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- 37 - 「考え、議論する道徳」の授業づくりに関する研究 -登場人物に照らして見つめ直した自己の思いや考えを基に他者と対話する活動を通して- 周南市立勝間小学校 教諭 廣末 唯 1 研究の意図 (1) 研究の背景 平成27年3月の学校教育法施行規則及び学習指導要領の一部改正により「特別の教科 道 徳」が新設された。「発達の段階に応じ、答えが一つではない道徳的な課題を一人一人の児童 が自分自身の問題と捉え、向き合う『考える道徳』、『議論する道徳』」 *1 へと転換を図ること がねらいであり、児童生徒が「道徳的諸価値についての理解を基に、自己を見つめ、物事を (広い視野から)多面的・多角的に考え、自己(人間として)の生き方についての考えを深め る」 *2 学習を展開していくことが求められている。 (2) 研究の目的 本研究は、平成28・29年度調査研究「道徳教育の充実に関する研究」の二年次であり、やまぐ ち総合教育支援センター教育研修部との共同研究である。「考え、議論する道徳」の授業づくりに 関する研究を進めることにより、本県における道徳教育の一層の充実に資することを目的として いる。共同研究の授業実践者の視点から、「考え、議論する道徳」の授業づくりにおける指導方法 とその具体的な手立てについて仮説を立て、その有効性について検証を進めていくこととした。 (3) 研究テーマ設定の理由 これまでの自分の授業を振り返ると、児童が自己をしっかりと見つめられていないまま学習 が進み、結果的に、これからの生き方について深く考えさせるまでに至らないことが多かっ た。その原因としては、教材の登場人物の心情理解に時間を取り過ぎたことや、児童が、登場 人物と自己の生き方を結び付けて考えるような場を十分に設定できていなかったことが考えら れる。大野(2013)は「自己の生き方についての考えを深める道徳の時間の一考察」 *3 の中 で、道徳の授業において、児童が自分を主人公に重ねることや、自分と主人公を比べることが 大切だと述べている。本研究では、道徳的な問題場面に直面する登場人物に重ね合わせなが ら、自分自身をしっかりと見つめるとともに、その過程で生まれた思いや考えについて、他者 と対話する活動を設定する。このような活動を経て、自らのよさや課題に目を向けた児童は、 今後よりよく生きたいという思いを膨らませることができるのではないかと考えた。 (4) 研究の仮説 本研究仮説を「道徳の授業において、登場人物に照らしてありのままの自分を見つめ、その 過程で生まれた自己の思いや考えを基に他者と対話する活動を通して、道徳的諸価値の理解を 深め、これからのよりよい生き方について考えることができる」とし、授業実践を通して検証 することとした。 ア 「道徳的諸価値の理解を深め、これからのよりよい生き方について考える」とは 道徳的諸価値の理解を深めるとは、道徳的価値が大切だと理解する(価値理解)だけでな く、大切ではあるがなかなか実現できないと理解する(人間理解)ことや、道徳的価値の実 現に向けて様々な感じ方、考え方があると理解する(他者理解)ことである。そして、それ ぞれの理解を基に自己をしっかりと見つめた児童は、「こんな自分になりたい」という、よ

「考え、議論する道徳」の授業づくりに関する研究 -登場人物に … · 共同研究の授業実践者の視点から、「考え、議論する道徳」の授業づくりにおける指導方法

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Page 1: 「考え、議論する道徳」の授業づくりに関する研究 -登場人物に … · 共同研究の授業実践者の視点から、「考え、議論する道徳」の授業づくりにおける指導方法

