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がん分子標的治療 Vol.14 No.1(153)153 背景 Programmed death-1 (PD-1)は,免疫応答調節のシグナ ルを介する受容体で,Th1細胞傷害性免疫応答を抑制する。 PD-1や腫瘍細胞上に発現する PD-1 ligand(PD-L) 1に対す る抗体によるこの経路の阻害は,悪性黒色腫,非小細胞肺 がん,腎細胞がん,膀胱がん,およびホジキンリンパ腫を 含む多くのがん腫において著明な効果を示した。腫瘍細胞 や免疫細胞表面の PD-1リガンド(PD-L1または PD-L2)の 発現は,PD-1阻害における効果予測バイオマーカーとして 重要である。 ヒト腫瘍に対する抗PD-1抗体の報告において,結腸・直 腸がん(colorectal cancer;CRC)患者33例のうち効果がみ られたのは 1 例のみであり,悪性黒色腫や腎細胞がん,肺 がんで奏効が多く得られたことと対照的であった。そこで 著者らは,この CRC 患者はミスマッチ修復欠損があった のではないかと考えた。ミスマッチ修復欠損は進行CRC のごく一部でしかみられず,ミスマッチ修復欠損がないも のより10~100倍の体細胞変異を有している。体細胞変異 は,「非自己」の免疫原性抗原をコードする可能性がある。 著者らはミスマッチ修復欠損による体細胞変異数の多い腫 瘍が,より免疫チェックポイント阻害薬の効果があるとい う仮説を立てた。 方法 1.対象 ミスマッチ修復欠損あり/なしの進行性の転移性がん患 者41例に対し,抗 PD-1抗体である pembrolizumab の臨床効 果を評価するための第Ⅱ相臨床試験を実施した。治療に不 応となった進行がん患者で,cohort A:ミスマッチ修復欠損 CRC, cohort B:ミスマッチ修復欠損のない CRC, cohort C: ミスマッチ修復欠損非 CRC の 3 つのコホートを計画した。 2.試験デザイン(図1全例に pembrolizumab を10mg/kg で 2 週ごとに静脈内 投与した。Pembrolizumabは免疫グロブリンG(IgG) 4の κ アイソタイプのヒト化抗PD-1モノクローナル抗体で,PD-1 とそのリガンド(PD-L1および PD-L2)との相互作用を阻害 する。安全性評価は各治療の前に行われた。総腫瘍量は各 治療サイクルの開始時に,血清バイオマーカーの測定に よって評価された。画像評価は,治療12週目とその後 8 週 ごとに実施された。 3.ミスマッチ修復機構の解析 ミスマッチ修復経路の遺伝的欠陥を有する腫瘍は,特に マイクロサテライトとして知られる反復 DNA の領域で, 数百~数千の体細胞変異がみられる。ゲノムのこれらの領 域における変異の蓄積は,マイクロサテライト不安定性 (microsatellite instability;MSI)と呼ばれる。ミスマッチ 修復の状態は,ミスマッチ修復が危険に曝されたときにエ ラーをコピーする傾向がある選択されたマイクロサテライ ト配列を通じて,MSI 分析システム(Promega 社)を使用し 評価した。 4.統計解析 主要評価項目は,cohort A と B では免疫関連反応基準 (irRECIST)を用いて評価した免疫関連客観的奏効率(irORR) と20週での免疫関連無増悪生存率(irPFS 率),cohort C で は20週での irPFS 率とした。ORRと20週での PFS は RECIST ver1.1および irRECIST の両方で評価した。PFS および全 生存期間(OS)は Kaplan‒Meier 法で算出された。 Cohort A Cohort B Cohort C ミスマッチ修復欠損 CRC ミスマッチ修復欠損のない CRC ミスマッチ修復欠損 非CRC 11例登録 21例登録 Pembrolizumab 10mg/kg,2週ごと 11例治療 21例治療 9例登録 9例治療 主要評価項目: irORR,20週でのirPFS率 主要評価項目: irORR,20週でのirPFS率 主要評価項目: 20週でのirPFS率 図1 試験デザイン irORR:免疫関連客観的奏効率, irPFS 率:免疫関連無増悪生存率 (Figure S1引用) ミスマッチ修復欠損を伴う腫瘍における PD-1阻害 Le DT, Uram JN, Wang H, et al : PD-1 Blockade in Tumors with Mismatch-Repair Deficiency. The New England Journal of Medicine 372 : 2509-2520, 2015 解説 三梨 桂子 1 /廣中 秀一 2 千葉県がんセンター臨床試験推進部医長 1 /部長 2 SAMPLE Copyright(c) Medical Review Co.,Ltd.

