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ISSN 0286-8180 東海大学農学部紀要 第1巻~第30巻(1982年~2011年) 総 目 次 著 者 索 引 30 2 0 1 1 ヤシ繊維基盤ロールを基材としたハナカンナ植栽による水質浄化 …………………………工藤匡平・梶田真祥・浜田俊雄・小池晶琴・岡本智伸・椛田聖孝………1 グース型リゾチームの分子内コアに位置する Tyr169を Phe に置換した変異体の解析 ……………………………………………………堀口貴広・川口裕也・河村俊介・荒木朋洋………7 オオルリシジミの分散性と死亡要因における卵寄生蜂の評価 ……………………………………………………………………………村田浩平・岩田眞木郎………15 メロンがんしゅ病菌( Streptomyces sp.)に対するアクチノファージの検出とその性質 ………………………………………………………………………………藤木圭太・吉田政博………21

PROCEEDINGS 東海大学農学部紀要 OF SCHOOL OF ......In the experiment I, water puri cation abilities and ecosystem of canna(Canna indica hybrid)planted in the coconut ber

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  • ISSN 0286-8180

    東海大学農学部紀要

    第1巻~第30巻(1982年~2011年)総 目 次

    著 者 索 引

    第 30 巻

    2 0 1 1

    ヤシ繊維基盤ロールを基材としたハナカンナ植栽による水質浄化 …………………………工藤匡平・梶田真祥・浜田俊雄・小池晶琴・岡本智伸・椛田聖孝………1

    グース型リゾチームの分子内コアに位置する Tyr169を Pheに置換した変異体の解析 ……………………………………………………堀口貴広・川口裕也・河村俊介・荒木朋洋………7

    オオルリシジミの分散性と死亡要因における卵寄生蜂の評価 ……………………………………………………………………………村田浩平・岩田眞木郎………15

    メロンがんしゅ病菌(Streptomyces sp.)に対するアクチノファージの検出とその性質 ………………………………………………………………………………藤木圭太・吉田政博………21

    PROCEEDINGSOF

    SCHOOL OF AGRICULTURETOKAI UNIVERSITY

    Vol. 30   2 0 1 1

    Effects of Water Quality Purifi cation using Canna(Canna indica hybrid)Planted in The Coconut Fiber Roll …………………………………… Kyohei Kudo, Masaki Kajita, Toshio Hamada, Akiko Koike,    

    Chinobu Okamoto and Kiyotaka Kabata………1Site-directed mutagenesis of Tyr169 in goose-type lysozyme …………………………………Takahiro Horiguchi, Yuya Kawaguchi, Shunsuke Kawamura and    

    Tomohiro Araki………7             Estimation of adult dispersal and egg parasitism in Shjimiaeoides divinus asonis(Matsumura) ………………………………………………………………… Kouhei Murata and Makio Iwata………15Detection and Properties of Actinophages Parasitic to Streptomyces sp. Causing Root Tumor of Melon …………………………………………………………………Keita Fujiki and Masahiro Yoshida………21

    Vol.1~ Vol.30(1982~2011)FULL LIST OF CONTENTS

    Index of Contributors

    東海大学農学部紀要

    第三〇巻

    二〇一一

    hyousi.indd 1hyousi.indd 1 2011/03/17 10:12:202011/03/17 10:12:20

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    ハナカンナの植栽による水質浄化東海大農紀要 30:1-6(2011)

    ヤシ繊維基盤ロールを基材としたハナカンナ植栽による水質浄化

    工藤匡平*・梶田真祥*・浜田俊雄*・小池晶琴**・岡本智伸***・椛田聖孝***

    Effects of Water Quality Puri� cation using Canna(Canna indica hybrid)Planted in The Coconut Fiber Roll

    Kyohei KUDO, Masaki KAJITA, Toshio HAMADA, Akiko KOIKE,

    Chinobu OKAMOTO and Kiyotaka KABATA

    (Received 4 October 2010 ; accepted 24 November 2010)

      Progress of the water quality improvement of lakes and marshes is slower than those of river and sea area in Japan. In the experiment I, water puri� cation abilities and ecosystem of canna(Canna indica hybrid)planted in the coconut � ber roll were experimented set up in a pond in Kumamoto Zoo Park. The investigated parameters were water temperature, potential

    hydrogen(pH), dissolved oxygen(DO), electrical conductivity(EC), transparency, suspended substance(SS), inorganic nitrogen, orthophosphate(PO4-P), chemical oxygen demand(COD)and biochemical oxygen demand(BOD). The use of the coconut � ber roll made possible cultivation of canna on the pond with bottoms of exposed concrete. And the

    transparency, COD and BOD were improved by planting canna. Then, pH was signi� cantly decreased by planting canna, but

    the values of water temperature, DO, EC, inorganic nitrogen, SS and PO4-P were not changed by planting canna.

     In the experiment II, effects of planting canna were investigated using water tank in the room condition. The investigated parameters were pH, DO, EC, inorganic nitrogen and PO4-P. The contents of inorganic nitrogen and PO4-P significantly

    reduced by cultivation of the plant. And the planted group’s value of pH, DO and EC were signi� cantly lower than those of control group. Therefore, it was suggested that canna is useful for water puri� cation.

    緒   言

     わが国の水環境は,高度な経済成長に伴い急速に悪化してきた(1).加えて水質汚染には農業による影響もみられる.効率化を図るために行われてきた肥料の過剰投入により地下水の硝酸態窒素が増加し,人体への影響が問題となっている.また,畜産においては家畜の多頭飼育が水環境に及ぼす影響がとりざたされている.しかし,水質汚濁防止法や湖沼水質保全特別措置法の施行・改正により,工場の汚染物質排出規制が強化されたことや,家畜排泄物の管理の適正化及び利用の促進に関する

    法律の施行により,糞尿の管理規制が強化されたことで,河川・海域においては水質環境基準の達成に一定の効果が見られている(2).ところが,それらの水域と比べ湖沼は水質環境基準の達成率が低い現状にある.健全な水環境は生物及び人間にとって必要不可欠な存在であり,特に湖沼は治水と利水の目的や地域の人々の憩いの場等,人間の生活に重要な役割を果たしているため,更なる水環境の改善が望まれている. 一般的に湖沼は,自然条件下においてきわめて遅い速度で富栄養化が進むことにより,貧栄養化から富栄養化へと遷移する(3).しかし,人間の生活活動等により湖沼に多量の栄養塩類が流入したため,湖沼の富栄養化が促進された.湖沼は水が滞留するという閉鎖的な水理上の特性から,外部から流入した汚染物質が蓄積しやすい構造となっている(3).そのため一旦,富栄養化が

    *東海大学大学院農学研究科**東海大学大学院生物科学研究科***東海大学農学部

  • ─ 2 ─

    工藤匡平・梶田真祥・浜田俊雄・小池晶琴・岡本智伸・椛田聖孝

    Fig. 1. Outline map of the experimental pond.

    進むと水質の改善は容易ではない. 湖沼の問題に対してこれまで,浚渫,曝気,オゾンを利用した物理・化学的処理等の対策がとられてきた.これらの物理・化学的な水質改善対策は,即効性のある浚渫等もあるが,一方,高コストで持続的な水質改善が行えないという側面もある.そのため,低コストで持続可能な水質改善が望まれており,現在までにヨシ(Phragmites australis)やマコモ(Zizania latifolia),オランダガラシ(Nasturtium of� cinale),ホテイアオイ(Eichhornia crassipes)等の水生植物を利用した生物的浄化の研究がなされてきた(4-7).しかし,水生植物を利用した水質浄化では,植物の生長速度の制限により,設置から効果が現れるまでに時間を要する.浮遊植物は繁茂の制御が難しく,水上交通や漁業を妨げる要因となっている(8).また,抽水植物は根を固着させる基盤が必要であり,水深の深い水域では利用が困難である等,水生植物の形態ごとに多くの課題が残されている. そこで本研究では,閉鎖性水域である熊本市動植物園

    内の池の水質改善,および抽水植物の植栽が困難な水域での植栽技術の確立を目的とし,ヤシ繊維基盤ロールを植栽基材に用いて,生長が早く短期間で多量の栄養塩類の回収が望めるハナカンナ(Canna indica hybrid)の植栽を試みた.また,ハナカンナの植栽が水圏の生物多様性に及ぼす影響についても一部検討した.

    材料および方法

    実験区の設置 本実験は,熊本市動植物園内にある池(通称:よし池)で行った.よし池の面積は約3670m2,体積は約2100m3で,水深は約50cmとほぼ一定である.底には底泥が約20cm堆積しており,富栄養化が進行した池といえる.また,堆積した底泥は軟質で,水底に根付く形態の水生植物は生育が困難な状態であった. 実験にはハナカンナの植栽を行っていない対照区,植栽を行った植栽区の2区を設置した(Fig.1).対照区

    と植栽区の面積は幅(W)15m×長さ(L)15mとして設置した.2区はいずれも内外の水の行き来がない閉鎖水域とするため,鉄筋で骨組みをした後,防水シートを施した(Fig.2).また,防水シートの固定には土嚢

    と鉄製のチェーンを用いた.よし池にはクロエリハクチョウ(Cygnus melanocory phus)が放飼されていたため,植栽した植物を保護するため防鳥ネットを実験区と池の間に設置した.

  • ─ 3 ─

    ハナカンナの植栽による水質浄化

    Fig. 2. Sketch of Iron bar framework and waterploof sheet.

    Fig. 3. Installation of coconut � ber rolls(A), and overview after planting emerged plants(B).

