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「夕張メロン」に見る農産物のブランド・マネジメント 誌名 誌名 関東東海農業経営研究 ISSN ISSN 13423118 著者 著者 森嶋, 輝也 巻/号 巻/号 96号 掲載ページ 掲載ページ p. 23-32 発行年月 発行年月 2006年2月 農林水産省 農林水産技術会議事務局筑波産学連携支援センター Tsukuba Business-Academia Cooperation Support Center, Agriculture, Forestry and Fisheries Research Council Secretariat

「夕張メロン」に見る農産物のブランド・マネジメント第1表夕張市の産業別人口構成の変化 1980年 1990年 2000年 産業別 総数構成比総数構成比総数構炉I

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  • 「夕張メロン」に見る農産物のブランド・マネジメント

    誌名誌名 関東東海農業経営研究

    ISSNISSN 13423118

    著者著者 森嶋, 輝也

    巻/号巻/号 96号

    掲載ページ掲載ページ p. 23-32

    発行年月発行年月 2006年2月

    農林水産省 農林水産技術会議事務局筑波産学連携支援センターTsukuba Business-Academia Cooperation Support Center, Agriculture, Forestry and Fisheries Research CouncilSecretariat

  • 「夕張メロン」に見る農産物のブランド・マネジメント

    森嶋輝也*

    1 はじめに

    家畜の所有者を識別するための「焼き印」に

    由来する「プランド」という言葉は、鞄や靴な

    どの革製品でも広く使われるようになったこと

    から、現在ではその言葉で服飾関係の工業製品

    を先ずイメージする人が多いかもしれない。そ

    れ以外でも世界的に有名なプランドとしては、

    家電、自動車、それに加工食品などの工業製品

    とそのメーカーに多く挙げられる。一方、近年

    では農畜産物においても、商品を差異化して「プ

    ランド化」することにより競争力の向上を狙う

    試みが進展してきている。

    この商品のプランド化を行うためには、次の

    ような手順を踏む必要がある。すなわち、企業

    や農協など生産・販売の主体となる者は、先ず

    他からその商品を識別するプランドを①「開発」

    し、商品と共に市場に導入する。その後、それ

    を② 「育成」し、皆に知られるように育て上げ

    る。そして、それがある段階まで確立されると、

    今度はその価値が下がらないように③ 「管理」

    することが重要となる。しかし、どんなに上手

    く管理しているつもりでも、環境の変化に応じ

    て、いつかは次の一手を考える必要が出てくる。

    それがプランドの④ 「強化」なのか、あるいは

    ⑤ 「拡張」なのか、はたまた全く新しいプラン

    ドの①’「開発」なのかは、そのマーケティン

    グ主体が採る戦略によって異なってくる。

    農畜産物の場合、工業製品と比べて明確な差

    異の形成や品質と出荷量の通年安定化が困難で

    あること(波積叫や、流通過程でブランドが潜

    伏化してしまうこと(荒幡[2])I)等から、プラン

    ドの確立にまで至っている事例はそう多くはな

    *北海道農業研究センター

    い。そのため、プランド・マネジメントの手法

    も未だ確立しているとは言い難い。

    銘柄化による知名度争いの激しい畜産物を中

    心に、それらのプランド戦略に関する研究も行

    われているが、堀田 [3]や戸田ら [4]のように、そ

    の多くは「開発」から「育成」に至るブランド

    形成までを主なテーマとしている。それに対し

    て、本稿では、プランド確立後の「管理」=マ

    ネジメントを取り上げ、それをプランドの開発

    から始まる一連のプロセスの中に位置付けるこ

    とで、ブランド・マーケティング全体の中でマ

    ネジメントの果たす役割を明らかにしたい。

    そのプランド構築と管理の手法として「認証

    制度」も有効である(金[SJ)が、政策的支援もあ

    り、今後は「商標登録」の活用が有力な手段の

    一つになると考えられている。そこで本稿では、

    この商標登録によるブランド管理を先駆的に行

    っている北海道の「夕張メロン」の事例を分析

    の対象とする。

    2. 夕張市の農業と「夕張メロン」

    1888年に炭田が発見された後、その開発の

    ために入植が始まり、一時は 24もの炭鉱を持

    つ国内有数の石炭供給基地として栄えた夕張市

    は、 1960年のヒ°ーク時には 12万人近くの人口

    を擁していた。しかし、その後エネルギー源が

    石油・天然ガス・原子力などに移り変わる中、

    人口の減少が続き、現在では 1万 3000人台ま

    でになっている。この過程で夕張市の産業構造

    も大きな変貌を遂げ、 1980年から 2000年にか

    けて鉱業への就労者数は 6,766人から 7人へと

    激減した。一方、この間に農業人口の絶対数は

    それほど減少しなかったため、夕張市における

    農業の重要性は相対的に増している(第 1表)。

    - 23 -

  • 第1表夕張市の産業別人口構成の変化

    1980年 1990年 2000年

    産業別 総数 構成比 総数構成比 総数構炉I(人)(%) (人) c,> (人)

