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1.はじめに リッチモンド(Richmond, M.E.)は,19 世紀末から20世紀初めにアメリカで慈善組織 協会(Charity Organization Society : CO S)の貧困救済の活動を先導した人物である。 彼女は,貧困救済の方途を模索するなかでケ ースワーク論を確立すると同時に,今日のソ ーシャルワークの専門職化に先鞭をつけた。 小論は,当時の時代状況の推移は措いて彼女 の思索の道程を辿り,ケースワーク論を大成 した1917年の著作『社会的診断』を読み直す 試みである。この著作『社会的診断』を読解 する先行研究は,早くも戦前に福山の論文(福 山1928)があり,戦後に入っては小松らの著 書(小松ほか1979)がある。前者は,ケース ワークやリッチモンドの認知が薄いなかで翻 訳的に概要を紹介し,後者はケースワークの 背景やリッチモンドの動機と関係づけて要点 を整理する。また,今世紀にはリッチモンド の第2の主著『ソーシャル・ケース・ワーク とは何か』(1922年)を含めてそのケースワ ーク論を概括した日根野の論文(日根野2007 A)もある。しかし,以上はCOSで貧困救 済の方途を探求したリッチモンドが思索の到 達として書き著した『社会的診断』のケース ワーク論の含意を焙り出すことはなかった。 COSは,慈善活動の組織化と申請窓口の一 本化で,濫救や漏救を防止するとともに自立 の精神を賦活する貧困救済の地域機構であっ た。しかし,科学的慈善を標榜するこのCO Sも,貧困を個人の責任に帰した自助の強調 があり,人物の印象に基づく恣意的な貧困救 済に止まった。これに対して,リッチモンド は自助と共助の相互関係の認識や,援助介入 の客観的調査の方法に思索を進展させた。『社 会的診断』は,この思索の成果を織り込んだ ところに重要な意義をもったケースワーク論 の古典である。このことは,今日の日本で経 済的困窮や社会的孤立といった社会問題に対 峙するソーシャルワークの在り方にも確認を 迫る。ソーシャルワークは,生活全体や社会 関係をなにゆえにアセスメントするのか,ま たそこにいかにインタベンションするのか。 この問いは,日本の昨今の社会問題に向き合 うソーシャルワークの確実な展開と一定の貢 献に関係し,リッチモンド再訪の要請でもあ る。小論では,まず『社会的診断』を概観し た後,リッチモンドの思索を辿った上で,そ の内容をケースワークの理念と視点,またケ ひねの・たつし(天理大学非常勤講師) Social Case Work Theory of M.E.Richmond : A Study on Social Diagnosis HINENO Tatsushi M.E.リッチモンドのケースワーク論 ―『社会的診断』(1917年)について― 日根野 天理大学人権問題研究室紀要 第18号:37―48,2015 37

Social Case Work Theory of M.E.Richmond : …...Social Case Work Theory of M.E.Richmond : AStudyonSocial Diagnosis HINENO Tatsushi M.E.リッチモンドのケースワーク論

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1.はじめに

リッチモンド(Richmond, M.E.)は,19世紀末から20世紀初めにアメリカで慈善組織協会(Charity Organization Society : COS)の貧困救済の活動を先導した人物である。彼女は,貧困救済の方途を模索するなかでケースワーク論を確立すると同時に,今日のソーシャルワークの専門職化に先鞭をつけた。小論は,当時の時代状況の推移は措いて彼女の思索の道程を辿り,ケースワーク論を大成した1917年の著作『社会的診断』を読み直す試みである。この著作『社会的診断』を読解する先行研究は,早くも戦前に福山の論文(福山1928)があり,戦後に入っては小松らの著書(小松ほか1979)がある。前者は,ケースワークやリッチモンドの認知が薄いなかで翻訳的に概要を紹介し,後者はケースワークの背景やリッチモンドの動機と関係づけて要点を整理する。また,今世紀にはリッチモンドの第2の主著『ソーシャル・ケース・ワークとは何か』(1922年)を含めてそのケースワーク論を概括した日根野の論文(日根野2007A)もある。しかし,以上はCOSで貧困救済の方途を探求したリッチモンドが思索の到

達として書き著した『社会的診断』のケースワーク論の含意を焙り出すことはなかった。COSは,慈善活動の組織化と申請窓口の一本化で,濫救や漏救を防止するとともに自立の精神を賦活する貧困救済の地域機構であった。しかし,科学的慈善を標榜するこのCOSも,貧困を個人の責任に帰した自助の強調があり,人物の印象に基づく恣意的な貧困救済に止まった。これに対して,リッチモンドは自助と共助の相互関係の認識や,援助介入の客観的調査の方法に思索を進展させた。『社会的診断』は,この思索の成果を織り込んだところに重要な意義をもったケースワーク論の古典である。このことは,今日の日本で経済的困窮や社会的孤立といった社会問題に対峙するソーシャルワークの在り方にも確認を迫る。ソーシャルワークは,生活全体や社会関係をなにゆえにアセスメントするのか,またそこにいかにインタベンションするのか。この問いは,日本の昨今の社会問題に向き合うソーシャルワークの確実な展開と一定の貢献に関係し,リッチモンド再訪の要請でもある。小論では,まず『社会的診断』を概観した後,リッチモンドの思索を辿った上で,その内容をケースワークの理念と視点,またケ