    抽水植物の植栽法 実験を行ったよし池は動植物園内にあり,景観も考慮し,観賞にも用いられるハナカンナを植栽に使用した.ハナカンナはカンナ科の抽水植物である.植栽にはベストマンロール(富士見グリーンエンジニアリング 直径30cm× L3m)を基材として利用した.ベストマンロールはヤシ繊維をポリプロピレン製のネットに高密度に詰めた円柱状の植栽用基材であり,ビオトープ等を設置する際,護岸から土壌の流入を抑えるために利用されている(9).本実験では,通常は陸地に設置するベストマ

    ンロールを水中に設置する方式で水質浄化を試みた.植栽ではベストマンロールに約10cmの穴を開け,支柱と共にハナカンナを植え込んだ.植栽を終えたベストマンロールを植栽区に18本,シュロ縄を用いて鉄筋骨組みに固定した(Fig.3A).また,植栽区にはプラスチックコンテナ(W33.5cm× L48.5cm×高さ(H)30cm)にベストマンロールのヤシ繊維を詰めハナカンナを植栽した植栽ケースを8箱設置した.植栽区の面積は225m2であり,植栽は総面積の12.6%を占めていた(Fig.3B).

    室内での水質浄化能の実験 自然環境下での実験では天候等の自然条件の影響を受けやすく,純粋な因果関係を導き出すことが難しいと考え,よし池でのフィールド実験と並行し,室内においてハナカンナの水質浄化実験を行った.室内実験には,12リットル(ℓ)水槽(W18.5cm× L31.5cm×

    H24.4cm)6槽を使用した.各水槽には,よし池の水はリンの濃度が低く測定が困難だったため,よし池にも生息しているテラピア(Tilapia mossmibica)を飼育している水槽(12頭 /m3)から採取した栄養塩類を多量に含む水を6ℓずつ加えた.これらの水槽に3株から4株のハナカンナを約300g植栽した植栽水槽3槽と,植栽を行っ

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    工藤匡平・梶田真祥・浜田俊雄・小池晶琴・岡本智伸・椛田聖孝

    Table 1.Water quality of the zoo park pond in 2008 and 2009

    2008 2009Control area Experimental area Control area Experimental area

    Dissolved Oxygen(mg/l) 9.14±3.11a† 7.90±2.96a 9.85±1.92a 8.98±1.88a

    Potential Hydorogen(pH) 8.6±0.6a 8.0±0.4b 9.1±0.4a 8.2±0.4b

    Dater temperature(℃) 20.1±9.6a 20.7±7.4a 21.7±9.4a 21.7±7.6a

    Electrical conductivity(mS/cm) 0.23±0.02a 0.24±0.02a 0.21±0.02a 0.22±0.01a

    Transperency(cm) 23.6±12.8a 45.0±6.5b 21.6±5.4a 29.6±7.5b

    Suspended substance(mg/l) 15.2±5.3a 7.9±2.4b 16.6±7.1a 13.3±5.7a

    Chemical oxygen demand(mg/l) 10.5±4.7a 4.2±1.0b 9.9±4.9a 6.2±2.6b

    Biochemical oxygen demand(mg/l) 13.7±6.2a 6.4±3.6b 9.5±3.6a 4.0±1.2b

    Inorganic nitrogen(mg/l) 1.23±0.47a 1.52±0.43a 1.09±0.53a 1.56±0.47a

    Orthophosphate(mg/l) 0.38±0.12a 0.34±0.07a 0.44±0.18a 0.47±0.21a

    †Means with standard deviation, followed different letters were signi� cantly different by stundent’s t-test(P

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    ハナカンナの植栽による水質浄化

    Fig. 4. Changes in water qualities of the experimental tank.

    では侵入した水鳥が盛んに活動し底泥を巻き上げていため,水鳥の活動が植栽区の水質に影響を与えたのではないかと考えられた. 実験前のよし池には抽水植物が自生しておらず,足場となる止まり木等がなかったため,昆虫や小型の鳥類は池に飛来し難い状態だった.ハナカンナの植栽後は,アオモンイトトンボ(Ischuura senegalensis),シオカラトンボ(Ortheturm albistyylum specioum),オニヤンマ(Anatogaster sieboldii)等のトンボ目が成虫の休息や幼虫の羽化のための止まり木にハナカンナを利用している姿が確認された.また,ヤシ繊維基盤ロールのヤシで構成された部分を,コイ(Cyprinus carpio)やギンブナ(Carassius sp.)等の魚類が産卵場所として利用している姿や,植栽によって形成された死角をドンコ(Odontobusis obscura),ヨシノボリ(Rhinogobius sp.)およびモツゴ(Pseudorasbora parva)等の小型の魚類が隠れ家として利用する姿が確認された.鳥類では,カワ

    セミ(Alcedo stthis),アオサギ(Ardea cinerea),ダイサギ(Egretta alba)およびコサギ(Egretta garzetta)等が植栽区を餌場として利用することが確認された.冬季にはこれらの鳥類に加え,越冬してきたマガモ(Anas platyrhynchos),ヒドリガモ(Anas penelope)等の渡り鳥が頻繁に飛来し,さらにカモが植栽したハナカンナを啄ばむ行動が確認された.以上より,ヤシ繊維基盤ロールを基材としたハナカンナの植栽区を様々な形で生物が利用し,多様性が向上する傾向が認められた.また,植栽区を利用していたドンコ,ヨシノボリ,カワセミ等はよし池近隣の水域で個体数が減少している種であり,植栽による隠れ家や餌場の形成が生態系の保護に貢献していることが示唆された.ハナカンナの水質浄化能 室内での水槽実験における1週間ごとの対照水槽と植栽水槽の無機態窒素,PO4-P,DO,ECの変化について,実験結果を Fig.4に示した.無機態窒素,PO4-Pと

    もに実験の開始から1週間後以降,植栽水槽が対照水槽と比較して有意に低い数値(P

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    工藤匡平・梶田真祥・浜田俊雄・小池晶琴・岡本智伸・椛田聖孝

    比較して有意に低い数値(P

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    グース型リゾチームの分子内コアに位置する Tyr169を Pheに置換した変異体の解析東海大農紀要 30:7-14(2011)

    グース型リゾチームの分子内コアに位置する Tyr169をPheに置換した変異体の解析

    堀口貴広・川口裕也・河村俊介・荒木朋洋

    Site-directed mutagenesis of Tyr169 in goose-type lysozyme

    Takahiro HORIGUCHI, Yuya KAWAGUCHI, Shunsuke KAWAMURA

    and Tomohiro ARAKI

    (Received 4 October 2010 ; accepted 10 November 2010)

      The roles of Tyr169, which is hydrogen-bonded to a catalytic residue(Glu73)of goose-type lysozyme, were investigated by means of its replacement with Phe using ostrich egg-white lysozyme(OEL). No remarkable differences in secondary structure or substrate binding ability were observed between the wild-type and mutant Y169F, as evaluated by circular dichroism(CD)spectroscopy and chitin-coated celite chromatography. However, the enzymatic activity toward the N-acetylglucosamine pentamer,(GlcNAc)5, was drastically reduced by the mutation. For the reversible unfolding at pH 5.0 at 30℃ , the Tyr169 to Phe mutation resulted in a decrease of 0.73 kcal/mol in conformational stability. These results strongly suggested that the hydrogen bonding interaction between Glu73 and Tyr169 may serve to hold the carboxyl group of Glu73 in the proper orientation optimal for catalysis.

    緒   言

     リゾチームは N-アセチルムラミン酸(MurNAc)と N-アセチルグルコサミン(GlcNAc)の共重合体やGlcNAcの重合体のβ1-4結合を加水分解する糖加水分解酵素である(1).本酵素は病原菌の細胞壁に含まれるこれらの重合体を分解して溶菌することから,生体防御タンパク質と考えられている.リゾチームはそのアミノ酸配列から大きく3つのタイプ,すなわち分子量約14000のニワトリ型リゾチーム(2-4),分子量約18700の T4ファージ型リゾチーム(ファージ型)(5,6)および分子量約21000のグース型リゾチーム(7-9)に分類されている. ニワトリ卵白リゾチーム(HEL)では,(GlcNAc)3やMurNAc-GlcNAc-MurNAcの3量体との複合体の X線結晶構造解析によって,その立体構造,2つ触媒基(Glu35,Asp52)および6個の糖残基が結合する基質結

    合部位(A-F部位)について明らかにされ,さらに糖加水分解機構も推定されている.さらに,ニワトリ型リゾチームは単純な加水分解酵素ではなく,高能率な糖転移反応を触媒する複雑な反応機構を持つ酵素であることが明らかにされている(1, 10-14). これまで,ニワトリ型リゾチームやファージ型リゾチームが,酵素の触媒反応機構やタンパク質の構造安定性機構を解明するためのモデルタンパク質として詳しく研究がなされてきたのに対し,グース型リゾチームはあまり研究がなされておらず,その触媒機構や構造安定性機構の詳細はほとんど明らかでない.グース型リゾチームの1次構造は,コクチョウ(SEL)(15),ガチョウ(GEL)(7),ダチョウ(OEL)(16),ヒクイドリ(17),レア卵白リゾチーム(18)のアミノ酸配列がタンパク質化学的手法で決定され,ニワトリ(19),ヒラメ(20),チャイロマルハタ(21),サケ(22),コイ(23)のアミノ酸配列が遺伝子構造から推定されているだけである.また,グース型リゾチームの立体構造に関しては,GELと SELの2種類が明らかにされているだけである(8,東海大学農学部バイオサイエンス学科

  • ─ 8 ─

    堀口貴広・川口裕也・河村俊介・荒木朋洋

    Fig. 1. The three-dimensional structure of GEL. The structure was created using the coordinate � le, Protein Data Bank entry 153L(24). The two disul� de bonds(Cys4-Cys60, Cys18-Cys29)and three α-helices(α5, α7, and α8)are shown in blue and green, respectively. The side chains of Glu73 and Tyr169 are also shown in red and orange, respectively. The hydrogen bond between Glu73 and Tyr169 is indicated by a dashed line. The � gure was generated using PyMOL v.0.99.

