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未病改善食品評価法開発プロジェクト - KISTEC€¦ · 未病改善食品評価法開発プロジェクト プロジェクトリーダー 阿部 啓子 【基本構想】

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Page 1: 未病改善食品評価法開発プロジェクト - KISTEC€¦ · 未病改善食品評価法開発プロジェクト プロジェクトリーダー 阿部 啓子 【基本構想】

地域マクロニーズ即応プロジェクト

未病改善食品評価法開発プロジェクト

Page 2: 未病改善食品評価法開発プロジェクト - KISTEC€¦ · 未病改善食品評価法開発プロジェクト プロジェクトリーダー 阿部 啓子 【基本構想】

未病改善食品評価法開発プロジェクト

プロジェクトリーダー 阿部 啓子

【基本構想】

本プロジェクトは、機能性食品・化粧品等の効果・効能を、科学的エビデンスに基づいて評価解析する。

具体的には、ニュートリゲノミクスを含めたオミクスにより、製品の生体機能を検証し、結果を商品設計お

よびヒト試験に向けた基盤研究へ適用する。

食は健康な生体を築き上げ、それを維持する上で限りなく重要であり、適正な食生活は “quality of

life”(QOL)の向上に寄与し、生活習慣病を防ぎ、健康寿命を延ばす手段としても高い関心が寄せられて

いる。わが国ではまもなく 65 歳以上の高齢者が人口の 30%に達すると予想されており、健康を保ち、エ

イジング(加齢)に伴う生活習慣病の発症を遅らせる機能性食品の開発は国際的にも注目されている。本

プロジェクトの出口としては、科学的エビデンスに基づく商品を開発するための公的機能性評価システム機

関を世界に先駆けて構築し、この日本発の領域を、学術的・産業的・社会的に発展させ世界に発信してい

くことにある。

1. 平成 27 年度の研究目的

本プロジェクトは、機能性食品・化粧品等の効果・効能

の評価解析を行い、幅広い科学的エビデンスを実証するこ

とを目的としている(図 1)。 本プロジェクトは下記の小テーマから構成される。 (1) 食品の機能性評価の実施 食品素材を実験動物に与え、各種健康マーカーおよび遺

伝子発現に対する影響をニュートリゲノミクス解析によ

り評価(ムカゴ、メープルシロップ) (2) 評価解析方法の開発 ヒト介入試験の展開(桑葉、鉄、メープルシロップ)

(3) 評価技術の開発および基礎研究 評価法マニュアル化

簡易マイクロチップの開発 エピジェネティクス解析技術の導入:メチローム、ChIP、 染色体高次構造解析 脳機能解析(食品ポリフェノール) (4) 公設試・受託関連の研究 衛生研究所:発がんマーカーの探索 桑葉の機能性受託

【地域イノベーション戦略支援プログラム】

平成 25 年 8 月より地域イノベーション戦略支援プログ

ラムがスタートし、食品摂取によるエピジェネティクスの

変化の解析(近藤 隆、近藤 香)、転写因子を介する代謝

制御系の解析(安岡顕人)、生体内代謝を考慮した細胞形

質転換試験法の開発(廣岡孝志)を研究している(図 2)。

図2 医食農同源に向けた機能性安全性評価システムの概要

図1

KAST 平成27年度研究概要 2016.7.26- 41 -

目次用

Page 3: 未病改善食品評価法開発プロジェクト - KISTEC€¦ · 未病改善食品評価法開発プロジェクト プロジェクトリーダー 阿部 啓子 【基本構想】

2. 平成 27 年度の研究成果

(1) 食品の機能性評価の実施 (1)-1 高脂肪負荷マウスへの自然薯ムカゴ投与の効

果 「自然薯ムカゴの機能性評価」 自然薯ムカゴよりアルコール抽出を行い、自然薯の根の

部分には含まれない成分を含む抽出画分を得た。本画分の

生理的機能性を探索するため、高脂肪負荷マウスに 4 週間

混餌により投与した。 長期間である 8 週間摂取の影響を調べたが、高脂肪負荷

による影響を改善すると考えられる機能やパスウェイは

摂取 4 週で見られたものとは異なるものであった。ムカゴ

の生理的機能性効果は高脂肪による負荷や傷害の度合い

によって異なることが示された。 (1)-2 特殊な組成のアミノ酸混合溶液(VAAM)投与

による肝臓および脂肪組織におけるトランスクリプ

トームの協調調節 VAAM 摂取は特に刺激がない平常時でも様々な組織の

遺伝子発現に影響することが明らかとなった。平常時の

VAAM 摂取で肝臓では糖原生のアミノ酸利用が活性化、

WAT では脂肪酸が中性脂肪よりもリン脂質に変換される

のに対し、BAT に対する影響は少ないと示唆された。上

流因子解析から VAAM 摂取時に複数のシグナル因子が介

在することが示唆され、VAAM の代謝に対する作用機序

の知見が得られた。

(2) 評価解析方法の開発 <ヒト介入試験の展開> (2)-1 桑葉の健康機能性評価 桑は古来よりお茶として飲用され、経験的に健康機能効

果があることが知られていた。神奈川県においても、県衛

生研究所との共同研究において、動物を用いた研究により

桑葉摂取が血中トリグリセリド(TG)の上昇を抑制する

こと、また肝臓を対象とした網羅的な遺伝子発現解析から

作用メカニズムを初めて明らかにして報告した(1, 2)。動

物を用いることで、詳細な作用メカニズムを明らかにした

が、これらの効果がヒトにおいても同様であるかを検証す

ることを目的に、ヒト介入試験を実施した。なお、本試験

は北海道情報大学の協力のもと実施された。 桑葉摂取による変化を観察・解析した結果、動物試験に

よる機能性評価の結果がヒトにおいても同様に検出され

ることが示唆された。本プロジェクトにより実施している

動物試験の解析がヒト介入試験の事前評価として有効で

あることを示した。 (2)-2 体内鉄量の変化に応答するバイオマーカー探

索 身体に必須の栄養素である鉄を例とし、鉄量に応答する

血液の遺伝子マーカーの探索に向けて実施したものであ

る。その結果、鉄の摂取量や摂取期間の違いに対し、血液

の遺伝子発現が機敏に反応することが明らかになった。す

なわち、生体内の状態を反映するものとして血液の遺伝子

マーカーの有効性を示す好例である。さらに、血中分子マ

ーカーについては血液の mRNA だけでなく、マイクロ

RNA(miRNA)なども対象となりうるため、血漿 miRNAの測定の検討を開始した。今後、データを蓄積し、食品・

栄養素の機能性評価のための分子マーカーとしての

miRNA の有効性について評価を行う。 鉄の機能性評価に加え、①モデル動物からヒトへの評価

方法の展開、②習熟した手法を生かして食品・栄養素の機

能性・安全性の評価センターの構築に向けたモデルスタデ

ィでもある。 (2)-3 メープルシロップの健康機能性評価

MSXH(ポリフェノール高含有画分)を摂取することに

よって、 遺伝子発現レベルで肝臓の脂質代謝、細胞機能

等に影響を及ぼすことが明らかになった。現在、平成 28年度実施予定のヒト介入試験に向けて準備を行っている。

(3) 評価技術の開発および基礎研究 <評価マニュアル化> <簡易マイクロチップの開発> (3)-1 エピジェネティクス解析技術の導入 (3)-1-1 エピジェネティクス解析手法のニュートリ

ゲノミクスへの導入 遺伝子の発現調節は染色体クロマチンと呼ばれる DNA

とタンパク質の複合体の性質に依存して生じる事が知ら

れている。この過程は染色体 DNA の配列の変化を伴わな

い、遺伝子上の変化という事で、エピジェネティクスと呼

ばれている。この機構は同時に、その細胞の系列において

細胞分裂をまたいで遺伝子の発現状態を維持する機構と

しても使用されており、この事は世代を挟んだ個体間(す

なわち親と子)における遺伝子発現状態の維持の機構にも

用いられていると考えられている。 これらの解析を可能にする事で、より効率的で再現性の

高い評価方法を開発する事を目指すと同時に、食から遺伝

子発現を通し、健康状態の表現型へとつながる機構(メカ

ニズム)をさらに解明する事を目指す。 この分野は、技術的にも、知見的にも日進月歩であり、

激しく進歩している。したがって技術導入と並行して、細

かい変化も含めて、常に新しい手法を取り入れていく必要

が有る。 転写に大きく影響を与える染色体上の変化であるエピ

ジェネティクス変化には幾つかの種類が存在しているが、

現在、本研究室では 2 つの機構についての解析の導入が終

了し、これらに関して解析が可能になった。 ① 分子生物学的エピジェネティクス解析について エピジェネティクスによる遺伝子の転写調節は主とし

て 3 つの機構によって行われている。 1) DNA のメチル化 2) ヒストンの修飾 3) 染色体 DNA の立体配座 DNA メチル化解析には主として2つの方法を用いる。 ・MDB-seq ・ChIP-seq ・染色体高次構造解析− 4C あるいは HiC

② 組織学的解析 FISH および ImmunoFISH

(3)-1-2 エピジェネティック修飾を介して子孫の健

康を維持する食品ポリフェノールの作用機序の研究 糖質、脂質、アルコールの過剰摂取は代謝系にストレス

を与え、肥満や血管系疾患を起こす一要因となっている。

最近、このような代謝ストレスがエピゲノムを変化させ、

次世代の健康に影響を与えていることが示されつつある。

これに対して、レスベラトロールなど一部の食品ポリフェ

ノールにはこのような代謝ストレスを軽減する作用があ

ることが知られている。我々はアルコール性脂肪肝を誘導

した雄マウスと、通常の雌マウスを交配した仔は、通常両

親の仔に較べて体重が重く、肝トランスクリプトームにも

差異が見られることを見いだした。さらにこの差異が、雄

親へのレスベラトロールの同時投与で解消されることを

確かめた。雄親精子のメチロームを解析したところ、対照

群、アルコール群、アルコール+レスベラトロール群との

間に差異が観察された。本研究は食品ポリフェノールによ

る代謝ストレスの緩和過程におけるエピゲノム修飾の全

体像を理解する基盤となる。 親精子から仔肝臓へ継承されたメチル化変動部位はそ

の近傍の遺伝子発現を制御している可能性が予測された

が、相関性は確認できなかった。これは、メチル化の亢進

や低下が必ずしも近傍の遺伝子発現を抑制または促進す

るわけではないことを意味し、単純に遺伝子上での距離を

参照するだけではメチル化と遺伝子発現の相関を見るこ

とは難しい可能性がある。また、ある部位のメチル化が間

接的に他の部位の遺伝子の発現に影響する可能性もある。 今後は精子で発現する microRNA 遺伝子や、仔肝臓での

プロモーター・エンハンサー相関解析により、DMR がど

のように仔世代の遺伝子発現に影響を与えるかを探って

いく。 (4) 公設試・受託関連の研究

(4)-1 発がんプロモーション関連遺伝子の探索 Bhas42 細胞形質転換試験では、腫瘍細胞で認められる形

質を特徴とした形質転換フォーカスの形成をエンドポイ

ントとしているため、精度の高い試験法であると考えられ

る。しかし、形質転換フォーカスの形成メカニズムについ

ては、報告がほとんど無いことから、Bhas42 細胞形質転

換試験法の有用性を提示するためには、メカニズムに関す

る研究データが不可欠であると考えられる。既知発がんプ

ロモーター(P-1)による遺伝子発現変動について DNA マ

イクロアレイを用いたトランスクリプトーム解析を実施

した。その結果、経時的な細胞内パスウェイを解明した。

(4)-2 生体内代謝を考慮した細胞形質転換試験法の

開発 Bhas42 細胞形質転換試験法について代謝活性化により

獲得もしくは増強された化学物質の発がん性の予測に対

応した試験方法を開発する事である。H27 年度は,ヒト肝

がん細胞株CYP3A4強制発現HepG2とBhas42細胞との共

培養系の構築を行った。 (5) その他 (5)-1 機能性食品の評価センター構想

平成 27 年度より新たな食品表示制度が始まり、従来の

特定保健用食品・栄養機能食品以外の加工食品や農林水産

物に機能性表示を行うことが可能となった。しかし、これ

らの表示は企業等の責任により、科学的根拠を元に実施す

ることとされ、最終製品を用いた臨床試験や機能性成分に

関するレビュー等が必要とされている。 本プロジェクトでは、機能性食品の生体効果・効能を科

学的エビデンスにより評価・検証する技術の開発を実施し

ている。とくにヒト介入試験を視野に入れ、そのための評

価技術の開発研究に取り組んでいる。具体的には、未病マ

ーカーや未病フェノタイプの解析を実施している(図 3)。

図3

KAST 平成27年度研究概要 2016.7.26- 42 -

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2. 平成 27 年度の研究成果

(1) 食品の機能性評価の実施 (1)-1 高脂肪負荷マウスへの自然薯ムカゴ投与の効

果 「自然薯ムカゴの機能性評価」 自然薯ムカゴよりアルコール抽出を行い、自然薯の根の

部分には含まれない成分を含む抽出画分を得た。本画分の

生理的機能性を探索するため、高脂肪負荷マウスに 4 週間

混餌により投与した。 長期間である 8 週間摂取の影響を調べたが、高脂肪負荷

による影響を改善すると考えられる機能やパスウェイは

摂取 4 週で見られたものとは異なるものであった。ムカゴ

の生理的機能性効果は高脂肪による負荷や傷害の度合い

によって異なることが示された。 (1)-2 特殊な組成のアミノ酸混合溶液(VAAM)投与

による肝臓および脂肪組織におけるトランスクリプ

トームの協調調節 VAAM 摂取は特に刺激がない平常時でも様々な組織の

遺伝子発現に影響することが明らかとなった。平常時の

VAAM 摂取で肝臓では糖原生のアミノ酸利用が活性化、

WAT では脂肪酸が中性脂肪よりもリン脂質に変換される

のに対し、BAT に対する影響は少ないと示唆された。上

流因子解析から VAAM 摂取時に複数のシグナル因子が介

在することが示唆され、VAAM の代謝に対する作用機序

の知見が得られた。

(2) 評価解析方法の開発 <ヒト介入試験の展開> (2)-1 桑葉の健康機能性評価 桑は古来よりお茶として飲用され、経験的に健康機能効

果があることが知られていた。神奈川県においても、県衛

生研究所との共同研究において、動物を用いた研究により

桑葉摂取が血中トリグリセリド(TG)の上昇を抑制する

こと、また肝臓を対象とした網羅的な遺伝子発現解析から

作用メカニズムを初めて明らかにして報告した(1, 2)。動

物を用いることで、詳細な作用メカニズムを明らかにした

が、これらの効果がヒトにおいても同様であるかを検証す

ることを目的に、ヒト介入試験を実施した。なお、本試験

は北海道情報大学の協力のもと実施された。 桑葉摂取による変化を観察・解析した結果、動物試験に

よる機能性評価の結果がヒトにおいても同様に検出され

ることが示唆された。本プロジェクトにより実施している

動物試験の解析がヒト介入試験の事前評価として有効で

あることを示した。 (2)-2 体内鉄量の変化に応答するバイオマーカー探

索 身体に必須の栄養素である鉄を例とし、鉄量に応答する

血液の遺伝子マーカーの探索に向けて実施したものであ

る。その結果、鉄の摂取量や摂取期間の違いに対し、血液

の遺伝子発現が機敏に反応することが明らかになった。す

なわち、生体内の状態を反映するものとして血液の遺伝子

マーカーの有効性を示す好例である。さらに、血中分子マ

ーカーについては血液の mRNA だけでなく、マイクロ

RNA(miRNA)なども対象となりうるため、血漿 miRNAの測定の検討を開始した。今後、データを蓄積し、食品・

栄養素の機能性評価のための分子マーカーとしての

miRNA の有効性について評価を行う。 鉄の機能性評価に加え、①モデル動物からヒトへの評価

方法の展開、②習熟した手法を生かして食品・栄養素の機

能性・安全性の評価センターの構築に向けたモデルスタデ

ィでもある。 (2)-3 メープルシロップの健康機能性評価

MSXH(ポリフェノール高含有画分)を摂取することに

よって、 遺伝子発現レベルで肝臓の脂質代謝、細胞機能

等に影響を及ぼすことが明らかになった。現在、平成 28年度実施予定のヒト介入試験に向けて準備を行っている。

(3) 評価技術の開発および基礎研究 <評価マニュアル化> <簡易マイクロチップの開発> (3)-1 エピジェネティクス解析技術の導入 (3)-1-1 エピジェネティクス解析手法のニュートリ

ゲノミクスへの導入 遺伝子の発現調節は染色体クロマチンと呼ばれる DNA

とタンパク質の複合体の性質に依存して生じる事が知ら

れている。この過程は染色体 DNA の配列の変化を伴わな

い、遺伝子上の変化という事で、エピジェネティクスと呼

ばれている。この機構は同時に、その細胞の系列において

細胞分裂をまたいで遺伝子の発現状態を維持する機構と

しても使用されており、この事は世代を挟んだ個体間(す

なわち親と子)における遺伝子発現状態の維持の機構にも

用いられていると考えられている。 これらの解析を可能にする事で、より効率的で再現性の

高い評価方法を開発する事を目指すと同時に、食から遺伝

子発現を通し、健康状態の表現型へとつながる機構(メカ

ニズム)をさらに解明する事を目指す。 この分野は、技術的にも、知見的にも日進月歩であり、

激しく進歩している。したがって技術導入と並行して、細

かい変化も含めて、常に新しい手法を取り入れていく必要

が有る。 転写に大きく影響を与える染色体上の変化であるエピ

ジェネティクス変化には幾つかの種類が存在しているが、

現在、本研究室では 2 つの機構についての解析の導入が終

了し、これらに関して解析が可能になった。 ① 分子生物学的エピジェネティクス解析について エピジェネティクスによる遺伝子の転写調節は主とし

て 3 つの機構によって行われている。 1) DNA のメチル化 2) ヒストンの修飾 3) 染色体 DNA の立体配座 DNA メチル化解析には主として2つの方法を用いる。 ・MDB-seq ・ChIP-seq ・染色体高次構造解析− 4C あるいは HiC

② 組織学的解析 FISH および ImmunoFISH

(3)-1-2 エピジェネティック修飾を介して子孫の健

康を維持する食品ポリフェノールの作用機序の研究 糖質、脂質、アルコールの過剰摂取は代謝系にストレス

を与え、肥満や血管系疾患を起こす一要因となっている。

最近、このような代謝ストレスがエピゲノムを変化させ、

次世代の健康に影響を与えていることが示されつつある。

これに対して、レスベラトロールなど一部の食品ポリフェ

ノールにはこのような代謝ストレスを軽減する作用があ

ることが知られている。我々はアルコール性脂肪肝を誘導

した雄マウスと、通常の雌マウスを交配した仔は、通常両

親の仔に較べて体重が重く、肝トランスクリプトームにも

差異が見られることを見いだした。さらにこの差異が、雄

親へのレスベラトロールの同時投与で解消されることを

確かめた。雄親精子のメチロームを解析したところ、対照

群、アルコール群、アルコール+レスベラトロール群との

間に差異が観察された。本研究は食品ポリフェノールによ

る代謝ストレスの緩和過程におけるエピゲノム修飾の全

体像を理解する基盤となる。 親精子から仔肝臓へ継承されたメチル化変動部位はそ

の近傍の遺伝子発現を制御している可能性が予測された

が、相関性は確認できなかった。これは、メチル化の亢進

や低下が必ずしも近傍の遺伝子発現を抑制または促進す

るわけではないことを意味し、単純に遺伝子上での距離を

参照するだけではメチル化と遺伝子発現の相関を見るこ

とは難しい可能性がある。また、ある部位のメチル化が間

接的に他の部位の遺伝子の発現に影響する可能性もある。 今後は精子で発現する microRNA 遺伝子や、仔肝臓での

プロモーター・エンハンサー相関解析により、DMR がど

のように仔世代の遺伝子発現に影響を与えるかを探って

いく。 (4) 公設試・受託関連の研究

(4)-1 発がんプロモーション関連遺伝子の探索 Bhas42 細胞形質転換試験では、腫瘍細胞で認められる形

質を特徴とした形質転換フォーカスの形成をエンドポイ

ントとしているため、精度の高い試験法であると考えられ

る。しかし、形質転換フォーカスの形成メカニズムについ

ては、報告がほとんど無いことから、Bhas42 細胞形質転

換試験法の有用性を提示するためには、メカニズムに関す

る研究データが不可欠であると考えられる。既知発がんプ

ロモーター(P-1)による遺伝子発現変動について DNA マ

イクロアレイを用いたトランスクリプトーム解析を実施

した。その結果、経時的な細胞内パスウェイを解明した。

(4)-2 生体内代謝を考慮した細胞形質転換試験法の

開発 Bhas42 細胞形質転換試験法について代謝活性化により

獲得もしくは増強された化学物質の発がん性の予測に対

応した試験方法を開発する事である。H27 年度は,ヒト肝

がん細胞株CYP3A4強制発現HepG2とBhas42細胞との共

培養系の構築を行った。 (5) その他 (5)-1 機能性食品の評価センター構想

平成 27 年度より新たな食品表示制度が始まり、従来の

特定保健用食品・栄養機能食品以外の加工食品や農林水産

物に機能性表示を行うことが可能となった。しかし、これ

らの表示は企業等の責任により、科学的根拠を元に実施す

ることとされ、最終製品を用いた臨床試験や機能性成分に

関するレビュー等が必要とされている。 本プロジェクトでは、機能性食品の生体効果・効能を科

学的エビデンスにより評価・検証する技術の開発を実施し

ている。とくにヒト介入試験を視野に入れ、そのための評

価技術の開発研究に取り組んでいる。具体的には、未病マ

ーカーや未病フェノタイプの解析を実施している(図 3)。

図3

KAST 平成27年度研究概要 2016.7.26- 43 -

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高脂肪負荷マウスへの自然薯ムカゴ投与の影響

篠﨑 文夏

1. はじめに

日本産の自然薯(Diosorea japonica)は古くから滋養強

壮などに効果があるとされ食べられてきた。他のヤマノイ

モ科の植物とは異なり自然薯は皮が薄いため、通常皮ごと

食べられる。また、他種よりも強い粘りがあるのが特徴で

ある。 自然薯やナガイモの皮をむき乾燥させたものが「山薬」

で生薬の一種に数えられる。山薬の薬理効果としては、血

糖降下作用、消化吸収の促進作用、老化防止、抗酸化作用、

免疫能増強および男性ホルモン増強作用が挙げられ、漢方

薬に調合され利用されている 1-3)。自然薯に含まれる主要

成分には、ネバネバ成分のムチン、アルギニン酸、コリン、

消化酵素であるアミラーゼなどがあり、これらの成分が薬

理効果をもたらしていると考えられるが、自然薯自身の生

理的機能性については伝承によるものが多く、科学的エビ

デンスに乏しい。 我々は自然薯の通常食べる根の部分ではない、葉の根元

にできるムカゴに注目した(図1)。これまでに栄養成分

や抗酸化作用を調べ、

自然薯ムカゴの栄養

成分ではカロテンや

ビタミン K が特徴的

に含まれており、また、

抗酸化活性も有する

ことを明らかにし、ま

た、自然薯ムカゴの加

熱後粉末を用い自然薯ムカゴの生理的機能を探索してき

た。これまでに高脂肪負荷マウスに 4 週間ムカゴ粉末混餌

を摂取させ、細胞外マトリックスの過剰な蓄積による肝障

害の発生を遅延する可能性を示した。本年度はさらに長期

間である 8 週間摂取させた際の結果を報告する。

2. 実験と結果

2.1 実験動物 供試動物はマウス(C57BL6J、オス、3 週齢、チャールス

リバー)とした。マウスは床網を敷いたプラスチックケー

ジで一匹ずつ飼育した。飼料および脱イオン水は自由摂取

させた。飼育は室温および湿度が調節された環境下で行い、

実験期間中の室温は 23℃、湿度 40%であった。明暗期は

明期 12 時間(8:00~20:00)、暗期 12 時間(20:00~8:00)で飼育を行った。動物実験は実験動物中央研究所の承

認を受けて行った。

2.2 実験材料

自然薯ムカゴは 2012 年に神奈川県伊勢原市で生産された

ものを使用した。実験に使用したムカゴの一部は株式会社

ファームいせはらより提供された。ムカゴは神奈川県農業

技術センターの協力により加熱後凍結乾燥を経て微粉末

化された。 2.3 動物実験

機能性の評価はメタボリックシンドロームのモデルと

して脂肪負荷による肥満誘導マウスを用いて行った。また、

通常ムカゴは加熱して食べることを考慮し、ムカゴの餌に

対する添加はαコンスターチと置き換えとした。エネルギ

ー比 45%高脂肪の餌にムカゴ微粉末を 5%添加し、高脂肪

ムカゴ飼料を作製した。また、コントロールとしてエネル

ギー比 45%高脂肪飼料および脂質負荷の効果を計るため

に通常脂肪飼料を作製した。 マウスは通常脂肪飼料および脱イオン水で一週間馴化

し、通常脂肪飼料群、高脂肪飼料群、高脂肪ムカゴ飼料群

の 3群に分けた。それぞれの餌で 8週間飼育し、解剖した。

解剖は 16 時間絶食後に行い、血液および肝臓を採取した。

血液からは血漿を分離し、生化学成分分析を行った。

2.4 血漿生化学成分分析

血漿肝機能マーカーであるアラニンアミノ基転移酵素、

アスパラギン酸アミノ基転移酵素、乳酸脱水素酵素にムカ

ゴ摂取の影響は認められなかった。また、グルコースにも

影響がなかった。 2.5.トランスクリプトーム解析

2.5.1 DNA マイクロアレイ

肝臓から TRIzol Reagent(Invitrogen)を用いた方法によ

って Total RNA を抽出し、RNeasy Mini Kit(Qiagen)を用

いて Total RNA の精製を行った。さらに Total RNA はバイ

オアナライザー(Agilent)によって品質の検定を行った。 Total RNA は DNA マイクロアレイによるトランスクリ

プトーム解析を行った。 DNA マイクロアレイは

GeneChip® Mouse Genome 430 2.0 Array(Affymetrix)を用

いて行った。DNA マイクロアレイデータは統計解析言

語・環境「R」で正規化した。正規化手法は Distribution Free Weighted method(DFW)とした。正規化したデータを用

いて階層的クラスター解析によって、各群で遺伝子発現の

全体的な傾向を調べた。次に、Rank products 法によって

False Discovery Rate (FDR)が 0.05 以下で遺伝子発現が変動

するプローブセットを抽出し、The Database for Annotation and Integrated Discovery (DAVID) のウェブツールでどのよ

