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構造生物 Vol.No.2003 10 月発行 微小重力環境を利用した蛋白質結晶化実験 高橋 幸子 1) ・田仲 広明 1,3) ・伊中 浩治 2) ・杉山 2) 佐野 3) ・本原 守利 3) ・佐藤 3,4) 1) ( ) 宇宙環境利用推進センター・ 2) ㈱丸和栄養食品 3) 宇宙開発事業団・ 4) ( ) 高輝度光科学研究センター Protein Crystallization Experiment in Microgravity Environment Sachiko Takahashi, 1) Hiroaki Tanaka, 1,3) Koji Inaka, 2) Shigeru Sugiyama, 2) Satoshi Sano, 3) Moritoshi Motohara, 3) and Masaru Sato 3,4) 1) Japan Space Utilization Promotion Center 2) Maruwa Food Industries, Inc. 3) National Space Development Agency of JAPAN 4) Japan Synchrotron Radiation Research Center Microgravity environment is known to provide ideal diffusive conditions for protein crystallization 1) . However it has not been widely developed yet because flight opportunities were limited and irregular and applications were too complicated. To overcome these problems and to promote the microgravity experiments, NASDA launches the protein crystallization experiments twice a year for three years from February 2003 using Russian Service Module of International Space Station (ISS). NASDA provides the facilities, Granada Crystallization Box (GCB), which is designed as a passive, light, inexpensive and high-density experimental device for protein crystallization inside capillaries by counter-diffusion technique, developed by García-Ruiz 2) . The first 46 protein samples came back from ISS in early May, 2003. Although large part of the data processing are still undergoing, we found out that there were 9 protein samples out of 29 samples improved their crystallizability. In this paper, we report the crystallization of alpha-Amylase as a model protein for demonstrating the performance of the protein crystallization method. Alpha-Amylase is easily available and is supposed to be a representative of many significant proteins for its molecular weight and biochemical characteristics. Crystallization of alpha-Amylase was carried out with the condition of 90 mg/ml protein, 40% (w/v) PEG 8000, 2mM CaCl 2 , and 50mM Tris-HCl pH 7.5 at 20°C under microgravity for 13 weeks in NASDA-GCF#1 mission in 2003. The major problem of the crystallization of alpha-Amylase on the ground using PEG as a precipitant is the highly

Protein Crystallization Experiment in Microgravity EnvironmentCrystallization of alpha-Amylase was carried out with the condition of 90 mg/ml protein, 40% (w/v) PEG 8000, 2mM CaCl

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  • 構造生物 Vol.9 No.2 2003年 10月発行

    微小重力環境を利用した蛋白質結晶化実験 高橋 幸子 1)・田仲 広明 1,3 )・伊中 浩治 2)・杉山 成 2)

    佐野 智 3)・本原 守利 3)・佐藤 勝 3,4 )

    1) (財 )宇宙環境利用推進センター・2) ㈱丸和栄養食品 3) 宇宙開発事業団・ 4) (財 )高輝度光科学研究センター

    Protein Crystallization Experiment in Microgravity Environment Sachiko Takahashi, 1) Hiroaki Tanaka, 1,3 ) Koji Inaka, 2) Shigeru Sugiyama, 2)

    Satoshi Sano, 3) Moritoshi Motohara, 3) and Masaru Sato 3,4 )

    1) Japan Space Utilization Promotion Center 2) Maruwa Food Industries, Inc.

    3) National Space Development Agency of JAPAN 4) Japan Synchrotron Radiation Research Center

    Microgravity environment is known to provide ideal diffusive

    conditions for protein crystallization 1) . However it has not been widely developed yet because flight opportunities were limited and irregular and applications were too complicated. To overcome these problems and to promote the microgravity experiments, NASDA launches the protein crystallization experiments twice a year for three years from February 2003 using Russian Service Module of International Space Station (ISS). NASDA provides the facilities, Granada Crystallization Box (GCB), which is designed as a passive, light, inexpensive and high-density experimental device for protein crystallization inside capillaries by counter-diffusion technique, developed by García-Ruiz 2) .

    The first 46 protein samples came back from ISS in early May, 2003. Although large part of the data processing are still undergoing, we found out that there were 9 protein samples out of 29 samples improved their crystallizability.

    In this paper, we report the crystallization of alpha-Amylase as a model protein for demonstrating the performance of the protein crystallization method. Alpha-Amylase is easily available and is supposed to be a representative of many significant proteins for its molecular weight and biochemical characteristics. Crystallization of alpha-Amylase was carried out with the condition of 90 mg/ml protein, 40% (w/v) PEG 8000, 2mM CaCl 2 , and 50mM Tris-HCl pH 7.5 at 20°C under microgravity for 13 weeks in NASDA-GCF#1 mission in 2003. The major problem of the crystallization of alpha-Amylase on the ground using PEG as a precipitant is the highly

  • 構造生物 Vol.9 No.2 2003年 10月発行

    clustered morphology, which causes difficulties to obtain fine crystal for the diffraction analysis on the ground experiment.

    We found out that the microgravity experiments can overcome these problems and obtained fine single alpha-Amylase crystal with beyond 0.89Å resolution. We analyzed the microgravity effect numerically.