    9,24,25).深溝らは,GELの GlcNAcのオリゴマーに対する活性を解析し,6個の基質結合部位(B-G部位)の存在と D-E部位間でのグリコシド結合の切断を予測した(26).しかしながら,B-D部位における基質結合様式は,GELと(GlcNAc)3との X線構造解析から

    明らかにされているが(24),E-G部位の基質結合様式の情報は得られていない.グース型リゾチームは,8本のαヘリックスと3つのβシートからなる典型的なα+β型の立体構造を有しており(Fig.1),分子内部のコア構造を形成する3つのαヘリックス(α5,α7,

    α8)と2本のジスルフィド結合(Cys4-Cys60,Cys18-Cys29)は種間での保存性が高く,グース型リゾチームの立体構造形成における重要性が予測される(17,18). 近年我々は,グース型リゾチームがニワトリ卵白リゾチームより遥かに強力な溶菌活性を持つなど優れた特性を有していることを示した(27,28).さらに , OELの遺伝子の人工合成と,OELの酵母での大量発現系を構築し,OELは糖転移反応を触媒しない糖加水分解酵素であることを明らかにした(29).また,この確立した酵母での大量発現系を利用して,α5の C末端に位置する Glu73に関する変異体の解析を行い,Glu73がグース型リゾチームの触媒基であることを実験的に証明した(30).一方2本のジスルフィド結合に関しては,変性状態のエントロピーを下げることによってグース型リゾチームの構造安定性に重要であることを明らかにした(31). Fig. 1に示すように , 分子内コア構造を形成するα8の N末端に位置する Tyr169の側鎖の水酸基は , α5に存在する触媒基 Glu73の側鎖のカルボキシル基との距離が2.6Åであることから,ヘリックス間で水素結合を形成していると考えられている.したがって , Tyr169は

    Glu73の側鎖の配向を規定することでグース型リゾチームの活性発現や構造安定性に重要な役割をもつことが考えられた.本研究では , OELの Tyr169を Pheに置換した変異体(Y169F)を作製し,その主鎖構造,基質結合力,触媒活性および構造安定性への影響を解析した.

    材料および方法

    1.試薬 制限酵素,T4DNAリガーゼ,Taq DNAポリメラーゼはタカラバイオから購入した.発現ベクター pPIC9Kと宿主酵母 Pichia pastoris(GS115)は Invitrogenから購入した.合成オリゴヌクレオチドプライマーの作成は,北海道システムサイエンスに依頼した.CM-トヨパールは東ソーから購入した.N-アセチルグルコサミンのキトオリゴ糖の調製は Rupleyの方法で行った(32).その他の試薬は市販の特級または生化学用試薬を用いた.

    2.変異体Y169F の発現および精製 Y169F遺伝子は,PCRを用いた megaprimer法で作製し(33),DNAシークエンスを行って目的の変異を確認した.変異遺伝子は,pPIC9Kベクターにクローニング

  • ─ 9 ─

    グース型リゾチームの分子内コアに位置する Tyr169を Pheに置換した変異体の解析

    し,野生型 OELと同様の方法で発現・精製した(30).すなわち,Y169F遺伝子がα-ファクターシグナル配列下流に連結された pPIC9Kベクターを含む酵母形質転換体を3mlの BMGY培地(2% ペプトン,1% 乾燥酵母エキス,100mMリン酸カリウム pH6.0,1.34% YNB,4×10-5%ビオチン,1%グリセロール)に接種し,30℃で24時間培養した.培養液全体を200mlの BMGY培地に植え継ぎ,さらに30℃で24時間培養した.次に,集菌した菌体を OD600nmが1.0になるように900mlの BMMY培地(2%ペプトン,1%乾燥酵母エキス,100mMリン酸カリウム pH6.0,1.34%YNB,4×10-5% ビオチン,1%メタノール)に懸濁し,30℃で120時間培養して変異体 Y169Fを分泌発現させた.なお培養中は,24時間毎にメタノールを終濃度1%になるように培地中に添加した. 培地中に発現した変異体 Y169Fは , CM-トヨパールカラムクロマトグラフィーで精製した.培養液を遠心分離(2700× gmax,20分,4℃)し,培養上精とした.培養上精は蒸留水で4倍希釈し,0.03Mリン酸緩衝液(pH7.0)で平衡化した CM-トヨパールカラム(4×15cm)に供与した.同緩衝液および0.1M NaClを含む同緩衝液で十分に洗浄した後,0.5M NaClを含む同緩衝液でタンパク質を溶出した.活性画分はさらに蒸留水で4倍希釈した後,遠心分離で沈殿を除去し,上清を0.03Mリン酸緩衝液(pH7.0)で平衡化した CM-トヨパールカラム(1×95cm)に供した.同緩衝液で十分に洗浄後,NaCl濃度を0 Mから0.35Mまで直線的に上昇させてタンパク質を溶出した.溶出時の流速は20ml/hで行い,溶出液は3mlずつフラクションコレクターで分取した.クロマトグラフィーで得られた画分は紫外吸収法でタンパク質を測定し,溶菌法で酵素活性を測定した.活性画分は蒸留水に透析後,凍結乾燥し,変異体 Y169Fの精製標品とした.なお,Y169Fの濃度はアミノ酸組成分析で決定した.

    3.SDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動 SDS -ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS -PAGE)は Laemmliらの方法にしたがって行った(34).ゲル濃度は12.5% で行った.分子マーカーは Bovine serum albumin(BSA)(M.W. 97000),Ovalbumin(M.W. 45000),OEL Wild type(M.W. 21000),HEL(M.W. 14000),を用いた.

    4.微量還元カルボキシメチル化  0.5mgの Y169Fを200μlの8M尿素と5.23mM EDTA

    を含む0.575Mトリス塩酸緩衝液(pH8.6)に溶解した.窒素ガス存在下,β-メルカプトエタノールを2.5μl加え,40℃で1時間還元した.その後,33.5mgのモノヨード酢酸を含む125μlの1M水酸化ナトリウムを加え,窒素ガス存在下,暗所中でカルボキシメチル化した(室温,30分).還元カルボキシメチル化(Cm-)Y169Fは10%酢酸で平衡化したセファデックス G-25カラム(ファルマシア製)に供し,試薬を除去した後,凍結乾燥した.

    5.アミノ酸組成分析およびN末端アミノ酸配列分析 試料0.1mgを小試験管に入れ,500μlの0.05%β-メルカプトエタノールを含む6M定沸点無鉄塩酸を加え,減圧下で封管後,110℃で24時間加水分解した.加水分解物は減圧乾固した後,200μlの0.02M塩酸に溶解し,L-8500A型アミノ酸分析計(日立製作所製)を用いて分析した.N末端アミノ酸配列分析は,自動シークエンサー PPSQ21(島津製)を用いて行った.

    6.円偏光二色性(CD)スペクトルの測定 CD ス ペ ク ト ル は JASCO J -600 Spectropolarimeter(日本分光製)を用いて測定した.0.01 M酢酸緩衝液(pH5.0)に0.15mg/mlになるように溶解した試料溶液を光路長0.5mmの円筒型石英セルに入れ,室温にて遠紫外部の200nmから250nmにおけるスペクトルを測定した.

    7.キチンコーティングセライトカラムを用いた基質親和性の測定

     キチンコーティングセライトカラムは,Yamadaらの方法にしたがって調製した (35).試料は約16mg/mlの濃度になるように0.01Mリン酸緩衝液(pH7.0)で調製し,キチンコーティングセライトカラムに10μlインジェクションした.タンパク質の溶出は,流速を0.5ml/minとし,80分間で0.01Mリン酸緩衝液(pH7.0)中,NaCl濃度を0Mから1Mまで直線的に上昇させて行い280nmの紫外吸収で検出した.なお,分析中はカラムを氷中につけ,カラムの温度が0℃になるようにした.

    8.活性測定(1)溶菌法 溶菌活性はMurNAcと GlcNAcの共重合体を細胞壁の構成成分とする Micrococcus luteus(シグマ製)の菌体粉末を基質として測定した(36).すなわち,基質溶液は菌体を0.1Mリン酸緩衝液(pH7.0)に懸濁し,540nmにおける濁度が0.9になるように調製した.反応は室温で基質溶液3mlに対し,酵素溶液を10~100μl加えて行い,

  • ─ 10 ─

    堀口貴広・川口裕也・河村俊介・荒木朋洋

    Fig. 2. Puri� cation of mutant Y169F by cation exchange chromatographies.A:The culture supernatant was applied to a column(4×15cm)of CM-Toyopearl equilibrated with 0.03M phosphate buffer, pH7.0. The chromatogram shows elution pro� le with 0.03M phosphate buffer containing 0.5M NaCl after washing the column with 0.03M phosphate buffer containing 0.1M NaCl.B:The fractions(22-36)exhibiting the lytic activity were further puri� ed on CM-Toyopearl column(1×95cm)in 0.03 M phosphate buffer, pH7.0. The chromatogram shows elution pro� le in 0.03M phosphate buffer with a liner gradient between 0 and 0.35M NaCl. The active fractions were pooled as indicated by the horizontal bars. The inserts show SDS-PAGE analyses of the fractions indicated.

