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特定領域研究「分子シャペロンによる細胞機能制御」領域ニュース別冊� 9 + 0.5 2001 No. 分子シャペロン研究の今をお届けする最新情報紙� 発行日: 2001年9月� SPECIAL ATPase ISSUE

SPECIAL ATPase1 『シャペロンニュースレター』 特別企画 ATPaseとしてのシャペロン 特別企画編集長 小椋 光 (熊本大学発生医学研究センター)

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  • 特定領域研究「分子シャペロンによる細胞機能制御」領域ニュース別冊�9+0.5

    2001 No.

    分子シャペロン研究の今をお届けする最新情報紙�

    発行日 : 2001年9月�

    SPECIALATPase

    ISSUE

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    ATPaseとしてのシャペロン小椋 光 ………………………………………………………………………………………… 1

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    あいま いさと生体機能柳田敏雄

    ダイニン真行寺千佳子

    F1-ATPaseのサブステップ野地博行

    AAA+ファミリーATPaseとシャペロン小椋 光

    蛋白質膜透過に中心的役割を果たすSecA西山賢一

    SecA 雑考森博幸/伊藤維昭

    HOPS, SNARE, JAMP to FUSION; V-ATPaseが膜融合を引き起こす!?山本章嗣/森山芳則

    最近のHsp70/DnaKおよび Bag1/GrpE の構造学的・酵素学的進展について寺田和豊

    前駆体タンパク質のアンフォールディングと膜透過を駆動するミトコンドリアHsp70岡本浩二

    Hsp70の酵素活性の本態はNucleoside Diphosphate Kinase(NDPK)様活性で,ATPase 活性はその部分反応であった。木戸 博

    シャペロニンGroELはATPを どのように利用しているか?田口 英樹

    Walker type ATPase(ClpB)とHsp70 type ATPase(DnaK)の協同作業渡辺洋平 ………………………………………………………………………………………… 2

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    『シャペロンニュースレター』 特別企画

    ATPaseとしてのシャペロン

    特別企画編集長 小椋 光(熊本大学発生医学研究センター)

     ャペロンは,タンパク質やその複合体に作用して高次構造を変

    化させることは周知の通りである。したがって,ATPase活性をもち,エネルギー依存的に基質の高次構造を変化させるものが少なく無い。シャペロン特異的 ATPaseというのがあるのだろうか?表1におもなシャペロン ATPaseを挙げてみた1。これを見て分かるようにシャペロンといっても,ATPaseのタイプは様々である。逆に言えば,それぞれのタイプの ATPaseの中には,シャペロンとして機能するものもあればそうでないものもある。例外は,GroELタイプである。このタイプは,これまでシャペロン以外の例が見つかっていない。

    ATPaseのタイプが異なるということは作用の様式も異なるはずで,それぞれのシャペロン活性においてあるタイプの ATPaseを採用する必然性があったのだろうか?同じタイプでありながら,シャペロンとして機能するものとそうでないものはどうだろう?基本的機構は本当に同じなのか?どうして機能的相違が生じるのか?そういう疑問についてこれまであまり議論されてこなかった。

    この企画では,これらの問題点を整理するため,単に個々のシャペロンを見るのではなく,タイプの異なるシャペロンとの相違点・類似点を明らかにし,タイプの同じ ATPaseからの推定・仮説でシャペロン機能がどう説明できるのか考えてみる。そのため,生物学的機能というより,分子機構に焦点を当て,シャペロンに限定せず,分子機構について解明が進んでいる,あるいは特徴的な性質をもつ ATPaseについても採り上げ,その専門の方に寄稿していただいた。なおかつ,これらのミニレビュー全部について執筆者全員と何名かの方に通読していただき,共通する問題点,関連性,あるいは矛盾点をもあぶり出し,Q & Aという形式の議論をお願いし,後半に掲載した。全体として読んでいただければ,きっとこれまでとは違った側面が見えてきて,これからのシャペロン研究のヒントも見えてくるに違いない。そのことが「ATPaseとしてのシャペロン」を理解することに一歩でも近づくなら,この企画は成功だと思っている。まして ATPのエネルギーを利用しないタイプのシャペロンについてまで考えるきっかけになれば望外の喜びである。一つだけお断りしておくと,この企画進行中に『日経サイエンス10月号』に柳田さんの総説「ブラウン運動を巧みに使う筋肉分子」が掲載された2ので読まれた方も多いかと思う。本企画でも,柳田さんのルースカップリングを一つのメインテーマとして採り上げ,徹底的に解剖する試みを行った。その詳細は,最後の Q & Aに載せたので,ミニレビュー本文と併せて読んでいただきたい。

    1 小椋 光,龍田高志,友安俊文(2001)in分子シャペロンによる細胞機能制御(永田和宏,森 正敬,吉田賢右編)pp. 123-131

    2 柳田敏雄(2001)ブラウン運動を巧みに使う筋肉分子。日経サイエンス 31(10),30-36

    GroEL型GHKL型アクチン型Walker型タイプシャペロニン /HSP60GroEL

    Cpn60CCT/TRiC

    HSP90HtpG

    Hsp90a/bsp82Hsc82

    HSP70DnaK

    Kar2/BipHsp70Hsc70

    HSP100NSF

    p97/VCPプロテアソーム ATPaseClpA, B, X

    HslU

    FtsH

    Lon

    Hsp104

    シャペロン

    トポイソメラーゼⅡGyrB

    ヒスチジンキナーゼCheA

    EnvZ

    MutL

    アクチン糖キナーゼ

    F1-ATPaseV-ATPase

    ミオシンキネシンダイニンGタンパク質ABCタンパク質RecA

    ヘリカーゼSecA

    その他の代表例

    表1 シャペロンATPase

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    あいまいさと生体機能

    柳田 敏雄(大阪大学大学院医学研究科)

    ロローグ

    1971年,わたしは博士課程に入るとき半導体の研究から生物物理(大澤文夫教授)に移り,生物のセの字もわからないままに,筋肉の研究を始めた。1971年は,有名な Huxley & Simmonsの首ふりモデルがNatureに発表された1年である。これで筋肉収縮の研究は終結したと多くの人が思ったようである。私は,多くの先輩からどうして今から筋肉の研究なんか始めるの,やめたほうがいいよと忠告された。しかし,論文を読んでみると,それまで,exact scienceをやってきた私にはどうしてこんな不確実な実験データを基にしたモデルをみんなが信じるのだろうかと,率直に思った。何千億という非線形エレメント(ミオシン,アクチン)が複雑に組み込まれたシステム(サルコメア)に,矩形パルスを与えて,そのレスポンスから,エレメントの性質を解析しているのである。こんな方法では,絶対ユニークな解は得られないと,私でなくても,工学物理の教育を受けたひとならそう考えただろう。しかし,Huxley(A. F.)は,同じような方法で,神経興奮のメカニズムをホジキンと共に解明している。このような,神業的研究をやり遂げたHuxleyのモデルだから,みんなは信じたのかもしれない。しかし,私はどうしても納得できなかった。納得したくなかったと言った方が正しいかもしれない。首ふり説は,入力となるATPがミオシンに付くと,ミオシンが首を振るような構造変化をして変位(力)を,発生するというものである。これは,入力に対して出力が1:1に正確に対応(タイトカップリング,tight coupling)しており,トランジスタのデジタル的な on-off動作と同じである。生物の動作メカニズムにミステリーを夢見て,リスクを犯して分野を変えたのに,生物の素子がトランジスタと同じであったでは,悲しすぎる。生物素子(分子機械)は,トランジスタとは基本的に異なっていてほしかったのである。

    ルースカップリング

    もっと正確な測定をやれば,必ず新しい動作メカニズムが見つかるに違いないという思いで,測定装置の開発をはじめた。まず,サルコメアを取り出し,それの収縮と ATPase活性を同時に測定することに成功した。そして,ATP1分子当たりのアクチンの移動距離を求めると,なんと60�にもなった2。首振り説によれば,ミオシンの頭の首ふりで引き起こされる変位は,せいぜい5�であるから,この値は十倍以上である。ミオシンの大きさから考えて,1分子の ATP分解中に,何回も力学反応をしていることを示唆している。すなわち,一つの入力に対して,出力はいろいろに変わりうる(ルースカップリング,loose cou-

    pling)という結果である。これで,生物らしい柔軟さや融通性の本質に迫れるかもしれないと思った。話は俄然おもしろくなってきた。1985年,この結果は,意外にもすんなりと Natureに発表された。この年は,わが阪神タイガースが優勝した年でもあり,私にとっては忘れられない年となった。それ以来,タイトかルースかの論争は今日まで続いている。この発見の1,2年後,谷口シンポで,Stanford大の Spudichが,お前の1985年の論文はとてもおもしろいが,私はどうしても信じられない,絶対つぶすと宣言して帰っていった。それ以来,装置開発も含め,今日にいたるまで彼とは戦争状態が続いている。とは言っても個人的にはとても仲はいい。