    1.はじめに

    蛋白質や核酸などの生体高分子化合物の立体構造に関する情報は、生体内での化

    学反応を理解する上で必要不可欠である。また近年、特に製薬の分野においては、

    分子の立体構造を元にした創薬 (SBDD)のための構造解析の需要が高まっている。現在、高分子化合物を原子レベルで構造解析する手段として、核磁気共鳴 (NMR)と結晶の X 線回折が用いられているが、分子量数万以上の生体高分子には X 線回折が主力であり、そのためにはディスオーダーの少ない単結晶の取得が必須となる。 良質な単結晶を生成するには、これまでのところ経験に裏打ちされた試行錯誤が

    必要とされているが、なかなか良質な単結晶が得られない場合も多い。宇宙での微

    小重力環境を利用した蛋白質結晶化実験は、良質な結晶を得るための1つの解決策

    であると考えられている 1)。欧米では 1983 年以降、宇宙での結晶化実験が行われており、最近では米国の場合、年 4~ 5 回、欧州の場合年 1 回程度の頻度で実施されている。累計すると 2002 年 6 月までに米国の場合、スペースシャトル全 112 フライト中 54 フライトで、欧州の場合はその他の実験機会も含め 12 フライトで宇宙実験が試みられている。米国ではこれまでに商業利用目的以外で宇宙実験が試みられ

    た蛋白質の総数は 202 種であり、このうち 84 種類で宇宙実験に有効性があったとされている 3) , 4 )。我が国においても、1989 年以降、宇宙実験の経験が蓄積されつつある 5) , 6 ) , 7 )。 しかし、宇宙環境というはるかかなたに、わざわざ試料を持って行って実験を行

    うため、微小重力環境を利用した蛋白質結晶化実験はともすると敬遠されがちであ

    る。確かに、地上での結晶化実験と宇宙実験を天秤にかけたときに、微小重力環境

    の結晶化に及ぼす影響が決定的に優位であるとは言い難い。また、宇宙実験を行う

    にあたっては、様々な制約が多く手続きが煩雑であることなど、ネガティブな要素

    が多いのも現状である。 NASDA は、微小重力環境下での蛋白質結晶化実験をより簡単に利用できるよう

    に、また、将来の国際宇宙ステーションの中の日本の実験棟である「きぼう」の利

    用につながるように、2003 年6月から年 2 回、計6回の予定で「蛋白質構造・機能解析のための高品質蛋白質結晶生成プロジェクト」を実施中である。現在、本プロ

    ジェクトにおける第 2 回目の宇宙実験を行っており、各ユーザーから提供いただいた 53 種類計 69 個の蛋白質試料の結晶化実験を行っているところである。宇宙での結晶化実験は、もし比較的容易に行えるならば、地上での結晶化実験に行き詰まっ

    たときの 1 つの選択肢として、有効で大きな可能性を秘めているとわれわれは考えている。

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    本稿では、微小重力環境の蛋白質結晶生成に及ぼす効果を概説するとともに、

    NASDA がモデル蛋白質として用いているα-アミラーゼの宇宙生成結晶の解析結果と、微小重力の効果をより高める結晶化条件について考察する。

    2.微小重力の効果

    一般に高品質な蛋白質結晶の生成に関る微

    小重力の効果として挙げられるものは、密度

    差流の抑制やそれによる結晶周辺拡散場の形

    成、微結晶沈降・付着の抑制等である(表 1)。これらの効果が結晶のいわゆる品質にどのよ

    うに影響するか、定量的に検討することはか

    なり困難である。しかし、結晶の品質改善を

    目的とする技術開発という観点からは、とり

    あえず考えられる効果を活用するというのは

    1つの選択肢である。 想定されるいくつかの要因の中で、結晶表

    面の密度差流や微結晶沈降・付着の抑制等は、

    重力の有無で明確に効果を期待できるもので

    ある。しかし一方、結晶周辺の拡散場形成に

    関しては、以下に述べるように必ずしも単純

    ではない。

    図 1 微小重力環境下での蛋白質枯渇帯と不純物枯渇帯形成

    微小重力環境では流体的攪乱がないため成長中の蛋

    白質結晶のまわりには等方的に蛋白質と不純物の濃

    度勾配ができている。

    項目 効果

    密度差対流が抑制され結晶周辺の拡散場が乱されない

    蛋白質濃度は結晶を中心に低下(蛋

    白質枯渇帯 PDZ の形成)

    結晶表面の蛋白質濃度は低下し、緩和な成長でデ

    ィスオーダーが減少する。

    結晶表面での蛋白質濃度は低下し、核形成が抑制

    されクラスター化が抑制される。

    不純物濃度は結晶を中心に低下(不

    純物枯渇帯 IDZ の形成)

    結晶に取り込まれる不純物が減少し、ディスオー

    ダーが減少する。

    密度差対流

    結晶表面密度差流の抑制 Step bunching が抑制される。均一な成長が実現

    する。ディスオーダーが減少する。

    浮遊微結晶 浮遊している微小な結晶の沈降・付

    着抑制

    微小な結晶が結晶表面に付着せずディスオーダ

    ーが減少する。

    表 1 微小重力の効果

    結晶化実験を微小重力環境下で行ったときの効果を示す (推定含む )。

    一般に微小重力環境では、重力による密度差対流が抑制され、流体環境が乱され

    ない。このため成長中の蛋白質結晶のまわりには結晶に蛋白質分子が取り込まれる

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    ことで蛋白質枯渇帯 (protein depletion zone; PDZ)が形成され、また同時に、試料中に含まれる不純物の不純物枯渇帯 (impurity depletion zone)も形成されることが期待されている 1) , 8 ) , 9 )。すなわち、結晶のまわりの蛋白質および不純物が、等方的

    に広がる濃度勾配を保った状態を形成する(図 1)。これらの結果として、PDZの効果では成長中の結晶表面の蛋白質濃度が低下するため、より低い表面過飽和度で

    ゆっくりと結晶成長が進み、結晶中のディスオーダーが減少する。また、結晶表面

    での核形成が抑制されることによりクラスター化も抑制されると考えられる。さら

    にまた、針状・薄板状といった等方的でない結晶成長も抑制される可能性がある。

    この拡散場の形成は、欧州宇宙機関(ESA)の宇宙実験においてAdvanced Protein Crystallization Facility (APCF) 10)という装置を利用して実際に観察されている 11)。 一方、 IDZの効果では成長中の結晶周辺の不純物濃度が低下するため、不純物の

