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地域中小企業の原材料の 海外調達における現状と課題の考察 ―― 欧米に海外展開する地域中小製造企業を事例として ―― Ⅰ.は じ め に 本研究の目的は,地域中小製造企業(以下,中小企業)が海外市場において どのようにして「原材料を海外から直接調達(以下,海外調達)」することが 出来たのか,中小企業の海外調達の目的,リスクマネジメント,バリューチェ ーンの視点から調査分析し実態を明らかにすることである。具体的には,香川 県下に本社を置く中小企業2社を対象事例として仮説を設定し,調査・分析・ 検証したうえで考察を行う。 海外調達の背景は,国内製品価格の高騰や不安定,国内製品の品質の劣化や 安定的に数量を確保できないなどの消極的理由によるものが多い。その中で, 特に海外進出する際に重要となってくるのは,リスクに対して勘と経験に依存 せず,合理的なプロセスを経て優先順位を付けて取り組むリスクマネジメント である。また,中小企業が原材料の調達から加工・生産し最終消費者への販売 までを包括的に管理するバリューチェーンを構築することで,顧客のニーズや 欲求を直接把握でき,品質向上や価格調整に良い影響をもたらすと捉えられ る。このため,リスクマネジメントとバリューチェーンの2点にも焦点を当て たものである。 中小企業の海外事業展開としては,新たな市場を開拓し,製品やサービスの 販売先とする輸出形態,原材料や製品の仕入先とする輸入形態,直接投資によ る海外生産拠点・販売拠点とする事業会社形態といった経営活動がある。企業 香川大学経済論叢 第90巻第3・4号2018年3月 1-21

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地域中小企業の原材料の海外調達における現状と課題の考察――欧米に海外展開する地域中小製造企業を事例として――

反 田 和 成

Ⅰ.は じ め に

本研究の目的は,地域中小製造企業(以下,中小企業)が海外市場において

どのようにして「原材料を海外から直接調達(以下,海外調達)」することが

出来たのか,中小企業の海外調達の目的,リスクマネジメント,バリューチェ

ーンの視点から調査分析し実態を明らかにすることである。具体的には,香川

県下に本社を置く中小企業2社を対象事例として仮説を設定し,調査・分析・

検証したうえで考察を行う。

海外調達の背景は,国内製品価格の高騰や不安定,国内製品の品質の劣化や

安定的に数量を確保できないなどの消極的理由によるものが多い。その中で,

特に海外進出する際に重要となってくるのは,リスクに対して勘と経験に依存

せず,合理的なプロセスを経て優先順位を付けて取り組むリスクマネジメント

である。また,中小企業が原材料の調達から加工・生産し最終消費者への販売

までを包括的に管理するバリューチェーンを構築することで,顧客のニーズや

欲求を直接把握でき,品質向上や価格調整に良い影響をもたらすと捉えられ

る。このため,リスクマネジメントとバリューチェーンの2点にも焦点を当て

たものである。

中小企業の海外事業展開としては,新たな市場を開拓し,製品やサービスの

販売先とする輸出形態,原材料や製品の仕入先とする輸入形態,直接投資によ

る海外生産拠点・販売拠点とする事業会社形態といった経営活動がある。企業

香 川 大 学 経 済 論 叢第90巻 第3・4号2018年3月 1-21

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の国際化を説明する上で,国際化の古典的モデルであるウブサラ・ステージ・

モデルでは,間接輸出,直接輸出,海外販売子会社設立,海外生産,研究開発

活動の移転といったステージが示されている(Johanson and Vahlne(1977))。

しかしながら,遠原(2012)は,中小企業の中規模性を考慮すると必ずしも

企業の国際化プロセスは必要がなく,状況に応じて,各段階にとどまること

が,それぞれの中小企業にとって適切な国際化と見ることができると指摘して

いる。これらを踏まえたうえで,日本の中小企業の多くは国際化していないこ

と,あるいは国際化プロセスの初期段階にあること,また生産委託を選好する

傾向が強いことから,日本の中小企業の国際化プロセスは,ウブサラ・ステー

ジ・モデルをそのまま適用するだけではうまく捉えられないとしている⑴。

こうしたなか筆者は,経営資源に限りのある中小企業が海外に生産拠点を

持たず海外調達することは,商権確保,品質管理,数量,価格の安定化などの

面に持続的競争優位性があると考えたのが,本研究に取り組んだきっかけであ

る。

以上により,本稿では,中小企業による海外展開のなかでも,原材料を海外

調達する直接輸入に焦点を当てる。そのため,直接輸出や間接輸出,海外への

直接投資などは考察の対象外としている。

Ⅱ.中小企業の海外調達の動向

日本政策金融公庫総合研究所が実施した「中小企業の海外進出に関する調

査」のアンケートに回答した中小企業4,607社⑵について,海外展開の形態をみ

ると,一番多いのが「海外展開していない」72.4%,次に「直接海外から輸入

している」13.0%である。これをみると多くの中小企業は,いまだ海外展開が

できていない状況がわかるが,「直接海外から輸入している」を業種別にみる

と,製造業で18.1%,非製造業で8.7%と製造業で高い割合を示している(図

表1)。

海外調達する直接輸入の形態は,現地パートナーと技術供与に関する契約は

締結されてないものの,調達先に対して緊密な情報交換と技術指導を行ってい

-2- 香川大学経済論叢 362

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る。実際,調達先と緊密な情報交換と技術指導を行っている中小企業をみる

