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64 July 2018  Volume 25  Number 6 NSCA JAPAN Volume 25, Number 6, pages 64-66 持久系選手にとって筋力トレーニングの 利益はリスクを上回るか? Do the Benefits of Strength Training Out-Weigh the Dangers for Endurance Athletes? Jason Martuscello, MS, CSCS, HFS  Nicholas Theilen, MS Empirica Research, Melbourne, Victoria, Australia Theilen Strength Systems, Louisville, Kentucky グと高強度トレーニングの比率を 80: 20 にすると、持久系選手に最大限の長 期的効果がもたらされることを強く裏 付けるエビデンスがあるという(10)。 したがって、同時トレーニングを実施 するにあたっては、仕事量と回復を綿 密にコントロールすることがきわめて 重要となる。 レジスタンストレーニングがもたら すもうひとつのマイナス効果は、筋肥 大の潜在的影響である。エネルギー(仕 事)の大きさは質量×加速度×距離で あるため、体重(質量)が増加すると、 より大きな身体活動が必要になる。こ れは自分で自分の体重を支える(長距 離走など)持久系選手にとって明らか に問題である。またトレーニングがも たらす筋肥大は、筋原線維の数と大き さを増加させるが、これにはミトコン ドリアの筋原線維に対する比率を低下 させるというマイナス面がある(3)。 一方、持久系トレーニングを実施する と、ミトコンドリアのサイズや量が増 加し(約 50 ~ 100%)、また関連する酵 素の濃度が高まる(エリート長距離走 Point/Counterpoint PRO 賛成意見(筋力トレーニング の実施について、慎重である) 持久系選手には、高強度レジスタン ストレーニングと持久系トレーニング の両方が必要であることは広く認識さ れており(9)、最大筋力/パワートレー ニングは近年、持久系パフォーマンス の潜在的な向上戦略として注目を集め ている(5)。しかし、この戦略の長期的 な影響はまだ科学的に解明されていな い。以下に、持久系選手のトレーニン グプログラムにおいて筋力/パワート レーニングの量を制限すべき理由を挙 げる。 トレーニングの特異性(エクササイ ズプログラムを競技の要求に近づける こと)が、最大限のパフォーマンスの 向上をもたらすことに疑問の余地はな い(8)。持久系運動の特徴は、低強度か つ反復的な筋活動を一定の時間または 距離にわたって持続することである。 これに対し、高強度の筋力/パワート レーニングは、セット間に最大限の回 復ができるか否かが成功を左右する。 このように、レジスタンストレーニン グはエネルギーの面で特異性に欠ける ため、持久系パフォーマンスへの転移 効果には疑問の余地がある(9)。レジス タンストレーニングの強度と頻度に関 して意見が分かれているのも、おそら くこれが理由になっていると思われる (9)。 近年の文献レビューにおいて、同時 トレーニング(レジスタンスおよび持 久系トレーニングを並行して実施する こと)は持久系パフォーマンスに有益 な効果があるとの結論が下されている (11)。ただし、研究で実施されたエク ササイズはいずれも継続期間が短く、 長期的な悪影響(オーバートレーニン グ)の可能性は考慮していないため、こ れらの研究データは慎重に解釈しなけ ればならない(4)。高強度の筋力/パ ワートレーニングを組み込むと(それ が単純な追加であれ、持久系トレーニ ングを一部置き換える形であれ)、回 復により多くの時間がかかり(7)、必 要な持久系トレーニングの実施に支障 をきたす可能性がある。包括的な文献 レビューによれば、低強度トレーニン

持久系選手にとって筋力トレーニングの 利益はリス …Jason Martuscello,1 MS, CSCS, HFS Nicholas Theilen,2 MS 1Empirica Research, Melbourne, Victoria, Australia

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Page 1: 持久系選手にとって筋力トレーニングの 利益はリス …Jason Martuscello,1 MS, CSCS, HFS Nicholas Theilen,2 MS 1Empirica Research, Melbourne, Victoria, Australia

64 July 2018  Volume 25  Number 6

CNSCA JAPANVolume 25, Number 6, pages 64-66

持久系選手にとって筋力トレーニングの利益はリスクを上回るか?Do the Benefits of Strength Training Out-Weigh the Dangers for Endurance Athletes?

