meV~ 50Kは未開拓

のフロンティアとして残されてきた。この技術の展開には、THz帯周波数帯可変汎用光源の開発が急務となっ

ている。高温超伝導体の結晶構造に内蔵されたデバイス構造を利用してTHz 光源の開発を行う。

 超伝導テラヘルツ技術は、現行の半導体エレクトロニクスの3桁上の夢の超高周波技術であろ。一方、従来の可視光ー遠赤

外分光技術に比べて2桁波長の長い生体関連物質の分光に威力を発揮することで、生体現象の解明・非侵襲の医療診断・毒物

劇物検査・爆発物検査・病原菌・ウイルス診断、等々我々の生活に密接に関連する分野での技術革新が期待される。

23 24

図2 (上)結晶内のTHz定在波像の観察、(下)外部放射の分光スペクトラム観測結果。左のグラフは可変周波数幅を示し温度条件も含めれば0.2THz以上可変、右のグラフは放射THzの鋭い線幅を表す

 テラヘルツ周波数帯電磁波(THz)は、生体関連物質

の分光に期待されながら、マイクロ波と遠赤外光との間

に取り残された未開拓領域である。THz 応用を困難にし

ている要因は、エレクトロニクスとフォトニクス両技術

の狭間で汎用の光源が開発されていないことにある。小

型・固体・周波数可変・mWビーム強度THz 光源の出現

が待望されている。

 さて、マイクロ波技術の雄、超伝導体のジョセフソン接

合では、接合電圧 Vを印加すると、周波数 f = V/Φ0 なる交流発振がおきる(Φ0~1 mV/484 GHzは、磁束量子)。Vは、超伝導エネルギーギャップ Egの大きさをこえることが出

来ないため、従来の金属系超伝導素子の周波数上限は

0.7THzである。しかも、接合一つからの電磁波励起強度

は pWと極めて小さい。銅酸化物高温超伝導体では、高い

超伝導遷移温度により、Egが一桁高く、THz励起が可能

である。さらに、この物質は、図 1に示すように結晶の積

層構造そのものがジョセフソン接合の直列回路を形成して

いて、高品質の単結晶が合成できれば、均質な接合列を光

源の強度アップに利用できる。1987 年 NIMS(の前身

NIRIM)で発見されたビスマス系超伝導体Bi2Sr2CaCu2O8

(BSCCO)がその典型例である。その結晶では厚さ 1μmに

650 接合が直列に連なっている。しかし、ここで大きな壁

が立ちはだかった。それは全ての接合を同期させて交流発振させる技術の開発である。これまでに我々も含

めて、BSCCOからは 0.5THzまでの発振が検出されてきたが、何れも十分に同期の取れていないものであっ

たため、応用に有効な出力強度が得られなかった。このような状況を打破したのが、アルゴンヌ国立研究所

のグループによる(L. Ozyuzer, et al., Science 318, 1291(2007))直列接合数が~650と大きいばかりでなく、

面内方向サイズも 100μm程度という巨大な台地状(メサ)構造での同期発振の実現と μW級THz 放射外部

観測実験である。全接合の同期を実現させた鍵は接合幅による空洞共鳴現象が一つの要因に違いないが、こ

の現象の全体像の解明が実用領域のmW出力技術開発に向けて精力的に研究されている。

 THz 放射時における、接合内部の電磁現

象を解明するため、低温レーザー顕微鏡観察

(LTSLM)を行った。この顕微鏡ではジョ

セフソン接合を局所的にレーザー加熱して、

接合の電流-電圧特性への影響を画像として

映し出す。接合内の電磁場および電流分布を

レーザー光の収束幅~ 1μm程度で観察する

ことが出来る。図2に示す電磁波の定在波パ

ターンの観測に成功した [1]。接合内には、

励起されたTHz 波が結晶の形状による 2次

元の空洞共鳴をおこしていることが明らかに

なった。しかも、高バイアス電流条件では試

料の中心部分は電流による発熱のため、超伝

導遷移温度程度に温度が上昇し、このことが

超伝導素子の実行サイズを変化させて、広範

囲の周波数可変性能を引き出した。

 この様な試料に対して、THz 干渉分光観

測システムによるTHz 放射スペクトラム測

定も行い、アルゴンヌグループの発見した条

件に加えて、高バイアス電流条件での放射を

発見した。この領域では、THz 放射光は単

色性に優れ、図 2に示す接合中心の温度上昇

領域の伸縮と関連して可変周波数幅が

0.2THz に達した。これら一連の実験は、層

状超伝導体単結晶THz 光源の開発としての

観点のみならず、THz 発振の発熱を伴う新

規現象として内外の注目を集めている。

12

図1 (上)BSCCO単結晶の写真とそれを用いたテラヘルツ光源の概念図。(下)原子レベルの結晶構造モデルに、超伝導性および絶縁性を示す原子層をそれぞれ“S”と“I”とで示した。

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固有ジョセフソン接合からのテラ ヘルツ放射

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■ 固有ジョセフソン接合からのテラヘルツ放射 NIMS 研究成果 ■

研究の内容

研究の背景と狙い 主な成果

1)H. B. Wang, S. Guénon, J. Yuan, A. Iishi, S. Arisawa, T. Hatano, T. Yamashita, D. Koelle, and R. Kleiner, Phys. Rev.