と,今後もそうした展開を強化或いは維持したいと考える企業が多い。

Ⅲ.先行研究レビュー

3.1 中小企業の海外調達の目的

三菱 UFJリサーチ&コンサルティング㈱が実施したアンケートによると,

中小企業が海外展開する理由は,「低賃金労働力の活用によるコストダウン」が

51.6%で最も多く,これに「現地からの製品・部品・原材料の調達」が47.3%

で次いでいる。これは,「現地における市場開拓・販売促進」を目的とする割

合が68.5%(中小企業は44.2%)と圧倒的に多い大企業とは対照的であると

報告されている。中小企業の場合,大企業と違い「低賃金労働力の活用による

コストダウン」,「現地からの製品・部品・原材料の調達」が海外展開の主な理

由となっている⑷。

全産業 製造業 非製造業海外直接投資(現地法人の設立,また既存の外国企業への出資(いずれも出資比率10%以上))をしている 7.0 11.3 3.5

海外直接投資(現地法人の設立,また既存の外国企業への出資(いずれも出資比率10%未満))をしている 2.7 3.8 1.8

駐在・情報収集などのための拠点を設置している 2.0 2.7 1.4

外国企業と業務・技術提携,役員の派遣など資本関係以外の永続的関係を有している(生産拠点を持たない海外展開)

2.3 3.6 1.3

直接海外に輸出している 9.2 14.9 4.5間接的に輸出(商社や販売先の国内企業を経由する輸出)している 11.5 20.0 4.4

直接海外から輸入している 13.0 18.1 8.7その他 1.2 1.5 1.0

海外展開はしていない 72.4 59.5 83.1

図表1:中小企業の海外展開の形態 (単位:%)

出典:日本政策金融公庫総合研究所「中小企業の海外進出に関する調査」⑶

363 地域中小企業の原材料の海外調達における現状と課題の考察 -3-

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また,吉原(2011)は,日本の企業が製品の生産に使う部材(原料)の外部

調達のうち,海外からの調達にあたるものを海外調達と定義し,部材(原料)

の輸入が増える理由として,現地企業に対する技術指導や設計工夫により品質

問題に対応できる可能性が高まっている点をあげている⑸。

それでは,なぜ中小企業は海外調達を志向するようになったのだろうか。海

外の進出(進出前の準備段階を含む)に焦点を当てた研究としては,関(2016),

山本(2015),中村(2012)などがあげられる。

関(2016)は,海外進出のきっかけは,日本の中小企業の現状への問題意識

による国際比較(イタリアの産業集積に関する事例)や日本企業の海外展開

が増え,進出先,調達先,競合先として海外の中小企業との接触(中国,東南

アジアの中小企業に関する事例)が増えたことによる関心の高まりだとしてい

る⑹。

山本(2015)は,中小企業が「なぜ,経営者が国際化のステージを上がろう

としないのか」,「それがどのような手段でされたのか」に関して,既存研究

では明らかになっていないと指摘した。こうした指摘を踏まえ,山本・名取

(2014)は,「国際的企業家志向(IEO : International Entrepreneurial Orientation)」

の概念を示すことで,中小企業の国際化のプロセスを経営者の企業家的行動か

ら説明している。経営者は,外部環境の変化に直面する中で,「過去の意思決

定の経験」,「社会的ネットワーク」,「組織構築」という3つの要素によって,

もともと持っていた「企業家志向性(EO : Entreprenrurial Orientation)」を IEO

に転化させていく。その結果,中小企業は,国際化を実現するとしている。

中村(2012)は,創業してすぐに国際化を行うボーン・グローバル企業(BGC :

Born Global Companies)と国際化以前に長期にわたり国内企業として存続して

きたボーン・アゲイン・グローバル企業(BaGC : Born-again-Global Companies)

の2つの国際化パターンを説明している。BaGCは長らく国内市場に傾注して

いたが,突然,国際化を志向し,達成・実現する企業のことである。BGCが

生まれながらのグローバル企業と表現されることから,BaGCは「生まれ変

わったグローバル企業」とも表現されている。

-4- 香川大学経済論叢 364

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BGCの場合は,国際事業活動開始までの期間は非常に短く,国際化のプロ

