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NTT技術ジャーナル 2016.7 42 開発のねらい 近 年 のLAN(Local Area Network) におけるイーサネットの普及に伴い,法 人 系 ネ ッ ト ワ ー ク を 提 供 す るWAN (Wide Area Network)サービスとして, 高速な回線品目を安価に提供可能な VPN(Virtual Private Network) や 広 域イーサネットサービスが広く普及して います.一方で,従来のデジタル専用 システムが実現している帯域保証,キャ リアグレードの保守運用性に対し,変わ らず需要があるのに加え,さらなる高稼 動率,低遅延化が求められています. 特に重要回線や緊急回線にてこのよう な需要があり,例えば,放送などで利 用される映像伝送では,瞬間的なエラー でキーフレームが 1 つでも欠落すると秒 単位の映像断となるため,障害時に通信 断を伴わない冗長化技術への需要があり ます.また,TCP(Transmission Cont- rol Protocol)/IP(Internet Protocol) によるファイル転送では,遅延時間がス ループットに大きく影響を及ぼします. さらに,電子商取引といった遅延にセン シティブな利用シーンでは,より低遅延 での通信が望まれています.そのほか にも,災害などの緊急時で発生し得る ピークトラフィック下でも安定した通信 を確保し,従来のデジタル専用システム 同様,回線品目を確実に提供すること が求められます. こういった高品質に対する需要に対 し,従来のデジタル専用システムでは, 時分割多重(TDM: Time Division Mul- tiplexing)技術をベースとしたSDH(Syn- chronous Digital Hierarchy)技 術 を 採 用しており,ユーザが契約した固定回線 帯域を常に占有し高品質なサービスを 提供してきました.またSDHでは,回 線 ・ パス管理,保守運用機能,冗長化 機能といったキャリアグレードな機能を 実現していました. 今回,NTTネットワークサービスシス テム研究所では,パケットトランスポー ト技術を適用することにより,帯域保証, キャリアグレードの保守運用性を維持 し,さらに高稼動率,低遅延,かつ広 帯域なサービスを提供可能とするイー サネット専用システムを開発しました 図1 ).本システムでは,低遅延無瞬断 技術,エンド~エンド保守監視機能,ワ イヤーレート転送技術を実装すること 専用線 イーサネット専用 システム 広域イーサ ネット IP-VPN インターネット VPN 品質(故障切替時間,稼動率) 図 1  イーサネット専用システムの位置付け 世界最高クラスの品質(帯域保証,高稼動率,低遅延) を実現するイーサネット専用システム NTTネットワークサービスシステム研究所 さかもと /荒 かつひろ /西 げんいち /安 あんどう まさふみ /新 しんかい / ひさしま たかあき /新 かおる /恩 ひでとし /岩 いわした ひでのり /小 / くろかわ おさむ /行 かつとし 近年,法人系ネットワークを提供するWAN(Wide Area Network)サービスと して,VPN(Virtual Private Network)や広域イーサネットが普及する一方,従 来のデジタル専用システムが実現する帯域保証,キャリアグレードの保守運用性の 特徴に加え,さらなる高稼動率,低遅延化への需要があります.ここでは,イーサネッ ト上でこれらの需要を満たす世界最高クラスの品質を実現するイーサネット専用シ ステムについて紹介します. R & D 専用サービス トランスポートネットワーク 無瞬断切替

NTTネットワークサービスシステム研究所 · 今回,nttネットワークサービスシス テム研究所では,パケットトランスポー ト技術を適用することにより,帯域保証,

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NTT技術ジャーナル 2016.742

開発のねらい近 年 のLAN(Local Area Network)におけるイーサネットの普及に伴い,法人系ネットワークを提供するWAN(Wide Area Network)サービスとして,高速な回線品目を安価に提供可能なVPN(Virtual Private Network)や広域イーサネットサービスが広く普及しています.一方で,従来のデジタル専用システムが実現している帯域保証,キャリアグレードの保守運用性に対し,変わらず需要があるのに加え,さらなる高稼動率,低遅延化が求められています.特に重要回線や緊急回線にてこのような需要があり,例えば,放送などで利用される映像伝送では,瞬間的なエラーでキーフレームが1つでも欠落すると秒単位の映像断となるため,障害時に通信断を伴わない冗長化技術への需要があります.また,TCP(Transmission Cont-rol Pro to col)/IP(Internet Protocol)によるファイル転送では,遅延時間がスループットに大きく影響を及ぼします.さらに,電子商取引といった遅延にセンシティブな利用シーンでは,より低遅延での通信が望まれています.そのほか

