18
No. 72 2019 溶液化学研究会ニュース No.72, 2019 2 調 NMR [1,2]調 [3]MD[4][5][6][7][8] 調 [9][10]調 Legendre [11]breathing) (deforming)[12]

No. 72 2019No. 72 2019 溶液化学研究会ニュースNo.72, 2019 < 解 説 > 球 面上 の 溶 液 化 学 ― ミ セ ル 、 ベ シ ク ル の 表 面 構 造 、 ダ イ

  • Upload
    others

  • View
    1

  • Download
    0

Embed Size (px)

Citation preview

  • No. 72

    2019

    溶液化学研究会ニュース No.72, 2019

    < 解 説 >

    球 面 上 の 溶 液 化 学 ― ミ セ ル 、 ベ シ ク ル の 表 面 構 造 、 ダ イ ナ ミ ク ス

    名 古 屋 大 学 大 学 院 工 学 研 究 科 附 属 計 算 科 学 連 携 教 育 研 究 セ ン タ ー 吉 井 範 行

    ミ セ ル や ベ シ ク ル と い っ た 両 親 媒 性 分 子 集 合 体 は 、 集 合 体 内 で 流 動 性 を 示 し な が ら 、 全 体 と し て 球

    形 の 構 造 を 保 っ て い る 。 こ の よ う な 球 対 称 性 を 持 つ 対 象 の 流 体 構 造 の 解 析 を 行 う 際 に 、 従 来 の 液 体

    論 で 用 い る デ カ ル ト 座 標 に 基 づ く 統 計 力 学 関 数 、 例 え ば 位 置 ベ ク ト ル や 波 数 ベ ク ト ル で 定 義 さ れ た

    2 体 相 関 関 数 や 構 造 因 子 な ど で は 、 対 象 系 の 形 状 と 整 合 せ ず 本 質 を 抽 出 し に く い 。 こ こ で は 、 球 座

    標 や そ の 直 交 関 数 で あ る 球 面 調 和 関 数 を 導 入 し 、 球 形 の 対 象 に 適 し た 統 計 力 学 関 数 を 新 た に 定 義 し 、

    ミ セ ル や ベ シ ク ル に つ い て 構 造 や ダ イ ナ ミ ク ス の 解 析 を 行 っ た 。 ミ セ ル の 分 子 動 力 学 計 算 お よ び ベ

    シ ク ル の 動 的 NMR 測 定 に 適 用 し た 結 果 を 紹 介 す る 。

    1 . は じ め に

    ミ セ ル や ベ シ ク ル を は じ め と す る 両 親 媒 性 分

    子 集 合 体 は 、 そ の 表 面 構 造 が 溶 液 中 で の 安 定 性 に

    大 き な 影 響 を 与 え る 。 例 え ば 、 ミ セ ル の 安 定 性 を

    取 り 扱 う 熱 力 学 モ デ ル の 多 く で 、 親 水 基 間 の 反 発

    的 な 相 互 作 用 が ミ セ ル 生 成 の 自 由 エ ネ ル ギ ー を

    記 述 す る う え で 重 要 な 役 割 を 果 た し て い る [1,2] 。

    脂 質 膜 で は 、 ラ フ ト 構 造 と 関 連 し て 膜 表 面 構 造

    が 詳 し く 調 べ ら れ て い る が [3]、 ミ セ ル 表 面 に 関 し

    て は 、 測 定 が 困 難 な た め 、 実 験 的 知 見 は 十 分 に 得

    ら れ て い な い 。 ミ セ ル に つ い て の 微 視 的 な 知 見 に

    つ い て は 、 分 子 動 力 学 ( MD) 計 算 に よ る 研 究 が

    多 数 行 わ れ 、 ミ セ ル 生 成 [4]、 溶 液 中 の 熱 力 学 的 安

    定 性 [5]、 構 造 [6]、 ダ イ ナ ミ ク ス [7]や 、 可 溶 化 [8]