うな機能を持った遺伝子が有意に集まっているかを調べ

るため、 Gene Ontology に基づいた Gene functional enrichment analysis を行った。 2.5.2 変動遺伝子抽出

通常脂肪飼料群と高脂肪飼料群の比較によって抽出し

た高脂肪負荷の影響を受ける遺伝子のうち、高脂肪飼料群

と高脂肪ムカゴ飼料群での比較で逆方向に変動した遺伝

子、つまり高脂肪の影響を改善した遺伝子を抽出した(表

1)。その結果、高脂肪飼料群で発現が上昇した遺伝子で

高脂肪ムカゴ飼料群では低下したものが 249 個、逆の動き

の遺伝子は 158 個であった。

2.5.3 高脂肪ムカゴ飼料群で高脂肪の影響を

改善した遺伝子の Gene functional enrichment

analysis

表1で抽出された変動遺伝子を用いて Gene functional enrichment analysis を行った(図2)。その結果、GO:0019752カルボン酸代謝、GO:0042180 細胞のケトン体代謝および

GO:0055114 酸化―還元プロセスに関与する遺伝子が改善

されていると考えられた。

2.5.4 パスウェイ解析

表1で抽出された変動遺伝子を用いて Ingenuity Pathway Analysis (Qiagen) を用いてパスウェイ解析を行い、

Top3 を表2に示した。折り畳み不全タンパク質応答、

小胞体ストレスが上位に出現した。高脂肪負荷は折り

畳み不全タンパク質を増加させるため、高脂肪飼料群

では分子シャペロン等の折り畳み不全タンパク質を巻

き戻したり、分解したりするタンパク質を増加させる

と考えられる。しかし、高脂肪ムカゴ飼料群では折り

畳み不全タンパク質自体が少なく、高脂肪飼料群より

も折り畳み不全タンパク質応答に関連する遺伝子の発

現が低いと推察された。

3. 考察及び今後の展望

これまでに高脂肪負荷マウスを用いて、4 週間ムカゴを

摂取させた際の効果について調べてきた。その結果は高脂

肪の影響が血中成分などで明らかなフェノタイプ捉えら

れる以前であるが、高脂肪の肝臓脂質代謝への悪影響の発

生をムカゴの同時摂取によって遅らせるというものであ

った。本報告ではさらに長期間である 8 週間摂取の影響を

調べたが、高脂肪負荷による影響を改善すると考えられる

も機能やパスウェイは摂取 4 週で見られたものとは異な

るものであった。ムカゴの生理的機能性効果は負荷や傷害

の度合いによって違った面が見えてくる可能性がある。今

度は、詳細な解析を進めるとともにムカゴの有用成分の生

理機能性を検証する予定である。 【参考文献】

1. Jin et al., Food Chem. Toxicol., 48, 3073-3079. (2010) 2. Hashimoto et al., Plant Foods Hum. Nutr., 64, 193-198. (2009) 3. Lin et al., J. Agric. Food Chem., 57, 4606-13.(2009)

通常脂肪飼料群

高脂肪飼料群

高脂肪ムカゴ飼料群

遺伝子数

249

158

表1 ムカゴ摂取で高脂肪の影響が改善した遺伝子数

カノニカルパスウェイ -log(p-value)折り畳み不全タンパク質応答 7.50PXR/RXR 活性化 7.06小胞体ストレスパスウェイ 6.60

表2 パスウェイ解析

KAST 平成27年度研究概要 2016.7.26- 44 -

目次用

Page 6: 未病改善食品評価法開発プロジェクト - KISTEC€¦ · 未病改善食品評価法開発プロジェクト プロジェクトリーダー 阿部 啓子 【基本構想】

高脂肪負荷マウスへの自然薯ムカゴ投与の影響

篠﨑 文夏

1. はじめに

日本産の自然薯(Diosorea japonica)は古くから滋養強

壮などに効果があるとされ食べられてきた。他のヤマノイ

モ科の植物とは異なり自然薯は皮が薄いため、通常皮ごと

食べられる。また、他種よりも強い粘りがあるのが特徴で

ある。 自然薯やナガイモの皮をむき乾燥させたものが「山薬」

で生薬の一種に数えられる。山薬の薬理効果としては、血

糖降下作用、消化吸収の促進作用、老化防止、抗酸化作用、

免疫能増強および男性ホルモン増強作用が挙げられ、漢方

薬に調合され利用されている 1-3)。自然薯に含まれる主要

成分には、ネバネバ成分のムチン、アルギニン酸、コリン、

消化酵素であるアミラーゼなどがあり、これらの成分が薬

理効果をもたらしていると考えられるが、自然薯自身の生

理的機能性については伝承によるものが多く、科学的エビ

デンスに乏しい。 我々は自然薯の通常食べる根の部分ではない、葉の根元

にできるムカゴに注目した(図1)。これまでに栄養成分

や抗酸化作用を調べ、

自然薯ムカゴの栄養

成分ではカロテンや

ビタミン K が特徴的

に含まれており、また、

抗酸化活性も有する

ことを明らかにし、ま

た、自然薯ムカゴの加

熱後粉末を用い自然薯ムカゴの生理的機能を探索してき

た。これまでに高脂肪負荷マウスに 4 週間ムカゴ粉末混餌

を摂取させ、細胞外マトリックスの過剰な蓄積による肝障

害の発生を遅延する可能性を示した。本年度はさらに長期

間である 8 週間摂取させた際の結果を報告する。

2. 実験と結果

2.1 実験動物 供試動物はマウス(C57BL6J、オス、3 週齢、チャールス

リバー)とした。マウスは床網を敷いたプラスチックケー

ジで一匹ずつ飼育した。飼料および脱イオン水は自由摂取

させた。飼育は室温および湿度が調節された環境下で行い、

実験期間中の室温は 23℃、湿度 40%であった。明暗期は

明期 12 時間(8:00~20:00)、暗期 12 時間(20:00~8:00)で飼育を行った。動物実験は実験動物中央研究所の承

認を受けて行った。

2.2 実験材料

自然薯ムカゴは 2012 年に神奈川県伊勢原市で生産された

ものを使用した。実験に使用したムカゴの一部は株式会社

ファームいせはらより提供された。ムカゴは神奈川県農業

技術センターの協力により加熱後凍結乾燥を経て微粉末

化された。 2.3 動物実験

機能性の評価はメタボリックシンドロームのモデルと

して脂肪負荷による肥満誘導マウスを用いて行った。また、

通常ムカゴは加熱して食べることを考慮し、ムカゴの餌に

対する添加はαコンスターチと置き換えとした。エネルギ

ー比 45%高脂肪の餌にムカゴ微粉末を 5%添加し、高脂肪

ムカゴ飼料を作製した。また、コントロールとしてエネル

ギー比 45%高脂肪飼料および脂質負荷の効果を計るため

に通常脂肪飼料を作製した。 マウスは通常脂肪飼料および脱イオン水で一週間馴化

し、通常脂肪飼料群、高脂肪飼料群、高脂肪ムカゴ飼料群

の 3群に分けた。それぞれの餌で 8週間飼育し、解剖した。

解剖は 16 時間絶食後に行い、血液および肝臓を採取した。

血液からは血漿を分離し、生化学成分分析を行った。

2.4 血漿生化学成分分析

血漿肝機能マーカーであるアラニンアミノ基転移酵素、

アスパラギン酸アミノ基転移酵素、乳酸脱水素酵素にムカ

ゴ摂取の影響は認められなかった。また、グルコースにも

影響がなかった。 2.5.トランスクリプトーム解析

2.5.1 DNA マイクロアレイ

肝臓から TRIzol Reagent(Invitrogen)を用いた方法によ

って Total RNA を抽出し、RNeasy Mini Kit(Qiagen)を用

いて Total RNA の精製を行った。さらに Total RNA はバイ

オアナライザー(Agilent)によって品質の検定を行った。 Total RNA は DNA マイクロアレイによるトランスクリ

プトーム解析を行った。 DNA マイクロアレイは

GeneChip® Mouse Genome 430 2.0 Array(Affymetrix)を用

いて行った。DNA マイクロアレイデータは統計解析言

語・環境「R」で正規化した。正規化手法は Distribution Free Weighted method(DFW)とした。正規化したデータを用

いて階層的クラスター解析によって、各群で遺伝子発現の

全体的な傾向を調べた。次に、Rank products 法によって

False Discovery Rate (FDR)が 0.05 以下で遺伝子発現が変動

するプローブセットを抽出し、The Database for Annotation and Integrated Discovery (DAVID) のウェブツールでどのよ

うな機能を持った遺伝子が有意に集まっているかを調べ

るため、 Gene Ontology に基づいた Gene functional enrichment analysis を行った。 2.5.2 変動遺伝子抽出

通常脂肪飼料群と高脂肪飼料群の比較によって抽出し

た高脂肪負荷の影響を受ける遺伝子のうち、高脂肪飼料群

と高脂肪ムカゴ飼料群での比較で逆方向に変動した遺伝

子、つまり高脂肪の影響を改善した遺伝子を抽出した(表

1)。その結果、高脂肪飼料群で発現が上昇した遺伝子で

高脂肪ムカゴ飼料群では低下したものが 249 個、逆の動き

の遺伝子は 158 個であった。

2.5.3 高脂肪ムカゴ飼料群で高脂肪の影響を

改善した遺伝子の Gene functional enrichment

analysis

表1で抽出された変動遺伝子を用いて Gene functional enrichment analysis を行った(図2)。その結果、GO:0019752カルボン酸代謝、GO:0042180 細胞のケトン体代謝および

GO:0055114 酸化―還元プロセスに関与する遺伝子が改善

されていると考えられた。

2.5.4 パスウェイ解析

表1で抽出された変動遺伝子を用いて Ingenuity Pathway Analysis (Qiagen) を用いてパスウェイ解析を行い、

Top3 を表2に示した。折り畳み不全タンパク質応答、

小胞体ストレスが上位に出現した。高脂肪負荷は折り

畳み不全タンパク質を増加させるため、高脂肪飼料群

では分子シャペロン等の折り畳み不全タンパク質を巻

き戻したり、分解したりするタンパク質を増加させる

と考えられる。しかし、高脂肪ムカゴ飼料群では折り

畳み不全タンパク質自体が少なく、高脂肪飼料群より

も折り畳み不全タンパク質応答に関連する遺伝子の発

現が低いと推察された。

3. 考察及び今後の展望

これまでに高脂肪負荷マウスを用いて、4 週間ムカゴを

摂取させた際の効果について調べてきた。その結果は高脂

肪の影響が血中成分などで明らかなフェノタイプ捉えら

れる以前であるが、高脂肪の肝臓脂質代謝への悪影響の発

生をムカゴの同時摂取によって遅らせるというものであ

った。本報告ではさらに長期間である 8 週間摂取の影響を

調べたが、高脂肪負荷による影響を改善すると考えられる

も機能やパスウェイは摂取 4 週で見られたものとは異な

るものであった。ムカゴの生理的機能性効果は負荷や傷害

の度合いによって違った面が見えてくる可能性がある。今

度は、詳細な解析を進めるとともにムカゴの有用成分の生

理機能性を検証する予定である。 【参考文献】

1. Jin et al., Food Chem. Toxicol., 48, 3073-3079. (2010) 2. Hashimoto et al., Plant Foods Hum. Nutr., 64, 193-198. (2009) 3. Lin et al., J. Agric. Food Chem., 57, 4606-13.(2009)

通常脂肪飼料群

高脂肪飼料群

高脂肪ムカゴ飼料群

遺伝子数

249

158

表1 ムカゴ摂取で高脂肪の影響が改善した遺伝子数

カノニカルパスウェイ -log(p-value)折り畳み不全タンパク質応答 7.50PXR/RXR 活性化 7.06小胞体ストレスパスウェイ 6.60

表2 パスウェイ解析

KAST 平成27年度研究概要 2016.7.26- 45 -

Page 7: 未病改善食品評価法開発プロジェクト - KISTEC€¦ · 未病改善食品評価法開発プロジェクト プロジェクトリーダー 阿部 啓子 【基本構想】

特殊な組成のアミノ酸混合溶液投与による肝臓および脂肪

組織におけるトランスクリプトームの協調調節

篠﨑 文夏

1. はじめに

スズメバチの成虫は身体の形状から肉など固形物を摂

取できない。それにもかかわらず一日におおよそ 80km

の距離を移動するという。なぜそのような距離を移動可能

であるのか。その理由を解明するために、日々観察された

結果、成虫が幼虫から液体を受け取っていることが発見さ

れた。成虫は捕獲した餌を肉団子とし幼虫に与え、幼虫は

その肉団子をもとにして液状の栄養液を作製し、成虫に与

えていたのだ。その幼虫が分泌する液体を分析したところ、

主にアミノ酸と糖類で構成されていた。日本に在来するス

ズメバチ 5 種から栄養液を採取し、アミノ酸組成を比較し

たところ、いずれもプロリンとグリシンが多く、システイ

ンが含まれないという特徴的な組成をしており、Vespa(ス

ズメバチ属の)amino acid mixture 、略して VAAM と名付

けられた 1。VAAM に含まれる 17 種類の構成アミノ酸組

成を人工的に再現した VAAM をマウスに与え遊泳運動を

させると遊泳時間の延長が認められたことから、VAAM は

持久力を向上させることが明らかとなった。運動時におけ

る VAAM の効果については、運動後の血中脂肪酸量の増

加から脂肪酸の動員によるものと示唆された 2。これらの

作用は構成アミノ酸を欠如させると効果が小さくなった

ことから、17 種類のアミノ酸の組成比が重要であると考

えられた。次に、脂肪酸動員が脂肪組織から行われるかを

検証するため、単離脂肪細胞を用いて VAAM を作用させ

た。その結果、単離脂肪細胞からの脂肪酸とグリセロール

の放出を認め、VAAM は脂肪細胞の脂肪分解を促進する

可能性が示唆された 3。運動などの刺激がない状態で

VAAM は脂肪細胞から脂肪酸を放出させたことから、

VAAM は運動時ならずとも何らかの作用を示すと推察さ

れた。 本研究では VAAM の平常時の作用を検証するとともに、

組織での作用メカニズム解明を試みた。

2. 実験と結果

2.1 アミノ酸混合溶液作製 アミノ酸はAbe et al.(1995)の組成で脱イオン水に溶解し、

1.8%VAAM 溶液を作製した。またアミノ酸混合溶液のリ

ファレンスとして同様にカゼインアミノ酸混合溶液

(CAAM)を作製した。作製したアミノ酸混合溶液はアミ

ノ酸分析器によってアミノ酸組成を実測した。その結果を

表1に示す。

2.2 動物実験

動物実験はマウス(ddY、オス)を用いて実施された。

マウスには固形餌(MF、オリエンタル酵母)と脱イオン

水を自由摂取させた。飼育は、温度・湿度コントロールさ

れた飼育室で明期 8:00-20:00、暗期 20:00-8:00 とし

た。実験期間中は毎日体重を測定した。 一週間馴化したのち、一日一回朝 10:00 に体重グラム

あたり 37.5 マイクロリットルの VAAM、CAAM または脱

イオン水を経口投与した。これを 5 日間行った。投与最終

日には朝 8:00 に餌を除去し、新しいケージに交換した。

10:00 に投与して 4 時間後に血液、肝臓、白色脂肪組織

および褐色脂肪組織を採材した。 なお、本動物実験は東京大学農学部の承認を受けて実施

された。 2.3 血中成分分析

採取した血液は血清を分離し、血中グルコース、ケトン

体、総脂質、遊離脂肪酸、中性脂肪、コレステロールを測

Amino acids VAAM CAAM

Glycine 19.1 4.5

Alanine 6 4.5

Valine 5.9 5.5

Leucine 6.2 8.5

Isoleucine 4.5 5.5

Serine 2.5 8

Threonine 7.2 2.5

Cysteine - 0.4

Cystine - -

Methionine 0.5 2.5

Aspartic acid 0.2 7.5

Glutamine 3.2 19.6

Arginine 3.5 3

Lysine 8.6 7

Histidine 2.6 2.5

Phenylalanine 3.8 4

Tyrosine 6 5

Tryptophan 2.2 1

Proline 18 8.5

表1アミノ酸組成(Mol%)

定した。いずれの項目についても、VAAM 群、CAAM 群

Water 群間で有意な差は認められなかった。 2.4 トランスクリプトーム解析

2.4.1 DNA マイクロアレイ解析

肝臓、白色脂肪組織、褐色脂肪組織は Trizol reagent(Invitrogen)中でホモジナイズし、Total RNA を抽出した。

Total RNA の一部は RNeasy (Qiagen)を用いて精製し、

バイオアナライザー(Agilent)で RNA の質の検定を行な

い、RIN が 8 以上であることを確認した。 Total RNA は DNA マイクロアレイによるトランスクリ

プトーム解析を行った。 DNA マイクロアレイは

GeneChip® Mouse Genome 430 2.0 Array (Affymetrix)を

用いて行った。DNA マイクロアレイデータは統計解析言

語・環境「R」で正規化した。正規化したデータを用いて

Rankproducs 法によって二群間比較を行い Folse Discovery Rate (FDR)が 0.05 以下で VAAM 群と Water 群で発現が変

動するプローブセットを抽出した。同様にリファレンスで

ある CAAM 群と Water 群を解析し、VAAM 群と Water 群との比較を行ない、VAAM 群および CAAM 群それぞれ特

異的に変動する遺伝子を抽出した。 抽出された変動遺伝子について The Database for

Annotation and Integrated Discovery (DAVID) のウェブツー

ルでどのような機能を持った遺伝子が有意に集まってい

るかを調べるため、Gene Ontology に基づいた Gene functional enrichment analysis を行った。 2.4.2 変動遺伝子抽出

肝臓、白色脂肪組織および褐色脂肪組織で抽出された変

動遺伝子を図1に示す。VAAM 群と CAAM 群で共通して

変動する遺伝子(I および J)数は図1B で灰色に塗られて

いる E,G,K,L で示される VAAM 群で特異的に変動したと

考えられる遺伝子数よりも少なかった。したがって、投与

するアミノ酸混合溶液のアミノ酸組成比は遺伝子発現に

大きく影響することが示された。 2.4.3 VAAM 特異的遺伝子の Gene functional

enrichment analysis

図1B の E, G, K, L に属する遺伝子を用いて Gene functional enrichment analysis を行った。 肝臓では、脂肪酸やコレステロール代謝が多く変動して

いることがわかった。また白色脂肪組織ではモノカルボン

酸代謝や細胞接着分子、褐色脂肪組織では生物学的プロセ

スの制御に関与する遺伝子が多く変動することがわかっ

た。 2.5 パスウェイ解析

VAAM 群で得られた変動遺伝子のうち肝臓と白色脂肪

組織の代謝関連遺伝子についてパスウェイ解析を行い、図

2にその一部を示した。 VAAM 群の肝臓では解糖、脂質酸化が低下し、糖原生

アミノ酸利用等が上昇、WAT ではリン脂質合成が上昇す

ると考えられた。 2.6 上流因子解析 VAAM 群で特異的に変動した遺伝子について、Ingenuity

KAST 平成27年度研究概要 2016.7.26- 46 -

目次用

Page 8: 未病改善食品評価法開発プロジェクト - KISTEC€¦ · 未病改善食品評価法開発プロジェクト プロジェクトリーダー 阿部 啓子 【基本構想】

特殊な組成のアミノ酸混合溶液投与による肝臓および脂肪

組織におけるトランスクリプトームの協調調節

篠﨑 文夏

1. はじめに

スズメバチの成虫は身体の形状から肉など固形物を摂

取できない。それにもかかわらず一日におおよそ 80km

の距離を移動するという。なぜそのような距離を移動可能

であるのか。その理由を解明するために、日々観察された

結果、成虫が幼虫から液体を受け取っていることが発見さ

れた。成虫は捕獲した餌を肉団子とし幼虫に与え、幼虫は

その肉団子をもとにして液状の栄養液を作製し、成虫に与

えていたのだ。その幼虫が分泌する液体を分析したところ、

主にアミノ酸と糖類で構成されていた。日本に在来するス

ズメバチ 5 種から栄養液を採取し、アミノ酸組成を比較し

たところ、いずれもプロリンとグリシンが多く、システイ

ンが含まれないという特徴的な組成をしており、Vespa(ス

ズメバチ属の)amino acid mixture 、略して VAAM と名付

けられた 1。VAAM に含まれる 17 種類の構成アミノ酸組

成を人工的に再現した VAAM をマウスに与え遊泳運動を

させると遊泳時間の延長が認められたことから、VAAM は

持久力を向上させることが明らかとなった。運動時におけ

る VAAM の効果については、運動後の血中脂肪酸量の増

加から脂肪酸の動員によるものと示唆された 2。これらの

作用は構成アミノ酸を欠如させると効果が小さくなった

ことから、17 種類のアミノ酸の組成比が重要であると考

えられた。次に、脂肪酸動員が脂肪組織から行われるかを

検証するため、単離脂肪細胞を用いて VAAM を作用させ

た。その結果、単離脂肪細胞からの脂肪酸とグリセロール

の放出を認め、VAAM は脂肪細胞の脂肪分解を促進する

可能性が示唆された 3。運動などの刺激がない状態で

VAAM は脂肪細胞から脂肪酸を放出させたことから、

VAAM は運動時ならずとも何らかの作用を示すと推察さ

れた。 本研究では VAAM の平常時の作用を検証するとともに、

組織での作用メカニズム解明を試みた。

2. 実験と結果

2.1 アミノ酸混合溶液作製 アミノ酸はAbe et al.(1995)の組成で脱イオン水に溶解し、

1.8%VAAM 溶液を作製した。またアミノ酸混合溶液のリ

ファレンスとして同様にカゼインアミノ酸混合溶液

(CAAM)を作製した。作製したアミノ酸混合溶液はアミ

ノ酸分析器によってアミノ酸組成を実測した。その結果を

表1に示す。

2.2 動物実験

動物実験はマウス(ddY、オス)を用いて実施された。

マウスには固形餌(MF、オリエンタル酵母)と脱イオン

水を自由摂取させた。飼育は、温度・湿度コントロールさ

れた飼育室で明期 8:00-20:00、暗期 20:00-8:00 とし

た。実験期間中は毎日体重を測定した。 一週間馴化したのち、一日一回朝 10:00 に体重グラム

あたり 37.5 マイクロリットルの VAAM、CAAM または脱

イオン水を経口投与した。これを 5 日間行った。投与最終

日には朝 8:00 に餌を除去し、新しいケージに交換した。

10:00 に投与して 4 時間後に血液、肝臓、白色脂肪組織

および褐色脂肪組織を採材した。 なお、本動物実験は東京大学農学部の承認を受けて実施

された。 2.3 血中成分分析

採取した血液は血清を分離し、血中グルコース、ケトン

体、総脂質、遊離脂肪酸、中性脂肪、コレステロールを測

Amino acids VAAM CAAM

Glycine 19.1 4.5

Alanine 6 4.5

Valine 5.9 5.5

Leucine 6.2 8.5

Isoleucine 4.5 5.5

Serine 2.5 8

Threonine 7.2 2.5

Cysteine - 0.4

Cystine - -

Methionine 0.5 2.5

Aspartic acid 0.2 7.5

Glutamine 3.2 19.6

Arginine 3.5 3

Lysine 8.6 7

Histidine 2.6 2.5

Phenylalanine 3.8 4

Tyrosine 6 5

Tryptophan 2.2 1

Proline 18 8.5

表1アミノ酸組成(Mol%)

