入れ代わりのその果てに - アルファポリス · 2017-11-24 · 9 入れ代わりのその果てに 8 プロローグ 「陛下。これより数 あま 多 ある世界より、最も優秀なミシェイラ様をお呼び出しいたします。お覚悟はた

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入れ代わりのその果てに

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次入れ代わりのその果てに

その時彼等は

259

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入れ代わりのその果てに

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9 8入れ代わりのその果てに

プロローグ

「陛下。これより数あ

多た

ある世界より、最も優秀なミシェイラ様をお呼び出しいたします。お覚悟は

よろしいですね?」

王宮の地下にある部屋で、魔術師長は王に向けて最後の確認を行なう。彼の声にはまだ躊た

めら躇

いが

あったものの、それを無視し、王は言った。

「問題ない。……ただ、少し条件を変えてくれるか」

「どのようにでしょう?」

「優秀でなくとも良い。サフラスタンの皇子と最も相性が良い人物にして欲しい」

それは入れ代えられたミシェイラが少しでも幸せになれるようにという、王の親心だった。

最も相性が良いなどという曖あ

昧まい

な条件に対して、魔術師長は眉を寄せる。なにをもって相性が良

いとするのか、それで本当に上手くいくだろうかと不安になりながらも、魔術師長は呪じ

文もん

を唱と

えた。

半ば予想していたが、呪文を唱え終わっても何も起こらなかった。指定した条件が曖あ

昧まい

すぎて術

が発動しなかったのだ。魔術師長は少し表現を変えつつ何度か魔法を唱えたものの、最初の条件か

ら外れないようにすると、結局どれも似たり寄ったりの表現となってしまい、失敗が続いた。

一向に術が成功しない事に苛い

立だ

つあまり、破れかぶれで設定した条件によって魔法が発動した時、

それに最も驚いたのは魔術師長自身だった。

後に、何故こんな条件で発動したのかと、彼は一人首を傾げていた。

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11 10入れ代わりのその果てに

挨あい

拶さつ

もない用件のみの台せ

りふ詞

だが、これはいつもの事であった。

「どっちも嫌いな味じゃない。つーか、何の話なのよ、お母さん」

『やあねぇ。お土み

やげ産

の話に決まっているじゃない。共栄堂にいるんだけど、どっちがいいか悩ん

じゃったのよ』

「お土産だろうってのはなんとなくわかったけど、何を買うかって意味で……。そんな事より、出

張は明日まででしょう?」

『う~ん、その予定だったんだけど、トントン拍子に話が進んでもう終わっちゃったわ』

「また力技で押し切ったの?」

『人聞きの悪い。そんな事はしてません』

あたしが呆あ

れているのにも構わず、母は続ける。

『で、どっちがいいと思う?』

「どっちでもいいわよ。お母さんの好きにしたら」

『やあねぇ。由香の好みなんて聞いてないわ。大だ

樹き

の好みよ』

「本人に聞けばいいじゃない」

『いきなり買って帰って驚かせるのよ。聞いたらサプライズにならないでしょう? 

可愛い孫を

ビックリさせて、ついでに喜ばせるんだから』

「大樹にとっては、お母さんの存在自体が人生のサプライズだと思うわ」

『そうかしら!? 

こんないいお祖母ちゃんいない?』

一 

異世界一名様ご案内

昼休憩の時間となり、周りが食事を摂りに席を外していく中、あたし――立た

ちかわ川

由ゆ

こ香子は仕事を続

けていた。

あたしが昼食を食べずに仕事するのはよくある事なので、誰も気にしていない。

あたしはシステムエンジニアをしているが、現在取り組んでいるプロジェクトではリーダーを務

めていて、そのせいで自分の作業をする時間がなかなか取れなかった。メンバーのスケジュールや

進しん

捗ちょく状

況を確認したり、各人の成果物をチェックしたりと事務作業に忙ぼ

殺さつ

されてしまうためだ。他

にもお偉いさんや客先との打ち合わせといった対人折せ

っしょう

衝もあって、勤務時間内ではとても終わらな

い状況だった。

家庭の事情から残業をしたくないため、昼休憩は仕事をこなしている事が多かった。

ほとんどの人が席を外した、がらんとしたオフィスで一人キーボードを打つ。

すると、マナーモードにしていた携帯が震えた。

携帯の液晶画面を確認して席を立ち、廊下に出てから通話ボタンを押す。

「もしもし?」

『ちょっと聞きたいんだけど、ゴマ醤し

ょうゆ油

味あじ

とカラシ酢す

そ味噌味あ

なら、どちらがいいかしら』

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13 12入れ代わりのその果てに

席に戻ろうとすると、再び携帯が振動した。

液晶画面を確認し、思わずため息を吐いて、電話に出る。

「もしもし」

『おー、わしじゃわし』

「わしなんて知り合いはおりません」

『冷たいのう。父ちゃん泣いちゃう』

「泣け!」

吐き捨てて一方的に通話を切ったが、間か

髪はつ

いれずに再びかかってくる。

『短気な奴だのう。ちょっとしたお茶目じゃないか』

「で、何の用?」

あたしは相手の軽口を無視して訊た

ねた。

『今、水戸の方に来ていてなあ。土み

やげ産

に菓子でも買って帰ろうと思うんだが、抹ま

茶ちゃ

味とチョコ味どっ

ちがいいかの』

「どっちでもいいわよ。つーか、なんで父さんがそんな所にいるの? 

営業でもないし、出張もな

い管理職じゃない」

『部下の一人が問題を起こしたんで、先方に詫わ

びを入れるためにだなぁ』

管理職が出張るなんて、よっぽどマズイ状況なのだろう。簡単に片が付くとは考えられないが。

『まあ、チャッチャと収めていつも通り帰るわい。父ちゃんを信じろ。で、どっちがいい?』

「そんなの言ってないよ……」

ボソッとした呟

つぶや

きは完全に黙殺された。

『そういえば、昼食にお蕎そ

ば麦を食べたんだけど、とっても美味しかったわー。お土み

やげ産

もそこで買い

たかったんだけど、残念ながらお持ち帰りはしていなかったのよ。それで、あんたの勤務先近くに

美味しいお蕎麦屋さんがあったなって思い出してね』

「一回だけ一緒に行った、あそこ?」

『そうそこ。そこならお持ち帰りOKのはずよ。あんたの事だから、お昼まだなんでしょう? 