    と と も に 、 ミ セ ル 表 面 の 構 造 が 調 べ ら れ 、 親 水 基

    の 被 覆 率 が 低 く 、 疎 水 基 が 水 相 に 露 出 す る と の 指

    摘 が な さ れ て い る [9]。

    こ こ で は 、 詳 細 な ミ セ ル 表 面 の 構 造 に つ い て の

    知 見 を 得 る た め に 、 液 体 論 的 手 法 を 用 い て 解 析 す

    る こ と を 試 み る 。

    従 来 の 動 径 分 布 関 数 ま た は 静 的 お よ び 動 的 構

    造 因 子 な ど の 統 計 力 学 関 数 [10]は 、 デ カ ル ト 座 標

    を 用 い て 定 義 さ れ る た め 、 球 状 ミ セ ル 表 面 の 構 造

    お よ び ダ イ ナ ミ ク ス の 解 析 に は 適 し て い な い 。 こ

    こ で は 、 球 座 標 、 お よ び 球 面 調 和 関 数 や Legendre

    多 項 式 と い っ た 直 交 関 数 を 用 い 、 球 面 の 側 方 向 の

    解 析 を 行 う [11]。 さ ら に 、 動 径 方 向 の 変 動 で あ る

    ミ セ ル 全 体 の 膨 張 収 縮 ( breathing) お よ び 変 形

    (deforming)を 抽 出 す る [12]。 こ れ ら は 液 体 論 の 球

    座 標 へ の 拡 張 で あ り 、 こ れ に よ り 球 面 上 の 溶 液 化

    学 が 展 開 可 能 と な る 。

  • 溶液化学研究会ニュース No.72, 2019

    最 後 に 、 動 的 NMR 測 定 に よ る ベ シ ク ル に お け

    る 脂 質 分 子 の ベ シ ク ル 球 面 上 で の 側 方 拡 散 係 数

    の 実 測 [13]に つ い て 述 べ 、 実 験 面 に お い て も 球 座

    標 に よ る 解 析 手 法 が 有 効 で あ る こ と を 示 す 。

    2. 球 面 上 の 構 造 の 解 析

    図 1 は よ く ミ セ ル の 研 究 で 用 い ら れ る イ オ ン

    性 の sodium dodecyl sulfate (SDS)お よ び 非 イ オ

    ン 性 の octaethyleneglycol monododecyl ether

    (C12E8))ミ セ ル の MD 計 算 で 得 ら れ た 疎 水 コ ア を

    描 い た も の で あ る が 、 い ず れ も か な り 球 形 に 近 い 。

    ま た SDS の 親 水 基 中 の 硫 黄 原 子 や 、 C12E8 の 親 水

    基 の 最 も ア ル キ ル 鎖 寄 り の 酸 素 原 子 は 、 疎 水 コ ア

    の 表 面 に 局 在 化 し て い る 。 こ れ よ り 、 ミ セ ル 表 面

    の 親 水 基 の 密 度 揺 ら ぎ を 解 析 す る と き に は 、 こ れ

    ら の 原 子 を 対 象 と す れ ば よ い こ と が わ か る 。

    2.1 自 由 度 の 分 離

    こ れ ら の 対 象 原 子 は 、 並 進 お よ び 回 転 拡 散 す る

    ミ セ ル の 表 面 近 傍 に 局 在 し つ つ 、 そ の 表 面 側 方 向

    に 拡 散 し て い る 。 つ ま り 、 対 象 原 子 の 変 位 は 、 ①

    ミ セ ル 全 体 の 並 進 運 動 に 伴 う 変 位 、 ② ミ セ ル 全 体

    の 回 転 運 動 に 伴 う 変 位 、 ③ ミ セ ル 表 面 側 方 向 の 変

    位 、 お よ び ④ ミ セ ル の 動 径 方 向 の 変 位 が 合 わ さ っ

    た も の で あ る 。 変 位 の ① ~④ へ の 分 離 の 詳 細 は 文

    献 [12]に ゆ ず る と し 、 こ こ で は 簡 単 に 分 離 法 の 概

    要 だ け を 述 べ て お く 。

    は じ め に 、 2 つ の 座 標 系 を 導 入 す る 。 一 つ は 空

    間 に 固 定 さ れ た 実 験 室 座 標 系 、 も う 一 つ は ミ セ ル

    重 心 に 原 点 を 置 き ミ セ ル 全 体 の 回 転 と 一 緒 に 回

    転 す る ミ セ ル 座 標 系 で あ る 。 ミ セ ル 重 心 か ら 対 象

    原 子 i ま で の 動 径 距 離 を ir と す る と 、 こ の ir を 全 分

    子 お よ び 全 軌 跡 に つ い て 平 均 し た も の が 平 均 半

    径 R で あ る 。 ミ セ ル 重 心 か ら 対 象 原 子 i へ の 単 位

    方 向 ベ ク ト ル を iΩ と す る 。

    対 象 原 子 i の 変 位 の う ち 、 ① ミ セ ル 全 体 の 並 進

    運 動 に よ る 寄 与 は 、 実 験 室 座 標 系 に お け る ミ セ ル

    重 心 の 軌 跡 か ら 求 ま る 。 次 に 、 ① の 寄 与 を 除 い た

    変 位 か ら ② ミ セ ル 全 体 の 回 転 に よ る 対 象 原 子 i の

    変 位 を 抽 出 す る 。 こ れ は (i)短 い 時 間 間 隔 に お け る

    対 象 原 子 i の iΩ の 変 化 を 与 え る 回 転 ベ ク ト ル を

    ま ず 求 め る 。 (ii)全 対 象 原 子 の 回 転 ベ ク ト ル を 平 均

    す る 。 こ れ を ミ セ ル 全 体 の 回 転 ベ ク ト ル と す る 。

    (iii) ミ セ ル 全 体 の 回 転 ベ ク ト ル と iΩ と の ベ ク ト

    ル 積 か ら 対 象 原 子 i の 変 位 を 求 め る 。 ③ ミ セ ル 座

    標 系 上 に お け る ミ セ ル 表 面 側 方 向 の 変 位 は 、 前 述

    の (i)か ら (ii)を 引 い て 得 ら れ る 回 転 ベ ク ト ル の 差

    を 用 い て 求 ま る 。 こ の 回 転 ベ ク ト ル の 差 と iΩ と

    の ベ ク ト ル 積 か ら ミ セ ル 座 標 上 の 変 位 が 求 ま る 。

    最 後 に ④ ミ セ ル 動 径 方 向 の 変 位 は i ir r R で

    あ る 。

    2.2 関 数 の 定 義

    2.2.1 側 方 向 の 静 的 構 造

    前 節 の ③ で 得 ら れ た ト ラ ジ ェ ク ト リ ー を 用 い

    て 、 ミ セ ル 表 面 の 構 造 解 析 を 行 う 。

    通 常 の 3 次 元 流 体 で は 、 直 交 座 標 , y, zxr を

    用 い て 流 体 の 数 密 度 r を 定 義 し 、 動 径 分 布 関

    数 や 静 的 構 造 因 子 は こ の r を 用 い て 定 義 す る

    [10]。 一 方 、 球 面 上 の 流 体 の 密 度 揺 ら ぎ を 解 析 す

    る た め に 、 こ こ で 新 た に 角 度 を 用 い た 関 数 を 定 義

    す る 。

    図 1. 会 合 数 N=60 の SDS ミ セ ル ( 左 図 ) およ び N=100 の C12E8 ミ セ ル ( 右 図 ) の ス ナ ップ シ ョ ッ ト . 疎 水 コ ア の 炭 素 : 水 色 、 水 素 : 白 .SDS の 硫 黄 : 黄 、 C12E8 の 疎 水 基 に 隣 接 す る 酸素 : 赤 . 文 献 [12]よ り 引 用 .

  • 溶液化学研究会ニュース No.72, 2019

    ミ セ ル 表 面 上 に N

    個 の 対 象 原 子 が あ る

    と し よ う 。 対 象 原 子 i

    が 球 の 中 心 か ら 天 頂

    角 i お よ び 方 位 角 i

    の ,i i i Ω の 方 向

    に あ る と き ( 図 2 ) 、

    球 面 上 の 点 , Ω

    に お け る 数 密 度 は

    1

    ( ) ( )N

    ii

    Ω Ω Ω (1)

    で 与 え ら れ る 。 こ こ で 、 ( ) Ω は Dirac の デ ル タ

    関 数 で あ る 。 Legendre 陪 関 数 (cos )mnP を 用 い る

    と 球 面 空 間 の 直 交 関 数 で あ る 球 面 調 和 関 数 は

    2 1 ( )!( ) (cos )

    4 ( )!imm m

    n n

    n n meY P

    n m

    Ω (2)

    で 定 義 さ れ る [14]。 任 意 の Ω の 関 数 は 、 ( )mnY Ω に

    よ る 級 数 展 開 (Laplace 展 開 )を 用 い て 表 現 で き る

    の で 、 球 面 上 の 対 象 原 子 の 数 密 度 は

    0

    ( ) ( )n

    m mnn

    n m n

    Y

    Ω Ω (3)

    と 表 せ る 。 こ こ で 展 開 係 数mn は

    * *

    1

    ( ) ( ) ( )N

    m m mn n in

    i

    d Y Y

    Ω Ω Ω Ω (4)

    で 求 ま る 。 な お 、 式 (4) の 変 換 に よ っ て 変 数 は

    , Ω か ら n お よ び m に な っ た 。 こ れ は

    Fourier 変 換 に よ っ て 変 数 が 実 空 間 ベ ク ト ル r か

    ら 波 数 ベ ク ト ル k へ と 変 わ る の と 同 様 で あ る 。

    通 常 の 液 体 論 で の 静 的 構 造 因 子 と S k 同 様 に 、

    球 面 上 の 静 的 構 造 因 子 はmn を 用 い て 、

    *

    *

    1 1

    4

    4( ) ( )

    m mmn n n

    N Nm mn n j

    i j

    SN

    Y YN

    iΩ Ω (5)

    と 定 義 で き る 。 こ こ で 、 * は 複 素 共 役 を 表 わ す 。

    等 方 的 な 3 次 元 流 体 で は S k は k k と な る 波

    数 ベ ク ト ル に つ い て 平 均 化 で き る が 、 こ こ で も 同

    様 に mnS も n m n の m に つ い て 平 均 化 で き 、

    球 面 調 和 関 数 の 加 法 定 理 [14]

    *12 1 2

    4(cos ) ( ) ( )

    2 1

    nm mn nn

    m n

    P Y Yn

    Ω Ω Ω (6)

    を 利 用 す る と 、 パ ラ メ ー タ が n だ け の 平 均 化 さ れ

    た 球 面 上 の 静 的 構 造 因 子 は

    1 1

    1 1cos

    2 1

    n N Nm

    n n n ijm n i j

    S PSn N

    Ω (7)

    と な る 。 こ こ で 12 Ω は 球 面 上 の 1Ω と 2Ω の 2 点 が

    球 の 中 心 に 作 る 角 度 で あ る 。 nS は 球 面 上 に お い

    て 周 期 2 R n の 周 期 構 造 が ど の 程 度 多 く 含 ま れ

    て い る か を 示 す も の で あ り ( 図 3) 、 ミ セ ル 表 面 上

    で 対 象 原 子 が 作 り だ す 集 団 構 造 を 解 析 す る の に

    適 し た 関 数 で あ る 。

    2.2.2 側 方 向 の 動 的 構 造

    密 度 揺 ら ぎ の 動 的 変 化 の 解 析 に はmn の 時 間 変

    化 で あ る mn t を 用 い る と よ い 。 こ れ を 用 い た 球

    面 上 の 中 間 散 乱 関 数 は

    *

    *

    1 1

    4( ) ( ) (0)

    4( ( )) ( (0))

    m mmn n n

    N Nm mn i n j

    i j

    t tFN

    tY YN

    Ω Ω (8)

    で 定 義 で き る 。 式 (8)

    は 、 右 辺 2 段 目 の 二 重

    和 の i j の 項 か ら な

    る self part, s mnF t ,

    と そ れ 以 外 の 項 か ら

    な る distinct part,

    d mnF t , に 分 け ら れ

    る 。 こ れ ら mnF t 、 s mnF t お よ び

    図 2. 球 座 標 系 [12].

    図 3. Sn の 周 期 構 造 . n=3の 場 合 の 密 度 の 粗 密 . 対象 中 に 破 線 の よ う な 構造 が あ る と S3 の 値 が 大き く な る .

  • 溶液化学研究会ニュース No.72, 2019

    d mnF t は そ れ ぞ れ 式 (6)の 加 法 定 理 を 用 い て m

    に つ い て 式 (7)と 同 様 に 平 均 化 で き る 。

    2.2.3 側 方 拡 散

    対 象 原 子 の 球 面 側 方 向 へ の 自 己 拡 散 を 見 る に

    は 式 (8)の self part を 平 均 化 し 1n と し た

    s11

    1cos

    N

    ii

    t tFN

    (9)

    を 用 い る と 良 い 。 こ こ で i t は 時 間 間 隔 t の 間 の

    側 方 拡 散 に よ っ て 対 象 原 子 i が ミ セ ル 重 心 に 作 る

    角 度 で あ る 。 拡 散 係 数 LD の 対 象 原 子 の 球 面 上 の

    拡 散 に 伴 う 確 率 密 度 の 時 間 発 展 は 、 球 面 上 の 拡 散

    方 程 式 を 解 い て 得 ら れ る 。 こ の 解 を 用 い る と 式 (9)

    s L

    1 2

    2DF t t

    Rexp

    (10)