    1分子計測技術

    この論争に決着するためには,1分子レベルで正確に力学反応と化学反応を測るしかない。そこで,我々は,ミオシン1分子の変位と ATP加水分解サイクルを同時に測定することを目標に研究を進めた。ミオシン1分子の力学測定は,1994年に Spudichが光ピンセットを使って3,そして,我々がマイクロニードルを使って4成功した。また,1分子イメージング技術は,われわれの ERATOプロジェクトで開発され,ミオシンの運動や ATP加水分解サイクルを観察できるようになった5。そして,1分子ナノ操作法と1分子イメージング法を組み合わせて,ミオシンの化学力学同時測定が可能になった(図1)。さらに,ミオシン1

    図1 ATP分解反応と力学反応の1分子同時観察 光ピンセットで捕らえたラテックスビーズに,アクチンフィラメントの両端をつけ操作し,ガラス表面に固定したミオシンと相互作用させる。ミオシンが発生した変位〔力〕は,ビーズの変位を�の精度で計測して決める。ATP分解反応は,ミオシンと結合している蛍光性のCy3-ATP(またはCy3-ADP)をエバネッセント光で照射し光らせ,その点滅から測定する。こうして,ミオシンとアクチンの相互作用とATP分解反応との共役が得られる。

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    分子を見ながらそれを走査プローブの先端で捕らえ,1�の変位をミリ秒で捉える高感度1分子ナノ操作法を開発し,ミオシンが変位を発生する過程を詳細に捉えることに成功した。こうして,ミオシンが1ATPサイクル中に何回もアクチンと反応しながら長距離滑走することが示された(図2)6。これが,ミオシンのルースカップリングの実態であった。これを明らかにするまで,1985年から14年かかった。

    構造=機能?

    ここまでやったのだから,みんなが信じてくれるのかと思ったら,そうは問屋が卸してはくれなかった。まず,問題の一つは,我々の計測技術があまりにも突出しすぎて,他の研究室で追試できないのである。もう一つの問題は,構造=機能という概念である。ミオシンの結晶構造は1993年に解かれた7。そして,ATPアナログ,ADP,ADP-Piアナログをつけている状態で,ミオシンの頭部の一部(ネック)の角度が変化することがみつかり,首振り説のようにミオシン頭部全体の角度を変えることはないが(首振り運動は,1980年前後に我々や米のグループが否定した),ネックの部分をレバーアームのように使ってそれを傾けて変位を発生すると言う,レバーアーム説が提唱された8。ミオシンが力を発生している時に,この変化が起こっているという明確な証拠は得られていないにもかかわらず,このモデルは広く受け入れられている。私に対して,結晶で構造変化が明確になったのになぜまだ疑うのかといったことを言う人が多い。

    論争の終結?

    論争は,これまで使ってきた筋肉のミオシン(クラスⅡ)ではなく,17あるミオシンファミリーのうちで,細胞中で小胞を運んでいるミオシン群をつかって決着しそうである。これらの特徴は,アクチンフィラメントの上を,1㎜以上に渡って連続的に滑走するのである。また,そのスッテプサイズも36�と大き

    い。これを使えば,高度な測定技術を使わなくても,ステップとそのキネティックスを正確に求めることができる。それゆえ,結果の追試も簡単である。我々は,ネック(レバーアーム)の長さがミオシンⅡの3倍もあるミオシンⅤから,ネックの6分の5を取り除いた欠損変異ミオシンⅤを作り,そのステップと速度を光トラップナノメトリーで測定した。ステップサイズも速度も,ネックの長さにまったく関係がなかった(未発表)。レバーアーム説では,ステップサイズと速度は,ネックの長さに比例するはずであるから,この結果は,明らかにレバーアーム説を否定している。さらに,もう一つのファミリーでも,同じ結果を得た。また,36�に1ATPが対応しているので,ネックの短いミオシンは1ATPサイクル中に,何回もアクチンと相互作用して(力学サイクルを繰り返して)アクチン上を36�滑走しているはずである。すなち,loose couplingである。今度は,実験がミオシンⅡに比べればずっとやさしいので,近い将来に確認されるものと期待する。岡田さん(東大医廣川研)も,最近,キネシンファミリーの一つ,KIF1でも同様の loose couplingが見られることを発見している(私信)。

    ミオシンはブラウン運動で動く(ダイナミックス=機能)?

    ミオシンは,1ATPサイクル中に,どのようにして何回もアクチンと相互作用して長距離滑走するのだろうか。走査プローブを使った高感度測定で,ミオシンは,アクチンに沿って確実にステップするのではなく,前後にステップしながらふらふらと進むことが示された6。これは,ミオシンがブラウン運動でステップしていることを強く示している。ミオシンは小さいので,自らブラウン運動で激しく運動しているので,わざわざ動かしてやらなくてもよい。しかし,ブラウン運動はランダムなので,一方向の運動を起こすには,工夫がいる。おそらくは,ATPのエネルギーは,ランダムな運動から一方向の運動を選び出すのに使っていると考えられる。例えば,ATPのエネルギーでアク

    チンフィラメントとで作るポテンシャルに振動を与え,ミオシンのブラウン運動にバイアスをかけるといったモデル(熱ラチェットモデル)が考えられる(図3)。では,結晶で見られた構造変化はなんだったのか?もしかすると,仕事のピリオッド程度の意味かもしれない。蛋白質の機能を考えるとき,リガンドが結合したときに起こる大きな構造変化にばかり気を取られてはいけない。これは,MRCの R. Hendersonを訪問した時,彼が私に言った言葉である。

    ルースカップリングと生物機械のやわらかさ

    ルースカップリングは,熱ノイズから逃げるのではなく,それを上手く利用して効率よく働くための仕組みらしいことが解った。生物がこのようなユニークな戦略をとったことには,理由がある。それは,ATPの分解エネルギーが,熱ノイズと大差ないからである。それゆえ,熱ノイズを遮断することができず,止むを得ず熱ノイズを仲間にするといった戦略をとったともいえる。これは,トランジスタなど人工素子が熱ノイズの何百倍とい

    図2 ミオシンの最小単位の動きの計測 蛍光標識したミオシンの頭部を観察しながら,その端を,走査プローブの先端でとらえ,ガラス表面に固定したアクチンフィラメントと相互作用させる。ミオシンの動きは,プローブの変位を�の精度で計測し決める。ミオシンは,5.5�のステップで前後しながら前進する。

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    う大きなエネルギーをつぎ込んで,熱ノイズを遮断して働くのと対照的である。しかし,ルースカップリングで働くミオシンの動きは確率的

    で,遅く,間違いもよくする。それ故,そんなものを人工の機械には使えない。例えば,トランジスターの場合,動作時間は数ナノ秒で,熱ノイズに対する正確さを信号対ノイズの比で表すと,1080にもなる。分子モーターの動作速度はミリ秒であるから,106倍も遅く,正確さはたった104しかない。それでは,蛋白質分子機械が集合したシステムは,どうにも

    ならない代物かといえば,脳や筋肉のように,人工のコンピュー

    タやモーターでは真似ができないほど高度な機能を発揮する。生物システムと人工機械では,アルゴリズムが基本的に異なっている。分子機械のゆらぎやあいまいな動作は,実は,この自律性に本質的な役割を果たしているのではないのだろうか。ゆらぎやあいまいな動作をする素子を非線形に結合しシステムを構成すると,そのシステムは単純に平均化がおこり一つの安定な状態をとるのではなく,複数の準安定状態をとり,状況に応じて状態を変化するダイナミックシステムができることが複雑系など非線形力学の研究でも示唆されている。これが証明されたら,電気から生物に移ってきたときの夢が叶う。

    エピローグ

    「あいまいさ」が生物システムの働きに重要な意味を持つという主張は,特に西洋の研究者には理解が難しいようである。量子力学やアロステリックモデルはあるが,総じて,彼らはデジタル的な機械論を好む。昨年の Natureに,我々の論争を東洋と西洋の文化の違いといった視点で捉えた記事がでた9。そこでも,そのようなことが議論されている。ルースカップリングをベースにしたあいまいさが生物システムの柔軟性・自律性の本質であるとすると,「あいまいさ」を理解する文化をもつ我々こそが,21世紀の生命科学をリードしていくかもしれない。(ホームページ http://www.phys1.med.osaka-u.ac.jp)。

    1 Huxley, A. F. and Simmons, R. M.(1971)Nature 233, 533-538.2 Yanagida, T., Arata, T., and Oosawa, F.(1985)Nature 316, 366-369.3 Finer, J. T., Simmons, R. M., and Spudich, J. A.(1994)Nature 368, 113-119.

    4 Ishijima A, Harada, Y., Kojima, H., Funatsu, T., Higuchi, H., and Yan-agida, T.(1994)Biochem. Biophys. Res. Commun. 199 1057-1063.

    5 Funatsu, T., Harada, Y., Tokunaga, M., Saito, K., and Yanagida, T.(1995)Nature 374, 555-559.

    6 Kitamura, K., Tokunaga, M., Iwane, A. H., and Yanagida, T.(1999)Na-ture 397, 129-134.

    7 Rayment, I., Rypniewski, W. R., Schmidt-Base, K., Smith, T., Tom-chick, D. R., Benning, M. M., Winkelmann, D. A., Wesenberg, G., and Holden, H. M.(1993)Science 261, 50-58.

    8 Rayment, I., Holden, H. M., Whittaker, M., Yohn, C. B., Lorenz, M., Holmes, K. C., and Milligan, R. A.(1993)Science 261, 58-65.

