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55 日本の成長産業における レアメタルの消費構造 —重要素材に関するマテリアルフロー調査—(その2) 希少金属備蓄部 企画課 大久保 聡 はじめに 本調査では、日本が世界で優位性を持つ産業や今後成長が見込まれる産業を対象として、各対象産業に使用される 素材・部材でレアメタルを含むものに焦点を当て、そのレアメタル含有率、対象産業の国内全体の素材使用量を把握 しレアメタルに着目した各対象産業のエンドユースを基点とするマテリアルフローを作成し、各対象産業のレアメタ ル使用実態を明らかにすることを試みた。第1回目(金属資源レポート2011年11月号P63-73 http://mric.jogmec.go.jp/ public/kogyojoho/2011-11/MRv41n4-06.pdf)では日本が世界で高い競争力を持つ電気・電子機器産業を取り上げた。今 回は第2回目として日本産業の基幹でありながら金属消費構造が十分につかめていないスーパーアロイを含む製鋼業 を中心としてそれに関連する航空産業、宇宙産業を対象とした調査内容についてレビューする。なお、本調査は、平 成22年度に株式会社矢野経済研究所に委託して実施した。 1. 製鋼業のレアメタル使用概況 製鋼業で製造されている鉄鋼製品は、鋼材の種類、 製法、用途によって鋳鉄、鋳鋼、鍛鋼、熱間圧延鋼、 冷間仕上げ鋼に分類される。マテリアルフローに関し てはこれら鉄鋼製品のうち、熱間圧延鋼、冷間仕上げ 鋼の中からNiCrといったレアメタルの添加率が他の 鉄鋼製品より高く、レアメタルの需給に大きな影響を 及ぼすと思われるステンレス鋼を含む特殊鋼を対象と した。また、鉄鋼製品という分類には含まれないが、 ステンレスと同様にレアメタル添加率が非常に高く、 航空機部品等の耐熱部品としてニーズのあるスーパー アロイ(高合金鋼)についても、レアメタル需給の今後 の影響度を考慮してレアメタル需要量の定量的把握と マテリアルフローの調査対象とした。 特殊鋼、スーパーアロイ向けにおよそCrMnNiMoなどレアメタル(一次原料起源)を純分換算で年間 合計60万t弱(2009年ベース)消費している。その内訳 は、図1に示したとおり。その他成分としては消費量 が多い順にNbVTiCoWが用いられる。なお、 これらレアメタル消費量は一次原料ベースであり、鉄 スクラップ起源のレアメタルは含まない。なお、世界 的な景気低迷の影響により2009年の消費量は例年の 80%程度のレベルである。 なお、成分比率・生産量から推定した普通鋼、特殊 鋼、スーパーアロイ向けのレアメタル消費量とのギャ ップは例えばCrの場合は純分ベースで約28万t程度で あり、 Cr系のステンレスは約20%のCrを含むことから、 このギャップはCr源として見るとCr系ステンレススク ラップ約140万tに相当する。なお、文中の数値、グ ラフのデータは特記がない限り矢野経済研究所による 推計で、2010年ベースである。 スクラップなど(工程くず含む)からのレアメタルの リサイクル率は、今回の調査でのヒアリングより、ス テンレスの場合、30~50%程度、スーパーアロイの場 合50~60%程度と推定される。 1-1. 鉄鋼製品の種類と機能 各種鉄鋼製品はその特性の違いから、詳細な用途や 目的に応じたJIS規格がある。代表的なJIS鋼種の概略 を表1に示す。 また、鉄鋼製品の中でも普通鋼や特殊鋼に含まれな いものとしてスーパーアロイ(超合金)がある。スーパ ーアロイは航空機や発電所用の材料として使用され、 高度な耐熱性と耐食性などの機能を付与するものであ る。 図1. 製鋼業でのレアメタル使用内訳 552012.5 金属資源レポート 調

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日本の成長産業におけるレアメタルの消費構造—重要素材に関するマテリアルフロー調査—(その2)

