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76 日看管会誌 Vol. 19, No. 2, 2015 資料 専従医療安全管理者のインシデント報告を 利用した安全文化醸成行動 Actions by Full-Time Safety Managers to Foster Safety Culture using Incident Reports 西山史江 1) Fumie Nishiyama 1) * Key words : full-time safety manager, incident report, safety culture, foster action キーワード: 専従医療安全管理者,インシデント報告,安全文化,醸成行動 Abstract The Ministry of Health, Labor and Welfare (2007) named ‘fostering a safety culture’ as one role of medical safety managers in its Work Guidelines for Medical Safety Managers and its Training Program Development Guidelines for Education. We therefore conducted a study with the objective of elucidating the actions being taken by full-time safety managers to foster safety culture within organizations. Regarding the study methods, an incident report for which the full-time safety managers felt certain that he or she had been able to contribute to the fostering of a safety culture within his or her organization was selected, semi-structured interviews were administered to the full-time safety managers regarding the sequence of actions for fostering a safety culture fromreceiving the incident report to making an evaluation, and a qualitative, descriptive analysis was performed. Study participants were ten nurses who were full-time safety managers work- ing in hospitals that have received Medical Safety Addition 1. We extracted six categories, 13 subcate- gories, and28codes. Inorder tofoster safetyculture withinthe organizationafter receivingthe incident report, the full-time safety managers took the following six steps: decision-making concerning organization activities, assessment of safety in the relevant departments, plans for organization activiti- es, steps towards organization activities, infusion of values towards newsafety measures, and foster a newsense of values related to safety. These findings suggest that full-time safety managers engage in fostering of a safety culture within organizations by utilizing measures as specialists in medical safety. 要 旨 厚生労働省(2007)は,医療安全管理者の業務指針及び養成のための研修プログラム作成指 針において医療安全管理者の業務として安全文化の醸成を掲げた. そこで,専従医療安全管理者の組織における安全文化醸成行動を明らかにすることを目的に 研究した.研究方法は,専従医療安全管理者が組織の安全文化醸成につなげることが出来たと 確信しているインシデント報告を一つ選び,そのインシデント報告を受け取ってから評価まで の一連の安全文化醸成行動について専従医療安全管理者に半構成的面接を実施し,質的記述的 分析を行った.研究協力者は,医療安全加算1を取得している病院に勤務する専従医療安全管 理者である看護師10名.結果は,6つのカテゴリーと,13のサブカテゴリー,28のコードが抽 出された.専従医療安全管理者がインシデント報告を受け取ってから,組織に安全文化を醸成 させていくために,【組織活動への意思決定】,【当該部署の安全に関するアセスメント】,【組 織活動に向けた段取り】,【組織活動への踏み出し】,【新たな安全対策に関する価値観の吹きこ The Journal of the Japan Academy of Nursing Administration and Policies Vol. 19, No. 2, PP76-85, 2015 受付日:2014年10月13日  受理日:2015年11月11日 1) 広島市立リハビリテーション病院 Hiroshima CityRehabilitationHospital *責任著者 Correspondingauthor: e-mail [email protected]

専従医療安全管理者のインシデント報告を 利用し …janap.umin.ac.jp/mokuji/J1902/10000003.pdf76 日看管会誌 Vol. 19, No. 2, 2015 資料 専従医療安全管理者のインシデント報告を

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76 日看管会誌 Vol. 19, No. 2, 2015

資料

専従医療安全管理者のインシデント報告を 利用した安全文化醸成行動

Actions by Full-Time Safety Managers to Foster Safety Culture using Incident Reports

西山史江 1) *Fumie Nishiyama1) *

Key words : full-time safety manager, incident report, safety culture, foster action

キーワード: 専従医療安全管理者,インシデント報告,安全文化,醸成行動

AbstractThe Ministry of Health, Labor and Welfare (2007) named ‘fostering a safety culture’ as one role of medical safety managers in its Work Guidelines for Medical Safety Managers and its Training Program Development Guidelines for Education.We therefore conducted a study with the objective of elucidating the actions being taken by full-time safety managers to foster safety culture within organizations. Regarding the study methods, an incident report for which the full-time safety managers felt certain that he or she had been able to contribute to the fostering of a safety culture within his or her organization was selected, semi-structured interviews were administered to the full-time safety managers regarding the sequence of actions for fostering a safety culture from receiving the incident report to making an evaluation, and a qualitative, descriptive analysis was performed. Study participants were ten nurses who were full-time safety managers work-ing in hospitals that have received Medical Safety Addition 1. We extracted six categories, 13 subcate-gories, and 28 codes. In order to foster safety culture within the organization after receiving the incident report, the full-time safety managers took the following six steps: decision-making concerning organization activities, assessment of safety in the relevant departments, plans for organization activiti-es, steps towards organization activities, infusion of values towards new safety measures, and foster a new sense of values related to safety.These findings suggest that full-time safety managers engage in fostering of a safety culture within organizations by utilizing measures as specialists in medical safety.