定した。いずれの項目についても、VAAM 群、CAAM 群

Water 群間で有意な差は認められなかった。 2.4 トランスクリプトーム解析

2.4.1 DNA マイクロアレイ解析

肝臓、白色脂肪組織、褐色脂肪組織は Trizol reagent(Invitrogen)中でホモジナイズし、Total RNA を抽出した。

Total RNA の一部は RNeasy (Qiagen)を用いて精製し、

バイオアナライザー(Agilent)で RNA の質の検定を行な

い、RIN が 8 以上であることを確認した。 Total RNA は DNA マイクロアレイによるトランスクリ

プトーム解析を行った。 DNA マイクロアレイは

GeneChip® Mouse Genome 430 2.0 Array (Affymetrix)を

用いて行った。DNA マイクロアレイデータは統計解析言

語・環境「R」で正規化した。正規化したデータを用いて

Rankproducs 法によって二群間比較を行い Folse Discovery Rate (FDR)が 0.05 以下で VAAM 群と Water 群で発現が変

動するプローブセットを抽出した。同様にリファレンスで

ある CAAM 群と Water 群を解析し、VAAM 群と Water 群との比較を行ない、VAAM 群および CAAM 群それぞれ特

異的に変動する遺伝子を抽出した。 抽出された変動遺伝子について The Database for

Annotation and Integrated Discovery (DAVID) のウェブツー

ルでどのような機能を持った遺伝子が有意に集まってい

るかを調べるため、Gene Ontology に基づいた Gene functional enrichment analysis を行った。 2.4.2 変動遺伝子抽出

肝臓、白色脂肪組織および褐色脂肪組織で抽出された変

動遺伝子を図1に示す。VAAM 群と CAAM 群で共通して

変動する遺伝子(I および J)数は図1B で灰色に塗られて

いる E,G,K,L で示される VAAM 群で特異的に変動したと

考えられる遺伝子数よりも少なかった。したがって、投与

するアミノ酸混合溶液のアミノ酸組成比は遺伝子発現に

大きく影響することが示された。 2.4.3 VAAM 特異的遺伝子の Gene functional

enrichment analysis

図1B の E, G, K, L に属する遺伝子を用いて Gene functional enrichment analysis を行った。 肝臓では、脂肪酸やコレステロール代謝が多く変動して

いることがわかった。また白色脂肪組織ではモノカルボン

酸代謝や細胞接着分子、褐色脂肪組織では生物学的プロセ

スの制御に関与する遺伝子が多く変動することがわかっ

た。 2.5 パスウェイ解析

VAAM 群で得られた変動遺伝子のうち肝臓と白色脂肪

組織の代謝関連遺伝子についてパスウェイ解析を行い、図

2にその一部を示した。 VAAM 群の肝臓では解糖、脂質酸化が低下し、糖原生

アミノ酸利用等が上昇、WAT ではリン脂質合成が上昇す

ると考えられた。 2.6 上流因子解析 VAAM 群で特異的に変動した遺伝子について、Ingenuity

KAST 平成27年度研究概要 2016.7.26- 47 -

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Pathway Analysis (Quiagen)を用いて上流因子解析を

行った。解析結果のZ-scoreは 2以上を活性化されている、

-2以下を抑制されていると判断し、Z-score が絶対値で

1以下は活性化、抑制の判断不可とした。肝臓、白色脂肪

組織および褐色脂肪組織の 3臓器間またはそのうち 2臓器

間で共通して制御している上流因子を調べた。 その結果、3 組織に共通して活性化されているであろう

因子が 1 個、2 組織に共通するものが複数あった。

3. 考察及び今後の展望

VAAM 摂取は特に刺激がない平常時でも様々な組織の

遺伝子発現に影響することが明らかとなった。平常時の

VAAM 摂取で肝臓では糖原生のアミノ酸利用が活性化し、

WAT では脂肪酸は中性脂肪よりもリン脂質に変換される

可能性があり、BAT に対する影響は少ないと示唆された。

上流因子解析の結果は VAAM 摂取時に複数のシグナル因

子が介在することを示唆し、VAAM の代謝に対する作用

機序理解への一助となると考えられた。 【参考文献】

1. Abe T. et al., Toxicon, 27: 683 (1989). 2. Abe T. et al., Adv. Exerc. Sports Physiol., 3: 35 (1997). 3. Shinozaki F., Abe T. Biosci. Biotechnol. Biochem., 72, 1860 (2008).

ヒトでの食品機能性評価に向けての取り組み

血液遺伝子発現プロファイル解析による

生体内鉄量応答マーカー遺伝子の探索

亀井 飛鳥、渡部 由貴

1. はじめに

鉄はミクロ栄養素の 1 つであり、酸素の運搬担体として、

また様々な酵素の補欠分子として、生体機能を正常に保つ

ために必須のミネラルである。鉄は摂取量の低下などによ

って欠乏した状態が続くと、やがて貧血に至る。一方で、

過剰に蓄積すると貯蔵臓器に酸化ダメージを与えること

が知られている。すなわち、鉄が欠乏状態、過剰状態のい

ずれの場合にも、身体はダメージを受ける。 鉄の摂取量が低下することで起こる鉄欠乏や、鉄の過剰

摂取が身体に及ぼす影響についての研究はこれまでに多

く実施されている。しかし、様々な代謝系や細胞機能への

影響を網羅的に解析した報告はほとんどない。つまり、鉄

欠乏や鉄過剰状態において、これまで着目されていない代

謝系や細胞機能においても変化が起こっている可能性が

ある。鉄の摂取量が低下すること、また摂取量が過剰にな

ることの安全性を評価するためには、この未解明の代謝系

や細胞機能の変化も含めた総合的な解析が必須であると

考えられる。そこで我々は、鉄欠乏あるいは過剰状態での

生体内変化を総合的に評価することにした (図 1)。総合評

価の手法として、DNA マイクロアレイを用いた網羅的な

トランスクリプトーム解析を採用した。

1.1 鉄欠乏の生理作用

摂取量の低下や臓器からの出血などにより鉄が欠乏す

ると、まず、肝臓などの臓器に貯蔵されている鉄が優先的

に利用され、減少する。これに応答し、血清中の TIBC (総鉄結合能) が増加し、フェリチンが減少するが、ヘモグロ

ビンは正常値を保ったままである。この状態を「貧血のな

い鉄欠乏」とよぶ。一方、この鉄欠乏状態がつづくと、貯

蔵鉄の減少に引き続いて血中のヘモグロビン量が低下し、

「貧血」に至る (鉄欠乏性貧血)。 鉄欠乏性貧血時には、血清や肝臓の脂質プロファイルに

変動があることが報告されており、鉄欠乏により、高脂血

症を発症する可能性を示唆する結果や、血清中の中性脂肪、

リン脂質、LDL+VLDL コレステロール量、肝臓で総脂質、

中性脂肪、リン脂質量が増加する結果が報告されている (1)。しかしこれらの変化は、飼育条件によって異なる結果

となっており、その機構について十分な情報が得られてい

るとは言い難い。また、鉄欠乏により、ミネラルバランス

が変動し (2)、これによって脂質過酸化が亢進し、ダメー

ジを与えることが示されている (2、3)。このように、鉄欠

乏時には、鉄貯蔵の中心臓器である肝臓において、様々な

代謝変動が起こり得る。

1.2 DNA マイクロアレイを用いたトランスクリ

プトーム解析

生命現象を、タンパク質合成のセントラルドグマにおけ

る流れから解釈すると、遺伝子 DNA はその生物固有の情

報を持ち、この遺伝子 DNA を転写した mRNA (トランス

クリプト) を翻訳してタンパク質 (プロテイン) が作られ

る。タンパク質が酵素であれば、代謝産物 (メタボライト) が生成されることになる。それぞれの群を特に、トランス

クリプトーム、プロテオーム、メタボロームと呼ぶ (図2)。 生体内で起こる変化を多角的に解析する手法として、網

羅性の高い DNA マイクロアレイを用いたトランスクリプ

トーム解析がある。これは、細胞内で発現する数万種の転

写産物 (mRNA) 量を網羅的に解析するもので、mRNA 量

の変化の内容を解読することで、これから起こる生体の変

化を予測しようという手法である。

図1 鉄の機能性・安全性評価について

KAST 平成27年度研究概要 2016.7.26- 48 -

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Pathway Analysis (Quiagen)を用いて上流因子解析を

行った。解析結果のZ-scoreは 2以上を活性化されている、

-2以下を抑制されていると判断し、Z-score が絶対値で

1以下は活性化、抑制の判断不可とした。肝臓、白色脂肪

組織および褐色脂肪組織の 3臓器間またはそのうち 2臓器

間で共通して制御している上流因子を調べた。 その結果、3 組織に共通して活性化されているであろう

因子が 1 個、2 組織に共通するものが複数あった。

3. 考察及び今後の展望

VAAM 摂取は特に刺激がない平常時でも様々な組織の

遺伝子発現に影響することが明らかとなった。平常時の

VAAM 摂取で肝臓では糖原生のアミノ酸利用が活性化し、

WAT では脂肪酸は中性脂肪よりもリン脂質に変換される

可能性があり、BAT に対する影響は少ないと示唆された。

上流因子解析の結果は VAAM 摂取時に複数のシグナル因

子が介在することを示唆し、VAAM の代謝に対する作用

機序理解への一助となると考えられた。 【参考文献】

1. Abe T. et al., Toxicon, 27: 683 (1989). 2. Abe T. et al., Adv. Exerc. Sports Physiol., 3: 35 (1997). 3. Shinozaki F., Abe T. Biosci. Biotechnol. Biochem., 72, 1860 (2008).

目次用

ヒトでの食品機能性評価に向けての取り組み

血液遺伝子発現プロファイル解析による

生体内鉄量応答マーカー遺伝子の探索

亀井 飛鳥、渡部 由貴

1. はじめに

鉄はミクロ栄養素の 1 つであり、酸素の運搬担体として、

また様々な酵素の補欠分子として、生体機能を正常に保つ

ために必須のミネラルである。鉄は摂取量の低下などによ

って欠乏した状態が続くと、やがて貧血に至る。一方で、

過剰に蓄積すると貯蔵臓器に酸化ダメージを与えること

が知られている。すなわち、鉄が欠乏状態、過剰状態のい

ずれの場合にも、身体はダメージを受ける。 鉄の摂取量が低下することで起こる鉄欠乏や、鉄の過剰

摂取が身体に及ぼす影響についての研究はこれまでに多

く実施されている。しかし、様々な代謝系や細胞機能への

影響を網羅的に解析した報告はほとんどない。つまり、鉄

欠乏や鉄過剰状態において、これまで着目されていない代

謝系や細胞機能においても変化が起こっている可能性が

ある。鉄の摂取量が低下すること、また摂取量が過剰にな

ることの安全性を評価するためには、この未解明の代謝系

や細胞機能の変化も含めた総合的な解析が必須であると

考えられる。そこで我々は、鉄欠乏あるいは過剰状態での

生体内変化を総合的に評価することにした (図 1)。総合評

価の手法として、DNA マイクロアレイを用いた網羅的な

トランスクリプトーム解析を採用した。

1.1 鉄欠乏の生理作用

摂取量の低下や臓器からの出血などにより鉄が欠乏す

ると、まず、肝臓などの臓器に貯蔵されている鉄が優先的

に利用され、減少する。これに応答し、血清中の TIBC (総鉄結合能) が増加し、フェリチンが減少するが、ヘモグロ

ビンは正常値を保ったままである。この状態を「貧血のな

い鉄欠乏」とよぶ。一方、この鉄欠乏状態がつづくと、貯

蔵鉄の減少に引き続いて血中のヘモグロビン量が低下し、

「貧血」に至る (鉄欠乏性貧血)。 鉄欠乏性貧血時には、血清や肝臓の脂質プロファイルに

変動があることが報告されており、鉄欠乏により、高脂血

症を発症する可能性を示唆する結果や、血清中の中性脂肪、

リン脂質、LDL+VLDL コレステロール量、肝臓で総脂質、

中性脂肪、リン脂質量が増加する結果が報告されている (1)。しかしこれらの変化は、飼育条件によって異なる結果

となっており、その機構について十分な情報が得られてい

るとは言い難い。また、鉄欠乏により、ミネラルバランス

が変動し (2)、これによって脂質過酸化が亢進し、ダメー

ジを与えることが示されている (2、3)。このように、鉄欠

乏時には、鉄貯蔵の中心臓器である肝臓において、様々な

代謝変動が起こり得る。

1.2 DNA マイクロアレイを用いたトランスクリ

プトーム解析

生命現象を、タンパク質合成のセントラルドグマにおけ

る流れから解釈すると、遺伝子 DNA はその生物固有の情

報を持ち、この遺伝子 DNA を転写した mRNA (トランス

クリプト) を翻訳してタンパク質 (プロテイン) が作られ

る。タンパク質が酵素であれば、代謝産物 (メタボライト) が生成されることになる。それぞれの群を特に、トランス

クリプトーム、プロテオーム、メタボロームと呼ぶ (図2)。 生体内で起こる変化を多角的に解析する手法として、網

羅性の高い DNA マイクロアレイを用いたトランスクリプ

トーム解析がある。これは、細胞内で発現する数万種の転

写産物 (mRNA) 量を網羅的に解析するもので、mRNA 量

の変化の内容を解読することで、これから起こる生体の変

化を予測しようという手法である。

図1 鉄の機能性・安全性評価について

KAST 平成27年度研究概要 2016.7.26- 49 -

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DNA マイクロアレイを用いたトランスクリプトーム解

析は、ニュートリゲノミクス(栄養ゲノム科学)の観点か

ら食品や食品成分の健康機能性評価 (4-8) や、栄養素欠乏

の安全性評価 (9) に広く活用されている。 鉄欠乏時の生体内の変化のトランスクリプトーム解析

として、鉄の吸収活性の高い十二指腸や空腸をターゲット

とした報告はあるが (10、11)、肝臓に関する報告はない。

一方、食餌性鉄過剰が身体に及ぼす影響について、脳 (12)、心臓や筋肉 (13) を対象にした網羅的な遺伝子発現解析の

報告はあるが、鉄の主要貯蔵臓器である肝臓を対象とした

研究報告はなかった。そこで我々は、鉄欠乏・鉄過剰が肝

臓に及ぼす影響を網羅的な遺伝子発現解析から明らかに

する研究を行い、特に鉄欠乏については「貧血」と「貧血

のない鉄欠乏」という 2 段階について報告した (14、16)。

1.3 血液のトランスクリプトーム

人を対象とした食品や栄養素の評価研究の多くは、身長、

体重、血圧などの非侵襲な測定や、採血をして血糖値や血

中脂質といった血液成分の生化学的パラメーターの測定

が行われている。一方、人の身体は恒常性が維持されてお

り、食品や栄養素の摂取のみで血液生化学パラメーター等

の顕著な変化を捉えることは難しいという局面もある。そ

こで我々は、従来の測定項目に加え、生体変化への応答が

より顕著に起こる血液のトランスクリプトームの変化に

着目し、食品や栄養素の摂取による生体応答を明らかにす

るための新たなバイオマーカーとしての可能性を検討す

ることとした。

1.4 バイオマーカーとしての活用

我々はこれまで肝臓を対象とした解析を行い、栄養素の

過不足や食品成分の摂取が生体に及ぼす影響を解析した。

この結果をヒトに応用するための試みとして、動物の血液

の網羅的遺伝子発現解析に着手することにした。これは、

動物が食品や栄養素を摂取したときの肝臓の遺伝子発現

変化を踏まえ、「肝臓でこのような変化が起こっていると

き、血液の遺伝子発現はこのように応答する」という情報

を得ることが目的である。このような動物の情報を集積す

ることで生体の変化に応答する血液のバイオマーカー遺

伝子を明らかにしてリスト化する。ヒトが食品や栄養素を

摂取したときの血液の変動遺伝子をバイオマーカー遺伝

子リストに照合して肝臓の応答を予測することができる

ようになれば、ヒトにおける食品・栄養素の機能性・安全

性評価への応用が期待される。 最終的にはヒトが食品や栄養素を摂取したときの血液

の変動遺伝子を前述のバイオマーカー遺伝子リストに照

合して肝臓の応答を予測することができるようになれば、

ヒトにおける食品・栄養素の機能性・安全性評価への展開

が期待される。

2. 実験と結果

2.1 鉄欠乏食摂取 17 日

貧血は日本人女性の 1 割程度に見られ、息切れ、めまい

等の症状を呈することからも問題視されている。貧血の診

断は血液のヘモグロビン測定などによって可能であるが、

血液遺伝子マーカーの可能性を探るにあたり、ケーススタ

ディとして、まずこのような重篤な鉄欠乏状態で変動する

血液遺伝子マーカーを明確にする必要があると考え、研究

を開始した。

2.1.1 方法

a) 動物実験

3 週齢の雄性 SD ラットを約 1 週間の予備飼育の後、2群に分け、それぞれ異なる食餌 (実験食と総称) を摂取さ

せた。成長期のげっ歯類用の標準調製飼料である AIN93G食および AIN93G から鉄 (クエン酸鉄) のみを除去した鉄

欠乏食である。AIN93G 食 (鉄含量 48 ppm) を与える群を

通常食群 (n = 5)、鉄欠乏食 (鉄含量 3 ppm 未満) を与え

る群を鉄欠乏食群 (n = 6) とした。なお、鉄欠乏食群は通

常食群に比べて摂食量が低下することから、摂取エネルギ

ーや他の栄養素の摂取量の違いの影響を除くために、通常

食群は鉄欠乏食群の前日平均摂食量を摂取させた (Pair-feeding の実施)。飼育環境は 8 時~20 時を明期とする

12 時間明暗サイクルとし、気温は 23 ± 1°C、湿度は 45 ± 2%にて制御した。実験食摂取開始後 13 日目より 9 時~17 時

の 8 時間制限給餌を開始し、17 日目に 1.5 時間の摂食後、

麻酔下にて解剖を行い、頸動脈より採血した。血液からは

血清あるいは血漿を採取した。血清あるいは血漿、さらに

肝臓の一部を用いて成分分析を行った。体重および成分分

析結果の統計的な差を Student’s t-test により確認し、P < 0.05 を統計的に有意であると判断した。また、血液より

TRIzol Reagent LS (Life Technologies 社) の定法に従って

total RNA を抽出した。

b) DNA マイクロアレイ実験

DNA マイクロアレイは Affymetrix 社の GeneChip® Rat Genome 230 2.0 Array を用いた。血液より抽出した total RNA は、Affymetrix 社の定法に従って DNA マイクロアレ

イ用に調製し、データを取得した。なお、DNA マイクロ

アレイ実験は全個体を対象に実施した。 得られたデータ (CEL データ) に対し、採用する正規化

図2 セントラルドグマ

(summarization, normalization) 手法の検討を行い、DFWにて正規化を行ったデータを解析に採用した。

2.1.2 結果

a) 飼育期間中の体重、血中、肝臓中成分の変化

飼育期間中、2 群間で体重差は認められなかった。血中

のヘモグロビン量の測定を実施したところ、実験食摂取開

始から徐々に鉄欠乏食群における値が降下し始めた。実験

食開始 17 日目の生体は、ヘモグロビン濃度が通常の 40%程度にまで降下した、いわゆる「鉄欠乏性貧血」の状態で

あった。なお、TIBC (総鉄結合能) の有意な上昇、血清鉄

量、肝臓中鉄量の有意な降下が認められ、鉄欠乏状態であ

ることを裏付ける結果となった。

b) DNA マイクロアレイ実験データ

階層的クラスター解析の結果、2 群間で 2 つの異なるクラ

スターを形成することが明らかになった (図3)。このこと

図3 鉄欠乏食群および通常食群の血液 DNA マイクロアレイ

データの階層的クラスター解析結果

から、2群間の血液における遺伝子発現パターンが異なる

ことが示唆された。

2.2 鉄欠乏食摂取 3 日

1.1 に記載したように、出血や摂取不足によって鉄が欠

乏すると「臓器貯蔵鉄の減少」という段階を経て「貧血」

に至る。すなわち、鉄不足によってもたらされる症状には

「貧血のない鉄欠乏」と「鉄欠乏性貧血」とが存在する。

その発生頻度については、日本人女性の約 4 割が「貧血の

ない鉄欠乏」、約 1 割が「鉄欠乏性貧血」といわれている (15)。我々はこれまで、「貧血」および「貧血のない鉄欠乏」

時の評価として、肝臓を対象とした遺伝子発現解析を実施

し、報告した (14、16)。まずは遺伝子発現解析のヒトへの

応用を目指し、日本人女性でより頻度の高い「貧血のない

鉄欠乏」の評価のために、短期間の鉄欠乏食摂取が血液に

及ぼす影響のトランスクリプトーム解析を実施した。

2.2.1 方法

a) 動物実験

3 週齢の雄性 SD ラットを約 1 週間の予備飼育後、2.

1と同様に通常食群 (n = 8)、鉄欠乏食群 (n = 9) の 2 群に

分け、通常食群は鉄欠乏食群に対して Pair-feeding させた。

予備飼育 4 日目より 9 時~17 時の 8 時間制限給餌を開始

し、実験食摂取期間中も時間制限給餌を継続した。実験食

摂取開始後 3 日目に、1.5 時間の摂食後、麻酔下にて解剖

を行い、頸動脈より採血し、全血の一部を RNA 抽出用に、

残りからは血清および血漿を採取した。血清あるいは血漿、

さらに肝臓の一部を用いて成分分析を行った。体重および

成分分析結果の統計的な差を Student’s t-test により確認し、

P < 0.05 を統計的に有意であると判断した。

b) DNA マイクロアレイ実験

DNA マイクロアレイは Affymetrix 社の GeneChip® Rat Genome 230 2.0 Array を用いた。血液より抽出した total RNA は、Affymetrix 社の定法に従って DNA マイクロアレ

イ用に調製し、データを取得した。なお、DNA マイクロ

アレイ実験は各群 n = 8 にて実施した。 得られたデータ (CEL データ) に対し、採用する正規化

(summarization, normalization) 手法の検討を行い、DFWにて正規化を行ったデータを解析に採用した。

2.2.2 結果

a) 飼育期間中の体重、血中、肝臓中成分の変化

飼育期間中、2 群間で体重差は認められなかった。血中

成分のうち、鉄欠乏食摂取開始 3 日目の生体は、ヘモグロ

ビン量に差がなく、TIBC (総鉄結合能) の有意な上昇、血

清フェリチン、血清鉄量、肝臓中の鉄量の有意な降下が認

められ、「貧血のない鉄欠乏」であることが明らかになっ

た。

b) DNA マイクロアレイ実験データ

階層的クラスター解析の結果、2 群間で 2 つの異なるク

ラスターを形成することが明らかになった (図4)。このこ

とから、2 群間の血液における遺伝子発現パターンが異な

ることが示唆された。この条件下の肝臓においては、階層

的クラスター解析の結果、2 群間の差は血液ほど明確では

なく (16)、ここから、鉄の欠乏への遺伝子発現レベルでの

応答は肝臓よりも血液のほうが速く、かつ明確であること

が明らかになった。

KAST 平成27年度研究概要 2016.7.26- 50 -

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DNA マイクロアレイを用いたトランスクリプトーム解

析は、ニュートリゲノミクス(栄養ゲノム科学)の観点か

ら食品や食品成分の健康機能性評価 (4-8) や、栄養素欠乏

の安全性評価 (9) に広く活用されている。 鉄欠乏時の生体内の変化のトランスクリプトーム解析

として、鉄の吸収活性の高い十二指腸や空腸をターゲット

とした報告はあるが (10、11)、肝臓に関する報告はない。

一方、食餌性鉄過剰が身体に及ぼす影響について、脳 (12)、心臓や筋肉 (13) を対象にした網羅的な遺伝子発現解析の

報告はあるが、鉄の主要貯蔵臓器である肝臓を対象とした

研究報告はなかった。そこで我々は、鉄欠乏・鉄過剰が肝

臓に及ぼす影響を網羅的な遺伝子発現解析から明らかに

する研究を行い、特に鉄欠乏については「貧血」と「貧血

のない鉄欠乏」という 2 段階について報告した (14、16)。

1.3 血液のトランスクリプトーム

人を対象とした食品や栄養素の評価研究の多くは、身長、

体重、血圧などの非侵襲な測定や、採血をして血糖値や血

中脂質といった血液成分の生化学的パラメーターの測定

が行われている。一方、人の身体は恒常性が維持されてお

り、食品や栄養素の摂取のみで血液生化学パラメーター等

の顕著な変化を捉えることは難しいという局面もある。そ

こで我々は、従来の測定項目に加え、生体変化への応答が

より顕著に起こる血液のトランスクリプトームの変化に

着目し、食品や栄養素の摂取による生体応答を明らかにす

るための新たなバイオマーカーとしての可能性を検討す

ることとした。

1.4 バイオマーカーとしての活用

我々はこれまで肝臓を対象とした解析を行い、栄養素の

過不足や食品成分の摂取が生体に及ぼす影響を解析した。

この結果をヒトに応用するための試みとして、動物の血液

の網羅的遺伝子発現解析に着手することにした。これは、

動物が食品や栄養素を摂取したときの肝臓の遺伝子発現

変化を踏まえ、「肝臓でこのような変化が起こっていると

き、血液の遺伝子発現はこのように応答する」という情報

を得ることが目的である。このような動物の情報を集積す

ることで生体の変化に応答する血液のバイオマーカー遺

伝子を明らかにしてリスト化する。ヒトが食品や栄養素を

摂取したときの血液の変動遺伝子をバイオマーカー遺伝

子リストに照合して肝臓の応答を予測することができる

ようになれば、ヒトにおける食品・栄養素の機能性・安全

性評価への応用が期待される。 最終的にはヒトが食品や栄養素を摂取したときの血液

の変動遺伝子を前述のバイオマーカー遺伝子リストに照

合して肝臓の応答を予測することができるようになれば、

ヒトにおける食品・栄養素の機能性・安全性評価への展開

が期待される。

2. 実験と結果

2.1 鉄欠乏食摂取 17 日

貧血は日本人女性の 1 割程度に見られ、息切れ、めまい

等の症状を呈することからも問題視されている。貧血の診

断は血液のヘモグロビン測定などによって可能であるが、

血液遺伝子マーカーの可能性を探るにあたり、ケーススタ

ディとして、まずこのような重篤な鉄欠乏状態で変動する

血液遺伝子マーカーを明確にする必要があると考え、研究

を開始した。

2.1.1 方法

a) 動物実験

3 週齢の雄性 SD ラットを約 1 週間の予備飼育の後、2群に分け、それぞれ異なる食餌 (実験食と総称) を摂取さ

せた。成長期のげっ歯類用の標準調製飼料である AIN93G食および AIN93G から鉄 (クエン酸鉄) のみを除去した鉄

欠乏食である。AIN93G 食 (鉄含量 48 ppm) を与える群を

通常食群 (n = 5)、鉄欠乏食 (鉄含量 3 ppm 未満) を与え

る群を鉄欠乏食群 (n = 6) とした。なお、鉄欠乏食群は通

常食群に比べて摂食量が低下することから、摂取エネルギ

ーや他の栄養素の摂取量の違いの影響を除くために、通常

食群は鉄欠乏食群の前日平均摂食量を摂取させた (Pair-feeding の実施)。飼育環境は 8 時~20 時を明期とする

12 時間明暗サイクルとし、気温は 23 ± 1°C、湿度は 45 ± 2%にて制御した。実験食摂取開始後 13 日目より 9 時~17 時

の 8 時間制限給餌を開始し、17 日目に 1.5 時間の摂食後、

麻酔下にて解剖を行い、頸動脈より採血した。血液からは

血清あるいは血漿を採取した。血清あるいは血漿、さらに

肝臓の一部を用いて成分分析を行った。体重および成分分

析結果の統計的な差を Student’s t-test により確認し、P < 0.05 を統計的に有意であると判断した。また、血液より

TRIzol Reagent LS (Life Technologies 社) の定法に従って

total RNA を抽出した。

b) DNA マイクロアレイ実験

DNA マイクロアレイは Affymetrix 社の GeneChip® Rat Genome 230 2.0 Array を用いた。血液より抽出した total RNA は、Affymetrix 社の定法に従って DNA マイクロアレ