ひねの・たつし(天理大学非常勤講師)

Social Case Work Theory of M.E.Richmond :A Study on Social Diagnosis

HINENO Tatsushi

M.E.リッチモンドのケースワーク論―『社会的診断』(1917年)について―

日根野 建

天理大学人権問題研究室紀要 第18号:37―48,2015

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ースワークの過程と手順といった観点から整理し直す。

2.『社会的診断』の概念と構成

1)社会的証拠(第1部)最初に,3部構成で500頁をこす大著『社

会的診断』(Richmond 1917)の内容を概観したい。目次には,第1部が社会的証拠,第2部が社会的診断,第3部が社会的診断の様々とあ

(1)る。

第1部では,まず『社会的診断』の執筆意図の表明がある。それは,ケースワークの専門職化の進展である。ケースワークは,慈善活動に始まり善意に基づく。しかし,ケースワークの専門職化には一定の専門技術が必要である。『社会的診断』は,この専門技術を著す試みであった。また,ケースワークは司法や医療など別の業界にも広まる。しかし,ケースワークの専門職化には共通の実践様式が必要であった。『社会的診断』は,この実践様式を著す試みでもあった(Richmond1917:25―37)。この執筆意図の表明が第1章にあり,第1

部は続く4の章で社会的証拠の概念を詳説する。社会的証拠とは,「クライエントの社会的困難の本質とその解決諸方策を」明確にする「個人または家族の歴史に関するあらゆる事実」の構成である(Richmond 1917:14)。そして,この社会的証拠を成立させるのは,ワーカーの観察と推論といった思考作用である。観察とは,事実を認知する働きである。また,推論とは既知の事実から未知の事実を想起する働きである。また,社会的証拠には,物的証拠,供述証拠,状況証拠といった証拠分類がある。物的証拠とは,ワーカーが観察で実在を認める証拠である。供述証拠とは,ワーカー以外の人物の供述が基の証拠である。

状況証拠とは,状況にワーカーの推論を加えた証拠である。第1部では,主にこの思考作用や証拠分類を,ワーカーに対する注意点を含めて説明する(Richmond 1917:38―100)。

2)社会的診断(第2部)第2部は,14の章からなり社会的診断の過

程を詳説する。社会的診断とは,「クライエントのパーソナリティと社会的状況を可能な限り正確に把捉する試み」である(Richmond1917:51)。この社会的診断の過程は,社会的証拠の探索と収集という社会的調査に始まる。ワーカーは,まずクライエントと面会し,次にクライエントの家族,そしてクライエントや家族を取り巻く外部情報源に接触する。クライエントや家族とワーカーが面会することを,面接と呼ぶ。また,外部情報源とワーカーが接触することを,照会と呼ぶ。第2部では,まず初回の面接と家族,そして外部情報源として親族,医療機関,教育機関,雇用主,文書類,隣近所,その他,社会機関をあげ,手紙や電話の使用とともにワーカーに対する注意点を含めて説明する。その上で,社会的調査を踏まえた狭義の社会的診断,すなわち社会的診断の終局を社会的証拠の比較と解釈として説明する。そして,第2部の終章には社会的診断を支

えるケースワークの基本的哲学の提示がある。ケースワークは,社会改良と相伴う個別援助であり,個人の差異化と自己の拡大化がその基本的哲学であった(Richmond 1917:103―372)。

3)社会的診断の様々(第3部)第3部は,8の章からなり社会的調査の質

問項目を提示する。まず,すべての事例共通の質問

(2)項目を,社会的基礎,身体的及び精神

M.E.リッチモンドのケースワーク論

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的条件,職歴,家計,教育,宗教,余暇,居住,社会機関,社会的治療の基礎といった題目の下に掲げる。その上で,対象者別の質問項目を,移民の家族,妻子遺棄と寡婦,被虐待児童,未婚の母親,視覚障害者,ホームレス(及び大酒家),精神障害者(及び知的障害者)に分けて掲げる。また,第3部の終章には,スーパービジョンで使う点検項目の提示もある(Richmond 1917:373―447)。なお,補遺としてクライエントと家族との

