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昭和初期に造られたアーチ型鉄筋コンクリート 構造物の事例紹介 栗原 1 1 中国地方整備局 出雲河川事務所 工務課 (〒693-0023 出雲市塩冶有原町5丁目1番地) . 斐伊川放水路事業において、一級河川斐伊川水系神戸川の拡幅を行うにあたり、洪水流下時 に支障となる旧神戸堰(固定堰)の撤去が必要となった。旧神戸堰は昭和2年に完成した農業用 取水堰で、当時の農業施設としては珍しい多連アーチ型の鉄筋コンクリート構造物であり、土 木遺産にも位置付けられた堰である。さらに、各種委員会より堰に関する資料の保存を要望さ れていた。 以上のことから旧神戸堰を撤去する前に堰資料の保存を行った。今回はその中で実施した 「コンクリート品質試験結果」及びそこから見えてくる当時のコンクリート品質について紹介 する。 キーワード コンクリート, セメント, 強度, 粒度, 品質(耐久性), 塩化物 1. 旧神戸堰の概要 旧神戸堰は、島根県出雲市を流れる一級河川斐伊川水 系神戸川の7k500付近に位置し、大正14年に着手し昭和 2年に完成した堰延長94.55 m、高さ1.82 m、総コンクリ ート量約1,000m3の鉄筋コンクリート造多連アーチ型取 水堰である。( 写真-1) アーチ構造とした経緯については、旧神戸堰建設当時 セメントが高価であったためセメント量を減らすこと及 び計画地盤が湧水の多い軟弱地盤であったため自重の軽 減を図ったといわれている。 旧神戸堰は約80 年に渡り農業用の取水堰として出雲市 内の田畑へ水を供給する役割を果たしてきたが、その機 能を新堰へ移行し、平成22 6 月に撤去完了した。 写真-1 旧神戸堰運用時(神戸川右岸下流より) 写真-2 旧神戸堰撤去前(神戸川左岸上流より) 2. 旧神戸堰のコンクリート 旧神戸堰施工時のコンクリート材料についての文献は 残されていないが、次の材料が使用されていたと考えら れる。 セメントは、島根県では昭和50 年代前半までは高炉セ メントの使用事例がなく、普通ポルトランドセメントが 使用されていたと考えられる。 骨材は、「日本取水堰堤誌1941年」 1) より神戸川地表 1m程度まで礫を有する地盤と記されており、昭和時代 まで神戸堰下流で砂利の採取が行われていたため、神戸 川の砂利を使用していたと考えられる。

昭和初期に造られたアーチ型鉄筋コンクリート 構造 …...ばRCCP舗装の配合と同程度のワーカビリティーしか ない水量となるため、実際の施工は困難であると考

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昭和初期に造られたアーチ型鉄筋コンクリート

構造物の事例紹介

栗原 淳1

1中国地方整備局 出雲河川事務所 工務課 (〒693-0023 出雲市塩冶有原町5丁目1番地)

.

斐伊川放水路事業において、一級河川斐伊川水系神戸川の拡幅を行うにあたり、洪水流下時

に支障となる旧神戸堰(固定堰)の撤去が必要となった。旧神戸堰は昭和2年に完成した農業用

取水堰で、当時の農業施設としては珍しい多連アーチ型の鉄筋コンクリート構造物であり、土

木遺産にも位置付けられた堰である。さらに、各種委員会より堰に関する資料の保存を要望さ

れていた。

以上のことから旧神戸堰を撤去する前に堰資料の保存を行った。今回はその中で実施した

「コンクリート品質試験結果」及びそこから見えてくる当時のコンクリート品質について紹介

する。

キーワード コンクリート, セメント, 強度, 粒度, 品質(耐久性), 塩化物

1. 旧神戸堰の概要

旧神戸堰は、島根県出雲市を流れる一級河川斐伊川水

系神戸川の7k500付近に位置し、大正14年に着手し昭和

2年に完成した堰延長94.55m、高さ1.82m、総コンクリ

ート量約1,000m3の鉄筋コンクリート造多連アーチ型取

水堰である。(写真-1)

アーチ構造とした経緯については、旧神戸堰建設当時

セメントが高価であったためセメント量を減らすこと及

び計画地盤が湧水の多い軟弱地盤であったため自重の軽

減を図ったといわれている。

旧神戸堰は約80年に渡り農業用の取水堰として出雲市

内の田畑へ水を供給する役割を果たしてきたが、その機

能を新堰へ移行し、平成22年6月に撤去完了した。

写真-1 旧神戸堰運用時(神戸川右岸下流より)