    総 数 18,424 100 8,604 100 6,402 100

    第一次産業 1,200 6.5 1,043 12.1 844 13.2 農~ 菓 : ,.''87l p:4:7 854 '・棠 6 766 36.8 ・.、:・,04/.t.'.2 ff 0.1 第三次産業 7,784 42.2 5,296 61.6 4,022 62.8

    資料:夕張市、夕張市の統計、 1998,2003

    夕張市は面積の大部分が火山灰土の山間地に

    属することから、生産力の高い農地は少な く、

    多くの農家は農外収入によって生計を立ててい

    た”。その後、収益性の高い農作物の生産を目

    指して、 1960年からメロ ンを特産蔀菜として

    振典する取り組みが始まり、既存品種であった

    スパイシー・カンタロープと静岡産のアールス

    ・フェボリットを交配させた赤肉系の「夕張キ

    ング」が新たに作り出された。当時は青肉メロ

    ンが主流で、販売先を見つけるのに苦労したも

    のの、この新品種の市場開拓に成功し、夕張に

    おけるメロンの作付け面積と販売量は指数関数

    的とも言えるほど増大していった。

    その結果、夕張市の農業に占めるメロンの比

    重は拡大を続け、 1992年度以降は農協の全取

    扱品目のうちメロンの販売高割合が 96%を越

    えることとなった。メロン生産の始まった 1960

    年代初頭にはメロン以外にもイチゴやアスパラ

    ガス、それに長芋などが同時に農協の振興作物

    として指定されており、それぞれ当時の農協販

    売額の 1割~2割程度の売り上げがあった。

    かし、その後のメロンの大成功がこれらの作目

    を合わせても 5%以下にまで駆逐して行ったた

    め、今では夕張はほぼ完全なメロン・モノカル

    チャー地帯となっている(第 1図)。

    30年以上の長きにわたって道内で No.Iの産

    地としての地位を保ち続けてきた夕張市ではあ

    るが、 1990年代後半以降は、生産者の高齢化

    によるリタイアの増加に加え、連作障害を避け

    るため休閑せざるを得ない農地も出てきたこと

    等から、作付け面積も減少傾向にある。そのた

    め、機械化による人件費の削減とシェア拡大を

    100%

    80"

    60%

    40%

    20"

    1000

    800

    600

    400

    0%

    67 72 77 82 87 92 97 02年

    第1図夕張市農協の販売構成割合資料:夕張メロン組合、創立30年誌、 1990

    夕張市農業協同組合、事業報告書、 1998,2003

    狙う共和町に、面積と出荷量共に首位の座を明

    け渡すこととなった。

    札幌市中央卸売市場でも、 1990年代以降、

    一般的に赤肉系メロンの比重が高まっている一

    方で、その赤肉の代表格だった夕張メロンの取

    扱量は減少している。これは、夕張市における

    メロ ン生産量の減少と共に、道内他産地に赤肉

    系メロ ンが普及してきたことも無関係ではな

    い。 しかし単価については、近年 400円/kg台

    で横這い傾向の続いている他種類のメロンに対

    して、夕張メロンは 800円/kg前後と 2倍近く

    の開きとなっている。この点からも、夕張メロ

    ンに対する市場の高評価が伺える(第2図)。

    円/kg1200 , .......... .

    ^ 人 、

    -:'-

    / . ぷj•··· ·• ··· ,.ふ・- , • -......... .• · ·· ·"-. ' ..、......-.... ~-べ臼二戸二

    、 .• ・ 心 ..・・・・ ... ~ -•.. ,.+・ ;

    ふ ・ ・... ヽ ;

    200 1989 1991 1993 1995 1997 1999 2001 2003年

    第2図札幌市場における種類別メロン単価の推移資料:札幌市中央卸売市場年報(青果物編)、各年

    3. 「夕張メロン」のブランド・マーケティング

    このような夕張市におけるメロンの振輿、な

    かでも「夕張メロン」のプレミアム価格の形成

    - 24 -

  • 300

    250

    200

    150

    100

    50

    ゜1960 1965 1970 1975 1980 1985 1990 1995 2000年第3図プロダクト・ライフサイクルの概念図と夕張メロン資料:夕張メロン組合、創立30年誌と反省会資料、 1990と各年