    結晶への取り込み抑制が起こり 8) ,9 )、結晶中のディスオーダーが減少すると考えら

    れている。更にまた、不純物の取り込みによって起きる結晶成長の停止も抑制され

    る可能性がある。しかしながら、これら枯渇帯の形成は蛋白質分子や不純物分子の

    拡散と結晶への取り込みの競争の結果であり、当然それぞれの分子の性質や溶液環

    境に依存するため、単純に微小重力環境であるからといって枯渇帯が形成される効

    果を期待することはできない。 3. 蛋白質構造・機能解析のための高品質蛋白質結晶生成プロジェクト

    3.1 プロジェクト概要

    このような、微小重力環境という高品質な蛋白質結晶成長に有利な環境を有効に

    利用するために、NASDA は新しい宇宙実験のプロジェクトを開始している(表 2)。

    宇宙実験 オデッセイ(予備実験) NASDA-GCF#1 NASDA-GCF#2 打ち上げ 2002 年 9 月 25 日 2003 年 2 月 2 日 2003 年 8 月 29 日

    打ち上げ場所 バイコヌール宇宙基地(カザフスタン)

    打ち上げ輸送船 プログレス補給船

    着陸 2002 年 12 月 7 日 2003 年 5 月 4 日 2003 年 10 月 28 日 (予定 ) 着陸場所 アメリカ カザフスタン 回収宇宙船 スペースシャトル ソユーズ宇宙船 実験期間 10 週間 13 週間 8 週間 (予定 ) 結晶化装置 Granada Crystal l ization Facil i ty (GCF)

    蛋白質結晶化実験数 23 実験(内 NASDA 蛋白質 2 種類) 46 実験(蛋白質 36 種類) 69 実験(蛋白質 53 種類)

    表 2 NASDA-GCFプロジェクトの宇宙実験概要

    「蛋白質構造・機能解析のための高品質蛋白質結晶生成プロジェクト」は 2003年 2月から年 2回 3年間の予定で始まった。プロジェクトを開始する前には、ESAのオデッセイミッションに参加し、予備実験を行っている(2002年 9月)。第 1回目の宇宙実験は 2003年 2月に行われた。

    「蛋白質構造・機能解析のための高品質蛋白質結晶生成プロジェクト」(以下

    NASDA-GCF プロジェクト、または NASDA- GCF#実験回数)はロシアサービスモ

  • 構造生物 Vol.9 No.2 2003年 10月発行

    ジュールを利用し

    て継続的・安定的

    な宇宙実験機会を

    確保し、手続きや

    実験に掛かる準備

    等を、できるだけ

    簡便化した宇宙実

    験を目指している。

    このプロジェクト

    では、ロシアの補

    給船プログレスで蛋

    白質結晶化実験装置

    を打ち上げ、国際宇

    宙ステーションのロ

    シアサービスモジュ

    ール内に 2~3 ヶ月設置して結晶化実験を行い、ロシアの宇宙船ソユーズで回収する。

    2) 1)

    ② ①

    図 2 Granada Crystallization Box(GCB)概観

    1)GCBは①GCB本体、②ガイド、③GCBふた、から成る。図はガイドにキャピラリー6本をセットしている。 2)ガイドに 6本のキャピラリーを挿し、GCBにセットした様子。

    NASDA-GCF プロジェクトのこれまでの試料搭載者は、理化学研究所、農業生物資源研究所、蛋白質構造解析コンソーシアム参加企業、ならびに NASDA の先導的応用化研究テーマ等である。 3.2 結晶生成セル(GCB)

    現在 NASDAが NASDA-GCF

    プロジェクトで宇宙実験結晶生

    成セルとして用いているのは

    Granada Crystallization Box(GCB)である。これは、ESAと ス ペ イ ン /グ ラ ナ ダ 大 学 のGarc ía- Ruizらによって開発された小型( 3.3cm x 10cm x 0.7cm)の蛋白質結晶化用の容器で、こ

    れまでESAの 2 回の宇宙実験に使用されている。ハンプトンリ

    サーチから市販されており一般

    に入手可能である 12)。図 2 に示すように、GCBは①GCB本体、②ガイド、③GCBふた、の 3 つの部品からなる。ガイドにはキャピ

    の 6 本のキャピラリーを挿すことが

    キャピラリー 沈殿化剤溶液

    アガロースゲル

    蛋白質溶液

    GCBふた

    GCB本体

    ガイド

    図 3 Granada Crystallization Box (GCB)試料を充填した様子

    ラリーを支える穴があいており、直径 1mmまでできる。模式図を図 3 に示す。

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    標準的には、内径 0.5mm、長さ80mm の キ ャ ピ ラ リ ー に 高 さ60mm まで蛋白質試料溶液を吸い入れる。ガイドを入れた GCB 容器の底には高さ 12mm に 1%アガロースゲルを入れ固め、ガイドの

    穴を通してキャピラリーをアガロ

    ースゲルに 6mm 突き刺す。その後、GCB 容器に沈殿化剤溶液を満たしてふたをし、漏れや蒸発を防

    ぐためにふたの周りをテフロンテ

    ープでシールする(宇宙実験の場

    合にはさらに厳重なシールを施

    す)。 宇宙実験に際しては、Granada

    Crystallization Facility (GCF)と呼ばれる蛋白質結晶生成装置の中に GCB23 個と自記式温度計を搭載する。キャピラリーが水平方向になるように GCF 内に GCB を設置する(図 4)。国際宇宙ステーションでは室温に静置して結晶化実験を行う。