初回の面接の逐語録例や外部情報源の活用頻度に関する調査結果などの掲載がある(Richmond 1917:457―479)。

3.『社会的診断』の着想と思索

1)執筆過程さて,『社会的診断』をあらためて整理す

るにあたり,リッチモンドの思索の道程を確認したい。リッチモンドが『社会的診断』の執筆に着

手するのは,早くも1905年頃であった。家族ソーシャルワークに関する大著を世に問うことが,当初の念願であった。しかし,COSの事務局長の実務にあたる彼女には執筆の時間的な余裕はなかった。この挑戦をあらためて可能にしたのは,1909年に就任したラッセルセイジ財団の慈善組織部部長の立場であった。この慈善組織部部長は,全国のCOSの指導を様々な調査研究の企画とその成果に基づいて行うことが任務であった。また部下に,全国のCOSの徹底した情報収集にあたるマクリーン(Mclean, F.H.)の存在があったことも助力となった。ここに,『社会的診断』の執筆が本格的に軌道に乗り,1917年に大著となって世に出た。リッチモンドは,この執筆過程で2つの調

査を行った。1つは,各種機関のケースワー

クの実践活動の実態調査である。5都市の幾多の社会機関を対象とし,厖大に集積した事例記録の分析や現場ワーカーのヒアリング調査がその内容であった。この成果は,『社会的診断』の全篇にわたり活用があり実態を踏まえた著述を成功させた。またいま一つは,ケースワークの外部情報源の照会頻度の統計調査であった。ここでは,3都市56の社会機関の各50事例,計2,800事例を調査対象とした。その結果,ワーカーが外部情報源に照会する件数は1事例につき3.88件であり,その外部情報源の種類も明確になった。この成果は,『社会的診断』の主に第2部で活用があり,補遺には集計結果の一覧を掲載する(Richmond 1917:5―11)。さて,『社会的診断』の執筆意図は早くも

1911年にはほぼ明確であった。「ソーシャルワークの初期過程の技術について(Of the Artof Beginning in Social Work)」(Richmond1911)は,全米慈善矯正会議のリッチモンドの報告であり,慈善組織協会紀要の同年論文でもある。ここには,ワーカーの知見を集積して一定の専門技術や共通の実践様式を確立させる構想の発表がある。そして同時に,社会改良に向けた実験的な社会調査に対して,社会的治療に向けた臨床的な社会的調査に着目する意義の主張もあった。また,同年には『社会的診断』の草

(3)稿もあり,内容構成もほ

ぼ明確であった。そこには,「社会サービスにおける治療の初期段階―ケースワーカーのための教科書(First Steps in Social ServiceTreatment : A Text-book for Case Workers)」と題して,調査に焦点をあてた著述の試作がある。この構成は3部であり,第1部で調査の在り方を概説し,第2部で調査の進め方を詳説し,第3部は事例記録の見本を提示するという内容であった。

日根野

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さらに,リッチモンドが招聘をうけた1914年のニューヨーク博愛学校ケネディ講座では,社会的証拠の概念を明確に打ち出し,社会的診断の内容がほぼ固まる。同講座の案内

(4)状に

は,ケースワークの一定の専門技術や共通の実践様式を内容として,計6回の講座の名称を「ソーシャル・ケース・ワークの初期段階(First Steps in Social Case Work)」とする。そして,各回の題目を第1回:社会的証拠の本質,第2回:初回面接:家族との関係,第3・4回:外部情報源に関する原則:親族,医師,教師,雇用主との協議,第5回:公的文書ほかの活用,第6回:隣近所の情報源,社会的証拠の整理と利用とする。第1回は,『社会的診断』では第1部の内容に,また第2回以降はその第2部の内容に相当し,第6回の社会的証拠の整理と利用はまさに狭義の社会的診断,すなわち社会的診断の終局を窺わせた。リッチモンドには,社会的証拠を取り扱う

社会的診断の概念に発展する調査に焦点をあてた『社会的診断』の執筆構想が早い時期から明確にあった。

2)友愛訪問以上に先行してリッチモンドが発表した2

著作も彼女の重要な思索の道程であり,ここで確認したい。まず1つは,1899年発表の著作『貧困者に

対する友愛訪問』(以下,『友愛訪問』と略す)である(Richmond 1899)。この著作は,COSの友愛訪問員に対する指南書である。目次には,第1章:はじめに,第2章:一家の稼ぎ手,第3章:家庭の稼ぎ手,第4章:家事の担い手,第5章:児童,第6章:健康,第7章:倹約と貯蓄,第8章:余暇,第9章:救済,第10章:教会,第11章:友愛訪問員と

ある。要点は,大きく2点であり,第1に貧困の社会責任の認識,第2に家族生活の組織化の重視である。従来のCOSの貧困救済は,自助を基本と

して,貧困を個人の責任に帰した。しかし,本書では貧困の社会の責任を認め,個人と社会の相互関係より貧困が生じるという見方を示した。また,従来のCOSの貧困救済は,慈善活動の組織化を通じて,濫救や漏救の防止に重点を置いた。しかし,本書では慈善活動の組織化から家族生活の組織化へと重点を移し,家族構成員や生活諸領域に向けたCOSの貧困救済を重視すべきことを示した。以上のように,リッチモンドは『友愛訪問』

で,COSの貧困救済をめぐり第1に貧困の社会責任の認識,第2に家族生活の組織化の重視といった着想を提示した(Richmond1899:1―16)。このことは,社会的困難と解決諸方策を明確にする社会的証拠の概念にも,またパーソナリティと社会的状況を明確にする社会的診断の概念にも一貫する。

