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ビズジンが主催する無料イベント「Business Book Academy」(協賛:日立製作所)。2016 年 5 月の講師は、書籍 『問題解決に効く「行為のデザイン」思考法』も好評な、応用物理学の学歴を持つ異色のデザイナー村田智明氏。「ヒ ト・モノ・情報のインターフェイス」「行為を妨げる 8 つのバグ」を中心に、企業における実際の商品・サービス開発 で活用されている「行為のデザイン」を事例とともに解説していく。 「ハンガー」は人に優しいのかを疑ってみる 「ハンガーにスーツをかけようとする時に、どのよう な問題が発生するか?」という問いかけから村田氏の講 演は始まった。 多くの人はハンガーにまずは上着をかけると思うが、 そうするとズボンをハンガーにかけにくいという問題が 発生する。解決策としては「上着とズボンを別々のハン ガーにかける」もしくは「ズボンを先に脱ぎ、ハンガー にかける」ことが考えられるが、村田氏が「スーツの上 着を脱ぐ前に、ズボンを脱ぐ人はいるか」と会場に問い かけたところ、約 100 人の中で手を挙げたのはたったひ とりだけ。つまり、ハンガーはマイノリティのために設 計されていることになってしまう。 このような問題は、新しいプロダクトをつくる際に「行 為」に注目しないことで起こる。本稿では人々の行動に 注目し、問題解決を果たすイノベーションを起こす方法 論である『「行為のデザイン」思考法』について、「ヒト・ モノ・情報のインターフェイス」「行為を妨げる 8 つの バグ」を中心に考えていく。 村田智明氏 京都造形芸術大学教授 大学院 SDI 所長/ 株式会社ハーズ実験デザイン研究所 代表取締役 日常の「行為」に注目したデザインと、 行為の手を止める「8つのバグ」の 解決策とは?

日常の「行為」に注目したデザインと、 行為の手を止める「8つ … · 世の中には財布のデザイナーが沢山いるのに、彼らは 出し入れするお金の手順まで考えているのだろうか。コ

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ビズジンが主催する無料イベント「Business Book Academy」(協賛:日立製作所)。2016 年 5 月の講師は、書籍

『問題解決に効く「行為のデザイン」思考法』も好評な、応用物理学の学歴を持つ異色のデザイナー村田智明氏。「ヒ

ト・モノ・情報のインターフェイス」「行為を妨げる 8 つのバグ」を中心に、企業における実際の商品・サービス開発

で活用されている「行為のデザイン」を事例とともに解説していく。

「ハンガー」は人に優しいのかを疑ってみる

「ハンガーにスーツをかけようとする時に、どのよう

な問題が発生するか?」という問いかけから村田氏の講

演は始まった。

多くの人はハンガーにまずは上着をかけると思うが、

そうするとズボンをハンガーにかけにくいという問題が

発生する。解決策としては「上着とズボンを別々のハン

ガーにかける」もしくは「ズボンを先に脱ぎ、ハンガー

にかける」ことが考えられるが、村田氏が「スーツの上

着を脱ぐ前に、ズボンを脱ぐ人はいるか」と会場に問い

かけたところ、約 100 人の中で手を挙げたのはたったひ

とりだけ。つまり、ハンガーはマイノリティのために設

計されていることになってしまう。

このような問題は、新しいプロダクトをつくる際に「行

為」に注目しないことで起こる。本稿では人々の行動に

注目し、問題解決を果たすイノベーションを起こす方法

論である『「行為のデザイン」思考法』について、「ヒト・

モノ・情報のインターフェイス」「行為を妨げる 8 つの

バグ」を中心に考えていく。

村田智明氏 京都造形芸術大学教授 大学院 SDI 所長/

株式会社ハーズ実験デザイン研究所 代表取締役

日常の「行為」に注目したデザインと、

行為の手を止める「8つのバグ」の

解決策とは?

「人・モノ・情報」の接点であるインターフェイス

に注目する

「行為のデザイン」の思考プロセスにおいて注目する

べきは、インターフェイスである。「人・モノ・情報」の

接点となるのがインターフェイスで、全部で 6 通りの組

み合わせが存在する。その中でも「行為のデザイン」の

対象領域は「人と人」「人とモノ」「人と情報」の 3 つで

ある。

例えば、駅の階段で母親がベビーカーを押して階段を

あがろうとしているシーンを想像して欲しい。「ベビーカ

ーで階段をあがる」という目的を果たす方法を、「人・モ

ノ・情報」の 3 つの手段から考えてみよう。

1 つ目は「人」による解決だ。近くにいる人に「ベビ

ーカーの片側を持ってもらえませんか?」と頼むことで、

階段をあがることができる。2 つ目は「モノ」による解

決。階段をそのまま上がれるホイールをベビーカーにと

りけることで解決できる。3 つ目は「情報」による解決。

スマートフォンでエレベーター設置情報を確かめ、エレ

ベーターに乗ることで解決できる。

この一連の流れの中で大切なのが、

1.行為の先にある「目的」をまず決めて、そこから手

段を考えること

2.行為を人・時間・空間で俯瞰すること

3.バグに遭遇している人になりきり、観察から得られ

ないことを想像体験から得ること

という以上の 3 つの要素である。

行為の手を止める「8つのバグ」とその具体例①:

