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130───第33実践研究助成 研究課題 「外国語の学び方」の指導に結びつくICTを活用した問解決的なコミュニケーション活動に関する実践的研究 副題 学校名 富士見市立東中学校 所在地 354-0002 埼玉県富士見市上南畑980 学級数 9 児童・生徒数 283職員数/会員数 18学校長 坂手 修一 研究代表者 永易 淳史 ホームページ アドレス http:// www.city.fujimi.saitama.jp/school/higashichu/index.html 1.はじめに 現行の学習指導要領から、外国語科(英語科)の目標とし て「実践的コミュニケーション能力の育成」が挙げられた。 さらに「『英語が使える日本人』の育成のための行動計画」 (文部科学省2003)では、「中・高等学校を卒業したら英語 でコミュニケーションできる」ことを目標に英語の授業の改 善、英語の教員の教授力の向上、生徒の英語に対するモティ ベーションの向上、入学者選抜の改善、小学校では総合的な 学習の時間の一部を使い英会話活動が導入されている。中学 校の外国語科(英語科)の授業では「実践的コミュニケーシ ョン能力」の育成のために、ALTを導入し「聞くこと・話す こと」に関して流暢さやネイティブさを目指す活動が少なく ない。しかし、そのような授業の中でさえも、実践的なコミ ュニケーションを行う上で必要となる「思考・判断」的な学 習内容は確かに存在する(永易・野村 2006)。授業における 言語活動は、従来、「しゃべることができる」といった「技 能・表現」という観点からの評価だけであった。しかし、 「実践的なコミュニケーション能力」の育成はそれだけでは なく、 (1) 未知のコミュニケーション場面に対応できる外国語科と しての見方考え方を身につけること (2) コミュニケーション成立のための適切な手段を選択でき る情報活用能力を身につけること も必要であると考える。つまり、様々な状況に応じた問題解 決的な「思考・判断」ができなければ「実践的なコミュニケ ーション能力」は育成できないであろう。 例えば、「事物を指し示す言葉は一対一対応である」「単語 の中には規則的な(語尾)変化によって同じ意味を付与する ものがある」といった言語を捉える見方考え方を指導し生徒 たちに類推を働かせて何とかしようとする思考活動を喚起さ せなければ、暗記していない語句には対応ができない。さら に言えば、実践的なコミュニケーションが目指すのは「お互 いに理解し合える」ことであり、流暢に話せることが大事な のではなく、音声認識・翻訳ソフトや電子辞書を活用すると いった状況に応じて適切な手段を選択できる力、すなわち情 報活用能力も求められると考える。 実践研究助成 中学校 表現する内容(日本語) 表現する内容(英語) 内容を構成する概念に対する 英単語(句) 内容を表現する英文法 受け取った内容(日本語) 受け取った内容(英語) 内容を構成する英単語(句)の日本 語の意味 内容を構成する英文法 情報処理 意味の解釈(理解) 対話 変換(翻訳) 図1 外国語を使ったコミュニケーション過程モデル

「外国語の学び方」の指導に結びつくICTを活用した問題 解 …解→③内容確認→④教材を使った練習→⑤教材の発展練習→ ⑥応用練習という授業展開が典型的である。④~⑥の過程で