要 旨 厚生労働省(2007)は,医療安全管理者の業務指針及び養成のための研修プログラム作成指針において医療安全管理者の業務として安全文化の醸成を掲げた. そこで,専従医療安全管理者の組織における安全文化醸成行動を明らかにすることを目的に研究した.研究方法は,専従医療安全管理者が組織の安全文化醸成につなげることが出来たと確信しているインシデント報告を一つ選び,そのインシデント報告を受け取ってから評価までの一連の安全文化醸成行動について専従医療安全管理者に半構成的面接を実施し,質的記述的分析を行った.研究協力者は,医療安全加算1を取得している病院に勤務する専従医療安全管理者である看護師10名.結果は,6つのカテゴリーと,13のサブカテゴリー,28のコードが抽出された.専従医療安全管理者がインシデント報告を受け取ってから,組織に安全文化を醸成させていくために,【組織活動への意思決定】,【当該部署の安全に関するアセスメント】,【組織活動に向けた段取り】,【組織活動への踏み出し】,【新たな安全対策に関する価値観の吹きこ

The Journal of the Japan Academy of Nursing Administration and Policies Vol. 19, No. 2, PP 76-85, 2015

受付日:2014年10月13日  受理日:2015年11月11日1) 広島市立リハビリテーション病院 Hiroshima City Rehabilitation Hospital*責任著者 Corresponding author: e-mail [email protected]

Page 2: 専従医療安全管理者のインシデント報告を 利用し …janap.umin.ac.jp/mokuji/J1902/10000003.pdf76 日看管会誌 Vol. 19, No. 2, 2015 資料 専従医療安全管理者のインシデント報告を

Ⅰ.緒言

 わが国では,1999年の横浜市立大学病院患者取違い事故を契機とし,医療安全対策と,医療の質向上の必要性が高まってきた.それを受けて,2001年に,厚生労働省医療安全対策検討会のヒューマンエラー部会は,安全な医療を提供するための特に重要な項目として,安全文化の醸成を挙げた. 厚生労働省は2006年に,医療安全管理者の配置を条件とした診療報酬加算を新設した.このことは,厚生労働省が,医療安全対策を重点項目と考え,専従医療安全管理者による,安全文化醸成に向けた,組織活動への期待を意味している.そして,小林ら(2009)の研究によれば,専従医療安全管理者の職種は,看護師が80.4%,医師・歯科医師が5.9%,薬剤師が5.3%,その他が8.4%であった.このことから,専従医療安全管理者の職種は看護師が多いことが明らかである. Reason(1997)によると,安全な組織には,自らのエラーやニアミスを報告しようとする報告する文化が必要である.また,インシデント報告数は,組織の医療安全についての考え方や,上司の取り組み姿勢により,報告数に影響を与えることが明らかになっている(金子,濃沼,2005)ため,安全文化醸成には,組織の管理者の考え方が重要となる. 2007年に厚生労働省から出された「医療安全管理者の業務指針及び養成のための研修プログラム作成指針」の中で,医療安全管理者の安全文化の醸成業務が示されている. 安全文化に関する先行研究には,組織の安全文化を測定するための尺度の開発(種田ら,2009)や,ヒューマンエラーを誘発する組織要因を明らかにした研究(奥村ら,2008)などが報告されている.また,医療安全管理者の役割評価尺度の開発(児玉,新開,2004)や,専従医療安全管理者の配置による効果は明らかになっている(小林ら,2009).それに加え,専従医療安全管理者の活動報告などは,多くみられる(佐々木,2000;寺井,2000;小野,

2003).しかし,専従医療安全管理者が行う安全文化醸成に向けた具体的な行動に注目している研究は少ない. 目標とされている安全文化の樹立(長谷川,2002)の有無は,文化が視覚的に見えないものであることから,明確に計れないものである.その為,安全文化の醸成は容易なことではない.そこで,安全文化醸成を可能にした専従医療安全管理者の安全文化醸成行動のプロセスを見える化することは,組織の安全文化醸成を主な活動とする専従医療安全管理者の安全文化醸成活動への示唆となると考える.

Ⅱ.目的

 専従医療安全管理者が,インシデント報告を受けてから評価するまでの一連の行動から専従医療安全管理者の組織における安全文化醸成行動を明らかにする.

Ⅲ.方法

1.用語の定義1)専従医療安全管理者 医療機関において,医療安全の専従として任命され,医療安全対策推進に関する職務と権限を与えられている看護師.2)安全文化醸成行動 医療に従事する全ての職員が患者の安全を最優先に考え,その実現を目ざす態度や考え方およびそれを可能にする組織のあり方(厚生労働省,2001)である安全文化を,組織内に根づかせ機能させるために専従医療安全管理者が行う全ての行動.3)インシデント報告 誤った医療行為が患者に実施される前に発見されたもの,もしくは実施されても結果として影響を及ぼさなかったもの(医療安全対策検討会議ヒューマ

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み】,【安全に関する新たな価値観の醸成】という 6つの段階を経ていた. 専従医療安全管理者は,医療安全の専門家としての方策を駆使しながら,組織の安全文化醸成に取り組んでいることが示唆された.