    と な る 。 こ れ を 用 い て LD が 求 め ら れ る 。

    2.3.4 膨 張 収 縮 と 変 形

    熱 揺 ら ぎ に よ っ て ミ セ ル の 形 状 は 時 々 刻 々 変

    化 す る 。 こ の 形 状 を よ り シ ン プ ル な 種 々 の 形 状 の

    重 ね 合 わ せ と み な し 、 そ れ ら に 分 解 す る 。 こ れ に

    よ り ミ セ ル の 特 徴 的 な 形 状 を 抽 出 で き る 。

    ま ず 、 ミ セ ル 表 面 の 凹 凸 を 、 方 向 Ω に 依 存 し て

    変 化 す る 半 径 で 表 す 。 対 象 原 子 i が 方 向 iΩ に お い

    て i ir r R だ け ズ レ て い る 場 合 、 半 径 平 均 か ら

    の ズ レ は

    1

    N

    i ii

    r

    Ω Ω Ω (11)

    と な る 。 こ の Ω を Laplace 展 開 す る と 、 そ

    の 展 開 係 数 は 、 式 (4)と 同 様 に 、

    *1

    Nm ml i l i

    i

    rY

    Ω (12)

    で 与 え ら れ る 。 こ れ を 用 い て ミ セ ル 表 面 の 凹 凸 の

    相 関 関 数 は 、 式 (7)と 同 様 に 平 均 化 す る と

    1 1

    1cos

    N N

    n i j n iji j

    B r r PN

    Ω (13)

    と な る 。 こ の 関 数 は 図 4 に 示 す よ う に 0n で ミ

    セ ル の 膨 張 収 縮 運 動 、 1n で 変 形 運 動 を 表 わ す 。

    さ ら に そ の 時 間 相 関 関 数 は

    1 1

    10 cos

    N N

    n i j n iji j

    B t r t r P tN

    Ω

    (14)

    と 定 義 で き る 。 こ の 関 数 の 緩 和 挙 動 か ら ミ セ ル 形

    状 の 相 関 を 失 う 緩 和 時 間 を 評 価 で き る 。

    3. MD 計 算 に よ る ミ セ ル の 構 造 解 析

    SDS と C12E8 の ミ セ ル に つ い て の MD 計 算 を

    行 い 、 得 ら れ た ト ラ ジ ェ ク ト リ ー を 用 い て 前 節 で

    示 し た 構 造 解 析 を 行 っ た 。 SDS お よ び C12E8 ミ セ

    ル の 実 験 的 に 安 定 な 会 合 数 は そ れ ぞ れ 60 お よ び

    100 で あ る 。 こ れ ら の 会 合 数 の MD 計 算 を 、 温 度

    T = 300 K、 圧 力 P = 1 atm と な る よ う に 制 御 し

    図 4 . ミ セ ル の (a)breathing モ ー ド と

    (b)deforming モ ー ド . 文 献 [12]よ り 引 用 .

    n = 0 n = 1 n = 2

    図 5. N=40, 60, 80, 100, 120 の SDS ミ セ ル お よび N=100 の C12E8 ミ セ ル の 球 面 静 的 構 造 因 子 .文 献 [11]よ り 引 用 .

  • 溶液化学研究会ニュース No.72, 2019

    た NPT ア ン サ ン ブ ル に て 実 施 し た 。 ま た 、 ミ セ

    ル 表 面 構 造 の 会 合 数 依 存 性 を み る た め に SDS に

    つ い て 会 合 数 40、 80、 100、 120 の MD 計 算 も 合

    わ せ て 行 っ た 。

    3.1 球 面 静 的 構 造 因 子

    図 5 に SDS お よ び C12E8 そ れ ぞ れ の ミ セ ル に

    つ い て MD 計 算 よ り 得 ら れ た 球 面 静 的 構 造 因 子

    nS を 示 す 。 ま ず 、 小 さ な n に お い て nS が 有 限 の

    値 を 示 し て い る 。 こ れ は 、 ミ セ ル 表 面 に 親 水 基 が

    集 ま っ た 領 域 、 あ る い は 疎 水 基 が 露 出 し た 領 域 が

    存 在 し 、 大 規 模 な 密 度 揺 ら ぎ が 生 じ て い る こ と を

    示 し て い る 。 こ の よ う な 疎 水 基 が 大 き く 露 出 し た

    領 域 に 疎 水 的 な 分 子 が 近 づ く と 、 引 力 的 な 疎 水 性

    相 互 作 用 に よ り 容 易 に 可 溶 化 が 生 じ る で あ ろ う 。

    さ ら に は 他 の 界 面 活 性 剤 分 子 や ミ セ ル と も 速 や

    か に 結 合 し 、 頻 繁 に 会 合 数 が 変 化 す る と 考 え ら れ

    る 。 こ の よ う に 、 nS に よ っ て 明 ら か に さ れ る 密

    度 揺 ら ぎ に よ り 、 可 溶 化 や ミ セ ル 生 成 に 関 す る 知

    見 が 得 ら れ る 。

    ま た 、 nS か ら は 表 面 側 方 向 の 柔 ら か さ を 表 わ

    す 等 温 面 積 圧 縮 率0

    B

    AT

    s

    k T

    が 計 算 で き る 。 こ

    こ で Bk は Boltzmann 定 数 で あ る 。 3S を 用 い て 近

    似 的 に 計 算 し た N = 60 の SDS ミ セ ル のAT は 70

    m2/J で あ っ た が 、 こ れ は 典 型 的 な 脂 質 膜 の 値 (3~4

    m2/J)[15]の 数 十 倍 大 き な 値 と な っ た 。 こ の よ う な

    大 き なAT は 、 脂 質 膜 に 比 べ て ミ セ ル の 方 が 親 水

    基 の 表 面 被 覆 率 が 低 い こ と が 関 係 し て い る と 思

    わ れ る 。 通 常 の 流 体 の 場 合 、 密 度 が 液 体 よ り 低 い

    臨 界 点 近 傍 の 流 体 は 大 き な 等 温 圧 縮 率 を 示 す が 、

    ミ セ ル 表 面 に お い て も 低 い 被 覆 率 に よ る 臨 界 挙

    動 に 類 似 し た 現 象 が 生 じ て い る の か も し れ な い 。

    3.2 球 面 中 間 散 乱 関 数

    次 に 、 ミ セ ル 表 面 で の 親 水 基 の 密 度 揺 ら ぎ の ダ

    イ ナ ミ ク ス を 見 て み る 。 図 6 に 換 算 さ れ た 球 面 中

    間 散 乱 関 数 0n nF t F の 対 数 プ ロ ッ ト で 示 す 。

    い ず れ の ミ セ ル に つ い て も ln 0n nF t F ) は

    時 間 に 対 し て 直 線 的 に 単 調 に 減 衰 し て い る 。 通 常

    の 液 体 で は フ ォ ノ ン モ ー ド の ピ ー ク が 0t で 見

    ら れ る が 、 こ こ で は 見 ら れ な か っ た 。 臨 界 点 近 く

    の 流 体 で は 、 こ の ピ ー ク が 消 滅 す る ( 音 が 伝 搬 し

    な い ) が 、 こ こ で も 同 様 の 挙 動 が 観 測 さ れ 、 ミ ダ

    イ ナ ミ ク ス に お い て も 臨 界 点 近 傍 流 体 と 類 似 し

    た 特 徴 が 示 さ れ た 。

    0

    0n n nF t F dt

    に よ り 、 n で 表 さ れ る 構 造 の

    緩 和 時 間 を 評 価 し た 。 得 ら れ た n を 図 7 に 示 す 。

    図 7. 緩 和 時 間 n の n 依 存 性 . プ ロ ッ ト の 色 は図 5 と 同 じ . 文 献 [11]よ り 引 用 .

    図 6. SDS お よ び C12E8 ミ セ ル の n=5, 10,15, 20に お け る 球 面 中 間 散 乱 関 数 . プ ロ ッ ト の 色 は図 5 と 同 じ . 文 献 [11]よ り 引 用 .