Jason Martuscello, 1 MS, CSCS, HFS  Nicholas Theilen, 2 MS1Empirica Research, Melbourne, Victoria, Australia2Theilen Strength Systems, Louisville, Kentucky

グと高強度トレーニングの比率を 80:20 にすると、持久系選手に最大限の長期的効果がもたらされることを強く裏付けるエビデンスがあるという(10)。したがって、同時トレーニングを実施するにあたっては、仕事量と回復を綿密にコントロールすることがきわめて重要となる。 レジスタンストレーニングがもたらすもうひとつのマイナス効果は、筋肥大の潜在的影響である。エネルギー(仕事)の大きさは質量×加速度×距離であるため、体重(質量)が増加すると、より大きな身体活動が必要になる。これは自分で自分の体重を支える(長距離走など)持久系選手にとって明らかに問題である。またトレーニングがもたらす筋肥大は、筋原線維の数と大きさを増加させるが、これにはミトコンドリアの筋原線維に対する比率を低下させるというマイナス面がある(3)。一方、持久系トレーニングを実施すると、ミトコンドリアのサイズや量が増加し(約 50 ~ 100%)、また関連する酵素の濃度が高まる(エリート長距離走

Point/Counterpoint

PRO 賛成意見(筋力トレーニングの実施について、慎重である) 持久系選手には、高強度レジスタンストレーニングと持久系トレーニングの両方が必要であることは広く認識されており(9)、最大筋力/パワートレーニングは近年、持久系パフォーマンスの潜在的な向上戦略として注目を集めている(5)。しかし、この戦略の長期的な影響はまだ科学的に解明されていない。以下に、持久系選手のトレーニングプログラムにおいて筋力/パワートレーニングの量を制限すべき理由を挙げる。 トレーニングの特異性(エクササイズプログラムを競技の要求に近づけること)が、最大限のパフォーマンスの向上をもたらすことに疑問の余地はない(8)。持久系運動の特徴は、低強度かつ反復的な筋活動を一定の時間または距離にわたって持続することである。これに対し、高強度の筋力/パワートレーニングは、セット間に最大限の回復ができるか否かが成功を左右する。このように、レジスタンストレーニン

グはエネルギーの面で特異性に欠けるため、持久系パフォーマンスへの転移効果には疑問の余地がある(9)。レジスタンストレーニングの強度と頻度に関して意見が分かれているのも、おそらくこれが理由になっていると思われる

(9)。 近年の文献レビューにおいて、同時トレーニング(レジスタンスおよび持久系トレーニングを並行して実施すること)は持久系パフォーマンスに有益な効果があるとの結論が下されている

(11)。ただし、研究で実施されたエクササイズはいずれも継続期間が短く、長期的な悪影響(オーバートレーニング)の可能性は考慮していないため、これらの研究データは慎重に解釈しなければならない(4)。高強度の筋力/パワートレーニングを組み込むと(それが単純な追加であれ、持久系トレーニングを一部置き換える形であれ)、回復により多くの時間がかかり(7)、必要な持久系トレーニングの実施に支障をきたす可能性がある。包括的な文献レビューによれば、低強度トレーニン

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65C National Strength and Conditioning Association Japan

Physiol 56: 831–838, 1984. 7. Kraemer WJ, Ratamess NA. Fundamentals

of resistance training: Progression and exercise prescription. Med Sci Sports Exerc 36: 674–688, 2004.

8. Morrissey MC, Harman EA, Johnson MJ. Resistance training modes: Specificity and effectiveness. Med Sci Sports Exerc 27: 648–660, 1995.

9. Rønnestad BR, Mujika I. Optimizing strength training for running and cycling endurance performance: A review. Scand J Med Sci Spor 2013. doi: 10.1111/sms.12104. Epub ahead of print.

10. Seiler S. What is best practice for training intensity and duration distribution in endurance athletes. Int J Sports Physiol Perform 5: 276–291, 2010.

11. Yamamoto LM, Lopez RM, Klau JF, Casa DJ, Kraemer WJ, Maresh CM. The effects of resistance training on endurance distance running performance among highly trained runners: A systematic review. J Strength Cond Res 22: 2036–2044, 2008.

