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丸善ライブラリーニュース 第9号 12 18 稿調Google and the New Digital Future The New York Review of Books, December 17 , 2009 調18 Whatever the future may be, it will be digital Book Review The Case for Books Robert Darnton 1726年築の Wasworth House。大学図書館本部で、ダーントン 教授の執務する館長室、オープンアクセスのオフィスなどがある。 ハーバードの中央図書館に当たるワイドナー図書館。タイタニック 号とともに世を去った卒業生の家族ワイドナー家からの寄付で 1915 年に完成。300 万冊を収容する。 Past, Present, and Future

Robert Darnton The Case for Books · 2015-12-21 · Robert Darnton ハーバード燕京図書館 マクヴェイ 山田 久仁子 1726年築のWasworth House。大学図書館本部で、ダーントン

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Page 1: Robert Darnton The Case for Books · 2015-12-21 · Robert Darnton ハーバード燕京図書館 マクヴェイ 山田 久仁子 1726年築のWasworth House。大学図書館本部で、ダーントン

丸善ライブラリーニュース 第9号 12

ヨーロッパの本の歴史家として著名

な著者の「本」をめぐる1982年から

昨年秋までに発表された論文および考

察を、未来、現在、過去の3章に分け

て再編集した本。未来、現在編は現在

のハーバード大学図書館長としての観

点からの図書館を中心とした考察、過

去編は研究者としてヨーロッパの活字

本の流通と歴史を紹介している。

この本の各章の内容は、「本」という

キーワードで結ばれているものの、それ

ぞれかなり独立している。第1章と2

章でとりあげられているグーグル・ブッ

ク・サーチ・プロジェクト(以下GBS)

や大学図書館の動向に関心のある読者

にとって、著者の学問的関心事である

18世紀ヨーロッパの啓蒙思想を背景に

した活字本の隆盛を具体的にたどった

第3章は、なじみの薄い領域でかつ、前

心人物として活躍、1997年にアメ

リカ歴史学会長就任、1999年には学

術業績に対してフランス政府からレジ

オン・ドヌール勲章を叙勲。2007年

に母校のハーバード大学図書館長とし

て招聘され、当時ハーバードが参加し

ていたGBSの渦中に飛び込み、以後

GBSの最も重要な観察者のひとりと

して発言している。当稿の筆者は、ハー

バード大学の図書館員として著者の言

動に注視してきた。

第1章「未来」では冒頭に「グーグル

と本の未来」と題して、全米の出版者

及び著作者の団体がグーグルに提訴し

た訴訟の調停案に対する著者の懐疑的

な見解を明らかにしている。著作権が有

効で絶版の本、あるいは著作権者不明の

「孤児」本(あわせて推定700万点を

グーグルが既にデジタル化していると

される)を第三者機関を設立し読者に販

売しその利益を著作権者、出版社とグー

グルが受け取るというのが骨子で、賛否

両論が渦巻いている。著者はこの膨大な

知的財へのアクセスの鍵を一私企業が

握り、問題は利害の当事者が法廷で争う

形で解決される事態を憂慮し、警鐘を発

している。グーグルが私財を投じて「世

界中の情報を集めて、整理し、見つけ

られるようにする」という壮大で賞賛

に値する目標を掲げその事業に邁進し

ていた時に、同様のスケールの対案が

「情報の民主化」を掲げて公共機関でな

されなかった事を悔いている。

この本の刊行後に発表された記事

Google and the N

ew D

igital Future

(The New

York Review

of Books, Decem

ber 17 , 2009

)でダーントン氏は

この件に関して次の2つの解決案を提

示している。グーグルの事業を買い取

り、引き継ぐ形で連邦政府ないしは公共

機関で「ナショナル・デジタル・ライブ

ラリー」を構築するか、非営利機関の

「孤児」出版物のデジタル化を合法にし、

グーグルの独占を防ぐ。この調停案の

最終可否が今年2月18日にニューヨー

クの連邦判事によって下されることに

なっていて、1月中も作家や法律家の

グループから様々な意見表明が判事に

送られている。

「未来」の章はGBSへの懐疑で始まっ

ているが、著者は「(本の)将来はどん

なであれ、デジタル」(W

hatever the future m

ay be, it will be digital

)と明

章との関連を見いだしにくいかもしれ

ない。

ただ、GBSや機関リポジトリに対

する活発な発言や思考が、著者の長年

にわたる研究を通した「本」との付き

合いに裏打ちされている事が見わたせ

るし、「本」の好事家にとってシェイク

スピア戯曲の異本や「コモンプレイス・

ブック」 1)等への言及はそれだけで大い

に興味深いかもしれない。

著者は1968年からプリンストン

大学でヨーロッパ史を教え、1980年

頃から「本の歴史」研究分野確立の中

Book R

eview

The Case for Books Robert Darnton

ハーバード燕京図書館 

マクヴェイ

山田

久仁子

1726年築のWasworth House。大学図書館本部で、ダーントン教授の執務する館長室、オープンアクセスのオフィスなどがある。

ハーバードの中央図書館に当たるワイドナー図書館。タイタニック号とともに世を去った卒業生の家族ワイドナー家からの寄付で1915年に完成。300万冊を収容する。

Past, P

resent, and Future

Page 2: Robert Darnton The Case for Books · 2015-12-21 · Robert Darnton ハーバード燕京図書館 マクヴェイ 山田 久仁子 1726年築のWasworth House。大学図書館本部で、ダーントン

丸善ライブラリーニュース 第9号13

言している。またこの環境での学術図書

館の役割を考察して、簡単ではないがと

断りながら「デジタル化して、そのアク

セスの民主化に努めること」(D

igitize and dem

ocratize.