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「考え、議論する道徳」の授業づくりに関する研究

-登場人物に照らして見つめ直した自己の思いや考えを基に他者と対話する活動を通して-

周南市立勝間小学校 教諭 廣末 唯

1 研究の意図

(1) 研究の背景

平成27年3月の学校教育法施行規則及び学習指導要領の一部改正により「特別の教科 道

徳」が新設された。「発達の段階に応じ、答えが一つではない道徳的な課題を一人一人の児童

が自分自身の問題と捉え、向き合う『考える道徳』、『議論する道徳』」*1へと転換を図ること

がねらいであり、児童生徒が「道徳的諸価値についての理解を基に、自己を見つめ、物事を

(広い視野から)多面的・多角的に考え、自己(人間として)の生き方についての考えを深め

る」*2学習を展開していくことが求められている。

(2) 研究の目的

本研究は、平成28・29年度調査研究「道徳教育の充実に関する研究」の二年次であり、やまぐ

ち総合教育支援センター教育研修部との共同研究である。「考え、議論する道徳」の授業づくりに

関する研究を進めることにより、本県における道徳教育の一層の充実に資することを目的として

いる。共同研究の授業実践者の視点から、「考え、議論する道徳」の授業づくりにおける指導方法

とその具体的な手立てについて仮説を立て、その有効性について検証を進めていくこととした。

(3) 研究テーマ設定の理由

これまでの自分の授業を振り返ると、児童が自己をしっかりと見つめられていないまま学習

が進み、結果的に、これからの生き方について深く考えさせるまでに至らないことが多かっ

た。その原因としては、教材の登場人物の心情理解に時間を取り過ぎたことや、児童が、登場

人物と自己の生き方を結び付けて考えるような場を十分に設定できていなかったことが考えら

れる。大野(2013)は「自己の生き方についての考えを深める道徳の時間の一考察」*3の中

で、道徳の授業において、児童が自分を主人公に重ねることや、自分と主人公を比べることが

大切だと述べている。本研究では、道徳的な問題場面に直面する登場人物に重ね合わせなが

ら、自分自身をしっかりと見つめるとともに、その過程で生まれた思いや考えについて、他者

と対話する活動を設定する。このような活動を経て、自らのよさや課題に目を向けた児童は、

今後よりよく生きたいという思いを膨らませることができるのではないかと考えた。

(4) 研究の仮説

本研究仮説を「道徳の授業において、登場人物に照らしてありのままの自分を見つめ、その

過程で生まれた自己の思いや考えを基に他者と対話する活動を通して、道徳的諸価値の理解を

深め、これからのよりよい生き方について考えることができる」とし、授業実践を通して検証

することとした。

ア 「道徳的諸価値の理解を深め、これからのよりよい生き方について考える」とは

道徳的諸価値の理解を深めるとは、道徳的価値が大切だと理解する(価値理解)だけでな

く、大切ではあるがなかなか実現できないと理解する(人間理解)ことや、道徳的価値の実

現に向けて様々な感じ方、考え方があると理解する(他者理解)ことである。そして、それ

ぞれの理解を基に自己をしっかりと見つめた児童は、「こんな自分になりたい」という、よ

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り前向きな気持ちをもって、これからの生き方を思い描いていくと考えた。