    には、夕張市農協によるブランド・マーケティ

    ングの成功が重要な役割を果たしているものと

    思われる。既に述べたように、このプランド・

    マーケティングは、プランドの「開発」→ 「育

    成」→ 「管理」→ 「強化」および/もしくは「拡

    張」といった一連のプロセスを必要とする。そ

    して、その各段階はプランドと関わる商品(群)

    のプロダクト・ライフサイクルと対応してい

    る。

    このプロダクト・ライフサイクルとは、商品

    にも生き物と同様に生まれ、育ち、大人になっ

    て、いつか年老いて行くというライフサイクル

    があるとする考え方のことである。実際、夕張

    市におけるメロン作付け面積の推移を見ると、

    市場への「導入期」の低迷を脱し、1970年代

    からの「成長期」を経て、 1990年頃に「成熟

    期」を迎え、その後は緩やかに減少しつつある

    ことから、現在は「衰退期」に入っていること

    が判る。(第 3図)

    このような商品のライフサイクルの中で、そ

    れぞれのライフステージごとに必要とされるプ

    ランド・マーケティングも異なってくる。すな

    わち、商品の開発・ 導入期にはプランドの「開

    発」と市場導入も同時に行い、成長期にはプラ

    ンドの「育成」を、成熟期には「管理」を重点

    的に行う。そして衰退期に入ると、次に採るべ

    きブランド戦略の選択と実行が課題となるので

    ある。そこで、このような商品とブランドのラ

    イフサイクルの流れに沿って、夕張市農協のプ

    ランド・マーケティングの特徴について、以下、

    分析と考察を行う。

    1) ブランド開発

    プランド・マーケティングの最初の段階、す

    なわち新しい商品とプランドの市場への導入段

    階では、市場調査と共に現在所有する自社プラ

    ンドの体系を点検した上で、今後の望ましい「プ

    ランド開発」の方向性について戦略を立てるこ

    とが重要である。そのためにも、そのプランド

    を特徴付けるアイディアによってプランド・コ

    ンセプトを確立することが必要となる。これは、

    もし新しいブランドに何の特徴もなければ、既

    存のブランドと区別されず、消費者に認知して

    もらえないまま大量の商品群に埋もれて行くだ

    ろうからである。

    そこで、商品の差異化を図ることが重要とな

    ってくるが、夕張メロンの場合には、当時主流

    だった青肉系メロンと違って赤肉特有の「柔ら

    かさ」という特徴がある。これは、日持ちがし

    ないことと裏腹の関係にあるのだが、その流通

    ・消費上の弱点を逆手に取った戦略と言える。

    それに加えて、その後増えてきた他の赤肉系メ

    ロンと比べると若干「香り」が強いことから、

    - 25 -

  • 歴代のポスターのコピーでも概ね「香り」の違

    いから来る「味」や「おいしさ」の違いを打ち

    出す戦略を採っており、そこから夕張メロンの

    ブランド・コンセプトはこれらの点に設定され

    ていることが読み取れる。

    2) プランド育成

    何らかの戦略に基づき開発されたプランドは

    市場シェア拡大を目指し、「育成」が図られる。

    その育成の戦術では、ブランドの核となるコン

    セプトを消費者への情報提供により普及・浸透

    させることが目標となる。この情報提供の手段

    としては、いくつかの「広報活動」が挙げられ、

    それにはダイレクト・メール等により個別に商

    品説明をする「DM(Direct Marketing)」、イベ

    ントやキャンペーンなどで不特定多数に直接訴

    えかける「販促活動 (SalesPromotion)」、さら

    に有償で商品やサービスの宣伝を行う「広告

    (Publicity)」と好意的な内容でマスコミに報

    道してもらう「PR(Public Relations)」等がある。

    これらはそれぞれ、対象が個別か不特定多数か、

    また方法が直接か間接か、有償か無償か、など

    の特徴によって分かれる。

    このうち夕張市農協では、 DMは全く行って

    いない。これは、「夕張メロン」のプランド使

    用に関しては「全量共撰・共販体制」を採って

    おり、かつ農協は個々の消費者に直接販売はし

    ていないためである。広告について、夕張市農

    協ではポスター、テレビスポット、地下鉄の中

    吊りなどに広告費として年間約 1800万円をか

    けている。しかし、この金額は決して突出した

    ものではなく、むしろ生産額に比較して広告宣

    伝費が多いと言われる食品関連産業の中では、

    低い方とみなしうる。これは夕張市農協が無償

    のPRをうまく利用してきた事とも関係する。

    例えば、その年のメロンの初セリの時には、テ