  • 溶液化学研究会ニュース No.72, 2019

    n は n に 対 し て 単 調 に 減 衰 し て お り 、 20n に お

    い て お お む ね2

    n n で あ っ た 。 こ れ は 通 常 の 流

    体 で も よ く 成 り 立 つ hydrodynamic 近 似 が 、 次 元

    が 異 な る ミ セ ル 表 面 で も 良 く 成 り 立 つ こ と を 示

    し て い る 。 な お 、 20n に お い て は 、 勾 配 が 少 し

    急 に な っ て い る 。 こ の 領 域 は 、 隣 接 親 水 基 間 距 離

    よ り も 短 い 距 離 に 相 当 し 、 構 造 緩 和 の メ カ ニ ズ ム

    が 異 な る と 考 え ら れ る 。

    ま た 、 通 常 の 流 体 で は S k の 第 一 ピ ー ク を 与

    え る maxk で k に 極 大 が 見 ら れ る 。 こ の de Gennes

    narrowing と 呼 ば れ る 隣 接 分 子 間 の 強 い 相 関 に

    よ る 緩 和 時 間 が 長 く な る 現 象 が n に お い て は 全

    く 見 ら れ な か っ た 。 こ れ は 親 水 基 同 士 の 相 関 が 弱

    い こ と を 間 接 的 に 示 す も の で あ ろ う 。 こ れ は nS の

    第 一 ピ ー ク が 1.1~ 1.2 程 度 と 低 く 隣 接 分 子 間 の

    相 関 が 弱 い い こ と と も つ じ つ ま が 合 う 。

    3.3 ミ セ ル の 膨 張 収 縮 ・ 変 形

    図 8 に N = 60(黒 )と 100(青 )の SDS、 お よ び

    N=100 の C12E8 ミ セ ル の nB を 示 す 。 い ず れ の ミ

    セ ル に つ い て も に 2n に ピ ー ク が 見 ら れ る 。 図 4

    に 示 し た よ う に 、 こ れ は 平 べ っ た い 扁 球 や 細 長 い

    長 球 と い っ た 楕 円 体 に 相 当 す る 。 本 来 、 球 状 ミ セ

    ル は 界 面 張 力 を 最 小 と す る た め 球 形 と な る べ き

    で あ る が 、 N の 増 加 と と も に 、 疎 水 コ ア の 球 状 の

    パ ッ キ ン グ が 困 難 と な り 、 楕 円 体 の 強 度 が 増 加 す

    る 様 子 が う か が え る 。 ま た 、 3 5n に も 分 布 が

    見 ら れ 、 ミ セ ル が 様 々 な 形 状 の 重 ね 合 わ せ と し て

    分 布 し て い る 様 子 が 明 ら か に な っ た 。

    ミ セ ル コ ア の 半 径 の 分 散2R を 用 い て ミ セ ル

    コ ア の 体 積 の 分 散 は 22 2 24V R R で 評 価 で

    き る 。2R は 式 (7)の 0n の 0B と

    20R B N の

    関 係 に あ る 。 ま た 、 体 積 の 分 散 は 等 温 圧 縮 率 T と2

    B TV V k T と い う 関 係 が あ る 。 こ れ ら よ り 、

    0

    B

    12T

    RB

    Nk T

    と い う 関 係 が 得 ら れ る 。 N = 60 の

    SDS と N = 100 の C12E8 で は 、 こ の 値 は 5.8 お よ

    び 6.3 (GPa)-1 と な っ た 。 こ れ は TIP4P モ デ ル の

    水 の 0.59 (GPa)-1 と 比 べ て 約 10 倍 大 き な 値 で あ

    っ た 。 n-dodecane の 1.0 (GPa)-1 と 比 べ て も 6 倍

    程 度 で あ る 。 こ の 大 き な 圧 縮 率 は 、 ミ セ ル の 動 径

    密 度 プ ロ フ ィ ー ル [6]で 見 ら れ る ミ セ ル 中 心 の 低

    密 度 領 域 や 疎 水 コ ア 部 の か さ ば っ た 構 造 に よ る

    と 考 え ら れ る 。 こ れ に よ り 、 水 や 油 よ り 柔 ら か な

    構 造 が 生 じ て い る の だ ろ う 。

    4. NMR 測 定 に よ る ベ シ ク ル 上 の 脂 質 の 側 方 拡 散

    球 面 上 の 分 子 の 側 方 拡 散 の 実 測 例 と し て 、 脂 質

    分 子 DPPC か ら な る 直 径 800nm の 球 形 の 脂 質 ベ

    シ ク ル 上 に お け る DPPC 分 子 の 側 方 拡 散 係 数 の

    図 8. nB の nB 依 存 性 . SDS ミ セ ル の N=60( 黒 ) お よ び 100( 青 ) . C12E8 ミ セ ル の N=100( 赤 ) . 文 献 [12]よ り 引 用 .

    図 9. DT, DROT で 並 進 、 回 転 拡 散 す る ベ シ クル 上 で 脂 質 分 子 が DL で 側 方 拡 散 す る 様 子 . 文献 [13]よ り 引 用 .

  • 溶液化学研究会ニュース No.72, 2019

    パ ル ス 磁 場 勾 配 NMR に よ る 測 定 結 果 を 示 す 。

    時 間 間 隔 t の 間 に 実 測 さ れ る 脂 質 分 子 の 変 位 は 、

    前 述 の よ う に 、 ベ シ ク ル 自 体 の 並 進 運 動 に よ る 変

    位 と 、 ベ シ ク ル 自 体 の 回 転 運 動 に よ る 変 位 、 お よ

    び ベ シ ク ル 上 で の 側 方 拡 散 に よ る 変 位 の 和 で あ

    る 。 し た が っ て 、 分 子 の 平 均 二 乗 変 位 は 、 そ れ ぞ

    れ の 平 均 二 乗 変 位 の 和 と な る 。 交 差 項 は 寄 与 し な

    い 。 こ の と き 、 見 か け の 拡 散 係 数effD は 、 ベ シ ク

    ル 自 体 の 並 進 拡 散 係 数 TD お よ び 回 転 拡 散 係 数

    effROTD 、 お よ び 側 方 拡 散 係 数

    effLD か ら な り 、

    eff eff effT L ROT

    2ROTL

    T 2 2

    222 11 exp exp

    3 2

    D D D D

    D tD tRD

    t R R

    (15)

    で 与 え ら れ る 。 こ こ で effLD やeffROTD は 、 右 辺 第 二

    式 の 第 二 項 に あ る よ う に 、 真 の 側 方 拡 散 係 数 LD

    お よ び ミ セ ル 全 体 の 回 転 拡 散 係 数 ROTD に よ っ て

    表 せ 、 測 定 時 間 t と と も に 変 化 す る 。

    こ れ は 、 図 9 に あ る よ う に 、 短 時 間 領 域 で は 素

    速 い 側 方 拡 散 が 支 配 的 で あ り 大 き な 拡 散 係 数 を

    示 す 。 し か し な が ら 、 ベ シ ク ル 上 し か 拡 散 で き な

    い 制 限 拡 散 で あ る た め 、 こ の 寄 与 は 時 間 と と も に

    指 数 関 数 的 に 減 衰 し て し ま う 。 一 方 、 ベ シ ク ル 全

    体 の 並 進 拡 散 自 体 は 遅 い も の の 、 空 間 的 制 限 が な

    い た め 時 間 に 依 存 し な い 。 よ っ て 、 長 時 間 領 域 で

    は 並 進 拡 散 係 数 の み が 残 る 。 図 10 の よ う に 、 式

    (15)を 実 測 デ ー タ に フ ィ ッ ト さ せ る こ と に よ っ て

    得 ら れ た LD は 1.5× 10-11 m2/s で あ り 、 SDS や

    C12E8 ミ セ ル に つ い て 式 (10)を 用 い て 求 め た そ れ

    ぞ れ の 拡 散 係 数 2.6× 10-10 m2/s や 1.4× 10-10 m2/s

    と お お よ そ 一 桁 異 な る 結 果 が 得 ら れ た 。

    5. ま と め と 展 望

    球 状 の ミ セ ル や ベ シ ク ル の 表 面 上 で の 界 面 活

    性 剤 分 子 や 脂 質 分 子 の 作 り 出 す 構 造 や ダ イ ナ ミ

    ク ス を 液 体 論 的 手 法 に よ っ て 解 析 を 行 う た め に 、

    球 座 標 に 基 づ く 新 し い 統 計 力 学 関 数 を 定 義 し た 。

    球 面 構 造 因 子 nS か ら は 、 ミ セ ル 表 面 に 大 き な 密

    度 揺 ら ぎ が 生 じ て お り 、 ミ セ ル 表 面 の 面 積 圧 縮 率

    が 脂 質 膜 の そ れ よ り 数 十 倍 大 き く 、 側 方 向 に 柔 軟

    な 構 造 と な っ て い る こ と が 明 ら か と な っ た 。 ま た 、

    球 面 中 間 散 乱 関 数 か ら は 、 フ ォ ノ ン モ ー ド が 存 在

    し な い こ と が わ か っ た 。 こ れ ら の 流 体 挙 動 は 、 通

    常 の 流 体 の 臨 界 点 付 近 の そ れ と 類 似 し た も の で

    あ る 。 ミ セ ル 表 面 に お い て も 臨 界 挙 動 に 類 似 し た

    現 象 が 生 じ て い る こ と を 示 唆 す る 。

    一 方 、 ミ セ ル の 動 径 方 向 の 変 化 、 膨 張 収 縮 や 変

    形 と い っ た 形 状 の 揺 ら ぎ の 解 析 か ら は 、 ミ セ ル は

    種 々 の シ ン プ ル な 構 造 の 重 ね 合 わ せ と し て 表 現

    可 能 で あ る が 、 特 に 偏 平 な あ る い は 細 長 い 楕 円 体

    が SDS お よ び C12E8 ミ セ ル の 両 方 の 主 構 造 で あ

    る こ と が 明 確 に 示 さ れ た 。

    一 般 に 、 中 性 子 お よ び X 線 散 乱 の 解 析 す る 際 に 、

    ミ セ ル は あ る 1 つ の 楕 円 体 で あ る と 仮 定 す る 。 こ

    れ に 対 し 、 こ こ で は ミ セ ル の 形 状 を 平 均 と し て で

    は な く 、 様 々 な 形 状 の 重 ね 合 わ せ と し て 捉 え る と

    い う 新 し い 試 み を 示 し た 。

    ま た 、 パ ル ス 磁 場 勾 配 NMR 測 定 に よ っ て 得 ら 図 10. 有 効 拡 散 係 数 の 拡 散 時 間 依 存 性 。実 験 結 果 を ● で 示 す 。 実 線 は 式 (15)の フ ィッ テ ィ ン グ 結 果 . 文 献 [13]よ り 引 用 .