こでランチを摂ったついでに買ってきてよ』

出来れば食事にはあまり触れられたくなかったので、あたしは強引に話題を変えた。

「……大樹なら、ゴマ醤油の方が好みだと思う」

『そう、やっぱりゴマ醤油ね。ああそうだわ、由香は何時ぐらいに帰れる?』

「今日はそれほど忙しくないし、七時半過ぎには家に着いていると思う。夕食はあたしが作るわ」

『じゃあ任せたわ。あと蕎麦もよろしくね。それじゃあ』

プツッと電話が切られた。

やはり誤ご

か魔化せなかったかと、チッと舌打ちしてしまった。さすが母、一枚上手だ。

もちろん食事に行く気はなかった。理由は、貴重な作業時間を削られるのが惜お

しい事と、食事を

する事自体が面倒な事の両方だ。帰りに店へ寄って買えばいい。本当に食べたかどうかなんてわか

りゃしない。

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15 14入れ代わりのその果てに

「この似たもの夫婦め」

そう一人ごちて、席に戻る。椅子に座ろうとしたところで、あたしは一つ気付いてしまった。

デザートを食べると『約束』した。自分の分は大樹にあげようとしていた事を見透かされて、先

手を打たれた形だ。

「またしても、してやられたわ」

先程の父の無茶振りは、あたしにデザートを食べる事を約束させるためだけのものだ。

なんだかんだと、子供の頃から自由気ままな両親に振り回されてきたが、不思議と毎回腹は立た

なかった。自分の普段の行いが悪いせいで、両親に無茶振りさせているとわかっているからだ。

大樹の事は半ば口実。あたしが食事をあまり摂らないから、どうにかしようとしているんだと思

う。気持ちはありがたいんだけど、もっと普通に勧めてくれないだろうか。気の使い方が変化球す

ぎて、毎回ついていけない。その変な部分も含めて、いつまで経ってもあの両親には勝てないなぁ

と、しみじみと実感していた。

気持ちを切り替えて、仕事を再開しようと机に向かうと、今度はメールが届いた。しかも二通も。

文面を確認して、あたしは肩を落とした。

そこにはこう書かれていた。

『お父さんにも内緒ね』

『母さんにも内緒な』

わざわざ口止めされずとも、話す気は欠か

けら片

もない。メールの返信はせずに、携帯を鞄へ仕舞い込む。

「どっちも嫌いじゃない。父さんの好きにすれば。そもそも味だけ聞かれても、何を買ってくるか

わからないんじゃ答えようがないんだけど」

『なーに言っとる。そりゃ見てのお楽しみだわい。第一、聞きたいのは由香の好みじゃなくて、大

樹の好みだ。じいちゃんは孫を喜ばしたいんじゃ』

「……本人に聞いたら」

先程の母とまるで同じ流れの会話に、あたしは頭を抱えた。

『それだと』

「サプライズじゃないんでしょ。父さんは存在そのものが人生のサプライズだから、これ以上驚か

せる必要はないわよ」

言葉を遮

さえぎ

り一気に言い切ってやる。

『そんな期待されると照れるのう。よっしゃ! 

土みやげ産

は奮ふ

発ぱつ

してビッグサイズのを買っていっちゃる』

「ちょっと普通サイズにしてよ! 

大樹はまだ成長期なんだから、バランスよく食べさせないと」

『ん~でもなあ』

「約束しないと、本人にばらすわよ」

『へいへい。その代わり、由香もちゃんと土産のデザート食べるんだぞ。大樹にやるとかはなしな』

「……わかった」

『じゃあな』

母の時と同様に、通話は唐突に切れた。

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17 16入れ代わりのその果てに

――なぜ見知らぬ人間に、見た事のない場所で、穴が開きそうなほど見つめられているんだ。

あたしは焦あ

りで頭が真っ白になった。

この状況で落ち着き払っていられる人間はそうはいない。もちろんあたしだって例外ではなかった。

正直に言えば叫び出したかったが、下手に目立つ行動をして、危険人物だと目をつけられたくな

かったので、あえて落ち着き払っているように見せかけた。咄と

嗟さ

の判断で空気を読み、周りに合わ

せたのだ。もし他に騒いでいる人がいたら、一緒になって大騒ぎしたかもしれない。

空中へ突き出していた手をゆっくり膝に置いて軽く握り合わせると、静かに深呼吸する。落ち着

いたとは言えないけれど、最初よりは動揺が収まり、少しだけ周りを冷静に観察する余裕が出て来た。

雰囲気から身の危険は迫ってないらしいと見て取り、あたしはちらりと周りを観察する。そして、

ここが古めかしい石造りの部屋である事に気が付いた。明かりは蝋ろ

燭そく

と、電球とは全く違う不思議

な球体だけで、部屋の中は薄ぼんやりとしていた。どこもかしこも石の面が露出して寒さ

々ざむ

しい。床

にある大きな文も

様よう

以外は、一切の装飾がなく非常に怪しげな場所だった。

コンクリートではなく、石造りなのだ。まず、その点に違和感を抱いた。

今の日本で、安価で手軽なコンクリートを使わずに、あえて石を使って建物を造る人間がどれほど

いるだろうか。そもそも石造りって、耐震性だの何だのといった理由で建築許可が下りるものなのか?

