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付加体地域の道路斜面にみられる岩石の風化形態とその考察 ~常呂帯仁頃層群分布地域での調査事例~ Appearance of Rock Weathering Process on Road Slopes in Accretionary Complex - Study on the Nikoro Group of Tokoro Belt - 岡﨑 健治 * 伊東 佳彦 ** 榊原 正幸 *** 中川 伸一 **** 日外 勝仁 ***** Kenji OKAZAKI, Yoshihiko ITO, Masayuki SAKAKIBARA, Shinichi NAKAGAWA, and Katsuhito AGUI 粘土鉱物であるスメクタイトは吸水膨張等により岩石の劣化を促進させるため、その分布や性状を 把握することは、道路斜面の安定性の評価や斜面対策の実施上、きわめて重要である。付加体の緑色 岩中にはスメクタイトを含む場合があるが、その形成及び風化過程は十分解明されていない。今回、 緑色岩における同過程の解明を目的に、詳細なコア観察とX線回折分析やEPMA等による鉱物試験 を一般国道333号の斜面で掘削されたボーリングコアを対象に実施した。地質は付加体である常呂帯 仁頃層群の緑色岩類である。 調査の結果、同緑色岩は新鮮部においてもスメクタイト成分を含む緑泥石が確認され、地山深部の せん断面沿いでは緑泥石中のスメクタイト成分が多いことが判明した。さらに、地表付近では、スメ クタイト成分の増加は4面体及び8面体イオンの減少によって進むのに対し、せん断面沿いでは層間 陽イオンの価数増加によって進むことが判明し、両部分では岩石の風化過程が異なることが判明した。 以上のことから岩盤劣化の過程は次のように考えられる。緑色岩にはスメクタイト成分を含有する 多数の潜在せん断面が分布しており、地山の隆起等で地表に近くなるとせん断面が顕在化する。そし て、スメクタイト化が急速に進行し、他の岩盤より地山深部まで急速に劣化が進む。このことが付加 体緑色岩地域の斜面の劣化過程、さらには岩盤崩壊機構を規制していると考えられる。 《キーワード:付加体;緑泥石;スメクタイト;道路斜面;岩盤風化》 The estimation of distribution and property of smectite, which depraves rock condition by swelling, is very important for the evaluation of road slope stability and its countermeasure. As green rock in accretionary complex sometimes contains smectite, the process of its formation and weathering is not fully clarified. Aiming to clarify the process, detailed core observation and mineralogical investigation by X-ray diffraction and EPMA is performed for boring cores on road slopes along National Highway 333 in Kitami City, Hokkaido, where the geology is composed of green rock of Nikoro Group in Tokoro Accretionary Belt. As the result of investigation, it is found that the green rock in Nikoro Group contains chlorite and smectite even in the fresh and sound part, and that the smectite element in chlorite is higher along sheared zone than in normal zone in deeper part of the rockmass. The increase of smectite element of chlorite is found to proceeds by the decrease of tetrahedron and octahedron ion beneath the slope surface. On the otherhand, the process is found to proceed by the increase of ionic charge number of interlayer cation along the shear zone. The process supported by the investigation is as follows. Latent shear zone, which is thought to be much distributed even in fresh part of accretionary green rock, becomes the actual by ground upheaval. Then, smectite, which is originally and fairly distributed, increases rapidly along the shear zone even in the deeper part than normal ground. The process is thought to subject the process of slope deterioration, and furthermore, the mechanism of slope failure. 《keywords: accretionary complex; chlorite; smectite; road slope; bedrock weathering》 報 文 寒地土木研究所月報 №636 2006年5月 23

付加体地域の道路斜面にみられる岩石の風化形態とその考察 ...1.はじめに 平成13年10月4日に一般国道333号北見市北陽で発 生した斜面災害は、これまで北海道内で発生した大規

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  • 付加体地域の道路斜面にみられる岩石の風化形態とその考察~常呂帯仁頃層群分布地域での調査事例~

    Appearance of Rock Weathering Process on Road Slopes in Accretionary Complex- Study on the Nikoro Group of Tokoro Belt -

