14
Title 言語学における Figure/Ground 概念の考察 : 科学的 メタファーの観点から Author(s) 轟, 里香 Citation Osaka Literary Review. 34 P.134-P.146 Issue Date 1995-12-20 Text Version publisher URL https://doi.org/10.18910/25382 DOI 10.18910/25382 rights Note Osaka University Knowledge Archive : OUKA Osaka University Knowledge Archive : OUKA https://ir.library.osaka-u.ac.jp/repo/ouka/all/ Osaka University

Osaka University Knowledge Archive : OUKA...against the backdrop provided by the others. (ibid ., 120) Langackerは 、figure/groundを 拠り所として様々な概念を発展させて

  • Upload
    others

  • View
    0

  • Download
    0

Embed Size (px)

Citation preview

Page 1: Osaka University Knowledge Archive : OUKA...against the backdrop provided by the others. (ibid ., 120) Langackerは 、figure/groundを 拠り所として様々な概念を発展させて

Title 言語学における Figure/Ground 概念の考察 : 科学的メタファーの観点から

Author(s) 轟, 里香

Citation Osaka Literary Review. 34 P.134-P.146

Issue Date 1995-12-20

Text Version publisher

URL https://doi.org/10.18910/25382

DOI 10.18910/25382

rights

Note

Osaka University Knowledge Archive : OUKAOsaka University Knowledge Archive : OUKA

https://ir.library.osaka-u.ac.jp/repo/ouka/all/

Osaka University

Page 2: Osaka University Knowledge Archive : OUKA...against the backdrop provided by the others. (ibid ., 120) Langackerは 、figure/groundを 拠り所として様々な概念を発展させて

言 語 学 に お け るFigure/Ground概 念 の 考 察

科 学 的 メ タ フ ァー の 観 点 か ら

轟 里 香

1.序

Figure/ground概 念 は、認知科学の領域で近年、ますます重要性 を高め

ている。言語研究において も、この概念を用いることにより効果的に言語現

象を説明 しようという、数多 くの試みがなされている。認知の言語への影響

が広 く理解されるようになっている状況が、その背景にあるといえるだろう。

しか し、figure/ground概 念が元来 は知覚心理学に帰属するものであるこ

とか ら、言語表現の分析にその概念を用いる妥当性を考察することが不可欠

である。1)

メタファーは、より先進的な科学の成果を、他の分野に適切に取 り入れる

方法といえる。Figure/ground概 念の応用はその具体例である。 しか しな

がら、科学的概念をメタファーとして使 うことが即その研究の科学性を保証

するわけではない、 という点が重要である。科学的メタファーの満たすべき

諸条件を明確化 しなければならない。

小論では、以上の観点から、figure/ground概 念を使 った代表的な言語

分析の妥当性を検討 し、問題点を指摘 したいと思 う。そのことにより、言語

研究においてfigure/ground概 念をより適切に用いる手 がか りを提示 し、

科学的言語研究の可能性に一っの示唆を与えることができると思われる。2)

2.知 覚 心 理 学 に お け るFigure/Ground概 念

ま ず、 知 覚 心理 学 の 領域 にお け るfigure/ground概 念 を整 理 す る。

視 野 の 中 に 異 な った 性質 が存 在 す る と、 視 野 は複 数 の領 域 に分 か れ る とい

134

Page 3: Osaka University Knowledge Archive : OUKA...against the backdrop provided by the others. (ibid ., 120) Langackerは 、figure/groundを 拠り所として様々な概念を発展させて

轟 里香 135

う こ と は、 古 くか ら知 られ て い た。 それ ら複 数 の領 域 は、 そ の 性 質 上、 二 っ

に分 類 で き る。 一 方 は、 形 を持 って浮 き 出 して 見 え る部 分 、他 方 はそ の背 景

と な っ て 見 え る部 分 で あ る。 この 差 異 に 関 す る最 初 の 体 系 的 な 研 究 は 、

Rubin(1921)の 古典 的研 究 で あ る。Rubinは 、 前 者 の浮 き出 て 見 え る領 域

を 「図 」(figure)、 そ の背 景 とな って見 え る領 域 を 「地 」(ground)と 呼 び、

それ らの現 象 特 性 につ い て次 の よ うに整 理 して い る。3)