    9 Cyranoski, D.(2000)Nature 408, 764-766.

    図3 分子モーターのメカニズム 上は,ミオシンはATPの結合解離と1:1に正確に共役した構造変化(頭部のつけ根の部分が傾く)で変位が発生するとする機械的モデル。下は,ミオシンが,アクチンの上をブラウン運動を利用して歩行するモデル。非対称ポテンシャルを振動させることで,でたらめなミオシンのブラウン運動から一方向の運動を選択的に取り出している。下のトレースは,コンピュータシミュレーションである。

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    ダイニン

    真行寺千佳子(東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻)

     イニンは,ミオシンやキネシンと同様にモーター蛋白質の一つ

    で,様々な細胞運動を担っている。これら3種類のモーター蛋白質は,滑り運動を行うという基本的には共通の特性を持つが,この中で唯一ダイニンのみが,AAA+ファミリー ATPaseに属す。しかし,ダイニンは,形態の面でも機能の面でも他の AAA+ファミリーATPaseメンバーとは異なる特徴をいくつも持っている。ダイニンは,種々のポリペプチドからなる複合蛋白質であり(図1),その構成要素は分子量を目安にして,重鎖(~500KD),中間鎖(~80KD),軽鎖(<~20KD)に分類される。ここでは,ダイニンの AAA+ファミリー ATPaseとしての特性の概要と,その活性制御の特徴について簡単に紹介する。

    AAA+ファミリー ATPase としてのダイニンの特徴

    ダイニンは,ホモロジー解析から AAA+ファミリー ATPaseのメンバーとなった。AAA+ファミリー ATPaseは,通常リング状のオリゴマーやヘキサマーを形成しているが,ダイニンも電子顕微鏡で観察すると,中心に孔のあるリング構造を持つ二つの頭部からなっている(図1)1。ダイニンの場合,1分子の中にリング構造が存在するのであって,多量体としてリングが形成されるのではない。この点が,他の AAA+ファミリー ATPaseと大きく異なる。しかしながら面白いことに,ダイニンのリングを構成するサブユニット(ドメイン)は6つ(7つという報告もある)で,それらはすべて AAA+に特徴的なモチーフを持つ1,2。リングが開くなどの大きな形態変化はこれまでのところ観察されていないので,このリングはある程度安定した形態であろうと考えられている。ダイニンは,通常ダイマーであるが,モノマーやトリマーも存在する。何れの場合もリング状の頭部からは2本の突起が出ていて,1本は柄(stem)と呼ばれ,もう

    1本はストーク(stalkまたは B-link)と呼ばれている。ストークは,柄とは反対の方向に伸び,ドメイン4と5の間の約100アミノ酸からなる短い突起である。これらの突起はダイニンがモーターとして機能する際大きな役割を担う。ダイニンのリングを構成する6つのドメインの機能は,まだよく分かっていないが,ドメインすべてが ATPを結合するのではないらしい。ATPを結合するのは D1-D4の4つのドメインで,その内の D1(P1)は ATPase活性を持つが,D2-D4(P2-P4)は ATPを結合するが加水分解は行わないと考えられている1,2。ダイニン重鎖は分子量が約500KDと巨大であるため,まだその原子構造が明らかにされていない(いくつかの研究室で最近結晶化に成功したらしいので,近い内に原子構造が明らかにされると思われる)。したがって,ATP結合部位を持つ3つのドメインが,AT-Pase活性をもつD1の制御にどのように関わるのかなどについては推論の域をでない。他の AAA+ファミリー ATPaseの中の原子構造が明らかにされている HsIUと NSFとのシークエンスの類似性から,ダイニンの6つのドメインの構造モデルが出されている。それによれば,ATP結合部位は,隣り合う二つのドメインの境界領域に位置するので,ドメイン間のわずかな構造的変位が ATP結合状態あるいは加水分解を制御する可能性が考えられる2。もう一つのダイニンの特徴は,ダイニンが相互作用する微小管との作用形態にある。ダイニン頭部のリング構造の中心部には孔があいているが,ダイニンではこの孔を微小管が通るということはないと考えられている。微小管は,ダイニンの頭部から突き出している2本の突起と相互作用する。ストークは ATPに依存した微小管との結合解離を示すと考えられており,ストークを介したダイニンと微小管との相互作用がダイニンの活性制御機構の鍵を握っている。一方,柄の部分は,ダイニンの種類によって ATPに依存しない微小管結合を示す場合と,膜小胞などに結合する場合とがある。

    ダイニンの滑り活性とその生物学的意義

    ダイニンには,繊毛や鞭毛の運動を担う「軸糸ダイニン」と細胞内において膜小胞などの輸送や細胞分裂などを担う「細胞質ダイニン」の2種類がある。軸糸ダイニンは,ヘテロダイマーが多いが,モノマーやヘテロトリマーもある。これに対し,細胞質ダイニンは,全てホモダイマーである。それらの活性の基本は,方向性を持った滑り運動である。細胞質ダイニンが輸送

    を行う場合には,柄の先端に荷物を載せ,ストーク部分で微小管と相互作用して微小管のマイナス端(重合の遅い端)方向へダイニンが動く。細胞分裂や鞭毛運動では,ダイニンは2本の微小管の間を架橋して微小管の間に滑りを起こし,ストークと相互作用する微小管(鞭毛内ではダブレット微小管)をそのプラス端方向へと動かす(図2)。滑りを起こすときには,ダイニンは微小管と ATP依存的に相互作用する。では,ATPをエネルギーとしてどのように滑りが起こるのだろうか?ダイニンのリング状頭部において ATPが加水分解され,加水分解の化学エネルギーが力学エネルギー(滑り運動)に変換される。エネルギー変換の際に実際どのようなことが起こるのかはまだよく分かっていないが,ATPの加水分解時に頭部に構造変化が起こり,図1 ダイニンの模式図

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    図2 ダイニンによるダブレット微小管間の滑り運動

    その変化した構造が元の安定な構造に戻る過程で微小管を滑らせるような力が発生するのではないかと考えられる。ダイニン全体がヌクレオチドの様々な条件下で形態変化を示すことは電子顕微鏡で確認されていて,この仮説を裏付けるが,ドメインレベルで構造変化が起こるかどうかはまだ分かっていない。最近の1分子解析法によりダイニン1分子の出す力が求められているが,その値は,面白いことにミオシンやキネシン1分子の出す力と同様の5-6pNである3-5。ダイニンによる滑り運動においてもう一つ重要な要素は,運

    動の方向性が決まっていることである。ダイニン自らが微小管のマイナス端方向へ動くか,ダイニンが固定されている場合には相手の微小管をプラス端方向へ動かす。細胞内の物質輸送の際に方向性を持った滑り運動が重要となることはもちろんであるが,鞭毛運動においても方向性は大きな意味を持つ。鞭毛を構成する9本のダブレット微小管は,それぞれ隣り合う2本の微小管の間で滑りを起こすが,ただ滑るだけでは屈曲を形成し周期的振動運動を起こすことはできない。ここでは詳しい説明は省略するが,鞭毛内では,滑りの方向性が一定であるという特性の下に,ダイニンの滑り活性が時間的空間的に見事に制御されている結果,振動運動が起こる4。しかし次の項で述べるように,ダイニンの滑り活性の方向性が固定されているのかどうかについては,まだ検討の余地があるかも知れない。鞭毛は,200種類以上の蛋白質から構成されているので,ダイ

    ニンの活性は,ダイニン以外の蛋白質を介した複雑な機構により制御されていると想像されている。しかし,最近,鞭毛の滑り活性(多分子系,システムとしての活性)が,他の蛋白質を介して制御されるだけではなく,ダイニン1分子の中で自らの活性を制御する機構に基づいて制御されていることを示唆するデータがいくつか得られている。中でも興味深いことは,ダイニン1分子に振動の特性があるという発見である。この発見は,鞭毛というシステムの示す振動運動がダイニン1分子の特性を基本とする可能性を示唆している3,4。

    ダイニン分子の活性制御機構

    ・微小管から離れずに動くには?-Processive motor -

    抽出したダイニンを溶液中で微小管と作用させると,ATPがダイニンに結合することによりダイニンは微小管から離れるとされている。このことからダイニンはミオシン(骨格筋のミオシン)と似ているノンプロセッシヴなモーターであろうといわれてきた。ところが,1分子の力測定3やモノマーのダイニンの力測定5から,ダイニンは微小管を「持続的に滑らせる」(これをプロセッシヴ(processive)と呼ぶ)ことが示され,現在ではキネシンと同様にダイニンはプロセッシヴ・モーターと考えられ

    ている。また,高濃度の ATP存在下ではダブレット微小管同士の滑り運動が抑制されることがあるので,ある種の制御機構がダイニンを微小管から離れにくくする可能性がある。この制御がなくなると,溶液系の実験のように微小管から離れやすくなるのかもしれないが,ATP濃度の効果はダイニンの種類によっても異なり,共通の機構はまだ見い出されていない。ダイニンが ATP依存的に微小管と結合する部位はこれまで主