    540nmにおける濁度の減少勾配から初速度を測定した.酵素単位は,室温で酵素溶液1mlが1分間に540nmにおける反応溶液の濁度を0.1減少させる活性の強さを1単位(1unit/ml)とした.(2)N-アセチルグルコサミン(GlcNAc)のオリゴマーに対する活性測定 酵素と基質は,それぞれ0.01M酢酸緩衝液(pH4.0)に溶解した.基質は GlcNAcの5量体(GlcNAc)5を用いた.酵素反応は酵素溶液と基質溶液をそれぞれ40℃で5分間プレインキュベーションした後,酵素溶液に基質溶液を加えることによって開始した.反応溶液中の酵素と(GlcNAc)5溶液の濃度はそれぞれ1×10-4 M,1×10-3

    Mに調製した.反応溶液は経時的に取り出し,急冷することで反応を停止し,さらに遠心式の限外ろ過と陽イオン交換樹脂 Bio-Rex70(Bio-Rad製)により酵素を除去した.すなわち,反応溶液200μlを40mgの Bio-Rex70を重層して-80℃に冷却した限外ろ過フィルター(Ultrafree-MC;分画分子量10000,ミリポア製)上にとり,反応を停止した.フィルター上の反応溶液は攪拌後,遠心分離(4500× gmax,2℃)を行い,酵素を除去した.次に洗浄のため,樹脂に高純度蒸留水90μlを加えて攪拌後,遠心分離し,この操作を2回繰り返した.得られた濾液は凍結乾燥を行った.凍結乾燥物は冷却した高純度蒸留水50μlに溶解し,10μlを TSK-GEL G-Oligo-PWカラム(東ソー製)を2本直列に装着した HPLCに供した.溶出は,高純度蒸留水を用い,室温,流速0.3ml/minで行った.GlcNAcのオリゴマーは220nmの紫外吸収で検出した.反応生成物の各オリゴマーの濃度はピーク面積を測定し,標準曲線から求めた.標準曲

    線は(GlcNAc)1から(GlcNAc)5までの標準試料を用い,濃度とピーク面積のプロットから作成した.

    9.変性剤グアニジン塩酸(GdnHCl)に対する熱力学的安定性

     GdnHClに対するリゾチームの安定性は,GdnHClの濃度変化に伴うタンパク質の蛍光強度の変化で測定した.試料溶液中,タンパク質濃度は0.015mg/ml, GdnHClは0.3~5Mになるように0.1M酢酸緩衝液(pH5.0)で調整した.タンパク質溶液0.2mlと GdnHCl溶液3.8mlを混合,30℃で1時間以上インキュベートした後,F-4500型蛍光分光光度計(日立製作所製)を用いて測定した.蛍光の測定は励起波長280nm,蛍光波長360nmの時間変化を測定した.測定値は N-アセチルトリプトファン溶液で補正後,GdnHCl濃度に対してプロットし ,変性曲線を作成した.変性過程が N(天然)状態と D(変性)状態のみからなる2状態変性と仮定し,タンパク質が半分変性する変性曲線の中点の変性剤濃度(Cm)および 変性剤非存在下での変性の自由エネルギー変化(⊿GDH2O)を Paceの方法にしたがって算出した(37).

    結果および考察

    1.変異体の発現とN末端アミノ酸配列分析 変異体 Y169Fは,培養液を遠心分離して菌体を除去した後,陽イオン交換樹脂である CM-トヨパールを用いた2段階のカラムクロマトグラフィーで精製した(Fig.2).その結果,Fig.2Bに示すように,溶菌活性を伴う単一なピークが得られ,SDS-PAGEで均一性を

  • ─ 11 ─

    グース型リゾチームの分子内コアに位置する Tyr169を Pheに置換した変異体の解析

    確認した.以上の精製過程における変異体 Y169Fの収量は,培地900mlあたり59mgであった.次に,シグナル配列の切断部位を調べるため,精製標品の N末端アミノ酸配列を自動シークエンサーで分析した.その結果,精製物の N末端配列は Ser-Arg-Thr-Gly-であり,予測された N末端配列と一致した.このことから,分泌発現のために必要なα-ファクターシグナル配列は正確にプロセシングされていることが確認できた.

    2.アミノ酸組成分析 OELは2本のジスルフィド結合(Cys4-Cys60およびCys18-Cys29)を有することから,まず精製した変異体Y169Fを還元剤存在下と非存在下で Cm化し,全アミノ酸組成分析を行った.その結果,Cm-Cysの数は還元

    条件下では3.9であり,非還元条件下では Cm-Cysは検出されなかった(data not shown).したがって,変異体Y169Fは野生型 OELと同様に2本のジスルフィド結合が形成されていると考えられた.また,変異体 Y169Fでは野生型 OELと比較して Tyrが1つ減少し,Pheが1つ増加していた.

    3.CDスペクトル 分泌発現した変異体 Y169Fがタンパク質合成後正しくフォールディングしたかを調べるために,タンパク質の主鎖構造の情報が得られる遠紫外部領域(200-250nm)の CDスペクトルを測定した.その結果,変異体 Y169Fの CDスペクトルは,野生型 OELとほとんど同一の CDスペクトルを示した(Fig.3).したがって,

    変異体 Y169Fは野生型 OELと同等の主鎖構造を持つことが示された.また , 変異体 Y169Fは正しい2本のジスルフィド結合が形成されていることが明らかとなった .

    4.基質親和性 OELは,活性の解析から GELと同様に6個の基質結合部位(B-G部位)が存在すると推定されている(29).我々は先に,OELの触媒基である Glu73に関する変異体を作製し,それらの基質結合部位の全体的な基質親和性を高分子基質であるキチンに対する結合力で評価する系

    を確立した(30).そこで変異体 Y169Fの基質親和性は,Glu73変異体と同様にキチンコーティングセライトカラム対する結合力で評価した(Fig.4).その結果,コントロールとして用いた BSAに対して変異体 Y169Fのリテンションタイムは50分であり,野生型 OELの溶出時間(48分)を1としたときの変異体の相対的結合力は1.07であった.GELは OELとのアミノ酸配列の相同性が83%であり,(GlcNAc)3との複合体の X線結晶構造では,Tyr169の側鎖が B-D部位に結合した(GlcNAc)3との結合に関与していないと報告されている(24).した

    Fig. 3. CD spectra of wild-type OEL and mutant Y169F in the far-ultraviolet region.

    Fig. 4. HPLC of wild-type OEL and mutant Y169F on a chitin-coated celite column (0.75×7.5cm). BSA was used as a control

  • ─ 12 ─

    堀口貴広・川口裕也・河村俊介・荒木朋洋

    Table 1. Parameters characterizing the GdnHCl denaturation at pH 5.0 and 30℃

    m Cm

    Cm

    GDH2O

    ∇∇

    GDH2O

    (kcal/mol・M) (M) (M) (kcal/mol) (kcal/mol)Wild type 5.48 2.21 - 12.11 -Y169F 5.56 2.05 -0.16 11.38 -0.73The m value is a measure of the dependence of

    GD on GdnHCl concentration.

    Fig. 5. Time course plots of(GlcNAc)5 degradation by wild-type OEL and mutant Y169F. Numerals in the � gures are the polymerization degree of the reaction product species.(GlcNAc)1,(GlcNAc)2,(GlcNAc)3,(GlcNAc)4 , and(GlcNAc)5 are indicated as ○ , □ , ▲ , △ , and ● ,

    respectively.

    Fig. 6. GdnHCl-induced unfolding curves of wild-type OEL and mutant Y169F obtained by � uorescence measurements.

    がって OELは GELと同様に Tyr169の Pheへの置換が B-G部位全体の基質親和性にほとんど影響しないと考えられた.

    5.酵素活性  変 異 体 Y169F の 活 性 は, 低 分 子 基 質 で あ る(GlcNAc)5を用いて反応生成物の経時的な変化で検討した.Fig.5に示すように,野生型 OELは基質5量体を約4時間で完全に分解し,反応時間とともに3量体と2量体の増加と1量体と4量体のわずかな増加が検出された.一方,変異体 Y169Fでは野生型 OELと同様の反応生成物のパターンを示したが , 反応速度が極端に遅くなり48時間の反応でも基質5量体は完全には分解され

    なかった . 変異体 Y169Fの CDスペクトルやキチンコーティングカラムへの結合力は野生型 OELとほぼ同じであることから,Tyr169の Pheへの置換は OELの触媒能自体を低下させたと考えられた.

    6.GdnHCl に対する安定性 我々は先に,野生型 OELの変性剤である GdnHClに対する変性過程が可逆的かつ2状態変性であることを報告した(30),そこで,変異体 Y169Fの GdnHClに対する構造安定性を熱力学的に評価し,野生型 OELと比較した.得られた変性曲線を Fig.6に,変性曲線から計算した熱力学的諸量を Table1に示した.その結果,野生型 OELの変性の中点濃度(Cm)が2.21Mであるのに

    対し , 変異体 Y169Fの Cmは2.05M(

    Cm=-0.16M)であった.また,野生型 OELと変異体 Y169Fの変性剤非存在下での変性の自由エネルギー変化の差(

    ∇∇

    GDH2O)は-0.73kcal/molであり,変異体 Y169Fの安定性は野生型 OELと比較して大きな変化は見られなかった.Fershtらは,チロシン tRNA合成酵素を用いた安定性の

    解析を行い,1本の水素結合の安定性への寄与が0.5~1.5kcal/molであることを報告した(38).今回測定した変異体 Y169Fの GdnHClに対する安定性(-0.73 kcal/mol)の低下は,Fershtらの結果とよく一致することから,Y169Fでみられた安定性の低下は Glu73-Tyr169間の水素結合の欠失に起因すると考えられた.

  • ─ 13 ─

    グース型リゾチームの分子内コアに位置する Tyr169を Pheに置換した変異体の解析

     以上の結果より,Tyr169の Pheへの置換は OELの触媒活性を大きく低下させることが明らかとなった . 変異体 Y169Fは,野生型 OELと比較して基質結合部位全体の基質親和性に大きな変化がなかったことから,Glu73-Tyr169間の水素結合の欠失によって触媒基である Glu73の側鎖の配向や Glu73の側鎖のカルボキシル基の脱プロトン化の効率が変化し,結果として変異体の触媒活性が低下したのではないかと考えられた.また,Tyr169はIle69,Ile70,Leu93,Met94,Gln95(Cβ,Cγ),Tyr147とともに,グース型リゾチームの触媒基である Glu73周辺の疎水的環境を構成していることから,今後は Tyr169を Ala,Leu,Trp等に置換した変異体の解析も行い,Tyr169の側鎖の芳香環の役割も明らかにする必要があると思われる.