3)善き隣人いま1つは,1907年発表の著作『現代社会

における善き隣人』(以下,『善き隣人』と略す)である(Richmond 1907)。この著作は,COSを取り巻く地域社会の人々に対する啓発書である。目次には,第1章:はじめに,第2章:都市児童,第3章:児童労働,第4章:成人労働,第5章:住居,第6章:ホームレス,第7章:困窮家族,第8章:障害者,第9章:寄付者,第10章:教会員とある。要点は,大きく2点であり,第1に地域住民や各機関の協力,第2に個別援助の立場の堅持である。従来のCOSの貧困救済では,地域社会の

慈善団体と協力することが中心であった。し

M.E.リッチモンドのケースワーク論

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かし,本書では社会問題の深刻化を背景に,COSの貧困救済に協力することを善き隣人として慈善団体以外の地域住民や各機関に呼びかけた。また,COSの貧困救済は従来から一貫して個別援助の立場をとった。ここから,本書では社会制度の整備に向かう社会改良の機運が高まるなかでも,なお個別援助の立場を堅持する意義を訴えた。以上のように,リッチモンドは『善き隣人』

で,COSの貧困救済をめぐり第1に地域住民や各機関の協力,第2に個別援助の立場の堅持といった着想を提示した(Richmond1907:13―27)。このことは,『社会的診断』のクライエントや家族以外の外部情報源といった概念,そして社会改良と相補う関係に位置づける個別援助の概念に通底する。

4.ケースワークの理念と視点

1)社会的困難では,まずケースワークの理念と視点とい

う観点から,『社会的診断』の内容をあらためて整理してみたい。ケースワークの理念や視点は,『社会的診断』では第1に社会的困難という概念に集約できる。ここには,COSの活動に従事するなかで,貧困認識をめぐるリッチモンドの思索の深化があった(Richmond 1917:25―37)。旧来の救貧法の貧困救済は,自助を基本に

就労の意欲や能力に焦点をあて,救貧院や労役場に送るか否かを問うた。COSの貧困救済も元来,自助を前提に就労の意欲や能力に焦点をあて,金品施与を行うか否かを問うた。救貧法の貧困救済も,COSの貧困救済も貧困を個人的な責任に帰し,人間の経済的な側面に着目した。しかし,『社会的診断』では貧困の社会的

な責任をも認めて,人間の社会的な側面に着

目する。社会的診断は,パーソナリティと社会的状況を対象とし,また社会的証拠は社会的困難と解決諸方策が対象であった。さらに,社会的調査はクライエントや家族のみならず外部情報源に働きかけ,社会的調査の質問項目は社会的な側面に視野を収める。『社会的診断』は,このように経済的困窮

を社会的困難に捉え直して,独特なケースワークの理念や視点に寄与した。

2)全体的人間ケースワークの理念や視点を『社会的診

断』で集約できる第2の概念は,全体的人間である。ここには,医療社会事業や少年審判所が発達するなかで,人間理解をめぐるリッチモンドの思索の深化があった(Richmond1917:25―37)。1899年,シカゴ少年審判所は米国で最初のプロベーション・オフィサーを配置し,社会的な調査を審判に供して社会的な処遇を行った。そして,この調査と処遇は1909年設置の精神病質研究所の非行内容のみならず心身状態や発達段階,成育状況,家庭環境に関するヒーリー(Healy, W.)の研究成果に影響を受けた。このことは,新しい人間理解の司法業界におけるケースワークの萌芽であった。また,1906年にマサチューセッツ総合病院

は,米国最初のソーシャル・アシスタントを配置し医師の診療を社会的な調査と処遇で助けた。キャボット(Cabot, R.C.)の発案であり,従来の診療が対象とした心身状態のみならず患者の受診態度や受療意欲をはじめ就労環境や生活状況の取り扱いを目的とした。このことは,新しい人間理解の医療社会事業というケースワークの萌芽であった。『社会的診断』は,このことから経済的側

面のみならず全体的人間を覚知して,独特な

日根野

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ケースワークの理念や視点に寄与し(5)た。

3)基本的哲学最後に,ケースワークの理念や視点を『社

会的診断』が集約する基軸概念は,個人の差異化と自己の拡大化である(Richmond1917:365―372)。ここには,社会的困難や全体的人間といった概念を括るリッチモンドの思索の発展がある。まず個人の差異化とは,民主主義の精神に

根ざす基本的哲学である。この民主主義は,全ての人々に対して同様のことをなすという旧い民主主義ではなく,一人ひとりに適する相違したことをなすという新しい民主主義である。歴史段階としては,たしかに個人本位の民主主義が先行し,社会連帯の民主主義が後続した。前者は,自由放任の社会を巻き起こし,後者は社会制度の立法を生み出す。ただし,ここでは後者の民主主義を旧い段階とし,その次の民主主義を新しい段階とする。具体的には,この旧い民主主義が生み出す社会制度の一律性に対して,次の新しい民主主義が対人援助の個別性を担うという論理である。ここには,個別援助に発する社会改良が実ったのち再び個別援助が要るという両者の相互関係の認識がある。また,この新しい民主主義は被援助者の主