Lett. 102, 017006(2009).

発 表 文 献

期待されるイノベーション

ナノテクノロジー基盤萌芽ラボ 王 華兵  羽多野 毅

 テラヘルツ周波数帯は、現行の半導体エレクトロニクスの 3桁上の夢の超高周波技術である。一方、フォ

トニクスの視点からは既存技術に比べて 2桁波長の長い生体関連物質の分光に威力を発揮することが期待さ

れている。しかし、半導体電子系では電子の速度(モビリティ)による限界があり、また電子系のバンド間

エネルギー差を利用して発光させるバンドエンジニアリングの面からも、1THz ~ 4meV~ 50Kは未開拓

のフロンティアとして残されてきた。この技術の展開には、THz帯周波数帯可変汎用光源の開発が急務となっ

ている。高温超伝導体の結晶構造に内蔵されたデバイス構造を利用してTHz 光源の開発を行う。

 超伝導テラヘルツ技術は、現行の半導体エレクトロニクスの3桁上の夢の超高周波技術であろ。一方、従来の可視光ー遠赤

外分光技術に比べて2桁波長の長い生体関連物質の分光に威力を発揮することで、生体現象の解明・非侵襲の医療診断・毒物

劇物検査・爆発物検査・病原菌・ウイルス診断、等々我々の生活に密接に関連する分野での技術革新が期待される。

23 24

図2 (上)結晶内のTHz定在波像の観察、(下)外部放射の分光スペクトラム観測結果。左のグラフは可変周波数幅を示し温度条件も含めれば0.2THz以上可変、右のグラフは放射THzの鋭い線幅を表す

 テラヘルツ周波数帯電磁波(THz)は、生体関連物質

の分光に期待されながら、マイクロ波と遠赤外光との間

に取り残された未開拓領域である。THz 応用を困難にし

ている要因は、エレクトロニクスとフォトニクス両技術

の狭間で汎用の光源が開発されていないことにある。小

型・固体・周波数可変・mWビーム強度THz 光源の出現

が待望されている。

 さて、マイクロ波技術の雄、超伝導体のジョセフソン接

合では、接合電圧 Vを印加すると、周波数 f = V/Φ0 なる交流発振がおきる(Φ0~1 mV/484 GHzは、磁束量子)。Vは、超伝導エネルギーギャップ Egの大きさをこえることが出