セスを進むスピードは非常に速い。BaGCの場合は,国際化のタイミングは遅

いが,いったん国際化に踏み切ったら BGCと同様にそのペースは速いといっ

た特徴がある。

このように先行研究では,経営者の国際化への強い志向性や幅広いネット

ワーク力が海外からの原材料調達の実現に結びつき,海外調達に乗り出すまで

に時間がかかったとしても,いったん海外調達に踏み切った場合,拡大するス

ピードは迅速であると捉えている。

3.2 中小企業の海外調達におけるリスクマネジメント

高橋(2016)は,中小製造企業の海外進出の際のリスク・課題として,「人

件費の上昇」,「為替の変動」,「現地駐在員の確保・育成,労務管理」,「法制度

や規則の複雑さ」への対応といった経営上対応すべきものを多く抽出している。

その対策として,海外進出の計画段階から将来の賃金上昇,労働供給力,そし

て市場成長性などを考慮し,事前にリスクを洗い出して対策を検討するといっ

たリスクマネジメントが,海外事業を成功させる条件として,特に重要である

と指摘している。

独立行政法人中小企業基盤整備機構が海外進出企業4,222社(中小企業

3,163社,大企業1,059社)を対象にアンケートを実施した。その中で,「リ

スクの洗い出し・分析・評価(以下,リスクアセスメント)」の実施有無につ

いてのアンケート結果は,中小企業は50.6%と約半数が「未実施」であった

のに対し,大企業では64.9%が「海外も含めて実施」との回答であった(図

表2)。

さらに,中小企業においては,従業員が少ないほど,リスクアセスメントも

実施されていないという結果である。リスクアセスメントの実施に当たって

は,一定の専門性やノウハウが求められる。このため,従業員の少ない企業で

は自己完結的に取り組むことが難しい。

ビジネスを成功させる上では,「リスクを取る」ことが必要であるが,もっ

365 地域中小企業の原材料の海外調達における現状と課題の考察 -5-

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とも,真に「リスクをとる」ということは,自社のビジネスを取り巻く環境を

想定した上で,そのリスクに対処しうる状況を作っておくことに他ならない。

その意味で,リスクアセスメントは,中小企業における海外リスクマネジメン

ト,ひいては海外進出を成功させるために不可欠なプロセスと考えられる。

また,朝日監査法人(現新日本有限責任監査法人)のビジネスリスクモデル

(BRM : Business Risk Model)によると,リスクはいくつかのカテゴリーに分

類される。この BRMの中で,経営資源に限りのある中小企業が海外に生産拠

点を持たず,技術指導を伴う原材料の海外調達において重要なリスクは,パー

トナーリスク,マーケットリスク,外部環境リスクがあげられる(図表3)。

パートナーリスクは,生産を委託しているパートナーに対する技術指導や緊

密な情報交換を行うことにより,リスクをミニマイズすることができる。一

方,マーケットリスクや外部環境リスクは避けることができないリスクである

ため,リスクをミニマイズする方法を考え,いかにそれをコントロールできる

状況にするかを常に意識しておく必要がある。そして,これらのリスクが発生

した時は,どのようにして素早くリスクを抑え込むかが,リスクマネジメント

において極めて重要なポイントである。

また,丹下(2013)は,「生産拠点を持たない海外展開」はミドルリスク・

ミドルリターンの海外展開であると位置付けている。中小企業は,ヒト,モノ,

5人以下

5人超20人以下

20人超50人以下

50人超100人以下

100人超300人以下

300人以上

無効・無回答

総計

海外含めリスク洗い出し・分析・評価実施 12.5 29.5 22.8 21.9 26.2 21.3 50.0 24.2

日本国内リスク洗い出し・分析・評価実施 25.0 13.6 19.3 24.6 28.4 34.0 0.0 24.6リスク洗い出し・分析・評価未実施 62.5 56.8 57.0 52.6 44.8 44.7 50.0 50.6無効・無回答 0.0 0.0 0.9 0.9 0.5 0.0 0.0 0.6

図表2:中小企業におけるリスクアセスメントの実施状況(従業員数別) (単位:%)

出典:独立行政法人中小企業基盤整備機構を基に筆者作成⑺

-6- 香川大学経済論叢 366

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カネといった経営資源の不足から,このような戦略を活用しているほかに,業

種・業態の特徴を活かす手段,自社ビジネス構造の転換手段として,積極的に

活用していると主張している。

3.3 中小企業の海外調達におけるバリューチェーン

田中(2017)は,バリューチェーンとは,「開発,調達,生産,販売,とい

う各段階において製品の付加価値が高まってゆくプロセス全体」のことと捉え

ている。そして,より付加価値の高い財やサービスをもっと効率的に届けるた

め,バリューチェーンの一部分に目を奪われずに「全体にさらなる価値を付け

る」ことが肝要としている⑼。

バリューチェーンの各段階の機能を見てみる上で,総合商社で最初にこのモ

□パートナーリスク

① パートナーの経営方針の変更

パートナーが経営方針を変更し,当初の事業計画に影響が出るリスク

② パートナーの契約不履行 パートナーが契約不履行を起こしたり,経営悪化により資金捻出ができなくなり事業計画に影響が出るリスク

□マーケットリスク

① 商品・原材料の仕入価格 商品や原材料の仕入価格の変動が利益率の低下や取引損失につながるリスク

② 金利 予想外の重要な金利変動によって,高い借入コストや低い投資利回りに晒されるリスク

③ 外国為替 外国為替の予測できない変動によって,会社が経済上及び会計上の損失に晒されるリスク

□外部環境リスク

① カントリーリスク 政変や法規改変,接収,送金停止,インフラ未整備によって事業の遂行が困難となるリスク

② 競合他社 競争相手或いは市場への新規参入者の行動が会社の競争優位性や場合によっては,会社の存在の能力さえも脅かすリスク

図表3:ビジネスリスクモデル(BRM : Business Risk Model)