    にストークの一ヶ所だけといわれてきた。その場合,ダイニン1分子がしかもモノマーであっても微小管から離れずに滑り続けることは可能なのだろうか。最近,リングを構成するドメインの5番付近が微小管と相互作用する可能性も報告されている(ATP依存性は不明)。したがって,ダイニンは複数の部位で微小管と相互作用するのかも知れない.しかし,もし微小管との結合が一ヶ所のみで起こるとすると,次に述べるメカノケミカルサイクルにおいてダイニンが微小管から離れている時間が短いということになる。これは今後明らかにしなければならない問題である。

    ・ATPの加水分解と力発生:メカノケミカルサイクル

    モーター蛋白質の機能を解明する上でもっとも興味深い点は,どのような仕組みで,加水分解の化学エネルギーが力発生(滑り運動)という力学エネルギーに変換されるのか,という点である。図3に予想されるメカノケミカルサイクル中の架橋形成の径路を示す。力発生は,ダイニンに ADPが結合した状態(ATP加水分解後,リン酸を放出した状態のM・D・ADP)から

    ADPが放出される過程で起こると予想される7,8。ダブレット微小管間を架橋しているM・D状態のダイニンと比べると,加水分解中のダイニンはとなりの微小管のマイナス端方向へ向かうように傾きが増加することが知られている。このことから,M・D・ADP状態から安定なM・D状態に戻る過程で滑りが起こるのではないかと推測される。これまで,架橋形成のメインルートは図3の太線の径路をたどる可能性が高いといわれてきたが,もしダイニンと微小管との結合サイトが一ヶ所でかつプロセッシヴに動くとすると,上段の細い線の径路の可能性を考えなくてはならない。滑り運動の際,ダイニン(トリマーの軸糸ダイニン)は微小管を構成するチューブリンダイマー一つ分にあたる8�を単位として進むことが1分子解析から明らかにされている6。しかし,この8�ステップが1分子の ATP分解に対応するのかどうか,ATP1分子の分解で進むステップ数が決まっているのかどうか,またモノマーでも8�ステップなのかどうかはまだわからない。

    図3 微小管(M)とダイニン(D)の架橋サイクル

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    ・運動の方向性

    ミオシンやキネシンではそのスーパーファミリーの中に,通常とは逆向きに滑りを起こすものが知られているが,ダイニンではすべてが微小管のマイナス方向に向かって自らが動くものしか知られていない。いくつかの実験から,ダイニンは両方向性に動きうるのではないかという示唆もあるが,明確な証拠は出されていない9,10。キネシンでは,方向性の決定にモータードメインとその柄の部分の付根(neck region)が重要であるといわれている10。ダイニンはキネシンとサイズや形態が違うので比較することは難しいが,その構造から推測すると,柄とリング状の頭部の間,頭部そのもの,頭部とストークとの間の3ヶ所が方向性の制御に関与する可能性が考えられる1。1分子ダイニンの力の振動は,ダイニンが通常力を出す方向に対して直角方向に微小管を作用させた状態で測定されている3。同じように直角方向にアクチンフィラメントを作用させた場合,ミオシン分子はほとんど力を出さない。したがって,ダイニンは,微小管との結合状態あるいは力発生の時の頭部およびその周辺の構造がフレキシブルである可能性も考えられる。

    今後の展望

    ダイニンの活性制御に最も重要と思われるのが,頭部のリングを構成する6つのドメインの役割であるが,D1における ATP加水分解以外は,残念ながら詳しい機能が分かっていない。6

    つのドメインが等価でなく,不活性なドメインあるいは ATP結合のみが可能なドメインが存在することが活性の制御においてどのような意味をもつのかを明らかにして行くことが今後の重要な課題の一つであろう。また,運動の方向性を決めている分子機構を明らかにすることは,分子モーターの機能を知る上で重要であるばかりでなく,AAA+ファミリー ATPaseの他のメンバーの機能を理解する上でも重要な情報となるのではないかと思われる。ダイニンは,AAA+ファミリー ATPaseの中で特異な存在であるが,生理活性についてのデータは豊富であり,1分子の機能解析もできるので,原子構造の解析が実現されれば,ドメインの違いの構造的意味を生理活性との関連の下に明らかにできる日も近いと期待される。

    1 Asai, D. J. and Koonce, M. P.(2001)Trends in Cell Biol. 11, 196-2022 Mocz, G. and Gibbons, I. R.(2001)Structure 9, 93-1033 Shingyoji, C., Higuchi, H., Yoshimura, M., Katayama, E. and Yan-

    agida, T.(2000)Nature 393, 711-7144 真行寺千佳子(2000)生物物理 228, 111-1165 Sakakibara, H., Kojima, H., Sakai, Y. Katayama, E. and Oiwa, K.(1999)Nature 400, 586-590

    6 Hirakawa, E., Higuchi, H. and Toyoshima, Y. Y.(2000)Proc. Natl. Acad. Sci. USA 97, 2533-2537

    7 Tani, T. and Kamimura, S.(1999)Biophys. J. 77, 1518-15278 Omoto, C. K.(1991)Int. Rev. of Cytol. 131, 255-2929 Brokaw, C.(1997)Cell Motil. Cytoskel. 38, 115-11910 Woehlke, G. and Schliwa, M.(2000)Nature Rev. Mol. Biol. 1, 50-58

    F1-ATPase のサブステップ

    野地 博行(PRESTO, JST)

     1-ATPaseは,それ単独で ATPを消費して分子内部の回転子を回

    転させる回転モーターである。生体内では,膜に埋まった Foモーターと結合して ATP合成酵素となる。Foモーターの駆動力はプロトンの電気化学ポテンシャルであり,F1とは回転子同士・固定子同士で結合しているが,その回転方向は互いに逆向きである。したがって,F1の駆動力(ATP加水分解の自由エネルギー)より Foの駆動力(プロトンの電気化学ポテンシャル)が大きい場合は,Foが F1を逆向きに回転させることで ATP合成を行なう。逆の場合は,F1が Foを逆向きに回転させることで,プロトンを逆方向に能動輸送して電気化学ポテンシャルを形成させることができる。

    F1-ATPaseの回転子は�サブユニットであり分子中央に位置する。トルクを発生する3つの�サブユニットは,活性調節部位を持つ�サブユニットと交互に並んでリング構造をつくり�を取り囲んでいる。F1の回転の様子は,F1分子をガラス基板に固

    定した後,回転子である�サブユニットに非常に大きな目印をつけることで,光学顕微鏡を用いて1分子単位で観察することができる1。目印に用いたアクチン線維は短いもので500�,長いと5000�(5㎜)にもなり,F1-ATPase分子の直径が10�であるのに対して,100倍以上も大きいことになる。自分より,こんなに長いものを必死(?)に回す様子は,見ているだけでも楽しい。ガラスの床にちょっと引っかかったりすると,「頑張れ」と応援したくなる。しかも,その観察から色々なことがわかってくる。人間がプールの中で長い棒を回すときと同じように,F1も長いアクチン線維を水の粘性抵抗に逆らって回している。この粘性抵抗から計算すると,F1がどの角度でも40pNnmで一定のトルクを発生していることがわかった2。また,F1は ATP濃度が高いときには連続的にスムースな回転をするが,ATP濃度を非常に低くすると120°おきにガクガク回る。これは,�を中心に120°置きに並んだ�が,たまにやってくる ATP分子を結合しては�を120°回転させて,次の ATP分子がやってくるまで待っているからである。この停止時間とATP濃度の関係から,1個のATPで120°ステップ回転することがわかった2。上のトルクの値から計算すると,1回の ATP加水分解で40pNnm×2�/3=80pNnmの仕事をすることになる。この実験系は F1の回転を簡単に見ることができる反面,F1の速い動きを見るには向いていない。ATP濃度が高いときに観察される回転速度は高々10�で,自由水溶液中での ATP加水分解活性から予想される100�には遠く及ばない。これは,大きな目印の粘性抵抗が回転を遅くしているからである。そこで,F1の目印を小さくすることにした。今回は思い切っ

    F

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    て,F1分子と同程度の大きさの目印にした3。直径40�の金粒子である。F1分子のせいぜい4倍の大きさである。もはや粘性抵抗は F1の回転の邪魔をしない。レーザーで強い光を照射すれば,金粒子からの散乱光でその動きを可視化することができる。背景光を減らすために,暗視野で観察する。ATP濃度を十分高くして,回転を観察した。すると,F1は予想どおり(正確に言うとちょっと速く)130�で回転した。目印にアクチン線維を用いたときより10倍以上速く回転している。驚いたことに,最高回転数で回っているときでも120°ステップが観察された。金粒子を用いた系では,ATP濃度が十分高くても回転自体にかかる時間は反応全体の10%以下であり,律速反応ではないのである。これは,金粒子の粘性抵抗が F1にとって問題にならないほど小さいことも示している。ATP濃度は十分に高いので,ATP結合はもちろん律速反応ではない。120°ステップ間の待ち時間を解析すると,それぞれ1�の連続した二つの反応が律速反応であり,その後に120°ステップしていることがわかった。次に,ATP濃度を下げてちょうどKm値付近で回転を観察するとさらに面白いことが見えてきた。120°ステップが「90°+30°ステップ」に分離されて観察されたのである。90°ステップ前の待ち時間がATP濃度に依存することから,90°ステップの引き金はATP結合であることがわかった。また,30°ステップは,ATP濃度に依存しない平均1�の連続した二つの反応の後に起きることがわかった。これは高 ATP濃度でみられた律速反応である。以上をまとめると,反応の順番は下のスキームで表される。