    要   約

     グース型リゾチームの構造と機能を詳細に解析する一環として,ダチョウ卵白由来グース型リゾチーム(OEL)の触媒基 Glu73と水素結合を形成する Tyr169をPhe に置換した変異体を作製した.変異体 Y169Fの主鎖構造と基質親和性は,野生型 OELと比較してほとんど変化は見られなかった.しかしながら,変異体 Y169Fの低分子基質である(GlcNAc)5に対する触媒活性は大きく減少した.また,変異体 Y169Fのグアニジン塩酸(GdnHCl)に対する構造安定性は野生型 OELと比較して0.73kcal/mol減少した . これらの結果より,Tyr169は,その側鎖の水酸基を介した Glu73との水素結合によって触媒基の側鎖の配向を規定し,グース型リゾチームの活性発現に重要な役割をはたすことが強く示唆された.

    引 用 文 献

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  • ─ 14 ─

    堀口貴広・川口裕也・河村俊介・荒木朋洋

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  • ─ 15 ─

    オオルリシジミの分散と死亡要因東海大農紀要 30:15-20(2011)

    オオルリシジミの分散性と死亡要因における卵寄生蜂の評価

    村田浩平*・岩田眞木郎**

    Estimation of adult dispersal and egg parasitism in

    Shjimiaeoides divinus asonis(Matsumura)

    Kouhei MURATA and Makio IWATA

    (Received 4 October 2010;accepted 18 November 2010)

      Shijimiaeoides divinus asonis(Matsumura, 1929)(Lycaenidae, Lepidoptera)is one of the endangered butterflies occurring in Honshu and Kyushu. Evaluation of Trichogramma sp., egg parasitoid of this butterfly for death factors was

    surveyed in the grasslands of Mt. Aso, Kyushu. The lycaenid population size was estimated by capture-recapture method. The

    results obtained are summarized as follows:(1)On the southern face of Mt. Aso, the peak density of parasitized eggs occurred earlier than in other area.(2)The number of eggs parasitized by Trichogramma sp. increased in the later reproductive period of this butter� y.(3)Parasitism by Trichogramma sp. is one of important mortality factor in the small population of this butterfly.(4)There was evidence suggesting that the cannibalism in the larval stage would be one of important death factors when their density was increased on food plants(Sophora � avescens Ait.).(5)The S. divinus asonis adults may disperse within a limited area because the adults tended to remain within their emergence sites where they emerged

    and dispersal of � ying over Mt. Aso was not found. These results suggested that, in order to preserve the population of S.

    divinus asonis, more monitoring data are needed on the parasitism rate by Trichogramma sp. and the frequency of cannibalism

    among larvae.

    緒   言

     オオルリシジミ Shjimiaeoides divinus asonis (Matsumura, 1929)は,本州と九州に生息地が限られ,絶滅の危機に瀕している種として1991年に環境省により編纂されたレッドデータブックにおいて絶滅危惧Ⅰ類に分類されている(1).著者らはこれまでに本種の飛翔行動や訪花行動などの生態や分布を明らかにするとともに,本種の保護にとって野焼きや蜜源植物の保護などの環境管理が重要であることを明らかにしてきた(2-5).また,本種の個体数を変動させている重要な要因の1つとして,タマゴコバチ科の1種である卵寄生蜂 Trichogramma sp.による寄生があること,そして野焼き,放牧を継続するこ

    とでその寄生率を低い水準で維持できることも明らかにした(6).長野県安曇野市における本種の本州亜種である S. divinus barineの死亡要因の調査では,タマゴコバチ科のメアカタマゴバチ Trichogramma chilonisの高い寄生率が同地域において 本種の定着に大きな障害になっているという報告がある(7).  本研究は,全国的にも貴重な生息地となった阿蘇地域において,本種の卵寄生蜂の野外における生態を明らかにするとともに,同地域内の生息地ごとの寄生率の違いとオオルリシジミの生息個体数ならびに分散性との関係を明らかにするための資料を得ることを目的として実施したものである.

    *東海大学農学部応用植物科学科**東海大学阿蘇教養教育センター

  • ─ 16 ─

    村田浩平・岩田眞木郎

    材料および方法

    被寄生卵および未寄生卵数の推移 調査は,2008,2009年の2年間にわたり4月中旬から6月下旬にかけて10日以上間隔が空かないよう2008年は14回,2009年は15回実施した.調査地は,熊本県阿蘇市の生息地(a),南阿蘇村の生息地(b),高森町の2生息地(c),(d)の合計4ヶ所とした.なお,各調査地間の直線距離は,調査地(a)-(b),調査地(b)-(c),調査地(d)-(a)は,それぞれ内輪山を挟んで約6km,調査地(c)-(d)は内輪山を挟んで約3kmであった.調査は,(3)と同じ500mのルートセンサスのルートに沿った任意の25ヶ所の調査区について,各区とも任意のクララ2株を抽出し,合計50株の花穂に産下されたオオルリシジミの卵について被寄生卵数と未寄生卵数を記録した.寄生の有無は,ふ化前の卵については,未寄生卵が産卵直後の薄い緑色から白色で安定するのに対して,被寄生卵が灰白色になることから卵の色で判定するとともに,ふ化後の卵については,オオルリシジミがふ化した場合,脱出孔は卵上部に開口するのに対して寄生蜂では,脱出孔が卵側面に開口することからそれぞれ判断した.なお,近 縁 種 の ル リ シ ジ ミ Celastrina argiolus labonides(Linnaeus, 1758)の卵の表面の網目模様は,ルーペを用いて比較するとオオルリシジミに比べて入り組んでおりコントラストが強く見えるため,識別には,ル-ペを用いて卵の表面構造を比較することにより実施した.

    本種成虫の個体数の推移 調査は,2009年,2010年の2年間にわたり(3)と同じ10分間,500mのルート上で発見した本種成虫の個体数を記録するルートセンサス法を用いて毎回,10:00から13:00までの間に実施した.調査は,晴天の日を選び2009年は4月中旬から6月下旬までに14回,2010年は15回実施した.調査地は,前述の生息地(a)~(d)の合計4ヶ所とした.

    野外における本種のふ化率と終齢に達する幼虫数に関する実験 2010年5月11日から6月22日にかけて,阿蘇郡高森町の本種の生息地(c),(d)において本種がふ化後,幼虫の個体数を確認し,幼虫期間を通してネットをクララの花穂ごと覆った A区,花穂を何も覆わなかった B区,本種が産卵するのを確認後,卵期間のみクララの花穂をネットで覆いその後,ネットをはずした C区の3区をそれぞれ10個設定した.なお,花穂を覆ったネット(30

    ×15cm)には,捕虫網を加工したものを用いた.

    本種成虫の分散性の評価と生息個体数の推定 1回目の標識再捕調査は,2008年5月14日,15日,16日,17日の4日間,2回目の標識再捕調査は5月26日,27日,28日の3日間実施した.調査は,本種の羽化時間帯である午前5:30から午前7:30に生息地(d) において成虫を捕獲し,グンゼ産業製水溶性合成樹脂塗料で後翅裏面に標識後放飼し,翌日の同じ時間帯に標識個体と未標識個体を記録し,捕獲した個体には,前日とは異なる色の水溶性合成樹脂塗料で標識し再び放飼することにより実施した.なお,調査地(a),(b),(c)においてルートセンサス法による調査時に標識個体の有無を確認した.本種の密度については,Petersen法(8)により算出した.調査日の天候は,全ての調査日で晴れもしくは曇りであった.

    結   果

    被寄生卵および未寄生卵数の推移 未寄生卵数のピークは,調査地(a)では2008年が5月20日,2009年が5月16日,調査地(b)では,2009年には未寄生卵数,被寄生卵数ともに少ないものの,両調査年とも5月15日前後であった.調査地(c),(d)では,2008年が5月16日,2009年が5月20日であり,調査地(a),(c),(d)の未寄生卵数のピークは,ほぼ同時期であったが,調査地(b)の未寄生卵のピークは約5日早い傾向が見られた(Fig. 1). 一方,ピーク時の被寄生卵数は,両年とも調査地(d)が最も多かったものの,2008年の調査地(a),(d),2009年の調査地(a),(c),(d)では未寄生卵数が少なくなるオオルリシジミの産卵期間の後期(2008年は6月上旬以降,2009年は5月下旬以降)に被寄生卵数が未寄生卵数を上回る現象が見られた(Fig. 1).また,両調査年とも全ての調査地で未寄生卵数が増加した後,被寄生卵数が増加する傾向が認められた(Fig. 1).両年の気温,降水量を比較すると,2008年は2009年に比べて5月下旬以降の気温が高く,6月中旬以降の降水量が多かったものの,この両年の気象要因の違いと寄生蜂の発生消長との関係は明瞭ではなかった.

    本種成虫の個体数の推移 Fig. 2は,本種成虫の個体数の推移を示しており,ピーク時の個体数は調査地(d),(a),(b)の順に多く,調査地(c)では,両年とも本種成虫は確認できなかった.

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    オオルリシジミの分散と死亡要因

    Fig. 1 Seasonal changes of mean temperature, rainfall and egg of Shijimiaeoides divinus asonis. a- d: Study sites in the grasslands of Mt. Aso

    Fig. 2 Seasonal changes of the number of adults of Shijimiaeoides divinus asonis. a, b, d: Study sites of this butter� y in the grasslands of Mt. Aso

    また,両調査年とも各調査地ごとの発生消長は類似しており,調査地(a),(d)は,5月10日前後が発生のピーク,調査地(b)は,5月6日前後が発生のピークであった.