耐震基準などなかった時代に建てられた物かとも考えたのだが、そこまでの古さを感じない。建

築史に詳しくないので一い

概がい

におかしいとは言い切れないが、どうしても違和感が拭ぬ

えなかった。

ようやく、わざと視線から外していた周りの人間へ、勇気を出して目を向けた。

さっきのやりとりは、娘への思いやりだったのか、それとも単なるあたしの勘違いだったのかと、

大いに悩む部分だ。娘としては、奇想天外な本能のみで生きているようで、実は裏では色々考えて

いるのだと信じたいが。

あたしはため息を吐くと、約束した時間に帰れるよう仕事を進めるため、パソコンに向き直る。

カチャカチャとリズミカルにキーボードを打っていたのだが、ふと手が止まった。

現在設計中のプログラムについて、問題パターン毎ご

の解決策をどうまとめれば理解しやすいか

迷ったためだ。

どれが一番効率がよくてわかりやすいプランかなと、目を閉じて考え込む。

目を瞑つ

っていたのはそれほど長い時間ではない。

……少なくとも、あたしの体感時間では。

ふっと手の下にあったキーボードとマウスの感触が消えた。

何事かと思い目を開けて、あたしは固まってしまった。驚きすぎて一瞬息が止まったくらいだ。

声を上げるどころか瞬

まばた

きすら出来なかった。

目の前には、それまでいたオフィスとは、全く違う光景が広がっていた。

見知らぬ人間が周りを取り囲み、あたしを凝ぎ

ょうし視

している。あたしは椅子に腰掛けた姿勢で空中に

手を突き出し、エア・パソコン操作をしているようなポーズをしていたが、そんな間抜けな体勢を

気に掛ける余裕さえない。

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19 18入れ代わりのその果てに

他の二人はその中年親父に一任しているのか、全く口を開く様子はない。

当たり前過ぎる内容に今度は眉み

間けん

に皺し

が寄りそうになったが、意思の力でどうにか堪こ

える。そし

て、また表面上はなんでもない振りで口を開いた。

「ここは日本ではないのでしょうか?」

意地の悪い事だが、日本以外の国であるはずがない事を承知で、聞き返してやった。とてつもな

く嫌味な台せ

りふ詞

だってことは自覚している。

だが、中年親父は気分を害した様子もなく、あっさりと頷く。

「そうだ。そなたにとってここは全くの異世界。ニホンと呼ばれる国はない」

…………

再び思考が止まった。

なんだか今、とんでもなく電波な台詞を聞いたような気がした。いや、気のせいではないだろう。

このイカレタ衣装を着ている人達は、非常に大真面目な様子だ。

常日頃から、いざという時のための対処方法は色々と考えてあった。例えば、痴漢とか通り魔と

かひったくりとか銀行強盗とかに遭あ

った時の事だ。

だが、異世界なんて単語が出るのは想定外だったので、どう対処すればいいか見当もつかない。

電波な人間の対処方法は、必要性すら感じた事がなかったのだ。

リスク管理はばっちりだと自じ

負ふ

していたが、世の中には意外な落とし穴があるものだ。

どう答えるべきか考え込んでいると、中年親父が訊た

ねてくる。

ちょうどあたしの目の前に、三人の男が立っている。当然、彼等の顔に全く見覚えはない。あえ

て言うなら一人はどことなく父親と顔立ちが似ている気がするが、あくまでも気がする程度だ。

彼等は、現代の日本では見かけないファッションをしていた。顔立ちは東南アジア系で肌色は北

欧、そして衣装は昔のヨーロッパ風。いったいどういうコスプレなのだろうか。だが、いかにもお

貴族様といったそれは無駄に豪華で、素し

ろうと人

が作ったようなチープさは全く感じられない。

彼等の表情に敵意らしきものがないのを確認してから、あたしは思い切って声をかけた。

「失礼ですが、ここはどちらでしょうか?」

言葉が通じるか不安だった。英語で問いかけるべきだったかもしれないと思ったが、彼等が英語

を話せるかもわからないので、まずは自分の母語で聞いて、反応を見てみよう。

すると、あたしの問いに、三人の内で一番豪華な衣装を着ている、父親に似た中年が口を開いた。

「ここはリオールの首都、スリヤスタンだ」

中年親父の口にした地名は、全く聞き覚えのないものだった。想定もしていないその答えに、あ

たしの思考は一瞬停止した。まさか、この人達はこの年齢で王様ごっこでもしているのか?

顔が引きつりそうになったが、動揺を悟さ

られないよう必死に自制して、あたしは小首を傾げて聞

き返す。

「それは……日本のどの辺りの地域になるのでしょうか?」

「ニホン? 

それがそなたの故郷なのか?」

先程の中年親父から、質問を質問で返された。

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21 20入れ代わりのその果てに

それは、この後の彼等の行動如い

かん何

による。あまり害がなければ出来るだけ穏お

便びん

に済ませるし、他

の人も巻き込みそうなら、しっかり社会的な制裁を受けてもらうつもりだ。

そんな思お

惑わく

があったのだが、驚く事に三人は素直に名乗った。

だがそれは、あたしの想像の斜な

め上をいっていた。

「余はこの国の王である。名はハインリヒ・ディレイ・リオール。四十五だ。そして、こちらは

宰さいしょう

相。もう一人は魔術師長だ」

自己紹介はとても痛々しい電波な台せ

りふ詞

だった。

王と宰相と魔術師長だと?

電波だとは思っていたけれど、現実すらわからなくなるほどだったとは。これはこれ以上係わり

合いにならない方がいい。

しかも、中年親父――いや、自称王様と呼んでやる――は、てっきり父親と同世代で五十五歳前

後かと思っていたのに、想像より若くて驚きだった。外国の人の年齢はわからないものだが、それ

にしたってひどい老ふ

け顔じゃないか。

なによりも父に似たあの顔でハインリヒ。名前と見た目のギャップに、思わず笑いが込み上げて

きた。うっかり噴き出しそうになったけれど、あたしはグッと奥歯を噛み締めて堪こ

える。

「ジェイリアス・オ・ハウゼル、三十二です。以後お見知りおきください」

宰相と紹介された人物は、自称王様より目つきがいくぶんか鋭く、腹に一い

物もつ

ありそうな、油断の

ならない気配を漂

ただよ

わせていた。あたしと同世代には見えない。

「随分と長く黙り込んでいるが、大丈夫か?」

「……いえ、あまりにも斬ざ

新しん

なお話でしたので、一瞬どうお答えすべきなのか考えてしまいました。

ですが、お話はわかりました。ここは日本ではなくリオールという国であり、私の知る世界ではな

いという事ですね?」

「斬新とな。そなた、信じておらぬな?」

あたしは、曖あ

昧まい

な微笑でそれに応える。

電波な相手の妄も

想そう

を頭ごなしに否定しても、何も解決はしない。それなら妄想云う

々ぬん

は無視して、

必要な情報をチャッチャともらった方が得策というものだ。

この時のあたしは、なぜか自分が誘拐されたとは全く考えなかった。真っ先に考えて当然の可能

性を無意識に排除していたようだ。もしかしたら、この時点で既に中年親父の話に引き込まれ始め

ていたのかもしれない。

「お三方はいったいどういった方なのでしょうか。私とは初対面かと思うのですが、以前どこかで

お会いした事がありますか。もし、私がここにいる理由をご存知でしたら、お教えいただけますか。

お恥ずかしながら、ここへどのようにやって来たかさっぱりでして。可能でしたら、会社員といっ

たご身分だけでなく、ご住所、氏名、年齢、あとご職業もお教えいただけると尚よいのですが」

これらを聞き出すのは、ここを出た後の対応に必要だと考えたからだ。

警察に訴

うった

えるか、彼等の身内へ電波な振る舞いを報告するか、はたまたマスコミや彼等の商売敵

がたき

にタレ込むか……?