イ 登場人物に照らして見つめ直した自己の思いや考えを基に他者と対話する活動

本研究では、全ての児童にとって共通の指標となる教材の登場人物と比べながら、自己の

生き方や考えを見つめた後、その過程で生まれた思いや考えについて、意思や立場を明確に

した上で対話する活動を授業の中に設定する。その際、図や文章を用いて、道徳的価値に関

わる自分の姿を具体的に振り返ることができるようなワークシートを用いる。また、互いの

意思や立場を視覚的に捉えた上で対話できるような手立てを講じる。

2 研究の内容

(1) 平成28年度調査研究の概要

平成28年度は、「考え、議論する道徳」の授業づくりについて検討が進められた。授業づく

りを進めるに当たり、まず、道徳科の目標に示された学習活動を、三つの「授業づくりの視

点」(図1)として捉え、授業に効果的に取り入れていくような工夫を行った。

次に、1単位時間の授業で用いる読み物教材及び児童の学習活動を「授業づくりの視点」と

関連付けて整理した「授業のイメージ図」(図2)を作成した。本年度も、この「授業のイ

メージ図」に基づいて授業づくりを進めることが有効であると考え、授業実践を行った。

(2) 平成29年度調査研究における授業実践とその考察

ア 第1回授業実践

(ア) 授業の概要

授業づくりに当たり、指導観を明確にすることから始めた。児童の実態として、きまりは

守らなければならないと考えているものの、場や状況が変わると守れなくなることがあると

道徳的諸価値についての理解を基に、

視点① 自己を見つめる。

視点② 物事を(広い視野から)多面的・多角的に考える。

視点③ 自己(人間として)の生き方についての考えを深める。 ※( )内は中学校

図2 「授業のイメージ図」

図1 「授業づくりの視点」

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いう傾向が見られた。そこで、本教材を通じ、法やきまりの意義について考えさせるととも

に、自らの義務を果たした上で権利を主張することの大切さに気付かせたいと考えた。

その後、具体的な授業の流れを構成した。表1は、6月に第6学年(36人)を対象に

行った第1回授業実践の概要を示したものである。

(イ) 指導の具体的な手立て

本実践では、登場人物に照らしてありのままの自分を見つめ、その過程で生まれた自己

の思いや考えを基に他者と対話する活動を具現化するために、次の二つの手立てを取り入

れた。

a 「自分見つめライン」の活用

「自分見つめライン」(図3)とは、ねらいとする道徳的価値に関する自分の現状を、

視覚的に判断できるようにするためのものである。まず、教材における言動を基に登場人

物をライン上に位置付け、次に、それと比べて自分はどうかという視点で、ありのままの

自分をライン上に位置付ける。そして、授業の終末場面において、これからめざす自分の

位置を記入することで、授業を通しての変容をつかめるようにした。ありのままの自分や

これからめざす自分の位置を記入する際には、なぜその位置なのかという理由を文章で記

述することにより、自分の姿を具体的に捉えられるようにした。

b 「共感カップ」の活用

「共感カップ」とは、ありのままの自

分を見つめる過程で生まれた自己の思い

や考えを、他者と伝え合う際に活用する

ものである。発言者の意見に対して、図

4の三つのパターンの中のいずれかで自

分の意思を表示することで、対話が活発

になり、価値について多面的・多角的に

主題名 規則の尊重 (C 規則の尊重)

教材名 「きまりは何のために」(出典:「私たちの道徳 小学校5・6年」文部科学省)

ねらい

「自分見つめライン」を活用して、登場人物に照らして見つめ直した自己の思いや考えを基

に他者と対話する活動を通して、きまりの意義や大切さに気付き、自他の権利を尊重し、義務

を果たそうとする道徳的心情を養う。

教材の

内容

明と鉄男は、学校全体で話し合って決まった放課後の校庭遊びのきまりを守らずに遊び続

け、それが原因で校庭遊びは禁止になってしまう。そういった出来事や、国会議事堂への社会

見学を通して、健一はきまりの意義を学級全体に問い掛け、みんなで考え始める。

図3 「自分見つめライン」

身の回りにあるきまりを…

守れない

自分

登場人物

○あ

○こ

登場人物

ありのままの自分(展開場面で) これからめざす自分(終末場面で)

守れる

図4 「共感カップ」の提示パターン

表1 第1回授業実践の概要

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考えられるようにした。

以上の二つの手立てを取り入れた授業展開を図5に示す。なお、この図は「授業のイ

メージ図」に基づく授業づくりを円滑に進めるために作成した「授業づくりシート(試

案)」(別稿「やまぐち総合教育支援センター 研究紀要157集」*4に詳述)を活用

したものである。

(ウ) 授業の実際

表2は、実際の授業における学習活動と児童の反応を示したものである。

学習活動 教師の発問(T)、児童の反応(C)、指導上の留意点(●)

