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熱電変換材料の設計:第一原理に基づく格子熱伝導率解析
塩見 淳一郎
東京大学大学院工学系研究科
1.はじめに
熱電変換技術は熱を電気に直接変換することで,駆動部や化学反応を必要としないメン
テナンスフリーな環境発電技術として期待されている.また,スケーラブルであることか
ら小型化にも適しており,ユビキタスな電源としての応用も考えられる.しかし,その変
換効率は材料だけで評価しても一般的に低く,発電技術としての実用例は限られており,
環境発電を通じて社会にインパクトを与えられる技術に成長するには,材料自体の大幅な
性能向上が欠かせない.
熱電変換材料の変換効率 ηはカルノー効率 ηcに対して以下のように表すことができる.
HC
c/1
11
TTTZ
TZ
(1)
ここで TH,TC,T はそれぞれ材料の高温側温度,低温側温度,平均温度である.従って,
変換効率は性能指数 Z,あるいはそれを温度で無次元化した無次元性能指数 ZT によって一
意に決まる.ZT は以下の式で与えられる材料固有の物性であり,
phe
2
S
ZT
(2)
S,σ,κe,κph はゼーベック係数,電気伝導率,電子熱伝導率,格子(フォノン)熱伝導率
である.従って,変換効率の向上のためには,使用環境での温度域において S と σが大きく,
κeと κphの小さい材料が望まれる.しかし,これらの物性は電子構造や原子構造を通じて密
接に関連しており,独立に制御することが容易でないことが材料を開発する上で大きな課
題である.
材料の ZT の向上を目指した研究は古くから行われて来たが,長い間 ZT=1 の壁を超える
ことは困難であった[1].それが,1990 年頃からナノテクノロジーの名のもとにナノスケー
ルの構造体を合成,観察,評価する手法が急速に発展したことで,量子ドット,超格子構
造,薄膜などのナノ構造を利用して実験室レベルで ZT の飛躍的な向上が報告されている[2,
3].ここで,ナノ構造化を行うメリットは,①キャリアの量子閉じ込め効果によって,ゼー
ベック係数や電気伝導率が増大することと[4],②ナノスケールで影響の強い界面でのフォ
ノン散乱を促すことによって熱伝導率が低減すること[5]にあるとされる.
近年では,このコンセプトを応用に繋げるべく,配置やサイズがランダムなナノ結晶構
造から成るバルク材料(ナノ構造化バルク材料)の開発が進んでいる.バルク材料は,ス
ケールアップが可能という点において,また費用対効果の面からも応用の幅が広い.その
先駆けとして Poudel ら[6]は,市販グレードの BiSbTe 結晶材料をボールミルで粉砕し,ホッ
トプレス処理を施すことによって,平均サイズが 20nm のナノ結晶により構成されるバルク
材料を合成し,無次元性能指数を大幅に向上(ZT=1.4@100℃)することに成功している.
注目すべきは,ナノ構造を形成することによって,電気伝導率を犠牲にせずに熱伝導率を
大幅に低減している点である(図 1).これは,フォノン熱伝導と電気伝導を独立して制御
できていることを示しており,フォノン伝導はガラスのように悪く,電子伝導は結晶のよ
うに良い半導体材料(いわゆる Phonon Glass Electron Crystal[7])の可能性を示唆する.
ナノ構造化バルク材料の成果の多くは第一義的には前述の②によって実現されており,
ナノ構造界面によって格子熱伝導率を低減するストラテジの有効性が示されている.一方
で,これまでは経験則やトライ・アンド・エラーに基づく研究が多く,結晶構造や組成の
適化によるさらなる性能の向上,又は埋蔵量の豊富な元素によって構成される代替材料
の開発に向けては,原理原則に基づいた材料設計の実現が鍵となる.従って,ナノ構造の
格子熱伝導率を精度よく予測する解析ツールが必要となるが,電気伝導やゼーベック係数
に関しては第一原理的解析が広く行われて来たのに対して,格子熱伝導に関しては単結晶
でさえも正確に解析する手法が近年まで未発展であった.それが 2007 頃から第一原理に基
づく格子熱伝導解析が盛んに研究されるようになり,正確かつ詳細な計算ができるように
なって来ている. 近では,これらの手法をさらに発展させて,合金材料やナノ構造化材
料の取り扱いが試みられており,材料設計ツールとしての活用が期待される.本章では,
これらの概念や方法論を紹介する.
