2005年，スイスで開催された世界経済フォーラ

ム，通称ダボス会議の席上で，小さなノートPCが

披露されました（写真1）．本体は派手な緑色，右

には大きな黄色いハンドルが付いており，これを

回すことで電気のないところでも使うことができ

ると説明されました．

これが，100ドルノートPC（$100 laptop）です．そ

して，壇上にいたのがNicholas Negroponteでした．

NegroponteはMITメディアラボの創立者であり，

1990年代に「デジタルの伝道師」として，来るべきIT

社会やパーソナルコンピューティングのありようにつ

いて，多くの予言を的中させた人です．その著書，

『ビーイング・デジタル』は各国語に訳されてベスト

セラーになりました注1．

Negroponteは，このノートPCを開発するために

OLPC（One Laptop Per Child：すべての子供にノート

PCを）というNPOを設立します（http://laptop.

org/）．しかし，わずか100ドルでノートPCを実現す

るという計画は当時の常識からするとあまりにも野心

的で，その実現を疑問視する声がほとんどでした．ま

た，価格の印象があまりにも強かったため，なぜ

NegroponteがこのPCを作ろうとしているのかについ

て，あまり人々の関心を惹きませんでした．

1 - Software Design

OLPCの理念

筆者は，「パソコンの父」Alan Kayが開発した子供のためのプログラミング環境，Squeak Etoysを通してOLPCの活動を支援しています．本稿では，OLPCの理念に基づいたXOの設計の魅力，そし

て，とかく誤解されがちなこのプロジェクトについて，その理念や目的を紹介します．

サイバー大学客員教授,Squeakland Associate

阿部和広 ABE Kazuhiroabee@squeakland.jp

写真1●「100ドルノートPC」最初のプロトタイプ

注1：日本語訳版も，1995年に『ビーイング・デジタル―ビットの時代』，2001年に『ビーイング・デジタル - ビットの時代 新装版』（西和彦監訳・監修／福岡洋一訳／ISBN：978-4-7561-3965-8）がそれぞれアスキーより出版されています．

