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ここが知りたい! 17 術後感染予防の目的は組織の無菌化を図ることで はなく,宿主防御機構により,術後感染を発症させ ないレベルまで術中汚染による細菌量を下げること です。したがって,口腔領域では口腔常在菌が対象 となります 1) 次に,手術部位の汚染の程度により手術を分類し ます (表) 。このうち,術後感染予防の抗菌薬の使用 適応は清潔手術と準清潔手術であり,口腔領域は準 清潔手術に該当します。このように,口腔常在菌を対 象にした術後感染の予防を考慮する必要があります。 以上は「JAID/JSC 感染症治療ガイド2011」 1) 記載されている内容ですが,実際に抜歯後の抗菌薬 予防投与に関する文献はそれほど多くありません。 また,「予防投与が智歯の抜歯後感染発症率を抑制 した」と結論づけているものもあれば,「予防投与 は智歯の抜歯後感染発症率に影響しなかった」と逆 に結論づけているものもあります。ただし,抜歯が 誘因となって蜂窩織炎やガス壊疽といった重症感染 症を発症させた割合は16�0%としている報告もあ 3) ,その中では重症感染症を発症したうちの79�4% は基礎疾患がもともとなく,上下顎部位別では 11�8% が上顎の抜歯後,88�2%が下顎の抜歯後に重 症感染症を発症,下顎抜歯のうち56�7% が下顎智歯 の抜歯が誘因となっています。わずかなデータです が,抜歯後感染を発症させれば重症感染症に発展さ せてしまうこともあり,基礎疾患の有無に関わら ず,抜歯後の感染予防投与は必要であると考えます。 実際に何を処方するかですが,抜歯後の感染初期 の原因菌は,口腔レンサ球菌やペプトストレプトコ ッカスなどのグラム陽性球菌などが主因を占めると 考えられます。したがって,これらのグラム陽性球 菌に対して抗菌活性が強い抗菌薬を選択します。第 一選択薬はペニシリン系のアモキシシリン水和物 (AMPC,サワシリン など)で,投与量は1回 250mg 1 日 3 回です。ペニシリンアレルギーがある 場合,リンコマイシン系のクリンダマイシン塩酸塩 (CLDM,ダラシン ) 1 回150mg 1 日 4 回,マクロ ライド系のアジスロマイシン水和物(AZM,ジス ロマック ) 1 回500mg 1 日 1 回を用います。 投与期間は通常の抜歯なら 2 ~ 3 日でよく,感染 を確認した時点で治療薬に切り替えます。投与のタ イミングは,抜歯の約60分前に初回分の抗菌薬内服 の開始が望ましく,以降は抗菌薬の投与方法に準じ ます。また, 3 日以上の予防抗菌薬投与は, 2 日以 内と比較して耐性菌発生リスクが高率になりま 1) 。予防抗菌薬は耐性菌出現などの影響が大きい ことを考慮に入れておく必要があるので,抜歯後感 染予防の投与期間は 2 日以内を推奨します。 きた はら かず 口腔外科学講座 1)JAID/JSC 感染症治療ガイド2011,JAID/JSC 感染症治療ガイド委 員会編,日本感染症学会,日本化学療法学会,ライフサイエンス出 版株式会社,東京,2011. 2)抗菌薬使用のガイドライン,日本感染症学会,日本化学療法学会編, 協和企画,東京,2005. 3)吉位 尚 他:口腔頸部における重症蜂窩織炎と抜歯後感染の関連 性-智歯抜歯後感染の問題点について-,歯薬療法,18:144- 149,1999. 参考文献 手術の分類 手  術  例 清潔手術 手術創は一次的に閉鎖され,開放ドレナージ を行わない手術(閉鎖ドレナージは行われる ことがある) 術野に感染や炎症はなく,無菌操作の破綻が ない手術 準清潔手術 呼吸器,消化管,生殖器や尿路(常在菌の存 在する臓器)などの切開は行うが,管理され た条件の下で行い,異常な汚染のない手術 汚染手術 術中に不慮の汚染は生じるが,感染は成立し ていない手術(術前に手術汚染はみられない) 無菌操作(術野消毒不十分など)に破綻が あった手術 不潔/感染手術 手術時すでに汚染が起こっているか,感染が 成立している部位の手術(術後感染症の原因 菌は手術前から手術野に存在している) 表 術野の汚染度から見た手術の分類 2) (香川県 TTさん・96回) 質問者 抜歯後,いつも予防的に抗菌薬を出していますが,本当に必 要ですか? また,今,何を処方すればいいのでしょうか? 開業医・卒業生の「?」に答えます。