イ用に調製し、データを取得した。なお、DNA マイクロ

アレイ実験は全個体を対象に実施した。 得られたデータ (CEL データ) に対し、採用する正規化

図2 セントラルドグマ

(summarization, normalization) 手法の検討を行い、DFWにて正規化を行ったデータを解析に採用した。

2.1.2 結果

a) 飼育期間中の体重、血中、肝臓中成分の変化

飼育期間中、2 群間で体重差は認められなかった。血中

のヘモグロビン量の測定を実施したところ、実験食摂取開

始から徐々に鉄欠乏食群における値が降下し始めた。実験

食開始 17 日目の生体は、ヘモグロビン濃度が通常の 40%程度にまで降下した、いわゆる「鉄欠乏性貧血」の状態で

あった。なお、TIBC (総鉄結合能) の有意な上昇、血清鉄

量、肝臓中鉄量の有意な降下が認められ、鉄欠乏状態であ

ることを裏付ける結果となった。

b) DNA マイクロアレイ実験データ

階層的クラスター解析の結果、2 群間で 2 つの異なるクラ

スターを形成することが明らかになった (図3)。このこと

図3 鉄欠乏食群および通常食群の血液 DNA マイクロアレイ

データの階層的クラスター解析結果

から、2群間の血液における遺伝子発現パターンが異なる

ことが示唆された。

2.2 鉄欠乏食摂取 3 日

1.1 に記載したように、出血や摂取不足によって鉄が欠

乏すると「臓器貯蔵鉄の減少」という段階を経て「貧血」

に至る。すなわち、鉄不足によってもたらされる症状には

「貧血のない鉄欠乏」と「鉄欠乏性貧血」とが存在する。

その発生頻度については、日本人女性の約 4 割が「貧血の

ない鉄欠乏」、約 1 割が「鉄欠乏性貧血」といわれている (15)。我々はこれまで、「貧血」および「貧血のない鉄欠乏」

時の評価として、肝臓を対象とした遺伝子発現解析を実施

し、報告した (14、16)。まずは遺伝子発現解析のヒトへの

応用を目指し、日本人女性でより頻度の高い「貧血のない

鉄欠乏」の評価のために、短期間の鉄欠乏食摂取が血液に

及ぼす影響のトランスクリプトーム解析を実施した。

2.2.1 方法

a) 動物実験

3 週齢の雄性 SD ラットを約 1 週間の予備飼育後、2.

1と同様に通常食群 (n = 8)、鉄欠乏食群 (n = 9) の 2 群に

分け、通常食群は鉄欠乏食群に対して Pair-feeding させた。

予備飼育 4 日目より 9 時~17 時の 8 時間制限給餌を開始

し、実験食摂取期間中も時間制限給餌を継続した。実験食

摂取開始後 3 日目に、1.5 時間の摂食後、麻酔下にて解剖

を行い、頸動脈より採血し、全血の一部を RNA 抽出用に、

残りからは血清および血漿を採取した。血清あるいは血漿、

さらに肝臓の一部を用いて成分分析を行った。体重および

成分分析結果の統計的な差を Student’s t-test により確認し、

P < 0.05 を統計的に有意であると判断した。

b) DNA マイクロアレイ実験

DNA マイクロアレイは Affymetrix 社の GeneChip® Rat Genome 230 2.0 Array を用いた。血液より抽出した total RNA は、Affymetrix 社の定法に従って DNA マイクロアレ

イ用に調製し、データを取得した。なお、DNA マイクロ

アレイ実験は各群 n = 8 にて実施した。 得られたデータ (CEL データ) に対し、採用する正規化

(summarization, normalization) 手法の検討を行い、DFWにて正規化を行ったデータを解析に採用した。

2.2.2 結果

a) 飼育期間中の体重、血中、肝臓中成分の変化

飼育期間中、2 群間で体重差は認められなかった。血中

成分のうち、鉄欠乏食摂取開始 3 日目の生体は、ヘモグロ

ビン量に差がなく、TIBC (総鉄結合能) の有意な上昇、血

清フェリチン、血清鉄量、肝臓中の鉄量の有意な降下が認

められ、「貧血のない鉄欠乏」であることが明らかになっ

た。

b) DNA マイクロアレイ実験データ

階層的クラスター解析の結果、2 群間で 2 つの異なるク

ラスターを形成することが明らかになった (図4)。このこ

とから、2 群間の血液における遺伝子発現パターンが異な

ることが示唆された。この条件下の肝臓においては、階層

的クラスター解析の結果、2 群間の差は血液ほど明確では

なく (16)、ここから、鉄の欠乏への遺伝子発現レベルでの

応答は肝臓よりも血液のほうが速く、かつ明確であること

が明らかになった。

KAST 平成27年度研究概要 2016.7.26- 51 -

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図4 短期間の鉄欠乏食群および通常食群の血液 DNA マイクロ

アレイデータの階層的クラスター解析結果

2.3 鉄量応答マーカー遺伝子のリスト化

上記 2.1 ~ 2.2 にて取得した貧血のない鉄欠乏・貧血

時の血液 DNA マイクロアレイデータにおいて、変動した

遺伝子は「体内の鉄量に応答して変動する遺伝子」とも定

義される。遺伝子発現のパターンによって分類することで、

体内鉄量応答遺伝子マーカーをリスト化した。すなわち、

貧血・貧血のない鉄欠乏で共通の変動は「体内の鉄量のわ

ずかな変化にも応答するマーカー」、貧血のみでの変化は

「体内の鉄量の大きな変化に応答するマーカー」とした。

3. 考察及び今後の展望

本研究より、体内の鉄量の変化に応答して血液の遺伝子

発現が変動することが明らかになった。この応答は、鉄の

貯蔵臓器である肝臓に比べて同等あるいはそれ以上には

やく、とくに欠乏時の応答は顕著であった。ここから、体

内の鉄量を調べるためのマーカーとして、血液の遺伝子発

現変化が利用できることが示された。 現在、体内の鉄量のマーカーとして、血中ヘモグロビン、

血清フェリチン、TIBC、血清鉄などがあるが、一般的な

健康診断や人間ドックの測定項目にはヘモグロビンや赤

血球数、ヘマトクリット値はあるものの、血清フェリチン、

TIBC、血清鉄は含まれていない。貧血のない鉄欠乏はヘ

モグロビンに差が生じないため、一般的な健康診断や人間

ドックでは見落とされる。冒頭にも記載したが、日本人女

性の約 4 割が貧血を伴わない鉄欠乏状態であるといわれ

ているが、日常生活を送る中でこの潜在的な鉄欠乏状態は

見逃される。既報のように (16)、貧血のない鉄欠乏であっ

ても肝臓の遺伝子発現が変動すること、それが様々な代謝

変動の引き金となる可能性が見出されており、健康に及ぼ

す影響は少なくない。そのため、これからは貧血のない鉄

欠乏かどうかの診断も必要になると考えられる。現在、貧

血のない鉄欠乏を診断するためのマーカー分子である血

清フェリチンや TIBC、血清鉄などの測定には時間、コス

トがかかる。一方、血液で鉄量に応答して発現変動する数

種の遺伝子マーカーを活用すれば、体内の鉄量について、

その程度も含め、より簡便かつ迅速に診断することが可能

となる。 本研究は、身体に必須の栄養素である鉄を例とし、鉄量

に応答する血液の遺伝子マーカーの探索に向けて実施し

たものである。その結果、鉄の摂取量や摂取期間の違いに

対し、血液の遺伝子発現が機敏に反応することが明らかに

なった。すなわち、生体内の状態を反映するものとして血

液の遺伝子マーカーの有効性を示す好例である。さらに、

血中分子マーカーについては血液の mRNA だけでなく、

マイクロ RNA (miRNA) なども対象となりうるため、血漿

miRNA の測定の検討を開始した。今後、データを蓄積し、

食品・栄養素の機能性評価のための分子マーカーとしての

miRNA の有効性について評価を行う。 さらに、これらの鉄量応答マーカーについて、ヒトにお

ける応用展開を見据え、ヒトの血液を対象とした研究を開

始した。本プロジェクトでは他に、桑葉の機能性評価とし

てヒト介入試験も実施しており、これらの結果と合わせ、

食品や栄養素の新規評価方法のひとつとして、血液遺伝子

マーカーの有効性を明らかにすべく、データの蓄積を進め

ている。 本研究は、鉄の機能性評価に加え、①モデル動物からヒ

トへの評価方法の展開、②習熟した手法を生かして食品・

栄養素の機能性・安全性の評価センターの構築に向けたモ

デルスタディでもある。今後、条件や素材を変えてさらな

るデータ蓄積を行い、上記展開に向けての基盤づくりを行

う。

【参考文献】

1. Sherman A. R. et al. J Nutr. 108:152-62 (1978) 2. Uehara M. et al. J Nutr Biochem. 8:385-391 (1997) 3. Knutson M. D. et al. J Nutr. 130:621-628 (2000) 4. Kobayashi Y. et al. Biosci Biotechnol Biochem.

74:2385-2395 (2010) 5. Oda Y. et al. BioFactors. (2010) in press 6. Kondo S. et al. Biosci Biotechnol Biochem.

74:1656-1661 (2010) 7. Fukasawa, T. et al. J. Agric. Food Chem. 58:7007-7012

(2010) 8. Yao, R. et al. J. Agric. Food Chem. 58: 2168-2173

(2010) 9. Endo Y. et al., J Nutr. 132:3632-3637 (2002) 10. Collins J. F. Biol Res. 39:25-37 (2006) 11. Collins J. F. et al. Am J Physiol Gastrointest Liver Physiol.

288:G964 (2005) 12. Johnstone D. et al. Neurochem Int. 56:856-863 (2010) 13. Rodriguez A. et al. BMC Genomics. 8:379 (2007) 14. Kamei A. et al. Physiol Genomics 42:149-156 (2010) 15. 日本鉄バイオサイエンス学会 治療指針作成委員会

編, 鉄材の適正使用による貧血治療指針, (2009) 16. Kamei A. et al. PLoS ONE 8:e65732 (2013)

KAST 平成27年度研究概要 2016.7.26- 52 -

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図4 短期間の鉄欠乏食群および通常食群の血液 DNA マイクロ

アレイデータの階層的クラスター解析結果

2.3 鉄量応答マーカー遺伝子のリスト化

上記 2.1 ~ 2.2 にて取得した貧血のない鉄欠乏・貧血

時の血液 DNA マイクロアレイデータにおいて、変動した

遺伝子は「体内の鉄量に応答して変動する遺伝子」とも定

義される。遺伝子発現のパターンによって分類することで、

体内鉄量応答遺伝子マーカーをリスト化した。すなわち、

貧血・貧血のない鉄欠乏で共通の変動は「体内の鉄量のわ

ずかな変化にも応答するマーカー」、貧血のみでの変化は

「体内の鉄量の大きな変化に応答するマーカー」とした。

3. 考察及び今後の展望

本研究より、体内の鉄量の変化に応答して血液の遺伝子

発現が変動することが明らかになった。この応答は、鉄の

貯蔵臓器である肝臓に比べて同等あるいはそれ以上には

やく、とくに欠乏時の応答は顕著であった。ここから、体

内の鉄量を調べるためのマーカーとして、血液の遺伝子発

現変化が利用できることが示された。 現在、体内の鉄量のマーカーとして、血中ヘモグロビン、

血清フェリチン、TIBC、血清鉄などがあるが、一般的な

健康診断や人間ドックの測定項目にはヘモグロビンや赤

血球数、ヘマトクリット値はあるものの、血清フェリチン、

TIBC、血清鉄は含まれていない。貧血のない鉄欠乏はヘ

モグロビンに差が生じないため、一般的な健康診断や人間

ドックでは見落とされる。冒頭にも記載したが、日本人女

性の約 4 割が貧血を伴わない鉄欠乏状態であるといわれ

ているが、日常生活を送る中でこの潜在的な鉄欠乏状態は

見逃される。既報のように (16)、貧血のない鉄欠乏であっ

ても肝臓の遺伝子発現が変動すること、それが様々な代謝

変動の引き金となる可能性が見出されており、健康に及ぼ

す影響は少なくない。そのため、これからは貧血のない鉄

欠乏かどうかの診断も必要になると考えられる。現在、貧

血のない鉄欠乏を診断するためのマーカー分子である血

清フェリチンや TIBC、血清鉄などの測定には時間、コス

トがかかる。一方、血液で鉄量に応答して発現変動する数

種の遺伝子マーカーを活用すれば、体内の鉄量について、

その程度も含め、より簡便かつ迅速に診断することが可能

となる。 本研究は、身体に必須の栄養素である鉄を例とし、鉄量

に応答する血液の遺伝子マーカーの探索に向けて実施し

たものである。その結果、鉄の摂取量や摂取期間の違いに

対し、血液の遺伝子発現が機敏に反応することが明らかに

なった。すなわち、生体内の状態を反映するものとして血

液の遺伝子マーカーの有効性を示す好例である。さらに、

血中分子マーカーについては血液の mRNA だけでなく、

マイクロ RNA (miRNA) なども対象となりうるため、血漿

miRNA の測定の検討を開始した。今後、データを蓄積し、

食品・栄養素の機能性評価のための分子マーカーとしての

miRNA の有効性について評価を行う。 さらに、これらの鉄量応答マーカーについて、ヒトにお

ける応用展開を見据え、ヒトの血液を対象とした研究を開

始した。本プロジェクトでは他に、桑葉の機能性評価とし

てヒト介入試験も実施しており、これらの結果と合わせ、

食品や栄養素の新規評価方法のひとつとして、血液遺伝子

マーカーの有効性を明らかにすべく、データの蓄積を進め

ている。 本研究は、鉄の機能性評価に加え、①モデル動物からヒ

トへの評価方法の展開、②習熟した手法を生かして食品・

栄養素の機能性・安全性の評価センターの構築に向けたモ

デルスタディでもある。今後、条件や素材を変えてさらな

るデータ蓄積を行い、上記展開に向けての基盤づくりを行

う。

【参考文献】

1. Sherman A. R. et al. J Nutr. 108:152-62 (1978) 2. Uehara M. et al. J Nutr Biochem. 8:385-391 (1997) 3. Knutson M. D. et al. J Nutr. 130:621-628 (2000) 4. Kobayashi Y. et al. Biosci Biotechnol Biochem.

74:2385-2395 (2010) 5. Oda Y. et al. BioFactors. (2010) in press 6. Kondo S. et al. Biosci Biotechnol Biochem.

74:1656-1661 (2010) 7. Fukasawa, T. et al. J. Agric. Food Chem. 58:7007-7012

(2010) 8. Yao, R. et al. J. Agric. Food Chem. 58: 2168-2173

(2010) 9. Endo Y. et al., J Nutr. 132:3632-3637 (2002) 10. Collins J. F. Biol Res. 39:25-37 (2006) 11. Collins J. F. et al. Am J Physiol Gastrointest Liver Physiol.

288:G964 (2005) 12. Johnstone D. et al. Neurochem Int. 56:856-863 (2010) 13. Rodriguez A. et al. BMC Genomics. 8:379 (2007) 14. Kamei A. et al. Physiol Genomics 42:149-156 (2010) 15. 日本鉄バイオサイエンス学会 治療指針作成委員会

編, 鉄材の適正使用による貧血治療指針, (2009) 16. Kamei A. et al. PLoS ONE 8:e65732 (2013)

KAST 平成27年度研究概要 2016.7.26- 53 -

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目次用

メープルシロップ抽出物の健康機能性評価研究 渡部 由貴、 亀井 飛鳥

1.背景

メープルシロップはサトウカエデなどの樹液を濃縮し

た甘味料で、世界シェアの約 8 割がカナダ産のものである。

メープルシロップにはグレードが存在する。収穫時期が早

く、光透過率の高いものからエキストラライト、ライト、

ミディアム、アンバー、ダークの 5 段階に格付けされてい

る(1)(図 1)。それぞれ、色や香りが少しずつ異なる。いず

れのグレードであってもメープルシロップは日常的に使

用される甘味料である。

図 1. メープルシロップのグレード

メープルシロップの組成はスクロース 66%、グルコース

0.5%、フルクトース 0.3%、約 30%が水である。そのほか

にポリフェノール(2, 3, 4)、ミネラル、アミノ酸等が微量含

まれている。本研究室では、この微量成分の健康機能性に

着目した。我々は 2008 年から 2010 年まで、メープルシロ

ップそのものの健康機能性評価を行い、メープルシロップ

摂取によるラットの肝臓障害緩和作用の可能性を示唆す

る実験結果を得た(5)。2011 年からはメープルシロップ抽出

物を用いて実験を行った。メープルシロップを陰イオン交

換カラムに通し、主成分である糖をできるだけ除き、ポリ

フェノール等の微量成分を濃縮したメープルシロップ抽

出物を 2 種類調製した。ポリフェノール低含有量のものを

MSX、高含有量のものを MSXH とした。MSX では高脂肪

食摂取により誘導される肝臓の炎症を緩和する可能性を

示唆する実験結果を得た(6)。 本実験は MSXH を使用し、これにどのような健康機能

性効果があるのか検証を行った。

2.1 方法

2.1.1 動物飼育

エネルギー比で脂肪を 10%含む低脂肪食、45%含む高脂

肪食、MSXH を低用量添加した高脂肪食(低用量 MSXH食)と MSX を高用量添加した高脂肪食(高用量 MSXH 食)

を作成した。 C57BL/6J 雄性マウス 3 週齢を、環境順化のため 7 日間

の飼育後、4 群(n = 10)に分け、それぞれに低脂肪食、

高脂肪食、低用量 MSXH 食、高用量 MSXH 食を 29 日間

与えた。16 時間絶食後、30 日目に解剖を行った(図 2)。体重増加や総摂取エネルギー量などの 4 群間の統計的な

差は Tukey によって検定を行い、p < 0.05 を統計的に有意

であると判断した。また、解剖時に採取した肝臓を、DNAマイクロアレイに供した。

図 2. 動物飼育スケジュール

2.1.2 DNA マイクロアレイ実験

解剖時に採取した肝臓(n = 10)から、total RNA を抽出後、

Affymetrix 社の定法に従って調製した。DNA マイクロア

レイは、約 4万の遺伝子情報が搭載されているGene Chip®

Mouse Genome 430 2.0 Array を使用した。得られた画像デ

ータ(CEL files)を、「R」(http://cran.r-project.org/)を用

いて Distribution Free Weighted method (DFW) のアルゴリ

ズムにて正規化し、Rank products にて高脂肪食群と低用量

MSXH 食群の 2 群間比較、および高脂肪食群と高用量

MSXH食群の2群間比較をそれぞれ行った。False discovery rate(FDR) < 0.01 の条件下で、低用量 MSXH 食群において、

発現が増加した 796、発現が減少した 822 の合計 1618 の

転写産物を抽出した。また、高用量 MSXH 食群において、

発現が増加した 452、発現が減少した 490 の合計 942 の転

写産物を抽出した。抽出したプローブセットについて

DAVID(http://david.abcc.ncifcrf.gov/)の Functional Annotation Tool を用いて Gene Ontology に基づく遺伝子機能の濃縮度

解析を行った。

2.2 結果

2.2.1 生化学データ解析

低脂肪食群、高脂肪食群、低用量 MSXH 食、高用量

MSXH 食群の 4 群間で体重増加、総摂取エネルギー量に

差はなかった。このことからマウスは MSXH 入りの餌を

忌避せず食べることがわかった。

2.2.2 DNA マイクロアレイ解析

Gene Ontology に基づく発現変動遺伝子の濃縮度解析に

より、低用量 MSXH 食群は高脂肪食群に対して酸化還元

反応、アミノ酸代謝、コレステロール生合成、グリセロー

ルエーテル代謝、モノカルボン酸代謝、ケトン代謝、トリ

グリセリド代謝、アポトーシスの負の制御、有機物への応

答、脂質の局在に関与する遺伝子の濃縮度が高いことが明

らかになった(図 3)。

図 3. Gene Ontology に基づく

発現変動遺伝子の濃縮度解析結果

低用量 MSXH 食群と高脂肪食群の比較

一方、高用量 MSXH 食群を高脂肪食群と比較した結果

では、酸化還元反応、グリセロールエーテル代謝、アルコ

ール代謝、コレステロール生合成、カルボン酸生合成、脂

肪酸代謝、アシルグリセロール代謝、アポトーシスの負の

制御、折り畳み不全タンパク質への応答、タンパク質重合、

タンパク質刺激応答関連の遺伝子の濃縮度が高いことが

明らかになった(図 4)。

図 4. Gene Ontology に基づく

発現変動遺伝子の濃縮度解析結果

高用量 MSXH 食群と高脂肪食群の比較 3.考察

MSXH を摂取することによって、 遺伝子発現レベルで

肝臓の脂質代謝、細胞機能等に影響を及ぼすことが明らか

になった。詳細な解析は現在実施中である。脂質代謝に関

与する遺伝子の濃縮度が高いことから、血液中、肝臓中、

糞中の脂質量測定を行い、DNA マイクロアレイデータと

の相関性を確認する予定である。 このプロジェクトは、ケベック・メープル製品生産者協

会(FPAQ)も参加しているプログラム「セクター開発へ

の分野別開発戦略コンポーネント 1」を通じた、ケベック

州農業・漁業・食品省(MAPAQ)の援助によるものです。 This project was supported by Ministère de l’Agriculture, des

Pêcheries et de l’Alimentation of Quebec (MAPAQ) through «Soutien aux strategies sectorielles de développement Volet 1: Appui au développement sectorial» program with the participation of the Federation of Quebec Maple Syrup Producers. 【参考文献】

1. Perkins TD, van den Berg AK. Adv Food Nutr. Res., 56, 101-143. Epub 2009 April 21

2. Li L, Seeram NP. J Agric Food Chem. 2010 Nov 24;58(22):11673-11679. Epub 2010 Oct 29.

3. Li L, Seeram NP. J Agric Food Chem. 2011 Jul 27;59(14):7708-7716. Epub 2011 Jun 22.

4. Li L, Seeram NP. J Funct Foods. Volume 3, Issue 2, April 2011, Pages 125-128

5. Watanabe Y, Kamei A, Shinozaki F, Ishijima T, Iida K, Nakai Y, Arai S, Abe K. Biosci Biotechnol Biochem. 2011;75(12):2408-2410. Epub 2011 Dec