1 身近なきまりを振り

返る。

2 教材の登場人物に照

らして、ありのままの

自分を見つめる。

3 ありのままの自分を見

つめる過程で生まれた思

いや考えを基に小集団や

全体で話し合う。

T:身近なきまりには、どのようなものがあるか。

C:廊下を走ってはいけない。

C:登下校の際には一列に並んで歩く。 等

T:明と鉄男に比べて、自分はきまりを守れていると言えるか。

T:なぜ、ありのままの自分をその位置

にしたのか話し合ってみよう。

●交流の際には、まず、ミニボードの「自

分見つめライン」上にネームカードを貼

り、互いの位置を確認させる。その後

「共感カップ」を使って対話させる。

ワークシートの「自分見つめライン」上にありのままの自分を位置付

け、その理由として具体的経験を書け

ていた児童・・・100%

・近所の道路で、ヘルメットを被らず

に自転車に乗ったことがある。

・誰も見ていないときに、廊下を走っ

たことがある。 等

【手立てa】

「自分見つめライン」

の活用

【手立てb】

「共感カップ」の活用

表2 授業の実際(第1回授業実践)

ありのままの自分の位置

図5 授業展開(第1回授業実践)

(記載なし)

(記載なし)

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4 本時の学習で学んだ

ことや、これからの自

己の生き方について考

えたことを記述する。

●対話の際には以下の点を踏まえさせる。

◇ありのままの自分をその位置にした理由や経験

◇友だちとの類似点や相違点

T:健一の問い掛け「きまりは何のためにあるのだろう」に対して、何と

答えるか。

●健一の問い掛けに対する答えを、小集団ごとにミニボードにまとめさせ

るとともに、その内容を全体に向け発表させることで、きまりの意義や

大切さについて新たな視点をもてるようにする。

T:これからどんな自分になりたいか。

●明と鉄男の行為や心情が今後どのように変容するかを想像させること

で、よりよい生き方への手掛かりをつかめるようにする。

(エ) 授業実践の結果と考察

「自分見つめライン」上にありのままの自分を位置付ける活動では、きまりを守れてい

ない登場人物の位置と比べながら、自分自身のきまりの守り方をじっくりと振り返る児童

の姿が見られ、全ての児童が、ありのままの自分の位置とその根拠となる具体的経験を記

述することができていた。

「共感カップ」を使った対話活動では、各小集団で、きまりを守れなかった経験やその理

由について意欲的に意見を述べ合う姿が見られた。誰かの発言に対して、まずはカップで意

思表示をすることで、自然と話がつながっていく様子がうかがえた。また、カップの提示パ

ターンが友だちと異なるほど、「でも…」「逆に…」と活発な議論が展開されていた。

Aさんは、友だちと話して気付いたことや感じたことを書く欄に、「人の権利を奪っ

てはいけない」や「(きまりは)安全のため、みんなを守るため」と記述していた(次

頁図6の㋐)。このように、本時のねらいに関わる自他の権利や安全といった視点を踏

まえつつ、きまりの意義や大切さについて記述した児童の割合は78%であった。ま

私は、誰にも見ら

れていないと、つ

い廊下を走ってし

まうよ。

分かる分かる。

僕にも似た経験

があるよ。

話合いを経て、きまりの意義や大切さについて、ミニボードに記載して

いた小集団・・・100%

・自分やみんなが安全に暮らすため

・将来の自分のため 等

(ワークシートへの記述内容から)