矛盾・迷い・カオス・不環

では、日常の行為の手を止める「バグ」には、具体的

にどのようなものが存在するのか。村田氏はバグを 8 つ

に分類し、事例を添えながら紹介した。

村田氏が提唱する「8 つのバグ」

1.矛盾のバグ

点滴スタンドは患者を治療し、本来ならば患者を安心

させるために存在しているはずである。しかし、病院に

よく置いてあるような点滴スタンドは、ステンレスとい

う素材のため、無機質な冷たい印象を受け、とりわけ入

院中の子どもを不安にさせている。これが「矛盾のバグ」

である。

解決策として、素材をステンレスから木に変更し、黒

板のようにチョークで絵を描ける点滴スタンドに変える

ことで、子どもが不安感を抱かないようなデザインを施

した点滴スタンド「feel」を開発した。

「feel」

2.迷いのバグ

「パーティー会場で、テーブルに置いてあるグラスの

中でどれが自分のものかわからなくなり、新しいグラス

を使った」という経験を、誰もが一度はしたことがある

のではないかだろうか。これが「迷いのバグ」である。

このバグを解決するために生まれたのが、グラスマー

カーだ。パーティー会場の入り口で配布し、自分が使用

するグラスに吸盤でくっつけることができる。一つひと

つが別の動物の柄になっているグラスマーカーを配り、

それを自分のグラスにつけてもらうことで自分のグラス

を判別できるようにした。

3.混乱のバグ

日本で電車に乗っていると、次に停まる駅名以外にも

多くのアナウンスが流れる。携帯電話や優先席、そして

駆け込み乗車にまつわる注意、他にも「◯◯歯科はこち

らが最寄り駅です」といった宣伝が流れることもある。

多くのアナウンスが流れることにより、とりわけ外国人

観光客などが必要な情報を知ることができないケースが

発生する。これが「混乱のバグ」である。

ドイツでは次に停まる駅名を読み上げるだけで、不要

なアナウンスによる混乱を避けている。

4.不環のバグ

高いところに置かれている物を取りたいと思ったとき

に、わざわざ脚立を出すのが面倒で、椅子を脚立代わり

に使ってしまった経験が一度はあるのではないだろうか。

倒れて怪我をする危険性が高まるのに、なぜ椅子を使っ

てしまうのか。バグになる理由があるのに解決せずに放

置すると、さらなるバグがうまれるこのような悪循環を

「不環のバグ」と呼ぶ。

解決策として開発したのが、リビングに置いても恥ず

かしくないデザインと大きさの脚立「lucano」である。

今までは機能と値段のみで判断されていた脚立にデザイ

ン性を加えることで、「脚立は出しておくもの」という考

え方が広まり、アパレル系のショップに次々と導入され

ていった。そして、それを見かけた人が自宅用に脚立購

入する流れが起きた。

「lucano」

行為の手を止める「8つのバグ」とその具体例②:

