6
1.はじめに プログラミングは,コードの記述を介してコン ピュータを動作させるため,クリックやメニュー選択 で操作する既成のソフトウェア利用とは異なる操作ス キルが必要である。また,プログラムコードには処理 手順を矛盾なく論理的に記述する必要があるため,物 事を適切に順序立てて考える思考スキルを要する。情 報教育においてはこれらのスキルの涵養・育成が重要 であるが,思考スキルに関しては,単にコンピュータ を上手く扱うことができるかどうかだけにとどまら ず,社会のあらゆる場面で必要な要素であると考えら れる。 筆者は文系学生を対象に情報教育を行っているが, 上で述べたプログラミングの特性に着目し,平成18度から日本語プログラミング言語「なでしこ」 1導入したプログラミング教育を行い,一定の成果を上 げてきた 2- 5。授業の際に留意した点は,文系学生 が学習の動機付けと興味の維持が図れるよう事務処理 を主な教材とし,プログラミングによって文書作成ソ フトでの定型作業を自動化したり表計算ソフトでの煩 雑なデータ処理を効率化できることを示し,プログラ ミングの有用性に気付かせることであった。 このような取り組みの中,平成20年告示の中学校学 習指導要領 6において,技術・家庭で「プログラミ ングによる計測・制御」が必修となり,平成24年から 全面実施されるようになった。また,平成21年告示の 高等学校学習指導要領 7においては,教科「情報」 が「情報A」「情報B」「情報C」の3科目編成から「社 会と情報」「情報の科学」の2科目編成となり,平成25 年度から全面実施されている。この学習指導要領の改 訂によって,従来よりも学習内容が明確化される一方 で,中学校の「プログラミングによる計測・制御」と の連携・接続が課題として指摘されている 8。さらに, 平成26624日に閣議決定された世界最先端IT国家 創造宣言 9には,「初等・中等教育段階におけるプ ログラミングに関する教育の充実に努め,ITに対す る興味を育むとともに,ITを活用して多様化する課 題に創造的に取り組む力を育成することが重要であ Scratchによるプログラミング教育の実践と評価 The Practice and Assessment of Programming Education by Scratch 山 田 耕太郎 Kotaro YAMADA Along with the changes of information education in elementary and secondary educations, the importance of programming education is increasing more than ever. In response to such a trend, the Scratch programming education was introduced in Hijiyama University, and for the newly introduced programming education, we comprehensively reviewed the past instructional design. After that, we practiced the lessons and conducted the questionnaire survey in order to assess the effect of lesson practice. The assessment results showed that students feel familiar with the programming and understand its social role. However, their awareness for learning programming proactively tended to be low. This result left us the challenge for Perception Arousal" and Inquiry Arousal" of ARCS Model. 比治山大学紀要,第 22 号,2015 Bul. Hijiyama Univ. No.22, 2015 59

Scratchによるプログラミング教育の実践と評価 …harp.lib.hiroshima-u.ac.jp/hijiyama-u/file/12290...利用できるScratch2.0がある。どちらのバージョンも

