3
50―――第30回 実践研究助成 1.はじめに 平成16年度、創立30周年を迎える本校は、中国等帰国孤 児子女を積極的に受け入れている小学校の1つである。その ため、平成13年度から2年間は、文部科学省の「外国人児 童生徒と共に進める教育の国際化推進地域事業指定」、さら に、平成15年度から2年間は、文部科学省の「帰国・外国 人児童生徒と共に進める教育の国際化推進地域国際化推進セ ンター校」として、国際理解教育の研究を深めているところ である。 そのため、本校では、カリキュラムの中に英語教育のみな らず、中国語教育も組み入れ、中国に関する理解を深める教 育に力を入れている。 秋には、6年生の子どもたちが、京阪神の外国人学校(西 神戸朝鮮初級学校・神戸カナディアンアカデミー・大阪中華 学校)に出かけていき、交流を深めている。 さらに、「平盛国際フェスティバル」と称したイベントを 開催し、中国のみならず、さまざまな国の音楽、踊り、遊び、 食などに触れる機会を設けている。 ただし、一緒に何かを創り出すという活動が、お互いの理 解を深め、大きな達成感を児童が味わうことができるだろう と考えつつ、そのような活動はできないままとなっていた。 今回、兼ねてから親交の深い音楽家、野村誠氏の協力を得 て、音楽家が実際に日本とイギリスの小学校を訪問し、曲作 りを行うという取り組みを進めてきた。今回の研究は、音楽 家による実際の共同作曲をさまざまな視聴覚機器で援護した 学校間の交流の可能性を探るものである。 2.研究の目的 多様な発想を学ぶ 同じ学校での子どもたちの発想はどうしても似通ったも のとなってしまう。遠く離れたイギリスの小学校の曲作り に触れることによって、子どもたちは、まったく違ったも のの見方、発想の仕方に気づくだろう。2校による曲作り を通して、子どもたちに多様な発想を感じ、学ばせたい。 人との関わりの中での学びを大切にしたい 今回の曲作りでは、ワークショップという形式をとりな がら活動を進めていく。学びを進めていく中で、音楽家の 方々との関わり、友だちとの関わり、イギリスの小学生と の関わりといった「ヒトとの関わり」の大切さ、わかり合 うことの難しさを感じさせたい。 言葉の壁を越えた交流へと発展させたい 今まで盛んに行われてきた交際交流の問題点に言葉の壁 があると考える。共通の言語を持たない国との交流は、な かなか継続が難しく、単なるイベントで終わってしまうケ ースが多かったのではないだろうか。今回の研究では、 「音楽」という言葉の壁を越えたものを「柱」に据え、イ ンターネットを活用して「共同作曲」していくことを考え た。また、両者の学校を実際に音楽家が訪れ、音楽だけで は伝えきれない細かな部分については補足説明していただ けることになっている。音楽だけでのやりとりは難しい部 分もあろうが、言葉の壁を越えた交流へと発展させていき たい。 実践研究助成 小学校 研究課題 未完成組曲プロジェクト 副題 ネットでつなぐ日英小学生による遠隔共同作曲 学校名 宇治市立平盛小学校 所在地 〒611-0033 宇治市大久保町平盛91-3 学級数 13 児童・生徒数 348名 職員数/会員数 41名 学校長 水口 宏志 研究代表者 糸井 ホームページ アドレス http://www.uji.ed.jp/hiramori-es/

未完成組曲プロジェクト · 2011-09-29 · とのセッション。子どもたちは日を追うごとに、音楽の楽 しさを体感していった。 音楽ワークショップ3日目、今回のイギリスの小学校と

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Page 1: 未完成組曲プロジェクト · 2011-09-29 · とのセッション。子どもたちは日を追うごとに、音楽の楽 しさを体感していった。 音楽ワークショップ3日目、今回のイギリスの小学校と