希少金属備蓄部 企画課 大久保 聡

はじめに本調査では、日本が世界で優位性を持つ産業や今後成長が見込まれる産業を対象として、各対象産業に使用される

素材・部材でレアメタルを含むものに焦点を当て、そのレアメタル含有率、対象産業の国内全体の素材使用量を把握しレアメタルに着目した各対象産業のエンドユースを基点とするマテリアルフローを作成し、各対象産業のレアメタル使用実態を明らかにすることを試みた。第1回目(金属資源レポート2011年11月号P63-73 http://mric.jogmec.go.jp/

public/kogyojoho/2011-11/MRv41n4-06.pdf)では日本が世界で高い競争力を持つ電気・電子機器産業を取り上げた。今回は第2回目として日本産業の基幹でありながら金属消費構造が十分につかめていないスーパーアロイを含む製鋼業を中心としてそれに関連する航空産業、宇宙産業を対象とした調査内容についてレビューする。なお、本調査は、平成22年度に株式会社矢野経済研究所に委託して実施した。

1. 製鋼業のレアメタル使用概況製鋼業で製造されている鉄鋼製品は、鋼材の種類、製法、用途によって鋳鉄、鋳鋼、鍛鋼、熱間圧延鋼、冷間仕上げ鋼に分類される。マテリアルフローに関してはこれら鉄鋼製品のうち、熱間圧延鋼、冷間仕上げ鋼の中からNi、Crといったレアメタルの添加率が他の鉄鋼製品より高く、レアメタルの需給に大きな影響を及ぼすと思われるステンレス鋼を含む特殊鋼を対象とした。また、鉄鋼製品という分類には含まれないが、ステンレスと同様にレアメタル添加率が非常に高く、航空機部品等の耐熱部品としてニーズのあるスーパーアロイ(高合金鋼)についても、レアメタル需給の今後の影響度を考慮してレアメタル需要量の定量的把握とマテリアルフローの調査対象とした。特殊鋼、スーパーアロイ向けにおよそCr、Mn、Ni、

Moなどレアメタル(一次原料起源)を純分換算で年間合計60万t弱(2009年ベース)消費している。その内訳は、図1に示したとおり。その他成分としては消費量が多い順にNb、V、Ti、Co、Wが用いられる。なお、これらレアメタル消費量は一次原料ベースであり、鉄スクラップ起源のレアメタルは含まない。なお、世界的な景気低迷の影響により2009年の消費量は例年の80%程度のレベルである。なお、成分比率・生産量から推定した普通鋼、特殊

鋼、スーパーアロイ向けのレアメタル消費量とのギャップは例えばCrの場合は純分ベースで約28万t程度であり、Cr系のステンレスは約20%のCrを含むことから、このギャップはCr源として見るとCr系ステンレススク

ラップ約140万tに相当する。なお、文中の数値、グラフのデータは特記がない限り矢野経済研究所による推計で、2010年ベースである。スクラップなど(工程くず含む)からのレアメタルのリサイクル率は、今回の調査でのヒアリングより、ステンレスの場合、30~50%程度、スーパーアロイの場合50~60%程度と推定される。

1-1. 鉄鋼製品の種類と機能各種鉄鋼製品はその特性の違いから、詳細な用途や目的に応じたJIS規格がある。代表的なJIS鋼種の概略を表1に示す。また、鉄鋼製品の中でも普通鋼や特殊鋼に含まれないものとしてスーパーアロイ(超合金)がある。スーパーアロイは航空機や発電所用の材料として使用され、高度な耐熱性と耐食性などの機能を付与するものである。

図1. 製鋼業でのレアメタル使用内訳

(55)2012.5 金属資源レポート

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日本の成長産業におけるレアメタルの消費構造─重要素材に関するマテリアルフロー調査─(その2)

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1-2. レアメタルの含有率(原単位)JIS鋼種のうち、レアメタル含有率が高いものは、