    レビ局を始め各種新聞、さらにはインターネッ

    トなどでも全国規模でニュースとして流れる。

    販促活動については、様々なイベントを行って

    いて、「夕張メロンカップ」という全道少年サ

    ッカー大会のスポンサーを既に 10年続けてい

    る例もある。また試食会や即売会のようなキャ

    ンペーン活動も、メロン生産に取り組み始めた

    頃から各地で行っている。これらの広報活動の

    結果、今では認知度も高まり、アンケートでも

    「夕張メロン」の名前を「聞いたことがない」

    と言う人の方が少なくなっているが、「まだ食

    べたことがない」人はかなりいるため、普及の

    次のステップとして、今後は試食会に一層力を

    入れていくことにしている。

    3) 「夕張メロン」のブランド資産価値

    このような育成過程を経た結果、夕張の「メ

    ロン」は、「石炭」に代わる新たな町のシンボ

    ルとして広く認知されるようになった。このよ

    うにプランドがいったん確立してしまうと、無

    から始める他ブランドと比べてスタート時点で

    リードを有することになり、その分効率的なマ

    ーケティングを展開できる。 David Aakerが

    Brand Equityと呼ぶ、この「プランドの名前や

    シンボルと結びついたその資産(と負債)の集

    合」 (Aakerl'l) にはいくつかの評価基準があり、

    どの方法で計上すべきかは一律には定まってい

    なし‘。

    その中でも古くから用いられてきた評価方法

    の一つに「歴史的原価」法がある。これは、買

    収プランドの場合は取得原価で、自己創出プラ

    ンドの場合はプランド開発に投入した過去の支

    出総額でブランド価値を計るものだが、後者に

    ついては失敗分も加算されるので、将来的価値

    を正当に評価し損ねる危険性もある。そこで現

    在では、自己創出プランドは、「公開市場価値」

    法、すなわち、そのプランドを市場で売却する

    としたら実現可能と見積もられる価格を算出す

    る方法や、ブランド所有の結果としてその支払

    いが免除されるロイヤルティを見積もることで

    ブランドに生じる利益を数量化する「ロイヤル

    ティ救済法」、あるいは、ノンブランド製品の

    価格と比べて、それを上回るプランド製品のプ

    レミアム価格から生じる追加的な利益に基づく

    「プレミアム価格法」等の基準を用いて評価さ

    れることが多い(白石叫。

    - 26 -

  • これらの中でも本稿では、夕張メロンの単価

    に他産地と比べて相当割高な価格が設定されて

    いることに着目して、 「プレミアム価格法」に

    よる、「夕張メロン」のブランド資産価値の評

    価を行う。計算の方法は、札幌市場で夕張メロ

    ンに付いているプレミアム価格から、ノンブラ

    ンド製品価格として他の赤肉メロンの平均単価

    を引いた差額を月ごとに算出し、それにやはり

    月ごとの夕張市農協のメロン出荷量を掛け合わ

    せた金額を累計する、というものである。

    この時、次のような仮定を置いている。①全

    ての商品を札幌市中央卸売市場に出荷したとし

    ても、価格は変わらないとすること:現在のと

    ころ夕張メロンの札幌市場への出荷率は 15%

    程度なので、実際には供給過剰により単価は下

    がるものと思われるが、その点は考慮しない。

    ②生産費と販売経費は、比較する両製品とも同

    じとすること:実際には共和町のように品質よ

    り数量を重視して、できるだけ機械化を進める

    ことで、コストダウンによる利益率アップを目

    指している産地と、夕張市のように、検査員に

    よる手選別の上、道外への出荷は全て航空便を

    使う高級志向の産地とでは、経費が違って来て

    当然であるが、ここでは販売額の違いを中心に

    見ることにする。従って、③プレミアム利益を

    見るときには勘定に入れるべき税金の額も考慮

    していない。

    以上のような重要な留保条件付きではある

    が、第 2表の数字を元に計算したところ、 2003

    年度の「夕張メロン」のブランド・エクイティ

    はおよそ 18.6億円と推計された。もっとも、

    長期的な利益水準を計算するためには、加重平

    均法を用いることが望ましい。そこで同様に

    2002年と 2001年のエクイティを算出した上

    で、それぞれウエイト付けし加重要素の合計で

    割った結果、現在の「夕張メロン」のプランド

    ・エクイティは 17億 2800万円と評価された。

    この数字はあくまで特定の観点に基づく試算で

    あり、また様々な制約や条件が付いているので

    精緻なものではないが、夕張市農協が育ててき

    第2表夕張メロンのブランド資産額の推計(2003年)