50―――第30回 実践研究助成

1.はじめに

平成16年度、創立30周年を迎える本校は、中国等帰国孤

児子女を積極的に受け入れている小学校の1つである。その

ため、平成13年度から2年間は、文部科学省の「外国人児

童生徒と共に進める教育の国際化推進地域事業指定」、さら

に、平成15年度から2年間は、文部科学省の「帰国・外国

人児童生徒と共に進める教育の国際化推進地域国際化推進セ

ンター校」として、国際理解教育の研究を深めているところ

である。

そのため、本校では、カリキュラムの中に英語教育のみな

らず、中国語教育も組み入れ、中国に関する理解を深める教

育に力を入れている。

秋には、6年生の子どもたちが、京阪神の外国人学校(西

神戸朝鮮初級学校・神戸カナディアンアカデミー・大阪中華

学校)に出かけていき、交流を深めている。

さらに、「平盛国際フェスティバル」と称したイベントを

開催し、中国のみならず、さまざまな国の音楽、踊り、遊び、

食などに触れる機会を設けている。

ただし、一緒に何かを創り出すという活動が、お互いの理

解を深め、大きな達成感を児童が味わうことができるだろう

と考えつつ、そのような活動はできないままとなっていた。

今回、兼ねてから親交の深い音楽家、野村誠氏の協力を得

て、音楽家が実際に日本とイギリスの小学校を訪問し、曲作

りを行うという取り組みを進めてきた。今回の研究は、音楽

家による実際の共同作曲をさまざまな視聴覚機器で援護した

学校間の交流の可能性を探るものである。

2.研究の目的

① 多様な発想を学ぶ

同じ学校での子どもたちの発想はどうしても似通ったも

のとなってしまう。遠く離れたイギリスの小学校の曲作り

に触れることによって、子どもたちは、まったく違ったも

のの見方、発想の仕方に気づくだろう。2校による曲作り

を通して、子どもたちに多様な発想を感じ、学ばせたい。

② 人との関わりの中での学びを大切にしたい

今回の曲作りでは、ワークショップという形式をとりな

がら活動を進めていく。学びを進めていく中で、音楽家の

方々との関わり、友だちとの関わり、イギリスの小学生と

の関わりといった「ヒトとの関わり」の大切さ、わかり合

うことの難しさを感じさせたい。

③ 言葉の壁を越えた交流へと発展させたい

今まで盛んに行われてきた交際交流の問題点に言葉の壁

があると考える。共通の言語を持たない国との交流は、な

かなか継続が難しく、単なるイベントで終わってしまうケ

ースが多かったのではないだろうか。今回の研究では、

「音楽」という言葉の壁を越えたものを「柱」に据え、イ

ンターネットを活用して「共同作曲」していくことを考え

た。また、両者の学校を実際に音楽家が訪れ、音楽だけで

は伝えきれない細かな部分については補足説明していただ

けることになっている。音楽だけでのやりとりは難しい部

分もあろうが、言葉の壁を越えた交流へと発展させていき

たい。

実践研究助成

小学校

研究課題

未完成組曲プロジェクト

副題

ネットでつなぐ日英小学生による遠隔共同作曲

学校名 宇治市立平盛小学校

所在地 〒611-0033

宇治市大久保町平盛91-3

学級数 13

児童・生徒数 348名

職員数/会員数 41名

学校長 水口 宏志

研究代表者 糸井 登

ホームページ アドレス http://www.uji.ed.jp/hiramori-es/

Page 2: 未完成組曲プロジェクト · 2011-09-29 · とのセッション。子どもたちは日を追うごとに、音楽の楽 しさを体感していった。 音楽ワークショップ3日目、今回のイギリスの小学校と

第30回 実践研究助成―――51

小学校

3.研究の方法

研究の方法は、以下の3点である。

① 音楽家とのワークショップを通して、子どもたちの発想

を大切にした曲作りを実施する。

京都在住の音楽家、野村誠氏、さらにイギリス在住の音

楽家、Hugh Nankivell氏の2名をお迎えし、1週間の音

楽ワークショップを実施する。その中で、子どもたちの発

想を大切にしながら、曲作りを実施する。同様に、3人の

音楽家にイギリスのLindley schoolを訪問していただき、

イギリスの小学生と音楽ワークショップを実施、曲の続き

を作っていただく。(Lindley schoolは、Hugh Nankivell

氏のご子息が通われているイギリスの小学校)