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130───第33回 実践研究助成

研究課題

「外国語の学び方」の指導に結びつくICTを活用した問題

解決的なコミュニケーション活動に関する実践的研究 副題

学校名 富士見市立東中学校

所在地 〒354-0002

埼玉県富士見市上南畑980

学級数 9

児童・生徒数 283名

職員数/会員数 18名

学校長 坂手 修一

研究代表者 永易 淳史

ホームページ アドレス http:// www.city.fujimi.saitama.jp/school/higashichu/index.html

1.はじめに

現行の学習指導要領から、外国語科(英語科)の目標とし

て「実践的コミュニケーション能力の育成」が挙げられた。

さらに「『英語が使える日本人』の育成のための行動計画」

(文部科学省2003)では、「中・高等学校を卒業したら英語

でコミュニケーションできる」ことを目標に英語の授業の改

善、英語の教員の教授力の向上、生徒の英語に対するモティ

ベーションの向上、入学者選抜の改善、小学校では総合的な

学習の時間の一部を使い英会話活動が導入されている。中学

校の外国語科(英語科)の授業では「実践的コミュニケーシ

ョン能力」の育成のために、ALTを導入し「聞くこと・話す

こと」に関して流暢さやネイティブさを目指す活動が少なく

ない。しかし、そのような授業の中でさえも、実践的なコミ

ュニケーションを行う上で必要となる「思考・判断」的な学

習内容は確かに存在する(永易・野村 2006)。授業における

言語活動は、従来、「しゃべることができる」といった「技

能・表現」という観点からの評価だけであった。しかし、

「実践的なコミュニケーション能力」の育成はそれだけでは

なく、

(1) 未知のコミュニケーション場面に対応できる外国語科と

しての見方考え方を身につけること

(2) コミュニケーション成立のための適切な手段を選択でき

る情報活用能力を身につけること

も必要であると考える。つまり、様々な状況に応じた問題解

決的な「思考・判断」ができなければ「実践的なコミュニケ

ーション能力」は育成できないであろう。

例えば、「事物を指し示す言葉は一対一対応である」「単語

の中には規則的な(語尾)変化によって同じ意味を付与する

ものがある」といった言語を捉える見方考え方を指導し生徒

たちに類推を働かせて何とかしようとする思考活動を喚起さ

せなければ、暗記していない語句には対応ができない。さら

に言えば、実践的なコミュニケーションが目指すのは「お互

いに理解し合える」ことであり、流暢に話せることが大事な

のではなく、音声認識・翻訳ソフトや電子辞書を活用すると

いった状況に応じて適切な手段を選択できる力、すなわち情

報活用能力も求められると考える。

実践研究助成

中学校

表現する内容(日本語)

表現する内容(英語)

内容を構成する概念に対する英単語(句)

内容を表現する英文法

受け取った内容(日本語)

受け取った内容(英語)

内容を構成する英単語(句)の日本語の意味

内容を構成する英文法

情報処理 意味の解釈(理解)

対話

変換(翻訳)

