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三菱重工技報 Vol.53 No.3 (2016) 交通・輸送特集 技 術 論 文 42 *1 ICT ソリューション本部制御技術部 主席技師 *2 ICT ソリューション本部制御技術部 *3 ICT ソリューション本部制御技術部(クアラルンプール事務所駐在) Professional Engineer *4 三菱重工メカトロシステムズ(株) ITS 事業部技術部 RFID 通信技術を用いた道路課金システム実用化への取組み Application for the Toll Collection System using Radio Frequency Identification Technology 樋口 竜也 *1 北嶋 一欽 *2 Tatsuya Higuchi Kazuyoshi Kitajima 寺阪 圭司 *2 大嶋 京子 *2 Keiji Terasaka Kyoko Oshima 舛元 伸一 *3 佐藤 正史 *4 Shinichi Masumoto Masafumi Sato 近年アジア諸国では,高速道路の料金所で発生する交通渋滞の緩和を目的として,無線通信 を用いて料金を課金する電子料金収受(Electronic Toll Collection,略称 ETC)システムの導入 が盛んである。しかしながら,実状として車載器が高価格であることにより ETC の普及率が伸び悩 むケースが見受けられる。こういった状況の中,低価格なステッカータイプの RFID(Radio Frequency Identification)タグを車載器として採用する道路課金システムを実用化することで,高 速道路事業者と利用者の双方にとってメリットのあるシステムが構築できる。 本報では,RFID 通信技術を用いた道路課金システム実用化への取組みについて述べる。 |1. はじめに 料金所における交通渋滞の緩和を目的として,1990 年代の後半以降,現金による支払いから 無線通信を用いて料金を課金する ETC システムの導入が世界各国において始まった。現在, ETC システムに用いる車載器は,その特色により,下記の3つに大別される。 (1) 高機能型 GNSS(Global Navigation Satellite System:全地球航法衛星システム)によって,車載器にて 測位した位置情報を基に,課金ポイントの通過や走行距離に応じて課金を行う自律型課金シ ステムに適用される車載器。また,現在の位置情報を活用し,ドライバーに経路情報や道路状 況等の多様な情報を提供することが可能である。2016 年現在において開発中のシンガポール 次世代 ERP(Electronic Road Pricing)システム(図1)に適用される車載器が相当する。 図1 シンガポール次世代 ERP

RFID通信技術を用いた道路課金システム実用化への取組み,三 …三菱重工技報 Vol.53 No.3 (2016) 44 |2. RFIDリーダの開発 本取組みにおいて活用したRFID通信技術は,UHF帯(900MHz帯)のRFIDリーダにより,RFIDタグに記録された識別情報を読み取るものである。なお,RFIDタグは1枚の

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Page 1: RFID通信技術を用いた道路課金システム実用化への取組み,三 …三菱重工技報 Vol.53 No.3 (2016) 44 |2. RFIDリーダの開発 本取組みにおいて活用したRFID通信技術は,UHF帯(900MHz帯)のRFIDリーダにより,RFIDタグに記録された識別情報を読み取るものである。なお,RFIDタグは1枚の

三菱重工技報 Vol.53 No.3 (2016) 交通・輸送特集

技 術 論 文 42

*1 ICT ソリューション本部制御技術部 主席技師 *2 ICT ソリューション本部制御技術部

*3 ICT ソリューション本部制御技術部(クアラルンプール事務所駐在) Professional Engineer

*4 三菱重工メカトロシステムズ(株) ITS 事業部技術部

RFID 通信技術を用いた道路課金システム実用化への取組み

Application for the Toll Collection System using Radio Frequency Identification Technology