    図 4 Granada Crystallization Facility (GCF)概観

    GCFにはGCB23個と自記式温度計が搭載される。

    キャピラリー内の蛋白質溶液と GCB 内の沈殿化剤溶液は、時間がたつにつれてアガロースゲルを介してお互いに拡散しあう。つまり、沈殿化剤がキャピラリー内

    に入る拡散と蛋白質溶液がキャピラリー外へ出る拡散が起こる。その結果、経時的

    にキャピラリー内での両溶液の濃度変化が起き、結晶化に適した条件が揃ったキャ

    ピラリー内の位置で結晶化が始まると考えられる(図 5)。

    無 数 の 濃 度 条 件

    の 中 か ら 結 晶 化

    条 件 の 整 っ た 場

    所 で 結 晶 化 が 起

    きる

    蛋白質溶液濃度

    沈殿化剤溶液濃度

    1 本のキャピラリー内での濃度勾配 蛋 白 質 溶 液

    は キ ャ ピ ラ

    リ ー か ら ゲ

    ル 層 へ 拡 散

    する

    沈殿化剤溶液

    沈殿化剤溶液

    はゲル層を通

    ってキャピラ

    リー内へ拡散

    する

    ゲル層

    キャピラリー

    に入った蛋白

    質溶液

    図 5 キャピラリー内に生じる蛋白質溶液と沈殿化剤溶液の濃度勾配

    蛋白質溶液と沈殿化剤溶液はアガロースゲルを介して互いに拡散しあい、その結果経時的に変化しな

    がらキャピラリー内での両溶液の濃度勾配ができる。

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    3.3 NASDA-GCF#1 結果概要

    NASDA-GCF#1 では、地上結晶化実験で①結晶が大きくならない、②針状・薄板

    状になる、③クラスター状になる、④ディスオーダーが多い、などの問題がある試

    料を多数搭載した。実際、これらの試料を宇宙で結晶化した場合、 9 例に何らかの改善が見られた(表 3)。尚、回折分解能の改善等、詳しいデータの解析は、現在各利用者で進められている。

    宇宙生成結晶(GCB)

    変 化 な

    オ イ ル

    状・沈殿

    不 完 全

    だ が 結

    晶生成

    単 結 晶

    生成

    変化なし 2 4 1

    オイル状・沈殿物 8 1

    不完全だが結晶生成 1 9 3

    地上生成結晶

    (GC

    B

    単結晶生成 17

    表 3 NASDA-GCF#1 での結晶生成状況

    NASDA-GCF#1では46実験が行われた。そのうち29実験は地上実験において単結晶を生成できない様々な問題点があったが、そのうち 9実験では宇宙実験で何らかの結晶性の改善がみられている。

    以下では、NASDA がモデル蛋白質として用いているα-アミラーゼについて、宇宙での結晶化実験で得られた結果を紹介する。 4.α-アミラーゼを用いた微小重力環境での結晶化実験

    4.1 α-アミラーゼについて

    NASDAがモデル蛋白質として用いたAspergillus oryzae由来α-アミラーゼは、

    アミノ酸 476 残基からなる分子量約 5 万の糖鎖消化酵素である。α-アミラーゼは古くからよく知られた蛋白質であり、精製標品が大量に利用可能である。また、分

    子量が比較的大きく、単結晶を得るには若干の努力と工夫が必要とされる等、実際

    の実験現場で扱われる蛋白質と似ていることなどから、モデル蛋白質として使用し

    た。1970 年代から大阪大学蛋白質研究所で構造解析の試みがスタートし 13) ,14)、その後構造が精密化され、現在ではその構造が登録されており 15)、また阻害剤との複

    合体の結晶化も報告されている 16)。 ここではプロジェクト開始前に行った予備宇宙実験 (オデッセイミッション )およ

    び NASDA-GCF#1 でのα-アミラーゼ結晶化実験の結果を地上対照実験と比較しながら紹介する。

  • 構造生物 Vol.9 No.2 2003年 10月発行

    4.2 結晶化条件

    4.2.1 試料の調製

    販のα-アミ

    -アミラーゼのアイソザイムに適用できるかは興味があ

    24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 市

    ーゼには、図 6図 7 に示すように SDS-PAGE から は 2 本 、Native-PAGE からは 4 本のバンドが見られる。これ

    らはアミノ酸配列

    がわずかに異なる

    アイソザイムと考

    えられる。高品質の

    結晶を生成する場合、

    アイソザイムの存在

    は好ましいことではな

    い。このため、本実験

    では、陰イオン交換と

    疎水性クロマトグラフ

    ィーを用いてα-アミ

    ラーゼ試料のアイソザ

    イムを分離し量的に最

    も多い、図 7 の No.1と No.3 の画分をそれぞ α-アミラーゼア

    イソザイム I とα-アミラーゼアイソザイム

    IIとして試料に用いることとした。一方、微小

    重力環境下では IDZ が形成され、結晶への不純

    物の取り込み抑制効果が

    期待される。この効果がα

    るところである。そこで、これら I、 II の 2 種類のアイソザイムを混合した溶液も蛋白質試料溶液( III)として用いることとした(表 4)。

    66,200

    31,000 21,500

    45,000

    97,400

    SDS-PAGE(12.6%)