    g964833519408l

    月月月月月

    5

    6

    7

    8

    9

    ru

    36.64 419.51

    1,217.42 189.23 003

    1,862.82

    資料:夕張メロン組合、反省会資料、 2004札幌市中央卸売市場、年報,2003

    注)計と内訳はラウンドの関係で一致していない。

    た「夕張メロン」プランドを量的に評価する際

    の一つの指標となるだろう。

    4. ブランド管理のためのリスク管理

    このように「夕張メロン」プランドは 17億

    円を超す資産価値を持つようになった。そこで

    その資産を適切に管理していくことが、次の段

    階での重点的な課題となる。この資産管理には

    攻守両面があり、その価値が毀損しないように

    防衛することが先ず必要であるが、それと同時

    に、新たな利益を産み出すために積極的に活用

    することも重要である。これは、損失を生じさ

    せる可能性を持つ様々な要因への対処法を事前

    に用意しておくことで、事故の発生防止、およ

    び発生した場合のロスを極少化する一方で、そ

    れらのリスクを利益の源泉とみなし、その中で

    リターンの最大化を目指す活動、すなわち「リ

    スク・マネジメント」の視点と一致する。そこ

    で本稿では、近年日本の企業でも取り入れられ

    るようになってきている ER M (Enterprise Risk

    Management) の概念枠組みを援用して、夕張

    市農協によるブランド・マネジメントの分析と

    整理を行う。

    事業の存続と発展を阻害する「事象 (event)

    の発生確率とその結果の組合せ (ISO/IEC

    Guide73-2002)」である「リスク」のアセスメ

    ントとその対策の選択のために、リスクを分類

    する方法はいくつかあるが、 ERMで一般的に

    主要リスクとされるのは、危険(hazard)・業務

    - 27 -

  • 會気象災害による契約未達

    仁ディスカウント販売による 同業他社からのブランド・イメージの毀損 ブランド侵害 Eq

    第4図 主要リスクのタイプとその対策注) IRM, AIRMIC, ALARM(2002)の図を一部改変

    (operational)• 財務 (financial)・戦略(strategic)