Jason Martuscello:オーストラリアにあるEmpirica Researchの研究員で、Fuel the MovementのLifestyle Architectを務める。

CON 反対意見(筋力トレーニングの実施について、肯定的である) 競技パフォーマンスを決定づける要素のひとつは、力を地面(長距離走など)または器具(自転車運動など)に対して適切かつ効果的に発揮する能力である(6)。ほかのすべての要素が等しい場合、力発揮能力に優れたアスリートのほうが、1 回の筋活動で稼げる距離が長い分、パフォーマンスで勝る。したがって力発揮能力が向上することは、持久系選手にとっても恩恵を受けることになる。それでも驚くことに、持久系競技における筋力/パワートレーニングの重要性は、依然として疑問の対象となっている。そこで、持久

選手では約 2.5 倍)(1)。一定の相対酸素摂取量を担うミトコンドリアの量とサイズが増加すると、V

4

O2が増加し、脂肪をエネルギー源として利用する能力が向上し、乳酸生成が減少する(6)。V4

O2max、乳酸性作業閾値、および運動効率は、持久系パフォーマンスの分散の 70%以上を説明すると考えられるため、これらの効果は重要である(2)。 以上を総合すると、最大筋力は間違いなく重要な要素であるが(5,9)、その潜在的利益は潜在的損失を上回るほどに大きくはない。加えて、長期トレーニングを取り上げた研究が少なく、その利益を裏付ける直接的なエビデンスがないことを考えた場合、コーチは筋力/パワートレーニングを持久系選手のプログラムの主要な構成要素とすべきではない。筋力/パワーはトレーニング全体の 30%程度に留め、戦略的な期分けによって、ストレスの増加や回復の必要性に対処する必要がある。◆

References1 . Bassett DR, Howley ET. Limit ing

factors for maximum oxygen uptake and determinants of endurance performance. Med Sci Sports Exerc 32: 70–84, 2000.

2. Di Prampero PE, Atchou G, Brückner JC, Moia C. The energetics of endurance running. Eur J Appl Physiol Occup Physiol 55: 259–266, 1986.

3 . E lder GCB , Sut ton R , Howa ld H . Mitochondrial volume density in human skeletal muscle following heavy resistance training. Med Sci Sports Exerc 11: 164–166, 1979.

4 . Ha lson SL , Jeukendrup AE. Does overtraining exist? Sports Med 34: 967–981, 2004.

5. Hoff J, Gran A, Helgerud J. Maximal strength tra in ing improves aerobic endurance performance. Scand J Med Sci Spor 12: 288–295, 2002.

6. Holloszy JO, Coyle EF. Adaptations of skeletal muscle to endurance exercise and their metabolic consequences. J Appl

系選手が筋力/パワートレーニングをエクササイズプログラムに取り入れるべき理由を以下に挙げる。 従来、筋力トレーニングは最大下運動における心拍出量、V

4

O2max、心拍数、および動静脈酸素較差にほとんど影響を及ぼさないというのが従来からの定説である(2)。しかし、運動効率が向上するとの報告は多い。トレーニングを積んだ自転車競技選手と長距離走選手の持久系プログラムに筋力トレーニングを加えたところ、自転車運動で疲労困憊に至るまでの時間が延長し、また 10 km走のタイムが約 44 秒短縮されたという(1)。疲労困憊までの時間が改善したのは(2,4)、おそらくランニング効率が向上したためであり(3,4)、この効果は女性の持久系選手において特に顕著である(4)。このような運動効率の向上は、神経と筋の両レベルでの変化がもたらしている可能性が考えられる。 筋力トレーニングを実施すると、運動単位の動員パターンが改善し、活性化される運動単位(ひいては筋線維)が減少するため、あらゆる一定の最大下運動強度において消費エネルギーが減少する。一定速度における消費エネルギーを減少させるような適応は、酸素需要を低下させ、結果として競技パフォーマンスの向上をもたらす。加えて、筋収縮の減少によって血流阻害が改善すると、エネルギー源の運搬と老廃物の除去が促進される。さらに、高強度のパワートレーニング(プライオメトリックスなど)にはまた別の有益な効果があり、筋腱スティフネスの増加によって弾性エネルギーの効率が向上する(筋腱スティフネスは伸張、圧縮、ひねりを加えられた組織の復元力の大きさを表す尺度)(7)。その結果、エネルギーの産生が能動的(筋活動)で