抜歯後,いつも予防的に抗菌薬を出していますが,本当に必 ...koyu-ndu.gr.jp/images/shiritai/02t.pdfここが知りたい! 17 術後感染予防の目的は組織の無菌化を図ることで

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  • ここが知りたい! 17

     術後感染予防の目的は組織の無菌化を図ることではなく,宿主防御機構により,術後感染を発症させないレベルまで術中汚染による細菌量を下げることです。したがって,口腔領域では口腔常在菌が対象となります1)。 次に,手術部位の汚染の程度により手術を分類します(表)。このうち,術後感染予防の抗菌薬の使用適応は清潔手術と準清潔手術であり,口腔領域は準清潔手術に該当します。このように,口腔常在菌を対象にした術後感染の予防を考慮する必要があります。 以上は「JAID/JSC 感染症治療ガイド2011」1)に記載されている内容ですが,実際に抜歯後の抗菌薬予防投与に関する文献はそれほど多くありません。また,「予防投与が智歯の抜歯後感染発症率を抑制した」と結論づけているものもあれば,「予防投与は智歯の抜歯後感染発症率に影響しなかった」と逆に結論づけているものもあります。ただし,抜歯が誘因となって蜂窩織炎やガス壊疽といった重症感染症を発症させた割合は16�0% としている報告もあり3),その中では重症感染症を発症したうちの79�4%は基礎疾患がもともとなく,上下顎部位別では11�8% が上顎の抜歯後,88�2%が下顎の抜歯後に重症感染症を発症,下顎抜歯のうち56�7% が下顎智歯の抜歯が誘因となっています。わずかなデータですが,抜歯後感染を発症させれば重症感染症に発展させてしまうこともあり,基礎疾患の有無に関わらず,抜歯後の感染予防投与は必要であると考えます。 実際に何を処方するかですが,抜歯後の感染初期の原因菌は,口腔レンサ球菌やペプトストレプトコッカスなどのグラム陽性球菌などが主因を占めると考えられます。したがって,これらのグラム陽性球菌に対して抗菌活性が強い抗菌薬を選択します。第一選択薬はペニシリン系のアモキシシリン水和物(AMPC,サワシリンⓇなど)で,投与量は 1回250mg 1 日 3 回です。ペニシリンアレルギーがある場合,リンコマイシン系のクリンダマイシン塩酸塩

    (CLDM,ダラシンⓇ)1回150mg 1 日 4 回,マクロライド系のアジスロマイシン水和物(AZM,ジスロマックⓇ) 1回500mg 1 日 1 回を用います。 投与期間は通常の抜歯なら 2~ 3日でよく,感染を確認した時点で治療薬に切り替えます。投与のタイミングは,抜歯の約60分前に初回分の抗菌薬内服の開始が望ましく,以降は抗菌薬の投与方法に準じます。また, 3日以上の予防抗菌薬投与は, 2日以内と比較して耐性菌発生リスクが高率になります1)。予防抗菌薬は耐性菌出現などの影響が大きいことを考慮に入れておく必要があるので,抜歯後感染予防の投与期間は 2日以内を推奨します。

    北きた

    原はら

     和かず

    樹き

    質問の回答者

    口腔外科学講座

    1) JAID/JSC 感染症治療ガイド2011,JAID/JSC 感染症治療ガイド委員会編,日本感染症学会,日本化学療法学会,ライフサイエンス出版株式会社,東京,2011.

    2) 抗菌薬使用のガイドライン,日本感染症学会,日本化学療法学会編,協和企画,東京,2005.

    3) 吉位 尚 他:口腔頸部における重症蜂窩織炎と抜歯後感染の関連性 -智歯抜歯後感染の問題点について-,歯薬療法,18:144-149,1999.

    参考文献

    手術の分類 手  術  例

    清潔手術

    手術創は一次的に閉鎖され,開放ドレナージを行わない手術(閉鎖ドレナージは行われることがある)術野に感染や炎症はなく,無菌操作の破綻がない手術

    準清潔手術呼吸器,消化管,生殖器や尿路(常在菌の存在する臓器)などの切開は行うが,管理された条件の下で行い,異常な汚染のない手術

    汚染手術

    術中に不慮の汚染は生じるが,感染は成立していない手術(術前に手術汚染はみられない)無菌操作(術野消毒不十分など)に破綻があった手術

    不潔/感染手術手術時すでに汚染が起こっているか,感染が成立している部位の手術(術後感染症の原因菌は手術前から手術野に存在している)

    表 術野の汚染度から見た手術の分類2)

    (香川県 TTさん・96回)

    質問者抜歯後,いつも予防的に抗菌薬を出していますが,本当に必要ですか? また,今,何を処方すればいいのでしょうか?

    開業医・卒業生の「?」に答えます。