SKD(合金工具鋼)、SKH(高速度工具鋼)とステンレス鋼であり、その他のJIS鋼種では脱酸・硫用とみられるMn、Crが1%程度含まれる場合もある。例えば、Cr系ステンレス(SUS430)の場合、Cr 18%、Mn 1%程度が、Cr-Ni系ステンレス(SUS304)Cr 20 %、Ni

10%、Mn 2%程度が含まれ、スーパーアロイでは品種によるが、Niの含有率が高くなり(高いもので60%以上)、その他にMo、Co、Wが含まれるのが特徴である。

1-3. レアメタルマテリアルフロー1-3-1. サプライチェーンの特徴ここでは特殊鋼の中でもレアメタル需要に大きな影響を及ぼすステンレス鋼(鋼板)及びスーパーアロイを対象としている。ステンレス鋼の主要なレアメタルについてそのマテリアルフローを図2に示す。今回の調査ではステンレス鋼の生産量、レアメタル含有率、製造プロセスでの歩留まりを勘案して最終的に使用量を推定した。また、ステンレスの場合は他の特殊鋼と異なりスクラップの流通ルートが確立されていることから、スクラップのリターン材も考慮した。製造プロセスにおける歩留まりについてはメーカー各社によってその割合が異なるが、一般的に普通鋼に比べると若干低くなっていると推測される。今回の調査ではステンレス鋼の歩留まりを85%と設定している。スクラップに関しては電気炉メーカー向けがほとんどである。ステンレススクラップは一般の鉄スクラップに比べると高値で取引され流通しやすい傾向にあることが、スクラップ比率を高めている要因にもなっている。

鋼種(形状) JIS熱間(形鋼・棒・線材) SS400

普通鋼熱間(板・帯) SPHC

冷間仕上げ(板・帯) SPCC

冷間仕上げ(めっき) SGHC

炭素工具鋼 SK85

特殊鋼合金工具鋼

SKD61SKD11

高速度工具鋼SKH51

SKH55

機械構造用炭素鋼S45C

S25C

特殊鋼 SCM440

構造用合金鋼 SCr420H

SNCM625

ばね鋼 SUP9

軸受鋼 SUJ2

鋼種(形状)

特殊鋼

ステンレス鋼

Cr系Cr-Mo系Cr-Mn系Cr-Ni系Cr-Ni-Mo系

快削鋼ピアノ線材高抗張力鋼

鋼種(形状)

スーパーアロイ

耐熱合金Fe基合金Ni基合金Co基合金

耐食合金Fe基合金Ni・Cr・Mo系Ni・Cu系

図2. 製鋼業(ステンレス)におけるマテリアルフロー

表1. 主要鉄鋼製品における代表的鋼種の概略

(出典:矢野経済研究所作成)

(56)2012.5 金属資源レポート

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日本の成長産業におけるレアメタルの消費構造─重要素材に関するマテリアルフロー調査─(その2)

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ここでいうスクラップとは、鋼材を製造する過程からの自家発生スクラップ(いわゆる工程くず、歩留りを決定する)、鋼材から部品を製造する際に発生する加工スクラップ、自動車・家電など最終製品からの老廃スクラップを示す。また、スーパーアロイにおけるマテリアルフローを

図3に示す。スーパーアロイの場合は需要量そのものが小さいこ

1-3-2. 重要レアメタルの需要予測(2015年)参考まで、ステンレス生産に大きく関連すると考え

られる日本の粗鋼生産のこれまでの推移を図4に占めす。ここ数年日本の粗鋼生産は世界的な景気低迷の2009年以外は年産1億tのレベルで推移しており、大きく変化していない。今後も、このような状況が継続すると考えられる。同様に、ステンレス鋼を含む特殊鋼の生産量も大きな変化はないと推定される。