6. Kamei A, Watanabe Y, Shinozaki F, Yasuoka A, Kondo T, Ishijima T, Toyoda T, Arai S, Abe K. Biosci Biotechnol Biochem. 2015;79(11):1893-1897

KAST 平成27年度研究概要 2016.7.26- 54 -

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メープルシロップ抽出物の健康機能性評価研究 渡部 由貴、 亀井 飛鳥

1.背景

メープルシロップはサトウカエデなどの樹液を濃縮し

た甘味料で、世界シェアの約 8 割がカナダ産のものである。

メープルシロップにはグレードが存在する。収穫時期が早

く、光透過率の高いものからエキストラライト、ライト、

ミディアム、アンバー、ダークの 5 段階に格付けされてい

る(1)(図 1)。それぞれ、色や香りが少しずつ異なる。いず

れのグレードであってもメープルシロップは日常的に使

用される甘味料である。

図 1. メープルシロップのグレード

メープルシロップの組成はスクロース 66%、グルコース

0.5%、フルクトース 0.3%、約 30%が水である。そのほか

にポリフェノール(2, 3, 4)、ミネラル、アミノ酸等が微量含

まれている。本研究室では、この微量成分の健康機能性に

着目した。我々は 2008 年から 2010 年まで、メープルシロ

ップそのものの健康機能性評価を行い、メープルシロップ

摂取によるラットの肝臓障害緩和作用の可能性を示唆す

る実験結果を得た(5)。2011 年からはメープルシロップ抽出

物を用いて実験を行った。メープルシロップを陰イオン交

換カラムに通し、主成分である糖をできるだけ除き、ポリ

フェノール等の微量成分を濃縮したメープルシロップ抽

出物を 2 種類調製した。ポリフェノール低含有量のものを

MSX、高含有量のものを MSXH とした。MSX では高脂肪

食摂取により誘導される肝臓の炎症を緩和する可能性を

示唆する実験結果を得た(6)。 本実験は MSXH を使用し、これにどのような健康機能

性効果があるのか検証を行った。

2.1 方法

2.1.1 動物飼育

エネルギー比で脂肪を 10%含む低脂肪食、45%含む高脂

肪食、MSXH を低用量添加した高脂肪食(低用量 MSXH食)と MSX を高用量添加した高脂肪食(高用量 MSXH 食)

を作成した。 C57BL/6J 雄性マウス 3 週齢を、環境順化のため 7 日間

の飼育後、4 群(n = 10)に分け、それぞれに低脂肪食、

高脂肪食、低用量 MSXH 食、高用量 MSXH 食を 29 日間

与えた。16 時間絶食後、30 日目に解剖を行った(図 2)。体重増加や総摂取エネルギー量などの 4 群間の統計的な

差は Tukey によって検定を行い、p < 0.05 を統計的に有意

であると判断した。また、解剖時に採取した肝臓を、DNAマイクロアレイに供した。

図 2. 動物飼育スケジュール

2.1.2 DNA マイクロアレイ実験

解剖時に採取した肝臓(n = 10)から、total RNA を抽出後、

Affymetrix 社の定法に従って調製した。DNA マイクロア

レイは、約 4万の遺伝子情報が搭載されているGene Chip®

Mouse Genome 430 2.0 Array を使用した。得られた画像デ

ータ(CEL files)を、「R」(http://cran.r-project.org/)を用

いて Distribution Free Weighted method (DFW) のアルゴリ

ズムにて正規化し、Rank products にて高脂肪食群と低用量

MSXH 食群の 2 群間比較、および高脂肪食群と高用量

MSXH食群の2群間比較をそれぞれ行った。False discovery rate(FDR) < 0.01 の条件下で、低用量 MSXH 食群において、

発現が増加した 796、発現が減少した 822 の合計 1618 の

転写産物を抽出した。また、高用量 MSXH 食群において、

発現が増加した 452、発現が減少した 490 の合計 942 の転

写産物を抽出した。抽出したプローブセットについて

DAVID(http://david.abcc.ncifcrf.gov/)の Functional Annotation Tool を用いて Gene Ontology に基づく遺伝子機能の濃縮度

解析を行った。

2.2 結果

2.2.1 生化学データ解析

低脂肪食群、高脂肪食群、低用量 MSXH 食、高用量

MSXH 食群の 4 群間で体重増加、総摂取エネルギー量に

差はなかった。このことからマウスは MSXH 入りの餌を

忌避せず食べることがわかった。

2.2.2 DNA マイクロアレイ解析

Gene Ontology に基づく発現変動遺伝子の濃縮度解析に

より、低用量 MSXH 食群は高脂肪食群に対して酸化還元

反応、アミノ酸代謝、コレステロール生合成、グリセロー

ルエーテル代謝、モノカルボン酸代謝、ケトン代謝、トリ

グリセリド代謝、アポトーシスの負の制御、有機物への応

答、脂質の局在に関与する遺伝子の濃縮度が高いことが明

らかになった(図 3)。

図 3. Gene Ontology に基づく

発現変動遺伝子の濃縮度解析結果

低用量 MSXH 食群と高脂肪食群の比較

一方、高用量 MSXH 食群を高脂肪食群と比較した結果

では、酸化還元反応、グリセロールエーテル代謝、アルコ

ール代謝、コレステロール生合成、カルボン酸生合成、脂

肪酸代謝、アシルグリセロール代謝、アポトーシスの負の

制御、折り畳み不全タンパク質への応答、タンパク質重合、

タンパク質刺激応答関連の遺伝子の濃縮度が高いことが

明らかになった(図 4)。

図 4. Gene Ontology に基づく

発現変動遺伝子の濃縮度解析結果

高用量 MSXH 食群と高脂肪食群の比較 3.考察

MSXH を摂取することによって、 遺伝子発現レベルで

肝臓の脂質代謝、細胞機能等に影響を及ぼすことが明らか

になった。詳細な解析は現在実施中である。脂質代謝に関

与する遺伝子の濃縮度が高いことから、血液中、肝臓中、

糞中の脂質量測定を行い、DNA マイクロアレイデータと

の相関性を確認する予定である。 このプロジェクトは、ケベック・メープル製品生産者協

会(FPAQ)も参加しているプログラム「セクター開発へ

の分野別開発戦略コンポーネント 1」を通じた、ケベック

州農業・漁業・食品省(MAPAQ)の援助によるものです。 This project was supported by Ministère de l’Agriculture, des

Pêcheries et de l’Alimentation of Quebec (MAPAQ) through «Soutien aux strategies sectorielles de développement Volet 1: Appui au développement sectorial» program with the participation of the Federation of Quebec Maple Syrup Producers. 【参考文献】

1. Perkins TD, van den Berg AK. Adv Food Nutr. Res., 56, 101-143. Epub 2009 April 21

2. Li L, Seeram NP. J Agric Food Chem. 2010 Nov 24;58(22):11673-11679. Epub 2010 Oct 29.

3. Li L, Seeram NP. J Agric Food Chem. 2011 Jul 27;59(14):7708-7716. Epub 2011 Jun 22.

4. Li L, Seeram NP. J Funct Foods. Volume 3, Issue 2, April 2011, Pages 125-128

5. Watanabe Y, Kamei A, Shinozaki F, Ishijima T, Iida K, Nakai Y, Arai S, Abe K. Biosci Biotechnol Biochem. 2011;75(12):2408-2410. Epub 2011 Dec

6. Kamei A, Watanabe Y, Shinozaki F, Yasuoka A, Kondo T, Ishijima T, Toyoda T, Arai S, Abe K. Biosci Biotechnol Biochem. 2015;79(11):1893-1897

KAST 平成27年度研究概要 2016.7.26- 55 -

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目次用

エピジェネティクス解析手法のニュートリゲノミクスへの

導入

近藤 隆、近藤 香

1.はじめに 動物は、その体を構成する、全細胞一つ一つに 1 セット

の完全な遺伝子のセットを持っている。しかしながら全て

の細胞で全ての遺伝子セットが機能している訳ではない。

ある遺伝子の組み合わせが選択され、その機能を発現する

事により、それぞれの細胞、あるいは細胞により構成され

ている臓器の性質は決定される。その機能の発現は遺伝子

を RNA に変換する事で実現する。これを転写という。環

境あるいは食事の影響により、遺伝子の発現は変動する。

この変動が小さい、あるいは短期間で終了する物であれば、

生物はその恒常性により、元の状態(健康な状態)に戻る

ことが可能であるが、その限度を超えて、大きな変動が長

期に継続する場合、疾病を引き起こすことになる。この移

行期=綱引きの状態が未病状態であり、この状態で有れば、

食事により比較的容易に健康状態に復することが可能で

ある。現在、我々は、マウスあるいはラットに対して給餌

をおこない、各臓器における遺伝子の転写の変化を、全ゲ

ノムレベルで網羅的に記録・解析する事で、未病所応対か

ら効率良く健康状態に戻るために効果のある食品の探索

および評価を行っている。その際に発現状態が変化する遺

伝子の選択過程(遺伝子の発現調節機構)を解明し、それ

を解析する事で、さらなる精度と再現性が高い評価方法を

構築する事が可能である。 遺伝子の発現調節は染色体クロマチンと呼ばれる DNAとタンパク質の複合体の性質に依存して生じる事が知ら

れている。この過程は染色体 DNA の配列の変化を伴わな

い、遺伝子上の変化という事で、エピジェネティクスと呼

ばれている。この機構は同時に、その細胞の系列において

細胞分裂をまたいで遺伝子の発現状態を維持する機構と

しても使用されており、この事は世代を挟んだ個体間(す

なわち親と子)における遺伝子発現状態の維持の機構にも

用いられていると考えられている。 これらの解析を可能にする事で、より効率的で再現性の高

い評価方法を開発する事を目指すと同時に、食から遺伝子

発現を通し、健康状態の表現型へとつながる機構(メカニ

ズム)をさらに解明する事を目指す。 2.実験と結果 2.1 分子生物学的エピジェネティクス解析につ

いて

この分野は、技術的にも、知見的にも日進月歩であり、

激しく進歩している。したがって技術導入と並行して、細

かい変化も含めて、常に新しい手法を取り入れていく必要

が有る。 転写に大きく影響を与える染色体上の変化であるエピ

ジェネティクス変化には幾つかの種類が存在しているが、

現在、本研究室では 2 つの機構についての解析の導入が終

了し、これらに関して解析が可能になった。 1) DNA のメチル化 (1)。とくに CpG という配列におけ

る C 塩基(シトシン残基)のメチル化(5mC)は遺伝

子発現を抑制する事が知られている。また、このメチ

ル化は水酸基を付与され、ヒドロキシメチルへと変化

し(5hmC)、さらにフォルミルメチルカルボキシメチ

ルをへて通常の C へと戻る。この過程において、ハ

イドロキシメチル C 以降の C 誘導体は、特にエンハ

ンサー部分における転写状態の活性化状態に対応し

ていると考えられている。 2) ヒストンの修飾 (2)。ヒストンはリン酸化、メチル化、

アセチル化、ユビキチン化などの様々な修飾を受ける。

これらの修飾ヒストンのうち、遺伝子の転写状態に大

きく寄与しているのはメチル化、アセチル化、および

ユビキチン化ヒストンである。また、これらの修飾は

ヒストンのアミノ酸配列のうちリジン、アルギニン、

ヒスチジンに生じるが、このうち複数のリジン残基の

メチル化、アセチル化、ユビキチン化が転写発現調節

に影響する事が知られている。特に、ヒストン H3 で

は 9 番目と 27 番目のリジンがメチル化されると転写

が抑制され、4 番目のリジンのメチル化で転写が活性

化される事が知られており、27 番目のリジンがセチ

ル化される事でエンハンサーが活性化されると考え

られている。 3) 染色体 DNA の立体配座 (3)。遺伝子の発現はエンハ

ンサー・サイレンサー等のシス転写調節配列の機能に

依存している。これらの配列がプロモーターに直接働

きかける事が重要であるが、これらの配列は塩基配列

上プロモーターの近傍に存在するとは限らない。多く

のシス転写調節領域はプロモーターから非常に遠く

に存在しており、これらの配列の機能発現には、これ

らの配列をプロモーターの立体的な近傍に持ってく

る必要が有る。これは、新たなエピジェネティクスの

分野であると考えられており、現時点において、この

機構については全く判明していないが、いくつかの解

析方法は既に確立している。

いずれの場合においてもこれらの現象が遺伝子の発現

の変化をもたらす直接的な原因となっているため、遺伝子

発現変化より早く反応が現れ、データが明確化される可能

性がある。 2.1.1 MDB-seq と ChIP-seq DNA のメチル化の解析には主として二つの方法を用い

る。一つはバイサルファイト法(bisulfite)といい、これ

を、次世代シークェンサーを用いて網羅的に解析した方法

をバイサルファイト−セック(bisulfite-seq)という。本方

法は、非常に詳細で確実なデータを得る事ができるが、そ

の解析には、全ゲノム配列を複数回カバーして読む必要が

有り、膨大なデータと膨大な費用を要する。また、解析自

体に困難が伴うため、効率的ではない。さらにこの方法で

は現在のところメチル化 C とハイドロキシメチル化 C の

区別ができないという欠点もある。一方で、クロマチンタ

ンパク質である MDB1 あるいは MDB2 の DNA 結合特異

性を用い、これらのタンパク質の DNA 結合ドメインであ

る cxxc ボックスを用いて、ゲノムからこれらの認識配列

であるメチル化 CpG(meCpG)を濃縮する方法が有る。

当研究室においては、この方法を利用した MDB- seq とい

う手法の導入を行い、次世代シークェンサーを用いて網羅

的に解析の導入を行っている (4)。安岡研究員および嶋田

研究員によるポリフェノールにおける研究で既に実践を

始めている。 クロマチン免疫沈降(ChIP)は DNA に結合している特

定のタンパク質に対して免疫沈降を行い、そのタンパク質

が結合している DNA 配列をゲノムから濃縮する方法であ

る。その濃縮された配列を、次世代シークェンサーを用い

て網羅的に解析した方法を ChIP-seq と呼ぶ。ChIP を行う

対象となるタンパク質はいわゆるエピジェネティクス解

析の対象となる修飾ヒストンのみならず、通常の転写調節

因子群も対象にできる (5)。ことに、ポリフェノールを多

く扱う我々にとって重要な一群の転写因子群は CAR、

RAR、PPAR、RXR、ER 等のステロイドレセプターファミ

リーである。これらの手法は既に我々の様々な実験に用い

ており、現在安岡研究員、嶋田研究員による研究に導入さ

れ、実績を挙げている。

図 1、ChIP の手法。生細胞をフォルマリンでクロスリン

クし、タンパク質群と DNA を固定する。超音波で破砕

後、特定のタンパク質を認識する抗体(ここでは青い丸

を認識する抗体)で免疫沈降し、その後、クロスリンク

を解き、qPCR、次世代シークェンス等で回収された DNA

断片を調べる。

2.1.2 染色体高次構造解析−4C あるいは HiC 染色体は一本の巨大な DNA 分子であるが、直線的な構

造ではなく核の中で折り畳まれており、一次構造上では遠

くに離れている染色体領域でも立体配座上では近い場合

も有る。これらの三次構造は偶然に決定されている輪では

なく、遺伝子発現調節のために厳密に調節されているもの

も存在する。クロマチン構造解析(chromatin conformation capture)は分子生物学的、生化学的にこれを解析する手法

で、複雑な操作を要する技法である。一つのプロモーター

領域が相互作用している配列を網羅的に同定する方法を

4C と呼び、染色体全域において全ての相互作用を同定す

る方法を HiC という(3)。通常いずれの場合においても

次世代シークェンサーを用いて解析を行う。HiC に関して

は、バイサルファイトシークェンス法に同様、データ処理

が非常に複雑になり困難であるが、解析すべき領域の選定

に今後幾つかの例で行っていく必要は有るかと考えてい

る。導入に関しては現在準備中である。4C−seq に関して

は技術導入を行い、現在その応用について標的を探索中で

ある。 2.2 組織学的解析 上記の分子生物学的解析に対し補完的な解析として組

織学的な解析を行っている。主として組織切片に対し、遺

伝子の発現を検討する in situ hybridization、免疫組織染色 (IHC)を行っているが (6)、エピジェネティクス解析の一環

として DNA FISH (fluorescent in situ hybridization)、immunoFISH (immunohistochemistry and DNA FISH)等の手

法を用いて分子生物学的解析の補完作業を行っている(5)。 2.3 食品因子による転写調節機構の解析

sonication fix chromatin

antibody immuno-isolation

qPCR

microarray or

next-generation sequencing

chromatin immunoprecipitation (ChIP)

ChIP-qPCR ChIP on chip ChIP-seq

KAST 平成27年度研究概要 2016.7.26- 56 -

Page 18: 未病改善食品評価法開発プロジェクト - KISTEC€¦ · 未病改善食品評価法開発プロジェクト プロジェクトリーダー 阿部 啓子 【基本構想】

エピジェネティクス解析手法のニュートリゲノミクスへの

導入

近藤 隆、近藤 香

1.はじめに 動物は、その体を構成する、全細胞一つ一つに 1 セット

の完全な遺伝子のセットを持っている。しかしながら全て

の細胞で全ての遺伝子セットが機能している訳ではない。

ある遺伝子の組み合わせが選択され、その機能を発現する

事により、それぞれの細胞、あるいは細胞により構成され

ている臓器の性質は決定される。その機能の発現は遺伝子

を RNA に変換する事で実現する。これを転写という。環

境あるいは食事の影響により、遺伝子の発現は変動する。

この変動が小さい、あるいは短期間で終了する物であれば、

生物はその恒常性により、元の状態(健康な状態)に戻る

ことが可能であるが、その限度を超えて、大きな変動が長

期に継続する場合、疾病を引き起こすことになる。この移

行期=綱引きの状態が未病状態であり、この状態で有れば、

食事により比較的容易に健康状態に復することが可能で

ある。現在、我々は、マウスあるいはラットに対して給餌

をおこない、各臓器における遺伝子の転写の変化を、全ゲ

ノムレベルで網羅的に記録・解析する事で、未病所応対か

ら効率良く健康状態に戻るために効果のある食品の探索

および評価を行っている。その際に発現状態が変化する遺

伝子の選択過程(遺伝子の発現調節機構)を解明し、それ

を解析する事で、さらなる精度と再現性が高い評価方法を

構築する事が可能である。 遺伝子の発現調節は染色体クロマチンと呼ばれる DNAとタンパク質の複合体の性質に依存して生じる事が知ら

れている。この過程は染色体 DNA の配列の変化を伴わな

い、遺伝子上の変化という事で、エピジェネティクスと呼

ばれている。この機構は同時に、その細胞の系列において

細胞分裂をまたいで遺伝子の発現状態を維持する機構と

しても使用されており、この事は世代を挟んだ個体間(す

なわち親と子)における遺伝子発現状態の維持の機構にも

用いられていると考えられている。 これらの解析を可能にする事で、より効率的で再現性の高

い評価方法を開発する事を目指すと同時に、食から遺伝子

発現を通し、健康状態の表現型へとつながる機構(メカニ

ズム)をさらに解明する事を目指す。 2.実験と結果 2.1 分子生物学的エピジェネティクス解析につ

いて

この分野は、技術的にも、知見的にも日進月歩であり、

激しく進歩している。したがって技術導入と並行して、細

かい変化も含めて、常に新しい手法を取り入れていく必要

が有る。 転写に大きく影響を与える染色体上の変化であるエピ

ジェネティクス変化には幾つかの種類が存在しているが、

現在、本研究室では 2 つの機構についての解析の導入が終

了し、これらに関して解析が可能になった。 1) DNA のメチル化 (1)。とくに CpG という配列におけ

る C 塩基(シトシン残基)のメチル化(5mC)は遺伝

子発現を抑制する事が知られている。また、このメチ

ル化は水酸基を付与され、ヒドロキシメチルへと変化

し(5hmC)、さらにフォルミルメチルカルボキシメチ

ルをへて通常の C へと戻る。この過程において、ハ

イドロキシメチル C 以降の C 誘導体は、特にエンハ

ンサー部分における転写状態の活性化状態に対応し

ていると考えられている。 2) ヒストンの修飾 (2)。ヒストンはリン酸化、メチル化、

アセチル化、ユビキチン化などの様々な修飾を受ける。

これらの修飾ヒストンのうち、遺伝子の転写状態に大

きく寄与しているのはメチル化、アセチル化、および

ユビキチン化ヒストンである。また、これらの修飾は

ヒストンのアミノ酸配列のうちリジン、アルギニン、

ヒスチジンに生じるが、このうち複数のリジン残基の

メチル化、アセチル化、ユビキチン化が転写発現調節

に影響する事が知られている。特に、ヒストン H3 で

は 9 番目と 27 番目のリジンがメチル化されると転写

が抑制され、4 番目のリジンのメチル化で転写が活性

化される事が知られており、27 番目のリジンがセチ

ル化される事でエンハンサーが活性化されると考え

られている。 3) 染色体 DNA の立体配座 (3)。遺伝子の発現はエンハ

ンサー・サイレンサー等のシス転写調節配列の機能に

依存している。これらの配列がプロモーターに直接働

きかける事が重要であるが、これらの配列は塩基配列

上プロモーターの近傍に存在するとは限らない。多く

のシス転写調節領域はプロモーターから非常に遠く

に存在しており、これらの配列の機能発現には、これ

らの配列をプロモーターの立体的な近傍に持ってく

る必要が有る。これは、新たなエピジェネティクスの

分野であると考えられており、現時点において、この

機構については全く判明していないが、いくつかの解

析方法は既に確立している。

いずれの場合においてもこれらの現象が遺伝子の発現

の変化をもたらす直接的な原因となっているため、遺伝子

発現変化より早く反応が現れ、データが明確化される可能

性がある。 2.1.1 MDB-seq と ChIP-seq DNA のメチル化の解析には主として二つの方法を用い

る。一つはバイサルファイト法(bisulfite)といい、これ

を、次世代シークェンサーを用いて網羅的に解析した方法

をバイサルファイト−セック(bisulfite-seq)という。本方

法は、非常に詳細で確実なデータを得る事ができるが、そ

の解析には、全ゲノム配列を複数回カバーして読む必要が

有り、膨大なデータと膨大な費用を要する。また、解析自

体に困難が伴うため、効率的ではない。さらにこの方法で

は現在のところメチル化 C とハイドロキシメチル化 C の

区別ができないという欠点もある。一方で、クロマチンタ

ンパク質である MDB1 あるいは MDB2 の DNA 結合特異

性を用い、これらのタンパク質の DNA 結合ドメインであ

る cxxc ボックスを用いて、ゲノムからこれらの認識配列

であるメチル化 CpG(meCpG)を濃縮する方法が有る。

当研究室においては、この方法を利用した MDB- seq とい

う手法の導入を行い、次世代シークェンサーを用いて網羅

的に解析の導入を行っている (4)。安岡研究員および嶋田

研究員によるポリフェノールにおける研究で既に実践を

始めている。 クロマチン免疫沈降(ChIP)は DNA に結合している特

定のタンパク質に対して免疫沈降を行い、そのタンパク質

が結合している DNA 配列をゲノムから濃縮する方法であ

る。その濃縮された配列を、次世代シークェンサーを用い

て網羅的に解析した方法を ChIP-seq と呼ぶ。ChIP を行う

対象となるタンパク質はいわゆるエピジェネティクス解

析の対象となる修飾ヒストンのみならず、通常の転写調節

因子群も対象にできる (5)。ことに、ポリフェノールを多

く扱う我々にとって重要な一群の転写因子群は CAR、

RAR、PPAR、RXR、ER 等のステロイドレセプターファミ

リーである。これらの手法は既に我々の様々な実験に用い

ており、現在安岡研究員、嶋田研究員による研究に導入さ

れ、実績を挙げている。

図 1、ChIP の手法。生細胞をフォルマリンでクロスリン

クし、タンパク質群と DNA を固定する。超音波で破砕

後、特定のタンパク質を認識する抗体(ここでは青い丸

を認識する抗体)で免疫沈降し、その後、クロスリンク

を解き、qPCR、次世代シークェンス等で回収された DNA

断片を調べる。

2.1.2 染色体高次構造解析−4C あるいは HiC 染色体は一本の巨大な DNA 分子であるが、直線的な構

造ではなく核の中で折り畳まれており、一次構造上では遠

くに離れている染色体領域でも立体配座上では近い場合

も有る。これらの三次構造は偶然に決定されている輪では

なく、遺伝子発現調節のために厳密に調節されているもの

も存在する。クロマチン構造解析(chromatin conformation capture)は分子生物学的、生化学的にこれを解析する手法

で、複雑な操作を要する技法である。一つのプロモーター

領域が相互作用している配列を網羅的に同定する方法を

4C と呼び、染色体全域において全ての相互作用を同定す

る方法を HiC という(3)。通常いずれの場合においても

次世代シークェンサーを用いて解析を行う。HiC に関して

は、バイサルファイトシークェンス法に同様、データ処理

が非常に複雑になり困難であるが、解析すべき領域の選定

に今後幾つかの例で行っていく必要は有るかと考えてい

る。導入に関しては現在準備中である。4C−seq に関して

は技術導入を行い、現在その応用について標的を探索中で

ある。 2.2 組織学的解析 上記の分子生物学的解析に対し補完的な解析として組

織学的な解析を行っている。主として組織切片に対し、遺

伝子の発現を検討する in situ hybridization、免疫組織染色 (IHC)を行っているが (6)、エピジェネティクス解析の一環

として DNA FISH (fluorescent in situ hybridization)、immunoFISH (immunohistochemistry and DNA FISH)等の手

法を用いて分子生物学的解析の補完作業を行っている(5)。 2.3 食品因子による転写調節機構の解析

sonication fix chromatin

antibody immuno-isolation

qPCR

microarray or

next-generation sequencing

chromatin immunoprecipitation (ChIP)

ChIP-qPCR ChIP on chip ChIP-seq

KAST 平成27年度研究概要 2016.7.26- 57 -

Page 19: 未病改善食品評価法開発プロジェクト - KISTEC€¦ · 未病改善食品評価法開発プロジェクト プロジェクトリーダー 阿部 啓子 【基本構想】

レチノイン酸はビタミン A として知られ、その他のポ

リフェノール群と同様に、いわゆる核内リセプターを介し

て遺伝子の発現変化をもたらす事が知られている食品成

分の一つである。現在、そのレチノイン酸を用いた遺伝子

の発現調節の機構に関してプロモーターとエンハンサー

の相関、エンハンサーの活性化等を中心にその機構の解析

を行っている。 3.考察及び今後の展望 エピジェネティック解析は新たな技術が次々に開発、更

新されており、詳細な部分においても継続的にそれを取り

入れていく必要が有る。その最先端技術を使用し、食品評

価の実際の応用展開を継続的に推進していく。また、これ

らの結果を抽出する事で、原因から結果への、より入口の

部分で生じている事=機構が判明すると同時に、食の機能

解析へ貢献していくことを期待している。また、今後効率

的な手法を確立するためには、実例を蓄積する必要が有る

と考えている。それらの蓄積により、将来的にはより効率

的なスクリーニング方法の開発へとつながる可能性もあ

ると考えている。 【参考文献】 1. L.G. Acevedo, A. Sanz and M.A. Jelinek, Epigenomics, 3, 93 (2011). 2. N.R. Rose and R.J. Klose, Biochem. Biophys. Acta., pii: S1874-9399(14)00028-5. doi: 10.1016/j.bbagrm.2014.02.007. [Epub ahead of print] (2014). 3. J.Dekker, Nat.Methods, 3, 17 (2006). 4. M.T. Zhao, J.J. Whyte, G.M. Hopkins, M.D. Kirk and R.S. Prather, Cell Reprogram., 16, 175 (2014). 5. T. Kondo, K. Isono, K. Kondo, T.A. Endo, S. Itohara, M. Vidal and H. Koseki, Dev. Cell, 28, 94 (2014) 6. A. Kamei, Y. Watanabe, K. Kondo, S. Okada, F. Shinozaki, T. Ishijima, Y. Nakai, T. Kondo, S. Arai and K. Abe, PLoS ONE, 8, e65732 (2013).