写真-2 旧神戸堰撤去前(神戸川左岸上流より)

2. 旧神戸堰のコンクリート

旧神戸堰施工時のコンクリート材料についての文献は

残されていないが、次の材料が使用されていたと考えら

れる。

セメントは、島根県では昭和50年代前半までは高炉セ

メントの使用事例がなく、普通ポルトランドセメントが

使用されていたと考えられる。

骨材は、「日本取水堰堤誌1941年」1)より神戸川地表

1m程度まで礫を有する地盤と記されており、昭和時代

まで神戸堰下流で砂利の採取が行われていたため、神戸

川の砂利を使用していたと考えられる。

混和剤については、昭和25年より使用され始めた材料

で、当時はまだ開発されていない。

コンクリート構成材料の中でもセメントについては、

当時と現代の材料では品質が異なるため、普通ポルトラ

ンドセメントの品質推移に表-1に示す。

表-1 普通ポルトランドセメントの品質推移

年 度比較面積

(㎝2/g)

88μm残分(%)

始発 終結 3日 7日 28日

1916年(大正5年) - 6.7 2-39 5-26 - 11.7 21.3

1921年(大正10年) - 12.6 2-16 7-31 - 6.7 14.1

1926年(昭和元年) - 7.0 2-14 6-02 - 12.7 22.5

1935年(昭和10年) - 2.1 1-58 3-27 10.7 18.0 32.5

1945年(昭和20年) - 4.6 2-10 4-26 6.2 10.2 18.8

1955年(昭和30年) 3340 2.8 2-22 3-09 11.9 21.5 38.5

1985年(昭和60年) 3310 0.7 2-41 3-42 15.3 25.3 41.7

1991年(平成3年) 3390 0.6 2-23 3-15 15.5 25.1 41.5

1998年(平成10年) 3420 - 2-08 3-11 28.2 43.8 61.6

2010年(平成22年) 3360 - 2-04 3-02 30.8 45.8 62.0

※コンクリートの長期耐久性(長瀧重義監修)より

普通ポルトランドセメントの品質推移

圧縮強さ(N/mm2)凝 結(h-m)粉末度

旧神戸堰が施工された時代のセメントは現在の物と比

較すると粒径が大きく凝結時間が遅く、初期強度は比較

的低いものであった。

3. 試験項目及び結果

旧神戸堰からコンクリートコアを採取(写真-3,4)し、

コンクリートの性状、品質について各種試験を実施した。

(1)試験項目

実施試験項目については、表-2のとおり。

表-2 試験項目一覧

(2)圧縮・引張強度試験結果

表-3 強度試験結果

(3)硬化コンクリートの配合推定結果

表-4 配合推定結果

表-4の配合推定結果より、旧神戸堰の配合は以下と推

位置圧縮強度(N/mm2)

引張強度(N/mm2)

引張強度/圧縮強度比

上段 No.7 25上段 No.1 2.51中断 No.2 18.5中断 No.8 1.95下段 No.3 26.9下段 No.6 2.06

コアの強度試験結果

1/10

1/10

1/13

試験名 試験方法 試験検体数

圧縮強度試験 JIS A 1108 3

割裂引張強度試験 JIS A 1113 3

硬化コンクリートの配合試験

セメント協会法F18 F23

3

硬化コンクリートの気泡組織

ASTM C 457-98 3

硬化コンクリート中の塩化物含有量

JIS A 1154 3

硬化コンクリート中骨材のアルカリシリカ反応

JIS A 1145 1

※試験数3はアーチ部の上・中・下段位置

セメント量

(kg/m3)

骨材量

(kg/m3)

水量

(kg/m3)

上段 No.4' 2355 2267 3.9 252 1996 104

中段 No.5 2317 2225 4.2 260 1940 118

下段 No.9 2318 2221 4.4 251 1949 120

試料名表乾単位容積質量

(kg/m3)

吸水率(%)

配合推定結果絶乾単位容積質量

(kg/m3)

真-3 コア採取箇所

写真-4 コア写真

察される。

単位セメント量:254kg/m3

単位骨材量 :1,926kg/m3

単位水量 :114kg/m3

水セメント比 :45%

(4)硬化コンクリートの気泡組織測定結果

表-5 気泡組織測定結果

コア採取箇所

記号全気泡数

(個)

単位長さ当たりの気泡数(個/mm)