  • 溶液化学研究会ニュース No.72, 2019

    れ た 球 状 ベ シ ク ル の 脂 質 分 子 の 拡 散 係 数 を 、 ベ シ

    ク ル 自 体 の 並 進 拡 散 係 数 、 回 転 拡 散 係 数 と ベ シ ク

    ル 上 の 脂 質 分 子 の 側 方 拡 散 係 数 に 分 離 す る 方 法

    を 提 案 し た 。 こ れ は NMR 測 定 に お け る 拡 散 時 間

    を 変 化 さ せ る こ と に よ り 、 3 つ の 拡 散 係 数 の 混 合

    の 割 合 が 変 化 し 、 見 か け の 拡 散 係 数 が 変 動 す る こ

    と を 利 用 し た も の で あ る 。 こ れ に よ り 膜 内 の 流 動

    性 を 反 映 す る 側 方 拡 散 係 数 の み を 抽 出 す る こ と

    が 初 め て 可 能 と な っ た 。

    本 解 説 に て 示 し た 新 し い 統 計 力 学 関 数 は 、 球 状

    の ミ セ ル や ベ シ ク ル に 有 効 で あ る こ と を 示 し た 。

    こ れ ら の 関 数 は 、 コ ロ イ ド 、 ウ イ ル ス キ ャ プ シ ド

    な ど の 球 状 ま た は 球 状 に 近 い 物 質 に も 適 用 可 能

    で あ る 。 そ れ ら の 本 質 的 な 物 理 化 学 的 性 質 を 抽 出

    す る の に 有 効 で あ ろ う 。 さ ら に は 、 こ の 枠 組 み を

    用 い て 、 他 の 対 称 性 を 有 す る 対 象 に 対 し て も 適 切

    な 座 標 系 や 直 交 関 数 を 用 い る こ と に よ り 、 同 様 に

    解 析 す る こ と が 可 能 で あ る 。 こ れ に よ り 、 今 後 、

    次 元 や 対 称 性 を 超 え て 流 体 を 統 一 的 に 取 り 扱 え

    る も の と 期 待 す る 。

    謝 辞

    本 研 究 は 、 MD 計 算 に よ る 研 究 に 関 し て は 、 名 古

    屋 大 学 岡 崎 進 教 授 、 藤 本 和 士 助 教 、 二 村 佑 樹

    氏 、 お よ び Lin Wang 氏 ( 現 東 北 大 助 教 ) 、 ま た

    NMR 測 定 に よ る 研 究 に 関 し て は 、 姫 路 獨 協 大 学

    岡 村 恵 美 子 教 授 、 榎 本 朋 美 氏 と の 共 同 研 究 に よ

    る 成 果 で あ る 。 こ こ に 改 め て 感 謝 申 し 上 げ る 。

    参 考 文 献

    [1] S. Puvvada, D. Blankschtein, J. Chem.

    Phys., 92, 3710 (1990).

    [2] P. S. Christopher, D. W. Oxtoby, J. Chem.

    Phys., 118, 5665 (2003).

    [3] E. L. Elson, E. Fried, J. E. Dolbow, G. M.

    Genin, Annu. Rev. Biophys., 39, 207 (2010).

    [4] K. Bernardino, A. F. de Moura, J. Phys.

    Chem., B117, 7324 (2013).

    [5] R. Pool, P. G. Bolhuis, J. Chem. Phys.,126,

    244703 (2007).

    [6] N. Yoshii, S. Okazaki, Chem. Phys. Lett.,

    425, 58 (2006).

    [7] N. Yoshii, S. Okazaki, Condens. Matter

    Phys., 10, 573 (2007).

    [8] N. Yoshii, S. Okazaki, J. Chem. Phys., 126,

    096101 (2007).

    [9] D. H. Everett, Basic Principles of Colloid

    Science (The Royal Society of Chemistry,

    London, 1988).

    [10] J. P. Hansen and I. R. McDonald, Theory of

    Simple Liquids, 2nd ed. (Academic Press,

    London, 1990).

    [11] N. Yoshii, Y. Nimura, K. Fujimoto, S.

    Okazaki, J. Chem. Phys., 147, 034906 (2017).

    [12] L. Wang, K. Fujimoto, N. Yoshii, S.

    Okazaki, J. Chem. Phys., 144, 034903 (2016).

    [13] N. Yoshii, T. Emoto, and E. Okamura,

    Colloids Surf., B 106, 22 (2013).

    [14] G. B. Arfken and H. J. Weber,

    Mathematical Methods for Physicists

    (Academic Press, New York, 1995).

    [15] Y. Andoh, S. Okazaki, and R. Ueoka,

    Biochim. Biophys. Acta, 1828, 1259 (2013).

  • 溶液化学研究会ニュース No. 72, 2019

    <トピックス>

    リチウムイオン電池用超濃厚電解液の溶液構造と電気化学特性

    山口大学大学院創成科学研究科 澤山沙希, 藤井健太

    リチウムイオン電池用電解液の研究・開発分野において、リチウム塩の濃度を極限まで高めた「超

    濃厚電解液」が、従来型カーボネート系電解液に代わる新規電解液材料として注目を集めている。

    この超濃厚電解液は、リチウム塩を高濃度化するという単純操作のみで実効電位窓を大幅に拡張で

    き、溶媒選択の制限を取り払うことができる等、一般的な有機電解液にはない特長が次々と報告さ

    れているが、そのデバイス性能設計は既存の電気化学研究の枠組みに留まっているが現状である。

    本稿では、「超濃厚電解液の溶液化学」に焦点を当てた最近の研究例について紹介する。

    1.はじめに

    Liイオン二次電池(LIB)に代表される蓄電デ

    バイスを構成する基本材料は電極と電解質であ

    り、その主役は電極(活物質の化学)である。電

    極材料の開発は基礎・応用の両面で急速に進展し

    ており、その機能や反応機構は年々、多様化(複

    雑化)してきている。これに伴い、電解質(電解

    液)材料にも機能面での多様性や安全性が要求さ

    れており、実際の反応場となる電極/電解液界面の

    設計に加えて、溶液化学に裏打ちされた「バルク

    電解液」の組成最適化や機能制御に関する分子レ

    ベル研究が重要視されてきている。

    これまでの Li イオン電池用電解液の設計指針

    は、主に 3要素(Li 塩、有機溶媒、助剤)の種

    類や混合組成を試行錯誤的に調節し、イオン伝

    導度や粘度等の溶液物性、実効電位窓(電気化

    学的安定性)や充放電特性を実験的に評価する

    ことで行われてきた。結果として、環状および

    鎖状カーボネートの混合溶媒に LiPF6塩を 1 M

    程度(便宜上、本稿では”希薄系電解液”とする)

    で溶解した有機電解液が商用電解液として確

    立されている[1, 2]。最近、高濃度の Li 塩を溶

    解した「超濃厚電解液」が新しい設計概念に基

    づく実用レベルの電解液として注目を集めて

    いる[3-5]。超濃厚電解液の発端は、Watanabe ら

    が報告した Li塩とオリゴエーテル(グライム)

    の当モル混合物であり、一般的には溶媒和イオ

    ン液体として認知されている[6, 7]。グライム

    (溶媒)中に溶解する Li 塩を超高濃度化するこ

    とで電気化学的安定性、特に、酸化安定性が劇

    的に上昇し、適切な正極材料を選択することで

    4V 級 LIB を構築することが可能となる[7]。最

    近では、次世代二次電池として期待を集めるリ

    チウム-硫黄電池の本質的な課題である正極か

    ら電解液への硫黄溶出を抑制する等[8, 9]、デバ

    イス関連分野におけるグライム系濃厚電解液

    の担う役割は大きい。Yamada らは、LiTFSAや

    LiFSA 塩[TFSA: ビス(トリフルオロメタンスル

    ホニル)アミド, FSA: ビス(フルオロスルホニ

    ル)アミド]を汎用的な有機溶媒であるアセトニ

    トリル(AN)に溶解した超濃厚電解液(塩濃

    度: 4 M 以上)が、カーボネート溶媒を使用せず

    とも高電圧作動・高速充放電が可能な新規電解

    液系であることを報告した[10]。この特異性は

    電解液の「溶液構造」と密接に関係しており、

    第一原理計算によると[10, 11]、(1) Li 塩濃度が

    3 ~ 4 Mを超えるとバルクに存在する遊離の溶

    媒分子が消失し、Li イオンに対アニオンが配位

  • 溶液化学研究会ニュース No. 72, 2019

    した特殊なネットワーク構造を形成すること、

    (2) この特殊構造形成は対アニオンのLUMO軌

    道を安定化し、引いては、電気化学的安定性(還

    元安定性)の向上に寄与する。結果として、(3)