    の4つのタイプである (IRMet alい)。これらは、

    それぞれ次のようなリスクを意味している。す

    なわち、 I. 危険(ハザード)リスクとは、地震

    や気象災害などの偶発的なリスク。 n.業務リ

    スクとは、製品の欠陥や従業員の不正など事業

    の操業で起こりうる全てのリスク。m.財務リ

    スクとは、資金調達や資産運用など金融面に関

    わるリスク。そしてIV. 戦略リスクとは、将来

    の需要動向や競争関係の変化など社会状況の不

    確実性に基づくリスクであり、逆に収益機会に

    もつながることがあるため、戦略的意思決定を

    要するものを言う。

    農産物のプランド・マネジメント上、これら

    のリスクは、 I. 冷害や台風などによる減収と

    契約未達、 n.低品質商品の出荷による信用喪

    失、 m.ディスカウント販売によるプランド・イメージの毀損、 IV. 同業他社からのブランド

    侵害、等のような形で顕現する。これらは独立

    して存在するものではなく、むしろ適切なマネ

    ジメントがなければ、連鎖的に発生することが

    多い。従って、これらのリスクヘの対応策とし

    ては、主に I. 生産管理、 n.品質管理と顧客管理としてのクレーム対応、 m.チャネル管理、IV. 商標管理などによる狭義のプランド管理と

    なるが、それらは相互に他の領域のリスクをカ

    バーし合う。

    1) 夕張市農協のリスク・マネジメント

    夕張市農協とその生産者達は、このようなプ

    ランド・マネジメントとして機能するリスク・

    マネジメントを次のように行っている。

    I . 生産管理:気象リスクを分散させるため

    に、 3月から 6月の間、月に4回ずつ植える分

    割定植を行っている。またハウス化率を 80%

    まで上げ、 4~5月の異常気象対策としてハウ

    ス内への温水・温風器の導入も進めている。さ

    らにハウス内の温度管理はこまめに行い、ハウ

    ス周りの雑草をできるだけ手取り除草すること

    で、病虫害の発生源を絶つようにしている。タ

    張市では、地形的に耕地面積の拡大が制約され

    ているため、どうしてもメロンの連作となりが

    ちなので、堆肥場を作って近隣市町村の畜産農

    家から集めた崇尿を堆肥化し、圃場へ投入する

    ことで連作障害の対策としている。

    II. 品質管理: 夕張キングという独自の品種

    に統一し、その種子保管庫への立ち入りにはID

    カードを必要とするなど、厳格な管理を行って

    いる。また品質のばらつきをなくすため、農協

    の共撰事業では一個ずつ全て手作業で検査して

    いる。そのため熟練した農家を検査責任者及び

    検査員として雇い、それに検査補助員を付けた

    グループで、糖度や外観等のチェックと格付け

    を行っている。

    クレーム対応: それでもなお品質の良くな

    - 28 -

  • い商品が消費者の手元に届くこともある。その

    原因の所在は産地側、流通業者、消費者側と様

    々であるが、いずれにしてもクレームは全て農

    協で受けて対応し、 トラプルの原因解明と商品

    の再送を行っている。商品の特徴と送り主の情

    報から、劣化の原因が運送業者や小売店にあれ

    ば、責任分担を後ほど彼らと話し合うが、たと

    え偽「夕張メロン」に関する苦情だったとして

    も、消費者には本物を送って食べてもらう。そ

    の処理費用は年間 700万円にも上るが、気まぐ

    れな消費者をリヒ°ーターヘと固定化するための

    投資と位置付けている。

    m. チャネル管理: 夕張市農協では、既に述

    べたように、農協による一元的な共同集・出荷

    が行われており、組合の検査を通った物以外は

    「夕張メロン」プランドの使用を禁じている。

    従って、プランド・イメージを損なうようなア

    ウトレット商品の安売りは行われていない。そ

    の出荷先はおおよそ、各地の卸売市場の競りが

    6割に対して、仲買人との相対が4割となって

    いる。その市場価格を一つの基準値として、予

    約相対取引分は前年の 12~ 2月のうちに契約してしまう。 日々の出荷量変動は基本的に市場

    ではなく相対でコントロールするが、それらの

    取引でカバーしきれない分は、 A-coop他 5ヶ

    所ある農協の直売所で需給調整を行い、極端な

    値動きを避けるようにしている。

    2) 商標管理によるプランド・マネジメ ン ト

    せっかく手塩にかけて育てたブランドも、勝

    手に他人に使用されては、消費者が混乱するし、

    場合によってはプランド・イメージが悪化する

    こともある。ブランドのような無形財産の侵害

    防護のためには、商標登録による商標権の獲得

    が、有効な対抗手段となりうる。この商標登録

    は早めに済ませておかないと、その間勝手に使

    われたり、あるいは先に登録されて使えなくな

    ったりするおそれもあるが、夕張市農協は 1973

    年という早い段階から、この申請作業を行って

    いる。もっとも、地名十一般名称という組合せ

    が商標法の第 3条に規定されている登録要件に

    抵触し、「夕張メロン 1 の名前が単独で認定さ

    れるまでには 20年かかっている。

    第3表 「メロン」と名の付く登録商標

    代寺的名称 .. ・'.. 凸 出願者 ・”” 節蜻,件け夕張メロン\夕張市... 夕張市= 北海 32 夕張oo和\日原メロン\新夕張レッド有限会社北海道日原 北海道 2 夕張山系キングメロン 栗山町呂集協同組合 北海道 1Furano'-メロン\ふらのレッド 田中博行 北海道 1ふらのメロン\ルピアレッド 富良野地方卸売市場(株)北海道 1 愛の国から幸濯メロン 丸畏帯広中央青畏(株) 北海道 1§ロマンスメロン 斉藤一彦 北海道 1オニウシメロン 鳥潟長二郎 北海道 1北斗メロン 納内星業協同組合 北海道 1北竃メロン 北竃町星協 北海道 1

    ',1・ 口. ~ (小計) 43

    クラウンメロン'-CROWNMELON (株)クラウンメロン 静岡県 5 ハミーメロン 日清製油(株) 東京都 1天橋立ネットメロン 日本冶金工集(株) 東京藝 1いつ果どこ果でメロン (株)フレッシュシステム 東京蓼 1 ルージュメロン 五所川原第一青果(株) 青森県 1ハニーゴールデン\つがりあんメロン 弘畏弘前中央青果(株) 膏森県 1 おっばいメロン 有限会社吉田種苗 膏森県 1メロンムスメ (株)マルハチ 山形県 2北のメロン フットりークインターナショナル(株)大阪府 1 MARUMELON'-マルメロン 明化産業(株) 大阪府 1メロン 深作秀喜 茨城県 1§飛騨メロン 林正彦 岐阜県 1ShonanMelon 丸秋青果(株) 神奈川 1 スイカ・メロン色彩ファミリー 鯛所興度有限会社 千葉県 1 §平成新山メロン 上田新吾 長崎県 1うまかメロンOO火の国\八代 丸西産業(株) 長野県 1 こんじき\ゴールドスクー 神際 l伸 島楢県 1