100ドルノートPC

OLPCプロジェクトの始動

2001年，Negroponteは，カンボジアのとある村の

小学校にノートPCを寄贈しました．

この村には井戸水があり，家や食料も確保されてい

ます．ただし，電気はなく，インターネットに接続す

るための環境もありません．そのため，電源を確保す

るための発電機と人工衛星を経由してインターネット

を使うためのパラボラアンテナも合わせて設置されま

した（写真2）．

子供たちはたちまちPCの使い方を覚え，学習に活

用するようになりました注2．そして子供たちはPCを

家に持ち帰り，家族にも広がります．そこではノート

PCのバックライトが，最も明るい灯りとして重宝さ

れたそうです．

しかし，既存のノートPCは高い温度や湿度，砂塵

といった厳しい環境に弱く，不安定な電源による使用

やバッテリの持続時間にも問題がありました．

Negroponteはこの経験から，世界中すべての子供が

ノートPCを所有するというビジョンを得ます．そし

て，自身のライフワークとしてOLPCをスタートする

ことになります．

よく間違われるのですが，OLPCは単に安価なノー

トPCを作って恵まれない国の子供たちに寄付する団

体ではありません．また，インターネット接続手段

を提供することで，情報格差（デジタルデバイド）

を解消するのも主たる目的ではありません．そのコ

ンテンツも現地で作られるべきと考えており，世界

の均質化（グローバリズム）を目指しているわけで

もありません．

OLPCの目的は，世界中，とくに発展途上国の子供

たちのために革新的な教育手法を開発し，その手段を

提供することです．これにより，子供たちは探求や自

己表現の機会を得ます注3．

OLPCは，従来の学校や教師，教科書よりもコンピ

ュータを用いたほうが，費用対効果の高い学習が可能

だと考えています．かつてAlan Kayが指摘したように，

コンピュータはどのようなメディアにもなれるメタメ

ディアなので，適切なソフトウェアさえあれば，それ

自体が鉛筆や教科書，学校にもなり得ます．さらには，

現実に存在しない事象をシミュレートすることすら可

能です．

これを実現するために必要な機能と耐環境性，そし

て電源とネットワーク環境の確保などを考えた場合，

既存のノートPCや中古PCのリサイクルでは足りず，

ソフトとハードを設計し直す必要がありました．また，

どんなに良いものでも，現実に購入可能な価格でなけ

ればなりません．仮に，教科書1冊が2ドルとして年

間に10冊使うとすると20ドル．5年で100ドルですか

ら，100ドルなら釣り合うわけです．

そして，3年間の研究開発の後，ようやく量産にこ

ぎつけました．名前は「CM1」「2B1」など何度か変

わりましたが，現在は「XO」と呼ばれています（子

供のピクトグラムを右に倒した形）．それぞれの国は

このXOを10万～100万台の単位で購入し，それを自

国の子供たちに配ります．

このプロジェクトには，アルゼンチン／ブラジル／

リビア／ナイジェリア／ルワンダ／モンゴルなどの国

が賛同しており，一部の国ではすでに先行プロジェク

トが始まっています．また，ウルグアイは10万台の

Mar. 2008 - 2

写真2●カンボジアの先行プロジェクト

注2：最初に覚えた英単語は“Google”だったとか．注3：Negroponteは，OLPCの活動について“It's an education project, not a laptop project.”（これは教育のプロジェクトだ．ノートPCのプロジ

ェクトではない）と繰り返し語っています．

OLPCをスタートするきっかけ

OLPCとは

OLPCの目的

OLPCの考え

そして量産へ

OLPCに賛同している国／企業

購入契約を結びました（2009年中にさらに30万台）．

ペルーも26万台の購入を決めています．

OLPCには，Red Hat／AMD／Google／News

Corp／Wikimediaなどが協力しており，XOの製造は

台湾のQuantaで行われています．

XOのハードウェア／ソフトウェアは，次に挙げる

ようなOLPCの理念に基づき，使用される環境を想定

して設計されています．

OLPCはその基本理念として，5つの基本原則注4を

掲げています．

●子供の所有権

配られたXOはその子のものになります．特定の部

屋の中にだけあったり，必要なときだけロッカーから

取り出されたりするのではなく，好きなときに好きな

場所に持っていけます．その代わり，子供たちはそれ

を大切に使う義務があります．

3 - Software Design

注4：http://wiki.laptop.org/go/Core_principles/lang-ja

OLPCと構成主義

OLPCの考える教育とは，発達心理学者の JeanPiagetに端を発し，人工知能研究で知られる数学者のSeymour Papertが発展させ，Alan Kayが継承した「構成主義」と呼ばれるものです．

●Jean Piaget構成主義では，子供たちは生まれながらに世界を理

解しようとする欲求を持ち，それを説明するためのモデル（シェマ）を持っているとします．これは科学的に間違っていることも多いのですが，子供なりに世界を合理的に解釈しようとしたものです（たとえば，「木の枝が揺れて風を起こす」など）．これに対して，正しい知識を与えてシェマを置き換

えるのが従来の教育です．これは必要なことですが，場合によっては権威によって子供の考えを否定することになり，探究心の芽を摘むことにもなりかねません．

●Seymour PapertPiagetの弟子であるPapertは，子供にも親しみやすいプログラミング環境を用意すれば，これと実体験を組み合わせることで，子供自身がシミュレーションしながら科学的に正しい知識を発見できると考えました（“learning learning”：学ぶことを学ぶ）．これが1960年代に開発されたLOGO（図A）とそれを用いた教育です．

●Alan KayLOGOの思想はAlan Kay によって受け継がれ，

1968年のDynabook構想とその暫定版であるAlto，実行環境のSmalltalkにつながります．Smalltalkのオブジェクト指向やGUIの考え方は現在のPCに取り入れられましたが，「子供が自由にプログラミング可能なシミュレーション環境」の部分は置き去りにされました．しかし，その後もKayのSmalltalk

