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はじめに インターフェロン-γ遊離試験(以下,IGRA)は BCG菌及びM. kansasiiM. szulgaiM. marinumを除く ほとんどの非結核性抗酸菌の影響を受けないために, 感染診断における有用性が高く,接触者健診をはじめ として広く使われている。2012年11月には,従来から 使われていたクォンティフェロン ® TBゴールド(以 下,QFT-3G) に 加 え て,Tス ポ ッ ト ® TB(以 下, T-SPOT)が保険適用となった。QFT-3GとT-SPOT の違いや最近の話題は以下のようなことがある。 測定原理及び方法 QFT-3Gの測定原理は末梢血(全血)を結核菌特 異抗原ESAT-6,CFP-10及びTB7.7で刺激した後に, T-リンパ球から遊離されるサイトカインであるIFN- γ量をELISA法で測定する。一方,T-SPOTは末梢 血より単核球を分離・数の調整をして,結核特異抗 原ESAT-6およびCFP-10をマイクロプレート上のそ れぞれ別のウェルに添加し培養後,IFN-γを産生す る細胞数をELISPOT法で測定する。 採血時にQFT-3Gは 3 本の専用採血管(陽性コン トロール,陰性コントロール, 3 種の特異抗原)に 血液を1mLずつ注入し,採血管を上下に 5 秒間又は 10回振って混合し,採血管の内表面が血液で覆われ ていることを確認する。この際に強く振りすぎると, 分離剤の影響により正しい測定値にならないことが あるので,注意が必要である。T-SPOTは 1 本のヘ パリン採血管に規定量(成人は 6 mL, 2 ~ 9 歳の小 児は 4 mL, 2 歳未満の小児は 2 mL)を採血するの みである。検査手順はT-SPOTの方が複雑で,時間 がかかる。 判定基準 QFT-3G及びT-SPOTのメーカーが示している判定 基準はそれぞれ表 1 , 2 のとおりである。 QFT-3GとT-SPOTとも判定基準に「判定保留」が あるが,両者の「判定保留」の基本的な考え方は異なっ ているので,注意が必要である。QFT-3Gの「判定 保留」は感染の可能性が高い場合に「陽性」と同様 に(すなわち感染者として)取り扱うことによって 陽性的中率を向上させる(感染者を見逃す可能性を 小さくする)ために設定されたものである。従って, 「判定保留」の場合には基本的に陰性と同様の扱い であるが,接触者健診における陽性率15%を目安と して,結核患者との接触歴等の背景,臨床症状,画 像所見等を総合的に考慮して感染の可能性が相当高 結核研究所 副所長  加藤 誠也 (日本結核病学会予防委員会 委員長) 「インターフェロン-γ遊離試験使用指針」 策定に向けて 表1 QFT-3Gの判定基準 測定値M (IU/mL) 測定値A (IU/mL) 判 定 解   釈 不問 0.35以上 陽  性 結核感染を疑う 0.5以上 0.1以上 0.35未満 判定保留 感染リスクの度合いを考慮 し,総合的に判断する 0.1未満 陰  性 結核感染していない 0.5未満 0.35未満 判定不可 免疫不全等が考えられるの で,判定を行わない 注: 12歳以下の小児はQFT値が低めに出る可能性がある。特に, 5 歳未満の小児については診断の参考としてだけ適用する。 表2 T-SPOTの判定基準 判  定 陰性 コントロール値 特異抗原 反応値の高い方 陽性 コントロール値 陽  性 10spot以下 8 spot以上 問わず 陽性・判定保留 10spot以下 6 , 7 spot 問わず 陰性・判定保留 10spot以下 5 spot 問わず 陰  性 10spot以下 4 spot以下 判定不可 10spot超 問わず 問わず 10spot以下 5 spot未満 20spot未満 判定保留: 「陽性」または「陰性」の判定結果自体は有効だが, 数値が 8 以上または 4 以下となった場合と比較して, 信頼性がやや低下する可能性があるため,再検査を 推奨。 「判定保留」による再検査の結果が再度「判定保留」 となった場合は,他の診断方法を用いるか,臨床的・ 医学的症状や患者背景を考慮の上,医師による総合 的な判断のもとで,結核菌感染の診断を行う。 5 / 2014 複十字 No.356 20 教育の頁