2.ナノスケールの格子熱伝導
ナノ構造化による格子熱伝導低減効果の予測・制御には,フォノン輸送に関するミクロ
スコピックの知見が欠かせない.図 2 はナノ構造化バルク材料を模擬しており,ナノスケ
ールの結晶構造が粒界を隔てて接合している.ここで,図の中心に位置する代表長さ L の
ナノ結晶の中のフォノンが平均自由行程 Λ で移動しているとする.この時,Λ<L であれば
(厳密には Λ<<L),フォノンは界面に達する前に拡散する(拡散フォノン輸送).一方,Λ>L
の場合は,フォノンは運動量を変えることなく界面まで移動する(弾道フォノン輸送).従
って,フォノンの平均自由行程によって,熱伝導の拡散性と弾道性のバランスが変わるこ
とになるが,Λの値はフォノンの周波数,波数,偏向によって大きく異なる(フォノン輸送
のマルチスケール特性)ため,実際は図 2 に示すように Λ<L のフォノンと Λ>L のフォノン
が混在する.従って,全体の格子熱伝導を予測するためには Λ の周波数,波数,偏向への
依存性(フォノン輸送物性)を知る必要がある.
3.フォノン輸送解析
フォノン輸送物性や格子熱伝導率の定量的な理論解析は,非調和原子間力定数(Interatomic
Force Constant, IFC)の厳密な取り扱いが必要であるため,長年困難であったが,密度汎関数
摂動理論(Density Functional Perturbation Theory, DFPT)の発展により,2007 年頃からシリコン
やゲルマニウムなどの軽量で対称性の良い結晶に関しては正確な解析が可能となった
[8-10].さらに, 近になって,実空間原子変位法[11, 12]を用いて非調和 IFC を効率的に求
めることで,実際の熱電変換材料に多く見られるような,比較的重く複雑な結晶構造の解
析が実現されている[13-15].このようにして計算された正確な非調和 IFC をもとに,非調
和格子動力学法や平衡分子動力学法によってフォノンの群速度や緩和時間などのフォノン
輸送物性がフォノンモードごとに求まり,純結晶の格子熱伝導率であればフォノン気体の
運動論に基づいて正確に計算できるようになって来ている.加えて,フォノンモードごと
の熱伝導への寄与をはじめとするミクロスコピックな熱伝導機構が定量的に評価できるよ
うになったことで,ナノ構造化する際の 適な長さスケールなどの熱電変換材料の設計指
針に繋がる知見が得られるようになっている.本節では,次世代熱電変換材料として期待
されるハーフホイスラー化合物[図 3(a)]や,中温度域の代表的な材料である鉛テルル[図 3(b)]
を例に,その方法論を概説する.
3-1.原子間力定数
ここでは,Esfarjani ら[11]によって開発された実空間原子変位法を取り上げる.基底状態
の結晶において i 番目の原子に働く α方向の力は,IFC 及び平衡位置からの変位 u を用いて
以下のように記述できる.
,, !2
1
jkkjijk
jjiji uuuF (3)
ここで,Фと Ψはそれぞれ 2 次(調和)および 3 次の IFC である.まずスーパーセル内の
原子(例えば図 3(b)の鉛テルルであれば Pb と Te)に変位を与え,様々な u に対して各原子
に生じるヘルマン・ファインマン力の第一原理計算を行う.次に,結晶の対称性を考慮し
た上で,得られたデータを式(3)でフィッティングすることによって各 IFC を求める.ここ
で,式(3)からわかるように,3 次の IFC を求めるには 2 つの原子に同時に変位を与える必要
がある.なお,ヘルマン・ファインマン力の計算の精度を高めることで,原理的にはさら
に高次の IFC まで考慮することが可能であるが,3 次または 4 次の項までを含めるのが一般
的である.また,各原子に働く力を見積もる際に考慮する隣接原子の範囲は,材料の種類
と計算負荷を考慮して適切に定める.このように,実空間変位法では,計算負荷と計算精
度のバランスが調節できることで,計算リソースと要求精度に見合った解析が可能となる.