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ンエラー部会,2001)についての報告であり,一般に「ヒヤリ・ハット」と言われている事例についての報告.

2. 研究方法1)研究デザイン 本研究は質的記述的デザインを用いた.2)研究協力者 研究協力者は,専従医療安全管理者であり,専従医療安全管理者としての経験年数が2年以上であり,口頭と文書による説明後に研究協力の承諾が得られた看護師10名. 研究協力者の選定は,中国四国厚生局のまとめた届け出受理医療機関名簿リストから医療安全加算1を取得している病院を選定し,その病院に勤務する看護師であり,経験が2年以上ある専従医療安全管理者の紹介を看護部長に依頼した.専従医療安全管理者が,専門性を発揮して,組織の中で組織活動を行使していくには,専従医療安全管理者としての経験年数が2年以上は必要であると判断した.3)調査方法(1)データの収集方法 研究者が作成した半構造化したインタビューガイドに基づいて面接調査を実施した.調査内容は,①協力者の背景,②専従医療安全管理者が,組織の安全文化醸成につなげることが出来たと確信しているインシデントを一つ選び,そのインシデント報告を受け取ってから,評価までの一連の安全文化醸成行動. 60分の面接を1回実施し,面接内容は研究協力者の了解のもとにすべて録音し,逐語録を作成した.(2)研究期間 研究期間:2010年11月から2012年1月(3)データの分析方法①インタビューで得られたデータは,逐語録に起こして,丹念に再読を繰り返し ,内容を理解した.

②データの中から,安全文化醸成行動と思われる部分を逐語録から抽出した.③抽出した要素を,その意味内容の類似性に従い分類し,コード化した.④コード化したデータの共通なものをまとめてカテゴリー化し,カテゴリー間の関連を検討した.⑤データの分析過程では,質的研究の経験がある研

究指導者から,スーパーバイズを受けた.

3.倫理的配慮 本研究は,日本赤十字広島看護大学研究・倫理委員会から承認を得た(承認番号:M-1013).研究施設の看護部長に研究協力の承諾を得て,専従医療安全管理者の紹介を依頼した.紹介された研究協力者に研究者が直接連絡を取り,研究協力への自由意志と,話したくないことについては語らなくて良い事などの倫理的配慮について研究者が直接文書を用いて説明し,文書で同意を得た.得られたデータはコード化し病院名や,個人が特定できないように配慮した.

Ⅳ.結果

1.研究協力者の概要(表1) 専従医療安全管理者経験年数は,平均3.9年であり,職位は,副看護部長が4名,看護師長が5名,看護主任が1名であった.また,平均年齢は51.6歳であり,全員が女性であった.所属病院の病床数は,平均593床であった.病院に配置されている専従医療安全管理者数の平均は,1.5名であり,全員が医療安全管理室の所属であった.

2.安全文化醸成行動を開始するきっかけになったインシデント事例の概要(表 2)

 病院機能評価機構が行なっている医療事故等収集事業に準じ分類した.その結果,治療・処置に関す

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表1   協力者の背景

数職位病床数経験年数年齢性別

2副看護部長1000床以上660歳代女性A

2副看護部長600~700床550歳代女性B

2看護師長700~800床450歳代女性C

1副看護部長200~300床350歳代女性D

1副看護部長200~300床350歳代女性E

2看護師長700~800床350歳代女性F

1看護師長600~700床340歳代女性G

2看護師長700~800床330歳代女性H

1看護主任200~300床340歳代女性I

1看護師長400~500床250歳代女性J

数:専従医療安全管理者数経験年数:専従医療安全管理者としての経験年数

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ることが3件,薬剤に関することが3件,医療機器等に関することが2件,輸血に関することが1件,療養上の世話に関することが1件であった.

3.専従医療安全管理者の安全文化醸成行動(図1) インシデント報告を受けてから評価するまでの一連の行動における専従医療安全管理者の組織における安全文化醸成行動は,6カテゴリーと13のサブカテゴリー,28のコードが抽出された(表3). 本文中のカテゴリーは【 】,サブカテゴリーは<  >,コードは[  ]で示した.カテゴリーの内容を説明する為に,その内容を表しているデータの一部を「  」で引用し,内容の理解が難しいと思われる部分は(  )で補足した. 図1に示すように,専従医療安全管理者は,各部署から[インシデントレポートによる報告を読む]方法や,[当該部署からの直接報告を受ける],[他部門から相談を受ける]方法によって得られたインシデント報告の中から組織全体で検討すべき事例を見つけ,【組織活動への意思決定】を行い,安全文化醸成に向けた行動を開始していた.専従医療安全管理者はインシデントが発生した部署に赴き,【当該部署の安全に関するアセスメント】を実施し,組織全体で問題解決するための【組織活動に向けた段取り】