① 材料構成及びレアメタルの使用状況の変化ステンレス鋼以外の特殊鋼ではレアメタル成分の変

と、スーパーアロイメーカーの製造プロセスの自家発生スクラップ(部材の形状が複雑なため、発生する工程くずが多い)の比率が高いことから、すべてのスクラップを含めたスクラップの比率は約50%を占めているものと考えられる。スーパーアロイの国内生産量は1万t程度で、これ以外に海外からの輸入品もあるが詳細は不明である。

更、追加といった顕著な動きは今のところない。また、ステンレス鋼に比べると生産量が少なく、レアメタルの添加率も低いため、変動要因として小さいと考えられる。ステンレス鋼ではCr-Ni系、Cr-Ni-Mo系ステンレスでNiは10~15%含有されており、場合によっては20%近い鋼種も存在している。ただし、ステンレスメーカーの多くは価格変動が大きいNiを使用しない方向での製品戦略を既に進めており、将来的にはNi系ステンレスの一部がCr系やCr-Mo系に置き換わる可能性もあり、Ni消費量が減少すると推定される。スーパーアロイではNi、Co、Cr、Moが主な添加レアメタルであり、それ以外にNb、Ti等が含まれている。また、スーパーアロイの種類としては含有成分によってFe基、Ni基、Co基と大きく3つのカテゴリーがある。Fe基の場合、Feがベースとなっているが、Fe以外にNi

が20~40%、Crも15~20%含有されている。Ni基の場合はNiが全体の50~80%と圧倒的に多くなっている。また、Co基の場合もCoが50%以上の比率となっている。日本の場合、現在、スーパーアロイ全体の約75%がNi基ベースとなっている。スーパーアロイの場合、需要分野・用途が限定されており、今後も既存の需要分野が中心となっていくものと考えられることから、レアメタルの使用状況に大きな変化はないものと考えられる。

図3. スーパーアロイにおけるマテリアルフロー

(出典:WSA)

図4. 日本粗鋼生産の推移

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日本の成長産業におけるレアメタルの消費構造─重要素材に関するマテリアルフロー調査─(その2)

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② レアメタルの需要予測ステンレス鋼以外の特殊鋼はレアメタルの添加率に

変化がなく、また、製造歩留まりについてはステンレスを含め特殊鋼全体において変化がないものとして予測を行った。ステンレス鋼のレアメタル添加率については、Ni系(Cr-Ni、Cr-Ni-Mo系)のシェアが現状60%近くあるのが、2015年には全体の50%以下まで減少するとした。スーパーアロイについては今後もレアメタル成分については大きな変化がないものとみて予測を行った。2010年の消費量=1とした主要なレアメタルの2015年の消費量の指標は図5のとおり。前述のとおり、消費量に大きな変化はないと予測される。

2. 航空機産業現在わが国の航空機産業の主流で今後の需要拡大が

見込まれる民間航空機を調査対象とした。航空機の構成要素は、一般的に機体、エンジン、電子機器に区分される。飛行に利用する電子機器については、「航空(アビエーション)」と「電子機器(エレクトロニクス)」を合成した「アビオニクス」という特殊な分野が形成されている。機体、エンジン材料については、公共規格が整備さ

れているのに対し、半導体やヒートシンク、コンデンサ、各種表示装置部品などから構成されるアビオニクスについてはメーカー各社が独自の規格を採用し公開される情報が少なく、使用されているレアメタルやその割合についての調査が極めて困難な状況にある。そこで、今回のレアメタルの使用実態およびマテリ

アルフロー調査においては、機体およびエンジンを中心とする構造材料に対象を絞って調査を実施することとした。

2-1. レアメタル使用概況米国ボーイング(The Boeing Company)との共同量産

体制の下、日本では、航空機としてB777とB787の多くの部品が生産されている。B777では日本企業がプログラムパートナーとして21%のワークシェアを、B787では日本企業のワークシェアが35%有し、各航空機メーカーがそれぞれの機体部分を担当している。航空機産業では、その部位に求められる軽さ・強度、