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66 July 2018  Volume 25  Number 6

はなく受動的(弾性反発)な方法で行なわれるようになる。 とはいえ、持久系選手の推定 10%がすでにオーバートレーニングの状態にあることから、筋力/パワートレーニングの導入は慎重に行なわなくてはならない(8)。オーバートレーニングを防ぐため、コーチは適切なピリオダイゼーションの原則を理解し、マクロサイクル全体を通じて量と頻度を特異的にコントロールする。筋力/パワートレーニングを導入する場合は、代わりに持久系トレーニングをいくらか減らしてバランスをとる。そのような例として、持久系トレーニングの量を 1 / 3 近く減らし、爆発的な筋力トレーニングに置き換えたところ、脚部の筋力、スピード、パワー、無酸素性能力、ランニング効率が改善し、さらには最も重要な効果として 5 km走のタイムが向上した(5)。 以上のように、筋力/パワートレーニングは、力発揮能力、筋腱スティフ

ネスと弾性エネルギー効率、ランニング効率、および競技パフォーマンスの向上など、持久系選手に多くの利益をもたらす。高強度の筋力トレーニングは受傷リスクを高めるおそれもあるが、プログラムデザインとエクササイズテクニックを適切にモニタリングすることで、そのような損失のリスクを抑えることが可能である。◆

References1. Hickson RC, Dvorak BA, Gorostiaga EM,

Kurowski TT, Foster C. Potential for strength and endurance training to amplify endurance performance. J Appl Physiol 65: 2285–2290, 1988.

2. Hickson RC, Rosenkoetter MA, Brown MM. Strength training effects on aerobic power and short-term endurance. Med Sci Sports Exerc 12: 336–339, 1980.

3. Hoff J, Gran A, Helgerud J. Maximal strength tra in ing improves aerobic endurance performance. Scand J Med Sci Spor 12: 288–295, 2002.

4. Johnson RE, Quinn TJ, Kertzer R, Vroman NB. Strength training in female distance runners: Impact on running economy. J

Strength Cond Res 11: 224–229, 1997. 5. Paavolainen L, Häkkinen K, Hämäläinen I,

Nummela A, Rusko H. Explosive-strength training improves 5-km running time by improving running economy and muscle power. J Appl Physiol 86: 1527–1533, 1999.

6. Weyand PG, Sternlight DB, Bellizzi MJ, Wright S. Faster top running speeds are achieved with greater ground forces not more rapid leg movements. J Appl Physiol 89: 1991–1999, 2000.

7. Wilson JM, Flanagan EP. The role of elastic energy in activities with high force and power requirements: A brief review. J Strength Cond Res 22: 1705–1715, 2008.

8 . Wilson JM, Wilson GJ. A practical approach to the taper. Strength Cond J 30: 10–17, 2008.

Nicholas Theilen:ケンタッキー州ルイビルにあるTheilen Strength Systemsの創設者でヘッドS&Cコーチ。

From Strength and Conditioning JournalVolume 36, Number 4, pages 49-54.

著者紹介

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北関東・東北地域S&Cシンポジウム開催のお知らせ

■日 程:2018年10月13日(土)~14日(日)

■会 場:作新学院大学( 栃木県宇都宮市竹下町908 )

■講演者:未定

■C E U:付与あり(カテゴリーA) CEU数未定

■参加申し込みについて  8 月中旬から受付開始予定です。  詳細および申込方法については、次号 8-9 月号および ウェブサイトにてお知らせいたします。

 地域在住の運動指導に関わる人たちに、最新の情報を提供するとともに、参加者同士の情報交換や交流の場となることを目的として実施します。講座の内容は、アスリートから一般の人々まで幅広く設定し、講師陣は主に北関東・東北地域在住の著名な方々を招聘する予定です。

2014 年 東北地域S&Cシンポジウムの様子