来ないため、従来の金属系超伝導素子の周波数上限は

0.7THzである。しかも、接合一つからの電磁波励起強度

は pWと極めて小さい。銅酸化物高温超伝導体では、高い

超伝導遷移温度により、Egが一桁高く、THz励起が可能

である。さらに、この物質は、図 1に示すように結晶の積

層構造そのものがジョセフソン接合の直列回路を形成して

いて、高品質の単結晶が合成できれば、均質な接合列を光

源の強度アップに利用できる。1987 年 NIMS(の前身

NIRIM)で発見されたビスマス系超伝導体Bi2Sr2CaCu2O8

(BSCCO)がその典型例である。その結晶では厚さ 1μmに

650 接合が直列に連なっている。しかし、ここで大きな壁

が立ちはだかった。それは全ての接合を同期させて交流発振させる技術の開発である。これまでに我々も含

めて、BSCCOからは 0.5THzまでの発振が検出されてきたが、何れも十分に同期の取れていないものであっ

たため、応用に有効な出力強度が得られなかった。このような状況を打破したのが、アルゴンヌ国立研究所

のグループによる(L. Ozyuzer, et al., Science 318, 1291(2007))直列接合数が~650と大きいばかりでなく、

面内方向サイズも 100μm程度という巨大な台地状(メサ)構造での同期発振の実現と μW級THz 放射外部

観測実験である。全接合の同期を実現させた鍵は接合幅による空洞共鳴現象が一つの要因に違いないが、こ

の現象の全体像の解明が実用領域のmW出力技術開発に向けて精力的に研究されている。

 THz 放射時における、接合内部の電磁現

象を解明するため、低温レーザー顕微鏡観察

(LTSLM)を行った。この顕微鏡ではジョ

セフソン接合を局所的にレーザー加熱して、

接合の電流-電圧特性への影響を画像として

映し出す。接合内の電磁場および電流分布を

レーザー光の収束幅~ 1μm程度で観察する

ことが出来る。図2に示す電磁波の定在波パ

ターンの観測に成功した [1]。接合内には、

励起されたTHz 波が結晶の形状による 2次

元の空洞共鳴をおこしていることが明らかに

なった。しかも、高バイアス電流条件では試

料の中心部分は電流による発熱のため、超伝

導遷移温度程度に温度が上昇し、このことが

超伝導素子の実行サイズを変化させて、広範

囲の周波数可変性能を引き出した。

 この様な試料に対して、THz 干渉分光観

測システムによるTHz 放射スペクトラム測

定も行い、アルゴンヌグループの発見した条

件に加えて、高バイアス電流条件での放射を

発見した。この領域では、THz 放射光は単

色性に優れ、図 2に示す接合中心の温度上昇

領域の伸縮と関連して可変周波数幅が

0.2THz に達した。これら一連の実験は、層

状超伝導体単結晶THz 光源の開発としての

観点のみならず、THz 発振の発熱を伴う新

規現象として内外の注目を集めている。

12

図1 (上)BSCCO単結晶の写真とそれを用いたテラヘルツ光源の概念図。(下)原子レベルの結晶構造モデルに、超伝導性および絶縁性を示す原子層をそれぞれ“S”と“I”とで示した。

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40年を超えるクリープ変形データの取得 安全・安心を向上させる材料信頼性研究

お問い合わせ先

■ 40年を超えるクリープ変形データの取得 NIMS 研究成果 ■

研究の内容

研究の背景と狙い 主な成果

1)例えば,経済産業省「発電用火力設備の技術基準」火力設備の技術基準の解釈,平成 19 年改訂版

2)木村一弘,九島秀昭,阿部冨士雄:材料,52(2003)57.

3)経済産業省原子力安全・保安院,NISA-234c-05-8(2005),NISA-234a-07-1(2007)

4)経済産業省原子力安全・保安院,NISA-234c-05-9(2005),NISA-234a-07-4(2007)

発 表 文 献

期待されるイノベーション

データシートステーション 木村 一弘

 省資源、低環境負荷の観点から、火力・原子力発電プラントや自動車、航空機用エンジン等の高効率・省エネルギー化を実現するため、各種高温機器のさらなる稼働温度の高温化が求められている。使用温度の上昇は材料の劣化を促進し、機器の寿命を短くすることから、耐熱材料の長時間クリープ試験研究により、高温機器の高性能化と長期信頼性の確保に貢献する。

 各種機器の高性能化、長寿命化を目的として、材料の使用環境はますます苛酷さを極めている。機械構造物の高い安全性、

信頼性を維持するためには、材料の信頼性向上が不可欠であり、新技術の開発・普及を促進するための重要な研究課題でもある。

25 26

図1 0.3%炭素鋼の40年を超えるクリープ変形データ

クリープとは 「クリープ」とは、外部から力が加わることにより、時間の経過とともに徐々に物体が変形する現象である。金属材料をはじめ、コンクリート、岩石、ポリマーなど、多くの材料で観察される現象である。低温では時間の経過に伴いクリープ速度は減少し、一定の変形量(ひずみ)でクリープ変形は飽和する。しかし、融点(絶対温度)の約 1/3 を超える高温では、弾性範囲内の小さな外力でもクリープ変形量は飽和せず、最終的に破断にいたる。炭素鋼などの鉄鋼材料では約 400℃を超えるとクリープによる破壊が問題となる。ジェットエンジンやガスタービンでは、1000℃を超える高温でも優れたクリープ強度を発揮する超合金が使用されている。一方、鉛やはんだなどの低融点材料では、室温においてもクリープ変形が観察される。許容応力 火力発電プラントのボイラや圧力容器等の耐圧部材は、その安全性を確保するため、規格・基準で材料毎に規定された許容引張応力に基づいて設計・製作される。クリープ変形が支配的でない比較的低温では、許容引張応力は時間に依存しない引張強さと降伏強さ(耐力)で決定されるが、クリープ変形が寿命を支配する高温の許容引張応力は以下の最小値で決定される1)。 ① 当該温度で 1,000 時間に 0.01% のクリープ速度を生ずる応力の平均値 ② 当該温度で 100,000 時間でクリープ破断する応力の最小値の 0.8 倍 ③ 当該温度で 100,000 時間でクリープ破断する応力の平均値の 0.67 倍一般に許容引張応力は①ではなく、100,000 時間でクリープ破断する応力で決定されることが多い。100,000 時間は 11 年 5 ヶ月に相当することから、高温構造部材の安全性・信頼性を確保するためには、10 年を超える長時間クリープ破断強度を精度良く予測評価することが重要である。クリープデータシート 国産の実用耐熱金属材料について、100,000 時間を超える長時間クリープ試験データを取得することを目的として、1966年にNIMSの前身である科学技術庁金属材料技術研究所で長時間クリープ試験を開始した。得られたクリープ試験データはクリープデータシートとして発行・公表しており、これまでにクリープデータシートを 135 冊、長時間クリープ試験材の微細組織写真集を 9冊、クリープ変形データ集を 2冊発行し(2010 年 3 月末現在)、国内外の大学、公的研究機関、民間企業等で利用されている。解析による設計(Design by Analysis) クリープ破断強度は、高温での許容引張応力を決定する重要な強度特性である。一方、原子力発電プラント等の特に高い安全性が要求される機械構造物では、許容引張応力を用いた『公式による設計(Design by Rule)』ではなく、微小領域の応力状態や変形挙動を詳細に解析評価する『解析による設計(Design by Analysis)』が用いられる。『解析による設計』には、温度と時間に依存した設計応力強さ等が用いられるが、設計応力強さは任意の温度及び時間における以下の最小値で決定される。 ① 1%の全ひずみを生じる応力の平均値の 100% ② 第 3 期クリープを開始する応力の最小値の 80% ③ クリープ破断する応力の最小値の 67%現在研究開発がすすめられている次世代高速炉のように、設計寿命が 60 年に及ぶプラントの設計には超長期のクリープ変形特性評価が必要不可欠であり、リスクベースメンテナンスによる長期使用プラントの信頼性向上の観点からも、クリープ破断強度に加え、クリープ変形特性評価の重要性が高まっている。