耐熱性により、機体にアルミ合金(合金ベースで年間3,000t程度の需要)とチタン合金(合金ベースで、エンジン向けと合わせて年間500t程度の需要)、エンジンに耐熱合金(スーパーアロイ:合金ベースで年間1,000t程度の需要)、チタン合金、降着装置システムには高張力鋼、ステンレス鋼が合わせて年間250t程度使用されている。これら材料は公共規格(SAE/AMS

規格)に基づいたものである。なお、機体は炭素繊維とアルミ合金との複合材料が多い。アルミ合金はMn、Crを含み、耐熱合金はNi、Cr、Co、Ta、Nb、W、Reを、チタン合金はTi、Vを含む。

2-1-1. 機体向けレアメタル使用状況① 構成部品と使用材料機体材料は長らくアルミ合金が主体であったが、最近は複合材料の採用が増加している。B777では構成比重量の約70%がアルミ合金であったのに対して、B787では約20%まで低下している。原油価格の高騰の影響でB787では軽量化を飛躍的に進められた。

B777などの量産機の機体に使用されるアルミ合金は、ジュラルミン(AlとCuとMgの合金)の改良材であり、Mn、Zn、Cr、Zrが必要に応じて添加される。また耐食性、耐熱性が必要とされる機体部位にはTi、Al、Vの合金であるチタン合金が使用される。

② レアメタルの含有量(原単位)機体重量、各合金の使用比率、日本企業のワークシェアなどから推定すると、B777の場合で、1機体(110t)当たりMn約40kg、Zr約20kg、V約20kg、Ti約500kg

程度使用されているとみられる。なお、機体構造材料は機械加工後の歩留まりが悪く、

アルミ合金、チタン合金ともに約10%と推計される。

③ 生産規模とレアメタルの需要量機体の年間生産数量については、B777は概算平均の80機程度と推計した。1機あたりのレアメタル使用量、歩留り、年間生産機数を考慮すると、日本国内の機体向けレアメタル使用量はMn約35t、Zr約16t、V

約25t、Ti約560tと推定される。この中にはB787向け使用量も含まれる。なお、機体構造材料はアルミ合金で約84%、チタン合金については約80%を輸入材に依存していると推定されることから、国内調達分は、この1/5程度の数値となる。

2-1-2. エンジン向けレアメタル使用状況① 構成部品と使用材料航空エンジンは、ターボファン・エンジンが近年主流となっている。ターボファン・エンジンは、ファンから圧縮機までのコールド・セクションと燃焼器からタービンまでのホット・セクションに分かれている。コールド・セクションではチタン合金が、ホット・セクションでは耐熱合金が中心に使用されている。

図5. 製鋼業におけるレアメタル使用量予測(2010年使用量=1)

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日本の成長産業におけるレアメタルの消費構造─重要素材に関するマテリアルフロー調査─(その2)

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チタン合金は、約550℃以下の環境では最も比強度の高い金属材料として、ファンや圧縮機のディスク、ブレード、フレーム、ケースなどに使用される。使用されるレアメタルとしてはTiのほか、V、Zr、Moなどである。耐熱合金は、圧縮機後段以降の高温部に使用され、なかでも高温強度の優れたニッケル基合金が多い。エンジンの高性能化に伴い、1,000℃以上の燃焼ガスにさらされるタービンや、それらを支えて高速回転に耐えるタービンディスクには、耐熱性の高い合金が求められる。使用されるレアメタルとしてはNiのほか、Co、Cr、Ta、Nb、Re、Moなどが挙げられる。レアメタル含有率は例えばニッケル基合金で、Ni約

70%、Co、Crが10%以下で、その他の金属が5%以下で、チタン合金でTi80%以上、Mo、Zr、Vが数%程度とみられる。

② レアメタルの含有量(原単位)主要なエンジンの重量(概算平均)と主な構成合金の

適用比率、日本企業のワークシェアなどから、エンジン1台あたりの各レアメタル含有量を推計すると、Ni

が約60~300kg、Crが7~80kg、Coが8~30kg、Tiが20~500kgとエンジンの種類により幅があることがわかる。なお、エンジン部品に採用されているチタン合金、ニッケル基合金の歩留まりは概ね20%と推計される。