は改良を続けられ，現在はより視覚的で操作が簡単なSqueak Etoysとして公開されています（本文図7）．Etoysを使った学習は，従来の計算ドリルや選択ク

イズのようなCAI（Computer Aided Instruction）とはまったく異なります．また，Webの検索結果の引き写しになりがちな「調べ学習」とも違います．単にワープロやお絵かきなどのコンピュータの使い方がわかるというだけでなく，問題解決の手段として用います．この能力をKayはコンピュータ・リテラシ（コンピュータの読み書き能力）と呼びました．また，一人一人の子供が個別に勉強するのではなく，お互いに協力して教え合うコラボレーションを重視しているのも特徴です．これは時として教師が教えるよりも効果的なことがあります．

◆◆◆これらの思想がOLPCのバックボーンとなってお

り，LOGOやEtoysもXOに搭載されています．興味のある人は，Papertの『マインドストーム―子供，コンピューター，そして強力なアイデア』（奥村貴世子訳／未来社／ISBN＝4-624-40043-7）を読んだり，Jim Shasky のドキュメンタリー映画「Squeakers」（Academia , 2003年）を観たりすることをお勧めします．

図A●LOGOで三角形を描く

理念に基づくハードウェア／ソフトウェア設計

5つの基本原則

●低年齢

XOは大体6～12歳の小学生を想定して設計されて

います．子供たちは遊びを通して，使い方や読み書き

を習得するでしょう．そしてその活動内容は，作品集

や日記として記録されます．

●浸透

子供たちがXOを家に持ち帰ることで，家族もコン

ピュータに触れる機会を得ます．それが集落や村に広

がり，浸透していくことを期待しています．

●接続性

XOはどんな自然環境でも，どのようなときでも動

作可能で，つねにネットワークに接続されています．

XOには子供たちがネットワークを通して共同作業

するための環境が用意されており，単にWebページ

をブラウズするだけでなく，音楽やお絵かき，文書作

成，調査，プログラミングなどの活動を遠くの友達と

行うことができます．これにより，学校の概念は教室

の壁を越えて世界に拡大されます．

●フリーかつオープンソース

子供たちは与えられたものをただ使うだけの消費者

ではありません．自分たちの成長や環境に合わせて，

自らソフトウェアを変えて行く必要があります．その

ためにソフトウェアはフリーかつオープンソースであ

る必要があります．その結果はコミュニティに還元さ

れるでしょう．

また，OLPCが持つ教育の概念は，「構成主義」と

いう考えに基づいています．詳しくはコラム「OLPC

と構成主義」を参照してください．

Mar. 2008 - 4

それでは，XOのハードウェアを見てみましょう．

筆者はOLPCから開発用に試作機（B2-2とB4と呼ば

れるもの）を借りていますが，本稿で説明するのは量

産機（XO-1）に基づきます．ハードウェアについて，

詳しくはOLPCのWiki注5を参照してください．

色は白をベースに派手なライムグリーンで縁取りさ

れており，子供が好む色と盗難防止とを兼ねています

（写真3）．多少乱暴に扱っても大丈夫なように，プラ

スチックのケースは肉厚で，1.5メートルの高さから

落としても壊れません．万一壊れた場合も簡単に分解

して子供自身で部品を交換できます注6．

本体のサイズは247×230×33ミリとほぼ正方形で，

B5ノートより一回り小さいくらいです．重さは見か

けよりずっしりしていて，約1.5kgあります．しかし，

エンボス加工された大きな持ち手のため，それほど重

く感じません注7．また，持ち手の左右にある穴に紐を

通せば肩から下げることもできます注8．

ディスプレイの裏にあるXOのロゴマークには色の

付いたパネルが埋め込まれており，「X」と「O」のそ

OCPLのソフトウェア／ハードウェア

注5：http://wiki.laptop.org/go/Hardware_specification/lang-ja注6：実際に子供でも可能かどうかをマザーボード交換で実験しています．注7：ちなみに一般的なランドセルは空の状態で約1kgです．注8：アフリカでは頭に乗せて運んでいるとか．