を進めていた. 専従医療安全管理者は,部署での検討を十分行った後に,部署から組織全体に向けた活動へと活動範囲を拡大する為に,【組織活動への踏み出し】をして行動を進めていた.そして,専従医療安全管理者は改善した対策の実践に向けて職員全体に【新たな安全対策に関する価値観の吹きこみ】を行っていた.さらに,専従医療安全管理者は【安全に関する新たな価値観の醸成】に努めており,それは,新たな安全文化を組織に根付かせていくための行動であった.1)【組織活動への意思決定】 専従医療安全管理者は,<介入を要するインシデ

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表2  インシデント事例の概要事例数インシデント内容

3治療・処置に関すること

3 薬剤に関すること

2 医療機器等に関すること

1 輸血に関すること

1 療養上の世話に関すること

図1   安全文化醸成行動図

表3   専従医療安全管理者の安全文化醸成行動コードサブカテゴリーカテゴリー

当該部署から直接報告を受ける介入を要するインシデントの特定

組織活動への意思決定

インシデントレポートによる報告を読む

他部門から相談を受ける

安全文化への危機感

専門的判断行動開始への決意

全部署への第一報

裏付けの吟味

隠れたリスクの調査現場におけるリスクの発見 インシデント発生要因の把握

キーパーソンと共に検討協力者との協同による問題点の探求

当該部署の安全に関するアセスメント

専従医療安全管理者のネットワーク活用

関係部署との検討

専門的分析安全文化のほころびを明確化

検討グループの編成関係者をつなぐ場づくり組織活動に

向けた段取り

メンバーとの共同作業

多職種による組織の課題検討組織活動に向けたアイデアの集約

医療安全委員会に報告医療安全委員会からの支援を得た行動組織活動へ

の踏み出し医療安全委員会の承認獲得

最高責任者の承認獲得最高責任者からの支援を得た行動 最高責任者との連携

全職員への伝達安全意識,安全行動の普及活動

新たな安全対策に関する価値観の吹きこみ

組織全体に向けた教育

周知方法の仕組みづくり新たな対策実践に向けた行動 ラウンドによる周知

新たな取り組みの検証継続的モニタリング活動安全に関す

る新たな価値観の醸成

類似のインシデント確認

職員の意識変化の喚起組織の改善に向けた終わりなき挑戦 信念を持った行動

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ントの特定>をすると部署に出向き,インシデント報告だけでは伝わってこない部署の医療安全に関する脆弱な部分を<専門的判断>によって把握していた.そして専従医療安全管理者は,現場に出向き,報告だけでは分からない<現場におけるリスクの発見>に取り組んでいた. 専従医療安全管理者は,インシデントが発生した当該部署の安全文化が他部署でも存在する可能性があると予想し,組織全体に向けた活動をすることを決断していた. 以上のことから,【組織活動への意思決定】と表した.(1)<介入を要するインシデントの特定> インシデント報告は,「(インシデント発生部署の)病棟師長,部長が報告に来ました」というように,[当該部署から直接報告を受ける]方法で専従医療安全管理者に報告されていた.また,「毎朝見るインシデントレポートの中から,気になっていることがありました」など,職員が記入する[インシデントレポートによる報告を読む]方法もあった.他に,「この事例は専従医療安全管理者の対応は必要ないのか,と(薬剤師に)聞かれました」 というように,当該部署からの報告はなかったが,[他部門から相談を受ける]こともあった.そのため, 専従医療安全管理者が上記3つの方法のいずれかによって報告された中から介入を必要とするインシデントを見つけていたことから,<介入を要するインシデントの特定>と表した.(2)<専門的判断> 専従医療安全管理者は受け取ったインシデントから,「レベル自体は0ですけれども,患者さんにとっては高いインシデントになるだろうと把握したの で…」や「連絡・報告・相談がないということが,一番いけないなあ…」などのように,専従医療安全管理者は[安全文化への危機感]を持った.他に,「同じようなインシデントが続いている.教育しないと…」と,専従医療安全管理者は類似のインシデントの発生を危惧し,[行動開始への決意]をしていた.また,専従医療安全管理者は「全部の病棟,外来を回って,全部のナースステーションに行って,今こういうことがあったと.顔を見て,表情を見て,…説明して…」おり,インシデント報告を受けた直後に,[全部署への第一報]を自ら伝えていた.そし