「インターフェロン-γ遊離試験使用指針」 策定に向けて · igraの感度は低下する。リンパ球が減少するような 状況では,t-spotはリンパ球を分離して数を調整

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Page 1: 「インターフェロン-γ遊離試験使用指針」 策定に向けて · igraの感度は低下する。リンパ球が減少するような 状況では,t-spotはリンパ球を分離して数を調整

はじめに インターフェロン-γ遊離試験(以下,IGRA)はBCG菌及びM. kansasii, M. szulgai, M. marinumを除くほとんどの非結核性抗酸菌の影響を受けないために,感染診断における有用性が高く,接触者健診をはじめとして広く使われている。2012年11月には,従来から使われていたクォンティフェロン® TBゴールド(以下,QFT-3G)に加えて,Tスポット® TB(以下,T-SPOT)が保険適用となった。QFT-3GとT-SPOTの違いや最近の話題は以下のようなことがある。

測定原理及び方法 QFT-3Gの測定原理は末梢血(全血)を結核菌特異抗原ESAT-6,CFP-10及びTB7.7で刺激した後に,T-リンパ球から遊離されるサイトカインであるIFN-γ量をELISA法で測定する。一方,T-SPOTは末梢血より単核球を分離・数の調整をして,結核特異抗原ESAT-6およびCFP-10をマイクロプレート上のそれぞれ別のウェルに添加し培養後,IFN-γを産生する細胞数をELISPOT法で測定する。 採血時にQFT-3Gは 3 本の専用採血管(陽性コントロール,陰性コントロール, 3 種の特異抗原)に血液を1mLずつ注入し,採血管を上下に 5 秒間又は10回振って混合し,採血管の内表面が血液で覆われていることを確認する。この際に強く振りすぎると,分離剤の影響により正しい測定値にならないことがあるので,注意が必要である。T-SPOTは 1 本のヘパリン採血管に規定量(成人は 6 mL, 2 ~ 9 歳の小児は 4 mL, 2 歳未満の小児は 2 mL)を採血するのみである。検査手順はT-SPOTの方が複雑で,時間がかかる。

判定基準 QFT-3G及びT-SPOTのメーカーが示している判定基準はそれぞれ表 1 , 2 のとおりである。

 QFT-3GとT-SPOTとも判定基準に「判定保留」があるが,両者の「判定保留」の基本的な考え方は異なっているので,注意が必要である。QFT-3Gの「判定保留」は感染の可能性が高い場合に「陽性」と同様に(すなわち感染者として)取り扱うことによって陽性的中率を向上させる(感染者を見逃す可能性を小さくする)ために設定されたものである。従って,「判定保留」の場合には基本的に陰性と同様の扱いであるが,接触者健診における陽性率15%を目安として,結核患者との接触歴等の背景,臨床症状,画像所見等を総合的に考慮して感染の可能性が相当高

結核研究所

 副所長 加藤 誠也(日本結核病学会予防委員会 委員長)

「インターフェロン-γ遊離試験使用指針」策定に向けて

表 1 QFT-3Gの判定基準

測定値M(IU/mL)

測定値A(IU/mL) 判 定 解   釈

不問 0.35以上 陽  性 結核感染を疑う

0.5以上0.1以上0.35未満 判定保留 感染リスクの度合いを考慮

し,総合的に判断する0.1未満 陰  性 結核感染していない

0.5未満 0.35未満 判定不可 免疫不全等が考えられるので,判定を行わない

注:�12歳以下の小児はQFT値が低めに出る可能性がある。特に,5歳未満の小児については診断の参考としてだけ適用する。

表 2 T-SPOTの判定基準

判  定 陰性コントロール値

特異抗原反応値の高い方

陽性コントロール値

陽  性 10spot以下 8 spot以上 問わず陽性・判定保留 10spot以下 6, 7 spot 問わず陰性・判定保留 10spot以下 5 spot 問わず陰  性 10spot以下 4 spot以下

判定不可10spot超 問わず 問わず10spot以下 5 spot未満 20spot未満

判定保留:�「陽性」または「陰性」の判定結果自体は有効だが,数値が 8以上または 4以下となった場合と比較して,信頼性がやや低下する可能性があるため,再検査を推奨。