    岡﨑 健治 * 伊東 佳彦 ** 榊原 正幸 *** 中川 伸一 **** 日外 勝仁 *****

    Kenji OKAZAKI, Yoshihiko ITO, Masayuki SAKAKIBARA,

    Shinichi NAKAGAWA, and Katsuhito AGUI

     粘土鉱物であるスメクタイトは吸水膨張等により岩石の劣化を促進させるため、その分布や性状を把握することは、道路斜面の安定性の評価や斜面対策の実施上、きわめて重要である。付加体の緑色岩中にはスメクタイトを含む場合があるが、その形成及び風化過程は十分解明されていない。今回、緑色岩における同過程の解明を目的に、詳細なコア観察とX線回折分析やEPMA等による鉱物試験を一般国道333号の斜面で掘削されたボーリングコアを対象に実施した。地質は付加体である常呂帯仁頃層群の緑色岩類である。 調査の結果、同緑色岩は新鮮部においてもスメクタイト成分を含む緑泥石が確認され、地山深部のせん断面沿いでは緑泥石中のスメクタイト成分が多いことが判明した。さらに、地表付近では、スメクタイト成分の増加は4面体及び8面体イオンの減少によって進むのに対し、せん断面沿いでは層間陽イオンの価数増加によって進むことが判明し、両部分では岩石の風化過程が異なることが判明した。 以上のことから岩盤劣化の過程は次のように考えられる。緑色岩にはスメクタイト成分を含有する多数の潜在せん断面が分布しており、地山の隆起等で地表に近くなるとせん断面が顕在化する。そして、スメクタイト化が急速に進行し、他の岩盤より地山深部まで急速に劣化が進む。このことが付加体緑色岩地域の斜面の劣化過程、さらには岩盤崩壊機構を規制していると考えられる。《キーワード:付加体;緑泥石;スメクタイト;道路斜面;岩盤風化》

     The estimation of distribution and property of smectite, which depraves rock condition by swelling, is very important for the evaluation of road slope stability and its countermeasure. As green rock in accretionary complex sometimes contains smectite, the process of its formation and weathering is not fully clarified. Aiming to clarify the process, detailed core observation and mineralogical investigation by X-ray diffraction and EPMA is performed for boring cores on road slopes along National Highway 333 in Kitami City, Hokkaido, where the geology is composed of green rock of Nikoro Group in Tokoro Accretionary Belt. As the result of investigation, it is found that the green rock in Nikoro Group contains chlorite and smectite even in the fresh and sound part, and that the smectite element in chlorite is higher along sheared zone than in normal zone in deeper part of the rockmass. The increase of smectite element of chlorite is found to proceeds by the decrease of tetrahedron and octahedron ion beneath the slope surface. On the otherhand, the process is found to proceed by the increase of ionic charge number of interlayer cation along the shear zone.  The process supported by the investigation is as follows. Latent shear zone, which is thought to be much distributed even in fresh part of accretionary green rock, becomes the actual by ground upheaval. Then, smectite, which is originally and fairly distributed, increases rapidly along the shear zone even in the deeper part than normal ground. The process is thought to subject the process of slope deterioration, and furthermore, the mechanism of slope failure.《keywords: accretionary complex; chlorite; smectite; road slope; bedrock weathering》