て,「インターネットの検索をかけたり,図書室に行って,医中誌,全部検索かけたり…」や,「もう1回看護技術の本を開けてみたら,書いてありました」や,「どこの病院がどんなことをしているのかなっていうのを調べてみたら,結構世界的に取り組んでいるし,機能評価機構も取り組んでいたので,そこのデータを入手して…」など,専従医療安全管理者は情報を得て,[裏付けの吟味]を行なっていた. 専従医療安全管理者が危機感を感じ,文献及びインターネットによる探索や,職員の反応や,関係者との検討により,その危険性を察知し,医療安全の専門家としての行動開始の必要性を判断していたことから,<専門的判断>と表した.(3)<現場におけるリスクの発見> 専従医療安全管理者は,「どういう風に,何で防げたのかっていうのを聞きに行きました」や,「現場の写真を撮って,机上でなるべく話し合いをしないようにしているんです」というように,インシデント報告だけでは分からない顕在化していない[隠れたリスクの調査]を行っていた. その調査から,専従医療安全管理者は,「ルールがあったんですけど,できていなかった…」や,「コツみたいなのが伝承されて…エビデンスがないままにやっていた」のような,当該部署に出向いて得た情報から[インシデント発生要因の把握]に努めていた. 専従医療安全管理者が,インシデントが発生した部署に出向き,現場でリスクを発見していたことから,<現場におけるリスクの発見>と表した.2)【当該部署の安全に関するアセスメント】 専従医療安全管理者は,行動を開始する前に,報告されたインシデントに関係する部署の中からキーパーソンを選び,キーパーソンである<協力者との協同による問題点の探求>に努めていた. 専従医療安全管理者は,医療安全推進者や関係部署との協力も取り付けながら,情報共有に努め,<安全文化のほころびを明確化>するために,専従医療安全管理者自ら分析手法を用いた分析を行い,原因追及に努めていた. 以上のことから,【当該部署の安全に関するアセスメント】と表した.(1)<協力者との協同による問題点の探求> 専従医療安全管理者は,「工学技士と研修がいるね

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と話をしました」というように,対策の検討時に必要な仲間を選定し,[キーパーソンと共に検討]を行っていた.それには,「必ずここ(医療情報課)に持って行って,解決,改善策を一緒に考えてもらう」など,専従医療安全管理者はいつも相談できる協力者を見つけていた.また,「医療安全推進者に情報収集を依頼しました」というように,専従医療安全管理者は,組織内で活動するために[専従医療安全管理者のネットワーク活用]をしていた. 専従医療安全管理者は,当該部署だけでなく,報告されたインシデントと関係する部署にも働きかけ,「指示出しについては,医療情報管理部と何度も検討会を持ちました」というように,[関係部署との検討]に努めていた. 専従医療安全管理者が自らのネットワークを使い,協力者と力を合わせて取り組んだことから,<協力者との協同による問題点の探求>と表した.(2)<安全文化のほころびを明確化> 専従医療安全管理者は,「(医療安全推進者が)時系列にまとめてくれたものを基に,私が分析させていただきました」や,「医療安全推進者,統括の医療安全管理者,担当医師と共に,メディカル・セイファーを用いた分析をしました」というように,医療安全推進者と共に集めた情報から,専従医療安全管理者自らが分析手法を用いて[専門的分析]を行っていた. 専従医療安全管理者自らが安全文化の脆弱になった部分を明らかにするために分析手法を用いて分析していたことから,<安全文化のほころびを明確化>と表した.3)【組織活動に向けた段取り】

 専従医療安全管理者は,部署内で起きた問題点を関係者を集めて検討できるように,<関係者をつなぐ場づくり>をして,その検討グループの会議において,<組織活動に向けたアイデアの集約>を行っていた. 専従医療安全管理者は,当該部署に存在する脆弱な安全文化の修復や強化に努めた後,組織全体にも存在する対応が必要な安全文化を検討するために,多職種で検討する場の設定などの,段取りを行っていた. 以上のことから,【組織活動に向けた段取り】と表した.

(1)<関係者をつなぐ場づくり> 専従医療安全管理者は,「現場のスタッフも含めて,当事者の先生とか,当事者の方も出席し,その中に私とセーフティーマネージメント部会の部会長,医師も参加して」当事者を含めた関係者を集めていた.それは, 専従医療安全管理者が,関係者による検討を重要視し,[検討グループの編成]に努めていたからである.その検討グループの話し合いは,「奥深いなんか問題が見え隠れしていたので,客観的に見えるもの(時系列にまとめた資料や,専従医療安全管理者が分析した資料)を示して調整をしました」など,専従医療安全管理者の主導で進められていた.また,「これどうしてわかったの?と言って,掘り下げて…少しずつ,いろんなことがわかってきました」,など, 専従医療安全管理者が中心となって行なった[メンバーとの共同作業]であった. 専従医療安全管理者がインシデントに潜んでいる真の問題点を明らかにするために,関係者と共に情報共有し,問題点を検討する場を作ったことから,<関係者をつなぐ場づくり>と表した.(2)<組織活動に向けたアイデアの集約> 専従医療安全管理者は,「ここ(ワーキンググループ)でいろんな検討事項を検討して,委員会に持ちあがる,という形にしています」や,「病院全体で改善すべきことが,見えてきたら,ワーキングを立ち上げて,そこで改善をしていく」というように,[多職種による組織の課題検討]を行っていた. 専従医療安全管理者が中心となって,多職種でアイデアを出し合い,対策を検討し,組織全体に向けた活動のための準備をしていたことから,<組織活動に向けたアイデアの集約>と表した.4)【組織活動への踏み出し】 専従医療安全管理者は,病院の安全について検討する<医療安全委員会からの支援を得た行動>や病院の<最高責任者からの支援を得た行動>により,医療安全委員会や,病院長の権限やパワーを得ながら組織活動への準備をしていた. 専従医療安全管理者は,医療安全委員会と,病院長からの支えを得て,組織を横断した活動に踏み出そうとしていた.以上のことから,【組織活動への踏み出し】と表した.(1)<医療安全委員会からの支援を得た行動> 専従医療安全管理者は,「マニュアル作成とか,研