図1 外国語を使ったコミュニケーション過程モデル

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第33回 実践研究助成───131

中学校

2.研究の目的

本研究では、情報教育の視点から教科の本質を捉え直すと

いう考え方にもとづく外国語科(英語科)の授業改善方法を

示すことを 終的な目標とする。本論文では、「実践的コミ

ュニケーション能力」を育成するために、実践的なコミュニ

ケーションを支援するICT機器を使用した授業モデルを提案

するとともに外国語科における「思考・判断」の視点からの

学習評価手法を開発し、実証的評価を行う。

3.実践的コミュニケーションを指導する 授業展開とICT機器活用法の提案

外国語科(英語科)では、話すことを中心にしたオーラ

ル・アプローチやコミュニカティヴ・アプローチを導入する

授業が日常的になってきており、①新教材の提示→②内容理

解→③内容確認→④教材を使った練習→⑤教材の発展練習→

⑥応用練習という授業展開が典型的である。④~⑥の過程で

インフォメーションギャップなどの「コミュニケーション活

動」がおこなわれている。

本研究では、外国語科(英語科)の授業場面の中でも主に

「コミュニケーション活動」に注目し、問題解決的な指導法

を導入することで、「実践的コミュニケーション能力」をよ

り効果的に育成できるための授業改善を試みる。従来の「コ

ミュニケーション活動」では、新規概念の文法事項を含んだ

英文の語句を一部入れ替え、英会話をおこなうパターン・プ

ラクティスをおこなっていた。単元レベルの授業展開として、

新出の文法事項や単語にこだわらず、まずは(ア)それらを

活用することができる実践的な会話場面を提示し、母国語で

その場面を理解し会話を予想させた後、(イ)それを外国語

でどのように表現できるか、について既習の文法や単語を駆

使したり、さらには単語の語尾変化に着目するなど、言語を

捉えるための見方・考え方を発揮して、未知の単語を推測し

ながら、翻訳作業をさせる。そして(ウ)実際に友達同士や

ALT等と会話を推測したり、ロールプレイングをすることを

通して、相手に通じるか、他の表現の仕方がないかを確認す

ることから(エ)「実践的コミュニケーション」がどの程度

成功したのか自己評価に結びつけることを返して「なんとか

文章を生成する」ことの見方・考え方を養っていくことを目

標に授業展開を提示する。

教科書の単元で生徒が、学習すべき文法事項は(ウ)の中

で教員側から提示することで、単に暗記をしなければならな

いと受身に捉えるのではなく、従来の学習だけでは思い通り

に表現できないことに対して、より適確に伝える方法を知ら

せることとなる。それにより生徒が、表現の枠を広げようと

し、より主体的に学ぼうとすることが予想される。

さらには、(イ)の過程で大事なことは同じことを書いて

も色々な表現の仕方があることを知り、何通りもの表現の仕

方を試みようとする態度を育てることであり、正解が一通り

ではないことはもちろんのこと、正解を1つ暗記しておけば

よいという活動ではないということである。

この時、覚えていない知らない表現を探そうとすることや、

探し出した新しい表現が本当に通じる表現なのかを確かめよ

うとすることは、 初は一人では難しく教員が支援する必要

がある。

そこで本研究ではソニー株式会社の携帯ゲーム機「PSP」

の英会話練習ソフト「TalkMan(トークマン)」を導入し

(イ)の過程を活動させることを考えた。

表1 一般的な観点と英語科の観点と相関

点外国語科(英語科)の具体的な活動例

英語

科の

観点

授業中に先生や友達の話す英語を注意して聞いている コミュ

授業中、進んで進んで発表し、大きな声で発音している コミュ

言語活動において積極的にコミュニケーションをとろうとしている コミュ

関心・意欲・態度 授業で使用したプリントやノートを整理し保存している コミュ

先生やALTが話す英語を教科書や辞書を使って理解できる コミュ

写真、地図などを用い日本や外国の文化をスピーチで伝える 表現

英語のスピーチを、既習事項を駆使して質問し理解できる 理解

思考・判断 日本と外国の生活様式について調べその内容を説明できる 言語

英語で簡単なあいさつができる 表現

教科書で学んだ単語や本文を正しく読むことが出来る 表現

英語を使って外国の人に手紙を書くことが出来る 表現

技能・表現 過去の出来事や行動を英語で表現できる 表現

学んだ単語や本文を聞き、意味を日本語で言うことが出来る 理解

英語の物語を読みあらすじを日本語で説明することが出来る 理解

「一般動詞」の意味が言え英文の中で正しく使うことが出来る 言語

知識・理解 日本人と外国人の表現方法の違いを言うことが出来る 言語

*コミュニケーションへの関心・意欲・態度=コミュ 表現の能力=表現 理解の

能力=理解 言語や文化に対する知識・理解=言語

4.実証授業実施計画

問題解決的なコミュニケーション活動を含む、3で示す授

業展開の授業を実施し、その効果を検証するために、平成19

年度に筆者の勤務校である埼玉県内の公立中学校において、

図2のような年間指導計画を立てた。本実践は、中学校1年

生の3クラスを対象とし、指導法の組み合わせ方によって、

図2のようなA~C群に分けた。また、従来の外国語科(英

語科)における「コミュニケーションへの関心・意欲・態

度」「表現の能力」「理解の能力」「言語や文化に対する知

識・理解」の4観点を整理し直し、「思考・判断」を明確に

分けた4観点での評価を行う、1学期末テスト、2学期中間

テスト、2学期末テスト、3学期末テストを新たに作成し、

実施した結果の平均点により特に「知識・理解」「技能・表

現」「思考・判断」の視点での学習効果を維持した。

5.「思考・判断」を問う問題と学習目標、 評価基準

本研究では、実践的コミュニケーションに必要な「思考・

判断」を、①未知の状況を理解するために既有の知識を駆使