【特 性1】:Figureは 形 を もっ が、groundは 形 を もた な い。

【特 性2】:Figureとgroundの 境 界 線 は、figureの 輪 郭 線 と な り、

figureの 領 域 に所 属 す る。Groundは 境 界 線 で 終 わ らず 、

figureの 背 後 に ま で拡 が って い る。

【特 性3】:Figureは 物 の性 格 を もち、groundは 材 料 の性 格 を もっ。

【特 性4】:Figureはgroundよ り も色 が固 く、 密 で、 定 位 が 確 定 的 で

あ る。

【特 性5】:Figureは 観 察 者 の 方 に 近 く定位 され る。

【特 性6】:Figureはgroundよ り も印 象 的 で あ り、 意 識 の 中 心 とな り

や す い。 した が ってfigureは 記 憶 さ れや す く、 意 味 を 担 い

や す い。

Figure/groundに 関 す る これ らの特 性 を、 有 名 な 「Rubinの 壷 」(図1)

に即 して 見 て み よ う。

図1

Page 4: Osaka University Knowledge Archive : OUKA...against the backdrop provided by the others. (ibid ., 120) Langackerは 、figure/groundを 拠り所として様々な概念を発展させて

136 言 語学 に お けるFigure/Ground概 念 の考 察

図1は 「図 ・地反転図形」と呼ばれるもので、白い領域がfigureに なるか、

黒い領域がfigureに なるかによって、異なった形が知覚 される。

まず、白い領域がfigureに なった場合を考えてみよう。 この場合、 白い

領域 は壷の形をもっと知覚 され([特 性1])、 結果 として物の性格を もっ

([特性3])。 これに対 し、黒い領域は単なる背景となり形を もたない。白い

領域と黒い領域の境界線は、白い領域(す なわち壷)の 輪郭線 となって白い

領域に属 し、黒い領域はそこでは終わ らず、壷の背後 にまで拡が っている

([特性2])。 白い領域は、壷として、観察者から見て黒い領域の手前に定位

される([特 性5])。 また、黒い領域より印象的となり、意識の中心 となる

([特性6])。

黒い領域がfigureと なった場合 も同様に、黒い領域が 「向い合 う人 の横

顔」 という形 をもっ物 として知覚され、白い領域は物ではなくただの背景 と

して背後に退 く。二つの領域の境界線 は黒い領域の輪郭線となる。また、黒

い領域の方が観察者に近 く定位され、意識の中心として意味を担 うことにな

る。

Figure/groundに 関 してより重要な点は、下條(1995)に よれば、「全

体が部分に先立っ」ということである。すなわち、まず全体が存在すること

によって部分の知覚を決定する。よって、部分だけの知覚 というものはあり

得ない。部分が先にあってそれ らが合わさって全体を構成 しているのではな

い。例えば、図1に 関 して言えば、 白い部分を黒い部分から切 り離 し、それ

のみで存在 させることはできない。 白い部分だけをはさみで切 り取 って持ち

上げたとしても、その周囲にはやはりなんらかの背景が見えることになる。

この場合、周辺が変化することによって白い部分の知覚が変化することが生

じる。 このように、全体が部分に先立っ ということは、ゲシュタル ト心理学

における重要な考え方であり、現代の認知科学の基本を成しているのである。

3.言 語 研 究 に お け るFigure/Ground概 念 の応 用

Figure/groundに よ って言 語 現 象 を説 明 しよ うと した代 表 的 な 二 っ の 研

Page 5: Osaka University Knowledge Archive : OUKA...against the backdrop provided by the others. (ibid ., 120) Langackerは 、figure/groundを 拠り所として様々な概念を発展させて

轟 里香 137

究 例 を 紹 介 す る。

まず 、Talmy(1975)はfigure/groundを 、 物 体 の 運動 を表 わ す言 語 表

現 を 分 析 す る際 に用 い て い る。Talmyは 運 動 状 態(motionsituation)と

い う、 当 時 の彼 の理 論 の 中 で重 要 な位 置 を 占 め る概 念 を定義 して い るが 、 そ

の中 でfigure/groundは 次 の よ うな形 で 導 入 さ れて い る。4)

(1) One object moving or located with respect to another object

will be termed a MOTION SITUATION

(2) The object that is considered as moving or located with respect

to another object is (functions as) the FIGURE, or F, of

the motion situation. The object with respect to which a

first object is considered as moving or located is (functions

as) the GROUND, or G, of the motion situation.