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23 22入れ代わりのその果てに

不機嫌を隠さずに訊た

ねると、三人共気まずそうにあたしから視線を逸そ

らす。

しばらくして、自称王様が気を取り直すように咳せ

払いをしてから、口を開いた。

「そなたには余の娘のミシェイラとなってもらいたい」

あまりにも予想外な要求で、一瞬言葉に詰まった。

しかし、なんとかひと言絞し

り出して訊た

ねる。

「……なんの為に?」

「娘を花嫁として寄越せと言われているのだが……」

みなまで聞かなくとも言いたい事はわかったので、あたしは自称王様の言葉を途中で遮

さえぎ

る。

「貴あ

なた殿

のお嬢様は何かしらの理由で嫁ぐ事が出来ないので、その身代わりになれと仰

おっしゃ

るわけですね」

「……そうだ」

何かの物語に出てきそうな設定だ。お約束過ぎて笑い話にもならない。

くだらない妄想と切って捨てるのは簡単だが、下手に否定して相手を逆上させたくないので、こ

こは大人しく話を合わせておこう。

「残念ですが、お嬢様の身代わりは出来ません。どうぞお嬢様を説得して結婚してもらってください」

「それが出来るなら苦労はせぬ」

自称王様は苦虫を噛み潰したような顔で言った。無茶を言っているという自覚はあるようだ。

「ならば、結婚自体を諦

あきら

めるしかないのでは?」

「余の娘は死んだ。神であればともかく、人間が死者を生き返らせる事は出来ぬ」

「わしはグラント・オ・マーベラスです。今年で六十三になります」

先程、自称王様に魔術師長と呼ばれた、気の良さそうなお爺さんだ。

二人共が、その職業を否定しないどころか、一緒になって妄も

想そう

上の名乗りを上げてくれる。

なんだか相手をするのも嫌になってきた。やっぱりあれか。「そうなんですか、大変ですね~オ

ホホホ」とか言ってお茶を濁に

しつつ部屋を出て、問答無用で家に帰るべきか。

だが、それは危険かもしれない。

今のところ彼等に敵意らしきものはないが、あたしが帰ろうとした途端に豹

ひょうへん変

しないとも限らな

いからだ。未だここにどうやってきたのかわからないため、もう少し状況が見えるまで下手に刺激

しない方がいいだろう。

ふざけた内容とはいえ相手が自己紹介したのだから、あたしも当然返さなくてはいけない。もち

ろん、あたしは真面目な一般人なので、彼等のようなふざけた自己紹介はしないが。

「立川です。システムエンジニアをしております。三十三です」

そう名乗ったところ、急に胸を刺されたような痛みが走った。しかしそれは一瞬の事で、すぐに

消える。

いったいなんだったのだろうか。

内心で首を傾げていたのだが、あたしの年齢を耳にした彼等は、なぜか黙り込んでいた。今まで

も観察されてはいたけれど、今度は信じられないといった様子で人の事をジロジロと見てくる。

「なにか?」

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25 24入れ代わりのその果てに

意識を撃退モードに切り替える。こいつ等が怒ろうがどうしようが、後は野となれ山となれだ。

一応ある程度の護身術は身に付けているし、もし暴力をふるわれてもやり返してやる。

「よいですか。この世に魔法などというものは存在しません。少なくとも存在するという証拠がな

い限り、それは妄想の産物でしかない。信じるかどうかは、それは個人の自由です。もちろん貴あ

なた殿

達が魔法を信じる事を否定はしませんが、私は存在しないと考えています。ですので、その考えを

押し付けられるのは、非常に不愉快です」

あたしはにっこりと毒を込めた笑みを浮かべ、更に続ける。

「はっきり言わせてもらいます。私の知る限り、異世界だの魔法だのは妄想の範

はんちゅう疇

です。そして日

本は民主主義国家。王という存在はありません。また、比較的近い国にも王国は存在していません。

どうやってここに来たのかわかりませんが、自分の体感時間を信じるならば、こちらは私のいた場

所からさほど時間のかからないどこかになります。よって、ここが王国である事、貴殿がその王で

ある事は非常に疑わしいと言わざるを得ません。更に、国連に参加している百九十余りの国家の中

に、リオールという国も、サフラスタンという国も存在していません。また、中世の頃ならいざ知

らず、現代社会においては婚姻による同盟で、一国の命運が決まるなどありえません。世界平和

を願い、国同士が友好関係を築こうとする国際社会は、そのような暴ぼ

挙きょ

を決して許容する事もない。

それくらいはおわかりでしょう」

ベラベラとあたしは攻撃的な口調でまくし立てたが、自称王様は全く応えず飄

ひょうひょう々

としていた。そ

れどころか怒り出す様子もない。このふてぶてしさは父に通じるものがある。思っていた以上に手

電波の分際で至し

極ごく

まっとうな言い分だった。

……そうでもないか。娘が死んでしまったのなら、縁談は諦

あきら

めるのが普通だ。それをしないとい

うのは、この上なく電波らしい発言に変わりはない。こんな父親を持った娘さんが気の毒だ。子供

を何だと思っているんだ。

「他の、協力的でより相ふ

さわ応

しい方に頼まれる事をお勧めいたします。私は協力する気はありません」

「そなたほど相応しい人材はおらぬ」

あたしは眉み

間けん

に皺し

が寄りそうになった。

自称王様の年齢を考えると、その娘さんはどれだけ多く見積もっても二十歳そこそこだろう。

あたしがどれほど若作りしたって、そんな若い娘の振りは無理である。

「無理です。それに、私は一

いっしょうがい

生涯、結婚する気はありません。たとえ身代わりでもです」

「……わが国は小国だ。そして娘の嫁ぎ先のサフラスタンは大国。この婚姻によってサフラスタン

との同盟を成立させねば、最悪の場合は国が滅ぶ」

あたしの眉間に今度こそ皺が寄った。妄も

想そう

の酷さに我慢出来なくなってきたのだ。

「お気の毒だとは思いますが、私にはあずかり知らぬ事です」

「……そなた、まだ信じておらぬな?」

「当然です」

呆あき

れたような自称王様の言葉に、あたしははっきりと答えた。

さすがにこれ以上、彼等のくだらない妄想に付き合えない。

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27 26入れ代わりのその果てに

「魔法を見せればどうだ?」

突然何を言い出すんだ、この人は。

「手品で実現可能な事でしたら信じません」

「手品とは何だ」

「魔法のような不可思議な術の事です。ただし、それには必ず種や仕掛けがあり、人の錯さ

覚かく

などを

利用して不思議な出来事を人為的に引き起こすのです」

適当な事を言ったが、あたしは手品の正しい定義なんて知らない。

あたしの持っているイメージでしかないが、おおよその意図が通じれば良いか。

「なるほど。――グラント」

自称王様は、傍

かたわ

らの気の良さそうなお爺さんに合図した。

グラントと呼ばれたお爺さんはそれに素直に従う。

本気で何かやらかすつもりか? 

あたしは不信感たっぷりに彼等を見つめていた。

お爺さんがブツブツと何かを唱と

えると、彼の身体がふわふわと浮き上がる。

驚いてあたしは目を瞠み

った。やるとしても、空中浮遊みたいに大掛かりな装置が要るものではな

く、もっと簡単な技をやると思っていたのだ。

だが、この空中浮遊は手品でもおなじみだ。これだけで魔法が存在すると断じる事は出来ない。

種や仕掛けがあるようには全く見えないが、あたしにはわからないだけかもしれないからだ。む

しろ、どこかに種や仕掛けがなければならない。だから絶対に認めない。

強い相手だ。

他の二人も似たようなもので、一番若い男は感情のこもらない眼差しでやり取りを見ているだけ

だし、お爺さんなんてニコヤカな表情で見守っている。

すると、自称王様がひとつ頷いてから口を開いた。

「なかなか小こ

み気味よい言い分だ。しかもその若さで社会構造を語るか。それだけ理路整然と考えら

れるのであれば、確かに今の状況は信じがたいだろう。魔法というものが存在しないというのであ

れば尚更か」

あれだけ高圧的な台せ

りふ詞

を吐いたのに、冷静な態度で受け入れられてしまい、ちょっと拍子抜けし

てしまった。いや、ますます手強いって事なんだから、拍子抜けしていたらまずい。

「ならば問おう。いかにすれば余の話を信じるか?」

どうすればって……何を言われても信じませんって言ったらさすがにまずいだろうか。

何をもって魔法が存在すると認めるか。何を魔法と認めるか。あたしは自分自身に問いかけてみ

たが、正直何を見ても聞いても信じないし、絶対に嘘だと思うだろう。なぜならそれがインチキだ

と、手品ではないとあたしに判断する術す

がないからだ。そもそも端は

から信じる気がないのだから、『ど

うすれば』という台詞が言えるはずがない。

そうやって答え方を真剣に検討している時点で、自称王様の話を本当かもしれないと思い始めて

いる自分にはっと気が付く。それは非常に面白くない。

あたしが黙り込んでいると、ふと自称王様が提案してきた。

Page 15: 入れ代わりのその果てに - アルファポリス · 2017-11-24 · 9 入れ代わりのその果てに 8 プロローグ 「陛下。これより数 あま 多 ある世界より、最も優秀なミシェイラ様をお呼び出しいたします。お覚悟はた

29 28入れ代わりのその果てに

この疑問に対して、自称王様は今度こそと意気込んで説明する。

「映画が何かは知らないが、よく見てみろ。葉がそよいでいるだろう? 