    注)§は特殊態様を、OO は構成分離を意味している。名称を一部省略しているものもある。

    (小計) 22 合計 65

    資料:特許庁、商標出願・登録情報データベース、2005年5月

    メロンに関して「~メロン」と名の付く商標

    には、「夕張メロン」以外にも、道内では「ふ

    らのメロン」、都府県では静岡県に「クラウン

    メロン」などがある(第 3表)。これらは全部で

    65件が登録済みとなっているが、そのうち 43

    件は北海道で占めている。それに対して、都府

    県では 22件となっており、メロンの生産量が

    北海道より多い、熊本県や茨城県では O~I件

    なのと比べると北海道の 43 という数字は格段

    に多い。実はこの北海道の 43件のうち 32件は

    夕張市農協が持っている商標であり、他の 11

    件も夕張というプランド管理の先進地が存在す

    ることに影響された動きと見ることができる。

    最初の登録が 1977年だったことから、早い

    ものでは既に 2回更新を行っているが、一度得

    た商標も次の更新時期までに普通名称化してい

    ると、拒否されることもあるので、夕張市農協

    では保証票シールを貼るなどして、登録商標で

    あることの注意喚起を怠らないようにしてい

    る。さらに、違反を放置しておくとやはり更新

    ができなくなるため、数は少ないが、悪質なケ

    - 29 -

  • ースに対しては弁護士を通して詐欺罪での刑事

    告訴も厭わない強い姿勢をとっている。

    商標登録による無体財産の管理には、このよ

    うな損害の防護という消極的な意味だけでな

    く、ライセンスの供与という積極的な面もある。

    夕張市農協では、メロンとその種子以外にも、

    缶詰.瓶詰め、お菓子、お茶、果実飲料、果実

    酒、それに芳香剤等なるべく多くの種類の商標

    をとっている。その結果、「夕張メロン」以外

    にも「夕張キングメロン」や「夕張キング」な

    ど計222のマークを出願して、うち 208件が登

    録済み商標となっている。そして、規格外とな

    ったメロンの果汁と果肉を加工品の原料として

    供給し、その商品に「夕張メロ ン」の名前を使

    用することを有償で許可している。

    原料を供給し、併せて商標のライセンスを供

    与した際のロイヤルティは、その売り上げの

    0.1%だけを受け取っている。これは、低品質

    な加工品が「夕張メロン」ブラ ンドを名乗るこ

    とで、本体のメロンにまで連鎖的にイメージ負

    債が起こるのを防ぐ目的で、農協が商品化の過

    程に介入しているため、その代償措置としてロ

    イヤルティを低く抑えているのである。もっと

    も、「夕張メロン」の名を冠した商品の CMに

    億単位の資金を投入するメーカーや小売店もあ

    り、高いPR効果で低ロイヤルティはカバーで

    きる。従って、場合によってはロイヤルティは

    無料でもかまわないとも考えているが、無料だ

    と商標違反者を取り締まりにくいため、「原料

    供給元」の表示を行い、わずかでもロイヤルテ

    ィを受け取ることにしている。このような加工

    品へのライセンス供与は 100種類を越えてお

    り、供給量で見ると、飲料>ゼリー>ソフトク

    リームの順で多くなっている。

    5. 商品衰退期のブランド戦略

    プロダクト・ライフサイクルの理論に従う

    と、いくら商品を上手く管理し、品質を維持し

    続けていたとしても、成熟期もいずれ終わりを

    告げ、売り上げは下降線をたどり始める。この

    時取りうる手段としては、メロンで行ったこと

    と同様に、今度は別の商品でもう一度新しいプ

    ランドを開発すること、あるいは、これまでの

    商品とプランドの強化・てこ入れ、もしくは、

    これまで培ってきた「夕張メロン」ブランドの

    拡張などが考えられる。この中で、夕張市農協

    が次に取るべきブラ ンド戦略とは、どのような

    ものなのだろうか?