にも,災害などの緊急時で発生し得るピークトラフィック下でも安定した通信を確保し,従来のデジタル専用システム同様,回線品目を確実に提供することが求められます.こういった高品質に対する需要に対し,従来のデジタル専用システムでは,時分割多重(TDM: Time Division Mul-ti plexing)技術をベースとしたSDH(Syn-chro nous Digital Hierarchy)技術を採用しており,ユーザが契約した固定回線帯域を常に占有し高品質なサービスを提供してきました.またSDHでは,回

線・パス管理,保守運用機能,冗長化機能といったキャリアグレードな機能を実現していました.今回,NTTネットワークサービスシステム研究所では,パケットトランスポート技術を適用することにより,帯域保証,キャリアグレードの保守運用性を維持し,さらに高稼動率,低遅延,かつ広帯域なサービスを提供可能とするイーサネット専用システムを開発しました(図1).本システムでは,低遅延無瞬断技術,エンド~エンド保守監視機能,ワイヤーレート転送技術を実装すること

専用線

イーサネット専用システム

広域イーサネット

IP-VPN

インターネットVPN

品質(故障切替時間,稼動率)低 高

 延

図 1  イーサネット専用システムの位置付け

世界最高クラスの品質(帯域保証,高稼動率,低遅延)を実現するイーサネット専用システムNTTネットワークサービスシステム研究所

坂さかもと

本 真ま す み

澄 /荒あ ら や

谷 克かつひろ

寛 /西に し お

尾 弦げんいち

一 /安あんどう

藤 雅まさふみ

文 /新しんかい

解 眞ま さ き

規 /

久ひさしま

島 孝たかあき

昭 /新あ ら い

井  薫かおる

/恩お ん だ

田 英ひでとし

俊 /岩いわした

下 秀ひでのり

徳 /小お が わ

川 雅ま さ や

也 /

黒くろかわ

川  修おさむ

/行こ う だ

田 克かつとし

近年,法人系ネットワークを提供するWAN(Wide Area Network)サービスとして,VPN(Virtual Private Network)や広域イーサネットが普及する一方,従来のデジタル専用システムが実現する帯域保証,キャリアグレードの保守運用性の特徴に加え,さらなる高稼動率,低遅延化への需要があります.ここでは,イーサネット上でこれらの需要を満たす世界最高クラスの品質を実現するイーサネット専用システムについて紹介します.

R&D

専用サービス トランスポートネットワーク 無瞬断切替

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NTT技術ジャーナル 2016.7 43

R&Dホットコーナー

で,イーサネットでありながら,従来のデジタル専用システムをさらに上回る品質を実現しています.今回開発した,イーサネット専用システムの概略を図 2に示します.イーサネット専用システムは,中継装置,加入者 収 容 装 置,DSU(Digital Service Unit)とオペレーションシステムから構成されます.ここでは,イーサネット専用システムの技術的ポイントについて紹介します.

イーサネットにおける高品質の実現に向けたポイントイーサネットは,もともとLANから発展してきた規格であるため,従来のデジタル専用システムの高品質を実現するためには,次の3つのポイントがあります(図 2).■高稼動率(無瞬断切替)と低遅延の両立イーサネットのような統計多重を用いた伝送方式では,フレームをいったんバッファリングした後にフレームの送信を行うため,従来の固定伝送レートの連続信号よりも装置内処理時間(遅延時

間)が大きくなり,遅延が増加する傾向にありました.また,従来のSDHをベースとしたデジタル専用システムでは,高稼動率を実現するため,無瞬断切替技術を適用してきました.無瞬断切替技術とは,冗長化された2つの経路に同じフレームをコピーし,受信側で到着したフレームをチェックし,正常なフレームを選択し送出することで,伝送路障害時でも通信断を伴わない冗長化技術です.このような無瞬断切替技術では,パケット伝送とは異なり,固定伝送レートの連続信号を収容するため,経路切替に伴う距離差変動(遅延変動)による瞬断を防ぐために,短経路側のフレームをバッファリングすることで遅れて到達する長経路側のフレームが到着するまで待機させ,長経路側のフレームの送出タイミングをそろえてから選択する制御をしています.したがって出力される信号は常に長経路側の遅延量となるため,無瞬断切替による高稼動率と低遅延の両立はできませんでした.イーサネット専用システムにおいて高い品質を実現するうえで,高稼動率と低遅延化を両立する