写真3●XO

OLPCと構成主義

XOのハードウェア

デザイン

れぞれに各20色，計400通りの組み合わせがあり，自

分と友達のものを見分けられます注9．

前述のように，一般に導入国では安定した電源が不

足しています．そのため，広い入力電圧に対応する

DC端子を設け，ディーゼル発電機や太陽電池，自転

車のダイナモ，自動車の廃バッテリなど，使えそうな

ものはなんでも使うことを考えています．たとえば，

牛力発電も真面目に検討されています．

ダボス会議のときのプロトタイプには本体に人力発

電用のハンドルが付いていましたが，現在は外付けで，

机にクランプで固定してクランクを回すもの（写真4）

や，ヨーヨーのように紐を引っ張るものなどが検討さ

れています．ヨーヨー型の場合，1分間引いて10分間

動くのが目標です．

XOはいつでもどこでも使える必要があります．野

外活動は当然として，教室や自宅に電源がないことも

想定されるので，バッテリの持続時間は重要です．

XOは，新素材のLiFeP（リン酸鉄リチウム）バッテ

リを搭載して，10時間以上の動作時間と2,000回の充

放電の後でも50％の容量を狙っています．電源の確

保がしやすい場所には集合充電器が置かれ，同時に10

本以上のバッテリを充電できます．

●メッシュネットワーク

導入先では光ファイバやADSLなどのインターネッ

ト接続環境も十分ではなく，衛星のアンテナがある場

所だけが接続可能な状況も考えられます．そのため，

XOは一般的な802.11b/g対応の無線LANに加えて，

802.11sという規格に対応しています．

これはメッシュネットワークと呼ばれており，複数

のXOが自動的に相互接続されることで網（メッシュ）

を構成します．もしこの中の1台がインターネットに

接続されていれば，他のXOもつながり，網の密度が

濃いほど帯域も太くなります．これにより，1点だけ

でなく，教室／学校／集落を面としてカバーできます注10（図1）．

また，XOをスリープしていても，無線LANだけア

クティブにすることもでき，そうすればルータとして

機能します．オーストラリアでの実験では，ブースタ

を用いて1.6km飛んだとの報告もあります．

●アンテナ

先ほどの写真3にもある，ウサギの耳のように左右

から飛び出している無線LANのアンテナはXOのチャ

ームポイントですが，実際に世界とつなげるための耳

でもあります．

このアンテナはダイバシティ方式で，防塵，防水の

ための端子カバーと，ディスプレイを閉じたときのラ

ッチとの1台3役を兼ねています．最初はプラスチッ

クでしたが，現地でのテスト結果を踏まえてゴムにな

りました．

XOをさまざまな用途に使うために拡張性も重要な

要素です．外部インターフェースはUSB 2.0に対応し

た端子がディスプレイ左側面に1つ，右側面に2つの

計3つ，SDカードスロットが右底面に1つあります．

5 - Software Design

注9：さらに，子供たちはシールでカスタマイズしているようです．注10：http://wiki.laptop.org/go/Mesh_Network_Details