③ 生産規模とレアメタルの需要量各種のエンジンの年間生産数量、レアメタル含有量、

生産工程における歩留まり(20%)から、エンジンにおけるレアメタルの年間需要量を推計すると、Ni、Tiが約1,800t、Crが約300t、Coが100t、Ta、V、Mo、Wが70t前後となっている。ターボファン・エンジンの構成部品材料はチタン合金80%、ニッケル基合金60%強を輸入材に依存していると考えられ、国内調達分はこの数値の1/5~1/2程度と推定される。なお、機体、エンジン以外の航空機部品の降着装置

には、低合金系炭素鋼など高張力鋼が用いられ、Ni、 V、Mnが含まれるが、含有率が3%以下と低いこと、需要の年間規模が航空機向け全体で数十t程度であること、国内調達率が10%と低いことなど、レアメタル消費量としては大きくないため省く。航空機向けレアメタル使用内訳は図6のとおり。

2-2. レアメタルマテリアルフロー2-2-1. サプライチェーンの特徴航空機の素材には、アルミ合金、チタン合金、特殊鋼(高張力鋼、ステンレス鋼)、耐熱合金(超合金)などが使用されている。民間航空機産業が欧米を中心に発展した経緯もあり、素材についても開発・製造能力において欧米企業が圧倒的に優位な状況にある。日本国内で生産されている機体向けのアルミ合金は国産率が15~16%で米国を始めとする海外からの輸入に依存している。代表的なメーカーは米国のAlcoaである。国内企業にとっては、大型の専用設備の導入や国際規格の取得などに係る多額の投資が負担となり、限られた国内需要では採算が合わないとの見方が強い。チタン合金は、機体、エンジン、降着装置に幅広く利用されており、展伸材の国産率は20%程度とみられる。但し、中間原料の金属チタン(スポンジチタン)については、国内で約25,000t生産されており、その内、約37%が主として航空機用に輸出されている。日本製のスポンジチタンは、特に品質管理が行き届いているため、米国では高品質の航空機用途で需要が高いとされる。また、主にエンジン部品に使用されるチタン合金に欠かせない中間原料の金属バナジウムについては、アルミバナジウム合金として輸入されており、世界のトップメーカーは米国のSTRATCORである。特殊鋼は、主に降着装置とフライト・コントロール・アクチュエーターに使用されている。国産率は10~15%で、需要の大半が輸入材となっている。航空機産業におけるマテリアルフローを図7、8に示す。

2-2-2. 重要レアメタルの需要予測(2015年)(1)材料構成及びレアメタルの使用状況の変化機体では、複合材の適用拡大の一方で、アルミリチウム合金がエアバス機を中心に採用され始めている。しかし、開発の中心が欧米メーカーであることから、国内のレアメタルの需給に大きな変化はないものと予想される。エンジンでは、タービン翼に使用されるニッケル基合金が世代を追うごとに、希少なレニウムの添加量が増加している。そのため、GEはコストや調達に関するリスクを下げるため、今後はレニウムの使用量を削減していくことを公表しており、レニウム添加率1/

2にした素材を開発している。

(2)レアメタルの需要予測世界の民間航空機市場は年率5%の成長が見込まれることから、使用される材料についても同様の需要拡大が予想される。製造プロセスの変化や歩留まりの向上に関しても、材料開発と並行して改良が加えられているが、すでに成長限界に達しており、5~10年で劇的な変化は望めないものと思われる。図6. 航空機産業でのレアメタル使用状況

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日本の成長産業におけるレアメタルの消費構造─重要素材に関するマテリアルフロー調査─(その2)

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なお、2009~2010年にかけてのレアメタル需要は、2008年のリーマン・ショックに端を発した世界的な経済不況に加え、航空機産業ではB787の度重なる納入延期に伴う減産もあり、大幅に減少した。2010年の消費量=1とした2015年のレアメタル消費予測を図9に示す。