体性を尊重する。『社会的診断』は,被援助者をクライエントとはじめて呼称した。クライエントという用語は専門職者のサービスを利用する者という意味である。したがって,ケースワークの専門職化に向けては重要な用語の提起であった。がここでは,被援助者を主体として認定する民主主義の精神があるという。個人の差異化には,社会連帯の民主主義を経た段階で旧来の個人本位の民主主義を新しく評価し直す立場にたつ独特のケースワ

ークの理念と視点がある。次に,自己の拡大化という基本的哲学であ

る。このことは,人間の精神は社会関係の総和であるという見方を指し示す。その由来は,主に心理学者の知見であった。「個人の精神の歴史は,大半が社会的な関係性のなかで生成する」というパトナム(Putnam, J.J.)や,「自己の観念は,社会関係から直接発生する…自己と他者のネットワークの意識」とするボールドウィン(Baldwin, J.M.),また「人生の所与の状況に対して,人間がいかに反応するか,その関係を総合したのが人間の精神」とするソーンダイク(Thorndike, E.L.)の影響がある。ここから,『社会的診断』では人間の精神は社会関係の総和であるという見方が確定した。ここには,社会を離れては存在できない人

間像がある。この人間像は,貧困の個人的な責任を一面的に問うことはない。また同時に,貧困の社会的な責任も一面的に問うことはない。個人と社会を一体的に認識して,貧困に対処することを指し示す。また,人間の経済的な側面のみを一面的に問うこともない。個人と社会を全体的に把握して,人間を理解することを指し示す。社会的調査の質問項目には,このことが表出する。そこでは,社会的困難は,社会関係の問題が生み出し,十全な社会関係は全体的人間を支え保つ。したがって,社会的調査の対象は社会関係であり,社会的治療の対象も社会関係である。自己の拡大化には,社会的困難や全体的人間を社会関係で把捉する独特のケースワークの理念と視点の提示がある。

5.ケースワークの過程と手順

1)初回の面接続いて,ケースワークの過程と手順という

M.E.リッチモンドのケースワーク論

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観点から,『社会的診断』の内容をあらためて整理してみたい。社会的診断は,社会的調査を内に含み,社会的治療を導き出す。ここには,COSの活動の発展を期して,貧困救済の手続をめぐるリッチモンドの思索の深化があった。社会的診断の過程は,社会的証拠の探索と

収集を行う社会的調査を第1にクライエントや家族との面接を通じて,また第2に外部情報源への照会を通じて,展開する。そして,最後に社会的証拠の比較と解釈を行う狭義の社会的診断,すなわち社会的診断の終局に到達する(Richmond 1917:342―362

(6))。この

展開がクライエントや家族のみならず外部情報源に関与するのは,個人の差異化や自己の拡大化といったケースワークの理念と視点が指示するところである。ま ず,初 回 の 面 接 を 取 り 上 げ た い

(Richmond 1917:103―159)。『社会的診断』では,クライエントや家族に対する個人の差異化を原則とした面接の進め方が基本である。面接は,クライエントや家族に対して関心と共感を示す姿勢で傾聴して相互に理解するよう展開する。このなかで,社会的証拠の探索と収集という社会的調査を行う。ただし,クライエントや家族の自助精神を促すとともに,照会が必要な外部情報源の存在を探すことも同時に行う。このとき,安泰だった過去や希望のある未来を引き出すとともに,クライエントや家族が外部情報源にも視野を広げるようワーカーの力が必要である。また同時に,クライエントや家族の感情や秘事の配慮,そして質問やメモの適否を考慮し,軽率な助言や約束に警戒するワーカーの意識が重要である。このことは,両者の関係形成に欠かせない。面接の締め括りにも,同様にこのことを落とせない。クライエントや家族の

まだ望みがあるという思いや,ワーカーの力を尽くし役に立ちたいという思いを話題に持ち出し,関係の確立や維持に取り組む。以上を基本としながらも,初回の面接では

進め方に調整をかけるための留意点がある。第1に,初回の面接を行う社会機関の業務の目的や性質である。このことが,初回の面接の前提となる。第2には,申請の出所が本人の訪問か,紹介状の持参か,代理人の訪問か,あるいは手紙や電話の一報かである。ここでは,初回の面接の段取が変わる。第3に,初回の面接の場所が事務所か,本人宅かである。クライエントや家族の安心の程度や情報の分量が,ここでは異なる。第4に,援助履歴や援助記録の存否である。履歴や記録がある場合は,社会的調査を一部省略することも可能である。また,クライエントや家族との面接が個別面接か,または合同面接かでも進め方の調整が必要である。社会的診断のためには,家族全体を視野に収めてその生活歴や結束力を把捉することも重要である。個別面接か,または合同面接かでは,クライエントや家族の安心の程度や情報の分量が異なり,後続の必要な面接の回数や順序など手筈が変わる。以上には,ワーカー中心の進め方を戒め,個人の差異化を原則としたケースワークの過程と手順の断面がある。