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1.はじめに

プログラミングは,コードの記述を介してコン

ピュータを動作させるため,クリックやメニュー選択

で操作する既成のソフトウェア利用とは異なる操作ス

キルが必要である。また,プログラムコードには処理

手順を矛盾なく論理的に記述する必要があるため,物

事を適切に順序立てて考える思考スキルを要する。情

報教育においてはこれらのスキルの涵養・育成が重要

であるが,思考スキルに関しては,単にコンピュータ

を上手く扱うことができるかどうかだけにとどまら

ず,社会のあらゆる場面で必要な要素であると考えら

れる。

筆者は文系学生を対象に情報教育を行っているが,

上で述べたプログラミングの特性に着目し,平成18年

度から日本語プログラミング言語「なでしこ」[1]を

導入したプログラミング教育を行い,一定の成果を上

げてきた[2]-[5]。授業の際に留意した点は,文系学生

が学習の動機付けと興味の維持が図れるよう事務処理

を主な教材とし,プログラミングによって文書作成ソ

フトでの定型作業を自動化したり表計算ソフトでの煩

雑なデータ処理を効率化できることを示し,プログラ

ミングの有用性に気付かせることであった。

このような取り組みの中,平成20年告示の中学校学

習指導要領[6]において,技術・家庭で「プログラミ

ングによる計測・制御」が必修となり,平成24年から

全面実施されるようになった。また,平成21年告示の

高等学校学習指導要領[7]においては,教科「情報」

が「情報A」「情報B」「情報C」の3科目編成から「社

会と情報」「情報の科学」の2科目編成となり,平成25

年度から全面実施されている。この学習指導要領の改

訂によって,従来よりも学習内容が明確化される一方

で,中学校の「プログラミングによる計測・制御」と

の連携・接続が課題として指摘されている[8]。さらに,

平成26年6月24日に閣議決定された世界最先端IT国家

創造宣言[9]には,「初等・中等教育段階におけるプ

ログラミングに関する教育の充実に努め,ITに対す

る興味を育むとともに,ITを活用して多様化する課

題に創造的に取り組む力を育成することが重要であ

Scratchによるプログラミング教育の実践と評価

The Practice and Assessment of Programming Education by Scratch

山 田 耕太郎Kotaro YAMADA

Along with the changes of information education in elementary and secondary educations, the

importance of programming education is increasing more than ever. In response to such a trend, the

Scratch programming education was introduced in Hijiyama University, and for the newly introduced

programming education, we comprehensively reviewed the past instructional design. After that, we

practiced the lessons and conducted the questionnaire survey in order to assess the effect of lesson

practice. The assessment results showed that students feel familiar with the programming and

understand its social role. However, their awareness for learning programming proactively tended to

be low. This result left us the challenge for “Perception Arousal" and “Inquiry Arousal" of ARCS

Model.