出典:図解リスクマネジメントを基に筆者作成⑻

367 地域中小企業の原材料の海外調達における現状と課題の考察 -7-

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デルを取り入れた三菱商事のモデルが参考になる。

具体的な事例として,同社の穀物ビジネスのバリューチェーンの流れを見ると,

「穀物の集荷・販売(資源開発)→配合飼料の製造・販売(原材料販売)→

飼育された鶏を鶏肉に処理(製造加工)→在庫・販売(中間物流)→

鶏肉を使ったフライドチキンの製造販売(小売)」

といった川上から川下までの各段階で,情報,物流,金融,投資,コンサルティ

ングなどのさまざまな機能を駆使してプロセス全体に関与し,全体最適を目指

している。

この中で,特に重要な機能は,顧客にソリューションを提供するコンサル

ティング機能であると捉えられる。コンサルティング機能を強化し,顧客のニ

ーズや欲求を適時的確に把握し,ニーズに対応したソリューションを顧客に

フィードバックすることが,バリューチェーン全体の価値の向上につながると

考えられる⑽。

丹下(2010)は,マーケティングの観点からバリューチェーンを考察してい

る。具体的なバリューチェーンを見ると,「顧客のニーズと欲求→調査研究→

エンジニアリング→製造→カスタマーバリュー」といった一連の流れを示して

いる。

このようなマーケティング志向は企業のなかに価値創造を浸透させることに

なり,企業が競争相手よりも顧客に価値を創造することに成功した場合,その

企業は1つの産業で競争優位性を得たとしている⑾。

一方,板倉(2010)は,中小企業の地域バリューチェーンを地域コミットメ

ント(企業従業員と地域との関係)を基盤とし,地域でのリーダーシップが内

部力と共に基本となり,その上で,課題発見,需要動向の把握,企画・デザイ

ン,販路開拓といったプロセスごとに,外部力のステークホルダーや役割が異

なるモデルとしている。

また,成果の指標は,収益モデルといった経済的指標だけではなく,その地

域を訪問したいかという「訪問魅力度」や地域の製品・サービスを購入したい

かという「購入魅力度」などと指摘している⑿。

-8- 香川大学経済論叢 368

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3.4 寡占市場における中小企業の経営的特徴

山口(2001)によると,中小企業の経営的特徴として,経営者の影響力の大

きさ,公式的な情報や意思伝達経路の不在,直感的意思決定,短期的戦略志

向,地域社会との密着性などが代表として取り上げられている。さらに,桝山

(1999)は,グローバル経済化によって製品分野のコモディティ化が著しく進

展する中で,サービス分野は顧客との継続的関係の構築による差別化によって

利益を上げやすい分野という面があると指摘している。

即ち,寡占市場などの特定市場における中小企業の強みは,「経営者の直感

的な意思決定」,「継続的関係による差別化」と考えられる。

Ⅳ.分析のフレームワークと仮説の設定

山本(2012)は,中小企業の海外調達のきっかけは,国内市場の寡少性,自

社技術への気付きであるとしている。さらに顧客との取引関係の国際化におい

ては,顧客企業や業界のニーズ,ライバル企業の動向といった情報収集を推進

したうえで,自社技術の優位性を的確に顧客に情報発信してゆくことが必要で

あると指摘している⒀。

海外調達リスクは,品質リスクやカントリーリスクが考えられるが,一方,

生産能力の拡大や生産コスト削減といったメリットがある。生産におけるリス

クを回避するために,現地に何度も訪れ,現地パートナーとの信頼関係を築く

ことが重要である。

中村(2010)は,世界の中で市場を比較的狭い範囲に絞って行うバリューチェ

ーンは,非常に特殊な顧客のニーズを満たすことで,競争優位を獲得すること

ができるとしている⒁。こうした点を考慮し,中小企業の海外調達の目的,リス

クマネジメント,バリューチェーンといった3つの視点の先行研究を踏まえな

がら,中小企業の海外調達に関する仮説を提示する。

仮説1:大手企業の寡占状態にある市場では,中小企業は海外調達や特定

分野に特化することで業績を確保できる

369 地域中小企業の原材料の海外調達における現状と課題の考察 -9-

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仮説2:中小企業は独自の国際化プロセスで,様々なリスクをミニマイズ