3-2 フォノン輸送特性
式(3)の調和項から,ダイナミカル・マトリックスを通して,フォノンの分散関係を計算
することができる.これをもとに,第一ブリルアンゾーン内の任意の波数ベクトル k およ
び分岐 s におけるフォノン群速度 υksが求まる.さらに,3 次の IFC より,3-フォノン散乱
過程によるフォノンの緩和時間 τks が計算できる.単結晶の緩和時間計算には非調和格子動
力学法が用いられることが多い.非調和格子動力学法では,フェルミ黄金律に基づきフォ
ノンの生成及び消滅の確率を通じて緩和時間を計算する.なお,散乱過程としては,材料
や温度にも依るが,大抵の場合,結晶の内部熱抵抗に第一義的に寄与する 1 次の 3-フォノ
ン散乱過程のみを取り扱えば十分である.これらの計算結果の妥当性は,非弾性中性子散
乱測定より計測される代表的なモードの群速度や緩和時間と比較することで検証すること
ができる[14].
以上の計算によって求められた平均自由行程 Λks=|υks|τks の周波数依存性を,ZrCoSb ハー
フホイスラー化合物(図 3(a)において X=Zr,Y=Co,Z=Sb)を例に図 4(a)に示す[13].このよ
うに,フォノンの平均自由行程は周波数に強く依存し,ナノメートルからマイクロメート
ルに及ぶ広い範囲に分布する.このマルチスケール特性がフォノン輸送解析の難しい点の 1
つであり,後述のように,マルチスケールのアプローチが必要となる.
3-3.格子熱伝導率
フォノン気体モデルに基づき,気体運動論と同様に格子熱伝導率を緩和時間近似のもと
で以下のように求める.
s
sssCV k
kkk υ 2
ph 3
1 (4)
ここで,C はボーズ・アインシュタイン統計に基づくフォノンモード(ks)あたりの熱容量,
V は結晶の体積である.これによって得られた格子熱伝導率の温度依存性は実験での計測値
と良く一致することが確認されている[12-15].特に鉛テルルにおいては,図 4(b)に示すよう
に実験との一致が著しい[14].鉛テルルは格子振動の非調和性が大きいこと[16]を考慮する
と,本手法が非調和性の強い材料にも有用であることがわかる.
3-4 累積熱伝導率
本アプローチの 大のメリットは,フォノンモードごとの格子熱伝導率への寄与が計算
できる点にある.これによって,図 2 に示すような代表長さが L のナノ構造界面のフォノ
ン輸送への影響を議論ことができる.平均自由行程の異なるフォノンが熱伝導率へどの程
度寄与するかを知るにはDamesとChen[17]によって提案された累積熱伝導率が便利である.
累積熱伝導率 c は以下のように表わされ,
0
min3
1)( 0 dCc (5)
平均自由行程の格子熱伝導率への寄与を Λ=Λmin から Λ=Λ0 まで累積したものである.これ
をバルク結晶の格子熱伝導率で規格化したものを図 5 に示す.このように,累積熱伝導率
は Λ0に対して連続的に増加し,熱伝導への寄与が顕著なフォノンの平均自由行程は一定の
幅に分布する.