平均弦長

(mm)

比表面積

(mm2/mm

3)

ペースト

空気比

空気量

(%)

気泡間隔係数(μm)

コア No.4' 356 0.083 0.347 11.52 6.38 2.9 449

コア No.5 262 0.061 0.255 15.71 12.84 1.6 451

コア No.9 300 0.07 0.32 12.51 8.9 2.2 481

例 546 0.228 0.195 20.53 6.51 4.4 254

(5)硬化コンクリート中の全塩化物イオン量測定結果

表-6 全塩化物イオン量測定結果

(%) (kg/m3)

上段 No.7 2330 0.013 0.3

中段 No.2 2320 0.014 0.32

下段 No.3 2320 0.013 0.3

試料の記号かさ比重

(kg/m3)

全塩化物イオン量

(6)硬化コンクリート中骨材のアルカリシリカ反応性

試験結果

表-7 アルカリシリカ反応性試験結果(化学法)

4. 試験結果に対する考察

各試験結果に対する考察を以下に示す。

(1)強度試験

表-3の強度試験結果より圧縮強度は、18.5~26.9N/mm2

となっており、中段部コアにおいて圧縮強度が低い値が

出ているが、これは圧縮試験時にせん断破壊をを起こし

ており、コア内部に何らかの欠陥があったものと推測さ

れる。

引張強度は圧縮強度の1/10~1/13となりほぼ理論どお

りの結果となっており、旧神戸堰はコンクリート構造物

として健全な力学特性を有していたと考えられる。

(2)配合

1921 年(大正 10 年)国鉄の「土木及び建築工事示方

書」2)によると、当時のコンクリートは容積配合であ

り、一般的な配合(セメント:砂:砂利の比率)は、

橋台・橋脚強度を必要とする鉄筋構造物 1:2:4~1:3:6、

建築物・一般の鉄筋コンクリート 1:2:4~1:2.5:5、基

礎・強度を必要としないコンクリート 1:3:6~1:4:8と

されている。

当時は水セメント比と強度の概念は少なく、1:2:4

配合で 28N/mm2程度、1:3:6で 21N/mm2程度が経験的な

数値として考えられていた様である。

旧神戸堰の配合の基準は、鉄筋コンクリートの標

準的なものと考えると、1:2:4 配合(セメント骨材比

1:6)の可能性が大きいと考えられる

ここで当時の配合をスランプ値(10cm)として推定

した配合と現在の配合と比較を推定する。表-8 の推

定結果によると旧神戸堰のセメント骨材比は約 1:8

となる。

試験および推定検討により得られた配合の妥当性の検

証は難しいが、「土木学会誌1巻1号(大正4年2

月)」3)に記載されている山梨県猿橋で施工された猿橋

水道橋の橋台、取り付け工事では、セメントと骨材の比

率は 1:9 であった事例もあり、一概に当時の配合量を

確定するのは困難である。

表-8 推定配合

水 セメント 細骨材 粗骨材 混和剤

旧神戸堰で使用したと推定される配合(コア試験より) 45 114 254 -

容積配合(1:2:4)よりの推定配合(スランプ値10cm程度) 67.7 170 250 800 1170 -

現在の鉄筋コンクリートの配合(BB24-8-20) 54.8 162 296 810 1026 2.96

骨材40mmスランプ5cmの配合例(BB24-5-40) 52.6 144 274 745 1161 2.74

大正・昭和初期(砂利・川砂)

現在の配合(粗骨材は砕石細骨材は加工砂)

1962

コンクリートの配合の比較

W/C単位量 (kg/m3)

配合

また、単位水量は114kg/m3で、ほとんどスランプを

有しないコンクリートとなり、施工性に関していえ

ばRCCP舗装の配合と同程度のワーカビリティーしか

ない水量となるため、実際の施工は困難であると考

えられる。

しかし、表-8の配合比較よりスランプを10cmとし

ようとすると大量の水が必要となる。

試験結果から考察すると、旧神戸堰建設には硬練

りのコンクリートが使用されたと推測される。

(2)凍害

試験結果より、旧神戸堰に使用されるコンクリートは

は以下の理由により凍害に対する耐久性が劣っていたと

いえる。

コンクリート中の気泡間隔係数が 150~200μm とした

場合には対凍害性は著しく増大するといわれ、この値が

大きい場合には凍害を受けやすい。気泡分布測定結果で

は、449~481μmと大きい値となった。

空気量についても、コンクリート中の空気量を 3~

6%とした場合には、耐凍害性に優れるといわれるが、

これ以下の場合、耐凍害性が下がる。

旧神戸堰の空気量は 1.6~2.9%だったが、旧神戸堰

は凍害を受けた形跡がない(写真-5)。これは、旧神戸

堰は常時水流があることから凍結融解を受ける可能性が

低いこと、もし凍害を受けたとしても、流水により凍害

部が洗われ、凍害に対する影響は小さくなったのではな

いかと考えられる。

写真-5 旧神戸堰表面(摩耗状況:表面が洗われているが

凍害による骨材の流出などは見受けられない)