樋 口 竜 也 * 1 北 嶋 一 欽 * 2 Tatsuya Higuchi Kazuyoshi Kitajima

寺 阪 圭 司 * 2 大 嶋 京 子 * 2 Keiji Terasaka Kyoko Oshima

舛 元 伸 一 * 3 佐 藤 正 史 * 4 Shinichi Masumoto Masafumi Sato

近年アジア諸国では,高速道路の料金所で発生する交通渋滞の緩和を目的として,無線通信

を用いて料金を課金する電子料金収受(Electronic Toll Collection,略称 ETC)システムの導入

が盛んである。しかしながら,実状として車載器が高価格であることにより ETC の普及率が伸び悩

むケースが見受けられる。こういった状況の中,低価格なステッカータイプの RFID(Radio

Frequency Identification)タグを車載器として採用する道路課金システムを実用化することで,高

速道路事業者と利用者の双方にとってメリットのあるシステムが構築できる。

本報では,RFID 通信技術を用いた道路課金システム実用化への取組みについて述べる。

|1. はじめに

料金所における交通渋滞の緩和を目的として,1990 年代の後半以降,現金による支払いから

無線通信を用いて料金を課金する ETC システムの導入が世界各国において始まった。現在,

ETC システムに用いる車載器は,その特色により,下記の3つに大別される。

(1) 高機能型

GNSS(Global Navigation Satellite System:全地球航法衛星システム)によって,車載器にて

測位した位置情報を基に,課金ポイントの通過や走行距離に応じて課金を行う自律型課金シ

ステムに適用される車載器。また,現在の位置情報を活用し,ドライバーに経路情報や道路状

況等の多様な情報を提供することが可能である。2016 年現在において開発中のシンガポール

次世代 ERP(Electronic Road Pricing)システム(図1)に適用される車載器が相当する。

図1 シンガポール次世代 ERP

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(2) 単一機能型

主に高速道路上の課金ポイントに取り付けられた路側アンテナと通信し,路側システムで計

算した課金額に応じた支払いを行うという単一機能をもつ車載器。道路課金の支払いには,プ

リペイドカードやクレジットカード等 IC カードを利用する。課金ポイント通過時,車載器では,支

払額の案内や IC カードへ支払履歴の記録が行われる。現行のシンガポール ERP システム

(図2),従来からの日本の ETC システム(図3)等がこれに相当する。

図2 ERP システム車載器

図3 ETC システム車載器

(3) 機能限定型

電源が不要なステッカータイプの RFID タグによる車載器(図4)。料金所に取り付けられた

RFID リーダにより自動車のフロントガラスに貼り付けられた RFID タグの識別情報を読み取り,

識別情報に紐付けられた銀行口座より課金を行う。RFID タグの機能は車両の識別に限定され

ており,支払額の案内や支払履歴の記録はできないが,RFID タグが低価格であることにより,

近年,アジア諸国や南アメリカ等の新興国で注目を浴びている。

図4 RFID タグ

当社は世界各国の多様な道路課金ニーズに応えるべく,上記のラインナップを揃えている。本

報では上記(3)で言及した RFID 通信技術を適用した道路課金システムの開発と実用化への取組

みについて述べる。

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|2. RFID リーダの開発

本取組みにおいて活用した RFID 通信技術は,UHF 帯(900MHz 帯)の RFID リーダにより,

RFID タグに記録された識別情報を読み取るものである。なお,RFID タグは1枚のステッカーに

IC チップとアンテナのみが実装されており,IC チップの駆動に必要な電力は RFID リーダからの

電波で供給されるため,RFID タグに電池は不要である。

一般的に RFID 通信技術は,物流における物品管理用途等で現行市場製品として幅広く流通

しているが,高速道路等の課金システムへ最適化されたものは市場に数少ない。そのため下記の

条件を満たす RFID リーダの開発を行う必要があった。

(1) 標準規格対応

国際標準規格である ISO18000-6C(1)及び EPC Global Class1 Gen2(2)に対応したオープンな

通信インターフェース,通信プロトコルを採用することで,市場に流通している RFID タグとの互

換性を保持し,相互接続が可能である。また,標準規格に対応することで,各適用国での無線

免許の取得も容易となる。

(2) 道路課金システムに適した通信領域の形成と干渉防止

RFID リーダを地上高約 5m の箇所にオーバヘッド設置を行い,RFID リーダの直下を高速走

行する車両のフロントガラスに取り付けられた RFID タグと確実な無線通信ができるように,RFID

リーダのアンテナ部からの送信電波出力を電波規制の範囲内に抑えつつ狭域通信領域を形

成することが可能である(図5)。 また,通信領域の調整を容易に行うため,送信電波の出力を外部から遠隔で制御可能であ

る。更に,干渉防止機能として,電波を異なる周波数チャネルに分割する(Frequency Division

Multiple Access,略称 FDMA)機能や,複数の RFID リーダ間で相互にタイミング同期を行い電

波出力の時間タイミングを分割する(Time Division Multiple Access,略称 TDMA)機能を有す

る必要がある(図6)。

FDMA 機能と TDMA 機能

TDMA による時分割のイメージ

図5 RFID リーダ狭域

通信領域

図6 FDMA と TDMA による電波干渉の防止

(3) セキュリティ機能拡張性

なりすまし等の不正を防止するために,RFID タグの正当性を確認する認証アルゴリズムによ

るセキュリティ機能を追加することが可能である。この認証アルゴリズムは各事業者別にカスタ