    報 文

    寒地土木研究所月報 №636 2006年5月 23

  • 1.はじめに

     平成13年10月4日に一般国道333号北見市北陽で発生した斜面災害は、これまで北海道内で発生した大規模斜面崩壊とはタイプが異なり、急崖というよりはむしろ比較的緩やかな傾斜をもった斜面での崩壊であった。一般国道333号北陽土砂崩落調査報告書1)では、「常呂帯」のような複雑な地質地域における岩盤斜面を含めた調査研究を進めていく必要があり、詳細な岩石構造に着目することが必要であると述べている。 崩壊箇所周辺の道路斜面では、その後の斜面防災に資する基礎調査として、ボーリング等の地質調査を北海道開発局網走開発建設部が実施している。それらの調査の結果、本地域の岩石中には、脈状の方解石や低温変成作用によって形成されたと考えられる緑泥石を普遍的に含んでいることが確認された。一方、最近の研究では、宮原ら2)が四国の付加体地域(御荷鉾帯)の緑色岩類中に、膨潤性を有する緑泥石及び緑泥石/スメクタイト混合層鉱物の存在を確認し、地質の分布状況と地すべり発生との関連性について報告している。 スメクタイトは、乾湿繰り返しや吸水膨張によって岩石の劣化を促進させる工学的に問題となる粘土鉱物であり、岩石中の分布や量比は、工学的評価を行う上で重要な指標であると考えられるが、その形成及び風化の過程は十分解明されていない。 今回の調査では、北海道の付加体地域である常呂帯仁頃層群を対象として、岩石構造、特に岩石の微視的な観点から斜面災害等に与える要因を整理するため、道路斜面で実施されたボーリングコアの詳細な観察ならびに鉱物学的試験を行った。また、それらの岩石にみられる風化の形態や特徴的な鉱物とその化学組成及び分布状況を整理することで、本地域における斜面の劣化機構について考察したので報告する。

    2.調査地の概要

     調査地は、北海道北見市の一般国道333号沿いのルクシ峠付近である。本地域は、付加体である常呂帯仁頃層群が分布する。図-1、2に調査地と北海道の付加体の分布状況3)、調査地の地質平面図4~5)を示す。 常呂帯仁頃層群6)は、中生代ジュラ紀に噴出した玄武岩等が白亜紀以降の地殻変動により陸側へ移動・付加して形成された付加体堆積物であり、その形成過程から断層や褶曲が多く発達するのが特徴である。

     同層群7)は、赤色または緑色の火山性砕屑岩類、玄武岩質ハイアロクラスタイト、玄武岩質枕状溶岩及び玄武岩起源の緑色岩類(海底火山活動による苦鉄質火山岩・火山砕屑岩類とそれにともなう貫入岩類が緑泥石化・アクチノ閃石化して緑色を呈する岩石)1)

    を主体とし、塊状チャートや石灰岩等を狭在している。道路斜面でのボーリング調査の結果、これらと同様な岩石のほか、赤色含礫泥岩も一部に確認している。

    3.調査方法

     表-1に調査で実施した試験分析の各項目と数量を示す。本調査では、道路斜面で実施されたボーリングコア(6斜面・19孔:総延長431m)の観察(以下、コア観察)、岩石薄片観察、X線回折試験及びEPMA(Electron Probe Micro Analysis)による反射電子線像観察ならびに化学組成と構成元素の定量分析を行い、本地域における岩石の風化プロセスや斜面災害に影響を与える地質的な要因について整理した。なお、試験分析では、常呂帯仁頃層群における玄武岩類を主な対象とし、それらの岩石に存在する緑泥石の特徴を明らかにすることを目的とした。

    4.調査結果

    4.1 コア観察

     コア観察では、斜面内部の地質を確認するとともに、亀裂状況や風化の違いを肉眼観察により判別した。 亀裂状況を観察した結果、コア全般には、多数の亀

        図-1 調査地と付加体の分布状況

            文献3)を参考に作成

    24 寒地土木研究所月報 №636 2006年5月

  • 裂が認められたほか、せん断面の発達する状況を確認した。写真-1に代表的なコアの様相を示す。 写真のコアには、特定の方向から力を受けて引き延ばされた様子(延性変形構造)が伺える。このような面構造8)は、本地域における構造運動の履歴を示すものと考えられ、付加作用(剥ぎ取り)またはその後の陸化の際の応力によって形成された構造であることが推定される。また、深部における比較的新鮮で硬質なコアの亀裂や岩種の境界においても粘土化した箇所が認められた。写真-2、3にコアにみられる粘土化した箇所の様相を示す。粘土化した箇所は、灰白色~帯黄灰色を示し、岩石の組織は認められるが軟質となっている。さらに、コアには粘土化の進行により岩石の組織が消失している箇所や土砂化した範囲も存在した。このような箇所は、観察したボーリング孔の全てで確認された。 図-3に粘土化した箇所の出現深度を示す。ボーリ