2)外部情報源次に,外部情報源への照会を取り上げたい

(Richmond 1917:160―341)。外部情報源に照会して社会的調査を行うのは,ケースワークの過程と手順が自己の拡大化を基礎として展開するためである。まず,外部情報源に照会を行う際の原則及

び注意点は,次のとおりである。第1に,クライエントや家族を十分に知りうる照会先に

日根野

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あたること,第2にクライエントや家族に協力を得やすい照会先にあたること,第3に直接的な見聞に基づいた供述を得やすい照会先にあたること,第4に社会的調査の過程で必要性が生じ高まる照会先にあたることである。そして,第5に照会先の集団内の供述が一致するか否かを十分に判別すること,第6に照会先の事実が矛盾する際はさらに外部情報源にあたることが挙がる。以上に即して,社会的証拠の探索と収集という社会的調査を行う。『社会的診断』は,親族,医療機関,教育

機関,雇用主,文書類,隣近所,その他,社会機関を主要な外部情報源として提示した。続いて,この外部情報源の種類と照会の目的及び注意点は,順に次のとおりである。①親族には、主にクライエントや家族の経歴を照会する。親族は,関係の親疎で供述が変わるが,扶養義務の有無に関わらず協力を求めやすい。ただし,拒絶を引き起こしたり負担を掛け過ぎたりすることには,注意が必要である。

②医療機関には,主にクライエントや家族の傷病を照会する。医師の直接的な供述をえて,診断に加えて予後を聴取し,内容はもとより診断の日付を確認するよう注意が必要である。

③教育機関には,主に学年や学業,出欠状況,授業態度,心身状態,家庭状況を照会する。学校が一方的な都合で事を運ぶか,生徒の個別化が可能な様子かに注意が必要である。他面で,学校は社会的治療の成否を把握しやすい立場にありその際の照会も有用である。

④雇用主には,主に雇用状態や労働条件,失業の理由,復職の可否を照会する。現在の雇用主への照会は,被雇用者が不利益を被りやすいため必要がない場合は避

け,過去の雇用主に照会を行うよう注意が必要である。

⑤文書類は,主に出生や死亡,結婚や離婚,所在,財産,入国に関する照会に用いる。ただし,原本から派生した文書には記録の誤りがないか注意が必要である。なお,過去または現在の住所氏名録や,事故や事件に関しては新聞記事も有益である。

⑥隣近所は,一般の住民のみならず家主や店主を含む。原則的には,緊密な人間関係に介入するので,必要がない場合は与しないで,過去の隣近所にあたるよう注意が必要である。

⑦その他は,地域の事情に詳しい警察官,一般事務を担う各種の公務員,本人宅に出入のある商売人,友愛会など保険関係の組合などであり,一定の情報をもつ場合がある。ただし,警察官は政治的な性格をもち注意が必要である。

⑧社会機関には主にクライエントや家族に直接関与した経験があり,またその際に収集して確定した社会的証拠がある。ここでは,社会機関の間で直接的で組織的な情報交換を行うよう注意が必要である。

なお,以上の照会で手紙や電話を使用する際には,次のような一定の注意が必要である。手紙の場合,手紙照会の必要や時宜,照会全体の関連性や照会先の妥当性,手紙内容の簡潔性や応答の簡易性の検討である。また,返信内容は照会の十分な理解を示し,十分な回答と説明や事実の忠実な記述が重要である。電話では,相手の警戒心を惹起し,また非言語の疎通に支障があり,便利さにかまけるとその欠点を見逃すことになる。社会的診断の過程における情報源は,社会

的治療の過程ではクライエントや家族の協力源になりうる存在でもある。以上には,自己

M.E.リッチモンドのケースワーク論

44

の拡大化を基礎として,クライエントや家族のみならず外部情報源を対象とするケースワークの過程と手順の断面がある。

3)社会的診断COSの活動の発展を期して,貧困救済の

手続をめぐるリッチモンドの思索の深化は,『社会的診断』に結実する。社会的診断は,「クライエントのパーソナリティと社会的状況を可能な限り正確に把捉する試み」であった。ケースワークの過程と手順は,この「正確に把捉する試み」(Richmond 1917:51)を特質とする。この正確な把捉を左右するのは,まず観察