比治山大学紀要,第 22号,2015Bul. Hijiyama Univ. No.22, 2015 59

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り,このための取組を強化する。」という文言が盛り

込まれている。

このように,プログラミングは初等・中等教育で実

施されるようになってきたため,高等教育機関におい

てはその接続性や発展性を意識した情報教育の展開が

必要となった。そこで筆者が行ってきたこれまでプロ

グラミング教育を全面的に見直し,平成27年度前期の

プログラミングⅠではビジュアルプログラミング環境

のScratch[10]を導入し,教材や授業構成を変更した。

本稿ではこの教材や授業構成について述べた後,質問

紙調査による授業評価の分析を行う。

2.教材と授業構成

2. 1 Scratch

Scratchはマサチューセッツ工科大学(MIT)の

MITメディアラボで開発が行われているビジュアルプ

ログラミング環境であり,フリーソフトとしてダウン

ロードしスタンドアロン環境で利用できるScratch1.4

とWebアプリケーションとしてインターネット環境で

利用できるScratch2.0がある。どちらのバージョンも

プログラムコードを書く必要はなく,図1に示す操作

画面上で左側に表示されているブロック形状のコマン

ドをマウスドラッグで中央側へ移動させ,それを組み

合わせるだけである。そのためプログラムの構文が理

解できていなくても直観的な操作ですぐにプログラム

を組むことができ,小学生も容易にプログラミングを

学ぶことができる[11]。またオブジェクト指向型のプ

ログラミング言語であるため,現在主流のC++や

Java言語と同様のプログラム設計を知らず知らずのう

ちに体験できるという点で非常に教育的である。

図1 Scratchの操作画面

筆者がこれまで利用していたなでしこはプログラミ

ングの初心者向けではあったものの,手続き型の言語

であることや,テキスト処理やファイル処理には適し

ているが,アニメーションや画像を使ったビジュアル

なコンテンツ処理にはあまり向いていないため,「ア

ニメーションを作りたい」「ゲームを作りたい」など

といった学生の要望に応えることが困難であった。し

かし,Scratchの導入によりこれらの困難さを解消で

きると同時に,オブジェクト指向を無理なく取り入れ

ることができる。なお,授業ではScratch1.4をUSBメ

モリにインストールして利用した。

2. 2 ビーバーコンテスト問題の活用ビーバーコンテストとは,ジュニア向けのコン

ピュータ科学コンテストであり,欧州を中心にBebras

-International Challenge on Informatics and

Computational Thinkingという名称で普及が進んでい

る[12]。

ビーバーコンテストでは知識ではなく思考力を要す

る問題が出題されており,そのうちのいくつかが情報

オリンピック日本委員会ジュニア部会によってコンテ

スト紹介冊子としてまとまられて公開されている[13]。

この冊子の「はじめに」において,「問題を解くこと

によって,科学的な好奇心,手順を考える論理的な思

考力が育つことを期待しています。」と述べられてい

る。問題は小中高生向けであるが,大学生や大人も少

し思考を要する問題があるため,毎回の授業の導入部

図2 プログラミングアタマを鍛える問題

山 田 耕太郎60

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分で図2のような「プログラミングアタマを鍛える問

題」というタイトルのプリントとして問題を配布し,

プログラミングの作業前のウォーミングアップと授業

への意識付けを行った。なお,プリントには学生番号

と氏名を記入する欄を設けているが,授業への意識付

けが目的であるため成績評価の対象とはせず,問題の

ヒントや考え方のポイントなどの解説は行ったがプリ

ントの回収は行わなかった。また量的には多くても

A4用紙1枚の両面までとした。

2. 3 作業シートこれまでの授業では,その日の作業内容や処理手順

をまとめたプリントをPDFファイルで配布し,15回の

授業が終了した時点で全てのプリントを綴じ込むと1

冊のテキストが完成するようにしていた。これは復習

での利用やプログラミングに興味が出た学生への手引

きとなることを期待したもので,テキスト完成時には

80ページ近くのボリュームになることもあったが,実

際にはほとんど活用されてこなかった。そこで,毎回

の配布プリントを大幅に削減し「作業シート」と題し

たA4用紙1枚のみとすることとした。作業シートには

その日の作業内容とプログラムのポイントを示し,振

り返りのための「今日の学習」と学生の感想や意見・

質問を受けるための「今日の感想・質問など」をそれ

ぞれ3行程度で自由記述できるスペースを設けた。そ

して学生が作業内容をイメージし易くするために,プ

ログラミングの題材は図形描画とゲーム制作のみとし

た。

図3に実際に配布した作業シートの例を示す。この

日はランダムに泳ぎ回る魚をScratchネコに捕まえさ

せる,というゲームを発展させることがテーマであっ

た。作業シートにはゲーム完成時のスクリーンショッ

トを示し,この授業で何をすべきなのかをイメージで

きるようにしている。そして,学習のポイントと作業

内容を箇条書きで示し,作業を進めながら「今何をし

ているのか」「何がポイントなのか」の解説を加える

ことで,目的意識や目標を見失わないようにし,作業

への集中が持続するようにしている。作業終了後は「今

日の学習」をまとめさせることによって各自の振り返

りを促し,さらに「今日の感想・質問など」を記入さ

せることによって学習内容と自分の考えとの関連付け

を促して理解や疑問が明確になるようにした。作業

シートは毎回回収し,質問や疑問,意見に対しては回

答コメントを,学生自身による気付きや発見に対して

は赤マルを付け,自由記述の質と量に応じてA,B,

Cの3段階評価を付して翌週の授業時に返却した。ま

た,授業への参加意識を高めることを狙いとして,教

材の充実につながる提案や意見を積極的に取り入れ

た。これはインストラクショナルデザインモデルのひ

とつであるARCSモデルによる授業設計を参考にして

いる。

図3 作業シート

表1 ARCSモデルの4要因と下位分類

要因 下位分類

注 意知覚的喚起(目をパッチリ開ける)探究心の喚起(好奇心を大切にする)変化性(マンネリを避ける)