Talmy (1975: 181)

あ る物 を 基 準 と して他 の物 が動 いて い るあ る い は位 置 づ け られ る場 合 、 後 者

をfigure、 前 者 をgroundと 呼 ん で い る。 例 と して、(3)を 見 て み よ う。

(3) The bottle floated into the cove. (ibid., 187)

(3)に お い て、thecoveが 基 準 と な り、thebottleがthecoveに 対 して

動 い て い る と考 え るの で、Talmyに 従 え ばthebottleがfigureと な り、

thecoveがgroundと な る。

第 二 の 研 究 例 と して 、Langacker(1987)を 挙 げ よ う。Langackerは 、

figure/groundを 認 知 機 能 の非 常 に基 本 的 な 概 念 で あ る と した 上 で 、 自 ら

の認 知 文 法 の根 幹 を成 す もの と して お り、 そ れ を も と に様 々 な言 語 現 象 の説

明 を試 み て い る。5)Langackerに よれ ば、 次 の よ うに、figureと は他 の も

の(ground)か ら際 立 って い る と知覚 され る下 位 構 造 で あ る。

. . . (T)he figure within a scene is a substructure perceived as "standing out" from the remainder (the ground) and accorded

special prominence as the pivotal entity around which the scene

Page 6: Osaka University Knowledge Archive : OUKA...against the backdrop provided by the others. (ibid ., 120) Langackerは 、figure/groundを 拠り所として様々な概念を発展させて

138 言 語学 にお けるFigure/Ground概 念 の考察

is organized and for which it provides a setting.

(Langacker 1987: 120)

っ ま りLangackerは 、 知 覚心 理学 で の概 念 とほ とん ど同 じfigure/ground

概 念 を採 用 して い る よ うで あ る。 別 の箇 所 で彼 は 、figure/groundの 例 と

して、 黒 い領 域 に小 さい 白 い部 分 が あ る と い う 「Rubinの 壷 」 に 極 め て 似

た視 覚 的 な例 を挙 げ て い る。

A relatively compact region that contrasts sharply with its sur-

roundings shows a strong tendency to be selected as the figure . Therefore, given a white dot in an otherwise black field , the dot is almost invariably chosen as the figure; (ibid ., 120)

しか し、 別 の例 で は、 他 の もの に対 して位 置 を 変 え て い る もの(す な わ ち

運 動 して い る物 体)が 、 普 通 、figureに な る と主 張 さ れ て い る 。 こ れ は基

本 的 にTalmyと 同 じ考 え方 で あ る と言 え る。

Motion is a highly influential factor. If it is possible to con-

strue one entity in a scene as changing position vis-a-vis the rest

(which have contrast relationships to one another), that entity

is normally chosen as the figure and interpreted as moving

against the backdrop provided by the others. (ibid ., 120)

Langackerは 、figure/groundを 拠 り所 と して 様 々 な概 念 を発 展 させ て

い るg紙 幅 の 関 係 上 、 詳 し く扱 うこ と はで きな い が、 こ こで はtrajector/

landmark概 念 を取 り上 げ よ う。Trajector/landmarkに つ い て 、 次 の よ

うに述 べ て い る。

. . . (The trajector) is characterized as the figure within a re-

lational profile (Landmarks) are naturally viewed

as providing points of reference for locating the trajector .

(ibid., 217)

Page 7: Osaka University Knowledge Archive : OUKA...against the backdrop provided by the others. (ibid ., 120) Langackerは 、figure/groundを 拠り所として様々な概念を発展させて

轟 里香 139

Trajectorはlandmarkと の 関係 に お い てfigureと み な されて い る。Land-

markはtrajectorの 位 置 を 指示 す る い わ ば 基 点 を与 え る。 そ して 次 の よ

う に、trajector/landmarkは 、 認 知 さ れ たfigure/groundの 言 語 に お

け る一 っ の 現 れ で あ る とみ な され て い る。

I maintain that the trajector / landmark asymmetry is one

linguistic instantiation of figure/ground alignment. (ibid., 231)

Langackerの 主 張 を具 体 的 な例 に即 して 明 らか に しよ う。

(4) a. Mary resembles Jane.

b. The man approached me.

c. The airplane is above the clouds.

d. The clouds are below the airplane.

(4a)で は、Maryが 主語 の位 置 にあ るの でtrajectorで あ り、6)す な わ ち

figureと して 認 知 され て い る こ とが わ か る。JaneはMaryが 評 価 さ れ る

基 準 とな って お り、landmarkと して 働 いて い る。(4b)の よ う な運 動 を 表

わ す動 詞 の場 合 は、 無 標 の 状 態 で は動 く もの がtrajectorと な り、 運 動 の

基 点 とな る も のがlandmarkと な る こ とに な る。(4c)(4d)は 同 じ二 者 間 の

関 係 を表 わ して い るが 、(4c)で はtheairplaneがtrajectorと な り》the

cloudsがtheairplaneを 位 置 付 け る た め の指 示 の 基 点 、 す な わ ちland-

markと な る。 これ に対 し、(4d)で はthecloudsがtrajectorと な り、

theairplaneがlandmarkと な る。 どち らの表 現 を取 るか は、 関 係 す る二

者 の う ち ど ち らが 際 立 っ て い る か に よ って 決 ま っ て く る 。 こ の よ う に 、

Langackerに よれ ば(4)の 例 は いず れ も認 知 的 なfigure/groundの 対 照 鹽

に よ って説 明 され る。7)