ほら、人も出てきた。こ

れは離れた場所の様子を映し出す魔法だ」

「おかしな事を。テレビと同じ原理って事ですよね」

どうやっても全て信じようとしないあたしの態度を見て、気の良さそうなお爺さんと自称王様は、

がっくりと肩を落とす。あたしはと言えば、最初の空中浮遊以外は『手品ではないかも』と、チラッ

とでも思わせるものがなくてホッとしていた。

そこに、宰

さいしょう相

とかいう一番若い男が気落ちしている自称王様達に耳打ちする。彼等は渋々頷いて

言った。

「余の話はおいおい信じてもらうとする。とりあえずこの部屋を出るぞ」

自称王様の言葉に、あたしは仕方なく椅子から立ち上がった。

こっちだって、こんな薄暗い場所で不ふ

毛もう

な議論など続けたくない。

ふと、足に何かがまとわりつく感触がして下を見ると、身に着けた覚えのない服が視界に入り目

が点になった。

あたしは今日、普通のビジネススーツを着ていた。それなのに、今着ているのはどうやらビラビ

ラとしたドレスのようだ。まさかこいつ等は、あたしの意識がないのをいい事に、人の服を勝手に

着替えさせたのか。

変質者めといった非難を込めてキッと睨み付ける。

「どうだ?」

「空中浮遊は手品としてはありがちな技です」

強がりでそう答えた。

「だが、魔法と手品は違うだろう?」

「私は手品師じゃありませんから、空中浮遊の原理なんて知りません。もちろん、魔法との違いな

んて判別出来るはずがありません。ですが、少なくとも手品で再現可能な現象ですから、魔法と認

める事は出来ません」

往おうじょうぎわ

生際の悪いヘリクツだが、そんなの知った事か。苦しい言い訳だと笑わば笑え。

あたしのその言葉を聞いて、お爺さんは困ったように自称王様を見やると、彼は頷きで返す。

お爺さんは地面に降りると、次は複数の火の玉のようなものを空中に出した。

おお、結構きれいな光に一瞬見み

惚と

れてしまうが――

「お化け屋敷で見るようなトリックですね」

これは大掛かりな装置などなくても可能なので、冷静に駄目出しが出来る。

そんなあたしの反応を見たお爺さんは火を消すと、今度は手のひらから水を出す。

噴水のようにあふれる水は興味深いが――

「水芸ですか。正月なんかにかくし芸でやりそうなネタですね」

すると、お爺さんは手の一振りでそれを止め、壁に映像を映し出した。

「……ホログラム? 

映画でも上映しますか?」

Page 16: 入れ代わりのその果てに - アルファポリス · 2017-11-24 · 9 入れ代わりのその果てに 8 プロローグ 「陛下。これより数 あま 多 ある世界より、最も優秀なミシェイラ様をお呼び出しいたします。お覚悟はた

31 30入れ代わりのその果てに

まで貴女が持っていた全ての物は、亡くなられたミシェイラ様の物となり、ミシェイラ様の物は貴

女の物となったのです。運命も、名前も――そして存在さえも」

わかりにくいその言葉を、あたしは自分の中で噛み砕く。

あたしの物が死んだミシェイラの物で、死んだミシェイラの物があたしの物。――それは中身だ

けをそっくり入れ代えたから。

「……ということは、自動的に服も交換されていて、私の服は死んだミシェイラさんが私の元いた

場所でそれを着ているって事で、これをあなた方が勝手に着替えさせた訳ではないという事ですか」

「ご衣い

しょう裳

だけには留と

まりませんが、仰

おっしゃ

る通りです」

胡う

散さん

臭い。その思いを隠しもせずに言うが、あっさりと頷かれてしまった。

だが、嘘を吐いている雰囲気はない。その様子を見て少しだけ安あ

堵ど

する。

方法云う

々ぬん

はイマイチどころか全然信用ならないが、他二人もその点については後ろめたそうな様

子は一切ないし、どうやら彼等の仕業ではなさそうだ。

催眠術かなんかで彼らに操

あやつ

られて、自分で着替えたのだろう。きっと、たぶん。もしかしたらこ

こにいない第三者かもしれないけど、そうだとしてもこの人達の様子なら女の人にやらせているに

違いない……と、とりあえず、そう信じておこう。自分自身の精神安定のために!

身体に触れられるのは同性でも嫌なのに、見知らぬ異性に着替えまでさせられたとなれば、蕁じ

麻ま

疹しん

が出るどころの話ではない。

「納得したところで行くとしよう」

「……どうした」

あたしの不ふ

穏おん

な眼差しに気が付いた自称王様が訊た

ねてくる。そのぐらいの空気は読めるようだ。

「人の服を勝手に着替えさせるとは、随分といい性格されていますね。取り上げた私の服を、今す

ぐ返してください」

ムカムカしながら言うと、微妙な表情で返される。

「なんです?」

「余はそのような破は

廉れん

恥ち

な真似はせん」

自称王様の言葉に残りの二人も頷く。

「貴女と亡くなられたミシェイラ様は、『存在ごと』入れ代えられました。その意味がおわかりに

なられますか?」

気の良さそうなお爺さんが切り出した。

今は服の話をしているのに、何でそういう話になるのか。そう反論しようとしたが、関係がある

のかもしれないと思い直したあたしは、ちょっと考えてから答えた。

「私が先程までいた場所に亡くなったミシェイラさんがいて、亡くなられたミシェイラさんがいた

この場所に、私がいるという事でしょう」

あんた方の言うお得意の魔法とやらでね。そんな皮肉を込めてあたしが言うと、その棘と

に気が付

いたのか気が付かなかったのか、お爺さんは淡々と言葉を紡つ

ぐ。

「少し違います。貴女はミシェイラ様になられ、そしてミシェイラ様が貴女になられたのです。今

Page 17: 入れ代わりのその果てに - アルファポリス · 2017-11-24 · 9 入れ代わりのその果てに 8 プロローグ 「陛下。これより数 あま 多 ある世界より、最も優秀なミシェイラ様をお呼び出しいたします。お覚悟はた

33 32入れ代わりのその果てに

水滴に簡単に指が埋まる。指を離してみると、その部分に穴が開いたりせず、すぐに元通り塞ふ

る。指には濡れた跡もある。間違いなく、水が何の支えもなく空中に浮かんでいたのだ。

あたしは頭痛を堪こ

えるように頭を押さえ、ヨロヨロと後ずさった。

視線を巡め

らせ、先程まで座っていた椅子を見つけると、そこへ腰を落ち着ける。

こんな事は、魔法のような力でもない限り、現代科学では再現出来ない。もちろんあたしが知ら

ないだけで、国家機密として反物質とか重力制御の装置とかがないとも限らない。でもそんな国家

機密が、こんな電波な親父共がおもちゃに出来る気楽さで転がっているはずがない。つまりあの現

象を説明出来ない限り、あたしは魔法があると認めざるを得ないという事だ。

とんでもない結論に、今すぐぶっ倒れてしまいそうだった。

「大丈夫か?」

「……ええ」

「魔法だと認めるか?」

「魔法が、ある事は認めましょう」

クッと奥歯を噛み締めて、渋々とあたしは言った。

「では……」

「ですが、ここが異世界だと認める事は出来ません」

認めてなるものか。

もし異世界だとしたら、誰があたしを護ま

ってくれるというのか。元の世界なら、たとえ日本でな

自称王様の言葉に頷いたものの、あたしはさっきお爺さんが魔法とやらで床にぶちまけた水が気

になっていた。とりあえず片付けぐらいはしないと駄目だろう。

周りを見回したが、ぞうきんらしきものはなさそうだ。

あたしの責任ではないが、万が一でも、あの水のせいで床が腐った、カビが生えたなどと後々に

文句を言い出されたら面倒な事になる。裁判になれば勝てる自信はあるけど、そもそもそうなる事

自体が嫌だ。ならば、初めから付け入られる隙す

は極力なくしておかなければならない。

すると、そんなあたしの様子に気付いたお爺さんが、短く何かを唱と

える。そして、彼がヒラヒラ

と手を振ると、床の上の水滴が浮かび上がった。

「水が、浮いている……!」

あたしは思わず声を上げてしまった。

「どうした。水が浮くなど大した事ではあるまい。先程、グラントが浮いて見せたではないか」

「何言ってやがるんですか! 