40年を超えるクリープデータの取得 昭和 44(1969)年 6月 18 日に開始したクリープ試験が、平成 21(2009)年 9月 29 日に終了した。電気炉の改造に伴う1回の中断(97日間)を除き、事故等による中断のない連続試験により、破断時間が 350,771.8h のクリープ変形データを取得した(図 1)。ドイツ、ジーメンス社が 2000 年に中止した試験時間:356,463h のクリープ試験が、これまでに世界中で報告されている最長のデータであり、これに次ぐ世界第 2位の長時間クリープ変形データとなる。NIMSでは現在、10 本の試験片が30 万時間を超えて試験中であり、その中の 1本は40 年を超えている。

クリープ寿命予測法の開発 エネルギー効率が高く、環境負荷の小さな最新鋭の超々臨界圧火力発電プラントでは、主要な高温構造部材として高強度フェライト耐熱鋼が用いられている。NIMSでは、高強度フェライト耐熱鋼の長時間クリープ強度を高精度で予測できる「領域分割解析法」2)を開発した(図 2)。我が国の火力発電プラント用設計基準である「発電用火力設備の技術基準の解釈」1)に規定されている当該鋼種の許容引張応力は、「領域分割解析法」による再評価に基づいて引き下げられた3)。さらに、許容引張応力が引き下げられた材料を使用している火力発電設備について、適切な余寿命診断に基づいて維持管理を行うための寿命評価式が、「領域分割解析法」による再評価に基づいて制定された4)。

13

図2 従来解析法と領域分割解析法による寿命予測結果の比較

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40年を超えるクリープ変形データの取得 安全・安心を向上させる材料信頼性研究

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■ 40年を超えるクリープ変形データの取得 NIMS 研究成果 ■

研究の内容

研究の背景と狙い 主な成果

1)例えば,経済産業省「発電用火力設備の技術基準」火力設備の技術基準の解釈,平成 19 年改訂版

2)木村一弘,九島秀昭,阿部冨士雄:材料,52(2003)57.

3)経済産業省原子力安全・保安院,NISA-234c-05-8(2005),NISA-234a-07-1(2007)

4)経済産業省原子力安全・保安院,NISA-234c-05-9(2005),NISA-234a-07-4(2007)

発 表 文 献

期待されるイノベーション

データシートステーション 木村 一弘

 省資源、低環境負荷の観点から、火力・原子力発電プラントや自動車、航空機用エンジン等の高効率・省エネルギー化を実現するため、各種高温機器のさらなる稼働温度の高温化が求められている。使用温度の上昇は材料の劣化を促進し、機器の寿命を短くすることから、耐熱材料の長時間クリープ試験研究により、高温機器の高性能化と長期信頼性の確保に貢献する。