写真4●手回し発電機の例 図1●メッシュネットワークの概念図．線の太さが帯域を表す

電源

バッテリ

無線LAN

外部インターフェース

USBのコネクタの向きは平行ではなく，90度倒して

取り付けられているので，大きなデバイスでも干渉し

ません．

ストレージ，有線LAN，モデム，シリアルポートな

どが必要な場合も基本的にはUSB経由で接続します．

外部ディスプレイ端子はありませんが，ネット経由の

リモートディスプレイで代替可能です注11．

左側面にはマイクとスピーカのミニジャックがそれ

ぞれ1つずつあり，マイク端子は科学実験で使うため

のセンサ（光，温度など）のためのA/D変換を兼ね

ています．

●デュアルモードディスプレイ

XOは教科書としても使われます．そのために，デ

ィスプレイには印刷した紙に匹敵する品質が求められ

ました．それは暗い部屋でも，青空教室のような直射

日光の下でもはっきりと読めなければなりません．し

かも，消費電力は可能な限り低く，です．

この困難な問題を解決するため，CTOのMary Lou

Jepsenの手により，まったく新しいデュアルモードデ

ィスプレイが開発されました．

デュアルモードディスプレイは，特殊な配列を持つ

カラーフィルタとディスプレイコントローラにより，

バックライト点灯時はカラー，消灯時はグレイスケー

ルの反射型として働きます．

ディスプレイコントローラはCPUと独立に表示を

継続でき，こまめにCPUの電源を切ることで省電力

を実現しています．大きさは7.5インチで1200×900

ピクセル，200dpiの解像度があり，これはレーザプリ

ンタの出力に匹敵します．

●電子ブックモード

このディスプレイは2軸のスイベルに取り付けられ

ており，反転して折りたたむと電子ブックモードにな

ります（写真5）．タッチパネルはありませんが，左

右にあるゲームパッドで操作できます．

自然観察やビデオチャットなどで使うためのカメラ

と内蔵マイクが用意されています．カメラはVGA

30fpsで動画／静止画／音声の記録が可能です．また，

カメラの自動ゲインコントロールを切ることで，明る

さを測定するためのセンサとして使うこともできま

す．さらに，盗聴／盗撮防止のため，通常のソフトウ

ェアからコントロールできないインジケータが録音／

録画中に作動します．

本体の下にある薄いキーボードは全面がゴムで覆わ

れており，防塵，防水になっています．サイズは通常

のキーボードの約70％で，子供の手の大きさに合わ

せています．通常のキーボードに比べて，必ずしもタ

ッチはよくありませんが，押下圧を変えた試作品をテ

ストして最適なものを選んでいます（図2）．この配

列は導入される国の言語に応じて変更されます（現在

約20言語に対応）．

キーボードの手前にあるタッチパッドは横長になっ

ており，3つのマス目に分かれています．この全面が

感圧式のタブレットになっており，スタイラスや爪で

絵を描いたり，文字の綴り方を練習したりできます．

Mar. 2008 - 6

注11：USB-VGAアダプタは高価なことがネックです．プロジェクタは安価なものを計画しています．

図2●キーボードレイアウト例（ネパール語）写真5●電子ブックモード

ディスプレイ

カメラ／内蔵マイク

キーボード

タッチパッド

中央のマスには静電式タッチパッドが重ねて取り付け

られており，通常のタッチパッドと同じようにカーソ

ルを動かすことができます．マウスボタンは2個です．

必要ならUSBに外付けのマウスをつなぐこともでき

ます．

ロジックボードはディスプレイの裏側にあり，膝の

上に乗せても熱くないようになっています．CPUは

AMDのGeode LX-700（0.8W）を433MHzで駆動し，