    ングコアに認められた粘土化した箇所の出現深度は、深部ほど減少する傾向が認められ、表層からの風化の影響を受けていることが推定される。また、土砂化の著しい範囲は、全般的に深度1.2m~ 9.0m程度であり、概ね地下水位面より上位であった。また、各孔のコアには、表層部付近において褐色化した範囲が認められたほか、白色鉱物が普遍的に存在していることが確認された。この白色鉱物は、方解石、石英、沸石であり、脈状または粒状としてコア全般に認められた。このうち、炭酸塩鉱物である方解石は、塩酸との接触によって化学反応が生じることから、希釈した塩酸溶液(試薬は濃塩酸を蒸留水で2~3倍に希釈)を滴下し、発生する発泡の有無を確認することで方解石の残存状況を判別した。あわせて、他の白色鉱物の分布状況の区分にも利用した。 発泡の有無を確認した結果、表層部付近ではコアからの発泡は認められず、方解石はすでに消失している

    図-2 調査地の地質平面図   

       文献4~5)を参考に作成

    表-1 試験分析の項目と数量

    寒地土木研究所月報 №636 2006年5月 25

  • B-15 19.80m

    写真-4 試料断面にみられる固結したせん断

    状態であると考えられた。また、その範囲は、肉眼観察による風化の判定結果と調和的であった。一方、深部では、比較的新鮮な岩石において発泡を確認した。

    このことから、方解石が消失もしくは減少している範囲は、雨水や地下水との接触が著しい箇所であると考えられ、表層からの風化の影響受けている範囲であると推定できる。 写真-4に岩石研磨片の観察断面(EPMAに供するためコアを半割にした試料)の写真を示す。試料は、深部の比較的新鮮で硬質な岩石である。試料は風化によって脆弱した様子は認められないが、コアと同系色またはやや白色を帯びたせん断面の発達した状況を確認できる。ただし、これらのせん断面は、固結した状態にあり、コア自体も堅固であった。このように比較的深部では、亀裂が発達する状態であっても表層からの風化の影響が少ない状況であることが推定できる。

    4.2 岩石薄片観察

     岩石の薄片観察では、本地域の岩石にみられる造岩鉱物及び粘土鉱物を確認するとともに、微細な構造について観察した。試料は全て玄武岩である。写真-5(a)から (c)に岩石薄片の観察写真を示す。

    写真-1 コアにみられる面構造

    写真-2 亀裂沿いの粘土化(同質岩石中)

    写真-3 岩種境界の粘土化

    図-3 粘土化した箇所の出現深度

    26 寒地土木研究所月報 №636 2006年5月

  •  写真-5(a)では、岩片や鉱物片として、玄武岩、炭酸塩鉱物及び単斜輝石が確認され、基質部には単斜輝石の破片や二次生成した水酸化鉄や粘土鉱物の粒子が認められる。また、玄武岩片に沿って延性変形した痕跡がみられるとともに、微細な多数のせん断面が発達している様子が伺える。写真-5(b)では、岩片や鉱物片として、玄武岩が確認され、基質部には大小様々なサイズの玄武岩粒子が再結晶せずに存在する状況(カタクラスティック構造)が確認できる。このように、本地域の岩石には、応力やせん断作用を受けた履歴や痕跡が認められ、特徴的な微細構造を有していることが確認された。 次に、写真-5(c)は深部の比較的新鮮で堅固な玄武岩の観察写真である。確認される岩片や鉱物片は、炭酸塩鉱物、単斜輝石及び緑泥石であり、基質部にも同種の岩片が存在している。このうち緑泥石の周辺部やせん断面沿いでは、干渉色が高く(帯黄色)なっており化学組成の不均質性が伺える。また、一部の緑泥石は、スメクタイトへ変化している様子が認められ、深部の比較的新鮮な岩石においても粘土鉱物が含まれていることが確認できる。