 各種機器の高性能化、長寿命化を目的として、材料の使用環境はますます苛酷さを極めている。機械構造物の高い安全性、

信頼性を維持するためには、材料の信頼性向上が不可欠であり、新技術の開発・普及を促進するための重要な研究課題でもある。

25 26

図1 0.3%炭素鋼の40年を超えるクリープ変形データ

クリープとは 「クリープ」とは、外部から力が加わることにより、時間の経過とともに徐々に物体が変形する現象である。金属材料をはじめ、コンクリート、岩石、ポリマーなど、多くの材料で観察される現象である。低温では時間の経過に伴いクリープ速度は減少し、一定の変形量(ひずみ)でクリープ変形は飽和する。しかし、融点(絶対温度)の約 1/3 を超える高温では、弾性範囲内の小さな外力でもクリープ変形量は飽和せず、最終的に破断にいたる。炭素鋼などの鉄鋼材料では約 400℃を超えるとクリープによる破壊が問題となる。ジェットエンジンやガスタービンでは、1000℃を超える高温でも優れたクリープ強度を発揮する超合金が使用されている。一方、鉛やはんだなどの低融点材料では、室温においてもクリープ変形が観察される。許容応力 火力発電プラントのボイラや圧力容器等の耐圧部材は、その安全性を確保するため、規格・基準で材料毎に規定された許容引張応力に基づいて設計・製作される。クリープ変形が支配的でない比較的低温では、許容引張応力は時間に依存しない引張強さと降伏強さ(耐力)で決定されるが、クリープ変形が寿命を支配する高温の許容引張応力は以下の最小値で決定される1)。 ① 当該温度で 1,000 時間に 0.01% のクリープ速度を生ずる応力の平均値 ② 当該温度で 100,000 時間でクリープ破断する応力の最小値の 0.8 倍 ③ 当該温度で 100,000 時間でクリープ破断する応力の平均値の 0.67 倍一般に許容引張応力は①ではなく、100,000 時間でクリープ破断する応力で決定されることが多い。100,000 時間は 11 年 5 ヶ月に相当することから、高温構造部材の安全性・信頼性を確保するためには、10 年を超える長時間クリープ破断強度を精度良く予測評価することが重要である。クリープデータシート 国産の実用耐熱金属材料について、100,000 時間を超える長時間クリープ試験データを取得することを目的として、1966年にNIMSの前身である科学技術庁金属材料技術研究所で長時間クリープ試験を開始した。得られたクリープ試験データはクリープデータシートとして発行・公表しており、これまでにクリープデータシートを 135 冊、長時間クリープ試験材の微細組織写真集を 9冊、クリープ変形データ集を 2冊発行し(2010 年 3 月末現在)、国内外の大学、公的研究機関、民間企業等で利用されている。解析による設計(Design by Analysis) クリープ破断強度は、高温での許容引張応力を決定する重要な強度特性である。一方、原子力発電プラント等の特に高い安全性が要求される機械構造物では、許容引張応力を用いた『公式による設計(Design by Rule)』ではなく、微小領域の応力状態や変形挙動を詳細に解析評価する『解析による設計(Design by Analysis)』が用いられる。『解析による設計』には、温度と時間に依存した設計応力強さ等が用いられるが、設計応力強さは任意の温度及び時間における以下の最小値で決定される。 ① 1%の全ひずみを生じる応力の平均値の 100% ② 第 3 期クリープを開始する応力の最小値の 80% ③ クリープ破断する応力の最小値の 67%現在研究開発がすすめられている次世代高速炉のように、設計寿命が 60 年に及ぶプラントの設計には超長期のクリープ変形特性評価が必要不可欠であり、リスクベースメンテナンスによる長期使用プラントの信頼性向上の観点からも、クリープ破断強度に加え、クリープ変形特性評価の重要性が高まっている。

40年を超えるクリープデータの取得 昭和 44(1969)年 6月 18 日に開始したクリープ試験が、平成 21(2009)年 9月 29 日に終了した。電気炉の改造に伴う1回の中断(97日間)を除き、事故等による中断のない連続試験により、破断時間が 350,771.8h のクリープ変形データを取得した(図 1)。ドイツ、ジーメンス社が 2000 年に中止した試験時間:356,463h のクリープ試験が、これまでに世界中で報告されている最長のデータであり、これに次ぐ世界第 2位の長時間クリープ変形データとなる。NIMSでは現在、10 本の試験片が30 万時間を超えて試験中であり、その中の 1本は40 年を超えている。

クリープ寿命予測法の開発 エネルギー効率が高く、環境負荷の小さな最新鋭の超々臨界圧火力発電プラントでは、主要な高温構造部材として高強度フェライト耐熱鋼が用いられている。NIMSでは、高強度フェライト耐熱鋼の長時間クリープ強度を高精度で予測できる「領域分割解析法」2)を開発した(図 2)。我が国の火力発電プラント用設計基準である「発電用火力設備の技術基準の解釈」1)に規定されている当該鋼種の許容引張応力は、「領域分割解析法」による再評価に基づいて引き下げられた3)。さらに、許容引張応力が引き下げられた材料を使用している火力発電設備について、適切な余寿命診断に基づいて維持管理を行うための寿命評価式が、「領域分割解析法」による再評価に基づいて制定された4)。

