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東京大学史料編纂所
保立道久
「和紙の物理的分別手法の確立の歴史学的研究」(科研、2008~2010)代表
和紙研究と日韓の繭紙日韓の文化の同質性と独自性を歴史的にたどる
参考文献
池田温「前近代東亜における紙の国際流通」(『東アジアの文化交流史』、吉川弘文館、2002)
寿岳文章『日本の紙』(吉川弘文館、1967)
韓允煕・江前敏晴・保立道久「古文書料紙の物理分析ー技法と試論」 (『禅宗寺院文書の古文書学的研究』、2002年~04年度科学研究費補助金(基盤研究(A)(二)研究成果報告書、研究代表者保立道久、二〇〇五年三月)
論題
①前近代の日韓の紙の共通する特徴=繭紙
②繭紙とはどういう紙か。
③日本の繭紙の技術の原型は何か。
「陸奥国檀紙」をどう考えるか。
①日韓の紙の共通する特徴=繭紙韓国の場合(高麗時代)
宋代?
以朝鮮厚繭紙、作鯉魚函試鴬、朝鮮の厚繭紙をもって鯉魚の函を作る。『玄散詩話』8世紀の女詩人試鴬の伝承。
仁宗元年(1123)の宋使の報告書
紙不全用楮、間以藤造。槌搗皆滑膩、高下数等。(高麗の産物について)紙まったく楮を用いず、かわりに藤をもって造る。槌搗きて、皆、滑膩(なめらかであぶらっぽい)たり、高下数等あり。
モンゴルへの献上品ー大量の高麗紙
①日韓の紙の共通する特徴=繭紙韓国の場合(朝鮮王朝時代)
高濂『遵生八箋』
高麗有綿繭紙、色白如綾、堅靭如帛。用以書写、発墨可愛。
高麗に綿繭紙あり、色白きこと綾の如く、堅靭なること帛の如し、もって書写にもちいるに、発墨、愛すべし。
方以智『通雅』(明末)
今世所重、薄則澄心堂、厚則高麗繭。
高麗産の紙が北宋・南宋から元・明に至るまで、中国における声望
①日韓の紙の共通する特徴=繭紙日本の場合(奈良時代)
『新唐書』日本伝、建中元年(七八〇)
使者真人興能献方物。興能善書、其紙似繭而沢。
(日本の遣唐使の紙)その紙、繭に似て沢あり、
平安時代・鎌倉時代には繭紙という言葉なし。
①日韓の紙の共通する特徴=繭紙日本の場合(室町時代)
「藤陰瑣細集」(『東海一漚集』、中巌円月一三〇〇~七五)
金華王善甫善書、嘗用日本繭紙、為書□□□□□琳荊山収之、与予観之、且曰、此紙仙里之出也。退之之文、善甫之書、而紙亦遠来、可珍、是三絶也。予曰、物以遠見貴、人以遠見卑、荊山然之。繭紙日本謂之引合。
禅僧中巌の入元(一三二五ー三二年)。
元(モンゴル)の文人が「日本の繭紙」を珍重。
「遠くの産物は珍しがられて尊重され、遠くの人は「夷」といっていやしまれる」
中巌はその紙を日本でいう「引合」と観察。
②繭紙とはどういう紙か。
簀目弱、なし、 大徳寺文書357
②繭紙とはどういう紙か。
網目状、非繊維物質、少ない。よく洗った繊維純白、光沢、つやつや繭のような細かな皺糸目・簀目少ない。
繊維配向なし、
溜漉。水切りに際して回しながら簀をゆらす。
楮紙の種類
楮紙は、繊維の洗浄度、不純物・填料の有無を基準とした材質の単純分析によって三つに区分可能。
(イ)繭紙 (史料名称「引合」)。ほぼ完全に洗浄・漂白した
楮繊維からなる純紙、不純物・填料なし。溜漉
(ロ)強紙(史料名称「強杉原」)。繊維以外の不純物が多く、簀目にリグニンが優越。流漉
(ハ)糊紙(史料名称「杉原」)。米糊を添加した料紙
流漉
②繭紙とは違う紙(強紙)。
②繭紙とは違う紙(強紙)。
非繊維物質が多い。
がさがさして厚い。簀目が茶色で目立つ。
繊維配向が高い。
②繭紙とは違う紙(糊紙)
②繭紙とは違う紙(糊紙)
米糊を添加
簀目が目立ち、白い。
白く、厚くなり、上質のものでは繭紙と似てくる。
③日本の繭紙の技術の原型。
楮紙の一般的な製法ーー流漉
前方への捨水によって浮塵・皮・繊維束などの不純物を流してしまう。事前の繊維精製を省略しても相対的に白い紙を獲得する合理的技術。
繊維配向性が高い。とくに簀肌面の配向が高い。
特別な紙ーー溜漉、「繭紙」
正倉院文書は溜漉。流漉技法の一般化は平安時代か。
③日本の繭紙の技術の原型。
「『繭のような紙』という性質は、麗紙にもしばしば言及されており、日本の造紙技術が高句麗の僧により伝えられたという所伝とあわせて、日本の古代の上質紙が麗紙と相似していたとして誤らないであろう」(池田温)
渡来系の人々の関わりをより具体的に考えることはできないか。
③日本の繭紙の技術の原型ー檀紙。
檀紙・真弓紙という言葉が正倉院文書に登場。8世紀その実態は?
「陸奥の檀紙」 ■『宇津保物語』(藤原の君)
「陸奥守の奉れる陸奥国紙あり(みちのくのかみのたてまつれるみちのくにがみあり)」〔970~999頃〕
『宇津保物語』(あて宮) 「蘇芳の机にまゆみのかみ、青紙・まつがみ・筆など積みて」
■『賀茂女集』「かきあつむれば、みちのくのまゆみのかみも、すきあへず」〔993~998頃〕
一〇世紀に存在。
檀紙ーー「白く清げ」「厚肥たる」
まさに繭紙。
■『枕草子』(一五〇・こころゆくもの)
「しろくきよげなるみちのくかみに、いとほそくかくてにはあらぬ筆して、くつろかにきよげなる手して書きたるこそ」*堺本枕〔10C終〕
■『源氏物語』若菜上「みちのくにかみにて、年経にければ黄ばみ、厚ごえたる五六枚、さすがに、香にいと深くしみたるに」〔1001~14頃〕
陸奥の繭紙は渡来系技術
10世紀に存在した陸奥の繭紙=檀紙は、陸奥特産の最高級の紙であろう。
陸奥に高級技術が存在する理由は、陸奥に多く移住した百済型などの渡来民の技術が条件となっていたと考えざるをえない。
結論
①前近代の日韓の紙の共通する特徴=繭紙
中国文化圏の中での文化の共通性
②繭紙とはどういう紙か。
最初に渡来した溜漉きの技術が高級紙製造技術としても、文化としても遺存した。
③日本の繭紙の技術の原型は何か。
陸奥の渡来系技術に原型
今後の課題
奈良時代・平安時代の紙の自然科学的検討。
奈良時代の紙技術の詳細と檀紙。
流漉は、何時、どのように始まったか。
和紙の物理的分類法の確定。
現在のこっている和紙は作られた当初の風合いとは異なり、劣化しているはず。和紙の物理分類がわかれば、当初の風合いを推定できるだろう。
和紙の史料表現の検討
繭紙=「引合」、強紙=「強杉原」、糊紙=「杉原」など