    4.3 X線回折試験

     X線回折試験では、岩石薄片の観察だけでは特定できない鉱物を同定するため、不定方位試料での測定以外に、定方位、エチレングリコール処理及び塩酸処理後の測定を実施した。図-4に玄武岩質な粘土及び深部の比較的新鮮で堅固な玄武岩のX線回折チャートを代表例として示す。なお、スメクタイトの判別では、緑泥石を含めて底面間隔が14 ~ 15Å(2θ =5.8 ~ 5.9°)に属することから、今回、エチレングリコール処理によって底面間隔が17Å(2θ =5.2 ~ 5.3°)付近へ移動する鉱物をスメクタイトとして扱った。 X線回折試験の結果、造岩鉱物は方解石、斜長石、単斜輝石及び方沸石が同定された。また、粘土鉱物は、緑泥石、スメクタイト及び緑泥石/スメクタイト混合層鉱物が確認された。緑泥石及びスメクタイトは、含有量に差はあるが全ての試料で確認され、緑泥石/スメクタイト混合層鉱物は、赤色含礫泥岩を除く全ての試料で確認された。スメクタイトまたは緑泥石 /スメクタイト混合層鉱物は、深部の比較的新鮮な岩石にも認められたことから、本地域の岩石にはこれらの粘土鉱物が潜在的に含まれている可能性が示唆された。

    1mm

    1mm

    1mm

    (a)B-18 16.50m オープンニコル

    (b)B-18 14.28m オープンニコル

    (c)B-7 33.55m クロスニコル

    Bs: 玄武岩 Cb: 炭酸塩鉱物 Sm: スメクタイト Cpx: 単斜輝石

    写真-5 岩石薄片の観察写真

    寒地土木研究所月報 №636 2006年5月 27

  • 写真-6 反射電子線像の観察例(●は分析点)

    4.4 EPMA

     EPMAでは、エネルギー分散型分光器を使用し、反射電子線像観察を行うとともに、電子線画像に認められる鉱物の化学組成及び構成元素の定量分析を行った。写真-6に反射電子線画像の一例を示す。 分析に供した試料は、岩石薄片の観察で認められる緑泥石に対し、風化の影響を受けて褐色化している緑泥石を「褐色化した緑泥石」、褐色化していない緑泥石を「初生的な緑泥石」、せん断面沿いに存在している緑泥石を「せん断面沿い」、スメクタイト化している緑泥石を「粘土」と産状別にした後、EPMAによる反射電子線像を観察して分析点を選定した。分析点は、各試料にみられる緑泥石の微小部分を主な対象とした。分析では、上記の産状別の緑泥石について化学組成と構成元素を定量し、その範囲と分帯傾向(以下、分帯傾向)について整理した。 緑泥石とスメクタイトはともに珪酸塩鉱物の4面体及び8面体シートの組み合わせからなる層状の粘土鉱物である。(1)及び(2)式に示す一般組成式9)のとおり、スメクタイトは層間に交換性の陽イオン(Na+、K+、Ca2+)と水分子(H2O)を含む違いがある。 図-5に緑泥石の4面体及び8面体イオン(縦軸:Si + Al + Fe +Mg+Mn)と層間陽イオン(横軸:2× Ca + Na +K)の価数を産状別に包括した結果を

    示す。なお、両軸の値は、EPMAにより定量した酸素化合物を緑泥石の一般組成式(以下の(1)式)におけるO10(OH)8(この場合、酸素イオンの価数(O=2価、OH =1価)に対し、O10+(OH)8=2×10+1×8=28)を基準として算出した各元素の価数を合計した値である。あわせて、図中に緑泥石及びスメクタイトの理想組成の範囲を示す。

    図-4 X線回折チャート

    28 寒地土木研究所月報 №636 2006年5月

  • 【緑泥石の一般組成式】(R2+6-X R3+X)(Si4-XAlX)O10(OH)8 ・・・・・・(1)式  <8面体の陽イオン席に空所がない場合>   X : 陽イオン数   R2+:Mg, Fe2+ を主とし、Ni,Mn なども入る   R3+:Al が主で Fe3+, Cr も入る

    【スメクタイトの一般組成式】 MmR2-3□1-0T4O10(OH)2・nH2O ・・・・・・(2)式   M :層間陽イオン(K ,Na,Ca,Mg)   R :8面体シートの陽イオン(Mg,Fe,Li,Al)   T :4面体シートの陽イオン(Si,Al)   □ :8面体シートの陽イオンの空所