    ATP 結合→90°ステップ→1�の反応①→1�の反応②

    →30°ステップ

    高 ATP濃度では,ATP結合が非常に速いため(0.02�),30°ステップの後にすぐ90°ステップが起こり,30°+90°=120°おきの回転が見える。また,逆に ATP濃度が非常に低いときは,ATP結合にかかる時間がとても長く,反応①,②にかかる時間(1+1=2�)が無視できるために,90°+30°=120°おきの回転が見える。ATP結合にかかる時間と,反応①,②にかかる時間がつりあう ATP濃度(Km値付近)で,90°ステップと30°ステップが分離して観察できる。さて,この二つの反応①,②はそれぞれ何であろうか?今回

    の実験結果だけでははっきりしないが,ある程度見当はつく。これまでの研究によれば,F1に ATPが結合している状態と,F1上で加水分解が起きて ADP・Piが結合している状態は,エネルギー的にほとんど差がない。これは,同じ分子モーターであるミオシンでも同様である。したがって,F1上での加水分解は回転運動の引き金となっていないと考えられる。これが反応①の

    候補の一つである。また,その後に起こる ADPや Piの解離が,30°ステップの直接の引き金である反応②の候補である。結晶構造をみると,ADPを結合した�は,何も結合していないときと比べて構造が大きく異なるため,反応②は ADPの解離のように思える。しかし,明確な根拠はない。この反応①,②を明らかにすることは,次に残された課題である。上述のように,F1は ATP結合だけで90°ステップを引き起こ

    す。このとき F1は,40pNnm×2�/4=60pNnm(1モルあたり36kJ)もの仕事をする。つまり,F1と ATPが結合した時のエネルギー変化は60pNnmである。これは,F1の全仕事(40pNnm×2�/3=80pNnm)の75%にもなる。逆反応である ATP合成のことを考えると,F1に結合した ATPを引き剥がすために,Foは F1に対して60pNnmもの仕事をする必要がある。これは,「ATP合成の時には,プロトンの電気化学ポテンシャルは主に F1からATPの解離のために使われる」と提唱する Boyerの Binding-Change-Mechanismとよく一致する。さて,上のスキームは「ATP結合→90°回転」としている。しかし,実はこれだけでは都合が悪い。これでは,ATP結合に伴うエネルギーを F1の構造のどこかに一旦蓄えて,それを放出しながら�を回転させるように読めてしまう。このエネルギーを蓄えた状態は,「ATP合成時に,Foが F1を逆方向に90°回した後まだ ATPが解離していない」状態と同じである。したがって,ATPを結合した F1は,蓄えたエ

    図3 予想される�の向きとATPの親和性の関係。ATPの結合定数は,�の角度に対して指数関数的に下がる(実線)。そのため,ATPと結合することによるエネルギー変化は,角度に対して直線的に下がる(破線)。

    図2 回転のモデル 矢印が�の向きを表している。(A)ATP結合前の状態。ATP結合までの待ち時間はATP濃度に依存する。(B)ATP結合により�が90°回転する(C)反応①(ここではリン酸の解離)のため1msec 停止する(A')反応②(ここでは ADPの解離)のため1msec 停止した後30°回転する。再びATP結合前の状態に戻るが,(A)とは�の向きが120°ずれている。

    図1 F1の結晶構造(左)横から見た図。�と�が交互に並んでいる。(真中)手前の�を除いた図。分子中央に棒状の構造の�が見える。(右)下から見た図。3つの�は120°置きに並んで�を取り囲んでいる。順番にATPを結合してトルクを発生する。

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    ネルギーを回転トルクとして放出するときもあるが,回転する前に ATPの解離に使うときもある。特に,大きな負荷(アクチン線維)によって回転しにくくなったとき,F1は ATPの結合と解離を繰り返してしまい,回転を引き起こすまでの時間が長くなる。しかし,実際にはアクチン線維の有る無しにかかわらず,ATP結合速度は一定である。したがって,この説明は適さない。そこで,我々は次のように考えた。「F1は ATPを弱く結合した後,ATPとの結合を少しずつ少しずつ強める。その度に生じるわずかなエネルギーは,タンパク質の構造内に蓄えられることなく,�の回転にそのまま変換され,水を掻き回す時の熱として散逸する。そして,最終的な強い結合まで達したときに,�はちょうど90°先まで達する。」こうすると,負荷が少々大きくても結合に伴うエネルギーはタンパク質に蓄えられないので,ATPの解離が起きず,見かけの ATP結合速度には影響がない。このモデルでは,F1と ATPの親和性は�の向きに厳密に対応して強くなる(図3)。親和性の変化がすべて60pNnm仕事に変換されると考えると,60pNnm= kBTlnKdATP(KdATPは ATPの解離定数,kBはボルツマン定数)から,�が0°を向いているときより90°を向いているときのほうが106も解離定数が低くなることが予想される。角度によって,指数関数的に解離定数が下がれば,それ

    に伴うエネルギー変化は�の角度に対して直線的になり,前述の「回転トルクが角度に依存せず一定である」ことを説明できる。この ATPの親和性の角度依存性は,次の我々の研究目標である。上述で比較した二つのモデルは,相対する極端な例であり,実際の F1分子の性質はその間に位置するものと思われる。筆者は,F1がミオシンなどに比べてエネルギーを蓄えずにすぐ仕事に変換する性質がより強いものと考えて,これを強調した。

    ATP結合による構造変化は,他のモーター蛋白質でも重要らしい。アクトミオシンの場合は,アクチン線維に強く結合したミオシンが ATPの結合によって解離することが知られている。また,キネシンでは,ATPの結合による「首」の部分の構造変化がキネシンの力発生に重要とされている。タンパク質が ATPエネルギーを利用して何か仕事をするとき,ATPの結合エネルギーを利用するのは意外と共通の性質なのかもしれない。

    1 Noji, H., Yasuda, R., Yoshida, M., Kinosita, K. Jr.(1997)Nature 386, 299-302.

    2 Yasuda, R., Noji, H., Kinosita, K. Jr, Yoshida, M.(1998)Cell 93, 1117-1124.

    3 Yasuda, R., Noji, H., Yoshida, M., Kinosita, K. Jr, Itoh, H.(2001)Na-ture 410, 898-904.

    AAA+ファミリーATPaseと シャペロン

    小椋 光(熊本大学・発生医学研究センター)

     AA+ファミリー ATPaseは,Walker型スーパーファミリーATPaseの一ファミリーを形成し,通常リング状のオリゴ

    マーを形成して機能する。普遍的に存在し,真核細胞では出芽酵母からヒトに至るまでほぼ一定で,50~80個存在する。本企画では真行寺さんのダイニンと渡辺さんの ClpBがこのファミリーに属する。構造的特徴は,Walkerタイプの ATPaseの基本構造に�ヘリックスに富む C末端ドメインが付随していることである。ここには,センサー2とよばれる機能素子が存在する(ただし,AAAサブファミリーにはセンサー2が存在しない)。歴史的にはまず AAAファミリーが提唱され,それを含むより広いファミリーとして AAA+が提唱された。つまり,AAAは AAA+のサブファミリーに位置づけられる。

    AAA+ファミリー ATPaseは種類が多く,多様な機能に関わる。そのため,その全体像について限られた紙幅で紹介することは難しい。詳細は,最近の総説1-3を参照していただくことにし,ここではそのエッセンスと総説では割愛したが,この企画に関連するところに焦点を絞って述べることにする。

    ATP 加水分解は同調的か連続的か?

    AAA+ATPaseの ATP結合ポケットは二つのサブユニッ

    トの境界領域に形成される。したがって,オリゴマー形成は AT-Pase活性に影響する。実際,AAAプロテアーゼ FtsHの ATPase活性にはオリゴマー形成が必須で,隣りのサブユニット上の保存された Arg残基が重要である4。しかし,これが AAA+ATPaseに一般的かどうかはまだ不明である。オリゴマーを形成するサブユニットにおいて ATPの加水分解

    は協調的に起こると考えられている(ただし,ダイニンやクランプローダーでは,不活性なサブユニット(ドメイン)が存在し,協調性は失われている)。協調的加水分解には少なくとも二通りの様式が可能である(図1)。一つは,すべてのサブユニットで一斉に起こる同調型である。これは,AAA+以外では GroELなどに見られる様式である(田口さんの項参照)。もう一つは,隣り合うサブユニットでヌクレオチドの状態が同じではなく,AAA+以外では F1ATPaseなどに見られるように順次変化する連続型である。ただし,F1ATPaseの場合には加水分解活性をもつ

    図1AAA+ ATPase の機能

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    �サブユニットと不活性な�サブユニットが交互に配置しているので,加水分解サイクルは3つの�サブユニットだけで起こる(野地さんの項参照)。多くの AAA+ATPaseでは,ホモ6量体であるので,すべてのサブユニットが加水分解に関わると考えられ,二つのサイクルが同時に進行すると考えたほうがよさそうだ。これら二つの様式のうち,どちらの様式を AAA+ATPaseは採用しているのだろうか?残念ながら,この問題に明確な答えが得られた AAA+ATPaseはない。NSFや p97の電子顕微鏡像・結晶構造は常に6つのサブユニットが同じヌクレオチド状態であることから,同調型と考えられている。これに対して,HslUなどではヌクレオチド状態の異なるサブユニットからなる結晶構造が得られており,その中には4つヌクレオチドが結合し,二つが空という構造がある。これは連続型で予想される構造に似ている。