13

図2 従来解析法と領域分割解析法による寿命予測結果の比較

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■ ナノ材料科学環境拠点 NIMS 研究成果 ■

トピックス ナノ材料科学環境拠点

お問い合わせ先ナノ材料科学環境拠点マネージャー 大野 隆央

目的 私たちが直面する環境問題は、人類が利用するエネルギーの総量が地球の許容量に近くなったことに起因

している。豊かな生活を持続するためには、環境への負担を少なくする技術を開発することが重要な課題で

ある。このような状況の中、2009 年 10 月、文部科学省の「ナノテクノロジーを活用した環境技術開発プロ

グラム」において、NIMSを中核とするオールジャパンの拠点形成を目指す「ナノ材料科学環境拠点」計画

が採択された。

 ナノ材料科学環境拠点では、太陽光から出発するエネルギーフローに関わる一連の材料技術、すなわち、

太陽光発電、光触媒、二次電池、燃料電池のエネルギー変換システム(図1)をターゲットに、環境・エネルギー

問題を解決するための新しい材料の創出に貢献する基礎基盤研究を実施する。

研究体制

 この拠点は、太陽光発電、光触媒、二次電池、燃料電池の4つのエネルギー変換システムの研究グループと、

計算科学技術、及びナノ計測技術の2つの研究グループから構成され(図2)、計算科学技術とナノ計測技

術が、異なるエネルギー変換システムを連携し、統合的に研究を推進する重要な役割を果たす。すなわち、

従来の試行錯誤的な材料探索から脱却して、先端的な計算科学技術とその場測定技術を駆使し理論と実験を

連携して、エネルギー変換技術における共通課題である“表面・界面現象”の理解と制御技術を確立するこ

とよって、環境・エネルギーに関する材料技術のブレークスルーを目指す。

エネルギー変換システムの共通課題

 エネルギー変換システム内には、電極、電解質溶液、色素分子、燃料ガスなどの異なる物質相から構成さ

れる多様なヘテロ界面が存在し、そこで生じる電荷移動やイオン拡散などにより機能が発現する。

 例えば、色素増感型の太陽光発電では、色素分子の光励起により生成した電子・生孔対が電荷分離し、電

子は電極表面に移動し外部回路を通り反対電極に移動しヨウ素イオンを還元し、還元されたヨウ素イオンは

電解質中を移動して色素分子を還元する(図3)。この一連の物理・化学過程によって光エネルギーが電気

エネルギーに変換される。燃料電池では、水素や酸素などの燃料ガスが電極表面との間で電子をやり取りし

て、燃料ガスの化学エネルギーが電気エネルギーに変換される(図3)。

 このように、エネルギー変換システムにおいて発現する機能は、表面・界面における光励起、電子移動、

電荷分離、原子・イオン移動などの多くの物理・化学過程が関与するマルチスケール・マルチフィジクスな

複雑現象である。しかし、その変換機能は、現状では充分に理解されておらず、それが高性能材料開発の大

きなネックとなっている。表面・界面現象に関する深い理解とそれを制御する技術なしには、エネルギー変

換効率の飛躍的な向上などのブレークスルーは困難であり、計算科学技術と先端解析技術を駆使して、表面・

界面現象の理解と制御技術の確立に取り組むことが重要である。

計算科学技術と先端計測技術

 計算科学技術に関して言えば、我々は、これまで、物質・材料研究のための計算科学技術を開発し、新規

な物性の解明や新規物質の設計などを進めてきた。この拠点では、第一原理分子動力学法、時間依存密度汎

関数法、Phase-field 法、マルチスケール手法など、ナノ表面・界面における構造、物性・機能を原子スケー

ルからメゾスケールまでマルチスケールに高精度に解析・予測する計算科学技術を用いて、図4に示すよう

に、(1)ナノ表面・界面における電荷分離、電子移動、酸化還元などの“電子ダイナミクス”、(2)原子・イ

オン拡散や触媒反応などの“原子ダイナミクス”、(3)実材料のナノ組織形成とナノ組織における原子の“マ

クロ・ダイナミクス”、を高精度に解析し、固液界面などを含む多様なナノ表面・界面における物理・化学

現象の機構解明に取り組む。

 先端計測技術に関しても、培ってきた高い研究ポテンシャルを基礎にして、制御された環境場における環

境エネルギー材料の表面・界面に関するその場ナノ計測技術の開発に取り組む。制御場における走査型プロー

ブ顕微鏡(SPM)、環境セルと組み合わせた共焦点走査型透過電子顕微鏡(STEM)など、先端的な構造評価・

反応解析技術を開発し、計算科学技術と連携して、表面・界面現象の理解を目指す。

拠点形成

 環境・エネルギー問題に取り組み、世界の持続的発展に貢献することが、ナノ材料科学環境拠点、及びそ

の中核機関としてのNIMSの使命である。我が国のナノテクノロジー・材料分野の高い研究ポテンシャルを

結集し、国内外の研究機関や産業界と連携し、トップレベルの研究者を集めたドリームチームで研究拠点を

形成し、環境・エネルギー問題の解決に挑む。

27 28

図1 太陽光からのエネルギーフロー 図2 拠点のグループ構成

図3 エネルギー変換の共通原理 図4 計算科学からのアプローチ