     �「判定保留」による再検査の結果が再度「判定保留」となった場合は,他の診断方法を用いるか,臨床的・医学的症状や患者背景を考慮の上,医師による総合的な判断のもとで,結核菌感染の診断を行う。

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い場合にのみ陽性として扱う。 これに対してT-SPOTの「判定保留」は「特異抗原の反応値」が 8 以上の陽性あるいは 4 以下の陰性の判定に対して 1 ~ 2 個の違いの範囲( 5 , 6 , 7 )で検査の信頼性が低くなることから,再検査が必要な領域とされている。

診断特性 QFT-3GとT-SPOTのメタアナリシスによる検討では,感度はT-SPOTの方が高く,特異度はQFT-3Gが高いとの報告が多かった。しかし,近年は両者の特性に大きな違いはないとの報告がある。 また,HIV感染をはじめとする免疫が低下した病態や免疫抑制作用を持つ薬剤を投与された状態ではIGRAの感度は低下する。リンパ球が減少するような状況では,T-SPOTはリンパ球を分離して数を調整する過程があるため,QFT-3Gよりも感度低下の程度は少ないとされている。 結核菌曝露からIGRA陽転化までは通常は 2 ~ 3 カ月と考えられているが,感染危険が極めて高い場合には 3 カ月以降 6 カ月までに陽転化したと考えられる事例も報告されており,必要に応じて 6 カ月後の再検を考慮する。 IGRAは活動性結核またはLTBIの治療によって測定値が低下することがあることが明らかになっているが,低下しない場合もあるので,個々の症例における治療効果の判定に用いることはできない。

適用 日本で今後低まん延状態に向かって,LTBIの治療は重要な戦略になると考えられる。国が示した「結核に関する特定感染症予防指針」及び,日本結核病学会予防委員会・治療委員会が合同で策定した「潜在性結核感染症治療指針」において,LTB治療を積極的に推進する方針が示されている。LTBI治療にあたって感染診断は重要であり,IGRAを用いることを基本とする。 上述のように,QFT-3GとT-SPOTの診断特性は報告及び病態によって若干の差はあるが,大きな違い

はないことから,両者の適用は基本的には同様で,①接触者健診,②医療従事者の健康管理,③発病危険が大きい患者及び免疫抑制状態にある患者の健康管理,④活動性結核の補助診断が考えられる。

今後の課題 IGRAに関しては多くの報告が公表されているが,T-SPOTに関しては日本では承認されてから期間が比較的短いため,報告が少ない。これらを含めて,IGRAには多くの検討課題が残っている。 小児を対象とした結核感染診断におけるIGRAの有用性を検討したsystematic reviewにおいて,特に低年齢小児では感度が低い,或いは判定不能が多くなる可能性が示されている。日本での近年の検討ではQFT-3Gは, 0 ~ 2 才を含む全ての年齢群で「判定不可」例の頻度は著明に減少し,LTBIの診断において年齢群による差異も見られなかった。また,QFT-3G及びT-SPOT判定結果の一致率は非常に高かった。これらのことから,QFT-3GはQFT-2Gに比較して感度が向上し,T-SPOTとほぼ同等の感度と推測される。しかし,「コッホ現象」と診断された例では,発病例を除いていずれのIGRA検査でも陽性を呈した例はなかったことから,LTBIでは感度が不十分の可能性がある。一方,乳児早期を含む小児期発症活動性結核症例での高い陽性率を示していた。 以上のことから,乳幼児も含む小児を対象とした接触者健診において,従来よりも積極的なIGRA適用が考えられる。「接触者健診の手引き(改訂第 5 版)」では乳幼児に対してもIGRAを感染診断の基本事項としている。詳細は「手引き」を参照願いたい。

おわりに 日本結核病学会予防委員会は以上のような状況を踏まえて「インターフェロン-γ遊離試験使用指針」を作成中であり,本誌が刊行される頃に公表される予定である。この指針には,より詳しい解説,結果解釈のフローチャート,参考文献等も記載されており,臨床や対策に活用していただければ幸いである。

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