図8. 航空機産業におけるマテリアルフロー(その2)

図9. 航空機産業におけるレアメタル使用量予測  (2010年使用量=1)

図7. 航空機産業におけるマテリアルフロー(その1)

(60)2012.5 金属資源レポート

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3. 宇宙産業3-1. 宇宙関連機器(ロケット)のレアメタル使用概況宇宙関連機器でレアメタルに関連するものとしては

ロケット、人工衛星などの構体に使用される各種材料のほか、電子デバイス(アビオニクス機器)などが挙げられる。しかし、中心となる姿勢制御装置や電源系統などを管理するアビオニクス機器は米国製のものが多く、ブラックボックス化されているケースが多々あり、搭載個数も限られるため、ここでは、ロケットの構体および主要部品に使用されている材料についてレアメタルの使用実態を明らかにする。表2にロケットの主な構成部品および部品/材料の一覧を示す。なお、人工衛星については、構体の一部にアルミ合

金が使用されているほか、熱制御部品などにもレアメタル材料(ITOなど)が利用されているが、衛星重量に占める金属材料のウエイトはごく一部であること、細かな部品単位で重量を特定できないことから、人工衛星はレアメタル需要量の算出対象から除いている。

3-1-1. 構成部品と使用材料現在運用中の国産ロケットはH-ⅡA、H-ⅡBの2種類である。ロケットは衛星フェアリング、第1段ロケット、第

2段ロケット、固体ロケットブースタといったコンポーネンツに大別される。衛星フェアリングは大気圏に突入する際の過酷な環

境からロケット本体を守るもので、大気圏離脱後は分離される。フェアリングの材料はアルミ合金、カーボン繊維強化プラスティック(CFRP:Carbon Fiber

Reinforced Plastic)の積層構造が採られている。第1段・第2段ロケットはその名の通り推進力を生

み出すブースタで、H-ⅡA、H-ⅡBともに液体燃料ロケットエンジンが搭載され、推進薬(液体燃料)のタンクとエンジンから構成されている。

主要なエンジン部品はNi基合金(スーパーアロイ)が採用されている。極低温から650℃程度の高温まで強度が高く、溶接性の点でも優れることから、ロケットエンジンでは代表的な材料である。推進薬タンクは極低温の液体水素、液体酸素を収納するため、低温特性に優れるアルミ合金が標準材として用いられている。このほか、推進薬を圧送するための気蓄器などの高圧ガス容器は、溶接可能で靭性に優れ、かつ比強度の高いチタン合金が多く使用されているが使用量は多くない。

3-1-2. レアメタルの含有量(原単位)ロケットではアルミ合金、Ni基合金を中心にCo基合金やチタン合金、クロモリ鋼など様々な材料が使用されており、これら材料に含有しているレアメタルも多岐に亘るが、細かな部品単位で使用材料、部品重量が特定できないことから、ここでは主要なものとして推進薬タンクに使用されるアルミ合金及びエンジン部品で多用されるNi基合金に限定し、レアメタルの含有量を算出する。主要コンポーネンツ毎の重量からそれぞれの推進薬タンク、エンジン部品の重量を、H-ⅡA=推進薬タンク:約10t、エンジン部品:約4tと算出している。また、部品製造時の歩留まりは航空機の例を参考に10%と条件付け、構成材料のレアメタル含有比率と部品数及び重量からロケット1台当りのレアメタル使用量を算出した。これによると、H-ⅡAで使用量の最も多いレアメタ

ルはNiとなり、次いで、Cr、Nbとなる。Niで約25t使用されている。ただし、宇宙機器では材料を海外から調達しているケースも少なくないものとみられるため、これがそのまま国内での需要量になるとは言い切れないが、仮にロケットの生産台数をベースにレアメ

表2. ロケットの主な構成部品および部品/材料

(出典:矢野経済研究所作成)