4.科 学 的 メ タ フ ァー

本 来 知 覚 心 理 学 にお け る概 念 で あ ったfigure/groundは 、 前 節 で述 べ た

Page 8: Osaka University Knowledge Archive : OUKA...against the backdrop provided by the others. (ibid ., 120) Langackerは 、figure/groundを 拠り所として様々な概念を発展させて

140言 語学 にお け るFigure/Ground概 念 の考察

よ うに、 近 年 で1ま言 語 現 象 の分 析 に お い て盛 ん に用 い られ て いる。以 下 で は、

科 学 的 メ タフ ァー と い う観 点 か ら、figure/groundに よ る言 語 現 象 の説 明

の妥 当 性 を考 察 した い。 そ の ため に、 この 節 で は、 ま ず 科学 的 メ タ フ ァ ー と

は何 か につ い て 整理 しよ う。 、

メ タ フ ァー とは、 一 般 に は、 文 学 な ど に お い て使 われ る単 な る比 喩 表 現 と

み な さ れ る こ とが 多 く、 科 学 と関 連 づ け られ る こ と は あ ま り な い。 しか し、

メ タ フ ァー に関 す る研究 で は、 メ タ フ ァー と科 学 の 関連 が しば しば指 摘 され

て い る。 瀬戸(1995a,b)に よれ ば、 歴 史 的 に言 って メ タ フ ァーお よ び ア ナ

ロ ジー は科 学 的研 究 の 中心 に あ った。 同様 の 点 は 、Lakoff(1987)で も指

摘 され て い る。 瀬 戸 の研 究 は、 科 学 的 メ タ フ ァー と は ど の よ うな もの で あ る

べ きか を体 系 的 に論 じて い る点 で 特 徴 的 で あ る と言 え るだ ろ う。 以 下 で は、

主 と して 瀬戸 の考 え 方 に基 づ き、 メ タ フ ァー お よ び ア ナ ロ ジー と科 学 的研 究

とり 関 係 につ い て述 べ る。

まず瀬 戸 は、 メ タ フ ァー あ るい は ア ナ ロ ジ ーが 科 学 的 研 究 に不 可欠 で あ る

証 拠 と して多 くの例 を挙 げて い る。 例 え ば 、 電気 は水 の 流 れ の メ タフ ァー に

よ って 電 流 と して モ デル化 され 、 原 子 は太 陽系 の メ タ フ ァー に よ って モ デ ル

化 され る こ と によ り、 よ りよ く説 明 され る。 ま た瀬 戸 は、 光 が粒 子 な の か波

動 な の か とい う科 学 上 の論 争 は、 光 を粒 子 と見 る場 合 と波動 と見 る場 合 で は、

ど ち らが 多 くの現 象 を統 一 的 に説 明 で き るの か とい う問題 で あ り、 い わ ば メ

タ フ ァー につ いて の 論 争 で あ っ た と して い る。

科 学 的 研究 で用 い られ る アナ ロ ジー とメ タ フ ァー の関 係 につ い て確 認 して

お こ う。 瀬 戸 によ れ ば、 メ タ フ ァー が点 対 応 で あ るの に対 して、 アナ ロ ジ ー

は面 対 応 で あ る。 つ ま りメ タ フ ァーで は、例 え られ る ものAが 例 え る もの

Bと の点 対 応 に よ って 理 解 され るの に対 し、 ア ナ ロジ ー で は、 例 え られ る も

のAの 諸 特質(a1,a2,a3 ...)が 例 え る ものBの 諸 特 質(b1 ,b2,b3..,)

との面 対 応 に よ って理 解 さ れ る(図2)。 言 い換 え れ ば、 ア ナ ロ ジ ー は、 い

わ ば複 数 の メ タフ ァーか らな る束 で あ る。 有 力 な メ タ フ ァ ー は アナ ロ ジー に

展 開 す る可 能 性 が あ る。 た だ し、 ア ナ ロ ジー と して展 開 す るメ タ フ ァー は一

Page 9: Osaka University Knowledge Archive : OUKA...against the backdrop provided by the others. (ibid ., 120) Langackerは 、figure/groundを 拠り所として様々な概念を発展させて