    図 6 SDS-PAGE で分けたα-アミラーゼ試料

    α- ミラーゼ SDS-PAGE 電気泳動にかけたところ、 2 本の

    ア 試料溶液を

    バンドに分離した。

    24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35

    No.2 No.3 No.1

    図 7 Native-PAGE で分けたα-アミラーゼ試料

    α- ミラーゼ Native-PAGE 電気泳動にかけたところ、4

    ア 試料溶液を

    本のバンドに分かれた。

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    4.2.2 蒸気拡散法による結晶化条件の検索

    これまでの報告 17)を元に、 20℃において、ポリエチレングリコール 8000(以下

    PEG8000)を沈殿化剤に用いた場合のα-アミラーゼ結晶化の最適条件を表 5 に示す。この条件を元

    に結晶化実験を行っ

    た結果、 3 種のα-アミラーゼ試料から、

    ともにセットアップ

    5 日目からクラスター化した結晶が多数

    得られ(図 8)、さらに結晶化ドロップ

    中に白色の沈殿物が

    多数発生し、結晶は沈殿物中に生成した。

    α-アミラーゼ α-アミラーゼ アイソザイム

    No.1

    α-アミラーゼ アイソザイム

    No.3

    試料 I 90mg/ml ―

    試料 II ― 90mg/ml

    試料 III 45mg/ml 45mg/ml

    蛋白質溶液 15~ 45mg/ml alpha-Amylase

    15%(w/v) PEG8000

    50mM AcOH-AcONa pH 6.0, 2mM NaCl

    4µl

    リ ザ ー バ ー

    溶液

    17~ 22%(w/v) PEG8000

    50mM AcOH-AcONa pH 6.0, 2mM NaCl

    500µl

    表 5 蒸気拡散法におけるα-アミラーゼ結晶化最適条件

    Sitt ing drop 法によるα-アミラーゼ結晶化最適条件を 20℃において求めた。

    表 4 α-アミラーゼ試料溶液の α-アミラーゼアイソザイム組成

    市販の α-アミラーゼからイオン交換と疎水性クロマトグラフィーにより 2種類のアイソザイムを分離し、試料 I~IIIの三種類を調製した。

    試料 III に関しては、生成結晶を取り出し溶解した後、電気泳動を実施したところ、

    結晶化前の試料溶液の泳動像とほぼ同一で

    あることがわかった。このことは、α-ア

    ミラーゼアイソザイムは結晶化する際にそ

    れぞれの分子は互いに分離されることなく、

    結晶の中に取り込まれることを示唆してい

    る。

    4.2.3 GCB 向け結晶化条件の確定

    図 8 α-アミラーゼ結晶

    Native-PAGE で 3 種類に分けたα-アミラーゼ試料をそれぞれ結晶化したところクラ

    スター化した結晶が多数得られた。

    宇 宙 実 験 で 用 い る GCB は 、 Counter-

    Diffusion 法と呼ばれるメカニズムで結晶

  • 構造生物 Vol.9 No.2 2003年 10月発行

    を生成させるため、

    蒸気拡散法での条件

    をそのまま適用する

    ことはできない。そ

    のため、まず 4.2.2

    の結果を元に、20℃においてバッチ法で

    結晶化実験を行い、

    PEG8000 を沈殿化剤として用いた場合

    のα-アミラーゼの

    結晶化条件の検討を

    行った。結晶成長が

    見られた溶液濃度を

    図 9 に示す。

    0

    20

    40

    0 10 20 30 40

    PEG8000(%)

    alpha-Amylase(mg/ml)

    図 9 バッチ法によるα-アミラーゼ結晶化最適条件の確定

    *は結晶化が起きた蛋白質および沈殿化剤の溶液濃度条件、◆は結晶

    化が起きなかった濃度条件を示す。

    NASDA-GCF プロジェクトの場合、

    地上ですべて試料を

    充填し、軌道上では

    特に操作はしない。

    このため、充填後、

    軌道上に試料が到着

    してから結晶化が開

    始し、帰還前に結晶

    化が終了するような

    溶液条件の設定が必

    要である。 そ の よ う な 条 件

    を見つけるために、

    簡単な 1 次元拡散モデルを作成し、キャ

    ピラリー中の蛋白質

    と沈殿化剤濃度の時

    間経過を推定した。

    この計算では、蛋白

    質ならびに沈殿化剤

    の拡散係数が必要な

    ため、それらは薄層

    拡散対法により実測した(表 6)。

    0

    30

    60

    90

    0 10 20 30 40

    PEG8000(%)

    alpha-Amylase(mg/ml)

    図 10 GCB キ ャ ピ ラ リ ー 内 で の α - ア ミ ラ ー ゼ/PEG8000 濃度変化のシミュレーションとバッチ法によるα-アミラーゼ /PEG8000 結晶化最適条件の相図

    ◆:1週間後、■:2週間後、▲:3週間後、×:4週間後のキャピラリー内での各溶液の濃度を表す。各曲線の水平軸上の点がキャピラリー下端(ゲルに突き刺さった部分)で、

    キャピラリー内を 4mm間隔でシミュレーションしている。

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    この結果

    深さは 6m内の PEG下端から約

    そこで、

    した(表

    表 7

    キャピラリ

    ミラーゼ結

    蛋白質溶液

    沈殿化剤溶液

    ゲル層

    キャピラリー

    4.3 結晶

    地上で行

    日でキャピ

    結晶成長

    のシミュレ

    た。また結

    に向かって

    けた。これ

    っくりであ

    成した結晶

    じくクラス

    た単結晶の

    宇宙実験

    プロジェク

    拡散係数

    表 6 薄層拡散対法による拡散係数の測定結果

    α-アミラーゼ (バッファー中 ) 1 .2×10 - 1 0 m 2 /s

    α-アミラーゼ (PEG8000 溶液中 ) 0 .3×10 - 1 0 m 2 /s

    PEG8000(バッファー中) 4 .5×10 - 1 0 m 2 /s

    PEG8000(1%アガロースゲル中) 1 .4×10 - 1 0 m 2 /s

    、GCB 内のゲル層の高さは 15mm、キャピラリーのゲル層への刺し入れm とし、キャピラリー内のα-アミラーゼ初期濃度を 90mg/ml とし GCB

    8000 初期濃度を 40%とすると、実験開始後、約 2 週間後にキャピラリー4mm 付近で結晶化最適条件が整うことがわかった (図 10)。 宇宙実験において、この条件を GCB 内での結晶化初期濃度として採用