退化・精神的圧迫・記憶・手順

5.退化のバグ

買ったばかりの消しゴムは角が尖っているため小さな

字も消せるのに、使っていくうちに段々と丸くなって消

せなくなっていく。このようにもともとあった機能が失

われていくのが「退化のバグ」である。

そこで開発したのが、螺旋状でどこまでも尖った部分

が存在する「viss」、薄いガムのようなデザインで角が丸

くなっても大きな曲面にならない「gum」という 2 つの

消しゴムだ。デザインを工夫することで、小さな字も広

い面もどちらにも対応できる消しゴムをつくることがで

きた。

「viss」

「gum」

6.精神的圧迫のバグ

オフィスのパーティションが空間的な効率を追求す

る「単なる囲み」のような形状だと、情報共有の機会が

減ったり、精神的な圧迫を感じたりすることがある。こ

れを「精神的圧迫のバグ」と呼ぶ。

これを解消するために、直線と曲線のユニットで、人

の気配を感じつつも豊かなパーソナル空間をつくり出す

ことができる「falce」を開発した。

「falce」

7.記憶のバグ

雑誌を本棚に収納すると、背表紙しか見えないためそ

の内容を思い出すことは難しい。このように必要な記憶

を呼び起こしたい時にうまく出てこないことを「記憶の

バグ」と呼ぶ。

ではどのような本棚があれば、雑誌の表紙が見えるよ

うに並べることができるのだろうか。村田氏がデザイン

した「ladd」は、表紙を半分見せて置くことができ、ち

ょうど 12 ヶ月分を収納することができるので、すぐに

目的の雑誌を見つけることができる。ヘアサロンなどで

主に使用されているようだ。

「ladd」

8.手順のバグ

世の中には財布のデザイナーが沢山いるのに、彼らは

出し入れするお金の手順まで考えているのだろうか。コ

ンビニで何かを購入した時に「2830 円になります」と

言われた場面を想像してほしい。

ステップ 1…5000 円札と 30 円を渡す。その際に財

布のなかであいているのは小銭入れ。

ステップ2…お釣りとして2000円を最初に渡され、

慌てて小銭入れをしめて、お札を財布に入れる。

ステップ 3…続いて、レシートの上にのっている

200 円を受け取る。また小銭入れをあけて、そこに

小銭をしまう。

ステップ 4…小銭入れを閉め、お札入れにレシート

を入れる。

このように、お釣りを受け取るという一般的なシーン

ひとつ取っても、その手順が財布のせいで複雑になって

いることがわかるだろう。これを「手順のバグ」と呼ぶ。

「行為のデザイン」ワークショップの手順とは?

最後に、どのようなワークショップを実施し、「行為の

デザイン」思考を実践すれば良いのかを紹介しよう。ま

ず「行為のデザイン」ワークショップを行う際に気をつ

けたいのが、ワークショップをバトンタッチ型から円卓

型に変えることだ。従来のように企画、デザイナー、技

術者、営業が別々に会議を行っていくと、商品の企画意

図のズレが生じしてしまい、最後に出てきた商品が最初

の企画と異なる問題が起きやすい。なので、その製品に

関わる全ての人間が円卓型の会議に参加することで合意

形成を行う必要がある。

ワークショップは事前準備、開催、そして開催後のビ

ジュアルデザインの 3 つのフェーズにわかれている。事

前準備の最初の段階では、「感性価値のヒアリング」を行

う。

「行為のデザイン」においては目的が重要なので、続

いて具体的な目的を策定する。その後、どのようなステ

ークホルダーが関わるのか、一番問題が起きそうなシー

ンはどのようなものかをベースとなるシートに書き込む。

最後に各ステークホルダーが時間軸上でどのような「行

為のフロー」を行うのかを考える。

続いてワークショップを開催し、「ステークホルダー」

「シーン」「行為のタイムフロー」に基づき、バグを出し、

その理由を考えていく。例えば「ペットが出したご飯を

食べてくれない」というバグの場合は、「おなかがいっぱ

いだから」「安物だから」「体調が悪いから」といった理

由が考えられる。

その理由にヒントを得て、解決策を出していく。多く

の解決策の中から、実行可能性を考慮に入れながら優先

順位をつけ、それをビジュアル化していく。文字情報の

みで共通認識をつくるのは難しいためだ。

最後に出てきた解決策を統合し、不要な要素を削って

いく。そしてコンセプトメイキングと発表を行う。ワー

クショップ終了後は、ビジュアルデザインを行い、アイ

デアを可視化していく。

実際にイベント中には「新幹線の中で気持ちよく眠っ

ている時に、けたたましい着信音やアラームが鳴る」場

面を想像し、ステークホルダーや行為の流れ、バグとそ

の解決策について簡単なワークショップが行われた。

より「行為のデザイン」について知り、実践してみた

いと思った方には、書籍『問題解決に効く「行為のデザ

イン」思考法』の購入をオススメする。より豊富な事例

とともにバグの種類と解決方法について紹介されていて、

行為を誘導する「アフォーダンスデザイン」や行為のデ

ザイン・ワークショップについても詳しい解説がされて

いる。

<了>

PROFILE

村田 智明(むらた・ちあき)

京都造形芸術大学教授 大学院 SDI 所長

株式会社ハーズ実験デザイン研究所 代表取締役

1959 年鳥取県境港市生まれ。1982 年に大阪市立大学工学部応用物理学

科卒業後、三洋電機株式会社デザインセンター入社。1986 年に同社を設

立、プロダクトを中心に広範囲なデザイン活動を行う。オムロンの血圧計

「スポットアーム」(2004 年)やマイクロソフト「Xbox 360」(2005 年)

などを手がけ、記録的な販売数量を達成する。自ら立ち上げたブランド共

有型コンソーシアムブランド METAPHYS 製品は、G マーク特別賞をはじ

め、DFA グランプリ、RED DOT BEST OF BEST、ジャーマンデザイン

アワード WINNER 賞など、国内外で 50 点以上を受賞。自ら実践してい

る心理行動分析法による商品開発メソッド「行為のデザイン」や「感性価

値ヘキサゴングラフ」は、多くの企業や行政で導入されている。また東京

都美術館新伝統工芸プロデュース事業(TC&D)や越前ブランドプロダク

ツコンソーシアム(iiza)、鳥取県コンソーシアムブランド(TOTT)など、

地域振興施策としてデザインを活用したプロデュース業務にも数多く携

わっている。神戸芸術工科大学客員教授、九州大学非常勤講師、2011 年

から京都造形芸術大学大学院にて、デザインで社会問題を解決するSDI(ソ

ーシャルデザイン・インスティテュート)を開講した。著書に『ソーシャ

ルデザインの教科書』(生産性出版)、『問題解決に効く行為のデザイン思

考法』(CCC メディアハウス)がある。