)を提唱している。

第2章「現在」は著者が全米歴史学会

長として1997年から実際に携わっ

た歴史書のデジタル出版プロジェクト

「グーテンベルグ-

e」の経緯と、これ

も著者が2008年にリーダーとなっ

て推進発足したハーバードの「オープ

ン・アクセス」プロジェクトが紹介さ

れている。

前者はこのパイロットプロジェクト

の背景から、1997年にスポンサー

のメロン財団に出した企画書(プロポー

ザル)、2002年成果報告を本書に再

掲載している。興味深い記録であると同

時に、企画書のお手本としても有用だ。

後者は2008年2月ハーバードの文

理学部(Faculty of A

rts and Sciences

の機関リポジトリ設立とそれへの参加

決議を教授会に向かって呼びかけた、著

者の手になる趣意書。結果は全会一致で

採択され、現在では2、000余の論文

が蓄積されている

2)。さらに多くの論文

を集めるために、多忙の教授たちにア

ルバイトの学部生を派遣し、リポジト

リへの論文登録を手伝っているそうだ。

第3章「過去」は著者のかかわった

文字通り過去の印刷物について。マイ

クロフィルム化などの媒体変換によっ

て過去の新聞を大量に破棄した多くの

図書館が、作家ニコルソン・ベイカー

によって手ひどく攻撃された際の、著

者の考察。ベイカーの手法はともかく、

その趣旨に賛同している

3)。残りの部分

は、前述したように、著者の学問的関心

に照らされた主に18世紀ヨーロッパの

出版事情。最後は30年前に書かれた「本

の歴史とは?」で、締めくくっている。

「本の歴史」研究という新しい分野を提

唱した論文で、著者の学問の出発点の

ひとつとして、本書の末尾を飾っている。

この稿を書き始める2日前に、ダー

ントン館長に面会を申し込んだところ、

冬期休暇から戻ったその日であったが

すぐに返事が来て、翌日面会できるとい

う幸運に恵まれた。大学構内で2番目

に古い1726年建築のこじんまりと

した木造大学図書館本部の2階の館長

室で、1時間余懇談した。ゆったりと

落ち着いた調度に囲まれた部屋で、壁

の一面は自己の「ささやかなコレクショ

ンの一部」と表現された近世フランスの

書物で埋められていた。地下出版だとい

う未製本の数十冊のグループは、革装丁

の書物に囲まれ、中央の目に付きやすい

位置に納められて、印象に残った。自身

の専門である18世紀に建てられた部屋

で執務できて大変幸せだという言葉が、

親身に伝わってきた。たしかに三百年

前にそのままスリップしても、ほとん

ど違和感が無い気がした。筆者の不慣

れもあって、会話はこの本の中身に沿っ

てというより、多岐にわたり、ハーバー

ドの図書館についての具体的質問や、筆

者にとって興味深い書物史研究の細部

に入っていったりしたが、その度に丁

寧な返事が返ってきた。

変革のさなかにある図書館経営・マネ

ジメントのトップで、オープン・アクセ

スプログラム運営などの激務

4)のなか、

学部1年生のみを対象とした「本、グー

テンベルクからインターネットまで」 5)

と題したセミナーを、この1月からの新

学期に指導されている。週1回3時間、

10人の学部生とダーントン教授が貴重

書図書館のセミナー室で、グーテンベル

クの聖書、シェイクスピアのフォリオ、

ディドロの百科全書

6)などを直に扱い

ながら本の歴史を学び、本の修復家や、

著作権の専門家、大学出版局長との面

会なども織り込まれた内容で、セミナー

に参加できる学生の幸運を思った。

目下、18世紀のパリの街角でニュース

的な情報が、節をつけて歌われながら

伝播していたことを研究中とのことで、

成果を発表する際に、友人のシャンソ

ン歌手に再現してもらった歌や、その

ほかの一次資料をウェブサイトに掲載

し、研究成果の本体からリンクしたい

との抱負をも語られた。

世界有数の大学図書館長であり、歴

史学者であるダーントン氏との1時間

は、その「本」に対する並々ならぬ造

詣と愛情に裏打ちされた見識の一端に、

直に接する機会だったと思う。

Darnton, R

obert. The C

ase for Books: Past, Present, and Future. New

York: Public Aff airs, 2009 .

脚注

1)

ヨーロッパの読書家が、読んだ本の内容を部

分的に書きとめたノートブックで、ルネサン

ス期に始められ、17世紀までにはかなり定着・

普及しており、フランシス・ベーコン、ジョ

ン・ミルトンなども使い、19世紀には北米で

も盛んに使われた。

2) H

arvard's Open A

ccess Mandates

http://dash.harvard.edu/http://openaccess.eprints.org/index.php?/archives/645 -guid.htm

l

3) N

DL CA

1436

ニコルソン・ベイカーの

静かな図書館/上田修一

http://current.ndl.go.jp/ca1436

4) H

arvard T

ask Force U

rges Cen

-tralizatio

n, C

ollab

oratio

n, an

d Access (vs. A

cquisition

) http://w

ww.provost.harvard.edu/reports/

Library_Task_Force_Report.pdf

5) Library Research G

uide for Robert Darn-

ton's Freshman Sem

inar 42 w: The Book:

From Gutenberg to the Internet

http://hcl.harvard.edu/research/guides/courses/2008 spring/FreshSem

42 w/fresh-

sem42 w

.html

6)

シェイクスピアの死後36戯曲をまとめて出版

したもので、標準紙の2つ折の大きさ(フォ

リオ)で刊行された。ディドロは18世紀フラ

ンスの啓蒙思想家で、全28巻の「百科全書」

(1751 -72

)刊行の中心人物。

ハーバードの貴重書コレクションを収めたホートン図書館。ダーントン教授の「本の歴史」の講義はここのセミナー室で行われている。