轟 里香

貫 した構造をもっていなければならない。

AB

メ タ フ ァ ー

ai

az

as

_bi

__bz

__ba

141

ア ナ ロ ジー

図2(瀬 戸(1995b)に よ る)

アナロジーは科学にとって不可欠な要素であるが、そ こには制約 もあり、

どのようなアナロジーも自由に使えるというわけではない。瀬戸 は、重要な

点 として次の三つを挙げている。

(5)a.関 係 性

b。 選 択 性

c.単 一 性

これ を、 「科 学 的 ア ナ ロ ジー の三 条 件 」 と呼 ぶ こ と にす る。

ま ず、(5a)の 「関 係 性 」 とは、 ア ナ ロ ジ ー に お い て、 例 え られ る も のA

(a1,a2,a3...)と 例 え る ものB(b1,b2,b3...)の 類 似 性 が 、 両 者 の間.

の 「関 係 」 の み に関 わ り、 「実 質 」 に は関 わ らな い こと を意 味 す る。 例 え ば、

原 子 の モ デ ル を太 陽 系 の メ タフ ァーで説 明 す る場 合、 原子 核 を 中心 とす る原

子 の構 造 と、 太 陽 を 中心 とす る太 陽 系 の 構 造 と の間 の対 応 を仮 定 して い る 。

す な わ ち、 原 子 に お け る原 子 核 と他 の要 素(電 子)と の関 係 が、 太 陽 系 にお

け る太 陽 と惑 星 との 関 係 と類似 して い る こ とを述 べ て い る ので あ って 、 原子

Page 10: Osaka University Knowledge Archive : OUKA...against the backdrop provided by the others. (ibid ., 120) Langackerは 、figure/groundを 拠り所として様々な概念を発展させて