    AAA+ ATPase の様々な作用機構

    最初に定義されたAAAメンバーがすでに多様な細胞機能に関わることから,AAA+全体では一体どういう共通性があるのかというほど多彩な機能に関わるのがこのファミリーの特徴で,単に作用する分子が多様であるということだけではなく,分子レベルの作用機序も多彩であることが明らかになりつつある。大別して,リング状のオリゴマーの周辺領域で基質タンパク質と相互作用する押し広げ様式と,リング中央の孔に基質タンパク質(あるいは核酸)を通す糸通し様式があるらしい(図1)。しかし,基質タンパク質(あるいは核酸)の認識・結合と作用の分子機構が実は一番分かっていない部分であり,さらに知見が増せばある種の共通性が浮き彫りになってくる可能性もある。

    6量体ヘリカーゼとの類似性

    最近,6量体ヘリカーゼの構造解析が進み,その ATP加水分解が連続型らしいこと,さらに DNAをリングの中を通過させる仕組みなどが推定されている5。この構造と機構は糸通し様式と考えられるAAA+タンパク質と共通する点が多い。孔を通過する基質が DNAの場合は RuvBやMcmなどのヘリカーゼであり,タンパク質の場合はプロテアソーム ATPase,FtsH,ClpA,ClpX,HslUなど ATP依存性プロテアーゼの制御 ATPaseであり,このとき基質タンパク質はアンフォールドされる。ヘリカーゼはリニアモーターである6。ならば,AAA+タンパク質(の少なくとも一部)もリニアモーターと見なすことができる。ただ,これまでに得られた結果は,AAA+タンパク質によるアンフォールディング・トランスローケーションも,リングの出口側にほどけたポリペプチド鎖のトラップを想定すれば,ミトコンドリア前駆体タンパク質の膜透過における Hsp70の作用(岡本さんの項参照)と同じくブラウニアンラチェットとして機能するという考えとも矛盾しない。

    アンフォールダーゼ=シャペロン?

    AAA+タンパク質による基質タンパク質のアンフォールディングは,一端から反対の端まで全体に渡って逐次的に進行する。これらの AAA+タンパク質は変性タンパク質のリフォールディングを促進するという「通常のシャペロン活性」も併せもつことが多い。これは,単純に逆反応ということではないようで,GroELによる RuBisCOのリフォールディングにはまず間違って形成された結合を解消するアンフォールディング反応が起こることが示唆されていることの反映かもしれない。基質タンパク質のアンフォールディングは ATPの加水分解を必要とする反応である。これに対し,AAA+タンパク質のリフォールディング活性には ATP加水分解が必要であるという報告と必要でないという報告があり,整理が必要である。AAA+タンパク質は,基質特異性を保持しながら,変性タンパク質のみならず,天然タンパク質やタンパク質凝集体にも作用するポテンシャルをもつ。いくつかの基質タンパク質については,認識部位が同定されているが,これらの認識部位の共通の特徴はまだ解明されていない。ClpB(Hsp104ホモログ)のタンパク質凝集体への作用については渡辺さんの項を参照されたい。

    今後の展望

    上に述べたように,残念ながら AAA+ATPaseの分子機構についてはまだ不明な点が多く,ようやく研究の緒についたばかりである。しかし,ここ二,三年の間に構造の解明はめざましく,分子機構の解明も進んでいる。今後の一つの方向は,6量体ヘリカーゼとの類似点・相違点を明確にすることである。そうすれば,AAA+タンパク質の特徴がより鮮明になるだろう。何より,AAA+ファミリーという認識が分野の内外で高まってきたことが重要で,シャペロン研究における意義も大きくなってきている。ATP依存性プロテアーゼの制御 ATPaseがシャペロン活性をもつことは上に述べた通りであるし,NSFは私の知るかぎりこれがシャペロンであると誰も言っていないが,SNARE複合体を解離して次の膜融合に働く形に変換する働きはシャペロンそのものである。また,最近のトピックスとしては,p97/VCPが polyQ結合タンパク質として同定されたことだ。酵母では Hsp104がpolyQ凝集体の形成に関わることが判明しているが,いずれもAAA+タンパク質である。神経変性疾患との関連においても今後の進展が待たれる。

    1.小椋 光(2000)in生体膜のエネルギー装置(吉田賢右・茂木立志編),共立出版 pp. 130-141

    2.小椋 光,唐田清伸(2000)細胞工学 19, 1362-13713.Ogura, T. and Wilkinson, A. J.(2001)Genes Cells 6, 575-5974.Karata, K., Inagawa, T., Wilkinson, A. J., Tatsuta, T., and Ogura, T.(1999)J. Biol. Chem. 274, 26225-26232

    5.Singleton, M. R., Sawaya, M. R., Ellenberger, T., and Wigley, D. B.(2000)Cell 101, 589-600

    6.Vale, R. D.(1999)Trends Cell Biol. 9, M38-M42

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    蛋白質膜透過に 中心的役割を果たすSecA

    西山 賢一(東京大学・分子細胞生物学研究所)

    じめに

    SecA(901アミノ酸)は大腸菌における Sec依存の蛋白質膜透過に必須の因子である。SecAは分泌蛋白質前駆体,すべてのSec因子,リン脂質,ATPなど,膜透過反応に関わる多くの因子と相互作用する。膜透過は SecAの構造変化によって直接的に駆動されると考えられている。さらに,プロトン駆動力による膜透過促進にも SecAが関与しており,SecAは膜透過反応において中心的な役割を果たしている。SecAの解析を含めて膜透過機構に関する研究については膨大な報告がなされているので,最近の総説1-4を参照していただきたい。

    SecA のドメイン構造

    図1に現在までに明らかになっているSecAのドメイン構造を大まかに示した。N末端側に2個の ATP結合領域(NBD1,NBD2)をもち,その間には分泌蛋白質前駆体との相互作用部位がある。この N末端領域には DEADヘリカーゼモチーフがある5。C末端側には二量体を形成する領域や,分泌蛋白質に特異的な分子シャペロン SecBとの相互作用領域がある。ATPや分泌蛋白質前駆体,他の Sec因子との相互作用によりドメイン間の相互作用が変化し,SecAの構造が大きく変化する。

    SecA の細胞内局在と発現制御

    SecAは分子全体にわたって親水的であるにもかかわらず,細胞内の局在は多様であり,細胞質にも内膜にも局在する。さらに,内膜に存在する SecAの中でも低濃度の尿素で抽出される膜表在性のものからアルカリでも抽出されない膜内在性のものまである。膜には SecYEGに特異的に,あるいはリン脂質に非特異的に結合する。細胞質では SecAは二量体で存在する。SecAは自身の mRNAに結合し,発現を抑制していると考えられている。実際,SecAには ATP依存の RNAヘリカーゼ活性がある。膜透過が阻害されたとき SecAの発現量が増加するのは,上流にある SecMの翻訳停止能によっている6。

    SecA の ATPase 活性

    ATP結合領域,NBD1と NBD2は,どちらの領域も膜透過に必須である。NBD1の方が ATPに対する親和性が高い。SecA単独の時は C末端領域および NDB2領域により ATPase活性が抑制されているが,SecYEGを含む膜や分泌蛋白質前駆体が存在すれば,ATPase活性は最大限に促進される。これはトランスロケーション ATPase活性とよばれている。ただし,このときの ATPase活性は,一分子の proOmpAを膜透過させるのに数千分子の ATPが必要となる計算となる7。ATPの結合,加水分解により SecAの構造は大きく変化するが,この構造変化が蛋白質膜透過の直接的な駆動力であると考えられている。

    SecA の膜挿入-脱離サイクル

    内膜と相互作用する SecAの一部は,ペリプラズム側(細胞の外側)から化学修飾やプロテアーゼによる切断を受けるほど深く膜に挿入している。In vitroでも N末端側65kDa領域と C末端側30kDa領域は,膜透過反応に伴って外部から加えたプロテアーゼに対して耐性となる。SecA分子が膜に深く挿入することにより,膜に保護されてプロテアーゼ耐性となると解釈されている。SecAの量を制限して膜透過反応を進めた場合,プロテアーゼ耐性となるのは N末65kDa断片で数%~10%,C末30kDa断片で30%~50%程度なので,これらの断片が同一分子から出現するかどうかは不明である。C末30kDa領域については,親水的な環境で膜に挿入しており,膜透過チャンネル内に存在していると考えられる。[125I]SecAを用いて膜透過反応を開始させた後非標識 SecAを加えると,膜挿入 SecAは膜から脱離し,非標識 SecAと置換されるため,[125I]で標識された30kDa断片は速やかに消失する。膜挿入 SecAの脱離には ATPの加水分解が必要であり,これはNBD1における加水分解が関与している。NBD1における変異SecAのなかには,SecAサイクルが強く影響を受けるものがある。一方,NBD2における変異 SecAには,膜透過反応は全く起こらないが,膜挿入-脱離は正常に観察されるものもある。このことから NBD2は SecAの構造変化を膜透過に共役させるのに重要であると考えられている。