してさまざまな可能性を推測(類推)できる力、①’なんと

か応答できるために非言語的な応答方法も含めて適切な手段

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132───第33回 実践研究助成

写真1

を取捨選択(可能性の予測と判断)できる力、②言語的な応

答ができるために、語彙や文法について既有の知識から類推、

推論(演繹的に再構成)できる力、③自らの行動、判断を振

り返り自己評価できる力、の大きく3つがあると考え、一方

で、このような問題の

採点方法としては、文

法的な誤り等を減点す

る従来の採点方法では

なく、文法やつづりに

誤りがあっても「実際

にはなんとか意味が通

じる」という内容は加

点する方法が妥当であ

ると考えた。

具体的な採点基準としては、①の観点から、外国語科(英

語科)であっても、まずは日本文での回答に対して、「一般

的に必要とされる対話」「あまり必要のない対話」「常識的に

ありえない対話(含空欄)」の3段階で採点した。②の観点

からは、英語への変換において、「意味合いも文法も正しい」

「文法に誤りがあるが、なんとか通じる」「まったく通じな

い(含空欄)」の3段階に分けて採点を行った。

6.実践結果の考察

図2のように、2学期中間テスト、2学期末テスト結果か

ら「思考・判断」以外の観点には有意差が見られず、従来の

授業と本研究で提案した授業の違いが素直に反映された結果

と受け取れる。また、3学期の中間テストでは、A群、B群、

C群ともに有意差が見られなかった。このことから、本研究

で提案したコミュニケーション活動が、目指す「思考・判

断」を高める上で有効であったことが示唆される。さらに、

3学期末テストではA群とB、C群に「思考・判断」の観点に

有意差が見られなかったことから、本研究で提案する実践的

コミュニケーション力を高める指導を経験することで新たに

示された「実践的コミュニケーション」に対する見方・考え

方が定着し続けることを示唆していると考えられる。

7.おわりに

本来、外国語

科(英語科)は

「技能・表現」

に偏った英会話

教室や「知識・

理解」に重点を

置き、問題演習

のテクニックに

力を入れている

進学(学習)塾

や予備校とは、

一線を画して外国語を学ぶための見方・考え方を養うべきと

考える。しかし、公立中学校における高等学校の受験への対

応は現実的には大きな課題として存在し、生徒は中長期的な

視野で外国語(英語)を学ぼうとするより、身近な現実とし

て受験を意識した問題演習の手法に対する関心が強いと思わ

れる。その結果、大半の生徒は、英語の授業で「外国語の学

A群

B群

C群

1学期末テスト

2007.6.11 実施

2学期中間テスト

2007.9.19 実施

2学期末テスト

2007.11.20 実施

3学期末テスト

2008.3.3 実施

知 技 思

知 技 思

知 技 思

知 技 思

知 技 思

知 技 思

知 技 思

知 技 思

知 技 思

知 技 思

知 技 思

知 技 思

従来従来

従来従来

従来従来

本研究本研究

従来従来 本研究本研究

本研究本研究

本研究本研究

従来従来

従来従来 従来従来

従来従来

**1%

**1% *5%

**1%

47.6/60

46.8/60

46.9/60

29.4/30

28.7/30

28.5/30

日 2.7/5

英 3.8/10

日 2.4/5

英 3.8/10

日 2.6/5

英 3.8/10

36.2/60

34.0/60

35.4/60

18.1/20

17.7/20

17.6/20

日 3.9/5

英 6.4/10

日 3.1/5

英 3.9/10

日 3.0/5

英 4.0/10

40.7/60

40.3/60

39.6/60

17.3/20

16.8/20

16.2/20

日 3.7/5

英 6.5/10

日 3.9/5

英 6.2/10

日 2.8/5

英 4.4/10

36.2/60

34.0/60

33.3/60

18.1/20

17.7/20

17.7/20

日 3.6/5

英 6.4/10

日 3.7/5

英 6.4/10

日 4.1/5

英 6.1/10

図2 研究調査計画と分析結果(知は「知識・理解」、技は「技能・表現」、思は「思考・判断」)

数値は「平均/配点(満点)」の意、**p≦0.01(1%水準で有意)*p≦0.05(5%水準で有意)

写真2

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第33回 実践研究助成───133

中学校

び方、見方考え方」を学ぶより、高等学校の進学を意識して

「成績を向上するための具体的な方法」を身につけたい意識

が強いと考えられる。「まずはどんな方法を使ってでも伝わ

ることが大事だ」という実践的コミュニケーションのイメー

ジを如何に伝え、よりよいコミュニケーションのために、カ

タコトの英語から文法や単語、慣用表現といった外国語技術

を積極的主体的に学ぼうとする態度を養うかについて、さら

なる工夫が必要であろう。今後も、教育現場の 前線で、試

行錯誤を続けて行きたい。

参考文献

[1] 永易淳史・野村泰朗(2006):「思考・判断」の評価観点

に着目した外国語科の授業展開の見方・考え方の提案。

「埼玉大学紀要(教育学部)」第55巻、第1号

[2] 永易淳史・野村泰朗(2006):外国語を用いたコミュニ

ケーションにおける問題解決的な活動を明確にした授業

設計の考え方の提案。「埼玉大学紀要(教育学部)」第55

巻、第2号

[3] 平田和人(1999):「中学校学習指導要領の展開」。明治

図書

[4] 文部科学省(2003):「『英語が使える日本人』の育成の

ための行動計画」

[5] 文部省(1999):「中学校学習指導解説-外国語編-」