さて,この累積熱伝導率のナノ結晶構造の熱伝導への示唆を考える.繰り返しになるが,
図 2 の系においては,Λ<L の(拡散)フォノンはバルク材料と同様に拡散するが,Λ>L の
(弾道)フォノンは内部では拡散せず界面の影響を強く受ける.累積熱伝導率を通じて,
これらの拡散及び弾道フォノンの潜在的な(もし界面がなかった場合の)熱伝導への寄与
を評価することできる.例えば,ZrCoSb ハーフホイスラー化合物の場合は,Λ>40 nm のフ
ォノンの熱伝導への寄与が全体の格子熱伝導率の 50%であることがわかる.従って,粒界
の代表長さが 40nm の ZrCoSb ナノ結晶構造では,潜在的に(界面がなければ)熱伝導能の
50%を担うフォノンが界面と界面の間で内部拡散をせずに弾道的に輸送されることで界面
の影響を強く受け得ることが示唆される.
一方,鉛テルルの場合は, 全体の熱伝導能の 50%を担うフォノンが界面の影響を強く受
けるには,粒界の代表長さが 7nm 以下である必要があることがわかる.粒径をこれほど小
さくすることは前述のボールミルと焼結を組み合わせた方法では困難であり,スピノーダ
ル分解による析出を利用するなど,他の方法が必要となる.実際に, 近になって PbTe バ
ルク材料内にサイズが数 nm の SrTe 結晶を析出させることによって格子熱伝導率を低減し,
大 ZT=1.7@500℃を達成した研究[18]が発表されている.
4.より現実的な材料の解析に向けて
実際のナノ構造化材料における格子熱伝導低減効果の直接的な予測に向けては,大別し
て 2 つの技術的な課題が挙げられる.1 つは合金や不純物をはじめとする非均一系の取り扱
いであり,もう 1 つは実際のナノ構造界面の形状や特性を考慮した解析への発展ある.
4-1. 合金による熱伝導低減効果の解析
熱電変換材料開発において合金化技術はナノ構造化などを行う前のインゴット材料の性
能を向上させる上で極めて重要である, もシンプルな戦略としては,同族元素による置
換型合金化を行うことによって,電気伝導状態になるべく影響を与えずにフォノン散乱を
促し格子熱伝導率を低減する方法が挙げられる.合金化の効果には①質量の不均一性によ
るもの②原子間に働く力場の不均一性によるものが挙げられるが,同族元素による置換の
場合は①の効果が支配的であると考えられる.
質量差の効果に関しては,格子振動のハミルトニアンの一次摂動として取り扱う手法[19]
があり,シリコンゲルマニウム合金の実験を良く再現した例が報告されている[10].一方,
実際の応用で見られるように混合率が比較的大きい場合は,低次の摂動論の妥当性は明確
でない.そこで,高次の項の取り扱いが比較的容易な古典分子動力学解析の応用が検討さ
れている[13].古典分子動力学法では式(3)から求まる原子間力をもとにニュートンの運動方
程式を解くことで実際の原子の軌道を計算する.従って,式(3)で考慮した全ての次数を容
易に取り扱えるメリットがある.また,実空間の解法であることから,必要に応じて上述
の②の力場の分布を考慮しやすい利点もある[20].その一方で,量子効果を考慮することが
できないが,発電用の熱電変換材料として使用する温度領域においては一般的に熱伝導の
量子効果の影響は限定的である.
合金系の平衡分子動力学解析結果を,p 型ハーフホイスラー化合物の合金 Hf1-xTixCoSb を
例に示す[図 6(a)].なお,格子熱伝導率の計算は,平衡分子動力学シミュレーションから計
算された熱流束に対してグリーン・久保公式を適用して求めている[21].図 6(a)のように,
得られた格子熱伝導率は混合率 x=0(純結晶)から x が増加するに従って大きく減少し,20%
程度でおおよそ飽和する.これにより,電子状態への影響をできるだけ抑えながら格子熱
伝導を低減するには,x=20%程度が妥当であることがわかる.実際に,この設計指針を基に
行われた実験では,図 6(a)に示すように計算と良く一致する格子熱伝導率が得られ,図 6(b)
に示すように x=20%において ZT>1(@800℃)という p 型ハーフホイスラー化合物としては
高い値が達成されている.