RAMは256Mバイトです．

HDDはなく，補助記憶装置としてフラッシュメモ

リが1Gバイト実装されています．ほとんど熱を持た

ないため，ファンはありません．外部ストレージには

USBやSDカードも使えますが，おもにネットワーク

を介して，学校サーバ（XSと呼ばれます）を使うこ

とを想定しています．

◆◆◆

今のノートPCの水準からすると，XOは決して速く

なく，メモリも少ないですが，ディスプレイや消費電

力，耐久性の面ではむしろ優れています．実際に手に

とって見ると，細部のデザインにも一々意味があり，

このPCが目的指向で作られたことがよくわかります．

既存のPCや中古のPCを寄付するのでは駄目な理由は

ここにあります．

すべてのコンピュータと同じように，XOもハー

ドウェアだけでは何もできません．ここではXOの

ソフトウェアについて，量産版のビルド650，ファ

ームウェアQ2D07というバージョンに基づいて説

明します注12．

XOのOSはGNU/LinuxのFedora 7ベースで，ウィ

ンドウシステムはX11の上にPythonで書かれたSugar

と呼ばれるユーザインターフェースが動作していま

す．通常OSは隠れており，子供たちは何で動いてい

るかを意識することはありません注13．

●独自のユーザインターフェース

SugarはKDEなどのウィンドウマネージャなどと異

なり，デスクトップメタファを採用していません．

WindowsやMac OSのユーザインターフェースなどと

も接点を持たない独自の環境です．そのため，むしろ

PCの操作に慣れている人ほどXOを使うと混乱するで

しょう．

しかし，XOを使う子供たちは，これら既存のユー

ザインターフェースを知らないだけでなく，コンピュ

ータ自体を見たことがないという可能性も考えられま

す．そのために必要な機能が改めてデザインし直され

ました．色や文字に依存しないモノトーンのピクトグ

ラムが多用されているのも特徴です注14．

●Sugarの目指すもの

このSugarは，子供たちの活動（アクティビティ）

とその共有（シェア）を支援するために作られていま

す．アクティビティはアプリケーションに近い概念で

すが，単にワープロやお絵かきソフトなどと言うだけ

でなく，そこで何を行っているか（たとえば，「海の

生物の食物連鎖を調べる」など）も指します．このア

クティビティを，1人だけでなくメッシュネットワー

クを通して，他の友達と一緒に行うのがシェアです．

アクティビティのシェアを行っているときは，それ

ぞれのアクティビティの中に複数のカーソルが表示さ

れ，並行して作業を進めることができます．

●ジャーナルという概念

また，Sugarにはファイルのセーブやロードの概念

がありません．それを実現しているのがジャーナル

（日記）というしくみです．ジャーナルは特殊なアク

ティビティで，Sugarを起動している間はつねに動作

しています．あるアクティビティを開始すると，ジャ

ーナルは自動的に，いつ／誰と／何をしたかを時系列

でデータベースに記録します．そして，後でジャーナ

ルのリストから記録されたアクティビティを選択する

ことで中断した作業を再開できます（図3）．ジャー

7 - Software Design

注12：ソフトウェアについて，より詳しく知りたい方はOLPCのWikiを参照してください（http://wiki.laptop.org/go/Software_components/lang-ja）．注13：後述の歯車キーやターミナルなどで，中身を見る方法はあります．注14：このユーザインターフェースガイドラインについてもWikiにまとめられています（http://wiki.laptop.org/go/HIG）．