142言 語 学 にお け るFigure/Ground概 念 の考察

核 そ の もの と太 陽 そ の もの とが 実 質 的 に 似 て い るわ け で は な い。

次 に、(5b)の 「選 択 性 」 と は、(5a)の 関 係 性 の 選 択 に関 わ る条 件 で あ

る。 一 般 的 な ア ナ ロ ジ ーで は、Aの 特 質(a1 ,a2,a3...)の す べ て が 、B

の特 質(b1,b2,b3. ..)の 全 て と 関 係 づ け られ るわ け で は な い。 例 え ば 、

「ア キ レウ ス は ラ イオ ンで あ る」 と言 う場 合 、 ライ オ ンの もっ あ る特 質(勇

猛 さ な ど)が ア キ レウ ス の もっ あ る特 質 と 関 係 づ け られ て お り、 他 の 特 質

(た て が み が あ る、 な ど)は 問 題 と な らな くて 当 然 で あ る。8)同 様 に、 科 学

的 な アナ ロ ジ ーで も、Aの 特 質(al ,a2,a3...)の す べ て が 、Bの 特 質

(b1,b2,b3...)の 全 て と関 係 づ け られ るわ け で はな く、 一 定 の 特 質 が 選

択 さ れ る。 この場 合 、Aの 一 定 の特 質 とBの 一 定 の特 質 との関係 的類 比 が、

意 味 深 い もの と して 最 大 限 の効 果 を発 揮 す るよ うに選 ば れ るべ き で あ る。

三 番 目 に、(5c)の 「単一 性 」 は、 例 え る側 を複 数 に しな い と い う こ と で

あ る。AをBと の類 比 で 見 る と きな らば、D ,E,Fな ど の 他 の 系 列 を 混

入 す る ことは許 され な い。例 えば、電 気 を説 明す る のに 「流動体 」 の メタ フ ァー

と 「粒 子 」 の メ タフ ァー を同 時 に使 う こ と はで きな い。 これ は一 貫 性、 体 系

性 とい う科 学 的論述 の必 要条件 に関 わ る問題 で あ る。 よ って、科 学 的 メ タ ファー

に と って は、 この 「単 一性 」 が最 も重 要 で あ る と も言 え る。 同 様 に、Lakoff

(1987)も 、 あ る科 学 的 問 題 に関 し複 数 の メ タ フ ァー が存 在 す る場 合 、 ど の

状況 で ど の メ タ フ ァー を用 い るべ きか を 明 示 す る必 要 が あ る と して い る。

5.言 語 研 究 に お け る ア ナ ロ ジ ー

こ こま で整 理 して きた科 学 的 ア ナ ロ ジ ー の観 点 か ら、figure/ground概

念 を使 った言 語 研 究 につ いて 検 討 す る。 知 覚 心 理 学 の概 念 で あ るfigure/

groundに よ り言 語 現 象 を説 明 しよ うとす る こ と は、 明 らか に瀬 戸 の 言 う メ

タ フ ァー あ る い は アナ ロ ジー に あ た る。 以 下 で、 この ア ナ ロ ジ ーを 三 っ の 条

件(関 係 性 、 選択 性 、 単 一 性)に 照 ら して 考 え よ う。 具 体例 と して、 知 覚 心

理 学 に お け るfigure/groundに 関 して は、 図1の 「Rubinの 壷 」(白 い部

分 が 壷 と して 知 覚 され る場 合)を 、言 語 研 究 に 関 して は、 第3節 で取 り上 げ

Page 11: Osaka University Knowledge Archive : OUKA...against the backdrop provided by the others. (ibid ., 120) Langackerは 、figure/groundを 拠り所として様々な概念を発展させて

轟 里香 143

たTalmy(1975)、Langacker(1987)を 用 い る。

まず 、 科 学 的 ア ナ ロ ジー の一 番 目 の条 件 で あ る 「関 係性 」 につ いて 。 関係

性 と は、 例 え られ る ものA(al,a2,a3...)と 例 え る も のB(b1,b2,

b3。..)と の類 似 性 が、 両 者 の実 質 で は な く関 係 の み に関 わ って い る こ とを

意 味 して い た。 す な わ ち、(4a)で は、 「主 語 のMary'がfigure、 目的 語 の

Janeがgroundで あ る」 とみ な す こ と は、MaryとJaneの 関 係 が 、

「Rubinの 壷 」 の 白 い壷 と黒 い背 景 の関 係 に類 似 して い る と い う こ と を 意 味

す る。 実 質 的 にMaryと 白 い壷 が似 て い る必 要 は な い。 関 係 性 と い う点 に

お い て、figure/groundを 使 っ た言 語 研 究 は アナ ロ ジ ー の 条 件 を 満 た して

い るの で あ る。

科 学 的 ア ナ ロ ジー の二 番 目の条 件 で あ る 「選 択 性 」 につ いて は ど うで あ ろ

うか。 選 択 性 と は、Aの 特 質(a1,a2,a3...)の う ち の い くっ か が 選 択

さ れ て、Bの 特 質(bl,b2,b3...)の い くっ か と関係 づ け られ る と い う こ

とで あ った。 した が って 、(4a)のMaryとJaneの 関 係 が 、[特 性1]一

[特性6]に 挙 げ たfigure/groundの 現 象特 性 の 全 て を満 た さ な け れ ば な

らな い わ け で はな い。 例 え ば、(4a)は 明 らか に[特 性1]を 満 た して は い

な い。(4a)でfigureと され るMaryもgroundと さ れ るJaneも 人 と

して解 釈 され るゆ え に、 両方 と も形 を も って い る。 他 方 、 「Rubinの 壷 」 の

黒 い部 分 はgroundと な る と き形 を もた な くな って しま う。

同様 に、[特 性2]一[特 性5]も 、(4a)のMaryとJaneに は 当 て は ま

らな いだ ろ う。 明 らか に(4a)のMaryとJaneに 当 て は ま る の は、[特

性6]で あ る。 す な わ ち、Maryの ほ うがJaneに 対 し際立 った存 在 にな っ

て い る と い う こ とで あ る。Langackerの 表 現 を使 え ば、

(Mary) is a substructure perceived as 'standing out' from (Jane)

and accorded special prominence as the pivotal entity.

と い う こと にな る。figure/groundを 使 った言 語 研 究 で は 、 一 般 に この 概

念 の[特 性6]を 選 択 して用 いて い る。 これ は、 選 択 性 とい う科 学 的 ア ナ ロ

Page 12: Osaka University Knowledge Archive : OUKA...against the backdrop provided by the others. (ibid ., 120) Langackerは 、figure/groundを 拠り所として様々な概念を発展させて