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がん分子標的治療 Vol.14 No.1(153)153

背景 Programmed death-1(PD-1)は,免疫応答調節のシグナルを介する受容体で,Th1細胞傷害性免疫応答を抑制する。PD-1や腫瘍細胞上に発現するPD-1 ligand(PD-L)1に対する抗体によるこの経路の阻害は,悪性黒色腫,非小細胞肺がん,腎細胞がん,膀胱がん,およびホジキンリンパ腫を含む多くのがん腫において著明な効果を示した。腫瘍細胞や免疫細胞表面のPD-1リガンド(PD-L1またはPD-L2)の発現は,PD-1阻害における効果予測バイオマーカーとして重要である。 ヒト腫瘍に対する抗PD-1抗体の報告において,結腸・直 腸がん(colorectal cancer;CRC)患者33例のうち効果がみられたのは 1 例のみであり,悪性黒色腫や腎細胞がん,肺がんで奏効が多く得られたことと対照的であった。そこで著者らは,このCRC患者はミスマッチ修復欠損があったのではないかと考えた。ミスマッチ修復欠損は進行CRCのごく一部でしかみられず,ミスマッチ修復欠損がないものより10~100倍の体細胞変異を有している。体細胞変異は,「非自己」の免疫原性抗原をコードする可能性がある。著者らはミスマッチ修復欠損による体細胞変異数の多い腫瘍が,より免疫チェックポイント阻害薬の効果があるという仮説を立てた。

方法1.対象 ミスマッチ修復欠損あり/なしの進行性の転移性がん患者41例に対し,抗PD-1抗体であるpembrolizumabの臨床効果を評価するための第Ⅱ相臨床試験を実施した。治療に不応となった進行がん患者で,cohort A:ミスマッチ修復欠損CRC,cohort B:ミスマッチ修復欠損のないCRC,cohort C:ミスマッチ修復欠損非CRCの 3 つのコホートを計画した。

2.試験デザイン(図1) 全例にpembrolizumabを10mg/kgで 2 週ごとに静脈内 投与した。Pembrolizumabは免疫グロブリンG(IgG)4のκ アイソタイプのヒト化抗PD-1モノクローナル抗体で,PD-1 とそのリガンド(PD-L1およびPD-L2)との相互作用を阻害

する。安全性評価は各治療の前に行われた。総腫瘍量は各治療サイクルの開始時に,血清バイオマーカーの測定によって評価された。画像評価は,治療12週目とその後 8 週ごとに実施された。

3.ミスマッチ修復機構の解析 ミスマッチ修復経路の遺伝的欠陥を有する腫瘍は,特にマイクロサテライトとして知られる反復DNAの領域で,数百~数千の体細胞変異がみられる。ゲノムのこれらの領域における変異の蓄積は,マイクロサテライト不安定性

(microsatellite instability;MSI)と呼ばれる。ミスマッチ修復の状態は,ミスマッチ修復が危険に曝されたときにエラーをコピーする傾向がある選択されたマイクロサテライト配列を通じて,MSI分析システム(Promega社)を使用し評価した。

4.統計解析 主要評価項目は,cohort AとBでは免疫関連反応基準

(irRECIST)を用いて評価した免疫関連客観的奏効率(irORR) と20週での免疫関連無増悪生存率(irPFS率),cohort Cで は20週でのirPFS率とした。ORRと20週でのPFSはRECIST ver1.1および irRECISTの両方で評価した。PFSおよび全生存期間(OS)はKaplan‒Meier法で算出された。

Cohort A Cohort B Cohort C

ミスマッチ修復欠損CRC

ミスマッチ修復欠損のないCRC

ミスマッチ修復欠損非CRC

11例登録 21例登録

Pembrolizumab 10mg/kg,2週ごと

11例治療 21例治療

9例登録

9例治療

主要評価項目:irORR,20週でのirPFS率

主要評価項目:irORR,20週でのirPFS率

主要評価項目:20週でのirPFS率

図 1 試験デザインirORR:免疫関連客観的奏効率,irPFS率:免疫関連無増悪生存率

(Figure S1引用)

ミスマッチ修復欠損を伴う腫瘍におけるPD-1阻害Le DT, Uram JN, Wang H, et al :PD-1 Blockade in Tumors with Mismatch-Repair Deficiency.The New England Journal of Medicine 372 : 2509-2520, 2015

解説 三梨 桂子1/廣中 秀一2

千葉県がんセンター臨床試験推進部医長1/部長2

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