    野外における本種のふ化率と終齢に達する幼虫数 C区では,卵の自然死は見られず,花穂をネットで覆っているため卵寄生蜂による寄生も認められなかった.A,B区では,ほぼ同じ程度(15%前後)の卵寄生蜂によ

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    村田浩平・岩田眞木郎

    Fig. 3 Percent parasitism and physiological by dead or unfertilized eggs of Shijimiaeoides divinus asonis in a pasturage of Mt. Aso. A: Covered with net during a larvae stages, B: Non covered with net, C: Covered with net during an egg stage

    Fig. 4 Hatchability and the percentage of larval developed into the final instar in Shijimiaeoides divinus asonis in the field. A: Covered with net during a larvae stage, B: Non covered with net, C: Covered with net during an egg stage

    る寄生と卵の自然死(7%前後)が見られた(Fig. 3).C区では,ふ化率は100%で,終齢に達した幼虫の数も最も多くなる傾向が認められた.一方,幼虫期間を通し

    てネットで覆った A区では,共食いにより終齢に達する幼虫数は,3区の中で最も少なかった(Fig. 4).

    本種成虫の分散性の評価と生息個体数の推定 Table 1は,本種の標識再捕個体数を示している.1回目の標識再捕調査における初回の回収日である5月15日は,前日に標識後,放飼した標識個体150個体のうち20個体,2回目の回収日である5月16日には,5月14日の標識個体4個体,5月15日の標識個体3個体の標識個体合計7個体をそれぞれ捕獲することができた.3回目の回収日である5月17日には,標識個体はまったく得られなかった.2回目の標識再捕調査は,5月26日に84個体標識し,1回目の回収日である5月27日には,5月14日の標識個体2個体が得られ,2回目の回収日である5月28日には,5月27日の標識個体6個体が得られた.なお,標識個体が他の調査地で得られることはなかった.これらの結果を基に本種の生息個体数を Petersen法により推定すると,5月15日の調査地(d)における本種の推定生息数は,1,320個体,5月16日は,4,853個体,5月27日は,1,806個体,5月28日は,659個体となった.

    考   察

    卵寄生蜂の寄生率の推移 未寄生卵数の推移は,調査地(a),(c),(d)ではほぼ同時期であったが,調査地(b)では,他の3調査地に比べて約5日,未寄生卵数のピークが早かった(Fig. 1).これは,調査地(b)が南向きの斜面に位置してい

    るため,他の調査地に比較して温暖であったためと考えられる.このことにより,生息地の地形が本種の産卵行動に影響している可能性が示唆された.また,2008年の調査地(a),(d),2009年の調査地(a),(c),(d)では未寄生卵数が少なくなるオオルリシジミの産卵期間の後期に被寄生卵数が未寄生卵数を上回る現象が認められたことから,タマゴコバチ科の1種 Trichogramma sp.は,オオルリシジミの産卵期間後期の卵に対して,前期に産下された卵に比較してより高い死亡率を与えていると考えられる.

    本種の死亡要因における卵寄生蜂の評価 本種の天敵としては,阿蘇地域から6科7種のクモと3目3科3種の昆虫,1種の昆虫寄生菌が知られている(6,9).また,クモと本種の個体数の推移を比較し,クモは本種の個体群密度に影響を及ぼすほどの捕食圧を及ぼしている可能性は低いことを指摘している(9).さらに,タマゴコバチ科の1種 Trichogramma sp.について(5)は,オオルリシジミの個体数を減少させる要因の1つになっていることを指摘した.本研究からも,幼虫期間を通してネットをクララの花穂ごと覆った A区,花穂を何も覆わなかった B区でタマゴコバチ科の1種による寄生が15%前後あり,卵期間のみクララの花穂をネットで覆いその後,ネットをはずした C区では,寄生が認められず,終齢に達した幼虫の数も最も多くなる

  • ─ 19 ─

    オオルリシジミの分散と死亡要因

    Table 1. Release and capture record of Shijimiaeoides divinus asonis in 2008.

    Date (released) Date (recaptured)

    14, May 15, May 16, May 17, May 26, May 27, May 28, May

    2008, 14, May - 20 4 0 - 2 0

       15, May 3 0 2 0

       16, May 0 0 0

       17, May 0 0

    2008, 27, May 6

       28, May 0

       29, May

    No. of individuals captured 150 176 193 166 84 88 46

    No. of individuals recaptured - 20 7 0 4 6

    No. of non-marked 150 156 186 166 84 84 40

    No. of individuals released 150 176 193 166 84 88 46

    傾向が見られたことは,タマゴコバチ科の1種がオオルリシジミの卵の死亡要因として重要であることを示唆している.しかしながら,Fig. 1の調査地(d)のように,本種の未寄生卵数が多かった2008年,少なかった2009年ともにその翌年は,Fig. 2に示すように成虫の個体数が多くなったことから,本種の未寄生卵数は翌年の成虫の発生数に対する大きな影響は無いと考えられる.しかし,調査地(a),(b),(c)など本種の生息数が少ない生息地では,未寄生卵数が少ないため,卵寄生蜂による寄生は,次年度の本種の発生に影響するのではないだろうか.このことから,この卵寄生蜂のオオルシシジミ個体群に対する制御作用は,密度逆依存的であるのではないかと推察される. 一方,(10)は,オオルリシジミの幼虫を飼育すると共食いが激しいと述べているが,本調査においても幼虫期間を通してネットで覆った A区では,餌資源としてのクララの花芽をめぐる競争のためか共食いにより終齢に達する幼虫数が3区の中で最も少ないことが確認された(Fig. 4).(11)は,長野県において本種の蛹放飼による定着化を成功させているが,幼虫を放飼した場合は定着が難しいようであり,本研究結果からも幼虫の共食いの影響も発生数減少の要因の1つとして考えられる.

    本種の分散能力の評価と生息個体数の推定 本種の1回目の標識再捕法における再捕率は,1日後では,11.4%であったが,3日目には再捕率0%となった.また,その後,2週間ほどして標識個体がえられていること(Table 1)などから,本種は,生息地に留まる傾向があると考えられる.一方で,本種は,3日目以降

    は,標識した調査地から見られなくなることから,周辺地へ分散すると考えられるが,他の調査地で標識個体が得られていないことから,標高1,000m以上の内輪山を越えて移動もしくは分散することは,通常の気象条件では起こりにくいのではないだろうか.また,各調査地間の距離は3~6kmであり,阿蘇山のように地形が複雑な地域では一定の方向性をもって2~3日でこの距離を移動もしくは分散することも通常は起こりにくいのかもしれない. 本種の生息個体数は,ほぼ本種の個体数のピーク時にあたる5月16日においても4,853個体であり,生息数は多いとはいえないことが推定されたことから,不法採集などの採集圧がかかった場合,本種個体群に大きなダメージを及ぼす可能性があろう.  これらのことから,本種のピークの個体数は,生息地ごとに差があるが,本種の成虫は,羽化した場所付近に留まる傾向が見られた.また,阿蘇内輪山を超える分散は確認できなかったことから,本種を保護していく上で生息数が少ない生息地の保護は重要である.特に,オオルリシジミの産卵期間後期に産下された卵に高率で寄生し,本種の産卵期間後期の卵に対して高い死亡率を与えているタマゴコバチ科の1種は,オオルリシジミの生息数が少ない場合,天敵としてその発生数に大きな影響を及ぼしている可能性が示唆されたことから,今後は,Trichogramma sp. の寄生率の推移をモニタリングすることが重要と思われる.また,本種の生息数が多い生息地では,クララ上での幼虫の共食いの頻度に関する詳細な調査が必要であると考えている.

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    村田浩平・岩田眞木郎

    要   約

     オオルリシジミは,本州と九州に生息地が限られ,絶滅の危機に瀕している種として環境省により絶滅危惧Ⅰ類に分類されているチョウである.本研究では,本種の貴重な生息地となった阿蘇地域においてその卵寄生蜂であるタマゴコバチ科の1種 Trichogramma sp.の生息地ごとの寄生率の違いとオオルリシジミの生息数ならびに分散性との関係を明らかにするための資料を得ることを目的として実施し次のような結果を得た.なお,本種の個体数推定には,標識再捕法を用いた.(1) 南向きの斜面の本種の生息地における卵寄生蜂の寄生のピークは,他の方位の斜面の生息地よりも早かった.(2) 本種の卵死亡率は産卵期間後期に高くなった.(3) Trichogramma sp. は,オオルリシジミの個体数が多い生息地では翌年の発生に大きな影響を及ぼさないが,オオルリシジミの生息数が少ない生息地では重要な天敵の1つであることが示唆された.(4) 本種の幼虫期における共食いは,クララの花穂上における本種幼虫の密度が高くなった場合,本種の重要な死亡要因の1つである可能性が示唆された.(5) 本種の成虫は,羽化した場所付近に留まる傾向が見られ,阿蘇内輪山を越える分散は確認できなかった.これらのことから,本種個体群を維持していくためには,Trichogramma sp. の寄生率の推移をモニタリングすることならびに本種の共食いの頻度に関する詳細な調査が必要であることが示唆された.

    謝   辞

     調査を遂行するにあたり御協力をいただいた熊本県,阿蘇市,南阿蘇村,高森町の皆様に対し感謝の意を表す

    るとともに,有意義な御助言を賜った恩師野原啓吾博士に対して深謝の意を表する.また,タマゴコバチ科の同定を賜ったウクライナ National Ukrainian Academy of Sciences の Dr. Victor Fursovおよび同定依頼の便宜をおはかり戴いた農業環境技術研究所の安田耕司博士に対しても深く感謝する.阿蘇町の生息地における降水量,気温については,生息地にもっとも近い気象庁阿蘇乙姫測候所の観測記録を利用させていただいた.本研究は,東海大学総合研究機構の助成によりまとめることができた.ここに深く感謝の意を表する.