人は固体なので浮かばせるのは不可能ではありませんが、液体であ

る水を物理的に浮かばせる事なんてできません!」

動揺のあまり言葉遣いが乱れてしまった。

急変したあたしの態度に唖あ

然ぜん

とする自称王様達を尻目に、あたしは浮かんでいる水滴へと近寄る。

水だけで浮かばせるのは、無重力空間でなければ物理的に不可能だ。今の科学力では、絶対に不

可能な事なのだ。

浮いている水玉の一つに恐お

る恐お

る触れてみた。もしかしたら立体映像なのかもしれないし。

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35 34入れ代わりのその果てに

「おりませんが」

さっき生

しょう

涯がい

独身のつもりだと言ったばかりなのに、ちゃんと人の話を聞いているのか。

「ならば問題はなかろう」

「礼儀作法やマナーについて気にされているなら、家庭教師をつけますのでご安心ください」

宰さいしょう

相はそんな失礼な事を言い出す。

彼の言い様では、いかにもあたしの礼儀がなっていないかのようだが、社会人の平均的な礼儀は

身に付けているはずだぞ。

「そういう問題ではなく、私は結婚自体したくないと言っているのです」

イライラを隠しもせずに口にする。

上司や同僚に『早く相手を見つけて結婚しろ』と言われる事もあるが、あたしは結婚をしたくな

いから、しないのだ。不可能だから、しないのだ。

身内以外の異性が至近距離にいるのが耐え難いほど苦痛で、もし結婚したらその後に待ち受けて

いるあんな事やこんな事を……と、想像するだけで吐き気がしてしまう。握あ

手しゅ

くらいなら平気だが、

それ以上の接触は男女を問わず嫌悪を感じてしまう。そんな人間が結婚なんて出来っこない。

身勝手な理由で独身を貫

つらぬ

くのだから、将来は独居老人となる事だって、既に覚悟もしている。介

護で身内に迷惑なんてかける気は欠か

けら片

もない。

大樹はあたしが産んだ子供じゃないけれども、面倒を見ているうちに手放しがたくなって強引に

引き取った。でも、将来大樹が大人になっても決して彼の迷惑にはなるまいと決めている。

くとも、大使館に駆け込めば保護してくれるだろうし、お願いすれば日本に送り返してくれるだろう。

しかし、異世界にそんなものがあろうはずもなく、何をされたって文句の一つも言えない。そん

な恐ろしい事を認めたくない。

あるはずのない魔法を認めたのに、ここが異世界だと認めないのはおかしいと、この時のあたし

は己

おのれ

の矛む

盾じゅん

に全く気が付かなかった。

「それは困ったな。どうすればここが異世界だと信じてくれる」

「信じません」

あたしの知らない土地や文化はとても多い。だから、ここで何を見たってその知らない世界の物

だとあたしは思うだろう。故ゆ

に信じない。信じたくもない。

それよりも、だ。

「――貴あ

なた殿

の要求は、私をお嬢様の身代わりにどこかの人のもとへ嫁がせるというもので、魔法や

異世界だという話を信じさせることではない。そうでしたね?」

「そうだ」

「そもそも、私が身代わりを了承するとお考えですか」

自称王様改め、ただの王様を見据えて言う。

「思わん。だがそなたには、我が娘のミシェイラとして嫁いでもらわねばならない」

「それは出来ないと申し上げました」

「伴は

侶りょ

がおるのか?」

Page 19: 入れ代わりのその果てに - アルファポリス · 2017-11-24 · 9 入れ代わりのその果てに 8 プロローグ 「陛下。これより数 あま 多 ある世界より、最も優秀なミシェイラ様をお呼び出しいたします。お覚悟はた

37 36入れ代わりのその果てに

するだけ。そなたはそれで良いのか?」

それは、もしかして……?

ヒヤリと冷たいものが背筋を伝つ

ってくる。

「その場合、私はどうなりますか」

「そなたと、その別の存在を入れ代えることになる」

あたしと、どっかの世界の新たな被害者を入れ代える。つまり、元の場所――立川由香子に戻れ

るわけではない。

口をパクパクと開け閉めした。あまりの理不尽さに、何を言えばいいか咄と

嗟さ

に言葉が出てこなかっ

たのだ。

「どうした」

一度大きく深呼吸した。

「……わかりました」

心の底からわかりたくなどなかったが、そう言うしかなかった。

訳のわからない場所に一人放り出されるくらいならば、衣食住が保証されていそうなこの場所で、

帰れる方法を探す方がまだマシに決まっている。

だけど、舐な

めるな。あたしが大人しく嫁ぐと思ったら大間違いだ。ここから逃げて、自力で元の

場所に戻ってみせる。

むっつりと黙り込んで不ふ

穏おん

な考えを巡め

らしていると、王様はまるで世間話をするように言った。

「何が気に入らぬ?」

「全てです」

「夜の生活を気にしておるのならば、その心配は不要。子作りなどせずとも良い。先方が気に入ら

ねば、戻ってくるも自由。要するに、我が国にとっては婚姻を結んだという事実さえあれば良いのだ」

王様の言い様に茫ぼ

然ぜん

としてしまった。

何だそれ。そんな結婚にどのような意味があるのか。

「誰でもいいと? 

だからこんな年と

増ま

を送ってやろうと、そんな馬鹿な事を考えたのですか?」

「誰でもとは言わぬ。もちろんミシェイラでなければならぬが……そもそも、そなたは年増などで

はなかろう。余の娘のミシェイラと同じ十六の娘なのだから。もっともあと少しで十七だがな」

さすがにこれは腹が立った。

言いたくないが、あたしの見た目は年相応だ。お世せ

辞じ

も過ぎればイヤミでしかない。

「私は三十三だと申し上げました。どこをどう見たらそんな小娘に見えるのですか!」

「どこからどう見ても、十六の小娘にしか見えんな」

本気でそう思っているようだ。もしや目が腐っているんじゃないのか?

「とにかく、私はご協力することは出来ません。早く家に帰してください」

「何があっても協力出来ないと?」

「その通りです」

「ミシェイラの身代わりを拒否することは可能だ。となれば、新たなミシェイラになれる者を召

しょうかん喚

Page 20: 入れ代わりのその果てに - アルファポリス · 2017-11-24 · 9 入れ代わりのその果てに 8 プロローグ 「陛下。これより数 あま 多 ある世界より、最も優秀なミシェイラ様をお呼び出しいたします。お覚悟はた

39 38入れ代わりのその果てに

家で熱を出した時は、薬を飲んだら基本的に放置状態だったので、付きっきりで看病されるとい

うのは、なんとも面お

映はゆ

い待遇だ。側に人がいると落ち着かなくて寝ていられないし、ありがたいよ

うな迷惑のような、ぶっちゃけ放っておいて欲しい。更に言えば、お年を召した方に看病されると、

立場が逆じゃないのかと何とも言えないモヤモヤ感が湧き上がってくる。そんな事は本人に向かっ

て言えないけど……

「目が覚めましたか」

あたしの視線に気が付いたグラントは、穏やかに声をかけてきた。

「無理はしないように。まだ完全に回復しきってはおりません」

「どのくらい、寝ていたのでしょうか?」

想像以上にしゃがれた声が出て驚いた。

すると、グラントが水差しを口に含ませてくれる。慣れない飲み方ながらも何とか喉の

を潤

うるお

した。

「六日です。一時は危ないところだったのですよ」

「六日っ!? 