    従来必須とされてきたカーボネート溶媒を使

    用すること無く、グラファイト負極に対する可

    逆的な電極反応(Liイオンの挿入・脱離反応)

    が進行する。これは、Li塩を濃厚にするという

    極めて単純な操作のみでLIB電解液の溶媒制限

    が無くなることを意味しており、多種多様な溶

    媒種を電解液の機能制御を担う一成分として

    組み込むことができる点で溶液化学的に特に

    重要な系であると思われる。実際に、水・非水

    溶媒を問わず、様々な溶媒(水、ジメチルカー

    ボネート、プロピレンカーボネート、THF、

    DMSO、DMF、スルフォラン等[12-15])と Li

    塩からなる超濃厚電解液で可逆的な電極反応

    が観測されており、一般性・応用性は極めて高

    い。しかしながら、超濃厚電解液の溶液化学、

    すなわち、溶液中の Liイオン溶媒和やイオン対

    形成、輸送特性などの構造・ダイナミクスに関

    する分子レベル研究(特に、実験研究)はほと

    んどなく、電解液組成や電池特性の最適化・モ

    デル化を進める上で必要不可欠となる。

    2.超濃厚電解液の精密構造解析:電気化学特性

    との相関

    非水溶媒やイオン液体中における Liイオン溶媒

    和の構造研究は多くの報告例があり、中でも、

    Raman 分光測定による振動スペクトルの定量解

    析(Li塩の濃度依存性を解析)では、Liイオン周

    りの個別溶媒和数を成分別に決定することがで

    きる[16, 17]。著者らは、モデル溶媒としてGuttman

    ドナー数(DN)が比較的大きい N,N -ジメチルホ

    ルムアミド(DMF、 DN = 26.6)を選択し、希薄

    〜超濃厚領域(Li 塩濃度: cLi = 0 ~ 3.2 M)で

    LiTFSA塩を溶解した LiTFSA/DMF電解液系に対

    して Raman スペクトルを測定し、その cLi依存性

    を詳細に解析した[18]。結果として得られた溶媒

    DMFと対アニオンTFSAの個別配位数をFig. 1に

    示す。cLi < 2.0 Mの希薄領域では、Liイオンは溶

    媒成分のみで溶媒和されており、その溶媒和数

    (nDMF)は約 4であった。一方、濃厚領域(cLi >2.0

    M、モル比で LiTFSA:DMF = 1:4に対応)では、

    nDMFが直線的に減少し、代わりに、TFSA アニオ

    ンの配位数が増加していく。これは、LiTFSA:DMF

    = 1:4の濃度を境に、[Li(DMF)4]錯体から混合溶媒

    和錯体[Lin(DMF)m(TFSA)l]への構造変化が起こる

    ことを示唆している。この[Lin(DMF)m(TFSA)l]錯

    体の溶存構造を明らかにすることを目的として、

    放射光 X 線全散乱実験および全原子分子動力学

    (MD)シミュレーションを遂行したところ、(1) 複

    数のLiイオンがTFSAアニオンを経由して秩序化

    したイオン秩序構造(多核錯体)を形成している

    こと(Fig. 2)、(2) この構造秩序性は Li塩濃度に

    依存しており、濃度増加とともに Liイオンの連結

    数が大きくなることがわかった[19]。このような

    Fig. 1 LiTFSA/DMF 電解液中における個別配位数 [DMF (黒)および TFSA (赤)]の Li塩濃度依存性

  • 溶液化学研究会ニュース No. 72, 2019

    イオン秩序構造は、前述の第一原理計算(DFT-MD

    計算:Li塩 10個・溶媒分子 20個、計算時間 10 ps)

    でも指摘されているが、溶液系におけるイオンの

    平衡構造を決定するという点においては原子数

    規模・シミュレーション時間ともに不足しており、

    本系のようなナノスケール構造体(Liイオン多核

    錯体)の構造研究には放射光 X 線散乱と全原子

    MD(10000原子以上、20 ns以上)を組み合わせ

    た分布関数解析が有効であると考えられる。詳細

    は、文献を参考にされたい[19, 20]。

    このような Liイオンの特殊構造は、電解液の電

    気化学特性、引いては、電池性能に直接影響を及

    ぼす。例えば、LiTFSA/DMF電解液系の電気化学

    的安定性(電位窓、Fig. 3)は、cLiが 2 M以下で

    は約 2.8 V (vs. Li/Li+)に留まるが、2 Mを越え超濃

    厚領域に入ると酸化安定性が 4.8 Vまで拡大する

    [18]。DFT 計算によると、この電気化学的安定性

    の向上は、多核錯体中の溶媒和 DMF 分子の

    HOMOレベルが遊離DMFや単核溶媒和錯体中の

    DMF よりも低いことに起因しており、これらは

    濃厚電解液系に特有な特殊構造形成と電気化学

    特性の相関関係を表す典型例である。また、電解

    液の濃厚化は、溶媒分子や対アニオン(特に、

    TFSAや FSA)の LUMOにも影響を及ぼし、これ

    は負極反応の進行に必須となる不動態皮膜(SEI)

    形成と密接に関係してくる[18, 20, 21]。

    3.今後の課題

    新規な蓄電デバイス用電解液として注目され

    ている「超濃厚電解液」の特徴について概説し、

    その溶液化学的側面について最近の研究成果

    を中心に紹介した。この超濃厚電解液の最大の

    特長は、「溶媒種を選ばず」に充放電可能な電

    解液を与えることにあり、この特長を活かした

    溶液化学主導型の電解液開発の学理構築が急

    務である。超濃厚系の物性・構造を溶媒の個性

    (例えば、溶媒のドナー数・アクセプター数、

    溶媒のサイズや柔軟性など)でモデル化し、Li

    イオンの溶存構造と(電極)反応性の関係性を

    解明していく系統的な研究が求められており、

    蓄電デバイス開発分野において溶液化学の果

    たす役割は小さくないと思われる。

    参考文献

    [1] R. Fong, U. v. Sacken and J. R. Dahn, J.

    Electrochem. Soc., 1990, 137, 2009-2013.

    [2] D. Aurbach, A. Zaban, Y. Ein-Eli and I.

    Weissman, J. Power Sources, 1997, 68, 91-98.

    Fig. 3 LiTFSA/DMF 電解液に対するリニアスイープボルタンメトリー(cLi = 1.0 M, 2.5 M および3.2M)

    Fig. 2 MD シミュレーションにより得られたLiTFSA/DMF超濃厚電解液(cLi = 3.2 M)中におけるイオン秩序構造のスナップショット(Li イオンと TFSAのみを示している)

  • 溶液化学研究会ニュース No. 72, 2019

    [3] Y. Yamada and A. Yamada, J. Electrochem. Soc.,

    2015, 162, A2406-A2423.

    [4] Y. Yamada and A. Yamada, Chem. Lett., 2017, 46,

    1065-1073.

    [5] Y. Yamada, Electrochemistry, 2017, 85, 559-565.

    [6] T. Tamura, K. Yoshida, T. Hachida, M. Tsuchiya,

    M. Nakamura, Y. Kazue, N. Tachikawa, K.

    Dokko and M. Watanabe, Chem. Lett., 2010, 39,

    753-755.

    [7] K. Yoshida, M. Nakamura, Y. Kazue, N.

    Tachikawa, S. Tsuzuki, S. Seki, K. Dokko and M.

    Watanabe, J. Am. Chem. Soc., 2011, 133,

    13121-13129.

    [8] H. Moon, T. Mandai, R. Tatara, K. Ueno, A.

    Yamazaki, K. Yoshida, S. Seki, K. Dokko and M.

    Watanabe, J. Phys. Chem. C, 2015, 119,

    3957-3970.

    [9] S. Zhang, K. Ueno, K. Dokko and M. Watanabe,

    Advanced Energy Materials, 2015, 5, 1500117.

    [10] Y. Yamada, K. Furukawa, K. Sodeyama, K.

    Kikuchi, M. Yaegashi, Y. Tateyama and A.

    Yamada, J. Am. Chem. Soc., 2014, 136,

    5039-5046.

    [11] K. Sodeyama, Y. Yamada, K. Aikawa, A. Yamada

    and Y. Tateyama, J. Phys. Chem. C, 2014, 118,

    14091-14097.

    [12] L. Suo, O. Borodin, T. Gao, M. Olguin, J. Ho, X.

    Fan, C. Luo, C. Wang and K. Xu, Science, 2015,

    350, 938-943.

    [13] M. Nie, D. P. Abraham, D. M. Seo, Y. Chen, A.

    Bose and B. L. Lucht, J. Phys. Chem. C, 2013,

    117, 25381-25389.