きまりを守ることについて、価値理解の深まりが見られた児童

・・・78%

これからのよりよい生き方について、理由を踏まえて記述できていた児童

・・・81%

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た、「これからの自分」の欄(図6の

㋑)に、「きまりは、みんなや自分のた

めにあるから勝手にやぶったりしな

い。」と記述したAさんのように、今後

のよりよい生き方について、理由を踏ま

えて記述できていた児童の割合は、81%

であった。

以上のことから、授業を通じて、多

くの児童が道徳的価値の理解や、より

よい自己の生き方についての考えを深

められたと考える。

(オ) 第2回授業実践に向けて

第1回授業実践を通じて、登場人物を

基準に図や文章を用いて自己を見つめ、

意思や立場を明確にした上で対話する活動の有効性を感じた。そこで、他の発達段階にお

ける有効性を確かめるために、第2回授業実践は、学年を変えて実施することにした。ま

た、教材や授業のねらい等に応じた、自己を見つめ、対話を促すための新たな手法の開発

を行うこととした。

イ 第2回授業実践

(ア) 授業の概要

表3は、10月に第4学年(25人)を対象に行った第2回授業実践の概要を示したもので

ある。授業を通じて、誰も見ていないところで起こした失敗をつい隠そうとする傾向にあ

る児童が、正直でいることの心地よさに気付けるような授業展開にしたいと考えた。

(イ) 指導の具体的な手立て

本教材には、自分の失敗を正直に話

すかどうかで迷う登場人物の姿が描か

れている。そのような登場人物に照ら

して自分を見つめ、価値について多面

的・多角的に考えられるよう、次のよ

うな手立てを取り入れることとした。

a 「心の鏡」の活用

「心の鏡」(図7)とは、登場人物

の葛藤を自分事として捉え、「自分

主題名 正直な心 (A 正直、誠実)

教材名 「百点を十回取れば」(出典:「みんなの道徳 4年」学研)

ねらい

「心の鏡」を活用して、主人公の葛藤に照らして見つめた自己の思いや考えを基に他者と対話する

活動を通して、正直に行動することのよさや大切さに気付き、過ちを素直に認め、正直に行動しよう

とする道徳的判断力を養う。

教材の

内容

漢字のテストで十回続けて百点を取ったら、新しいサッカーシューズを買ってもらう約束をしたてつ

ろうは、努力を重ね、九回続けて百点を取る。そして、ようやく達成した十回目の百点で、採点ミス

に気付いてしまう。新しいシューズが欲しいてつろうは、正直に話すかどうか迷う。

表3 第2回授業実践の概要

図7 「心の鏡」

図6 Aさんのワークシート

これからの自分の位置

正直に言いたい

・自分の心がすっきり

しない。

・うそがばれたら相手

の信用を失う。

・正直に言ったら、

ごほうびがもらえる

かもしれない。

正直に言いたくない

・シューズがどうし

ても欲しい。

・採点ミスは先生の

せい。

・きっと、ばれない

だろう。

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だったら」という視点で自己の思いや考えを表現するためのものである。心の中に存在

する相反する気持ちのそれぞれの理由を、ワークシート上の「心の鏡」に書き込ませる

ようにする。それによって、児童は登場人物というフィルターを通して、自らの心の両

面に目を向け、ありのままの自分を見つめることができるようにした。

b 「カラーボード」の活用

「カラーボード」(図8)は、「心の鏡」を使って見

つめた自分の心の両面について小集団で対話する際、

自分や相手がどちらの立場かを視覚的に明らかにする

ためのものである。「カラーボード」上にネームカード

を置き、自他の立場をはっきりさせた上で対話させる

ようにする。さらに、図9のように途中で立場とメン

バーを交代し、両方の立場から意見を言えるようにする。そうすることで、ねらいとす

る道徳的価値について、多様な見方や感じ方ができるようにした。

「心の鏡」と「カラーボード」を活用した授業展開を、図10に示す。

言いたい 言いたくない

○○

△△

□□

◇◇

正直に言いたい

正直に言いたくない

正直に言いたい

正直に言いたくない

途中で立場と

メンバーを

変える

図8 「カラーボード」

図9 「カラーボード」を活用した対話活動

図10 授業展開(第2回授業実践)

<チームA>

<チームA>

<チームB>

<チームC>

(記載なし)

(記載なし)

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(ウ) 授業の実際

表4は、実際の授業における学習活動と児童の反応を示したものである。

学習活動 教師の発問(T)、児童の反応(C)、指導上の留意点(●)