関 連 性親しみやすさ(自分の味付けにする)目的指向性(目標を目指す)動機との一致(プロセスを楽しむ)

自 信学習要求(ゴールインテープをはる)成功の機会(一歩ずつ確かめて進む)コントロールの個人化(自分で制御する)

満 足 感自然な結果(無駄に終わらせない)肯定的な結果(ほめて認めてもらう)公平さ(自分を大切にする)

Scratchによるプログラミング教育の実践と評価 61

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2. 4 ARCSモデルARCSモデルはケラーが1983年に提唱したもので,

授業や教材の魅力を向上し学習者の学習意欲を高める

要因をAttention(注意),Relevance(関連性),

Confidence(自信),Satisfaction(満足感)の4つに分

類し,それぞれの要因に応じた動機付けの方法を提案

している。この4つの要因はそれぞれ3つの下位分類に

分けられ,鈴木によって注釈が与えられている[14][15]。

表1にARCSモデルの4要因とその下位分類および鈴木

による注釈(括弧内)を示す。授業評価のための質問

紙調査はこのARCSモデルの下位分類に対応した12項

目と独自に設定した9項目で実施した。

3.授業評価と考察

授業評価を行うために,プログラミングⅠの授業の

最終日に質問紙調査を実施した。履修者数は37名で

あったが履修放棄や欠席が3名居たため質問紙の回収

は34枚となった。そのうち解答漏れや重複回答のある

2枚を除いた31枚を有効回答用紙とした。質問は表2に

示す21項目で,問1から問12がそれぞれARCSモデル

の下位分類に対応している。回答方法は「強くそう思

う」「そう思う」「どちらとも言えない」「あまりそう

思わない」「全くそう思わない」の5件法とし,それぞ

れの回答を5点から1点に得点化して分析を行った。

3. 1 ARCSモデルに対応した項目からARCSモデルに対応した問1から問12の得点平均と

標準偏差を図4に示す。どの質問項目とも得点平均が3

点台後半から4点台前半であり,標準偏差が1程度と

なったため天井効果を確認したところ,問5,問6,問

11,問12に天井効果が認められた。従って以下ではこ

れら4項目以外の結果についての考察を行う。なお,

天井効果は平均値と標準偏差の和が5点以上となるか

どうかで判断した。

図4 ARCSモデルに対応した項目の回答結果

得点平均が4点を超えても天井効果が認められな

かった項目は,プログラミングで行う作業内容に関す

る問4のみであったが,この項目はARCSモデルの「親

しみやすさ」に関するものであり,教材として図形の

描画やゲーム制作を積極的に取り入れたことが評価に

つながったと考えられる。これはなでしこでのプログ

ラミング教育で課題となっていたビジュアルなコンテ

ンツ処理が,Scratch導入によって容易に実行できる

表2 質問項目

質    問 対応するARCSモデルの下位分類

問 1.この授業で眠くなることはなかった問 2.どうしてこんなことがプログラムで実現できるのだろう,と不思議に思うことがあった問 3.毎回の授業ネタに新鮮味を感じた

知覚的喚起探究心の喚起変化性

問 4.プログラムで図形を描いたりゲームを作るという内容は,親しみが持てるものだった問 5.プログラミングの作業に積極的に取り組むことができた問 6.プログラミングの作業を楽しんで行なうことができた

親しみやすさ目的指向性動機との一致

問 7.どこまでできればゴールなのかが分かりやすかった問 8.授業が進むにつれて,プログラミングに抵抗感がなくなってきた問 9.できあがったプログラムに対して,自分なりの改良を加えてみたい

学習要求成功の機会コントロールの個人化

問10.プログラミングを何かに活かしてみたい問11.作業シートの赤ペンコメントは学習の励みになった問12.作業シートのABC評価は納得できるものだった

自然な結果肯定的な結果公平さ

問13.プログラムが完成したとき,とても満足だった問14.プログラミングアタマを鍛える問題を解くのが楽しみだった問15.プログラミングが世の中でどのように使われているのかが分かるようになった問16.プログラミングは社会で役立つものだ問17.プログラミングが身近に感じられるようになった問18.この授業は自分にとって難しかった問19.この授業は自分にとって楽しかった問20.機会があればまたプログラミングにチャレンジしてみたい問21.自力でプログラムを作ってみたい