    [14] J. Wang, Y. Yamada, K. Sodeyama, C. H. Chiang,

    Y. Tateyama and A. Yamada, Nat. Commun.,

    2016, 7, 12032-12040.

    [15] Y. Yamada, K. Usui, C. H. Chiang, K. Kikuchi, K.

    Furukawa and A. Yamada, ACS Appl. Mater.

    Interfaces, 2014, 6, 10892-10899.

    [16] Y. Umebayashi, T. Mitsugi, S. Fukuda, T.

    Fujimori, K. Fujii, R. Kanzaki, M. Takeuchi and

    S. Ishiguro, J. Phys. Chem. B, 2007, 111,

    13028-13032.

    [17] K. Fujii, H. Hamano, H. Doi, X. Song, S. Tsuzuki,

    K. Hayamizu, S. Seki, Y. Kameda, K. Dokko, M.

    Watanabe and Y. Umebayashi, J. Phys. Chem. C,

    2013, 117, 19314-19324.

    [18] K. Fujii, H. Wakamatsu, Y. Todorov, N.

    Yoshimoto and M. Morita, J. Phys. Chem. C,

    2016, 120, 17196-17204.

    [19] K. Fujii, M. Matsugami, K. Ueno, K. Ohara, M.

    Sogawa, T. Utsunomiya and M. Morita, J. Phys.

    Chem. C, 2017, 121, 22720-22726.

    [20] M. Sogawa, S. Sawayama, J. Han, C. Satou, K.

    Ohara, M. Matsugami, H. Mimura, M. Morita

    and K. Fujii, J. Phys. Chem. C, 2019, 123,

    8699-8708.

    [21] J. Wang, Y. Yamada, K. Sodeyama, E. Watanabe,

    K. Takada, Y. Tateyama and A. Yamada, Nat.

    Energy, 2017, 3, 22-29.

  • 溶液化学研究会ニュース No.72, 2019

    <研究室めぐり東西南北>

    早稲田大学大学院先進理工学研究科 化学・生命

    化学専攻 無機反応化学 石原研究室

    石原浩二、鈴木陽太

    今から 30 年以上前の 1988 年 4 月に、名古屋

    大学理学部化学科から、当時の早稲田大学理工学

    部化学科に移り、研究室が発足しました。2007

    年の4月に理工学部が3学部に分かれるとともに

    生命化学系研究室が3研究室新設され、学科名称

    が化学・生命化学科に変更されました。現在のメ

    ンバーは教授1名、博士課程1名、修士課程7名、

    学部生6名、外国からの科目履修生1名です。他

    に招聘研究員である千葉工業大学の菅谷知明准

    教授が、研究室で定期的に行う実験報告会に参加

    します。

    研究室は自由闊達な雰囲気に満ちており、遂行

    する研究に学生の自主性とアイデアが反映され

    ています。所属する博士課程の学生は、学部生時

    代は溶液中の反応機構の速度論的研究を行って

    いましたが、現在は金属錯体の発光メカニズムの

    解明や化学センサーの分子設計など、無機反応化

    学の対象領域外の研究も自由に積極的に行って

    います。このように当研究室では学生の自主性を

    重んじており、自らのテーマを発展させたいとい

    う意思があれば、領域・分野に拘らずに研究を展

    開できる環境を整えています。そうすることによ

    り、学生の独自の視点が研究に生かされ、思いが

    けない発見があり、“彼らにしかできない独創的

    な研究”へと繋がると考えております。

    図1.石原研究室の集合写真

    1.研究紹介

    当研究室では近年「ボロン酸と糖類の反応のメ

    カニズムに関する速度論的研究」、「溶液内反応論

    に基づくボロン酸型糖化学センサーの設計・開

    発」を精力的に行っています。

    ボロン酸は、複数の水酸基をもつ有機化合物と

    迅速かつ可逆的に反応することが知られており、

    この反応はボロン酸をベースとした糖類のセン

    サーに応用されています。ほとんどのボロン酸型

    センサーは、フェニルボロン酸誘導体であるため、

    「ボロン酸の反応」に関する溶液化学的研究は、

    センサーの性能の向上に必要不可欠ですが、従来

    のボロン酸型糖定量試薬(糖センサー)の開発では、

    より高感度なセンシング能を持つ発色団の分子

    設計のみに主眼が置かれ、ボロン酸による糖セン

    シングのメカニズムや反応活性種の特定などの

    溶液化学的(分析化学的)基礎研究、すなわち「ボ

    ロン酸の反応そのもの」に関する研究は全く行わ

    れてきませんでした。その主たる理由は、溶液内

    反応・平衡の定量的取扱いの基礎知識の欠如であ

    ることは、この分野の論文を見れば明白です。つ

    まり、金属イオンの溶液内反応・平衡の分野で培

    われてきた普遍的・基礎的な考え方が、化学セン

    サーの分野にはほとんど浸透していません。

    そこで当研究室では、ボロン酸と糖類の反応・

  • 溶液化学研究会ニュース No.72, 2019

    平衡の分析化学的測定と詳細な解析に着手しま

    した。そして、反応速度や条件生成定数の pH依

    存性、さらには緩衝剤濃度への依存性をも詳細に

    解析することにより、溶液内反応の全てを化学的

    に説明できる反応機構の提案、および実証を行っ

    てきました。

    現在、このような溶液内の反応と平衡に関する

    基礎研究の成果を、実際に化学センサーの設計に

    生かし、より高性能な化学センサーを開発すべく、

    基礎研究の継続とその実践的な応用に日々取り

    組んでいます。

    主な研究内容を以下に示します。

    (1)ボロン酸とポリオール類の反応の詳細なメ

    カニズムに関する研究

    (2)ボロン酸部位をもつ発光性金属錯体の合成、

    糖類に対する反応性・応答性の評価

    (1)ボロン酸とポリオール類の反応の詳細なメ

    カニズムに関する研究

    スキーム1.アルカリ性水溶液におけるボロン酸

    と D-フルクトースの反応の詳細な反応機構

    (HA +: pH buffer)

    一例として、ボロン酸型糖センサーの基本骨格

    であるフェニルボロン酸類と D-フルクトースと

    の反応のメカニズムをスキーム1に示します。

    反応速度論的測定と平衡論的測定から、反応活

    性種の特定と反応経路の特定を行い、厳密な解析

    を行うことにより、ボロン酸の反応活性種はボロ

    ン酸とボロン酸イオンであり、また D-フルクトー

    スの反応活性種は種々の異性体の内の-D-フル

    クトフラノースのみであることがわかり、センサ

    ーの反応はスキーム1で示されることがわかり

    ました。

    反応は二段階の逐次反応として進行し、一段目

    はスキーム1に示す三つ併発反応経路を経て進

    行し、緩衝剤が反応に関与していることも分かり

    ました。二段目の反応は exo型生成物から最終生

    成物への分子内反応です。これまで、このように

    ボロン酸と糖類のとの反応のメカニズムを詳細

    に解明した例はなく、本研究が初めての例です[1]。

    現在は、ボロン酸とD-グルコースの反応メカニ

    ズムに関する速度論的研究を行っています。D-

    グルコースはヒト血液中の血糖であり、高機能な

    血糖値診断試薬の開発のためボロン酸の利用が

    期待されてきました。その結果、ボロン酸部位を

    二つ有するジボロン酸化合物が D-グルコースを

    二点で認識し、高選択的な反応性を示すことが明

    らかにされました。この研究を皮切りに、その後

    グルコース認識のためのジボロン酸化合物が多

    く報告されてきましたが、その反応機構に関する

    研究は全く行われていません。このようなジボロ

    ン酸と糖類の反応機構を無機溶液反応の平衡

    論・速度論的なアプローチよって詳細に解明して

    いく研究は、ボロン酸部位の反応性向上のために

    不可欠な研究であり、今後D-グルコース化学セン

    サーの設計に大きなインパクトを与えると考え

    られます。

    (2)ボロン酸部位をもつ発光性金属錯体の合成、

    糖類に対する反応性・応答性の評価

    +

    k1

    k–1

    – H3O+

    +

    k2

    k–2

    – 2H2O

    N+SO3

    -

    H H

    HA+

    , HA+

    +

    k5

    k–5

    – 2H2O

    + HA+

    (b-D-fructofuranose)

    OH

    OH

    OHO

    HO

    OH

    H

    H

    H

    H2L

    OH

    OH

    OHO

    HO

    OH

    H

    H

    H

    OH

    OH

    OHO

    HO

    OH

    H

    H

    H

    O

    OH

    OO

    HO

    OH

    B–HO

    O

    OH

    OOHO

    OH

    B–OH

    HH

    H

    H

    H

    H

    R'

    R'

    BL–(endo)

    BL–(exo)

    +

    O

    OH

    OO

    OH

    B–O

    H

    H

    H

    R'

    BL–

    k7

    k–7

    Step 1

    Step 2

    B

    OH

    OH

    B–

    OH

    OH

    HO

    Ka+ H+

    B–

    OH

    OH

    R'

    HO

    Kos

    RB(OH)3–, HA+

    RB(OH)3–

    + HA+

    R'