1 正直さについての自

分の考えを振り返る。

2 教材の登場人物に照

らして、ありのままの

自分を見つめる。

3 ありのままの自分を見

つめる過程で生まれた思

いや考えを基に小集団や

全体で話し合う。

T:「正直」とは、どういうことか。

C:うそをつかないこと。

C:素直なこと。 等

●事前アンケートで、「正直とは…」に続く言葉を考えさせておき、その

結果(特に多かった意見)を紹介することで、現時点での正直さについ

ての捉えを共有できるようにする。

T:もし自分がてつろうなら、「言いたい」(「言いたくない」)のはなぜ

か。

●「心の鏡」に、「言いたい」、「言いたくない」両方の視点から理由を書

かせることで、人間としての心の強さと弱さの両面に目を向けられるよ

うにする。

T:自分の立場から、反対の立場の人に伝えたいことは何か。

●「カラーボード」で、それぞれの立場を視覚的に明らかにした上で対話

させる。また、両方の立場に立たせることで、正直に行動することのよ

さや難しさについて、多面的・多角的に考えられるようにする。

T:てつろうに大切にしてほしい気持ちは、「言いたい」、「言いたくな

い」のどちらか。

C:「言いたい」という気持ち。

「心の鏡」を使い「言いた

い」「言いたくない」両方

の理由を書けていた児童

・・・100%

【手立てa】

「心の鏡」の活用

【手立てb】

「カラーボード」の

活用

誰にもばれて

いないのだから、正直に言わなくてもよ

いのではないかな。

でも、うそをついたままだ

と、いつまでも心がすっきりしないので

はないかな。

表4 授業の実際(第2回授業実践)

<小集団で>

<全体で>

<児童の意見をまとめた板書>

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4 本時の学習で学んだ

ことや、これからの自

己の生き方について考

えたことを記述する。

T:ではなぜ、正直に行動することが大切なのか。

●問いに対する答えを、小集団ごとにミニボードにまとめさせるととも

に、その内容を全体に向けて発表させることで、正直に行動することの

よさや大切さについて気付けるようにする。

T:これから、失敗をして正直に言おうかどうか迷う自分がいたら、何と

声を掛けたいか。

●未来の自分に宛てて、なぜそのように声を掛けるのかという理由も踏ま

えて手紙を書かせることで、正直に行動することのよさや大切さを自覚

できるようにする。

(エ) 授業実践の結果と考察

「心の鏡」へ記述する様子から、全ての児童が「言いたい」「言いたくない」という心

の両面をしっかりと見つめることができていたことがうかがえた。「カラーボード」を

使った活動では、自他の立場を明確にして対話させることで、活発な議論が展開されてい

た。あえて両方の立場から対話させるこ

とで、正直に行動することの難しさと大

切さのどちらについても真剣に考える姿

が見られた。

ワークシート(図11)の㋐と㋑の記述

の変容を見ると、Bさんは、授業の導入

では「正直」を、「本当のことが言える」

と捉えていたが、授業を通じて「他の人

のためにも自分のためにも」「すっきりす

る」という理由から、正直に行動するこ

とが大切だという捉えに変わったことが

分かる。このように、「正直」についての

価値理解の深まりが見られた児童の割合

は88%となった。

(ワークシートや手紙への記述内容から)