そんなっ」

予想以上の時間が経過していて、あたしは酷く焦あ

った。

そんなに長い時間行方不明になっていたら、周りは大騒ぎしている。家族や職場はもちろん、警

察沙ざ

汰た

になっているかも……

どうしようとウロウロと落ち着きなく視線を彷さ

まよ徨

わせていると、グラントが声をかけてきた。

「落ち着いてください。ここは貴女の生まれ育った世界ではありません」

「ひとつだけ忠告するが、偽名はおいそれと名乗らぬように。下手をすると死ぬぞ」

ムッとしてあたしは反論した。

「偽名? 

私はそんな失礼な真似はしません。私の名は立川由香子。本名で……」

その瞬間、心臓を貫

つらぬ

かれたような衝撃に、言葉が途切れてしまった。

ただ名前を言っただけなのに、これは何なのだ?

先程、名字だけ名乗った時の痛みよりも強い。ぎゅっと胸を押さえるが、全く治まらない。

そして、あまりの苦しさにあたしはブラックアウトしていった。

気が付くとベッドに寝かされていた。

どうやら、先程までいた全面石造りの寒さ

々ざむ

しい部屋ではないようだ。

おそらくミシェイラというお姫様の部屋なのだろう。あたしはお姫様の身代わりとなるのだから、

その子の部屋へ運ばれたと考えるのが順当なところだ。

薄暗くて部屋の色し

彩さい

まではわからないのだが、レースをふんだんに使っているカーテンや、やけ

にディコラティブな家具が多いようだ。家具や小物などのテイストがとても可愛らしい。しかし、

身も蓋もない言い方だが、金がかかってそうだなといった感想しか浮かばなかった。残念ながらシ

ンプルなデザインを好んでいるあたしにとっては、全く趣味に合わない部屋だ。

そして枕元には、石造りの部屋で会った魔法使いのグラントというお爺さんが、彫

ちょうぞう像

のように座っ

ていた。

Page 21: 入れ代わりのその果てに - アルファポリス · 2017-11-24 · 9 入れ代わりのその果てに 8 プロローグ 「陛下。これより数 あま 多 ある世界より、最も優秀なミシェイラ様をお呼び出しいたします。お覚悟はた

41 40入れ代わりのその果てに

良い方法はないかと、必死に頭をフル回転させる。

そうだ。今の時点で元の世界へ戻れないのなら、魔法の力で時間を遡

さかのぼ

ればいい。そして、入れ代

えられたばかりのミシェイラと、再び入れ代わればいい。世界を越えられたのだから、時間を遡る

ことだって出来るはずだ。むしろそうする以外に方法はない。

元々、すぐに帰れないと理解していたはずだ。だからこの問題は、遅かれ早かれ出て来ただろう。

大丈夫。最初からなにも変わっていない。絶望なんてする必要はないのだ。

あたしは己

おのれ

にそう言い聞かせた。深呼吸をして心を落ち着かせてから、口を開く。

「……そうですね。私はミシェイラさんになると決めたばかりなのに、もう決意が揺らいでしまっ

たようです。お恥ずかしい限りです」

「お気持ちはお察しいたします」

痛ましげにグラントはそう口にした。

「一つだけ忠告させていただいてもよろしいでしょうか」

「……なんでしょうか」

身構えつつ聞き返した。

「貴女のお名前は、既にタチカワではありません。この世界ではミシェイラ・ディリア・リオール。

それが貴女の正式なお名前です。どうかお忘れなきようお願いいたします」

「名を捨てろと、仰

おっしゃ

るのですか」

湧き上がる反発心のまま問えば、首を横に振られた。

「知っています! 

だけど」

「残念ですが、貴女は元の世界では既に亡くなられた事になっております。お戻りになる事は出来

ません」

「……!」

あたしは視線をグラントに向けて、食い入るように見つめた。

「今、亡くなられたミシェイラ様の意識は、貴女が元々いらした場所におられます。そちらでは、

貴女はお亡くなりになったと判断されているでしょう。死者が生き返ることなど不可能なのです。

そこに、貴女がまた入れ代わって死んだはずの者が生き返っては……今のミシェイラ様がお戻りに

なられては、大きな騒ぎとなってしまいます」

はっきりとした宣告だった。

本当はさっき王様達の話を聞いた時に気付いていたけれど、考えないようにしていた。

立川由香子は、死んでいるのだ。

六日も経っていたら、遺体は火か

葬そう

されている可能性が高い。事件性ありと思われれば、解剖や捜

査のためまだ遺体は残っているだろうが、少なくとも死んだ直後と同じ状態であるはずがない。確

かにそんなところへノコノコ戻っていったら、それこそ大騒ぎとなる。

……帰れない。

そう考えたら、目の前が真っ暗になりそうだった。

いや、諦

あきら

めたらだめだ。何かきっと手がある。だから諦めてはだめだ。

Page 22: 入れ代わりのその果てに - アルファポリス · 2017-11-24 · 9 入れ代わりのその果てに 8 プロローグ 「陛下。これより数 あま 多 ある世界より、最も優秀なミシェイラ様をお呼び出しいたします。お覚悟はた

43 42入れ代わりのその果てに

グラントの唐突な話題に目を瞬

しばたた

かせた。

それは滲んだ涙を誤ご

魔ま

化か

すものでもあったが、グラントの発言の真意を測りかねたためでもあった。

「貴女のその冷静な態度は、間違っても経験の足りない子供のものではありません」

「それはそうでしょうね」

「苛か

酷こく

な環境によって磨み

かれたものかとも思いましたが、それにしては貴女の言動には命に対する

危機感が足りません。平和で穏やかな場所で暮らしてきた方なのだとお見受けいたします。つまり、

純粋に人生経験が豊富だという事です」

「何が言いたいのですか」

「貴女とミシェイラ様は、本質的には全く同じ人間です。つまりお二人が生せ

を受けたのも、同じ時

間であるはずなのです。それなのにこれだけ年齢差が出来てしまっている。貴女の世界は、この世

界に比べて時の流れが速いのでしょう」

「一日の時間がこちらの方が長いということですか」

「一日の長さかもしれませんし、一年の長さかもしれません。もしくはそのどちらもが違うのか――

それらは変わらずに、時の流れが一致していないのかもしれませんね」

「そうですか」

ということは、浦島太郎状態になりかねないって事か? 

戻ったら周りの皆が年を取っていて、

下手をしたら死んでしまっているかもしれない?