     EPMAの結果、「初生的な緑泥石」には交換性陽イオンのNa+、K+ 及び Ca2+ が存在していることが判明した。層間に交換性陽イオンを含む緑泥石は、いわゆるスメクタイトに変化(この場合、緑泥石がスメクタイト化)していると考えられる。また、緑泥石の分帯傾向は、褐色化の有無や存在する箇所に応じて区分されることが推定できる。「初生的な緑泥石」の分帯傾向に対する産状別の違いは、「褐色化した緑泥石」では、層間陽イオンのわずかな増加と4面体及び8面体イオンの減少が認められ、「せん断面沿い」では、層間陽イオンの増加が著しく、4面体及び8面体イオンの低下はわずかである。また、「粘土」の分帯傾向は、層間陽イオンの増加が顕著であり、4面体及び8面体イオンの低下も著しい。 層間陽イオンの量比は「褐色化した緑泥石」、「せん

    断面沿い」及び「初生的な緑泥石」において、いずれもばらつきは認められるが、特に「せん断面沿い」の緑泥石に多い傾向が認められる。 このように緑泥石の化学組成は、風化の影響が少ない状況(初生的な緑泥石)から粘土化に至るまで、産状別に特徴が認められる。すなわち、初生的な状態から粘土化する状態へ移行する際、褐色化をともなう場合(表層からの劣化)とせん断面沿いで粘土化する場合(せん断面沿いでの劣化)に区分され、その過程に違いが認められる。このことより、層間陽イオンの量比は「せん断面沿い」での値が、表層から風化の影響を受ける「褐色化した緑泥石」の値よりも高いことが考えられ、せん断面沿いでは、山地の浸食や地形改変等にともなう応力解放によって緩みやすく、粘土化がより進行しやすいものと想定できる。

    5.斜面の劣化機構について

     本調査地に分布する常呂帯仁頃層群の岩盤には、せん断面が発達し、そのせん断面沿いにスメクタイト成分をもつ緑泥石を含む特徴を有している。スメクタイトを含む岩盤は、通常の岩盤に比べると乾湿繰り返し等により強度が低下しやすく、地すべりや斜面崩壊等の要因となりやすいと想定される。 本調査で実施した各試験分析の結果をもとに、本調査地域における斜面の劣化機構に関して考察した結果を以下に述べる。また、図-6の (a)から (c)にその概念図を示す。(a)付加体においては付加作用を被るため、岩石及び岩盤中に多数のせん断面が形成される。これらのせん断面は地下深部の高圧条件では、一般に固結しているため、いわば潜在的なせん断面となっている。また、せん断面沿いには、すでにスメクタイト成分が形成されている。

    (b)隆起作用等により付加体の岩盤が地表部に至ると、表層からの風化が開始されるとともに、深部においても潜在的なせん断面が顕在化し、スメクタイト成分の増加が進む。

    (c)深部のせん断面においてスメクタイト化が進み、ついに粘土化部となり、これらが連結することにより、すべり面のような連続面を形成し、ついには斜面崩壊を引き起こす。

     このような斜面の状態に対して、多量な降雨や融雪水の供給にともなう地下水の変化(間隙水圧の上昇)が生じる場合、最終的に崩壊が発生するものと考えら

    図-5 産状別緑泥石の化学組成

    寒地土木研究所月報 №636 2006年5月 29

  • れる。特に斜面が流れ盤構造を有している場合、応力開放は、せん断面に対して引っ張り方向に作用するため、緩みが進行しやすい状況にあるといえる。

    6.まとめ

     付加体地域(常呂帯仁頃層群)の道路斜面にみられる岩石の風化形態ならびに鉱物学的試験の結果をまとめると以下のとおりである。1)コア観察の結果、ボーリングコアにみられる粘土化した箇所は、岩種境界部のほか同質の岩石中にも認められた。また、肉眼判定による表層風化部の深度方向への減少傾向は、希塩酸を試薬とした発泡確認試験による方解石の残存範囲と概ね一致した。2)緑色岩には、緑泥石がごく普通に含まれており、表層風化部、未風化部、せん断面沿い及び粘土化部