正直に行動することについて、価値理解の深まりが見られた児童・・・

88%

これからのよりよい生き方について、理由を踏まえて記述できていた児童

・・・88%

図11 Bさんのワークシート

話合いを経て、正直に行動することの心地よさや大切さについて、ミ

ニボードに記載した小集団・・・100%

・うそをつくと後からが大変になる。

・うそがばれたら、先生やお母さんも嫌な気持ちになる。 等

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さらに、未来の自分に宛てた手紙の

内容から、Cさんは、図12のように、

「周りの人も傷付くし、何より自分が

つらくなってしまうから」と記述して

おり、これから正直に行動しようとい

う思いを膨らませていることがうかが

える。このように、理由を踏まえた上

でこれからのよりよい生き方について

記述できている児童の割合は 88%で

あった。

以上のことから、本実践においても、多くの児童が、道徳的価値の理解を深め、これか

らのよりよい生き方について考えられたことが分かる。

ウ アンケートの集計結果を基にした研究の考察

道徳的諸価値の理解が深まったか、また、三つの「授業づくりの視点」が実現したかを見

取るために、それぞれの授業後に5項目のアンケートを実施した。その内容等は、表5の通

りである。

質問内容 見取る内容

質問① 自分をしっかりと見つめることができたか 自己理解、人間理解の深まり 視点➊の実現

質問② 自分の考えを友だちに伝えることができたか 自己理解の深まり 視点❶の実現

質問③ 友だちのいろいろな考えを知ることができたか 他者理解の深まり 視点❷の実現

質問④ (ねらいとする道徳的価値)についての考えを

深めることができたか 価値理解の深まり 視点❶、❷の実現

質問⑤ これからの生き方を考えることができたか これからの生き方 視点❸の実現

そして、第1回授業実践後と第2回授業実践後に実施したアンケートの集計結果を図13、

図14に示す。

図13、図14から、第1回、第2回ともに、全質問に対して7割以上の児童が「そう思う」

と回答をしていることが分かる。特に「これからの生き方を考えることができたか」という

質問⑤については、全ての児童が肯定的回答をしていることが分かる。これは、本研究でめ

質問①

質問②

質問③

質問④

質問⑤

質問①

質問②

質問③

質問④

質問⑤

図13 第1回授業実践後に実施したアンケートの

集計結果(第6学年、36人) 図14 第2回授業実践後に実施したアンケートの

集計結果(第4学年、25人)

図12 Cさんの自分に宛てた手紙

表5 授業実践後に実施したアンケートの内容等

そう思う

どちらかといえばそう思わない

どちらかといえばそう思う

そう思わない そう思う

どちらかといえばそう思わない

どちらかといえばそう思う

そう思わない

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ざす児童の姿につながるものである。一方で、第1回授業実践後のアンケートでは、質問④