マイズできるものとし,高速道路を最大の法定速度で走行する車両も処理可能なように,認証

アルゴリズムの演算速度を高速にする必要がある。

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表1 RFID リーダ諸元表

No 項目 仕様

1 外形寸法 210(W)×210(D)×130(H)mm

2 重量 1.5kg

3 電源 DC24V,消費電流 1A 以下

図7 RFID リーダ外観

課金システムとして必須となる上記の条件を満たすと同時に,施工やソフトウェア開発の容易性

といった,高速道路事業者目線での下記の利点も兼ね備えた RFID リーダの開発が 2016 年3月

までに完了した(図7),(表1)。

(1) 機器設置時の施工の容易性

シンプルかつ信頼性の高い回路設計により,アンテナ部とコントローラ部を同一筐体に収納

しオールインワン型の RFID リーダを実現した。料金所へ設置する際の施工において,省スペ

ース化,省配線化が可能であり,料金所の車線閉鎖時間の短縮化につながる(図8)。

図8 機器設置時の施工の容易性

(2) RFID リーダソフトウェア開発用ライブラリ

既に設置されている料金機械システムへの組込みの容易性を確保するために,複数の OS

プラットフォーム,C言語や Java 言語といった複数の開発環境に対応したソフトウェア開発用ラ

イブラリを並行開発した。本ライブラリに含まれる RFID リーダ制御ドライバを組み込むことで,

RFID リーダの上位系にあたる既存の料金機械は,RFID 通信の詳細を考慮する必要がなくな

り,当社 RFID リーダの組込みに伴うソフトウェア開発工数を最小化できる(図9)。

図9 RFID リーダソフトウェア開発用ライブラリ

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|3. RFID システム実用化への取組み

(1) シングルレーン ETC 実用化への取組み

1998 年以降,赤外線方式の ETC 運用を既に実施しているマレーシアにおいて,2017 年以

降の次世代 ETC システムの運用開始を目標とし,マレーシア政府主導の下,RFID システムの

高速道路課金への実用化に向けた検討が行われている。

当社も高速道路料金所におけるフィールド試験に参画しており,2016 年6月現在,5料金所

6車線に RFID システムをインストールした。実環境下における下記の取組みを通して,ETC シ

ステムへ適用可能であることを確認した(図 10)。

・マレーシアにおける無線免許の取得

・実車両の走行試験による RFID システムの通信パフォーマンス計測

・複数の発行元から供給された RFID タグとの相互接続性確認試験

・熱帯気候を想定した環境試験とフィールドでの適合性確認

図 10 マレーシアでのフィールド試験状況(シングルレーン ETC)

(2) マルチレーンフリーフロー(MLFF)システム実用化への取組み

シングルレーン ETC による道路課金の発展形として,料金所アイランドや遮断機によるバリ

アを撤去し,複数車線のどこを走行しても道路課金が可能な MLFFシステムの実用化検討も並

行して行っている(図 11)。

2015 年よりマレーシア企業の Touch‘n Go 社,Quatriz 社との共同開発により,Technology

Park Malaysia の所有する敷地内に実証実験設備として MLFF ガントリを設置し,数千台/日の

車両データの収集と解析を実施している。

当社の提唱する MLFF システムは,道路を跨ぐガントリ上に設置されたシングルレーン

ETC と同一の RFID リーダとカメラによるナンバープレート認識システムから構成される。なお,

MLFF システムでは,RFID リーダによる車両の ID 識別に加え,RFID タグ未装着車両の取締り

を目的としたナンバープレートの画像認識,及びそれらの情報統合が重要なキー技術となる。

MLFF コントロールセンター

MLFF システム

図 11 マレーシアでのフィールド試験状況(MLFF システム)

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|4. まとめ

シングルレーン ETC の実用化に向けて,RFID システムに関する技術的な課題は克服してお

り,銀行口座の管理システムや,既に複数のシステムインテグレータにより運用されている料金機

械システムの移行管理に今後の焦点を向けていく必要がある。

一方,MLFF システムの実用化に向けては,実際の高速道路上で,多様な車種や法定速度を

超過して走行する自動車等,実運用に即したデータの収集と解析を行う必要がある。特に,目視

でも読み取り困難なナンバープレートに対する画像認識技術の高度化とともに,ナンバープレー

ト自体の品質向上を含め,不正車両取締の運用課題の抽出と対策を行っていく必要があると考

える。

RFID 通信技術を用いた道路課金システムは,低価格な RFID タグにより,ETC 普及率を引き

上げ,渋滞解消に貢献できると期待されており,マレーシアでの実用化を皮切りに,アジア諸国

への展開を推進していく。

参考文献 (1) ISO/IEC 18000-6 Information technology ─ Radio frequency identification for item management ─

Part6: Parameters for air interface communications at 860 MHz to 960 MHz”, International

Organization for Standardization ISO Central Secretariat 1, ch. de la Voie-Creuse CP 56 CH-1211

Geneva 20 Switzerland.

(2) EPC global Class-1 Generation-2 UHF RFID 860 MHz – 960 MHz”, Distribution Systems Research

Institute, Place Canada 3rd Floor. 7-3-37 Akasaka, Minato-ku Tokyo 107-0052, JAPAN.