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修会とか,医療安全委員会に経過を報告しています」というように,自己の活動を[医療安全委員会に報告]していた.また,専従医療安全管理者は,「(医療安全委員会に)必ず承認してもらわないと,勝手なルールを作ると,返って改善したことによって新たなリスクが生まれることもありますので,充分吟味しなければいけません」というように,全職種の代表が集まる[医療安全委員会の承認獲得]を行っていた. 専従医療安全管理者が独自で活動しているのではなく,医療安全委員会と協議しながら活動していたことから,<医療安全委員会からの支援を得た行動>と表した.(2)<最高責任者からの支援を得た行動> 専従医療安全管理者は,「ワーキングで決まった事は,病院長が入る病院の一番上の会議に提出し,検討の是非が決まります」というように,発生したインシデントの改善策を実践するには,病院長である[最高責任者の承認獲得]が必要であることを示していた. また,専従医療安全管理者は,「(研修会に参加して終了したという)認定書とかも院長に授与していただき,病院として,承認していただく」や,「『もうこれは何月何日から院長命令でしますのでよろしく』って…」というように,専従医療安全管理者は病院の中で一番権威のある,[最高責任者との連携]をもった行動をしていた. 専従医療安全管理者は,自身の権限だけでなく,病院長の支えを得て活動をしていたことから,<最高責任者からの支援を得た行動>と表した.5)【新たな安全対策に関する価値観の吹きこみ】

 専従医療安全管理者は,組織から承認を得た改善策を実施する為に,職員全体の<安全意識,安全行動の普及活動>に努め,改善策を実施するため<新たな対策実践に向けた行動>をしていた.  専従医療安全管理者は,全職員に向けて,伝達や教育を行い,脆弱化した安全文化の改善を行い,組織に新たな安全文化を吹き込んでいた.以上のことから,【新たな安全対策に関する価値観の吹きこみ】と表した.(1)<安全意識,安全行動の普及活動> 専従医療安全管理者は,「診療科会議でも言った,看護師連絡会議でも言った,薬剤部の運営会議でも

言った,色んなところで言いました」というように,新たな対策をあらゆるところで全職員に伝えていた.それに加え,「院内の周知は,医療安全ニュースで行います.それと,トピックスも流します」というように,専従医療安全管理者は,自ら行動を起こし,[全職員への伝達]に努めていた.その後,専従医療安全管理者は,「この事例に関する医療安全研修会を開きました.全員参加です」など,職員の知識・技術の修得のために,研修会を企画・運営し,[組織全体に向けた教育]に努めていた. 専従医療安全管理者が医療安全ニュースや研修会によって,全職員に向けて改善策の普及に努めていたことから,<安全意識,安全行動の普及活動>と表した.(2)<新たな対策実践に向けた行動> 専従医療安全管理者は,「毎日見ないといけないお知らせ帳を見たらサインするシステムがあるんです」や,「広報した事は全員が分かるシステムにしています」というように,立案した新たな対策を職員へ伝達するための[周知方法の仕組みづくり]をしていた.また,専従医療安全管理者は,「こういうの(立案した対策)が出た後に,…巡視をして,巡視の項目に入れて…」など,[ラウンドによる周知]に努めていた. 専従医療安全管理者は,立案した対策を職員が実践できるように,方法を工夫して周知に努めていたことから,<新たな対策実践に向けた行動>と表した.6)【安全に関する新たな価値観の醸成】 立案された対策を組織に根付かせることが,類似のインシデント発生の防止となる.そのため,専従医療安全管理者は,<継続的モニタリング活動>により,立案した対策が継続して実践されていることを観察し続けていた.それは,専従医療安全管理者による<組織の改善に向けた終わりなき挑戦>であった. 専従医療安全管理者は,新たな安全文化を組織に,徐々に醸成させていた.以上のことから,【安全に関する新たな価値観の醸成】と表した.(1)<継続的モニタリング活動> 専従医療安全管理者は,「この度対策として決められた事が,その後継続できているか,話をして歩く」など,自分から対策の継続状況を確認して回ったり,