    引用文献

    1)環境省,1991,環境省,東京,271.2)村田浩平・野原啓吾,1993,日本産蝶類の衰亡と保

    護 第2集.やどりが(特別号):151-159.3)村田浩平・野原啓吾・阿部正喜,1998,昆蟲,1(1): 21-33.

    4)村田浩平・野原啓吾,2001,蝶と蛾,52(4): 265-276.

    5)Kouhei Murata, Chinobu Okamoto, Asana Matsuura and Makio Iwata 2008,Trans. Lipid. Soc. Japan, 59(3):251-259.

    6)村田浩平・野原啓吾,2003,昆蟲,6(2):89-99.7)中村寛志・平林純之介・江田慧子,2009,日本産蝶

    類の衰亡と保護 第6集:33-38.8) 伊藤嘉昭,1992,蒼樹書房,東京,416-422.9)村田浩平・野原啓吾,2005,昆蟲,8(3):79-90.10)鳩山邦夫,1996,講談社,東京,263-288.11)浜 栄一,2007,昆虫と自然 , 42(7),27-31.

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    メロンがんしゅ病菌ファージの検出と性質東海大農紀要 30:21-28(2011)

    メロンがんしゅ病菌(Streptomyces sp.)に対するアクチノファージの検出とその性質

    藤木圭太・吉田政博

    Detection and Properties of Actinophages Parasitic to Streptomyces sp. Causing Root Tumor of Melon.

    Keita FUJIKI and Masahiro YOSHIDA

    (Received 4 October 2010;accepted 6 December 2010)

     An attempt was made to isolate actinophage(phage, hereafter)that infects the Streptomyces sp. causing root tumor of melon in order to con� rm its presence and study its characteristics in host selectivity and adsorption. An enrichment culture

    method was used to isolate 21 strains of the phage divided into four types by the shape of plaque from three soil samples with the viable pathogen. These phage isolates showed no clear differentiation in parasitism to different strains of the pathogen. The

    phage isolates also infected several species of genus Streptomyces that is the pathogen of potato scab, exhibiting low host

    selectivity. Adsorption characteristics were also studied with six isolates of the phage that were isolated from different sources

    and different in plaque type. The phage strains were tolerant to chloroform above 1% and to heat at 50°C for 10 minutes. Adsorption also varied by temperature, with the optimum at 28°C. The spore of the pathogen was a better adsorbing host for the phage isolates than the mycelium of the pathogen; the former showed about 100 times as high a titer as the latter. Cations added to the culture medium affected adsorption. Although the optimal concentration of Mg2+ was 0.5 mM for the adsorption of all the phage isolates, the optimal concentration of Ca2+ varied among the phage isolates. A one-step growth experiment

    revealed that the incubation period of the phage isolates was 170-200 minutes and the subsequent multiplication cycle was 150-210 minutes. The phage isolates showed no major differences in the characteristics and were judged to be limited in diversity. These results suggest that the phage is low in the availability of speci� c detection for the Streptomyces sp. causing

    root tumor of melon, but is expected to be used as biological control agents for plant pathogenic Streptomyces spp.

    緒 言

     バクテリオファージ(以下,ファージ)は,細菌に感染するウイルスとして知られており,その感染性は極めて選択性が高く,特定の細菌を宿主として増殖,溶菌を行う特徴を持っている(1).そのため,これらの種特異性を利用して,細菌病害の生態研究や防除を目的とした研究が行われている(2-8). このうち,放線菌に寄生性を示すファージは特にアクチノファージ(以下,ファージ)と呼称されている.代表的な植物病原放線菌であるジャガイモそうか病菌(Streptomyces scabies)で

    もその存在が報告されており(9),病気の生態や病原菌検出への利用性が検討されている(10-14).また,McKenna et al.(15)は,ジャガイモそうか病菌を用いて分離した polyvalentファージを利用した種イモ消毒による生物防除について報告している. 一方,ウリ類に発生する放線菌病としてメロンがんしゅ病が報告されている(16,17).本病は1982年に熊本県で初めて発生が確認され(16),その後,我が国のメロン産地のみならずコスタリカ共和国でも発生している(18).本病の症状は根部にこぶ組織を形成し,根こぶ線虫病や他の増生病との区別が難しく,また土壌中からの病原菌の分離や定量が非常に困難とされている.さらに,病原菌がメロン以外のウリ科作物へ広く寄生性を東海大学農学部バイオサイエンス学科

  • ─ 22 ─

    藤木圭太・吉田政博

    有することや(19),連作や圃場の固定化による土壌微生物相の単純化などが発生の誘因と考えられていることから(20),今後の栽培様式の多様化に伴い,さらなる発生の拡大が懸念される. したがって,本病の防除には,土壌中の病原菌の動態を把握し,病原放線菌の生態解明が必要とされており,発生を予測し,回避するための迅速な土壌診断法と菌の検出法の確立が求められる.その手法の一つとしてファージの利用が考えられる.しかし,これまでに本病原菌のファージの存在は確認されていない. そこで,本研究では,メロンがんしゅ病菌の検出・定量法,および生物防除資材としてのファージ利用の可能性を検討するために,本菌に対するファージの分離を試みた結果,その存在を確認するとともに,分離ファージ株の寄生性と安定性および吸着性に関わる諸性質について調べたので,その概要を報告する.

    材料および方法

    1.ファージの分離 分離源には,東海大学農学部植物病理学研究室で保存(ガラス温室内で年2~3作のメロン栽培を実施して維持)しているメロンがんしゅ病発生歴がある33地点の土壌を,メロン(品種:健脚)の栽培試験(60日間)による発病の有無を確認後供試した. ファージの宿主となる指示菌のがんしゅ病菌(Streptomyces sp.)として,当研究室保存の B-9-1株(17)を用い,イースト・スターチ寒天培地(以下,YSA培地)上に形成された胞子を滅菌水に懸濁して,1.0×107cfu/mlの胞子懸濁液(21)を作製した. ファージの分離は,土壌の懸濁液を検出液として直接分離する Robinson and Corke(22)の方法(以下,常法),および土壌と指示菌との混合液を予め培養した培養液を検出液として分離する Dowding(23)の方法(以下,集積培養法)により実施した.両方法とも1gの土壌を用い,西脇ら(11)の方法を改変し,シャーレ中のグルコース・アスパラギン寒天培地(以下,GAA培地)上で1 mlの胞子懸濁液と100μlの検出液とを混合し,さらに約50℃の3mlのイースト・麦芽軟寒天培地(以下,SYMA培地)を加えて重層して固化させた.培地は28℃,3日間培養後,溶菌斑の形成を確認した.溶菌斑は形状に基づいて4つのタイプに分類し,純化操作を2回繰り返した.最終的に得られた単溶菌斑を1mlの SMバッファー(24)に浸漬後,宿主菌体を除去するために0.45μmのミリポアフィルターでろ過し,純粋ファージ

    株の懸濁液として5℃で保存した.2.力価測定 ファージ液の濃度は力価(plaque forming units / ml,以下,pfu/ml)で表した.シャーレ中の GAA培地上で100μlのファージ希釈液と1mlの指示菌胞子懸濁液(1×107cfu/ml)および3mlの SYMA培地とを混合し,28℃,3日間培養後,形成された溶菌斑数から算出した.3.ファージの宿主選択性 (1)供試ファージ株と供試菌株:ファージ株として,本試験で分離した全21株を供試した.がんしゅ病菌の異なった菌株に対する寄生性の検定には,当研究室保存の来歴の異なる22菌株(Table 1)を用いた.Streptomyces属菌に対する検定には,植物病原菌であるジャガイモそうか病菌の2種(S. scabies, S. acidiscabies)4菌株,サツマイモ立枯病菌(S. ipomoeae)2菌株,および非病原菌として,メロンがんしゅ病菌と16S-rRNAの塩基配列で高い相同性を持つ(Yoshida et al. 未発表)2種(S. indigocolor, S. cyaneus)2菌株,形態的特徴が類似する(16)1種(S. paradoxus)1菌株,および一般の放線菌として1種(S. violaceoruber = S. coelicolor A3(2))1菌株の合計7種10菌株を用いた(Table 2). (2)寄生性の検定:指示菌の胞子懸濁液(1×107cfu/ml)は,前項と同じ方法で調製した.ファージ液は力価を1×106pfu/mlに調整した.試験は Drop Method(25)に準じ,シャーレ中の GAA培地上に1mlの指示菌の胞子懸濁液を含む SYMA培地を重層後,この培地上に20 μlのファージ液を滴下した.28℃,3日間培養後,溶菌斑の形成状況を調査した. 溶菌斑による寄生性の程度は,溶菌斑内に指示菌の菌そうが見られない(++),溶菌斑内に一部菌そうが見られる(+),溶菌斑を形成しない(-),で評価した.4.ファージの安定性と吸着性における性質 (1)供試ファージ株と供試菌株:ファージ株は,異なった分離源と溶菌斑タイプから,大型(1mm以上)の溶菌斑形成株としてφ21LS-1,φ33LS-1,φ31LR-1,および小型(1mm未満)の溶菌斑形成株としてφ21SS-1,φ33SS-1,φ31SR-1の合計6株を用いた.指示菌はメロンがんしゅ病菌 B-9-1株とし,同様に調製した. (2)クロロホルム耐性試験:ファージ液(1×105 pfu/ml)を1.5 mlのエッペンドルフチューブに分取し,これに最終濃度が0,0.5,0.75,1.0%(v/v)となるようにクロロホルムを添加して撹拌後,28℃で30分間静置して処理した.処理後のファージ液は Drop Method(25)による溶菌斑形成の有無を調べ,クロロホルム耐性濃度を調査した.また,がんしゅ病菌に対するクロロホルムの殺