エピジェネティック修飾を介して子孫の健康を維持する

食品ポリフェノールの作用機序の研究

安岡 顕人、嶋田 耕育、近藤 隆

1. はじめに

父親の栄養状態が子に影響することが明らかになりつ

つある。2010 年に、低タンパク質条件で飼育した雄マウ

スの仔は通常食で飼育した雄マウスの子に対して脂質や

コレステロールの代謝が変化し、PPAR 遺伝子上流のメチ

ル化も変動しているという報告、高脂肪食で飼育した雄マ

ウスの仔は、対照群と比較してグルコース耐性障害が加齢

と共に悪化するという報告がなされている。しかし、この

ようなエピジェネティックな子孫への影響を、食品非栄養

成分によって軽減するような研究は十分なされていない。 我々は核受容体 CAR を介した食品ポリフェノールの作

用について研究を行ってきた。マウスの肝臓でクリシンは

CAR 依存的に p450 遺伝子の発現を誘導した(文献 1)。酒

類に含まれるエラグ酸やレスベラトロールによっても

CAR は活性化された(文献 2)。次にマウスのアルコール脂

肪肝モデルに対するエラグ酸やレスベラトロールの効果

を調べたところ、投与したマウスでは脂肪肝が抑制され、

脂肪蓄積やメチル基供与系や NAD 合成系といったエピゲ

ノム修飾に関係するような肝臓トランスクリプトームの

変動が抑制されていた。CAR 欠損マウスではこのような

効果は観察されなかった(文献 3)。以上の研究により、遺

伝子制御を介した食品ポリフェノールの代謝改善効果に

関する確証と、エピゲノム修飾に関する示唆が得られたた

め、以下の研究を行った。 1.1 本研究の概要

糖質、脂質、アルコールの過剰摂取は代謝系にストレス

を与え、肥満や血管系疾患を起こす一要因となっている。

最近、このような代謝ストレスがエピゲノムを変化させ、

次世代の健康に影響を与えていることが示されつつある。

これに対して、レスベラトロールなど一部の食品ポリフェ

ノールにはこのような代謝ストレスを軽減する作用があ

ることが知られている。我々はアルコール性脂肪肝を誘導

した雄マウスと、通常の雌マウスを交配した仔は、通常両

親の仔に較べて体重が重く、肝トランスクリプトームにも

差異が見られることを見いだした。さらにこの差異が、雄

親へのレスベラトロールの同時投与で解消されることを

確かめた。雄親精子のメチロームを解析したところ、対照

群、アルコール群、アルコール+レスベラトロール群との

間に差異が観察された。本研究は食品ポリフェノールによ

る代謝ストレスの緩和過程におけるエピゲノム修飾の全

体像を理解する基盤となると考えられる。 1.2 材料と方法

1.2.1 試薬等

RNeasy Mini Kit は QIAGEN 社(Tokyo, Japan)、GeneChip® 3' IVT Express Kit と GeneChip® Mouse Genome 430 2.0 Array は Affymetrix-Japan 社(Tokyo, Japan)より購

入した。アルコール性脂肪肝研究用飼料、液体餌専用給餌

器とマウスケージはオリエンタル酵母工業株式会社より

購入した。 1.2.2 動物飼育

全ての動物飼育は、温度(25℃)・照明の点灯時間

(8:00-20:00(day)、20:00-8:00(night))・湿度(35-40%)

を調節した飼育室にて行った。5 週齢の C3H/HeN 雄マウ

スは CE-2 の固形餌と純水を自由に摂食させながら 1 週間

環境に慣れさせた。6 週齡の時点で群の平均体重が近似す

るように 3 群に分け、Lieber のエタノール非含有食(C 群、

n=17)、Lieber のエタノール含有食(E 群、n=12)、73 mg/Lの RSV を含む Lieber のエタノール含有食(ER 群、n=13)をそれぞれ 5 週間ペアフィードした。5 週間の給餌後、各群

内で平均体重が揃うように半分に分け、一方からは遊走精

子を採取し、もう一方は正常な 8 週齢の C3H/HeN 雌マウ

スと 8 日間交配させた。妊娠した雌マウスを個別ケージに

移し、CE-2 の固形餌と純水を自由に摂取出来る状態で飼

育した。得られた仔マウスは 3 週齢の時点で解剖して血

清・肝臓を採取した。 1.2.3 メチル化 DNA 結合タンパク質(MBD)シー

クエンシング

雄親より遊走精子を採取し、ジチオトレイトールを終濃

度 0.2 M になるように加えた後、NucleoSpin Tissue を用い

てゲノム DNA の抽出を行った。ゲノム DNA を超音波で

150bp 程度に断片化し、MethylMiner を使って精製した。

得られた DNA を NEBNext ChIP-Seq キットによりライブ

ラリー化し、次世代シークエンサーで解析した。C, E, ER群の親精子、仔肝臓それぞれについてリード長 150 bp、4000 万リードのデータを得た。データを SraTailor

KAST 平成27年度研究概要 2016.7.26- 58 -

Page 20: 未病改善食品評価法開発プロジェクト - KISTEC€¦ · 未病改善食品評価法開発プロジェクト プロジェクトリーダー 阿部 啓子 【基本構想】

レチノイン酸はビタミン A として知られ、その他のポ

リフェノール群と同様に、いわゆる核内リセプターを介し

て遺伝子の発現変化をもたらす事が知られている食品成

分の一つである。現在、そのレチノイン酸を用いた遺伝子

の発現調節の機構に関してプロモーターとエンハンサー

の相関、エンハンサーの活性化等を中心にその機構の解析

を行っている。 3.考察及び今後の展望 エピジェネティック解析は新たな技術が次々に開発、更

新されており、詳細な部分においても継続的にそれを取り

入れていく必要が有る。その最先端技術を使用し、食品評

価の実際の応用展開を継続的に推進していく。また、これ

らの結果を抽出する事で、原因から結果への、より入口の

部分で生じている事=機構が判明すると同時に、食の機能

解析へ貢献していくことを期待している。また、今後効率

的な手法を確立するためには、実例を蓄積する必要が有る

と考えている。それらの蓄積により、将来的にはより効率

的なスクリーニング方法の開発へとつながる可能性もあ

ると考えている。 【参考文献】 1. L.G. Acevedo, A. Sanz and M.A. Jelinek, Epigenomics, 3, 93 (2011). 2. N.R. Rose and R.J. Klose, Biochem. Biophys. Acta., pii: S1874-9399(14)00028-5. doi: 10.1016/j.bbagrm.2014.02.007. [Epub ahead of print] (2014). 3. J.Dekker, Nat.Methods, 3, 17 (2006). 4. M.T. Zhao, J.J. Whyte, G.M. Hopkins, M.D. Kirk and R.S. Prather, Cell Reprogram., 16, 175 (2014). 5. T. Kondo, K. Isono, K. Kondo, T.A. Endo, S. Itohara, M. Vidal and H. Koseki, Dev. Cell, 28, 94 (2014) 6. A. Kamei, Y. Watanabe, K. Kondo, S. Okada, F. Shinozaki, T. Ishijima, Y. Nakai, T. Kondo, S. Arai and K. Abe, PLoS ONE, 8, e65732 (2013).

目次用

エピジェネティック修飾を介して子孫の健康を維持する

食品ポリフェノールの作用機序の研究

安岡 顕人、嶋田 耕育、近藤 隆

1. はじめに

父親の栄養状態が子に影響することが明らかになりつ

つある。2010 年に、低タンパク質条件で飼育した雄マウ

スの仔は通常食で飼育した雄マウスの子に対して脂質や

コレステロールの代謝が変化し、PPAR 遺伝子上流のメチ

ル化も変動しているという報告、高脂肪食で飼育した雄マ

ウスの仔は、対照群と比較してグルコース耐性障害が加齢

と共に悪化するという報告がなされている。しかし、この

ようなエピジェネティックな子孫への影響を、食品非栄養

成分によって軽減するような研究は十分なされていない。 我々は核受容体 CAR を介した食品ポリフェノールの作

用について研究を行ってきた。マウスの肝臓でクリシンは

CAR 依存的に p450 遺伝子の発現を誘導した(文献 1)。酒

類に含まれるエラグ酸やレスベラトロールによっても

CAR は活性化された(文献 2)。次にマウスのアルコール脂

肪肝モデルに対するエラグ酸やレスベラトロールの効果

を調べたところ、投与したマウスでは脂肪肝が抑制され、

脂肪蓄積やメチル基供与系や NAD 合成系といったエピゲ

ノム修飾に関係するような肝臓トランスクリプトームの

変動が抑制されていた。CAR 欠損マウスではこのような

効果は観察されなかった(文献 3)。以上の研究により、遺

伝子制御を介した食品ポリフェノールの代謝改善効果に

関する確証と、エピゲノム修飾に関する示唆が得られたた

め、以下の研究を行った。 1.1 本研究の概要

糖質、脂質、アルコールの過剰摂取は代謝系にストレス

を与え、肥満や血管系疾患を起こす一要因となっている。

最近、このような代謝ストレスがエピゲノムを変化させ、

次世代の健康に影響を与えていることが示されつつある。

これに対して、レスベラトロールなど一部の食品ポリフェ

ノールにはこのような代謝ストレスを軽減する作用があ

ることが知られている。我々はアルコール性脂肪肝を誘導

した雄マウスと、通常の雌マウスを交配した仔は、通常両

親の仔に較べて体重が重く、肝トランスクリプトームにも

差異が見られることを見いだした。さらにこの差異が、雄

親へのレスベラトロールの同時投与で解消されることを

確かめた。雄親精子のメチロームを解析したところ、対照

群、アルコール群、アルコール+レスベラトロール群との

間に差異が観察された。本研究は食品ポリフェノールによ

る代謝ストレスの緩和過程におけるエピゲノム修飾の全

体像を理解する基盤となると考えられる。 1.2 材料と方法

1.2.1 試薬等

RNeasy Mini Kit は QIAGEN 社(Tokyo, Japan)、GeneChip® 3' IVT Express Kit と GeneChip® Mouse Genome 430 2.0 Array は Affymetrix-Japan 社(Tokyo, Japan)より購

入した。アルコール性脂肪肝研究用飼料、液体餌専用給餌

器とマウスケージはオリエンタル酵母工業株式会社より

購入した。 1.2.2 動物飼育

全ての動物飼育は、温度(25℃)・照明の点灯時間

(8:00-20:00(day)、20:00-8:00(night))・湿度(35-40%)

を調節した飼育室にて行った。5 週齢の C3H/HeN 雄マウ

スは CE-2 の固形餌と純水を自由に摂食させながら 1 週間

環境に慣れさせた。6 週齡の時点で群の平均体重が近似す

るように 3 群に分け、Lieber のエタノール非含有食(C 群、

n=17)、Lieber のエタノール含有食(E 群、n=12)、73 mg/Lの RSV を含む Lieber のエタノール含有食(ER 群、n=13)をそれぞれ 5 週間ペアフィードした。5 週間の給餌後、各群

内で平均体重が揃うように半分に分け、一方からは遊走精

子を採取し、もう一方は正常な 8 週齢の C3H/HeN 雌マウ

スと 8 日間交配させた。妊娠した雌マウスを個別ケージに

移し、CE-2 の固形餌と純水を自由に摂取出来る状態で飼

育した。得られた仔マウスは 3 週齢の時点で解剖して血

清・肝臓を採取した。 1.2.3 メチル化 DNA 結合タンパク質(MBD)シー

クエンシング

雄親より遊走精子を採取し、ジチオトレイトールを終濃

度 0.2 M になるように加えた後、NucleoSpin Tissue を用い

てゲノム DNA の抽出を行った。ゲノム DNA を超音波で

150bp 程度に断片化し、MethylMiner を使って精製した。

得られた DNA を NEBNext ChIP-Seq キットによりライブ

ラリー化し、次世代シークエンサーで解析した。C, E, ER群の親精子、仔肝臓それぞれについてリード長 150 bp、4000 万リードのデータを得た。データを SraTailor

KAST 平成27年度研究概要 2016.7.26- 59 -

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( http://www.devbio.med.kyushu-u.ac.jp/sra_tailor/ )により、マ

ウスリファレンスゲノム mm10 へマップし、MACS による

MBD ピークデータを得た。MBD ピークデータ同士を比較

し、メチル化変動部位(DMR)を抽出した。

1.2.4 メチレーションデータとトランスクリ

プトームデータの比較

mm10 の各遺伝子の転写開始部位より-10 kb までと、転

写終止部位より+10 kb までに含まれる MBD ピークを抽出

した。仔肝臓の DNA マイクロアレイ解析で得られた発現

変動遺伝子が上記の遺伝子に含まれるかどうかを gene symbol の比較により検討した。 2. 結果と考察

2.1 MBD 法による雄親精子と仔肝臓メチローム

の比較 親精子と仔肝臓のそれぞれで MBD ピークの群間の差を抽

出した。メチル化変動部位は、「重なりを持たないピーク」、

「重なりを持ち、さらに peak height が 2 倍以上となるピー

ク」のどちらかと定義した。親精子と仔肝臓のそれぞれで、

C>E, C>ER, E>C, E>ER, ER>C, ER>E となるピーク数の合

計とその内訳をまとめた(下表)。

親精子のメチル化変動部位の数は約 7 万でばらつきが少

なかったのに対し、仔肝臓ではばらつきが大きく、最も差

の大きいもので 5 倍程度異なっていた。比較元の MBD ピ

ーク数に対するメチル化変動部位の数の割合は親精子が

約 20%、仔肝臓では約 30-60%であった。 親精子と仔肝臓で重なりを持つ DMR は、親から仔へ継

承されているメチル化部位を表している可能性がある。

親精子と仔肝臓の同じ群の間で重なりを持つ MBD ピーク

を抽出したところ、どの群の比較においても仔肝臓のピー

クの約 80%が重なっていた。続いて、親精子と仔肝臓のメ

チル化変動部位を比較し、世代間で重なりを持つ部分を抽

出した(下図)。共通部分の数は仔肝臓のメチル化変動部

位の数の約 10%になった。

2.2 雄親精子のエピゲノム情報と仔肝臓トラン

スクリプトームとの相関性の検討

仔肝臓へ継承された DMR と、仔肝臓の遺伝子発現と

の関係を明らかにするため、DMR 近傍(+-10kbp)の遺伝子

を抽出した。その結果、C>E の DMR 付近には 4037 個、

E>C の DMR 付近には 2405 個の遺伝子が存在した。これ

らの遺伝子と、仔肝臓で発現変動した遺伝子との共通する

ものの数を下表に示す。

親精子から仔肝臓へ継承されたメチル化変動部位は

その近傍の遺伝子発現を制御している可能性がある。一般

的に、DNA のメチル化は遺伝子発現の抑制を起こす。そ

のため、メチル化が C>E, E>C となる部位は発現が E>C, C>E となる遺伝子と相関することが予測されたが、相関性

は確認できなかった。これは、メチル化の亢進や低下が必

ずしも近傍の遺伝子発現を抑制または促進するわけでは

ないことを意味し、単純に遺伝子上での距離を参照するだ

けではメチル化と遺伝子発現の相関を見ることは難しい

可能性がある。また、ある部位のメチル化が間接的に他の

部位の遺伝子の発現に影響する可能性もある。 今後は精子で発現する microRNA 遺伝子や、仔肝臓での

プロモーター・エンハンサー相関解析により、DMR がど

のように仔世代の遺伝子発現に影響を与えるかを探って

いく。

仔肝臓

MBD ピーク数

重なりを

持たな

重なりを持

ち、peak height 比

が 2 以上

total

C 138,243 >E 70,352 233 70,585 >ER 38,243 30 38,273

E 108,116 >C 40,118 37 40,155 >ER 27,259 11 27,270

ER 202,061 >C 101,161 560 101,721 >E 120,775 1,123 121,898

親精子

MBD ピ

ーク数 重なり

を持た

ない

重なりを持

ち、peak height 比

が 2 以上

total

C 341,298 >E 81,129 3,031 84,160 >ER 75,357 636 75,993

E 330,827 >C 70,863 402 71,265 >ER 66,649 462 67,111

ER 339,096 >C 72,775 596 73,371 >E 74,340 811 75,151

【参考文献】

1) Dietary flavonoids activate the constitutive androstane receptor (CAR). Yao R, Yasuoka A, Kamei A, Kitagawa Y, Tateishi N, Tsuruoka N, Kiso Y, Sueyoshi T, Negishi M, Misaka T, Abe K. J Agric Food Chem. 2010 Feb 24;58(4):2168-73. 2) Polyphenols in alcoholic beverages activating constitutive androstane receptor CAR. Yao R, Yasuoka A, Kamei A, Kitagawa Y, Rogi T, Taieishi N, Tsuruoka N, Kiso Y, Misaka T, Abe K. Biosci Biotechnol Biochem. 2011;75(8):1635-7. 3) Nuclear receptor-mediated alleviation of alcoholic fatty liver by polyphenols contained in alcoholic beverages. Yao R, Yasuoka A, Kamei A, Ushiama S, Kitagawa Y, Rogi T, Shibata H, Abe K, Misaka T. PLoS One. 2014 Feb 3;9(2):e8714.

KAST 平成27年度研究概要 2016.7.26- 60 -

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( http://www.devbio.med.kyushu-u.ac.jp/sra_tailor/ )により、マ

ウスリファレンスゲノム mm10 へマップし、MACS による

MBD ピークデータを得た。MBD ピークデータ同士を比較

し、メチル化変動部位(DMR)を抽出した。

1.2.4 メチレーションデータとトランスクリ

プトームデータの比較

mm10 の各遺伝子の転写開始部位より-10 kb までと、転

写終止部位より+10 kb までに含まれる MBD ピークを抽出

した。仔肝臓の DNA マイクロアレイ解析で得られた発現

変動遺伝子が上記の遺伝子に含まれるかどうかを gene symbol の比較により検討した。 2. 結果と考察

2.1 MBD 法による雄親精子と仔肝臓メチローム

の比較 親精子と仔肝臓のそれぞれで MBD ピークの群間の差を抽

出した。メチル化変動部位は、「重なりを持たないピーク」、

「重なりを持ち、さらに peak height が 2 倍以上となるピー

ク」のどちらかと定義した。親精子と仔肝臓のそれぞれで、

C>E, C>ER, E>C, E>ER, ER>C, ER>E となるピーク数の合

計とその内訳をまとめた(下表)。

親精子のメチル化変動部位の数は約 7 万でばらつきが少

なかったのに対し、仔肝臓ではばらつきが大きく、最も差

の大きいもので 5 倍程度異なっていた。比較元の MBD ピ

ーク数に対するメチル化変動部位の数の割合は親精子が

約 20%、仔肝臓では約 30-60%であった。 親精子と仔肝臓で重なりを持つ DMR は、親から仔へ継

承されているメチル化部位を表している可能性がある。

親精子と仔肝臓の同じ群の間で重なりを持つ MBD ピーク

を抽出したところ、どの群の比較においても仔肝臓のピー

クの約 80%が重なっていた。続いて、親精子と仔肝臓のメ

チル化変動部位を比較し、世代間で重なりを持つ部分を抽

出した(下図)。共通部分の数は仔肝臓のメチル化変動部

位の数の約 10%になった。

2.2 雄親精子のエピゲノム情報と仔肝臓トラン

スクリプトームとの相関性の検討

仔肝臓へ継承された DMR と、仔肝臓の遺伝子発現と

の関係を明らかにするため、DMR 近傍(+-10kbp)の遺伝子

を抽出した。その結果、C>E の DMR 付近には 4037 個、

E>C の DMR 付近には 2405 個の遺伝子が存在した。これ

らの遺伝子と、仔肝臓で発現変動した遺伝子との共通する

ものの数を下表に示す。

親精子から仔肝臓へ継承されたメチル化変動部位は

その近傍の遺伝子発現を制御している可能性がある。一般

的に、DNA のメチル化は遺伝子発現の抑制を起こす。そ

のため、メチル化が C>E, E>C となる部位は発現が E>C, C>E となる遺伝子と相関することが予測されたが、相関性

は確認できなかった。これは、メチル化の亢進や低下が必

ずしも近傍の遺伝子発現を抑制または促進するわけでは

ないことを意味し、単純に遺伝子上での距離を参照するだ

けではメチル化と遺伝子発現の相関を見ることは難しい

可能性がある。また、ある部位のメチル化が間接的に他の

部位の遺伝子の発現に影響する可能性もある。 今後は精子で発現する microRNA 遺伝子や、仔肝臓での

プロモーター・エンハンサー相関解析により、DMR がど

のように仔世代の遺伝子発現に影響を与えるかを探って

いく。

仔肝臓

MBD ピーク数

重なりを

持たな

重なりを持

ち、peak height 比

が 2 以上

total

C 138,243 >E 70,352 233 70,585 >ER 38,243 30 38,273

E 108,116 >C 40,118 37 40,155 >ER 27,259 11 27,270

ER 202,061 >C 101,161 560 101,721 >E 120,775 1,123 121,898

親精子

MBD ピ

ーク数 重なり

を持た

ない

重なりを持

ち、peak height 比

が 2 以上

total

C 341,298 >E 81,129 3,031 84,160 >ER 75,357 636 75,993

E 330,827 >C 70,863 402 71,265 >ER 66,649 462 67,111

ER 339,096 >C 72,775 596 73,371 >E 74,340 811 75,151

【参考文献】

1) Dietary flavonoids activate the constitutive androstane receptor (CAR). Yao R, Yasuoka A, Kamei A, Kitagawa Y, Tateishi N, Tsuruoka N, Kiso Y, Sueyoshi T, Negishi M, Misaka T, Abe K. J Agric Food Chem. 2010 Feb 24;58(4):2168-73. 2) Polyphenols in alcoholic beverages activating constitutive androstane receptor CAR. Yao R, Yasuoka A, Kamei A, Kitagawa Y, Rogi T, Taieishi N, Tsuruoka N, Kiso Y, Misaka T, Abe K. Biosci Biotechnol Biochem. 2011;75(8):1635-7. 3) Nuclear receptor-mediated alleviation of alcoholic fatty liver by polyphenols contained in alcoholic beverages. Yao R, Yasuoka A, Kamei A, Ushiama S, Kitagawa Y, Rogi T, Shibata H, Abe K, Misaka T. PLoS One. 2014 Feb 3;9(2):e8714.