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■ ナノ材料科学環境拠点 NIMS 研究成果 ■

トピックス ナノ材料科学環境拠点

お問い合わせ先ナノ材料科学環境拠点マネージャー 大野 隆央

目的 私たちが直面する環境問題は、人類が利用するエネルギーの総量が地球の許容量に近くなったことに起因

している。豊かな生活を持続するためには、環境への負担を少なくする技術を開発することが重要な課題で

ある。このような状況の中、2009 年 10 月、文部科学省の「ナノテクノロジーを活用した環境技術開発プロ

グラム」において、NIMSを中核とするオールジャパンの拠点形成を目指す「ナノ材料科学環境拠点」計画

が採択された。

 ナノ材料科学環境拠点では、太陽光から出発するエネルギーフローに関わる一連の材料技術、すなわち、

太陽光発電、光触媒、二次電池、燃料電池のエネルギー変換システム(図1)をターゲットに、環境・エネルギー

問題を解決するための新しい材料の創出に貢献する基礎基盤研究を実施する。

研究体制

 この拠点は、太陽光発電、光触媒、二次電池、燃料電池の4つのエネルギー変換システムの研究グループと、

計算科学技術、及びナノ計測技術の2つの研究グループから構成され(図2)、計算科学技術とナノ計測技

術が、異なるエネルギー変換システムを連携し、統合的に研究を推進する重要な役割を果たす。すなわち、

従来の試行錯誤的な材料探索から脱却して、先端的な計算科学技術とその場測定技術を駆使し理論と実験を

連携して、エネルギー変換技術における共通課題である“表面・界面現象”の理解と制御技術を確立するこ

とよって、環境・エネルギーに関する材料技術のブレークスルーを目指す。

エネルギー変換システムの共通課題

 エネルギー変換システム内には、電極、電解質溶液、色素分子、燃料ガスなどの異なる物質相から構成さ

れる多様なヘテロ界面が存在し、そこで生じる電荷移動やイオン拡散などにより機能が発現する。

 例えば、色素増感型の太陽光発電では、色素分子の光励起により生成した電子・生孔対が電荷分離し、電

子は電極表面に移動し外部回路を通り反対電極に移動しヨウ素イオンを還元し、還元されたヨウ素イオンは

電解質中を移動して色素分子を還元する(図3)。この一連の物理・化学過程によって光エネルギーが電気

エネルギーに変換される。燃料電池では、水素や酸素などの燃料ガスが電極表面との間で電子をやり取りし

て、燃料ガスの化学エネルギーが電気エネルギーに変換される(図3)。

 このように、エネルギー変換システムにおいて発現する機能は、表面・界面における光励起、電子移動、

電荷分離、原子・イオン移動などの多くの物理・化学過程が関与するマルチスケール・マルチフィジクスな

複雑現象である。しかし、その変換機能は、現状では充分に理解されておらず、それが高性能材料開発の大

きなネックとなっている。表面・界面現象に関する深い理解とそれを制御する技術なしには、エネルギー変

換効率の飛躍的な向上などのブレークスルーは困難であり、計算科学技術と先端解析技術を駆使して、表面・

界面現象の理解と制御技術の確立に取り組むことが重要である。

計算科学技術と先端計測技術

 計算科学技術に関して言えば、我々は、これまで、物質・材料研究のための計算科学技術を開発し、新規

な物性の解明や新規物質の設計などを進めてきた。この拠点では、第一原理分子動力学法、時間依存密度汎

関数法、Phase-field 法、マルチスケール手法など、ナノ表面・界面における構造、物性・機能を原子スケー

ルからメゾスケールまでマルチスケールに高精度に解析・予測する計算科学技術を用いて、図4に示すよう

に、(1)ナノ表面・界面における電荷分離、電子移動、酸化還元などの“電子ダイナミクス”、(2)原子・イ

オン拡散や触媒反応などの“原子ダイナミクス”、(3)実材料のナノ組織形成とナノ組織における原子の“マ

クロ・ダイナミクス”、を高精度に解析し、固液界面などを含む多様なナノ表面・界面における物理・化学

現象の機構解明に取り組む。

 先端計測技術に関しても、培ってきた高い研究ポテンシャルを基礎にして、制御された環境場における環

境エネルギー材料の表面・界面に関するその場ナノ計測技術の開発に取り組む。制御場における走査型プロー

ブ顕微鏡(SPM)、環境セルと組み合わせた共焦点走査型透過電子顕微鏡(STEM)など、先端的な構造評価・

反応解析技術を開発し、計算科学技術と連携して、表面・界面現象の理解を目指す。

拠点形成

 環境・エネルギー問題に取り組み、世界の持続的発展に貢献することが、ナノ材料科学環境拠点、及びそ

の中核機関としてのNIMSの使命である。我が国のナノテクノロジー・材料分野の高い研究ポテンシャルを

結集し、国内外の研究機関や産業界と連携し、トップレベルの研究者を集めたドリームチームで研究拠点を

形成し、環境・エネルギー問題の解決に挑む。

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図1 太陽光からのエネルギーフロー 図2 拠点のグループ構成