と推論というワーカーの思考作用である。観察とは,事実を認知する働きであり,推論とは既知の事実から未知の事実を想起する働きであった。クライエントや家族との面接,または外部情報源への照会を展開する中で,ワーカーはこの思考作用で社会的調査を推進する。この思考作用を保証するのは,ワーカー自身の確かな思考過程と穏かな心理状態である。一般法則の安直な適用や類似事例の粗雑な応用などは,確かな思考過程の陥穽である。また,ワーカー個人の性向や経験,迅速に業務をこなす願望も穏かな心理状態の急所である。他面,社会的証拠を取り扱うワーカーの力も,同様に正確な把捉を左右する。社会的証拠には,物的証拠,供述証拠,状況証拠といった証拠分類があった。とくに,供述証拠はワーカー以外の人物の供述であった。この証拠は,直接的に見聞した人物の供述と間接的に伝聞した人物の供述とに区分できる。また,人物の適格性や先入観は供述の信憑性に関係する。人物の注意力や記憶力,被暗示性,そして人物の人種や国籍,社会的地位,利己的偏見を含めて供述を取り扱うのがワーカー

の力である。一方,状況証拠はそれ自体では不十分で,状況を累積的に整理して事実を推定した証拠である。ここでは,ワーカーの思考過程や心理状態が大きく関係し,正確な把捉に向けた力の見せ所となる(Richmond1917:38―100)。以上には,リッチモンドが学び取った学術

の世界が反映する。『社会的診断』では,端々に論理学をはじめ歴史学の史料批判や刑法学の証拠認定の方法の参照がある。また,バッサー大学歴史学科サモン(Salmon, L)や,ノースウェスタン大学法律学校ウィグモア(Wigmore, J.H.)の校閲もあった。くわえて,応用心理学の将来的な発達と寄与に対する期待も覗かせる(Richmond 1917:5―11)。社会的診断は,この学術の成果を借り組み込んだ「クライエントのパーソナリティと社会的状況を可能な限り正確に把捉する試み」(Richmond 1917:51)であった。最後に,狭義の社会的診断,すなわち社会

的診断の終局である(Richmond 1917:342―362)。この終局は,社会的証拠の比較と解釈を行うことで完結する。社会的証拠とは,「クライエントの社会的困難の本質とその解決諸方策を」明確にする「個人または家族の歴史に関するあらゆる事実」の構成であった(Richmond 1917:14)。社会的診断は,社会的調査の収穫であるこの社会的証拠を総合し,社会的治療の足場を築いて筋道を立てることであ

(7)る。このとき,第1に社会的困難

の定義,第2に社会的困難の原因,第3に社会的治療のリソースとバリアーを明確にすることが社会的診断の成果となる。この社会的診断は,文字どおりリッチモンドが学び取る医師の作法を反映する。社会的調査に終始しない社会的診断には,とくに医師のキャボット(Cabot, R.C.)やマイヤー(Meyer, A.)

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の多大な影響があった(Richmond 1917:347,367)。医師の診断は,確実で厖大な科学知見の蓄積に基づく。しかし,ケースワークは人間事象の不確実性が高

(8)い。ここから,

社会的診断の成果は最終確定を期さない。一応の確定を経た社会的治療の間も,社会的調査が続く。ただし,社会的診断は医師の手続に倣い理想とする「クライエントのパーソナリティと社会的状況を可能な限り正確に把捉する試み」(Richmond 1917:51)でもあった。以上,ケースワークの過程と手順には,学

術の世界や医師の作法を反映して,独特の理念と視点をもった可能な限りの正確な把捉の試みという点に特質があった。

6.結びにかえて

ケースワーク論を確立した著作『社会的診断』の執筆意図は,専門職化であった。これに向けて,リッチモンドはケースワークの独特の理念と視点,また正確な過程と手順を一定の専門技術や共通の実践様式として明確にした。COSの貧困救済では,貧困を個人の責任に帰した自助を強調した。しかし,リッチモンドの思索は『友愛訪問』では貧困の社会責任の認識,また家族生活の組織化を提示し,『善き隣人』では地域住民や各機関の協力,また個別援助の立場の堅持を提示した。そして,『社会的診断』ではケースワークの理念と視点を個人の差異化と自己の拡大化として提示した。この理念と視点は,社会関係に着目し,クライエントと家族との面接や外部情報源への照会を指導する。ここでは,COSの自助の強調は退いて,自助と共助の一体性の創造を示唆する。また,COSは人物の印象に基づく恣意的な貧困救済の残滓があった。しかし,リッチモンドの思索はかなり

早い時期から援助に向けた調査の手続に着目し,社会的困難と解決諸方策を明確に説示する社会的証拠や,パーソナリティと社会的状況を正確に把捉する社会的診断の概念を発展させた。この概念には,歴史学の史料批判や刑法学の証拠認定といった学術の世界や,確実で厖大な科学知見に基づく診断といった医師の作法の反映があった。ここでは,COSの恣意的な救済の残滓に対して,調査と援助の客観性の追求を明示した。以上,COSの貧困救済のなかでリッチモンドの思索が到達した『社会的診断』のケースワーク論には,調査と援助の客観性を個別状況に対して保ち,自助と共助の一体性を個別状況において創ることを指し示す含意がある。ソーシャルワークは,アセスメントからインタベンションへの適確性を実践のなかで不断に考査する。また,ソーシャルワークは個人の自立性と社会の共同性の相関を人々の生活のなかに具現する。ここに,社会の人々に対するソーシャルワーク特有の応対方法と存在意義がある。リッチモンド再訪は,今日の日本で経済的困窮や社会的孤立といった社会問題に格闘するソーシャルワークの展開や貢献にもあらためて基本を教示する。