冗長化技術の実現が課題となります.■キャリアグレードの保守運用性の実現イーサネットでは,当初保守運用機能はなく,近年,キャリアネットワークでも利用されるようになり保守運用機能の規格が制定されましたが,このような高品質なネットワークを保守運用するための機能としては乏しい状況にありました.高品質なネットワークを維持するため,エンド~エンドを含め各装置区間での障害検知や品質測定,迅速な故障切分けを可能とする試験機能が求められます.具体的には品質劣化個所を短時間で特定するために,DSU-DSU間や各装置区間でのOAM(Operation, Ad min-is tra tion, and Maintenance)によるきめ細やかな監視や故障個所の特定が必要です.特に故障切分けにあたっては,インサービスで経路上の各試験点での折返し試験は欠かせない機能です.また,帯域や遅延量といった品質を維持するための品質測定機能も必要となります.■ワイヤーレート転送の実現OAM機能を用いることにより,イーサネット上において障害検知や試験機能,そして品質測定など保守監視機能

<ポイント  キャリアグレードの保守運用性>エンド~エンドおよび各装置間OAMによる障害検知,品質測定,迅速な故障切分けを可能とする試験機能を実現する

試験結果NG

制御端末

OpS

IFG帯域主信号帯域OAM帯域

イーサネット専用システム従来のイーサネット

<ポイント  ワイヤーレート転送>OAM保守監視機能の実現に伴う主信号帯域のひっ迫を回避し帯域保証を実現する

試験区間(OAM挿入・終端点)

DSU

お客さまビル・宅

加入者収容装置

お客さま収容局

中継装置

中継局

加入者収容装置

お客さま収容局

OAMユーザ信号

イーサネットインタフェース

DSU

お客さまビル・宅

<ポイント 無瞬断切替と低遅延の両立>従来の無瞬断切替技術に対し,さらなる低遅延化を実現する

1

3 2

図 2  イーサネット専用システムの概略と技術的ポイント

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NTT技術ジャーナル 2016.744

を実現することが可能となりますが,常時監視を行うため,主信号経路に対しOAMフレームを定期的に流通させることが必要となります.それに伴い,主信号帯域がひっ迫され,物理回線(ワイヤレート)と同等の帯域を確保することが困難となります.OAMによるキャリアグレードな保守運用性を確保しつつ,契約帯域を確実に伝送するとともに,物理インタフェースの上限であるワイヤーレートを実現することが求められます.

イーサネット専用システムにおける3つの特徴■低遅延無瞬断切替技術従来のSDH技術による無瞬断切替方式での低遅延化に向けた課題に対し,イーサネットでは,連続信号ではなくフレーム単位であるため経路距離差による変動があったとしても影響がないため,本システムではこのことに着目し,高稼動率と低遅延化の両立を実現しました.イーサネット専用システムにおける低遅延無瞬断切替技術の概略を図 3に示

します.本システムでは,両経路に送出したフレームのうち先着した片方のフレームを選択します.このとき,長経路側のフレームを待つことなく送出することで,SDH技術の無瞬断切替に比べて,経路遅延差に相当するミリ秒オーダーの大幅な遅延低減効果を得ることができます.また,短経路のパケットがロスした場合,単純に先に到着したパケットを送出していくとパケットの順序逆転が発生する可能性があります.クライアント側でもパケットの順序でロスの判定をしている場合も考慮に入れ,本システムでは,順序制御を行いパケットの順序逆転を回避しています.このように本システムでは,先着フレームの優先処理により大幅な低遅延を実現し,工事時の切替に加え,故障時にも無瞬断切替可能な技術を世界で初めて実装しました.■キャリアグレードの保守運用性の実現(1) エンド~エンド品質測定本システムではエンド~エンドでの品

質測定を含め各装置区間の品質劣化個所を特定するため,DSUを含めた全装置にOAM機能を具備しています.これにより網内の全区間および各装置区間においてCC(Continuity Check)による障害検知が実現できます.また,プロアクティブにDM(Delay Measurement)試験を実施することにより遅延量を定期的に収集し,トラフィックデータとして管理することが可能となります.(2) 迅速な故障切分け図 4に示すとおり,低遅延無瞬断機構の適用によりOAMフレームと主信号フレームの混在下でシーケンス番号の連続性を考慮しOAM折返し試験を実現する必要がありますが,パス終端点以外のノードで折り返す場合,シーケンス番号飛びにより無瞬断切替処理部にてパケットが欠落したと誤認識してしまう課題がありました.この課題に対し本システムでは各装置間の折返し試験と装置内監視を組み合わせることで,各ポイントにおける折返しと同等の試験を可能としています.このような各監視区間

今回開発した無瞬断セレクタ(先着優先セレクタ)