CPU／メモリ／ストレージ

XOのソフトウェア

ユーザインターフェース「Sugar」

ナルの記録はローカルのストレージや学校サーバに置

かれます．

●Sugarの画面モード

Sugarには4つの画面モードがあり，それぞれ「ご

近所」「グループ」「ホーム」「アクティビティ」と呼

ばれています．

¡ご近所ビュー

自分のアイコンを中心に，周りにある他のユーザや

アクセスポイントが見えます（図4）．たとえば，ア

クセスポイントをクリックすることでそこに接続する

ことができます．

¡グループビュー

グループビューでは，現在ネットに接続している友

達とその友達が参加しているアクティビティが見えま

す（図5）．

そして友達から招待されれば，自分もその活動に加

わることができます．

¡ホームビュー

ホームビューでは，自分のアイコンを取り囲むよう

に現在参加しているアクティビティが表示され，その

アクティビティを選ぶことで，その中に入ることがで

きます（図6）．

また，無線LANの電界強度やバッテリの残量など

もこのビューに表示されます．

¡アクティビティビュー

アクティビティビューは，個々のアクティビティの

画面です（図7）．

◆◆◆

この4つのモードを切り替えながら作業を行いま

す．モード切り替えとアクティビティの一覧は，カー

ソルを画面の角に置くことでいつでも呼び出せます．

Mar. 2008 - 8

図3●ジャーナル

図4●ご近所ビュー．多くのユーザとアクセスポイントが見える

図5●グループビュー．見えているアイコンは自分と友達

図6●ホームビュー．JournalとBrowseが起動している．左上がモード切替，下に並んでいるのがアクティビティの起動アイコン

●アクティビティの種類

アクティビティには，Read（ブックリーダ），Write

（ワープロ），Draw（お絵描き），Browse（Webブラウ

ズ），Capture（録画／録音／デジカメ），TamTam（作

曲／演奏／シンセサイザ），Measure（オシロスコー

プ），Etoys（Squeakプログラミング），Turtle Arts

（LOGOプログラミング），Pippy（Pythonプログラミ

ング）などが備わっています．これらのアクティビテ

ィを，学習のテーマによって組み合わせ，友達と共同

作業を進めていくことが，XOの基本的な使い方とな

ります．

これらのアクティビティ間の情報はクリップボード

を介して共有できます．また，アクティビティの追加

と削除はBrowseのポータルサイトから行うことが可

能です．用意されているアクティビティには，EAが

無償提供したSimCityやOperaなどがあります．

XOが置かれる環境では，一般的なセキュリティ対

策に加えて，気をつけなければならないことがありま

す．それは盗難対策です．XOが換金される可能性は

十分に考えられるでしょう．

これに対して，OLPCはXOが盗まれると価値がな

くなるという方法を考えています．具体的には，一

定時間ごとに学校サーバにアクセスし，それが途絶

えたらXOをロックして起動しないようにするもので

す．また，ユニーク IDを使ったトラッキングも可能

です．この盗難防止を含むセキュリティシステムは

Bitfrostと呼ばれています注15．その他，ハード的にも

高価なパーツはハンダ付けして取り外しにくくして

あります．

●子供が自らソフトウェアを書き換えられるように

前述の基本原則にあったように，XOのソフトウェ

アは，すべてオープンソース，フリーソフトウェアで

構成されています．

子供の成長に合わせて，子供自身がソフトウェアを

書き換えられるようにするためには，コンピュータを

ブラックボックス化せず，そのしくみが見えるように

なっている必要があります．子供たちがアクティビテ

ィを使った学習だけでなく，XO自体に興味を持った

とき，中身を調べられるようになっていなければなり

ません．

●ソースコードをより身近にする工夫

そのため，XOのキーボードには歯車のピクトグ

ラムが印刷されたキーがあり（図2のスペースバー

の左），これを押すことで，どのアクティビティで

もソースコードを見ることができるようになって

います．

たとえば，「Browse」であれば，HTMLが見られ

ますし，「Etoys」であればSqueak Smalltalkのソー

スコードが表示されます．Squeakの環境は動的な

ので，その場でコードを修正して更新すれば，そ

の瞬間から振る舞いが変わるでしょう．また，タ

ーミナルアクティビティからシェルを開くことも

できるので，カーネルのリビルドすら不可能では

ありません．

◆◆◆

XOは玩具メーカが作っているトイコンピュータに

形が似ていますが，間違いなく本物のコンピュータで

す．30，40歳台の人には，XOの姿を8ビット時代の

マイコンやBASICに重ねる人もいます注16．

子供たちはXOを通して，かつての私たちが味わっ

た感動を経験できるでしょう．

9 - Software Design

図7●アクティビティビュー．Etoysでテニスゲームを作っているところ

注15：http://wiki.laptop.org/go/Bitfrost/lang-ja注16：前述のPippyはBASICの雰囲気にかなり近く，C64 BASICから移植された例題も用意されています．