している

仮説3:中小企業はバリューチェーンを通じて適時的確に調達先と顧客の

ニーズを把握し,信頼関係の構築と商権の確保に努めている

以下では,これらの仮説に基づいて,事例研究を行う。

Ⅴ.事 例 研 究

5.1 研究対象

事例は,ヒアリング調査を実施した,独立系飼料メーカーA社,総合商社2

社,総合商社系経済研究所2社,総合商社系配合飼料メーカー2社,畜産メー

カーS社のうち,国内生産工場を訪問調査した香川県下のA社とS社を対象に

検証する。

【事例1:A社】

A社の概要は,設立1956年7月,年商140億円,営業利益19億円,従業員

112名,資本金48百万円(2017年1月),業務内容は,乳牛・肉牛飼料の製

造・販売,主な顧客は牛の農家である。配合飼料は,たんぱく質を多く含む

濃厚飼料と家畜の健康を維持するために食物繊維を多く含む粗飼料に分けられ

る。

配合飼料のマーケットは,全農,大手独立系飼料メーカー,総合商社系配合

飼料メーカーの7社で生産数量の約79%を占めている。このような寡占市場

の中で,A社は,配合飼料メーカー38社中23位と全農,商社系飼料メーカー

とは桁違いの取扱量にもかかわらず,牛用配合飼料を47都道府県に供給して

いる。さらに,畜産,酪農家の規模拡大と経営近代化をサポートすることによ

り農家との信頼関係を構築し,牛の配合飼料業界でナンバーワンの地位を確立

している。

-10- 香川大学経済論叢 370

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【事例2:S社】

S社の概要は,設立1980年10月,年商68.5億円,経常利益2.4億円,従

業員160名,資本金90百万円(2017年6月),業務内容は,業務用冷凍トン

カツを主体とした商品の加工及び製造と販売,主な顧客は,自社のとんかつ店,

スーパー,弁当屋,外食問屋などである。

冷凍食品業界のマーケットは,大手冷凍食品メーカー5社が生産数量の約

73%を占めている寡占市場である。このような寡占市場の中で,S社は外食産

業の人手不足などを背景に,調理時間を短縮できる冷凍加工食品のニーズが高

まっているため,2016年に2億円を投じ生産能力を20%引き上げ,月間600

トンから700トン体制にした。受注増に対応するほか,増産時の残業を抑える

など労働環境の改善や生産性の向上に繫げている。

また,S社は,2014年に関東のとんかつ店を買収し,東京や埼玉に店舗を

持ち,最終消費者の反応を踏まえ,商品を改良している。海外調達の内,小売

り向け取扱量が多い豚肉はS社が直接デンマーク,スペイン,メキシコから輸

入しているが,とんかつ店向け取扱量が少ない豚肉は子会社がカナダから輸入

している。なお,安心安全な製品を提供するため,食品の安全管理の国際認証

である FSSC22000を取得し,受注量の増加に努めている。

5.2 仮説1の検証

【事例1:A社】

配合飼料のマーケットは,全農,大手独立系飼料メーカー,総合商社系配合

飼料メーカーの7社で生産数量の約79%を占めており,この寡占市場の中で,

A社のシェアは0.1%と小さいが,牛専用の配合飼料に特化することで,コン

スタントに売上と営業利益を伸ばしている。

16年1月期 17年1月期 (百万円)

売 上 高: 13,300 14,100

営業利益: 1,700 1,950

371 地域中小企業の原材料の海外調達における現状と課題の考察 -11-

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A社は,飼料の主原料であるトウモロコシ,大豆(濃厚飼料)や牧草(粗飼

料)の他に,ミラノ大学家畜栄養学教授が開発した牛が無駄なく吸収できる特

殊ビタミン剤を採用し,主力商品である新製品を開発した。特殊加工を施した

ビタミン剤を混ぜた新製品は,牛の4つの胃に最後まで飼料の栄養が行き届

き,胃が野生化することで,品質の高い肉牛を育てることができる。新製品は,

通常の飼料価格より20%割高だが,農家から高品質が評価され,コンスタン

トに売上を伸ばすことに繫がっている。

【事例2:S社】

冷凍食品業界のマーケットは,大手冷凍食品メーカー5社が生産数量の約

73%を占めている寡占市場の中,畜産物(調理食品)におけるS社のシェアは

0.4%と小さいが,S社は豚肉の下処理,スライス,加工,仕分け,包装,冷

凍まで一貫して手掛けることで,コンスタントに売上と経常利益を伸ばしてい

る。

16年6月期 17年6月期 (百万円)

売 上 高: 6,410 6,855

経常利益: 53 244

海外調達のメリットは,国内の豚肉と比較した場合,価格面のコストメリッ

トや安定した数量の確保があげられる。そのほか,成型具合や採寸といった規

格の優良さや衛生レベルの高さがあげられる。

国内からの調達の際に,直買で培ったノウハウにより,価格構造が明確にな

り,どのようにしてそのような価格になるのか分かったことで,仕入先に精度

の高い価格提示を要求できるようになり,直買以外での仕入れにも効果が発揮

されている。

-12- 香川大学経済論叢 372

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5.3 仮説2の検証

【事例1:A社】

A社が粗飼料である牧草を海外調達したきっかけは,ミラノ大学家畜栄養学

教授からイタリアの牧草地帯を紹介されたことによるものである。海外調達の

背景は,米国や豪州における干ばつなどの気候変動による飼料原料の生産量・

価格への影響といったリスクをヘッジするためであり,それまで,牧草の産地

としてほとんど手つかずであったイタリアを牧草の調達先として独自に開拓し

た。A社は2016年よりイタリアから牧草を輸入する際,社長が自ら牧草品質

や工場の生産体制,品質管理を確認している。

A社は,中小規模の配合飼料メーカーでありながら,米国,豪州,南米の穀

物市場の価格変動に大きく影響を受けない欧州地域を調達先として独自に開拓

することで,牧草の調達リスクをヘッジしている。また,欧州地域の牧草は農

薬を使用しない有機栽培が主要のため米国,豪州,南米産と比較して,品質の

高い牧草を確保できるといった優位性が高い。

大手総合商社でも過去にイタリアから牧草を輸入した事例があったが,輸送

時にカビが生えるなどの品質問題が発生したこと,取扱の規模が小さく採算が

合わなかったことにより撤退した経緯がある。A社は,大手総合商社が撤退し

た市場,イタリアから独自に牧草を輸入するなど,海外調達先を独自に確保す

ることで原料調達における生産数量や価格変動のリスクヘッジに成功したと考

えられる。

また,A社は,イタリアのほかすぐにスペインからも牧草を海外調達してい

る。数量のリスク分散を目的として,スペインのセビリア,アンダルシア,

カタルーニャ地域を視察で訪れた際,牧草の品質が高かったため現地の農家と

交渉し契約を締結,2017年より輸入が始まっている。この点は BaGCで指摘

されたように,海外展開が始まるとすぐにほかの国に展開するケースに当ては

まる。

イタリアとスペインの農家とは,一緒に年間の生産計画を作成することで,

373 地域中小企業の原材料の海外調達における現状と課題の考察 -13-

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安定した数量を確保している。品質リスクのヘッジとして,農林水産省の仕様