144言 語学 にお け るFigure/Ground概 念 の考察

ジー の条 件 を 満 た して お り、 妥 当 で あ る と言 え る。9)あ と は、 匚特 性6]を 選

択 す る こと が ア ナ ロ ジー と して十 分 効 果 を発 揮 して い るか とい う問題 とな る。

これ は今 後 の研 究 の展 開 に か か って い る。

最 も重 要 な点 と して、(5c)で 挙 げ た 「単 一 性 」 と い う条 件 に つ い て は ど

うだ ろ うか 。 言 語 研 究 で は、 「相 対 的 な 顕 著 さ」 す な わ ち 、 あ る存 在 が 別 の

存 在 に対 して 際立 っ とい う こ とを説 明 す る た め に、figure/ground概 念 を

用 いて い る。 確 か に 「相 対 的 な顕 著 さ」 は、 知 覚 心 理 学 に お け るfigure/

groundの 特 性 の一 っ と して含 まれ て い る。 しか しな が ら、 知 覚 心 理 学 に お

け るfigure/groundだ けで は な く、 他 の メ タ フ ァ ーが混 入 して い る 場 合 が

見 られ る。

Talmy(1975)は 、 あ る物 を基 準 と して他 の物 が そ れ に対 して動 いて いる、

あ るい は位 置 づ け られ る場 合 、後 者 をfigure、 前 者 をgroundと 呼 ん で い

る こ とを既 に述 べ た。Langacker(1987)も 同様 で、 運 動 して い る物 体 あ る

い は静 止 して い る 物 体 をfigure、 そ れ を 位 置 付 け る 基 点 と な る も の を

groundと して い た。(4a)の"XresemblesY"の よ うな 表 現 に 関 す る説

明 で、LangackerがXがfigure、Yがgroundと な る と して い る の は、

[特性6]に 加 えて 、Yを 基 準 点 と し、 そ れ との関 連 に よ ってXが 判 断 さ

れ る(あ る い は位 置 づ け られ る)と い う考 え方 に基 づ い て い る。

しか し、 あ る物 を基 準 と して 他 の 物 が 位 置 づ け ら れ る と い う 状 況 か ら

figure/groundを 特 定 す る と い う考 え 方 は、 知 覚 心 理 学 に お け る本 来 の

figure/ground概 念 に は 含 ま れ て い な い の で あ る。 む し ろ 、Talmyや

Langackerの メ タ フ ァー は、 物 理 学 にお いて 相 対 的 な 運 動 状 態 を 定 式 化 す

る 際 ど こを固 定 す る か と い う概 念 に類 似 して い る。 あ る い は、 数学 に お いて

座 標 軸 の原 点 を ど こに取 るか とい う概 念 に類 似 して い る と言 え るか も しれ な

い。 いず れ にせ よ、 こ こで取 り上 げ た言 語 研 究 で は 、figure/groundと い

う概 念 に、 本 来 のfigure/groundの メ タ フ ァー と と も に、他 の種 類 の メ タ

フ ァーが 混 入 して い る こ と に な る。 これ は、 科 学 的 メ タ フ ァー の 「単 一 性 」

の条 件 を満 た して い な い、 と結 論 せ ざ るを 得 な い。

Page 13: Osaka University Knowledge Archive : OUKA...against the backdrop provided by the others. (ibid ., 120) Langackerは 、figure/groundを 拠り所として様々な概念を発展させて