図3 エネルギー変換の共通原理 図4 計算科学からのアプローチ

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■ 2009年度運営に関するデータ集 NIMS 研究成果 ■

2009年度運営に関するデータ集

●論文被引用数

●常勤職員数の推移

●特許出願・実施料収入の推移

●外部資金等の獲得状況

●科学研究費補助金の獲得推移

●機構の組織(平成21年度末現在)

2009

29 30

論文被引用数

常勤職員数の推移

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■ 2009年度運営に関するデータ集 NIMS 研究成果 ■

2009年度運営に関するデータ集

●論文被引用数

●常勤職員数の推移

●特許出願・実施料収入の推移

●外部資金等の獲得状況

●科学研究費補助金の獲得推移

●機構の組織(平成21年度末現在)

2009

29 30

論文被引用数

常勤職員数の推移

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■ 2009年度運営に関するデータ集 NIMS 研究成果 ■31 32

特許出願・実施料収入の推移

外部資金等の獲得状況

科学研究費補助金の獲得推移

機構の組織(平成21年度末現在)

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■ 2009年度運営に関するデータ集 NIMS 研究成果 ■31 32

特許出願・実施料収入の推移

外部資金等の獲得状況

科学研究費補助金の獲得推移

機構の組織(平成21年度末現在)

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NIMS の主な研究成果(平成 20 年度主要な研究成果の発行について)

独立行政法人 物質・材料研究機構

理事長 潮田 資勝

独立行政法人物質・材料研究機構(National Institute for Materials Science)では持続可能社会

の実現に向け、ナノスケールの構造まで制御する「ナノテクノロジー」を駆使した新材料の創製や、

材料機能の高度化などを可能にする研究を進めています。私は平成 21 年 7 月に独立行政法人物質・

材料研究機構(NIMS)の理事長に就任しました。本年は 2 年目となりますが、独立行政法人となっ

て 10 年目、第 2 期中期計画の最終年度にあたり、これまでの研究活動を総括し、次期中期計画の方

向を決めてゆく重要な年になります。

NIMS は法人化後、岸前理事長のリーダーシップのもとで大きく発展を遂げ、材料分野の発表論

文数や論文引用数で世界的に高く評価される存在になりました。これは大いに誇りとすべきことで

す。次の段階では論文を多く書くこともさることながら、その質を上げることに注力することが重

要になってきます。物質・材料研究には科学的側面と工学的側面があります。科学研究は物性の普

遍的な原理を追求することであり、工学研究の最終目的は使える材料を開発することにあります。

NIMS の物質・材料研究は両方の側面を追求する必要があると考えています。

NIMS では、各年度における NIMS の研究成果を自己評価するために、主要成果を取りまとめ発

行してきました。平成 21 年度につきましても、主要研究成果 13 件と 1 トピックスを選別し、皆様

に NIMS の研究内容を紹介させていただきます。

主要成果 13 件は、上記の観点から選別されたもので、生体材料、情報通信材料、環境エネルギー

材料、材料信頼性、ナノスケール物質領域、ナノテクノロジー基盤領域の 6 研究領域、及び国際ナ

ノアーキテクトニクス研究拠点における主要成果として取り上げました。

また、環境エネルギー問題は、科学技術が最も優先的に取り組むべき課題の一つです。NIMSでは、

平成 21 年度に NIMS を中核としたオールジャパンの環境技術の基礎基盤的な研究開発を推進するた

めの研究拠点「ナノ材料科学環境拠点」をスタートさせました。太陽電池、光触媒、二次電池、燃

料電池をターゲットに、表面・界面の理論解析と先端的技術計測を融合させることによって、環境

エネルギー問題を解決するための新しい材料の創出に貢献する基礎基盤研究を集中的に進める計画

であり、今後もNIMSの重要施策のひとつとなるので、本冊子のトピックスとして取り上げました。

最後に、NIMS は大学とは違って、物質・材料科学技術分野における国策の執行機関であること

を常に自覚して研究を展開することが求められます。じっくりと基礎・基盤研究を推進することが

使命ですが、新しいことに積極的にチャレンジし、進化を続ける研究機関でありたいと考えていま

す。

◆本書の複製権・翻訳権・上映権・譲渡権・公衆送信権(送信可能化権を含む)は、物質・ 材料研究機構が保有します。

◆本書に関するご意見・お問合せは下記担当までお願いいたします。

発行:独立行政法人 物質・材料研究機構2010年7月20日発行

担当者:企画部評価室/小野寺 秀博

〒305-0047 茨城県つくば市千現1 - 2 - 1電話:029-859-2603FAX:029-859-2201

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