    7)。

    GCB を用いてのα-アミラーゼ結晶化条件

    ー内での蛋白質溶液と沈殿化剤溶液の濃度変化のシミュレーションを行った結果得られた、宇宙実験でのα-ア

    晶化最適条件を示す。

    90mg/ml alpha-Amylase in 50mM Tris-HCl pH 6.0 , 5mM CaCl 2

    40%(w/v)PEG8000 in 50mM Tris-HCl pH 6.0, 5mM CaCl 2

    15mm

    刺入深さ 6mm

    化実験

    った結晶化実験では、約 10ラリー開口部付近において

    が開始した。これは、4.2.3

    ーション結果とよく一致し

    晶はキャピラリーの奥の方

    約 3 ヶ月にわたり成長し続は、PEG の拡散が非常にゆるためである。ただし、生

    は、蒸気拡散法の場合と同

    ター化し、X 線回折に適し取得は難しかった(図 11)。

    図 11 地上で生成したα-アミラーゼ結晶

    実験開始後約 10 日にキャピラリー開口部付近で結晶成長が始まり、クラスター化した結晶が生成した。

    としては、現在のところ、

    ト開始前の予備実験として

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    オデッセイミッションを行い、プロジェクト第1回目として NASDA-GCF#1 宇宙実験を行っている(表 2)。オデッセイミッションでは、国際宇宙ステーションで 10週間にわたり結晶化を行った結果、GCB 内の 6 本のうち 1 本のキャピラリーでのみ結晶成長が見られ、また得られた結晶は地上実験で得られたものとは全く異なる結

    晶形の単結晶となった(図 12a)。一方、NASDA-GCF#1 では、13 週間にわたり国際宇宙ステーションで結晶化を行った。GCB 内のキャピラリー 6 本すべてで結晶成長が見られ、クラスター化は全くみられずきれいな単結晶となった (図 12b)。 2 つの宇宙実験で得られた結晶形が全く異なったのは、NASDA-GCF#1 での環境温度が21.0℃から 24.8℃の間で推移したのに対し、オデッセイミッションでは実験温度の変動が大きく(14.7℃~22.5℃)、その影響を受けた可能性がある。

    (b) (a)

    図 12 宇宙で生成したα-アミラーゼ結晶

    (a) オデッセイミッション 6 本中試料 II のキャピラリー 1 本でのみ結晶生成が起こり、通常得られるものとは異なる結晶形の単結晶であった。温度の変動が大きかったことが原因とも考えられ

    る。 (b) NASDA-GCF#1 試料 I から III のすべてのキャピラリーで結晶生成が起こり、すべてクラスターのない単結晶であった。

    4.4 結晶の取り出しと凍結

    結晶をキャピラリーから取り出す際には、まずその結晶の保存溶液を準備する

    必要がある。基本的にはその結晶が存在するキャピラリー中の溶液と同じか、若

    干濃い濃度の沈殿化剤を含む溶液を用いる。そのため、前出のシミュレーション

    を用いて結晶取り出し時のキャピラリー内での PEG8000 濃度を推定し、それを保

    存溶液として用いた。

    次に、結晶周辺のキャピラリーにガラスカッターで傷をつけてからキャピラリ

    ーを切断し、実体顕微鏡下でピンセットを用いてキャピラリーのガラス管を破断

    してキャピラリー内から結晶を取り出し、上記保存溶液にて保存した。

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    X線回折実験のための凍結処理条件は、NASDAが作成している抗凍結剤データベ

    ースの情報 18)を元に決定した。すなわち、抗凍結剤としては最も汎用されている

    グリセロールを添加することとした。また、このデータベースを統計処理した結

    果を用いて 19)、PEG8000 濃度約 30%の場合、グリセロール濃度は約 10%が適当で

    あると考えた。凍結方法は最も良く行われている吹き付け凍結を行った。

    このような方法を用いて結晶の取り出しと凍結作業を行った結果、結晶の質を

    損なうことなく X 線回折実験を行うことができた。

    4.5 X 線回折結果

    得られた結晶の X 線回折結果を表 8 に示す。試料 I に関しては、地上生成結晶と

    宇宙生成結晶の空間群単位格子は同一のものと異なるものが得られた。また、試料

    II、試料 III に関しては、地上生成結晶とは異なる空間群の結晶が宇宙で生成した。さらに、オデッセイミッションで得られた試料 II の結晶は、NASDA-GCF#1 で得られた結晶の空間群とは異なるものであったが、この現象の理由は明らかではない。 最も分解能の良い結晶は、NASDA-GCF#1 により試料 Iから生成した、P2 1 2 1 2 1

    の空間群を持つ単結晶で、分解能は 0.89Åを超えた。現在、このデータの詳細はさらに解析中である。 試料 I、II と III を比較して得られる、微小重力環境下での IDZ 効果については、

    生成結晶の組成と蛋白質試料の組成との比較の結果を待たなければならない。

    α-アミラーゼ 試料 I 試料 II 試料 III 地上生成結晶 空間群

    格子定数 分解能 単位格子体積

    P2 1 2 1 2 1a=50.78 b=67.71 c=130.06 ~1.2Å 447,187

    P2 1 2 1 2 1a=50.42 b=67.27 c= 129.59 ~1.6Å 439,542

    P2 1 2 1 2 1a= 50.37 b= 67.3 c= 129.5 ~1.4Å 439,033

    空間群 格子定数 分解能 単位格子体積 実験(宇宙)

    P2 1 2 1 2 1a=50.43 b=67.34 c= 130.4

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    α-アミラーゼの結晶化実験においてPEG8000 を沈殿化剤として用いた場合に、

    今回得られた代表的な地上実験と宇宙実験のX線回折データ、およびSwiftらの報告15)を比較したものが表 9 である。地上生成結晶と宇宙生成結晶を比較すると、かなり反射データの質が改善していることがわかる。

    X線源 空間群 格子定数 (Å )

    abc

    単位格子体積 分解能(統計計算の

    最大分解能 モザイシティ フレーム数 No. o f measured re

    Averaged No. o f reframes No. o f independenI/σ (I ) Rmerge(-1.12Å ) Rmerge(1.16-1.12ÅCompleteness%(-1Completeness%(1.Completeness%(1.