落ち着いてよく考えてみよう。あたしの年齢が三十三で、亡くなったミシェイラが十六。ミシェ

「貴女の以前のお名前は、今あちらの世界におられる亡くなられたミシェイラ様のものです。お二

人は入れ代えられたのですから」

「私にとっては、名を捨てるのと同義です」

「憤ふ

慨がい

されるのはもっともかと思います。ですが、なんと言われようとそれが偽

いつわ

りのない事実なの

です。名はその人の本質を示します。偽りの名を口にするというのは、己

おのれ

の本質を否定する事とな

り、ただでは済みません。どうかご理解ください」

それでも納得いくものかと強くグラントを見据えるが、彼は目を逸そ

らさなかった。非難が込めら

れたあたしの視線を穏やかに受け止めている。

彼は、あたしがどれだけ罵ば

声せい

を浴びせようと、これは己への罰だと黙って受け入れるつもりなの

だろう。どれほど懇こ

願がん

しようと詰な

ろうと、彼の心を、考えを翻

ひるがえ

す事は出来ない。そういった覚悟の

上で、あたしを呼んだのだ。

つまり、無駄って事だ。

悔くや

しくてジワッと目の前がわずかに滲に

んでくる。

泣くな。泣くんじゃない。グッと奥歯を噛み締めて、耐えろと自分を叱し

咤た

した。

ここで当たり散らしても泣き縋す

っても何もならないのなら、弱みなど見せる必要はない。見せて

やるものか。あたしが彼等を責め立てれば、責めた分だけ罪を償

つぐな

ったような気にさせるだけだ。

「……私は貴女が三十代の妙

みょうれい齢

の女性と仰

おっしゃっ

た時、俄に

かに信じがたく思いましたが、今ならばそれ

を信じる事が出来ます」

Page 23: 入れ代わりのその果てに - アルファポリス · 2017-11-24 · 9 入れ代わりのその果てに 8 プロローグ 「陛下。これより数 あま 多 ある世界より、最も優秀なミシェイラ様をお呼び出しいたします。お覚悟はた

45 44入れ代わりのその果てに

「貴女と亡くなられたミシェイラ様を入れ代えた折お

、お二人は混ざり合いそしてすべてを共有し

あったのです。知識など双方に蓄

たくわ

えられた記憶が、あなたの中でぶつかり主張し合っているのだと

思います」

「よく……わからない」

「貴女は、亡くなられたミシェイラ様と貴女ご自身の、双方の記憶をお持ちになっておられます。

そしてその二つの記憶が持つ、相反する常識がぶつかり合うことによって、今のような状態になっ

ているのです」

つまり、グラントが言っているのは、一年が365日であり、730日でもあるという矛む

盾じゅん

した

二つの常識があたしの中に存在するという事か。

人の頭の中を勝手にかき回すなんて。眩暈や頭痛以上に、強烈な嫌悪感が湧き上がった。

「異世界よりこちらにお呼びすると、どうしてもこのような現象が起こってしまうのです。知識が

身体に馴な

染じ

めば、拒否反応も徐々に収まっていくはずです。ご心配なさる事はありません」

「解説はどうでも良いので、この気持ち悪い状況をどうにかしてください。他人の記憶があるなん

て気味が悪い」

「それは不可能です。もしどうにか出来たとしても、お困りになられるのは貴女ですよ」

「なぜです」

「貴女が今口にされているお言葉は、こちらの世界の共通語です。元々は別の言語で話されていた

のではありますまいか」

イラとあたしの誕生が同時ということならば、およそ倍の速度で流れていると考えられる。……倍

か。それぐらいなら、仮に半年後に元の世界へ帰ったとして、その時の年齢差も許容範囲内のよう

な気がする。

一日二十四時間。一年365日。その常識が……あれ? 

一年は730日だ。いや、そんなはず

はない。一年は365日。でも730日のはず。

眩め

暈まい

がした。

相反する『常識』に、脳の中が混乱していて、ぶつかり合った常識が頭の中でせめぎ合っている。

何だこれは。何が起きている?

あたしは眩暈や頭痛をやり過ごそうと、頭を押さえた。

「どうされましたか」

「なんだか、急に眩暈が、して」

歯を食いしばりながら話したせいで、くぐもった声になってしまった。

グラントは眉ま

根ね

を寄せ、あたしの状態を観察している。

「知識が暴走しましたか?」

「今、なんと……?」

「知識が暴走しましたか、とお聞きしました」

「どういうことですか」

まさしくグラントの言う通りの状況。頭の痛みに耐えられず、顔を顰し

めてしまった。

Page 24: 入れ代わりのその果てに - アルファポリス · 2017-11-24 · 9 入れ代わりのその果てに 8 プロローグ 「陛下。これより数 あま 多 ある世界より、最も優秀なミシェイラ様をお呼び出しいたします。お覚悟はた

47 46入れ代わりのその果てに

「そうですか」

「記憶が不完全で心細いかと思いますが、優秀な侍女をお付けすることになっています。ご安心く

ださい」

そうグラントは言うが、あたしはその言葉を右から左へと聞き流していた。どんどん、自身の思

考の内に沈んでいたのだ。

もし拒絶していないで精神が崩ほ

壊かい

していたら……なんて恐ろしい。そう思うと気分は非常に悪い

が、今のところあたしに不都合は出ていない。ちょっと頭が痛くはなったけれど、それだけだ。

いや待てよ。

ほとんど身に付かなかったけれど、あたしが死んだミシェイラの全ての記憶を受け取っていると

いう事は、彼女もあたしの記憶を全て受け取っているという事ではないのか?

死んでいるから問題はないのかもしれないけど、勝手に自分の記憶を持っていられるというのは

面白くない。

個人情報保護法など目じゃないほどのプライバシーの侵害に、あたしは怒りが湧き上がるのを感

じた。この怒りをどこへぶつければいいのだろう。

ご老人であるグラントへ暴力を働くなんて外げ

道どう

な真似は、さすがに気が引ける。体調がしっかり

と回復した暁

あかつき

には、あの王様とやらを心行くまで殴り倒してやる。

あたしは心の底で深く、深く、ふか~く決意した。

……この恨み晴らさでおくべきか。

そんな馬鹿な。あたしは日本語でずっと話していたはずだ。

グラントは、横手にあるサイドテーブルから紙を取り上げ、あたしに差し出してきた。

「お読みになれますね?」

あたしは頷く。

蚯みみず蚓

ののたくったような、全く知らないはずの文字だ。それなのに文字の意味がわかり、そして

書かれている内容が苦もなく頭に入ってくる。

しかも、脳内で意味を成す言葉も、『日本語』ではない。あたしは無意識にこっちの世界の言葉

で考え、そして話していたのだ。今使っているのはどっちの言葉か意識すれば、ごく自然と認識出

来る。指摘された事実に吐き気がしそうだ。

「初めてお会いした時、私はお三方がどなたかわかりませんでした。それはどう説明されるのですか」

死んだミシェイラの記憶があるのならば、当然彼等の事もわからなければおかしいはずだ。

「ただの知識と違い、感情を伴

ともな

う個人的な記憶というものは、受け継がれにくいのです」

「お姫様の記憶だけが欠け

如じょ

しているということですか」

「貴女の人生の上に、ミシェイラ様が今まで学ばれてきた知識が上乗せされただけと言えます。で

すので、亡くなられたミシェイラ様の人生を思い出すことは、おそらくないでしょう。貴女の精神

が他の者に侵食される事を拒絶し、ご自身を護ま

られたのです」

「やけに詳しいですね」

「過去の文献にそういった記述がありました」

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