山 田 耕太郎62

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ようになった効果であると言える。また,プログラミ

ングへの抵抗感に関する問8の標準偏差が12項目のう

ち最も小さくなっていることから,教材の親しみやす

さがプログラミングの抵抗感を低減させる効果につな

がったのではないかと考えている。

一方,ARCSモデルの4要因のうち,「注意」に関す

る3項目(問1~問3)は得点平均がやや低く,標準偏

差がやや高い傾向にあることから,「知覚的喚起」や「探

究心の喚起」が活発に行われていなかった様子がうか

がえる。また,プログラムに対する能動的な取組み意

識に関する問9の結果も,得点平均がやや低く標準偏

差がやや高いという傾向になっていることから,授業

を通じて「積極的にプログラミングに関わって使って

みよう」という意識にはつながらず,授業の課題や作

業を受身的にこなしていた傾向があったように読み取

れる。

以上の結果を総合的に判断すると,ARCSモデルに

対応した項目からは「プログラミングは親しみやすく

抵抗感もそれほど感じられないものであったが,自分

から積極的に関わりたいほどの興味関心はあまり起こ

らなかった」という意識であったと考えられる。

3. 2 独自項目から独自の質問項目(問13~問21)の平均得点と標準偏

差を図5に示す。これら9項目のうち天井効果が認めら

れた問13,問14,問19,問20の4項目を除いて考察を

行う。

図5 独自項目の回答結果

特徴的な傾向は,問15,問16,問17の3項目の平均

得点が4点前後のやや高い評価が得られている一方で,

標準偏差が概ね低い値を示していることである。これ

らの項目はどれも,プログラミングと社会との関係性

についての意識を問うものであるため,身の回りでのプ

ログラミングの有用性は認識しているように思われる。

授業の難易度に関する問18の結果は,評価平均が

3.00点で標準偏差が1程度であることから,概ね適正

な難易度になっていたと考えられる。

一方,プログラムの能動的な作成意識に関する問21

の結果は,得点平均,標準偏差ともにやや低い傾向に

あることから,自らプログラムを作ってみたいという

欲求はあまり高まらなかったように読み取れる。

以上の結果を総合的に判断すると,独自項目からは

「プログラミングが社会で役立つものだと分かってお

り,授業もそれほど難しいとは思わなかったが,自分

から積極的にプログラムを作りたいという欲求はあま

り起こらなかった」という意識であったと考えられる。

3. 3 全項目からARCSモデルに対応した項目からも独自項目から

も,プログラミングに対する印象は良好であるものの,

自ら積極的に関わろうとする姿勢がやや低いという傾

向が読み取れた。従って全項目を総合的に見ても,積

極性の喚起が課題であると言える。

天井効果のある8項目は考察の対象としてこなかっ

たが,ここで敢えてこれらの項目に着目してみる。す

ると,「楽しい」という用語が問6,問14,問19に含ま

れていることが分かる。また,問13では「満足」,問

11は「励み」,問12は「納得」など,非常にポジティ

ブな用語を含んだ項目が多いことが分かる。しかし質

問の内容を考えると「その時その場で楽しめた」や「目

に見える成果が励みになり納得できた」といった意味

に捉えることができるため,天井効果が即時的で具体

的な事柄のものに偏っているように思われる。もしそ

うであるならば,抽象的な思考やじっくり考えること

が必要になった場合,どのように学習者の動機付けを

維持するのかが課題であると言える。

これまで得点平均と標準偏差のみを使って定性的な

考察を行ってきたが,分析的な手法で学習者の意識を

探る目的で,全項目を対象とした因子分析も試みた。

全項目を対象にしたものだけでなく,天井効果が認め

られた項目を除外するなど様々なパターンで分析を試

みたが,有益な因子を抽出することはできなかった。

4.まとめと今後の課題

筆者が行っているプログラミング教育はこれまでな