    Swift らのデータ線回折データを

    5.今後の展望

    今回の、微小

    えられ、また得

    た。この様な宇

    後の課題である

    われわれは、

    デルを用いて検

    に大きな役割を

    PDZ 形成によ

    表 9 地上実験と宇宙実験のX線回折データの比較

    6TAA(Swiftら 1 5 ) ) 地上生成結晶 (バ ッ チ 法 /シ ーディング )

    宇宙生成結晶 (GCB、解析中 )

    Conventional BL12B2 BL12B2 P2 1 2 1 2 1 P2 1 2 1 2 1 P2 1 2 1 2 1

    51.04 67.18 133.56

    50.78 67.71 130.06

    50.43 67.34 130.4

    457,960 447,187 442,807 ため ) 2.1 1.4 1.4

    2.1 1.12 0.89(さらに解析中) 0 .312 0.241 180 180

    f lect ions . . . . . . . . . 851,283 960,665

    f lect ions on each 4,729 5,337

    t ref lections . . . . . . . . . 82,435 85,217 . . . . . . . . . 22.2 34.4 . . . . . . . . . 0 .063 0.059

    ) . . . . . . . . . 0 .188 0.146 .4Å ) . . . . . . . . . 94.5 96.6 5-1.4Å ) . . . . . . . . . 89.9 97.8 0-0.9Å ) . . . . . . . . . . . . . . . . . . ~90

    、およびわれわれの地上実験・宇宙実験により生成したα-アミラーゼ結晶の X比較した。宇宙生成結晶において顕著な改善が見られたものをシャドウで示した。

    重力環境下でのα-アミラーゼ結晶化実験では、クラスター化が抑

    られた結晶の中には 0.89Åという非常に高分解能を示すものがあっ宙実験による結晶性の改善を、一般的な技術にできるかどうかが今

    。 成長中の結晶の周りに形成される PDZ および IDZ に関して数値モ討した。その結果、以下のように溶液の粘性が PDZ や IDZ の形成果たしていることが明らかとなった。 り結晶表面の蛋白質濃度の式は次式である。

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    DR

    CD

    CeR

    RCβ

    β

    ⋅+

    ∞+⋅⋅

    =1

    )()( ・・・・・・・・・・ (1)

    ここで、Rは結晶を球と見なしたときの半径、βは蛋白質取り込み係数、Dは蛋白質の拡散係数、Ceは蛋白質溶解度、C(R)は結晶半径Rのときの結晶表面蛋白質濃度、C(∞ )は蛋白質溶液の容積が結晶に比べて限りなく大きいと仮定した場合の蛋白質溶液初濃度である 20)。これを駆動力の比(Driving force ratio:DFR)の形に直すと、

    DRCeC

    CeRCDFRβ⋅

    +=

    −∞−

    =1

    1)()(

    ・・・・・・・・ (2)

    となる。PEG 8000 を沈殿化剤として用いた場合のα-アミラーゼの結晶化実験に関し、実測で求めたβおよびD値 (β= 0.09mmhr -1、D=1.78x10 -11 m 2 s -1 )を代入して結晶半径とDFRの関係をグラフに表すと図 13 のようになる。 このグラフから、拡散場が乱さ

    れなければα-アミラーゼ結晶は

    成長するにつれ、結晶表面の蛋白

    質濃度が下がり、PDZ が効果的形成されることを表している。

    DFR は D が小さいほど小さな値となり、PDZ 効果が大きくなるすなわち、溶液の粘性が高く拡散

    が遅いほど PDZ 効果が期待される。次に、結晶周辺に

    拡散場が形成さ

    )

    0

    0.2

    0.4

    0.6

    0.8

    1

    1.2

    0 0.05 0.1 0.15 0.2 0.25 0.3

    Crystal Radius(mm)

    Driving Force Ratio (DFR)

    る場合(微小重力を想定)とされ

    ない場合(地上を想定)の蛋白質分子と不純物分子の結晶への取り込み比を用いて、

    IDZ 効果を検討する。この比を IUS(Impurity Uptake Suppression とすると次式が導かれる。

    図 13 α-アミラーゼ結晶化実験における結晶半径と駆動力の比の関係

    DFRDFR

    DR

    DR

    IURIUR

    IUS i

    i

    iG

    G =⋅

    +

    ⋅+

    ==β

    β

    1

    1

    1

    0 ・・・・・・ (3)

    ここで、 IUR 1Gと IUR 0Gは地上と微小重力環境での不純物の取り込み比( Impurity Uptake Ratio)、β i、D i、DFR iはそれぞれ不純物の取り込み係数、拡散係数、駆動

    力の比である。ここで、簡単にするために、DiDiA

    ⋅⋅

    =ββ

    とおき、上式に代入すると、

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    DRA

    DR

    IUSβ

    β

    ⋅⋅+

    ⋅+

    =1

    1・・・・・・・・・・・・ (4)

    が得られる。この式を用いて IDZによる不純物取り込み抑制効果を表したのが次の

    グラフである。結晶への不純物取り込み係数(β i)が充分大きい値、あるいは不純

    物拡散係数(D i)が充分小さい値の場合には、A値は大きくなり、上図に示すよう

    に、より大きな IUS効果が期待できる。ちなみに、Thomasら 8)によってβ iは βより数

    十倍大きな例が報告されており、Aが 50~ 100 という値は決して非現実的な値ではない。 しかし、上記の計算を NaCl によるリゾチームの結晶化に適用してみると、 PDZ