  • ─ 23 ─

    メロンがんしゅ病菌ファージの検出と性質

    菌効果についても検討した.すなわち,胞子懸濁液を用いて同様に処理後,YSA培地に接種して3日間培養し,生存の有無を調べた. (3)耐熱性試験:ファージ液(1×104pfu/ml)を試験管に分取し,各種温度に設定したウォーターバス中で10分間加熱処理した.処理後に力価を調べ,無処理(28℃)に対する溶菌斑形成割合(%)を算出した.処理温度は40℃,50℃,55℃,60℃とした. (4)吸着時温度の試験:力価測定法に準じて,胞子懸濁液と希釈ファージ液を混合した平板培地を23℃,28℃,33℃,38℃で3日間培養後,出現した溶菌斑数を計測した. (5)指示菌体の違いによる影響試験:指示菌に用いる菌糸体は ,イースト・グルコース液体培地で28℃,3日間振とう培養した菌糸体を遠心集菌し,10倍量(v/w)の滅菌水を加え,テフロンホモジナイザーで磨砕した菌糸懸濁液(約107cfu/ml)を調製した.胞子体は前述と同様に調製した胞子懸濁液(21)を使用した. まず,シャーレ中の GAA培地上に1mlの菌糸懸濁液,あるいは胞子懸濁液を SYMA培地で重層し,Drop Method(25)により溶菌斑形成の有無とその性状を調べた.さらに,菌糸体,あるいは胞子体を指示菌体としてファージ液の力価測定を行い,両指示菌体に対する吸着性の程度を比較した. (6)陽イオンの影響試験:各種濃度の陽イオン添加GAA培地を用いて力価の測定を行い,陽イオン濃度と吸着性との関係を調べた.陽イオンはMg2+と Ca2+とし,硫酸マグネシウムと硝酸カルシウムをそれぞれ用いて,培地中の最終濃度が0,0.5,1.0,1.5,2.0,2.5 mMになるように添加した. (7)一段増殖実験: Dowding(23)の方法に準じて行った.10 mlの DNB培地(Difco Nutrient Broth 2g, 蒸留水 250 ml)に1mlの指示菌の胞子懸濁液(1×107cfu/ml)を加え,28℃,5時間振とう(120 str/min)した.これに1mlのファージ液(1×106pfu/ml)を加え撹拌後,28℃,20分間静置した.静置後,この液から10 mlを分取し,0.45μmのメンブランフィルターユニットでろ過した.さらに,フィルター上に10 mlの DNB培地を注いでフィルターを洗浄した.フィルターはユニットから取りはずし,50 mlのDNB培地中で撹拌して,フィルター表面のファージ吸着菌体(感染中心)を懸濁させ,ファージ培養液を作製した. ファージ培養液は28℃で静置培養し,培養開始時(吸着後20分)から経時的に力価測定法により培養液中のファージ数の推移を調べた.

    結   果

    1.ファージの検出 供試土壌の栽培試験の結果,メロンがんしゅ病の発病は4地点の土壌において確認された. ファージの分離の結果,常法では供試したすべての土壌で検出できなかった.一方,集積培養法では,33地点の土壌中でがんしゅ病の発病が確認された4土壌のうち3土壌(土壌番号21,31,33)において,溶菌斑の形成が認められ,がんしゅ病菌ファージを検出することができた(Fig.1).

     形成溶菌斑は,大きさと輪郭において形状が異なるものが認められた.したがって,それらの特徴から大きさを1mm以上(Large)と1mm未満(Small)に分け,さらにその輪郭を鮮明(Sharp)と粗雑(Rough)に類別し,4タイプ(LS:大型・鮮明,LR:大型・粗雑,SS:小型・鮮明,SR:小型・粗雑)の溶菌斑を形成する合計21株のファージ株が分離された.なお,ファージ株のφ以下の記号を,分離源土壌番号,溶菌斑タイプ,株番号として表示した.2.宿主選択性 がんしゅ病菌株に対する寄生性検定では,形成溶菌斑中に指示菌の菌そうが認められないものと,認められるものが見られた(Table 1).よって,前者は寄生性が強く,後者は前者よりも寄生性が弱いと判断した. ファージ株は来歴の異なるがんしゅ病菌株に対して広く寄生性を有し,特に CB-系統の菌株に対しては全ファージ株が強い寄生性を示した.また,21株中10株のファージでは供試したすべてのがんしゅ病菌株に対して寄生性を示したが,その他の11株ではそれぞれ1~4菌株のがんしゅ病菌に対する寄生性は認められなかった.さらに,溶菌斑タイプ別に見ると,LS,SSタイプのファージ株は寄生性が強く,LR,SRタイプでは寄生性が弱い

    Fig. 1. Plaques produced by actinophages on pathogenic Streptomyces sp. B-9-1 causing root tumor of melon.

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    藤木圭太・吉田政博

    3.クロロホルム耐性 供試した6株の全ファージで,クロロホルム1%処理においても溶菌斑を形成し,不活化しなかった.また,それらの溶菌斑中には指示菌の菌そうは認められなかった.一方,がんしゅ病菌に対しては,0.75%以上の濃度で高い殺菌効果が認められた.4.耐熱性 ファージ液は加熱処理後の力価測定の結果,全ファージ株とも処理温度の上昇にしたがって形成溶菌斑数は減少した(Fig.2).すなわち,40℃処理から溶菌斑形成割合の低下が始まり,55℃処理ではすべての株で溶菌斑が形成されなかった.ファージ株によって不活化の程度に

    Fig. 2. Plaque forming ratio of actinophage isolates treated with different temperatures on Streptomyces sp. B-9-1.

    傾向であった. がんしゅ病菌以外の Streptomyces属菌7種10菌株に対する分離ファージ株の寄生性検定の結果,全ファージ株でがんしゅ病菌の近縁種とジャガイモそうか病菌2種に対する寄生性が認められた(Table 2).さらに,φ31系

    統の4株のファージはサツマイモ立枯病菌の1株にも寄生性が認められ,φ21,φ33系統のファージ株よりさらに広い宿主範囲を有していた.一方,φ21LS-1とφ21LS-2は S. violaceoruberに対して寄生性を示さなかった.

    Table 1. Host selectivity of actinophage isolates to different isolates of Streptomyces sp. causing root tumor of melon

    Hostsisolates

    Actinophage isolatesa)φ21 φ31 φ33

    LS-1 LS-2 LS-3 LS-4 LS-5 LS-6 LS-7 SS-1 SS-2 SS-3 SS-4 SS-5 LR-1 LR-2 SR-1 SR-2 LS-1 LS-2 LS-3 SS-1 SS-2B-9-1 ++b) ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++ + + + + ++ ++ ++ + +B-7-2 + + + ++ ++ ++ + + + + + + + + + + + - - - -OTP-3-1 ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++KM-1-1 + + ++ ++ ++ ++ - - - ++ ++ ++ - + - + + + - - -Cu-3-1 + + + + ++ + + + + + + + + + + + + + + ++ ++A-1 + + + ++ ++ ++ + + + ++ ++ + + + + + + + + + +A-3 + + ++ ++ ++ ++ + + + + + + + + + + + + + + +FS-20 + + ++ + ++ ++ + + + + + + + + + + + - - - -FS-25 + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + +FS-26 + ++ ++ ++ + + ++ ++ + ++ + + + + + + + ++ ++ ++ ++FS-27 + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + +FS-28 + + ++ ++ ++ + + + ++ ++ ++ + + + + + + + - - -FS-21 - - ++ ++ ++ ++ + - - + + + - + + + + + ++ ++ ++FS-32 + + + + ++ ++ + + + + + + + + + + ++ + + ++ ++KS-22 + + + + ++ ++ + + + + + + + + - + + + + + +T-6 + + ++ + ++ ++ + ++ ++ ++ + + + + + + ++ ++ ++ ++ ++T-23 ++ ++ ++ ++ + + ++ + + ++ ++ ++ + + + + ++ ++ + + +CB-1-1 ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++CB-2-1 ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++ + ++ + + ++ ++ ++ ++CB-3-1 ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++CB-4-1 ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++CB-5-4 ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++a)The signs followingφ showed isolation soil number, plaque types (LS: large and sharp, LR: large and rough, SS: small and sharp, SR: small and rough) and isolated number, respectively.b)Plaque formation by Drop Method(25). ++: not formed host colonies in plaques, +: some host colonies were formed in plaques, - : no plaques.

    Table 2. Host range of actinophage isolates within plant pathogenic and nonpathogenic Streptomyces spp.

    HostsActinophage isolatesa)

    φ21 φ-31 φ-33LS-1 LS-2 LS-3 LS-4 LS-5 LS-6 LS-7 SS-1 SS-2 SS-3 SS-4 SS-5 LR-1 LR-2 SR-1 SR-2 LS-1 LS-2 LS-3 SS-1 SS-2

    S. scabies SH-12 +b) + ++ + + ++ + + ++ + ++ ++ + + + + ++ ++ + + +S. scabies S-322 + + + ++ + ++ + + + ++ ++ ++ + + + + ++ ++ + + +S. acidiscabies S-72 + + + ++ + + ++ + + ++ ++ ++ + + + - ++ ++ + ++ ++S. acidiscabies S-173 + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + +S. ipomoeae MAFF 225057 - - - - - - - - - - - - + + + + - - - - -S. ipomoeae MAFF 304021 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -S. cyaneus JCM 4220 ++ ++ ++ + + + + + ++ + + + + + + + + + + + +S. indigocolor JCM 4774 + + ++ + ++ ++ ++ ++ ++ ++ + + + + + + + + ++ ++ +S. paradoxus JCM 3052 + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + +S. violaceoruber NBRC 15146 - - + + + + + + + + + + + + + + + + + + +a), b)See Table 1.

  • ─ 25 ─

    メロンがんしゅ病菌ファージの検出と性質

    は若干の差はあるが,耐熱温度は全株とも50℃,10分であった.5.吸着時温度 形成溶菌斑数は,すべてのファージ株で28℃が最も多く,次いで33℃,23℃の順であった(Fig.3