でしこを使って行っていたが,今年度(2015年度)は

Scratchを導入し授業を実践した。実践に際しては,

Scratchによるプログラミング教育の実践と評価 63

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図形描画やゲーム制作等のビジュアル中心の教材を使

い,プリントもA4サイズ1枚程度に収めて要点のみを

図解中心で示したものを配布した。また,授業への意

識付けを目的として若干の思考力を要する問題の配布

も行った。授業の設計はARCSモデルに基づいて行い,

その効果を質問紙調査で評価した。その結果,プログ

ラミングそのものに対しては「親しみやすく抵抗感も

感じない」「社会で役立つものである」などの意識が

やや高いことが分かった。しかし「プログラミングに

自ら積極的に関わっていきたいかどうか」という点に

関してはやや低い意識であることが分かった。プログ

ラミングにはある程度の思考力を要するため,ビー

バーコンテスト問題(「プログラミングアタマを鍛え

る問題」としてプリントで配布)をより効果的に活用

して思考力向上につなげることが今後の課題と言え

る。そしてこのとき,即時的な楽しさや満足感で終わ

らせず,知覚的喚起や探求心の喚起を刺激することが

できれば抽象的な思考やじっくり考える習慣への動機

付けとなる可能性がある。作業シートの自由記述に「プ

ログラミングアタマを鍛える問題だけをやりたい」と

いった意見もあったことから,授業にメリハリを付け

る意味でも,ビーバーコンテスト問題の有効活用を

行っていきたい。

参考文献

[1]日本語プログラム言語「なでしこ」公式サイト

http://nadesi.com/

[2]山田耕太郎,宗尻修治「日本語プログラミング言

語『なでしこ』を用いたプログラミング教育の実

践」平成18年度 大学教育・情報戦略大会予稿集

(2006)pp. 208-209.

[3]山田耕太郎「『なでしこ』で統計学」平成19年度

大学教育・情報戦略大会予稿集(2007)pp. 96-97.

[4]山田耕太郎「プログラミング教育に統計学教育を

織り込んだ授業の実践」平成20年度 教育改革

IT戦略大会予稿集(2008)pp. 168-169.

[5]山田耕太郎「「なでしこ」によるプログラミング

教育の実践」平成21年度情報教育研究集会講演論

文集電子版(2009)F1-5.

[6]中学校学習指導要領解説技術・家庭編 文部科学

省 平成20年2月

[7]高等学校学習指導要領情報編 文部科学省 平成

22年5月

[8]佐藤万寿美「高等学校全体の教科「情報」の状況

について」大学教育と情報 2012年度No. 1 pp.

2-6.

[9]世界最先端IT国家創造宣言(平成26年6月24日)

https://www.kantei.go.jp/jp/singi/it2/kettei/

pdf/20140624/siryou1.pdf

なお,授業実践中の平成27年6月30日に宣言文の変

更が閣議決定されたが,引用部分は変更されずに

そのまま残っている。

[10]Scratch公式サイト

https://scratch.mit.edu/

[11]阿部和広「小学生からはじめるわくわくプログ

ラミング」日経BP社(2013).

[12]ビーバーコンテスト公式サイト

http://www.bebras.org/

[13]ビーバーコンテスト情報ページ

http://bebras.eplang.jp/

からリンクされている

[14]鈴木克明「教材設計マニュアル‐独学を支援す

るために」北大路書房(2002).

[15]John M. Keller(著),鈴木克明(訳)「学習意欲

をデザインする‐ARCSモデルによるインストラ

クショナルデザイン」北大路書房(2010).

〈キーワード〉

情報教育,プログラミング教育,Scratch,インスト

ラクショナルデザイン,ARCSモデル

山田 耕太郎(比治山大学現代文化学部)

(2015.11. 3 受理)

山 田 耕太郎64