KAST 平成27年度研究概要 2016.7.26- 61 -

Page 23: 未病改善食品評価法開発プロジェクト - KISTEC€¦ · 未病改善食品評価法開発プロジェクト プロジェクトリーダー 阿部 啓子 【基本構想】

目次用

発がんプロモーション関連遺伝子の探索

大森 清美(神奈川県衛生研究所)

1.はじめに

食品添加物および医薬品等、化学物質の発がん性を予測

するための試験法として、Ames 試験、小核試験および染

色体異常試験 (またはマウスリンフォーマ試験) 等の遺伝

毒性試験を実施することが法的に義務づけられている。し

かし、これらの試験法では検出できない発がん物質が少な

からず存在することが近年問題となっており、そのような

非遺伝毒性発がん物質の多くは、発がんプロモーターであ

ることが予測されている。しかしながら、これまでは公的

に認定された高感度かつ簡便な発がんプロモーション試

験法が存在せず、国際的にも切望されていた。また、多段

階発がん機構において、大気汚染物質や食品の加熱生成物

など発がんイニシエーターによる暴露が避けられない現

状では、我々の細胞は、少なくとも発がんのイニシエーシ

ョン段階にあり、がんの「未病」状態にあると考えられる。

したがって、化学物質による発がんを抑制すべくリスクマ

ネジメントとして、発がんプロモーターによる暴露を避け、

腫瘍形成を阻止することが重要である。そのためにも、発

がんプロモーターの存在の有無や挙動を明らかにする必

要がある。 そこで、大森らは神奈川県政策局の重点基礎研究におい

て、発がんプロモーター検出を特徴とする細胞形質転換試

験法「Bhas42 細胞形質転換試験法」を開発した 1)。Bhas42細胞形質転換試験法は、多くの発がんプロモーターを高感

度に検出することが可能であり 1)、食品に係わる化学物質2,3) をはじめ様々な試料 4-8) の発がんプロモーション活性

の検出が可能である。ヒトおよび動物実験での発がん性デ

ータとの相関性も高く 7)、室間再現性も良好である 8)。ま

た、被験物質による処理条件を変えることで、発がんイニ

シエーターも検出可能であることから 9)、EU Reference Laboratory for Alternatives to Animal Testing (EURL ECVAM)で Bhas42 細胞形質転換試験法の評価が行われ、2013 年 11月には「 EURL ECVAM Recommendation on the Cell Transformation Assay based on the Bhas 42 cell line」が公表 10)、

2016 年 1 月 8 日付で経済協力開発機構 (Organization for Economic Co-operation and Development、OECD) において

「Series on Testing & Assessment」のガイダンスドキュメン

トとして国際認定された 11)。 Bhas42 細胞形質転換試験では、腫瘍細胞で認められる

形質を特徴とした形質転換フォーカスの形成をエンドポ

イントとしていることから、化学物質の発がん性予測試験

法として信頼性は高いが、フォーカス形成のメカニズムに

ついては報告がほとんど無いことから、それを明らかにす

ることが有用性のエビデンスを示すために必要とされて

きた。そこで、既知発がんプロモーターによる経時的な遺

伝子発現変動について DNA マイクロアレイを用いたトラ

ンスクリプトーム解析を実施した。

2.実験と結果

2.1 既知発がんプロモーター(P-1)処理による

経時的な細胞形態の変化

2.1.1 細胞試料の調製および細胞観察

新たに保存細胞株を解凍し、5%牛胎児血清 (FBS) を添

加した DMEM/F12 培地 (DF5F) で前培養を行った。同培

地を用いてBhas42細胞の 7x103 cells/mL細胞浮遊液を調製

し、6 well プレートに 2 mL/well ずつ播種した。細胞播種 4日後に、既知発がんプロモーター (P-1) の DMSO 溶液を

添加した DF5F で、溶媒対照群は、DMSO 溶液 (0.1%) を添加した DF5F で培地交換を行った。P-1 および DMSO 処

理から 1 時間後、6 時間後、24 時間後および 8 日後 (播種

12 日後) に細胞観察と RNA 抽出用細胞試料液を調製し、

-80℃で保存した。なお、保存凍結細胞の解凍から RNA 抽

出用細胞試料液の調製までは、完全繰り返し実験 3 回を実

施し、各回の試料液を n=1 として 1 群 n=3 とした。 P-1 処理後の経時的な細胞観察の結果、DMSO 0.1% (溶

媒対照) 群に対して、P-1 処理 1 時間および 6 時間後の

Bhas42 細胞は、細胞密度には変化はないが、プレートへ

の接着状態と顕著な形態変化が認められた。24 時間後お

よび 8 日後は、溶媒対照群に対して、細胞密度および形態

の変化と細胞の重なり合いが、さらに 8 日後の細胞には、

初期の形質転換フォーカス形成が認められた。

2.2 既知発がんプロモーター(P-1)処理による

経時的な遺伝子発現変動

2.2.1 RNA 試料の抽出精製 凍結保存した細胞試料液を解凍し、クロロホルム分配お

よびイソプロパノール沈殿によりトータル RNA を抽出し、

RNeasy Mini (QIAGEN 社) により精製を行った。得られた

トータルRNA試料について、RNA濃度およびAgilent 2100バイオアナライザによりクオリティー評価を行った。その

結果、RNA Integrity Number (RIN) 値は、いずれも 9.0 以上

であり、高いクオリティーのトータル RNA 試料が得られ

ていることが確認された。 2.2.2 DNA マイクロアレイ分析用 RNA 試料の

調製および分析 RNA 試料の抽出精製

精製後のトータル RNA について、3' IVT Express Kit (アフィメトリクス (株) ) を用いて、cDNA に逆転写後、ラベ

ル化 aRNA を調製し、精製した後、フラグメンテーション

を行った。GeneChip Hybridization, Wash, and stain Kit (アフ

ィメトリクス (株) ) の試薬と混合し、Mouse Genome 430 2.0 アレイ (アフィメトリクス (株) ) に注入後、45℃で 16時間、ハイブリダイゼーションを行った。ハイブリダイゼ

ーションの終了後、アレイの中の溶液を除去し、同キット

を用いて Fluidics Station 450 (アフィメトリクス (株)) で洗浄および染色後、Scanner 3000 7G にて画像データを取

得し、DNA マイクロアレイ分析を行った。 2.2.3 群間比較による発現変動遺伝子の解析

qFARMS により正規化した CEL データについて、Rank Products により DMSO 0.1%処理群に対して各披験化学物

質処理群で有意 (FDR < 0.05) にmRNAの発現が増大した

プローブセットおよび減少したプローブセットを抽出し、

Ingenuity Pathway Analysis (IPA) を用いて解析を行った。各

処理時間群のDiseases and Biological Function解析において、

Diseases or Functions Annotation を Activation z-score が 2 以

上を活性化 (Increase) された因子、 -2 以下を抑制 (Decrease) された因子として抽出し、その中からカテゴリ

ーが「cancer」に分類される因子をさらに抽出した結果、

抑制された因子が最も多いのは P-1 処理後 1 時間であり、

cancer に関わる 3 因子も抑制されていた。また、活性化さ

れた因子が最も多いのは処理後 24 時間であり、cancer に関わる 15 因子も活性化されていた。処理後 6 時間では

cancer 以外の活性化因子は最も多く、cancer の 2 因子も活

性化されていたが、その内容は腫瘍の細胞死であることか

ら、cancer の抑制に関わる因子であった。処理後 8日には、

cancer の活性化因子はなく cancer の 2 因子が抑制されてい

た。したがって、P-1 処理による生物学的機能や疾病因子

は、処理後 24 時間で cancer 因子が最も活性化されている

ことが明らかになった (図 1)。

図 1 P-1 処理後の Diseases or Functions Annotation

3 . 今後の展望

P-1 以外の既知および新規発がんプロモーターについて

も、マイクロアレイを用いたトランスクリプトーム解析を

実施しており、発がんプロモーションの関連遺伝子のデー

タが多数蓄積されることにより、発がんプロモーションの

メカニズム解明に繋がるものと考える。また、発がんプロ

モーション抑制物質の探索では、それらの物質によるマイ

クロアレイによる遺伝子発現変動を解析することにより、

発がんプロモーション抑制のマーカー遺伝子の特定に繋

げたい。

【参考文献】

1. Ohmori, K., Sasaki, K., Asada, S., Tanaka, N., and Umeda, M., An assay method for the prediction of tumor promoting potential of chemicals by the use of Bhas 42 cells, Mutation. Research, 557, 191 (2004) 2. Sakai, A., Suzuki, C., Masui, Y., Kuramashi, A., Takatori, K., Tanaka, N., The activities of mycotoxins derived from

Fusarium and related substances in a short-term transformation assay using v-Ha-ras-transfected BALB/3T3 cells (Bhas 42 cells), Mutation. Research, 630, 103 (2007) 3. Ohmori K, Kawamura Y., Cell transformation activities of abietic acid and dehydroabietic acid: safety assessment of possible contaminants in paper and paperboard for food contact use, Food Addit Contam, 26, 568 (2009) 4. Ezoe, Y., Ohkubo, T., Ohmori, K., Fushiwaki, Y., Mori, Y., Umeda, M. and Goto, S.,Promoter and mutagenic activity of particulate matter collected from urban air, Journal of Health Science, 50, 181 (2004) 5. 大森清美,中島大介,江副優香,森康明,伏脇裕一,

遠藤治,武田健,後藤純雄, 粒径別に分級採取した空気浮

遊粒子の発がんプロモーション活性 , 環境化学,16, 119-123 (2006) 6. Ohmori, K., Sato, Y., Nakajima, N., Kageyama, S., Shiraishi, F., Fujimakia, T., Goto, S., Characteristics of the transformation frequency at the umor promotion stage of airborne particulate

KAST 平成27年度研究概要 2016.7.26- 62 -

Page 24: 未病改善食品評価法開発プロジェクト - KISTEC€¦ · 未病改善食品評価法開発プロジェクト プロジェクトリーダー 阿部 啓子 【基本構想】

発がんプロモーション関連遺伝子の探索

大森 清美(神奈川県衛生研究所)

1.はじめに

食品添加物および医薬品等、化学物質の発がん性を予測

するための試験法として、Ames 試験、小核試験および染

色体異常試験 (またはマウスリンフォーマ試験) 等の遺伝

毒性試験を実施することが法的に義務づけられている。し

かし、これらの試験法では検出できない発がん物質が少な

からず存在することが近年問題となっており、そのような

非遺伝毒性発がん物質の多くは、発がんプロモーターであ

ることが予測されている。しかしながら、これまでは公的

に認定された高感度かつ簡便な発がんプロモーション試

験法が存在せず、国際的にも切望されていた。また、多段

階発がん機構において、大気汚染物質や食品の加熱生成物

など発がんイニシエーターによる暴露が避けられない現

状では、我々の細胞は、少なくとも発がんのイニシエーシ

ョン段階にあり、がんの「未病」状態にあると考えられる。

したがって、化学物質による発がんを抑制すべくリスクマ

ネジメントとして、発がんプロモーターによる暴露を避け、

腫瘍形成を阻止することが重要である。そのためにも、発

がんプロモーターの存在の有無や挙動を明らかにする必

要がある。 そこで、大森らは神奈川県政策局の重点基礎研究におい

て、発がんプロモーター検出を特徴とする細胞形質転換試

験法「Bhas42 細胞形質転換試験法」を開発した 1)。Bhas42細胞形質転換試験法は、多くの発がんプロモーターを高感

度に検出することが可能であり 1)、食品に係わる化学物質2,3) をはじめ様々な試料 4-8) の発がんプロモーション活性

の検出が可能である。ヒトおよび動物実験での発がん性デ

ータとの相関性も高く 7)、室間再現性も良好である 8)。ま

た、被験物質による処理条件を変えることで、発がんイニ

シエーターも検出可能であることから 9)、EU Reference Laboratory for Alternatives to Animal Testing (EURL ECVAM)で Bhas42 細胞形質転換試験法の評価が行われ、2013 年 11月には「 EURL ECVAM Recommendation on the Cell Transformation Assay based on the Bhas 42 cell line」が公表 10)、

2016 年 1 月 8 日付で経済協力開発機構 (Organization for Economic Co-operation and Development、OECD) において

「Series on Testing & Assessment」のガイダンスドキュメン

トとして国際認定された 11)。 Bhas42 細胞形質転換試験では、腫瘍細胞で認められる

形質を特徴とした形質転換フォーカスの形成をエンドポ

イントとしていることから、化学物質の発がん性予測試験

法として信頼性は高いが、フォーカス形成のメカニズムに

ついては報告がほとんど無いことから、それを明らかにす

ることが有用性のエビデンスを示すために必要とされて

きた。そこで、既知発がんプロモーターによる経時的な遺

伝子発現変動について DNA マイクロアレイを用いたトラ

ンスクリプトーム解析を実施した。

2.実験と結果

2.1 既知発がんプロモーター(P-1)処理による

経時的な細胞形態の変化

2.1.1 細胞試料の調製および細胞観察

新たに保存細胞株を解凍し、5%牛胎児血清 (FBS) を添

加した DMEM/F12 培地 (DF5F) で前培養を行った。同培

地を用いてBhas42細胞の 7x103 cells/mL細胞浮遊液を調製

し、6 well プレートに 2 mL/well ずつ播種した。細胞播種 4日後に、既知発がんプロモーター (P-1) の DMSO 溶液を

添加した DF5F で、溶媒対照群は、DMSO 溶液 (0.1%) を添加した DF5F で培地交換を行った。P-1 および DMSO 処

理から 1 時間後、6 時間後、24 時間後および 8 日後 (播種

12 日後) に細胞観察と RNA 抽出用細胞試料液を調製し、

-80℃で保存した。なお、保存凍結細胞の解凍から RNA 抽

出用細胞試料液の調製までは、完全繰り返し実験 3 回を実

施し、各回の試料液を n=1 として 1 群 n=3 とした。 P-1 処理後の経時的な細胞観察の結果、DMSO 0.1% (溶

媒対照) 群に対して、P-1 処理 1 時間および 6 時間後の

Bhas42 細胞は、細胞密度には変化はないが、プレートへ

の接着状態と顕著な形態変化が認められた。24 時間後お

よび 8 日後は、溶媒対照群に対して、細胞密度および形態

の変化と細胞の重なり合いが、さらに 8 日後の細胞には、

初期の形質転換フォーカス形成が認められた。

2.2 既知発がんプロモーター(P-1)処理による

経時的な遺伝子発現変動

2.2.1 RNA 試料の抽出精製 凍結保存した細胞試料液を解凍し、クロロホルム分配お

よびイソプロパノール沈殿によりトータル RNA を抽出し、

RNeasy Mini (QIAGEN 社) により精製を行った。得られた

トータルRNA試料について、RNA濃度およびAgilent 2100バイオアナライザによりクオリティー評価を行った。その

結果、RNA Integrity Number (RIN) 値は、いずれも 9.0 以上

であり、高いクオリティーのトータル RNA 試料が得られ

ていることが確認された。 2.2.2 DNA マイクロアレイ分析用 RNA 試料の

調製および分析 RNA 試料の抽出精製

精製後のトータル RNA について、3' IVT Express Kit (アフィメトリクス (株) ) を用いて、cDNA に逆転写後、ラベ

ル化 aRNA を調製し、精製した後、フラグメンテーション

を行った。GeneChip Hybridization, Wash, and stain Kit (アフ

ィメトリクス (株) ) の試薬と混合し、Mouse Genome 430 2.0 アレイ (アフィメトリクス (株) ) に注入後、45℃で 16時間、ハイブリダイゼーションを行った。ハイブリダイゼ

ーションの終了後、アレイの中の溶液を除去し、同キット

を用いて Fluidics Station 450 (アフィメトリクス (株)) で洗浄および染色後、Scanner 3000 7G にて画像データを取

得し、DNA マイクロアレイ分析を行った。 2.2.3 群間比較による発現変動遺伝子の解析

qFARMS により正規化した CEL データについて、Rank Products により DMSO 0.1%処理群に対して各披験化学物

質処理群で有意 (FDR < 0.05) にmRNAの発現が増大した

プローブセットおよび減少したプローブセットを抽出し、

Ingenuity Pathway Analysis (IPA) を用いて解析を行った。各

処理時間群のDiseases and Biological Function解析において、

Diseases or Functions Annotation を Activation z-score が 2 以

上を活性化 (Increase) された因子、 -2 以下を抑制 (Decrease) された因子として抽出し、その中からカテゴリ

ーが「cancer」に分類される因子をさらに抽出した結果、

抑制された因子が最も多いのは P-1 処理後 1 時間であり、

cancer に関わる 3 因子も抑制されていた。また、活性化さ

れた因子が最も多いのは処理後 24 時間であり、cancer に関わる 15 因子も活性化されていた。処理後 6 時間では

cancer 以外の活性化因子は最も多く、cancer の 2 因子も活

性化されていたが、その内容は腫瘍の細胞死であることか

ら、cancerの抑制に関わる因子であった。処理後 8日には、

cancer の活性化因子はなく cancer の 2 因子が抑制されてい

た。したがって、P-1 処理による生物学的機能や疾病因子

は、処理後 24 時間で cancer 因子が最も活性化されている

ことが明らかになった (図 1)。

図 1 P-1 処理後の Diseases or Functions Annotation

3 . 今後の展望

P-1 以外の既知および新規発がんプロモーターについて

も、マイクロアレイを用いたトランスクリプトーム解析を

実施しており、発がんプロモーションの関連遺伝子のデー

タが多数蓄積されることにより、発がんプロモーションの

メカニズム解明に繋がるものと考える。また、発がんプロ

モーション抑制物質の探索では、それらの物質によるマイ

クロアレイによる遺伝子発現変動を解析することにより、

発がんプロモーション抑制のマーカー遺伝子の特定に繋

げたい。

【参考文献】

1. Ohmori, K., Sasaki, K., Asada, S., Tanaka, N., and Umeda, M., An assay method for the prediction of tumor promoting potential of chemicals by the use of Bhas 42 cells, Mutation. Research, 557, 191 (2004) 2. Sakai, A., Suzuki, C., Masui, Y., Kuramashi, A., Takatori, K., Tanaka, N., The activities of mycotoxins derived from

Fusarium and related substances in a short-term transformation assay using v-Ha-ras-transfected BALB/3T3 cells (Bhas 42 cells), Mutation. Research, 630, 103 (2007) 3. Ohmori K, Kawamura Y., Cell transformation activities of abietic acid and dehydroabietic acid: safety assessment of possible contaminants in paper and paperboard for food contact use, Food Addit Contam, 26, 568 (2009) 4. Ezoe, Y., Ohkubo, T., Ohmori, K., Fushiwaki, Y., Mori, Y., Umeda, M. and Goto, S.,Promoter and mutagenic activity of particulate matter collected from urban air, Journal of Health Science, 50, 181 (2004) 5. 大森清美,中島大介,江副優香,森康明,伏脇裕一,

遠藤治,武田健,後藤純雄, 粒径別に分級採取した空気浮

遊粒子の発がんプロモーション活性 , 環境化学,16, 119-123 (2006) 6. Ohmori, K., Sato, Y., Nakajima, N., Kageyama, S., Shiraishi, F., Fujimakia, T., Goto, S., Characteristics of the transformation frequency at the umor promotion stage of airborne particulate

KAST 平成27年度研究概要 2016.7.26- 63 -

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and gaseous matter at ten sites in Japan, Environ. Sci.: Processes Impacts, 15, 1031 (2013). 7. Sakai, A., Sasaki, K., Muramatsu, D., Arai, S., Endou, N., Kuroda, S., Hayashi, K., Lim, Y.M., Yamazaki, S., Umeda, M., Tanaka. N., A Bhas 42 cell transformation assay on 98 chemicals: the characteristics and performance for the prediction of chemical carcinogenicity, Mutat Res., 702, 100 (2010). 8. Ohmori, K., Umeda, M., Tanaka, N., Takagi, H., Yoshimura, I., Sasaki, K., Asada, S., Sakai, A., Asakura, M., Baba, H., Fushiwaki, Y., Hamada, S., Kitou, N., Nakamura, T., Nakamura, Y., Oishi, H., Sasaki, S., Shimada, S., Tsuchiya, T., Uno, Y., Washizuka, M., Yajima, S., Yamamoto, Y., Yamamura, E., and Yatsushiro, T., An inter-laboratory collaborative study by the

non-genotoxic carcinogen study group in Japan, on a cell transformation assay for tumour promoters using Bhas 42 cells, Alternatives to Laboratory Animals, 33, 619 (2005). 9. Asada, S., Sasaki, K., Tanaka, N., Takeda, K., Hayashi, M., Umeda, M., Mutat Res., 588, 7 (2005). 10. EU Reference Laboratory for Alternatives to Animal Testing, EURL ECVAM RECOMMENDATION on the Cell Transformation Assay based on the Bhas 42 cell line, November (2013). 11. Organization for Economic Co-operation and Development (OECD), GUIDANCE DOCUMENT ON THE IN VITRO BHAS 42 CELL TRANSFORMATION ASSAY, Series on Testing & Assessment No. 231 (2016)

生体内代謝を考慮した細胞形質転換試験法の開発

廣岡 孝志,大森 清美

1. はじめに

1.1 細胞形質転換試験

生体内の正常細胞は,いくつかの段階を経てがん細胞へ

と転換する。この正常細胞のがん細胞への転換,そして悪

性腫瘍の形成までのプロセスは多段階発癌(multistep carcinogenesis)と呼ばれる(1,2)。すなわち図1に示す

ように,まず,正常細胞が遺伝毒性(変異原性)を有する

化学物質により DNA の損傷(突然変異)を受ける。この

プロセスは“開始(イニシエーション)”と呼ばれ不可逆

的に進行する。このイニシエーションを引き起こす遺伝毒

性化学物質はイニシエーターと呼ばれる。次に“促進(プ

ロモーション)”と呼ばれる段階で化学物質の刺激を受け

ることにより増殖制御システムの破綻が誘発され異常な

細胞増殖を起こし,腫瘍が形成される。このプロモーショ

ンを引き起こす化学物質は,プロモーターと呼ばれ,非遺

伝毒性化学物質においてプロモーションを引き起こすの

もが存在することが明らかになりつつある。さらに,異常

な細胞増殖にともなう変異細胞の蓄積により腫瘍は悪性

化する。この段階は“進行(プログレション)”と呼ばれ

る。 化学物質の発がん性を予測する in vitro 試験法として,

細菌を用いた Ames 試験(復帰突然変異試験)や DNA 損

傷・修復試験,哺乳類培養細胞を用いた染色異常試験など

では,化学物質の遺伝毒性,つまりイニシエーション活性

の有無を予測することができる。一方,多段階発癌プロセ

スで示されたように,遺伝毒性を有さない化学物質におい

てもプロモーション作用により腫瘍形成に関与するもの

が存在する。従って,これらの非遺伝毒性物質が持つプロ

モーション活性も予測する必要がある。しかしながら,先

に示した遺伝毒性アッセイでは,非遺伝毒性物質のプロモ

ーション活性の予測を行うことはできない。 細胞形質転換試験は,動物細胞を用いて化学物質の発が

ん性を予測する in vitro 試験法の1つである。細胞形質転

換試験ではこれまでに,Syrian hamster embryo cell (SHE),BALB/c3T3,C3H10T1/2 などの細胞が利用されてきた。

SHE 細胞を用いたアッセイでは,細胞形態転換を,

BALB/c3T3,C3H10T1/2 を用いたアッセイでは腫瘍形成能

の獲得に伴うフォーカス形成を指標として被験物質の発

がん性予測を行う。細胞形質転換試験のうちフォーカス形

成過程は,多段階発癌プロセスの開始と促進のステップを

再現していることから非遺伝毒性物質のプロモーション

活性の予測が可能である(3)。近年になり BALB/c3T3 に

がん遺伝子 v-Ha-ras が組み込まれた Bhas42 が作成され,

大森らにより,この Bhas42 を利用した発がんプロモーシ

ョン活性を予測できる形質転換試験法が開発された(4)。さらに,浅田らは,プロトコールの変更により Bhas42 細

胞形質転換試験でイニシエーション活性を予測できるこ

とを示した(5)。この Bhas42 細胞形質転換試験法は,2016年1月に経済協力開発機構(OECD)において発がん性物

質の細胞試験法のガイダンスドキュメントとして認定さ

れた(6)。 1.2 肝代謝を組込んだ細胞形質転換試験法の開発

図1.多段階発癌プロセス

KAST 平成27年度研究概要 2016.7.26- 64 -

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and gaseous matter at ten sites in Japan, Environ. Sci.: Processes Impacts, 15, 1031 (2013). 7. Sakai, A., Sasaki, K., Muramatsu, D., Arai, S., Endou, N., Kuroda, S., Hayashi, K., Lim, Y.M., Yamazaki, S., Umeda, M., Tanaka. N., A Bhas 42 cell transformation assay on 98 chemicals: the characteristics and performance for the prediction of chemical carcinogenicity, Mutat Res., 702, 100 (2010). 8. Ohmori, K., Umeda, M., Tanaka, N., Takagi, H., Yoshimura, I., Sasaki, K., Asada, S., Sakai, A., Asakura, M., Baba, H., Fushiwaki, Y., Hamada, S., Kitou, N., Nakamura, T., Nakamura, Y., Oishi, H., Sasaki, S., Shimada, S., Tsuchiya, T., Uno, Y., Washizuka, M., Yajima, S., Yamamoto, Y., Yamamura, E., and Yatsushiro, T., An inter-laboratory collaborative study by the

non-genotoxic carcinogen study group in Japan, on a cell transformation assay for tumour promoters using Bhas 42 cells, Alternatives to Laboratory Animals, 33, 619 (2005). 9. Asada, S., Sasaki, K., Tanaka, N., Takeda, K., Hayashi, M., Umeda, M., Mutat Res., 588, 7 (2005). 10. EU Reference Laboratory for Alternatives to Animal Testing, EURL ECVAM RECOMMENDATION on the Cell Transformation Assay based on the Bhas 42 cell line, November (2013). 11. Organization for Economic Co-operation and Development (OECD), GUIDANCE DOCUMENT ON THE IN VITRO BHAS 42 CELL TRANSFORMATION ASSAY, Series on Testing & Assessment No. 231 (2016)