    ATPの非加水分解アナログ AMP-PNP存在下で proOmpAの膜透過反応を開始すると,proOmpA全体の膜透過は起こらないが,このとき SecAは膜挿入し,proOmpAのシグナル配列の切断が観察される。また,proOmpAの膜透過中間体を形成させた後,AMP-PNPを加えると2~3 kDa分膜透過が進行する8。これらのことから,SecAの膜挿入-脱離モデルが提唱されて

    いる4。SecAは ATPの結合によって膜に深く挿入し,ATPの加水分解によって脱離する。膜透過は SecAの膜挿入に伴って分泌蛋白質の2~3 kDa分(20~30アミノ酸残基分)進み,SecAが膜挿入-脱離サイクルを繰り返すことにより段階的に進行するというものである。SecY, SecA, SecGなど多くの Sec変異体でSecAの膜挿入効率が低下して膜透過活性が阻害されることが知られており,SecAの膜挿入は膜透過の律速段階の一つであると考えられる。

    SecA サイクルと SecGサイクルとの密接な関連

    膜透過に伴って SecAの構造は膜横断的に大きく変化するが,SecYをはじめとして膜内在性 Sec因子も大きく構造変化するこ

    図1 SecA のドメイン構造 2個のNBD(ATP結合領域),2量体形成領域,および分泌蛋白質前駆体,SecB との相互作用領域を示した。SecA の下には,膜透過反応に伴って膜挿入し,プロテアーゼ耐性となる2カ所の領域を65kDa, 30kDa として示した。

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    とが考えられる。中でも特筆すべきは,SecGの膜内配向性の反転である9。膜透過反応を開始後 AMP-PNPで反応を阻害すると,SecAの脱離が阻害され,膜に挿入した状態で固定される。このとき SecGの膜内配向性は反転する。AMP-PNPを除去し,ATPを再添加すると膜挿入 SecAは脱離し,同時に SecGももとの配向性を回復する(図2)。SecGの配向性が反転を繰り返すことがSecG機能には重要であり,この SecGサイクルは SecAの膜挿入-脱離サイクルと密接に関連している。SecGサイクルによってSecAサイクルが円滑に進行し,その結果膜透過活性が上昇すると考えられる。

    プロトン駆動力と SecA サイクル

    プロトン駆動力は膜透過を促進する。この促進機構は長い間不明な点が多かったが,プロトン駆動力も SecAサイクルに大きな影響を与えていることが判明した10。すなわち,プロトン駆動力が存在すれば,ATPの加水分解を必要とせずに膜挿入 SecAの多くが脱離する。一方,可溶性 SecAを充分量加えて膜透過反応を行うと,プロトン駆動力の有無にかかわらず同程度の高い活性が検出される。可溶性 SecAを加えたときには,プロトン駆動力を形成させたときと同様に膜挿入 SecAの脱離が観察される(図2)。いずれの場合も,膜挿入 SecAの脱離過程も膜透過には重要であることを示している。プロトン駆動力や可溶性 SecAによって膜挿入 SecAの脱離が促進され,その結果,SecAサイクルが加速される。

    今後の展望

    近年,SecAの各ドメインを精製してドメイン間の相互作用やATPase活性の制御,分泌蛋白質前駆体や SecBとの相互作用など,可溶性精製標品をもちいた素反応が詳細に解析されてきている。これらの知見が,実際,膜透過反応においてどう反映されるのか今後の研究が待たれる。SecAの ATP結合型,ADP型,フリー型それぞれの構造決定が待たれるが,それのみではなく膜の SecYEGチャネルに「挿入」した状態の構造が解明される必要がある。SecA自身が吸熱的部分変性を伴って活性化されるとの考察もなされている。

    1 Schmidt, M. G. and Kiser, K. B.(1999)Microbes Infect. 1, 993-10042 Economou, A.(2000)FEBS Lett. 476, 18-213 西山賢一(2000)生化学 72, 1383-13974 Duong, F., Eichler, J., Price, A., Leonard, M. R. and Wickner, W.(1997)Cell 91, 567-573

    5 Sianidis, G., Karamanou, S., Vrontou, E., Boulias, K., Repanas, K., Kyrpides, N., Politou, A. S. and Economou, A.(2001)EMBO J. 20, 961-970

    6 Nakatogawa, H. and Ito, K.(2001)Mol. Cell 7, 185-1927 Lill, R., Cunningham, K., Brundage, L., Ito, K., Oliver, D. B. and

    Wickner, W.(1989)EMBO J. 8, 961-9668 Schiebel, E., Driessen, A. J. M., Hartl, F. -U. and Wickner, W.(1991)

    Cell 64, 927-9399 Nishiyama, K., Suzuki, T. and Tokuda, H.(1996)Cell 85, 71-8110 Nishiyama, K., Fukuda, A., Morita, K. and Tokuda, H.(1999)EMBO

    J. 18, 1049-1058

    図2 蛋白質膜透過に共役したSecA, SecG の構造変化  右側は SecA が膜挿入し SecGが反転した状態を,左側はSecA が脱離しSecGがもとの配向性に戻った状態を示す。分泌蛋白質は省略してある。

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    SecA雑考

    森 博幸,伊藤 維昭(京都大学ウィルス研究所)

     ecAは膜との関わりが深い AT-Paseである。以下は,SecAに関

    わる問題点(1)-(4),興味深い点(5)-(7),夢想(8)などである。まじめな議論は西山さんの原稿の方をご覧下さい。

    (1) SecAの高次構造:枯草菌のSecA(free form, monomer)は J. Huntらにより結晶化され,構造解析もほぼ終わっているが,なかなか公表されない。(2) SecA構造変化の実体は?:溶液中の小角散乱測定によれば,ATPは大幅な構造変化を起こすわけではないが,ATP, SecYEGチャネルを含む膜,分泌タンパク質前駆体の存在下(すなわち膜透過反応を駆動している時)では,大幅な構造変化,すなわち transmembrane movement=膜挿入を起こすとされている。挿入は SecYEGチャネル中に起こるのだろうか?少なくともSecYとの特異的相互作用が必要であること,脂質中に挿入するわけではないことがわかっている。C末側30kDa断片,N末側65kDa断片の両方が「挿入」するが,これに加えて,結合した前駆体が一緒に挿入するはずである。しかもSecAは二量体として機能することになっている。いったいどうなっているのだろうか?この膜挿入状態の実体解明は最大の問題点であろう。(3) SecAと膜透過チャンネル:また,SecYEGチャネルはこのような巨大な SecA-preprotein複合体を accommodateできるのであろうか?それにしては,Secチャネルは unfoldしたポリペプチドしか通すことができない。チャネルのゲーティング,ion-tightであることなどとの関係はどのようになっているのだろうか?上記に関連して,SecYEGは4ユニットがスーパーアセンブリーを起こして functionalなチャネルとなるとの説が現在有力になっている。このアセンブリーをトリガーするのが SecA自体であるとの説(+結果)も存在する。ゲートオープニングの実体に関係するかもしれない。(4) SecGの謎:SecGのトポロジー反転は,energy-costingのはずであるが,実際には SecAの機能を助けて潤滑油のように働く。この矛盾はどのように理解するか?また,西山説では,ATP加水分解とプロトン駆動力がSecAの脱挿入に関して等価に働くが,これの分子的理解はどのようなものになるだろうか?(5) ATPaseの制御:SecA ATPase活性は,NBD1が担っている。その律速は ADPの遊離ステップにある。SecAは働いていないとき ATPase活性は低い。C末30kDaドメインと NBD2が独立にNBD1における触媒能を抑制している(両方の抑えが効かなくな

    ると50-100倍活性化する)。膜透過に働くときには,これらがSecYEGチャネルと相互作用して抑えが外れるのであろう。このとき,SecAは吸熱的変性状態となり,膜に挿入するとの考えがある。(6) SecAとターゲティング機能:SecAはターゲティング因子と相互作用する。C末に SecB結合部位(Zn2+配位)があるし,枯草菌では SRPと SecAの相互作用が観察されている(山根國男研究室)。因みに,最近原核細胞の SRPは膜蛋白質の膜組込みに働くことが確立しつつある(ただし,cotranslationalに働くとの確証はない)。膜蛋白質には SRPから SecA/SecYEGへ,その後YidCを経て脂質層に組み込まれる経路を通るものがあるらしい。Secを経ずに直接? YidCを経る膜蛋白質もある。(7) SecAの発現制御:SecAは RNA結合活性,helicase活性を持ち,DEADモチーフをもつ。autogenous translational repressorとして,自身の翻訳制御に関わると言われる。しかし,分泌活性に呼応した発現制御には上流の SecMが働く。SecMは SRP, Secの両者に依存する特異なペリプラズム蛋白である(膜タンパクでないのに SRPに依存)。SecMの C末付近の20残基ほどは,N末側が膜透過装置によって引っ張られていない限りリボソーム内壁との相互作用によって翻訳伸長ができない。このとき,立ち止まったリボソームはmRNA二次構造を壊し,SecA SD配列を露出させ,その翻訳を上昇させる。ところで,可溶性 SecAと膜結合 SecAの違いは?本研究室中戸川君は,SecMは SecAの翻訳を膜結合 mRNAから起こさせることにより,新生 SecAを膜のSecマシーナリーの近くに存在させる役割を持つとの仮説(秘密です!)を検証中である。(8)SecA unfoldase仮説(H. Mori):ATP結合に伴う前駆体タンパク質を同伴した SecA分子自身の膜内挿入反応と,ATP加水分解による基質タンパク質の放出と膜からの脱挿入反応の繰り返しによる膜透過駆動モデルは,20~30アミノ酸残基単位のステップワイズな(不連続)膜透過を上手く説明できる。一方,基質タンパク質分子は,高次構造を持たない unfoldし