試料名アルカリ濃度減少量(Rc)

(mmo1/1)溶解シリカ量(Sc)

(mmo1/1)判定

神戸堰 130 364 無害でないもの

(3)塩害

土木学会コンクリート標準示方書[設計編:塩害に対

する照査]4)では、鋼材位置における塩化物イオンの鋼材

発生限界濃度は、0.3~2.4 kg/m3程度とされている。

構造物中から採取したコア供試体の塩化物イオン量は

ほぼ 0.30kg/ m3であることから、当該構造物中には鋼材

腐食発生限界濃度の下限値に近い塩分が存在していたと

いえる。

旧神戸堰位置では飛来塩分の浸透によることも考えら

れるが、コンクリート表面には水流があり、塩分の飛来

があっても洗い流される。

また、昭和 2 年に発行された『土木建築工事画報』5)

では、厳寒中のコンクリート工事でコンクリートの練混

水に塩分を混入した試験について記載されている。この

試験では、練混ぜ水に塩分を混入する事により、初期の

強度を上げて初期凍害を抑制する方法について検討され

ている。

旧神戸堰についても、初期強度発現のためコンクリー

トの練混水に塩分を混入したことも考えられる。

以上の結果より、コンクリート中の鋼材腐食発生限界

濃度下限値に達する塩化物イオンはコンクリートの製造

当初から混入されたものであると推測される。

しかし、コンクリート内部の鉄筋には腐食が認められ

ず(写真-6,7)、健全な状態であった。そのことから、製造

当時から高い塩化物イオンが存在しても鉄筋腐食が発生

しないほど、良質なコンクリートであったと推測される。

写真-6 撤去部断面(鉄筋断面)