以上のように分子動力学解析によって置換型合金材料の格子熱伝導率を求めることが可
能であるが,グリーン・久保公式を用いる計算方法では,前節までに述べたフォノン輸送
物性が求まらず,材料設計への有用性は限定的である.今後は,分子動力学法を用いて如
何に非均一系のフォノン物性を抽出するかが大きな課題となり,現在研究が進められてい
る.
4-2. ナノ構造化バルク材料の熱伝導解析
3-4節で求めた累積熱伝導率はナノ構造界面による潜在的な格子熱伝導率の低減効果を把
握するのに役立つ一方で,定量的な理解や予測には使えない.実際のナノ構造界面におけ
るフォノンの散乱はそれほど単純ではなく,界面やフォノンの特性に応じた形態や頻度で
散乱し,反射または透過される.このようなナノ結晶内と界面でのフォノン散乱を統一的
に扱うには,ボルツマン輸送方程式が有用である.ボルツマン輸送方程式の解法にはいろ
いろあるが,ここではその中でも図 2 のような複雑な界面形状を有する系の解析に適して
いるモンテカルロ法を用いた解法[22-24]を概説する.
ナノ結晶内部のフォノン輸送に関しては,以下の緩和時間で線形化されたボルツマン輸
送方程式が用いられることが多い.
),(
),(),(),()(
),( 0
T
Tfffv
t
f
s
sss
s
rre
rr
(6)
ここで,f(ω)はフォノンの分布関数,f0 はボーズ・アインシュタイン分布関数,e はフォノ
ンの伝播方向の単位ベクトルである.これに前節で計算した群速度と緩和時間を入力する
ことによって,第一原理に基づいた計算が可能となる.なお,ここでは簡単のために,3-2
節で説明した波数依存性を(分散関係を用いて)周波数依存性に置き換えて記述している.
線形化を行わずに,格子動力学法に従って右辺の衝突項を厳密に表して解く方法もあるが,
フォノン輸送の計算の場合は,一部の材料を除いて緩和時間近似が概ね妥当であるとされ
る[25].この場合,フォノンはそれぞれの群速度に従って移流するとともに,ナノ結晶内部
でのフォノン散乱によって散乱確率 P=1-exp[-Δt/τs(ω)]で散乱する.ここで Δt は経過時間で
ある.モンテカルロ方においては,フォノンが散乱する度に,その全ての状態(周波数,
偏向,群速度,方向)を局所温度に対応する平衡分布に従ってリセットする.
界面に到達したフォノンは界面透過関数に従って界面で反射または透過する.フォノン
の界面透過関数に関する代表的な理論モデルとしては,フォノンの界面での透過と反射を
音波と同様に取り扱った Acoustic Mismatch Model[26]があるが,フォノンの波長が界面粗さ
スケールに対して十分に大きい場合(例えば極低温)以外は界面熱抵抗の極限値を示す程
度にしか使えない.これに対して,界面粗さが支配的な場合を想定したモデルとして,フ
ォノンの方向性を完全に無視して拡散的な界面を経験的に取り扱った Diffusive Mismatch
Model[27]がある.このモデルはその単純さから好まれることが多いが,あくまでも現象論
的なモデルであることに注意する必要がある.
以上のように,第一原理計算に基づいて得られたフォノン輸送物性をもとにボルツマン
輸送方程式を解くことによって,ナノ構造化バルク材料の計算ができる.しかし,界面透
過関数に関しては取り扱いが未だに経験的であり,その部分の開発が急務である.その中
で,より厳密な解析の実現に向けて近年報告例が増加している手法に非平衡グリーン関数
法がある.電気伝導に対して確立された非平衡グリーン関数法[28]を,フォノンと電子のア
ナロジーを用いてフォノン輸送に適用したもので,フォノンの界面透過関数を直接的に求
めることが可能である[29].定式化の複雑さからナノワイヤなどの低次元系や調和近似に基
づいたものが殆どであるが,相当数の研究者が関連研究に携わっており,今後の急速な発
展が期待される.