    た状態で膜透過されると考えられている。しかしながら,「膜透過条件下のポリペプチド鎖は完全に伸びたひも状の構造を取っているのか?」「二次構造を形成し得るのか?」「もし形成されるとするならば,そのことに意味はあるのか?」といった議論はなされていない。

    SecAのピストン運動によって,ポリペプチド鎖は完全にほぐれたひものような状態で膜透過されるとするならば,SecBからSecAに受け渡された基質タンパク質は SecAによって unfoldされる可能性が考えられる。(但し,タイトに foldするドメイン(DHFR)は,膜透過途中で停止するので,SecAの unfoldase活性は強力なものではないだろう。)SecAによる基質タンパク質のunfoldingと膜内への挿入反応が同時に起こるとすれば考えやすい。膜透過分子数と ATP消費との比較から,前駆体の移動と直接共役しない ATPの加水分解の存在が示唆されている。このような一見無駄な ATPの加水分解は,unfoldingに利用されているのかも知れない。膜タンパク質の膜組み込みにも SecYEGチャンネルが関わる。しかし,ある種の膜タンパク質の膜組み込みは,SecAを必要としない。膜貫通領域は,脂質二重層に組み込まれるまでのどこかの段階で,�ヘリックス構造を形成する必要があるが,膜透過チャンネル内部で既に�ヘリックス構造が形成されているらし

    S

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    い。SecAを利用しない膜タンパク質は,SecAによる unfoldingをまぬがれ,ヘリックス状態でチャンネル内に存在できるのかもしれない。ヘリックス構造は,膜組み込みのシグナルとして働き,速やかな「横向きの移動」を可能とする。逆に,SecAを介した膜透過では,SecAの挿入・脱挿入をくり返す SecAの un-foldase活性により,基質タンパク質の二次構造の形成が妨げら

    れ,速やかな「縦向きの移動」を実現しているのかもしれない。上の仮説は,全くの空想ではあるが,膜透過と膜組み込みの仕分けを説明できるかもしれない。最近発見された膜組み込み因子 YidCの実体解明と併せて,膜透過と膜組み込み選別の分子機構の解明は今後の重要な課題であろう。このようなところにATPaseが関わる夢をみるのも一興ではある。

    HOPS, SNARE, JAMP to FUSION;V-ATPaseが 膜融合を引き起こす !?

    山本 章嗣1,森山 芳則2(1関西医科大学・1生理,2岡山大学・薬学部・生理化学)

     -ATPaseは空胞系オルガネラに広く存在する H+ポンプで,その

    内腔に H+を輸送することによって,種々の酸性オルガネラを創出している。V-ATPaseにより酸性オルガネラに形成された H+勾配は種々の物質の膜輸送の原動力となっている1。V-AT-Paseは,触媒サブユニットを含む親水性サブユニット群(V1)と H+チャネルを形成する膜内在性サブユニット群(Vo)とから構成されている(図1,表1)。最近,Petersらは,Voのプロテオリピド・チャネルが酵母液胞の融合に関与することを報告し2,注目を集めている。ここでは,彼らの報告を紹介するとともに,V-ATPaseの膜融合蛋白質としての新しい可能性について議論したい。

    SNARE 仮説と膜融合のモデル

    膜融合は,小胞輸送,膜系オルガネラの増殖・維持,さらに受精なども含め,数多くの生体機能に必須の極めて重要な過程である。小胞輸送における膜融合の研究は,AAA-ATPaseの一つである NSFの発見(1988),SNARE仮説の提唱(1993)によって,飛躍的に進展した。SNARE仮説は,当初,v-SNARE(小胞SNARE)と t-SNARE(標的膜 SNARE)とが結合して複合体(trans-SNARE複合体)を形成することにより小胞が標的膜にドッキングした後,NSFが ATPの加水分解と共に膜融合を引き起こすというものであった(図2 A)。しかし,その後,多くの実験事実から,NSFは,融合した膜上で結合したままになっている v, t-SNARE複合体(cis-SNARE複合体と呼ぶ)を解離し,再び trans-SNARE複合体が形成できるようにするシャペロンとして働くというモデル(図2 B)が広く受け入れられるようになった3。膜融合は,trans-SNARE複合体がヘアピン構造をつくり,二つの膜

    を近接させることにより,インフルエンザの HA蛋白質が膜融合を引きおこすのと似た原理で起こると考えられている。事実,リポソ-ムに SNARE蛋白質のみを組み込むことによって,膜融合が観察される。しかし,その融合率が低いことなどから,SNARE蛋白質のみによる融合については疑問視するむきもある4。

    V

    図1 V-ATPase

    機能哺乳類酵母サブユニット分子量(kDa)遺伝子分子量(kDa)

    親水性サブユニット(V1)

    触媒サブユニット調節サブユニット

    回転軸

    7257413433

    10-1414-1550-57

    VMA1VMA2VMA5VMA8VMA4VMA7VMA10VMA13

    6960423227141354

    A

    B

    C

    D

    E

    F

    G

    H

    膜内在性サブユニット(Vo)11516-2039

    VPH1/STVVMA3VMA11VMA16VMA6

    10017172336

    a

    c

    c'

    c' '

    d

    文献1から作成

    表1 V-ATPase のサブユニット構成

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    酵母液胞の in vitro 融合系

    酵母は一個の巨大な液胞を持つが,細胞分裂の際には小胞に分かれ,分裂後,再び融合して液胞が再構築される4。この場合,膜融合は,輸送小胞とゴルジ体の融合のように,異なるコンパートメント間でおこる融合(heterotypic fusion)とは異なり,同じコンパートメント間でおこるので homotypic fusionと呼ばれている。Wicknerらは,酵母液胞の in vitro融合系を確立し(1992),現在,Wickner, Ungermann, Mayerなどのラボで,精力的に融合の分子機構の解析が進められている。図3にこれらの研究から得られた液胞融合のモデルを示す5。融合のアッセイは,アルカリフォスファターゼ欠損株,それのプロセッシング酵素の欠損株,両者からの液胞が融合すると,活性型アルカリフォスファターゼが生ずることを指標にしている。液胞の融合においてもSNARE(v-SNAREとして,Nyv1p, Vti1p, Ykt6p, t-SNAREとしてVam3p),SNAP, NSFが必要であるが,それに加え,SNAP25ホモログの Vam7,rab GTPaseホモログの Ypt7,LMA1(チオレドキシンとプロテイナーゼ Bインヒビター2のヘテロ2量体),HOPS複合体(次項参照),Ca2+,カルモデュリン,プロテインフォスファターゼ1,および V-ATPaseを必要とする複雑な過程であることが明らかにされた5。この in vitro融合系に働く蛋白質群は,和田らによって分離された液胞形態形成遺伝子群 Vam(Vacuolar Morphology)6とよく対応しており(表2),この in vitro系が in vivoの液胞融合をよく反映した系であることがうかがえる。

    液胞融合のHop,Step,Jump。新しく登場したHOPS複合体

    図3に示すように,融合の過程は,(1)プライミング(準備,Priming),(2)テザーリング(繋ぐこと,Tethering),(3)ドッキング(Docking),(4)融合(Fusion)の4つの過程に分けられる。液胞膜では,SNARE,SNAP,NSFと Ypt7,Vam7,HOPS複合体が65S複合体を形成している。HOPS(homotypic fusion and vacuolar protein sorting)複合体は,この in vitro融合系の解析から明らかにされた蛋白質複合体で,Vps11p,Vps16p,Vps18p,Vps33p,Vps39p,Vps41pから構成されている(表2)。Vps蛋白

    図2 SNARE仮説(A)最初のモデル(B)最近の修正モデル。NSF,SNAPがシャペロンとして働き,cis-SNARE複合体を解離する。

    図3 液胞融合のモデル ドッキング以降のHOPSの動態など現在よく分かっていない点は省略している。v;v-SNARE, t;t-SNARE 文献5を改変

    機能などVpsVamHOPS(class C Vps)HOPS

    Syntaxin homologue

    Ypt7(rad GTPase homologue)HOPS(class C Vps, Sec1 homologue)HOPS(Ypt7 GEF)SNAP-25 homologueHOPS(class C Vps)HOPS(class C Vps)

    Vps11pVps41p

    Vps33pVps39p

    Vps18pVps16p

    Vam1pVam2pVam3pVam4pVam5pVam6pVam7pVam8pVam9p

    文献6等から作成

    表2 液胞形成に関与する蛋白質群