写真-7 鉄筋状況

(4)アルカリ骨材反応

試験結果ではアルカリシリカ反応性(化学法)より

「無害でない」と判定され、アルカリシリカ反応性の可

能がある骨材が使用されていたことが判明した。

しかし、完成後 80 年が経過した当該構造物には、試

験結果から反応性骨材が使用されていたのにもかかわら

ず、アルカリシリカ反応によるとみられる変状が認めら

れなかった。この主要因は、セメント中のアルカリ分が

低かったためと考えられる。

アルカリの主な供給源はセメントであり、セメント原

料には元来、粘土鉱物などからアルカリ分が 0.5~

0.6%含まれているが、この程度のアルカリ分ではアル

カリシリカ反応が生じる可能性はほとんどない。

セメントにアルカリ分が含まれる理由として、わが国

のセメント工場では、昭和40年から50年代半ばにかけ

て、セメントの製造設備が改良され、その製造過程によ

りアルカリ分の多いセメントを供給することになった。

わが国でアルカリシリカ反応によるコンクリート構造物

の早期劣化が顕在化したのは、昭和 50 年頃からであり、

それ以前にはこの種の事例が報告されていない。

旧神戸堰においては施工が昭和初期であり、当時のセ

メントの製造方法から判断し、アルカリ分の少ないセメ

ントが使用されたためにアルカリシリカ反応が発生しな

かったものと推測される。

5. 全国の事例

試験結果及び考察を踏まえ旧神戸堰は健全なコンクリ

ート構造物であったといえる。

全国での事例では、明治後期に施工された小樽港北防

波堤塊ブロックについては、80年を経過した平成2年に

強度試験を実施し30N/mm2という良好な結果が出ている。

また、昭和17年に施工された武智丸においては、60年後

の平成15年に強度測定をしたところ34.6N/mm2という良

好な結果が出ている。さらに、武智丸はコンクリート中

の塩分が2.5kg/m3含まれていたにもかかわらず、コンク

リート中の鉄筋は健全であることが報告されており、昭

和初期のコンクリート構造物は長い年月を経ても神戸堰

と同様に十分な強度を有し、コンクリート品質の劣化が

見られない構造体として残っている事例が存在する。

6. 現代コンクリートとの比較

旧神戸堰施工当時のコンクリートと現代のコンクリー

トでは材料、品質、施工方法などの面で大きな変化を遂

げてきている。そこで現代コンクリートとの様々な比較

を行った。

材料で大きく変わったのは、混和剤の登場であるが、

これは旧神戸堰には使用されておらず比較の対象とはし

ない。

それ以外では、やはりセメント品質である。

現代では、早期強度発現のため粒度の小さいものが主

流となった。前述のとおり、昭和初期には粒度の大きい

セメントを使用しており、強度は現在の約1/3、粒度は

約1/10程度である。粒度が大きいことにより初期強度は

出にくいが、未反応セメント粒が多く存在するため乾燥

収縮が小さくひび割れが起こりにくく、長期強度に優れ

たセメントとなるといえる。

また、アルカリシリカ反応性の骨材を使用している可

能性があるが、その影響が構造物に出ていないことを考

えると、現代のセメントに比べ、アルカリ分の少ないセ

メントを使用していたのではないかと推測される。

施工方法についていえば、締固めにおいて現代では一

般的にバイブレータによる締め固めを行っている。

旧神戸堰が施工される時代には、生コンクリート工場

はなく、現場練りのコンクリートを「大蛸」「小蛸」で

突き固めるといった方法であったと推測される。この方

法は非常に手間のかかる方法であったと思われるが、

「大蛸」、「小蛸」での突き固め施工では気泡の発生が

少なく非常に良質なコンクリートの施工が出来たのでは

ないかと推測される。

7. まとめ

旧神戸堰のコンクリート試験結果より品質の面で現在

の規定値を満たさない結果が出たが、コンクリート構造

の劣化としての影響が見られていない。

その要因の一つとして、セメント品質が挙げられる。

凍害、塩害に対して劣る結果が出たにもかかわらずほと

んどひび割れ等の影響は見られなかった。取水堰として

常時流水の流れる特殊な環境下にあったからこそ、凍害、

塩害に対して耐久性が保てたという事情もあったと思わ

れるが、アルカリ成分の少ないセメントを使用すること

で、アルカリ骨材反応によるひび割れが抑制され、また、

粒度の大きいセメントを使用することで未反応セメント

粒が多く存在し、長期強度に優れるコンクリートとなっ

っている。

さらに、今回の結果や全国的な他事例から混和剤の存

在しない大正後期から昭和初期にかけて施工された構造

物として凍害対策には、練り混ぜ水に塩分を混入するこ

とにより施工時の凍結防止及び初期強度を上げるなど、

施工方法を工夫し、現在のような明確な基準もない中で

高品質なコンクリートを施工していることが分かった。

しかし、当時のセメントは初期強度が出にくく、今回

の試験結果から硬練りコンクリートを人力で突き固める

など、施工が非常に大変であったろうこともうかがえる

が、ひび割れ等の劣化はコンクリートのコンクリートの

性能事態を脅かす原因にもなり、打設時からこれらの対

策がなされていれば、コンクリートは80年経っても構造

物としての健全な機能を期待できる材料であることが確

認できた。

8. 最後に

これまで日本では、コンクリートの早期施工、早期強

度発現を目標として材料が改良され、旧神戸堰施工当時

に比べ、セメント自体は品質の優れた物になっている。

しかし、セメントの大量生産、早期施工によりそれま

で発生していなかったアルカリシリカ反応等によるひび

割れの発生により耐久性が損なわれる恐れがあり、施工

後の対策が必要となるなどの問題が発生している。

日本ではコンクリート標準仕方書におけるコンクリー

トの規格は性能照査型に移行し、耐用年数と環境条件か

ら要求性能を満足する材料・工法選定が必要になってい

る。また、海外では耐久性を考慮し、粒度の大きなセメ

ントを用いて強度よりも耐久性を重視している事例もあ

る。

旧神戸堰のコンクリート資料を整理することにより、

昭和初期のコンクリート施工に関する貴重な基礎資料を

得ることができた。

今回の神戸堰の試験結果が今後のコンクリート構造物

発展の一助となれば幸いである。

参考文献

1) 日本取水堰堤誌 1941年(昭和16年)

2) 国鉄:土木及び建築工事示方書1921年(大正10年)

3) 土木学会:土木学会誌1巻1号 (大正4年2月)

4) 土木学会:コンクリート標準示方書[設計編]

5) 土木画報社:土木建築工事画報 昭和2年