轟 里香 145

単 一性 の条件 を満 たす ことはなぜ重要 なの だ ろ うか。 その理 由 は、 メ タ フ ァー

か らア ナ ロ ジーへ の発 展 に関 連 して い る。Figure/groundの メ タ フ ァー

は ア ナ ロ ジ ー と して は ま だ不 完 全 で あ り、10)[特 性1]一[特 性5]を 取 り込

む こ とが 可 能 性 と して あ る。11)他の メ タ フ ァー の安 易 な混 入 は、 この可 能 性

を阻 害 す る。 ま た、 ア ナ ロ ジー とは一 貫 した構 造 を もっ 複 数 の メ タ フ ァー か

らな る こと か ら、 た とえ他 の メ タ フ ァー を導 入 す る こ とが 許 容 され た と して

も、 新 し く導入 した メ タ フ ァー と本 来 的 メ タ フ ァー の整 合 的 な 関 連 を 見 いだ

す努 力 が必 要 とな るだ ろ う。

6.結 語

小 論 で は 、 科 学 的 メ タ フ ナー の 観 点 か ら、 言 語 研 究 に お け るfigure/

groundの 応 用 につ い て考 察 した。 メ タ フ ァー を使 う こと は科 学 的 研 究 に お

いて 中 心 的 な役 割 を果 たす 。 したが って、 科 学 的言 語 研 究 に お けるfigure/

groundの 応 用 は基本 的 に妥 当 な こ とで あ る 。 しか し、figure/groundを

用 い た言 語 研 究 の 中 に は、 科 学 的 メ タ フ ァーの 条 件 で あ る 「単一 性」 に関 し、

問題 が見 られ る もの が あ る。 単 一 性 は科 学 の 特 徴 で あ る一貫 性 、 体 系 性 に 関

わ る問題 で あ り、 無 視 す る こ との で き な い重 要 な もので あ る。 言 語 研 究 が科

学 的 で あ り得 るた め に も、figure/groundの ア ナ ロ ジー の用 法 に 関 し、 さ

らな る厳密 化 が 必要 で あ る。

1)こ れは、言語研究 が科学 た り得 るのか、 とい う問題 と関わ る興味深い問題である。

2)以 下、figure/ground概 念 を単 に`figure/ground'と 表記す る場合 があ る。・

3)大 山、他編(1994)に よる。

4)彼 の最新 の報告 では、用語法 に若干 の変更が見 られ るものの、基本的 な考え方 は

変 わっていないと思 われる。Talmy(1978)も 参照の こと。

5) I take it as established that figure/ground organization is a valid

and fundamental feature of cognitive functioning. By the assump-

tions of cognitive grammar, the prevalence of figure / ground

organization in conceptual structure entails its importance for se-

Page 14: Osaka University Knowledge Archive : OUKA...against the backdrop provided by the others. (ibid ., 120) Langackerは 、figure/groundを 拠り所として様々な概念を発展させて

146 言語 学 にお け るFigure/Ground概 念 の考察

mantics and grammatical structure as well . Indeed, I will make extensive use of this notion. The profile/base , subject/object, and head/modifier distinctions are among those to be analyzed wholly

or partially in these terms. (Langacker 1987: 120)6)Langackerに よれ ば 、 言 語 表 現 に お い て 主 語 がtrajector、 目 的 語 がland-

markに ほ ぼ一 致 す る。Trajector/1andmarkと 主 語 ・目的 語 は厳 密 に は 完

全 に一 致 す るわ けで はな い が 、 小論 の 議 論 と直接 関 係 の な い議 論 は割 愛 す る。 詳

し くは 、Langcker(1987,1991)を 参 照 され た い。

7)表 現 を簡 潔 に す るた め 、 小 論 で は 以 後 便 宜 上trajectorをfigure、landmark

をgroundと 呼 ぶ こ とに す る。

8)瀬 戸(1995b:191)参 照 。

9)4節 で 述 べ た よ う に 、 ア ナ ロ ジ ー は 、 例 え ら れ る・ものAの 諸 特 質(a1,a2,

a3...)が 例 え る ものBの 諸特 質(b1,b2,b3...)と の 面 対 応 に よ っ て 理

解 され る。 言 語 研 究 で 使 わ れ て い るfigure/groundの 特 性 が[特 性6]の み

で あれ ば 、 これ は アナ ロ ジ ー(面 対 応)に は まだ 発 展 して いな い メ タ フ ァー(点

対 応)の 段 階 で あ る と言 え るか も しれ な い。

10)注9参 照 。

11)[特 性2]を 整 合 的 に 取 り込 む試 み と して 、轟(1994)参 照 。

参 考 文 献

Lakoff,George(1987)Woman ,Fire,andDangerousThings,TheUniver-

sityofChicagoPress,Chicago.

Langacker,RonaldW.(1987)FoundationsofCognitiveGrammar

Volume1,StanfordUniversityPress,Stanford.

Langacker,RonaldW.(1991)FoundationsofCognitiveGrammar

Volume2,StanfordUniversityPress,Stanford.

大 山正 、 今 井 省 吾 、 和 気 典 二 編(1994)『 新 編 感 覚 ・知 覚 心 理 学 ハ ン ドブ ック』 誠 信

書 房 。

瀬 戸 擘 一(1995a)『 空 間 の レ ト リ ック』 海 鳴 社 。

瀬 戸 賢 一(1995b)「 メ タ フ ァー思 考 」 講 談 社 。

下 條 信 輔(1995)「 認 知 と神 経 の 『場」 」 『知 の 論 理 」 東 京 大 学 出版 会 。

Talmy,Leonard(1975)"SemanticsandSyntaxofMotion ,"Syntaxand

Semantics4,ed.byJohnP.Kimball ,181-238,AcademicPress,

NewYork.

Talmy,Leonard(1978)"FigureandGroundinComplexSentences,"

UniversalsofHumanLanguage4 ,ed.byJosephH.Greenberg,

625-49,StanfordUniversityPress ,Stanford.

轟 里 香(1994)「 再 帰 代 名 詞 に対 す る認知 的 制約 と項生 に つ い て 」 日本 英 語 学 会 第12

回大 会 口頭 発 表原 稿。