    R'

    RB(OH)2

    – H2O

  • 溶液化学研究会ニュース No.72, 2019

    上述の反応論的基礎研究に基づく糖化学セン

    サーの設計も当研究室の主要なテーマです。

    現在精力的に行っているのが、発光性金属錯体

    をベースとした糖化学センサーの合成です。金属

    錯体は中心金属や配位子のデザインによって

    様々な発光色をもつ化学センサーの設計が可能

    です。例えば、ボロン酸部位をもつ化合物を配位

    子とする発光性金属錯体は、しばしば糖類と反応

    して吸収や発光が変化します。これに反応メカニ

    ズムに関する詳細な基礎研究で培った当研究室

    独自の視点を融合させることで、これまでにない

    高機能な糖化学センサーの設計を行っています。

    当研究室が合成した金属錯体に D-フルクトー

    スを添加した時の発光色変化を図2に示します。

    D-フルクトース濃度の増加に伴ってオレンジ色

    から青色まで鮮やかに発光色が変化します。現在

    はこの錯体の配位子の構造や中心金属を変える

    など錯体の構造を検討し、より優れた化学センサ

    ー構造を探索しています。

    図2.D-フルクトース添加に伴う金属錯体

    の発光色の変化

    また、配位子の立体構造を工夫することで、D-

    グルコースに選択的に反応する発光性ジボロン

    酸金属錯体の合成も行っています。D-グルコース

    は血液中に多く存在する糖類であり、このような

    D-グルコース選択的な化学センサーは血糖値診

    断システムへの応用が大いに期待されます。

    2.研究室の活動

    当研究室では上述のように、溶液内の反応速度

    論や平衡論を基盤として、「溶液中の反応の機構

    解析」、発光性金属錯体や蛍光性有機試薬による

    「分子認識化学センサーの設計」など、テーマは

    金属錯体合成から有機試薬の合成まで、幅広い分

    野にわたっています。所属学生には一人一つのテ

    ーマが割り当てられ、反応速度解析から錯体や有

    機試薬の合成まで、行う研究内容が異なるにもか

    かわらず、互いの知識・経験を共有し、協力する

    ことで直面する問題を多角的な視点から解決し

    ています。

    コアタイムは10時から19時までで、この時

    間内に学生個人は自身の研究、文献調査、論文紹

    介の準備などを行います。修士課程の学生は学会

    での発表が義務付けられており、良い研究発表の

    ため昼夜自主的に実験に取り組んでいます。週に

    一回、他研究室との合同ゼミが開催されます。論

    文紹介がメインであり、紹介論文に関する厳しい

    議論が毎回行われます。

    各自の研究の進捗状況を報告する研究報告会

    を月に一回行っています。新4年生は教授との英

    語のテキストの輪読会を週に一回行っています。

    他に、当研究室では納会や忘年会、歓送迎会な

    どが催されます。夏に行われるゼミ合宿では教授

    を交えたテニス大会やバーベキューなど、研究室

    生活を楽しく過ごすイベントもたくさんありま

    す。

    参考文献

    [1] Y. Suzuki, M. Shimizu, T. Okamoto, T.

    Sugaya, S. Iwatsuki, M. Inamo, H. D.

    Takagi, A. Odani, K. Ishihara, ChemistrySelect,

    2016, 1(16), 5141-5151.

    Complex

    only + 10

    -5

    M

    + 10-4

    M

    + 10-3

    M

    + 10-2

    M

  • 溶液化学研究会ニュース No.72, 2019

    <第 42 回溶液化学シンポジウムのご案内>

    会期: 2019 年 10 月 30 日(水)–11 月 1 日(金)

    会場: 東北大学片平さくらホール

    主催: 溶液化学研究会

    共催: 東北大学流体科学研究所

    協賛: 日本化学会、日本分析化学会、日本高圧力学会、電気化学会溶液化学懇談会

    討論主題:

    「溶液の物性と構造、溶液内の分子間相互作用と分子構造、生体分子と水、イオン液体、溶液反応などの

    溶液に関する諸問題」

    プレシンポジウム

    日時: 2019 年 10 月 29 日(火)

    場所: 東北大学流体科学研究所 1 号館 2 階会議室

    ・発表申込締切: 8 月 23 日(金)

    ・予稿原稿締切: 9 月 20 日(金)

    ・事前参加登録申込締切: 9 月 27 日(金)

    ・事前参加支払期限: 10 月 4 日(金)

    ・発表形式: 口頭発表・ポスター発表 (プログラムの編成は実行委員会にご一任下さい。口頭発表の

    申し込み多数の場合はポスター発表に変更していただく可能性があります。)

    口頭発表のスライド(ppt)や ポスターは、英語での作成を推奨しています。

    ・ポスター賞: 35 歳以下の PD および学生のポスター発表講演者を対象にポスター賞を選考します。

    対象者は講演申込時に申し出て下さい。

    ・参加登録費: 一般 5,000円(当日 6,000円), 学生 3,000円(当日 3,000円)

    ・懇親会: 10 月 31 日(木)東北大学片平さくらホール内ラウンジ

    ・懇親会会費: 一般 5,000円(当日 6,000円), 学生 4,000円(当日 5,000円)

    詳細はホームページをご覧ください。

    http://www.solnchem.jp/sscj/42/index.html

  • 溶液化学研究会ニュース No.72, 2019

    <溶液化学研究会会員 2018年度受賞報告>

    この度より会員の皆さまの受賞報告を掲載させていただくこととなりました。

    ニュースレター72号では、下記のとおり 2名の方々の受賞報告を掲載いたします。

    石井良樹さん (大阪大学大学院基礎工学研究科・博士研究員)

    “Transport properties of ionic liquids with advanced non-polarizable force fields based on first-principles

    calculations”, Poster Prize, Joint Conference of EMLG/JMLG Meeting 2018,

    (2018年 11月受賞)

    松林伸幸さん (大阪大学大学院基礎工学研究科・教授)

    「エネルギー表示溶液理論の開発とソフト分子集合系への応用」, 日本化学会第 36回学術賞,

    (2019年 3月受賞)

    以上

    受賞おめでとうございます。今後の研究の更なるご発展と益々のご活躍をお祈り申し上げます。

    ※2018年 4月から 2019年 3月の間につきまして、会員の皆さまからのご報告に基づき、

    受賞された年月順に掲載させていただきました。今後もニュースレター誌上におきまして、

    受賞歴の公表を行なってまいりたいと存じます。つきましては、受賞されました会員の方は、

    下記 6項目を溶液化学研究会事務局 [email protected] 宛、お知らせいただけますと幸いです。

    --------------------------------------------------------------------------------------------------

    1. お名前:

    2. ご所属先:

    3. ご連絡先メールアドレス:

    4. 受賞された賞の名称: (ex: 〇〇学会 第〇回〇〇賞)

    5. タイトル: (ex: 〇〇理論の○○への応用)

    6. 受賞年月日:

    --------------------------------------------------------------------------------------------------

    どうぞよろしくお願い申し上げます。

    mailto:[email protected]

  • 溶液化学研究会ニュース No.72, 2019

    <溶液化学研究会 2018年度収支決算書>

    1) 収入の部

    前年度繰越金 827,942円

    利息 6円

    溶液化学研究会年会費(振込手数料差し引き分) 246,890円

    EMLG/JMLG2018実行委員会より寄付(準備委員会に貸し付け分 1,166,279円

    ---------------------------------------------

    合計 2,241,117円

    2) 支出の部

    通信費(ニュースレター、会員名簿送付料ほか) 26,404円

    レンタルサーバー等契約料 9,699円

    WWW管理費(2017年 10月~2018年 3月分および 2018年 4月~9月分として) 120,000円

    EMLG/JMLG2018経費 102,519円

    文具費 22,841円

    溶液化学シンポジウム要旨集データ化作業代 106,138円

    事務補佐謝金 60,000円

    振込手数料 2,672円

    次年度繰越金 1,790,844円

    ------------------------------------------------

    合計 2,241,117円

    以上

    ※年会費 2,000円のお支払いをお願いいたします。今年度の名簿と共に請求書と振込用紙をお送りさせ

    ていただきます。過年度におきまして年会費未納分がおありの会員の方には、請求書にその旨を記載

    させていただいておりますので、今年度分と合わせてお振込みくださいますよう、

    どうぞよろしくお願い申し上げます。

    発行所: 溶液化学研究会

    http://www.solnchem.jp/

    〒606-8502 京都市左京区北白川追分町

    京都大学大学院理学研究科化学専攻

    光物理化学研究室内 溶液化学研究会事務局

    Tel: 075-753-4026 Fax: 075-753-4000

    e-mail: [email protected]

    http://www.solnchem.jp/mailto:[email protected]

    190423_template_h_fomatted_解説_630_吉井先生.pdf190704_トピックス_藤井190705_溶液化学シンポジウム_NL原稿_revised190617_2018年度受賞報告_NL_72190617_2018年度収支報告書_NL_72