    のいずれの緑泥石の部分にもスメクタイト成分を含有することがEPMAの結果より確認された。

    3)これらのスメクタイト成分は、せん断面沿いの緑泥石に多く存在する傾向があり、深部の風化の影響の少ない岩石のせん断面沿いでもその存在が確認された。

    4)表層から風化の影響を受ける範囲では、スメクタイト成分の増加が4面体及び8面体イオンの価数減少によって進むのに対し、せん断面沿いでは、層間陽イオンの価数増加によって進むことが判明し、両部分では岩石の風化過程が異なることが判明した。

    5)緑色岩には、スメクタイト成分を含有する多数の潜在せん断面が分布しており、地山の隆起等で地表に近くなるとせん断面が顕在化する。そしてスメクタイト化が急速に進行するため、他の岩盤よりも地山深部まで急速に劣化が進みやすいことが想定された。このことが付加体緑色岩地域の斜面の劣化機構、さらには岩盤崩壊機構を規制していると考えられる。

    7.おわりに

     本調査では、常呂帯仁頃層群の分布地域において、道路斜面で行ったボーリング調査のコアによる岩石の観察ならびに鉱物学的試験を行うことで、本地域の緑色岩の鉱物的な特徴を明らかにするとともに、斜面の劣化機構について考察した。 常呂帯仁頃層群には、変成条件の異なる変成帯も複数存在することから、スメクタイトを初生的に含有する地域は限定される場合もあり、本地域で一般化できる内容であるとは断言できない。さらに付加体は、地殻応力を全体に受けている地質構造帯であることを考慮すれば、より深部でも粘土化部が存在する可能性が考えられる。今後は、これらの課題を整理するとともに、道路建設における地質調査段階での評価の一助とするため、さらに調査研究を進めていきたい。 最後に、現地調査にあたり、ご協力いただいた国土交通省北海道開発局網走開発建設部ならびに北見道路事務所の関係各位に記して謝意を表します。

    図-6 斜面の劣化機構の概念図

    30 寒地土木研究所月報 №636 2006年5月

  • 参考文献

    1)一般国道333号北陽土砂崩落調査委員会(2001):一般国道333号北陽土砂崩落調査報告書.2)宮原正明・宇野洋平・北川隆司・地下まゆみ・谷田部龍一・横田公忠(2002):御荷鉾緑色岩の変質と膨潤性緑泥石、日本応用地質学会講演論文集、pp37-40.3)日本地質学会(2002):地質基準、共立出版.4)常呂帯研究グループ(1984):常呂帯仁頃層群の岩石構造と佐呂間層群基底の不整合、地球科学、36巻6号、pp408-419.5)榊原正幸・磯﨑行雄・七山 太・成井英一(1993):北海道東部、常呂帯仁頃層群の緑色岩-チャート-

    石灰岩の放散虫化石年代と付加過程、地質学雑誌、Vol.99、No.8、pp615-627.

    6)榊原正幸・新井田清信・戸田英明・紀藤典夫・木村 学・田近 淳・加藤孝幸・吉田昭彦・常呂帯研究グループ(1986):常呂帯の性格と形成史、北海道の地質と構造運動、地団研専報、No.31、pp173-187.

    7)榊原正幸・富山雄太・辻 智大・伊東佳彦・岡﨑健治(2005):付加体の発達していない沈み込み帯における海山の沈み込みによる造構性浸食作用及び付加作用、日本地質学会第112年学術大会講演要旨、118.

    8)日本地質学会(2004):変成・変形作用;共立出版.9)吉村尚久(2001):粘土鉱物と変質作用、地学団体研究会.

    岡﨑 健治 *Kenji OKAZAKI

    寒地土木研究所寒地基礎技術研究グループ防災地質チーム研究員

    榊原 正幸 ***Masayuki SAKAKIBARA

    愛媛大学理学部地球科学科教授理学博士

    伊東 佳彦 **Yoshihiko ITO

    寒地土木研究所寒地基礎技術研究グループ防災地質チーム上席研究員博士(工学)技術士(応用理学)

    中川 伸一 ****Shinichi NAKAGAWA

    国土交通省北海道開発局網走開発建設部特定道路事業対策官(前 地質研究室副室長)

    日外 勝仁 *****Katsuhito AGUI

    寒地土木研究所寒地基礎技術研究グループ防災地質チーム研究員博士(工学)

    寒地土木研究所月報 №636 2006年5月 31