書を農家に配布し,認可の基準をクリアーできるための技術指導を行ってい

る。特に,ヒアリ,ダニ,クモなどの昆虫が牧草に混入しない様,細心の注意

を払っている。

さらに,A社社長は,五大穀物メジャーの中でも1~2位の大会社で,日本

の大手総合商社でもなかなか相手にしてもらえないカーギル社の CEOとは台

湾で知り合い,カーギル社台湾工場の生産性や効率性の向上を指導したことが

きっかけで,カーギル社との信頼関係を構築している。カーギル社が鹿児島工

場を設立した際,カーギル社の工場で委託生産すれば,製造技術公開される,

農協に嫌われるといったリスクがあったが,畜産農家の役に立つならリスクも

いとわないといった発想でカーギル社の技術者と一緒に飼料原料を生産した。

【事例2:S社】

トンカツの材料はデンマーク,スペイン,メキシコなどからの海外調達が

50%,国産(間接輸入含む)が50%である。その中で,S社が豚肉を海外調

達したきっかけは,関税のメリット,仕入れコスト,製品に対して要望や意見

が通りやすいといったことによるものである。

当初は,商社経由デンマーク製のチルド豚肉を輸入していた。しかしながら,

デンマークから日本への渡航日数が35日から45日に変更になり,賞味期限の

問題から実質チルドでの輸入が困難になったと同時に,当該商社が休眠状態に

なったことをきっかけに,海外から原材料を直接調達することに踏み切った。

海外からの原材料直接調達にあたっては,デンマークに出張し仕入先と直接交

渉を行った後,2007年9月から取引が開始された。スペインとメキシコから

の海外調達が始まった背景は,国内ブローカーからの紹介,カナダは商社やメ

ーカーからの紹介である。メキシコは社員,スペインは社長,カナダは社長と

役員が出張し,買い付けの交渉にあたった。メキシコは2009年,スペインは

2014年,カナダは2016年から海外調達が始まっている。

-14- 香川大学経済論叢 374

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【川上】 【川下】

消費者市場

調達リスクヘッジ

配合飼料の改良

牛飼育の技術指導

原料生産

イタリアンレストランなどに提供

牛の農場

牛肉料理を提供牛の飼育海外から牧草を調達

配合飼料を生産

原材料調達

リスクとてしては,豚肉に骨や髪の毛などの異物が混入するといった品質

(仕入)リスクがある。このようなリスクが発生した場合,速やかに海外調達

先に連絡して,二度と異物混入が発生しないよう技術指導を徹底している。

技術指導の一環として,各工場には仕様書を渡し,一定の品質を保持した三元

豚を生産するなど品質管理の向上に努めている。

5.4 仮説3の検証

【事例1:A社】

図表4はA社独自のバリューチェーンモデルである。A社は,総合商社のよ

うに全ての段階において収益を確保していないが,海外からの牧草の集荷・

販売,配合飼料の生産,農場への技術指導,指導している農場から牛肉を購入

し,その牛肉をA社が経営するイタリアンレストランで提供するなど,川上

から川下の商流の中で独自に関与することで,地域に密着し,商権を確保する

戦略を取っている。

A社は,代理店に営業を任せきりにせず,農家に営業マンが直接訪問して営

業している。その際,獣医師が営業マンに同行して,配合飼料の売り込みと同

時に牛の状態をチェックすることで農家の信頼を得ることができた。東日本大

震災時においても47都道府県の農家に絶やすことなく配合飼料を供給し続け

図表4:A社のバリューチェーンモデル

出典:筆者作成

375 地域中小企業の原材料の海外調達における現状と課題の考察 -15-

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たことにより,農家との信頼関係をさらに強化した。

【事例2:S社】

S社もA社と同様なバリューチェーンモデルである。豚肉の原材料を海外調

達し,S社工場で生産加工した後,関東のとんかつ店(東京,埼玉)などに搬

入し,クレームなど最終消費者の製品に対する反応を踏まえ,商品の改良に繫

げている。S社は海外調達の際,日本の工場仕様に合わせるために,豚肉の大

きさや固さ,柔らかさを仕入れ先の工場に技術指導することで,品質を維持で

きている。海外調達先とは,毎月継続して豚肉を買い付けているため,不定期

に買い付けを行う韓国の業者などと比較して信頼性が構築されている。また,

調達先には年数回,社長や社員が訪問し,加工や仕様に関する情報を交換する

ことで,より高いレベルの品質向上を目指している。

Ⅵ.考察と課題

6.1 考察

本稿では,先行研究と中小企業の海外調達の目的,リスクマネジメント,バ

リューチェーンの視点を踏まえ,海外調達に取り組む中小企業2社の事例で判

明した内容をまとめてみたい。

①海外調達の目的では,経営者の国際化への強い志向性や幅広いネットワーク

力が海外調達の実現に結びつき,海外調達に乗り出すまでに時間がかかった

としても,いったん海外調達に踏み切った場合,拡大するスピードは迅速で

ある。

②リスクマネジメントの面では,大企業と違い細かいリスク分析は出来てない

が,調達先に仕様書を渡して技術指導や生産計画の助言をするなど,緊密な

信頼関係を構築することにより,原材料の調達に関するリスクヘッジはでき

ている。

③バリューチェーンの面では,顧客のニーズやクレームに適時的確に対応する

ことで,コスト削減や品質向上に繫げている。さらに,定期的に調達先より

-16- 香川大学経済論叢 376

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まとまった数量を購入する,或いは,顧客に継続して製品を納入することで,