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「各医療安全推進者と面接を行い,出来ている所と,出来ていない所の確認を行っています」というように,自らが出向いて部署の情報を得たり,「アンケートで評価しています.…ほとんど8割方で,知っている,活用もしているという結果でした」や,「定例報告会をして,それから3カ月後にもう1回検証をしたら,89%位していたんです」などにより,[新たな取り組みの検証]を行っていた.また,専従医療安全管理者は,「同様のインシデントは発生していません」や,「転倒転落が3割減りました」というように,[類似のインシデント確認]を行っていた. 専従医療安全管理者がインシデントの再発予防のために継続して観察し続けていたことから<継続的モニタリング活動>と表した.(2)<組織の改善に向けた終わりなき挑戦> 「(職員より)自分達が考えたものが成果物として,病院全体のルールになるって,…安全活動に参加するという動機づけにもなると言われました」というように,専従医療安全管理者が部署の職員と共に安全に向けた活動を行なったことが,[職員の意識変化の喚起]につながっていた.また,専従医療安全管理者は,「組織化が大事で,組織化もして,それぞれに役割分担もして,作業手順や業務手順を変えて,それに沿ってやってもらう」や,「皆がね,いやにならないように,ちゃんとできるように根回し…」というように,専従医療安全管理者の行動は,安全な組織づくりに向けた[信念を持った行動]であった. 専従医療安全管理者が,実践した組織の安全に向けた取り組みが職員の意識を変え,専従医療安全管理者自らの役割を自覚し,行動し続けていたことから,<組織の改善に向けた終わりなき挑戦>と表した.

Ⅴ.考察

 本研究において,専従医療安全管理者がインシデント報告をもとに開始した安全文化醸成行動の第1段階から第6段階までのプロセスのそれぞれについて考察する.

1.【組織活動への意思決定】 <介入を要するインシデントの特定>によって組

織の安全文化の脆弱な部分に気づいた専従医療安全管理者は,安全文化の再構築に向けて【組織活動の意思決定】を行い,組織の安全文化醸成を目指して活動を開始する.そのためには,日々多く報告されたインシデントの中から改革の必要性を判断しなければならない.それは,医療安全の専門家として学んだ知識や経験に加えて,文献及びインターネットによる探索,職員の反応や,関係者との検討による裏付けなどで得た<専門的判断>と,組織に安全文化を醸成しようとする強い意志を必要とする. 現場に出向いた専従医療安全管理者は,報告された資料からだけでは読み取れない事実を確認する.この,<現場におけるリスクの発見>が,組織活動に向けた確固たる決意となると考える. 第 1段階は,専従医療安全管理者が,インシデントを起こした当該部署の安全文化が他部署でも存在する可能性があると判断し,全組織を視野に入れた活動に向けて意思決定したと考える.

2.【当該部署の安全に関するアセスメント】 専従医療安全管理者は,当該部署で発生したインシデントにはどの安全文化が浸透していなかったのかそれにはどのような背景があるのか【当該部署の安全に関するアセスメント】を行う. 発生したインシデントを調査した結果によっては,医療部門,事務部門,検査部門など,他の専門分野を含めて解決しなければならない事例もある.リスクマネジメントを効果的に展開するために,現場との有機的な連携の必要性(内田,桑原,2003)があるため,専従医療安全管理者が日頃から培っているネットワークの活用が重要となる.専従医療安全管理者は,医療安全委員会や,各部門,部署という,集団や組織として,公式に認知されているネットワークを活用し,部署の医療安全推進者や,医療部門,事務部門,検査部門などの<協力者との協同による問題点の探求>を行う.それに加え,相談などは,非公式なネットワークも活用している.それにより,<安全文化のほころびを明確化>することが出来る. 第2段階は,専従医療安全管理者が顕在化した部署の脆弱な安全文化が,組織全体にも存在し,改善が必要であることをアセスメントすると考える.

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3.【組織活動に向けた段取り】 部署の職員と共に部署に潜む問題点を明らかにした専従医療安全管理者は,【組織活動に向けた段取り】に行動を進める.まずは,部署内で情報を共有し,部署内で改善策を導くことのできる力をつけることが重要である(橋本,2002)ため,専従医療安全管理者は,<関係者をつなぐ場づくり>に力を注いでいる.それは,病院がヒエラルキーの明確な部門別縦割りの組織(内田,桑原,2003)であるため,組織横断的活動が許されている.それは,専従医療安全管理者が調整する必要があるからである. 専従医療安全管理者が,部署に存在する改善の必要な安全文化が組織全体にも存在しており,対策の必要性を明確にすることで,対策の検討のために集まった多職種が,情報を共有することが出来る.多職種が参加したワーキンググループは,バリエーションの富んだ対策が立案される(石川,2012)ため,そこで検討された対策は,<組織活動に向けたアイデアの集約>となる. 第3段階は,専従医療安全管理者が当該部署に存在する脆弱な安全文化の修復や強化に努めた後,全組織に存在する脆弱な安全文化の改善策を多職種で検討できるように,多職種が集まった場の設定などの段取りを行っていると考える.