    第4表商品衰退期のブランド戦略

    ブランド開発

    この商品衰退期のプランド戦略を整理する

    と、第4表のようになる。このうち、新しい品

    目とブランドを全く新しい市場に導入して、こ

    れまで述べてきたような過程を一からやり直す

    a. 「プランド開発」という手段は、夕張の赤肉

    メロンのように、成功すれば新しいイメージと

    先駆者利潤が得られる。現在、夕張市農協では

    資源の投入がメロンに集中しているので、本来

    ならばリスク分散のためにも、新規作物の開発

    と導入を考えた方がよいはずである。しかし、

    夕張市では、雇用を含めた労働力と農地が不足

    しており、そのためあえて投資先の「選択と集

    中」を進めている。

    他に取りうる戦略としては、ある商品におい

    て成功したプランド資産を別の商品へ活用する

    「プランド拡張」がある。これには、既存市場

    の中に暖簾分けによりファミリー化した新プラ

    ンドを投入する b. 「水平的プランド拡張」と、

    商品の種類をランク分けして、これまでとは異

    なるターゲットを狙う C.「垂直的ブランド拡張」

    がある。「水平的プランド拡張」に関して、共

    和町では赤肉と青肉で異なるプランド化を図っ

    ているが、夕張市では夕張キング以外の品種を

    作付けしていないことから、「夕張青肉メロン」

    のようなサプ・ブランドは存在し得ないし、こ

    - 30 -

  • れからもその予定はないと言う。

    「垂直的プランド拡張」については、生食を

    核とし、その普及の手段として規格外品を主に

    食品加工業にライセンスしているが、その数量

    は 300~ l,300tと年によって大幅に異なっている。すなわち、加工原料の供給は生食用ので

    きに左右される極めて不安定なものであり、こ

    れ以上の拡大は難しい。従って、これまで進め

    てきた広報や顧客管理によるプランドの育成と

    商品・販路・商標の管理によるプランド・マネ

    ジメントなどをさらに d.「強化」していく他な

    く、「夕張メロン」ブランドの今後はその成否

    にかかっていると言える。

    6 おわりに

    これまで「夕張メロン」の事例で見てきたブ

    ランド・マネジメントの役割とは、先ず第一に、

    プランドの形成~確立後、商品の成熟期におい

    て、ブランドの価値を毀損しないように、リス

    ク・マネジメントを行うことであった。農産物

    の場合、このリスク・マネジメントとしては、

    生産管理、品質管理、販路管理、顧客管理など

    が重要であるが、それに加えて商標登録による

    名前やシンボルの管理も有効な手段となりう

    る。一方、商品のライフサイクルが衰退期に差

    し掛かった時にはとりわけ、そのようなプラン

    ド資産の維持管理を強化すると共に、商標のラ

    イセンスを供与してブランドを拡張するなど、

    新たな価値形成を狙った戦略的なリスク対応も

    必要となる。

    夕張市農協の場合、資源の制約上リスクを分

    散できないことから、プランドも一つに統一し

    て、その分、損失の防止と削減のためのリスク

    ・コントロールを徹底させている”。このよう

    な「夕張方式」のリスク管理によるプランド・

    マネジメントは、「特別顕著性」を有するがた

    めに、商標制度を活用できるという点で、現在

    のところ全国のメロン産地の中でも特殊な方式

    であることも否めない 4)。そこで、各種の「認

    証制度」等を利用した事例分析と接合させて、

    より一般的な農産物のブランド・マネジメント

    の手法を策定することが、今後の課題として残

    されている。

    1) インテグレーションの進んでいる鶏肉産業

    では、プランドが潜伏化することは少ないが、

    逆にブランドが増えすぎて生産の非効率性を

    発生させているという指摘がある(張らり。

    2) メロン生産を本格的に再開し始めた 1960

    年当時の夕張市における一戸当たり平均農業

    販売額は、 16万円(北海道平均の 56%)しか

    なく、兼業農家割合もほぼ9割に達していた

    (北海道平均は 50.4%)。

    3) またリスク発生時の損失を補填できるよう

    に、半強制的な貯蓄によるリスク・ファイナ

    ンシングも併せて行っている。

    4) これまでは、全国の需要者が誰の業務に係

    る商品(役務)であるかを識別できるような

    「特別顕著性」を持つ場合に限り認められて

    きた「地名入り商標」について、商標法の一

    部を改正する法律(平成 17年 6月 15日法律

    第 56号)により、今後は「地域ブランド」

    保護のため、地域団体商標として、より早い

    段階で登録を受けることが可能となった。

    参考文献

    [ 1 J波積真理(2002): 『一次産品におけるブ

    ランド理論の本質』白桃書房

    [ 2 J荒幡克己 (1998): 「農産物市場における

    製品差別化に関する一考察J『フードシステ

    ム研究』 5-1、pp.2-18

    [3]堀田和彦(2004): 「銘柄牛産地における

    製品市場戦略の実態と今後の推進方向」『農

    村研究』 99号、 pp.1-15

    [4]戸田千恵子・竹谷裕之 (2003): 「銘柄卵

    市場における銘柄要素の具体像と役割」『農

    業市場研究』 57号、 pp.53-64

    [5]金成がく (2003): 「銘柄産地ブランド確

    立と認証制度」『農業市場研究』 58号、 pp.61

    - 31 -

  • -71

    [ 6] Aaker,D. (1991) : 『The Management of

    brand Equity』FreePress (デビッド・アーカ

    -(1994) : 『プランド・エクイティ戦略』ダ

    イヤモンド社)

    [ 7 J白石和孝(I997) : 『知的無形資産会計』

    新世社

    [ 8] IRM, AIRMIC, ALARM(2002) : 『ARisk

    Management Stand叫』 TheInstitute of Risk

    Management

    [ 9 J張秋柳・斉藤修(2004): 「鶏肉産業にお

    けるプランド管理とフードシステム」『農業

    経営研究』 42-2、pp.77-82

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