両者との信頼関係が構築されている。

中小企業がヒト,モノ,カネが限られた経営資源のなか,海外調達を成功さ

せることは並大抵のことではない。そこには,経営者の経営戦略や経営手法に

基づく意思決定の強さと実行力が伴わなければ成功しない。

また,仮説を検証することにより,中小企業の海外調達の成功要因が見えて

きた。

それは,①中小企業は特定分野に特化することや海外の調達先,顧客と信頼

関係を構築することで業績を拡大している,②中小企業は独自のプロセスで海

外調達することで,原材料の生産量や価格変動のリスクをヘッジしている,③

中小企業ならではのバリューチェーンを構築することで,商権の確保が可能と

なっている,である。

筆者は,このように,仮説の検証を通じて,中小企業の海外調達の成功要因

を考察出来たことは,一定の理論的意義を持つと考える。

さらに,3.4で山口(2001)と桝山(1999)が指摘した寡占市場における中

小企業の経営的特徴に沿って,3つの視点から2社の事例を考察してみたい。

まず第1に,大企業が想定している国際化のプロセスは中小企業には必ずし

もマッチしないということである。大企業の場合,ウブサラ・ステージ・モデ

ルでのように,漸進的・連続的・段階的なステップを通じて国際化が進展する

ケースが想定されているが,中小企業の場合,BaGCのように長らく国内市場

に傾注していたが,突然,国際化を志向し,達成・実現する企業がある。これ

は,中小企業の強みである「経営者の直感的な意思決定」が,海外調達に結び

付いた事例と言える。

第2に,海外調達する場合は,価格や買い付け数量を安定させるため,現地

企業の生産能力(設備の質)や原材料を調達する体制,仕様書通り生産できる

技術力,人材の質などに対して様々な要件についてあらかじめ厳しく確認する

といった,リスクマネジメントが重要となる。これは,中小企業の強みである

取引先との「継続的関係の構築による差別化」に結びついた事例と言える。

377 地域中小企業の原材料の海外調達における現状と課題の考察 -17-

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第3に,中小企業ならではのバリューチェーンを活用し,顧客のニーズや欲

求を把握することは,製品の品質向上や価格設定に活用することができ,中小

企業といえども価値創造活動を浸透させることになる。中小企業が顧客に価値

を創造することは,顧客のニーズを充足させることにつながり,競争相手より

優位性が出ると捉えられる。

また,中小企業のバリューチェーンは,価格や品質の調整に活用されるだけ

でなく,ブランドイメージの向上につなげることも重要である。これらは,中

小企業の強みである取引先との「継続的関係の構築による差別化」に結びつい

た事例と言える。

6.2 課題

今回の調査分析の結果,海外調達の成功要因を抽出したが,一方で課題が明

らかになった。今後,この2社は,課題を克服することでさらに業績を拡大で

きると捉えている。

【事例1:A社】

飼料メーカーは大手総合商社の穀物ビジネスの川下戦略のなかで,大手総

合商社による系列化が進んでいる。全農系組合飼料メーカー,大手独立系飼

料メーカー,大手総合商社系メーカーも含め合計するとシェアは79%となる

ため,A社のような小規模な独立系飼料メーカーは残された21%という狭い

マーケットが舞台となり,当然競争も熾烈なものとなる。これまでは21%の

シェアを小規模メーカー複数社で奪い合う形でも相応の売上に繫がったが,市

場全体がシュリンクしてしまうと,仮に21%のシェアが残っていてもそこで

充分な売上を上げることが非常に困難になる。

【事例2:S社】

日本食ブーム,インバウンド効果,東京オリンピックなどを背景に,S社の

強みである海外調達メーカーや信用のおける事業者とタッグを組み,トンカツ

-18- 香川大学経済論叢 378

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の海外進出を目指している。現在,市場動向調査や講習会参加を行いながら,

ターゲットを台湾等の新興国に絞りつつ,海外進出を模索している。今後,パ

ートナーリスク,マーケットリスク,外部環境リスクなどを分析するといった

リスクマネジメントを徹底して行い,いかにして海外への販売チャネルを構築

できるかが課題である。

Ⅶ.お わ り に

本稿では,海外調達を行った2社の事例を中心に議論を進めている。詳細な

ヒアリングや工場調査,データ分析を実施したものの,一般化していくために

はさらに調査数を増やし,今回明らかになった課題に対する方策を引き続き検

証したい。

最後に,中小企業の海外調達に対する効果として,定量面,定性面で分析し

てみたい。定量面では,売上高や営業利益の増加,海外調達の増加に伴い,日

本国内の取引先の増加が見込まれる。定性面では,海外ビジネスのノウハウが

蓄積,ブランドイメージの向上,人的資源の育成に役立つなどである。

さらに,中小企業は大企業と比較して経営資源の制約から海外事業展開が自

社単独では困難な場合が多いが,海外の事業展開を積極的に捉え,情報収集,

商品開発,市場開拓することで,地域の活性化,企業の存立基盤強化,ひいて

は経済成長につながるのではないだろうか。

上述とも関連するが,今後は輸入を主体とする海外調達だけではなく,輸出

を主体とした海外進出を行っている中小企業に対象事例を広げたい。海外進出

を行っている経営者の属性や経験,国際化の効果,国際化のステップなど,最

終的には中小企業が大企業と伍して全国展開を行い,グローバルビジネスを

行っていけることの成功要因と課題を抽出することで,地域活性化に資する要

件を明らかにしていきたいと考えている。

379 地域中小企業の原材料の海外調達における現状と課題の考察 -19-

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(1) 遠原智文(2012)『中小企業の国際化戦略』pp.17-22(2)「中小企業の海外進出に関する調査」の調査対象は,原則従業員20人以上の中小企業