    および IDZ の効果はずっと小さくなる。これは、主に D が大きいためであり、溶液の粘性が低いことが主な原因である。

    A=10

    A=20 0.6

    0.8

    1

    y Uptake

    sion (IUS)

    A=50

    A=100 0.2

    0.4

    Impurit

    Suppres

    0

    0 0.1 0.2 0.3

    Crystal Diameter(mm)

    図 14 α-アミラーゼ結晶化実験における結晶半径と不純物取り込み抑制効果の関係

    このことは、より粘性が高く溶液の拡散係数の値の小さい蛋白質試料の方が、よ

    微小重力環境のメリットを生かした結晶化実験が行えることを示唆している。従

    、このような検討は十分なされていないが、より宇宙実験の特徴を生かすために

    溶液の粘性を高める工夫は重要であろう。 本プロジェクトにおいて、GCB を用いた結晶化実験への有用なアドバイスならび射場作業を支援していただいたスペイン /グラナダ大学の J.-M. García-Ruiz教授との研究グループのメンバーに感謝いたします。また、欧州の宇宙実験機会を提供

    ていただいた ESA ならびにベルギー国政府と、宇宙実験のためにロシアサービスジュールを提供いただいたロシア宇宙庁(Rosaviacosmos)に感謝いたします。

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    5.参考文献

    1)McPherson, A.: Crystallization of biological macromolecules. Cold Spring Harbor Laboratory Press (1999) 2) http://lec.ugr.es/ 3)http://crystal.nasa.gov 4)http://esa.int/mgdb/european_experiments/ 5)「ふわっと '92 宇宙実験成果報告」宇宙開発事業団 (1994) 6)「スペースシャトル及びミール利用宇宙実験結果報告会予稿集」宇宙開発事業団(1998) 7)http://www.nasda.go.jp/ 8)Thomas, B.R., Chernov, A.A., Vekilov, P.G., Carter, D.C.: J.Crysta Growth, 211, 149-156 (2000)

    l

    .

    (

    i (

    i t

    9)Lin, H., Petsev, D.N., Yau, S.-T., Thomas, B.R., Vekilov, P.G.: Crystal Growth& Design, 1(1), 73-79 (2001) 10)Bosch, R., Lautenschlager, P., Potthast, L., Staplemann, J.: J. Cryst Growth, 122, 310-316 (1992) 11)Otalora, F., Novella, M.L., Gavira, J.A., Thomas, B.R., Garc ía-Ruiz, J.M.: Acta Cryst., D57, 412-417 (2001) 12) http:// www.hamptonresearch.com13)Matsuura, Y., Kusunoki, M., Date, W., Harada, S., Bando, S., Tanaka, N., Kakudo, M.: J Biochem Tokyo), Dec., 86(6), 1779-1783 (1979) 14)Matsuura, Y, Kusunoki, M., Harada, W., Tanaka, N., Iga, Y., Yasuoka, N., Toda, H., Narita, K., Kakudo, M.: J B ochem Tokyo), May, 87(5), 1555-1558 (1980) 15) Swift, H. J. , Brady, L. , Derewenda, Z. S. , Dodson, E. J. , Dodson, G. G. , Turkenburg, J. P. , Wilkinson, A. J. : Acta Cryst., B47, 535-544 (1991) 16)Brzozowski, A.M., Davies, G.J.: Biochem s ry, 36, 10837-10845 (1997) 17) Ninomiya, K., Yamamoto, T., Oheda, T., Sato, K., Sazaki, G., Matsuura, Y.: J. Cryst. Growth, 222, 311-316 (2001) 18)http://idb.exst.nasda.go.jp/ 19)Takahashi, S., Yoshimine, T., Sato, M., Tanaka, H., Hamada, K., Yoshitomi, S.: International Symposium on Diffraction Structural Biology 2003, Symposium Booklet, P-088 (2003) 20) Chernov, A.A. Acta Cryst., A54, 859-872 (1998)

    http://www.hamptonresearch.com/http://www.rcsb.org/pdb/cgi/resultBrowser.cgi?CoreDB__Authors=H.J.Swift&CoreDB__Jrnl_Serial_No=1http://www.rcsb.org/pdb/cgi/resultBrowser.cgi?CoreDB__Authors=L.Brady&CoreDB__Jrnl_Serial_No=1http://www.rcsb.org/pdb/cgi/resultBrowser.cgi?CoreDB__Authors=Z.S.Derewenda&CoreDB__Jrnl_Serial_No=1http://www.rcsb.org/pdb/cgi/resultBrowser.cgi?CoreDB__Authors=E.J.Dodson&CoreDB__Jrnl_Serial_No=1http://www.rcsb.org/pdb/cgi/resultBrowser.cgi?CoreDB__Authors=G.G.Dodson&CoreDB__Jrnl_Serial_No=1http://www.rcsb.org/pdb/cgi/resultBrowser.cgi?CoreDB__Authors=J.P.Turkenburg&CoreDB__Jrnl_Serial_No=1http://www.rcsb.org/pdb/cgi/resultBrowser.cgi?CoreDB__Authors=A.J.Wilkinson&CoreDB__Jrnl_Serial_No=1

    1.はじめに2.微小重力の効果3. 蛋白質構造・機能解析のための高品質蛋白質結晶生成プロジェクト3.1 プロジェクト概要3.2 結晶生成セル(GCB)3.3 NASDA-GCF#1結果概要

    4.α-アミラーゼを用いた微小重力環境での結晶化実験4.1 α-アミラーゼについて4.2 結晶化条件4.2.1 試料の調製4.2.2 蒸気拡散法による結晶化条件の検索4.2.3 GCB向け結晶化条件の確定

    4.3 結晶化実験4.4 結晶の取り出しと凍結4.5 X線回折結果

    5.今後の展望5.参考文献