5 まとめ:マルチスケール格子熱伝導解析
本章では,熱電変換材料の設計を目的とした格子熱伝導解析の概念と方法論を解説した.
これらの要素技術を組み合わせて図 7 に示すようなマルチスケール解析を実践することで,
ナノ構造化バルク材料のような複雑な界面構造を有する材料の格子熱伝導解析が可能とな
る.このフローチャートに従って,本方法論を簡単にまとめると以下のようになる.
まず密度汎関数理論を用いた実空間原子変位法によって非調和力定数を求める.これを
もとに,純結晶系であれば非調和格子動力学法を用い,合金系であれば分子動力学法を用
いてフォノンの緩和時間を計算する.分子動力学法は相対的にノイズが大きい反面,実空
間解析法であることから非均一系を取り扱いやすい利点がある.次に,得られたフォノン
輸送物性を入力として,緩和時間近似の基でフォノン・ボルツマン輸送方程式をモンテカ
ルロ法によって解く.モンテカルロ法を用いることによって,実際の熱電素子に見られる
ような複雑な界形状に対応することができるのと同時に,界面でのフォノンの透過・反射
率を確率論的に容易に導入することができ,ナノ構造化バルク材料の解析への発展が可能
となる.なお,第一原理に立脚することで,ゼーベック係数や電気伝導率もコンシステン
トに計算することができる点も本アプローチの利点である.
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図 1 バルク BiSbTe ナノ構造化バルク材料の熱伝導率と電気伝導率の従来材料との比較[6].
100 200
1
2
0.4
0.6
0.8
1
1.2電気
伝導率
S
/m)
熱伝導率
(
Wm
–1 K
–1 )
電気伝導率 熱伝導率
ナノ構造
温度 (℃)
図 2 ナノ結晶からなるナノ構造化バルク材料のフォノン輸送.
Λshort
Λlong
10nm~1μm
図 3 (a)ハーフホイスラー化合物(XYZ)と(b)鉛テルル(PbTe).
図 4(a) ハーフホイスラー化合物(ZrCoSb)の平均自由行程の周波数依存性[13].(b)鉛テルル
の熱伝導率の温度依存性[14]の解析と実験[30, 31]の比較.
100 101100
102
フォ
ノン
平均
自由
行程
(nm
)
フォノン周波数(THz)
縦波音響フォノン
横波音響フォノン
光学フォノン
–200 0 200 400 6000
2
4
6
格子
熱伝
導率
(W
m–1
K–1
)温度 (℃)
実験(Ravich)
実験(Sootsman, et al.)
解析
(a) (b)
図 5 ハーフホイスラー化合物(ZrCoSb)と鉛テルル(PbTe)の累積熱伝導率[13, 14].
100 101 102 1030
0.5
1
累積
熱伝
導率
c
フォノン平均自由行程(nm)
PbTe
ZrCoSb
図 6 (a)Hf1-xTixCoSb の格子熱伝導率の解析[13]と実験[32]の比較.(b) Hf1-xTixCoSb の ZT の
温度依存性[32].
0 200 400 600 8000
0.5
1
温度 (℃)
無次
元低
能指
数Z
T
Hi0.9Ti0.1
Hi0.8Ti0.2
Hi0.7Ti0.3
Hi0.5Ti0.5
0 0.2 0.40
10
格子
熱伝
導率
(Wm
–1K
1)
Ti 混合率 x
解析
実験
図 7 マルチスケール解析のフローチャート
第一原理計算
非調和原子間力力定数
電子バンド電子状態密度
フォノン輸送物性(モード依存)
ijk
kjiijkij
jiiji
ii uuuuuuVV!3
1
!2
10
HE ˆ
Vdt
dm i
i 2
2r 22iVfW fi
ゼーベック係数電気伝導率
0ff
ft
f
re
モンテカルロ解析
ナノ構造格子熱伝導率
フォノン界面透過関数
分子動力学解析非調和格子動力学