従来の無瞬断セレクタ

経路差調整用バッファ

フレームコピー部

イーサフレーム

SDH信号4 3 2 1

短経路側のフレーム到着後,長経路のフレーム到着を待たずにフレーム転送

(b) イーサネット専用システムにおける無瞬断切替技術

信号の重複4 3 2 1 2 1入力信号( 1系)

入力信号( 0系)

タイミング調整を行わない場合,切替時に信号の重複が発生

2 14 3

4 3

遅延差なし

タイミング調整(経路差吸収)バッファにてタイミング調整を実施

(短経路)

(短経路)

経路長差分の遅延差

(長経路)

(長経路)

4 3 2 1

4 3 2 1

4 3 2 1

4 3 2 1

4 3 2 1

中継装置

中継装置

中継装置

中継装置

(a) 従来の無瞬断切替技術

7 6 5

4 3

2

1

32 1

5 4

図 3  低遅延無瞬断切替技術

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NTT技術ジャーナル 2016.7 45

R&Dホットコーナー

の試験を保守者は意識することなく,保守者はオペレーションシステムから試験対象の回線を選択するだけで,自動的に各監視区間の試験が実行され故障個所を自動で特定することができる仮想パス試験技術を実現しました.また,OAMによる試験機能を具備することでユーザの帯域利用状況にかかわらず,インサービス試験を実施することができるとともに,装置での警報発生個所をオペレーションシステムにてビジュアル的に表示させる機能を具備することで,現地保守者との円滑な連携をサポートすることも可能です.■ワイヤーレート転送技術エンド~エンドでのOAM障害検知や遅延測定などのキャリアグレードな保守運用機能を実現したうえで帯域を保証する方式として,イーサネット専用システムではシンクロナスイーサネット技術とIFG(Inter Frame Gap)短縮によるワイヤーレート転送技術を具備しています.イーサネットは非同期通信方式であるため装置間のクロック同期ずれをIFG

短縮により吸収していましたが,本システムではクロック周波数をイーサネットの物理層を介して装置間に伝送するITU-T G.8261(1)で規定されたシンクロナスイーサネット(Sync-E)技術により解決しています.これにより,IFG短縮による空き帯域をOAMフレームの流通やファームウェアのダウンロードに利用することが可能です.帯域に応じてIFGを圧縮することにより,エンド~エンドの障害検知や遅延測定だけでなく,インチャネルにて装置DSUへのインサービス遠隔ファームウェアバージョンアップを実現しています.

今後の展開ここでは,NTTネットワークサービスシステム研究所が開発したイーサネット専用システムについて紹介しました.今後はさらなる広帯域化・高品質を求めるお客さまのニーズにこたえることをめざします.

■参考文献(1) https://www.itu.int/rec/T-REC-G.8261

装置内監視区間折返し試験(OAM経路)

試験区間(OAM挿入・終端点)OAMフレームユーザフレーム

中継装置(パス終端ノード)

番号飛びなし

パス試験実行時に,複数試験をOpSで自動的に組み合わせ実施

装置内監視試験

OAMフレームへのシーケンス番号は不要

装置間折返し試験

中継装置(パス終端ノード)

(b) イーサネット専用システムにおける仮想パス試験技術  (装置間折返し試験と装置内監視試験を組み合わせ)

シーケンス番号終端部

中継装置(パス終端ノード)

OAMフレームの番号飛びによりフレーム欠落として誤認識するため,試験不可

中継装置

OAMフレームを折返し

折返し試験

インタフェース

インタフェース

インタフェース

インタフェース

インタフェース

インタフェース

シーケンス番号付与部

シーケンス番号チェック

中継装置(パス終端ノード)

(a) 無瞬断切替機構を適用した際のパス試験の課題

3 32

2

1 1

シーケンス番号終端部

シーケンス番号付与部

シーケンス番号チェック

2 21 1

インタフェース

インタフェース

インタフェース

インタフェース

インタフェース

インタフェース

図 4  仮想パス試験技術

(後列左から) 恩田 英俊/ 久島 孝昭/ 小川 雅也/ 岩下 秀徳/ 安藤 雅文/ 新解 眞規/ 黒川  修/ 新井  薫(前列左から) 荒谷 克寛/ 行田 克俊/ 坂本 真澄/ 西尾 弦一

 今後も高品質 ・高信頼性を求めるお客さまのニーズにこたえるシステム開発をめざし,研究開発を行います.

◆問い合わせ先NTTネットワークサービスシステム研究所 ネットワーク伝送基盤プロジェクト  高速リンクシステムDPTEL 0422-59-4772FAX 0422-60-6033E-mail araya.katsuhiro lab.ntt.co.jp