において17%の児童が「どちらかといえばそう思わない」と回答した。その原因を探るため

に児童に聞き取り調査を行ったところ、「(ねらいとする道徳的価値)について自分の考えを

深めることができたか」という問いの内容が、児童にとって分かりにくいものであったこと

が分かった。そこで、第2回アンケートでは、「(ねらいとする道徳的価値)の意味や大切さ

に気付くことができたか」という平易な表現を用いることとした。

また、登場人物に照らして自己を見つめ、その過程で生まれた自己の思いや考えを基に他

者と対話する活動の有効性を検証するために、具体的手法である「自分見つめライン」や

「心の鏡」等を活用しなかった授業後にも同じ内容のアンケートを行い、その結果を比較す

ることとした。図15は、第1回授業実践の翌週に、また、図16は、第2回授業実践の翌週に

行った授業後のアンケートの集計結果である。

図15、図16を見ると、手法を活用しなかった授業についても、全質問に対して概ね肯定的

な回答を得られたが、手法を活用した授業の方が、「そう思う」と回答した割合が高くなる

傾向が見られた。さらに、手法を活用した授業においては、「そう思わない」という回答が

全項目において見られなかったことからも、四つの手法が、仮説を具現化する上で効果的で

あったと捉えている。

3 研究のまとめと今後の課題

(1) 研究のまとめ

「考え、議論する道徳」の授業づくりについて仮説を立て、2回の授業実践を通して、その

有効性を検証してきた。実践では、登場人物という共通の指標を軸に、「登場人物と比べて自

分はどうか」「自分が登場人物の立場だったら」という視点から、ありのままの自分を見つめ

る活動や、意思や立場を明確にした上で対話する活動を仕組んだ。授業で活用したワークシー

トへの記述内容や、授業後に実施したアンケートの集計結果からも、多くの児童が自分の現状

にしっかりと目を向け、道徳的価値について多面的・多角的に考えた上で、これからのよりよ

い生き方について明確な思いをもてるようになったことが確認できた。以上のことから、仮説

の活動は児童が道徳的諸価値の理解を深め、これからのよりよい生き方について考える上で、

有効であったと考える。

質問①

質問②

質問③

質問④

質問⑤

質問①

質問②

質問③

質問④

質問⑤

図15 第6学年における、「自分見つめライン」と

「共感カップ」を活用しなかった授業後の

アンケートの集計結果(36人)

図16 第4学年における、「心の鏡」と「カラーボー

ド」を活用しなかった授業後のアンケートの

集計結果(25人)

そう思う

どちらかといえばそう思わない

どちらかといえばそう思う

そう思わない

そう思う

どちらかといえばそう思わない

どちらかといえばそう思う

そう思わない

Page 12: 「考え、議論する道徳」の授業づくりに関する研究 -登場人物に … · 共同研究の授業実践者の視点から、「考え、議論する道徳」の授業づくりにおける指導方法

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なお、研究成果を基に作成された「道徳科の授業づくりのために

~授業DVD~」(平成30年2月 山口県教育委員会)(図17)を

県内の小・中学校へ配付し、成果の普及を図っている。DVDに

は、本研究に基づき実践された授業の映像が含まれており、研修

資料としての活用が望まれる。

(2) 今後の課題

本実践では、ワークシートへの記述内容から道徳的価値の理解

が深まったかを判断してきたが、他者理解の深まりを見取ることに

ついては課題が残る。2回の授業実践を通じ、対話の様子を観察し

たり、アンケートを実施したりしたが、今後は、それ以外にも、記述から他者理解の深まり

が表出されるような手立てを講じていきたい。例えば、授業において自分の考えに大きな影

響を及ぼした友だちの意見を書き加えられるようなワークシートの工夫等が考えられる。

子どもたちが将来、様々な問題場面に直面した時に、その状況に応じて考え、主体的に道徳

的実践を行えるようにするためには、道徳性の涵養が欠かせない。だからこそ、今後も児童生

徒が、道徳的諸価値の理解を基に、自己を見つめ、物事を多面的・多角的に考えられるような

授業づくりを追求していきたい。そして、それらの理解がどう深まったかを見取るための工夫

についても探り、授業改善につなげていきたい。

【引用文献】

*1 文部科学省、『小学校学習指導要領解説 特別の教科 道徳編』、2017、p2

*2 文部科学省、『小学校学習指導要領』、2017、p146

文部科学省、『中学校学習指導要領』、2017、p139

*3 大野光二、「自己の生き方についての考えを深める道徳の時間の一考察」、環太平洋大学研究紀要、2013、p214

*4 やまぐち総合教育支援センター、「道徳教育の充実に関する研究-「考え、議論する道徳」の授業づくり

を中心に-(平成 28・29 年度調査研究紀要)」、2018、p3

【参考文献】

・山口県教育委員会、『道徳科の授業づくりのために~「特別の教科 道徳」(道徳科)実施に向けて~』リー

フレット、2017

・赤堀博行、『道徳教育で大切なこと』、東洋館出版社、2010

・赤堀博行、『道徳授業で大切なこと』、東洋館出版社、2013

・赤堀博行、『「特別の教科 道徳」で大切なこと』、東洋館出版社、2017

・永田繁雄編著、『平成28年版 小学校新学習指導要領の展開 特別の教科 道徳編』、明治図書出版社、2016

・松本美奈・貝塚茂樹・西野真由美・合田哲雄編、『特別の教科 道徳Q&A』、ミネルヴァ書房、2016

・坂本哲彦、『道徳授業のユニバーサルデザイン-全員が楽しく「考える・わかる」道徳授業づくり-』、東洋

館出版社、2014

図17 研究成果を基に作成

された授業DVD