である。(3) 日本政策金融公庫総合研究所「中小企業の海外進出に関する調査」(2012)pp.1-2

1.IMFの国際収支統計では,株式等の取得を通じた出資について,外国投資家が,対象国内企業の発行済み株式数の10%以上を取得した場合を直接投資としている。

2.複数回答のため,合計は100%を超える。(4)(資料)三菱 UFJリサーチ&コンサルティング㈱「市場攻略と知的財産戦略にかかる

アンケート調査」(2008),『中小企業庁(2009)』p.89(注1)海外展開を行っていると回答した企業のみ集計。(注2)ここでいう大企業とは,中小企業基本法に定義する中小企業以外の企業をいう。

(5) 吉原英樹(2011)『国際経営』pp.80-83(6) 関智弘(2016)『中小企業・ベンチャー企業論』pp.82-84(7) 独立行政法人中小企業基盤整備機構(2016)「中小企業におけるリスクアセスメント

の実施状況(従業員別)」pp.22-24(8) 朝日監査法人(現新日本有限責任監査法人)(2003)『図解リスクマネジメント』pp.222

-223(9) 田中隆之(2017)『総合商社-その「強さ」と,日本企業の「次」を探る』pp.43-46(10) 三菱商事(2015)『新・現代総合商社論』pp.31-34,pp.175-178(11) 丹下博文(2010)『企業経営のグローバル化研究』pp.212-216(12) 板倉宏明(2010)『経営学講義』pp.169-173(13) 山本聡(2012)『中小企業の国際化戦略』pp.57-68(14) 中村久人(2010)『グローバル経営の理論と実態』pp.101-102

参 考 文 献

朝日監査法人(現新日本有限責任監査法人)(2003)『図解リスクマネジメント』東洋経済板倉宏明(2010)『経営学講義』勁草書房岡本義行(2013)『地域産業の育成の可能性』法政大学地域研究センター(3月),pp.1-8金山紀久,伊藤繁(2010)「家畜飼料をめぐる情勢の変化とわが国の畜産業」帯広畜産大学・帯広信用金庫協働研究成果報告書 第2章,pp.9-22

関智弘(2016)「海外の中小企業」植田浩史,桑原武志,本田哲夫,義永忠一,田中幹夫,林幸治著『中小企業・ベンチャー企業論』有斐閣

高橋文行(2016)「中小製造企業のアジア発展途上国進出におけるリスクマネジメント」日

-20- 香川大学経済論叢 380

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本経済大学大学院 第4巻(2月),pp.91-101田中隆之(2017)『総合商社-その「強さ」と,日本企業の「次」を探る』祥伝社新書丹下英明(2013)「海外に生産拠点を持たない意義」日本政策金融公庫調査月報(4月) 第55号,pp.16-19

――――(2015)「中小企業の海外展開に関する研究の現状と課題-アジアに展開する日本の中小製造業を中心に-」経済科学論究(4月) 第12号,pp.25-39

丹下博文(2010)『企業経営のグローバル化研究』~マーケティングからロジスティックス~,中央経済社

中小企業基盤整備機構(2016)「海外リスクマネジメント実態調査」『海外リスクマネジメント研究会』,pp.22-23

遠原智文(2012)「企業の国際化理論と中小企業の国際化戦略」額田春華・山本聡編著『中小企業の国際化戦略』同友館

中村久人(2012)「ボーングローバル企業とその類似企業の比較-ボーン・アゲイン・グローバル企業とハイテク・スタートアップ」『経営論集』第80号,東洋大学経営学部,pp.17-30

――――(2015)「ボーン・アゲイン・グローバル企業とニッチトップ企業:新タイプの国

際中小企業出現の意義(アジアにおける中小ビジネスの創造と国際的企業家育成研究グループ)」『経営力創生研究』第11号,東洋大学,pp.63-75

日本冷凍食品協会(2017)「品種別国内生産量」,pp.1-2桝山誠一(1999)「グローバル経済化と日本型企業システム」知的資産創造(12月),pp.36-55

三菱商事(2015)『新・現代総合商社論』早稲田大学出版部山口隆之(2012)「中小企業経営の特徴と近接性」関西学院大学商学論究(3月),pp.71-91山本聡(2012)「国内中小部品企業における取引関係の国際化」額田春華・山本聡編著『中

小企業の国際化戦略』同友館山本聡・名取隆(2014)「国内中小製造業の国際化プロセスにおける国際的企業家志向性(IEO)の形成と役割:海外企業との取引を志向・実現した中小製造業を事例として」『日本政策金融公庫論集』第23号,日本政策金融公庫総合研究所,pp.61-81

Johanson Jan and Jan-Erik Vahlne(1997)“THE INTERNATIONALIZATION PROCESS OFTHE FIRM-A MODEL OF KNOWLEDGE DEVELOPMENT AND INCRESSING FOREIGNMARKET COMMITMENTS.”8(1), pp.23-32

381 地域中小企業の原材料の海外調達における現状と課題の考察 -21-