セキュリティ対策

すべてがオープン

OLPCの活動は，決して順風満帆というわけではあ

りません．G1G1注17の価格が2台で399ドルになって

いることからもわかるように，価格は100ドルに達し

ていません注18．また，導入予定国からの注文が確定せ

ず，量産が危ぶまれた時期もありました．IntelのXO

対抗機であるClassmate PCを巡る確執も記憶に新しい

ところです注19．

Classmate PCはXOほど徹底した目的指向のPCで

はなく，既存のノートPCをスケールダウンしたもの

ですが，すでに導入を決めた国もあり，子供達にと

って何が大切なのかを考える必要があるかもしれま

せん．少なくとも競争して潰し合うことではないで

しょう．

幸いG1G1の成功もあり，現時点のXOの受注台数は

約60万台に達しています．またディスプレイ開発に貢

献したCTOの Jepsenがスピンオフして新しい会社を

作り，OLPCの技術を商品化するという話もあります注

20．これもOLPCにとって追い風になるでしょう．

先行プロジェクト実施国での誤解に基づくゴシップ

（電気がない所に寄付した．子供がこれでアダルトサ

イトを見ていたなど）や，Intelとの関係はおもしろお

かしく報道される反面，OLPCの目的や理念は正しく

伝えられることがあまりありません．デジタルデバイ

ド解消のために恵まれない国の子供に100ドルのPC

を寄付する慈善団体という誤解は定着してしまった感

があります．

たとえば，2008年 1月 13日にNHKで放送された

「海外ネットワーク」注21のOLPC特集は比較的正確で

したが，XOをインターネットに接続するための手段

として捉えるなどの説明不足な点もありました．

もちろん，OLPCにも問題がないわけではなく，広

報や情報公開の方法が不十分な面もあると思います．

時として感情的だったり，情報を未整理なまま流した

りすることもありました．

実際は，OLPCのオフィスに入るにはNDA（Non-

Disclosure Agreement）ならぬDAを結ばなければなら

ないという冗談もあるほど，情報はオープンになって

おり，ほとんどは公式Webサイト注22や Wiki注23で公開

されているのですが，これもあまり知られていません．

日本でもボランティアによるWebの翻訳やシステム

の日本語化が始まっています注24．

一方，ハードウェアに比べてソフトウェア，とくに

教育カリキュラムやコンテンツが不足していると言う

指摘もあります．また，現地で教える教員の不足を指

摘する声もあり，これは確かに当たっている面もあり

ます．高邁な理想と現実のギャップを認識し，対応し

なければなりません．

◆◆◆

ともあれ，実際に配布が行われ，各地でXOを使っ

た教育が始まるこれからが正念場と言えます．OLPC

の考えるコンピュータを使った教育が本当に有効かど

うか，これから検証されていくことになります．

OLPCの問題点を見つけて駄目を出すのは簡単で

す．しかし，何もせずに看過するよりも，何が可能か

を考えて行動するほうが生産的と筆者は考えます．

2001年のカンボジアから始まった計画は，新たなスタ

ート地点に立ったに過ぎません．s

Mar. 2008 - 10

OLPCのこれから

注17：Give 1 Get 1プログラムの略で，2007年11月12日～12月31日の期間，アメリカとカナダの在住者に限定して実施されました．これは，399ドル払って2台分を購入し，その内の1台を寄付，1台を手に入れることができるというものでした．寄付総額は3,500万ドルに達しています．

注18：2007年末時点で，原価は188ドルと言われています．注19：一時期IntelはOLPCに協力していましたが，今は離脱しています．注20：目標は75ドルだとか．注21：http://www.nhk.or.jp/worldnet/注22：http://laptop.org/注23：http://wiki.laptop.org/go/The_OLPC_Wiki/lang-ja注24：この情報も脚注23のWikiにあります．すでにSugarと各アクティビティ上で日本語の入力と表示が可能です．

OLPCの当面の目標

100ドルの達成

OLPCの目的／理念を正確に伝える

教育カリキュラムなどのソフトウェアの充実