② インターネットを活用した音楽交流を実施する

音楽ワークの様子をホームページ上にアップし、曲だけ

でなく、ワークショップの様子をお互いに見る、聞くこと

ができるようにする。また、必要に応じて、メールを活用

して(静止画・必要最低限度の文字)交流を図りたい。

③ 世界の国々に興味を持ち、子どもたちが自ら進んで調べ

ていく場、時間を用意する

先にも述べたように、本校は、文部科学省の指定を受け、

「帰国・外国人児童生徒と共に進める教育の国際化推進地

域国際化推進センター校」としての活動を進めている。今

回の音楽を中核に据えた交流をきっかけとして、さまざま

な国々に興味を持ち、調べていけるような場、時間を用意

するようにしていきたい。

4.研究の内容

① 音楽家とのワークショップ

まず、平成16年

2月。京都在住の音

楽家、野村誠氏、さ

らにイギリス在住の

音 楽 家 、 Hugh

Nankivell氏の2名

の音楽家をお招きし、

曲作りを始めた。

身体を使っての音

楽、ボディパーカッション。自由に楽器を使っての音楽家

とのセッション。子どもたちは日を追うごとに、音楽の楽

しさを体感していった。

音楽ワークショップ3日目、今回のイギリスの小学校と

のリレー形式の曲作りについて、子どもたちに説明。

子どもたちは、大喜びであった。曲を完成させずに、イ

ギリスの小学校に続きを作ってもらうという意図から、

「未完成組曲」と題名をつけた。

音楽家が曲名「未完成組曲」と板書し、子どもたちに

「この題名からイメージするものを出し合おう」と働きか

けた。すると、子どもたちから出されたのは、何と「未完

成」を「みかん星」に置き換えたものだった。そんな中か

ら、最終日に未完成の形を残しながら完成したのが「みか

ん星」だった。

みんなでリズムを刻みながら、歌声を収録。歌詞も日本

語で書き、3人の音楽家の手によって、イギリスの小学校

に運ばれることとなった。

できあがった歌詞は以下のようなもの。

「平盛で歌は始まった/みかんは知ってるけど、みかん

星は知らない/み

かん星~、みかん

星~/みかん星~、

みかん星~/みか

ん星はみかんの形

/へたのあたりが

火山/みかん星大

爆発/オレンジジ

ュースの天の川/

みかん星は未完成/みかんと言えば和歌山県/みかん星~、

みかん星/みかん星~、みかん星~」

続いて、平成16年6月。場所をイギリスのLindley

schoolに移して、平盛小学校の「みかん星」をきっかけ

に1週間の音楽ワークショップを実施した。

Lindley school

では、平盛小学校

の「みかん星」を

受けて、子どもた

ちの発想のもと、

以下のような試み

が行われた。それ

は「MIKANS

EI」に使われて

いる6つのアルファベットから作られる言葉のみを使って

曲を作るというものであった。さらに、さまざまな楽器演

奏にも取り組んでいる学校であり、演奏も子どもたちだけ

で行われた。

かくして、「MIKANSEIⅡ」がイギリスの小学校

で作られ、その様子をビデオに収めたものが、夏休み中に、

平盛小学校に届けられた。

最 後 に 、 平 成

17年1月。Lindley

school の 「 M I

KANSEIⅡ」

の中で、イギリス

の児童がギターや

サックスなどを使

用しているのに触

発された子どもたちは、日本らしさを出そうと、演奏の中

に琴を取り入れ始めた。また、「みかんせい」の5文字で

できる言葉から歌詞を作ることになった。

「みかん」「いいんかい」「せみ」「せんい」「せんせい」

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52―――第30回 実践研究助成

「いいん」「みんか」「いか」「かい」「かんせい」「いみ」

「みんせい」「せん」「みみ」・・・たった5文字じゃどう

かなと言葉を探し始めてみると、思ったよりもたくさんの

言葉ができるのには、みんなびっくり! ワークショップ

の中で、Hugh Nankivell氏が「かんせい」を「かんさ

い」と言い間違えたところから、曲の名前は「関西ばんざ

い」となった。ワークショップ最終日は、保護者もお招き

して、ミニコンサートを実施。1年前の「みかん星」、イ

ギリスで生まれた「MIKANSEIⅡ」そして、「関西