構成部品 部品/材料

構造体

衛星フェアリング フェアリング、先端部など CFRP、アルミ合金段間部 CFRP

第2段エンジン推進薬 アルミ合金エンジン Ni基合金などその他機構部品 超耐熱合金、チタン合金など

センターボディセクション アルミ合金

第1段エンジン推進薬 アルミ合金エンジン Ni基合金などその他機構部品 超耐熱合金、チタン合金など

補助エンジン CFRP、アルミ合金など

アビオニクス機器(電子制御系)

誘導計算機、慣性計測装置指令破壊システムレートジャイロパッケージテレメトリ(VHF、UHF)Cバンドトラッキング指令破壊コマンド受信機電力供給装置(リチウムイオン電池)

マルチチップCMOS宇宙用MPU(64bit)nチャネルパワーMOSFET周波数コンバータユニットコンデンサ、トランスコイルセンサ(白金温度センサ等)プリント配線基板

(61)2012.5 金属資源レポート

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日本の成長産業におけるレアメタルの消費構造─重要素材に関するマテリアルフロー調査─(その2)

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タルの需要量を算出する。

3-1-3. 生産規模とレアメタルの需要量2010年ではH-ⅡA:2機の打ち上げ実績があるため、

単純な計算ではH-ⅡA2機分のレアメタル需要量があったと言うことができる。ロケット及びその構成部品は製造期間が長く、材料レベルまで含めると、必ずしも打ち上げ実績と同一の期間に需要が発生するわけではない。ここ10年の打ち上げ実績をみても、おおむね安定して年間2~3機の実績がある。そのためH-ⅡA:2機に使用されるレアメタルを年間需要量と仮定した。その内訳は図10のとおり。

3-2. レアメタルマテリアルフロー3-2-1. サプライチェーンの特徴

H-ⅡA、H-ⅡBロケットはロケットメーカーが宇宙航空研究開発機構(JAXA)との共同開発に基づき、各コンポーネンツ(エンジン、推進薬タンクのレベル)の開発製造を関連企業が請け負う体制を採っている。開発製造に際しては、JAXAが決定した仕様に基づき管理するが、部品によっては材料指定のないものもあり、

加工メーカーが仕様に対応した材料を独自に選択し使用しているケースもあるとみられる。また、部品レベルでも海外から輸入されている場合がある。JAXAではロケットや人工衛星などに使用する基幹部品の国産化を強化する意向である。図11に宇宙産業におけるマテリアルフローを示す。

3-2-2. 今後の需要予測宇宙関連部品は開発費が嵩む一方、需要が官需中心となるため、採算の合わないものも少なくない。実際、日本航空宇宙工業会がまとめた統計データによると、宇宙機器関連売上高は2002年を境に大きく減少。その後、徐々に回復してはいるものの、2020年までの期間に既存のマテリアルフロー及びレアメタル需要量が大きく変化するような要因はあまり見当たらないと考えられる。

おわりに本連載では、これまで、主要な日本の成長産業でのレアメタル使用状況の概観、電子産業でのレアメタル使用状況及び今後の傾向につき触れ、今回は日本の主幹産業である鉄鋼産業を中心とした産業界での使用状況・今後の傾向を、定量的というよりはむしろ、産業でレアメタル使用の流れが分かりやすくすべく、むしろ定性的に明らかすることを心がけ記載した。なお、調査内容が、データに陳腐化がみられること、2011年3月の大震災による情勢変化を十分に反映していないことから、不確定要素が大きいロボット産業、超電導産業、原子力産業、また、レアメタル使用規模がさほど大きくないライフサイエンス産業、また、別稿で詳細につき述べた自動車産業については割愛させて頂く。

(2012.3.20)

図11. 宇宙産業におけるマテリアルフロー

図10. 宇宙産業でのレアメタル使用状況

(62)2012.5 金属資源レポート

連載

日本の成長産業におけるレアメタルの消費構造─重要素材に関するマテリアルフロー調査─(その2)