目次用

生体内代謝を考慮した細胞形質転換試験法の開発

廣岡 孝志,大森 清美

1. はじめに

1.1 細胞形質転換試験

生体内の正常細胞は,いくつかの段階を経てがん細胞へ

と転換する。この正常細胞のがん細胞への転換,そして悪

性腫瘍の形成までのプロセスは多段階発癌(multistep carcinogenesis)と呼ばれる(1,2)。すなわち図1に示す

ように,まず,正常細胞が遺伝毒性(変異原性)を有する

化学物質により DNA の損傷(突然変異)を受ける。この

プロセスは“開始(イニシエーション)”と呼ばれ不可逆

的に進行する。このイニシエーションを引き起こす遺伝毒

性化学物質はイニシエーターと呼ばれる。次に“促進(プ

ロモーション)”と呼ばれる段階で化学物質の刺激を受け

ることにより増殖制御システムの破綻が誘発され異常な

細胞増殖を起こし,腫瘍が形成される。このプロモーショ

ンを引き起こす化学物質は,プロモーターと呼ばれ,非遺

伝毒性化学物質においてプロモーションを引き起こすの

もが存在することが明らかになりつつある。さらに,異常

な細胞増殖にともなう変異細胞の蓄積により腫瘍は悪性

化する。この段階は“進行(プログレション)”と呼ばれ

る。 化学物質の発がん性を予測する in vitro 試験法として,

細菌を用いた Ames 試験(復帰突然変異試験)や DNA 損

傷・修復試験,哺乳類培養細胞を用いた染色異常試験など

では,化学物質の遺伝毒性,つまりイニシエーション活性

の有無を予測することができる。一方,多段階発癌プロセ

スで示されたように,遺伝毒性を有さない化学物質におい

てもプロモーション作用により腫瘍形成に関与するもの

が存在する。従って,これらの非遺伝毒性物質が持つプロ

モーション活性も予測する必要がある。しかしながら,先

に示した遺伝毒性アッセイでは,非遺伝毒性物質のプロモ

ーション活性の予測を行うことはできない。 細胞形質転換試験は,動物細胞を用いて化学物質の発が

ん性を予測する in vitro 試験法の1つである。細胞形質転

換試験ではこれまでに,Syrian hamster embryo cell (SHE),BALB/c3T3,C3H10T1/2 などの細胞が利用されてきた。

SHE 細胞を用いたアッセイでは,細胞形態転換を,

BALB/c3T3,C3H10T1/2 を用いたアッセイでは腫瘍形成能

の獲得に伴うフォーカス形成を指標として被験物質の発

がん性予測を行う。細胞形質転換試験のうちフォーカス形

成過程は,多段階発癌プロセスの開始と促進のステップを

再現していることから非遺伝毒性物質のプロモーション

活性の予測が可能である(3)。近年になり BALB/c3T3 に

がん遺伝子 v-Ha-ras が組み込まれた Bhas42 が作成され,

大森らにより,この Bhas42 を利用した発がんプロモーシ

ョン活性を予測できる形質転換試験法が開発された(4)。さらに,浅田らは,プロトコールの変更により Bhas42 細

胞形質転換試験でイニシエーション活性を予測できるこ

とを示した(5)。この Bhas42 細胞形質転換試験法は,2016年1月に経済協力開発機構(OECD)において発がん性物

質の細胞試験法のガイダンスドキュメントとして認定さ

れた(6)。 1.2 肝代謝を組込んだ細胞形質転換試験法の開発

図1.多段階発癌プロセス

KAST 平成27年度研究概要 2016.7.26- 65 -

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化学物質には,生体内で代謝されることにより毒性を獲

得するものも存在する。発がん性を示す化学物質において

も生体内で代謝を受けることによりイニシエーションも

しくはプロモーション活性を示すものが存在する事が知

られている。例えば,Benzopyren,nitrosamine などの化学

物質は,シトクロム P-450 による代謝を受けることにより

発がん性を示すことが知られている(7, 8)。このような発

がん性化学物質の代謝活性化を,単一細胞培養による細胞

形質転換試験法により評価することは難しい。 哺乳類細胞を用いて生体内代謝による化学物質の発が

ん性を予測する試験方法については BALB/c3T3 細胞およ

び V79 細胞で報告例がある。BALB/c3T3 細胞では,S9mixを代謝反応系としたプロセスにより Cyclophosphamide,dimethylnitrosamine,2-aminofluorene,2-naphtylamine の発

がん性について試験を行った結果,S9mix による前処理に

よりすべての被験物質が BALB/c3T3 細胞に形質転換を誘

発し,非処理群では形質転換は誘発しなかったことを確認

している(9, 10)。また,V79 細胞では肝臓ミクロソーム

や肝細胞を加えた培養系を用いて nitrosamine 類のイニシ

エーション活性を評価している(9, 11)。Bhas42 細胞を用

いた細胞形質転換試験については,生体内代謝による発が

ん性物質の活性化を考慮した試験方法についてはまだ検

討されていない。 本研究の目的は,Bhas42 細胞形質転換試験法について

代謝活性化により獲得もしくは増強された化学物質の発

がん性の予測に対応した試験方法を開発する事である。

H27 年度は,ヒト肝がん細胞株 CYP3A4 強制発現 HepG2と Bhas42 細胞との共培養系の構築を行った。 2. 実験と結果 2.1 CYP3A4 強制発現 HepG2 導入 Bhas42 細胞形

質転換試験法の構築 昨年度の検討において,ヒト肝がん細胞株である

CYP3A4 強制発現 HepG2(3A4-HepG2 細胞)が,Bhas42細胞試験培地である DF5F(5%FBS 含有 DMEM/F-12)培地

中で,CYP3A4 発現およびその酵素活性を維持できる可能

性を見出した。 本年度は,初めにヒト肝がん細胞株を Bhas42 細胞培養

系に導入する方法として,2 種の異なる細胞の非接触的な

共培養法として汎用される trans well 共培養法の利用を考

えた。そこでまず,①DF5F 培地を用いた trans well 単独培

養における 3A4-HepG2 細胞の CYP3A4 発現とその活性レ

ベルを検討した。次に②Bhas42 細胞と 3A4-HepG2 細胞と

の trans well 共培養について,3A4-HepG2 細胞の CYP3A4活性に与える影響,Bhas42 細胞の増殖とフォーカス形成

に与える影響を調べた。最後に③Bhas42 細胞/3A4-HepG2細胞共培養系を用いて,実際に CYP3A4 による代謝が発

がん活性に関与すると考えられる 17 β -estradiol, diethylstilbestrol, tamoxifen, 17α- ethynylestradiol について,

promotion と initiation assay を行った。 3. 考察及び今後の展望

Bhas42 細胞培養系にトランスウエル共培養が可能なヒ

ト肝がん細胞株である CYP3A4 強制発現 HepG2(3A4-HepG2)は,CYP3A4 以外の薬物代謝系の酵素の発

現と活性は, HepG2 細胞と同じで非常に低いとと推測さ

れる。このことから,3A4-HepG2 細胞を導入した Bhas42細胞試験では,CYP3A4 が関与した化学物質の発がん性の

代謝活性化しか評価できないと考えられる。また,ヒト肝

がん細胞株では,薬物代謝系以外にも薬物排出系の機能発

現も低いことがある。従って,今後は,3A4-HepG2 細胞

から発がん性を持つ代謝物の培地中への排出についても

検討するとともに,CYP3A4 以外の薬物代謝酵素による化

学物質の発がん性を評価できる新たなヒト肝がん細胞株

の検討も行う。 【参考文献】 1. 山崎聖典,岡山大学医学部保健学紀要, 14,1-14 (2003). 2. Harris CC, Weston A, Willey JC, Trivers GE, Mann DL,

Environ. Health Perspect., 75, 109-119 (1987). 3. Creton S, Aardema MJ, Carmichael PL, et. al., Mutagenesis,

27, 93-101(2012). 4. Ohmori K., Sasaki K., Asada S., et al., Mutat. Res., 557,

191-202 (2004) 5. Asada S, Sasaki K, Tanaka N, et. al., Mutat. Res., 588,

7-21(2005). 6. Organisation for Economic Co-operation and Development

(OECD), GUIDANCE DOCUMENT ON THE IN VITRO BHAS42 CELL TRANSFORMATION ASSAY (2006).

7. Shimada T, Fujii-Kuriyama Y., Cancer Sci., 95, 1-6(2004). 8. Kuroki T, Drevon C, Montesano R., Cancer Res., 37,

1044-1050 (1977). 9. McCarvill JT, Lubet RA, Schechtman LM, Kouri RE,

Putman DL, Environ. Mol. Mutagen., 16, 304-310 (1990). 10. Sheu CJ, Lee JK, Rodriguez I,Randolph SC, Drug Chem.

Toxicol., 14,113-126 (1991). 11. Langenbach R, Freed HJ, Huberman E., Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 75, 2864-2867 (1978).

業 績 【原著論文】

1. Koizumi,T., Terada,T., Nakajima,K., Kojima,M., Koshiba, S., Matsumura,Y., Kaneda, K., Asakura,T., Shimizu-Ibuka, A., Abe, K., and Misaka, T. Identification of key neoculin residues responsible for the binding and activation of the sweet taste receptor Scientific Reports 5:12947. (2015)

2. Kamei,A., Watanabe,Y., Shinozaki,F., Yasuoka,A.,

Kondo,T., Ishijima,T., Toyoda,T., Arai,S., and Abe, K. Administration of a maple syrup extract to mitigate their hepatic inflammation induced by a high-fat diet : a transcriptome analysis. Biosci. Biotechnol. Biochem. 79(11):1893-7 (2015)

3. Kobayashi,Y., Miyazawa, M., Araki, M., Kamei, A., Abe,

K., Hiroi,T., Hirokawa,T., Aoki,N., Ohsawa,T., and Kojima,T. Effects of Morus alba L. (Mulberry) Leaf Extract in Hypercholesterolemic Mice on Suppression of Cholesterol Synthesis J Pharmacogn Nat Prod 2015, 1:2 (2015)

4. Oda, Y., Ueda, F., Utsuyama, M., Kamei, A.,

Kakinuma,C.,Abe,K., and Hirokawa,K. Improvement in Human Immune Function with Changes in Intestinal Microbiota by Salacia reticulata Extract Ingestion: A Randomized Placebo-Controlled Trial. PLoS One. 10(12):e0142909. doi:10.1371 (2015)

5. Yakushiji-Kaminatsui, N., Kondo,T., Endo, TA., Koseki, Y.,

Kondo., K., Ohara, O., Vidal, M., and Koseki, H. RING1 proteins contribute to early proximal-distal specification of the forelimb bud by restricting Meis2 expression. Development. 143(2):276-85. doi: 10.1242 /dev.127506. (2015)

6. Kondo,T., Ito,S., and Koseki,H. Polycomb in

transcriptional phase transition of developmental genes Trends Biochem Sci. 2016 Jan;41(1):9-19. doi: 10.1016 (2016)

7. Maeda, N., Ohmoto, M., Yamamoto, K., Kurokawa, A.,

Narukawa, M., Ishimaru, Y., Misaka, T., Matsumoto, I., and Abe, K. Expression of serotonin receptor genes in cranial ganglia. Neurosci Lett. (in press)

【総説】 1. 阿部啓子、Functional Food Science in Japan: Present State

and Perspectives. J Nutr Sci Vitaminol (2015) 【口頭発表】 1. Kamei, A., Watanabe, Y., Shinozaki, F., Arai, S., Abe, K.

Effects of dietary iron status on the gene expression profile in rat liver 12th Asian congress of nutrition (2015年 5 月 17 日神奈川)

2. 阿部啓子、近藤 隆、三坂 巧、安岡顕人、岡田晋治、

機能性食品とエピジェネティクス、ILSI Japan 第 7 回

「栄養とエイジング」国際会議(2015 年 9 月 29 日東

京) 3. 安岡顕人、篠崎文夏、亀井飛鳥、近藤 香、嶋田耕育、

渡部由貴、機能性食品とエピジェネティクス、食品開

発展(2015 年 10 月 9 日東京) 4. 近藤 隆、近藤 香、Topological transition of cis-regulatory

elements during transcriptional regulation of Meis2 gene and the roles of Polycomb factors スイス連邦工科大学

ローザンヌ校(EPFL)招待講演(2015 年 11 月 10 日

Lausanne, Switzerland ) 5. 近藤 隆、近藤 香、Topological transition of cis-regulatory

elements during transcriptional regulation of Meis2 gene and the roles of Polycomb factors フリードリッヒ・ミ

ーシェル研究所(FMI)招待講演(2015 年 11 月 12 日

Basel, Switzerland) 6. 近藤 隆、近藤 香、椙下紘貴、古関明彦、発生遺伝子

群のプロモーター制御において異性型 Polycomb 複合

体は従来型と異なる活性を持つ、第 38 回分子生物学

会(BMB2015)(2015 年 12 月 4 日神戸) 7. 安岡顕人、嶋田耕育、亀井飛鳥、篠崎文夏、近藤 香、

近藤 隆、三坂 巧、岡田晋治、阿部啓子、機能性食品

とエピジェネティクス、第 38 回分子生物学会

(BMB2015)(2015 年 12 月 4 日神戸) 8. 篠崎文夏、阿部 岳、亀井飛鳥、渡部由貴、安岡顕人、

嶋田耕育、近藤 香、荒井綜一、熊谷弘太、近藤 隆、

阿部啓子、疑似スズメバチ幼虫由来アミノ酸混合溶液

投与による肝臓および脂肪組織におけるトランスク

KAST 平成27年度研究概要 2016.7.26- 66 -

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化学物質には,生体内で代謝されることにより毒性を獲

得するものも存在する。発がん性を示す化学物質において

も生体内で代謝を受けることによりイニシエーションも

しくはプロモーション活性を示すものが存在する事が知

られている。例えば,Benzopyren,nitrosamine などの化学

物質は,シトクロム P-450 による代謝を受けることにより

発がん性を示すことが知られている(7, 8)。このような発

がん性化学物質の代謝活性化を,単一細胞培養による細胞

形質転換試験法により評価することは難しい。 哺乳類細胞を用いて生体内代謝による化学物質の発が

ん性を予測する試験方法については BALB/c3T3 細胞およ

び V79 細胞で報告例がある。BALB/c3T3 細胞では,S9mixを代謝反応系としたプロセスにより Cyclophosphamide,dimethylnitrosamine,2-aminofluorene,2-naphtylamine の発

がん性について試験を行った結果,S9mix による前処理に

よりすべての被験物質が BALB/c3T3 細胞に形質転換を誘

発し,非処理群では形質転換は誘発しなかったことを確認

している(9, 10)。また,V79 細胞では肝臓ミクロソーム

や肝細胞を加えた培養系を用いて nitrosamine 類のイニシ

エーション活性を評価している(9, 11)。Bhas42 細胞を用

いた細胞形質転換試験については,生体内代謝による発が

ん性物質の活性化を考慮した試験方法についてはまだ検

討されていない。 本研究の目的は,Bhas42 細胞形質転換試験法について

代謝活性化により獲得もしくは増強された化学物質の発

がん性の予測に対応した試験方法を開発する事である。

H27 年度は,ヒト肝がん細胞株 CYP3A4 強制発現 HepG2と Bhas42 細胞との共培養系の構築を行った。 2. 実験と結果 2.1 CYP3A4 強制発現 HepG2 導入 Bhas42 細胞形

質転換試験法の構築 昨年度の検討において,ヒト肝がん細胞株である

CYP3A4 強制発現 HepG2(3A4-HepG2 細胞)が,Bhas42細胞試験培地である DF5F(5%FBS 含有 DMEM/F-12)培地

中で,CYP3A4 発現およびその酵素活性を維持できる可能

性を見出した。 本年度は,初めにヒト肝がん細胞株を Bhas42 細胞培養

系に導入する方法として,2 種の異なる細胞の非接触的な

共培養法として汎用される trans well 共培養法の利用を考

えた。そこでまず,①DF5F 培地を用いた trans well 単独培

養における 3A4-HepG2 細胞の CYP3A4 発現とその活性レ

ベルを検討した。次に②Bhas42 細胞と 3A4-HepG2 細胞と

の trans well 共培養について,3A4-HepG2 細胞の CYP3A4活性に与える影響,Bhas42 細胞の増殖とフォーカス形成

に与える影響を調べた。最後に③Bhas42 細胞/3A4-HepG2細胞共培養系を用いて,実際に CYP3A4 による代謝が発

がん活性に関与すると考えられる 17 β -estradiol, diethylstilbestrol, tamoxifen, 17α- ethynylestradiol について,

promotion と initiation assay を行った。 3. 考察及び今後の展望

Bhas42 細胞培養系にトランスウエル共培養が可能なヒ

ト肝がん細胞株である CYP3A4 強制発現 HepG2(3A4-HepG2)は,CYP3A4 以外の薬物代謝系の酵素の発

現と活性は, HepG2 細胞と同じで非常に低いとと推測さ

れる。このことから,3A4-HepG2 細胞を導入した Bhas42細胞試験では,CYP3A4 が関与した化学物質の発がん性の

代謝活性化しか評価できないと考えられる。また,ヒト肝

がん細胞株では,薬物代謝系以外にも薬物排出系の機能発

現も低いことがある。従って,今後は,3A4-HepG2 細胞

から発がん性を持つ代謝物の培地中への排出についても

検討するとともに,CYP3A4 以外の薬物代謝酵素による化

学物質の発がん性を評価できる新たなヒト肝がん細胞株

の検討も行う。 【参考文献】 1. 山崎聖典,岡山大学医学部保健学紀要, 14,1-14 (2003). 2. Harris CC, Weston A, Willey JC, Trivers GE, Mann DL,

Environ. Health Perspect., 75, 109-119 (1987). 3. Creton S, Aardema MJ, Carmichael PL, et. al., Mutagenesis,

27, 93-101(2012). 4. Ohmori K., Sasaki K., Asada S., et al., Mutat. Res., 557,

191-202 (2004) 5. Asada S, Sasaki K, Tanaka N, et. al., Mutat. Res., 588,

7-21(2005). 6. Organisation for Economic Co-operation and Development

(OECD), GUIDANCE DOCUMENT ON THE IN VITRO BHAS42 CELL TRANSFORMATION ASSAY (2006).

7. Shimada T, Fujii-Kuriyama Y., Cancer Sci., 95, 1-6(2004). 8. Kuroki T, Drevon C, Montesano R., Cancer Res., 37,

1044-1050 (1977). 9. McCarvill JT, Lubet RA, Schechtman LM, Kouri RE,

Putman DL, Environ. Mol. Mutagen., 16, 304-310 (1990). 10. Sheu CJ, Lee JK, Rodriguez I,Randolph SC, Drug Chem.

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目次用

業 績 【原著論文】

1. Koizumi,T., Terada,T., Nakajima,K., Kojima,M., Koshiba, S., Matsumura,Y., Kaneda, K., Asakura,T., Shimizu-Ibuka, A., Abe, K., and Misaka, T. Identification of key neoculin residues responsible for the binding and activation of the sweet taste receptor Scientific Reports 5:12947. (2015)

2. Kamei,A., Watanabe,Y., Shinozaki,F., Yasuoka,A.,

Kondo,T., Ishijima,T., Toyoda,T., Arai,S., and Abe, K. Administration of a maple syrup extract to mitigate their hepatic inflammation induced by a high-fat diet : a transcriptome analysis. Biosci. Biotechnol. Biochem. 79(11):1893-7 (2015)

3. Kobayashi,Y., Miyazawa, M., Araki, M., Kamei, A., Abe,

K., Hiroi,T., Hirokawa,T., Aoki,N., Ohsawa,T., and Kojima,T. Effects of Morus alba L. (Mulberry) Leaf Extract in Hypercholesterolemic Mice on Suppression of Cholesterol Synthesis J Pharmacogn Nat Prod 2015, 1:2 (2015)

4. Oda, Y., Ueda, F., Utsuyama, M., Kamei, A.,

Kakinuma,C.,Abe,K., and Hirokawa,K. Improvement in Human Immune Function with Changes in Intestinal Microbiota by Salacia reticulata Extract Ingestion: A Randomized Placebo-Controlled Trial. PLoS One. 10(12):e0142909. doi:10.1371 (2015)

5. Yakushiji-Kaminatsui, N., Kondo,T., Endo, TA., Koseki, Y.,

Kondo., K., Ohara, O., Vidal, M., and Koseki, H. RING1 proteins contribute to early proximal-distal specification of the forelimb bud by restricting Meis2 expression. Development. 143(2):276-85. doi: 10.1242 /dev.127506. (2015)

6. Kondo,T., Ito,S., and Koseki,H. Polycomb in

transcriptional phase transition of developmental genes Trends Biochem Sci. 2016 Jan;41(1):9-19. doi: 10.1016 (2016)

7. Maeda, N., Ohmoto, M., Yamamoto, K., Kurokawa, A.,

Narukawa, M., Ishimaru, Y., Misaka, T., Matsumoto, I., and Abe, K. Expression of serotonin receptor genes in cranial ganglia. Neurosci Lett. (in press)

【総説】 1. 阿部啓子、Functional Food Science in Japan: Present State

and Perspectives. J Nutr Sci Vitaminol (2015) 【口頭発表】 1. Kamei, A., Watanabe, Y., Shinozaki, F., Arai, S., Abe, K.

Effects of dietary iron status on the gene expression profile in rat liver 12th Asian congress of nutrition (2015年 5 月 17 日神奈川)

2. 阿部啓子、近藤 隆、三坂 巧、安岡顕人、岡田晋治、

機能性食品とエピジェネティクス、ILSI Japan 第 7 回

「栄養とエイジング」国際会議(2015 年 9 月 29 日東

京) 3. 安岡顕人、篠崎文夏、亀井飛鳥、近藤 香、嶋田耕育、

渡部由貴、機能性食品とエピジェネティクス、食品開

発展(2015 年 10 月 9 日東京) 4. 近藤 隆、近藤 香、Topological transition of cis-regulatory

elements during transcriptional regulation of Meis2 gene and the roles of Polycomb factors スイス連邦工科大学

ローザンヌ校(EPFL)招待講演(2015 年 11 月 10 日

Lausanne, Switzerland ) 5. 近藤 隆、近藤 香、Topological transition of cis-regulatory

elements during transcriptional regulation of Meis2 gene and the roles of Polycomb factors フリードリッヒ・ミ

ーシェル研究所(FMI)招待講演(2015 年 11 月 12 日

Basel, Switzerland) 6. 近藤 隆、近藤 香、椙下紘貴、古関明彦、発生遺伝子

群のプロモーター制御において異性型 Polycomb 複合

体は従来型と異なる活性を持つ、第 38 回分子生物学

会(BMB2015)(2015 年 12 月 4 日神戸) 7. 安岡顕人、嶋田耕育、亀井飛鳥、篠崎文夏、近藤 香、

近藤 隆、三坂 巧、岡田晋治、阿部啓子、機能性食品

とエピジェネティクス、第 38 回分子生物学会

(BMB2015)(2015 年 12 月 4 日神戸) 8. 篠崎文夏、阿部 岳、亀井飛鳥、渡部由貴、安岡顕人、

嶋田耕育、近藤 香、荒井綜一、熊谷弘太、近藤 隆、

阿部啓子、疑似スズメバチ幼虫由来アミノ酸混合溶液

投与による肝臓および脂肪組織におけるトランスク

KAST 平成27年度研究概要 2016.7.26- 67 -

Page 29: 未病改善食品評価法開発プロジェクト - KISTEC€¦ · 未病改善食品評価法開発プロジェクト プロジェクトリーダー 阿部 啓子 【基本構想】

リプトームの協調調節、日本農芸化学会 2016 年度大

会(2016 年 3 月 28 日 札幌) 【その他】 1. 亀井飛鳥、メープルシロップエキスは高脂肪食に起

因する肝臓の炎症を緩和する、Kawasaki SkyFront i-Newsletter, Vol.5, October 2015 にてリサーチハイラ

イトとして掲載 (2015) 2. 亀井飛鳥、メープルシロップが肝炎を緩和する可能

性を発見、Kawasaki INnovation Gateway (2015)

KAST 平成27年度研究概要 2016.7.26- 68 -