ばんざい」の3曲を披露した。

② インターネットを活用した音楽交流

本校とイギリスの小学校で作られた曲は、デジタルビデ

オカメラに録画し、音楽家が両校を行き来し、それぞれの

学校で放映した。そして、そのデータを圧縮し、本校ホー

ムページで掲載していった。

当初、掲示板等を使って交流することも考えていたが、

掲示板を活用することは避け、メールのやりとりで交流を

するにとどまった。掲示板を活用しきれなかったのには大

きく2つの理由がある。

1番の理由は、交流を動画で行うことにしたことにある。

30秒程度の動画で、自分たちの活動を紹介し、送るとい

う方法をとったのである。

2つ目は、交流に多く使用した写真等は子どもたちに自

由に撮らせたものを使用したため、個人情報の観点からも、

掲示板を活用することは好ましくないと判断したのである。

③ 世界の国々に興味を持ち、子どもたちが自主的に調べて

いく

曲作りに取り組んだ子どもたちは、自然にいろんな国々

の音楽や歴史、地理などにも関心を持ち、コンピュータや

書物などを中心に調べ学習に積極的に取り組んだ。

秋の遠足で訪問した中華学校や朝鮮初級学校は、それぞ

れ民舞に取り組んでいることもあって、訪問した際に、そ

の踊りを見せていただいたことも興味を引いた大きな要因

となった。

遠足の後、子ど

もたちの要望もあ

って、インドネシ

アの音楽ガムラン

を体験。(海外公

演もこなすガムラ

ングループ・マル

ガサリにワークショップをお願いし、実現)

また、「平盛国際フェスティバル」には、大阪中華学校

の子どもたちに来校いただき、中国の踊りを鑑賞。動きを

少し教えていただいた。

5.研究の経過

この春、5年生から、この共同作曲に取り組んできた子ど

もたちは卒業していく。ただし、子どもたちが作ってきた曲

は、映像、静止画、楽譜という形で残っている。同様に、イ

ギリスのLindley schoolの子どもたちも、時期はずれるが

卒業していくことになる。

だが、音楽家の方々とは、もう1年、継続していこうとい

う話を進めているところだ。曲が少しずつ発展してきた今、

このまま終わってしまうのは、いかにも惜しい。また、活用

しきれず反省しきりのインターネットの活用も、もう少し発

展させていきたい。

この1年間の遺産(?)を受け継ぐ形で、「未完成曲」を

完成すべく、活動を引き継がせていきたいと考えている。

6.研究の成果と今後の課題

まず、1番の成果は、音楽家とコラボレーションすること

で、子どもたちが生き生きと曲作りに取り組むことができた

ことがあげられる。当初、最終的には、CDの形にして子ど

もたちに記念として渡そうと計画していたのだが、子どもた

ちの生き生きとした表情を残したくて、DVDの形にして子

どもたちに配布することを計画し、無事、卒業式に手渡すこ

とができた。

また、音楽家に両校を行き来していただいたことで、両校

の子どもたちの様子や感想を詳しく知ることができた。また、

ビデオや写真を多数撮っていただいたので、両校の交流は深

いものとなった。

課題としては、やはり、インターネットの活用の不十分さ

があげられる。さまざまなメディアは活用したものの、日常

的な交流に生かし切れなかった点が悔やまれる。

7.おわりに

このプロジェクトは、音楽家のお世話になりながら、課題

を克服すべく、もう少し継続したいと考えている。

最後にお世話になった2人の音楽家、野村誠氏、Hugh

Nankivell氏のプロフィールを紹介する。

*野村誠 1968年名古屋市生まれ。8歳より作曲を始める。

92年に、自身のバンド「プーフー」で、Epic/Sony

RecordsよりCDデビュー。その後、イギリス・ヨーク大

学大学院で学ぶ。

第1回アサヒビール芸術賞、JCC ART AWARDSの現代

音楽部門最優秀賞などを受賞。

*Hugh Nankivell シティー大学(ロンドン)を首席で卒

業後、ハダスフィールド大学大学院修了。作曲家、演奏家

としてヨーロッパ各地で活動する。ロイヤル・リバプー

ル・フィルハーモニー・オーケストラを始めクラシックの

演奏家のための作品も多い。また、これまでに300校を超

える学校で、創作に重点を置いた音楽プロジェクトを行い、

子どもたちとの歌の創作を得意とする。