4.【組織活動への踏み出し】 次に専従医療安全管理者が行ったのは,【組織活動への踏み出し】による病院組織全体へ活動の場を拡大したことである.この拡大は,安全文化の改善を開始することであり,組織活動の開始である.この組織活動は,専従医療安全管理者が一人で行えるものではないため,病院の最高責任者である病院長や医療安全委員会と協力し,組織を横断した活動を必要とする. 病院は各部門に分かれた縦割り組織であり,ヒエラルキーと専門性の壁を越えることには困難を極める(内田,2005)ため,専従医療安全管理者の活動も容易ではない.そこで,各部署の代表が集まる医療安全委員会において,専従医療安全管理者が提案した対策の検討を依頼する.さらに,代表者で検討したものを委員会の決定事項とすることで,委員会の支援と協力を得ることが出来る.また,病院長の承認は,病院長の支援と協力を得ることとなり,専

従医療安全管理者が職員に,より働きかけやすくなるからである.そのため,本研究協力者の専従医療安全管理者が,<医療安全委員会からの支援を得た行動>や<最高責任者からの支援を得た行動>を重要視していたと考える. 4段階は,専従医療安全管理者が病院全体の安全文化醸成のために,自己のポジションパワー以外に,医療安全委員会と,組織最高責任者からの支援と協力を受けて,組織横断的活動に踏み出すと考える.

5.【新たな安全対策に関する価値観の吹きこみ】 組織文化が,組織の成員によって構成されている価値観や行動規範,並びにそれを支えている信念である(加護野,1982)ことや,安全文化が,安全に関わる態度,価値観,信念といったものであり,具体的な行動パターンで表現されるものである(藤澤,2006)ことを踏まえて,組織の改善には【新たな安全対策に関する価値観の吹きこみ】が求められる.このような安全文化の改善には,リーダー自らが組織に潜在する問題を職員に知らせることにより,職員の行動の変化をもたらすことになる(Schein, 1985).そのため,ネットワークや既存の会議や巡視,そして,研修会を利用した新たな安全文化の伝達が職員への<安全意識,安全行動の普及活動>となり,それは専従医療安全管理者が行う<新たな対策実践に向けた行動>である. 第5段階は,専従医療安全管理者が,全職員に向けて,伝達や教育を行い,脆弱化した安全文化の改善を行い,組織に新たな安全文化を吹き込んでいると考える.

6.【安全に関する新たな価値観の醸成】 組織全体に新たな安全文化を広く根づかせていく【安全に関する新たな価値観の醸成】は, 組織文化の改善を意味する.新たな文化が共有されると,職員にそれが正しいと認識され,最終的には当たり前のこととなる(Schein, 1999).しかし,文化は,絶えず進化すると共に,変化する(Schein, 1999).そして,組織もまた絶えず漸次的な修正や改善が行なわれ,変動している(桑田,田尾,2002)ため,専従医療安全管理者は<継続的モニタリング活動>を行いながら<組織の改善に向けた終わりなき挑戦>をし続けなければならない.

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 第6段階は,専従医療安全管理者が,職員を巻き込みながら安全文化の改善に取り組み続けることが職員の意識を変化させ,組織に新たな安全文化を醸成させると考える.

本研究の限界と課題 本研究は,インシデント報告から起こした安全文化醸成過程を専従医療安全管理者に想起してもらい,導き出されたものである.そのため,専従医療安全管理者の安全文化醸成行動のすべてが明らかになったとは言い難い.また,アクシデントの場合には,専従医療安全管理者の安全文化醸成行動が異なる可能性がある.今後は,アクシデント報告から開始する専従医療安全管理者の安全文化醸成行動についても調査する必要がある.

Ⅵ.結論

 専従医療安全管理者がインシデント報告を受けてから始める安全文化醸成行動は,【組織活動への意思決定】から,【当該部署の安全に関するアセスメント】,【組織活動に向けた段取り】,【組織活動への踏み出し】,【新たな安全対策に関する価値観の吹きこみ】,【安全に関する新たな価値観の醸成】までの6つの段階を経ていた.これは,専従医療安全管理者が専門性を駆使しながら,組織全体に新たな安全文化を浸透しつつ,醸成させていくプロセスであった.

謝辞:本研究をまとめるにあたり,ご指導いただきました新道幸惠教授に深く感謝いたします.また,ご協力いただきました皆様に心より感謝いたします. この研究は,2011年度日本赤十字広島看護大学大学院修士論文を加筆修正したものであり,第16回日本看護管理学会で発表した.

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