※本研究は,JSPS科研費2353071の助成を受けたものです。

(1)『社会的診断』の目次は,次の通りである(Richmond 1917)。

第Ⅰ部:社会的証拠(第1章:社会的診断の起源,第2章:社会的証拠の本質と使用,第3章:証拠等用語の定義,第4章:供述証拠,第5章:推論),第Ⅱ部:社会的診断(第6章:初回の面接,第7章:家族集団,第8章:外部情報源,

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第9章:親族,第10章:医療機関,第11章:教育機関,第12章:雇用主,第13章:文書類,第14章:隣近所,第15章:その他,第16章:社会機関,第17章:手紙や電話等,第18章:比較と解釈,第19章:基本的哲学),第Ⅲ部:社会的診断の様々(第20章:社会的調査の質問項目,第21章:移民家族,第22章:遺棄と寡婦,第23章:児童の放置,第24章:未婚の母親,第25章:視覚障碍者,第26章:ホームレスと酒癖男性,第27章:精神障碍者と知的障碍者,第28章:スーパービジョンと実践の点検。

(2) 社会的調査の質問項目の概要は,次の通りである。「Ⅰの社会的基礎では,家族の基本的な構成や属性,その成員の成育歴や生活歴,くわえて家族の暮し向きや成員の性向の主観と客観の

両面に関する調査項目である。Ⅱは,身体的及び精神的条件に関する調査項目であり,家族成員の身体面や精神面の健康如何,出産や育児の面に関する調査項目である。Ⅲの職歴では,職歴に見る職業適性や就労条件,形態,期間,賃金等を,Ⅳの家計では収入の種類や支出の内訳ほか,資産や負債の状況を問う。Ⅴの教育は,夫婦各々の学歴や教育水準,子の就学状況に関する調査項目である。Ⅵの宗教は,夫婦各々が信仰する宗教や所属する教会,子の宗教との関係に関する調査項目である。Ⅶの余暇では,家族の社交状況を問う。Ⅷの居住は,家持か否か,居住歴,家屋内外の清潔さや快適さを含む環境,隣人の状況に関する調査項目である。Ⅸの社会機

関では,家族の生活を支援する機関や施設との関係の経歴や現状から新たにいかほどの機関や施

設の支援を要するか否かを問う。最後に,Ⅹの社会的治療の基礎では,家族の抱く将来に向けた希望や計画はどうかという家族の主体性を尊重

する調査項目である」(日根野建2007B:69)。

(3)『社会的診断』の草稿(1911年)の構成は,次の通りである(Richmond, M.E., Reel3, Folder

118, in Rare Book & Manuscript Archive in

Columbia University)。

第Ⅰ部:調査者と対象範囲(第1章:臨床的調査

の価値,第2章:ケース・ワーク調査の発達,第3章:調査者の姿勢,第4章:調査者の素養,第5章:調査の対象範囲),第Ⅱ部:プロセスの詳細(第6章:初回の面接,第7章:外部情報源,第8章:親族,第9章:職場,第10章:医療機関と教育機関,第11章:隣近所とその他,第12章:探究の方法,第13章:照合と推論,第14章:特殊事例に対する方法の修正),第Ⅲ部:ケース・ヒストリーとケース・カンファレンス

(第14章:記録実例,第16章:サマリー)。(4) Richmond, M.E., Box34, Folder565 in Rare

Book & Manuscript Archive in Columbia

University.

(5) 社会的調査の基本項目に基づいて探索や収集

を行う社会的証拠の提出は,医療や司法でも有用であり,全体的人間の理解をケースワークが学び取る反面,医療や司法に対するケースワークの存在意義があるという(Richmond 1917:

25―37)。

(6) 社会的診断の過程は,原則的にクライエントとの面接,家族との面接,外部情報源への照会,社会的証拠の比較と解釈と進むが,実際は変則的である(Richmond 1917:342―362)。

(7) 社会的診断の内容は,社会的治療の根拠であると同時に,時に社会改良の発動に根拠をもたらすところに個別援助と社会改良の相互関係が

あるとする(Richmond 1917:342―362)。

(8) 社会的調査は,社会科学における社会調査ほど厳密ではなく(Richmond 1917:52),また社会的診断も科学知見に基づく医師の診断ほど

厳密ではなく,ケースワークの主体と対象の人間事象の不確実性を認めている(Richmond

1917:342―362)。

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文献

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日根野建(2007A)「原点のケースワーク論―リッ

チモンド研究」『同志社社会福祉学』21号,同志社大学社会福祉学会,49―61。

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York : Russell Sage Foundation.(杉本一義監修・

佐藤哲三監訳⦅=2012⦆『社会診断』あいり出版)

M.E.リッチモンドのケースワーク論

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